イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

italiashio.exblog.jp
ブログトップ
2011年 10月 24日

   ・・・ パラッツォ・ドゥカーレ・ディ・ヴェネツィア その3 ・・・

d0097427_2304048.jpg

       3回に分けてご覧頂きましたパラッツォ・ドゥカーレですが、
       これが最終回。 (予定変更となりました。最後にご説明を)
       イタリアでドゥカーレ宮と呼ばれる有名な建物はヴェネツィアの他に、
       かのウルビーノのフェデリコ・ダ・モンテフェルトゥレ公のが
       即頭に浮かびますし、グッビオにも素晴らしいのがありますね。
       北イタリアではマントヴァのゴンザーガ家のドゥカーレ宮、
       そしてジェノヴァにもと、各地にありますが、

       このヴェネツィアのドゥカーレ宮は、えへん、
       かっての総督官邸、行政庁というには
       外観の色からして、白とピンクの石という優雅な趣の上に、
       下の階はロッジャが囲んだ如何にも風通しの良い建物。
       海からの襲撃などは有り得ない、との確固たる自信も垣間見えます。
       
       セレニッシマ、いとも高貴な、と呼ばれた1000年に渡って続いた
       ヴェネツィア共和国の、こうした美しいドゥカーレ宮のご案内、
       最後になる今回は、裏に隠されたちょっと暗い部分なども
       ご覧頂く予定で、説明が少し長くなるかもですが、
       どうぞごゆっくり、お付き合い下さいませ!


       トップの写真は、最初に中庭からも見て頂いた「巨人の階段」で、
       上に据えられた2体の彫像は右がネプチューン・海神、
       左がマルス・軍神で、ヴェネツィア共和国の海と陸の統治を意味すると。



       現在階段は通行禁止ですので、2階のロッジャからの様子を。
       こちらはマルスの方で、左下に中庭の最初でご覧頂いた
       アルコ・フォスカリが見えます。
d0097427_231668.jpg


       単にフォスカリのアーチ、というよりは凱旋門とも言うべき物で、
       見える通路・フォスカリのロビー、通路と呼ばれるのが、
       現在は出口になっているカルタ門に続きます。

       右上隅に見える煉瓦色の部分は、お隣のサン・マルコ聖堂で、
       フォスカリのアーチもサン・マルコ聖堂の壁に寄り掛かった形。

       この2体の巨大な像はサンソヴィーノ・Jacopo Sansovino の作で、
       彼はこれを12年かけて作り上げたのだそうで、
       ここに据えられたのは1567年、
       階段は1483年から91年にかけて造られたものだそう。

       マルス像のお尻だけご覧頂いたのにはちょっと訳がありまして、
       ・・つまりです、ネプチューン像は腰に布を巻いているのですが、
       後ろからだとちょうどお相撲さんのまわしの格好になっていまして、
       撮るのに少し抵抗があり・・、いや、大相撲は大好きでしたが・・、はは。
       


       上部はこんな様子で、彫像は福音者たち
       横からの眺めだと、サン・マルコ聖堂との関係も良く分かりますね。
d0097427_2314519.jpg



       階段の上から見下ろすフォスカリのアルコと通路部分
d0097427_2315938.jpg



       こちらが下から見上げる様子。
       階段の上に有翼のライオン、聖マルコのシンボルであると共に
       ヴェネツィア共和国のシンボルのライオンが見えますが、
d0097427_2321718.jpg


       新しいドージェが誕生した時は、このライオン像の下でドージェの
       シンボルである角型の冠き、宣誓する儀式が繰り広げられたのだと。

       このライオン像は1797年にナポレオン軍が破壊し、
       後に復刻されたものだそうで、
       横に見える紋は81代のフランチェスコ・ヴェニエーロ
       Francesco Veniero の物で、読むのには面白いドージェでしたが・・。

       大変背の低いよぼよぼで、65歳ながら、歩くのに両脇から抱えられる程、
       その癖大喰らいで、もう食べられないという程に食べ、金持ちをひけらかし、
       民衆からは好かれず、飢饉に見舞われた時にあいつのせいだと言われても
       本人は屁とも思わず、自分の奥方が結婚指輪をはずした時になって
       初めて、それは大変だ、と思ったとか・・! ははは。



       所でちょっとこの階段に関して問題提起を。
       こちらの絵をどうぞ。       
d0097427_233958.jpg

       1355年に国家転覆を企て斬首刑になった55代ドージェ、
       マリーノ・ファリエーロの処刑前を描いた場面です。
       18世紀末のヴェネツィア生まれの画家アイエス・Hayezの作品で、
       浪漫的な有名な絵をたくさん残しておりますが、
       これはヴェネツィアの歴史主題を取り上げた、そのうちの1枚。

       ご覧の様に、後ろに巨人像は見えない物の立派な石段が見えますね。
       が、上記しました様に、2体の巨人像は1567年
       階段は1483~91年の作で、
       ファリエーロの処刑は1355年。
       ね、少し絵画背景の時代公証があやふやでしょ?

       多分石段になる前は、「金の階段」がそうであった様に
       木造階段だったろうと思うのですが、処刑場面の描写については
       参考にしている本 Claudio Rendina の I DOGI にも
       ・・黄昏時に石の階段の平坦な部分の上で・・とあり、
       一方塩野七生さんの記述には、
       ・・内庭から二階の柱廊に通ずる広い階段の上で・・。

       この処刑場面は、ドラクロアがもっと劇的に、まさに斬首場面を
       描いたのもありますが、それにも石の階段。
       ・・愚考しますに、この劇的な場面背景には、
       堅固な石の階段が似合う筈と画家のイメージを刺激し、
       そしてその上に、アイエスは実際の欄干とは違う柵の形を描く、
       という技も見せておりまして、両方を見比べて下さいね、
       そんなこんなで、これらの絵画の印象が定着しているのかもですね。
       
       ドラクロアの絵の方は大勢の登場人物の賑やかさに負けぬよう、
       柵の無い、もっと重い石段となっています。
       絵をクリックすると大きく見れますので、見比べをどうぞ。
       http://www.executedtoday.com/2009/04/17/1355-marino-faliero-doge-of-venice/
       
       バイロンが戯曲「マリーノ・ファリエーロ」を書き、それを題材に
       ドニゼッティが同名のオペラを作曲しているとの事。



       こうして一国の象徴とでもいう建物の出口、
       カルタ門に向かいますが、まだ未練がましく写し、ははは、
d0097427_2335468.jpg



       悔しい事に、まるで気がつかなかった階段の細部を
       ガイド・ブックの写真でどうぞ。
d0097427_234896.jpg

       そうなのですね、この石段の一段ごとにこの様な細やかな
       青銅の象嵌だそうですが、嵌め込まれているのですね。
       段の面と横の手すりにも少し濃い色で見えるのが細かい細工部分です。
       ならばまぁ、この階段を一般観光客に使わせないというのも、納得!

       ですが、この階段の写真を見た時には、一瞬本気で、
       撮り直しに行こうかしら、と思ったほどでしたよ、正直な所、はは。
       ・・ええねん、次の時にはアップにするもん!



       こちらがドゥカーレ宮の正面玄関であるカルタ門・Porta della Carta
d0097427_2343171.jpg

       この門、そして今通り抜けて来た、中庭で見て頂いたアルコ・フォスカリ、
       はたまたヴェネツィア有数の美しく優雅な館カ・ドーロの
       内庭の井戸の赤い大理石の井桁、
       マドンナ・デル・オルト教会の正面扉の周囲の飾り、
       これらすべてが当時15世紀の設計彫刻家のバルトゥローメオ・ボン
       Bartolomeo Bon の作品と。

       両脇に見える壁龕の並びの赤い大理石部分
       ここはかっては金色に塗られていたのだそう。

       カ ・ ドーロ  その1 ・ ヴェネツィアの館
       http://italiashio.exblog.jp/13670932
       
        
 
       中段にある有翼のライオン像とその前に膝まづくドージェは、
d0097427_2345529.jpg

       この写真はサイトから拝借で、
       ドージェは34年間という最長不倒の在位期間をもった
       フランチェスコ・フォスカリ・Francesco Foscari        
       この像もナポレオン軍に破壊されたのを、
       19世紀に摸刻、据えられたものだそう。



       こちらが、フランチェスコ・フォスカリの肖像画ですが、
d0097427_2351210.jpg

       これは現在日本で開催中の「世界遺産ヴェネツィア展」に
       参加して日本に出張中だそうですから、
       実際にご覧になられる方も多い事でしょう。
       展覧会のサイトは、  
       http://www.go-venezia.com/
       東京の後は、名古屋、仙台、愛媛、京都、広島と約1年間かけて
       巡回する予定。
       日本初公開というカルパッチョの「二人の貴婦人」も展示との事で、
       皆さん、ヴェネツィアの空気を吸いにどうぞお出かけ下さいね。


       ヴェネツィア政府の1000年に及ぶ長い歴史の中
       697年と記録される初代のパオロ・ルーチョ・アナフェスト・
       Paolo Lucio Anafesto の選出から、
       1797年のヴェネツィア共和国崩壊時の最後のドージェ、
       ルドヴィーコ・マニン・Ludovico Manin まで、
       120人のドージェが在任しました。

       記録に残る英雄的な働きをしたドージェから、
       上に書きました様に、くたばり損ないの様な惨めなドージェ迄様々。
       1100年間に120代というと、計算では平均9年の在となりますが、
       ちょっと計算して見た所、20年以上在というのが僅か8人。
       選出がかなりの年になってという事もあるのでしょうが、
       3年未満というのがかなりの数に上ります。

       65代のこのフランチェスコ・フォスカリ・Francesco Foscari
       ドージェ在任34年(1423-1457)の最長記録を誇るだけでなく、
       その生涯の最後が悲劇的というか哀れで
       全盛期が華やかだっただけに、少し心に残りますので、
       暫くお付き合い下さいませませ。

       彼はヴェネツィア貴族の古い裕福な家柄の生まれで、
       元々の家業は商取引と、エーゲ海方面に持つ領土の上りでしたが、
       1373年生まれの彼は政治の世界に27歳の時に飛び込み、
       めきめき頭角を現し、1423年若干49歳にしてドージェに選出
       人の話も良く聴き、雄弁、説得力にたけ、
       体格も良く見栄えもするという人物。

       34年間に渡る彼の在任中、ヴェネツィアの領土は
       かってない程の広範囲に及びましたが、つかの間の平和以外は
       対外的に戦争に明け暮れる年月で、フェッラーラ、
       ミラノのヴィスコンティ、ついでトルコと絶え間なく。
       ますます勢いを増すトルコの前に、1453年5月、
       遂に東ローマ帝国の崩壊もありました。
         
       その上に大貴族間の確執、干ばつ、大潮、干潟の凍結、地震、
       そしてペストと引きも切らず、このペストでは彼の11人の子供の内、
       (2度の結婚)4人が死亡、男子は1人ヤコポが生き残ります。
       長い戦争に続くこうした災害により国の財布も薄くなり、
       ナイフで切りつけられそうになった事もある程。

       ですが一方、この時期に一応のドゥカーレ宮の完成も見、
       1434年には当時ヴェネツィアに逃亡中のコジモ・デ・メディチ
       のお陰で、サン・ジョルジョ・マッジョーレ修道院の図書館の充実、
       ドナテッロ、フィリッポ・リッピ、マンテーニャ、そして
       ベッリーニ一家が競って素晴らしい作品を生み出す
       パドヴァと並んで2大文化の繁栄地と。

       その間、1428年にはポルトガル王の弟ペードロ公
       フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂に眠る
       ポルトガル枢機卿と呼ばれるジャイメ王子の父親、
       フィレンツェ・ルネッサンスの天才彫刻家、
       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノの実の父親と見られる
       コインブラ公ペードロのヴェネツィア訪問、

       1442年、フランチェスコ・スフォルツァとその妻
       ヴィアンカ・マリーア・ヴィスコンティの訪問、
       1452年には、15歳のポルトガル王妃エレオノーラの訪問
       
       その際の豪華な歓迎式典には
       金の衣装を付けた120人と、130人の深紅色の衣装、
       勿論宝石を輝かせた貴族女性の出席とか、
       200人の金色の衣装の貴族の行列とか、
       250人の金色衣装、宝石の貴族の子女の列席とか・・、
       ・・なぜか宴会の御馳走の記述がないのが、まことに残念!!

       サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ
       http://italiashio.exblog.jp/10764828

       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノをご存知ですか?
       http://italiashio.exblog.jp/10782262 

       オビドス その1 ・ ポルトガル 
       http://italiashio.exblog.jp/14574212

       古い記事ですが、よろしかったらこちらも。
       ヴェネツィア ・ ドゥカーレ宮 ・ Palazzo Ducale
       http://italiashio.exblog.jp/5351189

       ヴェネツィア関係は、こちらに
       http://italiashio.exblog.jp/i5/
       
       という、少々長いお話になりましたが、
       お楽しみ頂けました様に!

       本当はこの後ドージェ・フランチェスコと息子ヤコポを襲った悲劇と
       「秘密の行程」を続ける予定でしたが
       いまアップした所で、大幅に字数を減らせと出まして・・!

       すみません、
       今回はフォスカリ家の中途のここで一旦終了し、
       次回に最終回を、という事でよろしくお願いいたします!

    
       最後お口直しに、この1枚を!
d0097427_22594712.jpg

      
       いつも有難うございます、お世話様です。
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
 

by italiashiho2 | 2011-10-24 23:45 | ・ヴェネツィア | Comments(6)
Commented by pescecrudo at 2011-10-25 19:05 x
shinkai さん、再びお邪魔します。
3回に渡るパラッツォ・ドゥカーレのアップ、有り難うございます。今まで何グループかのヴェネツィア案内で、5、6回見ているのに、抜け落ちているのが分かりました。やはり写真を撮る人の目は違うと思いました。とにかくそういう目線で見ていないのです、ただぼんやりと。
アイエスの『マリーノ・ファリエーロの処刑前』等、感動しました。
Commented by kazu at 2011-10-25 19:52 x
3回にわたりのドゥカーレ楽しく拝見いたしました。
いつもながらの写真と文章の面白さに感心しながらベェネツィアの歴史を知りました。
今東京で開催されているベェネツィア展もなかなかの人気のようですがこの機会に見に行こうかなと思っています。
カルバッチョの物も展示されているとか。
芸術の秋日本にいながらの鑑賞も嬉しいものです。
Commented by italiashiho2 at 2011-10-25 23:02
★pescecrudo様、こんにちは! コメント有難うございます。

今回は相手が大物で、知らない事ばかりで、あっちを読みこっちを読み、必死に分かろうと頑張っていますが、その分知る楽しみが大きく、嬉しいです。 お陰さまです、こちらこそ有難うございます!

マリーノ・ファリエーロについては、詳細に書かれたのがあるので略しましたが、でもあの絵のシーンはやはり凄いですね。
次回もう一度、フォスカリの息子についてと、カザノヴァについて書く予定ですので、よろしくお願いいたします。
Commented by italiashiho2 at 2011-10-25 23:06
★kazuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あっちにより、こっちの道草という様なご案内ですが、お付き合い下さって有難うございます。

あの展覧会は、やはりカルパッチョの絵が本命ではないかと思うのですが、もし行くチャンスがあったら是非どうぞ。
たくさんの人で見えにくいかもですが、でもね、懐かしいヴェネツィアの空気を吸う為にも。
フォスカリの息子についても次回書きますので、あの肖像画も是非じっくり眺めて下さいね。
Commented by ゆんぴょ at 2011-10-28 00:20 x
こんばんは!
ヴェネツィア・ドゥカーレ特集、充実の内容ですね! これで最終回・・・と思いきや、まだ続きが♪ 楽しみです~。
アイエスの作品、なるほど・・・推察が冴えてます! さすがの着眼点、こういうのがまた楽しいんですよね~。そして階段の細やかな細工にため息。また撮りに行かれてください!
今日ね、本屋に行ったらヴェネツィア関係の本がずらり。芸術新潮なんかも特集。そう、書いてらっしゃるように展覧会があるからなんでしょうね~。何だか観たくなりましたよ。まだまだ予定は先ですが、愛媛なら近いかな。
お体の調子も良くなったそうで安心しました。そして、ペイントの太字も出来たのですね! ちゃんと大きくなってます。ありがとうございます。
Commented by italiashiho2 at 2011-10-28 05:52
★ゆんぴょさん、こんばんは! コメント有難うございます。

一つのテーマで2回というのは、今迄何回もしていますが、4回になったのは初めてで、3回も無いですから、自分でも少々驚きましたが、でも大変ながら自分も楽しみつつ、興味深く出来た様な気がして喜んでいます。
やはり相手は大物でした、そう思います。

そうそう、芸術新潮がヴェネツィア美術の特集なんですってね。だってあれだけあるのですもの、ヴェネツィア展が良いチャンスですよね。 愛媛にも行くようですから、出来たら是非、ね。 カルパッチョの絵があるそうですし、他の色々な品もヴェネツィアの香りを運んで行く事でしょう。

こちらこそ! にゃ~この具合は如何ですか? 元気で冬を過ごせますように! ゆんぴょさんもお元気でね。


<<    ・・・ パラッツォ・ドゥ...         ・・・ パラッツォ・ドゥ... >>