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カテゴリ:・ローマ・ラツィオ Roma Lazio( 30 )


2017年 02月 14日

   ・・・ ガエータ ・ 要塞化し繁栄してきた、陽光明るい海辺の町 ・・・

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       昨年春の南ラツィオの旅、今回は最後のご案内になるガエータ・Gaetaを。

       この地には昔から思い入れがありまして、というのもず~っと昔見たガイドブックに
       浜辺にそってパステル・カラーの低い家並みの続く写真「ガエタ」が1枚あり、
       当時の未だ他を知らなかったshinkaiにはとても魅力的に見え!
       いつか行ってみたいと思っていたのでした。

       さて実際に長い年月の後に訪問してみると、やはりまるで思い込みとは違い、ははは、
       写真を整理しながらも、この町の一番の印象は何だったろう、と考えました。

       古いガイドブックにあったような「貧しい海辺の町」ではまるでなく、
       多分これより西にある「スペルロンガ」と混同しているのでしょうが、

       ローマからは南に120km,ナポリからは北西に80kmの距離にあり、
       長い紀元前からの歴史を持ち、港を持った繁栄の地であり、
       何度も異民族に襲撃されながらも、城壁を築き町全体を要塞化して備え、
       現在は明るい陽光のもと、海辺の小さな町の良さを満喫している、とでも・・?!
       
       そんな町の印象がお伝えできますかどうか・・。
       と、今回の写真は何故か呆けピントのが圧倒的に多く! 馬鹿がぁ、
       必死に修正したのですが、どうぞその辺りはご容赦下さいますようお願い致します。

       今回も写真の数が多くなりましたが・・、
       なかなかこの辺りまで行かれる方は少ないであろう、・・でも、
       shinkaiのブログはそういう方にも旅の、町の雰囲気を味わって頂いている筈と、
       ははは、そう考えてご案内しておりますので、
       ごゆっくり楽しんで頂けますように!
       
       
       上の写真は町の中程の海辺沿いでバスを降り、港の南方面を見た所で、


       角度を少し変え、海岸沿いの続きはこんな感じ。
       高い鐘楼が見えますが、これがガエータの聖堂のもの。
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       ガエータ湾をはさみ北東方面、山上に見える町はマラノーラ・Maranolaと。
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       南ラツィオのご案内全体は、こちらから。



       ガエータの町の中心部の地図をどうぞ。
       ガエータは湾を挟んで北西にも伸び、南側の浜辺も含まれるのですが、
       右に突き出した半島の先っちょ、色が少し濃くなった辺りが旧市街の位置。
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       訪問した教会2つの位置と、町の上に見える城の位置を示しましたが、


       実は町の中心に行く前に、左下に囲ったサンティッシマ・トゥリニタ・SS.ma Trinità
       という聖所を訪れ、教会や、岩山の裂け目にある礼拝堂などを拝見し、はぁ、
       ついでに右下に赤丸で囲んだ「トルコ人の洞窟」なるもの、
       なに、トルコの海賊たちが隠れ家にしていた深い洞窟でして、
       shinkaiはお金を払ってまで階段を下る気はなく、はは、行きませんでしたが、
       そんなあれこれ、そして南の海岸沿いの浜辺のパノラマを見たりでした。

       ついでに町との間に挟まる山にあるオルランド公園に赤丸も打ちましたが、
       この辺りにはローマ期の貴族の聖廟もある様子で、
       ここからの町の旧市街の様子が絶景!
       我らは行きませんでしたが、本日最後にここからの様子をお目に入れますです。




       という事で、上の地図の海辺に沿った位置、2つの教会に挟まれたちょうど真ん中辺り
       緑色で見えるのが駐車場兼公園で、

       この辺りからの眺めが上の海岸沿いの写真であり、

       右手の上に見えるのが、このサン・フランチェスコ教会
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       ここには行きませんでしたが、1222年聖フランチェスコがガエータに滞在した折に
       基礎をした教会で、14世紀に再建築、19世紀に上部を追加という形だそう。




       そしてそれより北、海岸沿いに近い低所にあるのが、
       サンティッシマ・アンヌンツィアータ・SS.ma Annunziata、ここも聖所と。
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       手前に高い城壁が一部残っているのが見えますね。
       現在は中心の方のは無くなっているようですが、
       かっての海賊、蛮族襲撃に備えての要塞化された町だった名残。
       
       ここは後ほどご案内を。




       そしてちょうど真上辺りに見えるのが、町の城・要塞
       四角い城を左右2つ繋いだ形に見えますが、時代が違い、
       右の少し低い方が、13世紀フランスのアンジュー家が占領していた時代ので、
       左の高い方が、16世紀スペインのカルロ5世アラゴン家が拡張したもので、
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       カステッロ・アンジョイーノ-アラゴネーゼ・Castello angioino-aragonese
       と呼ばれ、広さは1万4千平米に及ぶ広いもの。

       アンジュー家の方は近年まで監獄に使われていた様子ですが、
       現在は市の持ち物となり、未来は海洋大学となる予定だそうで、
       アラゴン家の方は戦前はカラビニエーリ(かっての国王警備から派生したイタリア警察で、
       軍隊組織を持ち、イタリア警察とは別組織)の学校だったのが、
       現在は経済警察(フィナンツァ)の海洋学校が入っているそう。


       こうして見て頂いただけでも、海岸沿いから天然の地形を活かし、
       階段状に町が高く重なっているのがお分かりいただけると思いますが、




       町の聖堂に向いつつ、
       真ん中に見えるのが教会サン・ジョヴァンニ・ア・マーレ・San Giovanni a Mare
       海のサン・ジョヴァンニ教会
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       クーポラの形がアラブ式になっていて、
       きっとかっての漁民たちの守護教会でもあったのでしょう、海に面していて、
       10世紀建設を1213年の地震の後に再建したものだそう。

       今は無くなったものの城壁の外、海のすぐ傍にあるため高潮の時には海水が
       内部まで入り込むのが流れ出るよう、床は微かに傾斜していると。
       



       海岸沿いを行きますが、
       大きな建物のこんな形は、今は住居とは言え、以前は何だったのかと思うほどで、
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       こちらはナポリを思い出す造りで、・・生活が窺えるでしょう?!
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       道であったワンちゃん。  あんたのお父さんは、お猿さん?! ははは。
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       遥か彼方からも素敵な威容が見えた町の聖堂の鐘楼で、
       こちらが脇の入り口。
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       鐘楼は12世紀のもので、ニコロ・デッランジェロ・Nicolo dell'Angeloの作で、
       スートゥリ・Sutriや、ローマのサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ教会でも働いているそう。




       美しい鐘楼の細部をどうぞ
       アラブ・ノルマン形式の影響を受けたロマネスクで、
       3層、2つの窓で、一番上は8角形。
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       緑色の丸いお椀型や、平の四角形など、緑色の濃淡の釉彩を使ったものが
       たくさんはめ込まれ、これは光を受けて輝くのですよね。
       平らな薄目の煉瓦の組み方も工夫されているのが見え、
       白と黒の石をアクセントに、同じロマネスクとはいえやはり表現が違うなぁと・・。
       



    
       鐘楼の下に聖堂への脇入り口の上り階段があり、
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       実は現在の聖堂は、7世紀の以前あった教会の後に建設された
       11世紀のものだそうで、この入口はかっての教会の入口だったそうで、   
       現在の聖堂の正式の名はサンティ・エラズモ・エ・マルチャーノ・Santi Erasmo e Marciano.



       アーチの左右にライオン像が見えますが、
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       向かって左側のは正面から見た時、横向きの顔、とのみ思ったのが、
       何処かからライオン像だけ持ってきてはめ込んだのか、
       怖い顔して空飛ぶライオン、みたいに見え、思わず笑いましたぁ!
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       鐘楼の基礎部の石積み部分
       何ともあっちこっちからのリサイクル利用の石が混じっていて楽しく!
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       入口部分にも柄が入った石がいくつも見かけられたのですが、

       これは階段途中、左右の壁にある石棺
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       ローマ期の物、と思うのですが、この波打つような柄は左右どちらにもあり、
       実は後で見て頂く内陣の祭壇もこの柄なのです。

       土地柄なのか、何か理由があるのか、それともロンゴバルドの柄の影響なのか
       どなたかご存知でしたら、お教え願います

       と、上の竜に羽が生えたような動物、左右に対でありますが、これは竜? それとも鯨?
       というのも、どちらも人間を(ヨナ?)を飲み込む図かとも思い・・。




       内部全体の写真を撮っておらず、これはサイトから拝借し、
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       古いかっての円柱が、はめ込まれた形で残っていて



       こんな感じ。
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       内陣と後陣部分が高い造りになっていて、その下に見える
       4福音者のシンボル像と、コズマ式装飾
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       そして、やはり波模様の石棺利用の祭壇と、脚代わりのライオン像。
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       床の一部に残るコズマ式モザイクですが、ここのは黄色が多く、少し派手目。
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       これは円柱のように太く、全面にキリストの生涯と、サンテラーズモの生涯の
       浮き彫りの入った蝋燭立て、で、
       チェーロ・パスクワーレ・cero pasqualeと呼ばれる、復活祭の前夜に灯される
       蝋燭立てで、キリストの復活を祝うシンボル的なものなのだそう。
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       高い祭壇脇から階段を降り、スッコルポ・succorpoと呼ばれる礼拝堂というか、
       聖人たちの聖遺物を収める為のもので、
       上の内陣、後陣は、このスッコルポのために17世紀に高く建設されたのだそう。
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       今まで各地でお目にかかっていたクリプタ・cripta・地下礼拝堂
       意味は同じなのでしょうが、何とも絢爛豪華で派手な装飾で・・!
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       フレスコ画と大理石、とあるのですが、
       この天井部分は漆喰ではないのかなぁ・・、大理石だと重くなりすぎと思うのですが。


       それにしても、正面の祭壇画の聖人はどなたなのか、
       絵の部分をアップして眺めましたら、なんとお腹を切り開かれておりまして・・!




       半地下の豪華絢爛たる礼拝堂から上がってきましたら、
       ははは、ワンちゃんがおり・・。
       いつもながら、教会内のワン君には、可笑しいながら違和感を持ちますです、はい。
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       ガイドさんの話では、近年この聖堂は修復が済んだ所なのだそうですが、
       なんと修復代が見積もりよりもかなり安く上がったのだそうで、ははは、
       イタリアにしては大変珍しいお話です、と!

       そしてどこから聖堂をでたのか、脇からと思うのですが、
       教会正面を見ておりませんで!
       まぁ、1903年のもので、ネオゴシック調の煉瓦と明るい色石のもの、とあるので、
       ガイドさんも飛ばしたのかもしれませんね、はい。




       さて町中を見物しながら通り、
       これは天然の岩を利用し、隙間にレンガや石を詰め城壁代わりにしている場所で、
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       どうやら隙間から水が漏れ出すのもそのままに、植物が茂っており!




       こちらは上の写真の右側の所で、岩の裂け目がこんな風に!
       夏など天然の自然風で涼しかったりして・・! ははは。
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       ガエータには紀元前10世紀から11世紀には既に移植民がいたものの、
       ローマの下に、紀元前4世紀には皆滅ぼされた様子。

       そしてローマ期にはこの地は別荘地として大変に持て囃されたのだそうで、
       皇帝を始めとして裕福な貴族、執政官、議員達が通い、
       その為にアッピア街道よりも短くこの地に連絡するフラッカ街道・Via Flacca
       造られたのだそう!  やりますねぇ、ははは。

       町の地図で見て頂いた現在の公園オルランド山の頂上にある聖廟、
       というのも、このローマ期のルーチョ・ムナツィオ・プランコ・Lucio Munazio Planco,
       軍人、政治家、執政官、ガエータで紀元1年に亡くなっている彼のもので、
       ジュリオ・チェーザレの将軍でもあったそう。
       
       
       ローマ帝国の滅びた後は暗黒の変遷時代の始まりで
       はじめは蛮族の襲撃、略奪、そしてトルコ人と続き、半島の先っちょ、自然な土地柄と
       防御がし易い事から、城塞都市と変わっていったのだと。

       ガエータで「中世の区画・ボルゴ・メディエオヴァーレ」と呼ばれる古い小高い部分は
       城壁で囲まれ、要塞城も築かれ、近隣からも城壁内に移住してきたのだそう。

       最初の城は6世紀、ゴート人との戦いの物で、後の確かなものは12世紀とあり、
       この間9世紀から12世紀に掛け、町もビザンティン皇帝から自治権を獲得し、
       ガエータ公国となり、その独立を徐々に強固に、
       自国の貨幣フォッラーロ・follaroも鋳造、海洋通商の豊かな繁栄も遂げます。

       海洋国と認められ、アマルフィ、ナポリ、ソッレントと連盟を結び
       ローマに襲撃を掛けようとしたトルコ軍を相手にした849年の「オスティアの戦い」では、
       トルコ軍を総崩れにし敗走させ、
       
       915年にはやはり「ガリリアーノの戦い」でトルコ軍相手に勝ち、
       これで中央イタリアからアラブ人を決定的に退ける事となり、
       その後12世紀末、シチリア王国のもとに約7世紀間の併合を。

       この間13世紀末から15世紀かけフランスのアンジュー家の支配があり、
       16~7世紀をスペインの元に、そして18世紀の短い期間オーストリアの元にと
       変遷をし、最後イタリア王国に入ります。

       ですがあれこれ読んでいて、1571年の対トルコとの最終戦「レパントの戦い」
       のキリスト教国側の艦隊が、ここガエータの港に集結したと読み、
       この戦いにはヴェネツィア艦隊も参加し、勝利していますので、
       単純shinkaiはなんとなしにこの町に親近感を感じたりで・・、ははは。

       
       そうなんですね、海岸続きではありますが、近くのスペルロンガとは違う
       趣は明らかで、スペルロンガは貧しい漁村であったのが、
       こちらはトルコの海賊と戦って勝ち、海洋通商で繁栄した歴史を持っているのですね。

       アマルフィのご案内

       アマルフィの聖堂

       ナポリのご案内 周遊バスで

       ソッレントのご案内





       町の通りもこんな風に並行して上下が重なり
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       小さな広場では、そろそろレストランが昼の準備を始めており
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       これは既に仲間が写真を撮っている姿が写っていますが、
       スピリト・ディ・ヴィーノ・ワインの精神
       ファルマチーア・デイ・サーニ・健康薬局  とあり、ははは、飲み屋で~す。
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       通り抜けていく道脇に咲く鉢植えの花々
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       そして、サンティッシマ・アンヌンツィアータ・Santissima Annunziata・
       聖所お告げの聖母マリーア教会に。
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       建設は1321年からで、1352年に聖別され、17世紀にバロック様式に
       改築され、現在見るのはその形なのだそうで、
       一番上に小さな帆型の鐘楼、マヨリカ焼きの時計が見えますが、
       大きなゴシック様式の鐘楼も後陣右脇に。




       内部は細めの一廊式ですが、ご覧のようにここも豪華なもので、
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       祭壇の大理石装飾と、
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       床の柄
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       17世紀のパイプ・オルガンの席
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       一旦教会を出て、別の棟にある礼拝堂に行く時に見た、
       これ、何かわかりますか?  捨て子を入れる場所、です。
       ここに捨て子を入れ、ぐるっと回すと、建物内で受けて呉れたのですね。
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       やはり繁栄の時代を迎えた町でも、貧しくて生まれた子供を育てられず、
       捨て子に来た親がいたのですね。

       この教会では、受胎の聖母マリーアの名にちなみ、病院施設もあったそうですから、
       こんな捨て子を受ける場所も備えていたのでしょう。
       



       かと思うと、こちらの棟にあった「黄金の礼拝堂・カッペッラ・ドーロ・Cappella d'Oro
       天井は木製彫刻の金塗りで、周囲に19枚の油彩「キリストと聖母の生涯」を描いたもの。
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       何とも豪華なものですが、装飾も絵もまるで趣味が違いまして・・!




       小さな中庭に出てきて、この黄土色と小さな井戸、敷石の模様にホッとし
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       教会の高い脇壁の道を通り戻りますが、
       かっての町の城壁は、唯一、この教会の入口あたりで町に入れたのだとか。
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       やれやれ、やっとお昼ご飯だ!と喜んで歩きましたが、ははは、



       
       最後はサイトで見つけた写真で、
 
       オルランド山の公園から見たガエータの夜景を。
       この角度からだと、城のある位置が良く分かりますねし、
       これだと、如何に屈強なトルコの海賊でも攻められませんよね?!       
       う~ん、これは見たかったなぁ!!
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       長い町案内にお付き合い頂き、有難うございましたぁ!!
       

       

     *****

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by italiashiho2 | 2017-02-14 03:13 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(2)
2017年 02月 09日

   ・・・ テッラチーナ ・ ローマ期の遺跡と香りが色濃く残る街 ・・・

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       今回のご案内はローマから南に110kmほど、車で1時間半程の
       距離にあるテッラチーナ・Terracinaのご案内を。

       昨年春の南ラツィオの旅行では、ここの浜辺沿いのリゾート・ホテルを
       基地にして、あちこちに出かけたのでしたが、
       テッラチーナの旧市街の見学は最終日になっていたのですね。

       で5月の煌めくような朝早く、浜辺のホテルを後にし、
       一路こんなアッピア街道を模したような道を行きます。

       今回は写真が多くなりましたので、ごゆっくりどうぞ!



       これは通りすがりに見えた町のローマ門。 ご丁寧にS.P.Q.Tと!
       S.P.Q.Rだと「元老院とローマの人民」となるので、
       どうやら「テッラチーナの人民」の意味を込めている様で、
       シャレというか、どこか親父ギャグみたいで、ははは。
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       ですが我々は一旦町を通り過ぎ、町外れの山上にある
       アンクスールのジュピター寺院の遺跡見学に先に行きます。

       これが港から見上げたアンクスールのジュピター寺院・Tempio di Giove Anxur
       そうです、この高さに大きな寺院があったのですね。
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       ですが寺院遺跡のご案内は苦手の上長くなりすぎますので、
       写真で様子を見て頂けるよう、水彩ブログの方に載せましたので見てやって下さい。




       街の様子の地図をどうぞ
       街全体としては海辺沿いにずっと細長く西に続きますが、
       ジュピター寺院と、色がほんの少し濃い囲った旧市街の位置を。 
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       テッラチーナと近くの街の関係地図は




       現在のテッラチーナの人口は4万6千人程。
       これは小高い位置にある旧市街部分以外の、
       下の街と呼ばれる部分の方が大きいと思うのですが、

       バスで山の上のジュピター寺院を見るのに道を上っていく時に、
       かっての町の城壁が良く見え。
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       テッラチーナは紀元前6世紀の末には既にローマの勢力圏にあったようで、
       その後古代イタリア民族のウォルスキ族の下にもあったのが、再度ローマ人にと、
       繰り返された後、紀元前312年にアッピア街道が通り、ローマ期が続きます。

       ビザンティンの時代を経て8世紀から9世紀は教皇領になり、
       中世にも、このローマに近いこの町は様々な変遷を経ることになり、

       町の繁栄も衰退も何度もあった様子で、16世紀にはマラリアの蔓延で、
       町の人口はわずか150名にもなった事もあった様ですが、

       近代となり干拓事業も進み、新道路もつき、観光地として栄えている様子。



       さてジュピター寺院の見学から町に戻り、城壁の外でバスを降り、
       ガイドさんに連れられて細い道を下りながら、ローマ遺跡の中を通りますが、
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       位置としては、今見える鐘楼が現在の中心広場にある聖堂サン・チェザレーオ・
       San Cesareoで、正面の建物類は18世紀に増改築された聖堂部分。
       
       現在カピトリウム・Capitolium(ジュピター神殿のある聖地の意)と呼ばれる
       ローマ遺跡群は、後にご覧頂く中心広場の北東、という事になります。
       
      



       まず驚いたのがこの美しい壁!! 斜め格子状に石を組むのはポンペイ遺跡でも、
       スペルロンガのティベリオの遺跡でも見ていますが、  
       ここのは凝灰岩の茶と石灰岩でまさに格子柄になっているのですね。
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       脇はこんな形で、高台になっていて、角に
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       角にこの円柱が1本残ります。
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       狭い場所で、すぐ脇にはこんな風に家が立て込んでいて・・
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       上の写真の壁は正面に回ってくると、こんな感じに2重になっており、
       かっての仕切壁だったのが分かるのですが、
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       ここには、現在の聖堂に含まれた形になった大寺院とは別の
       小寺院があったのだそうで、これらはその遺跡で、
       
       つまりこの小寺院の中は3つに別れ、それぞれにジュピター、ジュノー、ミネルヴァ
       3神が祀られていたと。

       


       上の写真にも見える、奥の家の壁に残る色付きの部分にご注目を
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       屋根の形が分かる事から、かってあった建物の壁を利用して、
       後に建て増しをされていた事も分かり、これが神殿を隠していたのだそう。

       実はこの一帯、第2次大戦の時の爆撃で上にあった家々が被害を受け、
       それでこれらのかってのローマ遺跡が明らかになったのだそうで・・!


       右手に見えるアーチの上にも、かっての壁跡が見えますし、

       我らは今回見なかったのですが、中央奥に見える小アーチの上に小路が見えますね、
      
       あれを左奥に行くと・・・、




       こんなテアトロ・劇場跡が4分の一程も見え、これも爆撃で明らかになったのだそう!
       他の部分は上に家々が立て込んでいるのだそうですが、
       近年の研究では、劇場の直径が約72m、4000人ほどの観客収納数の大きさと。
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       脇道の角の上階の柱、これも明らかに神殿の柱をリサイクル利用していて、
       ここはどうやら現在の聖堂の一部の様子!
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       これは何だろ? 浴槽?
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       遺跡につきものの猫ちゃん。 少し痩せぎすね。
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       こうして旧市街の中心広場かってのローマ期のフォーロ・エミリアーノ・Foro Emilianoに
       塔は聖堂の鐘楼と同じ時代12,3世紀、同じ高さ、とあっても探しても高さは見つからず、
       塔はフルメンターリア・frumentariaというので、穀物倉だったと。
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       塔の右手のモダンな建物と奥側とともに市役所だそうですが、




       ついでに塔の横の階段の様子も見て頂き、
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       古い側の市役所の壁もご覧下さいね。 
       そうなんです、かってのこの建物の壁も2色の格子壁、
       つまりローマ期の何か古い建物があったのでしょうね!
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       そして広場の西を占める聖堂サン・チェザレーオ・San Cesareo.
       元々あったローマ期の大寺院を含む形で大きく建設されたもので、高台に
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       聖堂の右に見える建物は、13世紀のパラッツォ・ヴェンディッティ・Vendittiで、
       元々は市の建物だったそうで、下に見えるアーチをくぐると、上で見て頂いたローマ遺跡で、
       
       このアーチの下をかってのアッピア街道が通っていたのですね。
       



       鐘楼、12~3世紀。 こちらも2色使いの素晴らしいもので、上階に行くごとに
       窓の幅が広くなりますが、これは重量を減らす工夫だったそう。
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       そして装飾にはめ込まれた色付きの丸い鉢のようなもの、お分かりでしょうか?
       彩りを添えますが、修復の際に取り替えられたものだそう。

       同じ彩色陶器を使う工夫がポンポーザの修道院にも




       元々の教会はローマ期の寺院があった上に建てられた9世紀のものだそうですが、
       聖別されたのは11世紀、鐘楼とともに内部の修復も12~3世紀と。

       教会前のロッジャ部分の、モザイクによる装飾は現在右側にしか残っておらず、
       何のモチーフかまだ明らかではないそうですが、最初の十字軍遠征であろうかと・・。
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       軒下の装飾部分。 人物像が見えるのは、玉座に座る人物と。
       その右にいるのは猿のようで・・!
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       入口前の円柱の下の飾り部分。 背を向けて座っている人物や
       ライオンというのですが、残念ながら破損部分が大きくて。
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       こちらは良く分かるライオン像
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       こちらのサイトに、聖堂の装飾の詳細写真が。       




       さて、聖堂内部。左の説教壇にご注目を。 と祭壇部分
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       ここの説教壇のコズマ式装飾が素晴らしいもので!!
       と言いつつ、暗くてshinkaiの写真はピンぼけが多く・・、とほほ。
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       説教壇を支える者たち! 素敵ぃ!
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       古い起源の町に残っていた遺跡群の中から、リサイクル出来るものは
       ちゃんと皆再利用した様子でして、はい、
       これらライオン像もそうなのではないかと・・。
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       床のコズマ式装飾がまた素晴らしく!!
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       これは柱に残っていたもので、全盛期には柱にもこれらの装飾が、多分!
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       コズマ式装飾の素晴らしいのには、サレルノの聖堂でも出会い、

       アマルフィの聖堂でも
       http://italiashio.exblog.jp/15410032      
       



       さて聖堂から出まして、
       かってのローマ期のフォーロ広場の敷石
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       広場の東南側の端、3段の高台にも円柱が並ぶ部分が有り、
       ここも爆撃の跡から日の目を見たローマ期の遺跡部分で、
       その右奥に見えるのは、中世の塔の跡と。
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       何度か爆撃の跡から見つかった、明らかになった遺跡、と出てきますが、
       爆撃がなければ未だに立て込む家々に埋まり、、多分このあたりにある筈、
       というだけで見れなかった訳で、 ・・へへ、こういうのは、喜んでも良いですよね?!




       そしてその前に見えているこれが、元のアッピア街道の敷石
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       ローマからこのテッラチーナまで約一直線に繋がるアッピア街道が建設されたのが
       紀元前1世紀の末から紀元後1世紀のはじめだそう。

       このテッラチーナからは斜めにイタリア半島を横切り、アドリア海沿岸南の
       ブリンディシまで連絡していた、いわばローマ帝国の大幹線道路だったわけですね。

       この古いアッピア街道は中世には廃れたのだそうですが、
       後に干拓事業がされ、16世紀頃から徐々に旧アッピア街道に沿っての
       拡張工事が進み、今回南ラツィオで見た美しいアッピア街道の姿
       


       いやぁそれにしても、ここでこんなにしっかりした形で残るアッピア街道を見れるとは!
       フォーロ、かってのローマ期の市民広場、集会場であったフォーロの中を通り、
       大神殿横のアーチを潜り抜け、町を走り、通り抜けていったローマ期の軍勢、人々。
       そんな姿が彷彿とするアッピア街道の一大拠点が思い浮かびましたし、

       かなりの遺跡跡、美しい壁も見れ、テッラチーナの町を新しく知り、見直した事でした!!




       このアーチは、かって4つあったそうですが、実はどの部分で見たのか記憶に残っておらず・・!
       市のサイトにはArco Onorario Via Appia・アッピア街道の名誉門とあり、
       他に読んだサイトの説明では、アッピア街道はこのアーチの下を通って、ここから坂道を上る、とあり、
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       写真番号からしても、ひょっとして中心広場から出ての下り道にあったのかも・・。




       上のアーチの脇に咲き誇るブーゲンビリアの赤い花。 やはりここは南国!
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       さて、聖堂の眺めにも別れを告げ
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       我らは坂道を下り、バスとの集合場所に向いますが
       旧市街のある高さがお分かりでしょうか? 海がこんな風に見えるのです!
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       かなりの道のりの坂道をせっせと歩きながら、こんな街頭も眺め
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       車の陰で涼む猫ちゃんも撮り。 この隣に顔がクチャクチャのライオン像もあり・・。
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       こちらはトドみたいな、ははは、ライオン像を見かけ、
       サイトで同じライオン君の写真を見つけましたが、アルビーノ門の葬式のライオンと!
       ははぁ、どこかの墓所から持ってきたのでしょうね、きっと。
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       遂に坂道を下り、やはりまっすぐな松並木の道を見ながら、
       我らは右に曲がり、
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       暫く下の街の、こんなオレンジの並木道を歩き、バスとの待ち合わせ場所に。
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       そしてテッラチーナと、南ラツィオの街々と別れを告げ、
       一路ヴェネトの家に戻ったのでした。

       テッラチーナのご案内、お楽しみいただけましたように!
       長いご案内にお付き合い頂き、有難うございました


       この時の旅行で訪れたガエータの街のご案内もまだでして・・、
       は~い、頑張って写真整理もすることに。




     *****

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by italiashiho2 | 2017-02-09 01:07 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(2)
2016年 07月 28日

   ・・・ ポンツァ島 海からの眺めと ・ 暑中お見舞い ・・・

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       皆様、暑中お見舞い申し上げます!

       梅雨明けのそちら、如何お過ごしでしょうか?
       蒸し暑い日本の夏を思い出しております。
       ついでに冷たい素麺、冷奴、鰻、生ビール、枝豆、冷やし中華・・、

       ああ、何があったっけと忘れかけているのにも気が付き・・!

       皆さん、しっかり美味しい日本の夏の味を楽しまれ、・・くやち、
       夏バテなどなさいませんように!
       
       今日は少しでも暑気払いにと、
       ラツィオ州のポンツァ島島の様子は既に見て頂きましたので
       今日はボートで回った海からの眺めをご覧下さいね

       蒼い海と断崖絶壁の島でした!

       上は、港から出発し、湾の北側の眺め
       一番左端の手前に見える黄色い建物、ここは今さなホテルになって
       いる様子ですが、

       1928年ファッシスト政権はこの島を政治的対立者達の流刑地とし、
       何人もこの島に拘留したのでしたが、
       ムッソリーニ自身も、1943年の7月27日から8月7日までの2週間、
       アブルッツォ州の標高2200mにあるカンポ・インペラトーレ・
       Campo Imperatore のホテルに移される前に、島のこの家に監禁。

       ですが、9月12日にはドイツ軍によるカンポ・インペラトーレからの
       救出作戦がほぼ無傷で成功。
       ムッソリーニはドイツの傀儡政権として、ガルダ湖のサロに
       イタリア社会共和国として終戦まで政権を、
       という混乱期の歴史の一こま。
       
       アブルッツォ州のカンポ・インペラトーレの平原、ならびに
       ホテルの様子は、クリスさんのブログにご案内が。




       ポンツァ島の地図をどうぞ
       海の周遊コースとしてはあれこれあるようですが、
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       我々は細長い島の真ん中右側、赤点を打ったポンツァの港から出発、
       島の南側を行き、ちょうど反対側のくびれ部分、キアイア・ディ・ルーナ
       の手前で引き返して戻った様子です。

       島内周遊で上から見たキアイア・ディ・ルーナの絶壁は素晴らしかったですし、
       幾らガイドさんの説明をちゃんと聞いていなかったにせよ、へへ、
       見逃す事はなく、ちょっと残念でした。




       こちらが島半分、南側の地図で、
       Grotta・グロッタというのは洞窟で、有名なのが港を出て
       南に曲がった辺りに2つ、Grotta di Pilato・海賊の洞窟、
       Grotta di Ulisse・ユリシーズの洞窟。
       Faro・ファーロは灯台で、港の先に1つ、南の先っちょに1つ、
       Faraglione di Calzone Muto・カルツォーネ・ムートの離れ岩。
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       湾内の桟橋で、ゴムボートで出かける支度中の人々
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       崖上に見えるパステル・カラーの四角い建物
       なんとなしに玩具箱を積んだようですね。
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       港を振り返り
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       湾内の北側に見える、モーナコ・僧侶と呼ばれる岩
       僧侶がお花を手にしている様だと、ガイドさんは言いましたが・・。
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       湾の南側の先っちょ、上り坂にあった教会も見え
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       上に白い灯台、となるとこのあたりが海賊の洞窟なのかな?
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       も少し先に進むと、別の趣の洞窟が続き、
       こちらはユリシーズの洞窟?
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       絶壁の下、岩のうねりは海に続き
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       離れ岩のくぐり穴
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       岩と岩の間から覗く、遠くの離れ岩
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       絶壁と
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       しがみつく木
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       白い断崖
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       離れ岩と観光周遊船
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       襲い掛かるかのような白い絶壁
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       絶壁の上に建つ家、窓に遊び心が見え・・。
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       たゆたうヨット
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       白い岩に、掘り込みの後。 住むつもり?!
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       青い空、青い海に白い岩が映え
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       かと思うと、こんなにゴロゴロした岩山
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       そして、蒼い蒼い透明の海
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       岩礁にいるカモメ君
       すぐ傍を我々の船が通っても、我関せずの顔。
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       白い絶壁の眺め
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       もこもこと背の低い植物がしがみつき、黄色い花も見え
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       白い岩に口をあけたかのような赤い岩の層
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       ダイヴィングに人気のある島なのが良く分かりますね
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       カモメ君が飛んで行き
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       島のこの部分にだけ見えたヤギの群れ
       かなり前に誰かがヤギを連れて来たものの、今は野生の群れに。
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       ダイヴィング・スクールの船
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       ゴツゴツの岩山が迫り
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       上に見える灯台は
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       ほら、島の南端に突き出している灯台!
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       煌く水平線
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       引き返す時に見る灯台のある岩の岬
       こんな凄い岩山の先っちょに灯台を造っている!
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       海に迫るこの大岩!
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       港近くまで引き返して来て見る、離れ岩
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       最初の灯台が見え、もうこの先を回ると港
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       ほら、岩の穴から港の町が見える!
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       湾の中に入り
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       船が上げる飛沫にかかる小さな虹
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       蒼く蒼く透き通る海、野性味溢れる自然が厳しい姿を見せる
       ポンツァ島
       島の南側の周遊にお付き合い下さり、有難うございましたぁ!


       カプリ島一周のご案内、 その1と2




       最後は、サイトで見つけた、夕暮れの色を。
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     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-28 23:29 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(6)
2016年 07月 09日

   ・・・ ポンツァ島 ・ 青い蒼い海、野性に満ちた風景 ・・・

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       今回のご案内は南ラツィオはテッラチーナから船で1時間15分の
       ポンツァ島・Isola di Ponzaを。

       朝8時40分出発の船(往復38エウロ)で、港に着いた時は
       煌く海に突き出す突堤での釣りの姿が見え、




       目指す船に乗り込みますが
       なんとまぁ、どんどんどんどん乗り込んで来て、1階と地下は超満員!
       上のデッキは開けておらずで、座席に座れぬ人たちは船尾に・・。
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       ポンツァ島の名前は今回の旅行前に初めて知りましたが、
       位置は、ここ
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       ポンツァ島が一番大きく、この周辺の島パルマローラ・Palmarola、
       ザンノーネ・Zannone、ガーヴィ・Gavi、
       そしてヴェントテーネ・Ventotene、サント・ステーファノ・Santo Stefano
       一帯がポンツァ島のコムーネに。




       ポンツァ島の地図をどうぞ。
       南の東側、Ponzaと見える所に港があり、本土からはアンツィオ、
       サン・フェリーチェ・チルチェーオ、(我らの)テッラチーナ、
       フォルミア、そしてナポリから連絡があります。
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       ご覧のように入り組んだ海岸線で、海抜は最高で280mの山、
       細長く少し右にくねって伸びた、殆どが丘陵地帯の、
       素晴らしい青色と透明度の高い海に囲まれた島

       入り江の奥まった場所に狭い砂浜があり、背後は切り立った崖、
       という立地で、この島はまたダイヴィングの宝庫なんだそう。
       島の西にも東にも何ヶ所もダイヴィング・ポイントがあり、
       30mから所によっては80mも潜れるのだそう!

       我々はポンツァからミニ・バス2台に分かれて乗り、
       島の真ん中をうねうねと進む道を行き、
       左の赤線で囲ったルチーア・ローザの離れ岩・i Faraglione di Lucia Rosa
       レ・フォルナ・Le Fornaの大きな集落と入り江
       赤点を打った辺り(と思う)亀の岩

       そして北端に近い道の分かれに赤点を打った場所、
       ここでお昼を食べたのですが、少し歩いてもう1つ海辺の赤点
       カーレ・フォンテ・Cale Fonteを見て、戻り道。

       最後にポンツァの港の裏側キアイア・ディ・ルーナ・Chiaia di luna
       を見て港に戻り、
       その後船で島の南側を周遊という様子でした。

       が、今回のご案内はバスで回った場所のみで、
       船での周遊はまた次回チャンスを見て、という事に致しますね。




       船の中は超満員で、75分間ずっと曇っている窓からぼんやり見える
       海の水平線で、島が近づいて来ると見えるのは切り立った岩礁のみ!

       漸くに船からおりてやれやれ! 
       ごった返す船着場周辺から見えるのは、こんな建物類
       白とパステル・カラーの四角い、屋根の無い建物類で、
       南イタリアに多い、雨の少ない地方の特徴なのですね。
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       この島は、ここからも近いカプリ島に似ている
       全体に少し、こちらの方が庶民的な印象だと思いましたが、
       きっと若者達に好かれる島だろうと思います。

       カプリ島のご案内 その1と2

       そして、朝と夕




       港から一段高い通りに上り
       ガイドさんから集合時間を知らされ、じきに放し飼いに。
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       見下ろす、我らの乗ってきた船
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       一段高い通り、と言った意味がお分かりでしょう?
       漁船が舫っている下の通りと、その上の町の通り
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       こちらの端から港を見晴らし・・
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       少し上に上ると教会があり
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       脇の通りを見下ろして、
       エンツォ君のバイクとお揃いの色のヘルメット
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       教会脇を少し上って見つけた、素晴らしいピンク色! はは。
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       港の北側の建物群
       島の人口は3360人で、殆どが観光業、そして漁業なんだそう。
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       見下ろす海の色!
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       島周遊ツァーも勿論ですが、貸しボートも多い様
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       下の道におりて歩いてみると、店は少なく、倉庫や事務所で、
       多分時化の日は、ぴっちりと締め切るのでしょうね。

       こちらは漁船
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       思わず笑った、これは何かのおまじない?!
       吊るされた犬のプルートの縫ぐるみと、カモシカの頭骨?
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       港の底の浅い部分を覗くと、鎖の近くに小魚がいっぱい!
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       揺れる波紋と色
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       集合場所に近い港の北側にあった、レンタ・カーとバイクの店
       いかにもヴァカンス中!!という気分を表す様な、
       派手な可愛い色と形、ははは。
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       テントに書かれている名前に気がつき、笑いました。
       Giulio il Pescatore・ジューリオ・イル・ペスカトーレ!
       店主の名はジューリオで、イルが付いているので
       ペスカトーレはニックネーム、漁師の意。
       つまりジューリオという名はたくさんあるので、良く分かるように
       ちゃんとニックネームまで書いてあるのですけど、
       こんなの、観光客に関係ないすよね、ははは。

       それに「漁師」とわざわざ名乗るなら、
       ピエトロという名前ならもっと迫力があるのにね、ははは。
       漁師ピエトロ=ヴァティカンのサン・ピエトロですもん!




       5月下旬、浅瀬では既に男達がボール遊びをしていて
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       浜には日光浴のカップルと、遊ぶ子どもと
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       ポンツァ島は元々は火山島だったようなのですが、
       新石器時代からの住人達がいたとされ、フェニキア人たちは交易の
       中継地点としていたとか。
       そしてギリシャ人。 ポンツァという名も、ギリシャ語のPontia、
       つまり「海」なんですと。

       紀元前4世紀にローマ人がやってきて、長い間流刑の地とされ、
       また勿論別荘地でもあった様子。
       そして入れ替わり立ち代り領有者が変わりながら存続してきた
       これらの島々が経済的に変わりかけたのは18世紀末の事。

       その後もshinkaiなんぞがちょっと読んだ位では飲み込めぬほどの
       変遷があり、
       現在は大勢の観光客、海水浴・ダイヴィング客が押しかける
       夏の一大ヴァカンス地なのですね。

       
       

       さて、ミニバスに乗って出かけます
       港からすぐのこのトンネルが出来て、とても交通の便が良くなったと。
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       それにしても道が狭く曲りくねっているので、
       大型バスは通れず、我らもミニ・バスに分乗ですが、
       それもレストランに客を運ぶ、と言う口実なのだそう!
       多分公共のバスは走っていないのでしょうね。




       港から少し離れて見えた岩が見える位置に出て。
       この岩は「僧侶・モーナコ」と呼ばれるもので、
       そうぉ、そう見えます?
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       高い位置から見下ろす港の出口
       ほら、モーナコがまた見えています。
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       青い海、ヨット、波紋の広がり
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       坂道を上りきった位置から見えた、西隣の島パルマローラ
       この島は夏場だけいくらかの住人があるそうで、
       多分観光客用の施設があるのでしょうね。
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       こちらポンツァもその様子ですが、問題は水なんだそう。
       つまり飲み水確保が出来ず、昔からそれで住人がなかったと。




       地図で島の西側下から2つ目に囲った位置、
       ルチーア・ローザの離れ岩
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       ルチーア・ローザと言う19歳の若い女性の名が伝わるのは、
       19世紀に起こった悲劇から。
       貧しい農民に恋をした彼女ですが、家族に反対され、
       この岩から身を投げたのだそう!
       それで村人達が彼女を哀れみ偲んで、この岩の名につけたと。




       所々に見える集落、というよりは夏のヴァカンス用の貸し部屋、
       小ホテルなのかも。
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       そして島の西側中央上のレ・フォルナのカーラ・フェオーラ・Cala Feola.
       奥に突き出して見える岬の内側と、こちらとで2つの入り江となり、
       手前側にはかなりのボートが舫い、右半分は天然のプールと。
       入り江周辺はかなりの建物が立ち並び、有名人の名も何人か!
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       こちらが奥の入り江の方で、ここもかなり有名な海水浴場の様子で、
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       手前隅の、これが「亀」と呼ばれる岩。 
       うん、そういえばそうね、ははは。  
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       道脇に家の集落が始まり、ほら、屋根の上に丸い形が見えるでしょう?
       アマルフィ海岸に行った時も目に付き、何かなと思ったのでしたが、
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       かっては水の問題があり、雨の少ない事から、
       この丸さで効果的に天水を集め地下に貯蔵するのだと


       ナポリ、アマルフィ海岸全体のご案内は、こちらから。
       http://italiashio.exblog.jp/i38/ 




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       この近くでバスをおり、歩いて岩場に向いますが、
       新しい民家もかなりあり、

       とにかく植物の大きさに驚くばかり!!
       カプリ島に行った時も、見上げるほどに延びたサボテン類に
       驚いた物ですが、ここのも凄かったぁ!
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       2枚目のは、このままでも画面いっぱいに描いたら、
       ジョージア・オキーフ風になりそうでしょう?! ははは。




       最後のこれは、イタリア語で「姑の椅子」と呼ぶのですけど、
       姑が嫁に勧める椅子なのか、姑に座らせたい椅子なのか、ははは。
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       カーレ・フォンテの岩場に下りて行きますが
       打ち寄せる波と、水の色に魅せられます!!
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       ここでは仲間の大勢が記念撮影をしたがって、
       にわかカメラマンのshinkaiは大もて!




       ここがカーレ・フォンテ。 岩で囲まれた小さな溜まりに
       なっているのですが、水の透明度をご覧下さい!!
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       下った所に人々が集まり、日光浴中で
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       むひひ! 
       ごついスニーカーとリュック、金髪、北国の女性かな?
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       お昼ご飯を美味しく食べた後、再びミニバスに乗り戻りますが、

       山越に見える煌く海!
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       空と海に挟まれた道を自転車で行く若者達。 
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       ポンツァの町が一望に見張らせる場所まで戻り
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       見下ろした入り江の奥に、小さな浜と崖の上にホテル群
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       ほら、入り江の奥に洞穴が見え、手前に階段があるので、
       上のホテルから、トンネル式でこの浜に出れるのでしょうね。

       場所が特定できなかったのですが、多分ポンツァの港の入り江の
       も1つ上の大きな入り江フロントーネ・Frontoneの一部だと。



       ロバ君が2頭いて
       そうね、昔は島の中の交通はロバ君が主役だったのでしょうね。
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       ここは地図で西側の一番下に見えたキアイア・ディ・ルーナ
       港からも近いですし、この迫力ある美しさで人気があるのだそう。
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       突き出す岬の先っちょと、
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       絶壁と浜
       今回見た中で一番凄い!と思ったshinkai。
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       朝出発した港の浜に戻って来ると、
       引き潮になっておりましたぁ
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       最後はサイトで見つけた、キアイア・ディ・ルーナの夕陽を。
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       いやぁ、南国の香りのする、素晴らしい海の島
       今頃はきっとヴァカンス・シーズン真っ最中で、
       さぞ賑わっている事でしょう!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-09 00:20 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(16)
2016年 06月 29日

   ・・・ ティベリウス帝の別荘跡と博物館 ・ スペルロンガ ・・・

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       先回のスペルロンガの町のご案内に引き続き、
       今日のご案内は町の東、浜続きにある
       第2代ローマ皇帝ティベリウスの別荘跡、洞窟と
       洞窟内から発掘された大彫像などを展示している博物館のご案内を。

       上の写真は、海辺に面している別荘跡の写真をサイトから拝借し、
       右下に見える建物が博物館。



       私はローマ史に弱く、ギリシャ神話にもまるで疎いので、
       最初に博物館内を見学した時、ギリシャの大古典である
       ホメロスのオドュッセイに関連した大彫像群を見ていささか困惑。
       ガイドさんの説明も殆ど聞かなかった事を白状いたしますが、へへ、

       一人で館内を歩きつつ見ているうちに、
       船が難破しかけ、なにやら海獣たちに喰いつかれる人間達
       その迫真の彫像を見て、これは凄い!!と感じ、

       今回これらが何を現しているのかをあれこれ読み、写真も集め、
       ああ、そうなのか!と納得しましたので、

       shinkai同様、こういうのがいささか苦手、という方にも分かりやすく、
       私めがそうか!と納得した方法でご説明いたしますので、
       お付き合い頂ける様、お願いいたしますです、はい。




       博物館前、 国立考古学博物館 ティベーリオ(ティベリウス)の洞窟
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       入り口入ってすぐの左側、ガラス張りの天井から射し込む光の下、
       シッラ・Scilla(セイレーン、スキュラ)・海の怪獣たちに襲われる
       オドュッセイ達の船
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       かなり破損し失われている部分が多く、
       残っている像から元の姿を想像するのは困難なのですが、
       援けになったのは、横にあったこの写真
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       ですがセイレーン(スキュラ)という怪物がオドュッセイの船を
       襲っているらしいのは分かりますが、
       写真上に見える女性と、男達を襲う動物との関連が
       良く分かりません。




       で、見つけたのがこれ。
       そうなんです、このスキュラの下半身が6つもの海獣(犬)に
       分かれ、男達に喰らいついている凄まじい場面!
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       こうして見ると、オドュッセイの第12話に詠われた、
       オドュッセイは船にしがみつき何とか無事にやり過ごせそうなものの、
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       頭はスキュラの手に捕らえられ、危ない状態で!!
       ははは、持って行かれず助かって良かった!
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       ライオンにも似たこの凄まじい犬達に、むさぼり喰われる男達!!
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       ホメロスのオドュッセイ物語は、同じくイーリアスと並んでの
       ギリシャの大古典といわれ、shinkaiも名前のみは知っておりますが、
       荒筋を読んだ程度の無知でして・・!

       このオドュッセイを詠った英雄叙事詩の大筋は、
       トロイア戦争での勝利から故郷に戻ろうとしつつ
       ギリシャ神話の神ポセイドンの怒りを買い、10年に及ぶ漂泊の身となり
       その間様々な冒険というか、危険な目に遭いつつ遂に家に戻ると、
       亭主が既に死亡したものと思い、妻に言い寄る男達を発見、
       それらを殺害、復讐する、という物語で、なかなかに凄まじい物!
       
       で、このオドュッセイの逸話の中から、
       大きな彫像群としては2話、上のスキュラが船を襲う場面と、


       第9話の、一つ目の大怪物ポリフェーモ・Polifemo(ポリュペーモス)
       の目をオドュッセイと仲間達が突き潰すというもので、


       それがこちら。 博物館の一番奥にあったのですが、
       建物の大きさと比較して、その大きさをご想像くださいね!
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       こちらも、全体の想像図を見つけましたが
       こんな様子で、これだと分かりやすいでしょう?!
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       一つ目の大怪物群像とはいえ、こういう肉体美の像でして・・!!
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       発掘された実物の方も展示されていて、
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       まさに考古学者たちの細心にして忍耐の賜物である
       復元像に、驚き感嘆するばかり!!




       これは一つ目の目を狙うオドュッセイの顔
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       所でこれらの彫像群は、1957年、西のテッラチーナから
       東のガエータに至る道を建設中に偶然発掘された物で、

       建設技師の方が考古学に大変詳しい方で、発見されすぐに
       大変な物らしいと分かり、私費で工事人たちに発掘させたといい、

       当初から、あれに良く似ている、とされた彫像がこちら
       1506年にローマのトラヤヌス浴場付近で発掘されたもので、
       見学に来たミケランジェロに大きな感銘を与えと言われる、
       現在ヴァティカン美術館に所蔵されている、ラオコーン像
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       トロイアの神官ラオコーンが、ポセイドンが送った海蛇の怪物
       2匹に、息子もろとも喰われたというもの。

       確かに後に確かめられたのは、このラオコーンの彫像の作者名3人
       と同じ、Agesandro、Atanodoro、 Polidoroの名が見つかったとの事。

       そして発掘された像の幾つかは、ギリシャのヘレニズム期・
       紀元前180年のオリジナルの物である事も確かめられたと。




       これらの大彫像群を含めた素晴らしい大理石像が
       どのようにティベリウス帝の別荘に隣接の洞窟内にあったかですが、

       博物館にあったこの図をどうぞ
       洞窟内の円形プールの真ん中に、最初にご覧頂いたセイレーンに
       襲われるオドュッセイたちの船の像、B、
       洞窟の奥、右の小洞穴に一つ目のポリュペーモス像群が、C、
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       現在は欠けている円形プールの突き出した部分に
       A アキレスを救い出すオドュッセイ
       D パラス神殿の強奪
       と洞窟入り口上に、E 鷲に拉致されたガニメーデ像
       という具合に配置されていた様子。
    



       こちらが博物館にあった、
       鷲に拉致されたガニメーデ像と、顔の部分
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       と、洞窟上部にあるコピー像
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       なんとも凄い趣向のガニメーデ像を、ヴェネツィアの館で
       見たことがあります。

       なぜガニメーデが登場するのかは
       オリンポスの神々へのお給仕の為に鷲に拉致されたというので、
       成る程、夏の食卓、横臥宴会場のあるこの洞窟に相応しいという
       皇帝の思し召しだった訳でしょうね。
       




       博物館内には発掘品の幾つか、壷や、彫像、モザイクも
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       そして外に出て、ヴィッラ発掘場所に向いますが、
       
       庭に見えた、これは浴槽でしょうか?
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       サボテンにたくさんの実がつき、熟れていて・・!
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       草むらに咲く花
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       最初に見て頂いた上からの眺望写真に見える、
       博物館と遺跡との間の木々は刈り取られ、見晴らしが良くなっていて、
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       こちらが全景。 海のすぐ傍にある大きな別荘で、
       一番手前は兵舎や馬小屋だったそう。
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       その向こうに、広い中庭を取り囲む形で住居や召使達の住まい
       台所、フォルノ、パン焼き釜部分などが広がります。




       壁の造りがとても厚く、見事なサイコロ型の石の斜め積み
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       そして床はレンガの杉綾模様
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       山に沿った東側に洞窟が見え、屋根の掛けられた部分には
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       こんな風に、フレスコ画装飾された部屋がある様子ですが、
       ここは見ておりません。
       きっとこの奥まった部分に、皇帝の居室、寝室があったものと。
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       これはヴィッラ跡の一番の南西角にあったもので、
       水洗トイレ跡なんですと!
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       どう使ったのか良く分からず隣にいたエレオノーラに訊ねると、
       ローマのオスティアにも有った同じ形と言い、
       見ていないshinkaiが再度訊ねるのにガイドさんが気がつき、ははは、
       詳しく説明してくれたのですが、

       この周囲に水が流れていて、今は無くなっているものの、
       石とか木製の突き出した椅子式おまるがあり、
       それに腰掛て用を足し、拭き取るには、スプーン状の物でぬぐったのだと!
       
       もうちょっと詳細にお尻にお知りになりたい方は、こちらを。
       ガイドさんの話では、水洗とはいえ、やはりかなり匂ったと!
       ふむ、さもありなん!!


       この別荘は元々ティベリウスの母方の祖父、つまり初代ローマ皇帝
       アウグストゥスの妻にもなったリディア(リウィア)の父
       が持っていた物と見られ、
       紀元後1世紀の始めに拡張し、自然の洞窟にも手を加えたものと。




       さて洞窟の正面からですが、上部にガニメーデの像が見え、
       手前に広がるのは生簀、魚の養殖をしていたプール!
       でその中、洞窟の正面に四角くもう1つプールが見えますね。
       その真ん中に草の生えた四角い部分が見えるのは、夏用の食堂!
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       図をどうぞ
       白く点々の付いた道が見学用に歩ける道で、上に遺跡群があり、
       中庭を囲み住居部が広がる様子、北に離れて兵舎、厩舎があり、

       洞窟の中に丸いプールがあり、これは直径12mで、
       真ん中に島が見えるのは、ここにスキュラと船の像があった場所で、
       手前に方形プール、その中心部色の濃い部分に夏用食堂
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       魚の養殖をしていた外側の広い四角いプールは海水ですが、
       淡水魚も山からの水を引いて養殖していたとの事ですので、
       円形とその手前の小さい方形プールは淡水か、もしくは
       海水とが混じるようにされていたのかも、ですね。

       洞窟の奥に、左右に奥まる小洞窟があり
       右は奥にポリュペーモス像群がおかれていた部分で、
       この手前には小さな滝があり、水の遊びが出来た様子で、
       左には横臥食堂があったそう。




       外側の大きなプールには、今も悠々と大きな魚が泳ぎ
       狭い道を列を作って歩く我らは、
       うっかり落ちると魚に食べられそう、と笑う位の大きさ! ははは。
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       洞窟内はご覧のようにかなり広く、手前に円形プールがあり、
       奥に見える小洞窟は、手前に小さな滝があったり噴水があったり、
       この奥に一つ目の怪人の目を潰すオドュッセイ達の群像があった場所。
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       これは滝から流れ出す水を、円形プールに導く溝
       で、多分円形プールでは淡水魚も飼っていた、と想像する水の流れ。
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       洞窟内から見渡す現在のスペルロンガの町
       夏の暑い日、海風の吹き込むこの涼しい洞窟内から海を眺め、
       あの正面に見える夏用の食卓で、美女をはべらせ、
       養殖している新鮮な魚を食べ、音楽を聞き・・!!
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       こちらは左にある小洞窟の方で、奥に横臥食堂があったと言いますが、
d0097427_22362164.jpg
       



       この一部に最近修復が済んだという、皇帝の寝室もあったそうで、
       覗きこむと、床に黒い線のモザイク跡。
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       壁脇にある穴、これは何かとガイドさんに訊ねましたら、
       花を生けていたのだそう! なんと優雅な!!
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       いやぁ、紀元1世紀に生き、栄華を尽くしたローマ皇帝の
       夏の別荘なのでしたぁ。




       洞窟のすぐ傍まで迫る海、見える石積みは防波堤。
       位置から見て、かっては船の停泊も出来たのだろうと。
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       近くの砂浜に出来た波の紋
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       スペルロンガの町を望み
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       夏の夕暮れにはこんな風に!! 
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       そして、頂く海の幸
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       う~ん、ローマ皇帝の権力栄華には及ばずとも、
       我らもきっと彼と同じ位の幸せは味わえているのですよね
       そう思われません、皆さん?! ははは。
      


     *****

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by italiashiho2 | 2016-06-29 00:05 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(2)
2016年 06月 24日

   ・・・ スペルロンガ ・ イタリアの一番美しい村々の1つ ・・・

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       ラツィオ南の旅のご案内、今日はスペルロンガ・Sperlongaを。
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている1つで、

       上の写真は、町の東にあるローマ皇帝ティベーリオ(ティベリウス)
       の別荘跡から眺めたもので、
       町の旧中心部は、こんな風に突き出した山の崖上に。

       
       ローマ皇帝ティベーリオ・Tiberioというのは、ローマ帝国第2代皇帝。
       初代皇帝アウグストゥスの養子だったそうで、
       ティベーリオの別荘というとカプリ島にあるのが有名ですが、
       ここの別荘跡もかなりの大きさ。

       傍らにある洞窟内から発掘された、素晴らしい大きなギリシャの
       大理石彫刻群が、現在隣接の国立考古学博物館に収容展示されており、
       次回にでもご案内したいと思っておりますが、
       今回はまず町のご案内で、浜辺から見えた町の姿を。




       スペルロンガの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       ローマの南、車で約2時間程で行ける位置で、
d0097427_22332290.jpg
       上記のティベーリオの別荘跡、洞窟内の発掘などは、
       テッラチーナ・Terracina からガエータ・Gaetaに至る道を建設中の
       1957年に、偶然に発掘されたのだそう。




       これはトップの写真に、町から海に突き出した岩場の上に見える物で、
       かっての海賊船相手の物見の塔トゥルーリア・Torre di Truglia、16世紀、
       元のローマ期の塔の後に建設されたものと。
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       現在は一帯が自然博物公園となり、博物館として使用されているそう。
       それにしても、ペンキ塗り立て、みたいな凄い色ですねぇ、ははは。




       町のある高さは55mで、人口は3300人ほどですが、
       この位置からは隠れる向こう側の浜辺に、現在は新しい町が広がり、
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       右端に見える木々のある場所、ここに海を見渡せる展望台が。




       さてティベーリオの別荘、洞窟跡見学から町に移動し、
       バスを降りて見える風景は、こんな新しいそっけない広場で
       えっ、大丈夫かいなといささか心配に・・!
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       広場にある古いオリーヴの根元で、ぐっすり眠る黒猫ちゃん
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       展望台から見渡す東側の海、浜辺
       ほら、洞穴みたいなのがポコッと見えますね、
       あれがローマ皇帝ティベーリオの別荘跡と、彫像群の見付かった洞窟。
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       こちらが西側、崖の上にそそり立つ町の古い部分
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       展望台でかなり長いガイドさんの説明があったのですが、
       こちらは早く町の中に行きたい一心で気もそぞろ、ははは。
       やっと集合時間を告げられ、町の広場に向いますが、

       こんなに高い家が見え・・!
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       先ほどの海の岩場の上の見張り塔の他に、町の中にも
       3箇所ほど見張り塔があったというのですが、
       この建物の右半分、ここが案外その1つだったかも、ですね。




       中心広場に出て来て、ブーゲンビリアの花がもうこんなに!!
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       この辺りは夏はきっと大変な人出でしょうね!
       ローマから2時間で来れるのですものね。




       広場のカフェの椅子の下
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       広場から西に延びる小路
       そう、どこもかしこもこんな小路があっちにこっちに。
       緑の十字のネオンは、薬屋さん。
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       小路突き当りの建物の、入り口の脇柱の足元
       なにやら由緒ありげと見ましたら、
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       内部は12世紀の元教会の建物で
       カフェを兼ねた催し物とか集会場とかに変貌。
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       前を横切る小路の天井部は青く塗られ
       右に見えるアーチをくぐると、
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       奥に小さな広場と井戸が見え、
       一番手前の左側の壁と、奥の建物に残るフレスコ画
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       こちらは古いフレスコ画で、どうやらトルコの海賊船!
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       そしてこちらは建物の2階の壁に描かれた騎士物語りのロマンス
       海賊船にもかかわりがあったと思うのですが、
       ガイドさんから聞いた話はきれいに忘れまして・・! へへ。
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       旧石器時代に既に住人が居たらしいこの町は、
       あの東に残るローマ皇帝ティベーリオの別荘にも見られるように、
       ローマ期にはかなりの数のローマ貴族の別荘があった様子。
       きっと風光明媚で、暖かい土地なのでしょうね。
       が7世紀ごろには、あの洞窟も海賊から避難する為に使われたと。

       町の名のスペルロンガというのは、この一帯にあるたくさんの
       天然の洞窟、くぼみ、穴を意味するスペルンカエ・speluncae
       から来ているのだそうで、

       町の名が記録に登場するのは10世紀。
       今は無いものの町の城壁が11世紀に造られ、
       今も残る町の門に残る紋はカエターニ家の物と。       
       
       最初に見て頂いた町から突き出す岩場の物見塔、
       そして町の中にも3つほどあったといわれる物見塔、
       そして城壁と、様々な防御にも拘らず、
       この町は2度トルコの海賊に破壊されており、
       最初は1534年、そして1622年、
       海賊の名はバルバロッサ・Barbarossa・赤ヒゲ(1475-1546)と呼ばれる
       Khair ad Din・ハイレッディン、オスマントルコの提督で、
       16世紀イタリアの海岸沿いは、軒並み彼にやられたのでした。

       こんな小さな漁村を襲って取る物があるのか、と思われるかもですが、
       人間を略奪し、奴隷に使った、売り払ったのですね。


       そして町はずっと小さな貧しい漁村、として近年まで来て、
       ティベーリオ帝の別荘跡が偶然に発見されたという道路の建設で、
       一挙に状況が変わり、それ以降観光の町に変わったのだと。
       



       細い小路の両脇に高い建物が迫りますが、
       一番上の窓も綺麗にされ、住んでいる事が分かり、
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       こんな色違いの扉、これは多分倉庫の扉、の並び
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       狭い土地にかなりの人々が住んでいた、
       いるのだろうと想像できる建物の高さ!
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       この手前の建物は、




       こんな感じ、この高さ!! 
       途中で拡張され、嵩上げされたのも分かりますね。 
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       玄関脇の狭い土からも、木々が頑張り! 
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       上の玄関から顔を覗かせる、暇そうなワン君! 
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       脇に延びる下り坂の先に見える、ちょっと興味を引いた形の建物。
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       小路の名は、元の病院通りとあったので、
       案外貧者や病人の救護所だったのかも・・。 時間があったらねぇ。




       なんとなし、髪の毛を細い細い三つ編みに何本もたらし、
       ビーズなどを編みこんだ髪型を思い出した扉、ははは。
       扉の開け閉めのたびに、ちゃらちゃらと鳴りそう!
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       郵便受けの上の青い陶板には、4人家族の名前が書かれ、
       その上左で飼い猫ちゃんが居るのも分かり、ただし名はなし、ははは。




       一方こちらは頑丈一式の扉、ただし、救命ボート風の飾りあり!
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       大概のお家の中はかなり狭いのではないかと想像したのですが、
       この入り口部をご覧くださいね。

       番地が打ってある札を見ると、51、53、55とここに3軒分あり、
d0097427_22415354.jpg



       同じ建物の2階には、左から43、45、47、49と4軒分!
       まぁ2階のお家は、中が2階建てになっているのだと思いますが、
       やはりかなり狭い居住環境なんだろうなと。
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       ここがずっと辿ってきた道の下り坂、つまり旧中心地の終わり
       下り坂で、上って来た仲間からもそう聞き、
       上り坂は避けたいshinkaiは、引き返します、へへ。
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       ご覧頂いているように、建物の色は殆ど白で、
       入り組んだ小路と階段という特徴がありますが、
       扉の色、玄関周りの小さい飾りで、そっけなさが消えていますし、
       何よりも路地が綺麗、人々が住み、掃除が行き届いている感じを受けました。




       夏のこの辺りの海の色を思わせるような青い扉!
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       今度は家の前の石段に、腰を下ろしているワン君
       う~ん、狭い1段には、お尻と前脚が入りきらないんだね、君は!
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       隙間から見えた港、青い海
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       来る時通った時は何もなかったこの階段に
       そろそろ店開きをする手前のワイン・バーがクッションと明かりを。
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       細い路地を覗きながら、ゆっくりと戻ります
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       ティベーリオ帝の別荘跡横の洞窟が真っ直ぐに見え
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       午前中に傍で見た時は、なんとなしに自然洞窟と思い込んでいたのが、
       この写真を見て、手を加えて入り口を掘ったんだと気が付き、
       調べましたら、やはりそうなのを知りました。
       かなりの厚みを掘り込んでいます!




       小路が狭すぎて、扉の前からはレンズに入りきらないのが殆ど!
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       入り組む小路と階段が至る所に!!
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       中心広場まで戻り
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       テラスの椅子席を占領している猫ちゃん2人!
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       猫ちゃんの詳細は、水彩+色鉛筆ブログに載せますね。




       町の新しい広場の角の展望台から見る、薄い夕焼けの色
       一箇所にうっすらと光線が射しこみ・・!
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       あの岬の向こうの町、テッラチーナまで戻ります。




       正面に見えるポンツァ島
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       この日の最後は、海に射し込む一筋の光
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       我らが行った5月下旬は、漸くに浜辺の準備が整いだした頃で、
       少し曇り空の日でもあり、小路に射し込む陽も弱かったですが、

       今頃はきっと暑い夏の陽射しの下、町はヴァカンス客が
       あふれ出している事でしょう!
       あの狭い路地に余り人が溢れるのはちょっとね、と思いますが、
       夏はまた別の表情を見せるのであろうスペルロンガの町。

       狭い路地奥のレストランで、美味しい魚料理を食べるのも
       きっと美味しく楽しい事でしょう!!
d0097427_22544259.jpg



     *****

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by italiashiho2 | 2016-06-24 00:08 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(7)
2016年 06月 19日

   ・・・ カエターニの城 ・ セルモネータ ・・・

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       先々回に、ラツィオ州にあるセルモネータ・Sermoneta の町
       ご案内いたしましたが、    
       今回はこの町にほぼ完璧な姿で残るカエターニの城・Casello Caetani
       と呼ばれる中世からの城塞見学のご案内です。

       上の写真はサイトから拝借の、城の形が良く分かる物で、
       主塔・マスキオ・Maschioと呼ばれる塔が見え、
       その左に張り出したテラスが見えるのにご留意を。

       で、左下に見える低い張り出し部が、城への入り口部




       町の中心にあるコムーネ広場から上り道を辿り、
       このアンニバルディ門をくぐり、さらに小路を上って行くと、
d0097427_23475008.jpg
        



       右手に城が現れ、この部分は主塔の手前の館部分で、
       一番上に主塔のてっぺん部分が。
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       ここが城の入り口、切符売り場
d0097427_23481871.jpg
       木曜が定休日で、毎日公開されていますが、
       内部はガイド付きの案内で、10時から1時間毎、午後は3時から。
       詳しくはこちらを。http://www.fondazionecaetani.org/visita_castello.php 




       入り口を入ると草地の小広場・オルミ広場があり、 
       そこから折り返す感じで、城内部への入り口にかかりますが、

       これは切符売り場の先から見上げる、最初の跳ね橋。 
d0097427_23483013.jpg



       最初の広場から見る城への入り口ですが、
       下から見上げた最初の跳ね橋はこの門の手前で、鎖が見えますか?
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       跳ね橋の上から見る平野の眺め
       写真では分かり難いのですが、遥かに海が!
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       そして左に折れ、2つ目の跳ね橋があり、
d0097427_23490841.jpg



       それを渡ると、城の中庭に出ますが、
       分かりやすい様に上から撮った写真で、ご説明を。

       2つ目の跳ね橋を渡ると、内庭の手前左隅に出て来て、
       正面に見えるのが、枢機卿の家・Casa dei Cardinaleと呼ばれる建物。
d0097427_23492018.jpg
       カエターニ城と呼ばれるこの城は、
       13世紀、当時の教皇からこの一帯を領土に預かった
       アンニバルディ一族が建設した物で、
       現在も残る主塔マスキオ、高さ42mと、それに付随している小さい塔・
       マスキエットを主とした完全に中世の軍事的要塞

       それを1297年、当時経済的危機に陥っていたアンニバルディ家から、
       教皇になったボニファーチョ8世の甥ピエトロ2世カエターニが、
       セルモネータと近接の土地を14万フィオリーニ金貨で、
       既に庭園をご案内したニンファの土地を20万フィオリーニで買い取ります。
            
       建物も増設、この地をカエターニ家の本拠とし、着々と勢力を伸ばしますが、
       
       1492年ボルジャー家のアレッサンドロ6世が教皇に選出されると、
       1499年カエターニ家は破門措置を受け、財産も特権も没収され、

       この城はボルジャー家の手に渡り、以前にも増し軍事色の濃い配備がなされ、
       城壁を完璧にし、主塔の上部にあった教会を潰し、
       1400年代からそこに埋葬されていたカエターニ家の領主の墓も潰し、
       後世1536年に神聖ローマ皇帝カルロ5世が、騎馬千頭、歩兵4千を
       持っても落とす事ができなかったという要塞城に。

       きっと城の軍事的改造にはチェーザレ・ボルジャーも来て、
       あれこれ実際の指揮を取ったに違いなく・・、
       と、あれこれ想像が広がります、はい。
       
 
       で、上の写真のご説明に戻りますが、
       この正面に見える「枢機卿の家」というのが、ボルジャー家が
       ここに居た短期間・約5年間、アレッサンドロ6世の死1503年まで、
       彼らが唯一建設した住居で、
       ここにはかのルクレツィア・ボルジャーも住んだ事があったと。




       そして1504年、教皇ジューリオ2世によりカエターニ家に戻され、

       内庭の南側はこんな感じで、左に、枢機卿の家の斜めの位置に、
       2棟の建物があり、
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       14世紀にカエターニ家がここに住み始めて建設、拡張した物で、
       この左側の建物にフレスコ画の描かれた部屋があり、




       内庭の西を占める形でこの建物があり、そして塔への入り口階段
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       広場の真ん中にある大きな井戸は、高所にあるのを配慮した
       天水利用の井戸なんだそう。




       主塔マスキオと小塔マスキエット、そして右下に第2の跳ね橋から
       この内庭に続くアーチの入り口が見え、
       塔の左に、主塔への階段上り口が。
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       塔の上部と
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       塔への階段上り口
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       見物は、内庭の東側に見えた「枢機卿の家」からで、
       これは壁にあった、カエターニ家の紋。
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       内部はとにかく広い広い部屋が3つ、だったっけ?あり、
       余りにも整備されすぎていて、写真の撮りようもなく・・!
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       壁にはかってこの城を訪れた客人たちの落書き、
       作曲家であったカエターニ家の一人の五線譜の音符などもありましたが・・。




       建物を出て、城郭の東南角に当たる部分
       ここの角部分が崩壊した廃墟部となっているのですが、
       その幾何学的ともいえる形態に、光が射し込む様子に魅せられました!
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       石畳の下り阪を行き、左に折れると
       先頭は今回の旅のガイドさん、元気印で美人のリンダさん。
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       内庭からの下り道を振り返るとこんな様子で
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       城の東南角の崩壊部分
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       ここには小麦を挽く、碾き臼の部屋があったそうで、
       挽石なども地面に見られましたが、
       上階は多分居室だったのでしょう、暖炉の名残も見えます。


       17世紀になり、平野を通るアッピア街道も再開発されると、
       カエターニ家も平野部に一族の本拠を移し、この城は放置され、
       18世紀、スペイン軍、フランス軍の略奪破壊にも遭い、
       19世紀には軍や農作物の倉庫代わりに貸し出されたりもし、
       漸くに19世紀の末になり、カエターニ家が修復を始めたのだそう。
       



       で、先ほどの石段の下りの先には、

       これは入り口部分を逆に見ていますが、
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       ここに厩舎があり
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       この小さなアーチ部、これは古いのが残されたのと思いますが、
       ここに秣を置いたものと見られ、
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       片側に20、つまり20頭、全部で40頭の厩舎だそう!

       ここにずらっと駿馬40頭が並んでいる姿をご想像あれ!
       かっての栄光時は、きっと煌びやかなものだったでしょうね。

       この厩舎は映画の撮影にも使われ、10年ほど前までは
       ここで室内楽のコンサートも行われたのだと。




       細長い厩舎の突き当りを出ると、この左の壁は周囲を囲む城壁で、
       この広場で、馬の毛をすいたりしたのだと。
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       石段道を戻り、奥に見える建物の奥側の扉から入りますが、
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       建物の壁の装飾が単純にフレスコ画と思っていたのが、
       少し削っているのにも気が付き・・。
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       建物の端には台所がありましたが、
       そっけないほど台所仕事を想像させる何物もなく、
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       単に大きな大きな吹き抜けの煙突!
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       ここでは城内の兵士すべての食事を賄うのではなく、
       貴人達のみの食事を作っていたのかも、と。




       隣の建物の入り口から入ると、ここは大広間で、
       「狩の部屋、または男爵の部屋」という部分と思いますが、
       大宴会なども開かれた部屋と。
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       仲間が一緒で部屋の写真が撮れず、上のはサイトから拝借し、
       右奥に見える扉から入ると




       客人用の寝室が2部屋あり、ピンタの部屋と呼ばれる
       15世紀後半のフレスコ画装飾された部屋で、
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       主題は伝説的、神話的なもので、画家はピントリッキオ派の 
       無名画家だそうですが、絵として余り上等とは思えませんで・・!
       これでピントリッキオ派なんて言ったら、師匠が泣くのではないかと、ははは。




       古いまま残った窓際の席と
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       出窓の天井にあったカエターニ家の紋
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       1つの出窓から町の姿が見え!
       飛び出している鐘楼は、サンタ・マリーア・アッスンタ聖堂のもの。
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       これは南西に見えた教会で、コムーネのサイトで分かったのは、
       サン・フランチェスコ教会と元修道院。
       13世紀頃からの古いものだそうですが、今見えるのは15世紀の物と。
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       建物を出て、主塔に上るべく移動しますが
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       内庭越しに見る、北の城壁
       最初に内庭に入ってきた時も、この城壁の威圧感が凄かったですが、
       壁の厚さは3mもあるのだそう。
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       上部のメルレット・レース飾りと呼ばれる凸凹も、
       ボルジャー時代の改造だそうで、この上の歩哨の見張り道を
       後ほど歩きましたぁ!




       右が塔で、左が建物に沿った外階段で、
       今見える渡り橋は、かっては跳ね橋だったのだそう!
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       で、塔との間の隙間部分は、こんな感じの深さ!で、
       足の悪い方、高所に弱い方は下で待つように、と言われまして・・。
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       多分、かってはここにも床が在ったのだろうと想像しますが、

       窓越しの遥か向こうに、海が見えましたぁ!
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       一旦小塔の部屋に入ると、書斎があり、
       主塔の中に、代々の領主達の寝室がそのまま残されており
       この天蓋つきベッドも、オリジナルなんですと!
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       つまりこの領主の部屋に至るには、3つの跳ね橋を通る訳で、
       この部屋から外のテラスに出るにも、跳ね橋が在るのだと。
       ・・テラスに出ましたが、跳ね橋には気がつかずで・・!

       小塔の方にある書斎は、20世紀の始め、この城の修復に
       取り掛かったジェラージオ・カエターニ・Gelasio Caetaniが使っていたと。




       これは部屋の隅にあった暖炉で、如何にも古い作りでしょう?
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       ちょっと脱線しますが、あれこれ写真を調べたりしていて、
       このセルモネータのカエターニ家の最後の人々の写真も見付かり、

       おまけになんと、母親のアーダと一緒にニンファの庭園作りに取り掛かった
       ロッフレード、彼の名が現在の財団の名に残りますが、
       その兄である15代セルモネータ公爵レオーネの妻
       ヴィットーリア・コロンナ、ローマ貴族コロンナ家の名を引く様ですが、

       彼女と当時の未来派画家ウンベルト・ボッチョーニとの
       2ヶ月間に渡る秘密の、いや、秘密ではないですね、
       ばれて別居になったようで・・! 情事なども知りましたぁ。
       なぜ2ヶ月だったか、彼が落馬して亡くなったのだそうで・・。 

       「カエターニ」で検索していて素晴らしく美しい婦人の写真が見付かり、
       それからずるずると芋蔓式にたどり着いたのでしたが、
       あれこれ詳細記事が見付かったものの、ははは、
       いまだしっかり読んでおらずで、暫くひっそり楽しめそうです、うひひ。
       



       さて本題に戻りまして、ここが領主の寝室から跳ね橋で出る
       主塔から張り出したテラス
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       つまりこのテラスまでは敵が上って来れても、跳ね橋があるので
       領主の寝所には入れない事になりますが、
       味方の謀反程度ならいざ知らず、本当に大群の敵に取り囲まれた場合、
       塔の中に引きこもり無事であっても、兵糧攻めになったらどうするんだろ?




       これが城壁の上の見張りのパトロール道、広いでしょう?!
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       一番東端まで行き、間から見晴らす北の眺め
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       そして狭い階段で潜り込んだ、城壁の壁の厚みの間をくり貫いた
       トンネルのパトロール道。  ここを逆行きに戻り、
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       階段を下り、2つ目の跳ね橋の脇、つまり内庭に出るアーチの横に
       出て来て、7世紀間を生き残ってきた城塞見学がお終いに!
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       我々見学者に公開されている部分はこんな感じですが、




       この方角からの城の写真に見える、周囲を取り囲む城壁の上、
       またこの南面に見える建物上階に続くテラスなど、
       きっとずっと兵士の見回りがあり、今も上れるのだろうと思います。
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       いやぁ、如何にも堅固な中世の城という感じで、
       華麗さは無かったですが、興味深かった。

       ニンファの庭園に行かれる方、お近くにお出かけの方、
       可愛い小さな町の散策と共に、お城見物も是非どうぞ!!




       ◆ おまけ ◆

       町のご案内の時に、「ロカンダ・ボニファーチョ8世」という
       宿とレストランの表を見て、中はどんなのかと思ってましたら、
       写真を1枚見つけましたので、どうぞ。
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       階段の段差が少し複雑に入り込んでますが、
       如何にも中世風な趣でしょう?!




       町のサンタ・マリーア・アッスンタ聖堂に付いては
       水彩・色鉛筆画ブログの方でご案内をしておりますので、
       下のリンクからどうぞ!


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、もうちょっとの2枚と、 S.M.アッスンタ聖堂・セルモネータ を
       アップしています。   
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

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by italiashiho2 | 2016-06-19 00:12 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(4)
2016年 06月 09日

・・・ セルモネータ ・ グーグルStreet Viewで、美しい6村の1つ  追記 ・・・

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       今日のご案内は再度ラツィオ州南の旅に戻りまして、
       セルモネータ・Sermonetaという、中世がそのまま残ったような
       小さな素敵な町のご案内です。

       トップの写真は、平地から山の上に町が見えて来た所で、


       こんな風!
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       セルモネータの町はどこにあるか、地図をどうぞ
       ローマの南にあるラティーナ・Latinaから東に入り、山を上ります。
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       この日は午前中にセルモネータの町を訪問、昼食の後
       先回ご案内したニンファの庭園に行き、最後ちょうど中間に見える
       ヴァルヴィショーロの修道院に寄った、という日程でした。




       セルモネータの町は海抜237mに位置しますので、
       平地からぐんぐん坂道を上り始め、そして見えてくるのがこれ、

       突き出す岩山の上の塔、モンティッキオの塔・Torre di Monticchio.
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       中世のセルモネータの領主によって、ちょうど良い丘の上に建設され、
       近辺一帯平地の見張り基地とされたものだそうで、
       兵士や家族達が住んでおり、
       もしも敵の接近が見られたならば、即座にリレー式に町に知らされ、
       防御なり攻撃なりの態勢がとられたのだと。
   
       この近辺は近くを通る街道や鉄道施設に使う砂利採取が行われたというので、
       今見るこの姿は特殊ですが、建設当初はもっと緩やかな丘の姿で、
       砂利採取で周りが削られたのではないかと、想像しますが・・。




       曲がりくねりながら続く町への道。 漸くに見えて来た所!
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       町からかなり離れた場所に駐車場があり、そこから歩きますが、

       谷の向こうに見える山の斜面は、一面のオリーヴ畑
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       北の人間は働き者だけど、南の人間は・・、なんていうのは嘘だね、と
       思うほどにぴっちりとオリーヴが栽培されていて、
       



       こちらの道の脇に見えるオリーヴのこの幹!
       きっと何千年も経ているのでしょう!!
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       道の左手には、町から張り出したと思われる要塞が続き
       先方に町が見えてきて、
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       さて、町の門。 ここから中心に
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       町の地図をどうぞ
       右の2の位置の門から入り、ガリバルディ通り・Cosrso Garibaldiを行き、
       中央上に見える赤い大きなのが、カエターノの城・Castello Caetano
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       1. サン・ジュゼッペ教会
       2.ビアージョ・マルキオーニの階段  見逃しましたが美しい階段の様子
       4.18. カエターノ宮・陶器博物館
       8.コムーネ広場
       9.10.ロッジャ・デイ・メルカンティ・商人達のロッジャ
       13.見晴らし台 横に市役所
       14.15.16.サン・ミケーレ教会
       19.20. サンタ・マリーア・アッスンタ教会




       ガリバルディ通りを行きますが、奥に聳える城の塔。
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       右手前に見える大きなテラスの建物は、




       これ、番号4.18のカエターノ宮、現在陶器博物館の様子
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       町の中心コムーネ広場に到着
       見えるアーチが9.10の、ロッジャ・デイ・メルカンティ
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       かってはここで商取引が行われたのでしょうね。


       セルモネータの町がこの高所にあるのは
       かって下の平野は湿地帯でマラリアが蔓延していた事や、
       サラセン人の襲撃などを逃れる為だったといい、

       当時はローマへの通商道がこの山側を通っていた為、
       通行税の取立てや商交易の繁栄もあったのだそうですが、
 
       16世紀に入り平地の干拓が始まり、アッピア街道も再開発されると、
       この町は次第に衰退し、      
       13世紀の末からこの町を拠点にしていたカエターノ家も、平地の、
       セルモネータからは北西にあるチステルナ・Cisternaに本拠を移したと。


       グーグルのストリート・ヴューによる美しい村の人気度は
       6つの内の1つ、とありましたが、(後の5つはどこか不明!)

     ◆ 追記です ◆
       グーグルのストリート・ヴューによる美しい村の人気6村
       早速にクリスさんが調べて下さいました。
       それによると、

       アオスタのエトロブレス(Etroubles) エミリア・ロマーニャのサン・レオ(San Leo)
       カンパニアのカステッラバーテ(Castellabate) カラブリアのボーヴァ(Bova)
       シチリアのガンジ(Gangi) そしてこのセルモネータ だそうです。

       クリスさん、有難うございました!


       古い歴史を刻み込んで残ったこのセルモネータの町の趣は
       やはり単なる田舎町ではないのを感じます。
       そして、この高さのこの辺鄙な位置にある町なのに、
       訪れる人が多いのも分かり、寂れていない事が心地良いです。
       
       


       コムーネ広場から見えるこの道を辿ると、地図19.20の教会
       サンタ・マリーア・アッスンタがあり、ベノッツォ・ゴッツォーリの
       素晴らしい可愛い聖母の絵もあったのですが、教会ご案内は次回に。
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       コムーネ広場は3角形をしていて、ロッジャ・デイ・メルカンティの
       上から眺めるとこんな様子で、
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       我らはカエターノの城、サンタ・マリーア・アッスンタ教会の
       見学が済んでの昼食は、この広場の奥に見える白いテントの下で。




       ロッジャ・デイ・メルカンテの横にかっての城への門があり・
       アンニバルディ門・Porta Annibardi、道は細く上り坂に城に続きますが、
      
       脇道の様子がどこも素晴らしく、皆が覗いて撮りながら、
       ぼちぼちと上っていきます。
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       門の脇辺りにはかってユダヤ人のゲットーがあり、
       シナゴーガも(普通の家)あったそうなのですが、
       午後に一人で少し歩いた時は、見逃しました。

       カエターノ家の城要塞は素晴らしい威容でほぼ完璧に残っていて
       見張りの兵士達の歩いた城壁の上の道も通れ満足でしたが、
       ここのご案内も次回にさせて頂きますね。



       コムーネ広場の点景と、広場の敷石
       如何にも硬そうで古そうで、つるつる滑ります。
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       さて城から戻り、教会の見学も済ませ昼食も済ませると、
       集合までの時間を、ガイドさんが教えてくれた小路歩きに出かけますが、

       両脇から高い建物が押し迫り、古い石造りの威圧を。
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       狭い小路を抜けていくと、どことなく生活の匂いも感じられ
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       この家は一体いつからの物だろうと感嘆した家!
       道が狭く後ろに下がれずで、下と上に分け、
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       これが上の住居部への階段。 凄いでしょう?!
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       かと思うと、レモンが実る大きな木もあり
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       小路を上に上に辿っていくと、城の下に出て・・
       凄い高さ!! まさに中世の要塞城なのですね。
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       土台には自然の岩も組み込んでいるのですが、
       脇にあるお家の方が植えたのでしょう、ピンクの薔薇が
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       3輪車が2台。 そう、こんな車でないと辿れませんね、小路は。
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       城の脇から中の道を辿り下りますが、
       
       半分だけ木の扉にして修復されていると、しかも濃い色でね、
       なんとなしにモダンな感じも受け、
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       坂道に見えたお家ですが、扉の上にある年号は、1560年!
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       古い壁に残る、古い丸窓
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       保護色みたいになって見え難いですが、ははは、
       コムーネ広場の所で書いたアンニバルディ門の裏側に至り、
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       ロマネスク寺院めぐりの旅を続けられているクリスさんが、
       昨年10月にセルモネータに行かれており、
       違う駐車場から町歩きをされているので、どうぞ。
       トップの写真が、このアンニバルディ門です。




       門を出ての右側の眺め、陶器店の看板
       陶器博物館もありましたから、陶器製造が盛んだったのかも。
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       門の脇から横道に入り、すぐにあった店
       ここも陶器で作った家などの模型店の様子でしたが、
       如何にも古い趣でよい感じでしょう?!
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       少し入り込み、見上げる建物の壁と
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       建物の壁の角が作り出す、小さな一廓
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       この場所にはまさに中世の趣を感じ、暫く佇みましたっけ。
       ベンチやバイクを除けたら、そのまま時代が遡る感じでしょう?!




       そろそろ集合時間に近くなり、コムーネ広場に出て来ましたら、
       我々がお昼を食べたバールのテラス席には、中学校の生徒達が
       お昼を食べ終わってわんわんと騒いでおり・・!
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       なぜか窓の外に置かれているパン籠!
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       昼食後のひとときの時間、観光客の姿もなく
       来る時には見えなかった物が見え、仲間の姿もなしで、
       時計を見ながら、歩きながら、パシャパシャとやり、
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       ロカンダ(宿)ボニファーチョ8世の看板の出た扉。
       代々のカエターノ家の、一番の著名人物の名が付いていると、
       中はどんなのか興味がわくではないですかぁ?!
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       昼下がりの町の通りを振り返り
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       朝、町の門から入ってすぐの所にあった半円の塔の内部
       今はぞろぞろ歩く仲間もおらず、しっかり見え。
       時間があったら、あの銃眼から覗いたのに、残念!
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       町中から駐車場まで15分はかかるから、そのつもりで集合を
       と言われていたのを、門を出たら駐車場がすぐだった様に
       勘違いしており、必死にはぁはぁ言いながら歩き、ははは、
       途中でまだのんびり歩いている連中を追い越し、一安心!

       という様子で、セルモネータの町を後にしたのでしたが、
       次回にお城と教会のご案内を。
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       町の散策にお付き合い下さり、お疲れ様でしたぁ!
       有難うございました!



     *****

       ブログ「セレナ日和」のabiさんが、
       shinkaiが描かせて頂いた愛猫セレナ君の絵を、
       お家に掛けて下さった様子を載せて下さいました。
       猫ちゃん好きな方、見てやって下さいね!
       
   

     *****

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by italiashiho2 | 2016-06-09 00:07 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(18)
2016年 05月 30日

   ・・・ ニンファの庭園 ・ 中世のポンペイ + イギリス式庭園 ・・・

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       今回のご案内は、ニンファの庭園・Giardino di Ninfaと呼ばれる、
       イタリアの自然記念物指定も受けている、世界的に有名な庭園を。

       中世に町が放棄され埋もれていたのを、19世紀の末から
       持ち主が情熱を込めイギリス式庭園に蘇らせたもので、
       現在は年間5万人もの人々が訪れるという、人気のある庭園。

       写真がいつもよりもずっと多くなりましたが、
       庭園内を散策されるおつもりで、ごゆっくりどうぞ!

       上の写真は、ニンファの庭園に向って上る道から見えた、
       宿のある海辺の町テッラチーナの西に延びる岬の形
       顔を上に向け日に当る姿の様だとも。




       地図をどうぞ。
       ニンファの庭園・Giardino di Ninfaは中央上に。
       右下に見えるセルモネータ・Sermonetaの町の城塞と共に
       かってのカエターノ家の持ち物だったのが、現在はカエターノ財団と。
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       ニンファの庭園から九十九折りの道の上に見えるのが
       ノルマ・Normaという町で、後ほどご覧に。

       中ほど下に真っ直ぐ伸びるSS7の道、
       右下にStrada Statale 7 Via Appiaというのが見えますが、




       バスが庭園に近づき、チラッと見えた湖
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       入り口脇のショップにあった鉢植えの花々
       黄色や濃いピンクのカラーの花が鮮やか!
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       公園の専門ガイドに連れられ、庭園内に入り込むと、
       うっそうとした緑の小道が奥に続き
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       上でお話したノルマの町がこんな風に!
       岩山の上に細く繋がり、この部分が多分旧い町部分と。
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       まず教会の入り口扉から入り脇に抜け、ここで一通り庭園に付いての
       説明を受けますが、勝手にあちこち入り込まないよう注意をされ!
       
       元教会(確か、サン・ピエトロ教会)で、建物の屋根の右上に
       高く教会入り口部分の壁が見えるのが分りますか?
       この建物はそれを改装してあり、
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       こちら背後にあるのが、かっての後陣部分の半円の名残と
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       その左手には、うっそうとした糸杉の並木が続くのですが、
       こちらは入れず・・。
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       横にある、鐘楼の残り、足元部分
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       「ニンファの庭園」、ニンファはニンフ・妖精の意味ですが、
       元々この廃墟になった町の名がニンファといい、
       ローマ期にこの近くにあった湧き水の神を称える礼拝堂に因むと。

       元々の町は住人も少なかったのが、中世当時アッピア街道は
       湿地帯に埋もれており、この近くを通る道が唯一ローマへの接続道で、
       商業交易の繁栄もあり、町は次第に豊かに。

       所が教皇選出に関しての争いから、1171年フェデリコ・バルバロッサに
       略奪焼き討ちにあったり、領主も次々替わりますが、

       1294年カエターノ家のボニファーチョ8世が教皇となると、
       1298年に甥のピエトロ2世カエターノが20万フィオリーニ金貨で
       ニンファとこの近隣一帯を買うのを援け、
       カエターノ家がこの一帯に、以後7世紀間に渡って勢力を持つ始まりに

       ピエトロ2世カエターノは元からあった城を拡張し、城壁に囲まれた内庭、
       以前からの塔も高くし、城に城館も付け加えます。

       が1382年東西教会分裂の抗争の際、ニンファの町は再び略奪され
       これ以降再建される事なく、平地でのマラリア汚染にも影響され、
       生き残った町の人々も町を捨て、カエターノ家もローマや他の地に。
       
       こうしてニンファの町は廃墟となったのですね。


       
       
       流れの脇、 水は本当に澄みきっていて
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       奥に日を浴び鮮やかな、日本の楓
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       果樹もあり
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       緩やかに曲がりながら奥に続く道
       遺跡の石が転がり、バラが花咲き・・。
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       そしてまた先ほどの流れ、堰があり
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       少し低い部分には、あやめ科の花
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       木々に高低のアクセントをつける糸杉の姿
       そして葉の色の違う植物の取り合わせ
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       かっての住宅だったと思われる遺跡に絡まる植物、咲く花
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       「庭園」と聞いてのみやって来て、花の咲き乱れる姿もなく、
       刈り込まれた幾何学模様の生垣もなく、最初はいささか?だったのですが、
       この辺りになって段々飲み込め、
       なるほどなぁ、遺跡を利用してロマンチックな庭園にしたのだ、
       ぺんぺん草がはびこるのではなく、そういうのは一切排除し、
       廃墟に絡まるのは薔薇の花という風情なんだ、と。

       イギリス式庭園なる物を他では見た事がなく、
       このイタリアの強い太陽光線の下でも、全体にうっそうとした暗さで、
       かなりブレて写ったのも何枚もあって戸惑いましたし、
       花も咲き終り、萎んだのもたくさんそのまま、という手入れの仕方も、
       ちょっと他では見た覚えがなく、

       廃墟の美を如何にも自然風に、しかも美しくロマンチックに見せる
       という庭園のつくりなんだ、と納得した次第です。

     
       コモ湖で見たヴィッラ・カルロッタの花盛りの庭園は



       この辺りはぐるっと廃墟を回りこんで見る道取りになっていて、
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       この教会サンタ・マリーア・マッジョーレがかっての一番大きな
       教会だったそうで、フレスコ画が残っているのも見えますが、
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       幾つかの作品は剥がされ、セルモネータの城のほうに移されていると。
       ?!見たっけ?!




       こちらは鐘楼跡
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       小さな遺跡の壁跡を覆う薔薇の茂み
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       清楚な薔薇の花、ぽわぽわの塊、大きな紫のテッセン
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       遺跡の壁と大振りな葉を持つ植物の取り合わせ
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       この中世の町の廃墟を、16世紀にはカエターノ家出身の枢機卿
       植物学を愛するニコロ3世がお気に入りの庭園とすべく、
       小範囲で取り掛かった様子ですが、枢機卿の死と共に計画は消え、
       鱒の養殖、貴重な果樹もあったそうですが、
       
       次の挑戦は17世紀のフランチェスコ4世公爵カエターノで、
       情熱を注いだ物の、彼もまたマラリアに退散せざるを得ずで、
       ただし彼の取り掛かった水脈と泉は残ったと。

       こうして19世紀にはこの庭園の魅力を伝え聞き、
       「中世のポンペイ」として訪れる人々がたくさんいたのだそう。

       19世紀末遂に、オノラーロ・カエターノ・Onoraro Caetaniの妻
       イギリス人のアーダ・ボットゥル・ウィルブラハム・Ada Bootle Wilbraham
       が、彼らの6人の子供のうちの2人の息子ジェラージオ・Gelasio
       ロッフレード・Roffredoと共に、
       
       遺跡にはびこる大部分の沼地の植物を根絶し、最初の一連の糸杉、
       トキワガシ、樅、多種の薔薇などを植え、幾つかの遺跡も修復し、
       ロマンチックなイギリス式庭園に変えるべく奮闘したのだそう!

       現在財団の名となっている「ロッフレード・カエターノ財団」は、
       この時の一人の息子の仕事を記念している訳ですね。

       庭作りの仕事は、ロッフレードの妻マルゲリーテ・シャピン?・
       Marguerite Chapinに引き継がれ、潅木やバラが植えられ、
       1930年代には著名人や芸術家達に門が開かれますが、
       第2次大戦となり一族はセルモネータの城塞に避難し、
       1944年になってニンファに戻ります。

       最後のカエターノ家の当主は、1977年に亡くなったレーリア・Lelia
       ロッフレードの娘。
       大変敏感で繊細な女性で、汚染物質を一切使わず、
       大きな絵を描くように色の配置を考えつつ、たくさんの泰山木、
       イバラやツル性の薔薇を植えたのだそう。

       彼女は子孫を残さず、ここに7世紀に及ぶカエターノ家は絶えましたが、
       亡くなる前に前述した財団を設立、  
       この庭園とセルモネータの城塞を護る事に

       庭園のサイト http://www.fondazionecaetani.org/visita_ninfa.php 

       この庭園訪問には、予約、日と午前午後の時間指定が必要で、
       このサイトから予約できますし、
       月に何日間かしか開かずですが、それも調べられます。
       チャンスがありましたら、是非一度ご訪問を!

       セルモネータの城も大変な威容で驚きましたので、
       またご案内いたしますね。

       ポンペイ遺跡のご案内は、こちらに1~6
       http://italiashio.exblog.jp/15055303/  劇場2つ
       http://italiashio.exblog.jp/15072892/  野外闘技場、店あれこれ
       http://italiashio.exblog.jp/15086528/  パン屋、ルパナーレ、フォーロ
       http://italiashio.exblog.jp/15115959/  アポロ神殿、テルメ、牧神の家
       http://italiashio.exblog.jp/15125930/  秘儀荘 1
       http://italiashio.exblog.jp/15128707/  秘儀荘 2




       1ヶ所、様々な色の花が咲き乱れる場所があり
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       手入れ中の男性の姿。 
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       ラヴェンダーはまだ蕾が固く
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       遺跡をすっぽり覆う、花のある植物
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       如何にも、英国絵画に出てきそうな廃墟の姿、でしょう?!  
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       艶やかな百合の花
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       ニンファ川の流れが広い場所、陽が射していたのに、
       この後突然にぱらぱらとぱらつき始め・・。    
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       川を渡る3つの橋の1つ、マチェッロ・Macello橋
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       橋の名マチェッロというのは、屠殺場とか殺戮を指しますが、
       名の由来は2つあり、1つはこの橋での戦闘で大激戦があった事、
       も1つは、このすぐ近くに畜殺場があったからと・・!




       一番小さな古いローマ期の橋。 本当に大人が渡れた?! 
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       木製の橋。 どの橋も渡れず!
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       川の向こう側
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       竹林。 筍の煮物を思い出し、つばが溜まるshinkai!
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       8ヘクタールの広さにわたるという庭園ですが、
       世界様々から集めたであろう植物が根付き、
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       やっと普通に美しく咲いていた、はは、ピンクの薔薇。 
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       かっての城跡、塔の高さ32m。      
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       建て増しの城館跡と思われる壁の窓
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       塔の壁
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       右側には修復され、一時は住まいとされていた屋敷があり、
       現在は財団の事務所もあるという部分。
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       振り返って見る、奥に誘う小道のローマの松
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       さて帰り道には、湖の風景を見逃さぬよう用心し、はは、
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       こんな感じで、ニンファの庭園に別れを告げ

       長いお付き合い、有難うございました!!




     *****

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by italiashiho2 | 2016-05-30 00:34 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(14)
2016年 05月 25日

   ・・・ テッラチーナの海辺 朝と夕 ・ ラツィオ州 ・・・


       皆さん、こんにちは!
       一昨日夜、無事に南ラツィオ州の旅から戻りました。
       今回の旅は初めて行く土地でもあり、知らない物をたくさん見、
       美味しい魚料理も何度か食べれた、大変満足の旅でした!

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       最初の地図でご覧頂く様に、
       北イタリアのコネリアーノ・Coneglianoの町を朝6時に出発の、
       総勢48人のバス旅行でして、一路南下。
       休憩を挟みながらウンブリアのナルニ・Narniまで行き、昼食、
       そして19世紀まで異端審問所のあった地下教会を見学。
       
       これがまた大変興味深い見学、ガイドさんの熱のこもった説明で、
       是非このブログでもご案内をと思っておりますが、
       ナルニを午後5時半に出発、またまた南下し、
       今回の旅行の基地となるテッラチーナ・Terracina の宿には
       8時半頃に到着だったと!




       夕陽が傾く頃に最後の行程を行き
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       テッラチーナの、これが今回4泊した宿
       すぐ向こうが浜辺で、shinkaiの部屋は7階の非常階段の左隣。
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       地図をどうぞ
       今回回った町は、翌日にガエータ・Gaetaスペルロンガ・Sperlomga
       旅行3日目に赤点を打ったセルモネータ・Sermonetaの町、城要塞と、
       午後にニンファの庭園・Giardino di Ninfa
       4日目は船でポンツァの島・Isola di Ponzaに。
       最後の5日目の午前中は、テッラチーナの旧市街を回り、帰路に。
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       左上にちょっと引っかかるのがローマの街で、
       右下に見えるNは、ナポリのN。



       という事で、今回の旅行ご案内の最初に見て頂くのは、
       ホテルの窓や浜辺からの、ティレーニアの海と空の色

       4日目に渡ったポンツァの島では、本当に蒼い海の色、エメラルド色を
       見たのでしたが、それはまたのご案内とし、
       ここでは、海辺の朝の空気を感じて下さいね!
       
       まず2日目の朝、部屋のテラスから
       shinkaiの部屋は海に面しておらず、これで精一杯!
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       非常階段が部屋の横にあり、
       あっ、あそこからだったら西側の海が見える!と出まして、
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       これは少し陸側を。
       こんな風に松林に埋まる感じで、貸しマンションや家があり、
       多分殆ど夏のヴァカンス用なのでしょう、窓は大概閉まっておりました。
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       で、非常階段に出たのは良いのですがぁぁ、
       うっかり閉めてしまって入れず、ははは、
       1階までポツポツと下りましたぁ!!


       浜に出ると東のほうは雲が厚く早く動き、
       海の色もグレイで少し陰鬱な色!
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       東に続く浜の様子
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       波もそんなに大きくなく
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       西の方には青空
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       3日目の朝。
       少し賢くなり、ははは、非常扉に締め出されずに済み、
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       テラスから見る北の山と
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       手前に広がる平野のオリーブ畑
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       ホテルから浜に向ってこんなテラス席もあり
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       この日は少し波も大きく、海の色もブルー!
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       打ち寄せる波、ひく波、そして浜の小石、貝殻
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       前夜に大きな雷の音が何度も聞こえ、雨も降ったらしく、
       浜の砂もしっとり。
      
       朝食の時に連続雷の話が出ると、えっ、ホント?!という
       豪傑が結構いるのですよねぇ、これが、ははは。




       何に使う車なのか、こんなのも通り過ぎ
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       タイヤの跡くっきり!
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       遠く遥かに見えるポンツァの島。 
       翌日船で1時間15分の距離でした。
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       この日は良いお天気、暑いほどの日となりました。
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       浜を引き上げようとして見た蝶!
       羽を広げて止まったのが、残念閉じてしまいましたぁ。
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       連日見学が長くなり、ホテルに戻るのは7時過ぎ!
       で即夕食となり、その後部屋に引き上げて見る夕陽の名残
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       4日目の朝、浜の写真は今日は無し!と決めていたのが、
       朝食後のぞくと、
       あれっ、ボートがいるじゃん!!
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       この日は終日ポンツァ島で過ごし、暑い陽射しに焼けましたぁ!




       ポンツァ島での昼食の量が多く、美味しく満足超満腹!
       で、ホテルでの夕食は辞退し、ビール1本とポテト・チップスを部屋に
       持ち帰り、TVニュースを見ながらちびちびと。 
       
       テラスから見る落日、と夕陽
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       最終日。北の空、朝の薄いピンク色
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       西の空、非常階段越しの月
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       バスに旅行鞄を積んだ後、ホテルのテラスを見ると、
       椅子が並び、傘を広げている最中!
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       浜もごみ掃除が済み、綺麗になっています。
       そうなんだ、この日曜から夏の浜開きなんだね!




       テッラチーナから西に延びる岬の先端
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       海が煌き、今日は暑くなりそう!
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       チャ~オ! また来れるかな?



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by italiashiho2 | 2016-05-25 00:07 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(10)