イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、絵はパスし、 スコミーゴ村・晩秋の色と、ワン達 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
  
   
       
       




by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(5)
Commented by クリス at 2016-11-10 23:03 x
これは、やはり凄いお城ですね。戦歴もすごいが、中世以来この地の要所を占めていた様子が写真からもわかりますね。
ランツクネヒトは、マリニャーノの戦いでスイス傭兵がフランスと教皇側でしか雇用が出来なくなったために生み出されたものなんですが、その後のドイツ史に影響を与えた存在です。ここが、その創成期の舞台でもあったのですね。

ハプスブルク側の重要拠点の最後の持ち主があの、トラップファミリーというのも面白いです。サウンドオブミュージックのトラップ一家もこの家系なんですね。
Commented by italiashiho2 at 2016-11-11 05:20
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

素晴らしいでしょう?! そうなんですよね、あちこちで凄いなぁというお城もたくさん見ていますが、実際に攻防戦があったというのは数少ないですし、ここのはまさに実戦の規模が大きなのを経ていました。

はい、位置がですねぇ、まさに絶好の要所ですね。 城の上から見るとそれが良く分かりました。

ランツクネヒトの生まれは、ああそうなんですね、スイス傭兵の代わりだったのですね。
あれはローマ略奪の時に大変な活躍、ははは、をしたらしいですね。

トラップは、やはりあのトラップ・ファミリー関係なんですね。同じ姓だし、確かあの父親も貴族で海軍だったっけ、と考えていたのでした。
あれこれ教えて頂いて、有難うございました!!
Commented by 小父さん at 2016-11-11 21:56 x
こんばんは

国境でたくさんの民族が入り乱れたところなんですね。
このような堅固な要塞ができる理由がわかる気がします。
日本で言ったら箱根の関所ですか?(笑)
いや、あんなものなら簡単にぶっ壊されそうです(笑)

>きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!

これは見応えありますね。

>このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!

うわっ、山城だ~!
とても雰囲気があります。

>坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!

これは弓矢か鉄砲でも飛んできそうです。

>そして、その先に見える第2の門。

V字がお洒落です、本当は機能なんでしょうが!(笑)

>ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。

shinkaiさんは大丈夫だったんですね。

>門内の道に戻り、坂道を上ります。

ありゃ、とても古そうな形の砦ですね。

>この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

関ケ原の戦いみたいなものがあちこちで数知れずあった印象を受けます。

>警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ、・・・

貴重な頭と体を休める時間でしょうね。

>平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと。

本当に映画が何本も撮れそうな場所に思えます。

>おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!

はっはっは、いいな~。

>またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと! 本当かや?!

面白いです。

>単眼鏡の出来たのは何年位でした?

ナポリのジャンバッティスタ・デッラ・ポルタの『博学史』(1589年、20巻)によると1604年にミデルブルフの眼鏡職人サハリアス・ヤンセンがイタリア人の所有の1590年と書かれた望遠鏡を真似て作ったという。 wikiの拾い読みです。

すみません、また来ます。

       



Commented by 小父さん 2 at 2016-11-12 08:18 x
>この城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、

何重もの防御態勢がとられているんですね。

>広場の外、城壁の外を巡る道。

姫路城は戦なんてやっていませんが、いやに美的感覚を取り入れていますよね。
この城壁こそ機能美という気がします。

>税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!

面白いです。

>この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、

いかにも要塞の佇まいがただよっていますね。

金色の兜、模様が入っていて偉い人のものなんでしょう。

>左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。

このような山の上だと水は貴重ですよね。

>台所内の、パン焼き釜

いや、このようにすべてが残っているのが組石造の素晴らしいところですね。

牢まであるとは!!!

>ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め。

うわっ、タイムトンネルにでも乗って戦闘の様子でも見ているもたいです。

ティロルの援軍とは今日言う「チロル」地方のことですか!

>ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと

こんな「ヴェネツィア」史はこのブログを読んだ者しかわかるまい!(笑)

>ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、

わお~、今、日曜日の夜にBBC制作の「戦争と平和」を毎週楽しんでいるんですよ~(笑)

>様々な教育的回顧的催しもされる様で

これは見物人も多いでしょうね。

>如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!

いやいや、凄いです。
小生も背嚢を背負って戦いに行ってきます。
例の4×4の要塞の横もも歩いて!(笑)
かけ足でしたが、有難うございました。

Commented by italiashiho2 at 2016-11-12 09:26
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、あちこちでたくさんの城、堅固で攻めにくそうという様な凄い城もあれこれ見たのですけど、
今回のは如何にも街道筋の要所を占める実戦向けの城、という点で凄かったですね。
そうなんですよね、平地から見てのあの高さなんです。

あっ、V字ではなく、M字なんです。 王冠の飾りを模していて、これでこの城が神聖ローマ皇帝側である事を示しているのですね。 これは北イタリアに多いのですけど、
一方の教皇側である事を示すのは、教皇冠を示す尖った山形なんです。

あの坂は、お昼に飲んだワインできつかったですね、ははは。

はい、大きな戦いは2回でしょうか。 ヴェネツィア軍とナポレオン軍との。

単眼鏡の事、有難うございます! 16世紀頃からなんですね。 大航海時代にも使っていたのでしょうし、これだとインスブルックからも見えるかもですね。

そうですねぇ、姫路城は元々は年代が古いのでしょうけど、今の形になったのは関が原以降ですよね。
なので居城としての威風を示す美も大きいのだと思います。

牢は必ずあります。 住民相手の事もあったでしょうが、兵士への見せしめもあったでしょうし。

はい、そうです、チロルです。 トレント一帯は北の国、ティロルだったのです、オーストリア側です。

BBC制作の「戦争と平和」を毎週、というのは面白そうです。 様々な大きな戦争を取り上げているのでしょうね。

はい、夏の様々な催しは、観光客相手もあるのでしょうが、回顧的で子供達の教育の意味も大きい様子ですね。
中世の生活みたいなのも実際に見せるとか。

こちらこそ、有難うございました!




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