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2006年 11月 07日
   ・・・ ボローニャ ・ Bologna ・ 美食と意外性の街 ・・・
     今日は、月一度ご登場のグロリオーザさんのご案内で、
     ボローニャ のご紹介です。  
     街は、ちょうどヴェネツィアとフィレンツェの中間辺り。 
     コメントも彼です。 ではどうぞ。

     今回は、美食と意外性の街 「ボローニャ」 の紹介です。
    ボローニャは、フィレンツェ・トスカーナの北部、
    エミリア・ロマーニャ州の州都です。  
    私はフィレンツェから電車で行きました。インターシティで約1時間。  
    この街を表現するのに
    LA CITTA GROSSA DOTTA ROSSA
    というそうです。 太った、学識ある、赤い街ですね。
    その理由も含めて紹介しましょう。



      ◆サン・ドメニコ教会 

       この街で、最も印象的だったのが、この教会です。
       1770年にモーツアルトが訪れて、
       パイプオルガンを弾いたところだそうですが、
       右奥にある礼拝堂はイエスのフレスコ画の美しさに加えて、
       祭壇にはミケランジェロの彫刻もあり、荘厳な雰囲気。  
       この日は地元の中学生の団体が見学に来て、賛美歌を歌っており、
       清らかな気持ちになりました。





      ◆未完の聖堂 

       中心部のマッジョーレ広場にあるサン・ペトロニオ聖堂
       1390年に建設が始まりましたが、
       政敵だったフィレンツェの、サンタマリア・デル・フィオーレ教会
       以上のものを造ろうと、大規模な計画を立て、
       16世紀にはさらにローマで再建が始まった
       サンピエトロ大聖堂を超えようとし、結局財政難で中断して、
       ファザードが未完成のままです
       
       ただし、あくまでも中断で、中止ではない ところがすごい。





      ◆同聖堂内部
 
       全体的に赤味がかった色調が、
       ほんのりと落ち着いた心にさせてくれる場所でした。
  
       前文の ROSSAは、街全体が赤い屋根や
       赤いポルティコ(街路の柱廊)で占められている事と、
       70年代から80年代にかけて、この街はイタリア共産党の
       支配下にあり、都市再建のリーダーになっていた事などが、
        のイメージで語られています。





      ◆おっぱい噴水
 
       外に出ると、広場に、ジャンボローニャ作の
       ネプチューンの噴水 があります。   
       私はネプチューンよりもその下にある、
       おっぱいから水を出している女性像に、
       目が点になりました。
       ここが市民の待ち合わせ場所だそうです。





      ◆ポルティコ  1
 
       ボローニャの 世界一 はこのポルティコです。
       街中にこうした柱廊が続いており、
       全体で、42キロにもなるということです。





      ◆ポルティコ  2 

       従って、雨が降っても傘などは必要なし。
       ある場所ではこのスペースを利用して、
       リストランテが営業していました。 
       
       このポルティコのすぐ近くで、昼食を取りましたが、
       ここエミリア・ロマーニャ州は美食の場所としても有名です。 
       パルミジャーノや、パルマハムのパルマはすぐ近くですし、
       ボロネーゼスパゲッティはここが本場です。  

       私はアンティパスト・ミストで肉を選択したら、
       ハムが山盛りになって出てきました。
       これと、ひき肉が入ったそら豆のような形のパスタ
       「トルテッリーニ」で、腹がパンク寸前になりました。
       うまかったけど苦しかった(料理の写真がなくてすみません)。
       こんな食事をしていたら間違いなく、GROSSA になります。





      ◆旧ボローニャ大学
 
       1088年開学、ヨーロッパ最古の大学とされる
       ボローニャ大学は、今アルキジンナージオ宮殿
       として開放されています。  
       この二階にあるのが、世界初の人体解剖を行ったという解剖室です。

       女子高生らしき団体と一緒でしたが、なぜか先生の解説より
       日本人に興味があったらしく、皆じろじろと私を見ていました。





      ◆大学廊下の天井
 
       解剖室近くの廊下天井です。  
       こんな豪華な天井を持つ大学なんて、他には知りません。  
       こうした学問の歴史が
       DOTTA という言葉に繋がるのでしょう。





      ◆マグダラのマリア
 
       サンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会という小さな教会
       で意外なものに出会いました。  
       「死せるキリストへの哀悼」というテラコッタ彫刻群
  
       キリストの遺体(中央下)を取り囲むように
       聖母マリア、福音書記者ヨハネ、マグダラのマリアなど6人が配置され、
       女性たちの嘆きの身振り、表情は、これまでのどの絵画や
       彫刻にもなかったような、激情があふれ出ていました。  
       特に、マグダラのマリア(右端)は、
       衣を大きく翻して今にもイエスに飛び掛りそう。
       嘆きというより、絶叫の声が聞こえてきそうな迫力でした。
       ニッコロ・デッラ・ルカ作。  
       ボローニャに行かれたら、是非是非ご覧になってください。





      ◆パルチザン写真
 
       マッジョーレ広場近くの図書館前の壁に、
       数百人の顔写真がずらりと並んでいます。  
       第二次大戦末期、イタリア解放のために戦ったパルチザンが、
       ナチス軍によって虐殺された、悲惨な歴史がありますが、
       その犠牲者の顔写真です。

       最もにぎやかな広場に、これだけの大きさで
       写真を掲げているのは、
       その歴史を繰り返さないための、
       強いメッセージなのでしょう。





      ◆慰霊碑
 
       もう一つ、慰霊碑が駅構内にあります。

       1980年8月2日、駅待合室で右翼の爆弾テロによって
       多数の死者が出ました。  
       その事実を決して忘れまいと、事件現場に
       犠牲者の名前を刻んだ、慰霊の碑が建てられたのでした。

       この中に「SEKIGUCHI IWAO 20」
       という名前もあります。  
       早稲田大学生の彼が、旅行中にこのテロに巻き込まれたのです。





      ◆若者たち 

       暗い話が続いたので、最後は明るく終りましょう。

       聖ドメニコ教会前で出会った、イタリアの子供たち。
       中学生でしょうか、「写真を撮らせてね」というと、
       「プレーゴ」と快諾してくれました。
       みんな、体つきも表情も、はちきれんばかりに元気一杯でした。
  

     **

       如何でしたか、グロリオーザさんご案内のボローニャは?
       私も一度だけですが、ボローニャに行った事があり、
       少し知っているので、この彼の写真が大変気に入りました。

       大きな街、というイメージがあったのですが、サイトで
       調べてみると、人口は43万ほど! 
       何せスコミーゴ村の住人ですから、
       今はどこに行っても、目が回ります!

       駅のトイレの個室内に、注射器回収用の箱が備え付けてあり、
       それだけで「ひぇ~!」と、ひるんだ事を覚えていますし、
       街に物乞いの多い事にも、かなり驚いたものです。

       が、毎年のイタリアの街のランキングでは必ず、
       ボローニャが登場、「都市生活を楽しめる街」と、
       時にはトップになるほどの街です。 
       いわゆる、都会らしい街 という事なのでしょう。

       古いイタリアの街は、中心部の古い建物の修復
       思うに任せぬと、スラム化して、悪の巣窟と
       化しかねませんが、このボローニャでは、
       こうした中心部の古い建物が上手く、内装のみモダンに
       修復され、新しく街の中心部として機能しているようです。

       文中にもある通り、ヨーロッパ最古の大学が開かれた街でもあり、
       美食でも有名、また日本でも有名な、「絵本展」も開かれます。
       静謐な、白い静物画のモランディの街でもあります。

       そして、長年の左派による市政から 「真っ赤なボローニャ」と。
       最近一期のみ、右派になリましたが、その後2004年から
       再度、左派による市政に戻っています。 

       現市長は、セルジョ・コッフェラーティ、
       チネーゼ(中国人)というニックネームを持つ
       左派組合委員長出身ですし、
       現左派政権首相のプローディも、ボローニャに住んでいます。   

       ボローニャの街にも、かっては運河が縦横に行きかい、
       カザノヴァは、この街から船でヴェネツィアまで行ったそう。

       今日のグロリオーザさんの写真にはありませんが、
       この中心街に、中世の塔が2本並んでいて、
       高い方の塔は97Mで、登れます。

       薄暗い電気のついている塔の中、
       ぎしぎし鳴る梯子のような階段を、つかまりながら
       ハァハァと登りましたので、
       次の機会には、上からの眺めをご覧頂きましょう。

      市のサイトは http://www.comuni-italiani.it/037/006/index.html
      そして、こちらは日本語のサイトです。
      http://www.japanitalytravel.com/banner/bologna/citta.html
      こちらで、街の写真なども、見る事ができます。

     
      最後に、私の大好きなボローニャ出身の歌手、
      ルーチョ・ダッラの ピアッツァ・グランデ という、
      マッジョーレ広場を想わせる、歌詞のご紹介で終わります。
      まずは、彼の写真をご覧頂いて。
 
      
      ◆ルーチョ・ダッラ ・ Lucio Dalla

       ピアッツァ・グランデ

       私に昼食をおごってくれる聖人達はいない
       ピアッツァ・グランデのベンチの上
       私ほど商人みたいに飢えている者は他にいない。

       草の上で眠り、周囲にはたくさんの友達がいる
       ピアッツァ・グランデの恋人たち
       彼らの厄介事、彼らの愛もすべて知っている
       間違っていても、いなくても。

       私なりに、私だって愛撫されたい。
       私なりに、私だって夢を見たい。 

       私の、本当の家族はいない
       そして私の家はピアッツァ・グランデ
       私を信じる人からのみ愛され
       私ができる範囲で、愛する。

       私に寛大な女は、いない
       ピアッツァ・グランデで愛を掠め取る
       ありがたい事に、私ほど悪いやつは此処にはいない。

       私なりに、私だって愛撫されたい。
       私なりに、私だって夢を見たい。
 
       でも、自分の人生は決して決して変えない
       私なりに、今の私は自分が望んだ自分

       私を包む白いシーツは持っていない
       ピアッツァ・グランデの星空の下
       もし人生に夢がないなら、私が持っているのを上げよう。

       そしてもう、私のような者がいないなら
       ピアッツァ・グランデで死にたい
       私の周りにいる、私の様に主人を持たない猫たちの間で


    ***

by italiashiho2 | 2006-11-07 05:38 | ・エミーリア・ロマーニャ | Comments(0)
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