イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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カテゴリ:・スロヴェニア・クロアチア( 6 )


2014年 08月 13日

   ・・・ カーポディストゥリア ・ スロヴェニア ・・・

       台風一過、大雨による被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます
       再度暑さが戻った様子ですが、お盆休み、そして初秋も近いこと、
       どうぞお元気でお過ごしくださいね!

     *****
       
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       さて、ほんのちょっぴりの訪問だったスロヴェニアの国、
       最後に見て頂くのはカーポディストゥリア・Capodistria
       スロヴェニア語ではKoper・コーペル
       発音がすこし不安ですが、ローマ期からの名Kaprisが
       長く残っていたというので、カープリス→コーペルではないかと・・。
       ご存知の方、お教え願います。

       この街も元々は島だったというのが良く分かる上の写真ですが、
       人口が5万3千人ほどの、スロヴェニアの主要港。
       ギリシャの時代から名が残る町ですが、
       この町もイーゾラ、ピラン同様に1278年から5世紀間
       ヴェネツィア共和国の下にありました。


       もう一枚、こちらは上の写真の左側に突き出す突堤内から
       撮ったと見られる街の様子。
       左手前にアーチの続く建物がありますね、
       あれはタベルナ・Tavernaといい、元々は塩の倉庫だったのだそうで、
       各種展示会に使用されているとの事。
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       なぜこれが分ったか、shinkaiの苦労話を後ほど、ははは、
       聞いてやっていただきますです、はい。

       上の上空からの写真で、街を取り囲むようにして道が巡り、
       外側真ん中あたりに広く白い大きな駐車場がありますね。
       その外を幅広の道が通りロータリーが見えます。
       で、実はもう一回り外側にも幅広の道が通りロータリーが。

       トリエステからムッジャに寄り、国境を越え約27kほど、
       スロヴェニアはユーロ圏ですのでフリーパスで通れますが、
       shinkaiの車のトムトムはイタリア国内のみで、国境を越えた途端
       現金にもさっと消え、ははは、後は同行のtomoconeさんとの
       珍道中、イタリア語も書いてある標識を頼りに進みます。

       蛇足ながらスロヴェニア語でイタリア・Italiaの事を
       Italijaと記すのです、イタリィーヤ?!

       で街の外からあっちが中心らしいと入って来たロータリー、
       も一つロータリーと、えっあれっ、違う方向に入ったみたいね、
       と何度かぐるぐる・・。

       
       漸くに駐車場の印を見つけ入ったところが、広い広い草原!
       何処からでも自由に出入りできる駐車場でしたが、ははは、
       そこで見かけた大きな看板がこれ。
       首都リュブリアナの2010年フェスティヴァル
       ミュンヘン・フィルハーモニーのコンサートがあったのですね。
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       こちらはイタリア語も並んでいまして、
       中世祭り  火と娯楽の夜 
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       う~ん、こういうチャンバラごっこは、見ていると
       出演者達が楽しんでいるなぁという感、無きにもあらず、ははは。 



       駐車場から街に近づき、見えたムーダ門・Porta della Muda
       1516年建設の、古い町の主門。
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       説明が必ずスロヴェニア語、イタリア語、英語と並び、分りやすく。

       とは言うものの、この後の写真を整理していて、
       自分が見た建物など町の何処にあったのか、どう通ったのか、
       勿論町の中心にあるドゥオーモなどは分りますが、
       他は何処にあるのか、実は地図を探し回りました。

       記憶を辿りつつ、なにせ4年前! グーグルのストリート・ヴューの
       お陰で、上のムーダ門の位置がまず分り、
       そこから町に入った筈だから、その次、その次はと。
       ですが、この街のストリート・ヴューはほんの僅かな部分のみ、
       というのも分りました。
       
       イタリアの場合は、ヴェネツィアなどは隅々まで勿論の事、
       小さなピエンツァの町の細い小路までも出るので、
       カメラを背負って歩いているのだろうと感心しておりますが、
       今回逆に自分が通った道が出ないと、あれっ?!と、ははは。
       人間は、もとえshinkaiは、慣れると何処までも厚かましく・・!
       


       という所で、町の地図をどうぞ
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       1.ムーダ門・Porta della Muda
       2.ダ・ポンテの泉・Fontana Da Ponte
       3.サン・ジャコモ教会・Chiesa di San Giacomo
       4.フォンティーコ・Fontico
       5.ドゥオーモ・Cattedrale dell'Assunta e di San Nazario
       6.パラッツォ・デッラ・ロッジャ・Palazzo della Roggia
       7.パラッツォ・プレトーリオ・Palazzo Pretorio
       8.中央図書館・Brutti Palace
       9.カルパッチョの家・Casa Carpaccio



       さてでは、覚束ないながら旧市街の散歩をご一緒に!
       
       サイトから拝借の写真で、
       ムーダ門の細部と隣の小さな古い壁、門の見える様子もどうぞ。
       ライオンの顔や上部には太陽の顔まであったのですねぇ!
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       すぐ近くにいた人に、我々は何処にいるのでしょう?と、ははは、
       地図を開いて確かめた記憶がありますので、
       そのまま門をくぐったのでしょう、残念!

       左横に見える古い壁の内側に、

       こんな顔の付いた泉
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       門から続いて広場になっていて、そこには大きな立派な泉、
       2のダ・ポンテの泉
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       見覚えの感がおありでしょうか?! はい、この泉は1667年
       建設時の執政長官の名が冠されていますが、
       まさにヴェネツィアはカナレッジョのグーリエ橋・Ponte delle Guglie
       の尖塔風の装飾を模したもの。



       旧市街の細い道、緩やかな坂道が続くのをゆっくりと・・。
       窓の下にこんなタベルナーコロ・壁龕
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       顔が無くなっているのが残念ですが、でも立派な作りでしょう?
       腕には確かに子供を抱えた姿で聖母らしいのですが、
       でもスカートをはいた感じにも見え、・・謎。



       そして井戸、如何にもヴェネツィア風の井戸なのですが、
       ほんのちょっぴり線が硬いイメージというのか・・。
       職人の腕とセンスの違いかも。
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       ここの緑は、ブローロ広場・Piazza Broloといい、
       町の地図の中心に三角形に緑が見える部分で、
       ドゥオーモの東南部分になります。



       この広場の脇、少し奥まって 3.サン・ジャコモ教会 
       14世紀のゴシック様式の愛らしい姿。
       正面に張り出した小さな玄関、そして上の2連窓4つの鐘楼は
       テラコッタ製という説明があったのですが、玄関はともかく、
       鐘楼の方は修復されていますね。
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       この尖がったセメント製かと思われる鐘楼の屋根は
       ピランもイーゾラも、ここでも皆同じスタイルで、
       大きな尖がり屋根だと三角形が2重になっているだけ!
       なんとなし味気ない思いはしますが・・。



       同じ広場の脇にこちら 4.フォンティーコ
       ヴェネツィアでフォンテーゴ、またはフォンダーゴ・商館と
       呼ばれたのと同じ由来と思いますが、
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       このヴェネツィアの香り紛々たる1392年建設の、
       元は小麦の貯蔵庫だったそうで、代々の執政長官の紋が残り、
       現在は州の記録庫と。



       そこから望むドゥオーモの後ろ姿
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       ですがね、頓馬というかなんというか、ははは、
       写真を整理しつつも即には気が付かないのです、まったくぅ!!



       広場から一旦広い道まで出て見た様子
       椰子の並木など南国調で、それに少し厳しい感じの古い建物、
       明るすぎる屋根瓦の色、と大陸的太い神経というのか、ははは!
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       8.現在の中央図書館・Brutti Palace 1714年建設。
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       こちらは地図に印を付けずですが、ドゥオーモの左側を
       入っていった場所にありました
       ロトンダ・Rotonda またはカルミネの礼拝堂・Oratorio del Carmine
       と呼ばれる、現在は洗礼堂だそう。
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       12世紀半ばの建設だそうで、上の小さな鐘楼が可愛いでしょう。
       鐘に付いた紐が外に垂れていて、外で鳴らしたと分りますが、
       さすが、現在は即手の届く位置までは下りていませんで・・、はは。



       さて漸くに辿りつきました町の中心のティトー広場・Piazza Tito
       の南側を占める 7.パラッツォ・プレトーリオ・Palazzo Pretorio.
       現在の建物は15世紀の半ばからの建設で16世紀の半ばに完成、
       今は市役所だそう。
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       プレトーリオ宮という名が示すように、ヴェネツィアからの
       法務、執政長官達の行政庁であり、上の真ん中に見える像は
       秤を手にした裁きの女神像、執政官たちの紋、
       勿論サン・マルコのシンボルである有翼のライオン像も。
       他に写真で見つけられないのですが、ライオンの口
       つまり目安箱というか、告発の投書口もあると。

       ライオンの口についてはこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/14795419/



       現在は市役所とのことですが、入り口前にあったポスター。
       タルティーニ・ジュニア・Tartini juniaという音楽グループが、
       7~8月の毎週木曜の夕方、ここのホールで演奏会があると。
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       ピラン出身の有名音楽家タルティーニについては、
       http://italiashio.exblog.jp/11559874/



       プレトーリオ宮の外階段を上がった場所からの眺めで、
       正面が 6.パラッツォ・デッラ・ロッジャ・Palazzo della Roggia
       1462年建設で、様々な集会に使われた吹き抜けの場所。
       現在も各種催しに使われているとの事ですが、ここにもやはり
       正面にサン・マルコ、ヴェネツィアのシンボルの有翼のライオン君。
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       そして角にあるこの天蓋つきの聖母子像はテラコッタ製で、
       1553~55年にかけてイーストゥリア半島全体に渡り
       ペストが蔓延したそうで、その時の平癒祈願のものと。
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       広場の東を占めるのが
       5.ドゥオーモ・Cattedrale dell'Assunta e di San Nazario 
       正式の名は長く、アッスンタ・エ・ディ・サン・ナザーリオ聖堂。
       12世紀の後半の建設ですが、何度もの修復改装を経ていて、
       正面が15世紀、内部は18世紀と。
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       この素晴らしく高く大きな鐘楼は12世紀のロマネスク様式
       高さ確か90mと読んだ気がしますが、今再度探して見つからず・・!
       15世紀まで見張りの塔としても使われていたそうで、
       1333年製の、スロヴェニア全土でも指折りの古い鐘が備わっていると。
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       所で我らが行った時はちょうどお昼で閉まっていて、
       内部を見ておらず、写真を探し回りましたが無い!
       一枚白黒の見えない様なのしか見つからず、これはパスですが、
       カルパッチョの作品があるというので、それも探しました。

       カルパッチョと言っても、これではなく、きゃはは、
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       ヴィットーレ・カルパッチョ・Vittore Carpaccio(1465頃-1525/26)
       ヴェネツィアのコッレール博物館の名作の作者、
       15~16世紀にかけての、ヴェネツィア共和国繁栄の時代の証言
       みたいな絵をたくさん残している画家ですが、
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       今回ムキになってあれこれ探している間に、面白い事を知りました。
       生まれた年も生地も定かでなく、皮商人の子として多分ブラーノ島の隣の
       マッゾルボ島で生まれヴェネツィアに引っ越したものであろう、とあり、
       本名もScarpazzo またはScarpazoだと。

       所であれこれ調べているうちに、カーポディストゥリアの
       土地の古い謂れではこの町出身と言われており、
       おまけにスロヴェニアのちょっと変わった噂には、
       スロヴェニア人であり、元の姓はKrpacだというのがあると!

       こういう時にイタリア人が発する言葉は、
       マンマ・ミ~ア! ははは。

       まぁ、そのあたりの研究は専門家にお任せするとして、
       カルパッチョの絵はカーポディストゥリアとピランに在り、
       聖堂にあるという「聖なる対話」は見つかりませんでしたが、
       オルガンの開き戸に描いた、というのはこれではないか、と
       思われる2枚が絵葉書になったのが見つかりました。

       「玉座の聖母子と聖人たち
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       もう一枚は「嬰児虐殺」ですが、こちらはパス。


       そして芋づる式に、ははは、彼の息子、または甥かもという
       ベネデット・カルパッチョ・Benedetto(1520-1560)の存在も知りました。
       ヴェネツィア生まれ、カルパッチョの工房で働いていた様子ですが、
       1540年にはカーポディストゥリアの市民権を取ったことが記録にあり、
       1560年までは住んでいた事も残ります。

       こちらが9.カルパッチョの家 という事で、
       2枚目の海からの写真に見えるアーチの連なる元塩倉庫、
       タヴェルナの裏の広場にあるのですね。
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       息子のベネデットが住んでいたのか、仕事に来たヴィットーレの
       時代からあった家なのか、家自体は14世紀のものと。

       ベネデット・カルパッチョの絵もこの一帯に残っており、
       父親の絵に比べ、優しいイメージだと眺めておりましたら、
       もう一つ関連したニュースが引っかかりました!

       「カルパッチョ、ヴィットーレとベネデット
       ヴェネツィアからイーストゥリア展
       コネリアーノ 2015年3月7日から6月28日
       http://www.marcadoc.com/mostra-carpaccio-vittore-e-benedetto-da-venezia-allistriaa-a-conegliano-2015/

       来年春の展覧会のニュース、しかも今回行き会ったカルパッチョ父子。
       我ながらいささか驚いた事を正直に、ははは。
       shinkaiも動けば棒にあたる!!



       いささか横道に逸れましたが、カーポディストゥリアの
       ご案内を終えませんと、ね。

       プレトーリオ宮、現市役所の建物の下を通り抜ける道があり、
       このあたり、古くからヴェネツィアのメルチェリーア通りに似て、
       店や職人工房が並んでいた賑やかな通りだったといいます。
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       確かこの道を辿りながら、お昼を食べたと思うのですが、
       写真を撮っておらず、残念!



       こんな如何にもヴェネツィアの小路の奥のお屋敷みたいな
       建物も見かけ、
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       最後はちょっと高台から見た港の様子を。
       スロヴェニアは港を持つのがこちらアドリア海側の3つのみで、
       先回ご案内のイーゾラは観光用の港、ピランも同じですが、
       軍港でもあると、ですからここカーポディストゥリアが
       重要な商業港というわけです。
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       スロヴェニア行きで訪問したのは、今までの3つの他に
       ピランの先にあるポルトローゼ・Portorose
       ここに塩田があるというので見に寄りました。
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       前日2日間の暴飲暴食がたたり、ははは、shinkaiは
       塩田の管理人さんの事務所の横の日陰で伸びて居りまして、ははは、
       tomoconeさんだけが、長~い日向道を見学に行かれたので、
       写真も無くお話も無いのが残念!
       せめて、とサイトから探してきましたのを1枚どうぞ!
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       ついでに、このポルトローゼにも優雅なヴァカンス用のホテル
       揃っているのを見つけたので、見せびらかしに! ははは。
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       となると、やはり美味しそうなものの写真もね。
       魚類、肉類、そしてお菓子。
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       この肉のお皿の赤い唐辛子のソースと生タマネギを見て
       スロヴェニアとの国境のアグリトゥリズモでの食事を思い出しました。
       http://italiashio.exblog.jp/14423809/



       最後は美しく終わるべく、エメラルド色の海を!!
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       皆様、お疲れ様でしたぁ!!


     *****

       水彩ブログには、夏の朝のムラーノ島 と ピエンツァの壁
       をアップしています。
       見てやって下さ~い!     
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho


     *****        
       

       いつも有難うございます!  
     
       励まし応援クリックも、よろしくお願いいたしま~~す!

          

         

          
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by italiashiho2 | 2014-08-13 06:31 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(17)
2014年 08月 08日

   ・・・ イーゾラ ・ スロヴェニア ・・・

       なかなかお天気が安定しない北イタリア。
       先週末すぐ近くの水車のある美しい里の村祭りで、
       爆弾雨による4人もの死者が出た大災害も起こり、
       トスカーナ、エミーリア・ロマーニャの方でも豪雨のニュース!

       陽が射すとさすが外は暑いのですが、
       まだ家の中の温度は低く、窓も雨戸も閉めているとヒンヤリで、
       過ごし易いことは有難いものの、異常気象が気になります。

       友人からのメールでも、そちら日本は大変な酷暑の様子!
       お大事に過ごされるよう、お見舞い申し上げます!!

     *****
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       少しでもすっきりの夏気分を求め、思い出したのが
       4年前の夏、きゃはは、出かけたスロヴェニアの海辺!

       ブログ・リンクして頂いてます「かたつむりの国だより*イタリア料理日記
       のtomoconeさんと出かけたのでしたが、  
       1泊したピラン・Piranの様子は既に2回もご案内しつつ、へへ、
       イーゾラ・Isola(スロヴェニア名 Izola)
       カーポディストゥリア・Capodistria(Koper)はそのままに・・!

       という事で、写真の埃を払うべく整理しなおしまして、ははは、
       かってのヴェネツィア共和国の香りが未だ残る
       イーゾラの町散歩をお楽しみくださいませませ!

       ピランのご案内はこちらに。       
       http://italiashio.exblog.jp/11559874/       
       http://italiashio.exblog.jp/12812535/
       

       上の写真はサイトから拝借ですが、
       見える小さな丸い湾は古い港で、右下に続くまっすぐの道の
       写真の外右に新しい大きな港があります。

       旧港の奥に高い鐘楼、そして手前に低い鐘楼が見えますね。
       どうもこの辺りが町の旧市街という感じで、
       レトロっぽい建物、窓、ドアなどたくさん見かけました。
       で、行った時は気が付かなかったのですが、
       この写真の左奥にビーチがある様子ですね。



       所でイーゾラはどこにあるか、地図をどうぞ。
       左下に入り込む湾がアドリア海で、イタリアが細く突き出している
       最後あたりにトリエステがあり、スロヴェニアは奥には深いのですが、
       ・・こういうのも、ブログを書く事により知るshinkai! へへ、
       アドリア海に接しているのはほんのちょっぴり。
       南側に接しているのがクロアチアで、
       赤点を付けたところがイーゾラ。
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       アドリア海沿岸に添っての町の位置地図は、以前の
       ピランのご案内で載せていますので、省略しますね。


       所でイーゾラという言葉は、イタリア語では島を指しますが、
       やはり元々は島で、9世紀頃よりヴェネツィア共和国の影響下にあり、
       13世紀の半ばから5世紀間に渡りその統治下に。
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       城壁に囲まれ要塞化された島だったようすですが、
       ヴェネツィア共和国崩壊後、フランス統治下の19世紀初頭に、
       破壊された城壁の石が本土と隔てていた運河の埋め立てに使われ、
       本土と地続きとなり、
       でやはり19世紀前半に温泉の発見があり、
       こうして観光地としての脚光を浴びるようになったと言います。
       


       さて、こちらが大きい新しい港風景で
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       港内で小さなヨットを子供達が操っていて
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       戻って来たところを母親達が迎え
       教師の指導の下に片付けを。
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       可愛い少女、如何にも夏の雰囲気でしょう?!
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       突堤の先から振り返る町
       リゾート地ではあるのですが、特別大きな建物もなく、
       のんびりとした雰囲気が漂い・・。
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       ですがサイトで見ると、素晴らしくモダンな観光客用アパートとか、
       リゾート用ホテルの大きなのもある様子ですから、勿論、
       きっと大きな港の後ろ側に広がっているのだろうと思います。


       港から入り込んでいくと、こんな建物も。
       サイトで同じ建物の写真は見つけたものの、何の建物か・・。
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       古そうな町の一廓に出て
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       港町特有の細い小路を辿ります
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       このレトロ感溢れる店構えは、作り靴屋さん
       店の入り口上にある紺色の看板の左の図、
       ガラス戸にも同じ形が見えますが、実はこれにくすっ。
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       日本の靴にもついていますか、この図?
       本革製である時、動物の皮を広げた小さな図が付いているのですが、
       そのまま店の看板に持ってくるこのアイディア! ははは。



       入り口横のショウ・ウインドウの飾り
       素敵でしょう、この重厚なレトロ感?!
       そして藤色のカルチョッフィの花の色が冴えているでしょう?!
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       こんな扉もあり
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       古い建物の古い窓。 既に住んでないのかも知れませんが、
       でもレースのカーテンが見えますね。
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       こちらは魚屋さん。 看板の絵が味わい深いでしょう?! ははは。
       スロヴェニアはスロヴェニア語とイタリア語が公用語で、
       どこの看板にも2ヶ国語が並ぶという几帳面さ!
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       最初の写真で低い方の鐘楼が見えた教会と広場
       教会はサンタ・マリーア・ダリエート・S. Maria d' Alieto
       という11世紀後半のロマネスク様式ですが、
       内部は改装されておりました。
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       ここはマンツィオーリ広場・Piazza Manzioli という、
       多分旧市街の中心の様で、
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       左側の、如何にもヴェネツィアの雰囲気を持つ建物は、
       カーザ・マンツィオーリ・Casa Manzioliと呼ばれる
       1470年建設のもの。
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       名前がある建物なら、ヴェネツィア貴族に関係しているのかと
       調べましたらそうではなく、一般資産家の家で、
       マンツィオーリという名は、当時のこの町の市長の名を冠したと。

       15世紀、ヴェネツィア共和国統治の港町に市長という職名があったのか、
       このあたりちょっと疑問なのですが・・、

       トンマーゾ・マンツィオーリというこの方は、当時ちょうど
       イーゾラの町のマンドラッキオ・Mandracchio建設にも関わっていた、と。

       マンドラッキオとは何かと思いましたら、
       内港、小船の避難所などを指すようで、古い港の古い写真に、
       そう書いたのも見つけたので納得、と言うわけですが、
       
       現在、マンドラッキオ・ディ・イーゾラというと、
       イーゾラの町のイタリア人のグループ組織の名でもある様子。

       写真は省略ですが、続く左の建物も有名化学者の生家なのだそうで、
       現在2つが一緒に整備され、展示会、イタリア人協会にも使われているそう。。



       さて先に進み、一瞬ちょっと驚いたほどの古びた建物があり
       2階には住民も居られる様でしたが、
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       この扉の、この穴の開き様!
       猫ちゃん用か、ワン君用か、なんとなしに微笑ましく・・。
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       かと思うと、こんな感じに派手な装飾で
       きちんと修復の行き届いている建物もあり、
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       そしてまた近くで見つけた、懐かしい街灯
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       通りの突き当たりの窓
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       旧港、マンドラッキオの脇の広場、古い建物とレストラン
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       何処のレストランだったか、もっと大きなメニューだったのを
       見えやすくと、これでも切ったのですが・・、
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       もっとしっかり見ていただくのに、ははは、アップに!
       見えますか? 上から(多分)スロヴェニア語、イタリア語、
       フランス語、ドイツ語、英語と並び、
       何人分の量か、値段、そしてカッコして大体一皿何グラム、
       または1kgについていくら、と書いてあるのです!!
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       こんなにkuso真面目な、ははは、正直なメニューには、
       始めてお目にかかりましたです!
       お国柄なんでしょうかぁ?!
       イタリアのすぐお隣、ましてや元ヴェネツィア共和国領なのにね!!



       サイトから拝借の写真で、
       はい、こんな風に、どっと出てくるのですねぇ!
       ピランでの夕食でも量の多いのに驚きましたっけ!
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       こちらは背の高い鐘楼の見えたサン・マウロ教会・San Mauro.
       16世紀建設と言いますが、ご覧のように鐘楼はともかく、
       教会の建物は大修復され、
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       内部もこんな様子
       ただ装飾の絵はヴェネト風が残り、パルマ・イル・ジョーヴァネ・
       Palma il Giovaneの「十字架降下」もあるとの事ですが・・。
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       内陣上部、明り取り小塔の内部
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       パラッツォ・ベゼンギ・Palazzo Besenghi
       18世紀半ばの建設の派手やかさ!
       横の標札を見ましたら、現在は音楽学校に使われている様子。
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       済みません、わざと上の派手なのと並べたわけではなく、ははは、
       私めはこういう方に惹かれるタイプでして・・。
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       こちらもなかなかでしょう?!
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       ちょっと驚いて見つめる感じの猫ちゃん
       ははは、そうだよぉ、東洋人だぜぇ!
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       この車も魅力的でしょう?!
       レトロ感溢れる旧市街が良いですねぇ!
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       駐車場に戻りかけた道の脇、木の下に野菜店が店開き中
       品揃えはイタリアと余り変わりませんが、
       前列左端の薄黄色のピーマンは始めて。
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       果物も同じですね。
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       そして左端、今tomoconeさんが手を出しているのが、

       これ、ぺったんこの桃
       皆、美味しい!というのですが、桃アレルギーのshinkaiは
       先日初めて端っこをちょっぴり頂き、
       はぁい、とても美味しかったのをお知らせ出来ますです!
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       最後は、サイトから拝借した写真で、
       旧港の素敵な夕暮れの色を!
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     *****

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by italiashiho2 | 2014-08-08 00:04 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(17)
2012年 12月 23日

   ・・・ ルイーザの夏 ・ 島のヴァカンス ・ クロアチア ・・・

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       年の瀬も近く、既にクリスマス気分の日本の皆さま、
       寒さも厳しいこの折、ほんのひと時を夏のヴァカンスの想い出
       青い蒼い透明な海と、美味しい魚料理を味わって下さいませ!

       はぁ、私もいささか羨望の目で見つめましたこれらの写真の
       提供者は、パリの写真などもご覧に入れましたルイーザ・Luisaで、
       7月の2週間を妹のルチーア・Lucia一家と一緒に
       出かけて来た折の物です。
       
       上は、島の青い海
      
       こちらが既にこのブログでもお馴染のルイーザ
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       地図をどうぞ
       クロアチアの島、といっても大変数多く、
       この辺りからは家族連れで出かけて行く様子をよく聞きますが、
       彼らが行く島はケルソ・Chersoと言い、
       島に赤点をつけた場所ヴァルン・Valun にアパートを借りるのだそう。
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       西上に囲いました我が町コネリアーノ・Conegliano から
       イタリアの国境の町トリエステ・Trieste からスロヴェニア・Slovenia
       を通り抜け、印をつけたブレストーヴァ・Brestovaからフェリーで島に。

       コネリアーノからはブレストーヴァの港まで約3時間半、
       これは私がスロヴァニアに行った時に知ったのですが、
       コネリアーノから一旦高速に入りますと、そのままスロヴェニアに行け、
       クロアチアに入る時に旅券審査、という様子で、


       フェリーが約30分、降りてから約1時間、
       大体5時間の行程で行ける距離なのだそう。
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       到着するケルソ島はこんな海に囲まれ
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       水はこんなに透明!
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       彼らの行くヴァルンはこんな様子の小さな村で、
       レストランが3軒あるのみの、どこにも歩いて行ける距離。
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       猫ちゃん達の写真も、ルイーザはたくさん撮っておりましたが、
       なにせ2週間分、家族写真をのけた185枚の中から選ぶのが大変で、
       ここでは1枚だけを。
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       ラヴェンダが咲き誇り、所々に見える茶色は群がる蝶ちょ!
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       島の村には、まだこんな服装のお婆ちゃんも見かけ
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       村外れには、羊の放し飼い
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       多分この景色が、借りているアパートからの眺め
       ここに港があり、レストランもあるという・・。
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       ルイーザ達が借りるアパートは、小さな台所と寝室で
       2人分で1泊60エウロ、4人だと90エウロなのだそうで、
    
       ルイーザとレナートは毎年、既に20年間もここに夏出かけているそうで、
       戻る前に次の夏の予約をして来るのだそう。

       最初にこの場所を見つけたのはルチーアで、20年以上前の事。
       当時は本当に何も無い村で、魚を食べさせて貰う様頼む様子だったそうで、
       宿泊も10エウロもしなかったのだとか。

       そしてボスニア戦争が起こり、それが済むと徐々に観光が開け、
       ドイツ人がたくさん来るようになり、家々も整備され、
       値段も上がってきている、というのですが、
       それでも1泊2人で60エウロで、次の年の予約をして戻る、という、
       クロアチアに出かけるイタリア人家族は、皆翌年の予約を言います。



       町の上からの港の眺め
       右上に海に張り出したテラスが見えますが、
       あそこが彼らの行く魚の美味しいレストランで、後ほどたっぷり!
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       この辺りは、というよりも島全体が保護地域の様で、
       そのお陰で観光が栄えだしているとはいえ
       新しいホテルなどは建てられず、良いままで残っている様子。

       海への道
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       どんどん下って行くと、こんな風に海が見えてきて、
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       突き出している先っちょが・・
       こんな風に見えてきて
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       素晴らしい海水浴場! 
       泳いだり、小さなゴムボートを漕いだり、
       それにしても、人が少ない!!
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       夕陽を見るのに、絶好の場所に出かけます。 
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       こんな風に、他にも夕陽を見に来ている人々の姿も見え、 
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       海の向こうに沈む陽
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       そして夕暮れ時、港近くのレストランに
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       少し離れて停泊中の大型豪華ヨット
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       海に張り出すテラス席から見る港の夕暮れ
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       レストラン入り口ではジョヴァンニが魚をグリルしていて、



       こんな風に、ジョヴァンニの息子イヴァンが
       今日の魚はこれで宜しいか、と見せに来て、
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       手前が前菜の、自家製のマグロのオイル浸け
       1年前に取ったマグロをオリーヴ油につけておくのだそうで・・。
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       にゃお~ん。      



       貝類のワイン蒸し
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       にゃお~。



       蛸のマリネ
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       にゃ、にゃぁ~お!



       先程の魚が焼き上がり、各自の皿にイヴァンが取り分けてくれます。
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       にゃお、にゃお、にゃあ~~お!!



       出かけた2家族。 手前がルチーア一家で、
       左奥がルイーザの夫レナート。
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       レストランの息子イヴァン
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       ルイーザによると、この店は本当に魚が美味しく、
       ジョヴァンニも親切、息子もとても素敵な良い息子なのだそう。
       うん、バルカンの顔ながら男前ですねぇ。



       小さなカフェの前で、カルテットが演奏しながら、
       指の影絵をして見せている様子、・・素朴!
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       村の教会の鐘楼がライトに浮かび
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       そんなのんびりの2週間のヴァカンスも過ぎ
       戻るフェリーの上から。
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       こうしてまた来年の夏、彼らは出かけて行くのですね

       魚の写真を見て、ジュリアーナに、一緒について行こうよぉ!と
       言いましたら、うん、それも良いね、と言いましたがぁ・・、
       さて、
       2週間、美味しい魚と、人のいない美しい海辺と散歩のみで
       shinkaiは耐えられるでありましょうや?!
       うんにゃぁ~・・。


       では皆さま、良いクリスマスをお過ごしくださ~い!!
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       年末にまたご挨拶を。


     *****

       水彩ブログには、ブオン・ニャターレ あれこれ!
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by italiashiho2 | 2012-12-23 23:08 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(16)
2011年 02月 04日

   ・・・ 夏の思い出 ・ ピランの海 ・・・

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       日本は大変な大雪、とこちらのTVニュースが伝えていますが、
       皆さんのお住まいの地域は如何ですか?
       被害が出ませんよう、願っています。

       寒い時には夏の思い出を! と、今日は夏の日の
       スロヴェニアはピラン・Piran の海の色をご覧下さいね。
       ピランは一度ご覧頂きましたが、
       今日は高台にある教会の広場と要塞からの眺めを、
       そして、フリー・スタイルで泳ぐ人、なんぞをどうぞ!

       上は、朝の港のカモメ君。

       ピランの夕暮れ、地図などはこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/11559874



       ピランの広場から、高台にある教会を
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       戦後は共産圏でもあった国ですが、こうして見ると
       左端の建物の3階部分には、ヴェネツィア共和国のシンボルである
       有翼のライオン像もしっかり残り、
       何よりもこの鐘楼がヴェネツィアを偲ばせます。

       広場の中央には、ピラン出身の18世紀の音楽家
       ジュゼッペ・タルティーニ・Giuseppe Tartini
       「悪魔のトリル」という作品で知られる、と書きつつ
       すみませんです、知りません、
       その彼の銅像があります。
       ヴェネツィアの音楽家と記されますが、このピラン出身、
       彼の時代、この地はヴェネツィア共和国の元にあったのでした。



       朝の広場で遊ぶ子供たち
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       殆どの子が、裸足になって走りまわり、
       見物するこちらも爽やかな気持ちに。
          


       広場の奥の角にこんな建物
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       これだけ見ると、ヴェネツィアと錯覚しそうですね。



       で、この道角にこの標識
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       スロヴェニアの公式語は、スロヴェニア語とイタリア語なので
       幸いに分かりますが、スロヴェニア語の方はなんと読むのか?

       そうそう、イタリアの事をItalia ではなく、
       Italija と書くのです。
       イタリイア、または、イタリージャと読みたくなりますけど、さて?



       高台に続く道から振り返り
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       どこかしらレトロなイメージで良いでしょう?



       サン・ジョルジョ教会が見えて来ます。
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       ケッパーの清楚な花が、石垣から大きく垂れ下がり。
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       教会前から下の広場を
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       タルティーニの像が見え、
       海の向こうの地平線の地は、既にお隣クロアツィアの地



       教会鐘楼の上、天使の像
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       なぜか北の方を向いているのですが、
       光輪の上の鳩君も忠実に北を向いて。



       ピランの町の先端にあった、要塞風教会と物見の塔
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       下の浜の様子。
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       サン・ジョルジョ教会の周囲は広い広場で、眺めが利きます。
       
       ピランに来る途中の浜辺は、どこも海水浴客で混んでいましたが、
       とはいえ、混む、という度合いが違う事はご想像を!
       7月のこの浜辺はこの程度。

       ええと、こちら側には家族連れが多く・・



       ちょっと視線を移すと、ご覧の通り!
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       はい、これを見られた方、ランキングのクリックをお忘れなく! ははは。

       いやぁ、本当に肌が白いですねぇ!



       で、もすこし東の浜の方は・・
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       ええ、逆光の位置で残念というか、幸いというか・・!
       元の写真を大きくして見ましたら、何人ものフリースタイルの方々が。



       教会から東に坂道を辿り、山上の要塞跡に
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       上に上れるようになっていますから、勿論!



       上の写真に見える塔内部の階段ですが、
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       傾斜が急なため、こんな風に半分斜めに切っているのです。
       確かに、ちゃんと足元に段の板が来るのですけど、
       降りる時は気分的に不安でしたよ。



       塔から張り出す城壁部分
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       この上も、見回り兵士並みに通れますが、
       この壁は海側へのみだけでなく、町の周囲も囲みます。



       塔の上にあった標識版
       ピランから、ヴェネツィア・ヴェローナは西にあり
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       BENETKE が VENEZIA なんですねぇ!


       RIMと言うなるROMA は、ほぼ南に
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       要塞から見るサン・ジョルジョ教会
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       あの海の向こうに、ヴェネツィア。



       要塞から裏道を辿り、町に下ります。
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       坂のあるヴェネツィア下町、という雰囲気ですが、

       左手前のテラス状の広場には・・、



       サン・フランチェスコ教会があり、
       その回廊で休むカップル。
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       教会自体の歴史は古い様ですが、
       余りにも綺麗に修復され過ぎて・・。



       港越しのピランの町を見納めに
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       こうして国境を越え、再びイタリア国に戻りましたが、
       次回のチャンスがあるならば、もう少し奥にも、
       クロアツィアにも。
       かの国の海の色は、もっと蒼いそうな!


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       これを書いています3日午前中は、写真コースの撮影会があり、
       風景を各自撮りながら、質問があれば先生に尋ねるという
       素朴な勉強会ですが、

       教室のあるのが、元サン・マルコ連隊の兵舎跡で、棟の一郭には
       ダーマ・カステッラーナ・時代衣装でする生きた駒のゲーム、
       の事務局、衣装部屋、陳列があり、
       ドアが半開きになっているのを写していましたら、
       管理の方が、中もどうぞ!と招いてくれ、
       様々の時代衣装を近くで拝見、写させて貰いました。

       レンズをたまたま60mmのマクロをつけて行ったので、
       衣装の裾まで写らない状態で残念でしたが、
       再度いつでも来て良い、との事で!

       彼らは大変な誇りを持ち、見せたがり屋なのですね。
       皆で写しまわっていましたら、最後に何が出たと思われます?!
       台所に招かれ、スプマンテを振舞って貰えたのです、ははは。
       イタリアですねぇ!
       朝の11時から、元連隊の兵舎跡で乾杯です。

       ダーマ・カステッラーナの様子はこちらでご覧頂けます。
       http://italiashio.exblog.jp/9981410

       催し自体は下手な見せ方ですが、・・失礼、
       衣装は素晴らしい時代物ですので、
       是非是非機会を作って出直したいと思います。
       
            
       最近クリック数が減り、少々心配しておりますが、
       愛の励まし、応援クリック、よろしくお願いいたしま~す!

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by italiashiho2 | 2011-02-04 00:14 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(8)
2010年 07月 17日

   ・・・ スロヴェニア、 ピランの海 ・ 夕暮れ、魚料理 ・・・

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       暑中お見舞い申し上げま~す!

       今日はプロヴァンスのご案内をちょっとお休みして、
       先日行って来ましたスロヴェニアの海辺の町を。
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       自分で運転して国境を越えたのも初めてですが、
       海辺の町を3か所回り、半島の突端の町で夕陽を眺め魚を食べ、
       かってのヴェネツィア共和国を偲ぶ港や要塞も見、
       大いに楽しんだまでは良かったのですが・・、
       猛暑にもやられ、少しヨレヨレになって戻りました。
       で、今回は軽~く、ピランの海と夕暮れをご覧下さい!

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      ◆地図をどうぞ  1・2

       今回はまず、ブログ・リンクしています
       「イタリア料理留学・カタツムリの国だより」のtomoconeさん
       働いているレストランのあるチヴィダーレ・デル・フリウリ・Cividale del Friuli
       から東北にあるストレーニャ・Stregna という村に行き、
       そのレストラン サーレ・エ・ペペ・Sale e Pepe
       美味しい洒落た盛り付けのお料理でお昼と夜を頂きましたが、
       
       午後は一人で国境を越え、Kobarid ・コバリードに。
       ここはイタリア語ではカポレット・Caporetto と呼ばれ、
       第一次大戦時イタリア軍が大敗した戦場で、その様子は
       ヘミングウェイが「武器よさらば」に描いていますが、
       現在ここには博物館があり見学。

       で、翌日彼女のお休みを利用して朝出発、イタリア側の一番東端
       トリエステの向かい側のムッジャ・Muggia に寄り、
       ここから海沿いにスロヴェニアの国に。
      
       カポレットに行った時も、かっての国境検問所は残っているものの、
       スロヴェニアとの国境は、警備員もおらずフリーパスで通れます。

       で、地図に見える Koper ・コーパー・伊名カーポディストゥリア、
       Izola ・イーゾラ、そして Piran ・ピラン にという行程で
       ピランに一泊、翌日は午後出発、約1時間40分程でトリエステに戻り、
       
       夏はこのヴェネト辺りから、皆さんスロヴェニアを越え
       クロアツィアに行かれるのも納得できる距離でした。

       ストレーニャの村やレストランの様子、カポレットの様子なども
       またご紹介いたしますね。



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      ◆ピラン  1・2・3

       ピランに着いたのは午後5時過ぎでしたか、
       なんとか駐車場に車を入れ、通り過ぎる海辺がどこもかしこも
       海水浴の人々で一杯なのを見たので、宿が取れるかと心配しましたが、
       町の入り口で見た最初の矢印に従って行き、運よく部屋が取れやれやれ。
       特別な宿でも部屋でもありませんが、ダブルをシングル使いで55エウロ。    

       とにもかくにもシャワーを浴びて一休み。
       後で聞くとtomoconeさんは早速に泳ぎに行ったそう!
       で、7時半ごろに町の中心広場に向かって出かけました。

       ピランの町は半島の突堤にあり、
       そのまた突き出た先に物見の塔を兼ねた教会がありますが、
       人口は1万8千人ほどの、観光で成り立っている町。

       内港の先に両端から突出した突堤にある見張り台は、
       片方がこの緑色で、もう片方はあずき色、
       港は漁船と各種ヨットで満杯。
       向こうに見える陸地は、既にクロアツィアの国。

       港から振り返る町の入り口部分で、
       この家並の向こうにあった駐車場は既にいっぱいで、
       山の高い部分の新しい駐車場に追いやられたのでした。



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      ◆ピラン  4・5・6・7・8・9

       内港の脇の道を中心広場に歩いて行くと、
       見えてくる高い鐘楼、

       そして広場に一歩入った途端に、
       「わぁ、これは素敵だねぇ!」と感嘆。

       内港の奥、丸い広場の真ん中にブロンズ像があり、
       小高い奥から教会と鐘楼が広場を見下ろし
       その鐘楼が色は違うものの、まさにヴェネツィアの
       サン・マルコの鐘楼にそっくりのシルエットなのです!

       この町は、13世紀後半から5世紀以上に渡って
       ヴェネツィア共和国の下にあったのですが、
       内港に船が入って、この広場に上陸した時の印象、
       アドリア海を行き来していたヴェネツィア共和国の男達が
       港に無事戻り、これを見た時の印象を思いました。

       本当に美しい広場で、ヴェネツィアの雰囲気もしっかり残り、
       左手に見える白い大きな建物、現在市役所の2階部分には
       サン・マルコの有翼のライオン像がしっかり残り、
       見上げた時、何か胸にくるものがありました。
       いつの間かしっかり、セレニッシマの男達に肩入れのshinkai、ははは。

       そしてこの美しい広場の名は、タルティーニ広場・Tartini.
       18世紀の技巧派ヴァイオリン奏者・作曲家として名高い
       ジュゼッペ・タルティーニ・Giiseppe Tartini(1692-1770)は
       そう、このピランの出身なのですね。
       ヴェネツィア共和国も終わり近い時代に、
       かなり波乱の生涯を送ったらしいタルティーニですが、
       彼の音楽は知らないままも、不思議な気持で見つめます。

       この像は生誕200年を記念して作られたものだそうで、
       その前に既に彼の名を冠したこの広場の中心に据えられたと。

       高く聳える鐘楼の先には天使像。



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      ◆ピラン  10・11・12・13

       夕暮れが迫り、
       今夜のレストランを決めるべく海岸通りをゆっくりと。

       海の水は冷たくなく、かなりの透明度。
       まだカヌーをこぐ人、泳ぐ人もちらほらと。

       町の入り口部分も、夕陽に染まり。



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      ◆ピラン  14・15・16・17

       海辺沿いの道に並ぶレストラン群の一番西端、
       お隣よりも少し高そうだけど、テーブルクロスも真っ白な、
       大きな店の道側の空いた席を決め、注文を済ませ待つうちにも
       太陽が沈みかけるのが見え、一番の突堤迄急ぎ足で。
       こういう時はもう、行儀の良い事など言っておれまへん!

       残念ながら水平線の上に雲がかかり、
       海への落日は見れず

       それでも、海に沈む夕陽を見るのは久し振りで、
       単純に、凄いなぁ! と見とれます。

       雲に隠れる所で夕日は諦め、
       イザ、食欲に立ち向かいます。
       


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      ◆ピラン  18・19・20・21

       この夜、tomoconeさんと食べましたものは、

       蛸のサラダ、これは一皿を二人で、
       コッツェのワイン蒸し、とはいえ、物凄いニンニク入り!!!
       左が付け合わせ一人前、野菜のグリル・茄子、ズッキーニ、トマト、ピーマン、
       真ん中にコロッケ風が乗っていましたが、流石にこれは残し、
       右は彼女の注文、詰め物をしたイカのグリル
       食い意地の張ったshinkai注文、チヌのグリル、でかかった!

       で、写真は無しですが、最初にサーヴィスのつき出しがあり、
       別に二人ともスープを頼んでいるのです! 
       魚とトマトのスープですが、どちらもお米が入っていて驚き、
       イカの詰めものは、なんと生ハムとチーズだった事にも驚き!
       一人前がイタリアよりも少しずつ量が多いように思いましたが、
       白ワインを半リットル頼み、全部で66.9エウロでした。

       こうして今見ても、明らかに食い過ぎ(少なくともshinkaiは!)で、
       はい、前日からの美食+暴飲暴食がたたり、
       おまけの猛暑にヨレヨレ!
       大いに反省しつつ帰宅したのでした。
       


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      ◆ピラン  22・23

       満腹の夕御飯の後、突堤の教会の所までぶらぶらと。

       海に突き出す側の教会の後陣部分はまさに要塞風、
       上に灯台がありました。

       暗い海に向かい釣り糸を投げるおじさん達が何人か、
       観光客は殆どがジェラートを舐めつつ散歩、
       我々も試しましたが
       イタリアと味は変わりませんでしたね。

       ええ、言葉はイタリア語がしっかり通じますが、
       それもその筈、スロヴェニア語と共に公用語なのだそう。
       値段の差も殆どなく、ほんの少し安いかな、という程度でしたから、
       きっとこの国もエウロになって、大幅に値上がりしたのでしょう。



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      ◆ピラン  24・25・26・27・28

       ぐるっと再び海岸通りを広場に戻ります。

       既に夜の11時頃だったと思いますが、
       まだまだ子供達がはしゃぎまわり、
       暗い海で泳いでいるのもいます!

       タルティーニ広場もライトアップされ、
       丘の上の教会と鐘楼が美しく映え、
       まだたくさんの人々が涼んでいましたが、
       広場の端のアクセサリーの屋台店は、そろそろ店じまい。



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      ◆ピラン  29・30・31

       翌日午前中は、広場から見た教会にも、
       城壁にも坂道を上り行ってみましたが、
       これは別にご案内しようと思いますので、
       今日は、ささやかに予告編を!

       素晴らしい眺め!
       青い海の色!
       
       たくさんヌーディスト達がいて泳いだり寝転がったり・・、
       何枚か写真も撮ったもんね、
       次回のピランのアップにはお見せするかも!

       で、まぁお口直しに(なんのこっちゃ)
       清楚なケッパーの花をどうぞ!
       

     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       本当に猛暑、猛暑、大猛暑の毎日で、
       閉め切って薄暗くした部屋の中、
       クーラーの除湿のみかけてしのいでおりますが、
       これでも外に比べると大変に楽!

       となると、買い物に出るのも億劫となり、
       冷蔵庫の中の野菜を点検しつつ、一日のばしに!

       冷奴(こちらの豆腐は堅過ぎて・・)素麺 
       冷やし中華(似たような物は作りますが・・)
       そして何よりも何よりも、う、う、鰻のかば焼きぃ!!
       
       鰻のかば焼き
       ああ、喰いたいなぁ!!
       
       しっかり願いをかけると通じる、というけど
       ほんまかしらん?
       食い意地に釣られて本気になりそう、ははは。

       この日曜日あたり一旦下り坂になるものの、
       まだまだ暑さは続くとの予想です。

       そちら日本は如何ですか?
       体調にお気をつけ、お元気でどうぞ!
       暴飲暴食はくれぐれもなさらぬよう!!

       と、ブログアップに取り掛かりましたら、
       写真をアップしている途中で、にわかの停電!
       きゃ、消えてしまって再アップか?! と
       15分程の停電の間気をもみましたが、
       ああ、大丈夫、そのまま続けられました、やれやれ!

       余りの暑さで、電力消費がピークになりそう、と
       今日のお昼のニュースに出た所でした。
       まぁ、文化的な快適生活を享受できるのも、
       時にちょっぴり、後ろめたく感じさせられる事もあり・・。
       



     *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2010-07-17 00:25 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(10)
2007年 09月 21日

   ・・・ ドゥブロヴニク ・Dubrovnik・ アドリア海の真珠 ・・・ 

     今日は、月一ゲストの グロリオーザさんの
     ご案内で、アドリア海を挟み、イタリアの
     向かい側に位置する、ドゥブロヴニクのご紹介です。
     素晴らしい写真と、彼のコメントでどうぞ!     
     
     この夏、クロアチアの最南部、ドゥブロヴニク・
     Dubrovnik に行ってきました
     「アドリア海の真珠」といわれるこの街は
     世界遺産に登録されている、とても美しい場所でした
     輝かしい街を、どうぞご覧下さい

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      ◆地上の楽園

       「地上の楽園を見たければ、ドゥブロヴニクにおいでなさい
       イギリスの劇作家バーナード・ショーがこう記したように、
       旧市街のプラツァ大通りは、このように輝いていました。
       撮影時間は午前5時過ぎ。
       本当は夜に撮影しようとしたのですが、
       午前0時を過ぎても人通りが途絶えず、
       翌朝に出直して撮ったものです。
       夏の、無人の大通りの写真は、珍しいはずです。




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      ◆ドゥブロヴニク へ  1

       ドゥブロブニク へは、イタリアのバーリ・Bari
       という街から船で渡りました
       前日の夕方、乗船したフェリーを
       夕焼けが包んでいました。




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      ◆ドゥブロヴニク へ  2 
  
       出航して約8時間後、
       クロアチアの大地が見え始めたところです。



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      ◆旧市街  1
   
       旧市街の全景。
       城壁に囲まれているのがわかりますね。
       一周約2キロ
       1時間あれば、ゆったりと周れます。



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      ◆旧市街  2

       城壁に昇ると、まず初めに
       プラツァ大通りが俯瞰できます。
       メインストリートは観光客で一杯です。



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      ◆旧市街  3

       通りのアップ。
       上の写真は順光で、前方に影ができているのに、
       アップにすると、逆光のように
       影が手前側に出来ています。
       光を受けた建物からの反射光で
       人影が、ピカピカにすり減った
       大理石の路面に映っているのです。



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      ◆旧市街  4

       旧市街の脇はすぐ海。
       海水浴の若者たちの前方を
       大型船が通っていきます。



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      ◆旧市街  5

       滞在中は連日快晴。
       洗濯物も、
       万国旗のように広げられていました。



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      ◆旧市街  6

       旧市街を出るとすぐ、北側は
       急勾配の坂道になります。
       とてもドラマチックな展開です。



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      ◆海の色  1

       東側には、13~18世紀にかけて
       自由貿易の一大拠点として栄えた
       旧港が開けます。
       美しい海の色です。



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      ◆海の色  2

       光の角度によって、
       その色はさまざまに変化します。



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      ◆大聖堂

       大聖堂。
       8月15日の夜には、聖堂内のマリア様の
       額絵が担ぎ出され、市内を一周しました。
       この日は聖母被昇天の日でしたね。



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      ◆聖ヴラホ教会

       大通りに面した教会は聖ヴラホ教会。
       ライトアップされて、一際目立っていました。



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      ◆ドゥブロヴニクの夜  1

       大通りの賑わいは、
       まるで渋谷のセンター街のようでした。



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      ◆ドゥブロヴニクの夜  2

       夜の小路。
       後方に、城壁の要塞が見えます。



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      ◆ドゥブロヴニクの夜  3

       帰り道、子猫と遊ぶ少女に会いました。



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      ◆ドゥブロヴニクの夜  4

       その階段から望む、イグナチオ教会。



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      ◆イグナチオ教会

       同教会の天井を飾るフレスコ画です。



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      ◆朝市

       階段下の広場では、毎日朝市が開かれています。
       ここで買った桃がうまかった。




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      ◆旧要塞

       旧市街から少し離れた
       ロブリエナッツ要塞



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      ◆街の破壊  1

       この街は16年前 1991年に、
       大きな不幸に見舞われています。
       独立を宣言したクロアチアに対して、
       セルビア、ユーゴスラビア軍が
       1日で2千発もの砲弾を撃ち込み、
       街の8割が破壊されました。

       以後4年間にわたって戦争状態が続き、街は荒廃。
       一時は、世界遺産の危機遺産リストに挙げられましたが、
       市民の努力でここまで復興しました。
       
       旧市街に入るピレ門と、反対側のプロチェ門には、
       このように、破壊された場所を示す地図
       掲示され、また、市内のスポンザ宮殿内には
       当時の写真、犠牲になった人たちの顔写真が
       ずらりと掲示されています。

       私が泊まった宿の女主人も
       「クロアチアは小さな国だけれども、とても大きな歴史を
       背負っているんですよ」
       と、当時の生々しい話をしてくれました。



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      ◆街の破壊  2

       その痕跡は至る所にありましたが、
       代表的なものの1つ、
       背後の山の山頂にあった、ケーブルカーの跡です。
       今はもちろん使われていませんが、
       あの歴史を忘れまいと、痕跡はそのまま残されています。



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      ◆要塞入口の碑文

       ロブリエナッツ要塞の入口に、
       ラテン語で文字が刻まれています。
       意味は
       「あらゆる黄金をもってしても、自由を売るは正しからず
       外交戦略によって自由を貫いてきた
       この街の歴史を垣間見る気持ちでした。  

     
     ***

       如何でしたか、
       グロリオーザさんご案内のドゥブロヴニクは?!

       かっては、ユーゴスラヴィア連邦で、
       現在はクロアティアの、アドリア海に沿って
       細長く伸びる南西部に位置します。
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       この地図は、塩野七生さんの「海の都の物語
       から頂いてきましたが、
       ラグーザ という下線を引いているのが、
       ドゥブロヴニク の事で、
       その南西、イタリア側に バーリがあり、
       フェリーで、8時間の航海だったそうです。

       かっての、ヴェネツィア共和国は、
       アドリア海沿岸のあちこちに、寄港地を設け、
       ヴェネツィア湾 と呼ばれるほどの整備を調え、
       要塞を設け、このドゥブロヴニクも、
       小さなヴェネツィア の面影があるとか。

       クロアティア にヴァカンスに出かけた
       息子夫婦が買って戻った観光ヴィデオには、
       しっかり日本人グループが写っており、
       私を驚かせ、ガックリもさせたのでした!
       皆さんも、どうぞ負けずにお出かけ下さい!!

       という事で、来週、私も少し出かけて参りますので(!)
       (いえ、クロアティアでは無いですが)       
       今回のドゥブロヴニク へのコメントのお返事は
       グロリオーザさんご自身に、お願いしております
       しっかり、ご感想、ご質問、励まし、の書き込みを
       よろしくお願い致します

       そして、来週のブログはお休みで、
       次回はいよいよ 「2007年・ミスイタリア」です。
       お楽しみにどうぞ!!

       

by italiashiho2 | 2007-09-21 01:10 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(10)