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カテゴリ:・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona-( 22 )


2017年 01月 15日

・・・ n.2 カステルヴェッキオ 城(博物館)と橋 ・ ヴェローナ ・・・(旅行 お出かけ)

第一回プラチナブロガーコンテスト
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       今回は、ヴェローナのカステルヴェッキオのご案内 その2を。 

       博物館に収蔵の中世の像を何体かご覧頂いた所ですが、
       今回は最初に、城の中から連絡して北のアディジェ河を渡る橋について
       ちょっとお話をさせて下さいね。

       上の写真はグーグルの衛生地図から切り取ったもので、
       橋の3連アーチの位置がよく分かると思い・・。

       ちょうどアディジェ河が街中に来て大きく蛇行する位置に城と橋があり、
       河のほぼ真ん中に、最初の城からの長いアーチの橋脚があり
       後の距離をほぼ半分にして、もう2つのアーチがかかります。

       つまり、同じ幅のアーチではないのですね。
       



       こちらをどうぞ。
       横から、その差がよく見えるのをサイトで見つけまして、

       橋の全長119,9m、 城側の一番長いアーチの部分が48,69mで、
       あとのは29,15mと、24mと。
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       城から最初のアーチの頂上部分まで少し上り坂で、
       そこから緩やかな下り坂で北に渡ります。


       説明には、ヴェローナの中世において一番大胆で見事な作品であると。
       確かに、アーチの下を支える白い石と上部の赤い煉瓦の色の対比も鮮やかで、
       城の防御の一部としての造りも頑丈な、見事な橋!

       建設は城と同じグリエルモ・ベーヴィラックワの名が上がり、
       1354年から56年にかけての、城が完成した後に引き続いての事と見られ、
       万が一に備えての、北への逃亡路でもあったと。

       
       こうして5世紀を無傷で経た橋は、北側にあった塔と橋の上のレース飾りが、
       主塔の上を削られたと同じようにフランス軍に寄って削られ、
       またその後のオーストリア軍占領時に再建設された事もあったのですが、




       一番大きな損害は、1945年4月24日、撤退するドイツ軍によって爆破された事!
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       爆破はこの橋のみならず、アディジェ河に掛かる街のすべての橋が爆破されたのだそうで、
       ドゥオーモの北東にあるローマ期のピエトラ橋も爆破された写真も見つけました。




       戦争終了後、即、街の他の重要な記念物、橋共に再建が決められ
       上の写真で見るように、大爆破にも関わらず基礎の大事な部分が残っているのを幸いに、
       新しく全部掛け替えるのではなく、その部分を修復して掛けることに決定。

       最初の仕事が始まったのは、1945年の最後からで、まさに戦後数ヶ月にして
       河床の残骸を除くことから始まり、

       1949年からは新しい無傷の切石がオリジナルと同じ場所に置かれ始めたのだそう。
       これは幸いにも爆破前にされた測量と写真があったのが役立ったといい、
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       おまけに石の色彩研究から、中世の石切場のどこからこの橋の石が
       切り出されたのかも突き止めることが出来、
       つまりヴァルポリチェッラ・Valpolicellaのサン・ジョルジョ・San Giorgio
       一帯の石であるのもわかったのだそう。

       ヴェローナの有名なワインにヴァルポリチェッラ、同名の赤ワインがありますが、
       同じくヴェローナの赤い大理石の産地でもあるのですね。
       ヴェローナから北西、山地に掛かる一体で、サン・ジョルジョはその中でもやや南西に。

       こうして新しく赤いヴェローナの石が切り出され、橋の下部に使われ、

       一方煉瓦は、粘土があちこちのもので大きさも不揃い、各地で焼かれている事から、
       解体された建物から新しい煉瓦を取り出し、またヴェローナやマントヴァの違う
       煉瓦工場から取り寄せたのだそうで、      
       こうして無事に架替工事が終了したのが1951年7月20日の事。


       爆破された当時の写真からも見えるように、アーチの基礎は5角系で、
       上流側は尖った形に張り出し、3連のアーチの広さも様々の長さ120m,幅6mを越す橋、
       アディジェ河の水の流れもよく研究された、中世14世紀の橋がこうして蘇ったのでした。


       修復や建設工事の際の様々な研究努力を読むと、つい興奮し、
       何とか皆さんにもお伝えしたいと、ははは、お分かり下さいますよねぇ?!


       と、この城が「カステルヴェッキオ・古い城」と呼ばれる所以ですが、
       この城の後アディジェ河を挟んだ北の山手側にサン・フェリーチェ・San Felice と
       サン・ピエトロ・San Pietro(現考古学博物館)が築かれて後、
       古い城・ヴェッキオと呼ばれることに。

       そしてもう一つお断りですが、
       先回スカラ家と書いておりましたが、Scalaの発音はスカーラですので、
       やはりスカーラ家と書くのが正しいと思い、先回の分から訂正させて頂きましたので、
       よろしくご了承願います。




       さて、博物館内見学に戻って頂きまして

       1階の彫像展示室から出て、スカーラ家の居城だった一郭の展示室に移動する際、
       上階の角に展示のカングランデ像が見え・・。
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       スカーラ家の居城であった部分にも展示室がある事も頭になく、
       自然に順路に従い移動したのでしたが
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       今になって知ってみると、この奥が城郭部分だったのでしょうねぇ! 
       もっとしっかり見ておくんでしたぁ!!




       宝石類を使った装飾品があり、美しいと思ったのを数点写しておりますが、
       ピンぼけご容赦!
       首飾り、ベルト、ブローチでしょうか。 美しい貴族の品々!
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       とにかく展示品の数が多く、ぱっと見て、あっ、良いな!と思ったものだけ撮っていて、

       これは旧約聖書の絵解きですね。
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       スカーラ家の城郭部の展示室は、こんな風に部屋の形も真四角でないのがあり
       天井下にはずっとスカーラ家の紋章、梯子・イタリア語でスカーラ、と
       両脇には立ち上がったの紋章が描かれ、その下は装飾柄のフレスコ画で埋まります。
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       なぜ紋章に犬なのか、なぜ一族にカングランデ・大きな犬とか、マスティーノ・マスティフ犬などの
       名があるのか、ずっと疑問だったのですが、現在では時に余り良い意味を持たない「犬」も、
       中世において「犬」には良い意味があり、価値とか賞賛を示したそうですし、
       
       スカーラ家がかってトルコ系の軍の長であるKhanと縁戚になったとか、
       カングランデが生まれる前に、母親は犬の唸り声の中で犬が生まれる夢を見たという伝承もあり、
       とりわけカングランデの偉大さが知られて後は、家系と犬を結びつけたのであろうという事。

       カングランデについては、後ほど騎馬像の所で改めてご説明いたしますが、
       ここでスカーラ家についてちょっとご案内させて下さいね。

       最初の記録にスカーラ家が登場するのが1180年
       布、織物商アルドゥイーノ・デッラ・スカーラ・Arduino della Scala
       南の方から移って来たように申告があり、

       その息子ジャコミーノ・Giacomino またはヤコピーノ・Jacopino 毛織物商、
       彼が後に続くヴェローナの君主の始祖と見做されます。

       ヤコピーノの息子マスティーノ1世・Mastinoは特別の金持ちでもなく、貴族の称号も
       持っておりませんでしたが、残虐で知られるエッツェリーノ3世・ダ・ロマーノの占領から
       逃れて間もないヴェローナ市民に受け入れられやすい平和志向の男で、

       大変に政治的にも優秀であった弟のアルベルト・Albertoとともに、
       当時の街の政治を動かしていた富裕な羊毛組合の中で自然に長となり、
       特別な闘争なしに、マスティーノが1262年にヴェローナの君主となり、1277年まで

       ついで弟のアルベルト1世が、1277年-1301年まで、
       3代目はアルベルトの息子バルトロメーオ・Bartolomeoが1301-1304年
       4代はアルベルトの息子、バルトロメーオの弟アルボイーノ・Alboino1304-1311年

       そして5代目が、アルベルト1世の3男に当たるカングランデで、1308-1329年
       ここにスカーラ家の一番の繁栄期、絶頂を迎えるという事になります。
       



       こちらはナポレオン棟の展示室で、長い展示室が続きます。
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       この黄金背景の綺羅びやかな絵、天使たちが飛び交う花園の中の聖母子像は、
       多分スカーラ家の城郭部の方にあったのと思いますが・・、
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       これはベッリーニでしょうか?
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       そしてマンテーニャの作品ですが、かなり工房の弟子の手が入っているなぁと・・。
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       この「落書きを見せる少年像」は気に入って撮ったのではなく、ははは、
       当時でも、こういうのもありだったんだなぁ、と思って撮ったのでしたが、
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       何と3年後の2015年11月19日夕方、閉館近くの博物館に入った強盗
       盗み去った17点の中に含まれており・・!

       盗まれた作品は1年後に見つかり、博物館に2016年12月23日に無事戻ったのでしたが、
      
       作品はコレクションする人間の希望にそって選ばれたと見られれる、というのを読み、
       う~~ん、私だったらこういうのは要らないなぁ、ははは、失礼!と思うものが多く、
       もっと良いのが他にいっぱいあるじゃぁないの!!と・・。 きゃはは。




       とは言え、このルーベンスも持ち去られた内の一作品で、
       ええ、これはねぇ、素晴らしい作品ですねぇ!
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       こちらはマティルデ・ディ・カノッサ・Matilde di Canossa(1046-1115)の肖像画。
       「カノッサの屈辱」事件で有名なカノッサ城を所領に持つ、トスカーナ女伯、と言っても
       書いている本人shinkaiにもあまりピンときておりませんが、ははは、
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       彼女の遺骸がかってあった(現在はヴァティカンに)というマントヴァの南にある
       サン・ベネデット・ポーという町の大修道院サン・ベネデット・イン・ポリローネ
       San Benedetto in Polirone を訪問した時この絵(の複製)を見ていたので、
       あれ、実物はここにあったんだと少し驚き・・。




       収蔵展示品は他にも見くたびれるほどあるのですが、余り写真を撮っておらず、
       上からの眺めなども見て頂きたいので、これでお終いとしまして、

       これは展示室から見える橋の眺め
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       そして、お待ち兼ねの「カングランデ騎馬像」

       鎖帷子を付け、翼を持つ犬がついた兜は後ろにはね、にっこり笑った笑顔!
       愛馬も頭部は主人と同じ兜をつけ、ダマスコ織りの踝まで届く盛装をし、
       それが一陣の風にひらめいている、という素晴らしい騎馬像!
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       多分右手には鞘の剣を持っていたと見られ、これは平和を示し、
       笑顔には温情が見られると。

       この像は元は彼のお墓、スカーラ家墓所・アルケ・スカリージェレの横にある彼の棺所の
       上にあったのだそうですが、現在墓所にあるのはコピーだそう。


       カングランデという名を持つ人物はスカーラ家に2人おりまして、
       こちらがスカーラ家一番の隆盛を築き、盛名高かったカングランデ1世(1291-1329)
       
       父親はヴェローナの君主2代目となったアルベルト1世で、
       バルトロメーオ、アルボイーノに次ぐ3男として生まれ、
       洗礼名はカン・フランチェスコ・Can Francescoだったようですが、
       彼の幼少からの目覚ましい成長を認めての通称がカングランデ・偉大なるカンとなったと。
       勢力争いの激しかったヴェローナで、敵方からも1年後にはイタリア王になるだろう、と
       言われ、スカーラ家に招かれ身を寄せていたダンテも賛美を惜しまなかったという人物。

       頭脳明晰、武力に秀で、雄弁快活、謙虚な信心深さももち、芸術にも関心を持ち
       一旦決めたことにはためらいなく、鉄の意志を持って向かう、という
       まさに君主になるべくして生まれた人物

       皇帝フェデリコ2世と縁戚の父を持つジョヴァンナ・ディ・ズヴェーヴィア・Giovanna di Sveviaが、
       ドイツにまだ見ぬ夫との結婚に向かう途中、スカーラ家の当時の当主バルトロメーオ1世の
       妻となっていた姉のコスタンツァの元に逗まった時、
       彼女を見たカングランデは一目惚れし17世で結婚! 彼女の方が11歳ほども年上だった様ですが・・。
       ですが、この結婚からは嫡子を得ず、カングランデの8人の子供はすべて庶子(男子4名)!

       
       そして彼は38歳の夏、7月22日トゥレヴィーゾに於いて突然の死を遂げます。
       トゥレヴィーゾの政情不安のため乗り出し攻略に成功、町に入ったのが18日で、
       司教館に滞在しますが、
       4日後22日の朝司教館の部屋で、健康に問題なかった壮健の盛りの突然の死。

       トゥレヴィーゾに向かう途中、湧き水の冷たい水を飲んだのが原因と見られ、
       ほんの少し毒殺の声もあったものの、近年まで自然死と見做されていたのが、
       2004年に墓所から遺骸を取り出しての科学的検査が行われ、
       遂にジギタリス(和名キツネノテブクロ)による毒殺と判明!

       ジギタリスはピンクの筒型が集まった美しい花で、心不全の薬として現在も
       用いられているそうですが、意図して適量を越すと毒薬にもなり、
       まさにこれが原因だったというのが判明したと。       
       多分彼の侍医によるものと見られますが、この医者は後に絞首されたそう。
       
       誰もが考えもしなかった一代の英雄の死が起こったのでしたが、
       彼の嫡子はなく、甥のアルベルト2世がスカーラ家の当主となり、その次代は彼の弟
       マスティーノ2世と続き、徐々にスカーラ家は衰退の道を辿り始めます

       


       この素晴らしい衣装は、棺の中のカングランデが纏っていた絹の高級織物を
       再現したものだそうで、
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       生前の身長は175cmほど、髪は明るい栗色、顔は長く、下顎がひときわ出っ張っていた
       特徴ある顔だったと、2004年の検査が明らかにしていますが、

       カステルヴェッキオから北西にある、サン・フェルモ教会の後陣に描かれた人物像の中に
       ひときわ出っ張った顎を持ち高官にある人物の衣服を付けたのが、多分彼を描いたものと。
       



       城の見学順路には、かっての物見兵士たちのパトロール道も含まれていて、

       ここはナポレオン棟のアディジェ河を見下ろす通路で、
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       昔、これによく似た通路を通った記憶が・・!




       向こう側の岸で記念撮影中のカップル
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       この高さから橋が見え、向こうに見える鐘楼はサン・フェルモ教会
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       ローマ兵士も、ははは、休憩中なのが見え、
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       これは主塔の横に出てきた辺りからの眺めで、
       橋の上、そして鳩でいっぱいのナポレオン棟の屋根の上
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       物見パトロール道は、この写真の右に見える城壁、橋に続く城内の通りの右横、
       コルテ・ダルミとの境の城壁の上も通ることが出来、
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       こんな様子のパトロール通路で
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       時計塔の中に入り、展示のマスティーノ2世・MastinoII(1329-1351)の騎馬像
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       カングランデ騎馬像と同じような作りなのですが、やはり少し及ばない感がありますねぇ。

       マスティーノ2世の時代に一旦所領はぐんと大きくなるのですが、
       フィレンツェと組んだヴェネツィアと戦う羽目になり、結局領土はヴェローナと
       ヴィチェンツアのみになり、スカーラ家の勢力は徐々に下り坂となり、

       カングランデ2世(執政1351~、カンシニョーリオパオロ・アルボイーノバルトロメーオ2世
       アントーニオと、1387年まで君主制が続きますが、
       スカーラ家のレジーナ・Reginaと結婚していたベルナボ・ヴィスコンティ・Bernabò Visconti
       がパドヴァ、フェッラーラ、マントヴァと組み、妻の相続を口実の攻略を始め、
       ヴェローナは激しい戦いを乗り切り独立を守りますが、
       これによりアントーニオ・デッラ・スカーラは引退し、

       125年間12代に及ぶスカーラ家の王朝は終わりを告げたのでした。




       時計塔の横に小さい芝生があり、夏の暑い時にホッと
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       こちらが先回の一番最初に見て頂いた城の正面側の城壁、内側からで、
       向こうに広がるのがヴェローナの旧市街地。
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       時計塔を出ると、街に接した城壁の上を歩き、いや、パトロールし、はは、
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       こんな街中の喧騒も見、次にはあの2階建てバスに乗って回ろうとか計画し、ははは、
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       博物館入口に戻って、見学はお終いです。
       
       2度に渡ってのお付き合い、有難うございましたぁ!!




       最後はサイトから拝借の夜景を
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       ほぼ6世紀に渡っての変遷を生き残り、今も見事な中世の城塞を見せてくれる
       カステルヴェッキオ。 
       いやぁ、やはり見事なものでした!!




     *****

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by italiashiho2 | 2017-01-15 21:45 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(2)
2017年 01月 10日

・・・ カステルヴェッキオ 城(博物館)と橋 その1 ・ ヴェローナ ・・・(旅行 お出かけ)

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       ヴェローナのご案内が続きますが、今回は2度に分けて
       カステルヴェッキオ・Castelvecchio・現在博物館になっている14世紀からの城と、
       城内を通りアディジェ河を北に渡る3連アーチの美しい橋、のご案内を。

       トップは、18世紀のヴェネツィアの画家ベルナルド・べロット・Bernardo Bellotto
       の描いたカステルヴェッキオと橋の眺め。
       河に張り出した漁のためと見られる突堤や小屋以外、城と橋の眺めは
       現在とまるで変わりません。

       ベルナルド・ベロットと聞くとちょっとご存じないかも知れませんが、
       ヴェネツィア風景で有名なカナレット・Canalettoという画家はご存知でしょう?
       カナレットの本名はジョヴァンニ・アントニオ・カナル(1697-1768)といい、
       彼の妹がベルナルドの母親で、つまり甥になります。
       よく似た作風で描いていますが、北ヨーロッパでの活躍が多かった様で、
       最後はポーランドのワルシャワで亡くなっています。




       カステルヴェッキオはどこにあるかは、先回のサンタナスターシャ教会ご案内の地図
       描き込んでいますので、そちらをご覧くださいね。

       正面から全体が写っている写真が見つからず、サイトから拝借し、

       アディジェ河がヴェローナの旧市街の出っ張り部分を大きく湾曲して包み込む、
       旧市街の西の端にある、14世紀スカーラ家建設のカステルヴェッキオの正面

       
       ご覧のように高い塔が3つ見え、真ん中の塔が現在の博物館への正面入口で
       跳ね橋が見え、これは手前右の塔にも名残が見えますが、
       かってはアディジェ河から水が引き込まれた堀が城をめぐり、各塔の下にある門は
       すべて跳ね橋があったそうですが、この堀は現在はすべて空堀、または埋められています。
       奥に見える塔には時計が見え、その通り時計塔と。




       塔の間を繋ぐ城壁の上は物見の通路となっていて、     
       その上にはメルレット・レースと呼ばれる飾り兼銃眼、狭間付きの壁。  
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       こちらが正面の塔と跳ね橋で、
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       この門の扉
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       門の内側に見えた井戸。 
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       今回は先に橋の様子をご覧頂きますので、また表に出て頂き、はは、

       こちらが時計塔。 
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       カステルヴェッキオは現在ヴェローナ市の博物館となっていて、
       その切符に城と橋の上空写真があり、分かりやすいのでご覧を。
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       先程の真ん中の正面の塔は、一番東の塔よりも細く見えますが幅があり、、
       跳ね橋を渡って中に入っての様子もお分かりですね。
       
       中庭は大内庭・コルティーレ・マッジョーレ、または武器の広場・コルテ・ダルミ
       と呼ばれ、見える河寄りの建物が現在の博物館で、
       正面白く見える壁の部分に図書館や事務室があり、
       この建物左上角部分、アディジェ河寄りにもう一つの塔。
       
       そして正面側の3つの塔の手前(下側)に、高い城壁に挟まれた通路があり、
       ここが橋に至る城内を通る通路で、
       左側、河の手前に見える高い大きな塔、これがマスティオ・主塔と呼ばれる塔ですが、
       この横を抜けて橋に連絡します。

       そしてこの写真では切れて見えませんが、正面の塔のつながりの一番下に、
       もう一つ低めの塔があり、ここから斜め下左に城壁が伸び、

       この部分の城壁は2重になっており、その内側、つまり
       主塔の手前に見える建物類、ここがかってのスカーラ家の城郭だった
       レッジャ・スカリージェラと呼ばれる一郭。




       
       所でこの写真に見える現在の城は、築かれた当時、そして18世紀後期までとは
       違う姿なのですね。

       というのもこの平面図をどうぞ。
       これは1801年の城の平面図で、2のスカーラ家の城郭部分、3の主塔部分は同じですが、
       1のコルテ・ダルミと呼ばれる右の広場の河よりの部分、現在の博物館棟がありません。
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       ここは実はナポレオン軍が統治時代に兵舎として建て増しをした部分なので、
       ナポレオン棟と呼ばれることもあり、土手や砲台がヴェネツィア共和国時代にも
       築かれた事はあったようですが、ずっとアディジェ河に向かって開けていたようです。

       ですから、正面側の入口の門から入って見える姿は随分違っていた、
       兵士や兵舎が多分並んだ、ちょっと殺風景な要塞城の姿だったことでしょう。
       
 


       さて、橋に行きましょうか。
       時計塔の左下に橋への通路口があり、入り口からの眺めはこんな様子で、
       奥に見えるのが主塔の下部分。
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       右側の城壁は内庭との境の壁ですが小さな通路口があり、
       上空からの写真で見えたスカーラ家の城館部分との境の城壁は、
       左の内側に高く見える城壁です。




       ここが主塔の横を通り橋に抜ける部分で、奥に橋が見えます。
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       抜けてきた正面を振り返り、見える塔が正面城壁の一番端の低い塔
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       緩やかな上り坂の通路左側、主塔の内庭と呼ばれる部分は奥の城壁との間が
       一段低くなっていて、こんな井戸も見え、
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       大砲の弾、石の球!も積んであるのが見え、
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       これは主塔の窓、テラスで、奥にちらっと見える壁がスカーラ家の城郭だった
       壁の一部。
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       かっての城の様子を見て頂いた所で、ちょっぴりこの街と城の歴史を。
       ですが、長い歴史の変遷を持つ街と城ですので、ほんの要約です。

       現在のヴェローナは、ミラノとヴェネツィアを結ぶ幹線上の一都市、
       に近い存在になっていますが、
       かってのヴェローナは、ここからアディジェ河に沿って北に向かい、アルプスを越え
       北ヨーロッパの国々とを連絡する通商交易で重要な街道の基点地だったのですね

       先史時代からすでに集落があり、紀元前のローマ期には現在の旧市街地区が
       きちんと整理された都市であり、ローマ期の主街道の交差点でもあり、
       テアトロやアレーナ・闘技場も現在に残っているのは、よくご存知と。

       そして中世に入り自由都市となり、ロンゴバルドの下、また封建領主の影響も受け、
       13世紀に頭角を現しヴェローナの領主となったのがスカーラ家・Scalaで、
       1262年から1387年にかけての125年間、この街を支配します。

       スカーラ家の要塞城として建設されたこの城は、1298年から形となり始め、
       かっての自由都市時代からの城壁も利用し、最終的に完成したのが1354年
       
       建設を任されたのはグリエルモ・ベーヴィラックワ・Guglielmo Bevilacqua
       という名が上がり、同時にアディジェ河に掛かる橋の建設、
       城と一体になっているこの橋は、万一の際の北への逃亡にも備えたものであり、
       スカラ家の居城でもあり都市要塞でもあるこの城が、更に主塔マスティオの建設を加え、
       南西側が少し引っ張られた、全体として大きな台形の城が完成したのが1376年

       
       ヴェローナの君主としてのスカーラ家の時代の後、1404年この街はヴェネツィア共和国の下に
       その下での平和の時代が4世紀ほど続き、この城は兵舎、武器庫などなどに利用され、
       その後ナポレオン統治の下に、上記したようにアディジェ河の眺めを塞ぐ長い棟が出来、
       現在の姿になります。

       


       さて、アディジェ河に掛かる橋に戻りまして

       橋の上はこんな様子で、観光客のみでなく、地元の人々の生活の通路でもあり、
       自転車も通り抜けて行きます!
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       橋の上から振り返る主塔。 
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       この主塔は、カステルヴェッキオの歴史の中の変遷とともに変化を遂げ、
       ヴェネツィア共和国時代には東側の面に、大きなサン・マルコのライオン像の
       フレスコ画が描かれていたそうですし、

       ナポレオン軍が駐留していた時代には、上部を削られ低くされた事もあったそうですが、
       その後のオーストリア軍占領のもとで元の姿に。
       塔の中ほどでレンガの色が違って見えますね。 多分あの高さにされたのだろうと・・!

       で、一体どれほどの高さがあるのかと調べましたが見つからず、かなり意地になりましたが、
       ははは、遂に見つからず!! まぁ、教会の鐘楼程度かなと思いますが・・。
            
       今、買い物袋を下げた地元の人も通って行きます。 この橋を渡って真っ直ぐ行くと、
       アレーナの前のブラ広場に出ますし、地元の人々にはきっと便利な橋なのですね。




       橋から見る現博物館の建物、ナポレオン軍が兵舎として建て増しした部分で、 
       一番上階は見張り兵士の通り道になっており、カップルがアディジェ河を見下ろし・・。
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       橋から眺める街の東側。 見える橋はポンテ・ヴィットーリアで、
       右の鐘楼はサンテウフェーミア教会・Sant'Eufemiaで、左奥がドゥオーモの鐘楼。
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       アディジェ河はトレントの奥、アルプスからの流れで全長約410km
       イタリアでの最長の河ポー(652km)よりも少し北でアドリア海に注ぎますが、
       ここヴェローナでもとうとうと流れ河幅も広く、
       城から掛かる橋の長さは119,9mもあるそう。
       

       所で、スカリージェロ(ア)・Scaligelo(a)(複はリ、ラ・li,la)
       という言葉もガイドブックにはよく出ますが、
       ポンテ・スカリージェロ、カステッロ・スカリージェロなどなどですが、
       スカリージェロというのは、スカラ家の、という形容詞です。
       shinkaiはややこしくならぬよう、なるべく使わず、
       スカーラ家とご説明していますので、ご了承願います。




       この部分は橋から張り出す、アーチの基礎部分の上で
       この尖った3角形は上流側に向かった部分で、下流側は四角形。
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       かっては物見兵士の通路だった細道も、今は観光客の格好の撮影ポイントで、ははは、
       大賑わいなのですね。
       ローマ兵士の格好をした、撮影お供のモデル氏もいますです。
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       橋を渡りきっての北からの眺め
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       橋の北の袂にある、ローマ期のものだったと思う碑。 可哀想に落書きされ!
       以前説明を読んだ記憶があるのですが、今回見つからずで・・。
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       所でこの橋は、グーグルのストリート・ヴューで渡ることが出来ます!
       しかも白バイ2台を先導に渡れますから、ははは、ぜひお試しを!!
       



       さて橋を渡って戻り、博物館の見学に。
       この棟がナポレオン軍支配当時に増築された兵舎で、その後中世風に修復されたもの。
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       上の写真の左下に見える遺構ですが、これも多分アディジェ河の水を引き込んだ堀の一部と。




       博物館の建物の左端、2階部分に見える騎馬像は、
       スカーラ家の一番隆盛を極めた領主カングランデの像・Cangrande.
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       昔博物館に入らずに庭からこの像を眺め、本当に憧れたものでした、はぁ。
       今回は中からじっくりカングランデの顔も、お馬君の顔も眺めることが出来ましたので、
       次回のご案内でご覧頂きますね。




       城壁の飾りが映る博物館の窓。 多分これは東側、事務所図書館側の窓と。
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       前庭の山羊かな、を形どった小さな泉と、奥に見えるのが博物館入口。
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       ほっと一息の、前庭に咲いていた鮮やかな花
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       入り口脇にあった碑。 どこから来たのか、日時計のようでもあり、
       飾りの碑の一部のようでもあり・・。
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       かっての城の一部と兵舎を利用して博物館にする大改修は
       1958年から1974年にかけて行われ、監修はカルロ・スカルパ・Carlo Scarpa
       すっきりと見やすい30室ほどの陳列室に改装され、彫像、絵画、武器、貴金属などなど、
       見きれないほどの収蔵品の博物館となっています。


       日本の建築美に傾倒した著名な設計家カルロ・スカルパの、有名作品の一つ
       トンバ・ブリオンのご案内




       博物館に入り左側、1階は彫像の展示があり、ローマ期から始まり、
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       そしてshinkaiの大好きな中世。 気に入った女性像のみを数点ご紹介しますと、
       まずは輪のサンタ・カテリーナ
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       アレキサンドリア(エジプト)の聖女カテリーナ(287-305)を指し、
       その美しさから王に仕えるよう、改宗するよう説得されるのを受け付けず、
       刃のついた車輪で拷問死刑を受けるものの車輪が壊れ、遂には斬首に、という聖女で~す。




       昔から写真で見て憧れていたこの背中! 男性的でもあるこの存在感!
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       初めて正面からお目にかかりましたが、音楽の守護聖人サンタ・チェチーリアかな?
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       こちらも背中ですが、はは、渋く素晴らしい緑色の彩色像で、
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       何という事! 今回写真を整理していて気が付きましたが、
       前面から撮っておりませんで・・、バカがぁ!!




       きっとこのも一つ、素晴らしく優しい雰囲気の聖女像に目が行ったのだろうと・・。

       優しい目つき、ふっくらの頬、口元、細かい衣装の彫り、素晴らしい!!
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       サンタ・リベーラ・Libera像、サンタナスターシャ教会のマエストロたちの作で
       あろうと云うことで、14世紀半ばの作品と。



       という所で今回はお終いにし、次回のご案内に続きます。
       お疲れ様でしたお楽しみ頂けましたように!

       次回は、橋についてもう少し詳細にと、展示物の幾つか、スカーラ家などなど。
       よろしくお願い致しま~す。



       

     *****

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by italiashiho2 | 2017-01-10 23:48 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(4)
2017年 01月 05日

・・・ サンタナスターシャ教会 ・ ヴェローナ ・再追記・・・ (旅行・お出かけ)

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       今回のご案内は、以前訪問したまま纏めておらず、
       時に思い出して気にかかっていたヴェローナの
       サンタナスターシャ教会・Sant'Anastasiaを。

       ここには皆さんも良くご存知の、ピサネッロの傑作「サン・ジョルジョと姫」
       のフレスコ画があり、30年程も前の訪問時に見ているのですが、はい、
       その後こちらに来て後何度かヴェローナに行った時は教会自体が修復中。

       焦がれていたピサネッロのフレスコ画に再会できたのは4年前の夏。
       暫く以前から美しくすっきりとなった教会正面を見てウズウズしていたのでした。

       という様子で、写真も整理し直しましたのでご覧くださいね。

       上は、中心のエルバ広場からまっすぐ教会に向かい、正面に見えてくる時
       この遠い位置からだと左奥の鐘楼が見えるのですが、
       教会正面からは見えませんので、最後にご覧頂く事に。




       サンタナスターシャ教会はどこにあるか、地図をどうぞ
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       ヴェローナの旧市街、ローマ期からの町があった突出部、
       アディジェ河・Adigeが大きく湾曲する、地図番号10の位置に。

       ちなみに11がドゥオーモで、2,14辺りがエルベ広場、
       下に見えるが野外劇場・アレーナ。
       一番左の川岸に見えるがカステルヴェッキオ、次回にご案内を。




       さて、こちらが正面
       12世紀末の建設で、正面扉の周囲は大理石で整備されているのですが、
       それ以外は建設時のままの煉瓦の見える姿、いわば未完のまま。
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       教会前広場の左手にも一つ教会らしきものも見えますが、
       サンタナスターシャ教会との接続部に見える棺についても最後に。

       右手はヴェローナの有名ホテル、ドゥエ・トッリ・Due Torriで、
       13世紀からの由緒ある館だそうで、一度泊まったことがありますが、
       貧乏shinkaiにはまれな経験で、ははは、
       ロビーなどはやはり素晴らしいものでしたぁ!




       正面扉周辺の5連の大理石アーチは、白とヴェローナの赤い大理石、
       と、黒と説明されていますが、実際は青いグレーに見える石を使っていて、
       如何にもサンタナスターシャ(聖女アナスターシャ)という教会名に相応しい感じ。
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       ですが、このサンタナスターシャという名は現在の教会の建設以前にあった教会名で、
       13世紀に建設されたのは、殉教者サン・ピエトロと呼ばれる、
       ヴェローナの守護聖人でもあるドメニコ会派の僧に捧げられたもの。
       が、街の人々はずっとサンタナスターシャ教会と呼び習わしているのだそう。

       扉上部の横枠の真ん中、円柱の上に聖母子像、右に輪のサンタ・カテリーナ像、
       そして左に見えるのがサンタナスターシャと。




       夏の強い日差しの下の写真で、扉脇の聖人像も霞んで見えますが、
       扉は15世紀のものと。
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       扉右脇にある碑は、この教会が捧げられた殉教者サン・ピエトロの生涯を描き、
       上に13世紀半ばの殉教時の姿がありますが、
       その左下、頭に大きな斧みたいなのを受けた姿が分かりますか?
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       ドメニコ会派の白と黒の僧服を身につけ、頭の真ん中に大きな包丁、という
       殉教者サン・ピエトロの姿は絵画の中、また像でも時々見かけ、最初は驚き!でしたが、
       名前を知ってからは、あ、ここにも居られる、と・・。 はは。
       ローマ・ヴァティカンのサン・ピエトロとは別人、殉教者サン・ピエトロです。
       



       さて、中に入ります。
       ご覧の通り、大変きらびやかで、長い世紀のうちに何度か改修されたそうで、
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       天井はこんな様子
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       主祭壇の内陣と後陣
       木製彩色の十字架のキリスト像があり、その背後にステンドグラスの
       長い窓が見えますが、このステンドグラスは20世紀になってからの物と。
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       で、両脇の壁には、




       右手にはフレスコ画が見られ、これは「最後の審判」のテーマと。
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       左手には、この教会の特色の中でも抜きん出た
       コルテジーア・セレーゴ・Cortesia Serego(1335頃-1386)の記念墓碑
       15世紀初頭があり、上の写真でお分かりのように、壁面いっぱいの大きなもの。
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       棺の上に騎馬像が見えますが、棺の中には何もない記念墓碑で、
       棺部分には正面に5つと、両脇に1つずつの壁龕が見えますが、
       ここにはセレーゴ家の業績を示す青銅像が納まる筈であったそう。


       セレーゴ家というのは、ヴィチェンツァ出身の傭兵隊長で、
       コルテジ―アの時代にヴェローナに出て、スカラ家の軍指揮官として
       活躍した人物の様子。

       この記念墓碑を作ったのは彼の息子のコルテジ―ア2世で、
       騎馬像に跨るコルテジ―アが手にしているのは、指揮を取る棒。

       棺の両脇に立った兵士が重たい緞帳を掲げ、右側の兵は帽子を取って
       敬意を示し、緞帳の一番上にも抜き身の剣を持った持った兵士。

       写真では少し見え難いのですが、緞帳の締め具の一番下の部分、
       赤い部分には剣が3本描かれ、これがセレーゴ家の紋章なんだそうで、
       一番上の兵士の剣も納得です。

       周囲を取り巻くのは金色の枝とアカンサスの葉、そして肉厚の大きな白い花。
       どうやらこれらは当初は彩色されていた様子で、ご想像下さい、
       背景のブルーの中でひときわ鮮やかであったろうと。




       上部は両脇に建物が見られ、空に浮かぶのは「天国」だそうで、
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       下の方に天使がいるのは判断できますが、なにせ見た時はそこまで
       意識して見ていませんで・・。





       主祭壇の右にあるのが「巡礼の礼拝堂・Capella Pellegrini」ですが、
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       主祭壇のアーチの上、左右に見える梯子の紋章は、
       ヴェローナの繁栄の領主、スカラ家の紋章。

     ◆ 追記を。
       「巡礼の礼拝堂」と訳を付けたので「小父さん」から疑問を頂きましたが、
       巡礼のための礼拝堂ではなく、ペッレグリーニ・巡礼という性を持つアントニオという人が、
       1492年に遺言で礼拝堂をつくる依頼とお金を残し、造られたという謂れです。
       



       ここにお目当ての、ピサネッロ(1390頃-1455)の傑作
       「サン・ジョルジョと姫 」のフレスコ画が!
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       30年ほど前にやはりこの絵を目当てにやって来て、
       が、絵を見たのはこの場所ではありませんでした。

       今の聖具室だったか、普通の部屋の天井の高さで、その下にあり、
       暗い部屋の中で見つめていると、たまたま入ってきた教会関係者と思われる
       シニョーラが電灯のスイッチを入れてくれ・・、という思い出があり、

       その記憶が余りにも強く残っていたもので、今回
       この高い位置にあるのに気が付くのに、かなり時間がかかりました!

       そうなんですね、ちょうど絵の中心が山形にくびれており
       考えてみれば、まさにこの礼拝堂入り口のアーチにぴったりで、
       この場所に納まる事を条件に描かれたのだと、納得した事でした。




       右側の「サン・ジョルジョと姫 1436-1438」の部分
       2人の間に白い馬の大きなお尻があり、背景の煌びやかな町の建物、
       そして左に見える2人の吊るされた男、と、どこか謎めいた構成。
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       姫の横顔は、如何にもピサネッロの描く女性の横顔で、
       額が素晴らしく出た白く繊細な細面、大きな装飾の被り物と美しく、

       良く見る構図、龍退治のサン・ジョルジョの横に添えものの姫、とは
       一線を画した構成。
       それに引き換え、サン・ジョルジョが余り男前でないのを
       いつも疑問に思うのですが・・、ははは。

     ◆ 追記です
       shinkaiはずっと、サン・ジョルジョは姫とは馬を挟んだ左側の、
       金髪の男と思っておりましたが、
       そうではなく、姫の右側、綺羅びやかな馬具を付けている白馬の上に見える顔
       兜をつけ、馬に跨る姿がサン・ジョルジョなのだと知りました!!
       あれま、こんな所に誰かがいるとは気が付いたこともありませんで、
       そう知って見ると、確かに凛々しい顔の男性です!
       それに、右手に長い槍と思われる武器も持っています。

       大変、失礼をば!
       が、そうすると、姫とは反対の方を見つめている事になり、
       誰もが視線を合わせない事にもなり、尚更不思議な構図だとも思います・・。

       写真、追加。  この方がサン・ジョルジョです
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     ◆ 再追記を ◆

       サン・ジョルジョが姫の左側にいる男性か、それとも姫の右側の馬上の男性か?

       改めてmitsuさんから質問を頂きましたので、もう一度あれこれサイトから
       関連した記事を引き、読んでみました。

       サン・ジョルジョとして出てくる男性の顔は、上に載せた兜をかぶった騎乗の顔が
       いくつかあるのですが、
       このフレスコ画描写にうんちくを傾けている記事に、こんな説明を2つほど見つけました。

       まず姫と馬のお尻を挟んでいる左側の男性の写真をどうぞ。
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       つまり左の男性は、左手を馬の鞍に掛け、左足を馬の鐙に置いていて、
       姫に別れを告げ、龍との戦いに出かけるため、
       今まさに騎乗の人となろうとしている所、と。
       少し呆然としているかにも見え、ほんの少し口を開け歯もみえる、
       光輪にも似た金髪の髪と。
       
       確かにそう指摘されて見ると、左手と左足の位置は、まさに馬に乗る前の姿で、
       やはりこの左の男性がサン・ジョルジョとして、ピサネッロは描いているのですね。
       そして姫は彼を見送っている姿。
       で、右の騎乗の男性は、サン・ジョルジョの侍者が槍を持っている姿と。

       そうですね、イタリア版のウィキには右側の騎乗の男性とありましたが、
       左の男性がサン・ジョルジョと考えたほうが、姫とも向き合う形になり、
       主題がはっきりしてきますね。

       mitsuさん、コメントに疑問を書いて頂き、有難うございました!!
       お陰様で自分が納得の行く答えを得られ、とても嬉しいです。

       
       所であれこれの記事を読んでいて、改めて知った事を幾つか

       絵画の歴史において、ピサネッロが初めてこのフレスコ画の中において、
       馬を正面からとお尻から描いたのだそうで、これによって絵の奥行きが得られている。
       それまでは常に横側からの姿、この方が描きやすくもあり、だったのだそう。

       そして、右側の馬の顔を見た時、ちょっと鼻がおかしいな、とは思ったのですが、
       これは中東に於いて、馬が走った時に空気が吸い込みやすいようにと、
       かっては馬の鼻孔を切り取っていた!のだそうで、
       ピサネッロはどこかの宮廷において見かけた馬をデッサンしていたのだと。

       今回あれこれ写真を探している時に、ピサネッロの様々なデッサン
       また纏めてご覧頂きますね。


     ***




       真ん中に美しい空色の海が広がり、帆船の姿も見え
       この色で全体が残っていたら、さぞや素晴らしく煌びやかであったろうと!


       左側は、龍退治、または既に退治された龍であろうと思うのですが、
       残念ながら森の動物たちの姿と、左下に頭蓋骨が認められる位・・。
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       左側の絵の損失は、壁からの雨水の染み込みのため、というのも改めて知りました。
       周囲の縁飾りの部分などにも金色が使われていたらしいのですが、
       それらも損失した、という事です。

       壁画全部を剥がし、それで聖具室の方に長らく、教会自体の修復が済むまで、
       置かれていたと云う様子です。
       

       それにしてもこれだけの素晴らしい絵が、こんな高い場所に!
       少し高すぎる、のが残念ですね。

     


       こちらはその右隣にあるロザーリオの礼拝堂、なのかどうか、少し不明です。
       というのも今回この絵が3段の絵画の真ん中に収まリ、立派な礼拝堂に安置された
       写真が見つかったのですが、この背後に見られるのとは違いまして・・。
       仮の姿で、ここに安置されていたのかも。
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       礼拝堂は祭壇脇に2つずつ、そして脇壁に添って別の祭壇もあるのですが、       
       ピサネッロを見ただけで十分に満足してしまい・・!




       主祭壇の前、左側の壁のフレスコ画
       開いている扉は、聖具室への扉だったと。
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       祭壇に向かって左側の壁中程にあったオルガンの周囲
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       オルガンを挟む形で前にある2本の円柱の右、写真の中で一番右の円柱に
       見える立ちあがったライオンの紋章、これにご留意を。




       床の大理石模様。 床は建設当時15世紀中程のままだそう。
       白と黒はドメニコ会派の僧服の色であり、赤はこの教会が捧げられた
       殉教者サン・ピエトロの血の色を現わすと。
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       こちらは右の壁にあったと記憶する祭壇と祭壇画
       全体に大変装飾の素晴らしい祭壇で、絵も美しいでしょう?!
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       脇にあった小礼拝堂の形を取るもので、
       絵もはげ落ちさだかではありませんが、上部の飾りが素晴らしく、
       下部の大理石は、ひょっとして古い石棺のリサイクル・・?
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       これは教会入り口近くにあった聖水入れと、それを支える男の像
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       左右にあり、こちらは手を膝に置いていますが、
       もう一方のは、片手を頭に置いていると。  見ていませんで・・。




       訪問したのが夏の盛りとあって、入り口付近は大変明るかったのですが、
       照り返しの陽の中で、大変に清楚な美しさだった左側の壁の
       フレスコ画装飾の礼拝堂の上と下
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       そして、全体の姿をサイトから拝借し、ボルディエーリ・Bordieriの祭壇と。
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       他にもたくさんの祭壇、そして祭壇画、彫像などもあったのですが、
       自分の好きなものを主に選びまして、これで失礼を。


       参拝者たちの捧げる蝋燭の明かり
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       15世紀からの古い木製の扉を通り、外に出ます。
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       最初の写真左側に見えた、教会前広場の様子で、
       右側に教会からの接続部に見える門扉と、その上の柩
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       門扉の奥の中庭は、現在音楽学校なんだそうですが、
       石棺と上の屋根はこんな形で、
       この中の主はグリエルモ・ダ・カステルバルコ・Guglielmo da Castelbarco,
       (生年不明-1320)
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       そう、カステル・アーヴィオ・Castel Avioのご紹介の時に出た  
       カステルバルコ家の一番の繁栄時の領主ですが、
       当時の習わしとし、権力と財産を持つ人物のみができた教会建設の援助、
       このサンタナスターシャ教会の建設に大きな援助をし、
       主祭壇近く、またオルガンの前の、立ち上がる獅子の紋章はカステルバルコ家の物で、
       後には同じヴェローナのサン・フェルモ教会・San Fermoの建設にも関わったと。

       彼はここに葬られる事を願い、この形で埋葬されていますが、
       これが後にヴェローナの領主として君臨したスカラ家の墓所
       「アルケ・スカリージェレ・Arche Scaligere」の姿となったと。
     

       アルケ・スカリージェレの写真はこちらに
  
       ヴェローナの街の中心ちょっぴり

       ヴェローナ全体のご案内は、こちらから



       最後はエルベ広場のランベルトの塔の上から見た
       サンタナスターシャ教会の姿を。
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       これだと左奥の鐘楼も良く見えるでしょう?
       高さ72m、鐘楼の鐘は15世紀に5つだったのが、19世紀になり
       ヴェローナの名家からの寄贈で現在9あるそう。

       一番大きなのは1787Kg 直径が145cmもあるそうで、
       これだけの数の鐘が揃うと、かなりのメロディーを奏でる事が出来るんですと!

       

       ヴェローナのエルバ広場で日本人観光客の評判を聞いたことがありますが、
       ミラノからヴェネツィアに行く途中に、15分間だけね!って。 ははは。
       
       いやぁ、なんのなんの、見所がいっぱいの街で、しかも都会、お洒落です。
       訪問のチャンスが有りましたら、ごゆっくりどうぞ!!

       私はカステル・ヴェッキオのご案内を纏めないと・・!
       



     *****

       皆さま、いつもブログご訪問有難うございます!

       実は3日の朝から我がPCのインターネット接続が出来ませんで・・!
       モデムも正常、接続も出来ていると出るのですが、
       いざクリックすると「このサイトには届きません」と画面に。

       店は3日は休日と言うので、一日必死に絵を描いて我慢をし、
       そうなんです、お絵描きをすると無私の心境になれるので! ははは、

       昨日朝一番に店に持ち込みましたが、なぜならテクニコに来て貰うには
       数日かかるのはもう既に十分承知の助で、いつもPC本体を持ちこみますが、
       悪い予感通り昨日一日で戻らず、何がどうなっているのか電話をしても、
       その後の連絡がなし・・!!

       ブログの記事の方は4日朝の内に書きかけていたのですが、
       夕方になり、これは最低明日5日のお昼までかかりそう、と
       見極めざるを得ず、さてどうするか?!


       私はPCはいつどんな故障が起こるとも知れず、故障が起きて後では
       どのファイルも引き出せない、と考えているので、
       作業はPC本体を使っても、ファイルや写真はすべて外付けメモリーに
       保存していて、手元にあります。
       それで、何年も使っていなかった、まだ捨てていなかったノート・パソコンを
       引っ張り出し、ウィンドウズ・ヴィスタの一度雷にやられた奴で、

       改めて電源を入れ、NECの日本語でも何が何やら分からない設定をいれ、はは、
       かなりの騒音がするのも我慢し待つ事久し、なんとか復帰できました!

       有難い事!! やれやれ。   
       これからはちょいちょいスイッチを入れ、予備に据えて置かないと!


       それで外付けメモリーのファイルも読め、記事も続けられ、
       インターネットは使えないのでスマート・フォンで検索をかけ、
       古いPCにも入れていた写真ソフトも使え・・、

       夕方、状況は如何にと電話して来た友人相手にさんざ店の悪口を言い
       発散し、ははは。

       なんとか今夕のブログ更新に間に合うと思うのですがぁぁ、
       さて、どうなりますか!
       これを書いているのは朝9時前で、もうじき店が開きます。


       ・・という事で、皆さんにこれを読んで頂けている通り、
       午前中に無事我がPCが戻ってまいりました!

       ですが、テクニコの所では何にも問題なく、インターネットに接続できたそうで・・!!
       電気屋に修理に持っていくと、何も故障がないというのと同じでして・・、クソメ!
       
       ジュリアーナにメッセージを送りましたら、ベファーナの魔術だ!
       でも、今夜のヴィン・エ・パン(日本のトンドと同じ)で燃やすから心配するなと。
       はぁ、新しいPCなのに、早々に悪さを覚えないように願いますです。
       
       

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、カステルッチョ 途中経過と、元日の朝の色 を
       アップしています。    
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     *****        
       
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第一回プラチナブロガーコンテスト

by italiashiho2 | 2017-01-05 23:38 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(18)
2014年 02月 05日

   ・・・ ヴェローナ・チェントロ をちょっぴり、 と モネ展 ・・・

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       2回に渡って我がスコミーゴ村、田舎のたたずまいをご覧頂きましたので、
       今日は、先月の末に行ったヴェローナの街の中心をちょっぴりと
       開催中のモネ展の様子をご覧くださいね。

       ヴェローナに行く前に寄った、ヴィチェンツァの北西にある町
       モンテッキオ・マッジョーレのパッラーディオ風のヴィッラ、
       ここに大きなそして素晴らしいティエポロのフレスコ画があったので、
       また見て頂くつもりですが、

       この日のガイドさんは美人で、その上素晴らしく優秀な方で、
       このヴィッラ訪問もその後ヴェローナ到着後に見たサン・ゼーノ教会も
       簡潔で要を得た説明で、よく分かり楽しかったです。

       上の写真は、サン・ゼーノ教会・San Zeno、ヴェローナの街の中心部
       西南に位置し、既に3回ほど行っているのですが、
       優秀なガイドさんのお陰で、今回改めてこの正面壁の美しさに触れた思い!

       午前中は快晴で、お昼のこの一時ちょっと太陽が隠れたのですが、
       ここから街の中心に移動します。


       2年前の夏に訪問したままで未整理の、ははは、と笑いでごまかす、
       カステル・ヴェッキオ・Castelvecchio、現在内部は博物美術館で
       収蔵品もたっぷり!の横を通り抜け・・、
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       この前を横切る通りがコルソ・カヴール・Corso Cavour
       ローマ期からの主要通りで、この先にボルサーリ門があり、
       その後名を変えながら中心のエルベ広場の北側をかすめ、
       まっすぐサンタナスターシャ教会・Sant'Anastasiaに行きますが・・、

       2年前のちょっぴりのご案内
       http:italiashio.exblog.jp/16751575/
        こちらに街の地図、そして他のヴェローナのご案内にもリンクしております。



       我々は城の前で右に折れ、南に下ります。
       こんなカフェの前も通り、
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       ブラ広場・Piazza Braの端に出ます
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       右奥に見える大きな建物が、今回「モネ展・verso Monet」の
       会場となったパラッツォ・グラン・グワルディアで、

       左奥に切れているのが、ヴェローナ市役所。
       右手前の建物の陰に隠れて、時計が真ん中にある大きなアーチがあり、
       右にまっすぐの大通りが鉄道駅に向かう道。



       ブラ広場の奥には、ご存知アレーナ・Arenaが見えますが、
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       我らはここで一旦解散し、皆それぞれにお昼を食べに。



       ブラ広場の北側にはずらっとレストラン、バールが並びますので、
       すぐ近くの、手軽に食べられ値段もお高くない観光客向けに入りまして、

       仲間の取った、野菜入りトルタと、ラザーニャ
       半分ずつ食べた様子。
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       サラダ・ニソワーズ、素晴らしく大きかった!
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       後で少し分けて貰ったら、胡椒をガリガリやっているのは見たのですが、
       ピリッとどころか、唇がぴりぴりするほど・・!



       ニョッキ・ジャガイモの入った団子、というか・・、ははは。
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       これがshinkai用、鮭と海老のフェットチーニ
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       そう特別の味ではなかったですけど、観光客相手の店としては
       悪くなく、美味しく食べられましたし、
       量もドイツ人、アメリカ人用にたっぷり目でした。
       ですが私とロレダーナで、ポテトの揚げ物を追加して半分こを!



       デザートを頼んだ仲間が結構いましたが、
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       冷凍物か冷えすぎていて硬く、評判がよく無かったですね。

       勿論皆ビールを1杯のみ、いやshinkaiはジュリアーナの半分も引き受け、
       ははは、最後に皆カフェを頼み、頭割りの一人分が18,5エウロくらいでした。



       お昼と、その後の散歩を一緒した仲間の、
       奥がロレダーナとタータ
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       右から、レオナルダ、ヘルガ、そしてエレオノーラ
       今回はジュリアーナの写真がなかった!
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       お昼を食べている間に、また太陽が戻りまして
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       再集合までのちょっとの散歩を楽しみますが、

       エルベ広場に行こうと、アレーナの横
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       こんな円柱の上の聖母子像に気がつきましたが、
       14世紀末の、4面に聖人像の彫られた小さな礼拝堂・ニッキだそう。
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       モネ展はあっち⇒
       へいへい、後で行きま~す。
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       ローマ期建設、今も夏のオペラや各種コンサートに使われている
       アレーナの石の階段状席に、アンモナイトの化石を見つけた時は、
       なんとなし妙に感心した物でしたが・・、ははは、

       そう、今回もブラ広場を歩いていて、こんなのを見つけました。
       ええとこれはそう大きくなく、直径10cmくらいだったかな・・。
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       ブラ広場とエルベ広場を結ぶヴィア・マッツィーニ・Via Mazzini
       入り口角に、こんな銅版が埋められています。
       これはガイドさんが教えてくれていたもので、ローマ期のヴェローナの地図と。
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       この位置からだと、北が手前下側になりますが、
       左上側にアレーナがあり、蛇行して流れるアディジェ河の内に、
       半島みたいに突き出す形の街の中心、格子状に道が通りますが、
       まっすぐに突っ切って見える道が、最初にご説明した
       カステルベッキオの前を通り、エルベ広場(真ん中に見える広場)の
       北側を通るコルソ・カヴール、途中で名が変わりますが・・。。
       
       東に突き出す山手側には現在もテアトロ・ロマーノがあり、
       手前側の橋が現在も残るポンテ・ピエトラ

          
       左上に説明が見えますが、それには、
         ブラ広場からエルベ広場に直通の道がつけられたのは
         14世紀の末、ミラノ公国のヴィスコンティ家の元にあった時で、
         当時は新道・ヴィア・ヌオーヴァと呼ばれていた。
         これはローマ期の、デクマーノ・decumanoの右2つ目の通り
         の地形と重なりながら整備されたもの。
       
       デクマーノが分かりませんでしたが、アンナリーザの説明により、
       ローマ期の町造りにおいて、東西を結ぶ主要道路がデクマーノと呼ばれ、
       南北に走る道がカルディーネ・cardineと。

       左右は、西から見てデクマーノの右か左、ですから、
       上の地図内、現在のコルソ・カヴールの右2つ目、というので分かりますね、
       ヴィア・ヌオーヴァ、現在のヴィア・マッツィーニです。



       さて、これが現在はヴェローナの名だたる商店街ヴィア・マッツィーニ
       奥にエルベ広場のランベルティの塔が見えます。
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       ランベルティの塔、エルベ広場、シニョーリ広場のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/19030652/



       ヴィア・マッツィーニのマッツィーニというのは何?と思いましたら、
       ジュゼッペ・マッツィーニ・Giuseppe Mazzini
       カミール・カヴール、ジュゼッペ・ガリバルディと並ぶ、19世紀の
       イタリア統一運動の3英雄の一人なのだそう!

       19世紀にヴィア・ヌオーヴァから名前が変わった前後に、
       この道も敷石歩道になったのだとか。

       モダンというか、ちょっとレトロ調なイメージもある
       ヴュトンの店のウインドウ
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       まだ冬物のバーゲン中でして
       それにヴァレンタイン・デイも近いですよね?!
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       この自転車宅配急送便、可愛いでしょう?!
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       エルベ広場の角、ランベルティの塔が見え、
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       細長い広場、北側の眺め
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       ここは既にご案内済みですので、簡単に致しますですが、

       この広場から東のシニョーリ広場に抜ける間のアーチに
       骨状のものが吊るされているのに、初めて眼が留まり、
       あれ、何?! 骨なの? 角なの?
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       はい、勿論いそいそと調べます、ははは。
       で、これは1470年建設の、コスタ・肋骨のアーチ・l'arco della costa
       と言い、この大きなカーヴした肋骨は誰のものかわからないのだそう!
       民間伝承によると、鯨の骨だとも、古い竜の遺物とも言われていると・・!!



       この広場の真ん中にある泉、マドンナ・ヴェローナ
       まだキチンと写したのをご覧頂いていなかったと・・。
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       マドンナ・ヴェローナ・Madonna Veronaと呼ばれるこの像は
       実はローマ期の380年のものなのだそう。

       その下を支える円柱に見える顔ですが、正面はベレンガーリオ・Berengario
       という、フリウリ辺境王にして初代イタリア国王、なんぞと出たのですが、
       ・・すみません、今回はこれでお目こぼしを・・!



       テなことで、3時半にブラ広場の西端の、モネ展会場前に集合しますが、
       ここで1時間くらい待たされ・・、
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       漸くに中に入ったものの、荷物はすべて預け、またまた待たされ・・!
       とにかく不恰好という程にただただデカイ建物でして・・。
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       建物は、パラッツォ・デッラ・グラン・グアルディア・palazzo della Gran Guardia
       もともとはヴェネツィア共和国の元で建設が始まったものの資金不足でそのままに。
       それをオーストリア治世下に完成され、軍の施設として使っていたのだそう。
       そう聞くと、如何にもの感じでよく分かりましたが、ははは、

       係員が言葉は丁寧なものの、不手際というかなんと言うか、
       余りにも待たせられて皆ぶつぶつ、やはり軍の施設だった、愛想がない、と・・!

       ですが展覧会の正式名称「モネに向かって・Verso Monet」とでも言うのか、
       17世紀から始まり19世紀のモネにいたる風景画の歴史
       最初は人物の単なる背景であった風景が主役となっていく経過を、
       時代を追い、最後の部屋のモネの「柳」に至るまでを、
       上手く纏めた、その要旨がよく分かる展示になっておりました。

       ですがここでは私流に、良いなぁ!と思ったもの、
       こんなのもありました、というのを勝手に並べて、ご覧頂きますね。
       サイトから拝借の写真で、おまけに
       済みません、タイトルも覚えておりませんが、

       モネの風景画、光が満ち溢れ、空気が煌くような・・。
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       これが最期の部屋にあった、モネの「柳」
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       私は一人で会場のガイドさんの説明も聞かずに歩き回り、
       良いと思う好きな絵のみ見て回ったのですが、
       展示の監修者が何を意図しているのかよく分かり、
       
       つまりこの「柳」は、既に単なる風景画を越えかけかけていて、
       この先は抽象画に行き着くような筆勢とタッチが見れたのでした。
       


       カナレット  初めて実物を見ましたが、凄い仕事をしております!
       甥のベッロットの作品も来ておりましたし、以前展覧会も見ましたが、
       やはりその空気感は、小父さんのほうが素晴らしい!
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       ルノワール  かなりの厚塗り、というか、タッチの作品。
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       ターナー   これも実物のこの色、というのが出ておりませんが、
       油絵の密な仕事で、素晴らしかった!
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       ゴッホ  余り彼の絵は好きではないのですが、後の作品の如何にもぉ!
       というのに比べ、これは色もタッチも良いなぁと。
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       フリードリッヒ  余りにも暗く、何を描いているのやら、顔を近づけて
       見るほどですし、2本の小舟のマストの位置も気になったのですが、
       この画家をお好きな友人がいますので、ここに!
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       セザンヌ  彼の絵も私には余りピンと来ない絵なのですが、
       今回実物が3点かあり、やはり印刷と違うなぁ、良いなぁ、と思ったのでした・・。
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       90点以上に及ぶ作品の展示で、すべてが傑作とは言えませんが、
       それでもこうして実物を見れるチャンスがあるのは、有難い事と思いました。
       仲間のグループと一緒に、また一人で出かけるヴェネツィアでも、

       やはり大作家の実物をすぐ傍で見れるのは、有難い!
       何かしら必ず得る部分、感じる部分があり
       展覧会の中の1枚でも2枚でも、見れて良かった、と思うのがあれば、
       それで大OK! なのですよね。

       次は3月19日に出かける予定の、ボローニャのフェルメール!
       レンブラントなども来ているそうですが、
       フェルメールの「真珠の耳飾の少女」は、イタリア初公開だそうで、
       貴婦人並みの待遇で迎えられた、と先日のニュースでありました。
       楽しみに!



       絵を見て表に出ましたら、外はとっぷりと暮れておりました!
       ブラ広場の北側、お昼を食べた辺りと、
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       正面のアレーナと市役所
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       シェークスピアが「ロメオとジュリエット」で書いた、
       ヴェローナの壁の外には世界は存在しない
       という中世の市の壁の内側に沿い、我らのバスまで歩きます。
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       大丈夫、ちゃんと我らが町まで連れて帰って貰えましたぁ。

       長いお付き合い、有難うございました!!



    *****

       いつもブログご訪問、有難うございます!

       イタリアは悪天候が続き、今日も雨、既に何日目になるのか・・!
       ローマ郊外も、北イタリアの中南部も、あっちもこっちも大水災害、
       土砂崩れ、堤防決壊などなど、被害のニュースが絶えません!

       明後日くらいには一息つけるかも、というのですが、
       予報の専門家の言うには、2月の半ば頃まで今の調子が続くかも、
       ということで、気が重くなります。

       我が村は幸い丘の上ですので、有難い事に大水の心配はありませんが、
       明るい太陽の光と、暖かい陽射しを待ちかねております

       春よ、来い!!
       


    *****

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       アップしております。
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by italiashiho2 | 2014-02-05 02:57 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(13)
2013年 06月 22日

   ・・・ 夏のヴェローナ ・ ランベルティの塔の上から ・・・

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       悪天候続き、肌寒い、と文句タラタラだった北イタリアも、
       遂に先週半ばから暑くなり、寒がりのshinkaiも漸くに半袖!

       プール体操も屋外になり、前の駐車場のたくさんのシナの木の花が
       暫く前から満開で、奥にあるプールまでにも良い香りが漂っています。
       
       で、はい、屋外プール3回目をこなした今、既に赤銅色!!

       あ~あ、この秋は日本行きなのになぁ、と半ば諦めておりましたら、
       今朝プールでルイーザが、薬局で日焼け止め、耐水仕様を買えと。
       50%の、いや、あんたはもう既に焼けているから
       30%ので良いからね、と。
       はい、友人のお勧めに従い、明日薬局に行って参ります。

       美人振りをとはいかぬまでも、少なくとも余り黒くない素顔で
       皆様にお目にかかれるよう、ははは、無理かな、
       儚いまでも、多少は抵抗を試みましょう!


       さて今日は夏のヴェローナ、ははは、暑そうでしょう?!
       それも街の一番の中心であるエルベ広場周辺と
       トップの写真に見えるランベルティの塔の上からの眺めを

       ランベルティの塔に上ったのは2007年の初夏で、
       漸くに修復が済んだ所でしたが、ご覧頂くチャンスを逸しており、
       今日は昨夏にヴェローナに出かけた時の写真と混ぜて、
       エルベ広場周辺をご覧頂きます、ごゆっくり!



       地図をどうぞ
       アディジェ河がぐるっと街を囲むように蛇行し、
       半島の様に突き出したこの部分が、ヴェローナのいわば旧市街。
       青く囲った中心に、南北に細長くエルベ広場・Piazza delle Erbe
       広がります。
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       この地図の番号で言うと、エルベ広場が2
       1.がパラッツォ・コムーネ・Palazzo del Comune
       その北西の角35.に、ランベルティの塔・Torre dei Lamberti
   
       広場に面した北側の建物との間に細い通路があり、
       そこを東に抜けるともう一つのシニョーリ広場
       Piazza dei Signori があり、

       北東側をロッジャ・デル・コンシ―リオ・Loggia del Consiglio 4.と、
       パラッツォ・デル・ポデスタ・Palazzo del Podestà 3.

       南はパラッツォ・ディ・カンシニョーリオ・Palazzo di Cansignorio
       が取り囲み、

       その間を東に抜けた所にアルケ・スカリージェレ・Arche scaligere
       中世ヴェローナの領主だったスカーラ家の幾人かの記念墓、棺が
       納められた場所、教会があります。

       
       上に囲った8.サンタナスターシャ教会・S.Anasutasia
       12.ドゥオーモ・Duomoは、
       塔の上からの写真でご覧頂きますね。



       こちらの地図で、もうちょっとイメージを膨らませて頂きまして
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       エルベ広場の東側の建物、フレスコ画が描かれた有名な壁
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       で、この先を東に抜けると、



       ちょうど良い写真が無く、これはウィキぺディアから拝借した
       シニョーリ広場で、
       広場の真ん中に立つのがダンテ像
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       正面に見えるのがパラッツォ・デル・ポデスタ、
       またの名をパラッツォ・デル・ゴヴェルノ・Governoと呼ばれ、
       13世紀後半、ヴェローナのポデスタ・執政長官となった
       スカーラ家のアルベルト1世・AlbertoI により建設され、
       その後ヴェローナの領主となったスカーラ家の住居となった館。

       ダンテ像がここにあるのは、このポデスタ宮に滞在した客人の内でも
       第一級の著名人だから、という事の様で、
       他の客人の名としてはジョット・Giotto やヴァザーリ・Vasariも
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       所でよく出会うスカリージェロ、スカリージェリという言葉は、
       スカーラ家の形容詞で、
       この家系が1262~1387年に至る125年間の
       ヴェローナの領主だった訳ですが、

       今は勉強不足でして、いずれヴェローナのお城のご紹介も、
       と思っておりますので、その時にまたご説明致しますね。

      
       で、右手奥にちらっと見えるのが、
       アルケ・スカリージェレ・スカラ家の墓所で、


       こちらです。
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       右手に見える教会はサンタ・マリーア・アンティーカ・S.M.Anticaで、
       私は実はこれを書くまで、
       この手前の素晴らしい記念柩の塔が、スカーラ家の代々の中でも
       一番の大物、カングランデの物と思いこんでおりましたが、
       カングランデの棺は、この右手手前の教会の壁に納まっているのがそう、
       へ、へ、へ、と知りましてございます。

       まさに、ブログ書きのお陰であれこれ知る事ができる・・、
       ブログさま様!
       読んで下さる皆様、感謝です!!


       で、この素晴らしいゴシック建築物の主は、
       マスティーノ2世だそうで、一番上の騎馬像の本物はお城の方に。
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       蛇足ながら、カングランデ・Cangrande・大きな犬、とか
       マスティーノ・Mastino・マスティフ犬、とか
       なぜこういう名が一族に多いのか・・。
       スカーラ家に付いて読むのも、興味が湧きますです、はい。



       シニョーリ広場の方に戻りつつ、
  
       これがパラッツォ・デル・ポデスタの脇のロッジャ部分で、
       なんとも素晴らしい装飾でしょう?!
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       サイトで見ると内部も素晴らしい様子で、
       見学できるものであれば、またのチャンスに。



       シニョーリ広場の北側、ロッジャ・デル・コンシ―リオ
       15世紀の建築物、やはり装飾がとても優雅ですね。
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       で、ロッジャの西の端と隣の建物を繋ぐアーチの上の人物像
       これも以前から目につきながら調べておりませんでしたが、
       はい、今回はからずも!
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       ジローラモ・フラカストロ・Girolamo Fracastro(1478-1553)
       というヴェローナの旧家の出で、パドヴァ大に学んだ科学者。
       ええとです、有名な著書には「梅毒 またはフランス病」があり、
       接触伝染病を知らしめた方なのだそうで、
       梅毒、チフスの命名者でもあると。

       衣装からローマ期の人物かも、と思っていたのですが、
       はぁ、伝染病の大家、そして天文学の研究もされた方なのでした。

       
       こちらがティツィアーノ描くジローラモ・フラカストロ像
       1528年頃の作品で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに。
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       さて、いよいよランベルティの塔に近づきまして、

       こちらはパラッツォ・デル・コムーネ、
       12世紀建設の四角い建物の中庭。
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       今左手角上にちらっと見える部分がランベルティの塔。

 
       
       建物の壁は、煉瓦と凝灰石との横縞でかなりの迫力ですが、
       これはヴェローナのロマネスクの典型なのだそう。

       中庭を囲むロッジャの下には、こんなフレスコ画も残り、
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       こちらは西側、15世紀に建設されたスカーラ・デッラ・ラジョーネ
       Scala della Ragione・ラジョーネ階段。      
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       建物に半円のアーチの名残が見えますね。
       この部分が何度か改装されている建物に残るオリージネの部分と。



       西側のエルベ広場から東のパラッツォ・デル・ポデスタ辺り、
       この一帯はローマ期のフォーロがあった場所だそうで、
      
       中庭にガラスをはめ込んだ部分があり、覗くと地下の
       発掘されたローマ期のモザイクも見えます。
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       さて、建物の北西角、階段の脇にエレベーターがあり
       いよいよ塔に上ります。
       お待たせいたしましたぁ!
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       塔には、毎日9時半から20時半まで上れ、
       週末はもっと夜遅くまで上れるそうで、
       夜景もまた素晴らしいかも!



       塔の高さは84m、83と書いてあるのもありますが、
       テレコムの近代の鉄塔を除くと、ヴェローナで一番高い塔

       これは確かエレベーターが止まる3連窓の所からの、
       エルベ広場の眺め
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       広場の北に見える白い建物、マッフェイ邸ですが、
       その横にある塔がガルデッロ塔・torre del Gardelloで、
       塔自体は古いのだそうですが、
       14世紀に鐘楼として改装され、この鐘は毎時打ち鳴らされ、
       市民生活に重要な物だったと。

       のちに時計が取りつけられ、公的な時計としては
       イタリアで一番最初の物だったそうですが、
       どういう理由からか無くなり、

       こちらのランベルティの塔に18世紀後半に取りつけられたと。

       
       ランベルティの塔の建設は古く、1172年、この町の
       有力者ボゼーノ・デ・ランベルト・Bozeno de Lambetoが建設したと。

       ですがランベルト家の物というのはどこにも出てくるのですが、
       ボゼーノで検索をかけても他には出ませんので、
       ひょっとしたらあやふやな記述かも。

       最初から84mの高さではなく、15世紀には雷にやられ
       修復したりで、塔の高さも付けたされ、
       一番上の部分は、のちにヴェネツィア共和国が大理石を使い、
       美しく高くした物だと。

       この高さに次ぐヴェローナの塔の高さでは、
       10mほど低い、ドゥオーモの鐘楼とか。

       

       広場の西向かい側、左がドームス・メルカトールムかな?・
       Domus Mercatorum・商人の家と呼ばれる建物で、
       中世には商人達の組合などが使っていた物で、
       現在は銀行がね。
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       北側、ドゥオーモの正面壁の上部と、鐘楼
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       足元東側のシニョーリ広場、ロッジャとポデスタ宮
       右側塔の建物がカンシニョーリオ宮・Palazzo di Cansignorio
       こちらもスカーラ家の14世紀の建物。
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       西の先には、アレーナも見え
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       さて上の階に上りますが、これは階段を自力で。
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       塔には16世紀鋳造の鐘が2つあり、多分下に見える少し大きな方が
       レンゴ・Rengo、これは市民集会を知らせたり、緊急の場合用で、
       もひとつはマランゴーナ・Marangonaといい、仕事時間の知らせ用と。
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       最上階は窓に全部細かい網が張られていまして、
       写真を撮るとこんな風に写るのですが、

       こちらは東、サンタナスターシャ教会
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       長い修復が済み、昨夏の訪問では大変美しい内部と、
       かのピサネッロの「サン・ジョルジョと姫」の素晴らしい壁画が
       元の位置に戻っておりました。
       またご案内いたしますね。

       背後にテアトロ・ロマーノも見え、
       サン・ピエトロの丘も。



       余り色がよく出ておりませんが、
       ポンテ・ピエトラ・Ponte Pietra.
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       ヴェローナ旧地区訪問記
       http://italiashio.exblog.jp/5867890/


       最後にもう一度、足元のエルベ広場と、
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       広場から見上げるランベルティの塔をどうぞ!
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       ヴェローナのご案内あれこれは
       http://italiashio.exblog.jp/i22


       ヴェローナ訪問は、ミラノからヴェネツィアに移動する間に、
       というのが殆どの方と思うのですが、
       エルベ広場の屋台で聞きましたら、
       日本人は15分間だけねと、ははは、言っておりましたが、
       見所は多く、そしてこの街は都会です!
       イタリア紹介で、都会です、というのは変ですけど、はは。

       ヴェネツィアからでも幹線で行きやすいので、
       是非お出かけ下さいね
       お楽しみ頂ける事、受合いますです!


     *****     

       水彩ブログには、偉大なる芸術家たちと、愛猫の姿 その2
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by italiashiho2 | 2013-06-22 04:52 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(2)
2013年 05月 27日

   ・・・ サロ ・ Salò ・ ガルダ湖西岸のヴァカンス地 (追記あり) ・・・

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       今日ご案内しますのは、ガルダ湖西岸に位置するサロ・Salòの町、
       ・・サロのにアクセント、の発音でお願いいたします、はい。
       なぜ急にサロの町か、という複雑な理由はありませんで、 ははは、
       単純に、いまだ寒い日が続く日常から逃れたく、
       夏らしい写真を探していて見つけた、という事でして・・。
       
       と、以前「ガブリエーレ・ダヌンツィオの家とサロ」というタイトルで
       取り上げたにも拘らず、彼の家のご案内だけになってしまい、
       はぁ、時に思い出しては悔恨の情にかられ・・、へっへ、
       てな事はないのですが、宿題になっておりました。

       漸くに今回チャンスが巡って来ましたので、出かけた2回分、
       2007年と11年の写真を混ぜてご覧頂きますね。

       トップの写真は町の西からの眺めですが、
       結構細長く続き、おまけに夏の紫外線が強く色が出にくく、

       では、とウィキペディアのサイトから拝借がこちらです。
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       ガルダ湖畔のどの町も、湖畔に沿って細長く広がり、
       すぐ背後に迫る山との間を国道が走りますので、
       運転も、狭い道カーヴ続きで少し緊張しますし、
       駐車場の確保にはいつも大変!なのですが、

       ガルダ湖全体の地図をどうぞ
d0097427_23294841.jpg

       ガルダ湖はイタリアで一番大きな湖でして、
       真ん中と上部にグレイの線が通っているのが見えますが、
       東岸がヴェネト州、西岸がロンバルディア、北がアルト・アディジェと
       3州に跨る、ローマ期から開けた温暖の地なのですね。

       この北の地にあり、レモン栽培もオリーヴ畑もあり、
       温泉地としても有名で、夏のヴァカンス期にはどこもいっぱい!

       今日ご案内のサロは、西岸の湾の奥にあり、
       古くから大いに栄えた裕福な町なのだそう。

       ガルダ湖の東南端のペスキエーラ・Peschiera del Gardaから
       ミンチョ河・Mincioが流れ出しており、
       この河は南下して、マントヴァを通りポー河に合流、
       アドリア海に注ぎます。
    
       という流れを利用し、海側からの船による物資運搬
       このガルダ湖まで楽に到着し、このサロにはその物資の貯蔵庫、
       とりわけが貯蔵され、繁栄していた町なのだそう。

       
       そしてこの町の名サロがイタリアの歴史にしっかり残るのは、
       1943年9月~45年4月にかけ、イタリア社会共和国
       Repubblica Sociale Italiana 通称サロ共和国
       ドイツのヒットラー政権の下、ムッソリーニによる傀儡政府の
       幾つかの省がここと、お隣のガルドーネに
       置かれたからなのですね。

       公的にはローマがイタリアの首都のままでしたが、混乱の時期、
       ムッソリーニがパルチザン兵に逮捕され処刑されるまでの
       最後を過ごした地でもあります。
     

       ガルダ湖各地のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i22/       
       
       

       サロに到着し町の西に駐車、中心部に向かいますが、
       湖岸のすぐ脇を通りつつ
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       夏の早朝、こんな子供達のヨット教室も既に準備中で、
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       小さなイタ鴨の子も、一人泳ぎ。
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       町の中心広場の円柱上には
       ヴェネツィアはサン・マルコのライオン君。       
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       湖に向かって開いたこの広場、何度も通りながら、
       なぜか一枚も全体写真がありませんで・・!



       湖岸沿いの道脇には、こんなに太い、
       古いオリーヴの木も並んでいて・・。
       ですがこういうのも、やはり並木道というのかな?
d0097427_23313259.jpg




       北隣の町ガルドーネ・リヴィエーラにある
       詩人ガブリエーレ・ダヌンツィオの家博物館
       イル・ヴィットリアーレ・Il Vittorialeに辿り着いたのは、
       このガスパーロ・ダ・サロの銅像を見つけたのが切っ掛けで、
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       ガブリエーレ・ダヌンツィオの家のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/5946852/



       像の美しさもさることながら、この碑に彫られた
       ダヌンツィオの言葉に魅かれたからなのでした。
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         ヴァイオリンを引き出すために胸を開いているのか
         心を入れる為にヴァイオリンを開いているのか分からない


       碑にも、ヴァイオリンの発明者、ガスパーロ・ダ・サロ 
       とあるのですが、このサロの町出身であるガスパ―ロ、
       本名(姓)はベルトロッティ・Bertolottiと言い、
       ヴァイオリン制作者であり、コントラバスの奏者でもあった様子。

       多分彼の祖父は羊の腸から弦楽器の弦を作っていたのであろう事、
       そして一家一族が楽器製造、または奏者として有名な中で育った様子で、
       彼の叔父はサロの礼拝堂のマエストロであり、その息子、ガスパ―ロの従兄弟
       ベルナルディーノはフェッラーラのエステ家宮廷、そしてマントヴァに、
       遂にはローマのカステル・サンタンジェロの教皇付き音楽家だったと。

       彼自身も奏者としても活躍し、父親が亡くなった20代前半に
       ブレーシャに出て工房も持ち、町の音楽奏者たちとも付き合いが深くなり、
       楽器製造名手としてヨーロッパ中に名を知られたと言います。

       私は楽器に詳しい訳ではなく、良く分からずに読んだままで書きますが、

       ヴァイオリンの発明者というよりも、以前からあった素朴な
       初期の形のヴァイオリンを、現代的で標準的なモデルに定めた人とでも
       
       39~44.5cmに及ぶ、サイズの小さい物から大きな物、
       コントラルトからテノ―レに及ぶ物、
       ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオローニ、ヴィオロンチェッロ、
       コントラバス、リーラ、そして大きなリーラまでを作り、
       
       その作の内でも最上はヴィオラとコントラバスで、
       響きの柔軟性と強さは、後世に出てくるストラディヴァり同様、
       世界中の名奏者に好まれているのだそうで、
       100年後にストラディヴァリによっても、製造法を研究されたのだとか。


       初期の競争相手として名を知られるアンドレア・アマーティですが、
       当時の評判もまるで相手にならずであった様子で、
       アマーティの方がガスパ―ロよりも長く生きたものの、
       記録に残る弔辞も素っ気ないものであったとか出まして、

       単純にヴァイオリンの発明家と思い込んでいたのとは一味違い、
       ちょっと興味を引かれましたので、ここに。

       クレモナ ・ ストラディヴァリの典雅な街
       http://italiashio.exblog.jp/5745890/

       

       ガスパ―ロはブレーシャで亡くなっていますが、
       ガスパ―ロ・ダ・サロの名で通っている様に、
       生まれた町のここサロでは、毎年彼の名を冠した
       国際ヴァイオリン奏者のコンクールが開かれているそうで、
       2007年度のポスターをどうぞ。
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       湖畔沿いにはホテル、レストラン、店が立ち並び、
       ヴァカンス地特有の明るい雰囲気に満ちておりまして、
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       時にこんなリバティー風の建物装飾も見かけますが、
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       この地一帯は地震発生地なのだそうで、とりわけ大きなのに
       1900年そして2004年と被害を受けたと知りましたので、
       新しく見えるのも、案外以前通りに修復されているからかも、ですね。



       町の中心地には、こんな風に古い建物の形も残り
       中世の面影が宿ります。
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       湖畔に面し、かってのこの地の歴史を残す名、
       マニ―フィカ・パートリア・Magnifica Patriaのロッジャ。
       かっての政庁の建物は、現市役所に。
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       14世紀前半から始まる、この周辺34のコムーネが一体となり
       様々な変遷を経ながらも、ヴェネツィア共和国政府の元に入り、
       大きな自治権を得、いわば一つの国の扱いを得ながら忠誠をつくす、
       
       それにヴェネツィア共和国が与えた名が、
       マニ―フィカ・パートリア・素晴らしい祖国。
       セレニッシマ(ヴェネツィア共和国)の長女、というタイトルも。

       16世紀のヴェネツィアとトルコとのレパントの戦いには、
       この地から武装した船に男達が乗り込みミンチョ河を下り、
       ヴェネツィアの艦隊と合流、大いに戦った、という・・、
       はい、勇壮な男達の忠誠に満ちたお話も残り、
       両者の関係は、かのナポレオンがヴェネツィア共和国を倒すまで。



       このロッジャも地震災害によるのか、殆ど何も残っていませんが、
       夏もひんやりと涼しい風の通る、ここの
       ベンチはいつも町の人々の憩いの場所
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       狭い町中の両脇に並ぶ建物の壁には、
       古い壁画の名残もあり
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       かと思うと、円柱上の司教像のお向かいには
       リバティ風のなまめかしい女性像も描かれていたりで、ははは、
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       張り出したテラス風のカフェでも、お喋りが広がり、
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       狭い通りは、かなりの人で賑わい、
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       こちらは中心の古い地区の西の門
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       さて逆に中心から東に向かうと、狭い道の正面に見えてくるのが
       サロのドゥオーモ
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       後期ゴシック様式で建設が始まった物の、未完のままで現在も。
       が、正面入り口の大理石の装飾は1506年からの物と。
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       ピン甘ブレ写真で失礼して、こちらが内部の様子と、
       正面の薔薇窓を内側から。
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       ドゥオーモ脇の狭い道を横に抜け
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       湖岸通りをさらに東に、ドゥオーモ後ろからの眺め
       ドゥオーモの丸屋根が少し変わった傾斜の半球ですね。
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       この東の方は住宅地区となり、お家の庭に見える
       驚くほど色鮮やかな赤い花!
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       湖岸沿いも少しのんびりとした感じとなり、
       ゆらゆらのイタ鴨一家とか、
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       ちゃっかりとボート上で憩うカップルとか、ね。
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       という様子の、ガルダ湖西岸のサロ、
       お気に入って下さったでしょうか?

       ガルダ湖というと、ヴェローナから行きやすい
       シルミオーネが有名ですが、東岸も、奥も、
       そしてこの西岸も、それぞれに趣ある町が続きますので、
       チャンスを見つけてお出かけ下さ~い!


     ◆ 追記 ◆

       このサロの記事を見て下さったcucciolaさんから、
       ラツィオ州はブラッチャーノ湖畔のお城城主であった
       パオロ・ジョルダーノ・オルシーニと、彼は妻殺しでもあり、愛人の夫も殺し、
       素晴らしい美人ヴィットーリア・アッコランボーニと遥々このサロの地に
       逃げて来て結婚したものの、二人とも報復のため殺された、という16世紀のニュースを!

       ブラッチャーノのお城というのは、かのトム・クルーズが結婚した城ですが、
       この2人の当時の大スキャンダルの詳しいお話は、こちらに。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3261454.html
       

     *****     

       水彩ブログには、金色使いの2枚、 途中経過と、もうそろそろ?
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by italiashiho2 | 2013-05-27 23:46 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(14)
2012年 09月 05日

   ・・・ ヴェローナ ・ 中心をほんのちょっぴり ・・・

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       今日見て頂きますのは、先月中頃に日本からの友人と出かけた
       ヴェローナ・Verona の中心部をほんのちょっぴり。

       我が町コネリアーノからだと、パドヴァ・ヴェローナ方面には
       ヴェネツィア・メストレで電車を乗り換える必要があり、
       距離のわりには時間がかかり、
       ちょっと気分的に遠くなります。
       が、世界遺産指定のこの街は、ローマ期からの歴史がぎっしりで
       見所もたくさんあるのは、皆さんも良くご存知の通り。
       
       今回初めてカステルヴェッキオの博物館も見学、
       中世の木彫聖女像の素晴らしいのも発見し、
       要塞風の兵士の見回り通路も通ったり、大いに楽しみ、
       修復後のサンタ・アナスターシャ教会、ドゥオーモも回り、
       中心のエルベ広場、そしてアレーナ、ここは10分遅れで中に入れず、
       ですが、大いに歩きまわり、見て回りました。

       其々のご案内はまたにして、
       今日は街歩きの雰囲気を楽しんでくださいね。

       まずは上の地図で、この日の行程をどうぞ
       駅からバスで、7.カステルヴェッキオ博物館・Museo di Castelvecchio
       その後道をひたすら真っ直ぐ北東に、10.サンタ・アナスターシャ教会
       Chiesa di Santa Anastasia11.ドゥオーモ・Duomo
      
       そして裏道をふらふらと辿り、中心のエルベ広場・Piazza Erbe に出て、
       1.アレーナ前に・Arena、そして再びバスで駅にという回りでした。

       ヴェローナには、ヴェローナ・カードというのがあり、
       購入すると、2日間有効15エウロ、市内の有名観光場所17ヶ所が
       無料で見れますので、お勧めです。

       ヴェローナの今迄のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/i22



       さて、かなりの時間をかけカステルヴェッキオ博物館を楽しんだのち
       お腹を減らせて出て来まして、カヴール通り・Corso Cavour を歩きつつ、
       どこか良さそうな所をと探しまして、

       こんな店を見つけました
       なかなか雰囲気が良いでしょう?
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       バールもあり、Il CIottolo・イル・チョットロという店。
       http://www.osteriailciottolo.it



       食べました物は、サッパリ冷たいオールゾのサラダ
       オールゾ・Orzo というのは大麦で、
       お米のサラダよりもむっちりと歯ごたえのあるサラダで、
       これにビールを1杯で満足、精神も安定、ははは。
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       という所で、せっせと東を目指します。
       
       これは元の5世紀の古い初期キリスト教会を12世紀に再建という、
       サンティ・アポストリ教会・Chiesa dei Santi Apostoli
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       前を通りつつまだ内部の素晴らしさを見た事はなく、
       この近くにある大きな由緒あるサン・ロレンツォ教会ともども、
       再度のチャンスを狙う事に。



       せっせとお喋りしながら、店の中を覗きながら
       友人は見つけたお土産も買い込みながら・・、
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       さて、こちらは街の門、ボルサーリ門・Porta Borsari
       1世紀に溯るローマ期市壁の門で、綺麗に残っています。
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       ボルサーリという言葉は、以前税徴収吏の警備兵・bursariiに
       由来すると知ったのですが、
       今回この門の名は最初からそうではなく、当初はローヴィア門・Lovia
       中世にはサン・ゼーノ門・San Zeno、
       いずれも近くの礼拝堂、教会にちなみ、
       ボルサーリという名は、それ以降、つまり中世以降の呼び名だそう。



       門脇に残る、浮彫
       ああ、ラーメン!  喰いた~い!!
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       通りの名は、門から街中に入るとボルサーリ通り・Corso Borsariとなり、
       中程のエルベ広場の脇からは、サンタナスターシャ通り・Corso Sant'Anastasia
       と変わりますが、

       街中の建物の壁には、あちこちに中世が残り
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       こちらはルネッサンスかな、
       こういう物が無造作に残る街の通り、素敵でしょう?! 
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       さて、修復後の素晴らしく美しくなったサンタ・アナスターシャ教会も、
       ドゥオーモの中の様子もしっかり見て、

       裏道を拾いつつ、中心のエルベ広場に戻りますが、
 
       こんな塔がひょこっと顔を覗かせたり、鐘楼でしょうね?
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       きちんと修復されてはいるものの、
       元の古い壁龕・タベルナーコロが、かっての信仰心を伝え、
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       こんな素朴で質素で剛健な古い壁も顔を覗かせます
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       さて、街の中心エルベ広場
       エルベ広場という名は、その名の通りエルベ、野菜市が開かれた
       広場に由来しますが、ここはローマ期にはフォーロ・Foro、
       政治の中心広場だったそう。
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       現在は完全に観光客のスーヴェニール店の屋台が広場を埋め、
       周囲にはレストラン、カフェが軒を並べますが、

       この近くのあちこちの道の下には、発掘されたローマ期の遺跡が
       ガラスの上から覗きこめるようになっています。
       
       高く伸びるのは、ランベルティの塔・Torre dei Rambertiで、
       エレベーターで上まで上れます。



       広場を囲む東側の建物の壁には、フレスコ画が残り
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       こちらは中程にある晒し台・ゴーニャ・Gogna
       残っている首かせは、本物かなぁ?
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       サイトにはトゥリブーナ・tribuna・観客席という名で
       載っていて、これは皮肉な呼び方ですねぇ。



       広場北側を占めるバロック様式の建物は、マッフェイ邸・Palazzo Maffei
       古くからあった建物を、17世紀に大きく再建した様子。
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       特別に公共の事務所などが入っているわけではないらしく、
       中には地下から天井にまで届く、中心の支え以外にはまるで何も無い
       変わった石の螺旋階段があるのですって!



       ランベルティの塔
       この上からの見晴らしが素晴らしかったっけ!
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       エルベ広場の隣にあるシニョーリ広場・Piazza dei Signori
       中心に居られるのは、ダンテ・アリギエーリ殿。
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       エルベ広場南西の端に、こんな高い高い塔の家が建物に挟まって
       こんな如何にも中世のままが残っているのが嬉しくて撮ったのですが、
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       本当にエルベ広場だったっけ、とサイトを探しまわりました。
       写真はどこにもなく、最後はマップのカメラで確かめ、あったぁ!!



       さて、エルベ広場から有名商店街通りマッツィーニ通り・Via Mazzini
       を辿り、アレーナのあるブラ広場に。
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       途中でジェラートを舐めたり、ショウウインドウを覗いたり・・
       ああ、この日は見ただけで汗をかきそうな暑い日でしたっけ!
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       ブラ広場・Piazza Bra とアレーナ・Arena
       アレーナの全体をカメラに収めようとすると、まだ入りきらない、と
       ファインダーを覗いては後ろに下がり・・、
       やっぱり素晴らしく大きい!!
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       中に入るつもりが、なんと10分前かに見物時間終了
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       ブラ広場の石畳
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       観光一家のボク2人。 イギリスからかな?
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       ブラ広場の北側には、ずらっと緩やかにカーヴを描いてカフェや
       レストランが並び
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       さて、そろそろ戻る時間となり、ブラ広場の端にある門に。
       何度もヴェローナに来るたびに見ている門ですが、
       例によって、これなんという名の門なんだろう?と、初めて持つ疑問!
       漸くに見つけましたぞ、はは、何の事は無く
       ブラ広場のポルトーニ・大門ですと。
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       で、ふと門の外のバス停に行く途中に見かけたこの方、
       シェークスピア殿ではござらぬか?!
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       門を見上げ、沈痛な面持ちをされておられるので、
       横の碑文を読んでみましたら、

       ・・ヴェローナの門外には世界は存在しない、
       煉獄と拷問と地獄があるのみ。
       ここを追放される者は世界から追放され、
       世界からの亡命者には死あるのみ・・

       英語版の方には、
       There is no world without Verona walls,
       とあるのですが、
       
       イタリア語版だと
       ..non esiste mondo fuor dalle mura di Verona,
       ヴェローナの城壁の外には、となり、
       かっての各領土を示すのにふさわしい訳だと思うのですが、
       まぁ、ご本人はどの様なおつもりだったのか・・。

       という様な所で、
       我々は門外から平然とバスに乗り、電車に乗り、ははは、
       無事にこやかに家に戻って参りました。
       
       ヴェローナのまたのご案内をお楽しみに!



       こちらは次回の予告、ヴェネツィアのレガータ・ストーリカ!
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       この日曜はユダヤ文化の日として、ゲットーの各博物館が無料
       というので出かけたのですが、
       レガータ・ストーリカの日でもある、というので、
       午後はドガーナの先っちょ、デッラ・サルーテ教会の前、
       サン・ヴィオ広場、駅前と、素晴らしいお天気の半日、
       動く先々で船の行列や競艇をも見る事が出来ました。

       勿論写真もたくさん撮りましたので、
       整理して、次回にご覧頂きますね。

       が、ほんの少し嗜む程度を、はは、
       水彩ブログの方に載せておりますので、どうぞ!


     *****


       ただ今水彩ブログには、トリエステのワン君、もうそろそろ・・
       をアップしております。
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by italiashiho2 | 2012-09-05 00:01 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(10)
2011年 08月 27日

   ・・・ 湖畔の結婚式 ・ ガルダ湖マルチェジーネにて ・・・

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       6月初旬に友人と訪れたガルダ湖東岸、北に位置するマルチェジーネ
       Malcesine ですが、夕方お城の方に行きましたら、何やらざわざわと。
       細い小路のあちこちで、かなりぴっちり決めた人達が
       一杯やっているのですね。

       で角を曲がった途端に、友人のmkちゃんがほら!と指差す先に
       小さな可愛いブルーの3輪車が停まり、
       その小さな荷物室に、綺麗なピンクの薔薇の花束!

       車体に書いてあったURLを辿りましたら、
       ガルダ湖畔で結婚式を挙げたいカップルの為の
       コーディネーター事務所でした。
       どっさり写真も出ますので、覗いて見て下さいね。
       http://www.lakegardaweddings.com

       という様子で、たまたま出会いました結婚式、というか、
       結婚式周辺の人々の様子を、友人mkちゃんの写真も混ぜて
       ご覧下さいね。



       可愛い3輪車はこんな感じで、前輪の上にも花束をつけ
       これだと、ガルダ湖周辺の小さな町の狭い歩道にも入って来られ、
       運転手と付き添い1人、そして新郎新婦のみが乗れますね。
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       豪華な年代物の高級車が使われているのをよく見かけますが、
       これは逆にとてもシックで素敵ですよね。 



       お城に続く道は狭い石畳で、脇にジェラート屋さんがあるのですが、
       店の前のベンチにこんな可愛いお客様がいて、
       陳腐な台詞ながら、まさにお人形さんみたいな!
       パパがそっと胸の前にハンカチをつけてあげて、   写真mk
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       女の子は無心にチョコレートのジェラートを食べ始め
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       たまたま小さいボクが通りかかると、見つめる女の子!   写真mk
       う~ん、やはりねぇ、
       その年代毎の好みがあるのですねぇ! ははは。
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       道脇の上のテラスにも、結婚式関係のお客様が一杯やっていて、  写真mk
       ベンチの女の子のパパも見えますね。
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       で、お城の方に行きかけると、正装の方たちが降りて来られ
       おお、関係者!
       こういうドレスを、ちょっとした機会にはお召しなのですねぇ!!
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       上の写真の右の方と、このママは同じドレスを着ておいでですから、   写真mk
       一緒に花嫁の付き添いをされたのでしょう
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       で例のジェラート屋の前まで行くと、皆さん素通りはされず、  写真mk
       従兄弟やはとこが一緒に、
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       お城の様子を覗きに行くと、すぐ向こうに湖が臨める素晴らしさで
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       城の塔に上がる階段から、巻きつけていた白いベールを
       取り外しながら降りてくる女性が見え、
       ああ、お城の上で結婚式があったのだ、と納得したのでした。
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       この中世のお城というか要塞は、ガルダ湖一帯のあちこちに
       たくさんの要塞を築いている、ヴェローナの領主スカラ家のもので、
       このマルチェジーネの湖に面した高い塔を持つ要塞は、
       湖の西岸からもしっかり見えるのですよ。

       他に湖に面している要塞は、トッリ・デル・ベーナコ・Torri del Benaco
       ラツィーゼ・Lacize、そしてシルミオーネ・Sirmione などなど、
       素晴らしいのが残っています。
       シルミオーネの要塞は既にご案内していますが、
       他はぼちぼちご案内して参りますね。



       という訳で、この方たちはお式の後、披露宴が始まるまでの間、   写真mk
       一杯やりながら時間を潰している、という訳なのですね。
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       イタリアの習慣では、お式の後、新郎新婦は記念写真を撮りに
       その辺りをプロのカメラマンと共に歩きつつ周り、
       その間参列者は一杯やりつつ、2人を待っているのですね。

       これが結構長くて、
       待つ間にお腹も空き、という・・、



       お城には明日朝改めて来ようと町の中に戻りかけましたら、
       おお、新郎新婦がいるのを見かけました!
       素晴らしい笑顔ですねぇ!!
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       新郎はちょっと私メの好みで、
       はぁまぁ、まるで関係ないですが・・、ははは。

       イタリア人同士のカップルではない様な気も少しするのですが、
       上のサイトを見て、ますますその感が強く来ました。
       今年の8月に誕生の新カップルの写真がたくさんありましたし、
       外国人カップルがたくさん来るのかも!
       


       こちらは翌日上った要塞の塔の上からの眺め
       右下に張り出したテントと椅子のあるテラス
       あそこできっと結婚式が行われるのでしょう。
d0097427_23482282.jpg

       イタリアで結婚式を! とお考えのお若いカップル、はたまた
       人生の酸いも甘いも噛み分けつつある中高年の皆さま、
       こんなガルダ湖畔では如何ですか?!

       ガルダ湖の様子はこちらにあれこれ、地図もあります。
       夏のガルダ湖めぐりを、ほんの少しお届け!
       http://italiashio.exblog.jp/14368798

       ガルダ湖畔 ・ マルチェジーネ 
       http://italiashio.exblog.jp/13697797

       マルチェジーネ その2 ・ ガルダ湖
       http://italiashio.exblog.jp/13709926

       ガルダ湖 北端 ・ トルボレ、リーヴァ・デル・ガルダ
       http://italiashio.exblog.jp/5481349

       シルミオーネ ・ ガルダ湖の蒼い、碧の水
       http://italiashio.exblog.jp/5505278


       新婚カップルの写真のある記事は、
       右カテゴリの中のタグの欄、新婚カップルからどうぞ。


              
       ブログご訪問、いつも有難うございます!

       夏休みも8月も、もうすぐお終い!
       皆さんの夏は如何でしたか?
       いつもながら、あっという間に過ぎたようで、
       充実していた部分も不完全燃焼の部分も・・。
       
       という事で、補充をというのではありませんが、ははは、
       明日日曜から3,4日程、息子の山の家に出かけて来ます。
       暑い暑い日が続いていたのが、今日午後突然の嵐がやって来て
       暫くの間雨も降り、今は既に陽射しが戻っていますが、
       山の方は一挙に秋の気配になるかもですね。

       勿論PCとインターネット・キーは持参しますが、
       昨年の経験から、接続が物凄くスローな事を知っており、
       いつもの様に写真たくさんの長い記事は到底無理と思いますので、
       この間は、どうぞ一日1枚という事でご了承下さいませませ!
       その方がええよ、なんぞとは・・、言わないで下さいませませ!
       では、行って参りま~~す!


       という様子ですが、どうぞ、
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by italiashiho2 | 2011-08-27 23:50 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(2)
2011年 08月 18日

   ・・・ 夏のガルダ湖めぐりを、ほんの少しお届け! ・・・

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       先日4日間ほど、ガルダ湖の西岸を少しと、そして東岸は
       一番北の端まで行って湖岸沿いにずっと南下しという、
       暑く、ヴァカンス客で溢れかえったガルダ湖巡りをして来ました。

       友人からの依頼で日本からお出でのお客様のお伴でしたので、
       カメラもコンパクト、少々遠慮勝ちに写した夏のガルダ湖ですが、
       湖の素晴らしい青い蒼い色、そして夏を楽しむ人々
       どうぞご覧下さいね。

       ざっと見て頂けるよう、今日は場所の説明のみで北から順に3か所、
       トップはリーヴァ・デル・ガルダで、
       ウィンドサーフィンを楽しむ人々が見えますか?



       ガルダ湖の地図をどうぞ
d0097427_061145.jpg
       
       一番上、北にリーヴァ・デル・ガルダ・Riva del Garda があり、
       6月初旬に出かけた時の写真で既に少しご覧頂いている
       東岸に位置するマルチェジーネ・Malcesine
       南からぴゅっと突き出す細い半島の先にシルミオーネ・Sirmione
       その南西に今回宿を取って基地にしたデセンツァーノ・Desenzano
       今日ちょっぴり見て頂くのはこの4か所ですが、

       西岸のサロ・Salò そしてその北のガルドーネ・リヴィエーラ
       Gardone Riviera にあるガブリエーレ・ダヌンツィオの家博物館
       イル・ヴィットリアーレ・Il Vittoriale degli italianiも4年ぶりに再訪、
       博物館も拡張され展示物も充実で、楽しみましたのでまた改めてご案内を。

       ガルダ湖畔 ・ G.ダヌンツィオの家、 そして サロ
       http://italiashio.exblog.jp/5946852

       ガルダ湖畔で食べた、美味しいもの!
       http://italiashio.exblog.jp/14229685



       リーヴァ・デル・ガルダ
       湖の北端、如何にもドイツ色の濃い町並みがあり、
       現在は博物館になっている湖畔の要塞が残ります。

       要塞を巡る岸辺に店を出すスーヴェニールの屋台も
       店主は暑さを避け木陰に。
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       ちょっと細長い梨の形のガルダ湖の北の端は、
       両岸から厳しい岩山が迫り、
       強風を楽しむウィンド・サーフィンのメッカに。
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       夏の盛りを楽しむ、スイカ大食い祭りのポスター
       皆さん、こぞってお出かけくださ~い!
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       こんな楽しいお出かけもあるのですねぇ!
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       ガルダ湖 北端 ・ トルボレ、リーヴァ・デル・ガルダ
       http://italiashio.exblog.jp/5481349



       マルチェジーネ
       この町もヴァカンス客で溢れかえっておりました!
d0097427_0104732.jpg



       夏の湖の楽しみ方も色々あり
       ボート、ヨットも
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       泳いだり
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       古い船着き場で、ささやかな日光浴をしたり
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       足を水につけてパシャパシャやるのも
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       煌めく水のかなたを見つめるのも
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       古い屋敷を訪れるのも
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       美味しいジェラートを舐めるのも
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       そう、どれもみな、夏を満喫する一つの方法ですねぇ!

       ガルダ湖畔 ・ マルチェジーネ 
       http://italiashio.exblog.jp/13697797
      
       マルチェジーネ その2
       http://italiashio.exblog.jp/13709926



       シルミオーネ
       今回はデセンツァーノから遊覧船で岬の先に一直線に、
       はい、20分程で到着します。
       スカリージェリ家の要塞と町が見えて来た所
d0097427_0143111.jpg



       狭い道の両側にレストランやスーヴェニール店が立ち並び
       こんな名前の店も。
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       町の東側の湖岸
       アップはまたのお楽しみ! ははは。
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       夏の湖の風が届きますかぁ?!
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       少し陽が傾き、要塞の影の中で
d0097427_0155466.jpg



       鴨も白鳥も幾つもいるのですが
       嘴の先から水滴が垂れるのが写ってましたぁ!
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       こういうのはまったく余計なお世話
       言われんでも、皆しとるわい!!
d0097427_016477.jpg


       シルミオーネ ・ ガルダ湖の蒼い、碧の水
       http://italiashio.exblog.jp/5505278



       デセンツァーノ
       遊覧船でデセンツァーノまで戻り、町中のテラス席で夕食。
       のんびりと暮れ始める港を通り駐車場に。
       この灯りの形、面白いでしょう?
d0097427_0171259.jpg



       ちょうど満月の前日
       町の灯が灯り始め、雲にも夕焼け色が反射して・・。
d0097427_0173290.jpg



       いつもお世話様です、有難うございます!
       今日も
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

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by italiashiho2 | 2011-08-18 00:19 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(6)
2011年 06月 04日

   ・・・ マルチェジーネ その2 ・ ガルダ湖 ・・・

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       今日もまた、ガルダ湖の旅の中継編を続けますが、
       まず地図をご覧下さいね。

       今朝3日、マルチェジーネ・Malcesine を出発して南下、
       ガルダ・Garda のホテルでこれを書いております。

       マルチェジーネ~ガルダ間は28K 33分の距離なのですが、
       ゆるゆると、
       まずアッセンツァ・Assenza で古い壁画のある教会を訪問、
       そこから暫く再度南へ、
       トッレ・デル・ベーナコ・Torre del Benaco
       スカリージェリ家の要塞を見て、古い町並みも楽しみました。

       さてここからが大変な停滞となり、じわじわと進む道のり、
       ですがまぁ、行程も短くガルダに到着したという様子です。

       という事で今日はもう一度、
       2泊しましたマルチェジーネの写真をどうぞ!

       到着の日の夜から大変風が強くなり、翌日は曇り空になったり、
       晴れて暑くなったりのマルチェジーナ2日目でしたが、
       
       まずは朝の港の光景を
d0097427_2483575.jpg

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       スカリージェリ家の、ガルダ湖に張り出す大きな城があり、
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       城の中庭、塔の上からは素晴らしい眺め
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       古い家並の続く一郭もあり、観光客も大変多く・・、
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       お昼に食べた、海老とズッキーニの美味しい美味しいパスタ!
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       古い行政庁の屋敷かな、大きなロッジャが湖に望み
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       この広場の手前先にも湖に開けた港があり、
       右手の黄色い建物が、我々が泊まったホテルです。
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       2日目の午後遅く、ロープウェイに乗りに行きましたが、
       乗り物のガラスが汚れぼんやりとしか風景が見えず、
       降りた場所の周囲は木々が茂り見えず・・!
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       夜、食事に出た後の散歩で。
       ガルダ湖の北奥、リーヴァ・デル・ガルダの灯が少し見え
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       こちらはマルチェジーネのお向かい、リモーネ・スル・ガルダ
       Limone sul Garda の灯
d0097427_2452396.jpg


       今日午後はガルダ湖畔の風景を楽しみましたが、
       明日はも少し南のラツィーゼ・Lazise により、
       午後ヴェネツィアに向かう予定です。

       という事で、またの中継編をお楽しみに願います。
       そして、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~す!

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by italiashiho2 | 2011-06-04 02:45 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(0)