2008年 12月 03日

   ・・・ デルタ・デル・ポー ・ ポー河が海に出会う所 ・・・

     今日は、先月始めに行きました、デルタ・デル・ポー・
     Delta del Po、イタリアで一番長い河ポーが、
     海に出会う三角州の辺り
、エステ家のお城、果てしなく広がる平野、
     水門、アドリア海に注ぐ場所、などにご案内です。

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      ◆地図をどうぞ

       先回のメーゾラの森のご案内の地図に、
       ピンクの丸を3つ、追加です。
       中央上メーゾラ・Mesolaに、エステ家のお城
       その右下のピンクの丸、ここにアバーテの水門
       運河に沿って下り、ポー・ディ・ゴーロ・Po di Goro
       の字の下、このピンクの丸は、パルーの水門
       そして、一番突端のピンクの丸に、ゴーロの灯台があります。

       地図の右半分に見える3本の流れは、
       すべて、ポー河の支流です。
       灯台の位置に流れ出るのが、ポー・ディ・ゴーロ、
       このポーが、エミリア・ロマーニャ州と、
       ヴェネト州の州境です。

       その右は、ポー・ディ・ニョッカ、
       一番右が、一番の主流から、この地図のすぐ上部分で
       分かれたポー・デッレ・トッレ。
       この辺り、フェッラーラのエステ家に始まる、
       営々と干拓された土地で、縦横に運河が走ります。
      
       メーゾラの森、ポンポーザの修道院のご紹介は、
       こちらです。
       http://italiashio.exblog.jp/8922205



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      ◆パルーの水門  1

       メーゾラの森、ポンポーザの修道院を
       見た翌朝は、大快晴。
       まずは、パルーの水門・トッレ・パルー・
       Torre Palu`を見に。
       上の地図に見える、Po di Goro の字の近くの、
       メーゾラの森を突き抜ける県道を通り抜け、
       そこから運河沿いに下るとある筈ですが、
       よく分らず、土手で魚釣りのシニョーレに尋ねOK。
       車で行けるよ、というので、そろそろと土手道を。
       逆光に、見えてきた所です。



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      ◆パルーの水門  2

       こちらが、来た道。
       白い橋が見えますが、あれが森を突き抜ける県道で、
       土手道の奥に見える、白い車のシニョーレに、
       道を尋ねたのです。
       そして、手前のブルーの車、ここも魚釣り!
       日曜日の朝とは言え、ヴェネトでは
       余り見かけない魚釣りの多さに、少し驚き。
       上の写真の土手下にも、魚釣りの車が一台。



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      ◆パルーの水門  3

       水門を、順光で。
       このパルーの水門は、18世紀前半の物。
       今回調べていて、ヴィンチャーネ式扉
       という言葉にぶつかりました。
       で、この5つ並んだ閘門の開閉システムは、
       かのレオナルド・ダ・ヴィンチの発明だそうで、
       水自体の力を利用し、干潮時には海に流れ、
       満潮には、海水が入り込まないように、
       自動的に開閉する方法
で、
       現在も、現役との事。
       500年前の大天才の、
       発明の説明を飲み込むだけに、
       だいぶ時間がかかりました。ああ!



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      ◆パルーの水門  4

       土手から見る、南の風景。
       右手の奥から、南にかけて、
       ずぅ~~っと続く林の流れは、メーゾラの森
       前日には、立ち入り禁止だった部分。



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      ◆パルーの水門  5

       少し離れての眺め。
       この運河は、カナーレ・ビアンコ。
       土手は、ご覧のように草を刈った跡が見え、
       車2台がやっとすれ違えるほど。
       ずっと先に行くと県道に出て戻れる、と
       教えて貰ったのですが、
       ごとごとと、行けども行けども県道に出ません。
       運河に沿っての、土手道の長かったこと!
       まぁ、それでも、地平線を見つつ走り、
       戻って来れました。



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      ◆アバーテの水門  1

       再度、メーゾラの森を突き抜けて戻り、
       アバーテの水門目指し、北上。
       松並木の、真っ直ぐな道が続き、
       両脇には、平野が広がる素敵な道。
      
       前を行く車の荷台に白い箱が見えますが、
       あれは、ワン君の運搬用
       トスカーナでも見ましたが、
       猟犬、そしてタルトゥーフォ探しの、
       ワン君が乗っているのです。
       この辺りもタルトゥーフォが採れるらしく、
       サイトで、タルトゥーフォ採集ハイキング
       があるのを見つけました。



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      ◆アバーテの水門  2

       道の両脇に、平野が広がります。
       これは、上の写真の位置から前夜の宿を。
       大きな農家を修復した、レストラン兼宿で、
       料理もまぁまぁ、宿もサッパリ清潔。
       初めての、日本人のお客だったようです!
       で、手前の緑の畑は・・、



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      ◆アバーテの水門  3

       ニンジン畑でしたが、ご覧の通りの砂地
       干拓地なのですね。
       この一帯の名産物に、
       砂地のワイン、というのがあり、
       お城の、秋の物産展で見つけ、買い込みましたが、
       う~ん、まぁまぁのお味。
       今頃は、フリウリの美味しい、強い白に
       すっかり慣れているので・・!



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      ◆アバーテの水門  4

       水門のすぐ近くに、小さな礼拝堂があり、
       周辺が格好の釣り場に整備され、
       この流れのあっちにも、こっちにも。
       写真の右端からも、釣り糸が光っているのが
       見えますか?
       前夜からの泊り込みの、小さなテントも。

       逆光に、墨絵のよう
       裸木の風景が、とても好きです。



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      ◆アバーテの水門  5

       これが、アバーテの水門・Torre Abate
       大変美しい姿です。
       16世紀の半ばに始まった、
       フェッラーラのエステ家による、
       デルタ・デル・ポーの干拓の歴史の証
       ともいえる、水門
との事。
       先のパルーの水門同様、
       ポー河の水の管理も勿論ですが、
       要所の防御監視も兼ねての建物だった様で、
       やはり、ここの閘門システムも、
       ダ・ヴィンチ式だそう。

       3年ほど前、メーゾラというのは何所?と、
       友人からメールと写真が届き、
       その時調べたのが、メーゾレの森、
       この水門、お城への興味の始まりでした。
       ただ、その添付の白黒写真の別荘が、
       今回特定出来ませんでした。
       その内、出会える事を楽しみに。
       


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      ◆アバーテの水門  6

       穏やかな、秋晴れの日曜の朝、
       静かな水面に、形の良い水門が映ります。
       
       エミーリア・ロマーニャ州は、
       ヴェネトのすぐ南のお隣なのに、
       行った事のあるのは、フェッラーラ、
       ボローニャ、パルマ、ラヴェンナ、コマッキオ、
       フォルリ、チェゼーナ、と街だけ。
       美食、フェッラーリ、古城、独特の音楽、踊り・・、
       他にもたくさん、見所がありそうです。
       


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      ◆アバーテの水門  7

       水門のすぐ向こうに、もう一本運河が通り、
       橋の上を、自転車クラブの面々が
       走り抜けていきました。
       日曜日の朝、何所でも見かける男達の姿。



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      ◆アバーテの水門  8

       その運河の土手、ここにも何台もの
       魚釣りに来た車。

       それにしても、イタリアの男達は
       マメに良く遊びますねぇ!
       若いうちは、女の子と遊び呆け、
       少し年が行くと、一人で、または男同士で遊ぶ、
       というのが多いような!!



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      ◆アバーテの水門  9

       奥に、小さい礼拝堂が見える水門脇で、
       やはり、釣り糸が光ります。
       何が釣れるか、尋ねて教えて貰いましたが、
       土地の呼び名らしく、覚えられませんでした。
       沼地独特の水草が、生い茂ります。



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      ◆メーゾラ  1

       アバーテの水門から、メーゾラの町に。
       水門から北にかけて、細長く
       サンタ・ジュスティーナの森が続きますが、
       こちらは、メーゾラに比べると小さいもの。
       広い畑が広がり、農家が見え、そして背後にある林は、
       殆ど裸木になり、上に少し濃く見える部分、
       あそこだけ、まだ葉が残っているのです。



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      ◆メーゾラ  2

       サンタ・ジュスティーナの林を抜け、
       メーゾラに向かう道、
       真っ直ぐな、ポプラと、松並木の道。
       道の奥の空気が、青く見え

       それだけで、嬉しくなってしまいます。
       
       自転車のシニョーレを追い越し、
       写真を撮るのに車を止めると、
       彼がまた追い越して・・が2度ほど。
       アホかいな、という目で一瞥!



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      ◆メーゾラ  3

       道脇の小川の向こうに、彼らが。
       放し飼いなのです。
       彼らにとっても、日曜日なのでしょうか?!



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      ◆メーゾラ  4

       メーゾラの中心部。
       右がお城で、左に教会
       写真の右手外に、ガソリンスタンド、
       これで全部!
       ちょうど、秋の物産展開催中で、
       それで、こんなに車が駐車し、テントの店が。



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      ◆メーゾラ  5

       お城の内部は、この一帯の環境博物館になっていて、
       無料でのガイドつき見学が出来ました。
       
       このお城を作った、フェッラーラの最後の領主   
       アルフォンソ2世
は、3度結婚していて、
       3度目の奥方は、マントヴァのゴンザーガ家の
       マルゲリータで、城は、彼女に捧げたものとか。
       が、結局3度の結婚にも拘らず、男子が生まれず、
       彼がエステ家最後の領主となったと。

       これは博物館内にあった、鹿に関する展示の一つで、       
       ポンポーザの修道院のある、ゴディゴーロの町の
       紋章にも、鹿が描かれているのですね。
       メーゾラの森のみならず、とにかく鹿が多かった様子。
       フェッラーラのエステのお城の装飾にも、
       たくさん描かれている様子で、
       その心算で、見に行きたくなりました。

       フェッラーラのエステ家最後のアルフォンソ2世について、
       お家騒動についてはcucciolaさんのこちらに詳しく。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765017.html       


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      ◆メーゾラ  6

       剥製は、好きではありませんが、
       まぁ、実物にお目にかかれませんでしたので・・。



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      ◆メーゾラ  7

       これは私も持っている、こちらの身分証明書を
       模したもので、フフと可笑しくなり、ご紹介。

       名前・イタリア鹿
       通称・メーゾラの鹿
       類・哺乳類 偶蹄
       住所・メーゾラの大きな森
       市・メーゾラ、ゴーロ、コディーゴロ
       州、国・フェッラーラ、イタリア
       身長・オス108cm、 メス95cm
       体重・オス110kg、 メス75kg
       毛皮・夏-褐色、黄褐色、 冬-褐色、灰色
          子供には、白い斑
       
       など等。
       写真に押されたコムーネの印、
       ヒズメ紋が笑えます。
       前日森で見た足跡と、やはり同じ!
     


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      ◆メーゾラ  8

       お城の展示室は4階に当たる部分で、
       ガラス越しですが、展望が素敵でした。

       すぐ背後に、ポー・ディ・ゴーロが流れ、
       これがヴェネト州・かってはヴェネツィア共和国との境
       城の周辺建物に囲まれた中庭、
       そして土手に沿って、たくさんのテントが並び、
       秋の諸国物産展、開催中。



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      ◆メーゾラ  9

       上の写真の、東側。
       奥に見える橋、あれがロメア街道、国道です。

       上の写真共々、ご覧のように、
       ポー河の水面の方が、地面よりも高いのが
       お分かりでしょうか?
       長い年月の堆積物で、こうなのですね。
       ポー河が、穏やかに流れる時は良いのですが、
       2000年の、スイス側での大雨が原因の大水の際など、
       堤防を切り畑に水を流して、町を守ったり、
       鉄橋を切って持ち上げたり、と大変でした。
       ポー河は全長652km
       河上からアドリア海に注ぎ込むまで、
       約1週間かかります。

       干拓の歴史共々、たくさんの逸話が残ります。
       ポプラの木が多いのも、早く成長し、
       根を張り、地面を護るからとの事。



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      ◆ポー・ディ・ゴーロ  1

       ゴーロの町でお昼を食べ、灯台を見に。
       そのまま、真っ直ぐ南に下れる筈が、行き止まり!
       尋ねましたら、ポンテ・ディ・バルケ・
       舟の橋 を渡りなさい
、との事。
       教えられた通りに戻り、土手に上がって納得!
       小舟橋という名ではなく、舟を繋いで作った橋で、
       その時になってやっと、
       旅行雑誌で見た事を思い出し・・

       板を並べた上を、ゴトゴトと渡り、
       写真の、車が止まっている橋中央部分に
       小屋が見えますが、あれが料金徴収所だったのです。
       渡る前に、車一台75チェンティージミ、
       とか見たのですが、
       お兄ちゃんが顔を出したものの、何も言わないので
       そのまま通り過ぎ、こちら側に来て後、
       無払い渡河をした事に、気がつきました!!
       戻りに2回分払おう、と思いつつ、
       帰り道は、ナヴィが他の道を指定したので・・! きゃ。

       これが州境で、私はヴェネト側、
       向こうが、エミーリア・ロマーニャ州。



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      ◆ポー・ディ・ゴーロ  2

       ゴリーノ・Gorinoで、舟の橋を渡り、
       突端にある灯台まで、7,8キロでしょうか。
       一面、遥かに干拓地が広がります。
       所々に、放置された農家の廃屋。
       
       1951年に、ポー河の大氾濫がありました。
       大雨の流れがアドリア海に注ぐ時、満潮と重なり逆流、
       88名死亡、5600軒程の家屋破壊、
       畑、道、工場破壊等の、大災害でした。
       こういった廃屋は、多分その時のものと。



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      ◆ポー・ディ・ゴーロ  3

       ここは、もう既に車の行き止まり地点。
       靄にかすみ、幾つかの農家の廃屋が、点々と。
       土手の高さを、4mも越す洪水だったそう。



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      ◆ポー・ディ・ゴーロ  4

       土手道は、車は行き止まりですが、
       自転車か、歩きでは、もう少し突端まで行けます。
       が、戻りの時間を考え、ここでオシマイに。

       葦のそよぎ、
       逆光の煌き




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      ◆ポー・ディ・ゴーロ  5

       エミーリア・ロマーニャ側に灯台が見え、
       アドリア海への河口が、左に広がります


       この灯台は、1950年に作られたもので、
       それ以前のものは、ドイツ軍が引き上げる前に
       破壊して行ったのだそうです。
       土地の歴史が、即、世界の歴史に繋がる
       イタリア、ヨーロッパの変遷。
       それに、いつも驚かされます。

       ポーと、アドリア海の接点を見たぞ! と納得、
       霧の出はじめたヴェネト平野を、我が家へ。
       
       この辺り一体は、デルタ・デル・ポーの公園になり、
       自然保護地区も、あちこちに。
       サイトは、こちらに。      
       http://www.parcodeltapo.it/er/index.html

       
         

by italiashiho2 | 2008-12-03 01:11 | ・エミーリア・R州 Emilia | Comments(4)
Commented by ta-ke-58-ta-xi at 2008-12-04 23:57
魚を釣る田園風景は・・日本でも見かけるので・・・意外に 海外という感じはしませんね。
水門なんかはサスガに違いますが・・。
イタリアの男は・・やはり遊ぶんですね(笑)。
しかし・・こんな風景を眺めながら・・ドライブしたいなぁ・・。
Commented by shinkai at 2008-12-05 05:23 x
★ta-keさん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、こちらは魚釣りをするのには、幾らか払って許可証を貰うらしいのです。それで、日本の様に多くないのかもしれませんが、でも釣竿のリールの宣伝に,shimanoとか見ます。 
ええ、体力があるというのか、そのために生きていると言うのか、遊ぶ事に熱心な気がします。 単純な遊びがうまいと言うのか・・。

自然がまだ本当に、多くあるのです。 住宅が見えない風景が多いと言うのか。 土地によっての風景がまるで雰囲気が違うので、それが旅行の楽しみですね。  お出かけ下さい!
Commented by cucciola at 2010-02-05 19:28 x
shinkaiさま、

こんにちは。
私の記事をご紹介くださり、ありがとうございます。
それにしてもパダーナって、ローマに住む私から見るといつも「異国情緒」なんですよね。まず平野、それから細くて長い木、霧、ローマでは見られないものばかりで。
レオナルドの技術がこんなところにも生きているんですね。当時の芸術家って、現代の芸術家と違って本当に守備範囲が広いなあと感心してしまいます。パダーナのいいところは坂がないところですね!散策もだいぶ楽です、ほんとに。
Commented by shinkai at 2010-02-05 23:23 x
★cucciolaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

こちらこそ、自分の記事を読み返して、最近拝見したcucciolaさんの記事を思い出し、ああそういう繋がりがあった、と奥が深く見えた気がします。 有難うございます。

レオナルドはやはり凄いのですね。 彼の発明は単なる荒唐無稽なものでなく、こうして実際に現在も役立っているのが凄いです。 当時、動力源としては人力と動物の力しかなかったので彼の発明の有名な飛行機とか、ヘリコプターは役に立たなかったものの、それ以外はかなり実用的だったのでしょう。

ええ、あの広さ! 広すぎるくらいです!!


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