イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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カテゴリ:・トスカーナ州( 81 )


2016年 10月 11日

   ・・・ エトルスク博物館 ヴォルテッラ ・・・

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       ヴォルテッラの有名な見所をあれこれご覧頂いて来ましたが、
       今回が最終回、この町の名を世界に広めている
       エトルスク博物館・Museo Etrusco Guarnacciのご案内を。
      
       博物館名の最後にあるGuarunacci・グアルナッチというのは、
       この博物館収蔵品の大きな、そして主要な部分を占める作品を
       寄贈したマーリオ・グアルナッチ氏(1701-1785)の名が冠されたもの。

       18世紀後半にこの博物館が出来たのですが、それまでは町の
       貴人著名人達の個人コレクションとして分散していたのだそう。
       1776年地下墳墓からたくさんの発掘があった際に市に寄贈され、
       それがこの博物館発足のきっかけになったと。
       
       とにかく物凄い数と質の高い収蔵品でして、
       到底すべてをご覧頂けず、ご説明もままなりませんが、
       shinkaiの目で見た好きな物、良いと思ったもの優先で、はは、
       あまり学術的では無いご案内ですが、ごゆっくりどうぞ。

       上の写真は、町の中心からヴィア・マッテオッティ・Via Matteotti
       を、そして右にヴィア・グラムシ・Via Gramusciを南に。
       左からの道が合流する位置のヴェンティ・セッテンブレ広場・
       Piazza XXSettembre.
       
       この辺りレストランもたくさんあり、




       目指す博物館は、そこからのドン・ミンツォーニ通り・Via Don Minzoni
       を少し先に行った所。
       町の地図は既に2度ほど載せておりますので、そちらで。
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       エトルスコ・Etruscoと言っておりますが、これはエトルリア人、国、
       形容詞にあたり、エトルリア文明・文化と同じ事で、  
       イタリアで馴染みの言葉ですので、これを使わせてもらいますね。

       エトルスコ文化が栄えたのは紀元前8世紀から1世紀ごろと言われ、
       とりわけイタリア中部に広がり、独特の言語文化を持ちますが、
       紀元前4世紀頃からローマ人が勢力を持つようになると、
       徐々に併合、吸収されていった民族です。

       この博物館の38室には、それぞれの時代、部門にわたる展示が
       ありますが、
       ここでは大まかに区切り纏め、ご覧頂くことに。
       専門家の皆様、ごめんなさい!

       まずは石棺類ですが、素晴らしい彫りのものを。

       船の到着を迎える女性の楽人たち、戦闘場面、狩猟かな、
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       これは上下が別々の物を一緒に展示しているらしい石棺
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       こちらはテラコッタのお棺
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       ご覧になって分かるよう、大きな石棺と、このテラコッタ製の
       小さなのがありますが、小さいのには火葬しての遺骨を入れたものと。
       エトルリア人達の間ではかなり火葬が多かった様子で、
       棺の上に横たわるのは、生前の人々の在りし日の姿を偲ぶ物。

       そして棺の他に骨壷や、小さな家の形をしたものとか、
       様々な埋葬の品があります。




       上の様に一人で横たわるのも多いのですが、ご夫婦で、というのもあり、
       この博物館の目玉の一つが、テラコッタ製のこれ!
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       棺の蓋部のお2人のみが残っていて、紀元前1世紀頃の作、
       大きさを探しましたが見つからず、
       見た記憶からだと、長さが1m位だったかな・・。
       


       仲良く寝椅子に寄り添い、妻の方はじっと夫の顔を見つめているのですがぁ・・、
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       こうして見ると、妻の凝視がちょっときつく見え、ははは、
       大阪弁で「アンさん、若い女を作ったら承知しまへんでぇ」とでも・・、
       ははは、失礼。

       所で夫の左手に持っているのは何かと思いましたら、
       これは角笛なんだそう!
       動物の強い力を借り、黄泉の世界に旅立つ為の魔よけなんだそうで、
       必ず男性の左手に持たれていると。




       背後から見るとこんな形
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       妻の頭に見える穴は、テラコッタを変形させる事なく焼く為に、
       中の厚みを調整しているのですが、それを掻き出すための穴と。

       夫が右手にも何か持っているのですが、これは何も指摘が無く、
       花の様にも見えませんか? とすると、可愛い夫ですねぇ!!




       所でちょっと脱線ですが、

       「夫婦像の寝棺」として有名なのが、ローマのヴィッラ・ジューリア博物館
       にある、同じくエトルスクのテラコッタのこれ!
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       これはラツィオ州の北の海辺に近いチェルベーテリ・Cerveteriで、
       19世紀に発掘された物で、高さは1,14m 長さは1,9m、

       アルカイック・スマイルと呼ばれる謎に満ちた微笑を浮かべ、
       あの世でもずっと一緒に寄り添う事を確信した笑みなんだそう。
       なんともエレガントな作品で、紀元前6世紀の作というのには驚くばかり!!




       背後からの姿、この髪型も良いですねぇ!
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       そして、この女性の手の優雅な事!!
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       足先ですが、夫は裸足で、妻は靴を履いていて、
       妻の靴の裏底の形が綺麗に揃っているでしょう?
       当時のテラコッタ職人の技術の高さと
       その美的センスの良さにも大いに驚かされた事でした。
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       ローマの街自体も殆ど知りませんが、
       この博物館はまだ行った事がなく、チャンスを待つ事に!




       さて、ヴォルテッラのエトルスコ博物館に戻りまして、

       今回あれこれ見ていて石棺の中にも、ご当地名産のアラバスター
       石膏雪花の石で造られたものと、他の石で造られたものとが
       あるのに気がつき見え、そうなんだ!と一人で納得のshinkai。
       
       この豊満美女はアラバスターの石の中で、今も微笑み続け・・
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       ですがね、これは美女ですし、周囲が緑色の枠内なので載せましたが、
       黒枠の中に、顔にだけライトが当っているのもあり、
       パッと見た時、ぎゃぉぇ~!と叫びそうな位で、本当に怖かった!!

       胸部が黒枠の向こうにあり、顔にだけライトが当っているのですよ、
       それも下からね、ご想像下さい!!
       ずっと昔に訪問した時に比べ、大変整備された今回の再訪だったですが、
       誰が設置方法を考えたのか、誠に良いご趣味で、はぁ・・。




       こちらは副葬品の、なんとも薄い金の花びらかな、の王冠
       お金持ちにしても、大変な愛情のこもった美しい高価な物ですねぇ!
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       金のイヤリング。  素敵ぃ!
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       博物館の床に移された、床モザイク。  
       渋い色合いの幾何学模様、素敵でしょう?!
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       ギリシャの影響が大きく感じられる壷絵
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       そして、取っ手のついた大皿。 シックですねぇ。
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       これは当博物館蔵ではなく、フィレンツェの考古学博物館所蔵ですが、
       発掘はヴォルテッラ、とあるので、ついでにご覧を。
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       多分、ワイン入れでしょうね。
       それにしても、形と文様の見事さ! 
       こんなのを実用していたのですね、エトルリアの民は!




       そして当博物館の一番有名な所蔵品と言っても良いか、
       「夕暮れの影・オンブラ・デッラ・セーラ」と名づけられた男性像。
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       フィレンツェの骨董市で1737年頃まで売られていたのを、
       紛れも無くヴォルテッラからの出土と、当博物館創設の
       グワルナッチ氏が1750年に買い取ったものだそう。

       ブロンズ製、高さは57cm、頭の高さは3,2cm、直径2cm、
       首の長さ1,5cm、肩から性器まで22cm、そこから足まで30,3cm、
       重さは1322グラム。




       紀元前3世紀始めの作と見られるそうですが、
       こうして見ると、髪もきちんとセットされているのが分かります。
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       この小像に「夕暮れの影」とロマンティックな名を与えたのは、
       ガブリエーレ・ダヌンツィオ・Gabriele D'Annunzio(1863-1938)
       詩人、作家、政治家、愛国者と幾つもの顔を持つ人。


       shinkaiはイタリアに来て後、彼の写真を見て
       即いかれたミーハーですが、ははは、
       彼はまたヴォルテッラを舞台にした映画「熊座の淡き星影」の
       原作者でもあり、他に良く知られているのは、やはり映画「イノセンス」で、
       どちらも監督はルキーノ・ヴィスコンティ・Luchino Visconti.
      

       彼の最後の住居、ヴィットリアーレについては
       

       フィレンツェのヴィッラ
       

       愛人だったエレオノーラ・ドゥーゼの博物館展示にも彼
       




       昔初めて博物館でこの小像を見た時のshinkaiの第一印象は、
       わっ、ジャコメッティだ!! と思ったのでしたが、

       アルベルト・ジャコメッティ・Alberto Giacometti(1901-1966)は
       スイスの彫刻家、画家で、このヴォルテッラの小像から
       強いインスピレーションを受けたであろう事が
       彼の作品をご覧頂くとすぐ分かります、これです。
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       下の写真は、1955年のアンリ・カルティエ・ブレッソンが撮った物と。




       という様子で、上の細長い小像はやはりちょっと特殊で、
       小さなブロンズ製の人物像や動物達の作品がたくさんあります。
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       ギリシャの影響を強く感じる頭部像
       美しいですねぇ!
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       ガラス製品。 
       練りこみガラスと言うのか、大変美しいもの!
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       小さな実用品の美しさ、楽しさ!
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       こちらは骨壷
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       ヴェネトの本土側、ちょうどヴェネツィアはトルチェッロ島の
       北に当りますが、アルティーノ・Altinoという村に
       国立の考古学博物館があり、ずっと昔に偶然寄って見た事があります。

       いまだヴェネツィアの歴史も、アクイレイアの遺跡の凄さも良く知らずでしたが、
       それでもその収蔵品の内容の凄さに驚いた記憶があります。
       少しだけ記述しておりますが、
       収蔵品のひとつに美しい青いガラスの骨壷がありました。
       こちらでどうぞ。
               
       アルティーノもその後の発掘が進んでいる様子ですので、
       来年にでも再訪問してみたいと思っています。




       これは灯火器と。
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       闘士の兜と頬宛。 兜には細かい浮き彫り。
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       日常用品の鍋釜類
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       これらは家具に取り付ける物でしょうか?
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       なにせ夥しい数の展示で、ここでは2枚のみに。




       美しいオレンジ色の指輪、メノウでしょうか?
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       金のブローチと、下は何でしょう?
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       真ん中はイヤリングで、右はピンの付いたブローチかな?
       緑色は何でしょう、ガラスかな?
       金の細工も細やかで、技術の高さが偲ばれます。
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       ざっとのご案内になりましたが、それでもたくさんの品々
       お疲れでしたしょう、 お付き合い有難うございました!!

       ヴォルテッラのご案内
       最後は近くの広場からの谷の眺めをどうぞ!
       城壁に囲まれているのも見えます。
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       トスカーナのフィレンツェ、またはピサ方面に行かれた時は、
       是非ヴォルテッラまで足を延ばして下さいね
       周囲の風景も他とは違い、荒々しく雄大で
       エトルスクの息吹が今も残る、素晴らしい博物館も是非どうぞ!!
       


       
     *****

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by italiashiho2 | 2016-10-11 00:03 | ・トスカーナ Toscana | Comments(2)
2016年 10月 01日

   ・・・ ヴォルテッラの中心ちょっぴり と プリオーリ宮 ・・・


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       さて漸くに写真の整理を済ませまして、へへ、2年越し、
       今日のご案内はヴォルテッラの町の中心のプリオーリ広場
       Piazza dei Prioriの様子と、
       広場に面して立つ13世紀のプリオーリ宮・Palazzo dei Priori
       現市役所の内部見物を。

       上の写真はプリオーリ広場の東側と南側
       東の建物にある塔の名はちょっと面白いので、ご留意を。

       こうして眺めると表面は古い建物の面影を残しているのですが、
       外側にはたくさん雑草も生えていて、ははは、
       内部は近代になって住居に改装されたり、たくさんの事務所が
       入ったりしている様子で、ちょっと調べても建物の名前も出ません!

       プリオーリ広場一帯の詳しいサイトを見つけましたが、
       建物の歴史や名前と共に、町の歴史に関わる一族や人物の名がずらずらで、
       ここでは必要最小限にとどめ、他はパスにしますね。




       東側の大きな建物と、その装飾
       内部はあれこれ公共の事務所に使われたり住居の様子ですが、
       こういう外はそのまま、というのも古い建物保存には素敵ですよね?!
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       広場の西を占めるプリオーリ宮、現市役所
       1208年に建設が始まり、13世紀中頃に完成したもので、
       リッカルド・ダ・コモ・Riccardo da Comoの作と。
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       こうして見ると、フィレンツェのヴェッキオ宮に似ていると思われません?
       ですが逆に、ヴェッキオ宮がこれをモデルにしたと言われ、
       確かにヴェッキオ宮が建設され始めたのは1299年、
       完成は1314年とヴォルテッラのよりも遅く、
       トスカーナ全体で、政庁としての建設物では一番古いのだそう
       
       13世紀にはこのプリオーリ宮のみならず、町にたくさんの家々、
       塔を持つ家や貴族の要塞風の住まいも作られた様子で、
       町の経済の発展もあったのと同時に、
       13~14世紀にかけてはこの町も他と同様、皇帝派(ギベッリーニ)と
       教皇派(グエルフィ)との抗争も激しかったと。     

       そして1472年、ヴォルテッラが自由都市からフィレンツェに下り
       このプリオーリ宮も大きな改修がされたのだそうで、
       どうやら手前にロッジャ、集会所があったのも打ち壊され、
       右側にあった2つの入口も潰されたのだそう。

       上に見える塔は最初は木製だったそうですが、15世紀に今の形に、
       そして建物上階のレース飾りも同時に。

       右に切れてチラッと見える白黒の縞模様は、
       この背後にある聖堂への入り口がここにあります。




       正面の壁にたくさん架かる碑、紋章は、町の行政長官の物
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       プリオーリ宮と呼んでいますが、プリオーリとは行政長官たちの事で、
       建物のまたの名は、カピターノ・デル・ポーポロ宮・Capitano del Popolo・
       民衆の長官といい、やはりフィレンツェから派遣された行政長官を指します。




       建物の左右に位置するライオン像、右側は古く、左は新しいですね。
       が、いずれもライオンはフィレンツェ領有のシンボル。
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       広場の北側はこの建物ですが、ヴォルテッラの銀行の建物に。
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       プリオーリ宮の前で演奏していたカップル
       お2人ともカッコ良いでしょう?! でもね、演奏は下手だったすよ。
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       広場の南にある建物には、この町特産のアラバスター・雪花石膏
       展示会場があり、その看板。
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       アラバスターは大理石に透明度を加えたという感じの石で、
       白さが奥から輝くような、大変美しい物。

       町の小路を歩いていてふっと見ると、窓の中に小さな工房があり、
       作品作りをしている職人さんもいましたっけ。




       さて、プリオーリ宮の見学にどうぞ!
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       入り口を入ると交差ヴォルト・穹窿の天井にフレスコ画装飾で、
       周囲の壁には所狭しとかっての行政長官たちの紋、碑が。
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       奥の隅には井戸も見えます。
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       この天井装飾の柄はshinkaiが大好きな物で、
       他の建物でも何ヶ所か見た記憶がありますから、
       案外当時のお決まりの文様だったのかも。
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       上階への階段を辿ります
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       壁にある聖母像。 デッラ・ロッビア工房の作品と。
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       ここが大会議室・Sala dei Maggior Consiglio.
       大変美しい装飾ですが、19世紀に改修されたものの様子。
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       これは部屋の後ろ側半分。
       実は写真禁止と一応出ていたような気がしますが、
       部屋の入り口にいた切符売り場の男性が、私の前にいたカップルと
       なんだかんだと話しているのを良い事に、ははは、
       パシャパシャとやった次第。




       こちらが前半分で、きっと現在も様々な会議に使用されるのでしょう。
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       正面の「受胎告知」は14世紀のイヤーコポ・ディ・チョーネ・オルカーニャ・
       Iacopo di Cione Orcagnaの作と言いますが、
       積年の変遷で傷みが激しく、これは剥がされてキャンバスに移された物だそう。

       右に見えるのは「カナの結婚」16~17世紀の僧侶・画家ドナート・マスカーニ・
       Donato Mascagniの油彩と。




       部屋から見下ろす広場の様子、東南の隅
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       確か隣の部屋も見れた気がしますが、記憶に残る物は無く、
       上の塔に上りに行きます

       が、階段の手前に赤いロープ、通行禁止のロープが張ってあり、
       どう行くのかと先ほどの切符売り場の男性に聞きに行くと、
       そう、まださっきのカップルと喋っていたのですよ、まったくぅ!
       ロープを外して通ってくれ、って!

       そうそう、それで思い出しましたが、さっきのカップルは、
       確か入場料をまけろ!というのがお喋りの発端だったと、ははは。
       あの会議室は下から上ってきて覗いてみるのは無料で、
       入って見て、上の塔に上がるのは5エウロなんですね。
       それで階段の手前に、そのまま無料で上がらぬ様に赤いロープがあったわけ!

       上に上がると広い部屋で、見張りの若い男性が一人いて、
       塔の上は狭いのでと、先の見物人が降りるのを待って、どうぞ。



       さて塔の上から、先ほどの広場の東南角の建物と、塔
       屋根が見えると、建物の厚みも分かりイメージが違いますね。
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       ほら、塔の上部に何か見えるでしょう?




       何だろ?!と撮ったのがこれ! 子豚ちゃん!
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       もっとも「子豚」と分かったのは、下の部屋の男性に訊ねてからで、
       なぜ子豚がここにいるのかは、未だに疑問。

       今回これを書くのに、覚えていたのが確かかどうか探し回りました!
       上記しました様に物凄く詳細なサイトが見つかり、
       確かにこの塔は男性が言った通り「子豚の塔・Torre del Porcellino」と
       呼ばれているのも間違いなく、
       しかも持ち主だった一族の名はトーピ・Topi・ネズミ(複)と判明!!

       この塔は1224年9月14日、コムーネ(市)に売っている事も分かり、
       売主はジュゼッペ・ディ・エンリーコの妻ゲラルデスカ・Gherardescaで、
       その続きもあれこれあるのですが省略し、
       トーピ・ネズミたち、という姓はエンリーコの妻の姓で、
       この塔の家はきっと結婚の持参金だったのだろうと推察

       ネズミの家に子豚?! 

     ◆ 追記です。
       mitsuさんからコメントを頂き、改めて「豚」に付いて調べましたら、
       捨てる所が無い、と言われるほど有用な豚は、
       多産、肥沃、豊かさのシンボルである事が分かりました。
       なので、トーピ家としても、一族子孫繁栄を願って
       子豚ちゃんの像を塔に取り付けたのでしょうね。

       歴史の片隅を突つき、今回出てきましたのはネズミと子豚ちゃん!
       ははは、中世は何が出てくるのか分からず、が楽しいのですね。




       広場南の建物の角とその奥の古い家並み
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       南側
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       奥の林の向こうに見える丸い塔は、




       これ、メディチ家の要塞
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       上にプリオーリ宮が改装されたのは、ヴォルテッラの町が
       フィレンツェに下った1472年、と書きましたが、

       それまでもヴォルテッラの町はフィレンツェに付くか、
       それともシエナやルッカと連携するかと、様々に揺れていた様子。       
       それに最終的な断を下したのは、ロレンツォ・イル・マニーフィコ
       偉大なロレンツォ・デ・メディチ・Lorenzo de' Medici,
       彼は当時まだ23歳のフィレンツェのシニョーレ・領主。

       その2年前にヴォルテッラ近郊で明礬鉱が発見されましたが、
       当時のフィレンツェで盛んだった高級羊毛染色の色止めに必要な
       明礬は、国外からの高価な輸入品のみだったのが、
       近郊で採掘できるとなるとほって置く筈がなく、

       当初ヴォルテッラ貴族間で争いの種となったのに、
       ロレンツォは一貴族インギラーミ・Inghiramiの肩を持つ風を装い、
       割り込みます。
       
       その命を持ち町にやって来たのが、フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロ
       Federico da Montefeltro、そう、ウルビーノにルネッサンスの宮廷を作り、
       文化保護の代名詞みたいに伝えられるお方ですが、ははは、

       報酬次第でどこででも働く傭兵隊長である彼は7000の兵を率いており、
       町を鉄と火で破壊、残酷きわまる略奪をし、
       殆どの塔の家(貴族、金持ちの家)を打ち壊したといいます。
       で、町を完全に統御する為に、メディチ家は大きな要塞を造ったという訳。

       この後ヴォルテッラの町はフィレンツェの元に下り、
       フランス軍の下に下ったりの変遷の後、またフィレンツェ大公国の元に。
       16~17世紀にかけ経済の落ち込みやペストの2度の襲来、旱魃と
       人口がぐんと落ち込みますが、

       19世紀になって岩塩の工業化、そしてアラバスターの仕事と
       漸くに繁栄を見て19世紀半ばには、人口が1万1千人に。

       現在も一万人ちょっとの人口の様ですから、あまり・・!
       
       岩塩の町 サリーネは、       




       再度塔の上からの眺めに戻りまして、
       北から北西への眺め
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       先日見て頂いたサン・ジミニャーノからの行程は、
       この眺めの中を、という事になるわけですね。
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       西に。 すぐ背後の聖堂と鐘楼、洗礼堂、そして西の眺め
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       下の写真の中ほどに見える小さな町がサリーネの町。




       塔の天井には鐘が下がっていまして
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       一人が通れるほどの狭い階段の上り口の周囲も
       ご覧のように2,3人でいっぱいの狭い場所
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       それでも高上がり大好き人間は、上ってしまったらこっちの物よ!
       とばかりに、ははは、あっちにこっちと喜んで撮っていましたら、

       下から「プリーズ! プリーズ!」と声が
       でもまさか英語で呼ばれているのが自分とは思わず、ははは、
       暫くしてハッと時計を見て12時なのに気がつき、
       そうか!!と階段を下りようとした途端、
       頭の上で「ガーン! ガーン!」と鐘の音、ははは。
       正午の鐘が鳴るのを知らせてくれていたのでしたぁ。




       さてプリオーリ宮を出て、広場の東南角からの通り、
       プリジョーニ通り・Via delle Prigioniを少し辿ります。
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       プリジョーニというのは監獄の意ですから、
       何かあるかと探しましたが、見つからず、
       でもどこかこの通りに監獄があったはずですね。
       



       通りの名に相応しくない、はは、優雅で可憐な街灯と、
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       出合ったお高そうなワンちゃんの写真で、今回はお終いに。
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       ヴォルテッラの町は、鉄器時代には既に移殖が始まったといわれ、
       優に3千年を超す歴史を持つ町で、
       取り分け名高いのはエトルスク文化の宝庫の町として。
       ここのエトルスクの博物館は今回も訪問しましたが、
       収容品の素晴らしさもあり撮り過ぎて、いまだ写真整理が・・。

       ご説明できるほどエトルリア文明に詳しくありませんが、
       折角ですので何とか頑張って、ご案内したいと思っています。
       次々回くらいにはなんとか・・、お時間を下さいませませ。


       
     *****

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by italiashiho2 | 2016-10-01 03:19 | ・トスカーナ Toscana | Comments(10)
2016年 09月 21日

   ・・・ サン・ジミニャーノから、ヴォルテッラへの道 ・・・

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       2年前の9月中旬、ヴォルテッラ・Volterraに行ったのは
       サン・ジミニャーノ・San Gimignanoからでした。

       写真を整理してみると、大変素晴らしい景色であったのも
       思い出し、今日はこの時の様子をご覧頂きますね。

       町の駐車場から出て、宿の主人から教えて貰っていた通り、
       そして道の標識通り左へ、西に向う道を辿りましたが、

       上の写真は町を外れて暫くしての、
       北からのサン・ジミニャーノの町の眺め
       

       美しき塔の町 サン・ジミニャーノ

       サン・ジミニャーノの朝  雲海の朝焼け



       行程図をご覧下さい
       グーグルでは3通り出たのですが、あれこれ考えると、
       上から西回りにヴォルテッラに連絡するグレーの道
       44分 32,6km という道でした。
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       というのも、ヴォルテッラの町に西下から近づき、
       町の北側の崖が落ち込んでいるのを見ていますし、
       ヴォルテッラの滞在後モンテリッジョーニ・Monteriggioni
       に向かった時は、南を辿るブルーの道を通っており、
       まるで違う眺めだったのをよく覚えているからです。




       同じ行程図を衛星地図で
       トスカーナのあの波打つ丘陵地帯を見つけるために
       衛星地図を見るのですが、この一帯はこんな感じ。
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       緑色以外のベージュ色の丘が細かく波打っているでしょう?
       これがなんとも言えない趣の風景を見せてくれるのですね。




       写真の前後を弄らず、辿った順に見て頂きますので、
       ごゆっくりと秋の気配の風景をお楽しみ下さいね

       写真は行程の関係でどうしても逆光の位置になるのが多く、
       色の発色がイマイチですが、ご容赦願います。


       ここでは農家が何軒か見えますが
       後には殆ど農家も見えません。
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       草を刈ったと思われるのですが、
       こんなに黒い、巻いたもの。
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       雲間からこぼれる陽と、荒れ土と
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       右に薄く緑が見える地には、麦畑のトラクターの跡
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       ここも多分麦畑
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       多分サン・ジミニャーノの町の遠望
       他に、この一帯にこれだけの町はありませんもの。
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       広い畑の真ん中に一軒屋がぽつんと
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       この辺りは、オルチャの谷の景観ともまた違う
       荒い雄大さとでも・・。
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       あの三角の山が道を行く毎に、姿を見せます。




       刈り取られた草と、影色の土
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       ここのは土の影色の暗さと思うのですが、
       時に同じ畑でも、クッキリと土の色が違う事があり、
       なんとも言えない不思議さで見つめます。




       この広さ、このなだらかさ!
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       丘の向こうに見える家は、上で見て頂いた農家
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       トラクターの跡が見えますね
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       ほらね、また三角の山
       道を進むにつれ、近づいたり離れたり、 
       そして光と影が移って行きます
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       農家が見え始め
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       この感じはオルチャの谷にも似ていますが、
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       そしてもう、ヴォルテッラの町の下
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       正面の崖の上、右に見える教会がヴォルテッラの町の西北にある
       サン・ジュスト・エ・クレメンテ教会
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       ちょうど訪れた年の春には雨が多かったのですが、
       町の中世の城壁が崩れ落ちたと言うTVニュースを見ていましたし、
       この時も、新らしい土の色が見えたので驚いたのでした。

       今こうして改めて見ると、
       左から突き出ている土地の崩れ様は、まさにカランキ・Calanchi
       と呼ばれる、シエナ東南部に見られる浸食地と同じですね。

       白タルトゥーフォと、雨上がりの緑のクレーター




       オルチャの谷の風景も雄大で美しいですが、
       このヴォルテッラ周辺の眺めは、また一寸特異な風景で、
       何十年前最初にバスで訪れた時にも、感嘆した記憶が残ります。

       フィレンツェやシエナからだと、コッレ・ヴァル・デルザ・Colle Val d'Elsaで
       バスの乗り換えで一寸不便かもしれませんが、
       ヴォルテッラに行かれる時は、町のみでなく
       この周辺の荒々しい雄大な景色も、是非お楽しみくださいね!!
       


     *****

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by italiashiho2 | 2016-09-21 00:05 | ・トスカーナ Toscana | Comments(7)
2016年 09月 16日

   ・・・ ヴォルテッラの洗礼堂、ドゥオーモ、エトルスク門 ・・・

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       2年前のちょうど9月に出かけましたヴォルテッラの町。
       今日のご案内は、洗礼堂と町のドゥオーモ、そして町の中心から
       少し南に下った所にあるエトルスク門を。

       町の入り口にある展望台から見た、
       真ん中のとんがり屋根の8角形の建物が洗礼堂で、
       その右がドゥオーモの鐘楼、松の木に隠れてちょこっと
       見えるのがドゥオーモの正面




       先回は町の地図だけでしたので、今回はヴォルテッラの位置を
       シエナ・Sienaが右端、ピサ・Pisaが左上にあり、
       ヴォルテッラの町はちょうどほぼ中間の位置に。
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       この位置だと、さぞやかっては両方の町からの領有争いが激しかったろう、
       と想像でき、確かにそうだった様子ですが、
       現在ヴォルテッラの町は、トスカーナ州ピサ県に含まれます。




       まず洗礼堂・Battistero.
       正式にはサン・ジョヴァンニ洗礼堂と呼ばれ、
       右手前に角が見えるのがドゥオーモ。
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       以前は閉まっていて中に入れなかったのですが、
       今回は大丈夫。



       中央にあるのが洗礼盤、18世紀の物で、上に見える像が
       この洗礼堂に名を冠された洗礼者ヨハネ・San Giovanni Battista の像
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       が、内部ではロッソ・フィオレンティーノ・Rosso Fiorentino(1495-1540)
       への献呈として、彩り鮮やかなスライドが映し出されており、
       その為1階部分の奥の礼拝堂部分や、8つあるニッキ、
       天上部などが塞がれており、

       素朴で静謐な洗礼堂の雰囲気からほど遠く、
       おまけにマニエリズムに関心の無いshinkaiはがっかり!




       所で今回これを書くためにちょっと調べましたら、
       ロッソ・フィオレンティーノのこの「十字架降下」がヴォルテッラの町の
       市の絵画館に収蔵されている事を知り、そういう次第だったか、と。
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       人物の頭部を小さく、体をひゅう~と長く誇張したマニエリズムは、
       ダ・ヴィンチやラファエッロなどが古典的美を完成させたと
       見られた位置から、もひとつ発展したルネッサンス期の美術ですが、

       この先駆者的立場のロッソ・フィオレンティーノは、
       ダ・ヴィンチの最後を看取ったとされるフランス王フランソワ1世
       招かれフランスに赴き、王の年代記のフレスコ画を城に描いたり、
       イタリア美術をフランスに伝えたとされる画家で、
       フランスのフォンテーヌブローで亡くなっています。




       彼はフィレンツェ生まれ、本名はジョヴァンニ・バティスタ・ディ・ヤコポ
       Giovanni Battista di Jacopo.
       なぜロッソ・フィオレンティーノ・赤いフィレンツェ人と呼ばれたのかと
       ふっと疑問がわいたのでしたが、

       アレッツォにあるヴァザーリ・Vasari、著名な芸術家・彫刻家伝を
       記したヴァザーリの家にあるという、このロッソの肖像を見つけ、
       ああ、彼は赤毛だったんだ、と納得! ・・という脱線記でしたぁ。
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       さて洗礼堂の正面をもう一度どうぞ
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       ドゥオーモに向って建つ洗礼堂は13世紀後半に完成したもので、
       正面部分はこのように白と濃い緑の大理石で装飾されており、
       ニコラ・ピサーノ・Nicola Pisano(1215/20-1278/84)の作と。
       
       ニコラ・ピサーノは13世紀の設計、彫刻家で、
       あの素晴らしいピサの洗礼堂や、
       息子のジョヴァンニと共に、各地に作品が残ります。
       

       ずっと昔になりますが、初めてこの洗礼堂を見た時
       素朴で強い白黒の縞模様に魅せられ、当時は濃い緑色とは思いもせず、
       周囲が車の駐車場となっていたこの洗礼堂をスケッチした物でした。

       最初に見て頂いた朝日の写真を撮った位置辺りの、
       建物の出入り口に腰をかけ描いていると、
       出てこられたシニョーレがスケッチを見て、
       抽象的に描いていないのが素晴らしい、と言って下さったのを覚えていますが、
       今考えると、他に褒めようがなかったのかもと、ははは。




       正面の扉の上部、半円アーチの部分もすっきり簡素な物ですが、
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       扉上部と、脇柱に続く部分に細かい彫りが見られ
       ロマネスクからゴッシクへの過渡期の趣を感じます。
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       正面から右脇に回ると、脇の入り口があり、
       上部に色石を使った装飾模様。
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       サイトで見つけた写真で、
       洗礼堂とドゥオーモの間に広場があり、左に鐘楼。
       以前の古い鐘楼に取り替わり1493年に高くされたものと。
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       さて洗礼堂と向かい合わせにあるドゥオーモの正面。
       以前在ったサンタ・マリーアに捧げられた古い教会は、
       多分1117年の酷い地震によって崩壊、それ以降に再建された物で、
       正式にはサンタ・マリーア・アッスンタ聖堂・Cattedrale di Santa Maria Assunnta.
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       正面扉部分のこの美しい装飾もニコラ・ピサーノの作ですが、
       使われている円柱などは、先回ご案内したテアトロ・ロマーノから
       持って来ているのですと!
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       聖堂上部のアーチの重なりのデザインは、如何にものロマネスク様式。
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       外の重厚な簡素さと比べ内部はこんな様子。
       12世紀の建設以来13世紀に拡張され、
       翼部分と合唱隊席は14世紀に、16世紀には内部が完全に改修され、
       19世紀にも大きな装飾などの改修があったそうで、
       正面壁同様のロマネスク様式はまるで残っておりません
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       内部平面図をどうぞ
       1.キエリーチ・Chiericiの聖母
       2.聖体用祭壇  後陣には木製の合唱隊席
       3.13世紀初めの木製の十字架降下像
       4.説教壇 13世紀の像が16世紀末に再設置
       5.6.聖堂の入り口から横に続くこの部分に、アッドロラータ礼拝堂・
           Cappella dell'Addolorataがあり、
           デッラ・ロッビア工房、ベノッツォ・ゴッツォーリの作品。
       7.15世紀末のマリオット・アルベルティネッリの「受胎告知」の絵画
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       説明1の「キエリーチ・Chiericiの聖母」と呼ばれる聖母像、
       15世紀のフランチェスコ・ディ・ヴァルダンブリーノ・Valdambrinoの
       作といわれるもので、木製彩色の美しいもの!
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       あるのを知らず、5.6の礼拝堂共に見ておりません、残念!




       内部でまず目を引いたのがこの格子天井。
       16世紀の改修で設置されたもので、
       模様、天使、聖人たち、花などの木製彩色がぎっしり!
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       内部は3廊式、22本の円柱で仕切られ、
       壁に見える白とグレイの縞模様は塗り分けられたもので、
       円柱の薔薇色も漆喰で大理石の柄に見せかけたもの、だそう。
       いずれも19世紀の改修によるもの。
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       7.の15世紀末のマリオット・アルベルティネッリ・Mariotto Albertinelli
         の「受胎告知
       面白いなと思ったのは、四角い絵の周囲を様々な小さな絵で取り囲んだ
       飾りつけで、多分これも何度もの改修のあれこれの謂れがある事でしょう。
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       4の説教壇、正面から。 一番上に金(塗り)の鷲像があり、
       余りにも強い照明で色が飛んでいますが、
       その下の彫が面白く、多分これもローマ期などの古い物を、
       新しい大理石で囲んでのリサイクルかと・・!
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       内陣、後陣部分。 階段の在る古い形式ではありますが、
       後陣のフレスコ画も何もなく、背後に見える山型はパイプ・オルガン。
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       入り口扉上にある薔薇窓。 
       「聖母戴冠」のステンドグラスが入っていますが、
       これも最初はロマネスクの大理石の紋様があった事でしょう。
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       床は19世紀改修の物とありますから、壁の柄とお揃いの石ですね。
       手前の円柱の左下、ほら、上の色付き漆喰がはげているのが見えるでしょう?
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       なんぞと、あれこれ改修結果を並べるような説明になりましたが、はは、
       正面のどっしりロマネスクに比し、内部は各年代の修復の歴史でした。
       まぁ、バロックの白と金色、にならなくて良かった、ははは。




       説明5,6の、聖堂横の礼拝堂部分の外の壁
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       聖堂横角、庇の部分にも細かい柄
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       さてドゥオーモと洗礼堂から一旦中心に戻り、1本東の道を下ります。
       
       角を曲がって見る、建物の壁の趣
       色も良く、古び加減も素敵でしょう?
       店の大きな看板も見かけないのが素晴らしい!
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       だらだらと下っていくと、このエトルスク門
       またはポルタ・ディ・アルコ・Porta di Arcoとも言われる、
       紀元前3~4世紀のエトルリア人建設の門が見えて来ます。
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       残念な事にちょうど左手前の家の工事中で、車が止まっているわ、
       家には覆いが架かっているわ、お兄ちゃんが大声で喋っているわ・・!




       素晴らしく大きな石が使われているでしょう?
       後にローマ人がエトルリアに取って代わっての修復もあるだろうと。
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       門の外から見るとこんな様子で、中世になって町の城壁が造られると
       それに取り込まれた形になります。
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       門に3つ見える頭部像はそれぞれ説がありますが、
       要は町の守護を司るものという事のようで、
       現在は表情も何も分かりません。


       右の城壁に見える碑ですが、
       ヴォルテッラの町の人々が、この門を護る為に働いた、とのみあり、
       具体的に何をしたのかが良く分かりませんでしたが、




       門の近くの家の窓だったか、店のショウウインドウだったかに
       展示してあった古い写真を見つけました。
       右から左に続く一連の物で、最初は空襲にでもあって補修したのかな、
       などと思ったのでしたが、
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       2枚ともに見える、門を塞いでいる石の壁の写真がありますね。
       そして、皆がせっせと手渡しで石を運んでいる写真、
       それに足元が地道になっていますよね、
       そんな事から、爆撃ではないと思ったのでしたが、
       イタリア版ウィキに答えを見つけました。

       つまり、この門を通る道は町の南から中心に至る道ですので、
       1944年6月30日、町に駐留していたドイツ軍指令部が、
       連合軍が町を通るのを妨げる為に、この門を爆破する事を決めたのだそう。
       ですが、24時間以内に、町の人々が門を通れなくするのであれば、
       爆破しない事に同意。  町の世話役が頑張ったのですねぇ!
       それで写真に写っているように、町の人々は近くの道の敷石を剥がし
       せっせと門に積み上げ、爆破から護った、という事なのだそう。

       カメラに向ってにっこりの若い女性達もいて、
       道の敷石を剥がすのは大変だったでしょうが、
       案外皆が共同作業に楽しんで加わったかの様子も見え、
       shinkaiにも楽しい発見でした。
       



       上り坂の道を町の中心に向って戻りますが、
       この敷石が、あの20世紀前の古い門を援ける為に役立ったのですね!
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       奥に見える塔、プリオーリ宮の上の塔なのですが、
       あそこにも上がりましたので、はは、高上がり大好き!  
       素晴らしい眺めをまたご覧頂きますね。




     *****

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by italiashiho2 | 2016-09-16 08:09 | ・トスカーナ Toscana | Comments(3)
2016年 09月 11日

   ・・・ テアトロ・ロマーノ ・ ヴォルテッラ   写真追加・・・

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       今回ご紹介するのはトスカーナはヴォルテッラ・Volterra の
       テアトロ・ロマーノ・Teatro Romano.
       
       なぜ急に?とは仰って下さいますな、
       なぜか虫が起きて・・、としか、へへへ。



       ヴォルテッラの町は、シエナからポッジボンシを通って西に
       約54km 1時間の距離にありますが、

       町の地図をどうぞ.
       緑の線で囲った中心部から北に、
       中世に建設された市壁の門外に出た、傾斜地に位置します。
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       他に囲った部分は、テアトロ・ロマーノの隣の門、
       門の名はポルタ・フィオレンティーナ・Porta Fiorentina,
       町の有名なエトルスクの門・アルカ・エトルスカは町の南側に、
       エトルスク博物館は町の東側に。
       
       ヴォルテッラの朝の夜明けを。




       町に到着しホテルにチェックインした後、
       中心部を通りぬけ、このテアトロ・ロマーノに来た時は
       中に入らず、上の城壁の道から覗く形だったのですが、
       ちょうど夕暮れ時の陽が射しこみ、素晴らしかった!
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       上からの眺めだとほぼ全体が見れる高さで、
       真ん中からこちら半分がテアトロ・ロマーノ・ローマ期の劇場跡で、
       向こう側はその後に造られた浴場跡
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       現在残るローマ期の劇場跡では、大変に保存の良いもののひとつだと。




       翌日改めて見学に出かけました。
       27年前に一度来た事があり、その時の印象が強く残っていたのは
       やはりこの遺跡で、わぁお、ローマ遺跡がある!と
       無知度が大きかったshinkaiはひどく驚いたのでしたが、
       なにせローマ遺跡が残っているのはローマだけ、
       という程度の認識でしたし・・、ははは。

       以前の訪問時にはまだ整備されておらず、入場料もなしでしたが、はは、
       今回はちゃんと切符売り場もあり、5エウロ、
       道を辿って入っていくとこの様に見えて来ます
       少し曇り空で、写真の発色が悪いのが残念。
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       観客席の傾斜は、ギリシャ期の劇場のように、
       自然の土地、丘の傾斜を利用したもので、
       その観客席の上側に、13世紀に町の城壁が建設され、
       市壁の向こうに見えるのは町の家並み。




       平面図を見つけましたのでどうぞ
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       1.いわば天井桟敷に当たる部分
         観客席に連絡する11の入り口から行けたそう。
       2.観客席 上等席下から10列、並席上の9列で、
         座席の石はいずれもピニャーノ・Pignanoという当地産の凝灰岩
       3.オーケストラ席 ですが、このヴォルテッラでは町の著名人たちが
         ここを占領していたそうで、オーケストラと合唱隊は、
         説教壇と書いてあるので、舞台横にでも押込められた様子。
       4.舞台前部
       5.La fronte-scenaとあり、どう訳したら良いのか分からず、
         後ほど復元予想図をご覧頂きますね。
       6.柱廊 これは劇場背後の両側に後に建設された物で、
         後陣部分が飛び出した形。
       7.浴場部分 
       



       遺跡内部には入り込めませんで、観客席の上側の通路から
       見渡す感じで、移動します。

       今見える左の建物の壁と円柱の2階建て部分が、上の説明5で、
       右側は崩壊していますが、回収した石材で再建可能とか。
       その手前に舞台前部4があり、その手前真ん中に白と茶の石の部分が
       少し見えますが、ここがオーケストラ席3だったのが、
       ヴォルテッラでは町の権力者達が居座ったという、ははは。
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       舞台部で残っている上部と、右側の遺跡部
       舞台部の高さは15,5m、前面の長さは35,98mあるそう。
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       こうして見るだけではピンと来ませんが、
       復元予想図を見つけましたので、どうぞ。
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       素晴らしいですねぇ! というか、素晴らしかったのですねぇ!!

       観客席の上に見える布製のテントは、座席全部を覆える事が
       出来る様になっていたのが、支え部分の発掘で分かっているそうで、
       観客席は全部で1800~2000人収容できたそう。
       イタ版ウィキには、最高で3500人と書いてありましたが。
       この大きさの劇場では、トリエステにあるのとほぼ同じと。

       この劇場が造られたのは、紀元前1世紀から紀元後42年に
       存在したこの町の有力なカエチナエ・Caecinae家の2人、
       いずれも執政官であったアウロ・カエチナエ・セヴェーロと、
       ガイオ・カエチナエ・ラルゴの意思による物だそうで、
    
       ローマ皇帝で言うと、ちょうどアウグストとティベーリオの
       時代に当ります。

       3世紀の終わりになって劇場の方が放棄された後に
       その後部に浴場施設が造られたのだそう。

       


       観客席上部
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       観客席上部の後ろを通る通路
       この上に、13世紀に町の市壁が造られた訳です。
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       遺跡の草原に咲く野草
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       劇場背後に広がる浴場跡、楕円の部分にはモザイクも見えます。
       そして円柱の並び
       柱廊状に円柱が並んでいるので、浴場は内庭にあったのですね。
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       この遺跡が発掘されたのは1950年代、町の考古学者である
       エンリコ・フュゥーミ・Enrico Fiumiが指揮したもので、
       当時の町の精神病院の入院患者が幾人か働いたそう。



       市壁の上から覗く観光客。 ただ見だぁ! ははは。
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       夜のテアトロのイルミネーションを
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       この遺跡の舞台を使っての国際フェスティヴァルが
       毎年夏に行われるそうで、興味深い事でしょうね。


       テアトロ・ロマーノの開場は
       3月14日から11月1日まで 毎日 10時半から17時半
       11月2日から3月13日まで 土曜と日曜、祭日の10時から16時半
       



       ところで、このテアトロに付いて調べていて、
       関係者達はさぞや小躍りしているであろう、
       昨年7月の新発掘のニュースを見つけました。

       場所はテアトロ・ロマーノの横に位置する町の門から下って行った
       北にある、町の墓地に近い場所で、
       なんとローマ期のアンフィテアトロ・円形劇場、闘技場と
       見られる楕円形の遺跡の壁が見つかったのだそう!
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       歴史に完全に埋没し忘れ去られていたここの発見は、
       偶然にも水道工事をしていて見つかったもので、
       80mの長さの壁と2つの椅子
       工事の手法はテアトロ・ロマーノと同じもので、
       剣闘士たちの闘技場と見られ、
       この100年間における最重要な再発見と見られると
       
       さて、これからどの様に発掘するか、どの様に資金を見つけるか、
       さぞ関係者達は嬉しくも大変でしょうが、ははは、
       今の水道工事の方はどうなりますか?!
       



       所でテアトロ・ロマーノのすぐ横にある中世の市壁の門
       ポルタ・フィオレンティーナも、一緒にご案内しますね。

       城壁が造られた13世紀に一緒に造られた門で、
       外からの様子はこんな感じで、
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       続く城壁はこういう様子。
       背は高いのですが、門の壁をご覧になっても分かるように、
       この時代、中世の壁はそんなに厚くありません。
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       最後はテアトロの背後の城壁上から見渡す北の平野を
       夕陽を浴びて、谷にうっすらと靄が湧いているのです。
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       丘の向こう、平野の端にたつ教会サン・ジュスト・エ・クレメンテ
       San Giusto e Clemente.
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       ヴォルテッラに行くのに、サン・ジミニャーノからの道を行き、
       ちょうどこの教会の裏手を通り、教会に迫って切り立った崖が見え、
       その年の春の大雨で落ちたのかと気になったのでしたが、

       ウィキのサイトに写真がありましたので、追加です。
       これ!です、凄いでしょう?!
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       この一帯はバルツェ(複)・Le balze・崖、絶壁と呼ばれる
       独特の地形で、雨が粘土の層まで浸み込みやすく崩れるのだそう。
      
       現在の教会はサン・ジュスト・ヌオーヴォ・新サン・ジュスト教会と
       呼ばれもする18世紀の物だそうで、
       それ以前の教会は17世紀のバルツェで飲み込まれたのだそう!
       という事なども知りましたが、

       いやぁ、こういう土地に再建するというのも、
       キリスト教社会というのは凄いなぁ、と思った事でした。



     *****

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by italiashiho2 | 2016-09-11 01:14 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2016年 02月 25日

   ・・・ キュズーレ ・ シエナのクレーターの小さな村 ・・・

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       トスカーナのご案内が続きますが、
       キュズーレ・Chiusureという村の名をご存知ですか?!
       トスカーナはシエナの東南部、シエナのクレーターと呼ばれる
       太古には海だった浸食地・カランキの中にぽつんとある、
       2001年の人口が僅か115人という小さな村。

       私も知らずにおり、サイトでクレーターの写真を探していた時に偶然、
       村の広場の写真を見つけ、グーグルのストリート・ヴューで見る
       土地の風景にも魅かれ、行ってみたのでした。

       上の写真は村に4つほどある広場の一つ、ぐるっと回りつつ
       駐車場を探し、2周目に、はは、遂にこの近くの道脇に留め、
       中心の広場に戻ります。




       キュズーレの村はどこにあるか、地図をどうぞ。
       シエナのクレーター探訪の中心地ともいえるアシャーノ・Asciano
       の南約10Kほどに位置します。
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       キュズーレに並びモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院
       Abbazia di Monte Oliveto Maggiore が見えますが、
       はい、かの有名な修道院がすぐ傍に。

       と、地図の中、見難いですが、アシャーノの町の手前から南に直接下る道と、
       斜めに東南に行きヴァル・ダッソ・Val d'assoの手前から左にキュズーレに
       下る道の2通りがあるのが見えますか?

       私はアシャーノの町の手前で標識が出ていたのでつい曲がってしまい、
       悪くは無かったですが、ヴァル・ダッソ周辺の眺めが広大な様なので、
       次回のチャンスには是非こちらの道をと思っています。
       
       既にご案内の土地はアシャーノサン・ジョヴァンニ・ダッソ
       そしてモンティージ

 

 
       キュズーレの村は海抜401m、下の道から上ってきて、
       村の外側をぐるっと道が回り、そしてまた下の道に下り他の村へと、
       つまり小さな集落の中心は坂道と石段で車は入れず、なのですね。

       で、こんな風に下の道から見上げながら中心に向かい
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       小さな広場に出た所に、バール兼食料品店、だったと。
       確か中でジュースを飲んだ記憶あり、
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       その右手から坂道が上の広場に続き、

       これは左が下から辿ってきた道で石垣越しに上の店の
       他のテーブルを撮った所。
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       上の広場にはこんな井戸があり、が飲み水ではないとの表示あり、
       奥に上の家並みに続く石段。
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       実はこのキュズーレに寄った時、着いた時は曇り空だったのが
       途中から良いお天気になり、喜んで大体の場所は撮り直したのですね、
       坂道も上りなおしまして、はい。 
       ですがまるで同じ場所からは撮っておりませんので、
       今回の写真は曇り空と晴れと混ぜこぜになっており、ご了承を。




       上の広場の様子、一番右に見える下の道の教会はオリジナルが8世紀に
       遡るという、現在の名はサン・ミケーレ・イン・ルーコ・San Michele in Lucoと。
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       壁の石の大小、扉の位置が変わったりの変遷が楽しめる壁!
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       下の道、家の扉を覗き込み
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       上に続く石段
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       半ば上がって来て見える上の家並み
       ほら、やはりお天気の時の写真は、影が立体を強調するでしょう?!
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       上から見る石段の曲がり具合いと、三角の広場
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       この石段の途中の曲がり角に、こんな家の扉と壁があり、
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       これがなかなか良い感じで、でもどう撮ったら良いのかと
       あれこれ何枚もトライしておりまして、ははは、




       こちらは陽が射して後の1枚
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       ふと気がつくと、はは、後ろからこのワン君が小首をかしげて
       shinkaiを眺めておりまして・・!  
       村のお爺さんが見つめる様な、そんな目をしているでしょう?! ははは。
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       石段を上りきった所、右手にあるアーチ
       かっての村の門だったのでしょうね。
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       門の外から逆に
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       そして村の下の道と家、遥か向こうに広がる波打つ平野
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       アーチの所から左に折れ、も一つ坂を上った所からで、
       右背景に、少しカランキ・浸食地が見えるかな?
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       奥に広がる丘の流れ
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       ゆるい坂道を上りつつ、上から聞こえる賑やかなお喋りの声。
       今日は何かあるのかな、と思うほどだったのですが、
       
       上に辿りつくと展望台式に開けた小さな公園があり、
       その後ろにこの建物。
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       建物は実はカーザ・ディ・リポーゾと呼ばれる老人ホームで、
       大きな古い建物を使っている様子で、ちょうど祭日でしたので、
       たくさんの老人達と訪問者がお喋りしたり、公園のベンチに腰を下ろして、
       素晴らしい眺望を楽しんでいたのですね。




       下の家並み越しに見える風景は、こんな感じで素晴らしく
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       ほら、右手中ほどに見えるのが、
       



       これ、モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院。       
       マッジョーレと言う言葉通り、大変大きく威容を誇ります。
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       14世紀初めから建設され、完成が16世紀というこの修道院
       shinkaiはまだ訪問した事がありませんので、
       サイトから様子が分かる何枚かを拝借し、

       大回廊。 見える像はサン・ベネデットで、奥に井戸も。
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       大回廊の周囲は全面フレスコ画で装飾されていて
       主題はサン・ベネデットの生涯、15世紀末のルーカ・シニョレッリの
       作品が8面で、他は16世紀初頭からのソドマの作品との事。
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       こちらはレフェットーリオ・Refettorioと呼ばれる食堂。
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       そして合唱隊席の、木の嵌めこみ細工の一部。 見事ですねぇ!
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       修道院の持つ富というのはどこも凄い様ですが、
       このモンテ・オリヴェート・マッジョーレは19世紀に修復され、
       というのがありましたが、他に特別な被害とか破壊とかは無かった様子で、
       当時のままの姿を保っているようですね。


       キュズーレの村の起こりを読んでいましたら、シエナの貴族トロメイ・Tolomei
       伝説的なお話では、エジプトの王家に繋がるという様な家系ですが、へへ、
       12世紀のシエナの記録に出てくる旧家で、このキュズーレ辺りにも広く
       領土を持っていたとの事。

       で1313年にベルナルド・トロメイ・Bernardo(1272 – 1348)が
       隠者の生活をおくる事に決め、彼の土地でもあったキュズーレに程近い
       デゼルト・ディ・アッコーナ・deserto di Accona に居を定め、
       オリヴェターナ信心会・Congregazione Olivetana を起こし、
       それがモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院の基となったと。

       デゼルト・ディ・アッコーナは、アッコーナ砂漠と言う意味で、
       かっての乾燥した不毛の地と言うことからでしょうが、
       どこにあるのかと調べましたら、
       なんとなんと現在シエナのクレーターと呼ばれている
       アシャーノ周辺の東部と南部を指すのを知り、

       その中でも有名なのは、ビアンカーネ・biancaneと呼ばれる白い丸い形のある
       カランキ・caranchi のキュズーレとモンテ・オリヴェートと!


       も一つ知ったのは、はは、無知ムチshinkai丸だし、
       シエナのパラッツォ・プッブリコ・市庁舎にあるアンブロージョ・ロレンツェッティの  
       「善政と悪政」のフレスコ画の中に、ビアンカーネが描かれていた事!!
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       なんとまぁ、単にトスカーナの山風景と単純に思い込んでいたのですが、へへ、
       このフレスコ画を基にした楽しい絵本があり、トスカーナのスキャンダル
       こちらにご紹介していますので、どうぞ。




       となると、このキュズーレ周辺のカランキですが、
       見た時は、わぁ、凄く大きくて広いなぁ!と驚いたものの、
       2年前の春はずっと雨が多かったせいか、谷の木の繁殖も多く・・、
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       サイトで見つかった写真を拝借し
       手前下が、村の門のあったアーチの外で、老人ホームは一番右上に。
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       こうして見ると、凄いですよね、やはり!
       ぼこっと穴が開いたというか、隕石でも落ちたかのような大きさで陥没し
       それが村の何倍もの広さなんですね。

       村から見る修道院はかなり低い位置に見えるのですが、
       こうして見るとカランキの上、説明にあったデゼルトの高所に修道院を、
       というのも納得です。

     ◆ 衛星写真を追加です。
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       右上にキュズーレの村が小さく見えるのと、
       カランキの大きさをご覧くださいね。

       それにしても、村のすぐ脇にこんな大きな侵食陥没地があるのです。
       この一帯の畑を見ていても、水が流れる筋がしっかり見えますし、
       時にぼこっと陥没している所もあり!
       こういう土地のすぐ横に住み、村があるというのは、
       少し怖い気がしますが、土地の人は平気なんでしょうかね?
       太古の昔からあったんだから、とでも?
      



       修道院の奥に広がる土地の様子と、
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       こちらはキュズーレの北東方向
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       しっかり上からの眺望を楽しみ、村の下に。
    
       これは石段を降りてきた所の、土地の高低を利用した納屋
       石の厚い壁の、存在感が凄いでしょう?!
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       そしてサイトで最初に見つけた、村のもう一つの広場の
       この井戸と円柱のあるレストランですが、行った時はお休み。
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       建物の間の小路を入ると、古い厚いレンガ壁が続き
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       写真を撮っていると、中からお年のシニョーラが顔を出されたので、
       ちょっとお喋りを。 美しい村ですね、と言った様な・・。




       突き当たりの正面の扉、なかなか良いなぁと思ったのですが、
       気がつくと、番地が変わったのでしょうね、
       扉脇の番号が乱暴にXで消されたままで、ははは。
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       右のお家の鐘の上に、何があるのかと撮りましたら、
       王冠を被った蛙がひっくり返って寝ておりまして・・!
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       王冠を被った蛙というと、ここから西南にある町
       ブオンゴヴェルノ・Buongovernoの、町の紋章にもありましたが、
       お土産で買ってこられたのかな?




       さて、キュズーレの村、下の端にある教会の古い形の鐘楼
       別れを告げ、南に下ることに。
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       途中の道で見た古い小さな教会は、水彩+色鉛筆画ブログの方に
       載せますので、お暇な方、はは、見てやって下さいね。





     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 仕上げに向けての2枚と、トスカーナの古い小さな教会 を
       アップしています。
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by italiashiho2 | 2016-02-25 00:32 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2016年 02月 20日

   ・・・ オルチャの谷風景 ・ 緑の大地が恋しくて ・・・

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       ここの所北イタリアは、ず~っとお天気がすっきりせず、
       昨日はやっと雨と曇天の間の良いお天気だったのですが、
       今日はまた雨・・。

       そんな心が少し鬱屈しそうな時に思い出し、恋しくなるのは
       トスカーナはオルチャの谷の緑、大地の広がりと吹き渡る緑の風!

       そんなこんなで思い出したオルチャの谷、まだご覧頂いていない写真で
       春5月、ピエンツァの町の南に広がる平野の様子をどうぞ!

       

       どの辺りか、地図をどうぞ
       ピエンツァ・Pienzaが中心上にあり、そこから西に囲ったのが
       そこから南、バーニョ・ヴィニョーニ・Bagno Vignoniに向って下ると、
       SP53への分岐点があり、そこを東に、そしてその先赤点の辺りで、
       この大きさの地図では出ませんでしたが、左にピエンツァへの地道の分岐点。
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       ほぼ北東に辿る地道で、道筋には幾つもの農家があり、
       時たま車が通る位で、ゆっくり風景を眺めつつ撮りつつ行くには最適な道!

       今日のトップの写真はまだSP53号の辺り。

       この南から斜めにピエンツァに近づく道は、地図のもう一つの赤点を打った上、
       ピエンツァの町からくねくねと下る道に出ますが、

       赤点の道は坂道を下りきった所からほんの少し先にある東に入る地道で、
       坂を上り、平地が少し続き、そして谷を下って上るモンティキエッロ
       Monticchielloに行く道。


       いつもは殆ど写真の色味を弄る事はないのですが、今回はほんの少し、
       緑の黄味色が強く出た分だけ調整しました。
       写真をRAWで撮っていなかったので、その調整をニコンのソフトで出来ず、
       PCに入っているマイクロ・ソフトのでしましたら、
       画素数がガクッと落ち、・・つまりその分少しボケまして、ご容赦を!




       まずは南からピエンツァに向う地道から、
       
       雄大な大地が広がり始め、奥中央に見える山はラディコーファニ!
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       麦畑に残るトラクターの跡
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       丘の上、1本の木
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       奥に広がる葡萄畑
 
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       地道は低く谷の間を辿ったり少し上ったりで、
       やがて見えてくるピエンツァの町
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       背後の丘の上に広がるオリーブ畑は、ピエンツァの町からも見えますが、
       この農家はこちら側からのみなんですねぇ。
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       大地の不思議、よく小麦が育つ部分とはげちょろけの部分と!
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       孤独に佇む木たち、そしてうねる大地
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       ピエンツァへの道! 
       と、町のアップ、左にピッコローミニ邸と右に聖堂。
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       丘の上の農家
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       点在する農家と、列を作る覆われた藁
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       ときどき見かける無耕作の地、土地を休ませるのだろうか?
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       これは既にピエンツァの町の下から東への道を入り、ずっと先に進んだ所から、
       谷の向こうに見えるモンティキエッロの町
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       この谷にはカランキ・calanchiと呼ばれるかなり大きな浸食地があり、
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       そして、曲がりくねる道、糸杉の道
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       この谷にはピエンツァから2,3本モンティキエッロへの道が通り、
       皆試してみましたが、ははは、ハイキングには良くても、
       林の中に入ったりもする眺めの良い道ではないので、写真はパスし、

       引き返し、平野が広がる高い部分に。

       波打つ大地、麦畑の畝の筋、点在する農家
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       こちら側から見えるピエンツァの町
       この眺めの方が好き! 建物の間の隙間が見えないもの、ははは。
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       この丘のうねり、この広がり!!  凄さのある美でしょう?!
       ここに身を置ける幸せ、見れる幸せをしみじみと感じる時。
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       秋に行った時は、ここには荒々しい茶のうねりが広がり、
       その広大な粗い眺めに圧倒され、暫し放心状態になりましたっけ。

       
       ・・・ また行けます様に!! また見る事が出来ますように!!



     *****

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       アップしています。
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by italiashiho2 | 2016-02-20 00:08 | ・トスカーナ Toscana | Comments(8)
2015年 11月 28日

・・・ モンテプルチャーノ その2-1 ・ カンティーナ、お祭り ・・・

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       トスカーナはシエナ県、ヴァル・ドルチャとヴァルディキアーナの
       境の山の上、海抜605mに位置するモンテプルチャーノ・Montepulciano.

       今日はその2回目という事で、写真の整理を始めたのですが、
       余りにも多く、かといって余り削っても面白みがありませんので、
       う~~んと頑張って奥の手を出し、ははは、
       2回に分け、2-1 と 2-2という事に! 

       来週はちょっと予定が立て込んでいる事もあり、
       今回頑張りますので、よろしくお願い致しま~す。

       
       トップの写真は、町の北の端の門を出た向こうに見える
       サンタニェーゼ教会・Sant'Agnese
       が、中まで行かずに戻りまして・・、




       エトルスク期からのワイン蔵が無料で見られると言う、
       このワインと土地の物産店に行き、地下のワイン蔵を見物します。
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       店前のこの写真は出てきた時のものなのですけど、手前に見える
       このブルテリア君も、ご主人と一緒に私の先にカンティーナ見物をね。




       こんな感じの狭い階段を降りまして
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       小さい部屋が次々と繋がりながら、地下にも、横にも
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       新しい大きな樽の部屋もあり
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       樽の中で寝かせている内にワインが蒸発するのだそうで、
       上に見える緑のガラス瓶の中にワインを入れておくと
       自然に蒸発した分が補給されるのだとか。
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       低い天井、古い壁、そしてこんな坂道もあり
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       下って小さな部屋に繋がり
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       古い薄暗い部屋に見える、古い小さな樽
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       中には博物館式にかっての道具類の展示もあり、
       これは葡萄絞り器
       上から重石をかけ、出る葡萄汁を手前下で受けます。
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       多分ここが一番古く、深い地下なのだと思いますが、
       ひんやりした空気の中を降りていくと
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       こんな小さな部屋
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       エトルスク期からのワイン蔵、ちょっと湿気も感じる様で、
       余り深いと不便でしょうし、今は使われていませんでした。

       それにしても、ワインは静かに、温度も一定の場所で寝かすと言いますが、
       こんな風にずっと開けっ放し、人もしょっちゅう出入りする、
       おまけにワン君までと、ははは、
       こういう場所でワインがじっくり熟成できるのかいなぁ、と
       他人事ながらちょっぴり心配したのでしたぁ。

       
       我が町コネリアーノに、素晴らしいワイン樽製造所があります。
       こちらにご案内を。




       モンテプルチャーノのワイン、で検索すると、
       ヴィーノ・ノーヴィリ・ダブルッッォ・アブルッツォ種の葡萄からの
       モンテプルチャーノのノービリ・ワインとか、
       たくさんのカンティーナの名前が挙がり、
       美味しそうな葡萄、葡萄畑、ワイン、料理の写真がずらり!
       その中からほんのちょっぴりをどうぞ!
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       所でこの町独特と思われる、ワインとワイン樽に関連するお祭りですが、
       ワイン樽ころがし・Bravìo delle Botti・ブラヴィーオ・デッレ・ボッティ
       と言うお祭りがあります。

       町の区域を8つに分け、毎年8月最後の日曜に行われ、
       町中が沸き立つお祭りなんだそう!
       元々は14世紀頃から始まった騎乗の競争だったのだそうですが、
       17世紀に(人身)事故があり中止され、
       今の樽ころがしに変わったのだと。

       ブラヴィーオというのは、勝者の区域に与えられる旗の事で、
       この写真の中央に見えるのがそれ。
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       シエナのパリオのパリオと同じ意味で、
       どちらも毎年手描きの絹の旗が、柄は毎年違うのが与えられます。
       この写真のは2006年と。

       どこのお祭りも、即競技が始まるわけではありませんで、
       出発点で2列に並ぶ順番のくじ引きから始まり、ははは、
       旗振り競技、そしてこんなブラーヴィオを持った行列も勿論と、
       町中が興奮に溢れ、沸いていくわけで、
       



       さて、いよいよ出発点からの競技の始まり、始まり!
       ほらね、後ろにマルゾッコの円柱が見えるでしょう?!
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       前後2列に4つずつの樽、重さは80kで、
       勿論途中での衝突で樽を間違えたりしないよう、
       しっかりと区域の焼印が押される写真もサイトにあり! 




       見てください、この坂道!
       歩くだけでも大変だったあの坂道を、
       80Kの樽を2人で押してる!! 
       それはもう、応援の人々の熱気も盛上がるわけですよねぇ。
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       ここは多分、下の道を上って行った後の一旦の下り坂で
       この部分ではまぁ一息つけるでしょうがね。
       町の南で折り返すと、また上り坂!
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       一度車で町の道を上っている時、うっかり間違えて入り込み、
       車が通れる道だったので、ホテルの近くにでも出れるだろうと
       思って上っていきましたら、
       突然目の前の道が、ダッシュボードの先から見えなくなった!!
       わっ、ぎゃ!! とサイド・ブレーキを引き、
       そろっと車のドアから出てみましたら、崖っぷちではなく、ははは、
       急傾斜の下り道の始まりで、ああ、やれやれ、の
       そんな経験もある、町の道だったのでした。




       なので、あの坂道を樽を転がしながら上がる、というこのお祭りに
       興味を持ち、どの道を通るんだろうと
       行程図を探し回り、ははは、見つけました。
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       地図右側のマルゾッコの円柱前から上り坂、途中から下って
       町の南側を上りながら迂回し、最後の折り返し点がまた急傾斜で、
       最後はドゥオーモの前に出てくるのですね。
       全長1,7kmだそう、ようやる選手諸君たちは!!



       という事で、ゴールの写真
       広場に集まった人々の数も凄いですね!
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       いやぁ、シエナのパリオも燃えますが、これもきっと同じでしょう!
       道中の様子など、ドゥオーモ前の人々にも見れるように、
       TV中継などもあるのかな? 




       町の道を行ったり来たり、先回ご覧頂いたプルチネッラの塔から
       南側辺りはいわゆる下町と言うのか、
       中世の面影が強く残る小さな家が建ち並んでいますが、
       城壁沿いの道からの眺めはこんな様子
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       ちょうどこの右手下の平野では、ジオストラ・Giostra と呼ぶ
       子供達の為の遊戯公園ができていて、大音響の音楽が聞こえ・・。




       町の下を通る道を辿りますが、中世の面影が濃く残る建物郡
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       上の道とを繋ぐ階段、坂道を下から眺めるとこんな傾斜!
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       見上げる家並み、建物
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       ちょうど中ほど、町の上下を結ぶ道が三叉路になる所
       16世紀頃の町の経済の一番の中心であったと言う
       ピアッツァ・デッレ・エルヴェ・Piazza delle Erbe.

       ここにあるのが、ロッジェ・デル・グラーノ・Logge del Grano,
       またはロッジェ・デル・メルカートと書いたのもあるので、
       まさに商取引の中心部だったのでしょう。
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       道を辿りくぐるのが、この門カヴィーナ門・Porta della Cavina.
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       その先の店の前にこんな表示が出ていて
       1157年に、紀元前5世紀のエトルスクの古い2つのお墓の上に
       この門が建設されたのだそう。
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       多分町の南半分の高い方に先に町が出来、
       この辺りがその当時の町の境界だったのでしょうね。

       で、木の標識の下の写真には、
       ここで、映画「ニュー・ムーン」が撮影された、と。




       映画「トワイライト・サガ」の「ニュー・ムーン」というの、
       ご存知ですか? 
       この俳優は確かTVシリーズの「ドラキュラ・ダイアリー」に
       出ていたと思うのですが、オカルト的なものは見ないので・・。
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       こちらのシーンは、ドゥオーモ前に大きな泉も作られ
       赤いマントの大集団が集っての撮影風景。
       映画の中では、かなりの迫力だった事でしょうね。
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       この町ではたくさんの映画が撮影されている様子で、
       「トスカーナの空の下」でも、この広場での旗振り大会が出てきましたし、
       「ノスタルジア」も、「イギリス人患者」も、他にもたくさん!
       「ニュー・ムーン」のあの俳優は、shinkaiの泊まったホテルに
       泊まったのか、フロント横に写真がありましたっけ。




       こちらは道を歩きながら、漏れ聞こえてきた弦楽の響きに導かれ
       入ってみたジェズ教会・Chiesa del Gesù.
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       はい、この町の若者達の春のコンサートでした。

       はっ、出来具合ですか? はぁ、まぁ、若者というよりは、
       少年少女達のグループでしたので、頑張っていたと思います、はい。


     *****

       と言う所で、下の応援クリックをプチッとやって頂きまして、ははは、
       それから、ページの一番下に出ている、
       ・・・ 2-2 モンテプルチャーノ >> から飛んで下さいませませ。

   

     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-28 02:43 | ・トスカーナ Toscana | Comments(7)
2015年 11月 28日

・・・ 2の2 モンテプルチャーノ再訪 ・ 町とサン・ビアージョ教会 ・・・


       引き続き有難うございます!
       モンテプルチャーノの町のご案内を続けます。

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       まずはトップの、サイトから拝借の写真ですが、
       町の上空からの眺めで、左が南、右が北、
       ここに写っているのは町の南側高い方の、町の半分程
       ずっと下っていく北のほうは写っていません。

       それでもこの町の美しさ、高低差があり、
       建物の大小があるメリハリのある美しさをどうぞ!
        


       下の通りを歩きつつ、家並みの隙間から
       時にこんな風に緑が覗ける場所があり、
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       城壁沿いに出て、眺める平野
       ここの麦秋も美しいでしょうね! 6月の末から7月初旬、う~む。
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       城壁沿いから上の町を眺め
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       また通りに戻り、店を覗いて歩きます
       陶器店。 テラコッタの陶器、ここのは絵柄が上等でした。
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       そして、麻織物
       ウンブリアもそうですが、麻織物は中世から続く特産品で、
       色もしっとりと、柄も古代柄が今も生きていて、素敵なのです。
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       寄木細工の店。 お店番も奥に控えていますが、はは。
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       う~ん、技術的にはともかく、問題の絵柄がshinkaiにはイマイチ。
       南のソッレントの物凄い技術の品や、古い寄木細工の素晴らしさを
       見知っていると、はぁ、お値段の問題は抜きとしてもですねぇ、ははは・・・。




       古い中世の建物が並ぶ通りにも、こんな風に
       モダンで愉快なアピールをする店もあり、
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       一日中歩き疲れ、風も強い町で、そろそろ上に戻ろうかと・・。
       後で気がついたのですが、あの先まで行けば、
       この町出身、15世紀の人文学者詩人のアンジェロ・アンブロジーニ、
       単にポリツィアーノ・Polizianoと呼ばれる人物の生家があったのにぃ!
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       彼は父親が殺害された後フィレンツェに出て教育を受け、
       ロレンツォ・イル・マニーフィコの息子達の教育にも携わった、
       ルネッサンス期の重要な人文主義の学者だったと言います。

       まぁ、またのチャンスをね。




       中心のグランデ広場に戻る坂道の下、駐車した車の上の猫ちゃん
       日向ぼっこをする車の色もなんとも良い黄緑色で。
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       坂道が余りにも急で、ゆっくり歩きつつ、
       こんな3輪車にも見とれたり・・。
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       これは建物の基礎を削られない為の、ははは、車除け
       というよりも、馬車の車輪除けかも。
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       上のグランデ広場の東側を占めるコントゥッチ邸の扉前
       ここも現在は有名なカンティーナになっているのですが、
       屋敷前の石のベンチの足が、ライオンの足なのですね。
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       で、そこに座っているカップル
       彼はジェラートのコーンを齧り、彼女はタバコを一服、ははは。
       眺めるshinkaiは、お尻冷たくないのかな?!と心配を。
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       この広場では様々な催しが行われる様子で
       勿論こんな旗振り競技もね。
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       さて翌朝、やっと快晴の眩しいほどのお天気になり
       広場の正面、市役所。 
       フィレンツェのヴェッキオ宮に良く似ているでしょう?!
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       入り口扉部分と
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       壁にずらっと並ぶ、馬つなぎの輪 兼 松明入れ
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       朝の光りを浴びるドゥオーモ
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       城壁沿いの道に出て
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       眺める町の下の家並みと、葡萄畑
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       遠くに光るのは、トラジメーノ湖と
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       飽きもせずにまた下り坂の所まで行ってみて、ははは。
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       サン・フランチェスコ修道院の前庭から、
       サン・ビアージョ教会・San Biagioを
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       という事で、前回は傍まで行かなかったサン・ビアージョ教会に
       18世紀の、この町にもたくさんの建築物を残す
       アントニオ・ディ・サンガッロ・イル・ヴェッキオ・
       Antonio Sangallo il Vecchioの建設。
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       庭の端にカノーニカ・Canonicaと呼ばれる司祭館、住居があり、
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       そのお隣に、エノテカとレストラン
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       こちらが正面なのですが、
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       修復中で、脇の扉から覗けるだけで、
       扉横の聖水盤
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       ここが十字型を成す、中央部分に当り、
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       丸屋根ドームの部分と
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       左に祭壇部
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       中央部の床、かなり凸凹しているんだと・・!
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       正面側にある井戸
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       イギリス人親子らしいのが写真撮影で手間取り、
       息子と娘はさっさと立ち去った後も、まだ入念に井戸を撮るパパ。
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       ちょっとそっけないご案内ですみませんです。 
       が、この手のスタイルの建築物には余り興味の無いshinkaiは、
       見た、見た!と、ははは、宿題が済んだみたいに解放され
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       この後、既にご案内したモンティッキエッロに向ったのでした。




       もう少しすると、この教会もこんな姿を見せるのでしょうし
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       これはグランデ広場での年越しだそう。
       良いですねぇ、もう少しですねぇ、年越しも!
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       長いご案内にお付き合い頂き、有難うございました!
       お楽しみいただけました様に!!



     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-28 02:21 | ・トスカーナ Toscana | Comments(2)
2015年 11月 23日

・・・ モンテプルチャーノ再訪  トスカーナ、丘の上の町 その1 ・・・

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       先回ご紹介しましたモンティッキエッロから東に9kmほど、
       ヴァルドルチャ・オルチャの谷・Val d'Orciaと
       ヴァルディキアーナ・Valdichianaにまたがる山の上、
       海抜605mに位置する、人口14500人ほどの町
       今回はそんなモンテプルチャーノ・Montepulcianoの町のご案内です。

       以前訪問した時は町のいわば南半分しか見ておらず、
       昨年春に再訪2泊して、きつい坂道の町をゆっくり見て歩いたのですが、
       余りの写真の多さと、お天気がイマイチだったもので、
       ご案内をしそびれておりました。

       が、モンティキエッロの再訪記を載せますと、もう逃げる訳に行かず、
       ははは、はい、頑張って参りたいと思いま~す。

       が、繁栄した歴史を持つ町ですので、見所はたくさん!
       おまけにshinkaiの興味をひどくそそるお祭りもありまして、ははは、
       自分の写真と共にサイトから集めたのを合わせると、それはもう・・・!!
      
       で、2回に分ける事にし、それでも多いのです、はい、
       どうぞご容赦願い、ごゆっくりお楽しみくださいますように!

       
       上の写真は、雨上がりの翌日、まだしっとり煙る中を
       北西の方から近づき、町が見えてきた所

       狭い坂道で結構車が通っていたのですが、それでもこの眺めですから、
       何人も車を止め、車外に出て撮っておりました。



       山道を辿ってくる道だったので、やはりこうして見える町の姿は格別で
       おお、見えた!という感じ。
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       町の西端の麓にあるサン・ビアージョ・San Biagio教会
       雲にかすみながらもしっかりと。
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       午後に宿に着き、早速に探訪に出かけましたが、
       余り写真の発色が良くないのでパスし、まずは初日の夕暮れの写真を

       宿はドゥオーモのすぐ近くでしたから、町のいわば中心の
       位置にあるサン・フランチェスコ修道院の前まで行くと、
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       ここはちょうど絶好のパノラマが広がる位置で、
       下を覗く感じで、町の西側、下町を
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       暮れなずむサン・ビアージョ教会も、この位置に
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       遠くに少し鮮やかな夕暮れの西空
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       こちらは町の東側、光りが点在し、村や町の在りかを。
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       ドゥオーモの前に広がるピアッツァ・グランデ・グランデ広場の
       西側を占めるパラッツォ・コムナーレ・市役所と塔
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       この建物、そして塔に登っての眺めなどなど
       以前のご案内に載せておりますので、こちらをどうぞ。



       こちらが今回2泊したホテル・ドゥオーモ
       お値段も安く、町中で、部屋も悪くなく、駐車場も近く、
       shinkaiには上等な、ははは、宿でした。
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       さて翌日の、ドゥオーモとピアッツァ・グランデ
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       実は午前中は曇り空が続き、写真の発色が良くなく、
       午後、広場に戻って来た時に陽が射し、喜んで撮った物。
      
       17世紀の末に完成したドゥオーモですが、
       正面は装飾されずに済んでいて、それが逆に迫力でもあり・・。
       



       広場の北側を占めるのが、正面パラッツォ・カピターノ・デル・ポーポロ
       Palazzo Capitano del Popolo・行政長官の館とでも、
       そして右にちょっと見えているのがパラッツォ・ノービリ・タルージ
       Palazzo Nobili-Tarugi・ノービリ・タルージ邸、
       どちらも設計はアントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオ・Antonio da Sangallo il Vecchio
       
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       15世紀初頭から16世紀の半ばにかけ、この町は政治的にも安定し、
       文化芸術も花開き、一番の繁栄を迎えたようですが、
       と共に建築ブームとでも言うのか、町の貴族達の豪壮な館や
       ドゥオーモの建設も行われます。

       上に名の見えるノービリ家、タルージ家、同じグランデ広場の東側を
       占めるコントゥッチ邸・Contucci、ベッラルミーノ・Bellarmino、リッチ・Ricci、
       チェルヴィーニ・Cervini、ベンチ・Benciなどなど、
       今もその名の残る邸宅が町に残ります。
       
       


       2つの建物の空間にあるグリーフィとライオンの井戸・Pozzo dei Grifi e dei Leoni
       1520年作、6つの球、メディチ家をあらわす縦を持つライオン、
       この設計もダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオだそう。
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       この2頭のライオンが、ちょっと小首を傾げているみたいでしょう?
       ねっねっ、メディチ家なの、これも!とでも笑いかけているように見え、
       ははは、いつも内心クスッとなるshinkaiです。




       元カピターノ館、現在は裁判所の様ですが、      
       ここの壁がとても素敵で気に入り!
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       グランデ広場の真ん中辺りは様々な催しの為か、ぴちっとした
       赤レンガで埋め返られていたのですけど、
       周囲はこんな風に古いままの石や煉瓦敷きが残っていて、とても良い趣
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       町の地図と有名な建物などの位置をどうぞ
       南側に大きく囲んだ辺りが、ドゥオーモ、市役所、そしてタルージ館で、
       道を辿り中間辺りに飛び出した所が、サン・フランチェスコ修道院、
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       そして道を下りながら、サンタ・ルチーア教会・Santa Lucia,
       サンタゴスティーノ教会・Sant Agostino, プルチネッラの塔・Torre di Plucinella,
       一番町の北に当る位置にマルゾッコの円柱・Colonna del Marzocco.




       朝曇り空でもしつこく撮ったのでしたが、ははは、
       お日様が出たとなるとまたパノラマの眺めがどんな様子か見たく、
       サン・フランチェスコ修道院の前庭に戻りますが、

       その手前を左に折れて下ると、このグラッサ門・Porta di Grassa.
       翻る旗は、町を8分する区域の旗。
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       下まで坂道を下り、見上げる町の高さ!
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       さて、サン・フランチェスコ修道院前からのパノラマ!
       正面かなりの高さに小さな町の姿が見えますが、
       モンテフォッローニコ・Montefollonicoかな?
       サイトで見たのですが、ここも中世の面影を残す素敵な村のようで・・!
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       この写真では良く見えないのですが、モンテフォッローニコの左に
       ちょこっと高い山があり、あの左の山の上に
       カステルムーツィオの町が写っておりました。




       町の麓の畑、丘のうねり・・
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       今こうして見える豊かに広がる麦畑、葡萄畑は、如何にも自然と人間の
       叡智と努力の見事な融合とでも言うのか、素晴らしい眺めですが、
       これもかってはトキワガシや栗の森、砂地の土地、沼の多い湿地帯だったのを
       開墾し、土地改良に勤めた結果なのだそうで、

       やはりまず政治的に安定する事が大事で、この町がシエナの元から
       最後はフィレンツェと結んで発展したのも納得できます。





       さて、サン・フランチェスコ修道院から北に行く道は
       ははは、笑える程のこんな下り坂でして・・!
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       正面に見える鐘楼はよく見ると3つ重なって見えていて!
       奥がサンタニェーゼ・Sant'Agneseの鐘楼の先っちょと分ったのですが、
       その手前の横並びと真ん中のはどこのか分りませんでしたぁ・・。




       町の上の道と下の道を繋ぐ階段と、その急な傾斜!
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       サンタ・ルチーア教会・Santa Lucia 前に出て来て
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       ドッシリと重厚な古い感じにちょっと魅せられ、中も見たのですが、
       う~ん、重たいだけでしたぁ。




       広場横にあった幼稚園らしき建物の壁に見えた聖母子像
       ルーカ・デッラ・ロッビア作の愛らしさ。
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       細い古びた小路をくぐり
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       また本通りに、ははは、出て来て
       ・・それにしても見える2又の道、どちらも急な坂!!
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       その少し先に見えたプルチネッラの塔
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       「プルチネッラ」というのは、コンメディア・デッラルテに登場する、
       怠け者の癖に哲学的なお喋りをする道化役。
       これは木製の像に金属板を被せ彩色した物のようで、
       下に見える時計と連携していて、時を知らせるのだそう。

 


       そのお向かいにあるのが、サンタゴスティーノ教会・Sant'Agostino.
       オリジナルは13世紀に遡るようですが、現在残るのは15世紀に
       ミケロッツォ・Michelozzoが改装したもの。
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       ご覧のように素晴らしい扉とその上のルネッタ・半円の部分に見える
       テラコッタの浮き彫りはミケロッツォの作だそうで、
       内部にはロレンツォ・ディ・クレーディ・Lorenzo di Crediの「磔刑図」や、
       中央祭壇には木製彩色のドナテッロ作の「十字架像」もあるそう。

       う~ん、中を見たんだったっけ?
       



       ドゥオーモからずっと上の道を通ってくるとまるで店がなく、
       もう一本の下の道は店が並んでいるのですが、
       漸くにこの辺りから、観光客用のおみやげ物やさんも見かけるようになり、

       今、下から自転車で上ってきた4人組、
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       ちょうど道に固まっていた中高年団体の一人が、道を開けてぇ!
       と大きな声を上げ、漸くに通り抜けてまた坂道を。
       こんな坂道続きを、まったくようやるよ!
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       少し先にあったブチェッリ邸・Palazzo Bucelli.
       この入り口扉の両脇、大変なリサイクル活用で、早い言葉が泥棒ね、
       ははは、ローマ期の墓石らしきものもあちこちに使った基礎でして!
       モンテプルチャーノのこの高所の町は、エトルスクからの町と言われますが、
       右に見えるのにはエトルスクの彫刻が多いらしい!! やるなぁ!
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       ガイドを読みましたら、このブチェッリ家はエトルスク、ローマの
       石碑などのコレクションで有名だったらしいのですが、
       集めていたのをフィレンツェ大公などに奪われ、
       今殆どがフィレンツェに収まっている様子!
       はぁ、上には上がいるものですねぇ、ははは。




       お土産用のパスタ製品、ピーチとか、ピリ辛のトマト・ソースとか
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       土地の物産とワイン店なのですが、ここの店の地下にある
       エトルスクからのワイン蔵が無料で見物できるというので、勿論!       
       その様子は次回にご覧頂きますね。
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       ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノ・DOCG
       で名高い町ですものね、著名なエノテカもたくさんありますし、
       レストランも勿論美味しいワインが飲める事を売り物にしています。




       町の北端に近いサボナローラ広場の手前に見えた大きな建物。
       売りに出されている様子でしたが、アヴィニョネージ邸・Palazzo Avignonesi.
       16世紀に建設のルネッサンス様式の建物。
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       アヴィニョネージという姓を持つ一家だったらしい、というので、
       フランスのアヴィニョンからの家系のようですが、
       このなんとも良いライオンの顔に惹かれたshinkaiは、
       もうちょっと何かが分ると喜んだのですが・・。
       



       通りの突き当たりに広がる広場がサヴォナローラ広場で、
       蔦の絡まる歴史あるホテル・マルゾッコ・Marzoccoがあり、
       なかなか良いホテルの様子ですが、
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       右に円柱が見えますね。
       


       円柱は傍らのホテルの名にあった「マルゾッコの円柱」と呼ばれ、
       その上に鎮座するのが、このライオン君
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       1511年、シエナの元から最終的にフィレンツェの元に移った際、
       シエナのシンボルであるメス狼・ルーパから、
       フィレンツェのライオンに取り替えられたもの、と。

       次回にご紹介する大変興味深いこの町のお祭り、
       樽ころがし、とでも言うお祭りはこのライオン像のある円柱の下から
       出発するとの事。 お楽しみに!!
       



       この円柱の前から左に緩やかな坂道を下ると、
       見えてくる町の門、アル・プラート・サン・ベルナルド
       Porta al Prato San Bernardo.
       門は2重になっていて、
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       門の外はこんな様子。 内側の門の脇に、中の様子が見れます、
       という張り紙はあったものの、鍵がかかり、誰も居らず・・!
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       門の外側、そして谷の下には大駐車場が広がり、
       町の北側からの眺めはこんな様子
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       ああ、上から重なって見えた鐘楼の先と、アーケード式の鐘楼も
       見えるのになぁ、むむ、町の教会の名を手がかりに虱潰しに・・?!


       という所で、今回はお終いに。
       次回には、町の下の通りと、お祭りなどのご紹介を
       お楽しみに!



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by italiashiho2 | 2015-11-23 02:39 | ・トスカーナ Toscana | Comments(19)