イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 04月 14日

   ・・・ サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo (追記)・・・

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       トスカーナはオルチャの谷の西の山の上にあるモンタルチーノの町。
       そこから南に9kmほどにあるサンタンティモ修道院

       9年前に訪問した時は修復の最中で、入り口脇、そしてとりわけ後陣部分が
       覆われていて見ることが出来なかったのですが、
       3年前の春に再訪した時は修復後で、じっくりと見ることが出来ました。

       今回はたくさん撮っていた写真を漸くに整理しましたので、
       そのせいもあってか、へへ、写真が多いですが、どうぞ細部をご覧下さいね。

       
       トップはモンタルチーノの町から朝早く出かけ、遠くの道から修道院が見えてきた所




       隣接するカステルヌオーヴォ・デッラバーテ・Castelnuovo dell'Abateの村
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       この村もサイトで見てなかなか良い趣の村で、見たいと思い寄ったのですが、
       村の下には駐車場があったものの、うっかり車で入り込み、何せ村の中も坂道で・・、
       全然駐車できる隙間がなく! 漸くにターンして村の下に戻り駐車。
       そしてそのまま修道院の方に歩いたもので、そして戻りには忘れており、へへへ、 
       通り過ぎただけ!という・・、に過ぎましたぁ。





       地図をどうぞ
       モンタルチーノ・Montalcinoの町から南に9kmほどで、
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       以前調べたときはカステルヌオーヴォ・デッラバーテまでバスの便があるように
       見つけたのでしたが、今回はまるで時刻表が見つからず!!
       行ったご覧になりたい方、どうぞ改めてお調べ願います!

       オルチャの谷の町ご案内、サン・クイリコ・ドルチャ・San Quirico d'Orcia
       ピエンツァ・Pienza





       駐車場から舗装された道が遠回りに修道院を見る位置についており、
       徐々に近づく様子を眺め楽しみながら、歩きます
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       この道は以前は舗装されていなかったですし、道脇に駐車スペースが並んでいるので、
       多分観光客がかなり多いのではないかと・・!

       創設の由来、歴史の中の変遷などの詳細もどうぞ





       shinkaiが行ったのは5月7日、朝の8時半頃ですから、まだ一人も見かけず、
       ただまだうす曇りの空で、それが少し残念でしたが、

       脇を通って、入り口前に来た所
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       入口上部と、上部の2つ窓にはすでに鳩のカップル! 
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       入口向かって左脇、円柱状の動物。 先回は覆いが被って良く見えずでした。
       犬ではないと思うのですが、何の動物でしょうか?
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       そしてまた今回も、向かって右脇の円柱上も見ていないのです!! あほ!
       サイトで見つけた写真には鳥のようなものが見えており・・。





       入口のごつい石組の張り出し部
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       扉上、まぐさ石の彫り模様と、
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       右側の飾り
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       脇にこんな表示がおいてあり、
         教会は終日開いています
         教会すべての訪問は下の時間帯に、と。
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       となると、内部は写真禁止だし、祈りを捧げるわけでもないので・・、と
       ついつい大人しいshinkaiは入るのを躊躇い、表からこの1枚のみ!       
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       という事で、内部の写真はサイトで見つけたものを何枚かを。
       光の入りようが大変美しい内部ですので、まず白黒写真2枚を
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       側廊上部はかっての婦人参拝客用で、matroneo・マトゥロネーオと言いますが、
       そこからの内陣、後陣部分。
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       最初に建設されたのは8世紀頃とみられますが、12世紀に繁栄期を迎え、
       以前の小さな教会の周囲に一回り大きな教会が造られ
       その差が、珍しい内陣をめぐる通路に利用されているのも良く分かります。

     ◆ 追記を ◆

       上記した「以前の小さな教会の周囲に・・」という言葉ですが、
       捕捉しますと、第1期には最初の礼拝堂、現在の祭壇部分にあったとみられ、
       第2期 現在の教会の外側にある、見える、古い後陣部分のカロリンガの教会9世期+最初の礼拝堂
       第3期 1,000年頃に建設されたと思われる現在よりも一回り小さく短い教会+カロリンガの教会+鐘楼
       第4期 現在の大きさ

       という変遷があったとみられ、私は第2期と第3期の違いを書いておりませんでしたが、

       のす爺ぃ様よりコメントを頂き、再読し、自分でもいささか混同していた事に気が付き、
       ここに追記いたします。





       内陣、木製の十字架上のキリスト像のお顔
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       素晴らしい円柱上の柱頭飾り。 
       これはライオンに囲まれる預言者ダニエル。
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       他の柱頭飾り
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       クリプタ・地下礼拝堂の様子
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       灯の灯った祭壇部。 
       斜めに射し込む光も美しいですが、灯の灯った様子もさぞ・・!
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       脇廊上部のマトゥロネーオからの写真といい、サイトではかなり内部の写真が見つかったので、
       確か写真禁止だったはず、と www.abbazia.com を見ましたら、
       写真は撮れるけれども、ミサの時はノー、とありました。 ん、もう!

       入口右脇の円柱上もですが、マトゥロネーオからの様子は見たいもの!!です。
       カステルヌオーヴォ・デッラバーテの村も見残しだし・・、
       またのチャンスがありますように!
    




       中庭を挟んで見える奥の建物、修道僧たちの居住区と
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       中庭の整理もされ、花も咲いていますが、
       以前はなかった柵が教会の横に出来ており、入れません!





       教会から続く建物部分。 多分ここは教会建て増し以前からのもので、
       石も様々な色、形であるのが良く分かります。
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       北の脇壁の様子
       多分古い教会建設の石が側廊上部に使われたのではないかと。
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       この修道院の建設に使われている石は、近くのカステルヌオーヴォ・デッラバーテからの
       石で、これは石灰華の層にアラバスター・雪花石膏の層が石目、縞目に入る石
       なんだそうで、艶があり、周囲の色や季節によりその色が反映し、変化するのだそう。
       確かに、アップで撮っている写真で見ると、半透明感の像などもあり、

       光の強い夏の写真や、朝の曇った光により、
       ずいぶんと色が違って写っている理由も納得したことでした。





       入口側から北脇に回ってすぐの壁で、左上のはローマ期のもののリサイクル!
       コルヌコピア・豊穣の角笛を抱えたもので、近くのローマ期のヴィッラのものだろうと。
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       内庭に面した教会脇扉には、素晴らしいロンゴバルドの彫りの施された扉飾りが
       あるようなのですが、今回も見られずで、

       こちら側のは片面の柱と、扉上部の飾りのみ。
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       右側の下部分
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       上部、まぐさ石の装飾。 右端に、飾りをかぷっと咥える動物がいて・・!
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       鐘楼。 かって鐘楼は教会と離れていたというのですが、
       増設され、現在は教会本体に食い込んだ形に。
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       鐘楼と教会の壁の角にいる動物、牛かな?
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       1階部分は窓なし、2階と3階には窓が一つ、が3階の方が大きく
       そして4階の窓は2つ窓。 これは重量を減らす意味もあったそう。
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       鐘楼のアーチ部から見つめる動物
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       鐘楼の角から後陣部に
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       鐘楼の東向きの壁には碑がはめ込まれているのでご注目を。




       上部には、この稚拙な聖母子像と天使、左側には動物が上下に2頭
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       左には翼と角を持った動物、しっぽの先が2つに分かれ・・!
       右の壁に見えるのは、頭が欠けたライオン像。
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       鐘楼と後陣の境にいるライオン像と。 頭部が欠け残念ですが、
       見事なたてがみを持ち、ごつい手!!
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       後陣の外に張り出す礼拝堂部分。 内部には祭壇がある小礼拝堂は
       後陣から3つ張り出し、屋根の下の庇支えの動物と柄がそれぞれ見事!
       
       最初の張り出し部の右から左へ
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       後陣の窓、隙間に咲く花。 サルビア種かな?
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       と書いていましたら、友人からメールを頂き、
       金魚草か、あるいはペチュニアではないのかとの事で、
       う~ん、そういえば金魚草かなぁ?

       どなたかご存知の方、お教えくださ~い!





       後ろから見る姿、鐘楼と内陣の高い部分と後陣
       そして左に、古い教会の名残部分
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       ここは以前まるで見られなかった古い時代の教会部分ですが、
       ここにも礼拝堂の張り出しがあった様子で、
       古い石組がなんとも良い趣!
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       庇の下にも、稚拙ながら何かの柄があったのが見て取れますね。

     ◆ 追記 ◆

       この小さな古い後陣部分が9世紀頃のカロリンガ期の教会部分
       ある事を追記いたします。
    
       つまり最初の原始的な礼拝堂(含むクリプタ)よりも少し離れて造られ、
       後の11世紀、12世紀の拡張においても残った部分。





       これは後陣の真ん中と左の、礼拝堂の張り出し部分の庇の下の柄
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       この長~い舌を出したあっかんべーが2か所にあり、これが大好き!!
       動物がいると、いかにも中世!という趣になり、
       それがまた怪奇な動物であるほど、痺れます、ははは。





       後陣上部の窓。 ここから、あのなんとも印象的な光が入るのですね。
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       南側からの眺めと
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       鐘楼上部に見えた、鐘2つ!
       これを見るまでは、鐘楼には鐘がないのかと思っておりましたが、あったぁ~!
       これも、アーケード式鐘楼というのでしょうか?
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       東にかけて広がる眺め。 上の写真の右中に見える道を辿って来たのでした。
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       赤いヒナゲシもいくつか咲いていたのですが、金網があって。
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       突如と響く大型バイクの爆音! 
       こういうのはまるでこの場所に似合わないと思うのですが、
       しばらく後、立ち去って行きました、やれやれ。
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       道脇の花を眺めながら
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       漸くに射してきた陽に映える修道院を眺めながら、shinkaiは戻ります。       
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     *****

       あれこれモンタルチーノからのバス便を調べましたが、やはり見つかりません。

       ですが、シエナからの半日ツァー、モンタルチーノの町とサンタンティモ修道院訪問
       ワインの試飲込みで38エウロ というのが見つかりました。
       イタリア語のみのサイトですが、お試しになりたい方こちらから。
       


       と、今まで修道院に住み祈りの生活と共に管理人でもあったフランス人修道僧たちが
       36年間の共同生活体の後、南フランスはアヴィニョンの近くの修道院に戻る、
       という2015年のニュースを、バス便を探していて見つけました。

       詳しくは原因が出てきませんが、どうやらイタリアの文化財保護管理事務所との関係、
       フランス側の母体派の問題もあるようで、2015年11月に立ち去り・・

       というのでその後の経過を探しましたら、

       その後はモンテ・オリヴェート・マッジョーレのベネデッティーノ派修道院
       引き継ぐ事になり、2016年の1月から2人の僧侶が移殖することになったと。

       我ら凡人から見ると、平穏な祈りの生活に明け暮れているように思われる
       修道院生活、僧侶たちの日常ですが、
       今回はこんなニュースを見つけフ~ムと思い、
       まぁ、後継ぎが見つかって良かった、と思った事でした。

       という事で、これから行かれても大丈夫、
       サンタンティモ修道院は、12世紀間の歴史を紡ぎ続けている事でしょう




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、花のカステルッチョ 途中経過と、 スコミーゴ村の花 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    




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by italiashiho2 | 2017-04-14 23:31 | ・トスカーナ Toscana | Comments(24)
Commented by mitsu at 2017-04-15 22:37 x
撮られた沢山の写真の中からの厳選されたそうですが、たとえ訪れたとしても見逃してしまいそうな部分をご紹介していただき感謝いたします!
前回のご案内や、修道院関係のリンク先ブログ、べネデット・ポのブログ等を読ませていただき、ここに戻ってくるまでとても時間がかかりました。
建物を装飾する彫刻の断片は、古代ローマ時代だったり前中世だったり中世だったり、時代の欠片でもあるのですね。
修道僧等の祈りの欠片でもあるかもしれません。二羽のハトはshinkaiさんならではと思いました。
Commented by クリス at 2017-04-15 23:26 x
こんばんは、私がサンタンティモ修道院を訪れたのは2006年でしたからもう11年経ってますが、shinkaiさんがこの写真を撮ったは3年前なんですね。私の行った時はまだ修復工事がばりばりだったので、足場があったりでこのような整備された感じではなかったですね。

あれ内部は撮影禁止でしたか? 工事中だったことでたくさんは撮れなかったけれど禁止にはなっていなかったような。見落としただけなのかも知れませんが。
古い教会のアプトは私が行った時には見る事ができませんでしたが、粗石積みでいい雰囲気をでしたています。

さて、預言者ダニエル像は以前私がメールに書いたカベスタニーの職人(巨匠)(Maître de Cabestany)。カタロニア、現在は仏領になったペルピニャン近郊のカベスタニー工房の職人によるものです。晩年は、招かれてトスカーナで仕事をしているのですね。日本で言えば飛騨の匠といった感じでしょうか。生没年不詳で、集団なのか個人なのかもはっきりしていないのですが、ロマネスクの柱頭彫刻の中では異彩を放つ作品を残しています。

ちなみにトスカーナではサン・カッシャーノ・イン・ヴァルデ・ペーザ(San Casciano in Val di Pesa )にあるサンジョヴァンニ・イン・スガナ教会(Pieve di San Giovanni in Sugana)にも作品が残されていますよ。
Commented by italiashiho2 at 2017-04-16 04:56
★mitsuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

いえいえ、たくさん写真を撮りすぎて整理をするのが大変だった、という事でして、ここにアップしたのが最上の写真であるとは・・、ちょっと言えないのが残念ですぅ。

今までの修道院関係をたくさん見て下さったのですか?! 有難うございます! ブログをしている冥利に尽きますね。

そうですねぇ、やはり石の国で、半ば廃墟になっている建物の石はどんどんリサイクルするし、時には半ば泥棒式に持っていく事もある様で、
学校で習った何年から何年は何時代、というのは大きく言えば、という事で、流れはなんとも混沌と緩やかに流れているのでしょうね。
その点、今の時代は・・、ですね。

鳩ですか、はい、ああいうのを見るとつい茶々を入れたくなるのです、ははは。
Commented by italiashiho2 at 2017-04-16 05:08
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、3年前は漸くにすっきりと整備されておりましたが、その前、9年前ですか、は、まだ後陣の半分から向こうは修復中で、入り口脇も覆われていましたね。

そうなんです、写真禁止と入口に書いてあって、中には管理人が絵ハガキや本を売りながら監視していたので、ついそれがそのまま頭にあって・・! 残念なことをしました。

はい、あの古い方の石積みが素敵ですよね。 石の大きさも色もまちまちで、それにそんなに大きな石は使われていませんね。

あの柱頭飾りはそうですか、あれは素晴らしいですよね。
教えて頂いた教会の場所を調べてみましたら、フィレンツェに近いですね。 ここならば次のチャンスがあったら行けそうですね。 有難うございます!
カタロニア、そうですか、そう言われてみると持っている雰囲気がちょっと異質なのもわかる感じがします。

Commented by granpa di itosugi at 2017-04-20 16:09 x
shinkai さん

 ご無沙汰しています。春のトスカーナ、やっぱり素敵ですね。サンタンティモ修道院、いつかは行ってみたいと思っておりました。緑の大海原に糸杉とひなげしの赤、菜の花の黄色がアクセントの春のオルチャ・・・・・久しぶりに胸が熱くなりました。有難うございます。
 6月にピエモンテの葡萄丘陵とリグーリア(チンクエテッレ等々)を巡ります。東へ行けばお会いできるとも思いましたが。今回は諦めました。来年の春はオルチャに行き若くして亡くなった知り合いのお墓に花を手向けたいと思っております。これからが最も素敵な季節になりますね。心躍るイタリア・カントリーサイドですね。
Commented by italiashiho2 at 2017-04-21 04:48
★itosugiさん、こんにちは! コメント有難うございます。

こちらこそ、何となしにバタバタでご無沙汰しております!
どの季節も美しいのでしょうが、やはり緑のうねる台地が素晴らしいオルチャの谷、トスカーナですね。

そうですか、ピエモンテも、チンクエテッレも知らず、うらやましい事です! またしっかりお邪魔して拝見させて頂きます。
それにしても着々と絶景めぐりが進んでおられますね。

来年の春はまたオルチャで、お知り合いの方がお出でをお待ちの事でしょう。

今が新緑の一番良い季節ですが、今週は寒波が入り込んできて、少し肌寒い、山の方は雪、というような寒さが戻っていますが、また徐々に本格的な晩春、初夏に向かって行くことでしょう。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-14 21:45 x
ここは行ってみたいと思いつつ、行けてません。たくさんの写真を見せていただき、有り難うございます。撮影禁止じゃなかったのに…とは残念でしたが、イタリアにお住まいならまた再訪も可能でしょう。
ところで、内陣部の周歩廊が旧聖堂と新聖堂の規模の違いを利用したものだというお話ですが、情報源を教えていただけないでしょうか。
Commented by italiashiho2 at 2017-05-14 23:38
★のす爺ィ様、こちらにも有難うございます。

はい、またトスカーナなら出かけるチャンスがあるかも知れませんね。

内陣部の周保廊については、以前の記事に書いたことですね、はい、ちょっとファイルを探してみますので、お待ちください。
分かり次第お返事させて頂きます。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-15 00:12 x
あっ、いや、厄介なようでしたらご放念ください! ご面倒をお掛けするつもりは毛頭ございません。どうぞ放っといて下さいますよう!
Commented by italiashiho2 at 2017-05-15 03:41
★のす爺ィ様、読んでまいりました。 
お気づかい頂き有難うございます。 ですが私も再読しまして、改めて知った事もありますので良かったです。

ええとです、私がブログに書きましたのは、サンタンティモ修道院で買った、修道院発行のガイドブックでして、
この中に修道院の規模の変遷というのか、大きさなどの違いが分かる小さな図が4枚載っておりました。
1.一番最初の礼拝堂、この位置は現在の祭壇と同じ位置。
2.カロリンガ時代の教会の後陣、これは今回古い後陣が見える、と背後からの写真で書いている部分で、これに前からの礼拝堂・クリプタも。
3.1000年ごろにベネデティーノ派が造ったとみられる教会と鐘楼、そしてカロリンガの教会。  この新しい教会部分がちょうど現在の教会の周歩道の内側の大きさに当たり、鐘楼も現在残るもの。
4.現在の教会の大きさ 12世紀建設の大きな形。

という事で、前のをそのまま利用したというものではなく、ちょうどの大きさの差を利用して、また周歩道のアイディアが広まるのも利用して造られた、と考えたのだろうと、これは私の考えも加えております。

もし図をご覧になりたいようでしたら、メール・アドレスをお教え頂けましたら、スキャンして図や記事をお送りいたしますので、お知らせくださいませ。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-15 06:59 x
有り難うございます! 

とんだ面倒をお掛けしてしまいましたが、おかげさまでよく分かりました! 載せてくださっている建物の外観の写真と、グーグルの空撮 https://www.google.co.jp/maps/@42.9996894,11.51562,94m/data=!3m1!1e3?hl=ja および今回のコメント欄での詳しいご説明から、建設の経緯が実によく理解できました。鐘塔とカロリング朝時代の会堂はそれぞれ北と南から現在の聖堂の側廊に食い込む形になってるのがよく分かります。この部分の内部の写真が無いのが残念(!)ですが、クリス様がおっしゃってるような時代の下る柱頭彫刻よりも明らかに古いと思われる彫刻のいくつかは、たぶん鐘塔の装飾と同時代のものでこの第3期の建物からの流用ということなんでしょう。

余計なご面倒をお掛けしてまでお尋ねしましたのは、周歩廊を備えた聖堂はイタリアではこれが唯一じゃないかと思いまして、これに関わることに触れてあったものですから、ついつい気になって質問してしまった次第です。第4期の工事は、カベスタニーの匠だけでなく、建築そのものがフランスから呼ばれてきた石工によるもので、だから孤立例になったんだろうと思います。

ところで、またまた余計なおせっかいで恐縮ですが、matroneo はそういう名称なだけで婦人用だったワケじゃないと思います。特にこれは修道院会堂ですし、女性は来てないでしょう。

それにしても、これだけのお写真、美しいだけでなく資料としてもたいへん貴重で、とりわけ様々な角度から撮られてるのが非常に有り難いです! 稀有なブログですわ。 今後ともどうかよろしくお願いいたします。
Commented by italiashiho2 at 2017-05-15 14:05
★のす爺ィ様、良かったです、安心致しました。

はい、柱頭彫刻の時代の違うものが、仰る通り12世紀以前のものが混ざっている事、
そして当時40名ほどの修道士がいたのが確認されているのだそうですが、あの小さなカロリンガ期の教会内、30平方mにどうやっていたのかと考えると、やはり中間の教会があったと考えるのが妥当なのだそうです。

周歩道を備えているのは、イタリアに他にも2つ(3つ?)あるそうで、
バジリカータ州アチェレンツァ・Acerenzaのサンタ・マリーア・アッスンタ・エ・サン・カーニオ・ヴェスコボと、
マルケ州マチェラータのサンタ・マリーア・ア・ピエ・ディ・キエンティ・Santa Maria a Piè di Chienti に。

3つと書きましたのは、上の名前と同じものがカンパーニア州のアヴェルサ・Aversaにもあるように書かれているのですが、まだ確認しておりません。

はい、第4期の建設はフランスからの工匠だとありました。

マトゥロネーオですが、これは初期キリスト教時代からロマネスクにかけての女性用だったのだそうで、
その後は名前だけ残って、建築様式として存在していたのだというのを、教えて頂いて調べて知りました。 有難うございました!

このサンタンティモの右側のマトゥロネーオは、左に比べて少し広いのですが、ここはカロリンガの教会、のちの聖具室の中から、壁の中をくり抜いたらせん階段によって上がれるようになっており、後には木製の階段も付けられたようですが、
上に司教などのアッパルタメント、と書いてありますが、いわゆる祭式の間の休憩所としても使われていた、という事でした。

あれこれ詳しい方が読んで不足を教えて下さったり、質問してくださると、私ももっと知ることが出来てとても有り難く、嬉しいです。

こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!



Commented by のす爺ィ at 2017-05-15 19:58 x
おおっ! これはこれは、詳しいご説明、まことに有り難うございます。周歩廊を備えた他の聖堂についての情報まで教えていただきまして!

そうですか、マトロネウムの幅が南北で異なるというのは、下の側廊の幅も同じように異なってるんでしょうね。これこそが、現在の周歩廊の内側が第3期の聖堂の内陣に一致してるっていう根拠でしょうな。単に鐘塔とカロリング朝時代の聖堂の間に建てるだけなら、ちょうどその中間にすればよかったはずですからね。だけど、こういうことをやると建物全体のバランスが狂って長期的には何かとマズイことが起きやすいんですよね。

周歩廊を備えた他の聖堂建築ですが、早速ご教示に従いましてインターネットを紐解きましたところ、ウィキペディアにこの手の聖堂はイタリアに全部で5つ(!)あるんだってな記述もありました。今、教えていただいた二つの聖堂の写真や映像をあれこれ見てるところなんですが、これらは確かに周歩廊を備えてますね。ただ、アヴェルサを含めて南イタリアでフランスもしくはノルマンの影響の強かった地域のものが多そうですね。ウィキペディアの言う残りの二つがどこにあるのかは知りませんが、恐らくは南伊だろうと思います。

ですから、ある意味、サンタンティモはイタリアでのこの種の聖堂の“北限”を示すものと言えなくもないのかもしれませんが、こちらは政治的にフランスとの関係が深かったわけじゃありませんので、やはり別物…つまり孤立例と考えるべきでしょうね。それに、円柱による周歩廊は非常にフランス風の趣が強い。まァ、フランスの石工が建てたわけでしょうから、当然っちゃあ当然ですが…。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-15 20:11 x
〔続〕
字数制限を越えちゃったんでコメント改めますね。だけど、さっきどこまで行ったのか分からなくなっちゃいました…〔笑〕。

マチェラータの教会は一体なぜ周歩廊を備えてるんでしょうか…。だけど、そもそも、これ、すごく変わった教会みたいですね。周歩廊を含めて全体が二段構成になってて…。ウィキペディアの説明によりますと、どうもフランス風を目指したものの、技術が伴わなくてアレコレ工夫した結果、こんなオリジナリティ溢れるヘンテコなものになったみたい。

が、周歩廊に関しては12世紀のもののようで、一体なんでそんなものを造ろうとしたんでしょうか? マチェラータの連中って、変わったものが好きなんでしょうかね。

まァ、ロマネスク時代のイタリアは文化的にも技術的にもフランスに比べたらテンで遅れてましたから、土台、ムリなことをやろうとした結果だったんでしょうが、その点、サンタンティモはカネにあかせてフランスから石工やら職人やら一切合切連れてきたってことでしょう。

とにかくここは金がうなってた感じがアリアリですね。だって、身廊部を含めてえらい数の円柱が…それもよく揃ったのが並んでます。古い物の使いまわしじゃなく、新たに調達したもののように見受けられますし、この辺からしてもカネがブンブンうなってたんでしょうな…〔笑〕。

そうそう、マトロネウムですが、実際に婦人席として利用したように思われる例は非常に稀だという印象を個人的には持ってます。ユダヤ教の典礼では比較的最近まで男女の席を分けてて、シナゴーグではマトロネウムを女性専用にしてたみたいですが、カトリックでは中世においてもそうはしてなかったんじゃないかと思います。もっとも、典礼のやり方については昔のことは専門家にもなかなかワカラナイみたい…。

ともあれ、ロマネスク建築の場合、マトロネウムにはそういった“実用性”よりも、構造上、力学的な役割が担わされてたケースが圧倒的に多い感じです。

いや、それにしても、ブログの写真や説明に加えて、こうやっていろんな情報を教えていただけてヒジョーに嬉しいです。私も専門家じゃないんで、なかなかこういう話をする相手がいないんですよね。オーディオ関係ですと、結構、コメント欄から色々教えてもらえるんですがね…〔笑〕。
Commented by italiashiho2 at 2017-05-16 05:19
★のす爺ィ様、重ねてコメント有難うございます!

はい、私も写真を探して、到底記事を読んでいる時間が取れずで、2つ名の上がったのを見てまいりましたが、
仰る通りまるでサンタンティモとは雰囲気が違うのに驚きました。

もうすでにご覧になっておられるかもですが、
La Cattedrale di Acerenzaの方、Youtube で見つけたのは、殆ど外の構造とか飾りが多いですが、装飾が素晴らしいとはいうものの、かなり異色な感じがして驚きましたし、
https://www.youtube.com/watch?v=qLHc_eQeiBE

町のある位置が素晴らしく、イタリアで一番美しい村々にも選ばれているそうで、私にはこちらの方が興味深い感じでしたが、ははは、

こちらではクリックすると写真がおおきくなります。
http://www.basileusonline.it/cattedrale-di-s-maria-assunta-e-san-canio

そして別のYoutube を見ていると、この聖堂にはドラキュラのお墓があるとか言われ、その研究をしている方々もおられ、
グリム童話などの下敷きになっている童話を書いたバシーレという人もここの出身だとか、様々な謎がある町なんだそうで・・。

Commented by italiashiho2 at 2017-05-16 05:20
★のす爺ィさま、続けます。

もう一つのマチェラータのSANTA MARIA A PIE’ DI CHIENTIの方は、これはもう如何にも無骨というか、古さのみが目立つ感じの教会で、
周歩道を持つだけの参拝人がおるんだろうか、という感じで・・。
https://vimeo.com/93748102


こうして見ると、仰る通り、サンタンティモは如何にもすっきりとした構造である事が良く分かりますね。

周歩道を持つのはヴィア・フランチェジーナ沿いに多くある、とか、サンタンティモは少し離れているけども、とかも読んだのですが、
上の二つはまるでそれとも違い、巡礼で見てきた様子を話し、それで似たようなものを造ろうとした、という感じなんでしょうかね?

確かに12,3世紀にはたいへん栄えた様子で、のちにその為に制裁を受けたような事もあったと・・。


実は私は明朝早くから2日間出かけてきます。
それで先程、ロマネスクに私などよりもずっとずっとお詳しいクリスさんにメールをして、ご存知の事など教えて頂けると有難いのですが、と書いたところです。
今とてもお忙しい筈なので、うまく行きますかどうか・・。

という事で、一時失礼させて頂きますが、よろしくお願いいたします。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-16 20:08 x
さらなるご返事、有り難うございます。

アチェレンツァのものもマチェラータのものも、おっしゃる通り、美的・芸術的にはさして見るべきものはないようですが、もともと私の関心は周歩廊という構造を備えた聖堂がイタリアにあるのかどうかという点でして、ですので教えていただいた情報の貴重さにも、shinkai 様への感謝の念にも何ら変わりはありません。

また、美的・芸術的にどうかという問題とは別に、Acerenza の周歩廊は円柱ではなく角柱で造られており、これはかなり私の関心を引きました。角柱というのは壁に開口部を設けた、その残りの部分ということで、円柱とは本質的に違う物でして、ですので、円柱による周歩廊とこの Acerenza のものとは、空間構成という面からは根本的に異なっております。もちろん、これは資金的・技術的な要因からこのような措置が採られたわけで、望んだものではないことが明らかではありますが、ある意味、フランスの周歩廊とは違うイタリア独自のものという解釈も可能だと思います。その意味では、これと同じような作例がもし他にも南伊にあるようならば更に興味深いことになります。

なお、「ドラキュラの墓」云々はお笑い種でしかありませんが、バジーレの出身地だというお話にはちょっと興味を引かれまして、というのは、これは『ペンタメローネ』あるいは Lo cunto de li cunti という名で知られるナポリ語の短編集を書いた男でして、なにせナポリ語なんで私は読んでおりませんが、ただ、彼はナポリ人だとばかり思っておりましたので、それがこんな所の出身だと聞いてちょっとビックリした次第です。で、ちょいと調べたところ、やはりこの人はナポリ人であって Acerenza の出身ではありませんでして、この男と Acerenza との接点というのは、上記の作品の舞台設定がこの町になっているということでした。
Commented by のす爺ィ at 2017-05-16 20:34 x
〔続〕
また、グリムとの関係につきましては、それまで大して評価もされていなかった彼の作品をグリム兄弟が再発見して高く評価したということのようです。つまり、彼らは、自分たちの収集した昔話とよく似たものがバジーレの作品に見出されることから、これを先駆的な試みとみなして評価したわけです。

ということで、おっしゃっていることには若干の誤りがあったものの、こうしたグリム兄弟との関わり自体、私が今まで知らなかったことでして、色々と刺激的な情報を教えてくださいまして、まことに有り難うございました。

また、マチェラータの教会は、これも確かにわざわざ見に行こうという気になるような種類のものではないかもしれませんが、非常に特異な造りになっており、これはこれで興味深いものだと思います。周歩廊に関して言えば、単に巡礼が見てきたものを再現しようとしたといった簡単な話ではないと思います。やはり何らかの意味でフランスとの繋がりがあったはずで、それを追求するのは結構面白いんじゃないかという気が致します。

どちらにお出かけか存じませんが、どうかお気をつけて行ってこられますよう。
Commented by クリス at 2017-05-17 21:14 x
shinkaiさん、お久しぶりです。とんとさぼっておりましたが、随分な宿題をいただいてしまったようで。

お二人のお話を読ませていただきましたが、少し話がずれていると感じたのが周歩廊とマトロネオ。
周歩廊はアンビュラトリー(ambulatory)内陣をとりまく周回廊ですが、マトロネオはあくまでも婦人席。婦人は座るはずがないという意見もありましたが、これは読んだ通りで大丈夫かと思います。信者の中には書女性もいたわけですが教会、修道院を含めての用語ですし、修道院のパトロンとして諸侯領主の婦人や後見人としての寡婦が修道院に対し多くの寄進を行っている方々がいらしたわけで、聖職者とは別の仕切りを設けて
来訪する事は少しもおかしくなかったと思います。

周歩廊はイタリアには極めて存在です。特にロマネスクにおてはマチェラータ近郊のSanta Maria a Piè di Chienti。周歩廊部分は本堂に比べ時代の下がる物ですがこれでも12世紀の物で、サンタンティモの周歩廊が他の部分より時代の下る13世紀であろうと推察できるのと比しても古い事がわかると思います。
マチェラータのマトロネオは周回廊の部分だけでなく側廊の上階に設置してありますし、後陣に居ては壁面が邪魔をして祭壇を見通せる事が出来ないので、信者席ではないと断言しておきましょう。

サンタンティモでは、マトロネオが周回廊の上階に乗っているのが少し話をややこしくているのかな?
ただ、フランスの影響を受けている作りであることは間違いないでしょうね。
Commented by クリス at 2017-05-17 21:15 x
字数制限なので、続きです

ほんらい周回廊は、十字軍に参加したフランス騎士等が持ち帰った聖遺物を巡礼対象として主祭壇に飾り、周回する事でそのご利益にあやかろうとしたのが出来た理由だといわれています。時代的にも13世紀に入ってからの方が多くなってきたので、出来の良しあしはフランス、イタリアの技術的問題より年代の違いあだと考えていただけたら。

またアチェランツァのカテドラルは地震による倒壊や再建を繰り返しておりますので、お話に出てくる周回廊の部分は、おっしゃるとおりフランスの影響を受けたゴシック期の物になります。ですからこれも更に時代が下がった物なんですね。

それとマトロネオですが、ピサの大聖堂、ヴェネツィアのサン・マルコ等など多くあります。トリビューンであったり側廊の延長部分にあったりで周歩廊の上とは限らない物ですね。

もひとつ、ラヴェンナのサン・ビターレ。このマトロネオがおそらく時代としても一番古いんじゃないでしょうか。円形のクーポラ2階部分ですが、この席はまさに皇后テオドラ達女性の席だったといっておきましょうか。
Commented by italiashiho2 at 2017-05-18 15:15
★のす爺ィ様、再度有難うございます。 無事にメラーノ周辺の短い旅行から戻ってまいりました。

はい、角柱と円柱との用い方の違い、というのは何となしにうすぼんやりと考えていましたが、はい、そういう定義というのがはっきりと分かり、有難うございました。

そうなんです、私はどちらかというとロマネスクそのものに関心があるというよりも、見た目に惹かれた時にあれこれ調べてみる、という事で、深くはありませんのです。
それで、今回クリスさんにSOSを発したのですが、幸いにコメントを入れて下さっているので、ご覧いただけたら、と思います。

バジーレの出身地の間違い、はい、確かにナポリ近郊の生まれで、亡くなったのもその地の様ですね、申し訳ありません。
彼は「おとぎ話の狩人・cacciatore di fiaba」と呼ばれ、傭兵として、知事として各地を変遷したようですが、アチェレンツァ周辺の土地の語り伝えなどを聞きまわっていた様子です。
「Lo cunto de li cunti」ですか、これは2年ほど前でしたか、こちらで映画になっており、残酷な場面もあった様子ですが、おとぎ話好きの友人は面白かった、と言っておりました。

また何かご関心の事などに触れましたら、あれこれ教えて頂けると感謝です。
有難うございました!

 
Commented by italiashiho2 at 2017-05-18 15:43
★クリスさん、こんにちは! お忙しい所、メールともどもコメントも有難うございました!!

いえ、周歩廊とマトゥロネーオは話が別なことは良く分かっておりまして、
私が「婦人用参拝席」と書いたのに足して、のす爺ィ様が「婦人用席に限られたものではない」と教えて下さったのと、改めて読んでみて、のちの時代には建築様式となったと知ったのでした。
が、そうですか、ラヴェンナのサン・ビターレのマトゥロネーオが、あのテドーラの席用だったのですか。 彼女はイタリアには来た事がないのでしょうが、そのつもりで写真を見た事が無かったので、この後、改めて写真を確かめてみます。 

サンタンティモの周歩廊は、12世紀の同じ拡張部分の中において、13世紀と、少し時代が下るのですか?
他の教会においても、13世紀になってからの方が多いのですね。

周歩廊の形としても、サンティアーゴ・コンポステーラのものは、もっと直接的な形で、本陣のサンティアーゴの像のすぐ後ろに細い通路が階段上で上り下りするようになっていて、像の後ろから抱きかかえることが出来るようになっていましたので、
聖遺物などを巡礼たちが拝めるように、という基本は良く分かります。

となると、のちの時代の、それも上に出てきた2つの教会の様にかなり外れた土地で、周歩廊が取り入れられた、というのはどのような理由があるとお考えですか?


出かけてきたメラーノ周辺は、大変お天気が良く暖かく、おまけにメラーノから西に1時間ほどのコイラの城、13世紀初頭のもの、がとても興味深かったですが、写真禁止でした。

その近くのグロレンツァはイタリアの一番美しい村々の一つらしいのですが、ここは少しイタリアのいつも見慣れている味わい深さ、古さとは一味違っていて、少し・・でしたが、興味深くはありました。

が、とにかく一番感じた事は、イタリアであってイタリアではない、まさにオーストリア、南ティロル、ドイツ語圏の真っただ中である、という印象でした。
Commented by クリス at 2017-05-19 19:38 x
shinkaiさん、こんばんは!
再びですが、ご質問があったのでお答えします。
周歩廊がイタリアで流行らなかったのは、ゴシックがイタリアで流行らなかったのと同じというか、ゴシックの建築プランの一部とみられたためだと思います。また周歩廊のプランが地震が多いイタリアでは不向きだったためもあると考えます。

先の2つのうちサンタ・マリア・キエティイについては、信者の増加により最初のプランではあまりに手狭になったための拡張が影響していると思います。また地階はクリプタ、上階は主祭室を形成している。上下2層のプランはその様な背景があったからこその物ではないかと考えます。
サンタンティモはいかにもフランス風ですし、巡礼者の取り込みを意識したと思われますが、元々の聖堂の外壁を内部に取り込んで、周囲を拡張していく手法は両者に共通性がありますね。

あぁ、グロレンツァ行きましたか。メーラノと書いていたのでどこまで見れるかなと思ったのですが、けっこう奥まで行きましたね。チロル城とかは行ってない? 私としては、そこまで行くのなら更に奥のブルグシオやベノスタ、手前のナトゥルノまで行きたいな。

グロレンツァはチロル、たしかにチロルなんですが、むしろスイスのクーラウビュンデン州に近い雰囲気だと思います。その書きぷっりだとあまり良い印象ではないようですが?
Commented by italiashiho2 at 2017-05-20 00:56
★クリスさん、こんにちは! 再度有難うございます。

ああ、そうですね、イタリアはゴシックが流行らなかったようですね。
同じゴシック様式を取り入れたものにしても、もっと柔らかい丸いイメージですものね。
唯一というのか、ミラノの聖堂がゴシックというのがすぐ頭に浮かぶほど少ないですものね。

と、地震の問題ですね。 なるほど、この方がしっくり納得出来ます。


はい、グロレンツァは、イタリアの古さに感じる趣、というか、味わいが少ない、というのか、これはもう好みなのでしょうが、そんな感じを受けました。
頑丈一式、というのかな、そんな感じを受けたのは、私だけではない様でしたが・・。

はい、そうですね、地図を見て、こんなにスイスに近いのだと思いましたので。

チロル城というのはメラーノの? はい、これは残念ながら町から見ただけです。

グループ旅行で観光が主ですから、自分が見たい場所、時間を掛けたい場所は無理ですね。
ですが、今回のコイルの城は面白かったです。



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