イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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カテゴリ:・南イタリア Italia sud( 7 )


2011年 03月 18日

   ・・・ 無事に戻りました。 ・・が、・・・

      皆さん、お久し振りです。
      17日午後、ナポリからアマルフィ沿岸巡りの旅を終え
      無事に戻って来ました。

      移動日に2日程雨になりましたが、他の日はお天気に恵まれ、
      目の覚めるような蒼い海も眺め、沿岸の素晴らしい景色も堪能し、
      真っ黒に日焼けして元気で戻りました。

      ですが、カプリ島の2日目の午後に日本の大地震、津波のニュース、
      その後に原子力発電所事故のニュースを知りました。
      イタリアでも連日日本のニュースが流されるのを、朝晩見続け、
      旅先で知り合う多数のイタリア人からも、お見舞いの言葉を
      かけられました。

      とはいえ、家に戻って落ち着いて見るニュースと、
      届いていたメールから知る日本の状態は想像以上でした。

      どう言う言葉がふさわしいのか、思いつきません。
      ただただ、
      どうぞお元気で
      乗り切って下さる様、祈るばかりです!!

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by italiashiho2 | 2011-03-18 06:09 | ・南イタリア Italia sud | Comments(14)
2008年 11月 21日

   ・・・ バロックのフィレンツェ ・ レッチェ その2 ・・・

     今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真とコメントで、
     レッチェ・Lecce その2 のご案内です。 ではどうぞ!
 
      先月に引き続いて、今回もレッチェの紹介です
      「バロックのフィレンツェ」という名前の理由を
      たっぷりご覧下さい

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      ◆レッチェ  1

       何といってもここのバロック建築の象徴は、
       ドゥオモの北東部、といっても歩いて5分ほどの所にある、
       サンタ・クローチェ教会です。建設は17世紀の半ば。
       当時の南イタリアは反宗教改革の嵐が吹き荒れており、
       スペインの支配下にあったレッチェも
       信仰や言論弾圧にあえいでいた時代。
       そんな中でこのような過剰ともいえる装飾建築に打ち込んで行った
       職人たちの気持ちはどのようなものだったのだろうか。
       ド迫力のファザード周辺は圧倒的です。



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      ◆レッチェ  2
      
       では、個々の彫刻をピックアップしてみましょう。
       使われている石は地元の石灰石で、加工しやすいため
       緻密な細工が可能になったようです。



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      ◆レッチェ  3

       肥満気味の老人と子どもの取り合わせ。



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      ◆レッチェ  4

       こちらは豊満な女性たちですね。



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      ◆レッチェ  5

       彼女は女神でしょうか
       よく見るとちょっと恐い表情をしています。



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      ◆レッチェ  6

       ユーモラスな動物たち。
       でしょうかね。



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      ◆レッチェ  7

       クローチェ教会だけでなく、街を歩いていると
       至る所にこうした彫刻、建築があふれています。
       特に ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りは
       その展示場のような場所です。 
       女性の持ち送り
       無表情なのが返って不気味な感じです。



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      ◆レッチェ  8

       競馬のゲートインの瞬間のように整列した馬たち



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      ◆レッチェ  9

       双子のおじいちゃんのにらめっこ?



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      ◆レッチェ  10

       一方で優雅な像も見かけられます。
       マレーゼ邸という邸宅の壁に刻まれた女性像は、
       美しさではダントツのナンバー1.



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      ◆レッチェ  11

       サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会の正面も
       かなりのゴテゴテ状態。



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      ◆レッチェ  12

       ちょっとお疲れだと思うので、ここらで一休み。
       対照的にすっきりしすぎるほどの
       シンプルなクーポラもありました。
       サンタ・マリア・デッラ・ポルタ教会の天井は、
       白い陶器を一つ一つ貼り付けたような模様になっていました。
       とてもレッチェの教会とは思えない簡素さ。



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      ◆レッチェ  13

       サン・マッテオ教会は、
       路地の突き当たりに突然姿を現す。
       陰になった狭い道の突き当たりに、ちょうどそこだけに
       光が当たった教会の正面が現れる劇的効果は、
       強烈な南イタリアの太陽光によるものだけに、
       一層印象的だ。



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      ◆レッチェ  14

       夜になると風景は一変する。
       ゴテゴテの装飾も夜の光の中ではグロテスクさが
       緩和されて、優しげな姿に見えてくる。
       さきほど昼の写真をお見せしたバッティスタ教会も、
       ライトアップされて夜空の青さと調和し、優雅に映ります。



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      ◆レッチェ  15

       サンタ・クローチェ教会の夜景。
       金色に浮かび上がる光景は・・・
       やっぱりここの装飾は優雅とはいえないかも。



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      ◆レッチェ  16

       クローチェ教会の隣りの政庁舎もライトアップ。
       この後何かのイベントがあるらしく、舞台が作られていた。
       もう9時過ぎだったと思いますが、
       まだまだ始まる気配は一向になく・・・。
       南イタリアには眠らない夏の夜がありました。

       レッチェ その1 は、こちらです。
       http://italiashio.exblog.jp/8803276

     **◆**
       長い間、月一ゲストをして下さったグロリオーザさんですが、
       ご自分のブログを始められた事もあり、今回で、
       私のブログへの登場は、お終いという事になりました。
       数えてみましたら、全部で33回ほど(!)
       あちこちご案内頂きました。
       有難うございました!
       彼の写真と、記事を、
       右のカテゴリ欄、ブログ総目次からどうぞ。

       ご自身のブログ、イタリアの誘惑 は、こちらです。
       http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/

     *◆*
       新しく相互リンクをさせて頂いた、ブログのご紹介です。
       
       季節の香り豊か、自然の彩り のブログをどうぞ!
       andante-desse
       http://fresco1939.exblog.jp


       

by italiashiho2 | 2008-11-21 00:17 | ・南イタリア Italia sud | Comments(3)
2008年 10月 22日

   ・・・ バロックのフィレンツェ ・ レッチェ その1 ・・・

     今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真とコメントで、
     レッチェ・Lecce をご案内いたします。 ではどうぞ!
 
     今月と来月は、プーリア州南部の都市レッチェを紹介しようと思います
     長靴の形をしたイタリアのかかと付近、サレント半島に位置する中心都市です
     この街は旧市街が至る所バロック芸術で埋めつくされており
     ”バロックのフィレンツェ”と称されます。
     バロックといえば、ローマのナボーナ広場の彫刻などで有名な
     ベルニーニが代表的な彫刻家ですが、ここレッチェのバロックは
     スターはいない代わりに、個々の職人たちが腕を競った
     総合的なバロックの面白さを見せてくれる場所だと思います
     ただ、その典型は次回に回して、
     今回はドゥオモ広場を中心とした、優雅な風景をお見せします。

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      ◆古代遺跡  1 
 
       まずは古代遺跡から。
       街の守護聖人の名を冠した、サントロンツォ広場
       S.Oronzo のすぐ横に、ローマ時代の円形闘技場があります。



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      ◆古代遺跡  2

       1900年に建築工事が行われた際、
       地下に埋もれていた、この遺跡が発掘されました。



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      ◆ジェズ教会  1

       そこから少し行くと、ジェズ教会があります。
       ジェズ教会といえば、ローマの教会もバロックの代表的なものですが
       ここのジェズ教会もまたすごい
       よじれたような円柱が祭壇を取り巻いています。
       まるで中尾彬のねじねじがずらりと並んだような壮観さです。

       ***で、中尾彬のねじねじ、ってどんなのですか?!
           と、中尾彬 って、俳優の?!  ・・・shinkai



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      ◆ジェズ教会  2

       それに彫られた彫刻もこんな風です。



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      ◆結婚式  1

       街の中心・ドゥオモ広場に向かいましょう。
       大聖堂、鐘楼、司教館などに囲まれた
       この広場は市民の憩いの場所です。
       正装したカラビニエーリのグループがいたので、
       何があるのか聞いたところ、友人の結婚式だということでした。
       ちょっとブラッド・ピット似のハンサムを記念撮影。



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      ◆結婚式  2

       広場に花嫁が到着しました。
       まるで映画のワンシーンのような光景でした。



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      ◆結婚式  3

       一緒に中に入れてもらって、式の模様を一枚。
       とても厳粛で美しい式でした。



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      ◆ドゥオモ  

       このドゥオモのクーポラ
       天井画が描かれています。



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      ◆

       この後少しカフェで休んで外に出たら、
       虹がかかっていました。
       南イタリアでは初めて見る虹です。



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      ◆ドゥオモ広場  1

       広場に戻ったら、
       鐘楼が夕陽で赤く染まっていました。



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      ◆ドゥオモ広場  2

       ライトアップが始まった広場の光景です。
       この写真ではあまりよくわかりませんが、
       いつの間にか沢山の市民が広場に集まり始めました。
       南イタリアでは、昼間はまるでゴーストタウンを
       思わせるような静けさの街並みが、
       夕方以降になるとお祭りの最中のように人が湧き出してきます。



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      ◆ドゥオモ広場  3

       そんな広場で、昼のカップルとは別の新婚さんが
       花嫁衣裳のまま散歩していました。
       イタリアでは、結婚式の後、市内の名所をこうして回り、
       写真を撮るのが習慣なのだそうです。
       それにしてもこの日は日本で言う大安だったのか、
       何組ものカップルに出会いました。



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      ◆ドゥオモ広場  4

       広場に闇が迫り、
       空のアズッリが目に沁みます。



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      ◆ドゥオモ広場  5

       広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに出る
       角の建物には、聖人たちの彫刻が飾られています。



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      ◆ドゥオモ広場  6

       すっかり暗くなって、ドゥオモの建物が光り輝きます。
       南イタリアで最も美しい広場といわれる所以です。



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      ◆街の門

       旧市街と新市街を分けるルディアエ門・Rudiae
       レッチェに滞在した3日間に、
       この門を何度もくぐって街歩きをしました。
       この日は宿に帰ります。

       グロリオーザさんのブログ、
       イタリアの誘惑 は、こちらです。
       http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/


     **◆**
       今月の、レッチェのご案内,如何でしたか?
       レッチェは、夫の妹の、ご亭主の故郷なのですが、
       ヴェネツィアから遥か遠~い、南イタリアと知っているだけで、
       実際には、どこにあるのかも、知りませんでした!
       今回、遅ればせながら、ははは、
       ウィキペディアと地図で、確かめたという次第です。
       で、このご亭主の姓は、トゥレ・3 と言うのです!
       一体、どこに由来するのでしょうか?
       そんな事なども、久し振りに思い出しました。

       来月の、バロック三昧も、お楽しみに!

by italiashiho2 | 2008-10-22 00:46 | ・南イタリア Italia sud | Comments(2)
2008年 09月 22日

   ・・・ La citta` bianca ・ 白い街、オストゥーニ ・・・

      今日は、月一ゲスト グロリオーザさんの写真とコメントで、
      南イタリアの、白い街にご案内です。 ごゆっくりどうぞ!

      今回は、プーリア州オストゥーニ・Ostuniの紹介です。
      イタリア半島を長靴に例えれば、かかとのあたり、
      アドリア海を見下ろす高台にある町です。
      町のパンフレットではラ・チッタ・ビアンカ(白い街)とされているように、
      このイトリアの谷周辺にはチステルニーノ、ロコロトンドなど旧市街
      (チェントロストーリコ)全体が白い建物で埋め尽くされている町が
      いくつもありますが、ここもその代表的なものの一つです。


       旧市街の夕暮れ
       トロイ戦争で逃げてきたギリシャ人が
       興した町という説があり、
       地名はギリシャ語で「新しい町」という意味だそうです。
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      私はチステルニーノ(昨年秋にこの町の祭りを紹介しました)から      
      バスでオストゥーニに向かいました。30分足らずで旧市街に程近い
      新市街に到着、少し歩くと旧市街の入口、リベルタ広場に着きます。
      スッドエスト線という列車だと、駅から標高220mの丘の上まで
      またバスに乗らねばなりませんし、タクシーを見つけるのは
      至難の技ですから、バスが便利です。



       リベルタ広場の前には円柱がそびえ、
       守護聖人サントロンツオ・Sant'Oronzo
       町を見下ろしています。
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       像をアップするとこんな顔
       ちょっとひょうきんな聖人に見えます。
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       ゆるやかな上り坂になっている大聖堂通り。
       旧市街に入るにはこんな
       ソットポルティゴをくぐって行きます。
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       大聖堂(ドゥオモ)が右側に見えてきます。
       15世紀末の完成のバラ窓も美しい教会です。
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       が、この写真は、ドゥオモではなく、
       多分、サン・ジャコモ教会だったと思います。



       昼は閉まっていましたが、
       夕方再度訪れたときはミサの最中でした。
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       向かい側にはこんなアーチが
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       アーチの向こう側に白い街並みが見えます。
       ほぼすべての建物が石灰乳の白で塗りこめられ
       夏の強い日差しを反射して
       目もくらむほどの輝きを放っています。
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       あくまでも白い家々
       車もほとんど通らないような細い路地が
       くねくねと続き、迷路をさまよいます。
       暑い夏の午後は人通りも途絶えるので、
       迷宮を独占した気分です。
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       花鉢も、出窓のある家では
       当たり前に置かれています。
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       北側のサンタ・マリア・デッラ・ステラ教会
       その背後には街並みが見えます。
       ここを訪れたのは8月上旬。
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       毎年夏前には石灰乳の塗り替えを一斉にするらしく
       この時期は化粧直し後のタイミングになり、
       いくつかの「白い街」の中でも
       ここが一番白さが際立っていました。



       旧市街を取り囲む強固な城壁も真っ白。
       この城壁は14世紀に造られ、
       その後次第に強化されたそうです。
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       少し離れたところからの俯瞰です。
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       また旧市街に戻ります
       強烈な太陽の光と、
       2人のシルエットが対照的です。
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       高台に登って東側を望むと
       遠くにアドリア海が見渡せます。町からは約10キロ。
       海の向こうはクロアチアの南端ドブロブニクあたりです。
       手前の林は何だろうと思い、町の人に聞いてみると、
       「全部オリーブだよ」と教えてくれました。
       プーリアの中でもこの地方が
       最もオリーブ栽培が盛んな所だそうです。
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       また白い街並みに戻ります。
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       またまたトンネル
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       大聖堂の建物が
       一番の高台にあるのがわかります。
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       リベルタ広場に戻りました。
       少しずつ夕暮れが迫ってきます。
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       旧市街から離れて、
       町全体を見張らせる場所を探しました。
       夕映えが空を染めてきました
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       すっかり夜の帳が下りて、
       ライトアップされた旧市街が宵闇に浮かび上がりました。
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       光の変化をみつめてうっとりとしているうちに、
       バスの時間を忘れ、あわててバス停に走りました。

       でも、いつものようにたっぷりと運行時間が遅れてくれて
       最終に間に合いました。 バスの運転手に
       「チステルニーノのローマ通りで降りたいのだが・・・」
       とリクエストすると、その停留所に近づいたら
       4~5人の乗客全員が合唱のように声を合わせて
       「次がローマ通りだよ」と一斉に教えてくれました。
       美しい町と優しい人たちに会えた一日でした。

       グロリオーザさんのブログ、
       イタリアの誘惑 は、こちらです。
       http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/

      ◆**◆
       グロリオーザさんの、オストゥーニのご案内、如何でしたか?
       ローマ以南は、ナポリに昨年の冬に行ったのみで、
       まったく訪れた事がなく、この町の名前も知りませんでしたが、
       写真を拝見すると、かなり大きな町で、歴史もありそうです
       検索をかけましたら、人口が32000人ほどですから、
       我がコネリアーノとほぼ同じですし、
       シルクロードの終着点で、県庁所在地でもあるブリンディシ
       Brindisiから、僅か35kほどに位置します。
       ええ、やはり一度あの辺り、訪れてみたいものですね
       

by italiashiho2 | 2008-09-22 00:40 | ・南イタリア Italia sud | Comments(2)
2008年 05月 23日

   ・・・ 世界遺産 トゥルッリの町 ・ アルベロベッロ ・・・

      今日は月一ゲスト、グロリオーザさんの写真と、コメントで、
      アルベロベッロ をご案内して頂きます。       

      今日は、南イタリア、プーリア州の世界遺産の町
      アルベロベッロ・Alberobello の紹介です
      トゥルッリ・Trulliと呼ばれる、可愛らしい建物で有名ですね
      ここは1996年に世界遺産に登録されました
      私は1月にご紹介した、チステルニーニという小さな村から、
      スッドエスト線の列車に乗って行きましたが、
      この線は私鉄で、超ローカル線です。
      日曜日には列車はお休み、代行バスだけが
      1日数本走るだけなので、
      日曜日に移動するのはほとんど困難です。


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      ◆アルベロベッロ への列車

       乗った列車はこんな感じ。
       車体は落書きだらけで、本当にこれは走るのか
       と不安になるほど古い列車でした。
       駅員も、発車時間10分前くらいまで近くの
       バールでおしゃべりしていて、
       なかなかチケットが買えませんでした。
       もっと小さな駅では、無人駅になって、
       タバッキで買わねばなりません。



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      ◆アルベロベッロ  1

       アルベルベッロの駅から15分ほど、
       マルゲリータ通りという広い通りを歩いていくと、
       大きな交差点の右側に、
       コズマとダミアーノの記念堂が見えます。



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      ◆アルベロベッロ  2

       ここを左に曲がって
       ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを行くと、
       間もなくポポロ広場に着き、
       そこから先がトゥルッリの集まる旧市街です。
       小さな教会の横にある見晴台から見た
       リオーネ・モンティ地区の全景。



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      ◆アルベロベッロ  3

       この地区には、
       約1000のトゥルッリが、
       密集しています。



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      ◆アルベロベッロ  4

       この地方の地盤は石灰岩層で出来ており、
       その石は平らに割りやすく、これを利用して、
       石灰岩を積み重ねたのが、トゥルッリです。



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      ◆アルベロベッロ  5

       屋根をアップすると、
       積み重ねの様子がよくわかると思います。



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      ◆アルベロベッロ  6

       メインストリートに入ります。
       道端に花があしらわれて、
       きれいに整備されていました。
       この付近に案内所があり、
       無料でパンフレットがもらえます。



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      ◆アルベロベッロ  7

       少し坂を上った三叉路。



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      ◆アルベロベッロ  8

       リオーネ・モンティ地区の一番奥に
       トゥルッリの、クーポラを持つ唯一の教会である、
       サンタントニオ教会があります。
       この建設は1926年と、かなり新しいものです。



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      ◆アルベロベッロ  9

       それだけに、祭壇画も
       結構新しい感覚の絵でした。



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      ◆アルベロベッロ  10

       教会の向かいには公園があり、
       土産物などを売っています。
       不思議な、夫婦?らしき像もありました。



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      ◆アルベロベッロ  11

       中心部には、石灰で屋根に
       模様が描かれた家が並んでいます。
       一番右はハートマークで、
       キリストかマリアの心臓の象徴、
       3番目は十字を抱く月の模様で、
       いずれも基本的には
       災い除けを意味するそうです。



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      ◆アルベロベッロ  12

       屋根の頂上にある小さな尖塔は
       ピナクル と呼ばれます。
       ここが球形なのが一番古い形だとのことです。



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      ◆アルベロベッロ  13

       チステルニーノで、トゥルッリの内部に
       入らせてもらいましたが、
       1つのドームが1つの部屋になっており、
       ドームが4つあれば、4部屋の家といった構造でした。
       夏場でしたが、中はとても涼しく
       居住性はよさそうでした
       その家の夫婦はローマの方に住んでおり、
       夏場だけ、避暑の為にこちらに来ると言っていました。



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      ◆アルベロベッロ  14

       帰りがけ、見晴台のある教会に入ったら、
       祭壇にこんなちいさな鐘が下がっていました。



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      ◆夕陽  1

       これはアルベロベッロではありませんが、
       トゥルッリの向こうに、
       夕陽が沈んでいくところです。



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      ◆夕陽  2

       アルベルベッロ、ロコロトンド、チステルニーノなど、
       丘の上にある町に囲まれた、イトリアの丘周辺には
       日常的にトゥルッリを見ることが出来ます。
       しかし、他の州に入るとほとんど見られません。
       
       心の休まる風景でした。

      ***

       今日のアルベロベッロのご案内者、
       グロリオーザさんが、
       ご自分のブログを始められました。
       こちらです。
       イタリアの誘惑  http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/

       どうぞ、覗いてあげてくださいね。


      ***

       リンクしております、みっちょんさん
       「すべての道はローマに通じるのか?
       http://sorelle-f.jugem.jp/  を
       ご覧になられた方は、ご存知と思いますが、

       彼女の愛猫 ミースケ君が5月21日に 
       急性の腎不全で、亡くなったとの事。

       みっちょんさんの悲しみを思うと、
       言葉もありませんが、
       私の大好きだった、そして大笑いさせて貰った、
       ミースケ君の爪切り の様子を、ご紹介して
       お悔やみの言葉に代えます。
   
      ◆ミースケ、爪切りを嫌がるの巻 2006.07.31
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       ↑猫にベロベロバーは通じるのか、否か?
       うちのオカンのミースケの甘やかしっぷりは大したものです。


 

by italiashiho2 | 2008-05-23 01:15 | ・南イタリア Italia sud | Comments(2)
2008年 04月 25日

   ・・・ マテーラ ・ 世界遺産、そして悲劇の町 ・・・

      今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真とコメントで、
      南イタリア、バジリカータ州の、世界遺産指定の特異な町 
      マテーラ・Matera のご紹介です。  
      では、どうぞ。

      今回は、南イタリアの世界遺産・マテーラを歩きましょう
      この町はイタリア半島を長靴に例えると
      ほぼかかとのあたりに位置します
      私はバーリから、アップロ・ルカーネ線という
      私鉄に乗って行きました
      2両編成で約1時間20分でした

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      ◆マテーラ  1

       駅を降りても、駅前付近は普通の街並みですが、
       10数分歩くと、サン・フランチェスコ・ダッシジ教会のある
       サン・フランチェスコ広場に着きます。
       ここからが旧市街になります。



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      ◆マテーラ  2

       教会左側の階段を下りていくと・・・



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      ◆マテーラ  3

       このようなサッシの奇観が、突然目の前に広がります。
       圧倒的な光景に、立ちすくんでしまいました。
       サッシとは、イタリア語で石、岩を意味するsasso
       の複数形で、岩場に作られた居住地です。



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      ◆マテーラ  4

       サッソ・カヴェオーソ地区の洞窟教会
       サンタ・マリア・デ・イドリス教会を目指します。
       自然の岩をくりぬいて作られた、異色の教会です。



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      ◆マテーラ  5

       2,5ユーロの入場料で中へ。
       内部にはフレスコ画がありました。
       この地区の岩は柔らかく多孔質の石灰岩で、
       加工しやすいことから、
       洞窟式の住居が作られたもののようです。



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      ◆マテーラ  6

       このすぐ下にある、
       サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会に向かいます。



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      ◆マテーラ  7

       サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会



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      ◆マテーラ  8

       教会左の展望台で、
       野性的な?カップルが、
       愛をささやいていました。



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      ◆マテーラ  9

       対岸は、こんな光景が広がります。



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      ◆マテーラ  10

       教会の裏は、深い谷になっています。



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      ◆マテーラ  11

       東側対岸の、ムルジャ地区の洞窟住居が見えます。
       この辺りは、6世紀までは洞窟生活をしていましたが、
       いつしか都市の発展とともに、
       次第に豊かな住民から、順に新市街地に
       移転して行きました。
       そして、経済格差が広がり、
       サッシの住民は差別される対象になっていきます。
       大家族と豚やロバが一緒に住む
       非衛生的な洞窟内の住民は
       極貧の生活に追いやられました。



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      ◆マテーラ  12

    上方には、ドゥオモの鐘楼が見えます



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      ◆マテーラ  13

       サッソ・バリサーノ地区が近づいてきました。
       こちらの方がより密集して、
       自然の地形に近い形です。



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      ◆マテーラ  14

       なぜか、日本の国旗がはためいていました。



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      ◆マテーラ  15

       イタリアの作家、カルロ・レーヴィが、
       反ファシズムの政治犯として、
       この地に流刑になったのは1935年のこと。
       彼はこの地の惨状を見て、
       「こんな悲惨な貧困の状況は見たことがない」と驚き、
       「キリストはエボリに留まりぬ」という本を書きました。
       エボリとは、ナポリから70キロほどの所にある町ですが、
       キリストでさえも、ここまでは慈悲を及ぼしてくれなかった
       という比喩の表現でしょう。

       この写真は、打ち捨てられた洞窟住居の内部です。



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      ◆マテーラ  16

       さらに奥に、もう一つの部屋があります。
       こんな狭い場所に、人と家畜が同居していたわけです。
       
       カルロの本がきっかけとなって、
       国はサッシ対策に立ち上がります。
       しかし、その政策はサッシ地区の住民1万5千人の
       「総立ち退き」でした。
       「国の恥」という刻印が押され、
       1960年代に、住民はすべて立ち退きを強いられました。
       この地区は廃墟と化し、10数年は無人の地域となりました。
       Sassoという言葉は、墓石という意味にも使われるそうです。



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      ◆マテーラ  17

       1986年、約20年前から
       ようやく、サッシの本格的修復が始まりました。
       サッシからの遠景です。



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      ◆マテーラ  18

       そして最近になって、
       サッシの歴史的意味が見直され、
       住民も戻ってくるようになりました。
       
       1993年に世界遺産に登録され、
       今では生活の息吹が戻り、
       洗濯物を干す光景にも出会いました。



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      ◆マテーラ  19

       高台から見た旧市街です。



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      ◆マテーラ  20

       帰り道、振り返ると、
       ムルジャ地区の高台に、
       さわやかな風が吹きすぎて行きました。 

by italiashiho2 | 2008-04-25 00:23 | ・南イタリア Italia sud | Comments(3)
2008年 01月 25日

   ・・・ チステルニーノ ・ サン・クイリコのお祭り ・・・

     今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんのご紹介で、
     南イタリアのプーリア州、バーリと、ブリンディシの中ほど、
     チステルニーノ・Cisternino という町にご案内です。 コメントも彼です。

      今回は南イタリア、チステルニーノという、小さな町で行われた祭りの紹介です。
     この町は、プーリア州イトリアの谷を見下ろす高台にあり、人口約1万人。
     イタリア半島の長靴の形で考えれば、殆ど、かかとのへんにあります。
     ローマからユーロスターで、5時間ほどかかってバーリという都市に行き、
     鈍行に乗り換えてファッサーノで降り、バスでさらに1時間ほどで到着です。
     バーリから、スッドエスト線という私鉄でも行けますが、
     私鉄の駅は谷底のあたりにあるため、町にたどり着くには、
     山登りに近い“苦行”をしいられますので、バスがお薦めです。
     町にはタクシーが一台しかなく、捕まえるのはほとんど不可能です

 

       イトリアの谷の全景です。 アドリア海まで15キロ
       海抜400mの場所にある町からは、
       アルベロベッロで有名になった、トゥルッリという
       とんがり屋根の家も見られます。
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       谷の向こうに見える町は、バロックの装飾があふれる
       マルティナ・フランカです。
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       チステルニーノは、旧市街地区が
       白い家で埋め尽くされたラビリンスですが、
       ここは、旧市街のなかでは開けた広場になっています。
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      法政大学の陣内教授の本を読んでいて、この町の
     素朴で、素敵な祭りをぜひ見てみたいと思ったのが、
     この町に来るきっかけでした。
     そして思い通りの、素晴らしく温かい祭りに、
     出会うことが出来ました




       さあ、祭りの始まりです。
       この祭りは「サン・クイリコの祭り」と呼ばれ、
       町を襲ったペストの終焉を、守護聖人のサン・クイリコに
       祈願したのが始まりといわれます。
       起源は、ヴェネツィアでいえば、
       レデントーレや、サルーテの祭りに似ていますね。
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       ブラスバンドが、祭りの開始を告げて町を行進します。



       旧市街の入口にある、マトリーチェ教会では
       午後7時からミサが始まります。
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       この写真は、ミサの前の教会内部です。



       少女たちが主体の鼓笛隊が、
       教会前でスタンバイしています。
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       ミサが終わり、普段は主祭壇の右横に安置されている
       木製の聖母子像が、司祭たちによって
       教会から外に担ぎ出されます
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       これは、年に1度だけの事で、
       町民から、大きな拍手が沸きました。



       バンド、僧、町の有力者たちが列を作って
       行進が始まりました。
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       街路に設置されたイルミネーションに
       光が灯りました。
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       華やかなムードが、あふれます。
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       広場の奥のイルミネーションは、塔の形をした、
       ちょっと変わったイルミネーションでした。
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       広場の地面には、地元のアーチストが
       マリアの絵を描いています。
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       広場と通りには露店が並び
       日本の夏祭りの雰囲気もありました。
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       旧市街の中にある広場には、舞台ができ、
       音楽の演奏もありました。
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       通りのイルミネーション
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       こんな形は、東京の人なら見た事があると思います。
       そう、丸の内仲通りで、2000年頃に行われた
       ミレナリオのイルミネーションと、そっくりの形です。
       あれもイタリア人がデザインしましたが、
       その原点はこちらだと思います。



       行進では、サンクイリコを讃える言葉を
       みんなで歌うように繰り返しながら、
       旧市街を取り囲む周回道路を、一周します。
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       最初は、せいぜい20mほどの長さでしたが、
       次々に町民が列に加わり、教会前に戻ったころには
       100m近くの長い列になっていました。
       みんな、町最大の祭りに参加することに、
       誇りを持っているようでした。



       聖母子像が、教会前に戻ってきました。
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       町中の人が、像と行列を取り囲んでいます。
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       広場で市長が、町の安全と町民の健康、
       幸せを祈る言葉を、語りかけています。
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       すべての行事が無事終わり、
       聖母子像が教会に戻ります

       この時、上空では、小さな花火が夜空を彩っていました。
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       聖母子像は、マリアが慈しみの目で、
       幼いイエスを見つめています。
       とても優しく、それでいて強い意志を
       心に秘めた表情です。
       その愛に包まれて、絶対の信頼とともに
       聖母を見上げる、イエスのあどけなさも愛らしく、
       理想的な母子の姿を、象徴しているようでした。

       この祭りは、8月の第一日曜日に行われます
       私にとっては、忘れえぬ祭りの一つになりました。
       また、それ以上に、この町の人たちの優しさ
       数々の親切などに、本当に感謝の気持ちで一杯です。
       日本では、あまり知られていない場所ですが、
       一押しの町でした。




by italiashiho2 | 2008-01-25 00:27 | ・南イタリア Italia sud | Comments(2)