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カテゴリ:・日本・アジア Japan Asia( 13 )


2016年 12月 13日

   ・・・ 安芸の宮島 麗しの厳島神社 ・・・

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       広島での友人宅での一日、宮島に出かけてきました。
       あいにくの曇り空でしたが寒くはなく、一人で気軽に・・。

       ところがです、なんと宮島で電車を降りた途端に、ものすごい人、人、人!!
       宮島への連絡船の船着場に歩く道筋も、いっぱいの人!

       切符を買い、ちょうど連絡がよく船にもすぐ乗れたのですが混雑で、
       幸いに座れたものの外の景色は見えず・・。




       漸くに島が近づいてきた頃、幸いに前の人が移動し・・。
       左下に、ちょっぴり赤い鳥居が見えますか?  
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       到着前に船内で案内があり、今日の宮島は大変混んでおります
       ロープウェイは1時間半待ちです、と。

       とは聞いたものの、何度も行っている宮島なだけに、
       その混雑ぶりが実感できずでしたが、船を降りた途端に、これは凄い!!

       美味しそうなイカ焼きの匂いにつられて撮ったのですが、ははは、
       左上にびっしりと参道への道を歩く人々の姿、いやぁ本当に混雑でした!!   
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       人の歩かない並木道の高い所で休む鹿ちゃん。 餌をねだるどころか・・!
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       人混みに押されるようにして歩き、漸くに厳島神社が見えた所。 
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       受付で参拝料を払い、回廊を行きますが、
       ちょうど潮が満ち始める所でした。

       あまりにも多い観光客に、どこにカメラを向けても人が入り過ぎなのですが、
       少しでもと宮島の美しさを狙います。
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       古代からあった厳島神社のようですが、平清盛の大きな庇護を受け、
       神殿作りの神社となったのは、平安末期1241年の造営だそう。
       平氏一門の後も天皇家、そして様々な大名家の庇護を受け、
       寄贈された「平家納経」を始めとする様々な優れた美術工芸品も多く、
       現在の神社の建物は皆国宝、または重要文化財の指定を受けていると。




       ここは本殿よりも手前にある客・まろうど神社
       朱の柱、緑と黒の格子が素敵でしょう?!
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       広く清々しい木肌の床、朱塗りの回廊。 
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       回廊は幅4m,長さが275mあるそう。
       床板の隙間は目透しといい、高潮の時の下から押し上がる海水の
       圧力を弱め、海水や雨水を海に流す為なんですと。

       




       見上げると、北にある千畳閣横の五重塔が。 
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       鏡の池と呼ばれる回廊の角の池に、どんどん潮が満ち入り込んでいくのが見え、
       その中をゆうゆうと獲物を探しつつ歩くシロサギ。  
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       参道を歩きながら、実は何枚もこの朱の鳥居を撮っているのですが、
       アングルに気をつけないと、対岸の中腹にあるどこかの宗教団体の大きな
       建物が入ってしまうのですね。 
       きっとそれを狙ってあの位置に建てたのでは無いかと思うのですが、

       漸くにこの位置だと、右後ろの大きなマンションを見なければ・・、
       平安の昔の素晴らしさも感じ取れるでしょう?!
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       朱の大鳥居は奈良の大仏殿とほぼ同じ高さの16m、重量は約60トン!
       樹齢500~600年の楠の自然木で、現在のは8代目なんだそう。
       海の中に埋められているのではなく、松材の杭で地盤を強化し、
       箱型の島地の中に石を詰めて加重し、その中に鳥居の重みだけで立っているのだそう。

       春の大引き潮のときは、この鳥居の位置まで潮が引き、
       潮干狩りに皆出かけるのですよ。

       広島の貝汁、アサリのお味噌汁は美味しいもんね!!
       長野で、ちっこいシジミの身をせせった記憶の残るshinkaiには、
       こんなに美味しい貝のお汁があるんか、という驚きでしたものね、ははは。

       




       朱色と白壁、そして黒の格子、艶やかで美しい!
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       漸くに本殿前にたどり着き、高舞台とともに一枚
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       この舞台では春と秋の一夜、舞楽が奉納され、2,3度夜出かけてきて
       拝観したことが良い思い出となっています。

       夜の広島は観光客が殆どおらず静かで、潮がひたひたと満ちてき、
       回廊下の柱にチャプチャプとあたり、それに回廊に灯された灯が映り、
       雅楽のあの雅な音に舞う舞人の、暗い中に煌めく衣装。
       舞人がすっと足を滑らして引き、ついでトンと床を打つ音。
       舞楽のあの異国の香りのする面。

       まさに平安の昔はこうだったんだろう、という厳島神社
       昼の人混みの中で見るのは、ちょっとむごい感じも受けましたっけ。
       



       舞台と本殿の間にいる、大きな青銅の狛犬
       こうして正面から見ると、なるほど、という感じですが、
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       後ろから見るとです、ははは、尻尾がね、指でサインを出しているようでしょう?!
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       床の美しい木目
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       本殿前にあった清めの水。 はい、shinkaiめも。
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       本殿では、ちょうど七五三のご祈祷中で
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       神官がこのあと、参拝者のお祓いを
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       現在の本殿は1571年、毛利元就によって改築されたものと。




       回廊の下にも満ちてくる潮。 波を打ちながら、ひたひたと。
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       お供えの酒樽。 「清盛」というのもあるんですねぇ!
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       奥の右側は、能舞台。 現在の舞台と橋掛けが建設されたのは1680年。
       海に浮かぶ国内唯一の能舞台なんだそう。
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       能舞台に近寄りますが、舞台には上る事は出来ずで、
       春の奉納能の時なども確かこちらの回廊から拝見するのみだったと。
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       背景の松、 そして軒下の木彫の変わった飾り
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       普通の能舞台では足拍子の響きを良くするため、舞台下に共鳴用の甕が
       埋められているのが、ここでは舞台の床が一枚板のようになっている、のだそう。
       一枚板のようになっている、というのがどういうのか、ちょっと分かりかねますが・・!
       



       最後の回廊の向こうに見える反橋。 現在の橋は16世紀半ばの物と。
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       宮島厳島神社を初めて訪れたのは、短大生の時ですから50年前ですか、きゃは。
       当時は靴の上から草鞋をはいて回廊を歩くようになっていて、
       その時はこの橋の上にも登れたのでしたが、
       その後広島に住むようになった時には、もう登れなくなっていましたっけ。




       能舞台の近く、満ちてきた潮の中、獲物を探すアオサギ
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       反橋の向こうで回廊を出て、町中を歩きつつ、お昼を食べる場所を探します。
       
       ここは宮島の町家博物館、一度中も拝見しましたが、
       奥ゆかしく裕福な町家が偲ばれるものでした。
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       宮島はまた高校野球の応援団が打ち鳴らす「しゃもじ」や木工細工でも有名ですが、
       我が家にも宮島で買ったしゃもじが今もあり、

       歩いていて、こんな木地師の仕事場を
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       紅葉のシーズン、日曜とあって、食べ物どころはどこも満員で、表にズラッと列が出来ており、
       到底並ぶ元気はなく、ず~っと端まで歩き、ついに空いている所を見つけ、
       外の席に座り、こんな景色を見ながら・・
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       穴子をまぶしたご飯と、わかめと雑魚の酢の物を。 
       いつも外でのご飯にはビールを1杯やるのですけど、何故かこの日はお茶だけでした。
       あまりの人混みに飲み込まれたのかも!
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       こちらの友人たちへのお土産に、宮島の「孫の手」をと決めていたので、
       それを探して買い込み、
       戻り道は厳島神社の裏側を歩きます。
    
       すっかり満潮となり、回廊のすぐ下まで海水が上がってきているのが見え
       やはり美しい姿ですねぇ!
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       豊臣秀吉が1587年に建築を命じたという千畳閣に寄ることにし、石段を登ります。
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       ちょうど千畳閣前の大銀杏が見事な黄葉で!
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       建築が終わらぬうちに秀吉が亡くなり、豪華絢爛となる筈だったこの大経堂も、
       御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成ですが、
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       俗に千畳閣と言われ、857畳も敷ける、この広さ!!
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       太い梁が見える天井には様々な絵馬が奉納されており、
       これは明治元年の物のようで、
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       興味深かったのは、もみじ饅頭生誕百周年記念の絵馬
       平成21年となっていますから、何年前かな?
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       あまりにも名が知られすぎ、皆さん、もみじ饅頭を食べず嫌いではないでしょうか?!
       そういう方、ぜひ一度騙されたと思って食べて見て下さいね、
       本当に美味しいんですよ!! 




       最後にもう一度下の道に降りて、平安の名残を眺め、戻ります。
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       今回は鹿ちゃんを見ることも少なかったような・・!
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       と云う、安芸の宮島、麗しの厳島神社のご案内でした。



     §§§§§

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       今回のブログ更新は新しいPCでの作成ですが、なんとか大丈夫そうです。


       実は今日は私の誕生日でありまして、イタリア時間ではまだ12日で、
       お祝いの電話メールもあれこれ頂き、また一年頑張って行こうと喜んでおります。

       今朝一番にメール・チェックした時に届いていたのに、大笑いさせて貰いましたので、
       皆様にもここにご披露させて下さいね。

       私の絵の師匠である二木一郎さんの奥さん、竹ちゃんが
       いつも知恵を絞って描いて届けて下さるカードなのですが、

       なんと今回は、shinkaiが演歌歌手としてデビューしたら、という発想での舞台衣装!!
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       竹ちゃんは友禅がお仕事なので、お人形さんの衣装も手作りで、というのはご紹介しましたが、
       今回の演歌歌手としての初舞台の衣装は、月夜の桜!!

       なんとも手の込んだ労作で有難く、嬉しく・・、でもねぇ、上のキャプションは
       私の師であり、竹ちゃんの夫である一郎君の作なんだそうで、

       きゃはは、笑った、笑った!!
       「・・雨じゃった」とちゃんと広島弁になっていて、おまけに即日廃盤だと! ははは。
       良かった、演歌の練習をせにゃいけんかと思ったところじゃったぁ!!

       もう一枚のには、私が大ファンの作家の藤沢周平さんと同郷の竹ちゃんが、
       思い出して描いてくださった故郷の食べ物で、
       美味しそう、食べてみたい!というのがたくさん並んでおりました。

       竹ちゃん、そして和菓子よ我が師よ、有難うございましたぁ!!
       しっかり印刷して、壁に貼っておきま~す。



     *****

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by italiashiho2 | 2016-12-13 02:06 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(8)
2016年 01月 11日

   ・・・ 夜の松本、街散策を ・ 縄手通り、中町通り ・・・

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       松本を訪問した夜、晩御飯の後、古い町並みを保つ縄手通りと、
       土蔵通りともいえる中町通りを歩きました。

       時間が少し遅かったので、どちらの通りも閉まっている店も
       ありましたが、それでも夜の明かりの中で雰囲気満点!
       ちょっとしたタイム・トリップのようで、
       情緒ある町並みを満喫することが出来ました。
       どうぞ皆さんにも、ご案内がお楽しみいただけます様に!

       上の写真2枚はサイトからの、縄手通りの昼の様子で、
       1階建ての家並みで、様々な小さな店が細々と並んでいるのが
       お分かりと思います。

       例により、サイトからも写真を拝借しましたので、
       ブログ名が入っているのがshinkaiが撮った物です。



       地図をどうぞ
       流れる女鳥羽川・めとばがわ に沿って、北側に縄手通り
       川筋の通りから1本南に入った通りが中町通り
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       JR松本駅から歩いて10分位の位置だそうですから、
       お城見物の寄り道にもちょうど良いかもですね。

       松本の街中を流れる一級河川の女鳥羽川
       字ずらがちょっと凄いので何か謂れがあるのかと思ったのですが、
       江戸時代初めごろは「女堂田・めとうだ川」と呼ばれていたそうで、
       やはり「女」が入るのですが、謂れは分りませんでした。

       この川は松本市を流れ、何度か合流しつつ梓川に流れ、
       犀川となり、信濃川に、そして日本海に注ぐのですね。




       女鳥羽川の川岸に並ぶ、縄手通りの店の裏側
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       川岸のこういう木の建物に明かりが付き出窓があると、
       なぜか艶かしいイメージを持つのは、shinkaiだけ?




       通りを挟んで両側に店が並びますが、全部で50店程と、
       ほらね、ちょっとレトロ気分になるでしょう?!
       道がちょっぴりカーブしているのも、良い感じですよね。
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       涼しいと言うよりは少し肌寒い程の夜だったのですが、
       表のテーブルで一杯やっているグループもおり、お元気、ははは。
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       ここは何?!と一瞬考えたんですけど、
       大きな高層マンション入り口なのでした! ちょっと良いでしょう?
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       飲み屋さんとかカフェ以外は、店は既に殆ど閉まっておりまして、
       明かりが付いているのは覗きます。

       ここは和風小物店で、若い女の子達が好きそうな物がたくさん!!
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       道の中ほどに在った「かえる神社」。
       狐の代わりに蛙ちゃんがいて、そういえば橋の袂にも蛙の像があり・・、
       調べてみましたら、ここのご本尊は蛙大明神さま!
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       というのも、かって女鳥羽川には河鹿蛙がたくさんいて鳴いていたのが、
       水が汚れ蛙が住み着かなくなり、同時にこの通りも廃れ始めたのだそう。
       それで女鳥羽川の水を再び綺麗な水にし、蛙たちも戻るようにとの
       願いも込め、
       この縄手通りの再興のシンボルとしての蛙ちゃんなんだそう。
       毎年6月にはかえる祭りも開かれる様子。




       かえる神社の向かいには四柱神社・よはしら神社という
       大きなご利益を頂けそうな神社もあり、
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       各お名前を書いても、皆さんもすらすらとはお読みになれないでしょうから、
       ははは、字ずらだけでも有難そうでしょう?!




       かなり広い境内の奥に、この神社
       周囲を高いビルで囲まれておりまして・・。
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       中町の蔵通りの方を歩き、戻りに再度縄手通りを通りましたが
       やはりこの感じが素敵ですねぇ!
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       さて、こちらは中町通り
       ね、土蔵が並び、壁もなまこ壁で、タイム・スリップした感じでしょう?
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       これは蔵シック館と名づけられた中町通りのシンボルともいえる物で、
       表側の写真がピンボケでしたので、サイトから拝借しまして、
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       元は造り酒屋だった母屋、離れ、土蔵を
       この地に移転させたのだそうで、

       中は自由に見学出来るそうですが、作家達の展示スペースとしても
       利用され、土蔵は喫茶店に。




       夜、表から覗いた時の土間の様子で、
       この天井部が、組み写真の左上の豪壮な吹き抜けの梁組
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       こちらは土間から見える板の間と座敷
       なんとも豪勢で、栄えた様子が良く分りますね。
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       昼は喫茶店になっている、脇にある土蔵部分
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       こちらは、如何にも古くからの店らしい、漆器店伊原
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       お店の中もちょっぴり覗き
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       隣にあった飲み屋さん
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       メニューを拡大して読みましたら、豚肉料理がお勧めの様でしたぁ。
       清酒「夜明け前」ですって。 島崎藤村、信州ですねぇ!




       「カレーの店デリー」と看板の出た店。
       壁の色が黒く、そういえば漆器店も隣の飲み屋さんも壁が黒かった、
       建物が大きいので、かなりの迫力!
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       一緒に歩いて案内をして下さった、我が絵の師にして友人の二木さんが
       言われたのは、このカレー店は、彼がこの中町通りを高校通学で
       毎日通る頃から在ったのだそう!
       ははは、いつも腹減り時代の記憶にあるカレー店を考えると可笑しい!!

       彼の話によると、中町通りのすべての店が最初からこんな風に
       土蔵でなまこ壁だったのではなく、改装する際には統一感を、
       という事で出来た通りの様子で、こういう意識が良いですねぇ。
       2つ並んでいる自動販売機も、なまこ壁の意匠で笑えましたが、ははは。




       というので、こちらはちょっと洋風なデザインですが、
       しっくりと溶け込んでいる洋品店。
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       駐車場の塀越しに見える、本格的な土蔵の壁の厚み!!
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       下駄屋さんのウィンドウがあり
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       手水鉢があり、ちょっと江戸時代の雰囲気を感じるでしょう?
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       ガラスの電燈の笠があり
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       赤い暖簾が目を引き
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       小布施の栗菓子のお店の支店だそう、もあり、
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       秋の暖簾各種が下がり、きっと四季様々な意匠に変わるのでしょうね。
       shinkaiの部屋の前にも掛けれると嬉しいだろうけどなぁ・・。
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       東の端近くにあったこのお店、翌日午後明るい内に覗きましたら、
       陶器の品があれこれありましたが、
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       店先のこの、鯉にまたがった猫ちゃんの像が嬉しくて!!
       昼間値段を見ましたら、ははは、到底shinkaiには買える値では!
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       そうなんです、昼間もう一度この通りを見たいねと歩きました
       縄手通りの方は下町風というのか、小物類の店が多く
       こちら中町通りの方はちゃんとした店構えの店が並ぶ様子で、
       どちらも江戸情緒の漂う商店街と言えましょうか、
       そして開いている店には様々な誘惑品がありましたぁ!
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       中町通りは車が通るのがちょっと難だとは思いましたが、
       2本の通りはどちらも、町並み保存の雰囲気が良く
       それにこの近辺の通りは、大体にレトロ感溢れる建物が多く、
       松本にお出かけの時は、お立ち寄りをお勧め致しますです!
       
       のサイトに、さまざまな街の案内コースがあり、ご参考になるかと。




       最後は、サイトから拝借の写真で
       美しい夕暮れの松本城をどうぞ
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     *****

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by italiashiho2 | 2016-01-11 04:52 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(8)
2016年 01月 06日

   ・・・ 松本城訪問 ・ 信濃の国 ・・・

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       昨年の秋日本に行った時、松本と安曇野を訪ねましたが、
       今回は、松本城訪問の様子を見てやって下さいね。

       信州長野生まれで育った私は、小学6年生の春(だったと)に
       松本から諏訪への修学旅行で一度訪問しているのですが、
       それ以降はいつも素通りでしたので、町の様子も知らずのままで・・。
       今回漸くに安曇野も含め訪問できたと言う訳でした。

       上の写真は、お城、天守への内堀を渡っての、二の門
       復元された門との事ですが、立派で控え壁には鉄砲用挟間も見られ、
       外人観光客の姿もかなり多く・・。




       案内図をどうぞ
       上でご覧頂いた二の門は、中ほど下に見える「現在地」から上、
       の数字にあり、
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       2. 本丸御殿跡、3. 二の丸御殿跡も実際には建物がありませんので、
       6.二の門の後は、11.黒門を通ると、広い庭園になります。

       6.の右に、外堀を渡っての位置になりますが、
       10.太鼓門、門の上に楼上があり、鐘と太鼓で情報を伝えていたと言い、
       ここは見なかったのですが、復元された大きな立派な門で、
       多分こちらが家臣の登城門だったのでしょうね。




       案内図11.の黒門、こちらも復元された物と言いますが、
       本丸御殿に通じる重要な門で、
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       柱にも初代城主であった石川氏の笹竜胆の紋
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       門の内側に、この城の歴代藩主の名と紋所が。
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       元々は16世紀の初めに、当時深志城と呼ばれた城が築かれたのが
       始まりのようで、城主は戦国の世の中ですので色々変遷があり、
       
       最初に名の見える石川数正が入城したのは1590年、徳川家の関東移封後で、
       彼が天主を築き、城郭、町の整備も行ったとの事。
       こうして代々城主が変わりながらも引き続き、明治2年まで。 

       明治最初の城取り壊しの際、競売に掛けられ解体される寸前に、
       街の有志が音頭を取り運動を繰り広げ、
       遂に現在まで生き残ったという城なのですね。

       松本城のサイトはこちらに

       上諏訪の町とお城については




       黒門から入ってくると、広い庭園の向こうに大天守が聳えます
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       そうなんですよね、この松本城は平城!
       もともとの築城年を考えると、ちょっと不思議な位なのですが、
       天守のある城としては唯一の平城なんだそう。

       そして、えっへん、はは、私が威張っても始まりませんが、ははは、
       そう、この松本城は日本に5つある国宝の城の一つ!なんですねぇ。
       (4つかと思っていましたが、松江城が昨年指定を受け)
       他の3つは犬山城、彦根城、そして姫路城ですね。
       
       犬山は明治村に寄った記憶がありますが、まだ城は知らずで、
       重文指定の他の7つの天守も美しく、チャンスがあれば!です。
       



       で、サイトから見つけた名と高さ入りの写真をどうぞ
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       という事で、乾小天守と大天守を繋ぐ渡り櫓の下にある
       大手口から入りますが、

       これは大天守の石垣の迫り出し具合
       角の上には石落としも見える実戦構造の城ですね。
       黒の色は漆塗りなんだそう!
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       石垣前に武者姿のこの方がおられ、皆さんとの記念撮影に
       応じられていたのですけど、shinkaiがお願いしますとカメラを構えると、
       一人撮影とわかって、あっ、あれっとちょっと照れたりして、ははは。
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       むむ、貴殿お持ちの三階菱の紋所は、2代目城主小笠原氏の物でござるな。




       ささ、大天守へいざ、いざ、お進みめされ!
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       ちゃんと靴を脱いで、ビニール袋に入れて持って上がって下さいよ、
       そこの外人さん。 (英語でなんていうの? ははは)




       松本城天守の構造。 
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       上がる前にしっかり読んで、というのをいつもパシャッと撮って、
       ブログ書きの前に読んでなるほど、というshinkaiですが、

       戦国時代の終わりの平城でも、やはりそれなりの実戦体制を
       取っての築城だったのが、鉄砲攻撃に備えての厚い壁とかで分りますね。
       大天守の壁の中には、木の枝とか縄を真ん中に挟み塗りこめてあり、
       厚さが20~30cmもあるそうで、これだと火縄の玉も通しません。

       明治時代にこの大天守が傾き、大改修が行われた事があった様子ですが、
       この説明の2にある、天守台の石垣の中に、16本の栂材の丸太柱を埋め込み、
       千トンの重さを支える、というのが、
       この丸太柱の老朽で支えきれなくなった、という事情もある様子。
       昭和に行われた解体大修理の際に発掘された柱は、
       殆どが腐食され形を留めていなかったとの事。
       400年もの歴史を持つ城ですものね!




       大天守の北にある乾小天守ですが、「北」にある小天守が「乾」・北西を指す、
       と呼ばれるのは、「北」が意味する言葉の不吉さを嫌ったからなのだそうで、

       大天守と違って、こちらには丸太の柱も使われているのだそう。
       すり減り、磨き上げられた、床と柱の美しさに目が行きます!
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       階段の踏み板も、支えもツルツルすべすべ
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       中はやはり薄暗く、窓の外の快晴の空、緑が嬉しく
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       この柱の見事さ! 木目の美しさ!
       床が黒いのは、これもかっては漆塗りだったんだろうか?
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       大天守への渡り櫓部にあった、梁の大きく曲がった太い柱
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       こんな自然のままの柱は強度に強いのだそうですが、
       傍らの管理の小父さんが、この柱は何の材木だと思いますか、と出題。
       でも、この城の名に因んだ名前です、とヒントもね、ははは。
       というので覚えると、忘れませんよね。




       でもね、凄みのある木目でした!
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       昭和の大修理(昭和25~30年)で取り替えられた展示品もあり、
       これは鬼面鬼瓦
       余り怖くなく可愛い顔にさえ見えますね、ははは。
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       大天守の1階の大広間、鉋や手斧で仕上げられた柱が
       整然と薄暗い中に並びます。
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       この広間の周囲を、約45cm低い武者走りが取り囲みますが、
       土台は2重になっているのだそう。




       大天守の上を護っていたシャチ。 口を開けているのが雄で、
       閉じているのが雌、というのですが、これはどちらかな?
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       かなり興味をそそった火縄銃の各種の展示があり、
       長いのと、馬上筒と呼ばれる短い物。
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       説明図によると、大筒と呼ばれる口径30mm程の物が、
       大阪夏の陣では昼夜を分かたず打ち込まれ、和議を早めたという事で、
       これ位のものだと射程500mほどの命中率はなかなかのものだったとか、
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       馬上筒は加藤清正が武器として取り入れたのが初めで、
       馬上で使いやすいよう50cmほどの長さの火縄銃で、近距離用。
       勿論連続発射は出来ず。

       右上に見える抱え大筒というのは、口径25~40mm程までの火縄大筒で、
       これを抱えて撃つ日本独特のものなのだそう。
       狭い坂道でも抱えて運べるので山城攻めとか、戦国後期に威力を発揮したと。




       こちらは鉛の弾、勿論手つくりで、
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       考えた事もなかったのですが、戦国期の武士の妻や娘の仕事だったそうで!
       夫の火縄銃に合った弾作りに精を出しているかっての女達の姿を思うと、
       いじらしくもあり、少々おかしくもあり!
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       火縄つくりも大切だったようで、良い火縄だと命中度が違い、
       木綿の火縄だと火持ちも良く、灰も真っ白で軽く、
       引き金を引いて玉の出るタイミングもとても良いと!

       ですが、木綿はかって北の国では栽培できず大変に高価だったので、
       刺し子や菱刺しの起源もこの理由からでしたしね、
       古くには繊維の長い竹や麻を混ぜて火縄を作ったとも。




       甲冑ですが、後ろに「当世具足」と見えるように、
       戦国時代になって当時の鉄砲戦に相応しい形を考えだした物で、
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       かっての煌びやかな革の小片を繋いだものではなく、
       鉄を使った大量生産で、鉄砲戦に対応した強い物、玉を反らせるために
       曲線や傾斜を多用し、機能性も重視しているのが特徴と。

       背中に玉込め用の棒・カルカを背負い、腰には玉入れを下げ、
       肩から口薬・点火薬入れの水筒みたいなのを提げ、
       これで火縄を持つと約20kgの重量だったと!

       ふっと気づいたのですが、玉込め用の棒がカルカ!
       イタリア語でカーリカ・caricaは職務、積荷、充填、仕込みなどを指し、
       戦闘での「弾込め、撃つ用意!」は動詞caricareから、carica!なんですね。

       仏壇にお供えする水を「閼伽・あか」と言うそうですが、
       これはacqua・アックワから来ているのかも、と聞いた事があり、

       と同様、遠い土地からの由来の言葉みたいにも思い至りました。




       これは4階の大広間の一廓、御簾で囲った御座所
       有事の際の御座所として使われた様子。
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       窓の形は、大屋根の下に作られる千鳥派風・東西と、
       南北にある唐派風とがあり、こちらは唐派風で、
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       こっちが千鳥派風の窓
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       大天守の中には1階から6階まで階段が7箇所あるそうで、
       どの階段もかなり急な階段でしたが、
       とりわけ4階から5階への階段が傾斜が61度もあり、
       おまけに蹴上げが約40cm!
       掴まりながら上がるのですが、足元は勿論見る余裕がなく、
       ヨイショ!と足で探りながら上がる感じで、

       今奥に見える階段の上の部分がそれ!
       昔の人は体も小さく、脚も短かったでしょうに、はは、
       大変だったでしょうねぇ~、ひひ。
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       こうして上がった最上階、大屋根の下に見えた注連縄
       納得しますです!
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       見えた、国宝指定書、昭和二十七年三月二十九日
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       窓から見る松本の街
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       乾小天守の屋根
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       内堀の西側と埋橋(うずめ橋)。
       4年前の地震で埋門の石垣がずれ、現在こちらからの入城が
       停止されているとの事。
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       そして黒門方面
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       階段を降り、最後はこの月見櫓
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       大天守に続いての辰巳附櫓、そして月見櫓ですが、
       ここは徳川3代将軍家光が長野善光寺参拝の途中に松本に寄る、
       というので建てられたのだそうで、
       外側には赤い欄干を巡らした月見櫓らしい風雅さなのですが、
       結局善光寺参拝は中止になったのだそうで・・。




       大天守の最上階に上がった辺りで、カメラ電池の消耗に気づき、
       最低限の写しにしていたのですが、
     
       遂に最後の一枚!となった、内堀越しの大天守の眺め
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       という、長年の夢でもあった松本城再訪でしたぁ。




       最後はサイトから1枚拝借し、
       美しい雪化粧の松本城をどうぞ!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ゴルドーニの家 内庭 と スコミーゴ村の初雪 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
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by italiashiho2 | 2016-01-06 00:47 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(13)
2015年 11月 08日

   ・・・ 碌山美術館 ・ 信州安曇野 その2 ・・・

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       東穂高出身の日本近代彫刻の父ともいえる荻原碌山(本名は守衛)
       の素晴らしい美術館を安曇野に訪ねました。
       先回ご紹介のわさび田から西に行った所で、
       長閑でこじんまりとした一廓、木々に囲まれてありました。

       荻原碌山が安曇野出身であった事も知らずだったのですが、
       展示で出会った様々な人物名、高村光太郎、相馬黒光などと
       どんな関係だったのかを知る為にもあれこれ読み、

       明治末期の日本の芸術家達の様子も想像しながら
       碌山美術館の本当に細部まで拘った美しさを
       今懐かしく想い出しています。
      
       殆ど何も知らないまま見学し、その資料展示などからも
       博物館と思ったのでしたが、
       碌山美術館 となっている事を知りましたので、ここに訂正です。


       上の写真は、道に面してある「碌山美術館」の入り口



       植え込みがあり、右手に切符売り場で、
       シニアで、と言いましたら、ここにはそれはありませんと。あれま!

       そしてそこから振り返ると左手奥に、この教会を模した建物
       こじんまりと、そして格調高く!
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       建物の入り口に絡んだ蔦が、ちょうど紅葉を始めた所で
       とても良い雰囲気。
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       敷地内には幾つかの展示館があるのですが、
       この一番の主たる展示館の様子を右側から撮った写真
       サイトで見つけましたので、拝借し。

       こんもりとした木々に囲まれ、静謐な空間
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       入り口に向う右手に、この「労働者」の像
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       これは帰国2年目に第3回文展に出品し落選したものだそうで、
       戻ってくるなり、碌山は左腕と両脚を取り除けたと。




       入り口上部。 塔の上にあるのは鳩の像
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       扉にあった碑
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       碌山美術館    1958
       この館は29万9千100余人の力で生まれたりき

       この美術館は、地元の人々の寄金により出来上がったのだそうで、
       この碑も単なる碑ではなく、周囲を楓の葉かな、が囲み、
       留め金部分も、ほら、薔薇の花みたいでしょう?
       この他にも、扉のノッカーが、キツツキだったようで・・。
       
       この館の設計者は(基俊太郎)と言う方で、彼のお父さんは
       彫刻家で、碌山の友人だったそうです。
       そんな事もあってか、まさに心のこもった配慮の設計である事が感じられ
       大変に居心地の良い、暖かな美術館となっている様子です。

     追記と訂正を。
       主となっている「碌山館」の設計は、今井兼次と言う方がされ、
        他の2棟の設計が基俊太郎とのことです。
     
       


       入り口を入った所のロビー部とでも言うのか、
       左側には、彫りを施した厚板の台があり
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       右側には、暖炉と薪置き台。 
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       館内は写真禁止でしたので、碌山美術館のサイトから拝借の
       写真で様子をご覧くださいね。

       入り口部分から奥に。 上部に見えるのが碌山の写真で、
       手前はフランスに留学中の作品と言われる「抗夫」、
       奥の左から2番目、腕を組んでいるのが「文覚
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       奥から入り口部分を、右列真ん中にお尻が見えるのが「絶望・デスペア
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       真ん中左に見えるのが「女」、碌山の絶作となった作品。
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       両手を後ろで組み、ひざまずいて立ち、何かを求めるように
       上を向き、喘いでいる女の姿。       

       この作品は碌山の死後、文部省に買い上げられ、
       日本の近代彫刻としてはじめて重要文化財に指定されたものだそう。




       この作品と、碌山が一緒の写真がありました。
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       荻原碌山、1879年・明治12年12月1日 - 1910年・明治43年4月22日
       画家を志し1901年にニューヨークに渡り学び、
       1904年にパリでロダンの「考える人」を見て深く感動し、
       彫刻家になる事を決意。
       1906年からパリのアカデミアで彫刻を学び、1908年に帰国。

       1908年に文展に「文覚」入選。
       1910年「女」を制作。 4月22日に急逝。
       
       僅か30年の生涯、画家を志しニューヨークに渡ってから10年、
       彫刻を学び帰国して後2年!の本当に短い生涯でした。




       上の「女」の像は、実際のモデルがいますが、
       新宿中村屋の創業者相馬愛蔵と妻の黒光(こっこう)夫妻の、
       黒光が碌山と恋仲であり、モデルだったと言う説が通っています。

       その相馬黒光(本名は良で、その才気を少し黒く隠せというニックネーム
       から来ているそう)の少女の頃の様子と、
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       これは碌山の一周忌に、彼を偲んでアトリエに集まった人々
       写真だそうで、安曇野の旧家出身の相馬愛蔵、碌山の長兄の本十も、
       他にも著名人の名が見えます。
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       碌山はまだ安曇野にいる頃に、土地の旧家の相馬家に嫁いできた
       黒光と知りあったのだそうで、
       帰国して新宿にアトリエを構えてからは、中村家に通い、
       家族の一員のようにして付き合っていたそうで、
       留守がちの夫に代わり事業を切り回していた黒光に、
       弟のように甘えたりもしていたそう。

       夫の愛蔵の浮気に悩む黒光を慰め励まし、それでも離婚しない
       黒光への愛情と渇望に苦しむ中から生まれたのが
       「女」の像だと言います。
       
       が、手前真ん中に見える中村彝、に実は驚いたshinkaiです。




       まん丸の赤いほっぺの少女像、同じ顔の裸婦像も
       相馬夫妻の娘の俊子だったと知ったのも驚きだったですが、
 
       彼のこの「ワシリー・エロシェンコ像」の画家が、
       ずっと昔、絵を描き始めた頃に衝撃を持って見つめたこの絵の画家が、
       いわゆる中村屋に集まる文化人のサロン「中村屋サロン」の
       常連の一人だったと言うのにも驚き!
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       こちらは劇団関係にも援助をしていたと言う相馬夫婦の、
       その集まりの際の写真。
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       中村屋サロンの幅広い交流を通し芸術家達が育っていった
       と言うのも間違いないようです。

       中村屋の3Fに美術館が開館し、
       サロンを通して交流した芸術家達の作品が見れる様子です。
       


       ちょっと話が前後しますが

       碌山が、黒光を慕い愛し、切望したのは確かだろうと思うのですが
       よく書かれている様に、黒光が夫の浮気に苦しむ姿から云々、
       と言うだけの単純な人物構図だけではなかった事も、
       黒光が普通の受身一方の女性ではなかった事も、今回読んで知りました。

       確かに夫愛蔵の浮気に黒光が苦しんだ事もあったでしょうが、
       愛蔵は大変度量の大きな人物で、実業家でもあり、
       逆に家庭内では黒光の男関係には一言もいわず、
       黒光はサロンに集まる男達を、才気と美貌でペットにした部分もあった様で、

       実際、碌山の親友であった高村光太郎などは、
       彼女を大変に嫌っていたと。

       確かに彼女の才気、事業での頑張り、成功には敬意を表しますが、
       女同士として友人になりたいかというと、ちょっと違うような・・。
       
       当時の人物についてご興味のある方、こちらに大変詳しく。       
       相馬黒光という女
    



       館の南側と、見える塔
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       そして西の裏扉。 この佇まいがとても気に入りました。
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       この脇に高村光太郎の詩を刻んだ碑があり

       荻原守衛

       単純な荻原守衛の世界観がそこにあつた、
       坑夫、文覚、トルソ、胸像。
       人なつこい子供荻原守衛の「かあさん」がそこに居た、
       新宿中村屋の店の奥に。

       巌本善治の鞭と五一会の飴とロダンの息吹とで荻原守衛は出来た。
       彫刻家はかなしく日本で不用とされた。
       荻原守衛はにこにこしながら卑俗を無視した。
       単純な彼の彫刻が日本の底でひとり逞しく生きてゐた。

       ――原始、
       ――還元、
       ――岩石への郷愁、
       ――燃える火の素朴性、

       角筈の原つぱのまんなかの寒いバラック。
       ひとりぽつちの彫刻家は或る三月の夜明に見た、
       六人の侏儒が枕もとに輪をかいて踊つてゐるのを。
       荻原守衛はうとうとしながら汗をかいた。

       粘土の「絶望」はいつまでも出来ない。
       「頭がわるいので碌なものは出来んよ。」
       荻原守衛はもう一度いふ、
       「寸分も身動きが出来んよ、追ひつめられたよ。」

       四月の夜ふけに肺がやぶけた。
       新宿中村屋の奥の壁をまつ赤にして
       荻原守衛は血の塊を一升はいた。
       彫刻家はさうして死んだ――日本の底で。

       昭和十一年 高村光太郎 作




       他にも2棟、碌山と交流のあった人物の作品の展示館が
       ありましたが、省略させて頂き、

       これは入り口に近い場所にあったグズベリー館、ショップ
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       入り口にかかる暖簾に「Love is Art」とあるのを見て、
       きゃ、と敬遠したのですが、すみません、こういう言葉は苦手でして。
       ですが、今回あれこれ読んでいて、これは碌山の言葉

       LOVE IS ART, STRUGGLE IS BEAUTY.
       愛は芸術なり 相剋は美なり

       から来ているのだと知りました!
       ・・言葉の独り歩きは、怖い!!




       ショップの前にあったこんなテーブル
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       こちらは倉庫だったか、校倉造りを模し、
       大変に細部の和洋折衷装飾が凝っていて、
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       なんとなしに帰国した碌山の気持ちを思いやっての設計かという様な、
        彫刻を学び生まれた自国に戻ったものの、
        当時の日本には西洋彫刻を受け入れる態勢もなく、
        時にはどんなにニューヨークやパリを懐かしんだろう、
       そんな気持ちが現れているようで、ちょっと切なくなりました。

       だって、shinkaiもそうだったんですもん、
       よ~く分ります!!


       当時の日本の芸術家達の気持ちは、皆こんなだったでしょうね。
 
        ふらんすへ行きたしと思へども
        ふらんすはあまりに遠し
        せめては新しき背廣をきて
        きままなる旅にいでてみん。
               萩原朔太郎
       
       


       う~ん、少し湿っぽくなったかな。

       最後はサイトで見つけた、美しい雪景色の美術館をどうぞ!
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       信州の松本近くまでお出かけになったら
       是非一足延ばし、碌山美術館にお出かけ下さいね!
       碌山の素晴らしい作品のみならず、
       美術館を囲む静謐な空気にも、心が和らぎます。


       碌山美術館
       住所:長野県安曇野市穂高5095-1
       TEL:0263-82-2094
       開館日:5月~10月  無休
       休館日:11月~4月、月曜日と祝祭日の翌日。12月21日~12月31日。
       開館時間:3月~10月→AM9:00~PM5:10
       11月~2月→AM9:00~PM4:10 (入館は30分前まで)

       入館料:大人=700円、高校生=300円、小・中学生=150円、団体料金あり
       アクセス:電車利用=JR大糸線穂高駅下車徒歩約7分、
       車利用=安曇野ICから約15分 駐車場あり

       公式サイトhttp://www.rokuzan.jp/


       

     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-08 01:45 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(15)
2015年 11月 03日

   ・・・ 安曇野のわさび農場訪問 ・ 信州の旅 その1 ・・・

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       日本到着の翌々日、松本から安曇野に出かけました。
       「安曇野」という、如何にも日本の故郷を感じさせる言葉の響きは
       ずっと知っていますが、まだ訪ねた事がなく、
       松本近郊出身の二木さんが案内して下さいました。

       安曇野での訪問はわさび田と、安曇野出身でロダンに魅せられ
       自身も彫刻家となった荻原碌山の博物館でしたが、
       まずは写真整理の済んだ山葵田から、ご覧下さいね。

       トップは、ここ一体に広がるわさび田でも一番大きく有名な
       大王わさび農場の駐車場から見る常念岳(真ん中)。
       この日は快晴の良い日だったのですが、残念ながら
       日本アルプス連山は靄っていて見えず、常念岳のみでした。



       私より皆さんのほうが地理を良くご存知かもですが・・、
       一応長野県の中での安曇野、そしてわさび農場の位置を
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       地図は大王わさび農場のサイトから拝借。
       



       駐車場の脇に咲く、赤いスカンポ
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       すぐ近くを川が流れ、奥に水車小屋が見えます。
       黒澤明監督の映画に使用されるので作られたという事ですが、
       如何にもピッタリと風景の中に収まり・・。
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       この右手手前にゴムボート乗り場があり、
       何とか入れずに撮ろうとするのに苦労しましたっけ!



 
       この手前を流れる川は湧き水100%の蓼川というそうですが、
       本当に透明に透き通った美しい水で、
       川底の水草も綺麗で、さすが、わさび田!と思った事でした。
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       大王わさび農場に入場は無料でするっと入れ、
       道脇の木々も少し紅葉しかけており
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       少し先に、先ほど見えた水車小屋が2軒並び
       いかにも!の素敵で長閑な眺めでしょう?!
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       こちらが奥の小屋で、壁に立てかけた農具が見えますが、
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       手前の小屋の農具はこんな感じで、
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       脇では水車がゆったりと回り・・
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       近くにあった説明の立て札には
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       しっかり読んで下さいましたか、皆さん?!




       ブログ用に縮小しましたら、ちょっと分りにくくなりましたが、
       右手に見える土手のような1本道が、2本の川の境目です。
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       そして、お待ち兼ねのわさび田!
       この部分には、直射日光避けの寒冷紗のテントが広げられていて、
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       収穫が済んだのでしょう、次の植え込みを待つ畑も見え
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       はい、お勉強! ははは。
       こういう説明を見ながら、なるほどなぁ、と美しい畑を眺めます。
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       ほらね、大きな塊の縦筋があり、その縦筋の中にずっと
       斜め横に作られた畝が並びます
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       畝の間、畑の間を通り抜け、また合流する水の流れ
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       わさびは、水が綺麗な場所でないと育たない、とは良く聞きますが、
       こういう畑のつくりを見ると素直に納得できますね。
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       一面に広がる、見事なわさび田!
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       大王わさび農場のサイトには、こんな写真が
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       かっては雑草の生え茂る扇状地の原野だったのを、
       大正4年から5町村にまたがる土地15丁歩を個人所有と
       することから初め、そののち開拓に着手。
       昭和10年までの20年間をかけて開拓したのだそう!
       
       夢の一大プロジェクトだったのでしょうね。
       園内には神社があり、その脇に開拓を始めた初代ご夫妻の
       像もありましたが、
       水温は年間通して13℃だそうで、
       開拓ができてから後の、栽培の大変さも思うと、頭が下がります!

       そして現在は、農場面積15ヘクタール
       わさび収穫量、年に150トン
       年間観光客120万人!
       という、日本最大規模のわさび農場なのですね。



       上から見ると、結構わさびの葉っぱが虫に食われているのが見え
       逆に考えると、農薬を使っていないことが納得・・!
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       こんなにも透明な湧き水!
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       凄いですねぇ、1日に12万トンの湧き水!
       そして末は犀川、千曲川、そして信濃川となって日本海に!
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       犀川・さいがわ、という名は、長野で育ったshinkaiの中では、
       子供の頃から馴染んだ名なのです。




       安曇野には、様々な素朴な道祖神が点在しているようですが、
       園内の水車小屋近くにも2つ3つ。
       ですが如何にもの狙った感じで、好みではありませんでしたので、

       逆にこの、わさびだぞぉ!というのはどうでしょうか、ははは。
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       レストランや、わさび漬け講習会場、そして先回のブログでご紹介した、
       わさびソフトクリームや、わさび入りコロッケなどの屋台もあり、
       売店で、shinkaiはわさび入りオカカを買って戻りました。




       道脇に見つけた秋の花、秋の色
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       そして、再度常念岳を見ながら、碌山博物館に
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       安曇野は、時間をとって歩いたら楽しそうです
       またいつか、ね。



     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-03 03:17 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(4)
2014年 11月 28日

   ・・・ 上諏訪の町 ちょっぴり歩き と あれこれ (追記2つ)・・・

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       昨年の秋10月、長野県は上諏訪のギャラリー橋田さんで
       個展を開かせて頂いた時
       宿は上諏訪の駅西すぐのホテルでしたが、南の城南町にある
       ギャラリーまで、朝3,4回ほど歩いて行きました。
       ちょうど30分ほどの距離でしたが、道筋も変えたりし、
       あちこち眺め、2度ほどはカメラを持ってパシャパシャと。

       諏訪というと諏訪大社の春宮、秋宮が有名ですが、
       こちらは神社の歴史にも詳しい絵の師二木さんがご案内下さり、
       はい、小学校6年の修学旅行以来でして、ははは、
       小学校の旅行の時には高島城にも。

       で歩く道筋にちょうどこのお城があり、
       それ以外にも、味噌蔵のお店とか、古い町、家の意匠とか、
       鄙びたとても良い感じの道筋だったのですね。
       ちょうど古き良き日本の町という面影で・・。

       という事で、ちょうど1年前の秋の日の、
       上諏訪の町散歩をお付き合いください

       上の写真は、ホテル8Fの自室の窓からの眺め。
       暑い暑い夏日のような10月でしたが、既にほんの少しの紅葉


       上の写真から少し視線を左にずらすと、
       こんな感じに上諏訪の駅で、
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       右にぐっと振り向くと、諏訪湖が半分
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       ただ持って行きましたカメラが古いコンパクトのデジで、
       描写もイマイチなので、ご容赦を。

       長野再訪、芹田小学校と善光寺

       昨年の、出かける前のドタバタは

       諏訪での個展の様子は


       さてカメラを持って歩いた朝は、爽やかなお天気で、
       人気のない並木道をせっせと・・。
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       この辺りはかなり南に来た位置ですが、
       温泉町のせいなのか、普通の民家以外にお店も人通りも少なく、
       鄙びた、ちょっと一昔前の町の印象を受けましたが・・。



     
       お店なのか、普通のお家なのか?
       賑やかに軒下に消火用バケツが並んでいて、屋根も赤!
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       ご丁寧に、バケツには2通りの標語がありまして、
        災害に備えて日頃の火の用心
        安心の暮らしの中の火の用心
       shinkaiは上の方が語呂が良いと思いま~す、ははは。
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       お家の横にある神社、というのか祠というのか・・。
       鳥居にある社の名は読みませんでしたが、
       小型の御柱もたっていて、本格的でしょう?!
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       水栓も凝っていて、色付きというのは始めて!
       それに消防車のは、カッコいいでしょう?!
       そしてそして、さすが温泉の町、湯栓ですって!
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       昔の火の見櫓の名残かな、 ホースが干してある、というのか、
       使わなくなったのをデザイン的に並べているのか・・。
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       そうそう、昨年見て気になったのは車のデザイン!
       前が異常に短いんですよね、短くて、おまけに鼻先を叩いた様な!
       ははは、そういう車が余りにも多く走っているので、目に付きましたが、
       今も流行っている?



       
       細い川を渡りますが、蓮田になっており
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       その向こうに、この丸高味噌・宮坂醸造の建物
       素敵でしょう?! この雰囲気。
       この部分はお昼の食事と喫茶になっているお店「千の水
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       この辺りはお城の三の丸跡になる、という説明板も。




       お店の手前角には、こんな足湯の桶も設けられ
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       素敵な佇まいでしょう?!
       中はちょっとモダンな設計も見られ、食事も美味しいと
       聞きましたが、
       こういう建物は本当に、ですねぇ!
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       お品書きが表に出ておりまして
       昨年も行きたかったのですが、どうにもお昼に出かけられず・・!
       次回にもし行けたら、何を食べようかと、ははは。
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       う~ん、肉はダメだから、となると、
        味噌だれ白焼きうなぎご飯1800円
        特製うなまぶし1800円
       
       どうもね、円の0の数が多いのが心臓に悪く、はは、
       計算機を叩いて、そうか、15エウロ弱ならOKね、と納得。
       
       あのですね、来年の秋のギャラリー橋田さんでの
       個展が決まりましたのです、はい。
       ですから、日曜のお休み以外に行けるのを楽しみに、
       お絵描きを頑張ります!! そう、目の前のニンジン、ははは。
       ひひひ、個展の日程はまた改めまして、お知らせを。
       食い意地が先に来るshinkaiより。

     ◆ 追記1
       ギャラリー橋田さんでの絵画教室に毎月お出かけの
       二木さんよりメールを頂き、

       先日来メニューの見直しがあったようで、
       豚カツ、ヒレカツが無くなり、豚汁のメニューとか。
       ウナギはまだあり、豚汁もとても美味しかったと!
       
       最近お客が増え、先日は満員で座れず、暫く後に出直し
       それでも少し待ったとか。
       お出かけの方、お早めに!   ひひ、回し者より。




       黒板壁、煌くススキ、紅いポスト、う~ん、日本の秋!
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       隙間から覗けるお家の縁側、ガラス戸
       そうよね、昔はこんなお家が多かったよね。
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       ず~っと続く黒板と白壁の蔵
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       はは、こちらは、日本の夏、キンチョウの夏! 
       真ん中には、カゴメケチャップ、・・素敵ぃ!
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       近くで見かけた、素晴らしいというか、凄いというか、
       迫力の赤茶のトタン葺き、そして壁!
       ・・大平原の荒野にこの家一軒だけ、で絵になりそう!! 
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     ◆ 追記2
       このお家は、暫く前、遂に取り壊しになり、
       駐車場になったそう。  残念!




       少し先の橋の袂にあったのは、三の丸湯跡の碑
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       もう一度川を渡り、
       懐かしい良い感じの細い川と橋でしょう?
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       脇には、こんな小さくて古い可愛い祠
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       漸くに広い道に出て、目の前に聳える高島城の天守閣
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       明治になって各藩の城は取り壊しになり、この城も。
       で後1970年に改めて造復興されたというので、
       幼いみぎりのshinkaiが修学旅行にやってきた時は、
       このお城は堀と石垣だけだったのですね。
       はい、お堀と満開の桜が記憶に残りますです。




       お堀と冠木橋
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       橋を渡って振り返る冠木門
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       説明板によると、冠木門というのは、
       左右の柱の上に一本の貫・ぬきを通しただけの簡単な門を言い、
       城の絵図に見えるのはこうした屋根付きの門・楼門なので、
       最初は冠木門だったのが後に建替えられ、名のみが残ったのだろうと。              




       門の内側は公園として整美されており、護国神社があり、
       天守閣の中には資料館があるそうですが・・。
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       なにせ画廊への通勤途中なので、ははは、
       お庭もざっと見て、橋を渡り、
       石垣の角の線の美しさに見ほれつつ
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       カモ達が遊んでいるのも横目で見つつ・・。
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       こちらは別の曇り日ですが、
       ホテルの窓から見るお城、ちょうど天守閣だけ見えますね。
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       今は町の中に埋もれてしまっているお城ですが、
       かっては「諏訪の浮城」と呼ばれ、
       松江城、大津の膳所城と共に日本の三大湖城の一つなんだそう!

       という所でこちらをどうぞ。
       かの葛飾北斎描く、富嶽三十六景の内の、信州諏訪湖
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       お城建造は1590年代、諏訪湖と沼沢地に囲まれ、何本かの川を
       堀とし、地盤が軟弱なので、大木で組んだ筏の上に石垣をと、
       当時としては最新工法だったようですが、何度かの石垣修復があるそう。
       江戸時代に入って諏訪湖の干拓が進み、現在の姿、という事ですが、
       
       まさに葛飾北斎らしい大胆な構図の、
       ど真ん中に突き出した岩山の上の祠、富士浅間社というそう、
       と、松の木はどこにあるか?
       
       これについては、大変研究熱心な方がおられ
       こちらに書いておられますので、どうぞ!




       そしてこちらは冬の凍った諏訪湖を渡る旅人たち、
       渓斎英泉(けいさい えいせん)描く 木曽街道六十九次
       のうち「 塩尻嶺 諏訪ノ湖水眺望
       諏訪の浮城もやはり水際に。
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       栄泉というのは、浮世絵の妖艶な美人画で良く知られていますが、
       なかなか才気ある筆も立つ人だった様子。
       



       「木曽街道六十九次」全72図のうち、栄泉が描いたのは24図、
       後は「東海道五十三次」で名高い歌川広重が描いているのだそうで、
       
       穏やかで叙情的な趣ある、歌川広重の描いた諏訪湖からの富士、をどうぞ。
     
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       浮世絵の世界に名を残すこの巨三人、
       まさに江戸末期の同世代に生きしのぎをけずっており、
       その様子を歌川広重を主に据えながら、
       藤沢周平さんが「旅の誘い」という小編に描いておられますが、
       広重から見る北斎の絵と、風景画に向う広重の気持ち、
       う~ん、私と同じだぁ!と気に入っているshinkaiです。

       「旅の誘い」藤沢周平著は、文春文庫「花のあと」に収録。




       所で、本当に諏訪湖からこんな風に富士山が見えるのか
       とお疑いの方、私は見ていませんが、見えるのですねぇ!
       サイトから拝借の証拠写真をどうぞ!
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       最後は、山の中腹にあるお蕎麦屋さんに
       友人共々連れて行って頂いた際の、大快晴の諏訪湖の眺め!
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       最後に見える手前は立石公園といい、
       諏訪湖の花火の時には絶景のポイントになるそう。

       
       いやぁ、諏訪にこんな鄙びた素敵な町並みが残っているとは
       思ってもおりませんでしたが、素敵なプレゼントでした。

       細い道を背の高いトラックやバスが通るし、まっすぐお城には
       行けない城下町のつくりで、ちょっと戸惑いもありましたが、
       はい、次回もきっと歩くつもりです!

     * * *

       改めてまたご案内させて頂きますが、
       お陰さまで、来年秋10月、同じギャラリー橋田さんで
       個展をさせて頂く事が決まりました!

       懐かしい信州の空気、秋日和、嬉しい和食尽くしだぁ!
       と、目の前に人参を下げて貰った馬同様、ははは、
       またもう1年弱、しっかり描いて行こうと思っております
       よろしくお願いいたしま~す!!

       日本で食べた美味しいもの



     *****

       水彩ブログには、アッシジの夕暮れ ・ もう、そろそろ
       アップしております。
       見てやってくださ~い!     

     *****        
       

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by italiashiho2 | 2014-11-28 01:13 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(17)
2013年 11月 28日

   ・・・ 白根登山と、草津温泉 ・・・

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       10月初旬、軽井沢から友人ご夫婦に連れて行って頂いた
       懐かしい白根山の様子をご覧くださいね。

       白根登山と言っても、すぐ下の駐車場まで車で行き、
       その後いくらか登り道をたどった、と言う程度なのですが、
       昔々、ははは、中学2年長野での最後の夏、だったと覚えている
       登山遠足で見て以来、ずっと記憶に残っていた湯釜の水の色に再会!

       思いもかけなかった嬉しい思い出となりましたので、
       やはり写真を纏めておきたく、そして皆さんにも、あの色をどうぞ!


       素晴らしい快晴の秋日和となったこの日、
       どこへ行く、何をする、もまるで考えずに、はは、助手席に座らせて貰い、
       コンデジの古いカメラを構えまして・・!
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       右に見えるのは、ロープウェイ
       かなり上って来た所・・・、ははは、他に説明の言葉を知らず・・!



       上るにつれ、山の色が少し色づき
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       昔の噴火の溶岩跡も見える場所まで、
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       こんな岩だらけの斜面も見え始め
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       ついに、素晴らしく見晴らしの利く所まで!
       平日だったのですがかなりの人出で、さすが日本だなぁ!と。
       細い木が少し生えているものの、地面を埋め尽くすのは笹
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       赤く見えるのは、ナナカマドの実
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       見える斜面も、こんな風に白くなり
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       駐車場に到着し、そこの説明板ですが、
       我々のいる場所はX印近くで、そこから左に見える点線を辿り、
       上に見える湯釜、かっての噴火口まで登ります。
       下に見える小さい方の池は、説明にあるかっての噴火口の弓池
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       友人mkちゃんと彼らの愛犬ココちゃん、そして私の3人で登ります。

       傍で見るナナカマドの赤い実
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       逆光に光るススキの穂。 
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       登り道を行くかなりな人々
       道の曲がり具合が良く見えますね。
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       右上にチラッと見える白い屋根の位置に、見晴らしの良い休憩所があり、
       そこから更に右上に上っていくと湯釜の見える展望台。      



       かなり登り、右奥にチラッとそれらしく見えてきた所
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       駐車場、そしてかっての噴火口跡の弓池を見下ろし・・。
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       途中の休憩所から、万座温泉の方に続く道が見え
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       そして、湯釜
       そうなのです、この色がずっと、記憶に残っていたのでした!
       エメラルド色に白を混ぜたような不思議な色、そして、硫黄の匂い
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       直径約300m、水深約30m、水温約18℃。
       噴火口だった、と言われるのが素直に頷ける切り立った周囲の薄いグレイの壁
       それに対比するような、手前の赤みがかった茶色の山肌
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       いったいいつの噴火なのかと調べましたら、1882年!
       昭和になった後も噴火したことがあると言うので、まだ半現役なのですねぇ。
    
       

       山登りの後のお水は美味しいねぇ!
       そう、ココちゃんは、行き会う人皆から誉められたものねぇ!
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       再び車に乗り、志賀高原の方に(だったと・・!)向かいます。
       この山の連なり、やはり日本の山の姿
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       湯釜の後ろ側。              
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       横手山ドライヴインの横から見る、雲の沸く様子
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       素晴らしい快晴で、道脇にはずらっとカメラマンがレンズを構え、
       それも素晴らしい大砲並みで、コンデジなど入り込む隙がありません!
       が、何とかやっと2枚ほど。
       撮れて良かったです! 帰り道ではもうガスが掛かって見えませんでしたもの。



       下を覗き込むと、笹で覆われた山肌が白く光って見え
       所々に見えるナナカマドの赤、そして黄色の葉、何かな?
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       志賀高原に下る間はお天気が続き、紅葉し始めた木々に歓声を上げたのですが、
       戻り道には曇り、とりわけ山越えの間は霧がかかり、

       これは戻り道に撮ったのですが、なんと言う池かな、
       紅葉が始まった池の畔、午前中カメラマンが列を敷き、油絵のグループも。
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       戻りの山越え道、霧が深くかかり
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       白根まで戻ってきた所で、ここも少し霧の風景に変わり・・。
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       戻り道に、草津温泉に寄って貰えました
       既に夕暮れ近くなっていたのですが、
       ここも名を聞くだけで行った事がなかったので、とても嬉しく・・、
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       町中は細い道で駐車できず、我々だけちょっと降りたのですが、
   
       ここが温泉街の中心と言うのか、
       左建物の奥の看板に、湯もみ、と見え、
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       蛇足ながら、私の唄える数少ない民謡、歌詞を知っているのは
       木曽追分と、草津よいとこ いちどはぁお出で、どっこいしょ、
       お湯のなかでぇも こぉりゃ はながさくよぉ ちょいなちょいな、の2つ!
       ははは、自慢にはなりませんが、 
       ・・と言うことで、子供の頃から知っている唄の本場を一度は見たかった訳なのです。

       あ、ついでにもうひとつ、車で一人旅行していて少し退屈になった時は、
       たんたんたぬきのxxたまはぁ~、を歌います、はい。
       短い文句ですから覚えていまして、へへ、いろいろテンポを変えて歌い、
       眠気を吹き飛ばすと言うわけです、お試しを! がはは。

 

       この道の前、町中を流れる源泉と言うのか、
       それにこんな木の樋がずらっと並び、湯畑と言うのだそうで、
       ほら、手前を少し流れる湯はエメラルド色でしょう?!
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       辺り一面に硫黄の匂いが漂い
       脇を流れ下る湯はこんなに白い泡を立て、
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       木の長い幾列もの湯畑の樋の最後はこんな具合に、
       向こう側を流れ落ちますが、
       あのいくつもの木の樋を流し、湯の華をとるのだそうで、
       まさに湯畑という言葉が納得。
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       皮膚病にもよく効くと、母親に子供の頃聞いた湯の華、
       温泉入浴剤がたくさん出回る今も、使われているのかしらん?



       一番下は、エメラルド色の滝つぼのよう!
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       町の真ん中にこんなかなりの傾斜地と言うか、段差のある湯畑があり、
       


       ぐるっと町を通り抜け、共同浴場の位置も時間も確かめたのですが、
       なんとなし億劫になり、町の視察だけになりましたが、はは、

       昔ながらの古い趣を残す温泉宿をたくさん見かけ
       なかなか良い感じの草津温泉町でした!
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       草津温泉観光協会のサイト。 あれこれリンクしていますので楽しめます。
       http://www.kusatsu-onsen.ne.jp/


       mkちゃん、YKさま、素晴らしい遠出の思い出、有難うございましたぁ!!

       

     *****     

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by italiashiho2 | 2013-11-28 00:25 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(14)
2013年 11月 08日

   ・・・ 長野再訪 ・ 芹田小学校 と 善光寺 ・・・

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       上諏訪での個展が始まる前に、軽井沢周辺のお出かけの後
       長野市に行き、長野朝日TVの塚田ディレクターと青池さんと共に、
       我が母校芹田小学校と善光寺に!

       昨年「おお、信州人!」の番組で取り上げて頂いたのがご縁で、
       母校の芹田小学校に私の絵を寄贈させて頂く事が出来ましたが、
       そのご挨拶という事でお邪魔いたしました。

       長野市に行く事自体が、なんと半世紀ぶり位で!!
       軽井沢からは新幹線で、なんとなんと30分!!
       あっという間に着いて、青池さんが駅まで迎えて下さり、
       長野の以前住んでいた辺り、七瀬(ななせ)周辺をぐるっと
       通って下さったのですが、まるでまるで面影なし!
       
       上の写真は、当然ながら余りにも変わり過ぎ、
       新しい知らない街になっていた、長野の通り


       ですが、なんとも不思議なご縁というかなんというか、
       青池さんが七瀬にお住まいというのは、イタリアに来られた時
       既にお聞きしていたのですが、
       車でぐるっと通って下さった時、まるで変わってはいましたが、
       なんと我が家のあった場所の道の向かい側に
       青池さんのお住まいのマンションがありました!

       子供の頃の感覚ではかなり広い、距離のあった筈の場所も狭く近く、
       でも今も川が流れ橋がかかり、形も色も変わってはいてもガスタンクも!
       絵の宿題が出ると、何度もこのガスタンクを描いたものでしたが、はは。

       小学校周辺も、今は小学校になっている1年半通った中学校もあるものの、
       田んぼも畑もない、街になっておりました。


       芹田小学校、これは青池さんが昨年撮って送って下さったもので、
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       こちらは私が卒業した時の様子で、
       当然ながら校舎は皆建て替わり、それもぎっしりで、
       生徒数も現在700人との事、
       かっての正門は裏門となり、桜並木のあった前庭もなく、
       二宮金次郎の銅像も無くなっておりました。
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       迎えて下さった教頭先生にそれをお話しましたら、
       歩きながら本を読む、というのが問題で今は無いのだそうで、



       その代わり、中庭に花壇や池があり
       小学校の池とは思えない程の立派な鯉が何匹も。
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       学校の中もご案内して頂き
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       確かに毎日眺めた記憶のある、校舎の南に見える山の姿
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       そして、母校に寄贈させた頂いた私の絵
       この写真は青池さんが撮って下さったもので、
       現在は学校玄関入り口の、すぐ正面の壁にありました。
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       正直、ちょっと恥ずかしい、というか、面映ゆく!
       そして、う~ん、昨年はこれで精いっぱいだったのですが・・。



       そして、思いも掛けなかった歓迎会もして頂きました!
       体育館に6年生全部が待っていて下さり、
       きちんと式次第に則り会が進行し、歓迎の言葉やコーラスも!!
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       我が人生にもこんな事があるんだなぁ、と感激しつつ、
       歓迎会に相応しくなさそうな我が身もちらと頭をかすめ・・!

       ですが、コーラスのリフレインが「信じる事に理由は無い
       という素敵な言葉で、お返事をしたくなり立ちまして、

       私はあなた方のお祖母さんという年ですが、と言い掛け、
       卒業して何年になりますか、と先生に訊ねましたら、
       どなたかが計算して下さり、56年!!と。 わぉ~!!

       考えずに始め、例の如く理路整然とは行かなかったですが、はは、
       自分を信じて、しっかり進んで下さい!
       と言ったのが、6年生にとってとても良い言葉でした、と
       教頭先生が言って下さりホッとし・・。
       
       幾つになっても大人になり切れないこんな私よりも、
       ずっと立派な大人に、何かをやり遂げるかもの将来ある子供たちに、
       遠いイタリアで絵を描いている年寄りが来たっけ、と
       思い出して貰えるのも有難いよね、と思った事でした。

       帰りの車の中で青池さんが言われたのは、
       中学の講演会に呼ばれて行ったら、わぁわぁガヤガヤまるで聞かず、
       おまけにヤジまで飛んで来た事があったそうで、
       それに反して今日の会はとても爽やかで素敵だった!と。

       芹田小学校の先生方、皆さん、本当に有難うございました!!
       創立140年になるという母校の今後ともの発展と
       これからの皆さんの将来に、大いなる幸あれ、と祈ります!

       芹田小学校のHP
       http://www.nagano-ngn.ed.jp/seritajs/



       母校を失礼し、さて向かいましたのは、善光寺
       長野の街中もすっきりと整備され、綺麗になっているのと同様、
       善光寺への門前町も、どこもかしこもすっきり垢ぬけ、
       昔風の面影を残してはいるのですが、かなりモダンですねぇ。
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       昨年長野朝日TVさんに頂いたお土産のトウガラシ、八幡屋蟻五郎の店も、
       看板の字は古いですが、中はすっきりの店舗に。
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       こんなフランス風ワインの店も
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       さてこちらが、善光寺のサイトから拝借の地図で、
       サイトはこちら、http://www.zenkoji.jp/
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       4.仁王門  昔は仁王さまを見るのが怖かったっけ!
       7.大勧進  前の池にたくさん亀がいた事と、一度お茶会で中に。
       10.六地蔵
       1.山門   今は上にあがれ、パノラマを楽しめる様子。



       さて、いよいよ境内に入り、仁王門に向かいます
       両脇に宿坊が続き、
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       こちらが仁王門で、
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       左右の仁王さんの前には、昔からこんな風にわらじが捧げられ
       いつか特大のわらじが下げられていた記憶もあるのですが・・。       
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       向かって左側の仁王様
       そう、こんなのが子供の頃は怖かったよねぇ!
       獅子舞のお獅子も怖かったけど・・。
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       そして見えてくる山門
       平日とはいえ、結構の観光客、参拝者の数でして・・。
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       仁王門の下にもこの道にも、かなりの土産物屋や名物売りの店
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       六地蔵が並び
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       大勧進の重厚な屋根と、池にかかる橋
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       橋の右側には「大賀はす」が囲われてあり、
       この池にたくさん亀がいたのですけど、と言いましたら、
       ほら、いますよ、と。
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       そして見上げる山門、1750年建設の重要文化財
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       そうね、上に上っている人が見えますね。
       7年に一度の御開帳があり、それで整備も行き届いているのか、
       どこもがきちんと整っている感じ!
       う~ん、イタリアの物を見慣れた目にはねぇ。



       山門は一段高い場所にあり、その奥に善光寺の御本堂
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       山門の石段を上がって振り返る山門
       見事ですねぇ、美しい形!
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       善光寺の御本堂を背後に、塚田さんと青池さん
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       御本堂、と獅子が上にいる大きな香炉
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       この香炉の煙を悪所に刷りこむと良くなる、というので、
       昔はうちの親がよく私の頭に頂いたものでしたっけが、
       効果?! ははは、聞いて下さる程の事は、・・でございます!
       
       御本堂は国宝で、現在の物は1707年再建
       高さ27m、間口約24m、奥行き約53mで国宝指定の木造建築では
       3番めの大きさなのだそう。

       という様な事より、信濃の善光寺と言えば通じるこのお寺
       小さい時には散々聞かされ、行きもした庶民のお寺さんですが、
       さてこうして書きはじめると、知らない事ばかりなのに気が付きました。

       小さい時に聞いた善光寺の由来は本当に? ご開帳って一体本当は何?
       ご本尊は小さいけども、あんなに大きなお堂なんだよ、と聞いたけど、
       一尺位と聞いたご本尊の大きさは?
       などなど。

       ウィキぺディアには建物や仏像の事は書いてありますが、
       私が御幼少のみぎりに、ははは、さんざん聞かされた事への答えは
       こちらのサイトにありました。
       親切に分かり易く、疑問点を要領よく教えて下さり、
       どこにも見つからなった本殿内部の写真、
       本堂内では写真禁止、もこちらでどうぞ!       
       http://www.iitoki.jp/around/info/post-2.html

       
       でお急ぎの方に、shinkaiが手っ取り早くご説明しますと、
       
       「善光寺縁起」に書かれた伝承によると、
       ご本尊は552年に百済の王から、仏教とともに日本に伝えられ、
       蘇我と物部の仏教崇拝、廃仏の論争の元となり、
       難波に捨てられたのを本田善光(ほんだよしみつ)が拾い、
       ・・彼が通りかかった時、仏陀が「よしみつ、よしみつ」と
       呼びとめた、と聞かされましたが、

       生まれ故郷の長野に(飯田市)持ち帰り祀ったのを、
       642年に仏陀が命じた本来の長野市に移され、堂が建てられた、
       というのが、長野善光寺の縁起だそう。

       そして善光寺は、諸宗派に分かれる以前からの寺院だという事で、
       宗派の区別が無く、その上に女人禁制ではなかったという事が
       大きな特徴でしょうか。
       つまり何人にも救済の手が差し伸べられている、という訳ですね。

       本尊の阿弥陀如来は厳重に秘仏となっていて、鎌倉時代に
       ご本尊を摸した前立本尊(前だち)が作られたというのですが、
       現在ではこの前立本尊までもが秘仏とされ、
       7年に一度の御開帳で、漸くに前立本尊が拝める、という・・。

       こんな秘仏の御開帳ですので、前回の2009年には
       なんと673万人もの参拝があったそう!
       

       で、善光寺の住職様も(少しややこしい上人様の選抜なので、ここでは略し)
       百済から渡来のご本尊はご覧になれないわけですが、

       前立本尊、大型の舟形光背の前に如来と両菩薩の三尊像、
       の大きさは、中尊が約42cm 脇が約30cm
       多分ご本尊もその大きさであろうとの事。

       子供の頃聞かされた話では、本田善光は懐に抱いて持ち運んだ、と
       言うのですが、42cmだとすると懐に入れるには少し大きいかも、ですね。

       
       本堂内はかなりの広さですが、かっては信者たちがここで休む事も
       出来たのだそうで、
       遥かスペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の回廊も
       かっては信者、巡礼達に解放されていた、というのを思い出しました。



       本堂への階段の下の、柱の足元を守る銅の囲いと、
d0097427_0591362.jpg



       この高さに御本堂、そして階段の木肌
d0097427_0593540.jpg

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       本堂内は写真禁止で、
       本堂の床下にあるまっ暗闇の中を手さぐりで進み、
       鍵だったかな、を触る事が出来ると極楽に行けるという、
       戒壇巡りが有名ですが、
       一度経験ありますが、本当に真っ暗!!
       あれほどの暗さは他に思い当たりませんね。



       横の回廊に出た所から、山門の方の眺め
d0097427_103091.jpg



       本堂前を横下から
       ここも山門も仁王門も、見事に鳩除けの網が巡らされており・・。
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       善光寺訪問の後は、長野朝日放送局に寄って局内をちょっと拝見し、
       青池さんとお別れした後、長野駅前のデパートをうろつき、はは、
       駅前の本屋さんで藤沢周平さんの文庫本を買い込み、
d0097427_1120100.jpg

       お、渡辺謙さんだ、と分かりましたが、金髪の方は分からず。


       夕暮れ迫る長野駅前を眺め
d0097427_121579.jpg


       私の知っている長野駅は、お寺さんみたいな大屋根が特徴でしたが、
       今は変哲もない、失礼! 駅舎となり、しかも改装中。
d0097427_124717.jpg

       はい、また戻れるチャンスがありましたなら、
       もうちょっとゆっくり善光寺さんの回りも、他の場所も、
       いろいろ見たい物はたくさん!    
       
       昔はこうだったああだった、という懐古趣味は余り持ち合わせず、
       今の目で見て、きっとそれで楽しい筈。
       戸隠にも、地獄谷のお猿さんの温泉も、是非見たいもので、
       再度のチャンスを待ちます!!

       
       長野朝日TVの塚田ディレクターさん、青池さん
       長野へのご縁を頂きまして、本当に有難うございました!!


      
     *****     

       水彩ブログには、ねこ、猫、そしてまた猫を を
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2013-11-08 01:04 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(22)
2011年 08月 07日

   ・・・ 四国は高知の離れ島 沖の島に、そして にゃ~こ ・・・

       今日のご案内は、ポンと日本に飛びまして、はは、
       四国は高知の西部にある離れ島、沖の島にご案内です。
       
       と言っても、まだ私は高知までしか行った事がありませんで、
       昨年の春出かけたというゆんぴょさん、
       ブログリンクさせて頂いている、高知にお住まいの、
       緑の瞳のぷっくり猫ちゃんにゃ~このママが、
       沖の島の写真を数枚載せておられたのを見て興味を持ち、
       もっと見せて、送って、ついでに文も書いてと、ははは。
       
       という事で、文章もゆんぴょさんのご案内で、沖の島にどうぞ!
       そうそう、最後ににゃ~こも登場しますので、お楽しみに!!
       
      ***
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       沖の島・・高知県西部に位置する離れ島。
       馴染みのなかったこの島に、ある春の日、
       思い立って友人と共に訪れました。

       まず高知市内から宿毛まで車で約2時間40分。
       宿毛で一泊し、翌朝、いよいよ沖の島行きの船に乗り込みます。
       一日2往復しか定期便が出ないので遅れたら大変、
       眠い目をこすりつつ、朝7時発の船にいざ乗船です。
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       心躍らせながら乗ったものの、この日は風が強く、
       あまりの揺れに二人ともどんどん無口に・・。

       最初は甲板で島を目指しながら記念撮影を、
       なんて悠長に考えていたのですが、とてもそんな余裕はなく、
       激しく飛び散る波しぶきを船内の窓から呆然と眺めるばかり。

       船は大荒れの海を飛び魚のように跳ねながら
       1時間20分ほどかけでやっと沖の島の弘瀬港に到着。
       頭痛とめまいでクラクラしつつ船を下りましたが、
       陸に上がってからも、ものすごい風の強さ!
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       風で髪の毛や服を揉みくちゃにされながらも、
       目に飛び込んできたのは美しい海、
       そして斜面に沿って建てられた住居

       あぁ、これが沖ノ島の生活なんだなぁ・・、と
       船酔いも忘れ、歩き出していました。


       風をよけるように建てられた家屋、石積み、石段、干棚・・
       遥か昔からの生活の知恵や工夫。
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       平地がほとんどないという大変な場所ですが、
       人々の生活が息づいていました。

       この島では昔、国境争いがあったそうです。
       土佐・伊予両国に二分された時期があり、
       結局明治時代には高知県に移管されたようですが、
       その名残で、島では地区によって高知の文化と愛媛の文化が
       残っているのだとか。



       周囲17kの小さな島とは言え、ぐるりと見て回るのに
       歩きではきつい、ということで、島の方に車で案内して頂きました。

       島の絵地図をどうぞ
d0097427_2391252.jpg

       

       高台から見下ろすと、こんなエメラルドグリーンの海の色! 
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       何と言う透明度・・・光を浴びて煌めき、美しい。

       島周辺は、珊瑚礁や熱帯魚が見られるダイビングスポットでもあるそうで、
       少し車を走らせると「あそこにウミガメがいるよ」と案内の方が。
       絵地図の上の方、久保浦の海水浴場に近い辺りでしたが、
       はい、しっかり見えましたよ~、
       海の真ん中にぷか~と浮かんでいるウミガメ! 

       残念ながら遠すぎて写真に収めることは出来なかったのですが、
       確かに小さくシルエットが見えました。

       時々潜っては暫くして頭を出してくる様子がわかって、感動。
       水族館ではなく、自然の中での行動がこんな風に見られるなんて!
       色とりどりの熱帯魚の姿もたくさん見え、
       思わず子供のように興奮してしまいました。

       絵地図に見える赤い玉は、だるま朝日・夕陽というそうで、
       光の屈折により、太陽が水平線にとけこみ
       まるでだるまのように見えるのを現わしているそう。
       見える条件は大気と海水の温度差の大きな冬場、冷え込みの激しい
       晴れた日に、海面から立ち上がる水蒸気により光が屈折して発生し、
       11月から2月にかけみる事が出来るそうです。



       白岩岬にて、
       気持ちの良い風景です。
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       そしてここには、「四国最南端の碑」が。
       こんなところまではるばる来ちゃったのね・・と実感。
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       それにしてもバックの木の傾き具合。
       それほど風が強い土地ということです。
       
       この白岩岬は星空観測の絶好地なのだそうで、
       とりわけ秋から初冬にかけ、こぼれんばかりの星、
       天の川は南北にくっきりとかかり、
       流れ星は30分に5個は保証します、ですって!



       沖の島のお隣には、さらに小さな「姫島」という
       無人島がありますが、
       お姫様が寝ている姿に見えるので、そう名付けられたそうです。
d0097427_2402820.jpg



       また鵜来島という島もあり、こちらは住人がいるにも関わらず、
       人口30人足らず!、
       道路がなく、車が一台もないとか。
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       時が止まったような島・・ということで興味深かったのですが、
       今回の日帰りでは渡るのは無理でした。



       人々の生活があれば信仰もあり、
       島内には神社も何箇所かあって、見て回りました。
d0097427_2405858.jpg

       こちらは日吉神社、絵地図の7古屋野辺りで、
       天に通じるような石段・・
       145段あるそうです。


       もちろん登りましたとも! 息切れしながらも。
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       あちこちの神社を見て周ると、面白い事に
       狛犬がとても個性的であるということに気づきます。
       南の方の島というので、沖縄あたりに近いものがあるのでしょうか。

       中でもこれはインパクトがありましたよ。
       弘瀬近くにある荒倉神社の狛犬
       丸っこい、何ともユーモラスなお顔。
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       そして島の植物たち。これがまたダイナミック! 
       亜熱帯性植物でどれも大きいのです
       太古のジャングルにタイムスリップしたような気分。
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       極め付けが、荒倉神社のこのアコウの大樹!
       神々しいまでの姿に圧倒されました。
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       樹齢はどのくらいでしょうか。
       古くからの島の歴史をずっと見守り続けてきたのですね。


       あまり知られていない沖の島ですが、
       訪れてみると自然が豊富で歴史や独自の文化があり
       大変魅力的な島でした。

       高齢化、過疎化問題などもいろいろあるようです。
       でも、この美しい自然を守り、
       島の歴史や生活を伝えていくことは大事ですね。
       最近は、離れ島の活性化を目指すイベントも
       時々開催されているようです。

       風の島と言われるだけあって
       ずっと風の音が耳に残りました。

       そして、夕方の定期便に乗船。
       今度は船内で即、大人しく毛布を被って横たわり、
       スタンバイOK.

       また飛び魚のように跳ねる船に、
       自分も魚になった気分でシンクロし、
       沖の島の思い出に浸りながら帰途についたのでした。


      ***

       ゆんぴょさんからのメールによると、
       この沖の島弘瀬には、保健衛生医療に貢献した荒木初子さんと
       いう方の生家もあるそうですが、
       「孤島の太陽」という映画にもなった、というと皆さんご存知かも。
       shinkai が調べたのでは、漫才の横山やすしもこの島出身だったと。
       
       ご案内にあった通りに、この沖の島、それから鵜来島辺りは
       日本有数の海水透明度を誇る恰好のダイビング地の様子で、
       Youtubeでもたくさん楽しめますが、こちらをどうぞ。
       http://www.youtube.com/watch?v=lLnBd99u42Y

       黒潮も通るので磯釣り、とりわけ大物狙いの太公望たちが
       日本各地から訪れるのだそう。

       美味しい魚料理たっぷりの写真も見つけ、
       チャンスがあればぜひ行きたい、と思った島でした。
       
       shinkaiの四国訪問記はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/6653901



       所で、お盆が近くなると
       どうしても登場して踊って欲しい猫ちゃん、
       はい、ゆんぴょさんちのにゃ~この盆踊りをどうぞ!
       皆さんも、ご一緒にどうぞ!!

       はぁい、輪になってぇ・・、 ほれっ
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       くの字になってぇ・・、 よいさっ
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       みんな一緒に、輪になってぇ
       はぁ~ぁ、よよいのよいよい・・、
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       最後は、やはりゆんぴょさんの愛情こもった
       にゃ~この素晴らしいショットで〆ますね。
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       この冬は体調を崩し、ママの看病が大変だった様子ですが、
       大分回復し落ち着いているとの事なので、少し安心しています。

       にゃ~こが元気で、長生きできるよう
       にゃ~こ以外の名前も知らず会った事もない猫ちゃんワンちゃんも
       暑い夏を頑張って元気で乗り越えてくれる様、  
       そして、皆さんにも、ご自愛下さるようエールを送ります!!
       

       いつもお世話様です、有難うございます!
       では、今日もまた、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

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by italiashiho2 | 2011-08-07 00:01 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(2)
2011年 04月 24日

   ・・・ 韓国 インチョン国際空港にて ・・・

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       5日間の広島行きから無事戻り、今日は最初のブログ更新。
       行く前から考えて用意していたのもあったのですが、
       犬も歩けば棒に当たる、shinkai だって何かに出会う、で
       往復のトランジットをした韓国のインチョン国際空港
       ここで見ました美しい物をご覧下さいね

       上の写真は、フランクフルト国際空港のソウル行きゲートで
       見たアシアーナ航空ジャンボ機ですが、
       もうすれすれまでに窓に近く、
       こんなに近くで見た事がないので嬉しくて!

       
       新しく美しく、大変すっきりしたインチョン国際空港
       緩い長~いカーブから2本搭乗棟が突き出している、
       これはその中心通路との交差部
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       上の写真の左下に見える、韓国伝統工芸店
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       ちょうど乗り継ぎに出て来た所にこの店があり、
       並ぶ美しい品々にそそられて、すぐ両替えに走ったshinkai。
       チマチョゴリの美しい女性にも目をとられ・・。


       今回の行程は、ヴェネツィア~フランクフルト~ソウル~広島
       という往復で、ヴェネツィア~フランクフルトがルフトハンザ航空、
       それ以降はアシアーナ航空でした。

       切符はオンラインで購入し、その時にはSeoul と出ましたから
       すっかりソウルのつもりでおりましたら、
       切符にはIncheon Inter とあり、インケオンってどこ?
       はは、hが入る che は ケ と読むイタリア語式に慣れていて・・、

       え?! ソウルじゃないの?! と焦り、
       挙句に、韓国の首都はソウルよね?! とさえ考えだす始末!
       我ながら、如何にお隣韓国について知らないかを再認識、反省。

       例によりこれを書くのに検索をかけ、
       Incheon はインチョン・仁川で、ソウル発の国際線が全てここから、
       故にソウル国際空港とも称される事を知り、納得。

       ソウルのお隣仁川市の海の埋め立て地に建設されたそうで、
       素晴らしく長い橋が続いているのも上から見えました。



       旅客ターミナルは大変モダンで美しく、すっきりのパイプ式。
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       この設計は、関西空港とかシャルル・ドゴール空港を設計の
       レンツォ・ピアーノに違いない、
       うん、でもこちらの方が少し柔らかくて良いね、
       なんぞと考えておりましたら違いまして、
       イギリスの設計家テリー・ファレルとの事、失礼をば。

       でも良く似ていますよ、素人目には
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       今回利用したアシアーナ航空のデザイン。
       グレイの色が見えますが、あれがホステスの服の色にも。
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       素晴らしく鮮やかな水色、コレアン・エアー。
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       長~い旅客ターミナルの両側にはずら~っと免税店が並び、
       他の空港よりもずっと免税店の面積が広いのではないかと。
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       大きな素晴らしいこんな広告写真もあり、
       これでもまだまだ左側が切れていまして、
       手前に写る女性の大きさからご想像を。
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       往きはこのインチョン空港で、6時間20分の待ち、
       戻りはここでは1時間10分でしたが、
       フランクフルトで5時間25分という殺人的スケジュース。

       それでも、戻りの待ち時間に出会いました美しい物を!

       これです、韓国民族衣装の行列です。
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       既にゲートの横でしたが、韓国の民族音楽が聞こえて来たので、
       立ち上がって覗くとこれ!
       そりゃもう即お出迎えに。
       先導の人がいましたので、一日に何回かのお出ましがあるのかも。

       西ターミナル部分の半分ほどで折り返して引き返すのを、
       ちょうど横を通る電動歩道(なんて言うのか、言葉が出ない!)に乗り、
       はは、追っかけもして写しましたので、
       にっこりと、こちらも見てくれたり・・
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       は~い、日本のshinkai ブログ読者の皆さま、こんにちはぁ!
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       まさに、今回再認識した韓国女性の美しさ!!
       チマチョゴリの衣装の美しさ!!
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       後ろから見る男性の衣装も素晴らしい。
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       いやぁ本当に、エアー・ホステスも、空港カウンターで働いている方々も、
       韓国女性がみな素晴らしい美人揃いで、驚きました!
       おまけにスマートで、いつも笑顔で。

       久し振りにジャンボ機に乗り、往きは翼のすぐ近くの席でしたから、
       翼の大きさに驚き、こんな重たいのが飛ぶんかいな?!と。
       ええ、この頃はすっかり、
       新幹線に翼をつけたような大きさの飛行機に慣れておりまして・・。
      


       で、フランクフルトまで戻って来ましたら
       どのカウンターも、空港内の店でも、
       働く人々の年齢層がぐっと幅広く、体格美醜それぞれ様々で、
       ちょっとほっと安心したりで・・。
       長い待ち時間を飛行機の離到着を眺めて楽しみ、
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       朝9時40分に広島空港を出発し、
       夜11時40分にヴェネツィアに戻って来たという、
       時差7時間を入れてお考えを、長~い一日でした。


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       ちょっと強行軍の広島行きでしたが、お陰さまで無事に、
       そして大いに楽しんで、元気で帰って来ました。

       懐かしい友人たちとも会い、大いに笑い喋り、
       元気の元もしっかり頂き、

       泊めて頂いた友人宅では、友人は元より、
       その御主人たちからも暖かい心からの歓迎を受け、
       美味しい物もいっぱい頂き、
       タヌキの様なお腹を抱えて戻りました。

       皆さん、本当にありがとうございました!!

       往きには飛行機の中で本も読み、映画も2本半見ましたが、
       戻りには、ただ映画を3本見ただけ。

       最後のフランクフルトの待ち時間に、途中でゲートが変更になり、
       待ちの椅子でちょっと目をつむっているうちに、
       自分でも途中で気がつくほど、ガクッと首が落ちる居眠りに。

       フッと気がついて時計を見ましたら、10時12分、
       周囲には誰もおらず、・・はは、
       搭乗時間は9時55分、出発は10時25分なのです、
       すぐカウンターに行きましたら、先客が長く喋っており・・、
       でも途中で先に通してくれまして、
       機内に入りましたら、既に皆さん全員着席で・・、ははは。
       もう少しで、置いて行かれる所でしたぁ!


       更新が遅い時間になりましたが、
       今朝より写真整理、記事書きと頑張りましたよってに、
      
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by italiashiho2 | 2011-04-24 18:58 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(4)