イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2013年 02月 14日

   ・・・ ウルビーノのパラッツォ・ドゥカーレ・Palazzo Ducale di Urbino ・・・

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       ずいぶん前に買った歴史雑誌Focus Storia の特集号は
       「ルネッサンス・イタリアの天才の源泉」とでも言いましょうか、
       建築、絵画、彫刻、人物にいたる、つまりそう深くもなく全般にわたっての特集で、
       はい、私めにぴったり、好きな項目はなんとか読む事が出来るというやつでして、ははは、

       とにかくこの手の雑誌の良い所は写真が多い事!
       実際に見ても肉眼では見えない部分まで見る事知る事が出来、
       知らない資料写真まで居ながらにして見れる事、なのですね。

       という事で、この特集号で見つけた大変興味深いイラストを見て頂きつつ、
       マルケ州はウルビーノのパラッツォ・ドゥカーレのご案内です。

       ルネッサンスの一大文化の華開いた宮廷としても有名な
       かのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトゥロ・Federico da Montefeltro公のお城
       現在は国立のマルケ博物館となっている
       美しい姿のあれこれをちょっぴり深く、そしてごゆっくり、ご覧下さい。

       上の写真は町の北西にある一大駐車場から見上げるドゥカーレ宮
       手前の半円に飛び出したのは市壁の塔・要塞部分で、その左奥の
       ドゥカーレ宮に並んで見える鐘楼はドゥオーモのもの。

       ウルビーノを最初に訪れたのは27年前!なのですが、
       2010年の秋に友人と再訪。 
       ぼちぼちご案内します、と言いつつ、ははは、・・今迄のご案内はこちらに。
       町中の地図も、下2つの記事の中にあります。

       友人との旅行中、町のちょっぴりのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/12013486

       ラファエッロの生家、そして、殺人的坂道のウルビーノ!
       http://italiashio.exblog.jp/14300199

       ウルビーノの美味しいトラットリーアのご紹介は
       http://italiashio.exblog.jp/12593968



       町には何泊かして行ったり来たりで愉しみ、写しましたので、
       写真の光線の具合があれこれ違うのはご容赦願いますが、

       まずはドゥカーレ宮の特徴ある美しい2つの小塔と
       間に挟まれる白い優雅なテラス部分をどうぞ。
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       後ほどご覧頂く図でお分かりになると思うのですが、
       この小塔とテラス近くに、かのフェデリーコ公がお住まいだったのです。
       美しくて特徴あるこの小塔だけでも、このお城の価値があると思うのですが、
       フェデリーコ公が住んでいたと知って、・・もっとじっくり見とくのだったぁ!


       この向かい合ったご夫婦の肖像画は、このドゥカーレ宮の主
       フェデリーコ・ダ・モンテフェルトゥロ公
       2番目の妻バッティスタ・スフォルツァ・Battista Sforza.
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       肖像画はこの宮廷にも招かれたピエロ・デッラ・フランチェスカ・Piero della Francesca
       描く所の物で、現在はフィレンツェのウッフィツィ美術館にありますので、
       ご覧になった方もたくさんおられると思います。

       肖像画が描かれたのは1465~1472年というのですが、
       2人が結婚したのは1460年2月の事、彼女は14歳!!フェデリーコは38歳。
       バッティスタにとってフェデリーコは継母の兄という関係にあり、

       ・・今回あれこれ好奇心にそそのかされて読み始めましたら、各家系の複雑な
       入れ込み関係に私めの単純な頭はこんがらかり、遂に自分で家系図を書き始めた程!
       ここではまぁ、余りややこしい事は書かない事に致しますが、

       つまりです、このお二人の結婚生活は12年間続き、7人もの子供をもうけておりますが、
       7番目が男子で跡継ぎとなるグイドバルド・Guidobaldo
       同年に彼女はグッビオで亡くなり、肺炎らしく、
       ご夫婦向かい合わせの肖像画は彼女の晩年、と言っても26歳での若き死、の物という・・。

       この頃のちょっとした楽しみ、あれこれ歴史上の人物の話を読む時の愉しみは、
       一体幾つの時の事?と計算する事で、
       すると、ははぁ、なるほどなぁ、という年寄りの納得感が大いに満足する部分が
       多々ありますです、ははは。

       ピエロ・デッラ・フランチェスカについてのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/12569796



       さて、本日の主題ドゥカーレ宮に戻りまして、
       この素晴らしい写真をどうぞ!
       ドゥカーレ宮、現在の博物館入り口は建物の向こうに見える広場側です。
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       まず地面の高さをご確認下さいね。
       左に中庭が見える部分は2階の高さにある事にご留意を。
       そして、手前側の2つの小塔がある部分の左側にお目を!
       大きなアーチが続き、茶色のかなりの傾斜の坂道が上っているのが見えますね、



       この図をどうぞ!
       上の写真で切れていた茶色の坂道、低い石段の坂道が手前側に。
       下に見えるPiano dei servizi というのは、召使たちが働く部分を指し、
       図で見る様に、この部分は建物の地下、半地下部分、
       中庭の下の階に当たります。
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       Vivere a palazzo. 宮殿に住む
       ウルビーノのドゥカーレ宮は町の中の真の要塞であり、
       ルネッサンス期の住まいの建築としては最高傑作である。

       ウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトゥロの望みで宮殿建設は
       1444年に始まったが、実際は1468年にダルマチアからの建築家
       ルチャーノ・ラウラーナ・Luciano Lauranaがやって来ての事で、
       1474年頃にシエナからフランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ・
       Francesco di Giorgio Martiniが来て、最終的に明確な設計図
       「町の形」が出来上がった。
       まさに宮殿は私的な住まいというだけでなく、「生活の家」 
       誰もが入る事のできる場所であった。
       完成したのは1536年。


       この宮殿が建てられた場所には以前から、つまりフェデリーコの祖父に当たる
       アントーニオ2世の時代から住まいがあったようですが、
       フェデリーコは庶子、5歳年下の嫡出子の弟オッダントーニオ・Oddantonio
       17歳で家臣たちの謀反の形で殺害され、勿論その背後にはフェデリーコの存在がある訳で、
       1444年に公国の実権を握っての、夢の実現だった事になります。

       因みにモンテフェルトゥロ家というのは、12世紀の末に名が歴史にあらわれ、
       1234年からウルビーノの領主、
       現在は単にフェデリーコ・ダ・モンテフェルトゥロで通っている彼の正式名は、
       家系の中ではフェデリーコ3世という事になります。

       22歳で新しい宮殿の建設を考え始め、1482年に60歳で亡くなっていますから、
       宮殿全体の完成にはその後半世紀も続いていた事になります。 が、
       当時の芸術家たちのパトロンとして、妻バッティスタと共に素晴らしい
       ルネッサンス文化の宮廷を作ったといわれるフェデリーコの事、
       彼らの住まい部分がまず最初に出来上がっていた事でしょう。



       では見やすいよう部分アップで、番号順にご説明を。
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       1.洗濯場と染色場
         衣類は十分な水の供給された大きな水槽で洗われ、
         他の水槽では布の染色も行われた。
       2.台所
         大きな台所の方では客人用の食事が用意され、
         小さな台所は公爵とその家族用であり、
         その隣には料理人たちの寝部屋もあった。
       3.貯蔵庫と氷室
         一連の暗い部屋、薪の貯蔵や氷室があり、
         氷室には夏でも食料が新鮮なままで保存できた。
       4.馬具置き場と蹄鉄工場
         直接に5の厩舎とつながり、馬たちはここで馬具を装丁され、
         蹄鉄をつけられた。
         そう、現代における車庫と、その隣に整備工場がある感じ、ですね。
         右奥には厩舎管理人の為のトイレ設備も。
       5.大厩舎
         25もの小屋に分かれ、広くて機能的なもので、
         床は石に穴が開けられていて、廃棄物は直接に肥え溜めに。


       ええ、既に2度もこのドゥカーレ宮を見ているにも関わらず、
       こういった使用人たちの作業場、台所と言った、生活の基本線については
       この図を見るまでまるで考えた事もなかった事に、我ながら驚き呆れましたが、

       この手前に見える茶色の坂道については朧な記憶が蘇り、
       その内側、半地下の部分にこんな台所や厩舎があったのか、と
       新鮮な驚きで改めてじっくりと眺め、写真を探しました。
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       はい、この道は宮殿下の大きな駐車場からエレベーターで上がり、
       写真左奥にある町の中心のレプッブリカ広場に繋がる道コルソ・ガリバルディで、
       右手にはこんな坂道のアーチが繋がっているのですね。



       で、一度この坂道を辿った事がありました。  この写真はサイトからの拝借ですが、
       そう、こんな具合に低い石段で煉瓦敷き
       右手下の一番奥がテアトロ・ラッファエッロ・サンツィオで、
       その角奥に下の駐車場に連絡のエレベーター、という・・。
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       で、この坂道の一番上はこんな形で折れ
       この奥はドゥオーモの後陣に当たり、
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       またもや急な狭い、低い段差の付いた煉瓦道となり
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       ほらね、こうしてお隣のドゥオーモとの間の細い隙間を通りぬけ
       ドゥカーレ宮前のフェデリーコ広場に出てくるのでした。
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       左手の一番奥の扉が、現在の博物館の入り口。

       蛇足ながら、ちょっとした疑問点を一つ。
       図の中では手前側坂道の上部分に扉があり、お馬君が出てくるように描かれていますが、
       自分の写真、サイトの写真にもこの部分には扉がなく、後に塞がれたのかもですが、
       図には扉の無い左横、つまり広場に続く狭い隠れた坂道に扉がある写真を、
       サイトで見つけた事を付け加えておきますです。



       ドゥカーレ宮南面の壁と、
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       優雅な窓
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       壁面に穴が間隔正しく開いていますね。
       多分これは将来に、全面に化粧岩の板が張り巡らされる予定だったのではないかと・・。

       ですが、フェデリーコの後を僅か10歳で継いだグイドバルドには遂に子がなく
       難しい当時の局面も切り抜ける運にも恵まれず、
       甥にあたるフランチェスコ・マリーア・デッラ・ローヴェレを養子に迎え、
       彼自身ウルビーノに戻ることなく痛風で36歳の若さで亡くなり、
       モンテフェルトゥロ家はここに絶えます。



       こちらはPiano nobile・ピアーノ・ノービレ・貴人の階と呼ばれる上の階。
       まず全体図を見て頂き、
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       2枚に分け、上の部分を。
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       1.表敬の内庭・Cortire d’Onore 
         ルチャーノ・ラウラーナ設計する所の、ルネッサンス芸術の宝石。
         円柱、縁飾り、色使いは、まさに建築の素晴らしい調和の例である。
       2.大宴会場
         広場に面した広間で、儀式や重要な機会に使われ、
         2つの暖炉が客人を迎える大広間を暖めた。


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       3.公爵夫人の住居部
         5つの部屋から成り立ち、寝室から書斎に、祈りの小部屋、小さなサロンに通じ、
         大きなサロンは芸術家や文学者に会うために使われた。
       4.公爵の住居部(右上)
         5つの部屋が小塔を通じ繋がっていて、2階部分にある内庭に向かっていた。
         寝室、書斎、祈りの部屋、仕事部屋、そして著名人に会うための大きなサロン。
       5.入り口の小塔
         高さは60m、この2つの小塔から宮殿のどこにでも連絡がつき、
         秘密の行程もあり、公爵とその親密な関係者により使われていた。
       6.公爵の私的浴室
         書斎から直接に行けるようになっていて、温められ、
         脱衣室とお風呂とサウナがあった。

       楽しいでしょう?!
       今は単なる美術博物館になっていて、おまけに写真禁止、27年前は撮れたのがぁ!
       かっての生活の匂いなどまるで感じられないのですが、
       こうして見ると、フェデリーコ殿ご一家はここで生活していた、
       というイメージが湧きますものね。


       という事で、

       宮殿前のフェデリーコ広場から建物内に入る扉
       上部の優雅な飾り。
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       表敬の内庭、端正で大変美しい内庭
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       内部の写真がありませんので、サイトから少し集めました。

       煉瓦床
       いろいろな柄があるようですが、これ可愛いでしょう?
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       嵌め木細工が見事な書斎・ストゥディオーロ
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       ウルビーノはラファエッロの生地としても有名ですが、
       彼の作品が一枚この博物館に。
       ラ・ムータ・La Muta    1507頃の作品。
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       彼の好みの女性ではなかったろう、とすぐ分かる程に顔は素っ気なく描かれ、
       そのくせ重ねた指が生で、それに昔ひっくり返りそうなほど驚いたshinkai。


       ピエロ・デッラ・フランチェスカの作品を。
       鞭打ち
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       理想の町
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       フェデリーコ公が登場している、現在はミラノのブレラ博物館所蔵の
       ブレラの祭壇画
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       フェデリーコの家族については、cucciolaさんがこちらに詳しく。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3373411.html



       ウルビーノでの我々の宿は、まさにドゥオーモの前に位置し場所は最高!
       ただしぃ、夜食事に出かけて坂道を戻るのが大変、・・小々飲んでいますのでね。
       とは言え、この美しい夜景を見ると手振れもなんのその、ははは、写さずにはおれず、
       何度も写した中から、ウルビーノの夜景をどうぞ
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       サイトで写真を探していましたら、どか雪に町が埋もれた写真が何枚も。
       その中から、美しい雪化粧のドゥカーレ宮をどうぞ!
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       で、最後のおまけは、ははは、
       今日2月14日はヴァレンタイン・ディ。
       チョコレートならず、ウルビーノの名産カショッタ・Casciottaチーズをどうぞ!
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       熟成させないので皮が1mmほどの薄さで、新鮮なミルクの香りのする
       お口の中でとろけるチーズだそう。
       写真を見ながら、白ワインをお二人でどうぞ!!


     *****

       水彩ブログには、スコミーゴ村の雪と、 
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2013-02-14 00:56 | ・マルケ州 | Comments(10)
Commented by Mari at 2013-02-14 05:51 x
氷室って、、、、、!地下室なら、冷たい水くらいはあったでしょうけど、氷が溶けない部屋があったんですか!?っていうか、そこで氷がつくられていたんでしょうか?すごいですね!人間電気がなくても、知恵でなんでもできるものなんですね~。 と、変なところで感心してしまいました。。。あと、書斎の木の彫刻もすばらしいですね!
Commented by la_mia_coccolina at 2013-02-14 09:01
shinkaiさま、こんにちは^^
ドゥカーレ宮の当時の様子、とても興味深く、楽しませて頂きました!
遠い昔に思いを馳せながら一つ一つのお部屋の中の様子を想像すると、楽しくて楽しくて^^
日本大好きな夫は江戸の町を想像すると堪らなく楽しいそうですが。。。
宮殿の中はなかなか工夫されて機能的に作られているのですね。
中世のお城が好きで、子どもの頃によく絵を描いていた私にはもうツボでした!
今日も素敵なお話をどうもありがとうございました。
スコミーゴ村の雪景色も美しいですね!
Commented by italiashiho2 at 2013-02-15 00:20
★Mariさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうなんですよ、かなり昔から氷室があった様なのです。 氷を作るというのではなく、冬の雪を洞穴の様にして埋めたり、穴を掘って埋めたりで、雪の部屋という感じで、まぁ、きっとどんどん踏み固めたり叩いたりで氷の様になっていたかもですね。 で、食糧保存に使ったり、ヴェネトの貴族の屋敷を見に行ったら、庭の東屋の地下に氷室を作って夏にそこから冷たい空気が吹き出す様に、という贅沢をしていたのも見ましたよ。

でしょう?! あの木の嵌め込みのがちょっとした騙し絵風になっていて素晴らしいのです。 デザインによって木肌の色を選ぶ訳で、大変な職人仕事ですね。
Commented by italiashiho2 at 2013-02-15 00:28
★coccolinaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、中世のお城がお好きなんですね。 それは嬉しいです、仲間が増えました!  
ああいう図というのは、言葉の説明よりもずっと良く分かりますから、こちらの小学校上級から中学生向けの本に載っているのを見て、最初に嵌ったのです。 で、辞書を引きひき読み始めて・・、ははは。
絵も描かれていたのですか? なるほど、お嬢ちゃんの観察力もお母様譲りなのですね。 

雪景色の方も見て下さったのですね、有難うございます!
すぐに消えてしまって残念の様な、助かった様な・・、でした。
Commented by kazu at 2013-02-15 10:06 x
ウルビーノといえば一度みたら忘れられないウルビーノ公の肖像画ですが彼の結婚生活も興味深く拝見!
ドゥカーレ宮の内部も細かく写真でみられウルビーノの町の急な坂道には驚かされました。煉瓦を敷いた素敵な道ですね。
珍しいチーズの数々もご馳走様でした
Commented by cucciola at 2013-02-15 23:19 x
shinkaiさま、

こんにちは。
ウルビーノ、私も真夏の盛りに訪れたのを懐かしく思い出しました。
あの公爵の書斎は本当に独特の雰囲気でした。
使用人が使う場所は家具や道具がないと想像するのも難しいですよね。それでもやはり、ルネサンスの城の中でもトップクラスのエレガンスです!
リンクをいつもありがとうございます。
私も本日、ようやく書いたヴェネツィアの本屋さんの記事でshinkaiさんのヴェネツィアの記事、まとめてリンクさせいただきました。どの記事も捨てがたく選ぶのが大変なのでまとめて、です。

ここ数日、空気が春めいてきました。まだ冷たい山の街ですが、春が待ち遠しいこのごろです。
Commented by italiashiho2 at 2013-02-16 00:45
★kazuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですよねぇ、あの横顔は大変特徴があるので一度で覚えますよね。 はい、結婚生活の話も、今は政治的にも戦略的にも大変優れた君主として有名な彼ですけど、庶子の生まれで実権を握るまでがやはりちょっと凄い部分があり、その辺りも興味深かったです。

いやぁ、あの町は本当にどっちに向かっても坂道で、それも傾斜がきつくて写真を見返していてそれを思い出し、ああ、あの時はしんどかったなぁ、と、ははは。

バレンタイン・ディのご馳走は何を作られましたか? 良いなぁ、美味しいものが並んだのでしょうねぇ!
Commented by italiashiho2 at 2013-02-16 00:52
★cucciolaさん、こんにちは! コメント、そしてリンクして下さったそうで有難うございます! はい、後ほどお邪魔させて頂きますね。

ウルビーノのあの城は本当に綺麗ですよね。 そしてあの美しい小塔の近くにフェデリーコが住んでいた、と知って、ちょっと嬉しくなりました。
生活の匂いのする場所はあれこれ想像出来るので、見るのが大好きなのですが、半地下のあの辺りは博物館のコースではないのですよね。 なので、まるで考えた事もなかったのですが、見つけて楽しみました。

寒い日や突然の雪の日があっても、やはり春は近付いて来ていますねぇ。 もうちょっとの我慢ですねぇ!
 
Commented by クリス at 2013-02-16 15:56 x
sinkaiさん、こんにちは!
ウルビーノですね。マルケ州ですね。
私にとっては、でもなぜか今回パスしてしまったウルビーノです。

やはり紹介していただいたの見ると見どころ満載と、この坂道のある都会が、時間かけないと見切れないと思い、諦めちゃった要因がここにありなって思いました。

まだ旅行記に書いてないので、ネタあかしになってしまいますが、出産の聖母は、今回見てきましたよ。
リミニのも見ましたし。あの絵は素晴らしいのですが、教会にないというのが、妻も含めて少しがっかりの内容だったのですが。

あの絵は、あるべきところないとならないですね。

雪景色のドカーレ宮殿も素晴らしいです!
Commented by italiashiho2 at 2013-02-17 01:29
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

おお、クリスさんでも行かれた事のない町がある?! イェイ! ははは。
そうなんですよね、あの町は車が無いと行きにくい場所で、その癖ちゃんとした歴史ある趣ある町で、折角行かれるのであればゆっくりしないともったいない感じのする町ですね。

ああ、そうですか、モンテルキに行かれましたか。 あの聖母は素晴らしいですよね。 ただおっしゃる通り、あの今の博物館方式は余り良いとは思えませんが、絵の保管という問題、まして以前絵のあった礼拝堂自体が雨漏りとかいろいろある場所の様で、それ以前の絵が描かれた教会自体が無いのですね。
そして以前の墓地の礼拝堂にあった時に見たのですが、薄暗くて良く見えなかったという記憶もあり、その意味では今回は本当に美しい聖母像だというのが良く見えて良かった、という・・、ちょっと複雑な問題もあります。

はい、雪景色はこうして見ると美しいですけど、でも、あの坂道、雪の時に歩く事を考えると恐ろしいです、ははは。 大学生位の若さでないと・・!



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