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2012年 08月 20日

・・・ 突堤アウダ―チェ、ウニタ広場、サバ書店 ・ トリエステ n.2 ・・・

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       暑い日が続きますが、皆さまにもお変わりありませんか?
       夏も終わりに近づき、お仕事再開の方も多い事でしょう。

       こちらイタリアは、最後の熱波襲来とかで
       あと1週間酷暑が続く様ですが、
       お陰さまで我がスコミーゴ村は、
       薄暗いゴキブリ生活でしのげる程ですので文句は言えません。

       そんなこんなで、本格的にエンジンがかかるにはまだ馬力不足で、
       今回もう一度緩やか発進で、と言うと、
       いつも緩やかだろうが、という声が聞こえそうですが、
       ははは、聞こえないよぉ~だ、
       もう一度トリエステの爽やかな陽射しをご覧下さいね
       が、思いがけない発見もありましたので、それも追々と。

       街の地図は先回載せておりますので、そちらをどうぞ。
       という事で、今日は三題話で写真が多くなりましたが、ごゆっくり!

       上の写真は、鉄道駅から港への道を行く途中、
       港の反対側、街に入り込む大運河
       奥に見えるのは、サンタントニオ・タウマトゥルゴ教会・
       S.Antonio Taumaturgo で、
       教会前の広場に、トリエステに住んだジェームス・ジョイスの像が
       ある様ですが、まだ見ておりません。


       すぐ右手にトリエステ湾の眺めが広がり、
       かっての、大きな頑丈そうな船舫いが並びますが
       現在はヨットが何隻か。
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       海の眺めにはつきもののカモメたちも勿論!
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       そして見えてくる突堤アウダ―チェ・Molo Audace 
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       岸からの眺め
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       突堤アウダ―チェ、アウダ―チェという言葉は、
       大胆な、勇敢な、という意味ですので、
       単純に、戦争中の何か逸話を意味するのだろうと考えていましたが、
       船、それも駆逐艦の名に由来する事を知りました。

       元々のこの突堤の名はサン・カルロ・San Carlo で、
       1740年に岸に近い位置で、この名の船が沈没したのだそうで、
       残骸を新しい突堤の基礎とする事にして、建設。

       ただし当初の突堤は95mと短く、岸とは木製の小さな橋で
       連絡していたのが、その後1778年、1860年と長くされ、
       現在の長さ246mとなり、岸とも接続。

       当時のこの突堤は乗客用、商船共に大いに使用され、
       大賑わいだった様子のスケッチが残っておりますが、
       現在はご覧の通り、市民の散策、観光客、そして不定期の
       観光船発着となり、
       大型貨物、大型クルーズ船、フェリーなどは他の突堤に。



       突堤にもある、トリエステの街灯の電球のデザインは
       こんな風に漁網をかぶせた様な感じで、
       街のレトロな雰囲気に良く似合い、
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       突堤から、ウニタ広場・イタリア統一広場の方を
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       爽やかな風の吹きぬける突堤の上を、嬉しく走り回るワン君
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       皆思い思いのスタイルで、遥かに海を眺め・・
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       ガイドブックかな、を広げる観光客も
       釣り糸を垂らす地元の人もいて・・。
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       こちらは文字が見やすいように写真の向きを変えましたが、
       2枚上の写真で、若者たちが寄りかかっている盤で、
       風向きを示すローザ・デイ・ヴェンティ・Rosa dei venti と呼ばれる物。
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       北西風がマエストロ・Maestro  北東風・グレーコ・Greco
       アフリカからの東南風・シロッコ・Scirocco  
       ここでは見えませんが、南西風が・リべッチョ・Libeccio
 
       そして、グレーコの下に見えるのがトリエステ名物のボーラ・Bora
       とりわけ冬に北東から吹き下ろす台風並みの冷たい強風。

       
       で、この青銅盤に刻まれている文字ですが
         APPRODÒ
         A QUESTO MOLO
         LA R.NAVE
         AUDACE
         PRIMA
         COL VESSILLO D'ITALIA
         III NOVEMBRE
         MCMXVIII

       この突堤に、イタリア海軍アウダ―チェ号が
       最初にイタリアの軍旗を掲げて接岸した
       1918年11月3日

       つまり当時北イタリアはオーストリア治世下にあったのが、
       第一次大戦の終わった直後、この戦争はイタリアにとっては
       オーストリアからの独立戦争でもあったのですが、
       終戦直後にこの港に、イタリア海軍として初めて
       アウダ―チェ号が着岸した、という記念碑なのですね。
       で、この出来事を記念して、
       1922年に名前も「突堤アウダ―チェ」となったのだそう。

       私は気がつかなかったのですが、横にご丁寧に、
       この碑は、敵の青銅を鋳造して作った、と説明があるそう!

       そうなのでした、単なる戦争の勇者を讃えての
       勇者の突堤 という名ではないのを知ったという訳ですが、

       実はもひとつ驚きの発見を!



       こちらが駆逐艦アウダ―チェ号ですが、
       日本語版ウィキにも説明がありまして、
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       なんと本来は、大日本帝国海軍が駆逐艦江風(かわかぜ)として
       イギリスに発注したものなのだそう!
       当時としては新型機関のディーゼルエンジンを搭載する予定が、
       第一次大戦の影響でドイツからの減速装置が入手出来なくなり
       タービン・エンジンのみの搭載となり、
       日本海軍は欲しがらず、1916年進水直前にイタリアに譲渡されたのだと。

       ここではshinkaiが付いて行ける範囲のご説明で、
       詳しくお知りになりたい方はウィキぺディアにどうぞ!

       それにしても、トリエステの突堤の名から、
       遥々「大日本帝国海軍」に行きついた時は、驚いて笑いました。
       なんと世界は狭い事!



       こちらは、現代の大クルーズ船
       この角度だと、道の上にぐっと舳先が飛び出している様に見えますが、
       いえぇ、舳先はきっちり海の上にありましたです。
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       ウニタ広場、正式にはイタリア統一広場・Piazza Unita d'Italia
       広い広い、海に向かって開けた広場で、正面は市役所。
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       イタリア統一広場という名は、第2次大戦後敗戦国となったイタリアで、
       トリエステ一帯は国連の統治下に置かれ、2分割もされていたのが、
       漸くに1954年にイタリアに返還された事を記念しての広場。

       ローマ期以前よりの古い歴史を持つ土地ですが、
       国境の町にありがちな、何度も統治者が変わる複雑な土地で、
       東欧側に残ったままの以前のイタリア領もあります。


       トリエステの夏の写真は、紫外線が強い為か、
       この広い広場を写すと、気をつけていても暗く写り、と言い訳。



       正面市役所の塔の部分のアップですが、
 
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       この写真を見ていて、鐘付き男が2人いるのに初めて気が付きましたが!
       実はこの後高台にあるお城に行った時に、
       このオリジナルの大きな像があり、
       きちんと衣類をつけたこの鐘付き男はどこの?と、
       ・・ヴェネツィアの鐘付き男は、短い毛皮だけですものね、
       一瞬湧いたままだった疑問が、ここで解決したのでした。
       はい、shinkaiも歩けば棒に当たる、ですねぇ、ははは。



       トリエステの大きな建物類は、バロック様式が多いのですが、
       こんなアール・デコ調の柄モザイクも施されたり
       こちらは広場の北側を占める県庁の壁。
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       向かいにあるこれも大きな建物、上部には・・、
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       こんな群像があり、ロイド・トリエスティーノと読めますが、
       それ以前はオーストリア船舶会社だったそうで、
       現在は州庁が置かれていると。
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       広場の中途から脇道に入り、曲がってボルサ広場
       Piazza della Borsa に出る途中の眺め
       正面の建物の壁、窓、色が、なんともレトロで良いでしょう?
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       この辺り一帯、車の出入り禁止ですので、
       こんな素敵なカフェが道に次々と・・
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       こちらがボルサ広場・かっての証券取引所・ボルサが
       あった事からの名の由来ですが、こちらは広場の東側で、
       ここも広々と、人々がのんびりと歩ける広場。
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       奥にネプチューンの泉が見えますが、



       その奥に立つ円柱上のこの人物は、
       神聖ローマ帝国王にして、ボヘミア、ハンガリー王でもある
       レオポルド1世(1658~1705在位)だそうで、
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       なぜにこににお出でかと言いますと、次代を継いだ息子
       ヨーゼフ1世がトリエステを自由港にし、
       これがこの街の繁栄の元となったのだそうでして、はい。

       そうそう、このレオポルド1世の最初の妃が、
       ベラスケスの描いた有名な皇女マルゲリーテ・テレジアで、
       彼女は母方の従妹でもあり、姪でもあるのだそうで!
       夫婦仲も良かったのが、お気の毒に22歳の若さで没。



       広場の西側部分、ネプチューンの泉が見え、
       写真左にちらと見える円柱の建物が、かっての証券取引所・ボルサで、
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       現在は商工会議所となっており、こちらは上部の飾り
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       広場の北西角、ここにもBORSAと入った建物が見えますが、
       この優雅で豪壮な建物も素敵ですねぇ
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       広場は歩行者のみなので、あちこちにお喋りの輪が固まり、
       カフェのテラス席もあり、皆のんびり気分ですが、
       中に彼のみ、ご主人のお喋りに断固と背を向け
       半ば無念無想で広場の彼方を見つめ・・!
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       さて漸くに三題の内二つが済みまして・・、
       我ながら、少し詰め過ぎかと反省しつつ書いておりますが・・、
       まぁ、もうちょっとのご辛抱でございます、皆さま、ははは。


       ボルサ広場から北に通りを一つ抜けた、
       サン・ニコロ通りの30番、南北に横切るダンテ通りに近く、
       古書店ウンベルト・サバがあります。
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       小さい扉を開けた正面に見えるのが、このサバの写真
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       ウンベルト・サバについては、
       須賀敦子さんが書かれ、サバの詩も訳しておられるので、
       そちらでご覧頂くとして、ここでは割愛しますね。



       上の写真の右下部分、本棚の前にはあれこれサバを描いた絵があり
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       間口の狭い店なのですが、天井は高く、奥にも高い本棚が並び
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       こちらは左手の書棚
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       現店主のマリオ・チェルネ氏・ Mario Cerne.
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       2か月前にも一度店にお邪魔しましたが、
       その時も今回も、こちらが日本人と見るとさっと奥の本棚から、
       この書店の載った各雑誌、そして須賀さんの「トリエステの坂道」を
       取り出して来て見せてくれます。

       須賀さんの本に書かれているご自分の名前のマリオ氏の部分に、
       鉛筆でくるっと丸が書かれていて、それを指さしながら、
       ちょっと自惚れで、と自己紹介されるのですが、
       店には次々と見物客が入れ替わり立ち替わり。
       
       そつなく応対しながら、あれこれとお喋りをし、
       訊ねられた事に応えていく、
       須賀さんが描かれた彼の様子、観光コースの一環のような応対ぶり、
       まさにその通りで、これで一体店が成り立つのか、と
       他人事ながら気になる程。

       観光客はマリオ氏を見て喋り、店の写真を撮り、彼を撮り、
       そして何も買わずに出て行く。
       私にはその辺りが見ていて少し腹立たしく、せめてにもと、



       先回行った時に買ったのが、
       このサバと書店について書かれた本
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       全部は読めておりませんが、今回このブログ書きで拾い読みし、
       サバの書店にその人生を捧げたカルロ・チェルネ氏・Carlo Cerne
       サバが「カルレット」と親しく呼んだマリオ氏の父親の事も
       少し知りました。

       サバが鬱状態に落ち込んだり、ユダヤ人排斥運動のあおりを受け
       パリやローマ、フィレンツェ、ミラノで逃亡生活を送る間、
       書店主となり店を、サバを支え続けたカルロ氏は、
       サバが亡くなった後書店の所有者に。

       日本のどなたかが、書店についてか、サバについてかな、
       本を出される準備中とお聞きしましたが、
       無料の観光地の様に出入りする方用にも、
       店に日本語で書かれた物を是非置いて欲しい、と
       余計な事も考えました。

       そしてたとえイタリア語は読めずとも、
       日本の方には、薄い小冊子でも良いので、
       店を訪れた記念の想い出としてでも、何か買って欲しいもの、
       というのが、部外者shinkai の思いです。



       サン・ニコロ通りのすぐの突き当たり、交差するダンテ通りに
       このサバ像があります。
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       足元の碑には、
       「岩だらけの山と煌めく海に挟まれた美しい街を持っていた
       1944年、亡命中の望郷の想い。
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       ダンテ通りの突き当たりには、詩の通りに山が立ちはだかり、
       夏はどこまでも明るく爽やかなトリエステの街
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       須賀さんが訪れ描かれたトリエステには
       いや、トリエステのみではなくヴェネツィアにもミラノにもですが、
       今のイタリアとは少し違う空気が漂い、
       実際の姿よりも、心に沁み込む美しさで迫ります。
       それは文学の、そして須賀さんの大きな魔法かも!

       では最後に、サバの詩「トリエステ」の一節を
       須賀さんの訳でどうぞ。

         トリエステには 乱暴な
         優しさがある   たとえば
         硬い実のようで  欲ふかい無骨な少年に
         似ている   眼が碧くて
         花束を捧げるには  大きすぎる
         手をした-------
         嫉妬まじりの
         愛にも似ている       

      
       トリエステとその周辺のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/i21

       長いお付き合い、有難うございました!

     *****


       ただ今水彩ブログには、ヴェネツィア 2題 描き始め
       をアップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

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by italiashiho2 | 2012-08-20 18:30 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(8)
2012年 08月 15日

   ・・・ トリエステの陽光、そして旨いお昼を ・・・

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       皆さま、お久し振りです!
       オリンピックもお盆も済み、ついでに私めのお休みも済み、
       元気はつらつ、・・という事にして置きましょうねぇ、ははは、
       ブログを再開させて頂きます
       再度よろしくお願いいたします!

       まずは、このお盆休みを利用してやってきた広島の若い友人と
       出かけたトリエステ、イタリア最北東部に位置する国境の街、
       光溢れ解放感溢れるこの街を、
       のんびり、そしてしっかり歩きまわった様子を
       何回かに分けてご覧頂きたいと思います。

       今回は休み明けでもありますし、街と港の雰囲気、
       そして美味しいお昼を頂いた店のご案内をまずどうぞ!

       トップは電車の窓から海が見えてきた辺り
       潮目が見え、手前ではムール貝養殖の杭も見え、


       もっとトリエステに近づくと、こんな風に湾の外に停泊する
       大型タンカーが見えて来て
       見えにくいですが、奥に広がるのがトリエステの街。
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       そうなのです、トリエステに行く時、
       いつも海が見え始めると、気持ちが、期待が高まります。


       駅構内
       これは駅の案内所の中から撮った物。
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       トリエステの駅構内は、この部分はともかく、
       だだっ広かった内部が改装され、ホームからここに至る部分が
       たくさんの店に分割され、今はスーパーもバールも開店していますが、
       まだ空いたままの店もたくさん。

       インフォには我らの前に2人先客がいたのですが、
       なんとまぁ、列車の時間比較、割引比較に粘りに粘り、
       2人が済んで街の地図を貰うまでに優に30分!

       トリエステご訪問をお考えの皆さま
       駅構内のインフォメーションは、トゥレーニターリア・Trenitalia の
       案内が主業務で、街の情報は不案内ですので、
       地図以外の他の情報は、ウニタ・ディターリア広場・Piazza dell'Unita d'Italia
       の方でどうぞ!!



       駅を出た所にある観光案内板
       はい、全て矢印が東、あっちに行け、と出ておりまして、
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       駅のインフォで貰った地図でご案内を
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       1.駅  駅前にはリベルタ広場・Piazza Liberta
       2.モーロ・アウダ―チャ・突堤アウダ―チャ
       3.ウニタ・ディターリア広場
       4.サン・ジュスト聖堂・Cattedrale di S.Giusto
       5.サン・ジュストの城・Castello di S.Giusto
       6.カフェ・トマゼーオ・Caffè Tommaseo
       7.ウンベルト・サバの書店・Libreria Antiquaria Umberto Saba

       トリエステの見所としては他に
       駅近くのオーベルダン広場・Piazza Oberdan からケーブル電車で
       街を一望に見下ろせるオピチ―ナ・Opiciina、
       ここには巨大な洞窟・Grotta Gigante があり、

       駅から西に行くとミラマーレの城・Castello di Miramare、

       駅前、オーベルダン広場、ゴルドーニ広場・Piazza Gordoni 等を通る
       バス10番が、リジエーラ・ディ・サン・サッバ・Lisiera di San Sabba、
       イタリアに唯一在ったナチの絶滅収容所に、

       バス20番が、トリエステ湾の向かい側小さな漁港、海水浴場のある
       ムッジャ・Muggia に行きます。
       ムッジャには、魚を食べるには本当に美味しくて安い組合経営のレストラン、
       小さな安いホテルも幾つもありますし、バスで30分程、
       港の水族館脇から出る水中翼船だと15分ほどですので、
       お時間のある方、ゆっくり泊まり美味しい魚を、の方にお勧めです。

       フランスはブルゴーニュにお住まいのotiumさんが
       ムッジャの美味しいレストランを紹介して下さり、
       shinkaiも行き、旨さ保証!
       小さな港の、突き出した突堤にあります。
       http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-1471.html

       ミラマーレのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/5493866/

       リジエーラ・ディ・サン・サッバのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/5491205/

       トリエステとその周辺のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/i21



       重厚な駅の眺め
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       駅前のリベルタ広場にあるオーストリア最後の皇帝妃シシー
       素晴らしい美貌でフランツ・ヨーゼフ皇帝をイチコロにしたエリザべッタの像。
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       ここは広場というよりも公園の感じで大きな木が茂っているのですが、
       こんな風にカモメが何羽も鳩に混じって餌の確保を
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       こうして駅を後にし、右手の道を辿りますと
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       じきに港、海が見えてきます!
       素晴らしく陽が煌めく朝で、爽やかな風、
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       傍らの海を覗きこむと、こんな小魚がいっぱい!
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       朝食を家で軽く済ませ出かけ、到着後にもう一度朝食をしたにもかかわらず、
       こういうのを見ると、網でざっとすくって、ジュッと空揚げにしたら・・!
       と言いあう我ら!!



       突堤アウダ―チャで港の空気を吸い、爽やかな風に吹かれ、
       開放感を味わいつつ・・、

       ここはサン・ニコロ通り・Via San Nicolò
       横切る通りは車が通るのですが、この道は歩行者専用で
       幾つもカフェが道に張り出し、素敵な通りなのですね。
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       この写真の右側に、地図7番のウンベルト・サバの書店があり、
       2か月前にもお客様と一度来たのですが、
       今回の友人も須賀敦子さんのファンで、やって来た次第で、
       書店の様子はまたご案内いたしますね。


       通りでどこでお昼をしようか、と話していると
       老ご夫婦から英語が話せるかと話しかけられ、
       向こうが何か聞きたいのかと思いましたら、
       逆にどこに行きたいのか、とご親切に。

       シニョーラの方は20年ほどクルーズ船に勤務していたそうで、
       地中海内はあちこち行ったけど、日本には行ったことが無い、
       いつか行けると良いなぁ、と。
       良いですねぇ! 
       トリエステはイタリアで一番年金生活者層が多いのですが、
       それでもこの気分の若さ、明るさ! お手本ですねぇ。

       魚が食べたい、と言いましたら、
       ではこの道を真っ直ぐ海に向かい、サン・ニコロ教会の横の
       カフェ・トマゼーオに行きなさい。
       カフェという名でもちゃんと食事ができ、美味しい、
       外でも食べられるし、リストも値段がちゃんと出ているから、
       と教えて貰い、


       では、と感謝の握手をして別れ、やって来たのがこの店、
       年季の入ったメニュー
d0097427_6334966.jpg
 
d0097427_6343121.jpg
    
       実は駅前に夏のシーズン用か、テントの案内所が出ていて、
       そこで再度地図を貰ったのですが、
       有名なカフェ・サン・マルコの位置を訊ねましたら、
       今は夏で閉っている、と、
       カフェ・トマゼーオはここ、と印をつけてくれたのですね。
       という事で、名前が重なリ、ここにしようと決めたのでした。



       外のテラスはこんな感じで、写真では他のお客が見えませんが、
       徐々に詰まりまして・・、
d0097427_6344765.jpg



       サン・ニコロ通りと駅から来る海岸大通りの
       角に接し、西横にはサン・ニコロ教会。
d0097427_635567.jpg



       まずは生ビールが来て、・・ああ、美味しいねぇ!!
d0097427_6351833.jpg

       左に見える容器にパンが入っておりまして、
       フィノッキオ・ウイキョウの種入りのパンもあり、
       プンと香りのする、ビールにぴったりのパンでしたぁ。

       生ビールはビッラ・アッラ・スピーナ・Birra alla spinaと言い
       大概の店にありまして、
       ビオンダ・ブロンドか、モ―ラ・黒髪か、と聞かれます。

       ビッラ・ビールが女性名詞なので、ブロンド女か黒髪女かとなり、
       好みの女性を聞かれているのではありませんので、
       男性方、慌てしゃんすなよ、ははは。

       お味は、ブロンドが軽め、モ―ラは濃い目です、色の通りね。



       さて、まずは海の幸のアンティパスト
       右下手前が、蛸のマリネ、メルルーサのヴィチェンツァ風パテに
       カリッと焼いた薄いパン、海老のマリネ、鰯のサオール・
       イワシの唐揚げと玉ねぎ炒めのマリネ。
d0097427_6355275.jpg

d0097427_6364317.jpg

       半分づつ取り分け、自分のお皿に盛り、
       ルーコラと一緒に頂きます、旨かったなぁ!
      


       お次は、shinkaiが魚のスープ
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       友人は貝類と海老のスパゲッティ・スパゲッティ・アッロ・スコーリオ・       Spagetti allo scoglio
d0097427_6372098.jpg

       ボンゴレ・アサリだけのスパゲッティも美味しいですが、
       こちらはムール貝も海老も入る豪華版で、
       お値段も少し張りますが、美味しさは各段で、
       次回のチャンスには是非どうぞ!



       食べている間に、横を小さなブーケを持った白いドレスの女性
       数人が行き、あ、結婚式だ、と思っていたのが、
d0097427_638272.jpg

       我々が食べ終わった頃、無事市役所での式が終わったか、
       再び通り、アッ、と思ってカメラを手にしたものの、
       あああ、美しいブロンドの花嫁の横顔が隠れてしまい・・、



       こんな友人同士の挨拶のキス場面がね
d0097427_638151.jpg

       男性はイマイチですが、ははは、失礼、
       女性が美しいので、良しとしてやって下さいませぇ。



       で、最後をカフェで〆まして
       トリエステに本社のあるイッリ・illyのカフェ・マッキアートと
       横に生クリームが付いて来ました。
d0097427_6383888.jpg

       ウィンナ・コーヒーの面影がこんな所に顔を出し、
       さすがオーストリア治下にあった土地柄ですねぇ、
       奥に小さく丸く見えるのは、チョコレット・クッキー。

       ええと、これで全部で56エウロ足らずだったと。



       こちらが店の正面で、奥に見えるのがサン・ニコロ教会、
       海岸通りですから、すぐ分かります。
d0097427_6385840.jpg



       店内も素晴らしく、写真を撮りませんでしたので、
       サイトの方でどうぞ。 メニューもあります。
       http://www.caffetommaseo.com/default.aspx



       この後港を一望に出来る高台のお城とサン・ジュスト教会に行き見物、
       駅とを結ぶバスに乗って戻り、

       駅の掲示板に、国境駅に相応しく、というには夕方なので1便だけですが、
       ドュッセルドルフ行きの文字が見えたので、
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       時間が少し早いのですが、コネリアーノまで2時間少々掛かり、
       この夕には再度我が友人達との会食があり、
       早めに戻ったという訳でした。


       トリエステのお城や聖堂、サバ書店については、ご案内をお楽しみに!
       と、古寺巡礼も忘れずに続けますので、こちらもよろしくどうぞ。

    
     ***

       ただ今水彩ブログには、途中経過、ピエンツァとトランザックワ
       をアップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくどうぞ。


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by italiashiho2 | 2012-08-15 22:50 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(8)
2011年 07月 21日

   ・・・ トリエステの海に臨み ・ ドゥイーノの城 2 ・・・

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       昨日に引き続き有難うございます!
       イタリア最北東部、国境の街トリエステから西に約15k、
       トリエステ湾に臨み、絶景の眺望を持つ
       ドゥイーノのお城・Castello di Duino のご案内を続けます。

       上の写真は、今回5月の末の訪問の際写したもので、
       眺めが素晴らしい、なんぞと呑気に言っておりますが、
       現在廃墟になっている古い方の10世紀からのお城が出来た当初は、
       それ以前のローマ期からのものがあったと言いますし、
       16世紀のこのお城もやはり懸崖絶壁上の要塞として
       恰好の役割を果たしていた事でしょう。


       さてここからは2階のお部屋。
       壁の厚さにご注目を!
       厚みを利用して、すっぽり暖房機が収められているのですね。
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       古いお城を訪問した時、壁の厚さにいつも驚くのですが、
       窓辺はその厚さを利用して座れる様になっていたりして・・、
       お城の中に住んだ中世の人々の、外の世界への憧れも感じます。



       窓から、この様に海が見えます
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       部屋の窓から海が見える、しかも建物の隙間の海ではなく、
       広い水平線が見えるなんて、大変贅沢な事ですよねぇ!

       ・・ですが私の様な人間には、気が散る事も確か!
       昔、海の無い長野から神戸の西の山の上の中学に転校した時、
       一日中海を眺めておりました。
       幸か不幸か、3週間後にまた転校という事になりましたが・・!


       こちらは奥が礼拝堂で、入れません。
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       ちょっと私室風イメージがあり・・
       楽器や、肖像画など。
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       美しい衣装箪笥と、お揃いの書き物机
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       この緑の色は、本当はもっと柔らかい薄い緑色。
       机の上の吸い取り紙の揺らす形、懐かしい形が見えます。
       なんと言いましたっけ?
       



       快晴の暑い日曜でしたので、海にはたくさんのヨット、ボート
       養殖の筏や杭も見えます。
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       何の養殖だと、レナートが教えてくれたのですが・・。

       「追記」
       メールが届きまして、コッツェ・Cozze
       ムール貝の養殖 だそうです。




       お城のすぐ近くから、この海辺の崖上を通り、
       東のシスティーナ・Sistina までの約2kの散歩道
       リルケの小道・sentiero RILKE と呼ばれますが、
       その切り立った崖の様子をどうぞ。
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       この一帯は、カルソ・Carso と言われる石灰岩の地域で、
       厳しい眺めではありますが、白いので、重苦しい印象は受けませんよね。
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       一番奥に見える大きな街がトリエステで、
       左手前に海に突出す白いお城が、ミラマーレの城
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       リルケの小道
       http://italiashio.exblog.jp/5351800

       ミラマーレのお城
       http://italiashio.exblog.jp/5493866
       お城のどの部屋からも、海が見える素晴らしさで、
       かのエリザベス皇妃シシーも、何度か訪れたのだとか。
       建設したマッシミリアーノ(マキシミリアン)は
       メキシコ皇帝となり旅立って行き、
       僅か3年後、かの地で革命の為銃殺刑に。

       初めて知った時は驚きましたが、
       考えて見ると、既に19世紀の後半で日本でも明治維新に、
       新たな政治気運が各地で巻き起こった時代。
       逆にヨーロッパは未だ宮廷文化だったのだなぁ、と
       歴史の横の繋がり広がりにも注意を、と気が付いた事でした。
       
       


       お城の崖のすぐ下辺りにも、たくさんのボートが舫い・・、
       う~ん、やっぱり覗き趣味があるなぁ。
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       食卓もセットされ、
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d0097427_0465765.jpg
      
       彩がなかなか可愛い気もするのですが、
       コップなど、家紋が入っているにせよ、
       少し形や厚さが無粋な気も・・、失礼!



       この大きな大きな燭台!
       ローソクの足元からコップの口まで、50cmは・・。
d0097427_0471612.jpg

       う~ん、ローソクの時代も、このお城は知っているのですねぇ。



       音楽室、と呼んで良いかと。
d0097427_0473097.jpg

       各室に楽器があるのはお気づきと思いますが、
       どうやらこのご一族は代々音楽に親しみ、奏した様子。
       後でご覧頂きますが、大変な数の楽器のコレクションもあり、
       一家揃ってこの部屋で音楽を合奏し、愉しみ、
       お客様のおもてなしにも、と想像します。

       壁にある絵画は、騎馬像とか枢機卿とかで、
       ご一族、またはご親族から輩出の人物でしょう。
       ・・ええ、世の中色々でございますです!       



       3階にあるテラス
       既に何度も繰り返しておりますが、
       ・・まさに素晴らしい180度の眺望!
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       ヨットが舫い
d0097427_048625.jpg
       
       右上のぼんやりは・・、


       このテラスの柱にからむジャスミンの花
       咲き誇り、むせるような甘い香りを一面に。
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       古い城の廃墟越しに、広がる海
       潮目が光ります!
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       居心地良さそうな、読書に最適の部屋の隅。
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       図書室がありまして、この左右にも床から上までぎっしり。
       中に入れず薄暗く、これ一枚だけブレずに撮れました。
       やはり、殆ど革製本され。
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       ご一家で、こうして合奏の練習もされ、愉しまれたのでしょう。 
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       廊下に、ずらっとコレクションが並んでおりまして
       これで半分、いやもっと少ないかも、
d0097427_0493137.jpg

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       みな弦楽器で、中には名のある楽器、
       由緒あるものも含まれている様子ですが、
       説明を全て読む余裕も、それほどにもの関心も・・、
       とにかく、品数が多すぎ!
       はい、弦楽曲は大好きですが、
       名手の弾くCDを聴くのが良い、無粋な人間。



       薄暗い廊下から再度テラスに出て、海の眺めを愛で
d0097427_0503372.jpg

d0097427_0505043.jpg


       そうですね、次のチャンスには
       あの古いお城の廃墟にも行ってみたいものです。
       2回のお付き合い、有難うございました!


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       この夏は、暑い日が少し続くと嵐が来たり雨になったり。
       まぁその分、涼しく凌ぎやすくなるので助かりますが、
       おかしな夏には違いありません。

       今朝のプールも、昨夕からの雨で余りにも
       水の温度が下がったと、屋内に変更、
       さぁ、そうなると子供達のコースもあり、
       大賑やかでコーチの声も聞こえません!

       明日からまたお天気になるという予想ですが、さて・・。
       
       金曜日に、パドヴァで今月末まで開催の
       「グアリエントとパドヴァ・カッラーラ家」の
       展覧会に友人と出かける予定です。

       久し振りのパドヴァなので、写真も見て頂けるよう、
       展覧会の様子もお知らせできるようにと思っていますが、
       ・・という事で、
       金曜夜の、そちらの土曜、のブログアップは少し遅れるかもですが、
       よろしくお願いいたします。


       自分の古い記事にリンクし、再度見て読んで頂こう
       という時には見直すのですが、時になんとまぁ、と
       我ながらその物足りなさ、ずさんさに驚き・・、
       ですが、ご勘弁願います!!
       その想いがある分、
       今も少しずつ努力致していますので、・・ホンマだすぅ。
       
       
       ではではまた、呆れずに、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

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by italiashiho2 | 2011-07-21 00:09 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2011年 07月 20日

   ・・・ ドゥイーノのお城 ・ トリエステの海に臨み ・・・

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       今日は、イタリアの最北東、国境の街トリエステ・Trieste
       から西に約15kのドゥイーノ・DuinoーAurisina にある
       古くからのお城・Castello di Duino にご案内を。

       行きましたのは5月の末の快晴の日で、
       海に臨むお城からの眺めが素晴らしかった!

       トップの写真は何年も前に行った時のものですが、
       当時はまだお城が公開されておらず、
       お城のすぐ横から、東のシスティーナ・Sistina に向かい
       海沿いの崖の上を辿る、全長約2kの
       リルケの小道・sentiero RILKE と呼ばれる散歩道からのもの。

       詩人リルケ・Rainer Maria Rilke がかってこの城に滞在し、
       散歩しつつインスピレーションを受け書いたといわれる
       ドゥイーノの悲歌・Elegie duinesi で有名な小道はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/5351800
       素晴らしい眺望、どうぞご覧下さいね!


       ドゥイーノはどこにあるか、地図をどうぞ
d0097427_0291830.jpg

       グレイの線が、スロヴェニアとの国境になりますが、
       地図に赤いAの付いている場所は町の方で、
       今日ご紹介のドゥイーノのお城は海沿いの赤い四角の位置に。

       トリエステ・Trieste から約15kと書きましたが、
       もっと近くにはミラマーレの城・Miramareもあり、
       こちらはオーストリア、ハプスブルグ家最後の皇帝フランツ・ヨハネの弟
       悲劇のメキシコ皇帝マキシミリアンが建てた19世紀のお城があり、
       http://italiashio.exblog.jp/5493866

       そこから北東、山の中にあるルピングランデ・Rupingrande
       ここは山の上の教会から見下ろす向こうは、スロヴェニアの国。
       石造りの重厚な要塞兼の教会を良く覚えておりますが、
       今改めて見て、様子をまたご紹介します、と書いたきりの
       宿題無提出に気が付きました、ははは。
       それでもまぁ、イタリア北東部国境の村々の様子はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/5721170

       地図の左上に見えるモンファルコーネ・Monfalcone は、
       ヴェネツィア・メストレと共に、大型クルーズの造船で有名な町。

       トリエステやムッジャについてもご案内をしておりますので、
       右のカテゴリ、トリエステ・その周辺 からどうぞご覧下さいね。



       さて、ここがお城への入り口
d0097427_029364.jpg

       門の左に見える掲示には、
       Castello di Duino  
       公開 4月~10月半ば 9:30-17:30
          10月半ば以降  9:30-16:00
          冬季  週末と祭日に公開  9:30-16:00
       要入場料、10エウロ位だったと。
      


       入り口から見える奥の城館
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       ちょっと珍しい彫りを施した井戸もあり、
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       奥の城館に続く、中の門
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       で、この右手前に見える低い石塀の右側には、
       低い位置に庭園が広がり、向こうに海が見える素晴らしい眺め
       その噴水池に、
       ほら、カモメが飛んで来たのが、見えますか?
d0097427_0305268.jpg



       あ、カモメだよ、と言っているうちに
       チャポッと浸かりまして・・、
       水を飲みに来るのかも、ですね。
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       いつも通っている市のプールですが、仲間の言うには、
       屋外のプールには冬の間、近くの川から鴨達がやって来て
       泳いでいるそうで・・! ははは。



       入り口から城館へは少し緩やかな坂のカーヴした道で、
       とにかく素晴らしい眺め!
       写真は、海沿い左から右への眺め
d0097427_0313858.jpg



       岩の上に、古いお城の遺跡がみえますね。
       ローマ期の廃墟を利用して作った10世紀のお城跡だそうで、
       ここには、悲しい王妃・ダーマ・ビアンカの逸話
       残酷な夫に耐えかね海に身投げしたという、が伝わります。
d0097427_032461.jpg

       ここもシーズン中の日曜日に、
       要予約で見物出来る様子。

       お城のサイトはこちらに
       http://www.castellodiduino.it
       Tel. 040 208120 - Fax 040 208022
       見物についての問い合わせは  visite@castellodiduino.it
       他の問い合わせ(宿もある様子)info@castellodiduino.it



       で、この岩の下にこんなボートが見え、
d0097427_0322145.jpg

       ルイーザの夫レナートが、
       シンカイ、あんたのカメラならドルチェ・エ・ガッバーナが撮れるだろ?!

       ドルチェ・エ・ガッバーナ云々は、こちらのCMをね。
       この夏、また新版が時々出ておりますですよ。
       http://italiashio.exblog.jp/5890795

       ついでにカプリ島一周、青い海も!
       http://italiashio.exblog.jp/13410653

       レナートの写真でお目にかけた
       サン・ボルド峠 ・ 難所の峠越えは
       http://italiashio.exblog.jp/12800329



       と、そそのかされて精いっぱいの望遠で!
d0097427_0323898.jpg

       あのね、お腹の出っ張ったシニョーレでね、で、3人いるよ。
       出っ腹か、がはは!

       ・・我らは覗き仲間かや?!  



       カーヴの道の向こうに、綺麗に修復された城館が見え、
d0097427_03317.jpg


     
       館の下になる入り口を潜り
       この写真は中庭からで、右から入って来て、
d0097427_0331996.jpg



       中庭の、向こう正面の建物
d0097427_033349.jpg
       
       入り口には礼拝堂と書いてありますが、
       こちらの棟に、現在も城主一家がお住まいと。



       中庭の左手に聳える塔
       途中まで上れるそう。
d0097427_0335239.jpg



       中庭の右手奥の棟、そして右手前の棟、
       この海を見はらす棟が公開され、見物出来ます
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       入り口脇の部屋から
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       なんとも素晴らしい眺めでしょう?!! 
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       下の部屋の展示物
       たくさんありすぎ、しかも有象無象な物までもでして、・・ひがみ、
       ですがこれらは、値打と見ます。
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       下の部屋の廊下から、中庭を望み
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       廊下奥にある階段から上の階に行きますが、
       これが素晴らしいらせん階段でして、
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       まず床の大理石の柄
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       3階まで部屋の公開があったと思いますが、
       上から眺めおろすとこんな様子。
       優雅でしょう?!
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       ドゥイーノのお城は、古い10世紀からの城、
       遺跡が岩山の上に見えましたが、の代わりに、
       元からあった16世紀の塔に増築されたものだそう。

       城の現在の持ち主
       なにせ14世紀以来の歴史を誇る城と貴族でして、
       その変遷を語るのはお許しを願い・・、
       現在はデッラ・トッレ・エ・タッソ公爵・della Torre e Tasso
       元はベルガモ出身のドイツの著名な貴族の流れをひき、
       
       Thurn und Taxis家と言うと、
       1400年代からヨーロッパの郵便事業を始めた草分けで、
       350年以上にもわたり事業を続け、
       その家名が郵便システムに結び付いた家系なのだそう。

       詩人のリルケが滞在し、彼の大パトロンでもあったのは
       良く知られているそうですが、
       それ以前にダンテが滞在したとも、と昔読みました。
       が、こうして改めて城の歴史を見ると、
       ダンテの時代には現在の城はまだなかった事になりますね。
       まぁ、城館持ち主のご先祖様はお出ででしたので、
       そのお館に、という事でしょうか

                   
       展示の中には、こんな古い写真もあり
       如何にもの貴族的風貌が窺われますが、
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       この麗しい婦人の肖像を、今日の最後に
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       引き続き、明日は上階の部屋や
       テラスからの素晴らしい眺めをご覧頂く事にしますね
       お楽しみに!

   
       夏バテせず、ブログも頑張って続けられるよう、
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by italiashiho2 | 2011-07-20 00:10 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2007年 02月 09日

   ・・・ ムッジャ ・ Muggia ・ トリエステ湾の、小さな港町 ・・・

      冬の、霧の風景を少し忘れるべく、今日は夏の陽射し輝く、
      小さな港町のご紹介です。
      トリエステからバスで約小1時間、ぐるっと回りこんで、
      海を挟み、南側の正面あたりに、このムッジャはあります。
      このムッジャの猫さん達は、すでにご紹介しているので、
      今日は町と、港の様子をご覧頂きます。 


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      ◆町への入口

       バス駅は町のはずれにあり、古い町の中心には
       この門をくぐっていきますが、
       この上は家のテラス風になっていて、実際は
       写真から受けるイメージとは、すこし違います。



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      ◆中心広場 ・ ピアッツァ・マルコーニ  (絵葉書)

       広場の様子が良くわかると思います。
       広場の東側を、ドゥオモ(13世紀・ヴェネツィア・ゴシック様式)
       が占め、北側に市役所の建物があります。



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      ◆市役所

       このムッジャは、イストリア半島の付け根の部分に位置し、
       10世紀には、アクイレイアの司教領となり、
       後、15世紀に、ヴェネツィア共和国の元に入りました。
       で、町はまさに、鄙びたヴェネツィア の面影を漂わせています。



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      ◆サン・マルコのライオン君

       ヴェネツィア共和国領となると、欠かせないのが彼、
       このサン・マルコの、翼を持つライオン君。 
       こうして今も、精一杯怖い顔をして見せています。



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      ◆ドゥオモ

       広場の東にある、13世紀のドゥオモで、
       少し特異な形をし、素晴らしい薔薇窓があります。  
       太目の、尖った鐘楼は、15世紀の物。
       このマルコーニ広場を中心に、町の様々な催しが行われ、
       ムッジャのカーニヴァルも有名です。



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      ◆港風景  (絵葉書)

       上の広場の北側にある、小さい、内側に入り込んだ港で、
       ここには、小型の漁船が舫っていました。
       絵葉書の右上に、お城が写っていますが、
       イストリアとの国境にある事から、守備目的のお城で、
       14世紀には、トリエステ陣に破壊された歴史もあるとの事。



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      ◆港風景  1

       市役所の横を抜ける小路を、港の側から。
       古い、小さな漁港の周囲は、建物に取り囲まれ、
       いかにも、長閑な雰囲気が漂っています。



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      ◆港風景  2  

       上の写真の向かい側の建物。  
       イメージもいささかレトロで、とても懐かしい感じ。



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      ◆建物の窓

       上の写真の、右側の建物の窓。

       ペンキの剥げ落ちた窓の鎧戸と、
       ささやかに窓辺を飾る、小さな花の鉢。
       ヴェネツィアの赤、と呼ばれる壁の色、
       そして、街灯。

       このイメージが、とても好きです。



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      ◆外側の港

       内側の港の横を辿ると、外の開けた港に出ます。
       ここには、こうした小さな洒落たヨット、
       そして少し大きな漁船、等が。



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      ◆トリエステを望む

       海を挟み、北側にはトリエステの街が広がります。
       一番西の端から、パノラマ風に連続写真を撮りましたら、
       5枚におさまる、長さでした。
       これはその3枚目。  トリエステの中心部でしょうか。



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      ◆古い教会  1

       ムッジャの町は、すぐ背後に丘が迫り、
       町の小路は狭く、急な坂が続きます。
       お城への道を辿り、あちこち曲がるうちに出合った
       小さな、素朴な教会です。



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      ◆古い教会  2

       上の写真の、教会入口部分。  
       半円形の上に置かれた聖母子像と、上の
       素朴な薔薇窓が、大変素敵でした。
       残念ながら、扉は閉じられていましたが。



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      ◆城壁

       町を見下ろす丘の上に、古いお城があり、
       かっては、町を市壁で囲んでいた、との事。
       この物々しい城壁を見ると、国境の城の、
       守備の意識が、垣間見えるようです。



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      ◆お城の窓

       現在このお城は、個人のものだそうで、
       こうして、どなたかが住んでいる様子が窺えました。



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      ◆港の眺め

       お城のある高みから、港が一望です。
       この港は外側の広い方で、
       奥に見える大きな船のドックは、ムッジャの町の外、
       その奥、山腹に広がる所が、トリエステの街の、
       東側部分に当ります。



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      ◆海の夕暮れ

       こうして一日遊び、帰路の汽車の窓から眺める夕陽。
       トリエステを出ると、汽車は高台を走るので、
       何もない、広い海が見渡せます。

       ブレていますが、ご容赦を。


    ***

by italiashiho2 | 2007-02-09 01:06 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(8)
2007年 02月 02日

   ・・・ トリエステ ・ 黄昏 ・・・

      今日は、グロリオーザさんの「国境の街・トリエステ・その2・
      トリエステ・黄昏
」 のご案内です。
      いつもとは、ちょっと一味違う彼のコメントで、
      ゆっくりと、黄昏のトリエステをご散策くださいね。


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      ◆青い海

       さわやかに晴れ渡った午後だった。
       私はホテルのチェックインを終えるとすぐ、海に向かった。
       ホテルから垣間見えた、海の切れ端。
       それが、通りを1つ越えたとたんに
       青いカーテンのように、ふんわりと私の目の前に広がった。



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      ◆2人の海

       アドリア海に突き出た1本の埠頭に踏み入る。
       あと数時間で11月も終ろうというのに、
       コートどころか、セーターさえも脱ぎたくなるような
       暖かさが港を包んでいる。



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      ◆勇者の埠頭  1

       老人夫婦、婦人のグループ、若者のカップル、
       さまざまな人たちが、この埠頭を目指して集まってくる。
       店があるわけではない、 イベントが開かれるわけでもない。
       あるのは海だけ。
       そんな場所に、世代を超えて続々と人が集まってくるのだ。



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      ◆勇者の埠頭  2

       モーロ・アウダーチェ。
       「勇者の埠頭」 と名付けられた場所に
       集う人たちのまなざしは、
       その勇ましい名称とは裏腹に、慈しみに満ちている。



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      ◆勇者の埠頭  3

       まだ10代と思える、旅の途中の女性が、
       釣り糸を垂れていた老人に話しかけた。
       「この海の向こうには、何があるんでしょうね」
       「海の向こうかい? 向こうにあるのはイタリアだよ」



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      ◆カフェ・サン マルコ

       トリエステは、イタリア。
       しかし、異国の装いに彩られたイタリアだ。
       シシーの銅像を街の玄関に据え、 
       ウンベルト・サバが通ったという、老舗のカフェ
       の壁は、アールヌーボーで飾られている。
       角の土産物店では、モーツァルト・チョコが主役だ。

       オーストリア領だった時は、内陸の国唯一の港湾都市として
       揺るぎない地位を築いていた。
       が、港だらけのイタリアに復帰したとたん、その存在価値は
       辺境の一都市、というレベルにまで落ち込んでいった。

       過去の歴史に対する強い郷愁と、ほのかにくすぶる憎悪。
       今の、置かれた立場への、心のゆらぎ。
       そんな、エトランゼとしてのイタリアが、
       ここに漂っているように思える。



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      ◆黄昏ていく海

       青かった海が次第に
       オレンジ色に染められて行くにつれ、
       人々は寡黙になっていく。



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      ◆沈みゆく太陽

       視界の先にあるのは、アドリア海に沈み行く太陽。
       潮騒のリズムに合わせて、きらめく光の粒が波頭に広がり、
       黄昏の世界は急速に赤味を増して焼け付く。
       何という色だろうか。
       私の脳裏には一つの言葉しか浮かばなかった。
       「血の色の海」



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      ◆海を見つめる人

       哀しいまでに美しい光の変化を
       常に見続けて生きる人は、
       心に何を宿すのだろうか。



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      ◆黄金色の運河

       すっかり日が沈み、宿に向かって歩くうちに、
       運河にぶつかった。
       運河といっても、ヴェネツィアとは一味違った
       真っすぐに延びる運河だ。
       その突き当たりに建つサン・ジョヴァンニ教会が、
       黄金の衣をまとって、闇に浮かび上がっている。



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      ◆吹きぬける風

       夜とはいっても、まだ八時を過ぎたばかりなのに、
       街路を歩く人の姿がとても少ない。
       その分だけ、石畳を踏みしめる靴音が
       乾いて聞こえてくる気がする。
 
       風が出てきた。  それも急に勢いを増し、
       ボタンを外していたコートが、
       引きちぎられるかのように翻った。
       思いがけない衝撃に、ふらりとよろけそうになる。

       夕方までの暖気はどこへ行ったのだろうか。
       一足早く飾り付けられた、
       クリスマス・イルミネーションが激しく揺れ、
       刺すような冷たさが、街を吹きすぎる。
 
       交差点で、信号待ちをしていた女性に声を掛けてみた。
       「これがボーラという風でしょうか?」
       冬のトリエステに吹き荒れるという、
       季節風の事を思い出したからだ。
       女性はかすかに笑みを含んで、首を横に振った。

       代わりに、ハンチングの良く似合う老紳士が答えてくれた。
       「ボーラはね。こんなもんじゃあないよ。
       ボーラが吹いたら、あんたなんかすぐ飛ばされてしまうよ」



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      ◆おやすみ

       「ボナ ノッテ」
       別れ際の老紳士のしわがれ声が、
       風に乗って闇に舞った。


     ***

       如何でしたか、今日のグロリオーザさんの
       「黄昏のトリエステ」のご案内は?

       海を前に、人はロマンチストになるのでしょうか?!
       素晴らしい女性の横顔を見つめ、
       文学青年(だった?)の熱情が迸り出たようです。 ふむ!!

       少しレトロな雰囲気の、カフェの様子も素敵ですね。
       隅の席に座り、生クリームを浮かべたカフェなど
       ゆっくりと味わってみたくなります。
       「illy・イッリ」という美味しいカフェ・エスプレッソ、
       他のイタリアのカフェと一味違う、
       このトリエステから生まれた、カフェが好きです。

       統一広場の前に突き出す「勇者の埠頭」は、
       夕方になると、散策の人々で溢れます。
       クルリ、クルリと回る、灯台の灯りを見つめ、
       埠頭の先から逆に振りあおぐ、トリエステの街。
       これもまた、大変素敵な眺めでした。


     ***

by italiashiho2 | 2007-02-02 02:30 | ・トリエステ・周辺 Trieste e
2007年 01月 26日

   ・・・ 国境の街 ・ トリエステ その1 ・・・

      先回のお知らせに頂きました、皆さんからのたくさんの
      暖かい、嬉しい励ましに、心からお礼を申し上げます。
      本当に有難うございました!
 
      ブログの方も、グロリオーザさんのお陰で
      こうして続けさせて頂いております。  感謝です。

   ***
  
      今回は、国境の街・トリエステを紹介します。

     トリエステはヴェネツィアから電車で約2時間、
     イタリア半島の北東の端にある、アドリア海に面した港町です。
     イタリアといっても、14世紀からハプスブルグ帝国時代の終る
     20世紀まで、オーストリアの支配下にあったところだけに、
     まだ色濃くその面影を残しています。




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      ◆駅前広場・シシーの像

       駅のまん前にあるリベルタ広場には、
       ハプスブルグ家の、悲劇の皇后エリザベートの像が、
       今も堂々と存在していました。



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      ◆トリエステ駅

       駅そのものも、宮殿の広間を思わせる
       風格たっぷりのたたずまいです。



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      ◆トリエステ・バス駅

       駅隣りのバスターミナルには、
       国境を接するスロヴェニアや、クロアチア行きの
       バスが毎日運行されています。



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      ◆イタリア統一広場  1

       市街地に入ると、きらびやかな
       金で装飾された、建物の壁面が目に付きます。
       この建物は、イタリア統一広場の政庁舎です。



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      ◆イタリア統一広場  2

       同広場の中心にあるのが市庁舎。
       ゆったりと海に面したこの広場は、
       ヴェネツィアにおける、サンマルコ広場のような
       存在です。  開放的で、街の人たちがくつろぐ
       風景が、ここに見る事ができます。



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      ◆イタリア統一広場  3

       夜に灯される、市庁舎のライトアップは圧倒的迫力。
       12月とあって、広場にはクリスマスツリーが
       整然と並んでいました。



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      ◆イタリア統一広場  4

       広場前の道路にある街灯は、とても雰囲気のある形。
       路面を照らす青い照明もあり、
       黄昏時の美しさは一入でした。



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      ◆街・夜景

       少し駅側にある、ポンテ・ロッソ広場付近の夜景です。
       この辺の感じは、ウイーン・リンク通りにある
       オペラ座周辺を思い出させます。



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      ◆サン・ジュスト教会  1

       市民の心の拠り所であり、街のシンボル
       でもある、サン・ジュスト聖堂。
       ローマ時代の2つのバジリカ跡に、サンジュスト教会と
       アッスンタ教会を結合させて再建したもので、
       正面のバラ窓が、大変美しい。



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      ◆サン・ジュスト教会  2 

       聖堂内部。  中央祭壇のモザイクは、
       わりと新しいもののように見えました。



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      ◆お城前広場

       この近くに建っていた、大きな彫像です。
       戦士の姿にも見えたのですが、
       何なのかはわかりませんでした。



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      ◆旧ラザレット通り

       ラザレット・ヴェッキオ通り。
       明るい陽光の降りそそぐ海岸通りから、
       1つ山側に入ったこの通りに、
       トリエステの代表的詩人 ウンベルト・サバの詩が
       掲げてあると聞いた覚えがあり、それを探しました。



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      ◆旧ラザレット通り

       これが、そうです。

       トリエステには、閉ざされた悲しみの長い日々に、
      自分を映してみる道がある。
      ラザレット・ヴェッキオ通りという名の


       この標識のすぐ前のバルで書いた私のメモ。

       少し湿った香りの漂うこの通りで今、サバの詩を見つめている。
      店の前を通る老人と、ふと目が合った。目尻に刻まれた深いしわ。
      それが彼の年輪とするならば、ローマ、アクイレイア、ヴェネツィアの
      支配を受け、つい100年ほど前まではオーストリアの領地であった
      トリエステの年輪とは何だろうか。
      決して自らが主役にはなりえなかった歴史の中で、
      悲しみを心の奥に閉ざして生きてきた長い長い時間が、
      海も見えず、山にも登りきれないこの狭間の通りから
      立ち上ってくるかのように感じられた。


       ラザレットという言葉は、伝染病院という意味のようです。
         「古い伝染病院通り」
       なんと言う恐ろしい名前なのでしょうか。

       ヴェネツィアに戻って地図を見ていたら、
       リド島のすぐ近くに「ラザレット・ヴェッキオ島」
       という島がありました。
       ここには、15世紀にペスト患者を隔離するための
       伝染病院が建設され、患者が収容されていた歴史が
       あるということです。
       ここと関係があるのか、それとも別の歴史を持っているのか。
       ご存知の方がおられれば教えてください。

    ***

       如何でしたか、グロリオーザさんのトリエステのご案内は?
       いつもの様に大変美しい写真で、トリエステの夜を
       知らない私には、大変魅力的でした。

       街も大きく、歴史の変遷も長いこの街のご案内は
       1度では難しく、引き続き来週もしてくださる予定です。
       お天気に恵まれ、日中の気温が17度にもなったそうで、
       次回は、港や、埠頭風景もご覧頂く予定との事。
       お楽しみに、どうぞ!

       トリエステは、第2次大戦後、敗戦国として国連の統治下になり、
       その管理がユーゴ・スラヴィアに任されました。
       イタリア統一広場、という名前は、その後イタリアに
       再統一された記念に由来し、サン・ジュスト教会近くの
       広場の銅像は、その記念の、兵士の像だと思います。

       お城、そしてサン・ジュスト教会は街の高台になり、
       ここからの街の眺め、港の眺めの美しさは最高です。

       サン・ジュスト教会のモザイクは、保存が大変よく
       新しい物のように見えますが、12世紀の物との事。、
       この教会前に、歴史美術博物館があり、ギリシャの赤絵の壷、
       ローマ期のブロンズ像など、が溢れているそうですが、
       私はまだ見学しておりません。

       「ラザレット」という言葉は、グロリオーザさんの
       書かれている通り、キリストにより蘇ったラザロ という
       青年の名に由来し、伝染病患者の隔離の為の施設
       を指すもののようです。

       で、ヴェネツィアに限らず、あちこちにこの名を持つ施設が
       あったようで、今もこの名が残っています。

       という事で、来週の トリエステ その2 をお楽しみに!


    ***

by italiashiho2 | 2007-01-26 00:42 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(12)
2006年 08月 12日

・・・ イタリア唯一の絶滅収容所 ・ リジエーラ・ディ・サン・サッバ ・・・

     今日は、死者を想い悼むお盆にちなみ、このイタリアに
     唯一存在した、ナチスの絶滅収容所 にご案内いたします。
  
     日本では、単に 強制収容所 と表現されていますが、
     こちらで 絶滅収容所 と呼ばれるのは、
     その収容所が、ユダヤ人等の殺害を目的とし、
     死体焼却炉 があった収容所を指します。
     アウシュヴィッツ・ビルケナウ・ダッハウ等がそれです。

     イタリアには、強制収容所 が3箇所ありましたが、
     トリエステの、この リジエーラ・ディ・サン・サッバ
     Risiera di San Sabba が唯一の絶滅収容所として存在し、
     他は、ボルツァーノと、フォッソリにありました。

     この春実際に行かれた方から、パンフレットを送って頂きましたので、
     写真と、記事でご案内いたします。

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      ◆パンフレットの表紙

       これは、マルチェッロ・マスケリーニ作の
       アウシュヴィッツの記念碑 です。




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      ◆かっての リジエーラ・ディ・サン・サッバ

       リジエーラというのは、お米の脱穀をする工場の事。

       サン・サッバにあった、この大きな工場の建物が、
       ナチスによって、強制収容所、
       そして絶滅収容所に変えられました。




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      ◆現在の博物・記念館の地図

       右下が入口(ingresso)  A・死の部屋   B・小部屋
       C・十字架の部屋   D・死体焼却窯のあった場所
       E・現市立博物館(記録・遺品)  G・祈念の部屋(歴史展示)




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      ◆現在の入口

       ナチスが退却する前に、他の収容所と同様の手順で、
       ダイナマイトで破壊されたリジエーラは、
       戦後避難民達の収容所となり、そして博物館として
       修復の後、1975年に、オープンされました。

       これをプロジェクトしたロマーノ・ボイコ氏は、
       余計に付け加えるのではなく、余分を取り除き、記念碑として残したい
       と考え、高さ11M のセメントの塀を、入口に創りました。  
       不安な気持ちを感じさせる入口 を意図したそう。




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      ◆十字架の部屋 からの眺め

       最初の地図の C の部屋からの眺め。
       地図の A の部屋、地下通路の最初の左側の大部屋は、
       収容者達から チェッラ・デッラ・モルテ・
       死の部屋 と呼ばれたそうで、

       ここに、監獄から連れて来られた収監者たち、
       または、警察の徹底捜査で、逮捕された人々が詰め込まれ、
       数時間の内に殺害され、焼却される運命にあリました。
 
       証言によると、しばしば焼却される死体と一緒
       であったといいます。




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      ◆小部屋

       地図 B です。  
       修復の際、構造上必要な物以外は、
       すべて取り払い、但し17の部屋と
       死の部屋はそのまま残したとの事。

       リジエーラは、ドイツ、またはポーランドへ
       送るための、人々の選別、財産の略奪
       そしてパルティジャーニ(パルティザン・ゲリラ兵)、
       政治犯、ユダヤ人の拘留・殲滅所でした。

       広い部屋の、ユダヤ人、一般市民の収容者、兵隊達は、
       すべての年齢層の男達、女達、そして生後何ヶ月かの
       赤ん坊たちも、ドイツに運ばれる運命にありました。 
 
       ここから、ダッハウ・Dachau、アウシュヴィッツ・Auschwits
       マウハウゼン・Mauthausen へ、
       ほんの少数のみが逃れられた、
       悲劇的な運命に、送リ込まれたのです。




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      ◆壁に書き残されたもの

       これは、セレーナ家 の一人が書き残した物。 
       上の線で囲った中に、家族の名前と、生年月日が見えます。

       死の部屋 の隣の部屋の扉と壁は、引っ掻き絵と、
       書き込みで埋められていたのが、
       連合軍による占領で、このりジエーラは、
       避難者達(イタリア人、外国人)の収容所となり、
       湿気と埃、そして無関心から
       最終的に、この引っ掻きや書き込みは、 
       殆どが消え去ったそうです。




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      ◆リジエーラの統率者達

       トリエステ、フィゥーメ、ウーディネは、
       1943年の9月以降、ナチスの統治下に置かれ、
       リジエーラは1944年の4月から
       死体焼却炉が稼動を始めました。  
       ですから、約1年間続いたのです。

       このイタリアの北東部は、ナチスにとって
       最後の占領地であり、砦でした。
       ポーランドでの殲滅作戦を終えた プロフェッショナル達
       が送り込まれ、その仕事に取り組んだのです。

       約3000~5000人の人々が、ここで抹消され、
       もっと多数の人々が収容され、逮捕され、
       このリジエーラから強制収容所へ、
       または強制労働へと連行されました。

       リジエーラの特異性は、抹殺への選別場所であり、
       出発場所であった事。
       123の列車が、イタリア全土から
       ナチの絶滅収容所へは、69の列車が、
       そして、30の強制労働の収容所へ直接に、
       まさにトリエステから出発したのです。




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      ◆死体焼却炉跡での式典 1945年

       内庭に、今日金属板で示されている所に、
       殲滅の為の、焼却炉の施設がありました。 
       設備は、階段を下りた場所に内蔵の形であり、
       地下の通路(筒)が、焼却炉と
       煙突を繋いでいたそうです。

       焼却炉の施設と、繋がった煙突は、
       1945年4月29日から30日にかけての夜、
       逃亡するナチの、ダイナマイトにより破壊。
 
       これは、犯罪行為の隠匿の為、
       他の幾つかの収容所と同様に、
       逃亡する際の手順、に従って行われたという事。




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      ◆現在のリジエーラ

       トリエステで1976年4月に、
       30年の経過を経て、サン・サッバの占領下においての、
       犯罪行為の責任について、の裁判が終了しましたが、
       サン・サッバのリジエーラの被告席は、空のままでした。

       彼らのうち何人かは、すでにパルティジャーニに
       よって処刑され、他は自然死を遂げており、
       裁判は、リジエーラの所長であった Oberhauser に
       終身刑を課す事で終了しました。
 
       その全生涯を、ナチスの犯罪を暴き、
       犯罪者を探すことに捧げた
       Simon Wiesenthal の言葉で締めくくります。

        単に処刑の必要さだけではなく、教育の問題でもある
        このような犯罪が記憶の奥に落ち込み
        消滅する事の無いように、すべての人々が知らなければならない

        誰もが考え、ネオナチスタは知らねばならない
        例え、正義の歯車はゆっくり回るにせよ
        最後には正義が勝つ事を 




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      ◆蓮の花を

       白い、開いた蓮の花。 
       朝の光の中でレンズを通して覗き込み、
       そのなんともいえない静寂さ、
       神々しいとさえ言える美しさに
       息を呑んだ想いが、忘れられません。  

       薄いピンクの蕾を一輪、
       死者たちと想いを交わすお盆に捧げます。


       ハンガリーのブタペストに於いて
       外交官を装い、5000人ものユダヤ人を救った
       ジョルジョ・ぺルラスカについては、こちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/5065679/

      

   **

     このパンフレットを送って下さった ランさんが、
     実際に見学された様子を、ご自分のブログに書いておられます。   
     こちらです。
     僕の緑の芝生 ・ おひとりさま イタリア編    
     http://homedelic.seesaa.net/category/1201006-1.html


    ***

by italiashiho2 | 2006-08-12 05:59 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2006年 04月 15日

   ・・・ トリエステ ・ ミラマーレ  Miramare ・・・

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      ◆ミラマーレのお城   (絵葉書)

       このお城は、トリエステから西に7キロ
       グリニャーノという所にあります。
       19世紀の半ばに造られた、新しいお城ですが、
       背後に広大な植物園を抱え、
       トリエステ湾に望んだ、素晴らしい眺望を持ちます。




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      ◆ヴィットリア灯台

       トリエステの街の高台にある灯台、ファーロ・ディ・ヴィットリア
       一度、歩いてここまで行った事があります!  
       1920年代後半に造られたとの事で、
       灯台の足元には兵士の像があり、灯台の天辺には
       羽を背中に高く上げた勝利の女神が。

       夕方、港から、灯りが
       クルリ、クルリと回る様子が見えます。 




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      ◆背後の石灰岩質の山

       この辺りは、イル・カルソ と呼ばれる
       石灰岩質の地形で、海に近い所では絶壁になり、
       素晴らしい眺望を形づくるのは、
       ドゥイーノ・リルケの小道 で
       ご紹介したとおりです。




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      ◆ミラマーレに続く道

       トリエステからバスに乗り、街を出た辺りから、
       左手にはずっと海が続きます。
       砂浜は殆どありませんが、海辺に沿って道がつき、
       ご覧のように、散歩に最適です。

       お天気が良く、お時間のある方は、
       街を出て松林が始まったあたりでバスを降り
       向こうに見えるお城まで、ゆっくり歩くのも一興かと
       イタリアに来られた時ぐらい、ゆっくりと如何?!




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      ◆光る海

       これは東側を写しているので、
       向こうに突き出している半島が見えますが、
       トリエステの海は、本当に広く、遠~くまで
 
       汽車で訪れると、モンファルコーネで海が見え出し
       トリエステに近づくと、高い所を走るので、
       眼下に海が広がり、煌いて続き
       本当に爽快です!




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      ◆ミラマーレに近く

       既に、お城にかなり近づいた辺り。  
       近くの海は、自然保護の下に置かれ、
       野生動物の保護もされているので、
       このように鴎もいっぱいいます。

       パンを放り投げると、
       空中キャッチ の妙技を見せてくれ、
       鴎と、目が会います!!
    
       向こう奥が、トリエステ。




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      ◆澄んだ海
 
       この海の水をご覧下さい。 
       大変澄んでいる事が良くお分かりと思います。
       
       トリエステのような大きな街、
       港の傍にあっての事ですから、
       まだまだ、イタリアは良い国です!
       ね、そう思われませんか?!




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      ◆お城

       これは門を入ってからの写真。  
       青い海、青い空、白いお城。

       もうちょっと写真に余白があると、
       もっと良いのですが・・




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      ◆お城と庭園、マッシミリアーノ、カルロッタ   (絵葉書)

       マッシミリアーノは、メキシコ皇帝になった時
       33歳でした。 そして3年後銃殺刑に
       カルロッタは、確か、かなり、彼より若かった筈。 
       運命というのか、まだ若い二人を襲ったのは、
       過酷な人生でした。

       お城や、庭園の様子をご覧下さい。  
       奥の庭は、もっと鬱蒼とした森、
       ともいうべき様子です。




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      ◆お城内部・玉座の間

       壁に貼られた紅い絹には、MIM のイニシャルが
       織り込まれています。
       マッシミリアーノ・インペラトーレ・メッシコ 
       を現し、彼自身がデザインしたとか。

       この素晴らしく広く晴れやかな玉座の間に比べ、
       御寝所は質素なイメージの、モスグリーンの色でした。




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      ◆お城の裏から

       庭園からのお城の眺めです。  
       右手に突き出している突堤の先に、
       スフィンクス のような像がうずくまっています。

       ウィーンのベルヴェデーレ庭園にも、
       もっと大きな物でしたが、ありました。
       ハプスブルグ家に、何か関連しているのでしょうか? 
       ご存知の方、お教え下さい。




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      ◆トリエステの手前

       今考えると、リルケの小道 のあるドゥイーノ
       に近い場所、ではなかったかと思うのですが、
       この写真の入り江に近いレストランで、食事をしました。  
       なかなか素敵な入り江でしょ。

       4月の初めで、イカ墨のスパゲッティと、
       魚のグリルを食べた覚えがあります。
       店主は、イカ墨のリゾットの方が美味しいと、
       食べた後で教えてくれたのでした!  アホ!

    ***

by italiashiho2 | 2006-04-15 18:18 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2006年 04月 03日

   ・・・ リルケの小道 ・ ドゥイーノ ・ DUINO ・・・

     今日ご紹介するのは、トリエステの西14,5キロに位置する
     ドゥイーノ から、東にあるシスティーナ・SISTINA を結ぶ、
     海に望んだ小道、全長約2キロの
     リルケの小道 ・ sentiero RILKE のご紹介です。

     私が行きましたのは、数年前のちょうど4月4日の復活祭の日、
     大快晴で、写真の色が余り良く出ていないのは、
     紫外線が強すぎたのだと思います、・・とまず言い訳!

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      ◆システィーナの入り江

       トリエステからバスでシスティーナに着き、
       そこからじきに「小道」への入口があります。

       道から遥かに見下ろす崖下に、入り江があり、
       向こう側の山に、所々白く見えるのは、桜の木です。
       本当に、どの桜も満開でした!
       バスでここにやって来る道々でも、
       満開の桜が迎えてくれたのでした。




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      ◆入り江の反対側

       この断崖絶壁をご覧下さい。  
       この辺りから東、スロヴェニアにかけての地形は、
       このように石灰岩質の、ザラザラと荒々しい
       岩の風景が特徴です。
       IL CARSO イル・カルソ と呼ばれますが、
       岩 という意味があるそうです。




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      ◆再び、入り江の東側

       断崖絶壁の下には殆ど土地がなく、
       すぐ海になります。
       小さな漁港、そして海には何でしょうか、
       養殖の筏が見えました。

       奥に見える、断崖の上の塔は、
       汽車の窓からも見える、古い砦の塔です。




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      ◆断崖絶壁の様子

       日本で見る断崖絶壁は、殆ど日本海側で(私が見たのは)
       もっと海も荒々しく、いかにも暗い厳しい
       感じがしますが、ここのは少し違いますでしょ? 
       石灰岩質との事で、岩も白いし、
       結構植物も茂っています。

       冬のトリエステは、ボーラ と呼ばれる
       台風並みの突風で有名ですが、
       今日は波も穏やかで
       いかにも春の海らしく、煌いています。




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      ◆リルケの小道

       この全長約2キロの小道に、
       ドイツの詩人リルケの名が冠されているのは、
       1911~1912にかけて、彼がドゥイーノにある
       お城のお客となって滞在し、この道を散策しながら
       ドゥイーノの悲歌・Elegie duinesi を著したからとの事。
       (読んでいないので、これしか言えません)

       小道 より、本当は 小径 と書くべきなのでしょう。
       この写真のように、断崖絶壁の上を、
       海に沿い、松林の中を続いています。

       辻邦夫さんが生前ここを訪れ、
       「世俗化している」との感想を、友人宛に送られたとの事。
       私が訪れたのも祭日でしたし、かなり、
       若い人達がピクニックに来ていました。
       それでも、日本の観光地に比べたら・・!と思いましたが、
       この辺が、凡人の我との違いでしょうか?!




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      ◆少し、彩を

       小さな木に、花がわずかに。 春の色です。




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      ◆ドゥイーノのお城

       これは新しい城、と呼ばれる方ですが、
       元々は古く、14世紀に遡り、
       古い城、と呼ばれる遺跡も残っています。

       かのダンテも、お客になったという歴史があり、
       現在も Thrum und Taxis公の
       子孫が住んでおいでとの事。
       残念ながら現在、中は非公開。




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      ◆断崖と海  1

       小道から見える、断崖と海の様子をどうぞ。




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      ◆断崖と海  2



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      ◆満開の桜

       西のドゥイーノに着いた所に、小さな入り江があり、 
       海に下る坂道の、家々の庭の桜が、見事に満開でした。
       花の重みで枝が下がるほど! 
 
       日本の染井吉野と違い、白い桜ですが、
       桜はやはり桜、見事です。   
       あと何回、見れましょうか?!
 



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      ◆古いお城

       こちらの古いお城には、伝説とも言うべき
       ダーマ・ビアンカ ・ 白い貴婦人 の
       悲しいお話が伝わっています。  
       暴虐な城主の不幸せな花嫁、ダーマ・ビアンカは、
       断崖から身を投げ、岩に叩きつけられて亡くなった、と。

       この春爛漫の、花盛りの光の中では、
       悲劇の模様も薄れ加減ですが。




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      ◆再度、新しいお城を

       木の間から見るお城を最後に。 

       ドゥイーノの入り江に、アッラ・ダーマ・ビアンカ・
       ALLA DAMA BIANCA という小さなホテルがありました。  
       ガイドブックによると7部屋ほどの小さなホテルです。
       海に望み、大変素敵な場所でした。  
       ここに泊まって、夕陽を眺めながら魚を食べたら、
       さぞ素敵だろう と思ったものでした。
       どなたか、先に試されたら、様子をお知らせ下さい!!




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      ◆復活祭の日の サン・ジュスト教会 

       このドゥイーノを訪れた後、
       トリエステの、サン・ジュスト教会に回りました。
       そして、この古い教会内部の柱に、
       こんな可憐な、花飾りがされているのを見ました。

       なんと素朴で心豊かな、復活祭の飾りでしょうか?! 
       この古い教会に、まさに春を運んでいるのでした。


    ***

     

by italiashiho2 | 2006-04-03 23:12 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(0)