イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 10月 30日

・・・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城 ・・・


       最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。
       今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
       強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
       町の中心はすべて避難命令が出ております。

       お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く
       怪我人、危険信号程度の重症者も含め20人程で済んだ様子です。

       ノルチャの北にあるプレーチ近くの、サン・テウティツィオ教会は、
       先日教会正面壁の一部が落下したのが、今回は遂に全体が崩壊したと。

       プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇、ネーラ川が流れますが、
       大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、
       プレーチとの連絡は途絶えているとの事ですが、市長からの電話で
       町の教会も倒壊したとかで、大きな被害が予想されていて、
       これはカステルッチョも同様の様子で、
       その他の各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。
       
       今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
       各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

       余震が続いてはいたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
       ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

       この先48時間以内に、ひょっとして今まで以上の大きな地震が
       起こる可能性もあるという事で、一帯の人々には避難指示が出ていますが、
       
       被災者の皆さんの心理的なお疲れも想像でき、
       寒さに向かい本当にお気の毒です!

       救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の
       疲労の大きさにも想いが行き、頭が下がります、
       本当にご苦労様です!! 宜しくお願いいたします!


     *****

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       イタリアのヴェローナから北の隣国のインスブルックを繋ぐ
       ローマ期からの街道筋の要所であり、
       高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

       見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
       現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・イタリア環境財団とでも、
       のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名のないのもそうです。
       
       今回は写真が多いですので、ごゆっくりご覧くださいね!!



       城入り口前からの城壁の眺め
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       城の図をどうぞ
       左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
       赤丸の付いているのが現地点という事で、
       その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
       その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔
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       赤丸地点の左Casa delle Guardie・警備人の家
       矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門
       ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

       グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、
       左回りに行き、一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門
       赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所

       そして次の門をくぐると居住地部分で、
       左に抜けると内庭というのか、Pozzo・井戸があり、
       長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。
       左外れの白い部分Resti della Capella・礼拝堂の遺跡

       ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館
       そしてフレスコ画で装飾された警備人の家、主塔の上部という、
       約千年の歴史を持つ城です。

       


       これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔
       ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!
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       名前と由来を聞いて皆がフフと笑いまして、
       というのも、吊るすというのがインピッカーレ・impiccareなんですね。




       警備人の家に入り、2階に
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       そして、おお!となったのが、まずこの壁画
       現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!
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       真ん中にアルファベットが見えますね、
       でも何の関係もない文字が入っているのだそう。
       下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
       後ほどご覧頂く、城内のフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

       shinkaiは一番後ろで写真を撮っていまして、
       殆どガイドさんの説明を聞いていませんで、ははは、
       すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
       ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
       見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
       はは、良く出来たガイドさんですねぇ!!




       そして隣の部屋に、これが圧巻でした!
       部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色
       そしてどこかニヒルな目を持って見つめ描いている、というのか・・。

       こちらが入って正面の壁
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       右側の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
       
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       部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が
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       窓にもこんな柄模様
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       描いたのは14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

       警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、
       確かに位置的にもそうなのですが、多分長たる人の住まいでもあったろうと。




       上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
       我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。
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       坂道を上り
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       最初の門
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       中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
       かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。
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       右に開いているアーチの中が城の下部分で、
       上に伸びている壁の内側が、かっての礼拝堂の壁、というのを
       後ほどに知りました。
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       この左に2番目の門があり、




       2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!
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       城壁は城をぐるっと囲んでいる一部なのですが、
       下側にも上側にもM字が見えますね?
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       これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
       つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、
       防御から埋められ城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、
       それがまた埋められている様子なのです。

       M字型は王冠の上の飾りを意味し、このM字が付いている城は
       皇帝側である事を示し、
       教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、が残ります。


       アーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年
       12世紀にトレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco
       一族の領有となったと。
       
       カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年、
       アルドリゲット・Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・
       Adelpretoを殺害したというもので、
       封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様子ですが、解放され、

       その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、
       その後を継いだアッツォーネ・Azzoneは、
       アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の希望にもより、
       皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
       この一帯での重要な立場を持つ事に。

       1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmo
       で、ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家
       にも近づきますが、1320年後継者を残さず亡くなり、
       彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

       ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀を
       カステルバルコ一族は存続し続け、ミラノ方面にも進出、
       カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

       このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela
       指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、
       FAIに贈ったのだそう。

       
       ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
       中世の、城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
       そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       



       3つ目の門をくぐり
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       銃眼というより、弓を射る窓から外を
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       城館部分に近づき、両側の壁が高まり、4つ目の門
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       門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!
       右は床と境の壁部分が落ちているのですが、暖炉部分や、
       壁の祭壇部も見え、
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       左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。




       上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し、
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       上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。
       色が見え難いので少し濃い目にしましたが、
       白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!
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       このフレスコ画の下の、アーチ越しに見えた植物のフレスコ画
       わぁ~お!
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       遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の
       一番東(右側)の外壁ということになりますが、

       植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に
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       上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄
       左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。
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       潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄
       こういう柄は本当に優雅ですよね。 
       女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!
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       城壁側との境にアーチの仕切りがあり
       1階部分はこれで仕切られていたのでしょう、
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       アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、
       最初は真っ暗で降りる気もしなかったのですが、ははは、
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       城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
       との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
       大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
       氷室があった、との事。




       横から低めのアーチを潜っていくと台所で、
       この大きなフードに驚き!!
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       一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
       お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、
       との事ですが、それでもねぇ、この大きさだとすると、
       何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!




       中庭から見る主塔
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       さて、領主館の中に
       この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が残っていた部分で、
       中から見上げる壁が異様に高く感じおまけに薄暗く、大変な威圧感!
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       真ん中上に見えるのは暖炉の跡、上部で、
       この部の煙突が残っているのを後ほど。




       遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み
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       反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
       黒い板壁で覆いがあるのが見えますか?
       時代毎の修復の蓄積がここにも見れます。
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       領主館の一番西端の大きな部屋。 
       ここにも柄のフレスコ画が2階部分と、窓にも同じカーテン柄
       四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。
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       そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
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       下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。




       細長い中庭はこんな様子で、右が領主館の部分で、
       幾つもの壁、アーチで仕切られ、左は主塔に至る石段部分。
       手前に見えるのは中庭の井戸で、
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       この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
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       主塔に上りますが、ここが塔の入り口
       とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、この入り口がついたのは
       後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
       あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。
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       こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!
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       最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓
       壁の厚みにご注目!
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       そして辿り着いた上階、「愛の部屋」と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
       塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
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       窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、
       馬に(犬ではおまへん)乗り、弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
       窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん
       つまり、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
       犬は忠実のシンボルなんですって。

       天井部分には、膝まづく人の姿と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。
       shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
       ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所。




       この左に続く場面には、愛の矢で射られた
       幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、
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       向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。
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       14世紀中頃の、ヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
       洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で
       むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!




       「愛の部屋」の隅に、まさに梯子階段があり、上の物見の部屋に
       つまりここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、
       ぐるりとほぼ一周する事が出来ます。
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       見張り窓から見る北の山
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       塔から見下ろす領主館の屋根と、右に城の入り口、
       そしてピカドーラの塔
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       上の写真左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突
       館の2階部分の暖炉の上部のみ残っていた場所ですが、
       煙突の先の形が、どこか古めかしく趣がありますでしょ。
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       城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ
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       アーヴィオの中世からのお城のご案内
       お付き合い、有難うございました!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、詰めの2枚と、 カルページカ村のたそがれ色 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****

       ◆ お知らせ ◆

       11月22日から27日に開催の、広島の三越での個展が迫りました。
       もしDMを送って欲しい方が居られましたら、コメント欄の
       「管理者のみに閲覧」にチェックを入れ、住所とお名前をお知らせ下さい。

       今までに届いている方は、お知らせが無くとも大丈夫です。
       来週辺りには届くと思いますので、宜しくお願いいたします。



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
       


       


by italiashiho2 | 2016-10-30 22:26 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(2)
Commented by クリス at 2016-11-01 07:44 x
まずは地震お見舞い申し上げます。サン・テウティツィオ教会が全壊したり、私の行ったノルチャの町もカテドラルの倒壊だけでなく、訪れたお店等も倒壊している様子をニュースで拝見しました。とても残念です。

話を変えますが、カステッロ・ディ・アーヴィオ。思った以上に見ごたえのあるお城ですね。このお城はヴォルツァーノからヴェローナへの道中から遠景を見たかと思います。あまり印象に残っていませんが、地図で確認してみましたので。
創建から何度も改築を重ねられた様子なので、それぞれの時代変遷も伺う事ができ、拝見して楽しませていただきました。
矢狭間も積み重ねられて壁になってしまった様子面白いです。フレスコ画もなかなかでした。
カステル・ベゼーノの方が私の好みに近いのかなと思いましたが、ここも予想以上に良かったですね。
Commented by italiashiho2 at 2016-11-01 14:25
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

いやぁ、本当にこの度の地震は夏から引き続いて3度目の大きなもので、ずっと余震は続いてはいたのですが、
今まで何とか持ちこたえていたのが遂に!という感じで、映像が徐々に増えてきて、とても哀しい気持ちになっています。

ノルチャの聖堂は、昨日、崩壊前日の夕方に内部に入っての映像が出て、あちこち崩れてはいたのですがまだ頑張って立っていましたし、夏の地震の被害の足場も組まれていたのですが・・!
カステルッチョの映像も昨日見ましたが、もう私が何度か見たあの村はありません! 何軒かの家が残っているだけでほぼ全壊です、哀しいです。


はい、アーヴィオのお城は思っていた以上にずっと興味深かったです。 防御の城としての備えもそうですが、それ以上に居城として整えられていたのも良く残っていて、今まで名も聞いたことの無い一族だったのですが、凄い物だと思いました。

ああ、そうですね、クリスさんにはベゼーノのお城がお好みかと思います。 こちらはもっと男性的なお城でしたよ。


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