イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2015年 05月 14日

   ・・・ 要塞化された小さな村とワン君 ・ ウンブリアの春 n.2 ・・・

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       ウンブリアから戻って以来、ずっと気持ちに小さな引っ掛かりが
       残っているので、今日はそれを含めてみてやって下さいね。

       旅行最終日、アッシジから家に戻るのに、久し振りのグッビオにも
       寄って帰ろうと思い、それも自動車道ではない土地の道を辿りました

       で、突然出合ったこんな要塞化された小さな村!
       ずっと丘や山道を行く道中、パッと目の前に現れたので
       驚いて車を止め、偵察を、ははは、する事に。




       上の写真だけではちょっと印象が伝わりにくいかと
       サイトから拝借してきた写真がこちら。
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       お分かりでしょう? 単なる廃墟ではないのは車がたくさん、
       といっても城壁の前に10台もあったかですが、並んでいますし、
       私のすぐ後からやってきた車も止まったのですね。

       写真右手前に見えるのは、第一次、第2次大戦でのこの村の
       戦没者慰霊碑だそう。




       サン・グレゴーリオ・San Gregorioという村であるのは、
       門の前に書いてあったのですぐ分りましたから、
       家に戻ってから検索をかけました。
       アッシジから14kほど、車で20分の距離に。
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       村の入り口の門、跳ね橋があった事が分る切れ込みと
       塔の上からは矢や石を投げた事が分る造り!
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       この塔に続く左の壁、家の扉が2つ3つあったその一つの
       扉の前にワンチャンが座っていたので、
       いつものように、チャオチャオ!と挨拶し・・。




       後から来たシニョーレが門の中に入っていくのを見
       その後もう一人のシニョーラも入って行きましたし、
       門の右奥からは、賑やかな子供達の声も聞こえるので、shinkaiも。
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       細い上り道の小路が奥に続くのが見え、ゆっくりと辿ります。
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       ふと振り返ると、さっきのワンちゃんが門の所から
       私を見ているのが見えるのですね。
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       写真はすぐ傍からではなく、かなり遠くから撮り
       切り取ったのでピン甘ですが、
       警戒監視中ではなく、なんとも寂しそうな顔に見えません?

       今までの人生で、いや、犬生で、一度も楽しい事がなかった様な、
       一度も笑った事がないと言うような顔、雰囲気を
       最初から受け、気にかかったのです。




       住んでいる人のいることが分るかなりのお家とか
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       横の小路を覗くと、奥に城壁らしきもの!
       左手前の家の扉上部、庇代わりに布が掛けられていて・・!  
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       小路を辿ると 、こんな感じの壁が2方に。 
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       きっとかっては単なる壁ではなく、家並みが連なる窓で、
       現在は内庭みたいに見える場所も狭く塞がっていたのでしょう。


       どんな村だったのか調べましたら、
       海抜279mにあり、アッシジとペルージャ・Perugiaとの
       境界線に近く、現在の住人は10人程!

       村の最初の記録は、1114年にアッシジのサン・ルフィーノ教会
       (現在のアッシジのドゥオーモ)のレトゥオーネ・Letoneという
       多分教会の長に、この村が贈られた、と言うもので、
       きっと村が教会に保護を求めたものだったのでしょう。

       1232年には約150名がこの村に住んでいたそうで、
       村は要塞化されます。
       ペルージャとの国境近く、常に抗争が絶えず、かのアッシジの
       若き(聖)フランチェスコ(1182頃-1226)もペルージャとの戦争で
       負傷し戻っている時代。
       村の周囲を壁で囲み堀を巡らし、入り口の門には跳ね橋ですね。

       それでも1320年、1382年にはペルージャの支配下に落ち、
       とはいえずっとアッシジ側であったそうで、
       1479年には更に厳重に要塞化されたそうで、
       現在もよく残っていると。 まさに!
       



       元の真ん中の小路に戻って振り返ってみると、
       あのワンちゃんが真ん中に座ってこちらを見ていて
       この写真では、ちょっと首筋を掻いていますが・・、
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       この後シニョーラが通りかかると、パッと飛び退くのですね。
       何もされず、言われもしないのに、です。
       こんな仕草を遠くから見て、ちょっと哀しくなったshinkai。




       小路の突き当たりまで行って見ると、奥にも壁が見え
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       まさに中世がそのまま残っている小さな村!
       奥の小路からゆっくりと町の門に戻ります。
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       サイトによると、この村では村の人々による、参加者もあるのか、
       プレゼーピオ・presepio・キリスト降誕のシーンを人形等で現す、
       のを生きた人間で表現する、のが行われているそうで、
       さぞ雰囲気が良いだろうなと思った事でした。
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       門の所まで戻ると、最初の扉の脇にあのワンちゃんが座っているので、
       旅行中のクラッカーや干し果物があったのを思い出し、
       隣のお家の扉前にそっと置きました。
       それだけでも逃げ腰になるワンちゃん!
       私が戻るのを見て傍により、匂いを嗅ぎましたが食べず・・。
       お腹が減っていないとか、菜食はしないぜ、というのなら結構、
       と思い出発しましたが・・。

       家に戻っても、ずっとあのワンちゃんの事が、
       あの目、あの顔が思い浮かびます。 幸あれかし!




       最後は、村からもっと先の行程になりますが、
       グッビオへの山越えでの、ウンブリアの緑の山々
       目に眩しいほどの緑、緑でした!
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     *****

       水彩ブログには、 途中経過2点 ・ムラーノとアッシジ を
       アップしております。
       見てやってくださ~い!    
     
    
     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!
   
            
       

   


by italiashiho2 | 2015-05-14 19:00 | ・ウンブリア州 | Comments(8)
Commented by BBpinevalley at 2015-05-14 19:35
すご〜く味のある素敵な村ですが、居住者10人??
10人だったら、郵便配達もお役所仕事も、みんなで一緒にやらなくてはね。
あの寂しげな顔のワンちゃんは、野良なのかしら?
人を見て逃げるということは、いじめられているの?
イタリア人は、情に厚くて、いじめたりなどしないと思ってましたが。
レチェで、路端に寝そべっているを見たから、近くでお土産物を売ってたおじさんに誰の犬かきいたら、「みんなの犬だよ、面倒見ているから心配しないで」と言われたことがあります。
Commented by italiashiho2 at 2015-05-14 23:24
★BBpinevalleyさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうなんですよ、門を入った村の中にはお店が1軒もないのですよ。
だから何かあると隣のちょっと大きなお店のある村まで行かなくてはならないのでしょうね、年をとったら住むのが難しいでしょうと思います。
以前ウンブリアの奥で泊まった時、ガソリンを入れるのに隣の町まで15kかな、走って入れに行った事がありますから、そういう小さな村がいっぱいあるのです。

あのワンちゃんは野良なのか、それ程汚れてもいませんでしたし、扉の前に座っているので、その家の人が居なくなったのかどうなのかな、とか想像しているのですけど・・。
苛められているというよりも、何か途方に暮れてどうしたらよいのか分らない、というような感じで、尚の事気になったのでした。
都会だとまた悪いのもおるでしょうけど、田舎ですから苛めるのは居ない代わりに、ワンちゃんの生活も大変なのかもですね。
Commented by nakayamanoriko at 2015-05-15 16:26 x
shinnkaiこんにちわ。いつもブログ楽しんでおります。ありがとうございます。 今回の村は、11世紀ですか?残っているところが、凄すぎる!!!あのフランチェスコ様も大昔は戦ったのですね。中世の面影が残る村を拝見すると、痺れます!
わんちゃん、昔なんかあったんでしょうね?わんちゃんは、目を見ると、すぐ分かります。いつか優しい人に会って、人間不信から立ち直れるとよいのだけど・・・・・・。
さて、お陰様で息子の大腸がん手術から、3年半経ちました。
抗がん剤は未だに飲んでいますが、今のところ再発は有りません。本当に生きていると色々有りますですが、来月 夫とまたイタリアに行こうと企んでいます。今回はナポリ周辺と、タオルミーナ周辺、もうじき!!!  shinkai様、これかrもブログ続けて下さい。楽しみにしております。
Commented by italiashiho2 at 2015-05-15 21:14
★nakayamanorikoさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうなんです、記録に残っているだけでも既に10世紀を経ているのです! こういうのが本当に凄いなぁ、と思います。 石造りの家や村は残るんですよね。

はい、フランチェスコは騎士になりたくて戦争に行き戦い、負傷して戻り、それで神の教えに目覚めたと言われています。

ね、あのワンちゃん、そう思われるでしょう? 連れて帰れるものならば・・です。

息子さんの事、本当にご苦労様です!! でも良かったですね! 
そうです、様子を見てのご両親も少しの息抜き、ご褒美ですね。 大いに楽しんでくださいね!!

有難うございます! はい、まだ続けていくつもりですので、よろしくお願いいたしま~す。
 
Commented by クリス at 2015-05-15 23:28 x
この村は知らなかったです。いろいろ調べましたが、とても小さな村ですね。
この大きさなら10名といっても不思議ではない。この規模だとピンとくるのがチヴィタ・ディ・バーニョレージョ(Civita di Bagnoregio)ですが、面積も比較して2/3くらいの小ささ。
グッビオへの街道沿いではないので、とても普通では通らないような村ですね。
城塞はアッシジのロッカと似た構造です。
1382年といえば、ペルージャはブラッチョ・ダ・モントーネ(Braccio da Montone)がシニョーリアの時代です。彼が攻略に関係たのかな?
この村、時どき閲覧するイタリア語のサイト=モンディ・ミディバーリ・ネット(mondimedievali:中世の世界)に出てました。解説はこれ?
好奇心からあれこれと惹かれていく村でした。おもしろかったですね。
Commented by italiashiho2 at 2015-05-16 00:52
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

さすがクリスさん、即調べられましたね。 あのサイト「モンディメディエヴァーリ」はは、クリスさんもご存知なんですね!
ええ、あれにも出ていましたが、ウィキにもあって、もう一つ別のサイトも、どれも同じような事しか出ていませんでしたね。
モンディメディエヴァーリはちょっと面白いサイトですよね、かなり突っ込んだ事を書いているのに出会うことが多いです。 
おたく系というのでしょうね、こういう感じ。でも中世となると、はは、皆さん大概おたく式になりますねぇ!

チヴィタの方が、断然大きいですよ。 それなのに一時は150名位が住んでいた、というので、きっと攻略に備えていたのでしょうね。
ブラッチョ・ダ・モントーネの時代ですか? ならそうかもですね。
彼のことはまだ読んでいないのですが、あの肖像に見覚えがある記憶なんです、 どこで出会ったのかなと考えています。

はい、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の下からの眺めを撮りたくて、西に下った所からGubbio→と出ている道を行ったのが、当りでした。
Commented by 小父さん at 2015-05-18 00:20 x
こんばんは

>それも自動車道ではない土地の道を辿りました

先日久しぶりに車に乗りましたのでなんだか雰囲気が湧いてきます(笑)

>パッと目の前に現れたので驚いて車を止め、偵察を、ははは、する事に

いやー、いいですね。
やはり車だと大きく、自由に動けます。

あれ大戦の戦没者の慰霊碑がこんなところに。
つわものどもの夢の跡なんですか!?

うぉー、跳ね橋に矢や石を投げた跡!
東西の城屋になれるかも!(爆)

>私を見ているのが見えるのですね

ワンちゃんが付いてくるんだ!
写真が撮れるはずです(笑)
そうですね~、物欲しそうな顔つきでもありますね。

>犬生で、一度も楽しい事がなかった様な

ご想像の説明に納得です。

>1232年には約150名がこの村に住んでいたそうで、村は要塞化されます・・・

うわ、こんなshinkaiさんのこんな態度にも大いに学ぶべきことがあります。

※だけど、ほとんどの私のブログへの来訪者は長くなると読んでくれないんです(泣)。昔、の女史なんか、私のその日のタイトルだけを見てそのイメージでコメント書いていたので腹が立ちました(笑)

>シニョーラが通りかかると、パッと飛び退くのですね

これは喜んでではなくって、威嚇みたいなものですか?
だとしたらshinkaiさんの心の内が察しできます。

>小路の突き当たりまで行って見ると、奥にも壁が見え、

三橋美智也の「古城」の歌みたいです。

>キリスト降誕のシーンを人形等で現す、のを生きた人間で表現する、のが行われているそうで、

身近なキリスト教行事も見学したくなってきます。
文化ですよね。

>それだけでも逃げ腰になるワンちゃん!

いやー、先を読んでいないのですが、今日のテーマも興味津々ですよ。

>目に眩しいほどの緑、緑でした!

こんな光景をgradationと呼ぶんでしょうか!

いやいや、お休み前のひとときに小話を聞いたようでよかったです。
有難うございました。
Commented by italiashiho2 at 2015-05-18 04:28
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうなんです、車だと駐車場探しという問題がありますが、自分の動きたいように、時間的にもとても自由で良いですよね。

あ、いえ、戦没者慰霊碑と言うのは、この村から兵士で出かけて、という方々の慰霊碑で、これは大概どこの町村にもあります。

ははは、中世の城の専門家に、ですか?! まったくの所、洋の東西を問わず、同じような戦い方をしていたのですよね。

いや、あのワンちゃんは自分が座っていた門の真ん中に、村に入る人が近づいただけで飛びのいたのですね。 そうゆう気の使い方は、普通の飼い犬はしないでしょう? なので・・。

ああ、分ります。 私のブログも歴史のちょっと突っ込んだ事とかになると、余りクリックして頂けませんし、軽いお話だとクリックが多かったり。
でもそれを気にして居ても始まりませんし、自分のブログなんですもの、自分がまず気に入るブログでないと続けていく気がしないと思うことにしています、居直りです、ははは。

はい、ワンちゃんの事は、このブログに書いて少し気が晴れた感じです。 可笑しいと思われるでしょうが、少しウツウツだったのです。

緑色のグラデーション、色の変化ですね。 本当に今が一番爽やかな緑色ですものね。

有難うございます! ウンブリア編前座の小話でしたぁ。



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