イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2015年 03月 27日

   ・・・ ラ・ロトンダ訪問 ・ 春の日 ヴィチェンツァ近郊 ・・・

       さて先回予告編を致しましたヴェネトはヴィチェンツァ近郊、
       16世紀アンドレーア・パッラーディオ・Andrea Palladio設計の
       ラ・ロトンダ・La Rotonndaのご案内です。

       
       長閑なヴェネト平野の中をバスは行き
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       ラ・ロトンダ正面の標識
         ヴィッラ・アルメーリコ・カプラ  通称 ラ・ロトンダ
         (16世紀) 設計 アンドレーア・パッラーディオ
       右下のマークは、世界遺産指定 1994年
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       内部は写真禁止でしたので、サイトからの写真をあれこれ拝借ですが、

       こちらは上空からで、庭園の広さの関係もよくお分かりと
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       どこにあるかと言いますと、先回ご紹介した
       ヴィチェンツァの街の南に。 駅前からバスがある筈で、
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       ヴィチェンツァはヴェネツィアから75k西に位置し、
       ミラノ~ヴェネツィア間の幹線駅。




       さて南から近づいた我らのバスの窓からの最初の眺め
       建物の東側に当ります。
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       バスを降り、細い緩やかな坂道を辿りますが、
       この辺りは長閑な景色と温暖な空気で有名な所で、
       花も咲き始め・・。
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       正面入り口からの眺め
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       上の庭園から
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       ラ・ロトンダの訪問は今回初めてだったのですが、
       今まで写真はあれこれ見ておりまして、その印象からなんとなく
       こじんまりとした可愛らしい建物、という感覚があったのですが、
       なんの、やはりかなり壮大な印象で、パッラーディオ独特の
       堂々とした大きな物でした。




       正面入り口は北西側にあり、入り口の緩やかな傾斜地の向こう、
       上って来た道を挟み見えるのは、
       ヴァルマラーナ家・Valmaranaのヴィッラの礼拝堂で、
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       ヴァルマラーナのヴィッラはあの奥にある様子ですが、
       奇しくも1912年より現在のラ・ロトンダの持ち主。

       それにしてもこの借景というのか、これも大変見事なものですが、
       坂道の左側に見えるのが、いわゆるバルケッサ・農作業用、厩舎で、
       これは後世カプラ家に持ち主が変わってから付けられた物と。




       入り口から傾斜道を上ってきた所の鳥の彫像、家鴨かな、なんだろ?
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       こちらが庭園から見るバルケッサの裏側、というか使用側。
       入り口の傾斜道の長さ、高低差が分りますよね。
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       前の庭園から、北側にはモンテ・ベーリコの聖堂も見え、
       これはヴィチェンツァの駅から南に、見上げる高さに見えますが、
       木立の中に点在する大小のヴィッラも見え、
       庭には引率の先生の話を聞く外国からの学生グループも。
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       前庭で我らのガイドさんがあれこれ説明中だったのですが、
       shinkaiは勝手にあちこち歩き回って写真を撮り、

       こちらは南側
       正確にはほんの少しの違いがあるそうですが、四面共に同じ造りで、
       真ん中の丸い大きな部屋から張り出した形で、
       6本のイオニア式円柱に支えられた神殿様の入り口のロッジャがあり、
       階段を上ってどこからも出入りでき、周囲の風景を愛でる事も。
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       上はピアーノ・ノービレと呼ばれる主人の居住区域で、
       1階部分は召使達の使用部、そして台所や物置部分。




       階段の下を通り抜けるアーチ部分
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       現在の正面入り口である北側で、ここから中に入ります。
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       上の三角部の下に、MARIUS CAPRAと見えますが、
       マリオ・カプラ・Mario ともう一人兄弟のオドリーコ・Odoricoが
       このヴィッラの建設を1620年に終了させたのでした。

       後先逆になりますが、
       最初にこのヴィッラをパッラーディオに注文したのは、
       入り口脇の標識に名の見えるパオロ・アルメーリコ・Paolo Almerico
       この方は教皇ピオ4世、5世に仕えた書記官だったそうですが、
       引退するに当たり生まれ故郷のヴィチェンツァに住む為だったそう。

       1565年に発注翌年から工事で、1569年には住める状態だったそうですが、
       パッラーディオは1580年、注文主のアルメーリコも1589年に亡くなり、
       工事の完成を見ることはなかったと。

       アルメーリコ、司教にして伯爵位を持つ方が亡くなった後、
       このヴィッラは庶出の息子が相続しますが、これが経済破綻者で、
       2年後にカプラ兄弟に売り払い、漸くに30年後の1620年
       外装内装共に完成という事に。


       アルメーリコ司教は聖職者ですから独り者、庶子は居れどもで、
       姓が違うので隠し子だったのかも、ははは、
       いわゆる貴族の一般のヴィッラのように広大な建物は必要なく
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       このラ・ロトンダがこじんまりとした、
       中心に円形の広間があり、その周囲に同じ形の部屋が四方に突き出す、
       いわばギリシャ十字の教会様式にも似た形で、
       中心の円形の広間の天井部分には丸屋根を持つ神殿に似た形
       パッラーディオが設計したのも納得できますね。

       小高い、他から孤立した丘の上に立つ聖職者のヴィッラとしては、
       如何にも相応しい形で始まったのでしたが、

       ヴェネト一帯に30ほどものヴィッラの設計をした
       パッラーディオの作品の中でも最高傑作として名高く
       世界各国にその影響を及ぼした神殿式ヴィッラなのでした。




       ですからこの内部装飾は、後に買い取ったカプラ兄弟の趣味というか、
       当時のヴェネツィア貴族の趣味で、後々にも様々に改装された様子。

       中心の円形の広間と、上のドームの内部装飾
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       パッラーディオが亡くなった後は、ヴィンチェンツォ・スカモッツィ
       Vincenzo Scamozzi が、テアトロ・オリンピコを始め
       パッラーディオのプロジェクトの後を引き継いだのみならず、
       彼自身も素晴らしい建設をヴェネト一帯に残しておりますし、

       このドームもパッラーディオは半球体を設計していたのが、
       スカモッツィは建設上の問題からももっと低いものに変え、
       頂上部に丸い天窓をつけたのだそう。

       真ん中の縦構図の写真ですが、もし写真Okだったら
       きっとshinkaiも撮った上部でして、
       あの赤を背景の彫像に光が当って、本当に美しく見えたのでした。
       こういうゴテゴテ装飾は余り好きませんが、それでも時にはね・・!


       パッラーディオ設計の他のヴィッラのご案内
       テアトロ・オリンピコ

       ヴィッラ・マルコンテンタ

       ヴィッラ・エモ


       

       
       どこの部屋か覚えておりませんが、角部屋の装飾と、
       その天井装飾、一つ足りませんが・・。
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       建築史上に残る、新しい建築様式を開いたと賞賛される、
       素晴らしく美しいパッラーディオのヴィッラ。

       そうですね、貧乏人の正直な感想としては、ははは、
       実際に住むとなるとどうだろうか、というものでした。
       ははは、こういう感想自体、ヴィッラを観る資格がないのかもですが!

       そうなんです、いつもはヴィッラ見学にこういう感想はないのですが、
       何ででしょうか、余りにも正確に整いすぎていたせいなのか、
       美しいけれども、丘の上にぽつんと孤高の姿というからなのか、
       どこかトンチンカンな感想ですが・・。




       東側。 こちら側は庭が広く、ゆったりで
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       この正面に当るこちらの傾斜地には、かっての馬車道と思われる
       生垣の植わった道が見えましたが、現在は周囲と同じ
       石塀で閉じられておりました。 

       そうそう建物自体の向きですが、どの部屋にも均等に光が
       当るように、東西南北の軸に45度の角度を持っているのだそう。




       東から南にかけての、本当に気持ちの良い春の畑。 
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       ヴィッラの入り口、傾斜道脇の薔薇もお手入れ中でしたし、
       南西角の紫陽花もすでにこんなに葉が育ち、 
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       外国からの客人グループもスケッチをしたり
       いやぁ、それにしても真っ白、ミルク色の肌! 
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       前庭ではデンマークからの高校生が記念撮影中で、
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       皆が指を突き出しているでしょう?!
       なんと、ははは、中指を突き出しておりまして、

       後で学生を撮っている所にこの先生がやって来て、
       ジュリアーナがついでにカメラを向けましたら
       中指を突き出し!、ははは、しっかり写っておりました。




       はい、後列にいた緑の髪の子
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       彼の左のレンズに映っている赤いコートは、ジュリアーナ。
       彼女が盛んにこの緑の髪を撮りたがっていたので、
       shinkaiめがきっかけを作ってあげた、とばらしまして、ははは。 

       我ら中高熟年グループは、はは、暑いとは言いながら殆どがコートのまま。
       ですが、彼らは半袖Tシャツ、中には袖なしもおり!
       ヴァイキングの子孫に勝てるわけがないよ、と言い合った事でしたぁ。


       ラ・ロトンダの見学は
        期間は3月15日から、11月15日まで
        4月から10月 10時から12時 15時から18時
        3月と11月 10時から12時半 14時半から17時
        月曜休館

       公式サイトは
       http://villalarotonda.it


       という様な、春の日のラ・ロトンダ見学でした。
       



     ◆ 個展のお知らせ ◆

       我が絵の師 二木一郎さんが、諏訪市のギャラリー橋田さんで
       3月30日から4月12日まで、個展を開催されます
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       今回がなんと30回目の個展になられるそうで!
       なんとも大変なご精進です。

       新作についてはこちらでご覧になれますが、
       新しい試みの新作をも含め、力のこもった展覧会になる事と存じます。
 
       どうぞお出かけ、ご高覧下さいますよう
       私からもご案内申し上げます




     *****

       水彩ブログには、 目覚めゆく平野 ヴォルテッラ ・ 途中経過の2 を
       アップしております。
       見てやってくださ~い!    
     
    
     *****        
       

       いつもブログご訪問、有難うございます!  


              
  



by italiashiho2 | 2015-03-27 00:43 | ・ヴェネト州 | Comments(6)
Commented by シニョレッリ at 2015-03-28 13:56 x
Shinkaiさん、こんにちわ!

ラ・ロトンダは随分前に行ったきりで、その後、一度も行ったことがありません。

>何でしょうか、余りにも正確に整いすぎていたせいなのか、
 美しいけれども、丘の上にぽつんと孤高の姿というからなのか、

私も全く同感です。トンチンカンな感想ではなく、至言だと思います。

チェントロにでもラ・ロトンダがあれば、他のパッラーディオの作品を見るついでに行きますが、少し遠くの反対側にあるので、わざわざ行くこともないというのが正直なところです。

パオロ・ヴェロネーゼ風のマガンツァ父子やLouis Dorignyなどの装飾が苦手な事も理由の一つです。
Commented by italiashiho2 at 2015-03-28 14:37
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

ああ、やはりそう思われますか? 
私はまだ見た事がなかったので、やはり一度は見たいと思って参加したのですが、外からの姿もテンピオ風ですし、中も他のヴィッラと違って生活の匂いがまるでしないのですね。

そうそう、まさにヴェロネーゼ風で、それよりももっと進んだ感じのトロンプルイユでした。
マゼールのはまだ可愛らしいイメージがありますが、ここのは如何にも、これでもか!でしたね、ははは。
Commented by 小父さん at 2015-03-29 22:20 x
最初の写真を見てうっとりして、我が写真道の「千里の道」への遠さを感じております!

下にスクロールするに従って「あれっ、このページのことコメントしたかな?」なんて思い下まで行くとまだコメント数は二つ。
もう一度、「・・・ ヴィチェンツァの街 と ラ・ロトンダ 訪問予告編 ・・・」のコメント欄まで行って自分のコメントを確認してきました(笑)

それではと、Andrea Palladioのこと、日本では安土桃山時代(織田、豊臣時代)だったこと、Villa Almerico-Capraのことを斜め読みしてきました(笑)

shinkaiさんは、建築のことをかじっておられませんか?
本当に活字の並びに感心します。

いや、現代の無機質な建築物を思うとパンテオンみたいに芸術的ですね。
でも「高低差が分りますよね」の下の写真なんて農場の複合家屋みたいな印象も感じます。

「階段を上ってどこからも出入りでき、周囲の風景を愛でる事も」の下のものや上空写真から、米国のホワイトハウス(アイルランド出身の建築家設計1792年らしいですが)なんてこれからヒントをもらったんじゃーないのか?なんて根拠なしに思いました。

話はぽ~んと飛んでアルメーリコ司教とところで「庶子」という表現がありますね。
これ分からないので検索しました。
いやー、勉強になります!(笑)

織田、豊臣が天下取りをやっている頃に「神殿式ヴィッラ」を考案したとは!
石工から建築について手ほどきを受け、同時に数学、音楽、ラテン文学などについても薫陶を受けたなんて天才ですね。
いや太閤さんも茶の湯やったり朝鮮征伐なんてやってましたが・・・(笑)

テアトロ・オリンピコなんて彫刻そのものですね。
いやはや、建築史のドアを開けたAndrea Palladioの入門口の玄関にちょっと立たせていただいただけでも幸せです。
有難うございました。
Commented by italiashiho2 at 2015-03-30 04:05
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

いやぁ、私の写真について言うならば、こちらイタリアに住んでいる事がもうダントツの大得だと思っています、正直な所!
自然もまだまだ豊かですし、建築物にも味があります。
世界遺産の数、世界一のイタリアに住み、勤めもなくおまけに一人暮らし・・、きっと日本に住んでいたらブログなど始めていなかったと思うのです。
建築の事のまるで知りません! 人物についても何にしてもブログに書く為に読み、あれこれ見るチャンスもあるので、何とか知っている、というだけです。

はい、先回と同じ写真を何枚か載せましたので、ちょっと混乱されたのかもですね、済みません。

安土桃山時代になるのですねぇ、そう思うとやはり日本は狭い国でしたね。 島国ですから仕方ありませんが、おまけに鎖国という断絶が続きましたものね。

いや、パッラーディオの建築はイギリスなどに大変影響を与えたようですし、そこからの派生も多くあったのではないでしょうか。

パッラーディオは貧しい生まれだったそうですが、その素質を認めてパトロンがつき、ローマ留学をさせたり勉強させたり、またしっかり後押しをしてそれで売り出せた様子ですが、やはり一種の天才なんでしょうね。

はは、庶子ですか。 そういえば日本ではどう言うかなと考えたのですが、システムが違うのですよね、お側女とかお妾さんになり、お城のお側女の子は既に嫡出子なんですよね。
こちらは愛人との子を教皇に認めて貰わないと、または単なる平民だと近くの教会に頼み込んで何とかして貰うとかでないと・・!
中世辺りの君子に付いて読んでいると、たくさんこんな話が出てくるので、ははは、つい当たり前みたいに思い込んでおりましたぁ。

私はほんの少しのご案内や資料を提供というのか、ちょっぴりの取っ掛かりを差し出せたら、と思っているのです。
なので、いつもしっかり読んで頂ける事に感謝で、本当に有難うございます!
Commented by cucciola at 2015-03-31 22:24 x
shinkaiさま、

こんにちは。
法王庁にいれば、書記官クラスでもこのくらいの建物は建てられるのか、とそっちにもびっくりしました。
トンチンカンというのが笑えました。シニョレッリさんも同感とのこと、なんだか近代的で冷たい感じで、私も住みたいなあとは思いませんが(庶民の僻みですね)、こんな風にぽつんと立っていたら風当たりもすごいでしょうね。私はやはり、トスカーナのペトラルカの晩年の家みたいのがいいです。ロトンドの宮殿そのものも見ものですが、設計図が美しいですね!
Commented by italiashiho2 at 2015-04-01 00:45
★cucciolaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですねぇ、ですが書記官とはいえ平の下働きではなく、貴族で長の方だったのでしょうが、やはりすごい物ですね。
案外話を通してもらう為の、裏口収入も多かったのかも知れませんね、ははは。

普通ヴィッラを見ると寝室とかあるのが、今回はそれが見えなかったのですよね、なので尚更生活感が無かったのかも知れませんが・・。

そうです、そうです、引退生活に入ってもまだ人との応接とか見せ掛けを意識しすぎるよりも、
あのペトラルカの家のシンプルな書斎などが良いですよね、まさに同感です!

手書きの設計図は、素敵ですよね。 どうやってあんなのが描けたのか、感嘆します。



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