イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2009年 12月 25日

   ・・・ ブリジゲッラ ・ 中世の要塞と美しい村と その2 ・・・

      引き続き、有難うございます!
      イタリアで一番美しい村々 にも選ばれているブリジゲッラ
      ファエンツァから12Kほど南に位置する、
      歴史ある美しい小さな町のご案内を続けます。


       要塞の上空を、ブゥイ~ンと小さな可愛いプロペラ機が。
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       要塞から時計塔に行くには、要塞の裏側から
       ぐるっと谷を回り、こちらの谷の先っちょに。
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       逆光に、要塞の位置する岩場が良く分かります。


       こちらも逆光に浮かぶ時計塔の岩場
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       この時計塔は13世紀に、町で一番古い防御の砦として造られ、
       16世紀に再建の後も破壊修復が繰り返され、
       現在見る形は19世紀の物と。
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       こうして見ると確かに下の土台壁は古いですが、
       塔の壁は新しいですね。
       
       そしてこの岩肌を、ご注目おき願います!



       時計塔は町に迫った岩場のすぐ上にあり、
       景観の迫力は要塞に勝ります!
       ね、凄いでしょう?!
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       要塞の位置よりも東になりますので、
       中心広場、教会もこういう角度に。
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       余りにも町が近く、
       自分を覗き趣味者にも感じるほど!
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       町の歴史は古いのですが、建物が小綺麗で、
       ウンブリアの小さな古い町の雰囲気とは違います。
       朽ちていない、とでも表現出来ましょうか。
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       先ほどご覧いただいた岩肌も、どこもかしこもこんな様子
       薄く脆そうな小片の重なりのようにも見え、
       薄いグレイ色でピカピカ光るのです。
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       太古の化石なのかなぁ? と科学はまるでトンチンカン、
       それでも1枚写しました。
       


       一旦急傾斜の石段を町に下りますが、
       鄙びた感じもあり、悪くありません。
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       ティーリ・tigli と呼ぶシナの木が公園を埋め、
       黄色の葉が落ちかけで大変美しく。
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       町の地図。 下側赤丸の位置に公園があり、
       左上に要塞、右上に時計塔、
       その下の色の濃い建物群、ここに後ほどご案内を。
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       地図の公園のすぐ前にあるこのトラットリーア
       ラ・カゼッタ・La Casetta がタクシー運転手殿のお勧めで、
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       その通りに美味しく、値段もお高くなく。
       私は、カジキマグロのグリルを頂きましたが、
       外側を炙って中は半生の鰹のたたき風、
       生トマトのソースがかかり、ああ、日本の味みたいでしたぁ!



       再び、先ほどの時計塔の下の建物群に
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       朝「あの先にアージノの通り・ロバの通り があるんだよ」と
       運転手君が教えてくれ、それが何かも知らぬまま
       インフォメーションでパンフレットを貰おうと
       この通りにやって来たのですね。

       時計塔から下る石段は、今見えるオレンジの建物の手前
       白い細い建物の1階のアーチに出て来るのですが、
       お腹を空かせ後も見ずに、町の下に行ったと言う訳で・・!
       
       今この右側に見える建物、テントは・・
 


       この様で、右側にバールがあり、
       その左にドアが見えますね。
       そのドアに・・
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       この標識。
       ナルディ邸 (15世紀)
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       ここで有名な傭兵隊長
       ディオニージオ・ディ・ナルド・Dionisio di Naldo が生まれる。
       父親はジョヴァンニ・ディ・ナルド・Giovenni di Naldo
       1400年代半ばに、一家がこの家に居を定めたものである。
       (公証人Ser Antonio Rondinini の1504年の書類による)
      

       早とちりの私は、一瞬ナルドとナルニ(かのガッタメラータ)
       がごっちゃになり・・ ??!!
       が、これがまた大変興味深い傭兵隊長である事を知りました。

       ディオニージオ・ディ・ナルド(1464-1510)
       ブリジゲッラの町のあるラモーネの谷一帯は
       運頼みの傭兵達の出身地、その勇気と残忍さで知られ、
       その頭とみなされるのが、このディオニージオ。

       Dionisio と記したり、Dionigi とあったり、
       Naldo Naldi と様々に記載されます。

       女傑の名を欲しいままにしたカテリーナ・スフォルツァの下
       彼は石弓隊の隊長として、チェーザレ・ボルジャの侵攻の際
       イーモラの砦の守備に当りますが(1499)
       フォルリの城も落ち、カテリーナがチェーザレに捕らわれた後は、
       チェーザレに仕えます
       そしてどうやらこの後、このラモーネの谷に幾つもある砦を支配する
       領主的存在でもあった様子。
              
       後1501年、ファエンツァのアストルジョ3世
       やはりチェーザレに陥落の後、ローマに同伴の後殺害。
       
       後、弟のアストルジョ4世(アストルジョ3世の父ガレオット・Galeotto
       愛人のカッサンドラ・パヴォーニ・Cassandra Pavoni の子)
       がファエンツァの領主に法王より選ばれた際には
       ディオニージオも土地の民もそれが気に入らず、
       この地をヴェネツィア共和国に差し出すという仕様も。

       セレニッシマに仕えるようになると、その働きぶりの見事さに
       45才で病死すると、祖国の父 という称号の元、
       ヴェネツィアのパンテオンともいう
       SS.ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に葬られた、人物。

       カテリーナ・スフォルツァのイーモラの町も、
       略奪をおそれた住民達が先に町の門を開いたそうで、
       この様な逸話は、カテリーナが住民に愛されていなかった証拠ですが、
       ディオニージオは、自分自身をつぎ込む様に最後まで彼女に忠誠を
       チェーザレにも最後まで忠実に仕えたそう

       単に 金で働く傭兵隊長 という言葉では表せない
       主に対する服従、軍中での役割をわきまえた上での十分な働き、
       知るうちに、大変男気に満ちた素晴らしい男であると感じました。
       マッキャヴェッリにも、歴史家のグイッチャルディーニにも
       彼は評価されているとの事。
       ナルド一族の他の男達も、それぞれにその働きで歴史に名が残ります。

       ボツボツと分かって来たマンフレディ家の諸々の事柄
       人間臭い、でも傍から眺めるには興味深いもの!
       そんなこんな、この一帯の歴史はリミニのマラテスタ家も含め
       興味深い事がたくさん埋もれている様子。
       ファエンツアについても、も少し分かって後ご紹介を。
       
       

       縦割りに色とりどりに塗られた建物
       2階部分には同じように半月のアーチが続きます。
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       手前の白い建物のアーチ、
       時計塔にも続く石段の始まりでもありますが、
       入り口に「古いロバの通り、村」と矢印があり・・



       アーチを入ると、
       更にこの矢印が右の階段を指し示し。
       村の道、またはロバの道
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       狭い土地に防御の堡塁、住居の集落、高架の道を
       可能にする様、多分14世紀に造られたもの。
       結果として、この堡塁でブリジゲッラの有名な傭兵達は
       1467年に侵攻してきたウルビーノ公爵
       フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロ・Federico da Montefeltro
       の軍を防ぐ事に成功した。

       ロバの通り と言う名の由来は、村の上にあるジェッソ・石膏
       の採掘場から、ロバの背に乗せてここに運び込んだ事による



       この小さな村の標識に、
       ウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロ の名を見出し、
       しかも、傭兵達が防御に成功した?!
       おお!! 血が沸くではないですかぁ?!

       調べましたら、ウルビーノ公は自領の統治のみならず、
       法王側で何度か傭兵隊長をした様子。
       で、1462年にピオ2世の依頼でリミニのマラテスタ家
       戦って勝ち、リミニの代理職を与えられていますが、
       1467年の戦闘は、それに付随したものだったのでしょう。
       
        

       こういう具合に階段を上がると、半月アーチの階に続き
       グループがガイドの説明を聞いています。
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       こちらの土地のガイドの説明は大変詳細で
       ウンブリアの美術館など、一緒に聞いても良いですか?と
       加えてもらった事もあるのですが、
       ここはちょっと場所も狭く遠慮して・・



       床の波打つ様子が面白いものの、後でまた来ようと退散。
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       建物の様子をどうぞ
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       上でご覧頂いたのは、S の部分。
       要塞から見えたジェッソの採掘場から、ロバの背に荷を乗せ、
       時計塔の岩の坂道 X のヴォルタリーナ通リを下って来て、
       W の建物の東端に直接繋がる架け橋を渡り、この S の
       ロバの通り に入って来るのですね。
       そしてこの部分は、防御の堡塁でもありました。

       で、扉の中がロバたちの家畜小屋 R
       奥の階段を上がると Q の住居部分、台所と居間
       最上階 P は寝室で、家畜小屋からの暖かい空気
       上げ蓋により通していたそう。
       住人は採掘場で働く荷馬車挽きなどとありますが、
       非常時には兵士としても働く荒くれ男だったのでしょう。

       1階部分 T, U は、馬小屋、物置、干し草置き場
       地下 Z は、ワイン貯蔵庫や物置



       ホラ、建物の中を通る通りといっても、長いのですよ
       建物の継ぎ目に当るのか、結構波打ちカーヴし、
       肉眼ではこんなに明るくないのです。
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       写真右側の扉内が、かってのロバ君たちの小屋でしたが、
       今は物置に利用され、前の道から見る上階の窓の様子では
       上の階はやはり住居になっている様子。
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       ここが建物の一番東端
       現在はロバ用の架け橋はなく、
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       この様に人間用の石段のみで、
       時計塔がこの様に聳えます。
       そうですね、あの急坂はロバ君でないと。
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       建物の前がマルコーニ広場・Piazza Marconi.
       かっての馬小屋、道具置き場などは、
       現在は手仕事職人の工房や、土地の産物店に。
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       その1軒に興味深い店を見つけました。
       昔ながらの、布に手作業で柄印刷をする店で、
       店の前でこのシニョーラがして見せています。
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       手に持っている木型(梨の木だそう)に、
       赤茶・鉄さび色や、ブルーの自然色を塗り、布に伏せ、
       上から手前に見える槌で叩き、染め付けます。

       布は羊毛と綿との混紡で、染めた後に色止めをしますね、
       その媒染材の違いで、ブルーの方が少しお高く、
       といっても、50センチ四方の布で15エウロ位だったと。
       伝統の素朴な柄が楽しくて、赤錆色とブルーを求めました。


       店の前にあった写真ですが、
       そうなのですね、上から染めの木型を叩く槌は、
       大きな頭を上にして叩くのです。
       バランスを取る為だそう。
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       店はこのブリジゲッラにありますが、
       工房は近くの村だそうで、
       本職の職人達は、土日に来て実演を見せてくれるそう。


       町のインフォメーションは、この建物の一番奥にあり、
       町の説明パンフレットを下さいと言いましたら、どかっと!
       それにしても、この綺麗な町となった繁栄の元は何? と
       訊ねましたら、ジェッソですよ、との答え。      
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       そうなのです、今までご説明してきた事すべてが
       この日の最後に総括して分かった事なのでした。
       あのピカピカ光る岩肌はジェッソの元で、
       精製、という言葉が正しいのかどうか、
       あのグレイの岩が、細かい白い粉のジェッソとなるのだそう。

       黒板に書くチョークや石膏像もそうですが、
       建物内の彫り装飾はすべてジェッソですね。
       なるほど! と思った事でした。

       勿論現在はオリーヴ油、ワイン、サラーメ類など
       美味でも有名のようですが、村の繁栄はジェッソから、と。

       写真の一番手前がインフォメーションで、
       向こうで先程のグループが、土地のワインを味見中。
       奥の建物は現市役所ですが、この田舎にしたら立派でしょう?!

      ◆ 追記です ◆

       肝心の要塞の開館時間を書き忘れました。
       4月~10月 の 土・日 10:00~12:30 15:00~19:30

       インフォメーション  Tel 0546-81166
                       http://www.comune.brisighella.ra.it
    
       サイトを開いての左のカテゴリ欄 Brisighella Un mondo di Sogno
       という写真付きの項目をクリックされると、ヴィデオが見れるようです。



       晩秋の日暮れは早く
       夕日に山上の要塞が聳えます。
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       最後にこの可愛い ロバに注意 札を。
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       大変美しい、歴史のある、美味しい、小さな町でした。
       どうぞお出かけを、お勧めです!!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!
       とうとう今年の最後となりました。

       我が村も雪に埋もれ、零下5度から10度に冷え込み
       コンドミニオの上階は、水道管が凍結したそう!

       週2のプールに行くのも億劫でしたが、凍結の坂道をそろそろと、
       まぁ一般道に出ると、砂も撒かれ交通量もあり大丈夫。
       で、プールの水の中のほうが暖かだったのです! あはは。
       
       4日間ほど真っ白でしたが、アフリカからのシロッコが入り込み、
       一昨夜からこの辺りは大雨となり、雪が全部消えましたが、
       北に見える山々は真っ白となりました。

       先日心づくしの日本食やヒートテックの下着も届き、
       ぬくぬくと、美味しく、年が越せそうです。
       
       今年1年、本当に有難うございました!!
       来年もよろしくお願いいたします!
       
       皆様も、どうぞ良いお年をお迎え下さい!!
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by italiashiho2 | 2009-12-25 00:47 | ・エミーリア・ロマーニャ州 | Comments(10)
Commented by cucciola at 2009-12-26 04:37 x
shinkaiさま、

Buon Natale!
昨日の夜から食べ続けて胃が重いです。
ようやく我が家でお茶をいただきながらくつろいでますが、夫の友人が来ていて家の中は賑やかです。

この町、「イタリアの美しい村々」に載っていたんですね!私が訪れた街は外れが多かったんですが、shinkaiさんには旅行の神様が付いているんですね、きっと。
マンフレーディ家については、私も塩野さんに行かれていたときに読んで、その美しい名前の響きとアストール少年のけなげな話に心打たれて、ぜひファエンツァに行ってみたい、と思っておりました。この小さな町に、こんなによく保存された、しかもマンフレーディの名を冠した中世のお城があるなんて!
ウルビーノ公爵も、ウルビーノに行くと「おらが町の殿様」で、まるで不敗の武将のごとく扱われていましたが、ファエンツァ相手に苦戦したこともあったんですね。日本の戦国時代みたいです。
ジェッソって、なんだか日本人ですとチョークが浮かんでしまうのですが、しっくいなんですよね。ファエンツァは陶器でも有名だったでしょうか。

日本のお城には桜が似合いますが、中世のお城は秋色の風景がしっくりしますね。
Commented by shinkai at 2009-12-26 07:03 x
★cucciolaさん、 ブオン・ナターレ!!   ご馳走をたくさん食べられました?! この季節は、大変ですね。

はい、「イタリアの美しい村々」に載っているのを知ったのは後で、というか、町もそれを看板にしていましたが、行こう!と思ったのは、やはりマンフレディの名前と、山の上からのあの要塞の美しい写真を見てなのですね。 
この村は、本当にお勧めです! あの要塞のある位置も大変興味深かったですね。 本当に日本と同じで、古い時代の城は山城ですね。 
そうなのですよ、あのウルビーノ公の名前も出てくるし、新しく知った傭兵隊長のディオニージオの名から、カテリーナ・スフォルツァに繋がり、ずるずるとここの所あれこれ読み直していました。
ウルビーノも、ファエンツァももう一度しっかり見たいし、フェッラーラも。  
はい、ファエンツァの陶器は大変有名で、これも面白い事に、孔雀柄が多いのは、アストルジョ3世の父親の愛人の名、パヴォーニに繋がるから、というのですよ。 デルタの陶器も素晴らしかったですが、ここの博物館も素晴らしそうです。
少し日が長く、お天気がよくなるのが待ち遠しいです!
Commented by tomocone at 2009-12-27 09:00 x
こんばんわ
私もクリスマスで食べすぎで、ここ2日ほど常にお腹がいっぱいです。
ブリジゲッラ、はじめて聞いた街なのですが、なんと美しいこと。イタリアにきれいな街がいっぱいあるんですね。今回のお話、イタリアの歴史をそんなに知らない私にも、たまたまなのですが、知っている名前ができて、とてもおもしろかったです。ナルドのことも、たまたま覚えていました。イーモラやファエンツァには一度行きたいなとおもっていたので、そのときブリジゲッラにも行ってきます。(いつのことはわかりませんが、そのうちに。)
来年もイタリアの素敵な街の写真や歴史を紹介してくださいね。楽しみにしています。
Commented by shinkai at 2009-12-27 17:11 x
★tomoconeさん、 こんにちは! コメント有難うございます。 

クリスマスも過ぎましたね。 ははは、食べすぎですか?! 後は31日のサン・シルヴェストゥロがありますよ!

ええ、このブリジゲッラは大変美しく、面白かったですよ。 是非、とお勧めです。 ファエンツァはもう一度しっかり見たいのと、イーモラはまだ行ったことがないので、やはり一度行ってみたいです。
フォルリは行きました。 あそこのお城は現在刑務所になっているのですが、半分公園になっていて、街には美術館もありました。

昔行った所でも今見るとまた違うでしょうし、もう一度きちんと行きたい所がたくさんあって・・!
はい、来年もよろしくお願いいたしま~す!!
 
Commented by BB at 2012-07-20 19:44 x
あら、一生懸命に読んでいたら、もう年末になってしまったわ。
今年もお世話になりました。
また来年もよろしゅうに。

それにしても、この街も綺麗ですね〜。 
取っておくBBのブックマークに ポチ。
Commented by italiashiho2 at 2012-07-21 01:19
★BBさん、はい、今年一年、本当によく読んで、コメントも下さり、本当に有難うございました!
来年も引き続き、よろしくご愛顧のほど、お願い申し上げます!!

そうなんですよぉ、ここはチャンスがあったら是非どうぞ!!
ファエンツァからこの町を抜け、山道を辿りフィレンツェに行く道があるそうです。
行ってみたくなりません? 景色が素晴らしく良いそうですよ!!
Commented by ミ~タ at 2017-05-13 22:34 x
 ラヴェンナかボローニャ近郊の「イタリアの最も美しい村」を訪れようかと思い、ブリジゲッラの村を見つけました。さらにブリジゲッラについて調べると、Shinkaiさんのページにたどり着いてしまいました。本当にイタリアの隅々まで網羅していますね。本数が少ないとはいえ、鉄道で行けるのが良いです。
 ボローニャに2泊して日帰りでラヴェンナに行く予定ですが、ボローニャの宿は利便性重視の駅前のシンプルなホテルなので、少々不満があったのです。そちらは荷物置き場にして、1泊は他の所に泊まろうといろいろ検討していました。ラヴェンナに泊まることも考えましたが、もっとこじんまりとして良さそうな町がないかと探して見つけたのがブリジゲッラという訳です。

 
Commented by italiashiho2 at 2017-05-14 15:21
★ミ~タさん、こんにちは!  
ははは、ブログご訪問、コメント有難うございます。

いえいえ、クリスさんに比べたらまだまだ断然少ないです!! ははは。
ナポリまでは行きましたが、それ以南はまだ知りませんし、シチーリアは行きたいと思いつつ・・。

ボローニャからだったらブリジゲッラに日帰りできるでしょう? 
それにボローニャの宿はともかく、なんだかんだと見どころはたくさんある街ですし、食べ物も美味しい筈です。
ブリジゲッラへの分岐点のファエンツァはあそこも歴史がある町で、要塞も土日に開かれているのは見ていないのですが、町の中心には何となく不足感がありましたので、泊まるのは・・ですね。
ブリジゲッラのような田舎町は夜は早い筈ですし、泊まる価値があるかな、という気もします。 まぁ、これもお好みによりますが・・。

段々暖かくなって来ているので、日程組みも熱が入っている事でしょうね!!
Commented by ミ~タ at 2017-05-14 21:32 x
いつものごとく詰め込んだ日程で、8月12日の昼過ぎまでにボローニャ観光(旧大学見学がメインです)を済ませ、午後からラヴェンナ観光の予定です。ラヴェンナからブリジゲッラ行きの直通列車が17:20頃にありまして、丁度良さそうなので旅程に入れてみようと思ったのです。何もないと言えば何もないのですが、田舎の方が好きなので。ロバの道とか、高台からの眺めだけでも面白そうです。shinkaiさんが食事をした「ラ・カゼッタ・La Casetta」はB&B(Modus Vivendi )も経営していて、そこが1泊朝食込みで50ユーロくらいなんですよ。13日の14:30頃ボローニャを出発する飛行機に乗るので、本当に泊まるだけですね。
Commented by italiashiho2 at 2017-05-14 23:33
★ミ~タさん、再度有難うございます!

はい、分かりました。 
これだとちょうど良いかも知れませんね。 いや、面白い町だとは思いますが、わざわざ泊まりに行くには、と思ったのでした。

そうですか、あのレストランがB&Bだったら、ちょうど夜の食事も良いですね。 美味しかったですよ!

それにしても、ボローニャも、ラヴェンナも半日足らずの観光ですか?!
ははは、さすがミ~タさん!!


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