イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2014年 03月 30日

   ・・・ サント・ステーファノ聖堂 ・ ボローニャ ・・・

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       ボローニャのご案内が続いておりますが、
       今日は街の中心からほんの少し離れた所にある古い聖堂、
       「七つの教会・セッテ・キエーゼ」とも呼ばれる
       サント・ステーファノ聖堂
       ボローニャでも最古の教会群、のご案内です。

       とはいえ、抹香くさくはありませんで、ははは、
       中世独特の面白い柱頭、美しいモザイクの壁なども登場しますので、
       お気軽にお楽しみ頂けますように!

       細長い三角形に広がる聖堂前の広場は、こんなにも
       大都市の真ん中に近いのに長閑で、鄙びたイメージが漂い
       暖かい陽射しを楽しむ人々がたくさん。
       上の写真もその中の一カップルで、
       ・・この次のシーンは、残念ながらブレまして、ははは、素人!

       カップルの後ろの立て札に矢印が見えますね、


       こちらが同じポルティコで休んでいる人々なのですが、
       大きな美しい建物なので、何かある筈と調べましたら、
       イゾラーニ邸・2つが一緒になっているPalazzi Isolani と言い、
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       コルテ・イゾラーニ・Corte Isolani と呼ばれるずっと続く内庭、
       建物からもう一つ北の道にまで続く内庭・アーケードで有名なのだそう。
       店やバール、オフィスなどがずっと続く、
       古くてモダンなアーケードの様子。



       丸石舗装され、車が入ってこないこの広場は
       人間だけでなく、ワンちゃんもフリスビーで楽しんでおり・・。
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       中心部の地図をどうぞ
       左に固まるピアッツァ・マッジョーレのドゥオーモ、
       パラッツォ・コムナーレなど、
       そして右下14がサント・ステーファノ・聖ステーファノ聖堂
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       所でサント・ステーファノという聖人はどんな方?
       今更ですが、はは、遅くとも無いよりまし、というイタリアの諺あり、

       祭事を手助けし、他の言語を話す信者との融和を図るための
       助祭・執事として最初に選ばれた7人の一人。
       美しく才識溢れた方で、妬まれ訴えられ、
       逆にユダヤ教の非を論したために、西暦35,6年頃
       石打刑で、キリスト教徒として最初に殉教された方と。



       こちらは広場の右手、
       15世紀のボローニャの豊かな商人達の館が並び、
       広場に張り出すテラス席で、のんびりと楽しむ人々。
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       今回のボローニャの写真は、カメラのどこかを触ったらしく、
       途中から、室内の電灯下光線設定になっていた様で、・・ドジ!
       戻って必死で調整したのですが青っぽさが残り、空の色も緑に、
       という情けない事で、うぇ~ん、その辺りご容赦下さいませ。

       ということで、
       サント・ステーファノ聖堂正面の写真は、サイトから拝借。
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       ご覧のように、正面の大きな建物と左側にふたつ
       別の教会が見え、七つの教会と呼ばれると書きましたが、
       かっては実際に7つの教会があったとの事。
       が1880年、20世紀初頭の修復により、過度の増改築を
       取り除き、現在は4つの教会が纏まった建物群に。

       例により、写真のブログ名入りはshinkaiが撮った物、
       サインなしはサイトからの拝借です。



       こちらが正面左手に二つ並ぶ教会で、
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       右側が、サント・セポルクロ教会・Santo Sepolcro 
       5世紀建設。

       左側が、サンティ・ヴィターレ・エ・アグリーコラ教会
       Santi Vitale e Agricola 4世紀のもの。



       正面の大きな教会クローチフィッソ・Crocifisso から入ります。
       内陣はご覧のように高くなっていて、
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       その下にはクリプタ・Cripta.
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       クリプタ・地下祭室、には一般に聖人の遺骨とか遺品が
       収められているのですが、
       フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂で
       クリプタで司祭さん達がグレゴーリオ聖歌を歌っている時に
       居合わせた事があり、これは音響効果もあり素晴らしかった記憶!

       サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/10764828/



       聖堂総体の中で一番大きなこの教会クローチフィッソ
       オリジナルは8世紀建設ですが、その後何度か改装されたと。

       内陣手前、左側の壁の上部で、
       この右下から、内庭に抜けます。
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       内部の様子が複雑なので、絵図と平面図をどうぞ
       Mondadori社出版のなかなか良いガイドブックなのですが、
       今回何度か読んでも見ても飲み込めず・・、
       漸くに、絵図の教会説明が2つ逆になっている事に気が付き!
       にゃろめぇ、訂正しました。
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       平面図の下側の1,2,3,が広場から見える正面で、
       1のクローチフィッソから入り、2のサント・セポルクロ
       行くのですが、この図では見えない狭い空間があり、
       一旦4のピラートの内庭・Cortile di Pilato に出て、

       再度2に入り直し、横に繋がる3の
       サンティ・ヴィターレ・エ・アグリーコラに。

       そして4の内庭に抜け、6のベネデッティーノの回廊
       Chiostro benedettinoに、という見学。



       という行程に従い、はは、最初にshinkaiはチラッと、
       真面目な皆さんはガイドさんの説明をきちんと聞いていた、
       ピラートの内庭
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       ピラートというのは、ポンツィオ・ピラート・Ponzio Pilato,
       そうです、キリストに死刑を宣告したピラートで、
       ここの大きな教会の名がクローチフィッソ・十字架上のキリスト、
       十字架刑にされた、という意味ですので、それでお分かりかと。

       で、中庭に見える水盤はカティーノ・ディ・ピラート
       ピラートの水盤と呼ばれ、
       キリストに死刑判決を下した後に手を洗った、という故事にちなむ物!

       我々日本人は、ピラートの名前など
       ハリウッド映画の歴史物でしか接しませんが、ははは、
       イタリアでは、こんな風にごく日常感覚でね・・!



       元々この教会群は、ボローニャの初代司教でもあり街の守護聖人
       ドゥオーモにその名を冠されるサン・ペトローニオ・S.Petronio
       (生年は定かでなく、431-450司教在位)が、
       聖地ジェルサレムの聖墓地を模したものを此処に創りたく・・、
       と伝承されていると。。

       
       狭く暗く、全体はこのサイトからの写真で、
       2のサント・セポルクロ教会内部をどうぞ。
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       外側は隣と接した変形の8角形で、
       周囲と離れて真ん中に、レンガの円柱12本による
       12角形のクーポラを造り、その中央に説教壇。


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       説教壇の下に、明かりの付いた窓が見えますね。
       あの下にサン・ペトローニオの石棺が安置されていたのが
       1141年に発見されたのだそう。
       ですが2000年にドゥオーモの方に移され、ちょっと凄いのは、
       それまでドゥオーモには聖人の頭部のみがあったのだとか!
       諸聖人の聖遺物については、あれこれ信じられない様な物、
       逸話があるのですが、それはさておき・・、

       このサント・セポルクロ教会の中は中世の面影を濃く宿し
       素朴で静謐な空気が溢れておりました。

       周囲から離れた形で中央の説教壇があるのは、
       かって巡礼者たちが周囲を回りながら祈った名残の形ですが、

       古くには、這いながら埋葬所の中に入り祈ったり、
       古い伝統では、ボローニャの妊娠中の女性達は、
       この周囲を33回、1回毎に埋葬所の中に入り祈ると、
       良い出産を迎えると言い伝えられていた、などとも。

       
       古い歴史を持つトスカーナの、サンタンティモ修道院のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/9940755/



       これは外側に1本離れて立っていた円柱なのですが、
       ガイドさんの説明を聞いておりませんで・・!
       ただ円柱の石がアフリカ産であるとか。
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       キリストが鞭打ちされた際の円柱の象徴とされ、
       ここに参拝する度に200年の贖宥を保障されたと!
       これも往時の信仰を物語ますね。

       

       ちょっと一息入れて、中庭の様子をどうぞ。

       今回まさに、おお!!と嘆息がもれたピラートの中庭
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       レンガの赤い壁に、小さい石をはめ込んだモザイク、
       白~グレイ、時に少し濃い色もあり、
       そのチマチマと細かい模様にしびれました!

       こういう素朴で繊細豪華というのは中世装飾のみが持ち、
       後世の豪華絢爛さとはまるで違い、心休まる趣を感じます。
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       以前この教会には来た事があったのに
       この中庭の美しさはまるで頭に残っておりませんで、
       漸くに、あれこれ落ち着いて見れる眼が付いてきたのか、と
       それも嬉しく思ったことでした。

       真ん中に見えるピラートの水盤は、石灰岩で8世紀の
       もので、ロンゴバルドの碑文が刻まれているそう。
       
   
       脇の入り口から、隣3の
       サンティ・ヴィターレ・エ・アグリーコラ教会に
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       ここはこの教会群の中でも一番古い4世紀のもの。
       隣のサント・セポルクロ同様に、元のイシス神信仰の崇拝跡
       の上に建てられた物だそう。
       イシス・Isisって、エジプトで見たあのイシスかと驚いたのですが、
       そうなのです、あのエジプト神話の女神イシスなのですね。

       イシス信仰はローマ期にイタリアにも、ローマ帝国全域に広がり、
       処女のままホルス神を身ごもったとされる事から、
       キリスト教の普及とともにマリア信仰に変わった、と。


       教会の名に冠される、ボローニャの最初の殉教者とされる2人ですが、
       ヴィターレが召使で、アグリーコラがその主人(男性)、
       305年頃の迫害により、ヴィターレが主人の目の前で見せしめに、
       次々に痛め付けの刑で処刑され、それにもアグリーコラが屈せず
       十字架刑にされたのだと・・!


       3廊式の翼廊なしで、いかにも古いレンガ積みですが、
       小さい窓に嵌めこまれているのは、大理石アラバスターの薄板。
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       主祭壇の両脇、左にヴィターレの石棺、ライオンと孔雀の浮き彫り、
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       右側にアグリーコラの石棺、鹿とライオン、がありますが、
       これはどちらも空っぽ!
       というのも、393年にミラノ司教アンブロージョが、
       ミラノに持ち去っているからでして、はい。

       そして大変興味深い逸話も残ります

       15世紀の初め、初期キリスト教徒の石棺「Symon」と刻まれた
       のが発見され、大騒ぎになったのだと。
       と言うのも、Symon・サイモンという名は、よくある名ではあっても
       ヴァティカンに眠るサン・ピエトロの元の名と同じで
       ひょっとして彼のお墓ではないかと、ローマ巡礼の半分が
       こちらボローニャに押しかける騒ぎとなり、ははは、

       時の教皇エウジェニオ4世・Eugenio IV 在位1431-1447
       が激怒し、教会を露出させた後、屋根を剥がしたのかな、
       土をかけて埋め、そのまま70年ほども!
       後にジュリアーノ・デッレ・ローヴェレ大司教のとりなしで、
       漸くに蘇ったのだそう。



       ここに残る柱頭にはいろいろな形があり
       手前も知りませんが、奥に見える形がここにはたくさんあり、
       なんというものか、どなたかご教授願います!
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       こちらはイオニア式?
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       そしてピラートの内庭の奥に位置する、平面図5にある
       世界最古のプレゼーピオと言われる木彫像「マギの礼拝」
       イチイと楡の木だそうで、13世紀末の作品と。
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       最初は木地のままだったのが、1370年に彩色されたのだそう。



       さて6のベネデッティーノの回廊に

       この教会群は、8世紀にロンゴバルド族がやって来た時、
       彼らの宗教の中心地となったようですが、
       その後放置されていたのを、10世紀の末に
       ベネデット派が修復改修したのだそう。
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       上は中庭側から見るクロチフィッソ教会と鐘楼で、
       この鐘楼も10世紀のもので、
       回廊の1階部分は10~11世紀のもので、
       2階部分は13世紀のもの。



       回廊の真ん中に井戸があり、
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       2階の円柱、柱頭飾りを写していて、あれ?!!
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       そう、これ!! ははは。
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       shinkaiはてっきり女だと思ったのですが、
       男なんだそうで、背中に顔が回り、お尻のanaもね、ははは。



       他にも、こんな面白い様々があり、
       こういうのが中世美術の楽しいところ!
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       中庭の鉢植えの水やりに、如雨露を持った修道僧と共に
       この猫ちゃんもやって来て、
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       ジュリアーナが、なんと言う名かと訊ねると、


       ははは、クレオパトラちゃん!!
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       男だけの修道院、しかもこんな柱頭飾りに囲まれた修道院に
       唯一の女性クレオパトラ、命名の妙に笑えます! ははは。



       という所で、今回の最後を〆まして、
       サイトから拝借の写真で、夜の広場と教会を
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       上のがピンぼけですよって、ははは、借り物に文句を言う、
       ファンタスティックな夜のボローニャを!
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     *****

       水彩ブログには、忘れられた自転車・アーゾロ ・ 描き始め
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by italiashiho2 | 2014-03-30 00:58 | ・エミーリア・ロマーニャ州 | Comments(18)
Commented by la_mia_coccolina at 2014-03-30 09:35
shinkaiさん、こんにちは^^
ボローニャの町の色合いやポルティコ。。。世界史で習った時に頭の中に広がっていた光景がそのままです。
教会の古く赤いレンガの壁は独特な雰囲気でとても興味深いですね!こういう雰囲気を感じるとやはり中世が好きだと改めて思います^^
柱頭飾りもユニークで楽しい!
(最近プロフィールを退会したのでイイネが押せないのですが、いつもお邪魔するのを楽しみにしております*^^*)
Commented by シニョレッリ at 2014-03-30 17:26 x
shinkaiさん、こんにちわ!

サント・ステファノの教会群、いいですね。
何度も行った割には、私は柱頭飾りにはあまり目が行かないので、こうして写真を拝見すると大変勉強になります。
ここに行くと、小さな博物館にある絵画やフレスコ画ばかりを熱心に見てしまうのです。
Commented by italiashiho2 at 2014-03-30 22:56
★coccolinaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

ボローニャは日帰りも出来る位置にあるのですけど、なかなか出かけないのですよ、なぜか・・。 でも今回久し振りに行き、仲間とも見るべき場所があるしとても良いからまた来よう、と話したことでした。
サント・ステーファノの雰囲気もとても良かったので、それに惹かれたのも大きいと思いますが、あの壁も素敵でしょう?!

いやぁ、あの柱頭飾りを見つけた時は、やったぁ!でした。 ははは。 ガイドさんも仲間もとっくにさっさと素通りで、私とジュリアーナ、そしてもう一人しか残っておらず、後は大急ぎで走って追いかけたのですが、見っけもんでした。

最近そちらの更新が無かったのでちょっと気にかかっていたのですが、改装でお疲れだったと分かり、安心しています。
再度のお怪我のない様、頑張って下さいね!!

Commented by italiashiho2 at 2014-03-30 23:00
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

以前行った事があったのですが、殆ど頭に残っておらず、今回改めて読んでみても大変興味深かったです。
今回はグループで大急ぎで回っているので、博物館にも寄らなかったのですが、読んでいると、なかなか古いフレスコ画の残りとか、モザイクも残っているようですね。
やはりゆっくり、一人で出かけないといけない場所ですね、ここは。

Commented by クリス at 2014-03-31 20:52 x
こんばんは、sinkaiさん!
いや~素晴らしい!!
なんといっても、ボローニャで良いのはこの教会群ですね。
どれも素晴らしいので、写真を見ていて、なんか目移りしちゃう。
行きたいなと思いつつ、まだまだ順番が・・・ハハハ・・・
Commented by italiashiho2 at 2014-04-01 00:45
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

ねぇ、素敵でしょう?! 中心部からの分岐点に塔が2本あって、そのすぐ近くから古い建物群が続き、この教会に行き着くのです。
あんなに賑やかな中心のすぐ傍なのに、こういうのが残っている事自体、本当にイタリアは凄い、と思う所以です。

ははは、順番待ちですか、ボローニャは・・?! 次は再度、南に下られるのかな、良いなぁ!!
Commented by romaitalia at 2014-04-02 04:43
sinkaiさん、こんはんは~

以前、説教壇の下に這いつくばって入ったことを思い出しました、懐かし~い(笑)入口が奈良の大仏様の鼻の穴(より少し大きいくらい?)の大きさで、私は入れましたが夫のほうは入ることができませんでした(爆)

猫のクレオパトラちゃん、美人さんですねよ!

P.S.
sinkaiさんにも私のモザイクの応援をして頂いているんですよね~、いや、どうもありがとうございます。とても嬉しいですよ~^0^


Commented by italiashiho2 at 2014-04-02 13:35
★kasumiさん、こんにちは! コメント有難うございます。

おお、あの説教壇の下に?! 復活祭の時には入れる、というようなことも読んだんですが、ははは、ご主人は無理でしたか。

そう、あの猫ちゃん、なかなかの美人でしょう? 名前を教えてくれた若い修道僧が小さな声で、ちょっと恥ずかしそうに言ったのも可笑しかったです。

は~い、しっかり次の作品に取り掛かってくださいね。 出来上がりを拝見するのを楽しみにしていま~す!
Commented by 二木一郎 at 2014-04-02 19:48 x
shinkaiさん、こんばんは!

セッテ・キエーゼ!?
イタリアにはいろんな教会があるのですねぇ。
7つの教会が1つになったなんて、聖人たちのアパートってところですかねぇ。

記事の内容とは直接関係ないのですが、質問があって久々にコメントいたしましたぁ。

 Santo Sepolcro
 さんと せぽるくろ!?

これは聖セポルクロという聖人の名前ですよね?
トスカーナの街サンセポルクロの名前と関連があるのですか?
サンセポルクロはサン・セポルクロ、つまり聖セポルクロという聖人の名前だろうと考えていましたが
もしそうなりますと、聖セポルクロをイタリア語で表すと二通りの言い方があるということですか?
イタリア語の弩初心者にご教授願います、先生!

このサント・セポルクロ聖堂は素晴らしい集中式聖堂で
内部と、レンガの外壁が良いですねぇ!

サンティ・ヴィターレ・エ・アグリーコラの内陣の細長い窓に嵌め込まれているのがアラバスターですか。
なるほど、しっかり光を通していますね!
Commented by italiashiho2 at 2014-04-02 22:26
★二木さん、こんにちは! コメント有難うございます。

そう、七つもの教会があったんですって! ですが過度の増改築を整備して現在は4つ、ということですから、その辺は信者にありがたみを持たせる意味で、いけそうな部分は皆教会ということにしていたのかも、です、ははは。

は~い、間違えてお返事しないように、へへへ、その定義についてちゃんと今調べて参りましたぁ。
いえ、サント・セポルクロ・Santo Sepolcroは聖人の名ではなく、キリストの聖なる墓所、つまりジェルサレムにあるキリストが埋葬されたという墓所を指します。

昔は遠方の、しかも敵地の中にある聖地にまで参拝できないので、せめて近くで、という事で、あちこちにこんな模した聖地を造ったようです。

トスカーナのあのピエロ・デッラ・フランチェスカの生まれた町は、サンセポルクロ・Sansepolcroで、昔はBorgo del Santo Sepolcroと言っていたそうで、その由来は、えっへん、10世紀に聖地ジェルサレムから戻った2人があそこに修道院をつくり、それを聖墓所に捧げる、なぞらえる、という事でその名で呼んだのだそうです。

文字数制限が出ましたので、分けます。
Commented by italiashiho2 at 2014-04-02 22:27
★二木さん、続けます。

確かにサンセポルクロでは、いまだに土地の人は自分の町のことをボルゴと読んでいるのを聞いたことがありますが、いつ単純にサンセポルクロという町の名になったのかは、ちょっと分かりませんでした。


あの外のモザイクの壁が素晴らしいでしょう?! はい、既に、どういう構図にしようかと、ははは、shinkai約定済み、の札を貼っておりますです、ははは。

アラバスターだけだとやはり暗いですね。 あそこは上階に窓が、多分後からの増築と思うのですが、開いていて、それで何とかISOをあげて撮れた、という感じです。
暗い中で見ると、アラバスターを通す光は、オレンジ色に見えます。


Commented by 小父さん   1 at 2014-04-03 03:07 x
全く抹香くさくないです(笑)
いきなり恋人どうしでリュックサックの色あいも仕草もお洒落ですね~。

ポルティコの下にワンちゃん、長閑です。
丸石舗装に草かな?がまたいいです。

そもそも聖人と殉教とは何ぞや?と今検索してみました。(笑)
石打刑ってむごいですね。

建物を見上げるにつけ、ボローニャも文化とともに経済的にも潤ったんでしょうね。

写真のテラス席が日本でも少しづつ真似してきているようですが、この広場では周りに騒音とか埃とかないんですね。

>室内の電灯下光線設定になっていた様で

う~ん、私もデジ一を触りはじめましたが、機能が多すぎて憶えるまでには相当時間がいりそうです。

>こちらが正面左手に二つ並ぶ教会で

これもレンガ積みですか?
4世紀と5世紀か!ほとほと感心します。
Commented by 小父さん  2 at 2014-04-03 03:08 x
美術館のごとき「サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ 」
に行ってきましたよ。

彩色の組天井と、すっきり柄の大理石のアーチに床に占星の黄道十二宮の大理石の柄があった事には・・、きゃいん!とか(笑)

いや、メディチ家の財力に圧倒されるばかりです。

ああ、忘れてた、グレゴリオ聖歌の有難いおこぼれが感動的な音響効果を醸し出していたんですね。

ポンツィオ・ピラート・・・初めて聞いたのでいまWikiで読んでいました。

ピラートの水盤・・・イタリアを理解するにはカトリック宗教抜きでは無理ですね!
ピラートが出てくるハリウッド映画もあるんですか。

話は飛びますが、DVDでポンペイ最後の日の500円くらいのを本屋
で見かけたので買ってみたんですが、映像はモノクロ映像は汚いし
ストーリーも期待外れな感じでした(笑)

サント・セポルクロ教会内部は荘厳な印象です。
この保存維持も大変でしょう。

あ~~、この台の周りを巡礼者たちが・・・
正に映画のシーンみたいです。
Commented by 小父さん  3 at 2014-04-03 03:09 x
>這いながら埋葬所の中に入り祈ったり、古い伝統では、ボローニャの妊娠中の女性達は

これぞ宗教ですね。

サンタンティモ修道院に飛びました。

修道院の世界も多少知らないと駄目ですね。

>皇帝の修道院というお墨付きとなり
>13世紀には、モンタルチーノ、シエナの権力に屈し、かっての5分の一程の所有領となり、・・・

日本で言うと比叡山のような力があったんでしょうね。

>引き締まる思いに打たれた、射し込む光。
>光の入り方が独特で、素直に、神秘的感情に打たれます

出てきましたね~安藤建築の元が(笑)

修道院がスカウト活動を支援しているとのこと、以前に書きませんでしたかね。
私は小6から青年期までと父親になってからも15年くらいボーイスカウト運動に入れ込んでいたんです。
私が思うに宗教抜きのこの運動は真似ごとな気がするんですね。
日本でも教会、お寺、神社がやっているところもありますが、地域が
母体なのはおおよそ宗教から離れたところでの会だとずっと思っています。

また来ます。
Commented by italiashiho2 at 2014-04-03 10:20
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

あの教会前の広場が素敵な雰囲気でしょう?! あんなに街の中心に近いのに、あの鄙びた雰囲気で、敷石の間に草が生えている、というのがねぇ。
車が一般車は通れずの筈で、だから騒音も埃もないのですよ、ここは。 

ボローニャは古くから、まさに主要交通道路が交わる重要な位置にあり、歴史も古く商業も栄えたというのですけど、あのドゥオーモが正面が完成しないままになっているのですね。
これがとても興味深いのですけど、まだしっかり読んでおらず・・、なのです。

カメラは普段自分が使う機能だけ覚えているので、基本をまるで知らずで、ははは、その気でなく触ってしまっていると、もう家に戻って冊子を開くまでお手上げなんです!

教会には、営々と積み重ね蓄えてきた金力と美とがびっちりと残っていますよね。 まぁ、その権力はともかく、現代の我々は美術博物館代わりに見せていただいている、と思っています。

Commented by italiashiho2 at 2014-04-03 10:43
★小父さん、続けます。

サン・ミニアートも、サンタンティモも見てくださったそうで、有難うございます!
安藤建築の元が・・、に吹き出しました、ははは。

ポンツィオ・ピラートは、今ちょっとYoutubeを見ましたが、メル・ギブソンの「情熱」日本語タイトルはどうなのかな、にも出ていますが、私がよく覚えているのは、確か「ベン・ハー」だったと思います、はは、かなり古いですが。
そうなんです、こちらの美術にしろなににしろ、その源はすべてキリスト教にあり、その逸話なりを知らないと話の筋が分からないのですが、それでもだんだん分かってくると、すぐに誰、何と分かるような決まり事もあって・・、です。

修道院が持っていた力というのは凄いのですね。 修道僧というのは本当によく働き、土地を開墾し川の流れを変え、百姓達を監督し、病院の施設も作り、一方で祈りつつ勉強もし、ワインも薬も作り・・! 
比叡山の僧兵よりもずっと組織化された団体戦力だった気がします。

Commented by italiashiho2 at 2014-04-03 10:48
★小父さん、続けます。

日本のボーイ・スカウトは、単純な野外活動的な物だと思っていたのですが、これも良く知らないままですが、 こちらのは子供の頃からの教会の勉強活動で始まり、それが青年達の運動にも繋がっているような感じです、これも正直良く知らないのですが・・。
日本のお寺さんとこちらの教会との違いは、社会に入り込んでいる点で歴然とした差があるのを思います。


Commented by italiashiho2 at 2014-04-03 14:55
★小父さん、追記します。

メル・ギブソンの映画題名、あれは「情熱」ではなく、「受難」だったろう、と今気が付きました。 「パッショーネ」なのでうっかり間違えましたぁ。


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