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カテゴリ:・我が町コネリアーノConegliano( 14 )


2015年 12月 03日

   ・・・ コネリアーノの町  落ち葉の色、山の雪 ・・・

       いよいよ12月に突入し、気ぜわしい季節となりました。
       とは言うものの、私めにはいつもなら余り関係がないのですが、
       今、友人のジュリアーナが入院しておりまして。

       いぇ、大した手術ではなく2日間の入院と言う予定で、
       それでも友人一同ちょっぴり緊張し、
       入院の送り迎え、お見舞いはどの日に誰と誰、というように、
       ははは、しっかり当番日程を組む、独り者相互援助体制に!

       昨日午後お見舞いに行ってきましたが、少し痛みはあるそうですが、
       元気でよく喋り、安心しましたが、
       
       で、今朝電話があり、今夕予定通り退院できそうとの事。
       で、3時半頃から行き待ち、漸くに6時半に退院、
       家まで無事に送り届けましたぁ、やれやれ!

       おまけに明日3日4日と1泊で、オーストリアの
       インスブルック旅行を申し込んでいる為、
       ちょっぴり気ぜわしい、という感じです。
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       そんな訳で今回は、10日ほど前の日曜日の歩き会の様子を。
       水彩ブログの方には、「初雪!」と「落ち葉の色」として
       既に少し載せたのですが、なかなか良いなぁ、と見直し、
       当日はかなり撮っていたのを整理しましたので、
       ちょっと重複する部分もありますが、見てやって下さい!


       トップの写真は、コネリアーノの町の中心広場である
       チーマ広場の北面を占める、テアトロ・アッカデミア

       当日は町の中の道を上って降りて、あっちに曲がりこっちに曲がり、
       本日は「コネリアーノの観光ツァー行程」と、ははは、
       朝のカフェで会ったピエロとカテリーナのカップルも一緒に、
       半ば気の向くまま、足の向くままに歩いたので、
       町中の写真は適当に端折り、大体の位置合わせでご覧頂きますね。




       コネリアーノのドゥオーモは現在鐘楼が修復中で、
       すっぽり覆われているので、入り口前のロッジャのフレスコ画を
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       2階部分には、かっての徒歩旅行者用の救護所として使われたという
       細長い部屋があり、その内部もすっかりフレスコ画で埋められているのですが、
       外、内ともに16世紀のものと。




       前を通りましたら、鐘楼修復の様子の写真が展示されており、
       う~ん、これは修復が必要よね、という感じでして、
       まぁ、手遅れにならずに済んで良かったです、はは。
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       ドゥオーモの上の道からは、お城への坂道の横にある
       パッラーディオ式のお屋敷も見え、
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       裏側の細い道に並ぶ家々の壁には、かってのフレスコ画の
       名残もあり、
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       中世からの家が残る古い小路
       これは西側から見ているのですが、光の当っている家の手前、
       表に看板が出ている家が、
       この町出身の画家チーマ・ダ・コネリアーノ・Cima da Conegliano
       (1459-1517)の生家。
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       この家がそれで、今回は垂れ幕に名の見える画家、かな、
       の展示が開催中の様子で、開いておりました。
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       3階建ての、当時としてはかなり裕福な家だったそうで、
       税金の額も庶民としては大目だった、と聞いたことがあります。

       チーマ・ダ・コネリアーノ展の様子 その1と2




       これはドゥオーモの前の通りを西に突っ切り、
       もう一つ西の通りに入った所にある壁の碑
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        ユダヤ人共同体はこの区域に於いて、何世紀間に渡り
        信仰の習慣に従い、働き、生きる事ができた。

       1997年に納められた碑ですが、今回始めてピエロが教えてくれ、
       この区域がかってのゲットーだったと知りました。

       コネリアーノにはかなり大きなユダヤ人の集落があり、
       立派なシナゴークもあったのが、戦後解体され、
       イスラエルの方に移築されたといいます。




       この一帯は新しい大きなコンドミニオに建て変わっていたりですが
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       一番外れにあったこの建物、綺麗に修復され明るい色に塗られていますが、
       これなどまさに中世のままの家の形。
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       西に進むと、洒落たお屋敷街になるのですが、
       その一廓で、素晴らしい色に出会いました!
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       敷き詰められた落ち葉の小路を抜けつつ
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       せっせと足元の落ち葉を撮ります
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       サヤが色づき始めた植木、なんだろ?
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       蔦ではないみたいだけど・・、真っ赤!!
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       お城がこの位置に見える場所に来ると
       ほらshinkai、あんたはコネリアーノも描かないとダメよ!
       とジュリアーノが責めるのですが、今回はエレオノーラまで一緒にね。
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       そんな事言われたって、これが描けたら苦労は無いよ、へっへっへ。
       



       うん、こちらの方がまだ色が綺麗よね!
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       わぉ、ボケの花がもう咲いてる!
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       山茶花も!!
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       かと思うと、トケイソウもまだ咲いてる!
       もう、完全にピンボケで、ご容赦ぁ!!
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       お家の塀沿いに、こんな顔して、顎を乗せているワンちゃん
       皆が、寂しそうな顔して!と言ったのですがぁ、
       良く見ると、寄り目でしょう?! ・・して見せたのかなぁ、きゃはは。
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       だって、次の瞬間にはこんな鋭い目になっていて
       塀越しに手を差し出したピエロに、猛然と吠え掛かったのですよ!
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       そう、塀の向こうは無関係、大丈夫なんだけど、
       一旦塀を越すと、警戒警報発令なんだよね、ははは。




       小鳥ちゃんたちのお出でを待つ、いっぱいの赤い身!
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       落ち葉に埋もれるベンチ
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       広いお庭の向こうで、一心に見張りを続ける猫ちゃん
       声をかけているのは聞いているのですけどね、トカゲの方が大事ね。
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       坂道を上り、この辺りはもう隣町のスセガーナに近く、
       正面に見える建物が、国立のワイン醸造業者育成の為の中学校
       道のこちら手前側の一部にカンティーナとレストラン。
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       そう、ヴェネト平野の地平線!




       そして少し西に向かい
       葡萄畑の葉も殆ど落ち、遠くに見える丘が素敵でしょう?!
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       下の写真、奥の山の中央から少し左、塔が見えるのが
       スセガーナのサン・サルヴァトーレの城で、




       こんな様子
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       サン・サルヴァトーレのお城は

       同一族の、コッラルトのお城と人々




       丘の上の道を奥に進み、その朝初冠雪が見えた北の山並みと
       コッラルブリーゴの教会と集落
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       少し東側。 
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       当日のメンバー
       左から、ピエロ、エレオノーラ、カテリーナ、ヘルガ、
       ジュリアーナ、そしてロレダーナ。
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       shinkaiがつけたあだ名は、エレオノーラ=コマンダンテ・隊長、
       ヘルガ=ロッテンマイヤー、ほら、「ハイジ」に出てくるでしょ、ははは。
       ヘルガのは本人には内緒なんですけど、周りの皆が喜んで同意! ひひ。




       坂道を降りてくると、まだ獲物を睨んでいるさっきの猫ちゃん
       やはりこちらを向いてくれず・・!
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       下の草原でも、何かを狙っている猫ちゃん
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       shinkaiが見つけたのは、茸!
       お昼にちょうど良さそうなんだけど、残念、お家のお庭でしたぁ。
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     *****
   
       という事で、明日朝早くからインスブルックに出かけて来ます
       と言っても1泊ですので、はは、すぐ戻ります。

       実は10月の初め日本に出発する前に、
       カメラを清掃と電池室の蓋の修理に出しました。
       1ヶ月位と聞いたので、11月の初めには戻ると思って。
       ところが戻らず、催促した翌週、既に預けて1ヵ月半となって、 
       修復見積もりは99エウロだけど、OKか、と!

       OKだから、早くしてぇ!と言ったのですが、
       その時点で、これはもうインスブルックには間に合わない、と。

       いくらニコンとはいえ、ニコン・トリノとなると、
       働いているのはイタリア人ですものね?!
       ああ、見積もりが甘かったぁ!!

       てな事で、ウン十年振りかのインスブルックの街中の写真も、
       せっかくの新品18-300mmのレンズを試す事が出来ず、残念!
       
       でも久し振りの外国ですので、ははは、
       頑張って撮って来ま~す、お楽しみに!

       コメントのお返事が遅れると思いますが、
       宜しくお願いいたします。
       


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ソラーノの民家、途中経過と描き始め1枚 ・ 村の夕暮れ を
       アップしています。
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by italiashiho2 | 2015-12-03 04:37 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(16)
2015年 08月 30日

   ・・・ 我が町コネリアーノ ・ フェッラゴストの日の城と町 ・・・

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       あっという間に8月も終わりに近づき
       夏休みを終えた町は、子供達は9月上旬まで夏休みなのですけど、
       車の通行もいつもの通りに戻っています。

       この夏はアフリカからの熱波到来で何十年ぶりかという
       熱さが続き、とはいえ大都市でないこの辺りは、
       皆さんのブログやメールから拝見する日本よりは楽に過ごせました。

       が、夏の初めに歩き会のメンバーであるジュリアーナが、
       山歩きに参加して右脚の腱かどこか痛め歩けなくなり、
       それに伴うこの夏の熱さと(年から来る)皆の横着さとで、ははは、
       日曜午前の歩きの距離が大幅に短くなり、

       お城の上のバールで待っているジュリアーナに合流すべく、
       坂道を上ってお城に行く程度の距離に縮まり、
       いつもだと2時間半程度歩いていたのが1時間ほどに縮まり!
       涼しいテラスのバールでジュースを飲みながらのお喋りに堕落!

       という様子が続いていた8月15日
       この日こちらは「聖母子被昇天」の祭日、そして16日と連休の、
       どこのお店も閉める夏休みの大〆の日の歩き会、

       いつもよりは少しぐるっと大回りし、それもかなり早歩きの
       1時間半でお城のバールまで行き、
       戻りは閑散とした町中を通った様子を、今日はご覧下さいね。

       上の写真は、お城への坂道にかかった辺りのオリーヴ畑
     


       柿の実もこんなに大きくなっていて
       あ、ちなみにこちらでもKakiです。
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       坂道が大きくカーヴする場所から
       葡萄畑の緑も、今が一番濃い季節。
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       ずっと上り坂が続く道のりを行き、
       今お城の北側の門、先を歩くエレオノーラ。
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       今この道が車でお城に行く際の唯一の道で、以前は車も通れた
       南側の道は、歩きと許可された住民の車のみ通行可。




       門の内側
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       門を出て左側に聳える城壁の内側が現在のお城で、
       今見える突き当りの道の右端に隠れて、
       町からの古い城壁沿いの小路も通じます。
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       道を左に折れると、


       こんな風に、今も残るコネリアーノのお城の塔
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       上り石段脇の石榴の実も大きくなっていて、 
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       お城の横庭というのか、かっては城郭内だったのでしょうが、
       今は駐車場で、
       見える元サンタ・オルスラ教会と鐘楼、かってはここが
       コネリアーノのドゥオーモだったのだそう。
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       駐車場の端から見る町の南とヴェネト平野
       そう、地平線が見えるので~す。
       これは南部分ですが、東のフリウリ平野にかけてもね。
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       もともとのお城は10世紀に遡るのだそうですが、       
       かっては中心に4本あったという塔も残っておらず、

       残るこの塔は、町の人々や役員に招集をかけるための鐘があった鐘楼塔で
       手前は鐘楼への入り口の塔で、中は現在市の博物美術館。
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       鐘楼の塔・トッレ・カンパニーレには上がれ、それこそヴェネトから
       フリウリの平野が一望なのですが、
       う~ん、写真はあるけどまだご覧に入れてないなぁ・・。




       内庭の井戸
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       庭の北に残る現在はバール兼トラットリーアになっている
       かってのサラチェーナの塔・Torre Saracena.
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       お城とその他ちょっぴりのご案内は



       ここには城の庭に続く張り出しのテラス席もあり
       日陰で風通しも良く、町の人々が散歩がてらに集まります。
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       で、ここで冷たい生オレンジのジュース2.5エウロを飲みつつ、
       お喋りに1時間半ほども潰したこの夏!


       8月15日は「聖母被昇天の日」の祭日ですが、
       一般に「フェッラゴスト・Ferragosto」とも呼びます。
       この呼び名が何に由来するのかと思いましたら、

       古代ローマのアウグスト帝が、自分の誕生日にちなんで制定した
       「アウグストの祭日・Feriae Augusuti・8月1日」に因るのだそう。

       でも私にとっては、やはり「お盆」ですね。



       テラスからは町の北側の見晴らしが素晴らしく、
       中程の丘のほぼ中央に見えるのが、オリアーノ村の教会鐘楼で、
       我がスコミーゴ村はあれより坂を下りますので、ここからは見えず。
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       少し西に向いての眺め
       中央奥に見える教会鐘楼はフォルメニーガ・Formeniganode
       の物で、以前はあそこまで往復3時間半ほども歩いたのになぁ~!
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       さて漸くにお喋りも切り上げ、南の坂道を下りますが
       こんな風に素晴らしい並木の坂道が続き、
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       2度目のカーヴを過ぎた所に素晴らしい眺望が開け

       北側から順に見ていただくと、
       小さな葡萄畑の向こうに、パドヴァのカッラーラ家が造ったという
       10世紀頃の古い城壁内を通る道が見え、
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       奥に見える山並みのも少し左に、先ごろご案内の
       サン・サルヴァトーレの城が見えます。




       町の山側西端に位置する、かってのサン・フランチェスコ修道院
       修復され、現在は国立醸造業学校の本部に。
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       そして平野部にこんな風に広がるコネリアーノの町
       手前山側のこの一廓が古い町の中心地で、
       現在ドゥオーモの鐘楼が修復中。
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       中程上に見える、突き当りの細長い建物がコネリアーノ駅で、
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       今こうして見える駅向こうの広場っぽいのとか川の橋とか、
       いつも通る道なりの地図で考えて、えっ、どこだろう?!と。




       こうして下って来た道は突然に町に接し、といつも感じる、
       右はピアッツァ・チーマに面するテアトロ・アッカデミアと、
       正面突き当りを東西に走るヴェンティ・セッテンブレ通り・via XX Settembre.
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       左側のポルティコの奥側は市役所の本部で、結婚式場と
       3階ぐらいだったかに市の記録古文書館があります。
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       右にチラッと見えるスフィンクスみたいなのは


       
       これ! ほらウィーンのベル・ヴェデーレ宮殿の庭にも
       ありますよね? あれです。
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       これ、あれ、というのは、正しい言葉を知らないからでして、ははは、
       コネリアーノがかってオーストリア側の下にあった事を物語ります。

       トリエステの西にあるミラ・マーレのお城にも、ありましたっけ。
       このお城はハプスブルグ家の最後の王の弟、マキシミリアンが
       造った城ですから、まぁ、当然でしょうが、
       ですが、実際は何を現すのでしょうか? ご存知の方、よろしくぅ!

     ◆ 追記です

       いつものごとく即教えて頂きまして、「スフィンクス」で
       宜しいとの事です。
       詳しくはコメント欄のシニョレッリさん、クリスさんのご回答をどうぞ!
       お2人さま、いつも本当に有難うございます!
       



       ピアッツァ・チーマ・チーマ広場は、コネリアーノ・ダ・チーマ・
       Conegliano da Cima、15~16世紀にかけて活躍の画家の生地でもあり、
       生家がこのすぐ近くにあることの記念で、
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       テアトロ・アッカデミア、19世紀建設で、
       私がイタリアに来た頃は映画館でしたが、現在は元のテアトロで、
       様々な催し、公演が行われています。
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       チーマ・ダ・コネリアーノ展とコネリアーノの町 1と2

       コネリアーノの町の古いご案内は

       コネリアーノ全体のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i36




       ここで家が近いエレオノーラと別れ、
       一人でヴィア・ヴェンティ・セッテンブレの東半分を
       閉まった店をのんびりと覗きながら行きます。

       室内装飾の展示ルームですが、店にかかっている半抽象の絵が
       上手いなぁ!と眺め、
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       この通りは、かってのコネリアーノの一番の通り
       お金持ちの豪勢な家が並んでいた通りでして、
       こんな風にフレスコ画で装飾されていたのが今もたくさん残ります。
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       フレスコ画はもっと良く見えるのもたくさんあるのですが、ははは、
       この時は白い窓のテントを写すつもりでして・・。




       市が企画展示する絵画展等の会場となっているサルチネッリ邸
       前には、既に済んだカルパッチョ展の案内がまだ出ていて、
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       う~ん、この大ポスターのこの絵はさすがぁ!と思う素晴らしさでしたが、
       イーストリアの方で活躍したという息子ベネデットの絵は、
       何これ、shinkaiより下手じゃん!という感想だったもんなぁ・・、
       ははは、言わせてぇ。




       人通りが本当にまばらなポルティチを通り
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       閉まっている骨董店の中を覗き、 
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       春頃から店開きした額屋兼画材店も偵察に覗き、はは、
       正面に見える水彩用額縁は、ちょっと変化に乏しいなぁと・・。
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       扉が開いていたので、ちょっと覗きましたら、

       モンタルバン新邸の入り口と言うのか、馬車寄せというのか
       向こう側は現在町の中心通りとなっているコルソ・マッツィーニとを
       結ぶ、こんな広い邸宅内の様子。
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       天使が窓の下に残り
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       近くのワイン・バールの飲み残しか、グラスが一つ。 
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       通りの東の門・モンティカーノ・Monticano.
       こちら側には、ヴェネツィア共和国のシンボルである小さな
       有翼のライオン君がいますが、向こう側には大きなフレスコ画のが。
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       道を横切り、橋を渡り、




       ここにも骨董店があり
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       お向かいには、大きな前栽を持つ大きなお屋敷
       木立に囲まれ如何にも涼しそうな、
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       フェッラゴストの日、この夏の思い出でしたぁ

       皆さんも、夏のお疲れが出ませんように!



     *****

       水彩ブログには、 納屋の窓 途中経過と、仕上げにしたい3点 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    

 

     *****        
       
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by italiashiho2 | 2015-08-30 00:14 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(13)
2012年 12月 03日

   ・・・ ちょっぴり歴史に名が残る、我が町コネリアーノの様子を ・・・

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       昨日土曜にこちらイタリアでの初個展が無事済みまして、
       今日日曜はごそごそと、ブログ再開の下準備に取り掛かり、
       お洗濯をし、のんびりゆっくり始動開始を。

       で、個展の総括は最後に書かせて頂くとして、
       ブログ再開の第1回目は、我が町コネリアーノ・Coneglianoの話題を

       ヴェネト平野の北、人口3万5千人程のまぁ穏やかな町ですが、
       以前からご紹介したかった2つの話題、
       ちょっぴり歴史に顔を顔を出し、名が残る、という2つを纏めて、
       
       一つはフランス王アンリ3世に関するもの、
       もひとつは、キプロス王ジョヴァンニ2世と、その妃
       カテリーナ・コルナーロに関するものです。

       事件があった訳ではないのですが、まぁ、以前から興味を引かれ
       調べたりしましたので、どうぞ見て、読んでやって下さいね。

       上の写真は、町の中心部の西端にある、カヴァッリーノの門・   
       La porta del Cavallino と呼ばれる場所のロータリーで、
       正面に見える建物の壁に描かれた絵が、本日の第一のお話

       3年程前になるでしょうか、アクリルで描かれており、
       まぁ、絵そのものは・・・ですが、失礼!
       興味を引かれたのはその主人公と日付でした。


       コネリアーノの町の地図をどうぞ。
       地図の中心がいわば町の中心にもあたり、真ん中に見える電車の印に
       鉄道駅があり、赤い印1に上の写真の建物があります。
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       2の印がキプロス王の家のある位置で、
       その左にある丸い小さな印が今回の個展会場の場所で、
       上向きの矢印がスコミーゴ村への道。
       右下に見える小さな赤マルの位置に、ホテル・チッタ・ディ・コネリアーノが
       ありまして、蛇足ながら、
       ここはお値段も50エウロ程で、場所もまぁ便利でお勧めです。



       カヴァッリーノの門のある位置は数年前再開発され、
       この宣伝の様な大きな住居と事務所に生まれ変わったのですが、
       向こうの丘の上にはコネリアーノのお城も見える、という位置。
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       先程のアクリル画ですが、
       その主たる場面はこんな感じで、
       左にフランス国王アンリ3世がコネリアーノの町を訪問した姿で、
       右に町の鍵を持った代表がお迎えしている、という図。
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       実はこのアクリル画が出来上がった時に除幕式があり、
       地図でご覧の様に、ロータリーを中心に道が5本交差する位置。
       集った人々が道にはみ出し、車がかなりの停滞をし、
       私も止められた記憶がありますが、絵の主題は考えなかったのです。

       所がブレンタ川の船行きをブログに載せた時、あれこれ読んでいる内に
       フランス王アンリ3世がヴェネツィアに行くのにブレンタを船で行った、
       という記述に出会いました。
       へぇ~と思い、それを友人のエレオノーラに話した所、
       あそこの壁画にアンリ3世がコネリアーノに来た場面を描いているよ、と。

       早速見に行き、それをまたルチーアに話しましたら、
       あれはヴェネツィアに行く時に通ったのよ、といとも明快に。

       ヴェネツィアに行く時にコネリアーノを通ったのか
       それともブレンタから入って、コネリアーノから戻ったのか、と
       こうなるといささか執拗に、ははは、調べ始めた私めです。



       実はこの絵の下に字が描かれておりまして、少し見え難いですが、
       IL RE ENRICO III ARRIVA A CONEGLIANO IL 14 LUGLIO 1574
       LA CITTA` LO ACCOGLIE IN FESTA
       アンリ3世王はコネリアーノに1574年7月14日に到着した
       町は彼をお祭りでお迎えした と。
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       所で、フランス国王アンリ3世と言っておりますが、
       実際はまだこの時点ではフランス王になっておりませんで、
       未来のフランス王アンリ3世、この時はまだポーランド王でありました。

       と読み出したら、これがまた大変可笑しい、ひひひ、と笑えるほどの
       お話が詰まっておりましたので、皆さんにもゴシップ並みの話題をね。



       アンリ3世のお顔をどうぞ
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       彼は1551年9月にフランス国王アンリ2世の3男として出生、
       母はイタリアからお輿入れのカテリーナ・デ・メディチ

       夫婦仲はあまり芳しくなく、夫には結婚前からの有名な愛人がいたそうで、
       このアンリは母親から「私の目」と呼ばれ溺愛されて育ったのだそう。

       父国王アンリ2世が馬上槍試合で右目を貫かれたのが原因で死亡、
       長兄フランソワ2世が王位を継ぐものの16歳の若さで死亡。
       次兄シャルル9世が継承しますが彼は病弱、兄弟仲は当然良くないですね。

       ですがポーランド王が死亡後、議会が新国王を選挙で選ぶ事になり、
       彼も立候補し、前国王の妹で次期の国王妃とみなされていたアンナが彼を支持、
       こうして1573年5月にポーランド国王に被選出

       兄の病状が進むのを見てポーランドに行く事を躊躇いつつも、
       迎えに来られ送られ、遂に1574年2月に戴冠式を。

       ポーランド貴族との関係も上手くいかず、28歳年上のアンナとの結婚にも
       踏み切れず、国王としては上手い滑り出しとはいえなかった様子ですが、

       遂に5月30日に兄王逝去、の知らせが母親カトリーヌから
       6月17日に届き、帰国を促します。
       で、アンリは6月18日深夜に側近数人を伴い、ポーランド国王冠の
       ダイヤモンドを盗み出し、王宮から逃亡、ははは。
       つまり国王が国を捨て逃げ出した、という驚愕的事件だった訳ですが、

       オーストリアとの国境を越えると、未来のフランス王ですから、
       ウィーンで皇帝の歓迎を受けた後、ヴェネツィア共和国に入り、
       7月14日にコネリアーノに、という次第なのでした。

       ヴェネツィアに到着は18日、という事ですから、きっとトゥレヴィーゾでも
       町を挙げての大歓迎だったに違いなく、ゆるゆると進んだ様子。
       ヴェネツィア共和国当時のドージェは85代アルヴィーゼ・モチェニーゴ・
       Alvise Mocenigo で、アンリは大歓迎を受けます。
       同年5月11日にはドゥカーレ宮が火事になったり、それ以前には
       トルコとの屈辱的な協定もあった時期だったのですが、

       10万スク―ディを利子なしで借り出したり、
       1125スク―ディを費やし香水を買い、当時フランスでは
       まだ使われていなかった4本に分かれたフォークを使ったり、
       歌人で高級娼婦でもあるヴェローニカ・フランコ・Veronica Franco
       も賓客のおもてなしに参上!

       彼の魅力、洗練された上品な物腰は、彼の行く先々で
       大きな熱狂を引き起こしたようですが、
       
       ヴェネツィア共和国側のもてなし、ヴェローニカとの様子は
       pescecrudoさんがこちらに詳細に書いておられますので是非!
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-176.html

       長い間あれこれ興味を持って考えた彼の行程だったのですが、
       pescecrudoさんがヴェネツィアでの日々を書いて下さっていて、
       あっけなく解決したのでした、有難うございました!

       アンリ3世はヴェネツィアからブレンタを船で行き、
       フランスに戻ったのですね。
       王位についていた期間は、カトリックとプロテスタントの抗争で
       次々と問題が起こり、彼も結局それで暗殺されたのですが、
       こういうのをあれこれ読みだすと、本当に嵌りますです!

       ブレンタ川の船行きについては 
       ブルキエッロ ・ ブレンタ川を、船でゆるゆると その1と2 
       http://italiashio.exblog.jp/14714267
       http://italiashio.exblog.jp/14719479

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ 
       http://italiashio.exblog.jp/14731966





       さて、2つ目の話題はこれ、キプロス王の家・Casa del re di Ciproで、
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       マドンナ通りの北側を占める家並はこうなっておりますが、
       この手前から2つ目の大きな3連のゴシック風アーチの家がそれです。
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       実はこの通りは平日大変な交通量で、この写真は日曜日に撮ったもので、
       前を通る道の手前側には現在学校になっている大きな建物があり、
       その間の狭い細長い広場が駐車場、先週の個展期間中はここに駐車しておりました。

       ここの空間は不思議な建物の並びで、つまり、このキプロス王の建物と呼ばれる
       15世紀の建物の前すぐを、現在は道が通っているのですが、
       この一群の建物の東側は道だけが通り抜ける広さで、
       かっては多分門があり、中が内庭風に建物に囲まれていて
       また先の西側にも多分門があり、川に迫っていただろう、
       と想像出来る場所なのですね。

       長い年月のうちに並んだ建物が併設され、門が無くなり道が突き抜けた場所だろうと、
       コネリアーノに住み始めた当初から、不思議な一郭とは思っていたのです。

       この前の道をバスが通りますから、古い不思議な建物をいつも見つめ、
       壁に殆ど消えかかったフレスコ画が残っているのを眺めては
       摩訶不思議なイメージを見つめていましたが、
       偶然に「キプロス王の家」と呼ばれる事を知り、大いに驚きました。
       なぜって、キプロス王というのは、
       ヴェネツィア共和国の養女として嫁いだ、カテリーナ・コルナーロ
       Caterina Cornaro の夫を指しますし、なぜその家がコネリアーノに?!



       3階には3連の美しいヴェネツィア風窓があり
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       1473年と刻まれた、天使が盾を持つ形の古い家紋があり
       この家紋はキプロス王家の家紋とは違うのですが、
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       うっすらと、かっては全面にフレスコ画が施されていたことが窺えます
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       この動物の姿も何度もバスの窓から見つめ、虎かな、何かなと
       想像していたのですが、牛なんだそう。
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       現在は1階部分に店が入っておりますが、
       真ん中の部分には大きな厳めしい扉があり、私所有の建物だそう。
       ご覧になれますか、アーチにも残るフレスコ画の名残。
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       15世紀の建物と言われ、建設は当時のキプロス王カテリーナの夫
       ジョヴァンニ2世とも、カテリーナの居住用に建てられたとも記述があり、
       私の関心はずっと、なぜコネリアーノに、という事でした。

       ここよりももっと北に行ったカステッロ・ローガンツゥオーロには、
       生地のカ・ドーロとヴェネツィアの中間になり気温が温暖である、と
       いう理由で、かのティツィアーノも家を持っていたとかあるのですが、
       イマイチ納得が行かなかったのです。

       なぜかと友人の歴史研究者に訊ねた時に聞いた答えは、
       当時はヴェネツィア貴族が本土に別荘を持つのが流行っていたからと。
       が、たまたまこの辺りの中世からのユダヤ人研究をしている方の
       本の出版記念に行った時にちらっと聞いたコネリアーノの金貸し
       多分大きな影の力を持っていたのでしょう、
       それとキプロス王家とが関係があった、と知り、
       ああ、そういう事なのか、と漸くに腑に落ちた事でした。



       建物の前のアーケードはこんな感じで建物ごとに整備され繋がりますが、
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       このキプロス王の家のアーケードの支えの下には
       こんなフレスコ画が残ります。
       手前には飾り綱で、奥は、
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       こんな様子の、受胎告知
       肝心の下側が無くなって残念ですが、
       背景には、要塞化された町の壁も見えます。
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       という、ちょっと中の様子、中庭を覗いてみたい思いにさせられる
       キプロス王の家なのでした。
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       キプロス王に嫁いだカテリーナ・コルナーロについては
       http://italiashio.exblog.jp/10138432


     *****

       ブログご訪問、いつも有難うございます!

       先週1週間は、こちらイタリアでの初の個展を開く事が出来
       それも漸くに無事終わりました
      
       オープニングには大勢の友人知り合いが集まってくれ、
       賑やかに盛りたてて頂いた様子は先回ご覧頂きましたが、
       その後、日本よりお客様の数は少ないもののそれでもぼちぼちと、
       そして絵に対しては、本当に有難い嬉しい評価を受けました。
       が、それに反し絵の売り上げは芳しくありませんでした。

       今のイタリアのこの不況では、絵を買う気持ちにならない人々の
       様子も良く分かり、また日本とは違いきちんとした画廊のない町、
       文化センターなどでの日頃の趣味活動も少ない人々の様子も思い起こされ、
       まぁ、嬉しい評価を受けた事を有難く受け止めよう、
       来年の上諏訪での個展に向け、気持ちをしっかり、と考えています。

       そうそう、会期の終了間際に来年の個展会期が決まりました。
       2013年10月12日(土)から20日(日)まで
       長野県上諏訪のギャラリー橋田さんで開かせて頂きます。

       年が明け春頃には、と思っていた会期も早々に決まり、
       ぶつぶつ文句を言わずに、とにかく描け! 良い絵を描け!
       と励まされた想いでおりますが、
       やはり得難い経験だったと思います。
       
       はい、頑張りま~す!

       そうそう、先回ご覧頂いた「カンシーリオの森」写真の
       ジョヴァンニを通し、面白い提案も出ました。
       彼の奥さん、そして義理の妹さんと一緒に見に来てくれ、
       この義理の妹さんミケーラは何とスコミーゴ村の小学校の先生だそうで、
       私に子供たちに絵を教えてやってくれ、というのです。
       授業の一環として。
       
       今の緊縮経済で子供が15人以下だと学校閉鎖になるのだそうで、
       現在の所20人程! で、危機感を持ち、何か活性のある事をと、
       先生はこの人、と貼りだして宣伝しても良いか、どうぞどうぞ!
       貧乏なので報酬は払えません、問題無いですよ。
 
       なんぞと話しておりましたら、ジョヴァンニが横から、
       (その分、俺が)カンシーリオに連れて行くけん、と。
       いえいえ、彼が広島弁で言った訳ではないのですが、ははは、
       私にはしっかりそう聞こえ、奥さんと顔を見合せて笑った事でした。
       濡れても大丈夫な山用の靴を買わないと!

       あちこちから、日本に行きたいのだけど、という声も出始め、
       日本の旅行社に様子を聞いてみようか、という動きもあります。

       日頃はまるで日本人と出会わない生活なのですが、
       今回はお陰さまで、コネリアーノ在住の君江さん、
       ヴェネツィアからはfumieveさん、
       トレント方面からは「おお、信州人!」でご一緒した小平さんご夫妻、
       そしてパイプオルガン奏者の愛さんご夫妻が
       来てくださり、久し振りに日本語でのお喋りも!
    
       そんなこんなの友人達の有難い支えを、
       しっかり感じたイタリアでの初個展でした。

       有難うございました!!
       今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!


     *****

       水彩ブログに、新しく作品ページを作りまして、
       出来上がった作品を見て頂けるように纏めましたので、
       どうぞ見てやって下さいませ!

       まだお絵描きは始めておりませんので、新しい記事は次回に。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくどうぞ。


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by italiashiho2 | 2012-12-03 08:19 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(19)
2012年 04月 30日

   ・・・ イタリア男性と、コネリアーノのお城をちょっぴり ・・・

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       日本はゴールデン・ウィークに入り、
       あちこちお出かけになる方も多い事でしょう。
       ・・と思うと少し羨ましくもあり・・。
       
       と、お絵描きに没頭していると
       ブログ書きの主題がなかなか湧いて来ず・・、
       ゴールデン・ウィーク・モードで、イタリア男性を1枚、と
       思いつつも、それに付随する物がぞろぞろ!

       まだ我が町コネリアーノのお城の中をご案内していないので
       こういう歯切れの悪さとなる訳でして、
       では、お城ご案内の前奏曲として、と無理に意味づける、はは、
       イタリア男性とコネリアーノのお城をちょっぴり、どうぞ!

       上は、町中から見える、お城とパッラーディオ様式のお屋敷


       今回の写真は季節関係無しに集めまして、はは、

       これが現在残っている城の塔ですが
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       町中からはこの古い坂道を歩いて上るか
       ぐるっと城の裏側のカーヴの道を車で行くかで・・、
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       町からの坂道は、上の方がこんな13世紀の
       カッラーラ家の名の残る城壁・市壁に続きます。
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       城の横には広場兼駐車中があり、そこから見る北の眺め。
       鐘楼の見えるのが、お馴染お隣のオリアーノ村の教会で、
       我がスコミーゴは、丘の向こうとなり見えません。
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       上で見て頂いた城の塔を広場の方から
       大きな杉の木が何本もあり、どの方角からも撮り難い塔ですが、
       はい、この写真は2年前の3月半ばで、雪が降った日でした。
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       この塔は中が博物館になっていて、一番上まで上れます。
       で、ちょっと見せびらかしの塔の中の様子、1枚だけね。
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       塔の窓
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       こちらが広場兼駐車場で、パノラマが楽しめますが
d0097427_2132664.jpg



       広場の、こちらは塔の脇
       古い大砲なんぞも置いてありますぞ。
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       広場の古い井戸
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       そしてこちらが、広場東端にある元教会
       現在のドゥオーモが町中に出来る前、中世はこの教会
       聖ウルスラが、コネリアーノの町のドゥオーモだったのだそう。
d0097427_214318.jpg

       ここは現在展示会場に使われておりまして、
       3月の中頃に、北欧のラップ族の展示会が開かれたのですね。
       単に北欧、というよりもシベリアの方まで広がる民族の様で、
       そのシャーマニズムに関する展示で、
       参加しているグループに頼まれ写真を撮りに出かけたのでした。
       
       はい、展示品やオープニングの写真も撮り、
       来賓のフィンランド大学の若い教授の説明なども聞きましたが、
       ・・展示会の様子を説明しろとは言って下さいますな。
       モンゴル民族の様子、果ては日本のアイヌにまで関連する内容で、
       shinkaiの頭には入りきらないまま・・!
      


       で、少し夕暮れ迫る頃の教会前庭にテーブルが置かれ
       ちょっとしたおつまみと飲み物が出まして、
       ・・お腹がすいて少し恨めしく眺めつつ、
d0097427_214553.jpg

d0097427_2151524.jpg

       この後、お城脇にあるレストランから
       野菜の各種空揚げ、あつあつも届き・・!
       ちょっぴり手を出し、ノン・アルコールも1杯ね。



       お待たせいたしましたぁ!
       これらのテーブルで接待係をされていたマッテオ君
       ね、なかなかでしょう?!
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       ルチーアが、shinkai、マッテオを撮ってブログにね、と。
       で、はい、遠慮なく1枚、ははは。



       で、目の前の男性のお尻に下がるこの可愛い袋
       南米の品とすぐ分かりますが、・・これを男性がねぇ!
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       可愛い赤い袋をぶら下げていたのは、
       以前フリウリの見学のガイドを務めてくれたファビオ君で、
       既に一度「この1枚!」に登場ですが・・、
d0097427_2162690.jpg



       後ろから写しているのを知ると、こんな風に見せてくれまして、
       となりの彼女がくすくすと笑っていましたけど・・。
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       馬鹿は何でも撮る、と思って笑っていたのでしょうけど、
       ははは、そうだよ、ブログのネタになるもんね、へっへっへっ。



       最後は広場からの眺めをどうぞ

       ええ、ヴェネト平野の地平線が見え・・、
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       こちらは西に、
       サン・サルヴァトーレの城の塔が霞みます
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       中世の城跡・サン・サルヴァトーレ
       http://italiashio.exblog.jp/8586010

       皆さん、春のお休みを心ゆくまでお楽しみくださ~い!!

    *****


       ブログご訪問、有難うございます!

       ただ今水彩ブログには、シロールの山の家
       シロール周辺の様子をアップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくお願いいたします。


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by italiashiho2 | 2012-04-30 02:20 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(10)
2011年 02月 10日

   ・・・ 我が町コネリアーノ ・ 美しき夕暮れ ・・・

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       先週土曜の午後遅くにグループで、我が町コネリアーノにある
       サン・フランチェスコ会派の修道院などの見学をしましたが、
       町の高台に位置するので眺めが素晴らしく、
       折しも大変暖かな日の美しい夕暮れとなりましたので、
       その様子をご覧下さい。

       上は修道院の庭から見上げるジェーラ邸・Gera.
       パッラーディオ風の素敵なお屋敷が、
       ほんのりと夕焼けの色に染まりかけて。

       右奥の木陰に垣間見えるのは、コネリアーノのお城の塔です。
       


       修道院の庭から
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       15世紀の建物と言われますが、ナポレオンによって打ち壊され、
       その後兵舎、病院、学校とあれこれ転用され、
       現在は文化的施設として使用。
       
       広々とした庭から、遥かにヴェネト平野の地平線が望めます。

       手前がドゥオーモの鐘楼。



       修道院の扉から
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       上の階、中庭と見て回る間にも、夕暮れの時が近づき・・。             



       扉から出て、向こうに見えるのは
       隣町のサン・サルヴァトーレのお城の塔
d0097427_1382740.jpg

       暖かな気持ちの良い午後でしたから、
       皆が陶然となって、遥かなお城を見つめました。

       サン・サルヴァトーレのお城の様子はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/8586010



       坂を下り、ドゥオーモのロッジャの階上にある、
       全面フレスコ画で埋められた部屋を最後に見て解散。
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       夕陽を浴び、ドゥオーモの壁の色、壁画も美しく浮かびあがり。

       このロッジャの上の歴史ある部屋もご紹介が済んでいませんが、
       屋根の雨漏りで、しばらくしたら閉じて修復にかかるのだとか。
       


       ドゥオーモ、入り口前のロッジャの灯り
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       話を聞いている最中にぽっと灯り。
       


       西の空の色が刻々に変わる時は、
       説明そっちのけで、ただただ貪欲に撮りたいだけですが・・!
d0097427_1395457.jpg


       shinkaiは良いカメラを持っている、との評判がほぼ定まり、
       何やらグループのお抱えカメラマンになりつつありますが、
       前に押し出されて写したり、・・それは嬉しいのですがぁ、
       姿が見えないとすぐ探されたりで・・、
       のんびり一人でふらふら写せなくなりましたぁ、ああ。

       

       名残の空の色
d0097427_1401860.jpg

       ほんの少し時が経つうちにも、既に名残の色に変わって行きます。

       町の灯が点き始め、土曜の夜の賑やかさがそろそろ始まる時、
       ・・・わたいは家に戻りますぅ。 アホやで、ホンマ!


     ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       ええとですねぇ、今週はまさに殺人的に予定が詰まり、
       最後の大詰めは日曜日の結婚式!
       いいえぇ、有難い事に私ではなく、・・あれ、何か言った?
       息子の一人が再婚します。
       何も手伝わず、ただ食事会に行くだけなのですが・・!
       
       てな事で、暫くは軽い写真と記事でよろしくお願いいたします。
       うん、その方が良いよ! との声も聞こえますですが、
       蛙の面にxxで、ははは、次回も軽~く、ね。

       但しぃ、
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by italiashiho2 | 2011-02-10 01:40 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(4)
2011年 02月 06日

   ・・・ 時代衣装の彩りを、 ・・・

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       先週の木曜日の午前中に写真教室の流れで、
       我が町コネリアーノのお祭り、ダーマ・カステッラーナ
       事務局の中に招かれて時代衣装を写した、とお話しましたが、
       今日はほんの少しその時の写真をご覧下さいね。

       成人教室があるのは、元サン・マルコ連隊の兵舎跡ですが、
       地下に大きな駐車場があり、正面と右手に大きな古い兵舎が残り、
       真ん中は広い石の広場になっていて、

       市や病院関係、警察の駐車場でもあるのですが、
       町の中心に撮りながら移動する予定が、石を撮ったり、
       古い兵舎の建物を撮ったりしているうちに、
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       こちらの扉、上に25の数字の見える扉が開き、
       ここは、ダーマ・カステッラーナの事務局ですが、
       管理の人が掃除を始め、
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       扉の上のランプなんぞをを撮る我々を見て、
       あなたたち、そんなものを撮るより中にどうぞ!と。
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       入り口に並べられた刀剣の玩具や、
       天井の古い梁などを写します。
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       ダーマ・カステッラーナで一度見た事のある
       我がスコミーゴ村の旗と称する物もあり・・!
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       波打つ壁に写る陰なども面白く・・、
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       ダーマ・カステッラーナのお祭りについては、こちらに
       旗振りの様子などもご覧頂けます。
       http://italiashio.exblog.jp/9981410

       はい、女性の方はこちらにどうぞ!とのお招きで、
       そういう言葉には即反応して奥の扉の中に。
       するとまぁ、ああた、700着程とかいう
       ダーマ・カステッラーナのお祭りに使われる時代衣装が、
       ずらっと吊るされているのです!

       大喜びで写し始めると、向こうも見せたがり屋で喜び
       あれこれ出して来てくれたのですが、
       マクロレンズをつけていて、全体を写せる距離がなく、
       ならばと部分を写した様子を以下に説明なしに。
       ごゆっくりどうぞ!
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       多分、肖像画などからデザインを起こして仕立てるのでしょうが、
       この明るい空色はゴンザーガ家の物だとか。
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       当時の暗い色調の中で、ひときわ鮮やかなフランス風なのだそう。
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       帽子もあれこれありました。
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       再度いつでも来て良い、との約束も貰い、
       いよいよ失礼する時が来ると、こちらに、と台所に!
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       と、こうしてスプマンテまで振舞って頂いたという
       番外編続出の撮影教室なのでした。


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今日の午後はコネリアーノの古い修道院、
       我が町出身の画家チーマ・ダ・コネリアーノの生家、
       ドゥオーモに隣接のフレスコ画で覆われた部屋、などなど
       グループで見学して戻り、
       今回のブログ・アップがいつもより遅くなりました。

       昨夜は、簡単な製本というよりも紙綴じの講習に行き、
       来週はもうちょっと手の込んだ方法も、という事で、
       この2月はいつもより嬉しい予定が詰まっています。

       が、春に向け頑張って参ります!

       という所で、ではまた
       愛の励まし、応援クリック、よろしくお願いいたしま~す!

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by italiashiho2 | 2011-02-06 03:32 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(10)
2011年 01月 05日

   ・・・ カフェ博物館 の見学 ・・・

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       皆さん、今コーヒーをお飲みになりながら、見て下さってますか?
       コーヒーがお好きな方は多いと思うのですが、
       今日のご案内は、我が町コネリアーノに最近オープンした
       カフェ博物館・Museo del Caffe`のご案内です。

       これは写真でお分かりのように、コネリアーノに本拠を置く
       デルスット・DERSUT というメーカーの私設博物館。      
       コーヒーの製造風景も見れるかと漠然と考えておりましたが、
       コーヒーの木からカップまで、コーヒーの歴史の旅・
       dalla pianta alla tazzina, viaggio nelle storia del caffe`
       というコンセプトに従った、
       コーヒーの木、豆の焙煎機、豆挽き器、コーヒー点て器の
       展示が主で、興味深く楽しく見れるものでした。
       
       イタリア特有のエスプレッソ・カフェが好き、
       という方も多いと思いますが、では
       あのコクのある濃い味を思い出しながらご覧下さいね。
       
       
       
       カフェ博物館のある場所は、コネリアーノ・Conegliano の
       町の中心からほんの少し北に入り込んだ場所で、
       建物は多分、以前工場として使われていたのでしょう。
       入り口を入ると左手にバール兼売店があり、
       訪問客に好みのカフェを振舞ってくれます。
       私はいつもカフェ・マッキアート、ミルクを少し入れたものを。
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       ここへの見物は十数人のグループで行きましたが、
       ガイドが説明しながら1階から2階までの展示案内をしてくれます。

       これが、コーヒーの木
       円筒形の内部温度が22度、湿度が70%に
       調節された中にあります。
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       パネル展示の一部。
       一番左はコーヒー栽培園、ブラジルのエスピリト・サント州の風景で、
       ここはイタリア人入植者が一番多く、住民の75%がイタリア系とか。
       何か日本からのブラジル移住をも思い出させますね。

       花は白くジャスミンの香りに似ているそうで、
       果実はこんな風に、花が次々と咲き実って行くのだそう。
       メリル・ストゥリープとロバート・レッド・フォードの映画
       「私のアフリカ」の場面を思い出しました。
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       目から鱗! のパネル。
       コーヒー栽培に適した土地は、北回帰線と南回帰線に挟まれた地域
       サイトにも確かにこう書いてあるのですが、まさにまさに。

       と、地図上の我が国に紀伊半島、四国、九州がないのですが・・!
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       コーヒーの歴史を書きだすと、到底収まりがつかなくなりそうなので、
       エチオピア、またはヨルダンで発見されたコーヒーが、
       16世紀には既にイタリアでかなりの評判を持つ飲み物となり、
       1720年開店のヴェネツィアはサン・マルコ広場の
       カフェ・フローリアンがイタリアで一番古いカフェテリア、
       ローマのカフェ・グレーコは1760年開店、
       という事のみで、ご容赦を。
       



       展示されていたコーヒー豆と、豆の寄り分け機
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       コーヒーの木から採集された豆は、水につけられて種を採り出し、
       乾燥され、こういった麻の袋に入れられ輸出される訳です。

       水につける期間とか乾燥度とか色々読みましたが、数字はパス! 聞いて下さるな!
       かっての時代は、輸入先がそれぞれの豆の大きさを選抜し、
       これは焙煎する温度、時間に関係する大きな問題ですね、
       その為に寄り分け機も使ったのですが、
       現在は、生産国で既に豆の大きさを揃えて輸出しているそう。

       ちなみに、カフェインレス・コーヒーにするには、
       この生の豆のときにカフェインを抜くのだそうです。




       焙煎機。 
       これは1950年代に実際にDERSUTで使われていた物で、
       薪と炭が動力源で、一度に120Kの豆を、1時間に3度
       ロースト出来たのだそう。
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       これより博物館展示の、各種の興味深い楽しいコーヒー・グッズ
       となるのですが、その前に・・、



       これは博物館入り口に掲示されたDERSUT のマークですが、
       後ろ立ちの馬の姿、そして鷲、王冠とあり、1478年。
       これが興味を引きあれこれ調べましたら、
       DERSUTというちょっと変わったメーカー名は、社主の姓ではなく、
       最初の共同企業者2人の姓の上の部分を取ってつけたもの、と知りました。
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       現在の社主は、カバリッリーニ・ディ・サッソフェッラート・
       Caballini di Sassoferrato、これが全部姓で、貴族の家系なのだそう。
       サイトでは年号が何を意味するのかわからず、メールで訊ねました。

       最初の写真の手前に写っている女性、大変背の高い素晴らしい美人ですが、
       この方が現在の社主の長女で次代社長になられる方、弁護士の肩書をお持ちです。
       今回はブログ掲載予定の写真を送って見て貰い、掲載OKを頂くという
       手順を踏みましたが、質問に快く答えて頂きました。

       それによると、一族は元々マルケ州アンコーナ県出身の伯爵家。
       トリエステにお住まいでフィアットにお勤めだった先代の
       ヴィンチェンツォ氏・il conte Vincenzo Caballini が1949年に、  
       その2年前に代理人2人、工員1人で起業したばかりのdersutを買い取り
       そのまま名を残し、コネリアーノに引っ越して来たのが始まりだそう。
   
       でこの時の工員は、現在の製造担当部責任者(これは傘下企業かも)の
       父親にあたるという、会社創業期は日本の企業でも同じ様なお話。
       戦中時の代用コーヒーからの脱皮を目指した、企業精神旺盛な
       良き目の付けどころだったのでしょう、
       現在DERSUTは、イタリアのコーヒー・チェーン店のトップだそうで、
       直営店が77店に及びますが、
       とりわけこの北イタリア一帯では、デルスットのマークを掲げた
       バールを数多く見かけますから、大変な普及率でしょう。

       で1487の年号は、伯爵家の先祖がこの年に目覚ましい事をした記念
       との事で、コーヒー企業には関係がありませんでしたが、
       あれこれ知る事ができ大変興味深かったです。




       これより歴史的コーヒー・グッズの展示なのですが、
       まずは焙煎機2つ。

       薪、いや多分石炭でしょうね、を入れる焚口が分かりますか?
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       こちらが、生の豆と焙煎後の豆の違い。
       大変にプックリと膨れており、見とれるほど。
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       イタリアのカフェ・コーヒー豆は、イタリア人のコーヒー好きを反映し
       有名メーカーがたくさんあり、各家庭でモカ・Moca と呼ぶ
       エスプレッソ器でコーヒーを入れますので、
       既に極細に引いた豆が袋入りでスーパーにたくさん並び、
       好みのメーカーの好きな銘柄を選ぶ、という形、
       つまり既にメーカー独特固有のミックス豆、という訳です。

       ですから豆の種類でも、ブルマンとかキリマンジャロと云った名では
       私はまだ見かけた事がなく、
       インスタント・コーヒーは見た事が殆どありません。
       が近年、パック型を入れてのコーヒー・メーカーが流行ってきており、
       またカプチーノとかのインスタントは若い人には流行っているのかも。

       念の為に申し上げますと、イタリアでカフェ・Caffe` というと
       これはエスプレッソを指し、
       日本流のコーヒーが欲しい方は、カフェ・ルンゴ、またはカフェ・アメリカーノ
       と言いませんと、こちらのバールでは通じません。

       
       
       楽しいカフェ・グッズ、家庭用、お一人様用の焙煎機!
       でもこの写真を見ながら思いました、
       何をこの小さな焚口で燃やしたのだろうと?!
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       2階には、歴代のエスプレッソ・マシーンがずらっと展示。
       イタリアに旅行されると、バールで必ず見かけるお馴染のものですが、
       年代によりあれこれ工夫されたのが、たくさん並びます。
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       エスプレッソという言葉は、エキスプレス、つまり特急で、
       実際バールで見ていると、上からのハンドルを手前に引き下ろし
       カフェが小さなカップに抽出されますね。
       で、これはお湯ではなく蒸気を通している訳で、
       かっての古いマシーンだと、大変な腕力が必要だったと。
       


       これはもうお馴染のコーヒーの豆挽き
       静物画を描いていた当時のモチーフでもあり、
       楽しくて、あれこれ覗きこんで眺めました。
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       一連のコーヒー沸かし
       理科の実験用具みたいなのから、大食堂用の大きなものまで!
       このまま、モランディの絵になりそうです。
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       これは19世紀末にヨーロッパ全土に広がった、
       いわば最初のエスプレッソ・マシーン
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       真ん中のタンクに入れられたお湯が、炭かベンゾガス・benzo-gas・これ分かりません、aiuto!
       で温められて上のタンクに上がり、ハンドル操作により下り、
       粉の入った両脇のガラス容器に入り、混じり、
       コーヒーを煎じたという物。
       これはコーヒーのみでなくお茶にも使えたという事で、
       真鍮製でニッケルメッキ、5Lタンク。  




       この素晴らしくエレガントなマシーンは、
       1920年トリノのコンドル・Condor というメーカーの物。
       中央の円柱部内の仕組みは同じですが、こちらは電気かガスに対応で、     
       コーヒー抽出の仕組みは完全に調節され、
       美味で香りのよいコーヒーだったそう。
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       このメーカーが立ち行かなくなったのは       
       第2次大戦による経済的困難が原因との事。
       これもやはり真鍮、ニッケルメッキ。




       最後にご覧頂くこの威圧的で馬鹿でかいエスプレッソ・マシーンは、
       南米アルゼンチンはブエノスアイレスのオメガ・インドゥストゥリアル製。
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       1930年製で、この時代に南アメリカにおいての
       エスプレッソ・カフェの大普及を示すものだそうで、
       技術も進歩し、電気かガス使用で、4つの抽出口、
       上の段にはカップが置かれて暖められる仕組みで、
       最上の状態でエスプレッソが飲めた、という次第です。


       このカフェ博物館のサイトは
       http://www.dersut.it
       の左に出るカテゴリ、Museo からご覧いただけます。
       英、独、X語?版もありますので、どうぞ。

       開館は毎週土曜の午後14時から18時まで、入場料無料。
       住所は Via Tiziano Veccellio 6 Conegliano TV

       単純な気持ちで博物館見物に行ったのですが、
       既に日常に欠かせぬ飲み物であるコーヒーの歴史をかいま見、
       如何に美味しく飲むかという工夫が窺われる
       大変興味深いものでした。

       昨年春やはりコネリアーノの企業、ワイン樽製造のガルベロット
       を訪問しましたが、世界一の大変専門的な企業で興味深かったです。
       こちらで是非ご覧下さい。
       http://italiashio.exblog.jp/11078841


     ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       お正月の3ヶ日がすみ、皆さんそろそろ日常生活でしょうか?
       こちらはすっかりクリスマス気分も抜け、とはいえ、
       まだ6日のべファーナの祭日、
       昔はこの日に子供達はプレゼントを貰えたのだそうですが、
       今はクリスマスもこの日もと二重取りで!
       が残っています。

       寒さもまだ本格的なのが残っている筈、
       どうぞ体調にお気をつけて!

       ではまた、指の体操のためにも、しっかり
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by italiashiho2 | 2011-01-05 00:23 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(10)
2011年 01月 03日

   ・・・ 初春散歩 ・ 新しい散歩道の探訪を ・・・

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       元旦は、こちら北イタリア、ヴェネト平野は大快晴で、
       新しいお友達と新しい散歩道を探訪して来ました。
       お昼前の1時間半ほどの道のりでしたが、
       かねてから聞いていた通りの、素晴らしい眺め!

       今日はコネリアーノの町の北西に広がる丘の風景を、
       どうぞ皆様もご一緒に、年明けの快晴の陽射しを浴びながらの
       散歩を愉しまれるおつもりで、
       穏やかで甘美な丘の散歩道の様子をご覧下さいね。

       上は、コネリアーノから出発してすぐの、
       ちょっと急な坂道の脇に広がる葡萄畑。




       地図をどうぞ。
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       散歩道を赤点で記しましたが、コネリアーノ・Conegliano
       町の中心を外れ少し北に行き、
       丘の道・Via del Colli から急傾斜の道を上り始めますが、
       右折する辺りからは、緩やかな上り下りの坂道となり、
       
       上に見える十字路で今回は左折し、緩やかな下り道を。
       途中のコッラルブリーゴ・Collalbrigo からはかなりの下り坂で、
       それ以降はもうコネリアーノ近郊となり、町に戻ります。

       ご一緒した新しいお友達というのは日本女性。
       私がコネリアーノに住み始めて20年近く経ちますが、
       始めて会ったコネリアーノ在住の方で、私より古くからの住人で、
       しかも声をかけて頂いたのが、体操に通っている市のプールで!
       しかもしかもお喋りしていて分かったのが、同じ長野県出身!
       一度お茶会を、と予定していたのが急な雪で延期となっていましたが、
       元旦にお電話を頂き、大快晴に誘われて散歩に出かけたという訳です。

       Mさんとおっしゃいますが、よくこの道を散歩されるそうで、
       大体2時間程でもっと長い行程を、つまり早足で歩かれるのでしょうね、
       が今回は初心者同伴、しかもカメラを持ちちょいちょい止まる、
       コンパクトカメラはスイッチが入り難い、ピント合わせが遅い、と
       大いに足を引っ張りまして・・、ははは。
       Mさん、ごめんなさい! 
       でも楽しく、本当に美しい道を教えて頂きました。 感謝です!



       振り返って眺めるコネリアーノのお城
       このお城をたびたび自分の絵の中に描き込みました
       チーマ・ダ・コネリアーノについては、こちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/11025847
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       最初の坂道を上り、北に向かう道を辿るようになると
       右にも左にも、素晴らしい眺めが広がります。
d0097427_0102927.jpg



       向こうの丘の上に見えるのが、コッラルブリーゴの教会。
       戻り道で、この脇を通る事になります。
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       こちらは右、つまり東側に見えるコスタ・Costa の村。
       この村一帯も美しい事で知られますので、またの訪問を。
       奥に覗く真っ白な山は、フリウリの高山。
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       ポプラの列が畑の中、丘の境目に。
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       大快晴のお天気ですが、丘の影になる道脇には
       こんなに真っ白の霜が解けないまま。
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       奥に見える北の境の山の雪も、南面はかなり解けて。
       そして、小さな集落。
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       小道の奥の家に続く入り口の柵内には、
       警備員詰め所がありました。
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       葡萄畑の間を抜けて行く、農家専用の道。
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       ワイン醸造の大きな農家があり、プロセッコ販売所の表示。
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       十字路から左折し、今度は南に向かう道を。
       この道は、通る車がかなりのスピードで!
       素敵なカーヴの道でしょう?!
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       待春
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       広がる葡萄畑。
       剪定がまだの所、すんだ畑、そして新しい葡萄畑。
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       通り道にも何軒かの空家の農家を見かけました。
       代が途絶えたのか、子孫は町で他の仕事に従事しているのか・・。
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       北への境の山、こちら西側にはかなりの雪が見えますが、
       畑の色には、春の気配さえ感じますね。
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       農家の前に停まった車の上では猫ちゃんたちが遊び、
       お隣からも別の子が遊びに来たり。
       この2人はこの後睨みあっていましたが、仕切り直しに。
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       かと思うと、小川に沿った日当りの良い場所では
       ワンちゃんが昼寝をむさぼり・・。
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       こうして町の中心に戻りましたが、午後から曇り空となり、
       これを書いています2日の午後にはまたお天気に。
       明日から、ああ、平常運転ですね。
       春休みを楽しみに、ははは、また頑張りましょうね、皆さん!

     ◆ 新しくリンクさせて頂いたブログのご紹介を

      ・ストックホルムの街角 
       http://poppy49.exblog.jp
       同じヨーロッパなのに、イタリアとはこんなにも印象が違う
       モダンな大都会の様子を、poppyさんがご紹介です。

      ・I love Florence
       http://florentia.exblog.jp
       フィレンツェにお住まいの florentiaさんの、
       フィレンツェ情報です。

      ・DU SUCRE, DES EPICES ET DES TAS DE BONNES CHOSES
       http://nanette48.exblog.jp
       以前の「Rat danse- ラ・ダンス」のnanetteさんの新しいブログ、
       パリから京都に戻られて、新しい健気な生活の始まりです。

      ・ごしょらくさん
       http://blog.goo.ne.jp/gosyoraku2005
       こちらも「ナオチャンのお気楽生活」からの、衣替えで~す!

      ・Hinemos amo!
       http://d.hatena.ne.jp/nisuseteuryalus2
       この方のブログは、私程度にはチンプンカンプンの部分が多いのですが、
       猫のピピンちゃんや、工作、そして時にはついて行ける記事もありまして、はは、
       今回は何が出るかな?とそっと覗きに行くという魅力が・・。

       皆さん、どうぞご訪問下さい!!

       
       で、クリスマス・お正月休暇中の取り過ぎたカロリー消化の為にも、しっかり、
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by italiashiho2 | 2011-01-03 00:18 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(4)
2010年 05月 09日

   ・・・ 世界一のワイン樽製造所 ・ ガルべロット のご案内を ・・・

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       今日は先月下旬に見学に行きました、我がコネリアーノにある
       ワイン樽製造所のご案内です。
       この製造所は、世界一と言える素晴らしいワイン樽製造所で、
       前を通るので、樽工場があると知りつつその実質を知らず、
       ワインも毎晩飲みながら、そのワインを熟成させる樽については
       考えた事もなかったのですが、ちょうど良い機会と皆さんにもご紹介を。

       工場の名は ガルべロット・Garbellotto と言い、
       18世紀から続く伝統技術を守り発展させ、
       熟練技能職人集団ともいう、素晴らしい企業なのでした。

       外の木材置き場と、出来上がった樽の写真はOKでしたが、
       工場内は遠慮してくれとの事で、今回の写真は殆どパンフレットから。
       

       工場敷地の全体写真をご覧になってお分かりのように、
       製造部分よりも、木材を貯蔵し、自然乾燥させる土地の方が広いのですね。


       ワイン樽の歴史について、ほんの少し。

       樽や、樽作りの職人技術についてはその起源が分からない程
       古いと言いますが、最初は木の幹をくり抜いた形、
       いわば盥の形があり、それに蓋をする形、
     
       がこれは運送には不便。 
       液体を入れると重たく、転がすには回転しません、
       で、真ん中を膨らませた現在の樽形に、という発展。

       この樽・ボッテ・botte は、温度調整、熟成にも効果があり、
       テッラコッタ容器の壊れやすさとも関係なく、
       いざとなると、樽自体をばらして運ぶ事も可能ですから、
       この丸い樽の様式が瞬く間にギリシャ・ローマの世界に広がります。

       ローマ期3世紀、ワイン樽を運ぶ船の様子。
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       ローマの10番目の州であったヴェネトからフリウリにかけても
       樽作りが盛んで、とりわけ大司教座のあったアクイレイア・Aquileia に多く、
       238年にはイゾンツォ河・Isonzo にかき集めた樽を繋いで橋をかけ
       マッシミーノ・Massimino il Trace が軍隊を渡した、という記録も。


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       アクイレイアの博物館にある
       ローマ人の樽作り職人の石碑(葬い碑)で、
       上に小さな樽が見えますが、それから時計周りに
       ・カーヴしたナイフ、握り部分が万力ボルト
       ・上と似たナイフで、カーヴがきつい
       ・万力ボルト
       ・両刃斧 (石碑内の大きな図)
       ・斧とナイフ

       これらは、現在も使われている道具との事。

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       ヴェネツィアのサン・マルコ聖堂内、浮彫の細部
       
       蛮族の侵入で一旦下火になったワイン製造も、
       キリスト教が栄えるに従い
       ミサに用いられるワインの必要もあり葡萄畑も増え、
       同じく樽の製造もこの一体に栄え、
       中世より、樽に詰められたワインは北国にまで運ばれて行ったと。

       そしてヴェネツィア共和国の下で、船での運搬も大いに繁栄、
       ヴェネツィアには今も 樽職人小路・Calle dei Botteri
       大運河のカ・ドーロの向かい、魚市場の西に名が残ります。



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       工場見学の日、見学者への説明対応の部屋の横に
       こんな家具類も置いてあるのが見えました。
       もともとは木製品一般の手工業からの出発で、ワイン樽のみならず
       建具から高級家具迄手掛けていたのだそう。

       現在はワイン樽のみの製造ですが、木材を選ぶ過程において出る
       樽製造には不適な木材(これが半数以上に当たるといい)は
       別経営の会社の下、家具製造会社に売っているとの事で、
       木の特性からして、ちょうどお互いに良いのだそう。


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       証書は、この春4月ヴェローナで開かれたヴィニイタリー・Vinitaly にも
       展示された、このガルべロット製作の世界一大きい樽

       大きさ    360cmx450cm
       樽板の厚み  8cm  
       底板     10cm
       入る量    33300L (瓶詰め 44400本分)


       corrieredelveneto のサイトからの写真でどうぞ!
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       これはギネスブックに記録された大きさだそうで、
       注文はヴェローナのヴァルポリチェッラ・Valpolicella のあるワイナリー、
       200樽ほどの一連の注文の最後に、何か特別な物を、と
       出来上がったのだそう!

       勿論工場内で製作、現地運搬だったそうですが、
       それはもう大変な運搬作業だったそうで、
       知っていれば、見に駆けつける所でしたぁ!

       最初聞いた時は、単にその大きさに驚いたのですが、
       工場内でその制作過程を見学、
       大きな樽製造には、それに見合う技術が必要な事を見せつけられ、
       凄いなぁ!と一層感嘆したのでした。


       工場奥の木材置き場から、説明を聞きつつ見学
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       ワイン樽に一番向いているのは、樫の木で、
       一番質の良いのは、フランス中央の樫林のもの、
       現産地保証付きの120年から130年生育した木を購入。

       なぜイタリア産が無いかというと、単純に樫林が無いからだそうで、
       フランス中部の平坦地の林の木が、年輪のでき方が同質で良いそう。

       スロベニアの樫も質が良く、イスラムの国でワイン製造がないので量が豊富、
       トリエステからわずか170kの距離で近いですから、そちらからも。
       但し、バルカン辺りの木は時に弾痕が入り込んでいて、
       知らずに機械鋸にかけると歯が飛びますから、
       金属探知で調べるそうですし、

       フランス産の木はダンチに値段が高いので、
       時にロシア産を誤魔化して売りつける手もあるとかで、
       こういう場合は、ガイガー・カウンターで検査する事も起こりうるとか。
       何やらきな臭い話しですね。

       樫の木以外にも、桜、アカシア、トネリコ、栗の木など
       注文に応じ製造するそう。

       購入した木は、こうして丸太のまま自然乾燥させますが、
       様々に印が付けられ、割れを防ぐためにカネも打ち込まれています。



       こちらは、板挽きの方法ですが、

       4角に割り、それから平行に挽く方法
       これをするには、木が大変太く目詰まりが平均している必要があり、
       手間がかかる割には元が取れないそうで、余り使われない方法だと。
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       現在、中位以上の大きな樽作りに使われている唯一の方法で、
       目詰まりが平均していると、どの部分の板も樽作りに適応との事。
       唯一、樫の場合、真ん中中心部分は腐りやすいので、
       樽作りのみならず他の製品にも使われないと。
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       かっての伝統的なスパッカート・割る と呼ばれる
       ケーキを切る様に割り、そこから板を切り出す方法ですが、
       大変な無駄が出ます。
       現在の様に木の値段が高価になると勿体なく、この方法が取られるのは、
       伐採地が大変不便で丸太のまま運び出せない地でのみ、使われるそう。
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       かってこの最後の方法が重要とされたのは、
       ビールなどの発泡性にも樽が使われたからで、
       この方法で得た板で作る樽は、目が平行になるので
       不浸透性に優れていたからだそう。
       現在ではビールや発泡性ワインには、スチールのタンクが使われますし、
       樽製造の技術も進み、原価が高くつくこの板は小さい樽のみの様子。
      



       丸太のまま保存し、板挽きにした後もこうして積み上げ
       自然乾燥されます。
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       板の自然乾燥が欠かせぬ訳は、こうする事で気孔が開き、
       樽になって後も空気の浸透を可能にする事、
       自然乾燥の間に、板自体の欠点や不整形が明らかになり、
       選別できるから。

       ワイン樽 と一口に言っておりますが、
       このワイン樽は、アッフィナメント・Affinamento と呼ばれる
       ワイン熟成の為に寝かせる樽ですから、
       樽の中のワインに空気が通る樽でないとならず、
       また単に乾燥させた板だと、空気中の湿度やワインも吸い込み膨らみ、
       樽自体の変形、内容物にも悪影響を与えるとの事で、
       この自然乾燥が欠かせない訳ですね。

       最後の写真は、同じ様に割った板の自然乾燥で見える違いですが、
       木の繊維により、板の厚みにより、その時の気候により、産地により様々で、
       これを見分けるのが、樽職人の眼力だそうですが、

       大体として1cmの厚みにつき6か月間寝かせ
       つまり6cmの板だと36か月、3年間必要との計算。
       8cmだと4年間かかる事になりますね!
       木材置き場が広い訳です。

       ワイン熟成の為の樽と言いましたが、
       木目がしっかり詰まっている方が、ワインの味が柔らかく、
       育成の早い木目の荒いのは、ワインの味も強くなるとか。
       
       で、樽作りの際の板選びは、注文主の求めにもよりますが、
       格別な注文でない限りは、ガルべロットの技術任せ、
       つまり、板の割合を混ぜるのだそうですが、
       その率は企業秘密だそう。
      

       カタログから、1900年から20年、30年代の写真を
       当時は大きな組み立ては屋外でしていたとあり、
       働く少年の姿、荷車運搬の馬たちも見えます。
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       ガルべロットの会社は、最初は家具類なども作っていたのを
       1920年から樽専門に。
       樽作り業界が一番繁栄したのは、1920年から70年にかけてで、
       その後一つづつ消滅、遂にこのガルべロットのみが残ったのだと
       技術が優れ、その品質と大きさ、量も他を抜いていたのが理由だそう。



       現在の工場の様子
       近代的な道具の揃った屋内で、
       木を切ったりは機械ですが、他はすべて手仕事!
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       経験を積んだ人間の目が選び、仕事を決め
       仕上げていくのですね。



       工場内の入り口部分で、運ばれて来た板を一枚一枚
       長が印をつけ選りわけて行きます。

       板の目が、真っ直ぐに通っているのを見て頂こうと思ったのですが・・
       見えるかなぁ?
      
       板の屋外の自然乾燥で既に半分程以上もアウトになったのを、
       この両端の白い部分をまた切り落とす訳です。
      
       で、写真はここまで、と言われました、はい。
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       ワイン樽の種類について。

       上から、丸樽、楕円形、盥形、盥形の樽、
       この大きさ1000L以上を ボッテ・botte(複ボッティ)と呼び、
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       5つ並べた小ぶりの樽は バリーリ・barili
       つまり 1000L以下の樽をこう区別して呼び、
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       最後の写真、楕円形の樽の写真で良くお分かりと思いますが、
       底板が大樽の場合は中に凹んだ形で、
       小樽の場合は真っ直ぐなのですね。

       比べる大きさの物が横に無く分かりにくいですが、
       最初の丸樽は3000L とありますから、高さが2M以上でしょうか、
       注文主の好みにより、口金の形、金具、飾りで値段が違うそうですが、
       大体2500Lの樽で、5~6000エウロだと聞きました。      

       楕円形の樽は狭い場所を活用でき、樽の表面積が大きい、つまり
       空気に触れる面が大きくなるので良いのだそうですが、
       樽のカーブが複雑になり、作るのが難しく、

       口の開いた盥形は、発酵作用に最適で、

       盥形の樽は、見かけよりもずっと作りが難しいのだそう。
       底板は全重量がかかる為強くないとダメで、
       樽板はホンの少しのカーブ、上板は良く締められて少し尖っているそう。

       この形は、カンティーナの高さを最大限に利用できる利点があるものの、
       いささか美的でない点、そして
       底板にたまるオリに触れる液面、樽上部の空気に触れる面が大きい、
       という理由で、余り使われていない形だそう。
       
       並んだ写真は、左から750,550,350,250L,100L
       のバリーリ・小樽で、いずれも底板は真っ直ぐ。


       切った樽板を樽の形、つまりお腹が膨らんだ形に
       整形する工程には火を使います。
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       上の写真の様に小さな樽の場合、既に計算されて切られた板を
       纏めてまず輪で閉めます。
       つまり、各樽板のカーヴが其々に組み合う形に切られており、
       ぴったり合って円形になる訳。

       そしてその中で火を焚き、時に水をかけ、
       板が柔らかくなった所で、下側も閉めるという具合。

       大きな樽の中で火を焚いている写真は上側が開いていますが、
       私が見学したのは逆でしたから、色々な工程があるのでしょう。

       直接の火の他に、蒸気を与える窯(ボイラー式)もあり、
       両方の技術が必要なのだそう。

       底板を嵌める工程は見れませんでしたが、カタログによると、
       大きな樽の場合の凹んだ蓋、底のはめ込みには蒸気を使うそうで
       これは大変な経験と技術の賜物の様です。

       ましてカタログにある図を見ますと、
       底板をはめ込む溝穴は、逆に入り込む形ですから、
       私の頭脳の想像を超えます!



       注文主の愛情のこもった樽ですから、
       その樽板への意匠も大変に凝った芸術的な物、
       高価な物と色々ありそうです。
       樽の口も、単純な木の物からステンレス製の凄いのまで
       様々なアクセサリーがカタログに。
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       面白い話を。
       ロシアのガス企業のオーナーがやって来て、
       樽のタガ、これは一般に鉄に亜鉛メッキの輪を使うそうですが、
       この大金持ちは、それを金でやってくれと言ったそう!
       警備員をつけての仕事はできない、と断ったとか。



       で、出来上がった樽の運び出し
       
       樽の大きさを想像して頂く為に、
       人間の写っている写真を選びました。
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       ガルべロットの樽の納まったカンティーナの写真をどうぞ。

       少し小ぶりな樽が2段に積まれたもの、
       この形は良く見かけますね。
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       巨大な盥形の樽の並ぶこのカンティーナは、
       アメリカはカリフォルニアの、GALLO WINERY で、
       世界で一番大きな熟成蔵だそうで、この列の並びが28列!
       全体で120000L とか。
       この樽は、確か現地で組み立てたと聞きました。
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       白黒写真は、世界で一番美しいカンティーナとされる
       ドイツのヴュースブルグにある、JULIUSSPITAL WEINGUT
       元は司教公爵のお屋敷で、壁画はティエポロだそう!
       ここに現在ガルべロットの樽が納められているのだそうです。
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       ガルべロットのサイト
       http://www.garbellotto.com/

       世界中にこの企業の樽が行っている図がありますが、
       日本にもどうやら。
    


       出来上がった樽の内部は、掃除がしやすいように
       軽くカンナをかけるだけだそうですが、
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       外側は綺麗に磨かれ、天然素材のニスが掛けられます。
       勿論空気の流通を妨げない様、単に汚れを防ぐ為とか。

       周囲の赤色はかっては赤ワイン用で、白は緑と区別した様ですが、
       現在は伝統を残す赤色のみの様子。
       この部分は板の切り口ですから、しっかりニス掛け。
       ガルべロットのマークと、縁の上部分に番号。

       樽全体が写っているのは許可を貰い、
       ピエモンテのバローロ・Barolo のワイナリー行き。

       最後の最後に、外から工場内を!

       と、長々とご案内致しましたが、
       興味深く見学した様子が、上手くお伝え出来ましたように!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今回は既にぎりぎりの文字数なので、
       足は順調に回復しており、
       しっかり食べ、飲み、元気でいます事のみご報告。

       でも、次回の記事を何にするか、迷っていますぅぅぅ!!
       ではまた、お元気で!
       

by italiashiho2 | 2010-05-09 01:11 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(12)
2010年 04月 29日

   ・・・ チーマ・ダ・コネリアーノ展 ・ コネリアーノの町 1 ・・・

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      今日のご案内は、イタリアはヴェネトの我が町コネリアーノ・Conegliano で  
      現在開催中の(6月2日迄) この町出身のチーマ・ダ・コネリアーノ展の様子、
      そして、絵の中に繰り返し描かれているコネリアーノの町の現在の姿です。

      上の写真は案内に使われている看板ですが、
      聖母子の左の町と右上に見えるお城は、まさに現在も見分けられる町とお城で、
      市壁に囲まれた町・ジャンバッティスタ・チーマの偉大な芸術と
      歴史の中に今も生きるコネリアーノにようこそ、と書かれています。



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      ◆コネリアーノ  1

       まずこちら、ワシントンのナショナルギャラリーから出品の
       サンタ・エーレナ・Sant'Elena 板に油彩49.5x20.5

       大変美しい絵ですが、左に橋が架かり町の城壁が見えますね。
       そして彼女の右側に、市壁が丘の上に延びお城に続きます。

       左奥の丘の上に見えるお城は、この距離感よりも遠いですが、
       隣町のサン・サルヴァトーレのお城で、いずれも現存なのですね。

       中世の城跡 ・ サン・サルヴァトーレ については、
       http://italiashio.exblog.jp/8586010

       勿論、今の町はもっと広がっていまして・・・、



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      ◆コネリアーノ  2・3・4

       こんな感じ。

       モンティカーノ川・Monticano が流れ、橋が架かり
       かっての町の門もそのまま

       この門は町の古い中心通りの東側の門で、モンティカーノ門
       そして見えた塔はカッラレーゼ塔・Torrione Carrarese.
       
       カッラーラ家はパドヴァの領主で、ヴェネツィア共和国の元に
       滅びましたが、かってはコネリアーノをも領有していたのですね。



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      ◆コネリアーノ  5

       町の地図をどうぞ。

       10が上の橋と門の位置で、ここから9・チーマ展会場、7
       8・ドゥオーモ、6・チーマの家、5、と繋がる細い古い道
       かっての中心通り。

       その下を通る白い道が現在の中心通りで、
       中程に石段が見え、そこから南への突き当たりが国鉄駅。

       町については何度かご案内していますので、
       なるべくダブらないよう、
       今日は古い通りを東から辿り、チーマ展の会場と絵を少し、
       彼の家、お城への道をご覧頂きますね。

       以前の記事はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/4460160
       http://italiashio.exblog.jp/4289196
       http://italiashio.exblog.jp/4289463



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      ◆コネリアーノ  6       
       
       町の東の門をくぐり、石畳の少し坂道を歩き始めると
       じきに右手にこの小さな16世紀の
       アンヌンツィアータ礼拝堂・Oratorio della Annunziata が。

       現在閉っていますが、かっての町の有力者
       グラツィアーニ家・Graziani の持ち物だったそうで、隣に邸宅。
       右横に見える上り道は、アージノの小道・ロバの小道と言い
       お城に続く細道だそう。



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      ◆コネリアーノ  7・8・9・10

       この古い通りは、ヴィア・ヴェンティ・セッテンブレ・via XX Settembre
       9月20日通りで、緩やかな坂道が上って下って続きますが、
       コントラーダ・グランデ・Contrada Grande・大地区とも呼ばれ、
       町一番の古くて美しい、建築的にも価値ある建物が並びます。
       
       この写真を撮ったのは3月初旬の日曜日、
       お店もお休みで人通りが殆どありませんで、
       見えるのはチーマ展の観客のみ。

       中の写真は中心のチーマ広場にほぼ近く、
       左手の一番手前に半分写っている大きな建物が下の写真。

       モンタルバン邸・Palazzo Montalban 18世紀末の物、
       こちらは新邸で、別に旧邸も斜め前に。
       
       南側を通る下の道との両方に入り口を持つ大きな建物で、
       実際、通りが狭く下がれず、全体が写せない程!
       1797年には、ヴェネツィア共和国を倒した
       かのナポレオンも泊まったのだとか。

       中の写真左中程、モンタルバン邸の向こうの半月形の屋根の建物は、
       ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・サルーテ礼拝堂
       Oratorio Beata Vergine della Salute.
       1652年にペストの終焉を機に、モンタルバン家のリナルド・Rinald
       が建設。 
       同時期のヴェネツィアのデッラ・サルーテ教会の小さな模倣でしょうか。

       コネリアーノの町が記録に登場するのが10世紀
       べッルーノの大司教、戦争好きなジョヴァンニ2世・Giovanni II
       領土としてですが、このモンタルバン家の名
       町の大評議会にも1180年から登場し、16世紀にはオーストリア皇帝
       マッシミリアーノより伯爵位も授けられたとの事。

       通りのどちらの建物下にも、ポルティコの歩道が続きます。



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      ◆コネリアーノ  11・12

       8の写真の右にも見える、テラス席のあるこの建物は、
       元のモンテ・ディ・ピエタ・Monte di Pieta`・公営質店で、
       1524年の建物。

       正面壁には、ルドヴィーコ・フィゥミチェッリ・Ludovico Fiumicelli
       という画家の名が残る美しいフレスコ画が見えますが、
       現在は4つ星ホテル・レストランのカノン・ドーロ・CANON D'ORO に。
       昨年春プロセッコの取材に来られた坂本さんの宿で
       中を見るチャンスがありましたが、なかなか豪華な物でした。
       ご覧の様に入り口はこの細長い建物ですが、ホテルとしては
       どうやら右隣の建物も使っている様子。
       
       ホテル、カノン・ドーロのサイト
       http://www.hotelcanondoro.it/index_it.htm

       ヴァルドッビアーデネ・プロセッコ ワイナリー訪問 その1・2
       http://italiashio.exblog.jp/9780579
       http://italiashio.exblog.jp/9780374             



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      ◆コネリアーノ  13・14

       ほんの少し先の左側、この白い建物がチーマ展の会場
       サルチネッリ邸・Palazzo Sarcinelli.
       現在は市の持ち物で建物内部が修復され、絵画展会場となっている様子。

       今回初めて内部を見ましたが、大きな建物で内部もかっての豪奢を偲ばせ、
       1420年にこの町がヴェネツィア共和国の下に入った後、
       400年の平和を享受して栄えた、この町の商人の力を彷彿と

       ちょっと調べましたら、サルチネッリ家はヴィットリオ・ヴェネト、
       かってのチェーネダ、セッラヴァッレの出身で、後にコネリアーノにも
       進出(何商かが良く分かりませんが)、
       16世紀にはオーストリアのマッシミリアーノ、フランスのヘンリー3世
       などもこの家に逗留の記録があり、
      
       ティツィアーノの娘ラヴィーニア・Lavinia が、
       一家のコルネーリオ・Cornelio と結婚しているそう。



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      ◆コネリアーノ  15・16

       サルチネッリ邸の会場入り口と、入り口内の様子。

       扉内がロビー式になっていて、ここにチーマ展の切符売り場、
       奥が内庭。

       天井下に渋いグリーンのフレスコ画の帯が見えますが、
       内部の部屋にも、こんな感じの装飾が残って素敵でしたが、
       今頃はどこもかしこも写真禁止になり・・。



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      ◆コネリアーノ  17・18

       今回のチーマ展のキャッチ・フレーズは、
       ある種の展覧会は見るだけだが、他のいくつかは見つめる展覧会 です。

       この凝視する目、チーマの作品の中の見つめる目の部分
       階段周りの壁に埋めつくされて展示、これは迫力でした!

       彼の作品で唯一、生地コネリアーノのドゥオーモにある
       天使と聖人に囲まれた聖母子・Madonna in trono col Bambino fra angeli e santi
       1492年頃 150 x 235 cm 板に油彩 



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      ◆コネリアーノ  19

       コスタンティーノとサンタ・エーレナ・Costantino e Sant’Elena
       140×73 cm ヴェネツィア, Parrocchia San Giovanni Battista in Bragora 
       板に油彩

       この絵に描かれたエーレナの美しさ、衣装の襞には驚きです。

       この絵の中央にも、町の城壁とお城の様子が見えますが、
       現在のお城は塔が1つ残った小さい物に。



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      ◆コネリアーノ  20・21・23・24・25・26

       全カタログを買いませんでしたので、分かったのみでご勘弁を。
       上から順に、

       聖母子像・Madonna con il Bambino. ロサンジェルス County Museum of Art

       眠るエンディミオーネ・Endimione dormiente. パルマ, Galleria Nazionale

       キリストの遺骸に嘆く聖母と聖人たち・Lamentazione sul corpo di Cristo
       con santi carmelitani. モスクワ, Museo Statale delle Belle Arti.

       出エジプト、聖人達との休憩・Riposo durante la fuga in Egitto
       con i santi Giovanni Battista e Lucia. リスボン, Calouste Gulbenkian Museum.
       
       聖母子と2聖人・Madonna in trono con il Bambino tra i santi Giacomo e
       Girolamo, ヴィチェンツァ, Musei Civici di Vicenza

       ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノ・Gianbattista Cima da Conegliano
       の署名スタイルを最後に。

       展示の作品は40点程で、他にもエルミタージュ美術館、
       ロンドンのナショナル・ギャラリーなどからも出品。

       常に古典に題材を取り、明るく静謐な空気に満ちた彼の作品は、
       先に生地カステルフランコで開催されたジョルジョーネの作品と比べ
       少し硬い印象はあるものの美しく、誠実で真面目な性格を偲びました。

       彼についての記録は不足で、生年も1459年か1460年と曖昧、
       ヴェネツィアに出てジョヴァンニ・ベッリーニに学び、工房も持ち、
       1489年には作品への初の支払い記録があるそう。
       後にはパルマやボローニャ辺りにも教会からの作品依頼で出かけ、
       生地には夏に戻っていたようですが、1517年か18年に
       コネリアーノで亡くなった様子。
       彼の家は現在博物館として公開されていますので、後ほど。

       TVニュースによると、今回のこの地元でのチーマ展は大変好評で
       観客数も多いとか。
       実際観光バスが停まっているのを良く見かけますし、
       如何にも観光客と分かる、地元以外の人の姿も多いですね。

       このチーマ展は、この後パリで開催とか昨日聞きました。
       世界各地からの良い作品が集まっていますし、
       このイタリアの、ヴェネトの青い空の色が見られるチーマ展は
       パリでもきっと評判を呼ぶ事でしょう。

       ジョルジョーネ展、そしてカステルフランコの町については
       http://italiashio.exblog.jp/10712975


      ◆いつも長くなり、すみませんです!
       今回は必ず1回分でと思いつつ、またもや・・。

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by italiashiho2 | 2010-04-29 00:43 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(11)