イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 01月 31日

・・・ ヴィテルボ 1 中世への誘いと、泉のご案内4つ ・・・

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       さて私めに取っては大きな宿題だったヴィテルボのご案内を。
       というのも2回の訪問で撮ってきた写真の数も多かったのですが、
       それらが意味する物を調べると奥が深く、知らない事も多く、
       纏めるのが大変と、はは、逃げていたのですが、
       さて褌を、いや、気持ちを締め、まず取り掛かりやすい所から参りますね。

       北ラツィオに位置し、ヴィテルボ県の県都、人口は約6万7千人のこの街、
       エトルスクに元を発するというこの街ですが、

       ローマ軍駐留地、ロンゴバルド族と様々な影響を受け、
       10世紀以降人口の増大があり、12世紀にフェデリコ1世バルバロッサ
       の支援を受け自由市になるものの(皇帝支配下)、
       現タルクイニアのコルネートの占領下(教皇領)に置かれたりもし、
       13世紀の初めに漸くに教皇領の元に入り
       ここにこの街一番の繁栄期を迎えます

       ヴィテルボのご案内で良く見かける言葉が、「法王に愛された町」。
       これだと歴代の法王様が避暑にでも来られた様な印象ですが、ははは、
       まぁ、「教皇のテルメ」と名づけられた温泉が今も郊外にありますので、
       温泉につかってのんびりもあったのかもですが、

       それよりも、13世紀に僅か30年ほどではあったのですが、
       ちょうど南仏のアヴィニョンの様にこの町に教皇庁が移された事があり、

       また現在の新教皇選出の際に使われるコンクラーベ・Conclaveという言葉も、
       このヴィテルボでの最後の教皇選出の時に生まれた言葉。

       ダンテが「神曲」にも詠っている、凄まじい殺人事件が教会の中で行われ、
       はたまた現在もこの街の夏の夜に行われる、サンタ・ローザの大灯明の行列
       そしてかっては「100もの泉の町」と呼ばれたというヴィテルボ、
     
       というように並べて見ると、少しとっつきやすい感じになるでしょう?!
       という事で、

       現在も残る泉を含め、今回はちょっぴり「中世への誘い」の序奏を
       助走でもありますが、はは、ご案内をしたいと思います。
       どうぞ宜しく、そしてごゆっくり!!


       トップの写真は、かっての旧市街の城壁にある13の門の一つ
       ポルタ・フィオレンティーナ・Porta Fiorentinaと、
       ぐるっと旧市街を取り囲む城壁

       他の町からやって来るとちょうどこの門の前に出て来るのですが、
       この門は一方通行で入れずなので、shinkaiも焦ってこの門前を通りすぎ、
       城壁を回って別の門から入ると、今度は宿に着かずで、
       焦ってまたこの門から出て入りなおすという、ははは。
       そんな事も思い出した、これは2度目の訪問時のバスからの眺め。

       凄い城壁でしょう?! こんな城壁が現在もほぼ完璧に
       旧市街を取り囲みますが、
       現在のヴィテルボの街はぐんと大きく、かっての旧市街は
       現在の南西部に当り、電車駅はこの門から東に行った所に。




       旧市街部の地図をどうぞ
       街が繁栄を誇った中世にあっては中心地区であったわけですが、
       ご覧のようにぐるっとほぼ4kmの城壁が取り囲み
       全部で13あるという門が各所に開きます。
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       上でご覧頂いたポルタ・フィオレンティーナは
       地図の一番上に緑の四角い点を打った所に。

       緑の線で囲った位置、まさに中心にあるピアッツァ・プレビシート・
       Piazza Plebiscito、かっての行政庁が並んだ広場で、

       並んでジェズ教会・Chiesa del Gesù、歴史に残る殺人事件!はは、

       そして赤字のパラッツォ・デイ・パーピ・Palazzo dei Papi
       ここが教皇庁でもあった建物で、
       その隣にこの街の聖堂サン・ロレンツォ・San Lorenzoが。

       今回のご案内は中心のピアッツア・プレビシートまで、
       後は街の様子や泉をご案内し、
      
       次回に中世の一番の中心地であったかっての教皇庁の建物や、
       ジェズ教会、サン・ロレンツォ聖堂などをご案内致しますね。
  



       初めてヴィテルボに行ったのは5年前の秋。
       宿は上の地図、緑で囲った3の左Piazza G.Verdi近くにあり、
       この辺りからCorso Italia・コルソ・イターリアを通り、中心に
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       と、こんな感じにすぐに、中心広場の時計塔が見えて来ますが、
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       もう一枚地図を、こちらは旧市街に今も残る泉の地図
       ここにあるのは全部で11、でshinkaiが見たのは7つ。
       そのつもりで探したのではなく、歩いていて自然に出合った数ですから、
       かなり優秀でしょう?! はは。 今回はこの内の4つを。
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       あ、上に書いた「100もの泉の町」の100というのは、
       実際に100もあったのではなく、たくさん!という意味とご解釈を!

       地図の一番上に見える Piazza della Rocca・ピアッツァ・デッラ・ロッカ、
       その斜め下の San Faustino・サン・ファウスティーノ、
       右端中央の Piazza Dante・ピアッツァ・ダンテ、
       一番下、実際はも少し下になりますが、del Piano・デル・ピアーノ
       の4つを知りませんで、
       で見ることが出来ますし、

       右側に出るカテゴリ欄の、建物・Palazzi 教会・Chiese 門・Porte
       などから、街のそれぞれが見られる優秀なサイトです。
       お暇がある方、どうぞ!




       コルソ・イターリアを北から中心に向って歩き、
       上の地図の中ほど真ん中、エルベ広場・Piazza delle Erbeにある泉
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       17世紀に造られた泉で、最初に見て頂いた地図には
       ライオンの泉ともあり、
       こういった少し大仰な大きな泉は、記念碑的泉の物が多く、
       ここも教皇アレッサンドロ6世の記念だった様子。
       



       時計塔も近くなり、塔の上の美しい鍛鉄の飾りと、大きな鐘
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       塔は高さ44mの細身の塔で、1487年に前身の塔の後に建てられたそうで、
       鐘は15世紀の物で、サンタ・マリーア・デッラ・ヴェリタ教会・
       S.Maria della Veritàから、城壁外にある美しい教会の様ですが、
       18世紀に移されたのだそう。




       プレビシート広場の北角の建物に出て、
       ポデスタ邸・Palazzo del Podesà に埋め込まれた形の塔が良く分り、
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       可愛く繊細な印象の陶板製の時計部分が良く見えますが、
       1424年のヴィテルボで始めての公衆への時計であり、
       こういう公衆への時計としては、ローマについでの数年遅れなんですと。
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       上にも見えましたが、このポデスタ邸・現市役所の建物の角に見える
       円柱上のライオン像、正確にはパルモ・椰子の木と一緒のライオン像は
       ヴィテルボの街のシンボルで、街のあっちにもこっちにも!
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       上に見えるのは、エステ枢機卿とアルディンゲッリ司教・Ardinghelli
       の紋章だそう。
       



       プレビシート広場全体の写真をサイトから拝借し、
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       正面に見えるのがポデスタ邸・現市役所で、建物のオリジナルは
       13世紀だったようですが、何度も再建改修で、元の姿は残っていないと。

       左側がプリオーリ宮・Palazzo Prioriで、ポデスタ邸と渡り廊下を経て
       つながっており、どちらも内部が、絵画博物館、見物できる様子。

       右奥に見えるのが、教会サンタンジェロ・イン・スパータ・S.Angelo in Spatha.
       スパータというのはこの教会を保護していた家の名で、最初に教会が記録に
       残るのは850年という、古い教会の様子。




       これがアップですが、右手前に白い石棺が見えますね。
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       現物は市の博物館にある様子ですが、市民からは
       「ベッラ・ガリアーナ・Bella Galianaの墓」と呼ばれているそうで、
      
       はい、お話はローマ期に遡りまして、美しきガリアーナに恋した
       ローマの男が結婚したがったのですが、ガリアーナはうんと言わず、
       最後は矢に射られて死んだのですと。




       こちらがプリオーリ宮。 このプレビシート広場、かってはコムーネ広場
       と呼ばれた広場の拡張に伴い1264年に建設が始まり、
       とりわけこの町に教皇庁が移ってきた時には、最重要とされた建物だったと。
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       1階部分のアーチが連なるロッジャはオリジナルだそうで、
       それ以上の階は14世紀以降のものと。




       2階の壁に残るのは、15世紀の教皇シスト4世・デッラ・ローヴェレ・
       della Rovereの紋章で、
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       サイトから拝借の写真で、プリオーリ宮のレジーナ広間・Sala Regina
       のフレスコ画16世紀。
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       1階のロッジャの真ん中を通って向こう側の庭園に出れる様子で、
       この時はただ何気に噴水がある、と思って写真を撮ったのですが、
       ここにプリオーリ宮の泉
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       サイトから拝借した、美しい夕暮れの写真をどうぞ
       やはりここにも、街のシンボルであるライオン君が見えます。
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       広場の南側は現在県庁になっているようですが、
       その建物の角にも、このライオン君
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       この通りを少し先に進みますと、ジェズ広場・Piazza del Gesù
       に出るのですが、

       今回はこの辺りから脚と気分に任せて辿った道々の様子をどうぞ
       
       まるで事前調査もせず、地図も見ずに歩いたので、
       ジェズ広場から南に下った一帯がまさに中世の古い建物、道が
       入り組んだ区域だった様子で、少し残念! まぁまた次回に!!


       ですが近くを辿った様子で、こんな古い教会も垣間見たり
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       説教壇にいるらしき人の姿もこんな風に残り、
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       残る窓も、陶板装飾の素晴らしい物があったり
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       細い通りも緩やかに蛇行し、塔も残り
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       この窓、入り口も素敵でしょう?!
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       そしてこれはパラッツォ・ガッティ・Palazzo Gatti
       最初の町の地図で、右下に緑で1と打っている場所に。
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       ガッティとは、ガット・猫の複数ですが、これは姓で、
       その敏捷さと巧妙さから姓にしたといい、

       莫大な富を持ち、当時のヴィテルボの市民政治を牛耳ったというガット家で、
       後の教皇選出選挙でも一族のラニエーロ・Ranieroが活躍しておりますので、
       ははは、お楽しみに!

       現在は今残るこの塔が一つだけなのですが、当時は少なくとも7つの塔
       あり、敷地も大変広いものだったと。




       どちらの小路を見ても如何にも中世風で
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       こうして出て来たのが、フォンターナ・グランデ・Fontana Grande
       地図ではガット邸 番号1の上辺りに。
       作られたのは1212年。
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       shinkaiは、わぁお、大きいなあ!と上の方しか撮っておらず、
       如何にもの、ははは、昔の絵を見つけましたので、皆さんにも!
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       フォンターナ・グランデとは、大きな泉の意味ですが、
       まさに、大きな泉なのでしたぁ。




       塔も見え、狭い道が走る一廓があり
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       現代風に改装されていても、元の中世風姿がそのまま残り
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       こちらはポーシャ邸・Casa Poscia、13世紀。
       最初の地図ほぼ中央、Palazzo del Podestàという行の間に
       緑の点を打ち、矢印で2と書いている、そこにありまして、
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       美しい外階段があり、紋章もすり減っていますが
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       往時の素晴らしさを残す建物で、
       ポーシャ邸のポーシャという名は、この邸宅の最後の持ち主だそうで、
       
       プレビシート広場の前の教会の石棺の主ベッラ・ガリアーナは、
       ここに住んでいた、という伝説もあるそうですが、
       そんな無茶な伝説、時代がまるで合わないやんかぁ! ははは。




       再度エルバ広場のライオンの泉に出てきまして
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       こんな古い塔の上の鐘を見たりしながら、再び奥の小路に入り込み、
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       これもまた大きな古い建物!
       うっかり名前を探しておりませんが、検索して置きましょう!
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       こちらは泉の地図、右上にあるサンタ・マリーア・イン・ポッジョ・
       S.Maria in Poggioの泉で、背後の教会も同じ名。
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       13世紀のもので、この中心が膨らんだ形・紡錘形が
       街の泉としては古い形になるのだそうで、
       イタリア語でFuso・フーゾと糸をつむぐ紡錘を呼びますが、
       ヴィテルボでは泉を単純に"fuso"と呼ぶと読み、ピンと来ず、
       友人のジュリアーナにSOSのメールを送り、教えて貰ったのでしたぁ。




       一番上では男女が何かを運んでいるのか、取り合いっこかな
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       水はこんな口から出ており、
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       教会側の高い位置から見る泉と、前の家並み
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       そして石畳は、つるつるに光り・・
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       という、ヴィテルボの街歩きその1、中世への誘い でした。
       さて、これからまた必死にあれこれ読んで次回に備えますので、
       ははは、どうぞ宜しくぅ!



     ◆ 個展のお知らせ ◆

       広島の絵の友人 槇原慶喜さんが、横川のカモメのばぁばぁ にて
       2月3日から15日まで個展を開催されます。
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       どうぞお出かけ下さりご高覧頂きます様、ご案内申し上げます



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ヴェネツィアの冬の海 途中経過と、 春を待つ畑 を
       アップしています。
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by italiashiho2 | 2016-01-31 02:37 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(6)
Commented by シニョレッリ at 2016-01-31 10:45 x
shinkaiさん、こんにちわ!

噴水の写真を撮ってますが、それほど気にしてませんでした。教えて頂き有難うございます。

観光案内所で入手した地図が有料で(€3.5)したが、非常に見難い上に詳しく載っていないので、shinkaiさんがご提示の地図の方がよっぽど分かり易いと思います。

ヴィテルボは、私にとっては手強い街です。見どころをここと定めて訪れても、必ず見落とすところが幾つか出て、「ああ、また来ないといけない」と呟きながら後にします。

何時もお喋りに夢中な警察官が、ヴィテルボでは何故か私のレンタカーについて真面目過ぎるほど仕事をしたようで、帰国後に、進入禁止区域に車が2回入ったとの罰金の手紙をレンタカー会社から受け取り、支払わないと次回入国出来ないと脅されて、かなりの金額を支払ったことがあります。それ以来、鉄道を利用してます。

この前行った時には、Museo Civicoが何故か臨時休館でガックリでした。事前にメールで問い合わせをしたら、珍しく返事が来て、その日は開館しているとの答えでした。
Commented by italiashiho2 at 2016-01-31 16:52
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

泉は、街を歩きながら撮りながら、なんとなしに泉が多い街だなぁとは思ったのですが、読んでみてなるほど、という事だったのです。

いやぁ、ヴィテルボは日本の案内には余り登場しないのですが、読み始めると切りが無い位たくさんあって。 それに私は殆ど中を見ていないので、これは再訪しないと、です。

シニョレッリさんは、城壁のすぐ外にあるS.マリーア・デッラ・ヴェリタ教会をご存知でしょうね、きっと。 美しい見所に値する教会ですか?

進入禁止地区の罰金は、多分備え付けのカメラなんですね。私もマントヴァで2度やられました! それにあれ、高いんですよね。

どこか事務所にメールをしても、殆ど返事は来ませんね。 イタリアは知っている人物がいるとスムースですが、そうでないと・・! ははは。


Commented by クリス at 2016-02-02 06:23 x
shinkaiさん、おはようございます!
最近は自分の旅行日記のリライト作業で、訪問コメントがおろそかになっていまっていてすみません。
ヴィテルボがn1という事は続きがあるようですね。
やはり書き足りない。私も、前回の旅行ではラッツィオ州は一通り調べましたが、ヴェイテルボ県は前回のタルクイニアも含めて回るときりがないから見送りました。この町も中世都市としての魅力があふれた町なので、立ち寄っただけでは、とても見切れない所なんですね。
この町を話題にして書く事の大変さが良く解りますよ。これを見てるだけで行きたくなりますから。

ZTLの話で恐縮ですが、私はまだ罰金までは行かないのですが、あれは面倒ですね。大きな町に寄れない理由の一つです。旅行の旅に進入禁止ゾーンと標識にある時間帯は常にチェックしています。
Commented by italiashiho2 at 2016-02-02 21:38
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

いえいえ、クリスさんが新しいブログの再建作業中だというのもあって、こちらも少しばかりあちこちのブログ訪問を読み逃げ専門で、ははは、しのがせて頂いていま~す。

はい、ヴィテルボは到底1回では済まず、写真を整理していると、ひょっとして3回に分けたほうがいいのかも、と思っている所です。 簡単に済ませるには勿体ない街ですし、それに余り簡単にすると味も素っ気も無い事になりますし・・。
でしょう? 仰っていただけると、大きな励まし、エールになります。 有難うございます!
あれこれ関連事項を読み始めると興味深いことが芋づる式に引っかかってきて、ははは、別項目でお披露目したい位な感じのもありますです。

そうなんです、古い街は大概中心地に入れなくなっていますね。 地元の人達と、店の為の荷物の積み下ろしだけの許可制になっていて、それで大概カメラで監視しているのですね。 
マントヴァで2度やられたのは駐車場が満杯で、おまけに後ろから詰めてくるので逃げようが無く、中心部を通り抜けたのでやられましたが、高かったですよ。 
今頃はレンタ・カーでもちゃんと請求が日本まで届くそうですから、シニョレッリさんだけでなく他の方からも聞きましたので、進入禁止地区にはお気をつけ下さいね!
Commented by シニョレッリ at 2016-02-03 06:55 x
shinkaiさん、こんにちわ!

サンタ・マリア・デッラ・ヴェリタ教会は、Museo Civicoの入り口と軒を接する形であるので、何時もセットで両方行くことにしてます。
この前に行った時は、教会の扉に修復中の紙が貼られて中に入れませんでした。一週間前にMuseoにメール問い合わせをしたら、開館中の返事が来たにも拘らず、実際に行ってみたら休館とは、理解に苦しみました。今にして思えば、Museoは同教会の一部の建物のようで、Museoと教会共に修復工事だったのかも知れません。
教会は、ロレンツォ・ダ・ヴィテルボなどのフレスコ画に溢れ、名前が知られている画家の祭壇画もあって、見る価値が十分あると思います。

1日に日本を発って、今ナポリにいます。
Commented by italiashiho2 at 2016-02-03 16:46
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

今イタリアにお出でなんですね! ナポリですか?! ファルネーゼのお宝が詰まったカポディモンテでしたっけ、がありますね! あそこはまだ見たことが無いので羨ましいです!!
お天気が良いご旅行でありますように!

ヴィテルボのS.M.デッラ・ヴェリタ教会の事、有難うございます!
今こうしてヴィテルボの事を纏めていると、漸くにあれこれ順序だって知る事ができ、見ていない部分の勿体なさも良く分りますので、次回のチャンスには、と思っています。

イタリアはまず個人が先に出ます、日本の様に企業とか博物館とか公共の物でも、個人的に大変融通が利く良い部分もありますが、そうでないと個人事情によってもいとも簡単にNOとなる場合もありますので、その辺りが時間的に難しい旅行だと大変ですね。


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