イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

italiashio.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:・トスカーナ Toscana( 70 )


2017年 04月 14日

   ・・・ サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo (追記)・・・

d0097427_22410545.jpg
       トスカーナはオルチャの谷の西の山の上にあるモンタルチーノの町。
       そこから南に9kmほどにあるサンタンティモ修道院

       9年前に訪問した時は修復の最中で、入り口脇、そしてとりわけ後陣部分が
       覆われていて見ることが出来なかったのですが、
       3年前の春に再訪した時は修復後で、じっくりと見ることが出来ました。

       今回はたくさん撮っていた写真を漸くに整理しましたので、
       そのせいもあってか、へへ、写真が多いですが、どうぞ細部をご覧下さいね。

       
       トップはモンタルチーノの町から朝早く出かけ、遠くの道から修道院が見えてきた所




       隣接するカステルヌオーヴォ・デッラバーテ・Castelnuovo dell'Abateの村
d0097427_01310191.jpg
       この村もサイトで見てなかなか良い趣の村で、見たいと思い寄ったのですが、
       村の下には駐車場があったものの、うっかり車で入り込み、何せ村の中も坂道で・・、
       全然駐車できる隙間がなく! 漸くにターンして村の下に戻り駐車。
       そしてそのまま修道院の方に歩いたもので、そして戻りには忘れており、へへへ、 
       通り過ぎただけ!という・・、に過ぎましたぁ。





       地図をどうぞ
       モンタルチーノ・Montalcinoの町から南に9kmほどで、
d0097427_22412203.jpg
       以前調べたときはカステルヌオーヴォ・デッラバーテまでバスの便があるように
       見つけたのでしたが、今回はまるで時刻表が見つからず!!
       行ったご覧になりたい方、どうぞ改めてお調べ願います!

       オルチャの谷の町ご案内、サン・クイリコ・ドルチャ・San Quirico d'Orcia
       ピエンツァ・Pienza





       駐車場から舗装された道が遠回りに修道院を見る位置についており、
       徐々に近づく様子を眺め楽しみながら、歩きます
d0097427_22413321.jpg
       この道は以前は舗装されていなかったですし、道脇に駐車スペースが並んでいるので、
       多分観光客がかなり多いのではないかと・・!

       創設の由来、歴史の中の変遷などの詳細もどうぞ





       shinkaiが行ったのは5月7日、朝の8時半頃ですから、まだ一人も見かけず、
       ただまだうす曇りの空で、それが少し残念でしたが、

       脇を通って、入り口前に来た所
d0097427_22414115.jpg



       
       入口上部と、上部の2つ窓にはすでに鳩のカップル! 
d0097427_22414809.jpg
d0097427_22415775.jpg




       入口向かって左脇、円柱状の動物。 先回は覆いが被って良く見えずでした。
       犬ではないと思うのですが、何の動物でしょうか?
d0097427_22420609.jpg
       そしてまた今回も、向かって右脇の円柱上も見ていないのです!! あほ!
       サイトで見つけた写真には鳥のようなものが見えており・・。





       入口のごつい石組の張り出し部
d0097427_22421357.jpg




       扉上、まぐさ石の彫り模様と、
d0097427_22422182.jpg




       右側の飾り
d0097427_22422876.jpg




       脇にこんな表示がおいてあり、
         教会は終日開いています
         教会すべての訪問は下の時間帯に、と。
d0097427_22423642.jpg




       となると、内部は写真禁止だし、祈りを捧げるわけでもないので・・、と
       ついつい大人しいshinkaiは入るのを躊躇い、表からこの1枚のみ!       
d0097427_22424398.jpg




       という事で、内部の写真はサイトで見つけたものを何枚かを。
       光の入りようが大変美しい内部ですので、まず白黒写真2枚を
d0097427_22425098.jpg
d0097427_22425747.jpg




       側廊上部はかっての婦人参拝客用で、matroneo・マトゥロネーオと言いますが、
       そこからの内陣、後陣部分。
d0097427_22430349.jpg
       最初に建設されたのは8世紀頃とみられますが、12世紀に繁栄期を迎え、
       以前の小さな教会の周囲に一回り大きな教会が造られ
       その差が、珍しい内陣をめぐる通路に利用されているのも良く分かります。

     ◆ 追記を ◆

       上記した「以前の小さな教会の周囲に・・」という言葉ですが、
       捕捉しますと、第1期には最初の礼拝堂、現在の祭壇部分にあったとみられ、
       第2期 現在の教会の外側にある、見える、古い後陣部分のカロリンガの教会9世期+最初の礼拝堂
       第3期 1,000年頃に建設されたと思われる現在よりも一回り小さく短い教会+カロリンガの教会+鐘楼
       第4期 現在の大きさ

       という変遷があったとみられ、私は第2期と第3期の違いを書いておりませんでしたが、

       のす爺ぃ様よりコメントを頂き、再読し、自分でもいささか混同していた事に気が付き、
       ここに追記いたします。





       内陣、木製の十字架上のキリスト像のお顔
d0097427_22431248.jpg




       素晴らしい円柱上の柱頭飾り。 
       これはライオンに囲まれる預言者ダニエル。
d0097427_22432040.jpg




       他の柱頭飾り
d0097427_22432915.jpg




       クリプタ・地下礼拝堂の様子
d0097427_22433736.jpg




       灯の灯った祭壇部。 
       斜めに射し込む光も美しいですが、灯の灯った様子もさぞ・・!
d0097427_22434572.jpg

       脇廊上部のマトゥロネーオからの写真といい、サイトではかなり内部の写真が見つかったので、
       確か写真禁止だったはず、と www.abbazia.com を見ましたら、
       写真は撮れるけれども、ミサの時はノー、とありました。 ん、もう!

       入口右脇の円柱上もですが、マトゥロネーオからの様子は見たいもの!!です。
       カステルヌオーヴォ・デッラバーテの村も見残しだし・・、
       またのチャンスがありますように!
    




       中庭を挟んで見える奥の建物、修道僧たちの居住区と
d0097427_22435305.jpg
       中庭の整理もされ、花も咲いていますが、
       以前はなかった柵が教会の横に出来ており、入れません!





       教会から続く建物部分。 多分ここは教会建て増し以前からのもので、
       石も様々な色、形であるのが良く分かります。
d0097427_22440202.jpg




       北の脇壁の様子
       多分古い教会建設の石が側廊上部に使われたのではないかと。
d0097427_22440944.jpg
       
       この修道院の建設に使われている石は、近くのカステルヌオーヴォ・デッラバーテからの
       石で、これは石灰華の層にアラバスター・雪花石膏の層が石目、縞目に入る石
       なんだそうで、艶があり、周囲の色や季節によりその色が反映し、変化するのだそう。
       確かに、アップで撮っている写真で見ると、半透明感の像などもあり、

       光の強い夏の写真や、朝の曇った光により、
       ずいぶんと色が違って写っている理由も納得したことでした。





       入口側から北脇に回ってすぐの壁で、左上のはローマ期のもののリサイクル!
       コルヌコピア・豊穣の角笛を抱えたもので、近くのローマ期のヴィッラのものだろうと。
d0097427_22441890.jpg




       内庭に面した教会脇扉には、素晴らしいロンゴバルドの彫りの施された扉飾りが
       あるようなのですが、今回も見られずで、

       こちら側のは片面の柱と、扉上部の飾りのみ。
d0097427_22442564.jpg




       右側の下部分
d0097427_22443477.jpg




       上部、まぐさ石の装飾。 右端に、飾りをかぷっと咥える動物がいて・・!
d0097427_22444344.jpg




       鐘楼。 かって鐘楼は教会と離れていたというのですが、
       増設され、現在は教会本体に食い込んだ形に。
d0097427_22445257.jpg




       鐘楼と教会の壁の角にいる動物、牛かな?
d0097427_22450539.jpg




       1階部分は窓なし、2階と3階には窓が一つ、が3階の方が大きく
       そして4階の窓は2つ窓。 これは重量を減らす意味もあったそう。
d0097427_22451372.jpg




       鐘楼のアーチ部から見つめる動物
d0097427_22452296.jpg




       鐘楼の角から後陣部に
d0097427_22453053.jpg
       
       
       鐘楼の東向きの壁には碑がはめ込まれているのでご注目を。




       上部には、この稚拙な聖母子像と天使、左側には動物が上下に2頭
d0097427_22453849.jpg




       左には翼と角を持った動物、しっぽの先が2つに分かれ・・!
       右の壁に見えるのは、頭が欠けたライオン像。
d0097427_22454773.jpg
       




       鐘楼と後陣の境にいるライオン像と。 頭部が欠け残念ですが、
       見事なたてがみを持ち、ごつい手!!
d0097427_22455686.jpg




       後陣の外に張り出す礼拝堂部分。 内部には祭壇がある小礼拝堂は
       後陣から3つ張り出し、屋根の下の庇支えの動物と柄がそれぞれ見事!
       
       最初の張り出し部の右から左へ
d0097427_22460615.jpg
d0097427_22461453.jpg




       後陣の窓、隙間に咲く花。 サルビア種かな?
d0097427_22462479.jpg
       と書いていましたら、友人からメールを頂き、
       金魚草か、あるいはペチュニアではないのかとの事で、
       う~ん、そういえば金魚草かなぁ?

       どなたかご存知の方、お教えくださ~い!





       後ろから見る姿、鐘楼と内陣の高い部分と後陣
       そして左に、古い教会の名残部分
d0097427_22463393.jpg




       ここは以前まるで見られなかった古い時代の教会部分ですが、
       ここにも礼拝堂の張り出しがあった様子で、
       古い石組がなんとも良い趣!
d0097427_22464874.jpg
d0097427_22465524.jpg
       庇の下にも、稚拙ながら何かの柄があったのが見て取れますね。

     ◆ 追記 ◆

       この小さな古い後陣部分が9世紀頃のカロリンガ期の教会部分
       ある事を追記いたします。
    
       つまり最初の原始的な礼拝堂(含むクリプタ)よりも少し離れて造られ、
       後の11世紀、12世紀の拡張においても残った部分。





       これは後陣の真ん中と左の、礼拝堂の張り出し部分の庇の下の柄
d0097427_22470304.jpg
d0097427_22471153.jpg
d0097427_22472069.jpg
       この長~い舌を出したあっかんべーが2か所にあり、これが大好き!!
       動物がいると、いかにも中世!という趣になり、
       それがまた怪奇な動物であるほど、痺れます、ははは。





       後陣上部の窓。 ここから、あのなんとも印象的な光が入るのですね。
d0097427_22472940.jpg




       南側からの眺めと
d0097427_22473707.jpg




       鐘楼上部に見えた、鐘2つ!
       これを見るまでは、鐘楼には鐘がないのかと思っておりましたが、あったぁ~!
       これも、アーケード式鐘楼というのでしょうか?
d0097427_22474711.jpg




       東にかけて広がる眺め。 上の写真の右中に見える道を辿って来たのでした。
d0097427_22475635.jpg
d0097427_22480383.jpg




       赤いヒナゲシもいくつか咲いていたのですが、金網があって。
d0097427_22481287.jpg




       突如と響く大型バイクの爆音! 
       こういうのはまるでこの場所に似合わないと思うのですが、
       しばらく後、立ち去って行きました、やれやれ。
d0097427_22482040.jpg




       道脇の花を眺めながら
d0097427_22482812.jpg
d0097427_22483593.jpg




       漸くに射してきた陽に映える修道院を眺めながら、shinkaiは戻ります。       
d0097427_22484371.jpg



     *****

       あれこれモンタルチーノからのバス便を調べましたが、やはり見つかりません。

       ですが、シエナからの半日ツァー、モンタルチーノの町とサンタンティモ修道院訪問
       ワインの試飲込みで38エウロ というのが見つかりました。
       イタリア語のみのサイトですが、お試しになりたい方こちらから。
       


       と、今まで修道院に住み祈りの生活と共に管理人でもあったフランス人修道僧たちが
       36年間の共同生活体の後、南フランスはアヴィニョンの近くの修道院に戻る、
       という2015年のニュースを、バス便を探していて見つけました。

       詳しくは原因が出てきませんが、どうやらイタリアの文化財保護管理事務所との関係、
       フランス側の母体派の問題もあるようで、2015年11月に立ち去り・・

       というのでその後の経過を探しましたら、

       その後はモンテ・オリヴェート・マッジョーレのベネデッティーノ派修道院
       引き継ぐ事になり、2016年の1月から2人の僧侶が移殖することになったと。

       我ら凡人から見ると、平穏な祈りの生活に明け暮れているように思われる
       修道院生活、僧侶たちの日常ですが、
       今回はこんなニュースを見つけフ~ムと思い、
       まぁ、後継ぎが見つかって良かった、と思った事でした。

       という事で、これから行かれても大丈夫、
       サンタンティモ修道院は、12世紀間の歴史を紡ぎ続けている事でしょう




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、花のカステルッチョ 途中経過と、 スコミーゴ村の花 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    




     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         


          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       
   


       


by italiashiho2 | 2017-04-14 23:31 | ・トスカーナ Toscana | Comments(24)
2017年 01月 20日

   ・・・ 春5月 シエナのクレーターの道を行く ・・・ (旅行 お出かけ)

第一回プラチナブロガーコンテスト

       イタリアは夏と秋に地震が起こり、大きな災害が続いたのでしたが、
       同じ中部のアブルッツォ州を震源とする地震が、この18日に起こりました。
       ほぼ同じ一帯を覆う地震で、マグニチュード5クラスの揺れ、
       建物崩壊の下になった老人の死亡報道がありました。

       南イタリア一帯はおまけに先日来からの大寒波、そして大雪と大変な様ですが、
       これ以上の災害が起こらぬよう
       そして、暖かい春の来るのを待ち望んでいる今日この頃です。


     *****

       3回ヴェローナのご案内が続きましたので、今回は少し離れたトスカーナに、
       春5月の緑のトスカーナをご覧頂きますね。
d0097427_16020935.jpg

       3年前の春に出かけたトスカーナのオルチャの谷一帯からの戻り道、
       ピエンツァから北に13k程にあるモンティージ・Montisiの町に再度寄り、
       そこから北上しアシャーノ・Ascianoを目指しました。

       というのも、アシャーノからシエナに向かうのに、普通は国道438号を通るのですが、       
       暫く前に見つけた、13kmほどのシエナのクレーターの地道を通ってみたかったのですね。


       トップの写真は、まだアシャーノに着く前の平野の向こうに見えるこの城、
       ガッリコの城・Castelo di Gallico といい、
        



       他にも、こんな如何にも荘園風、城館風という建物も見かけ
d0097427_16022042.jpg



       こちらもなかなか良い感じの農家でしょう?
d0097427_16022839.jpg



       大きな小さな起伏の丘を行く、これは何をしているのか、後ろに箱型の漏斗風を付け、
       種まきするには時期が遅いと思うのですが、
       起伏に左右上下ガタガタと翻弄されながら、ゆっくり進んで行きます。
d0097427_16023698.jpg



       この年の春は、春先の雨が多すぎ、暖かくなるのが遅く、
       土地によっては小麦の育つ緑色がまだまだ少ない所もあったのですが、

       この辺りは綺麗に緑色が広がり、小池も見えます
d0097427_16024381.jpg

       当時はまだ写真をRAWで撮っておりませんで、緑の発色が良くなく、
       今回大急ぎで整理したものの、少し靄が出ていた日でもあり、なかなか・・。
       という言い訳でご容赦願います!




       大体この辺りでアシャーノの町横を過ぎ、町外れから狙っていた道に入り込み・・、
       という事で、どの道を通ったのか、地図をどうぞ
d0097427_16025067.jpg
       赤い点々を打った道がそれで、地元の人々が通る道、また途中に何軒か
       アグリトゥリズモをしている農家もあるので、それへの連絡道という感じですが、
       一般には左側に白く見える道SS438を通ります。

       なぜこの道を通ってみたかったかと言いますと、
       サイトで見つけた何枚かの素晴らしい写真に魅せられたからで、
       自分が行ける距離で、自分が通れる道なら、一度見たい!と思ったのでした。

       こちらにそれらの写真を少し纏めています。
       う~ん、これらの写真を見ると、彼らは如何に時間帯も狙っているかが良く分かりますし、
       時に写真ソフトで色を大幅に弄っているのも、ね。




       トスカーナの丘の不思議な眺めの一つが、こんな風に同じ丘の続きでありながら、
       多分植えてある植物、この場合は小麦ですが、
       こんな風に色違いの帯になること!
       多分厳密に言うと、味にも差ができるのではないかと・・。
d0097427_16025700.jpg
       


       丘を流れ下る水路により、と思いますが、木々の育つ場所もあり、
       生育が良い所、少しはげちょろけの所、色々様々!
d0097427_16030596.jpg



       アシャーノ一帯は、シエナのクレーターと呼ばれる侵食地が顔を出しているので
       有名な土地なのですが、ここにもかなりの広さで。
d0097427_16031560.jpg

       アシャーノ近くの大クレーターの脇の小さな村キュズーレ



       そして丘の向こうに、かなりの町並みが見えます。
d0097427_16032345.jpg



       丘の起伏の波打ち、そして、薄いピンクの花が。
d0097427_16033236.jpg



       アグリトゥリズモの看板が道端にでていましたが、農家の姿はまるで見えず、
       かなり離れた奥にあるのでしょうね。
d0097427_16034136.jpg



       この凸凹の丘!
d0097427_16035019.jpg



       種まきのトラクラーが通った跡が縱橫に残り・・!
d0097427_16035843.jpg



       黄色い花が咲き誇っている谷もあり
d0097427_16040738.jpg



       鉄道線が谷を渡るのも見えましたが、
       現在この線は季節の特別列車が走るのみの様子。
d0097427_16041501.jpg



       これを撮った時の様子はよぉく覚えています!!
       というのも、砂利道でおまけにズルズルっと行く傾斜がひどく、
       とても車を止めて外に出る勇気がなく、ははは、これは車の中から!
d0097427_16042360.jpg



       少し外れるとこんな様子で、前方の丘の上に家が1軒!
d0097427_16043189.jpg



       ですが眺めが開けるまでに、こんな廃屋の農家の横も通り
d0097427_16044894.jpg



       色違い、生育違いの丘の起伏も眺め
d0097427_16045657.jpg



       先程の丘の農家。 横並びの丘の上にもまた別の農家
d0097427_16050509.jpg



       丘の上の農家の写真は、サイトですでに親しんでおり
       ああ、これだったんだぁ!と。
d0097427_16051218.jpg
       ここはモンテ・サンテ・マリーエ・Monte Sante Marieの辺りですが、
       なにせ村の標識が見えたのが、ここだけだったもので・・!




       鉄道線の上を越え
d0097427_16052241.jpg



       ひ弱な育ち具合の畑の色!
d0097427_16053017.jpg



       ね、同じ谷なのに、緑の色がみんな違うでしょう?!
d0097427_16053788.jpg
d0097427_16054582.jpg



       道を進み、グルっと回って再び見えた先程の農家の丘の続き
d0097427_16055246.jpg



       坂道を上っていくと、こんな所に止まっている先客。
       上の写真の眺めを見つめて休んでいる中年カップルがいて、ほら、足が見えるでしょう?
d0097427_16060012.jpg
       眺めが良いのでshinkaiも車を止め、何枚か撮りましたが、
       トヨタ車ですが、どこから来たのかな、イタリアの車ではありませんでした。
       それにしても、車全体が土埃にまみれており・・!




       雄大な眺め、雲が遊び、どこまでも広がり・・!
       こんな風景を見つめていると、本当に我を忘れます!!
d0097427_16060853.jpg
d0097427_16061697.jpg



       少し先に小さな池
d0097427_16062568.jpg



       遠くで犬の吠える声を聞き、どこにいるんやぁ?と望遠でやっと見つけたワン君!!
       警戒警報よりも、他人を見たのが嬉しかったのかも、ははは。
d0097427_16063471.jpg



       遥かに羊の群れを見つけ
d0097427_16064175.jpg
d0097427_16064954.jpg



       谷の下にも群れがいて
d0097427_16065770.jpg



       さっき見えた羊の群れの所まで辿り着くと、池があり
d0097427_16070560.jpg



       アザミの種かな、の花が咲き、
       右の茎に、誰かが卵を産み付けたのか、泡が見えます。
d0097427_16071544.jpg



       池で羊が順に水を飲んでいるのですが
       水草が物凄く繁殖しており、飲めるのかな、飲んでも大丈夫なのかな・・、
       そして、食用蛙の大きな濁声の鳴き声が周囲に響き渡り!
d0097427_16072462.jpg



       雲が動いて行きます
d0097427_16073294.jpg
d0097427_16074050.jpg



       暫く走り、再度大きく開けた平野に出て、こちらは右側で、
d0097427_16074982.jpg



       左側には鉄道線が見え、
d0097427_16075883.jpg

       この後、次第に集落に近づき、アシャーノから辿ってきた「白い砂利道」は
       トッレ・ア・カステッロ・Torre a Castelloでお終いに

       砂利道で高低差もありましたが、心配していた程の悪路でもなく、
       オルチャの谷の雄大さとはまた別の趣の風景が楽しめました。

       次回また通るチャンスがあったら、通る季節と時間を大いに考えて
       と思っています、 へへへ、喉元過ぎれば熱さ忘れる・・! 



     *****

      ◆ 個展のお知らせ ◆

        広島にお住いの田谷行平先生が、この21日から29日まで
        並木通りの「ギャラリーたむら」で、個展を開催されます
d0097427_16080449.jpg
d0097427_16081240.jpg
d0097427_16082082.jpg

        どうぞお出かけご高覧頂けますよう、ご案内申し上げます




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、夏の葡萄畑 途中経過と、 スコミーゴ村周辺の冬景色 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!


         

       

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       
       

 



by italiashiho2 | 2017-01-20 22:37 | ・トスカーナ Toscana | Comments(10)
2016年 10月 11日

   ・・・ エトルスク博物館 ヴォルテッラ ・・・

d0097427_03494630.jpg
       ヴォルテッラの有名な見所をあれこれご覧頂いて来ましたが、
       今回が最終回、この町の名を世界に広めている
       エトルスク博物館・Museo Etrusco Guarnacciのご案内を。
      
       博物館名の最後にあるGuarunacci・グアルナッチというのは、
       この博物館収蔵品の大きな、そして主要な部分を占める作品を
       寄贈したマーリオ・グアルナッチ氏(1701-1785)の名が冠されたもの。

       18世紀後半にこの博物館が出来たのですが、それまでは町の
       貴人著名人達の個人コレクションとして分散していたのだそう。
       1776年地下墳墓からたくさんの発掘があった際に市に寄贈され、
       それがこの博物館発足のきっかけになったと。
       
       とにかく物凄い数と質の高い収蔵品でして、
       到底すべてをご覧頂けず、ご説明もままなりませんが、
       shinkaiの目で見た好きな物、良いと思ったもの優先で、はは、
       あまり学術的では無いご案内ですが、ごゆっくりどうぞ。

       上の写真は、町の中心からヴィア・マッテオッティ・Via Matteotti
       を、そして右にヴィア・グラムシ・Via Gramusciを南に。
       左からの道が合流する位置のヴェンティ・セッテンブレ広場・
       Piazza XXSettembre.
       
       この辺りレストランもたくさんあり、




       目指す博物館は、そこからのドン・ミンツォーニ通り・Via Don Minzoni
       を少し先に行った所。
       町の地図は既に2度ほど載せておりますので、そちらで。
d0097427_03503079.jpg



       エトルスコ・Etruscoと言っておりますが、これはエトルリア人、国、
       形容詞にあたり、エトルリア文明・文化と同じ事で、  
       イタリアで馴染みの言葉ですので、これを使わせてもらいますね。

       エトルスコ文化が栄えたのは紀元前8世紀から1世紀ごろと言われ、
       とりわけイタリア中部に広がり、独特の言語文化を持ちますが、
       紀元前4世紀頃からローマ人が勢力を持つようになると、
       徐々に併合、吸収されていった民族です。

       この博物館の38室には、それぞれの時代、部門にわたる展示が
       ありますが、
       ここでは大まかに区切り纏め、ご覧頂くことに。
       専門家の皆様、ごめんなさい!

       まずは石棺類ですが、素晴らしい彫りのものを。

       船の到着を迎える女性の楽人たち、戦闘場面、狩猟かな、
d0097427_03512204.jpg
d0097427_03520456.jpg
d0097427_03522395.jpg



       これは上下が別々の物を一緒に展示しているらしい石棺
d0097427_03524327.jpg



       こちらはテラコッタのお棺
d0097427_03531180.jpg
       ご覧になって分かるよう、大きな石棺と、このテラコッタ製の
       小さなのがありますが、小さいのには火葬しての遺骨を入れたものと。
       エトルリア人達の間ではかなり火葬が多かった様子で、
       棺の上に横たわるのは、生前の人々の在りし日の姿を偲ぶ物。

       そして棺の他に骨壷や、小さな家の形をしたものとか、
       様々な埋葬の品があります。




       上の様に一人で横たわるのも多いのですが、ご夫婦で、というのもあり、
       この博物館の目玉の一つが、テラコッタ製のこれ!
d0097427_04351530.jpg
       棺の蓋部のお2人のみが残っていて、紀元前1世紀頃の作、
       大きさを探しましたが見つからず、
       見た記憶からだと、長さが1m位だったかな・・。
       


       仲良く寝椅子に寄り添い、妻の方はじっと夫の顔を見つめているのですがぁ・・、
d0097427_04355271.jpg

       こうして見ると、妻の凝視がちょっときつく見え、ははは、
       大阪弁で「アンさん、若い女を作ったら承知しまへんでぇ」とでも・・、
       ははは、失礼。

       所で夫の左手に持っているのは何かと思いましたら、
       これは角笛なんだそう!
       動物の強い力を借り、黄泉の世界に旅立つ為の魔よけなんだそうで、
       必ず男性の左手に持たれていると。




       背後から見るとこんな形
d0097427_04371532.jpg
       妻の頭に見える穴は、テラコッタを変形させる事なく焼く為に、
       中の厚みを調整しているのですが、それを掻き出すための穴と。

       夫が右手にも何か持っているのですが、これは何も指摘が無く、
       花の様にも見えませんか? とすると、可愛い夫ですねぇ!!




       所でちょっと脱線ですが、

       「夫婦像の寝棺」として有名なのが、ローマのヴィッラ・ジューリア博物館
       にある、同じくエトルスクのテラコッタのこれ!
d0097427_04372861.jpg
       これはラツィオ州の北の海辺に近いチェルベーテリ・Cerveteriで、
       19世紀に発掘された物で、高さは1,14m 長さは1,9m、

       アルカイック・スマイルと呼ばれる謎に満ちた微笑を浮かべ、
       あの世でもずっと一緒に寄り添う事を確信した笑みなんだそう。
       なんともエレガントな作品で、紀元前6世紀の作というのには驚くばかり!!




       背後からの姿、この髪型も良いですねぇ!
d0097427_04375368.jpg



       そして、この女性の手の優雅な事!!
d0097427_04382695.jpg



       足先ですが、夫は裸足で、妻は靴を履いていて、
       妻の靴の裏底の形が綺麗に揃っているでしょう?
       当時のテラコッタ職人の技術の高さと
       その美的センスの良さにも大いに驚かされた事でした。
d0097427_04390926.jpg
       ローマの街自体も殆ど知りませんが、
       この博物館はまだ行った事がなく、チャンスを待つ事に!




       さて、ヴォルテッラのエトルスコ博物館に戻りまして、

       今回あれこれ見ていて石棺の中にも、ご当地名産のアラバスター
       石膏雪花の石で造られたものと、他の石で造られたものとが
       あるのに気がつき見え、そうなんだ!と一人で納得のshinkai。
       
       この豊満美女はアラバスターの石の中で、今も微笑み続け・・
d0097427_04420420.jpg
       ですがね、これは美女ですし、周囲が緑色の枠内なので載せましたが、
       黒枠の中に、顔にだけライトが当っているのもあり、
       パッと見た時、ぎゃぉぇ~!と叫びそうな位で、本当に怖かった!!

       胸部が黒枠の向こうにあり、顔にだけライトが当っているのですよ、
       それも下からね、ご想像下さい!!
       ずっと昔に訪問した時に比べ、大変整備された今回の再訪だったですが、
       誰が設置方法を考えたのか、誠に良いご趣味で、はぁ・・。




       こちらは副葬品の、なんとも薄い金の花びらかな、の王冠
       お金持ちにしても、大変な愛情のこもった美しい高価な物ですねぇ!
d0097427_04423353.jpg



       金のイヤリング。  素敵ぃ!
d0097427_04434964.jpg



       博物館の床に移された、床モザイク。  
       渋い色合いの幾何学模様、素敵でしょう?!
d0097427_04441667.jpg
d0097427_04445533.jpg



       ギリシャの影響が大きく感じられる壷絵
d0097427_04473993.jpg
d0097427_04490114.jpg
d0097427_04511395.jpg



       そして、取っ手のついた大皿。 シックですねぇ。
d0097427_04520733.jpg
d0097427_04525972.jpg



       これは当博物館蔵ではなく、フィレンツェの考古学博物館所蔵ですが、
       発掘はヴォルテッラ、とあるので、ついでにご覧を。
d0097427_04532941.jpg
       多分、ワイン入れでしょうね。
       それにしても、形と文様の見事さ! 
       こんなのを実用していたのですね、エトルリアの民は!




       そして当博物館の一番有名な所蔵品と言っても良いか、
       「夕暮れの影・オンブラ・デッラ・セーラ」と名づけられた男性像。
d0097427_04540067.jpg
       フィレンツェの骨董市で1737年頃まで売られていたのを、
       紛れも無くヴォルテッラからの出土と、当博物館創設の
       グワルナッチ氏が1750年に買い取ったものだそう。

       ブロンズ製、高さは57cm、頭の高さは3,2cm、直径2cm、
       首の長さ1,5cm、肩から性器まで22cm、そこから足まで30,3cm、
       重さは1322グラム。




       紀元前3世紀始めの作と見られるそうですが、
       こうして見ると、髪もきちんとセットされているのが分かります。
d0097427_04545512.jpg

       この小像に「夕暮れの影」とロマンティックな名を与えたのは、
       ガブリエーレ・ダヌンツィオ・Gabriele D'Annunzio(1863-1938)
       詩人、作家、政治家、愛国者と幾つもの顔を持つ人。


       shinkaiはイタリアに来て後、彼の写真を見て
       即いかれたミーハーですが、ははは、
       彼はまたヴォルテッラを舞台にした映画「熊座の淡き星影」の
       原作者でもあり、他に良く知られているのは、やはり映画「イノセンス」で、
       どちらも監督はルキーノ・ヴィスコンティ・Luchino Visconti.
      

       彼の最後の住居、ヴィットリアーレについては
       

       フィレンツェのヴィッラ
       

       愛人だったエレオノーラ・ドゥーゼの博物館展示にも彼
       




       昔初めて博物館でこの小像を見た時のshinkaiの第一印象は、
       わっ、ジャコメッティだ!! と思ったのでしたが、

       アルベルト・ジャコメッティ・Alberto Giacometti(1901-1966)は
       スイスの彫刻家、画家で、このヴォルテッラの小像から
       強いインスピレーションを受けたであろう事が
       彼の作品をご覧頂くとすぐ分かります、これです。
d0097427_04555097.jpg
d0097427_04570124.jpg

       下の写真は、1955年のアンリ・カルティエ・ブレッソンが撮った物と。




       という様子で、上の細長い小像はやはりちょっと特殊で、
       小さなブロンズ製の人物像や動物達の作品がたくさんあります。
d0097427_04580187.jpg
d0097427_04585608.jpg
d0097427_05000054.jpg



       ギリシャの影響を強く感じる頭部像
       美しいですねぇ!
d0097427_05003087.jpg



       ガラス製品。 
       練りこみガラスと言うのか、大変美しいもの!
d0097427_05012454.jpg
  



       小さな実用品の美しさ、楽しさ!
d0097427_05021125.jpg



       こちらは骨壷
d0097427_05030371.jpg

       ヴェネトの本土側、ちょうどヴェネツィアはトルチェッロ島の
       北に当りますが、アルティーノ・Altinoという村に
       国立の考古学博物館があり、ずっと昔に偶然寄って見た事があります。

       いまだヴェネツィアの歴史も、アクイレイアの遺跡の凄さも良く知らずでしたが、
       それでもその収蔵品の内容の凄さに驚いた記憶があります。
       少しだけ記述しておりますが、
       収蔵品のひとつに美しい青いガラスの骨壷がありました。
       こちらでどうぞ。
               
       アルティーノもその後の発掘が進んでいる様子ですので、
       来年にでも再訪問してみたいと思っています。




       これは灯火器と。
d0097427_05034058.jpg



       闘士の兜と頬宛。 兜には細かい浮き彫り。
d0097427_05041205.jpg



       日常用品の鍋釜類
d0097427_05052227.jpg



       これらは家具に取り付ける物でしょうか?
d0097427_05061534.jpg
       なにせ夥しい数の展示で、ここでは2枚のみに。




       美しいオレンジ色の指輪、メノウでしょうか?
d0097427_05065730.jpg



       金のブローチと、下は何でしょう?
d0097427_05073615.jpg



       真ん中はイヤリングで、右はピンの付いたブローチかな?
       緑色は何でしょう、ガラスかな?
       金の細工も細やかで、技術の高さが偲ばれます。
d0097427_05081754.jpg



       ざっとのご案内になりましたが、それでもたくさんの品々
       お疲れでしたしょう、 お付き合い有難うございました!!

       ヴォルテッラのご案内
       最後は近くの広場からの谷の眺めをどうぞ!
       城壁に囲まれているのも見えます。
d0097427_05090217.jpg
d0097427_05115674.jpg


       トスカーナのフィレンツェ、またはピサ方面に行かれた時は、
       是非ヴォルテッラまで足を延ばして下さいね
       周囲の風景も他とは違い、荒々しく雄大で
       エトルスクの息吹が今も残る、素晴らしい博物館も是非どうぞ!!
       


       
     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、アッシジ 途中経過と、 オリアーノ村の空と雲 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       




by italiashiho2 | 2016-10-11 00:03 | ・トスカーナ Toscana | Comments(2)
2016年 10月 01日

   ・・・ ヴォルテッラの中心ちょっぴり と プリオーリ宮 ・・・


d0097427_02335779.jpg
       さて漸くに写真の整理を済ませまして、へへ、2年越し、
       今日のご案内はヴォルテッラの町の中心のプリオーリ広場
       Piazza dei Prioriの様子と、
       広場に面して立つ13世紀のプリオーリ宮・Palazzo dei Priori
       現市役所の内部見物を。

       上の写真はプリオーリ広場の東側と南側
       東の建物にある塔の名はちょっと面白いので、ご留意を。

       こうして眺めると表面は古い建物の面影を残しているのですが、
       外側にはたくさん雑草も生えていて、ははは、
       内部は近代になって住居に改装されたり、たくさんの事務所が
       入ったりしている様子で、ちょっと調べても建物の名前も出ません!

       プリオーリ広場一帯の詳しいサイトを見つけましたが、
       建物の歴史や名前と共に、町の歴史に関わる一族や人物の名がずらずらで、
       ここでは必要最小限にとどめ、他はパスにしますね。




       東側の大きな建物と、その装飾
       内部はあれこれ公共の事務所に使われたり住居の様子ですが、
       こういう外はそのまま、というのも古い建物保存には素敵ですよね?!
d0097427_02341260.jpg
d0097427_02343046.jpg



       広場の西を占めるプリオーリ宮、現市役所
       1208年に建設が始まり、13世紀中頃に完成したもので、
       リッカルド・ダ・コモ・Riccardo da Comoの作と。
d0097427_02363789.jpg
       こうして見ると、フィレンツェのヴェッキオ宮に似ていると思われません?
       ですが逆に、ヴェッキオ宮がこれをモデルにしたと言われ、
       確かにヴェッキオ宮が建設され始めたのは1299年、
       完成は1314年とヴォルテッラのよりも遅く、
       トスカーナ全体で、政庁としての建設物では一番古いのだそう
       
       13世紀にはこのプリオーリ宮のみならず、町にたくさんの家々、
       塔を持つ家や貴族の要塞風の住まいも作られた様子で、
       町の経済の発展もあったのと同時に、
       13~14世紀にかけてはこの町も他と同様、皇帝派(ギベッリーニ)と
       教皇派(グエルフィ)との抗争も激しかったと。     

       そして1472年、ヴォルテッラが自由都市からフィレンツェに下り
       このプリオーリ宮も大きな改修がされたのだそうで、
       どうやら手前にロッジャ、集会所があったのも打ち壊され、
       右側にあった2つの入口も潰されたのだそう。

       上に見える塔は最初は木製だったそうですが、15世紀に今の形に、
       そして建物上階のレース飾りも同時に。

       右に切れてチラッと見える白黒の縞模様は、
       この背後にある聖堂への入り口がここにあります。




       正面の壁にたくさん架かる碑、紋章は、町の行政長官の物
d0097427_02365716.jpg
d0097427_02372564.jpg
       プリオーリ宮と呼んでいますが、プリオーリとは行政長官たちの事で、
       建物のまたの名は、カピターノ・デル・ポーポロ宮・Capitano del Popolo・
       民衆の長官といい、やはりフィレンツェから派遣された行政長官を指します。




       建物の左右に位置するライオン像、右側は古く、左は新しいですね。
       が、いずれもライオンはフィレンツェ領有のシンボル。
d0097427_02373802.jpg
d0097427_02404731.jpg
     


       広場の北側はこの建物ですが、ヴォルテッラの銀行の建物に。
d0097427_02410632.jpg



       プリオーリ宮の前で演奏していたカップル
       お2人ともカッコ良いでしょう?! でもね、演奏は下手だったすよ。
d0097427_02422365.jpg
       



       広場の南にある建物には、この町特産のアラバスター・雪花石膏
       展示会場があり、その看板。
d0097427_02423871.jpg
d0097427_02425389.jpg
       アラバスターは大理石に透明度を加えたという感じの石で、
       白さが奥から輝くような、大変美しい物。

       町の小路を歩いていてふっと見ると、窓の中に小さな工房があり、
       作品作りをしている職人さんもいましたっけ。




       さて、プリオーリ宮の見学にどうぞ!
d0097427_02430863.jpg



       入り口を入ると交差ヴォルト・穹窿の天井にフレスコ画装飾で、
       周囲の壁には所狭しとかっての行政長官たちの紋、碑が。
d0097427_02431943.jpg



       奥の隅には井戸も見えます。
d0097427_02441993.jpg



       この天井装飾の柄はshinkaiが大好きな物で、
       他の建物でも何ヶ所か見た記憶がありますから、
       案外当時のお決まりの文様だったのかも。
d0097427_02443370.jpg
d0097427_02454896.jpg




       上階への階段を辿ります
d0097427_02475684.jpg



       壁にある聖母像。 デッラ・ロッビア工房の作品と。
d0097427_02491950.jpg



       ここが大会議室・Sala dei Maggior Consiglio.
       大変美しい装飾ですが、19世紀に改修されたものの様子。
d0097427_02493268.jpg
d0097427_02494715.jpg
   
       これは部屋の後ろ側半分。
       実は写真禁止と一応出ていたような気がしますが、
       部屋の入り口にいた切符売り場の男性が、私の前にいたカップルと
       なんだかんだと話しているのを良い事に、ははは、
       パシャパシャとやった次第。




       こちらが前半分で、きっと現在も様々な会議に使用されるのでしょう。
d0097427_02500685.jpg
       正面の「受胎告知」は14世紀のイヤーコポ・ディ・チョーネ・オルカーニャ・
       Iacopo di Cione Orcagnaの作と言いますが、
       積年の変遷で傷みが激しく、これは剥がされてキャンバスに移された物だそう。

       右に見えるのは「カナの結婚」16~17世紀の僧侶・画家ドナート・マスカーニ・
       Donato Mascagniの油彩と。




       部屋から見下ろす広場の様子、東南の隅
d0097427_02503091.jpg




       確か隣の部屋も見れた気がしますが、記憶に残る物は無く、
       上の塔に上りに行きます

       が、階段の手前に赤いロープ、通行禁止のロープが張ってあり、
       どう行くのかと先ほどの切符売り場の男性に聞きに行くと、
       そう、まださっきのカップルと喋っていたのですよ、まったくぅ!
       ロープを外して通ってくれ、って!

       そうそう、それで思い出しましたが、さっきのカップルは、
       確か入場料をまけろ!というのがお喋りの発端だったと、ははは。
       あの会議室は下から上ってきて覗いてみるのは無料で、
       入って見て、上の塔に上がるのは5エウロなんですね。
       それで階段の手前に、そのまま無料で上がらぬ様に赤いロープがあったわけ!

       上に上がると広い部屋で、見張りの若い男性が一人いて、
       塔の上は狭いのでと、先の見物人が降りるのを待って、どうぞ。



       さて塔の上から、先ほどの広場の東南角の建物と、塔
       屋根が見えると、建物の厚みも分かりイメージが違いますね。
d0097427_02505807.jpg
       ほら、塔の上部に何か見えるでしょう?




       何だろ?!と撮ったのがこれ! 子豚ちゃん!
d0097427_02511216.jpg
       もっとも「子豚」と分かったのは、下の部屋の男性に訊ねてからで、
       なぜ子豚がここにいるのかは、未だに疑問。

       今回これを書くのに、覚えていたのが確かかどうか探し回りました!
       上記しました様に物凄く詳細なサイトが見つかり、
       確かにこの塔は男性が言った通り「子豚の塔・Torre del Porcellino」と
       呼ばれているのも間違いなく、
       しかも持ち主だった一族の名はトーピ・Topi・ネズミ(複)と判明!!

       この塔は1224年9月14日、コムーネ(市)に売っている事も分かり、
       売主はジュゼッペ・ディ・エンリーコの妻ゲラルデスカ・Gherardescaで、
       その続きもあれこれあるのですが省略し、
       トーピ・ネズミたち、という姓はエンリーコの妻の姓で、
       この塔の家はきっと結婚の持参金だったのだろうと推察

       ネズミの家に子豚?! 

     ◆ 追記です。
       mitsuさんからコメントを頂き、改めて「豚」に付いて調べましたら、
       捨てる所が無い、と言われるほど有用な豚は、
       多産、肥沃、豊かさのシンボルである事が分かりました。
       なので、トーピ家としても、一族子孫繁栄を願って
       子豚ちゃんの像を塔に取り付けたのでしょうね。

       歴史の片隅を突つき、今回出てきましたのはネズミと子豚ちゃん!
       ははは、中世は何が出てくるのか分からず、が楽しいのですね。




       広場南の建物の角とその奥の古い家並み
d0097427_02512587.jpg



       南側
d0097427_02541447.jpg
       奥の林の向こうに見える丸い塔は、




       これ、メディチ家の要塞
d0097427_02543458.jpg
       上にプリオーリ宮が改装されたのは、ヴォルテッラの町が
       フィレンツェに下った1472年、と書きましたが、

       それまでもヴォルテッラの町はフィレンツェに付くか、
       それともシエナやルッカと連携するかと、様々に揺れていた様子。       
       それに最終的な断を下したのは、ロレンツォ・イル・マニーフィコ
       偉大なロレンツォ・デ・メディチ・Lorenzo de' Medici,
       彼は当時まだ23歳のフィレンツェのシニョーレ・領主。

       その2年前にヴォルテッラ近郊で明礬鉱が発見されましたが、
       当時のフィレンツェで盛んだった高級羊毛染色の色止めに必要な
       明礬は、国外からの高価な輸入品のみだったのが、
       近郊で採掘できるとなるとほって置く筈がなく、

       当初ヴォルテッラ貴族間で争いの種となったのに、
       ロレンツォは一貴族インギラーミ・Inghiramiの肩を持つ風を装い、
       割り込みます。
       
       その命を持ち町にやって来たのが、フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロ
       Federico da Montefeltro、そう、ウルビーノにルネッサンスの宮廷を作り、
       文化保護の代名詞みたいに伝えられるお方ですが、ははは、

       報酬次第でどこででも働く傭兵隊長である彼は7000の兵を率いており、
       町を鉄と火で破壊、残酷きわまる略奪をし、
       殆どの塔の家(貴族、金持ちの家)を打ち壊したといいます。
       で、町を完全に統御する為に、メディチ家は大きな要塞を造ったという訳。

       この後ヴォルテッラの町はフィレンツェの元に下り、
       フランス軍の下に下ったりの変遷の後、またフィレンツェ大公国の元に。
       16~17世紀にかけ経済の落ち込みやペストの2度の襲来、旱魃と
       人口がぐんと落ち込みますが、

       19世紀になって岩塩の工業化、そしてアラバスターの仕事と
       漸くに繁栄を見て19世紀半ばには、人口が1万1千人に。

       現在も一万人ちょっとの人口の様ですから、あまり・・!
       
       岩塩の町 サリーネは、       




       再度塔の上からの眺めに戻りまして、
       北から北西への眺め
d0097427_02544876.jpg
d0097427_02564471.jpg



       先日見て頂いたサン・ジミニャーノからの行程は、
       この眺めの中を、という事になるわけですね。
d0097427_02565977.jpg
d0097427_02571441.jpg
d0097427_02573042.jpg




       西に。 すぐ背後の聖堂と鐘楼、洗礼堂、そして西の眺め
d0097427_02574491.jpg
d0097427_02575832.jpg
       下の写真の中ほどに見える小さな町がサリーネの町。




       塔の天井には鐘が下がっていまして
d0097427_02595635.jpg



       一人が通れるほどの狭い階段の上り口の周囲も
       ご覧のように2,3人でいっぱいの狭い場所
d0097427_03001375.jpg

       それでも高上がり大好き人間は、上ってしまったらこっちの物よ!
       とばかりに、ははは、あっちにこっちと喜んで撮っていましたら、

       下から「プリーズ! プリーズ!」と声が
       でもまさか英語で呼ばれているのが自分とは思わず、ははは、
       暫くしてハッと時計を見て12時なのに気がつき、
       そうか!!と階段を下りようとした途端、
       頭の上で「ガーン! ガーン!」と鐘の音、ははは。
       正午の鐘が鳴るのを知らせてくれていたのでしたぁ。




       さてプリオーリ宮を出て、広場の東南角からの通り、
       プリジョーニ通り・Via delle Prigioniを少し辿ります。
d0097427_03002852.jpg
       プリジョーニというのは監獄の意ですから、
       何かあるかと探しましたが、見つからず、
       でもどこかこの通りに監獄があったはずですね。
       



       通りの名に相応しくない、はは、優雅で可憐な街灯と、
d0097427_03005758.jpg




       出合ったお高そうなワンちゃんの写真で、今回はお終いに。
d0097427_03011167.jpg


       ヴォルテッラの町は、鉄器時代には既に移殖が始まったといわれ、
       優に3千年を超す歴史を持つ町で、
       取り分け名高いのはエトルスク文化の宝庫の町として。
       ここのエトルスクの博物館は今回も訪問しましたが、
       収容品の素晴らしさもあり撮り過ぎて、いまだ写真整理が・・。

       ご説明できるほどエトルリア文明に詳しくありませんが、
       折角ですので何とか頑張って、ご案内したいと思っています。
       次々回くらいにはなんとか・・、お時間を下さいませませ。


       
     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ポルトガルの天使 と、 イタリアの太公望たち を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       





by italiashiho2 | 2016-10-01 03:19 | ・トスカーナ Toscana | Comments(10)
2016年 09月 21日

   ・・・ サン・ジミニャーノから、ヴォルテッラへの道 ・・・

d0097427_23003795.jpg
d0097427_23005092.jpg
       2年前の9月中旬、ヴォルテッラ・Volterraに行ったのは
       サン・ジミニャーノ・San Gimignanoからでした。

       写真を整理してみると、大変素晴らしい景色であったのも
       思い出し、今日はこの時の様子をご覧頂きますね。

       町の駐車場から出て、宿の主人から教えて貰っていた通り、
       そして道の標識通り左へ、西に向う道を辿りましたが、

       上の写真は町を外れて暫くしての、
       北からのサン・ジミニャーノの町の眺め
       

       美しき塔の町 サン・ジミニャーノ

       サン・ジミニャーノの朝  雲海の朝焼け



       行程図をご覧下さい
       グーグルでは3通り出たのですが、あれこれ考えると、
       上から西回りにヴォルテッラに連絡するグレーの道
       44分 32,6km という道でした。
d0097427_23010417.jpg
       というのも、ヴォルテッラの町に西下から近づき、
       町の北側の崖が落ち込んでいるのを見ていますし、
       ヴォルテッラの滞在後モンテリッジョーニ・Monteriggioni
       に向かった時は、南を辿るブルーの道を通っており、
       まるで違う眺めだったのをよく覚えているからです。




       同じ行程図を衛星地図で
       トスカーナのあの波打つ丘陵地帯を見つけるために
       衛星地図を見るのですが、この一帯はこんな感じ。
d0097427_23011873.jpg
       緑色以外のベージュ色の丘が細かく波打っているでしょう?
       これがなんとも言えない趣の風景を見せてくれるのですね。




       写真の前後を弄らず、辿った順に見て頂きますので、
       ごゆっくりと秋の気配の風景をお楽しみ下さいね

       写真は行程の関係でどうしても逆光の位置になるのが多く、
       色の発色がイマイチですが、ご容赦願います。


       ここでは農家が何軒か見えますが
       後には殆ど農家も見えません。
d0097427_23013206.jpg



       草を刈ったと思われるのですが、
       こんなに黒い、巻いたもの。
d0097427_23014778.jpg
       




       雲間からこぼれる陽と、荒れ土と
d0097427_23020205.jpg



       右に薄く緑が見える地には、麦畑のトラクターの跡
d0097427_23022050.jpg



       ここも多分麦畑
d0097427_23023854.jpg



       多分サン・ジミニャーノの町の遠望
       他に、この一帯にこれだけの町はありませんもの。
d0097427_23031994.jpg



       広い畑の真ん中に一軒屋がぽつんと
d0097427_23033710.jpg



       この辺りは、オルチャの谷の景観ともまた違う
       荒い雄大さとでも・・。
d0097427_23040122.jpg
d0097427_23041837.jpg
       あの三角の山が道を行く毎に、姿を見せます。




       刈り取られた草と、影色の土
d0097427_23043229.jpg
       ここのは土の影色の暗さと思うのですが、
       時に同じ畑でも、クッキリと土の色が違う事があり、
       なんとも言えない不思議さで見つめます。




       この広さ、このなだらかさ!
d0097427_23045238.jpg
d0097427_23051061.jpg



       丘の向こうに見える家は、上で見て頂いた農家
d0097427_23052538.jpg
d0097427_23060921.jpg
       



       トラクターの跡が見えますね
d0097427_23063958.jpg



       ほらね、また三角の山
       道を進むにつれ、近づいたり離れたり、 
       そして光と影が移って行きます
d0097427_23065918.jpg
d0097427_23072024.jpg



       農家が見え始め
d0097427_23073484.jpg
d0097427_23081732.jpg




       この感じはオルチャの谷にも似ていますが、
d0097427_23083222.jpg
d0097427_23085111.jpg



       そしてもう、ヴォルテッラの町の下
d0097427_23090801.jpg




       正面の崖の上、右に見える教会がヴォルテッラの町の西北にある
       サン・ジュスト・エ・クレメンテ教会
d0097427_23095681.jpg
       ちょうど訪れた年の春には雨が多かったのですが、
       町の中世の城壁が崩れ落ちたと言うTVニュースを見ていましたし、
       この時も、新らしい土の色が見えたので驚いたのでした。

       今こうして改めて見ると、
       左から突き出ている土地の崩れ様は、まさにカランキ・Calanchi
       と呼ばれる、シエナ東南部に見られる浸食地と同じですね。

       白タルトゥーフォと、雨上がりの緑のクレーター




       オルチャの谷の風景も雄大で美しいですが、
       このヴォルテッラ周辺の眺めは、また一寸特異な風景で、
       何十年前最初にバスで訪れた時にも、感嘆した記憶が残ります。

       フィレンツェやシエナからだと、コッレ・ヴァル・デルザ・Colle Val d'Elsaで
       バスの乗り換えで一寸不便かもしれませんが、
       ヴォルテッラに行かれる時は、町のみでなく
       この周辺の荒々しい雄大な景色も、是非お楽しみくださいね!!
       


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネツィア 途中経過と、 乗馬を楽しむ人々 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       




by italiashiho2 | 2016-09-21 00:05 | ・トスカーナ Toscana | Comments(7)
2016年 09月 16日

   ・・・ ヴォルテッラの洗礼堂、ドゥオーモ、エトルスク門 ・・・

d0097427_00164959.jpg
       2年前のちょうど9月に出かけましたヴォルテッラの町。
       今日のご案内は、洗礼堂と町のドゥオーモ、そして町の中心から
       少し南に下った所にあるエトルスク門を。

       町の入り口にある展望台から見た、
       真ん中のとんがり屋根の8角形の建物が洗礼堂で、
       その右がドゥオーモの鐘楼、松の木に隠れてちょこっと
       見えるのがドゥオーモの正面




       先回は町の地図だけでしたので、今回はヴォルテッラの位置を
       シエナ・Sienaが右端、ピサ・Pisaが左上にあり、
       ヴォルテッラの町はちょうどほぼ中間の位置に。
d0097427_00173005.jpg
       この位置だと、さぞやかっては両方の町からの領有争いが激しかったろう、
       と想像でき、確かにそうだった様子ですが、
       現在ヴォルテッラの町は、トスカーナ州ピサ県に含まれます。




       まず洗礼堂・Battistero.
       正式にはサン・ジョヴァンニ洗礼堂と呼ばれ、
       右手前に角が見えるのがドゥオーモ。
d0097427_00580274.jpg
       以前は閉まっていて中に入れなかったのですが、
       今回は大丈夫。



       中央にあるのが洗礼盤、18世紀の物で、上に見える像が
       この洗礼堂に名を冠された洗礼者ヨハネ・San Giovanni Battista の像
d0097427_04044295.jpg
d0097427_07561676.jpg
 

       が、内部ではロッソ・フィオレンティーノ・Rosso Fiorentino(1495-1540)
       への献呈として、彩り鮮やかなスライドが映し出されており、
       その為1階部分の奥の礼拝堂部分や、8つあるニッキ、
       天上部などが塞がれており、

       素朴で静謐な洗礼堂の雰囲気からほど遠く、
       おまけにマニエリズムに関心の無いshinkaiはがっかり!




       所で今回これを書くためにちょっと調べましたら、
       ロッソ・フィオレンティーノのこの「十字架降下」がヴォルテッラの町の
       市の絵画館に収蔵されている事を知り、そういう次第だったか、と。
d0097427_07333270.jpg
       人物の頭部を小さく、体をひゅう~と長く誇張したマニエリズムは、
       ダ・ヴィンチやラファエッロなどが古典的美を完成させたと
       見られた位置から、もひとつ発展したルネッサンス期の美術ですが、

       この先駆者的立場のロッソ・フィオレンティーノは、
       ダ・ヴィンチの最後を看取ったとされるフランス王フランソワ1世
       招かれフランスに赴き、王の年代記のフレスコ画を城に描いたり、
       イタリア美術をフランスに伝えたとされる画家で、
       フランスのフォンテーヌブローで亡くなっています。




       彼はフィレンツェ生まれ、本名はジョヴァンニ・バティスタ・ディ・ヤコポ
       Giovanni Battista di Jacopo.
       なぜロッソ・フィオレンティーノ・赤いフィレンツェ人と呼ばれたのかと
       ふっと疑問がわいたのでしたが、

       アレッツォにあるヴァザーリ・Vasari、著名な芸術家・彫刻家伝を
       記したヴァザーリの家にあるという、このロッソの肖像を見つけ、
       ああ、彼は赤毛だったんだ、と納得! ・・という脱線記でしたぁ。
d0097427_07335243.jpg



       さて洗礼堂の正面をもう一度どうぞ
d0097427_07341473.jpg
     
       ドゥオーモに向って建つ洗礼堂は13世紀後半に完成したもので、
       正面部分はこのように白と濃い緑の大理石で装飾されており、
       ニコラ・ピサーノ・Nicola Pisano(1215/20-1278/84)の作と。
       
       ニコラ・ピサーノは13世紀の設計、彫刻家で、
       あの素晴らしいピサの洗礼堂や、
       息子のジョヴァンニと共に、各地に作品が残ります。
       

       ずっと昔になりますが、初めてこの洗礼堂を見た時
       素朴で強い白黒の縞模様に魅せられ、当時は濃い緑色とは思いもせず、
       周囲が車の駐車場となっていたこの洗礼堂をスケッチした物でした。

       最初に見て頂いた朝日の写真を撮った位置辺りの、
       建物の出入り口に腰をかけ描いていると、
       出てこられたシニョーレがスケッチを見て、
       抽象的に描いていないのが素晴らしい、と言って下さったのを覚えていますが、
       今考えると、他に褒めようがなかったのかもと、ははは。




       正面の扉の上部、半円アーチの部分もすっきり簡素な物ですが、
d0097427_07350763.jpg



       扉上部と、脇柱に続く部分に細かい彫りが見られ
       ロマネスクからゴッシクへの過渡期の趣を感じます。
d0097427_07352731.jpg



       正面から右脇に回ると、脇の入り口があり、
       上部に色石を使った装飾模様。
d0097427_07354840.jpg


      
       サイトで見つけた写真で、
       洗礼堂とドゥオーモの間に広場があり、左に鐘楼。
       以前の古い鐘楼に取り替わり1493年に高くされたものと。
d0097427_07363390.jpg
       
       


       さて洗礼堂と向かい合わせにあるドゥオーモの正面。
       以前在ったサンタ・マリーアに捧げられた古い教会は、
       多分1117年の酷い地震によって崩壊、それ以降に再建された物で、
       正式にはサンタ・マリーア・アッスンタ聖堂・Cattedrale di Santa Maria Assunnta.
d0097427_07370302.jpg



       正面扉部分のこの美しい装飾もニコラ・ピサーノの作ですが、
       使われている円柱などは、先回ご案内したテアトロ・ロマーノから
       持って来ているのですと!
d0097427_07372487.jpg



       聖堂上部のアーチの重なりのデザインは、如何にものロマネスク様式。
d0097427_07390307.jpg



       外の重厚な簡素さと比べ内部はこんな様子。
       12世紀の建設以来13世紀に拡張され、
       翼部分と合唱隊席は14世紀に、16世紀には内部が完全に改修され、
       19世紀にも大きな装飾などの改修があったそうで、
       正面壁同様のロマネスク様式はまるで残っておりません
d0097427_07393012.jpg



       内部平面図をどうぞ
       1.キエリーチ・Chiericiの聖母
       2.聖体用祭壇  後陣には木製の合唱隊席
       3.13世紀初めの木製の十字架降下像
       4.説教壇 13世紀の像が16世紀末に再設置
       5.6.聖堂の入り口から横に続くこの部分に、アッドロラータ礼拝堂・
           Cappella dell'Addolorataがあり、
           デッラ・ロッビア工房、ベノッツォ・ゴッツォーリの作品。
       7.15世紀末のマリオット・アルベルティネッリの「受胎告知」の絵画
d0097427_07394838.jpg



       説明1の「キエリーチ・Chiericiの聖母」と呼ばれる聖母像、
       15世紀のフランチェスコ・ディ・ヴァルダンブリーノ・Valdambrinoの
       作といわれるもので、木製彩色の美しいもの!
d0097427_07410275.jpg
       あるのを知らず、5.6の礼拝堂共に見ておりません、残念!




       内部でまず目を引いたのがこの格子天井。
       16世紀の改修で設置されたもので、
       模様、天使、聖人たち、花などの木製彩色がぎっしり!
d0097427_07415839.jpg
d0097427_07421796.jpg



       内部は3廊式、22本の円柱で仕切られ、
       壁に見える白とグレイの縞模様は塗り分けられたもので、
       円柱の薔薇色も漆喰で大理石の柄に見せかけたもの、だそう。
       いずれも19世紀の改修によるもの。
d0097427_07423592.jpg



       7.の15世紀末のマリオット・アルベルティネッリ・Mariotto Albertinelli
         の「受胎告知
       面白いなと思ったのは、四角い絵の周囲を様々な小さな絵で取り囲んだ
       飾りつけで、多分これも何度もの改修のあれこれの謂れがある事でしょう。
d0097427_07425166.jpg



       4の説教壇、正面から。 一番上に金(塗り)の鷲像があり、
       余りにも強い照明で色が飛んでいますが、
       その下の彫が面白く、多分これもローマ期などの古い物を、
       新しい大理石で囲んでのリサイクルかと・・!
d0097427_07431031.jpg



       内陣、後陣部分。 階段の在る古い形式ではありますが、
       後陣のフレスコ画も何もなく、背後に見える山型はパイプ・オルガン。
d0097427_07432996.jpg



       入り口扉上にある薔薇窓。 
       「聖母戴冠」のステンドグラスが入っていますが、
       これも最初はロマネスクの大理石の紋様があった事でしょう。
d0097427_07434530.jpg



       床は19世紀改修の物とありますから、壁の柄とお揃いの石ですね。
       手前の円柱の左下、ほら、上の色付き漆喰がはげているのが見えるでしょう?
d0097427_07440727.jpg

       なんぞと、あれこれ改修結果を並べるような説明になりましたが、はは、
       正面のどっしりロマネスクに比し、内部は各年代の修復の歴史でした。
       まぁ、バロックの白と金色、にならなくて良かった、ははは。




       説明5,6の、聖堂横の礼拝堂部分の外の壁
d0097427_07442512.jpg



       聖堂横角、庇の部分にも細かい柄
d0097427_07451975.jpg



       さてドゥオーモと洗礼堂から一旦中心に戻り、1本東の道を下ります。
       
       角を曲がって見る、建物の壁の趣
       色も良く、古び加減も素敵でしょう?
       店の大きな看板も見かけないのが素晴らしい!
d0097427_07454852.jpg



       だらだらと下っていくと、このエトルスク門
       またはポルタ・ディ・アルコ・Porta di Arcoとも言われる、
       紀元前3~4世紀のエトルリア人建設の門が見えて来ます。
d0097427_07460525.jpg

       残念な事にちょうど左手前の家の工事中で、車が止まっているわ、
       家には覆いが架かっているわ、お兄ちゃんが大声で喋っているわ・・!




       素晴らしく大きな石が使われているでしょう?
       後にローマ人がエトルリアに取って代わっての修復もあるだろうと。
d0097427_07462789.jpg
d0097427_07464726.jpg



       門の外から見るとこんな様子で、中世になって町の城壁が造られると
       それに取り込まれた形になります。
d0097427_07492520.jpg
       門に3つ見える頭部像はそれぞれ説がありますが、
       要は町の守護を司るものという事のようで、
       現在は表情も何も分かりません。


       右の城壁に見える碑ですが、
       ヴォルテッラの町の人々が、この門を護る為に働いた、とのみあり、
       具体的に何をしたのかが良く分かりませんでしたが、




       門の近くの家の窓だったか、店のショウウインドウだったかに
       展示してあった古い写真を見つけました。
       右から左に続く一連の物で、最初は空襲にでもあって補修したのかな、
       などと思ったのでしたが、
d0097427_07494482.jpg
d0097427_07500196.jpg
       2枚ともに見える、門を塞いでいる石の壁の写真がありますね。
       そして、皆がせっせと手渡しで石を運んでいる写真、
       それに足元が地道になっていますよね、
       そんな事から、爆撃ではないと思ったのでしたが、
       イタリア版ウィキに答えを見つけました。

       つまり、この門を通る道は町の南から中心に至る道ですので、
       1944年6月30日、町に駐留していたドイツ軍指令部が、
       連合軍が町を通るのを妨げる為に、この門を爆破する事を決めたのだそう。
       ですが、24時間以内に、町の人々が門を通れなくするのであれば、
       爆破しない事に同意。  町の世話役が頑張ったのですねぇ!
       それで写真に写っているように、町の人々は近くの道の敷石を剥がし
       せっせと門に積み上げ、爆破から護った、という事なのだそう。

       カメラに向ってにっこりの若い女性達もいて、
       道の敷石を剥がすのは大変だったでしょうが、
       案外皆が共同作業に楽しんで加わったかの様子も見え、
       shinkaiにも楽しい発見でした。
       



       上り坂の道を町の中心に向って戻りますが、
       この敷石が、あの20世紀前の古い門を援ける為に役立ったのですね!
d0097427_07502417.jpg

       奥に見える塔、プリオーリ宮の上の塔なのですが、
       あそこにも上がりましたので、はは、高上がり大好き!  
       素晴らしい眺めをまたご覧頂きますね。




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、アッシジの描き始めと、 葡萄と石榴の熟れ加減は を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       


    


by italiashiho2 | 2016-09-16 08:09 | ・トスカーナ Toscana | Comments(3)
2016年 09月 11日

   ・・・ テアトロ・ロマーノ ・ ヴォルテッラ   写真追加・・・

d0097427_00320091.jpg
       今回ご紹介するのはトスカーナはヴォルテッラ・Volterra の
       テアトロ・ロマーノ・Teatro Romano.
       
       なぜ急に?とは仰って下さいますな、
       なぜか虫が起きて・・、としか、へへへ。



       ヴォルテッラの町は、シエナからポッジボンシを通って西に
       約54km 1時間の距離にありますが、

       町の地図をどうぞ.
       緑の線で囲った中心部から北に、
       中世に建設された市壁の門外に出た、傾斜地に位置します。
d0097427_00321606.jpg

       他に囲った部分は、テアトロ・ロマーノの隣の門、
       門の名はポルタ・フィオレンティーナ・Porta Fiorentina,
       町の有名なエトルスクの門・アルカ・エトルスカは町の南側に、
       エトルスク博物館は町の東側に。
       
       ヴォルテッラの朝の夜明けを。




       町に到着しホテルにチェックインした後、
       中心部を通りぬけ、このテアトロ・ロマーノに来た時は
       中に入らず、上の城壁の道から覗く形だったのですが、
       ちょうど夕暮れ時の陽が射しこみ、素晴らしかった!
d0097427_00323209.jpg

       上からの眺めだとほぼ全体が見れる高さで、
       真ん中からこちら半分がテアトロ・ロマーノ・ローマ期の劇場跡で、
       向こう側はその後に造られた浴場跡
d0097427_00324952.jpg
d0097427_00332728.jpg

       現在残るローマ期の劇場跡では、大変に保存の良いもののひとつだと。




       翌日改めて見学に出かけました。
       27年前に一度来た事があり、その時の印象が強く残っていたのは
       やはりこの遺跡で、わぁお、ローマ遺跡がある!と
       無知度が大きかったshinkaiはひどく驚いたのでしたが、
       なにせローマ遺跡が残っているのはローマだけ、
       という程度の認識でしたし・・、ははは。

       以前の訪問時にはまだ整備されておらず、入場料もなしでしたが、はは、
       今回はちゃんと切符売り場もあり、5エウロ、
       道を辿って入っていくとこの様に見えて来ます
       少し曇り空で、写真の発色が悪いのが残念。
d0097427_00334363.jpg

       観客席の傾斜は、ギリシャ期の劇場のように、
       自然の土地、丘の傾斜を利用したもので、
       その観客席の上側に、13世紀に町の城壁が建設され、
       市壁の向こうに見えるのは町の家並み。




       平面図を見つけましたのでどうぞ
d0097427_00335920.jpg

       1.いわば天井桟敷に当たる部分
         観客席に連絡する11の入り口から行けたそう。
       2.観客席 上等席下から10列、並席上の9列で、
         座席の石はいずれもピニャーノ・Pignanoという当地産の凝灰岩
       3.オーケストラ席 ですが、このヴォルテッラでは町の著名人たちが
         ここを占領していたそうで、オーケストラと合唱隊は、
         説教壇と書いてあるので、舞台横にでも押込められた様子。
       4.舞台前部
       5.La fronte-scenaとあり、どう訳したら良いのか分からず、
         後ほど復元予想図をご覧頂きますね。
       6.柱廊 これは劇場背後の両側に後に建設された物で、
         後陣部分が飛び出した形。
       7.浴場部分 
       



       遺跡内部には入り込めませんで、観客席の上側の通路から
       見渡す感じで、移動します。

       今見える左の建物の壁と円柱の2階建て部分が、上の説明5で、
       右側は崩壊していますが、回収した石材で再建可能とか。
       その手前に舞台前部4があり、その手前真ん中に白と茶の石の部分が
       少し見えますが、ここがオーケストラ席3だったのが、
       ヴォルテッラでは町の権力者達が居座ったという、ははは。
d0097427_00353735.jpg




       舞台部で残っている上部と、右側の遺跡部
       舞台部の高さは15,5m、前面の長さは35,98mあるそう。
d0097427_00355386.jpg
d0097427_00360830.jpg
d0097427_00370250.jpg



       こうして見るだけではピンと来ませんが、
       復元予想図を見つけましたので、どうぞ。
d0097427_00371666.jpg
d0097427_00372916.jpg
      
       素晴らしいですねぇ! というか、素晴らしかったのですねぇ!!

       観客席の上に見える布製のテントは、座席全部を覆える事が
       出来る様になっていたのが、支え部分の発掘で分かっているそうで、
       観客席は全部で1800~2000人収容できたそう。
       イタ版ウィキには、最高で3500人と書いてありましたが。
       この大きさの劇場では、トリエステにあるのとほぼ同じと。

       この劇場が造られたのは、紀元前1世紀から紀元後42年に
       存在したこの町の有力なカエチナエ・Caecinae家の2人、
       いずれも執政官であったアウロ・カエチナエ・セヴェーロと、
       ガイオ・カエチナエ・ラルゴの意思による物だそうで、
    
       ローマ皇帝で言うと、ちょうどアウグストとティベーリオの
       時代に当ります。

       3世紀の終わりになって劇場の方が放棄された後に
       その後部に浴場施設が造られたのだそう。

       


       観客席上部
d0097427_00374351.jpg





       観客席上部の後ろを通る通路
       この上に、13世紀に町の市壁が造られた訳です。
d0097427_00382396.jpg




       遺跡の草原に咲く野草
d0097427_00384390.jpg




       劇場背後に広がる浴場跡、楕円の部分にはモザイクも見えます。
       そして円柱の並び
       柱廊状に円柱が並んでいるので、浴場は内庭にあったのですね。
d0097427_00391254.jpg
d0097427_00393037.jpg
d0097427_00394373.jpg


       この遺跡が発掘されたのは1950年代、町の考古学者である
       エンリコ・フュゥーミ・Enrico Fiumiが指揮したもので、
       当時の町の精神病院の入院患者が幾人か働いたそう。



       市壁の上から覗く観光客。 ただ見だぁ! ははは。
d0097427_00395785.jpg




       夜のテアトロのイルミネーションを
d0097427_00404590.jpg

       この遺跡の舞台を使っての国際フェスティヴァルが
       毎年夏に行われるそうで、興味深い事でしょうね。


       テアトロ・ロマーノの開場は
       3月14日から11月1日まで 毎日 10時半から17時半
       11月2日から3月13日まで 土曜と日曜、祭日の10時から16時半
       



       ところで、このテアトロに付いて調べていて、
       関係者達はさぞや小躍りしているであろう、
       昨年7月の新発掘のニュースを見つけました。

       場所はテアトロ・ロマーノの横に位置する町の門から下って行った
       北にある、町の墓地に近い場所で、
       なんとローマ期のアンフィテアトロ・円形劇場、闘技場と
       見られる楕円形の遺跡の壁が見つかったのだそう!
d0097427_00405614.jpg

       歴史に完全に埋没し忘れ去られていたここの発見は、
       偶然にも水道工事をしていて見つかったもので、
       80mの長さの壁と2つの椅子
       工事の手法はテアトロ・ロマーノと同じもので、
       剣闘士たちの闘技場と見られ、
       この100年間における最重要な再発見と見られると
       
       さて、これからどの様に発掘するか、どの様に資金を見つけるか、
       さぞ関係者達は嬉しくも大変でしょうが、ははは、
       今の水道工事の方はどうなりますか?!
       



       所でテアトロ・ロマーノのすぐ横にある中世の市壁の門
       ポルタ・フィオレンティーナも、一緒にご案内しますね。

       城壁が造られた13世紀に一緒に造られた門で、
       外からの様子はこんな感じで、
d0097427_00410717.jpg
d0097427_00422528.jpg



       続く城壁はこういう様子。
       背は高いのですが、門の壁をご覧になっても分かるように、
       この時代、中世の壁はそんなに厚くありません。
d0097427_00423842.jpg




       最後はテアトロの背後の城壁上から見渡す北の平野を
       夕陽を浴びて、谷にうっすらと靄が湧いているのです。
d0097427_00425115.jpg
d0097427_00430605.jpg



       丘の向こう、平野の端にたつ教会サン・ジュスト・エ・クレメンテ
       San Giusto e Clemente.
d0097427_00431816.jpg



       ヴォルテッラに行くのに、サン・ジミニャーノからの道を行き、
       ちょうどこの教会の裏手を通り、教会に迫って切り立った崖が見え、
       その年の春の大雨で落ちたのかと気になったのでしたが、

       ウィキのサイトに写真がありましたので、追加です。
       これ!です、凄いでしょう?!
d0097427_15320047.jpg

       この一帯はバルツェ(複)・Le balze・崖、絶壁と呼ばれる
       独特の地形で、雨が粘土の層まで浸み込みやすく崩れるのだそう。
      
       現在の教会はサン・ジュスト・ヌオーヴォ・新サン・ジュスト教会と
       呼ばれもする18世紀の物だそうで、
       それ以前の教会は17世紀のバルツェで飲み込まれたのだそう!
       という事なども知りましたが、

       いやぁ、こういう土地に再建するというのも、
       キリスト教社会というのは凄いなぁ、と思った事でした。



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ティツィアーノの生家と、 色鉛筆あれこれ を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         

       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
   
       


    


by italiashiho2 | 2016-09-11 01:14 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2016年 02月 25日

   ・・・ キュズーレ ・ シエナのクレーターの小さな村 ・・・

d0097427_00155794.jpg
       トスカーナのご案内が続きますが、
       キュズーレ・Chiusureという村の名をご存知ですか?!
       トスカーナはシエナの東南部、シエナのクレーターと呼ばれる
       太古には海だった浸食地・カランキの中にぽつんとある、
       2001年の人口が僅か115人という小さな村。

       私も知らずにおり、サイトでクレーターの写真を探していた時に偶然、
       村の広場の写真を見つけ、グーグルのストリート・ヴューで見る
       土地の風景にも魅かれ、行ってみたのでした。

       上の写真は村に4つほどある広場の一つ、ぐるっと回りつつ
       駐車場を探し、2周目に、はは、遂にこの近くの道脇に留め、
       中心の広場に戻ります。




       キュズーレの村はどこにあるか、地図をどうぞ。
       シエナのクレーター探訪の中心地ともいえるアシャーノ・Asciano
       の南約10Kほどに位置します。
d0097427_00160997.jpg
       キュズーレに並びモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院
       Abbazia di Monte Oliveto Maggiore が見えますが、
       はい、かの有名な修道院がすぐ傍に。

       と、地図の中、見難いですが、アシャーノの町の手前から南に直接下る道と、
       斜めに東南に行きヴァル・ダッソ・Val d'assoの手前から左にキュズーレに
       下る道の2通りがあるのが見えますか?

       私はアシャーノの町の手前で標識が出ていたのでつい曲がってしまい、
       悪くは無かったですが、ヴァル・ダッソ周辺の眺めが広大な様なので、
       次回のチャンスには是非こちらの道をと思っています。
       
       既にご案内の土地はアシャーノサン・ジョヴァンニ・ダッソ
       そしてモンティージ

 

 
       キュズーレの村は海抜401m、下の道から上ってきて、
       村の外側をぐるっと道が回り、そしてまた下の道に下り他の村へと、
       つまり小さな集落の中心は坂道と石段で車は入れず、なのですね。

       で、こんな風に下の道から見上げながら中心に向かい
d0097427_00162368.jpg



       小さな広場に出た所に、バール兼食料品店、だったと。
       確か中でジュースを飲んだ記憶あり、
d0097427_00163717.jpg
       



       その右手から坂道が上の広場に続き、

       これは左が下から辿ってきた道で石垣越しに上の店の
       他のテーブルを撮った所。
d0097427_00165166.jpg



       上の広場にはこんな井戸があり、が飲み水ではないとの表示あり、
       奥に上の家並みに続く石段。
d0097427_00170665.jpg
       実はこのキュズーレに寄った時、着いた時は曇り空だったのが
       途中から良いお天気になり、喜んで大体の場所は撮り直したのですね、
       坂道も上りなおしまして、はい。 
       ですがまるで同じ場所からは撮っておりませんので、
       今回の写真は曇り空と晴れと混ぜこぜになっており、ご了承を。




       上の広場の様子、一番右に見える下の道の教会はオリジナルが8世紀に
       遡るという、現在の名はサン・ミケーレ・イン・ルーコ・San Michele in Lucoと。
d0097427_00171929.jpg
       



       壁の石の大小、扉の位置が変わったりの変遷が楽しめる壁!
d0097427_00173234.jpg



       下の道、家の扉を覗き込み
d0097427_00174568.jpg



       上に続く石段
d0097427_00175977.jpg



       半ば上がって来て見える上の家並み
       ほら、やはりお天気の時の写真は、影が立体を強調するでしょう?!
d0097427_00181107.jpg



       上から見る石段の曲がり具合いと、三角の広場
d0097427_00182375.jpg



       この石段の途中の曲がり角に、こんな家の扉と壁があり、
d0097427_00183517.jpg
       これがなかなか良い感じで、でもどう撮ったら良いのかと
       あれこれ何枚もトライしておりまして、ははは、




       こちらは陽が射して後の1枚
d0097427_00184901.jpg



       ふと気がつくと、はは、後ろからこのワン君が小首をかしげて
       shinkaiを眺めておりまして・・!  
       村のお爺さんが見つめる様な、そんな目をしているでしょう?! ははは。
d0097427_00190277.jpg



       石段を上りきった所、右手にあるアーチ
       かっての村の門だったのでしょうね。
d0097427_00191479.jpg



       門の外から逆に
d0097427_00192975.jpg



       そして村の下の道と家、遥か向こうに広がる波打つ平野
d0097427_00194188.jpg



       アーチの所から左に折れ、も一つ坂を上った所からで、
       右背景に、少しカランキ・浸食地が見えるかな?
d0097427_00195567.jpg



       奥に広がる丘の流れ
d0097427_00200695.jpg



       ゆるい坂道を上りつつ、上から聞こえる賑やかなお喋りの声。
       今日は何かあるのかな、と思うほどだったのですが、
       
       上に辿りつくと展望台式に開けた小さな公園があり、
       その後ろにこの建物。
d0097427_00201921.jpg
d0097427_00203115.jpg
       建物は実はカーザ・ディ・リポーゾと呼ばれる老人ホームで、
       大きな古い建物を使っている様子で、ちょうど祭日でしたので、
       たくさんの老人達と訪問者がお喋りしたり、公園のベンチに腰を下ろして、
       素晴らしい眺望を楽しんでいたのですね。




       下の家並み越しに見える風景は、こんな感じで素晴らしく
d0097427_00204488.jpg
       ほら、右手中ほどに見えるのが、
       



       これ、モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院。       
       マッジョーレと言う言葉通り、大変大きく威容を誇ります。
d0097427_00205652.jpg
       



       14世紀初めから建設され、完成が16世紀というこの修道院
       shinkaiはまだ訪問した事がありませんので、
       サイトから様子が分かる何枚かを拝借し、

       大回廊。 見える像はサン・ベネデットで、奥に井戸も。
d0097427_00210863.jpg
      



       大回廊の周囲は全面フレスコ画で装飾されていて
       主題はサン・ベネデットの生涯、15世紀末のルーカ・シニョレッリの
       作品が8面で、他は16世紀初頭からのソドマの作品との事。
d0097427_00212089.jpg



       こちらはレフェットーリオ・Refettorioと呼ばれる食堂。
d0097427_00213428.jpg



       そして合唱隊席の、木の嵌めこみ細工の一部。 見事ですねぇ!
d0097427_00214780.jpg
       
       
       修道院の持つ富というのはどこも凄い様ですが、
       このモンテ・オリヴェート・マッジョーレは19世紀に修復され、
       というのがありましたが、他に特別な被害とか破壊とかは無かった様子で、
       当時のままの姿を保っているようですね。


       キュズーレの村の起こりを読んでいましたら、シエナの貴族トロメイ・Tolomei
       伝説的なお話では、エジプトの王家に繋がるという様な家系ですが、へへ、
       12世紀のシエナの記録に出てくる旧家で、このキュズーレ辺りにも広く
       領土を持っていたとの事。

       で1313年にベルナルド・トロメイ・Bernardo(1272 – 1348)が
       隠者の生活をおくる事に決め、彼の土地でもあったキュズーレに程近い
       デゼルト・ディ・アッコーナ・deserto di Accona に居を定め、
       オリヴェターナ信心会・Congregazione Olivetana を起こし、
       それがモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院の基となったと。

       デゼルト・ディ・アッコーナは、アッコーナ砂漠と言う意味で、
       かっての乾燥した不毛の地と言うことからでしょうが、
       どこにあるのかと調べましたら、
       なんとなんと現在シエナのクレーターと呼ばれている
       アシャーノ周辺の東部と南部を指すのを知り、

       その中でも有名なのは、ビアンカーネ・biancaneと呼ばれる白い丸い形のある
       カランキ・caranchi のキュズーレとモンテ・オリヴェートと!


       も一つ知ったのは、はは、無知ムチshinkai丸だし、
       シエナのパラッツォ・プッブリコ・市庁舎にあるアンブロージョ・ロレンツェッティの  
       「善政と悪政」のフレスコ画の中に、ビアンカーネが描かれていた事!!
d0097427_00215937.jpg
       なんとまぁ、単にトスカーナの山風景と単純に思い込んでいたのですが、へへ、
       このフレスコ画を基にした楽しい絵本があり、トスカーナのスキャンダル
       こちらにご紹介していますので、どうぞ。




       となると、このキュズーレ周辺のカランキですが、
       見た時は、わぁ、凄く大きくて広いなぁ!と驚いたものの、
       2年前の春はずっと雨が多かったせいか、谷の木の繁殖も多く・・、
d0097427_00221249.jpg



       サイトで見つかった写真を拝借し
       手前下が、村の門のあったアーチの外で、老人ホームは一番右上に。
d0097427_00222441.jpg
       
       こうして見ると、凄いですよね、やはり!
       ぼこっと穴が開いたというか、隕石でも落ちたかのような大きさで陥没し
       それが村の何倍もの広さなんですね。

       村から見る修道院はかなり低い位置に見えるのですが、
       こうして見るとカランキの上、説明にあったデゼルトの高所に修道院を、
       というのも納得です。

     ◆ 衛星写真を追加です。
d0097427_01461401.jpg
       右上にキュズーレの村が小さく見えるのと、
       カランキの大きさをご覧くださいね。

       それにしても、村のすぐ脇にこんな大きな侵食陥没地があるのです。
       この一帯の畑を見ていても、水が流れる筋がしっかり見えますし、
       時にぼこっと陥没している所もあり!
       こういう土地のすぐ横に住み、村があるというのは、
       少し怖い気がしますが、土地の人は平気なんでしょうかね?
       太古の昔からあったんだから、とでも?
      



       修道院の奥に広がる土地の様子と、
d0097427_00223639.jpg



       こちらはキュズーレの北東方向
d0097427_00224840.jpg



       しっかり上からの眺望を楽しみ、村の下に。
    
       これは石段を降りてきた所の、土地の高低を利用した納屋
       石の厚い壁の、存在感が凄いでしょう?!
d0097427_00230036.jpg



       そしてサイトで最初に見つけた、村のもう一つの広場の
       この井戸と円柱のあるレストランですが、行った時はお休み。
d0097427_00231319.jpg
d0097427_00232512.jpg




       建物の間の小路を入ると、古い厚いレンガ壁が続き
d0097427_00233953.jpg
d0097427_00235394.jpg
       写真を撮っていると、中からお年のシニョーラが顔を出されたので、
       ちょっとお喋りを。 美しい村ですね、と言った様な・・。




       突き当たりの正面の扉、なかなか良いなぁと思ったのですが、
       気がつくと、番地が変わったのでしょうね、
       扉脇の番号が乱暴にXで消されたままで、ははは。
d0097427_00240651.jpg



       右のお家の鐘の上に、何があるのかと撮りましたら、
       王冠を被った蛙がひっくり返って寝ておりまして・・!
d0097427_00241867.jpg
       王冠を被った蛙というと、ここから西南にある町
       ブオンゴヴェルノ・Buongovernoの、町の紋章にもありましたが、
       お土産で買ってこられたのかな?




       さて、キュズーレの村、下の端にある教会の古い形の鐘楼
       別れを告げ、南に下ることに。
d0097427_00243757.jpg
       
       途中の道で見た古い小さな教会は、水彩+色鉛筆画ブログの方に
       載せますので、お暇な方、はは、見てやって下さいね。





     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 仕上げに向けての2枚と、トスカーナの古い小さな教会 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
    

       
      



by italiashiho2 | 2016-02-25 00:32 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2016年 02月 20日

   ・・・ オルチャの谷風景 ・ 緑の大地が恋しくて ・・・

d0097427_23533908.jpg
       ここの所北イタリアは、ず~っとお天気がすっきりせず、
       昨日はやっと雨と曇天の間の良いお天気だったのですが、
       今日はまた雨・・。

       そんな心が少し鬱屈しそうな時に思い出し、恋しくなるのは
       トスカーナはオルチャの谷の緑、大地の広がりと吹き渡る緑の風!

       そんなこんなで思い出したオルチャの谷、まだご覧頂いていない写真で
       春5月、ピエンツァの町の南に広がる平野の様子をどうぞ!

       

       どの辺りか、地図をどうぞ
       ピエンツァ・Pienzaが中心上にあり、そこから西に囲ったのが
       そこから南、バーニョ・ヴィニョーニ・Bagno Vignoniに向って下ると、
       SP53への分岐点があり、そこを東に、そしてその先赤点の辺りで、
       この大きさの地図では出ませんでしたが、左にピエンツァへの地道の分岐点。
d0097427_23535088.jpg
       ほぼ北東に辿る地道で、道筋には幾つもの農家があり、
       時たま車が通る位で、ゆっくり風景を眺めつつ撮りつつ行くには最適な道!

       今日のトップの写真はまだSP53号の辺り。

       この南から斜めにピエンツァに近づく道は、地図のもう一つの赤点を打った上、
       ピエンツァの町からくねくねと下る道に出ますが、

       赤点の道は坂道を下りきった所からほんの少し先にある東に入る地道で、
       坂を上り、平地が少し続き、そして谷を下って上るモンティキエッロ
       Monticchielloに行く道。


       いつもは殆ど写真の色味を弄る事はないのですが、今回はほんの少し、
       緑の黄味色が強く出た分だけ調整しました。
       写真をRAWで撮っていなかったので、その調整をニコンのソフトで出来ず、
       PCに入っているマイクロ・ソフトのでしましたら、
       画素数がガクッと落ち、・・つまりその分少しボケまして、ご容赦を!




       まずは南からピエンツァに向う地道から、
       
       雄大な大地が広がり始め、奥中央に見える山はラディコーファニ!
d0097427_23540377.jpg
d0097427_23541770.jpg
d0097427_23543243.jpg




       麦畑に残るトラクターの跡
d0097427_23544666.jpg
d0097427_23550053.jpg



       丘の上、1本の木
d0097427_23552233.jpg



       奥に広がる葡萄畑
 
d0097427_23553799.jpg
      



       地道は低く谷の間を辿ったり少し上ったりで、
       やがて見えてくるピエンツァの町
d0097427_23555069.jpg



       背後の丘の上に広がるオリーブ畑は、ピエンツァの町からも見えますが、
       この農家はこちら側からのみなんですねぇ。
d0097427_23560490.jpg



       大地の不思議、よく小麦が育つ部分とはげちょろけの部分と!
d0097427_23561869.jpg



       孤独に佇む木たち、そしてうねる大地
d0097427_23563278.jpg
d0097427_23564660.jpg
d0097427_23565986.jpg




       ピエンツァへの道! 
       と、町のアップ、左にピッコローミニ邸と右に聖堂。
d0097427_23571272.jpg
d0097427_23572642.jpg




       丘の上の農家
d0097427_23573978.jpg



       点在する農家と、列を作る覆われた藁
d0097427_23575420.jpg



       ときどき見かける無耕作の地、土地を休ませるのだろうか?
d0097427_23580878.jpg



       これは既にピエンツァの町の下から東への道を入り、ずっと先に進んだ所から、
       谷の向こうに見えるモンティキエッロの町
d0097427_23582244.jpg



       この谷にはカランキ・calanchiと呼ばれるかなり大きな浸食地があり、
d0097427_23583679.jpg



       そして、曲がりくねる道、糸杉の道
d0097427_23584907.jpg
d0097427_23590338.jpg
d0097427_23591764.jpg
d0097427_23593154.jpg
d0097427_23594466.jpg



       この谷にはピエンツァから2,3本モンティキエッロへの道が通り、
       皆試してみましたが、ははは、ハイキングには良くても、
       林の中に入ったりもする眺めの良い道ではないので、写真はパスし、

       引き返し、平野が広がる高い部分に。

       波打つ大地、麦畑の畝の筋、点在する農家
d0097427_23595704.jpg
d0097427_00001138.jpg
d0097427_00002522.jpg
d0097427_00003918.jpg




       こちら側から見えるピエンツァの町
       この眺めの方が好き! 建物の間の隙間が見えないもの、ははは。
d0097427_00005295.jpg



       この丘のうねり、この広がり!!  凄さのある美でしょう?!
       ここに身を置ける幸せ、見れる幸せをしみじみと感じる時。
d0097427_00010739.jpg
d0097427_00012692.jpg
       秋に行った時は、ここには荒々しい茶のうねりが広がり、
       その広大な粗い眺めに圧倒され、暫し放心状態になりましたっけ。

       
       ・・・ また行けます様に!! また見る事が出来ますように!!



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 デッラ・サルーテ聖堂描き初めと、最近買った額 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
    

       
       



by italiashiho2 | 2016-02-20 00:08 | ・トスカーナ Toscana | Comments(8)
2015年 11月 28日

・・・ モンテプルチャーノ その2-1 ・ カンティーナ、お祭り ・・・

d0097427_01555252.jpg
       トスカーナはシエナ県、ヴァル・ドルチャとヴァルディキアーナの
       境の山の上、海抜605mに位置するモンテプルチャーノ・Montepulciano.

       今日はその2回目という事で、写真の整理を始めたのですが、
       余りにも多く、かといって余り削っても面白みがありませんので、
       う~~んと頑張って奥の手を出し、ははは、
       2回に分け、2-1 と 2-2という事に! 

       来週はちょっと予定が立て込んでいる事もあり、
       今回頑張りますので、よろしくお願い致しま~す。

       
       トップの写真は、町の北の端の門を出た向こうに見える
       サンタニェーゼ教会・Sant'Agnese
       が、中まで行かずに戻りまして・・、




       エトルスク期からのワイン蔵が無料で見られると言う、
       このワインと土地の物産店に行き、地下のワイン蔵を見物します。
d0097427_01560838.jpg
       店前のこの写真は出てきた時のものなのですけど、手前に見える
       このブルテリア君も、ご主人と一緒に私の先にカンティーナ見物をね。




       こんな感じの狭い階段を降りまして
d0097427_01562195.jpg



       小さい部屋が次々と繋がりながら、地下にも、横にも
d0097427_01563528.jpg



       新しい大きな樽の部屋もあり
d0097427_01565047.jpg



       樽の中で寝かせている内にワインが蒸発するのだそうで、
       上に見える緑のガラス瓶の中にワインを入れておくと
       自然に蒸発した分が補給されるのだとか。
d0097427_01570377.jpg



       低い天井、古い壁、そしてこんな坂道もあり
d0097427_01571735.jpg



       下って小さな部屋に繋がり
d0097427_01573126.jpg



       古い薄暗い部屋に見える、古い小さな樽
d0097427_01574643.jpg



       中には博物館式にかっての道具類の展示もあり、
       これは葡萄絞り器
       上から重石をかけ、出る葡萄汁を手前下で受けます。
d0097427_01575984.jpg



       多分ここが一番古く、深い地下なのだと思いますが、
       ひんやりした空気の中を降りていくと
d0097427_01581456.jpg



       こんな小さな部屋
d0097427_01582858.jpg
       エトルスク期からのワイン蔵、ちょっと湿気も感じる様で、
       余り深いと不便でしょうし、今は使われていませんでした。

       それにしても、ワインは静かに、温度も一定の場所で寝かすと言いますが、
       こんな風にずっと開けっ放し、人もしょっちゅう出入りする、
       おまけにワン君までと、ははは、
       こういう場所でワインがじっくり熟成できるのかいなぁ、と
       他人事ながらちょっぴり心配したのでしたぁ。

       
       我が町コネリアーノに、素晴らしいワイン樽製造所があります。
       こちらにご案内を。




       モンテプルチャーノのワイン、で検索すると、
       ヴィーノ・ノーヴィリ・ダブルッッォ・アブルッツォ種の葡萄からの
       モンテプルチャーノのノービリ・ワインとか、
       たくさんのカンティーナの名前が挙がり、
       美味しそうな葡萄、葡萄畑、ワイン、料理の写真がずらり!
       その中からほんのちょっぴりをどうぞ!
d0097427_01584283.jpg
d0097427_01585629.jpg
d0097427_01591032.jpg



       所でこの町独特と思われる、ワインとワイン樽に関連するお祭りですが、
       ワイン樽ころがし・Bravìo delle Botti・ブラヴィーオ・デッレ・ボッティ
       と言うお祭りがあります。

       町の区域を8つに分け、毎年8月最後の日曜に行われ、
       町中が沸き立つお祭りなんだそう!
       元々は14世紀頃から始まった騎乗の競争だったのだそうですが、
       17世紀に(人身)事故があり中止され、
       今の樽ころがしに変わったのだと。

       ブラヴィーオというのは、勝者の区域に与えられる旗の事で、
       この写真の中央に見えるのがそれ。
d0097427_01592568.jpg
       シエナのパリオのパリオと同じ意味で、
       どちらも毎年手描きの絹の旗が、柄は毎年違うのが与えられます。
       この写真のは2006年と。

       どこのお祭りも、即競技が始まるわけではありませんで、
       出発点で2列に並ぶ順番のくじ引きから始まり、ははは、
       旗振り競技、そしてこんなブラーヴィオを持った行列も勿論と、
       町中が興奮に溢れ、沸いていくわけで、
       



       さて、いよいよ出発点からの競技の始まり、始まり!
       ほらね、後ろにマルゾッコの円柱が見えるでしょう?!
d0097427_01593985.jpg
       前後2列に4つずつの樽、重さは80kで、
       勿論途中での衝突で樽を間違えたりしないよう、
       しっかりと区域の焼印が押される写真もサイトにあり! 




       見てください、この坂道!
       歩くだけでも大変だったあの坂道を、
       80Kの樽を2人で押してる!! 
       それはもう、応援の人々の熱気も盛上がるわけですよねぇ。
d0097427_01595288.jpg
    



       ここは多分、下の道を上って行った後の一旦の下り坂で
       この部分ではまぁ一息つけるでしょうがね。
       町の南で折り返すと、また上り坂!
d0097427_02000643.jpg

       一度車で町の道を上っている時、うっかり間違えて入り込み、
       車が通れる道だったので、ホテルの近くにでも出れるだろうと
       思って上っていきましたら、
       突然目の前の道が、ダッシュボードの先から見えなくなった!!
       わっ、ぎゃ!! とサイド・ブレーキを引き、
       そろっと車のドアから出てみましたら、崖っぷちではなく、ははは、
       急傾斜の下り道の始まりで、ああ、やれやれ、の
       そんな経験もある、町の道だったのでした。




       なので、あの坂道を樽を転がしながら上がる、というこのお祭りに
       興味を持ち、どの道を通るんだろうと
       行程図を探し回り、ははは、見つけました。
d0097427_02001738.jpg
       地図右側のマルゾッコの円柱前から上り坂、途中から下って
       町の南側を上りながら迂回し、最後の折り返し点がまた急傾斜で、
       最後はドゥオーモの前に出てくるのですね。
       全長1,7kmだそう、ようやる選手諸君たちは!!



       という事で、ゴールの写真
       広場に集まった人々の数も凄いですね!
d0097427_02003041.jpg
       いやぁ、シエナのパリオも燃えますが、これもきっと同じでしょう!
       道中の様子など、ドゥオーモ前の人々にも見れるように、
       TV中継などもあるのかな? 




       町の道を行ったり来たり、先回ご覧頂いたプルチネッラの塔から
       南側辺りはいわゆる下町と言うのか、
       中世の面影が強く残る小さな家が建ち並んでいますが、
       城壁沿いの道からの眺めはこんな様子
d0097427_02004534.jpg
       ちょうどこの右手下の平野では、ジオストラ・Giostra と呼ぶ
       子供達の為の遊戯公園ができていて、大音響の音楽が聞こえ・・。




       町の下を通る道を辿りますが、中世の面影が濃く残る建物郡
d0097427_02005963.jpg
d0097427_02011314.jpg



       上の道とを繋ぐ階段、坂道を下から眺めるとこんな傾斜!
d0097427_02012725.jpg
d0097427_02014127.jpg



       見上げる家並み、建物
d0097427_02015527.jpg
d0097427_02020982.jpg



       ちょうど中ほど、町の上下を結ぶ道が三叉路になる所
       16世紀頃の町の経済の一番の中心であったと言う
       ピアッツァ・デッレ・エルヴェ・Piazza delle Erbe.

       ここにあるのが、ロッジェ・デル・グラーノ・Logge del Grano,
       またはロッジェ・デル・メルカートと書いたのもあるので、
       まさに商取引の中心部だったのでしょう。
d0097427_02022431.jpg



       道を辿りくぐるのが、この門カヴィーナ門・Porta della Cavina.
d0097427_02023878.jpg



       その先の店の前にこんな表示が出ていて
       1157年に、紀元前5世紀のエトルスクの古い2つのお墓の上に
       この門が建設されたのだそう。
d0097427_02025281.jpg
       多分町の南半分の高い方に先に町が出来、
       この辺りがその当時の町の境界だったのでしょうね。

       で、木の標識の下の写真には、
       ここで、映画「ニュー・ムーン」が撮影された、と。




       映画「トワイライト・サガ」の「ニュー・ムーン」というの、
       ご存知ですか? 
       この俳優は確かTVシリーズの「ドラキュラ・ダイアリー」に
       出ていたと思うのですが、オカルト的なものは見ないので・・。
d0097427_02030782.jpg



       こちらのシーンは、ドゥオーモ前に大きな泉も作られ
       赤いマントの大集団が集っての撮影風景。
       映画の中では、かなりの迫力だった事でしょうね。
d0097427_02032233.jpg

       この町ではたくさんの映画が撮影されている様子で、
       「トスカーナの空の下」でも、この広場での旗振り大会が出てきましたし、
       「ノスタルジア」も、「イギリス人患者」も、他にもたくさん!
       「ニュー・ムーン」のあの俳優は、shinkaiの泊まったホテルに
       泊まったのか、フロント横に写真がありましたっけ。




       こちらは道を歩きながら、漏れ聞こえてきた弦楽の響きに導かれ
       入ってみたジェズ教会・Chiesa del Gesù.
d0097427_02033673.jpg
d0097427_02035455.jpg
       はい、この町の若者達の春のコンサートでした。

       はっ、出来具合ですか? はぁ、まぁ、若者というよりは、
       少年少女達のグループでしたので、頑張っていたと思います、はい。


     *****

       と言う所で、下の応援クリックをプチッとやって頂きまして、ははは、
       それから、ページの一番下に出ている、
       ・・・ 2-2 モンテプルチャーノ >> から飛んで下さいませませ。

   

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ポルトガルの海 途中経過と、仕上げ1枚 ・ 落ち葉の色 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
      
       
       
       



by italiashiho2 | 2015-11-28 02:43 | ・トスカーナ Toscana | Comments(7)