2011年 01月 09日

   ・・・ チヴィタ・ディ・バーニョレージョ ・ 天空の町 1・・・

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       今日は、天空の町、または死にゆく町として有名な
       チヴィタ・ディ・バーニョレージョ・Civita di Bagnoregio
       ご案内致します。
       
       上は、きっとどこかでご覧になった事がお有りでしょう、
       天空の町として有名な、展望台からの景観です。

       実は記事を1回分として纏めたかったのですが、
       珍しい形がたくさんあり写真を削りきれませんで、
       町のご説明はともかくも、
       景色を楽しむおつもりで見て頂こうと、2回分に分け。
       退屈せずに見て頂けますように!


       地図をどうぞ
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       チビタ・Civita というのがこの町の名で、
       後ろに付くバーニョレージョはコムーネの名前。

       我々はピティリアーノ・Pitigliano から車で行きましたが、
       ご覧の様にオルヴィエート・Orvieto から近く
       バス連絡も少ないとはいえありますから、
       ローマから国鉄でオルヴィエート迄、そしてバスで行けますね。



       チヴィタ・死ぬゆく村 と形容されますが、(この写真は友人mkちゃん)
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       こちらをご覧下さい。
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       背景に見えるこの浸食された地質の渓谷は
       いわゆるバッドランドと呼ばれる土地。
       このチヴィタの町、というより村に近い感じですが、
       太古の海底にあった凝灰岩の土地が、何度かの地震と地崩れにより
       すっかり剥き出しとなり、孤島状態になっているのですね。
       
       町がエトルスク人によって作られた紀元前500年前から
       すでにこの兆候があり、対策が取られた様ですが、
       現在の町の人口はほんの数家族、資料によりあれこれ違うのですが、
       10人から30人程と。



       町を訪れた10月の初旬、大変に暑い日でしたが、
       まだ朝顔の花が咲いていました。
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       バーニョレージョの町の入り口の大きな駐車場に止め、
       せっせと町を縦断し、町外れの展望台からの写真が最初の物。

       そして階段を下り、チヴィタの町に至る橋の元まで行きますが、
       この階段が分かり難く、行き会う人に訊ねて漸くに。
       で、行きましたら橋の下にも駐車場があり、
       チヴィタ訪問の方は皆さんここに止める様子。
       まぁ、バーニョレージョの町も見れたという事なのですが、
       こちらは余り変哲のない町でした。

       バーニョレージョの町を縦断しつつ、友人が笑うので聞きましたら、
       道の交差点で、必ず私が左右の道を見るのですって!
       あはは、自分は無意識でしたが、どうやらパトロール犬並みに
       写真OKかどうか、を確かめているようで!



       では橋を渡り、町に向かいましょうか
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       この橋は長さが300m余りの鉄筋コンクリート製で、
       現在はここを渡る道が唯一の町への入り口



       
       渡りながら見渡す景観も凄いもの!
       これはチヴィタの町に向かい左側の様子ですが、
       やはり隣町の端も、谷への浸食が始まっています。
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       こちらはチヴィタの町の奥に見える渓谷の様子
       美しくもあり、自然の恐ろしい威力も見せつけます。
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       橋を渡り始めると、向こうから荷車の4輪が降りて来るのが見え、
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       こんな感じに、橋いっぱい、というか、
       狭い橋、というか。
       そして、かなりの傾斜!
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       実はこの橋が出来たのは1965年で、
       当初は人間だけが歩いて渡るように定められていたそうです。

       ですが、年間観光客がかなりの数に増えた事もあったのでしょう、
       町の住人たちからの生活物資運搬の要望もあり、
       数年前から許可を受けたバイクとオート4輪のみが渡れます。


       町の入り口の門辺りから、逆に橋を眺めた様子。
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       これは絵はがきで、1965年と見えますが、
       現在の鉄筋コンクリートの橋が造られる前の様子ですね。
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       ロバや馬を使い、生活物資を運んでいたようで、
       ガイドブックにあった橋の写真は、
       石を敷き詰め、崩れた所を木の板で塞いだと思われる恐ろしい物。



       漸くに橋を渡りきると、今度は上り坂の階段!
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       そして町の入り口門・サンタ・マリーア門をくぐりますが、
       上に3つのアーチのロッジャを持ち、下に窓、
       そしてその下に門があるこの建物はかってのお城
       領主の住まいで、11世紀の建設だそう。

       入り口アーチの両脇と上に何やら像が見えますが、

       こちらがそれで、
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       真ん中のは鷲がライオンの頭を爪の間に持ち、
       両脇には伏せたライオンが両足の間に何かを持っていて、
       左側のライオンを写していないのがとても残念です。
       というのも、こちらの右のは崩れて何かが分かりませんが、
       左側のライオンの足元には、女性の顔があるのですね。

       ガイドブックの写真で確認し、ここでまた好奇心むくむく!
       調べて分かりましたのは、
       エトルスク人がこの町を造り、ローマ人が発展させ、
       はい、例の如く天水を貯める井戸の設備とかを造り、
       ロンゴバルド族、カール大帝と次々と領有者が変わり、
       自由都市も経験、最後はオルヴィエートの専制君主であった
       モナルデスキ家・Monaldeschi の物となります。

       このモナルデスキ家というのは、あちこちに分枝もするのですが、
       どうも大変に残忍な血を持つ一族で、血族間でも血生臭い争闘を。
       そして遂に1494年、
       バーニョレージョとこのチヴィタの民衆が蜂起し、自由を獲得
       その時の記念の石像なのだそう。

       で、同年のフランス王シャルル8世の通過にも抵抗した程の
       町の住民の意思を知らん顔で踏みにじり、
       逆にこの自由都市をいわば法皇領に組み込んだのが、
       法皇アレッサンドロ6世・ボルジャなのだそう。
       政治の世界には、義理も人情も余り関係ないようで・・!



       という事で、門をくぐり小さな町の中に。
       小さな広場となっていて、
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       くぐってきた町の門は、振り返るとこんな風に。
       左の建物が、門内に続くかっての城館ですね。
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       門から真っ直ぐに続く道を行くと、町の中心広場に。
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       広場の南には大きな建物があり、
       現在は2,3軒の土地の物産売り店とバールに。
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       土地の物産は、やはりオリーヴ油とか蜂蜜とか、
       そして、このポスターにもあるように豆類ですね。
       インゲン豆、レンズ豆、チェーチなどなど。
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       古くから栄えた町、と書きましたが、
       ローマからの主要街道にも近く商業の要所として大いに栄え、
       かっては町への入り口の門も5つあり
       エトルスク人は深いトンネルを掘って、
       町中から楽に街道筋に行けるようにもしていたとか。


       広場の東側と北側の様子。
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       東を占めるサン・ドナート教会・San Donato
       ドゥオーモ・司教座の位を持っているのですが、
       秋には修復中で、正面部全部が覆われておりました。


       中の様子。
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       この町には、中世とルネッサンス期の建物が混ざり合って残り、
       古い町にしては、ドゥオーモ内は新しい様式。
      
       とにかく暗くて暗くて、余り探検意欲も出ずこの写真だけ。

       このドゥオーモ前の町の中心広場では、
       毎年6月第1日曜と、9月の第2日曜日に、
       パーリオ・デッラ・トンナ・Palio della Tonna と呼ばれる
       ロバの背に乗ってのパーリオが行われるのだそう!



       広場の北にあるこの建物が大変面白く、
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       司祭館・Canonica だそうですが、如何にも中世風で、
       かってのこの町の、古き時代の繁栄を偲ばせます。
      
       入り口二つに繋がる階段の形が違い、
       入り口の高さにも、興味が湧きますね。
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       という所で、チヴィタ・天空の町 その2にどうぞ!
       http://italiashio.exblog.jp/12660357

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by italiashiho2 | 2011-01-09 00:47 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(4)
Commented at 2011-01-09 23:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by italiashiho2 at 2011-01-10 02:05
★maripさん、新年おめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

チヴィタは少し行くのが不便の様なのですが、やはり素晴らしい景観でした。 
そうですね、ガイドブックによると15世紀にかなり大きな崩落があり、地震による被害も16、17世紀にあったようで、写真でも見えると思うのですが、窓の向こうが空っぽの建物がいくつかありますね。
チャンスがあったら、どうぞお出かけ下さいね。
Commented by sakuo at 2011-01-10 15:04 x
お久しぶりです。チビタと聞いて涙が出ました。残念!スケッチ旅行で参加出来なかった所です。エトルスクの面影、、このサイトをipadに入れチビタに行った人に見せます。 Sakuo
Commented by italiashiho2 at 2011-01-10 17:27
★sakuoさん、こんにちは! 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 嬉しいコメント有難うございます。

ipad!! おお、新兵器をご利用ですね。 羨ましい。 
小型のPCが良いのか、このipadか、そろそろおもちゃ欲しさがつのって来ています。



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