2016年 06月 24日

   ・・・ スペルロンガ ・ イタリアの一番美しい村々の1つ ・・・

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       ラツィオ南の旅のご案内、今日はスペルロンガ・Sperlongaを。
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている1つで、

       上の写真は、町の東にあるローマ皇帝ティベーリオ(ティベリウス)
       の別荘跡から眺めたもので、
       町の旧中心部は、こんな風に突き出した山の崖上に。

       
       ローマ皇帝ティベーリオ・Tiberioというのは、ローマ帝国第2代皇帝。
       初代皇帝アウグストゥスの養子だったそうで、
       ティベーリオの別荘というとカプリ島にあるのが有名ですが、
       ここの別荘跡もかなりの大きさ。

       傍らにある洞窟内から発掘された、素晴らしい大きなギリシャの
       大理石彫刻群が、現在隣接の国立考古学博物館に収容展示されており、
       次回にでもご案内したいと思っておりますが、
       今回はまず町のご案内で、浜辺から見えた町の姿を。




       スペルロンガの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       ローマの南、車で約2時間程で行ける位置で、
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       上記のティベーリオの別荘跡、洞窟内の発掘などは、
       テッラチーナ・Terracina からガエータ・Gaetaに至る道を建設中の
       1957年に、偶然に発掘されたのだそう。




       これはトップの写真に、町から海に突き出した岩場の上に見える物で、
       かっての海賊船相手の物見の塔トゥルーリア・Torre di Truglia、16世紀、
       元のローマ期の塔の後に建設されたものと。
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       現在は一帯が自然博物公園となり、博物館として使用されているそう。
       それにしても、ペンキ塗り立て、みたいな凄い色ですねぇ、ははは。




       町のある高さは55mで、人口は3300人ほどですが、
       この位置からは隠れる向こう側の浜辺に、現在は新しい町が広がり、
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       右端に見える木々のある場所、ここに海を見渡せる展望台が。




       さてティベーリオの別荘、洞窟跡見学から町に移動し、
       バスを降りて見える風景は、こんな新しいそっけない広場で
       えっ、大丈夫かいなといささか心配に・・!
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       広場にある古いオリーヴの根元で、ぐっすり眠る黒猫ちゃん
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       展望台から見渡す東側の海、浜辺
       ほら、洞穴みたいなのがポコッと見えますね、
       あれがローマ皇帝ティベーリオの別荘跡と、彫像群の見付かった洞窟。
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       こちらが西側、崖の上にそそり立つ町の古い部分
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       展望台でかなり長いガイドさんの説明があったのですが、
       こちらは早く町の中に行きたい一心で気もそぞろ、ははは。
       やっと集合時間を告げられ、町の広場に向いますが、

       こんなに高い家が見え・・!
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       先ほどの海の岩場の上の見張り塔の他に、町の中にも
       3箇所ほど見張り塔があったというのですが、
       この建物の右半分、ここが案外その1つだったかも、ですね。




       中心広場に出て来て、ブーゲンビリアの花がもうこんなに!!
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       この辺りは夏はきっと大変な人出でしょうね!
       ローマから2時間で来れるのですものね。




       広場のカフェの椅子の下
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       広場から西に延びる小路
       そう、どこもかしこもこんな小路があっちにこっちに。
       緑の十字のネオンは、薬屋さん。
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       小路突き当りの建物の、入り口の脇柱の足元
       なにやら由緒ありげと見ましたら、
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       内部は12世紀の元教会の建物で
       カフェを兼ねた催し物とか集会場とかに変貌。
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       前を横切る小路の天井部は青く塗られ
       右に見えるアーチをくぐると、
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       奥に小さな広場と井戸が見え、
       一番手前の左側の壁と、奥の建物に残るフレスコ画
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       こちらは古いフレスコ画で、どうやらトルコの海賊船!
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       そしてこちらは建物の2階の壁に描かれた騎士物語りのロマンス
       海賊船にもかかわりがあったと思うのですが、
       ガイドさんから聞いた話はきれいに忘れまして・・! へへ。
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       旧石器時代に既に住人が居たらしいこの町は、
       あの東に残るローマ皇帝ティベーリオの別荘にも見られるように、
       ローマ期にはかなりの数のローマ貴族の別荘があった様子。
       きっと風光明媚で、暖かい土地なのでしょうね。
       が7世紀ごろには、あの洞窟も海賊から避難する為に使われたと。

       町の名のスペルロンガというのは、この一帯にあるたくさんの
       天然の洞窟、くぼみ、穴を意味するスペルンカエ・speluncae
       から来ているのだそうで、

       町の名が記録に登場するのは10世紀。
       今は無いものの町の城壁が11世紀に造られ、
       今も残る町の門に残る紋はカエターニ家の物と。       
       
       最初に見て頂いた町から突き出す岩場の物見塔、
       そして町の中にも3つほどあったといわれる物見塔、
       そして城壁と、様々な防御にも拘らず、
       この町は2度トルコの海賊に破壊されており、
       最初は1534年、そして1622年、
       海賊の名はバルバロッサ・Barbarossa・赤ヒゲ(1475-1546)と呼ばれる
       Khair ad Din・ハイレッディン、オスマントルコの提督で、
       16世紀イタリアの海岸沿いは、軒並み彼にやられたのでした。

       こんな小さな漁村を襲って取る物があるのか、と思われるかもですが、
       人間を略奪し、奴隷に使った、売り払ったのですね。


       そして町はずっと小さな貧しい漁村、として近年まで来て、
       ティベーリオ帝の別荘跡が偶然に発見されたという道路の建設で、
       一挙に状況が変わり、それ以降観光の町に変わったのだと。
       



       細い小路の両脇に高い建物が迫りますが、
       一番上の窓も綺麗にされ、住んでいる事が分かり、
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       こんな色違いの扉、これは多分倉庫の扉、の並び
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       狭い土地にかなりの人々が住んでいた、
       いるのだろうと想像できる建物の高さ!
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       この手前の建物は、




       こんな感じ、この高さ!! 
       途中で拡張され、嵩上げされたのも分かりますね。 
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       玄関脇の狭い土からも、木々が頑張り! 
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       上の玄関から顔を覗かせる、暇そうなワン君! 
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       脇に延びる下り坂の先に見える、ちょっと興味を引いた形の建物。
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       小路の名は、元の病院通りとあったので、
       案外貧者や病人の救護所だったのかも・・。 時間があったらねぇ。




       なんとなし、髪の毛を細い細い三つ編みに何本もたらし、
       ビーズなどを編みこんだ髪型を思い出した扉、ははは。
       扉の開け閉めのたびに、ちゃらちゃらと鳴りそう!
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       郵便受けの上の青い陶板には、4人家族の名前が書かれ、
       その上左で飼い猫ちゃんが居るのも分かり、ただし名はなし、ははは。




       一方こちらは頑丈一式の扉、ただし、救命ボート風の飾りあり!
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       大概のお家の中はかなり狭いのではないかと想像したのですが、
       この入り口部をご覧くださいね。

       番地が打ってある札を見ると、51、53、55とここに3軒分あり、
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       同じ建物の2階には、左から43、45、47、49と4軒分!
       まぁ2階のお家は、中が2階建てになっているのだと思いますが、
       やはりかなり狭い居住環境なんだろうなと。
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       ここがずっと辿ってきた道の下り坂、つまり旧中心地の終わり
       下り坂で、上って来た仲間からもそう聞き、
       上り坂は避けたいshinkaiは、引き返します、へへ。
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       ご覧頂いているように、建物の色は殆ど白で、
       入り組んだ小路と階段という特徴がありますが、
       扉の色、玄関周りの小さい飾りで、そっけなさが消えていますし、
       何よりも路地が綺麗、人々が住み、掃除が行き届いている感じを受けました。




       夏のこの辺りの海の色を思わせるような青い扉!
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       今度は家の前の石段に、腰を下ろしているワン君
       う~ん、狭い1段には、お尻と前脚が入りきらないんだね、君は!
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       隙間から見えた港、青い海
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       来る時通った時は何もなかったこの階段に
       そろそろ店開きをする手前のワイン・バーがクッションと明かりを。
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       細い路地を覗きながら、ゆっくりと戻ります
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       ティベーリオ帝の別荘跡横の洞窟が真っ直ぐに見え
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       午前中に傍で見た時は、なんとなしに自然洞窟と思い込んでいたのが、
       この写真を見て、手を加えて入り口を掘ったんだと気が付き、
       調べましたら、やはりそうなのを知りました。
       かなりの厚みを掘り込んでいます!




       小路が狭すぎて、扉の前からはレンズに入りきらないのが殆ど!
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       入り組む小路と階段が至る所に!!
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       中心広場まで戻り
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       テラスの椅子席を占領している猫ちゃん2人!
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       猫ちゃんの詳細は、水彩+色鉛筆ブログに載せますね。




       町の新しい広場の角の展望台から見る、薄い夕焼けの色
       一箇所にうっすらと光線が射しこみ・・!
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       あの岬の向こうの町、テッラチーナまで戻ります。




       正面に見えるポンツァ島
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       この日の最後は、海に射し込む一筋の光
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       我らが行った5月下旬は、漸くに浜辺の準備が整いだした頃で、
       少し曇り空の日でもあり、小路に射し込む陽も弱かったですが、

       今頃はきっと暑い夏の陽射しの下、町はヴァカンス客が
       あふれ出している事でしょう!
       あの狭い路地に余り人が溢れるのはちょっとね、と思いますが、
       夏はまた別の表情を見せるのであろうスペルロンガの町。

       狭い路地奥のレストランで、美味しい魚料理を食べるのも
       きっと美味しく楽しい事でしょう!!
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     *****

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by italiashiho2 | 2016-06-24 00:08 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(7)
Commented by クリス at 2016-06-25 09:37 x
おはようございます。さすがイタリアの最も美しい村加盟の村だけありますね。旧市街の佇まいに趣があって綺麗ですね。この辺はホテルも良いのがあるので、夏のバカンズシーズンは混みあって大変でしょう。この町に見るべきロマネスクはないと認識してましたが、12世紀の教会を改装した集会場があるのですね。構造的にはアーチが残っているし、トリビューン(階上廊)があるのが驚きです。
赤ひげの海賊ハイレッディン・バルバロッサはプレヴェザ海戦の勝者となった有名なトルコの提督ですね。彼の時代はトルコが制海権を握っていたので、これらの壁画はその名残なんでしょうね。この周辺ではイトリ(Itri)にも注目してました。アッピア古道とお城とちょっとした教会があるのですよ。
Commented by italiashiho2 at 2016-06-25 14:11
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、古い中心地区は家々が重なり、小路が入り組んでという港町独特のものでもあり、それに南の町の色があって、とても面白かったです。
本格的な夏になるとヴァカンス客で賑わって、小路の足元も見えない感じになるのでしょうが、少し外しての季節にもう一度行けたらな、と思いました。

他の教会もあると読みましたが、ちょっと中心の小路からは外れているのでしょう、見かけませんでした。

バルバロッサはこちらアマルフィ一帯から、イタリアの反対側のカラーブリア辺りも荒らしまわったようですね。

プレヴェザの海戦というのは、アンドレア・ドーリアが指揮してヴェネツィアも参加して負けた海戦でしたよね。
海賊といっても、オスマントルコの提督なんですものね。

はい、イートゥリの写真も見ました、ここも凄そう! あの辺りも回りだすと切りが無さそうですね!!
Commented by 小父さん at 2016-06-25 17:39 x
こんにちは

ティベーリオ(ティベリウス)をググったら、アウグストゥスの後妻リウィアの連れ子、自然死(暗殺説あり)なんてあって興味がわきますね(笑)

>洞窟内から発掘された、素晴らしい大きなギリシャの大理石彫刻群

やはり絶大な権力を持っていたのでしょうね。
物見の塔トゥルーリアだって小さな城みたいです!

>町のある高さは55mで、人口は3300人ほどですが、

うわ~、近くで見ると異様な感じです。
戦が出来る砦みたいな造りでしょうか?

>バスを降りて見える風景は、こんな新しいそっけない広場で、

確かにシンプルに見えます。

>展望台から見渡す東側の海、浜辺。

素敵な所ですね。
砂場の棒みたいなものはパラソルかな?

彫像群の見付かった洞窟は神秘的です。
その上は海岸線の道路でしょうか?

>崖の上にそそり立つ町の古い部分。

これは城ですね!
Commented by 小父さん 2 at 2016-06-25 18:07 x
>この建物の右半分、ここが案外その1つだったかも、ですね。

ほんとですね。
左は増築部分に見えます。

>ローマから2時間で来れるのですものね。

なるほど。
夏が稼ぎどきでしょうか?(笑)
緑の十字は分かりやすくっていいです!

>カフェを兼ねた催し物とか集会場とかに変貌

面白いです。

>こちらは古いフレスコ画で、どうやらトルコの海賊船!

これも興味深いです。

>海賊船にもかかわりがあったと思うのですが、

凄いです。

>旧石器時代に既に住人が居たらしいこの町は

旧石器時代って200万年も前なんですね。
最近、原始人?の文明にしばし驚いています。

>こんな小さな漁村を襲って取る物があるのか、と思われるかもですが、人間を略奪し、奴隷に使った、売り払ったのですね。

なるほど、なるほど。

>一挙に状況が変わり、それ以降観光の町に変わったのだと

何もしないでの村起こし、町起こしでしたか!
NHKの大河ドラマの舞台は1年だけ人が集まりますが!(笑)

>狭い土地にかなりの人々が住んでいた、いるのだろうと想像できる建物の高さ!

長崎の海底炭鉱で栄えた軍艦島を思い出しますね!
Commented by 小父さん 3 at 2016-06-25 18:32 x
貧者や病人の救護所があったとしたら文明が進んでいたということでしょうか?

ちゃらちゃらと鳴りそうな扉、青い陶板、飼い猫マーク、みんなユーモラスですね。

>51、53、55とここに3軒分あり

裕福そうですね!

>同じ建物の2階には、

あら上(階)には上があるんですね(笑)

>夏のこの辺りの海の色を思わせるような青い扉!

これいいですね。

>狭い1段には、お尻と前脚が入りきらないんだね、君は!

これってCMにでも使えそう!(笑)

>隙間から見えた港、青い海。

いやー、いいとこですね~。

>ワイン・バーがクッションと明かりを

この階段に座って飲むんですか?

>入り組む小路と階段が至る所に!!

そうか、日本だと階段も建物も木造だったんですね!

>正面に見えるポンツァ島

一筋の光とともになんとも素敵です。

>狭い路地奥のレストランで、美味しい魚料理を食べるのもきっと美味しく楽しい事でしょう!!

屋外であるのと燈火がムードを盛り上げますね。

有難うございました、
Commented by italiashiho2 at 2016-06-26 01:22
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

ティベリウスの母親は無理に分かれさせられて、アウグストゥスと結婚したみたいですけど、第2代の皇帝として77歳まで長生きしたようですから、まぁ、自然死なのでは無いでしょうか?

はい、あの洞窟内の大理石像などを見て、凄い権力を握っていたのだろうと実感できました。

いや、あの物見の塔は、ローマ期にも小さなのがあったのでしょうが、あの大きな要塞みたいなのは16世紀になってのトルコの海賊相手の物見が必要になってからのようですね。

いえ、漁村ですから、単に襲われない様に防御して高い場所に、城壁も、という事で、戦争する為の物ではなかったと思います。
とにかく海賊船の襲来を早く見つけ、皆逃げ出したのだと思います。

そうです、今の浜は海水浴客用のパラソルと、日光浴用の寝椅子ですね。

あの上の線は、どうも皇帝領だった時の城壁の名残なのかも知れません。 道はもっと低い所を通っています。

そうでしょうね、夏が一番の稼ぎ時なのでしょう、この町は。
55軒のホテル、と検索用に出ましたが、ひょっとしてもっと多いかもと思います。

Commented by italiashiho2 at 2016-06-26 01:29
★小父さん、続けます。

貧者や病人の救護所というのは、教会やその信者会などが運営する物で、これはどこの町にも村にもいろいろあったと思います。
街道筋にも、巡礼や通商の為の徒歩旅行者用の救護所がありましたから。

町が高い場所にあるとか、高低差がある町の中は面白く、変化が楽しめますね。
それに多分この町は、現在は観光業で成り立っているので、それにイタリアの一番美しい村々にも選ばれているので、そういう事が自分たちの町に誇りを抱かせ、また美しく見せることを心がけていると思います。

夏は外が気持ちがいいですものね、飲むのも、食べるのも!!

こちらこそ、有難うございます!


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