イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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カテゴリ:・スペイン・ポルトガル( 31 )


2013年 07月 06日

   ・・・ 麗しの古都 コインブラ n.2 ・ ポルトガル ・・・

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       そちら日本はそろそろ梅雨明けの様子。
       今夏は猛暑という予想も見ましたので、
       皆さま、体調にお気をつけてお過ごし下さいね!

       さて今日は先回に続き、ポルトガルは麗しの古都
       コインブラ・Coimbraの2回目、
       街の一番の高台にあったコインブラ大学から坂道を下り、
       旧大聖堂をちらり、街中もちらり、ははは、
       つまり観光客のおつもりでご覧下さいね。

       百聞は一見にしかず、と例によって写真が多くなりましたが、
       そのおつもりで、ごゆっくりどうぞ!


       上の写真は先回も見て頂きましたが、
       コインブラ大学から見下ろす旧大聖堂で、
       こちらに向かって坂道を下ります。


       街の地図をもう一度どうぞ
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       10.の大学から、北の7.旧聖堂に。
       そして西の6.アルコ・デ・アルメディーナに下り、
       南に向かい大通りの繁華街を通り、
       サンタ・クララ橋の袂の広場辺りまで、の様子です。


       6.のアルコの西に見えるコンメルチョ広場、
       そして大学に至る坂道の様子は、夜の散歩のこちらを。
       http://italiashio.exblog.jp/14211463/



       夜ハァハァと上った坂道、狭い石段をどんどんと下りつつ、
       由緒ありげな建物の扉、素晴らしい赤でしょう?!
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       そして旧聖堂・Sé Velhaの東側に出て来ます。       
       大学から見下ろした写真でご覧の様に、
       如何にも古い中世の聖堂らしく、銃眼もある要塞並みの造りで、
       上部の丸屋根辺りが、またイスラムの趣もありますね。
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       こんなガーゴイルも見かけ・・。
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       ガーゴイルをイタリア語でなんというのか調べましたら、
       ガルゴッラ・gargolla
       検索図版ではやはり圧倒的にパリのノートルダム聖堂ですが、

       ミラノのドゥオーモにもちょっぴり。
       http://italiashio.exblog.jp/17601733



       旧聖堂の北側面にある、こちらは16世紀に改装追加された
       ルネッサンス様式の大きな美しい入り口
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       少し損傷が進んでいて、残念。



       こちらが正面。 
       足元まで写った写真が無く、ウィキぺディアから拝借です。
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       コインブラを「麗しの古都」と書いておりますが、
       実際に、1109年に北の街ギマライシュ・Guimarãesから
       エンリケ公爵がこの街に首都を移し、
       その息子アフォンソ1世が1128年にポルトガルの初代王と
       なった街なのですね。

       この旧聖堂は当時に建設が始まった
       ポルトガルに現存する数少ないロマネスク様式で、
       2代目の王サンシュ1世・Sancho I は、この聖堂で戴冠を。

       聖堂設立当時のこの国はいまだイスラム占領の下にあり、
       この如何にもがっしりの要塞風の造りは納得ですが、
       300年に渡るイスラム下からのレコンキスタは1139年

       初代王アフォンソ1世下でしたが、正式に
       ポルトガル王アフォンソ1世と名乗るのは独立後で、
       それ以前はエンリケ・アフォンソと。

       
       コインブラに首都が置かれたのは1255年までで、
       第5代王アフォンソ3世の時にリスボンに遷都。

       そうですね、ちょっと奈良、京都のイメージに近い感じもある、
       まさに麗しの古都コインブラ、だと思います。


       コインブラの南15k程にあるコニンブリーガ・Conímbrigaには、
       かってここに町を築いたローマ期の大規模な都市遺跡、
       ポルトガルで最大と言われる規模だそう、が残り、
       こちらが主たる町だったのが、ゴートの侵入によって破壊され、
       時とともにコインブラに中心が移ったのだそう。

       コニンブリーガの素晴らしい遺跡、モザイクなどはこちらに
       https://www.google.it/search?hl=it&site=imghp&tbm=isch&source=hp&biw=1417&bih=751&q=conimbriga+portogallo&oq=conimbriga&gs_l=img.1.0.0j0i24.1725.6299.0.9476.10.10.0.0.0.0.253.2219.0j2j8.10.0.eqrwrth..0.0.0..1.1.17.img.2MhMszYklJ0
              
       コインブラはリスボンから200k北に、ポルトからは100k南にと、
       地理的にちょうど中央部に位置し、商業の中心地としても繁栄したと。



       さて、旧聖堂の正面入り口、石段の上部分
       施された中世の装飾が美しい!
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       内部、これは入り口横辺りだったと思いますが、
       四角いタイル装飾でびっしり。
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       が、なにせ窓が狭く、内部はとても暗くて、
       色が写りませんで・・。



       3身廊式で、こちらは内陣奥の祭壇
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       人も多く時間もなく、奥にまでも行きませんでしたが、
       先回のコインブラ大学を創設のディニス1世の妃イザベッラ・
       Isabella(1271-1336) この方は聖女イザベッラと呼ばれ、
       この聖堂奥にお墓があるそう。

       伝承によると、彼女が貧者に施しをするのを好まなかった王が、
       パンを入れた籠を持つ彼女に何が入っていると訊ね、薔薇の花と。
       で、王が籠の覆いを取ると、中には薔薇の花、という・・。

       労働王とも呼ばれ、大学創設もしたディニス1世ですが、
       貧者には冷淡だったという事?
       こういう部分が少し理解に苦しみますが・・、まぁね。



       旧聖堂前の広場には、バールやスーべニール店が何軒か
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       ポルトガルの象徴、雄鶏の置物、お土産がどこにでも。


       広場はこんな石が敷き詰められ、丸石舗装とも違い、
       少々歩き難く。
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       下り坂の細い道は、こんな風に石段が三角に張り出していたり、
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       石垣には、鮮やかな青紫の朝顔が咲き乱れ
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       道脇に出ているレストランのお招き
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       物好きshinkai は、どんな料理か、ははは、
       写真を見て頂こうとサイトで探しまして・・。

       Bacalhau a portugeusa・バカラウ・ア・ポルトゲーザ、で
       発音は良いのかな、つまり、鱈のポルトガル風だと。
       はい、こちらです。
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       つまりポルトガル旅行中に4,5回食べる羽目になった、ははは、
       鱈とジャガイモのグラタン風と。
       
       見ると、またかぁと思ったのですが、
       食べるとどこもが美味しくて、今は、はい、懐かしい!



       下のBacalhau assado na brasaは、発音抜きで、ははは、
       どうやら鱈のグリルらしい、と見当が付きまして、
       こんな感じかな・・?
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       これも美味しそうですねぇ!



       坂道を皆でぞろぞろと下りながら
       せっせと写真を撮りつつ、置いて行かれない様に・・!
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       これは如何?!
       ファド・デ・コインブラ  ライヴ!
       今夜18時から、ポート・ワイン付き 10エウロ
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       夜は到底無理ですが、ちらっと見るとCDも売っている感じ。
       で、1枚買って戻り、時々聞いています。

       皆さん、ファドはお好きですか?
       私は大好きで、お絵描きしながら買ってきたファドや
       ポルトガル・ギターのCDを良く掛けますが、

       コインブラのファドというのは、
       一般にいうファドとはちょっと違いまして、
       それをガイドさんに教えて貰ったのですが、

       コインブラのは、大学の学生たちから始まった
       所謂愛する女性に送るセレナードで、
       これは男性のみが歌うのだと。

       どんな感じなのかをこちらYouTubeでどうぞ。
       歌っている場所は旧聖堂前の入り口前、
       広場をぎっしり埋めた学生たちは皆黒いマントをはおい、
       どうやら大学の記念式典に関しての行事の様子。
       https://www.youtube.com/watch?v=f3WGttZdksg
       一緒に口ずさむ様子、涙を流す女子学生もいて、
       いかにも大学生の街らしい、なかなかに良い雰囲気です。


       お暇な方はこちらも! ははは。
       如何にも大学生らしい、若い熱気あふれる様子。
       http://www.youtube.com/watch?v=AzHg4ozpqEM



       アルコ・デ・アルメリーナ・Arco di Almedinaに続く、
       曲がり角にスーヴェニール店
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       絵葉書や古いCDも売っていたので、お昼御飯の後
       ここまで戻ってアマーリア・ロドリゲスの古い録音のCDと、
       セピア色の絵葉書なども買ったのでしたが、

       はぁ、セピア色の絵葉書についてはこちらを
       http://italiashio.exblog.jp/13899887/
       http://italiashio.exblog.jp/14061698/


       上の写真の右のアーチは、こんな感じで、
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       こちらがアルコ・デ・アルメリーナ
       真ん中奥に見える古い石壁の足元に、上のスーヴェニール店。
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       このアルコ・アーチがなぜ名を残すのか、と言いますと、
       コインブラの街は既に12世紀に
       上の街、貴族や聖職者たちの住まいのある地区、
           のちに大学の学生の住まいもこちらに、
       下の街は一般庶民地区で、モンデーゴ河の川沿い地区、と
       分けられていたのだそう。

       今は勿論往き来自由ですが、きっと当時は開閉の門があり、
       門番もいたのでしょうね。



       正面真ん中に見える建物の右の坂道を下って来て、
       いま手前がフェッレイラ・ボルゲス通り・Rua Ferreira Borgesに。
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       こんな様子のかなり幅広い、店の並んだ通りで
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       車は通らず、敷き石の道
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       両側には、タイル装飾された建物がびっしりと。
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       で、サンタ・クララ橋に続くPortagem広場に
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       下手な、うるさい写真で済みません。



       広場を逆に見るとこんな感じ
       ね、右側の坂道も急でしょう?! 
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       我々はこのあたりで自由行動で好きな様にお昼を済ませましたが、

       これは橋の袂にあるちょっとレトロ調の建物
       壁の色がピンクなのですけど、ポルトガル銀行と!   
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       再度集合した後にバスに乗り、川向うの高台にある
       サンタ・クララ修道院に向かいましたが、

       これは振り返える街の中心部
       大学の位置がよく分かりますね。 
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       河のこちらには、新しい住宅地なども開け、
       鮮やかなアガパンサスの花も、
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       サンタ・クララ修道院
       大学の外の通路から、細長く続く大きな建物が見えたアレですが、
       ミサが終わらずに結局中に入れなかった様な記憶が・・。 
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       という事でバスに乗り込み、斜張橋ライハ・サンタ橋を渡り
       次の予定地であるバターリャ、庶民信仰の篤いファーティマに向かい。
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       う~ん、この辺り、既に2年経ったのに、
       まだ全然整理が出来ていませ~ん、ああ!



       最後は、もう一度河を渡りながらのコインブラの街を
       大学の中庭の向こう、ラテン回廊の入り口も見え、
       それにちょっと掛かる位置に、ジョアン3世の石像も!
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       コインブラの街も、ポルトガルも心に残ります。
       ファドを聞いていると、いつも出てくる言葉
       サウダーデ・saudade は、郷愁、ノスタルジーアと。

       うん、またいつか訪問出来たら良いな・・。
   


     *****     

       水彩ブログに、仕上がったままアップしていなかった作品を
       何点か追加いたしました。
       見てやって下さ~い!
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho/c/745eeaa68cdfea532108ed0bf98f8a48


       いつも有難うございます!  
       こちら本家に
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by italiashiho2 | 2013-07-06 23:47 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(6)
2013年 07月 02日

   ・・・ コインブラ、麗しの古都 その1 ・ ポルトガル ・・・

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       先回遥々ポルトガルにやって参りまして、
       素晴らしい青空の写真が多いのに味をしめ、ははは、
       そのまま居座る事に決めまして・・、
       今回はコインブラのご案内を。

       コインブラ・Coimbraと、その名が頭に浮かぶだけで、
       麗しの古都、ポルトガルで一番古い大学のある街、
       イネスとペードロの恋物語、哀愁に満ちたファドの響き、と次々に・・!


       コインブラに到着した夜、仲間と探訪に出かけた夜の散歩
       様子は既にご覧頂きましたが、こちらに
       http://italiashio.exblog.jp/14211463/

       肝心の大学内部の写真が禁止で撮れなかったのと、
       他の写真の数が多く整理するのが億劫で・・、つまりです、
       写真整理は、自分の頭の中の整理でもありますよって。

       ですが漸くに2回に分けてご覧頂こうと頑張りまして、
       まずはコインブラ大学の様子をどうぞ!

       
       トップの写真は、気持ちよく晴れた初夏の朝
       高台にある大学にバスで向かう所。

       ポルトガルのご案内はこちらから。
       http://italiashio.exblog.jp/i40


    
       街の地図をどうぞ
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       10.コインブラ大学  見える図は大学ではありませんで、
        7.旧大聖堂 のもの
        9.新聖堂

       以前の夜散歩で見て頂いたコンサート開催の広場、
       コンメルチョ広場・Praça do Commercio は、
       6.アルコ・ディ・アルメディーナ・Arco de Almedina の左に。



       大学前の広場ポルタ・フェッレーア・Porta Férrea に到着。
       正面に見える門が大学の同名の門、多分鉄門という意味。
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       大変に広い、街で一番の高台にある大学前ですので、
       見晴らしが良かったのですが、広場全体の写真は無しで・・。

       この日は日曜の朝。
       前夜仲間とはぁはぁ石段を上り辿り着いた時には、
       この広場はどんちゃん騒ぎの後で、
       暗い中にゴミが散らかり放題だったのですが、
       日曜の朝、きちんと掃除が済んでおり、
       これには驚いたものでした。

       右側の建物の屋根のとんがりと、色タイルが面白いでしょう?!



       門のアップを
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       この鉄柵は1634年に鋳造された物と言いますが、
       この門をくぐり、大学の内庭に入ります。



       こちらは広場のモザイク柄
       残念ながら、門の前にあった大きな立派なのを半分見逃し・・!
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       門の内側、内庭側からの門の様子
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       内庭の北側と鐘楼
       この建物は法律学部の古くからの物ですが、 
       半円の石段が導く3連のアーチの壮麗な入り口は、
       18世紀に追加されたと。
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       奥に見える塔は大学の象徴とでも言える鐘楼で、
       街のどこからでも見えます。

       3つある鐘の一番有名なのが1733年からのカブラ・Cabra
       ヤギの意ですが、
       塔ができて鐘が取り付けられて以来、
       代々の学生たちにそう呼ばれているのだそう。



       内庭がちょうど工事中で柵で囲われており、
       広い建物全体が上手く収まりませんで、

       こちらは奥に長く続く西側の棟で、
       上部茶色の飾りの見える扉部分が、サン・ミゲール礼拝堂
       Capela de São Miguel の入り口。
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       西側の棟の一番端に見えるのが、かの有名な図書館、
       ジョアニーナ図書館・Biblioteca Joanina.
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       屋根の色が変わる位置の上に見えるのは、
       この石像。
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       古くからの大学の学部などを象徴する像でしょうか?
       色タイルの丸い瓦の様子、面白いですね。



       建物に沿って西側に移動した所からの正面の様子
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       石段を上り、上の廊下テラス、いわゆるラテン回廊と呼ばれる、
       かってはラテン語しか使えなかった場所との事で、
       皆喜んで記念撮影をしたりしましたが、ははは、




       1階の扉横に、法学部の文字。
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       内庭の南にある石像が、法学部の建物に向かい合っているのが、
       どなたか分からず、半ば意地になって探しまわりまして、ははは、
       はい、漸くに! イェイ!
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       ジョアン3世・João III (1502-1557)
       彼の治世時は、ポルトガルは最高の繁栄期にあったというのですが、
       異端審問を始めた事でも歴史に名を残します。

       で、なぜ彼の像がここにあるのかと言いますと、
       コインブラに創設された大学は、後にリスボンに移されたり
       また戻ったりだったのですが、 1537年彼の命により
       最終的にコインブラに戻ったという功績によるものと。


       コインブラ大学について、ほんのちょっぴりの歴史を。       
       ポルトガルで一番古い大学、と書きましたが、
       創設は1290年の3月、ヨーロッパでの最古の大学の一つとして、
       ポルトガル第6代の王ディニス1世・Dinis I(1261–1325)により。

       大学のそもそもの前身はリスボンにあった様なのですが、
       1354年にコインブラに設置され、その後リスボンとの間で
       行ったり来たり、遂に1537年最終的にこの街に。
       
       そして教授陣の優秀さとも合いまって、
       大学も、街の経済も発展を遂げる事に。
 
       最初の学部は芸術、教会法、市民法、薬学でしたが、
       ・・Artiという学部の訳が芸術で良いのかどうか、
       多分、文学もこれに含まれるかと思うのですが・・。

       現在は8学部に増え、設置場所も大きく3か所に分かれ、
       約22000人の大学生が学ぶ、
       街の人口15万人弱に大きな割合を占める、
       まさに大学生の街、と言えるかも。
       
       学生たちは伝統に従い、黒いマントを纏い、
       それぞれの学部を占める色リボンを付け・・、と有名ですが、
       60年代の独裁政権時代に、治外法権的な役割を果たした
       学生達の家の存在でも有名です。

       コインブラ大学出身の著名人はたくさん居るのですが、
       shinkaiが知る、このブログに関連しては、
       詩人カモンイス、カモイーシュ、ロカ岬に碑が残る、
       正式な記録はないらしいですが、
       当時唯一の大学があったこのコインブラで学んだろう、と。
    
    

       さて、建物のご案内に戻りまして、
 
       こちらは西棟のサン・ミゲール礼拝堂の入り口上部
       1521年の建設で、マヌエル様式と呼ばれる装飾がみられますが、
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       マヌエル様式というのは、ポルトガル独特の過剰装飾で、
       内庭の石像のジョアン3世の父親マヌエル1世・Manuele(1469-1521)
       の時代に始まった装飾様式で、

       大航海時代により世界各地から様々な情報が集まり、
       新しい物への好奇心も綯い混じり、植民地からの膨大な富を使い
       独特の手の込んだ装飾が好まれ、始まった物で、

       下の写真に見える天球儀もその典型的特徴の一つ。



       これはジョアニーナ図書館の扉上部の大きな紋章で、
       18世紀初期、建設に資金を出したジョアン5世・João V の物。
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       見学時間の為に暫くこの辺りで待ったのですが、
       その時に目に止まった、異様な顔を、ははは、どうぞ。
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       如何にも東南アジア的でしょう?!



       では、大学の図をおさらいに
       打った番号がバラバラになってしまい、すみません。
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       右下の8の鉄の門から内庭に入り、
       1がラテン通路、またはラテン回廊のアーチ、
       9.鐘楼
       5.サン・ミゲール礼拝堂入り口
       6.ジョアニーナ図書館の奥の壁
      
 
      
       館内は写真禁止でしたので、内部のはガイドブックと
       サイトからのでご覧頂く事にし、

       2.決議の大部屋・Sala Grande dos Actos
         または帽子の間・Sala dos Capelos
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       ここは大学の大きな儀式の部屋として使われているそうで、
       壁を飾る肖像画は歴代のポルトガル王、
       その下、壁沿いに並ぶ椅子は教授たちの席。

       中にも入れず、上部を巡る通路から覗くだけでしたが、
       天井部分が大変に特徴あるもので、部屋全体も大変素晴らしく、
       ここは写真を撮れないのが本当に残念でした。



       鐘楼の左側に印の付いた部屋、救急診療所とでも言うのでしょうか、
       ・Sala do Exame Privado
       私的な、と付いているのは、大学内クリニックの意と。
d0097427_6321373.jpg

       ここの天井に1701年に描かれたフレスコ画だそうで、
       壁の上部、帯状に教授陣の肖像画があるそう。



       サン・ミゲール礼拝堂内部、17~18世紀の装飾で、
       これは内部にある素晴らしいオルガンの装飾天使像と。
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       さて、お待たせいたしました。
       コインブラ大学見学の目玉の一つ、ジョアニーナ図書館をどうぞ。

       上記しました様に、18世紀の初めにジョアン5世により
       建設されたバロック様式の豪華絢爛の図書館で、
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       最初の写真の一番奥の部屋に見える肖像画がジョアン5世。
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       金と高価な木材、異国趣味の装飾で、
       蔵書は30万冊と!
       ですが、現在はほぼ博物館の存在の様子です。


       
       という所で、外の空気、高台からの外の景色をどうぞ!

       内庭のジョアン3世の石像と、
       街の西側を流れるモンデーゴ河・Mondego
       そして背後に見える斜張橋のライハ・サンタ橋・Ponte Rainha Santa
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       こちらは街の下町と対岸を結ぶサンタ・クララ橋
       Ponte de Santa Clara
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       対岸の上方、細長くのびる白い大きな建物が見えますね。
       あれが見学にも行きましたが、サンタ・クララ修道院



       サンタ・クララ橋のすぐ袂部分
d0097427_6344195.jpg
  
     
       大学の儀式の間・帽子の間から外回廊に出て、
       細い通路を通るのですが、
       そこからの眺めがこんな様子で、

       そう、コインブラ大学は街の一番の高台にあるのが
       よくお分かりでしょう?!



       建物の隙間から見えた新聖堂
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       大学のすぐ足元、北側の部分。
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       そして、こちらが旧聖堂
       次回にご案内を。
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       外の通路を歩いている時に、ブィ~ン、ブィ~ンと
       これはなんと呼びますか、パラ飛行機?!
       何度も我らの頭の上を通り、皆がわぁ~いと手を振り、
       写した写真を少し大きくしましたら、
       ははは、彼らも手を振っておりましたぁ!
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       という青空の写真で、今回のご案内をお終いに。

       今回はちょっとバタバタとしたご案内になったかもですが、
       またの続きをお楽しみに、お願いいたします!!



     *****     

       水彩ブログには、ムラーノ島のビザンティン教会、 途中経過
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2013-07-02 06:38 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(4)
2013年 06月 27日

   ・・・ 発見のモニュメント ・ ポルトガル、リスボン ・・・

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       今日は、ポルトガルはリスボンの西の地区ベレン・Belémにある
       「発見のモニュメント」をご覧下さいね。

       いやぁ、毎回あちこち飛びまわりたい訳ではないのですが、
       今回はヴェローナのドゥオーモかお城を、と用意しつつも
       イマイチ気が乗らず、
       夏の海、青空が見たいなぁとスロヴェニアの在庫まで探しに・・!
       
       結果、大航海時代を開いたポルトガルの男達がわんさかいる
       ははは、この記念碑の背後の青空を思いだし・・、
       という訳です。

       トップの写真は、ベレン地区に向かうバスの中からの
       4月25日橋、約2kの長さ。
       対岸に見える腕を広げたキリスト像は、
       ブラジル、リオ・デ・ジャネイロの山上にあるもののレプリカ。

       まるで海の様なイメージを持つ大河テージョが、
       緩やかに蛇行してゆくリスボンの街と対岸を繋ぐ橋は、
       この4月25日橋と上流側のヴァスコ・ダ・ガマ橋の2本。

       ヨーロッパで一番長いと言われる17kに及ぶ
       ヴァスコ・ダ・ガマ橋については
       リスボンの新地域・街の新しい顔 1と2 でご案内を。
       http://italiashio.exblog.jp/14607828/
       http://italiashio.exblog.jp/14614288/



       西に向かい、やがて見えてくる「発見のモニュメント
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       ベレン地区には、一枚の写真に収まらない程の大きな
       このジェロニモ修道院も、
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       有名なベレンの塔もあるのですが、
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       今回は1枚づつだけでパスし、次回に、ね。


       ベレンの塔前からこんな風に見える、
       4月25日橋と、手前左側に「発見のモニュメント」
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       こんな風にカラヴェッラ帆船、15~17世紀にかけ
       ポルトガルやスペインで使われた3本マストの快速帆船、
       の舳先を模したもの。
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       後ろから近ずくとこんな風な形で、高さは52mと。
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       中程までエレベーターがあり、その後は階段を自力で、はい、
       塔の一番上まで上がれ、パノラマを堪能できるそう。



       船の両側には、ポルトガルに大繁栄をもたらし
       世界地図、地球の形への認識を大いに改めさせた
       大航海時代の男達の姿が居並びます。

       こちらは東側、先頭に立つのはエンリコ航海王子
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       テージョ河に舳先を向けた形のモニュメントなのですが、
       現在のこれが作られたのは1960年の
       エンリコ航海王子の没後500年を記念しての事。

       それ以前にも同様の記念碑があったようですが、
       粗雑な資材での建設で崩壊の危険もあり、
       この記念年を期しての再建設だった様子。

       船型部分はセメントですが、
       両側の人物像は白い石像。



       で、背後の突堤には、この羅針盤を模した大理石のモザイクがあり、
       「薔薇の風」と呼ばれる円形の直径がなんと50m!
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       写真はウィキペディアから拝借ですが、



       こちらも拝借の写真で、中心にある世界地図の様子を。
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       白く描かれたシダの葉型ですが、

    ◆ 追記です
       なんの気なしに「シダの葉」と書いたのですが、
       シダの葉に何か意味があるのかも知れませんが、
       航海に関連する、羅針盤の中のブルーの部分ですから、

       ひょっとして「海草」を現わしているのかも!と気が付きました。
       どう思われますか?
 



       如何、この大きさなのです、 全体をご想像下さい!
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       で、はい、我が日本の国は・・!
       許容範囲の姿かなぁ・・?!
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       帆船も見え、shinkaiの頭も写っていますが、ははは、
       日本の下に見える数字1541は、
       ポルトガル側からの日本発見年でして、
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       我々は1543年に、種子島にポルトガル人が鉄砲を伝来、
       と学んでいますが・・。



       人間像の細部をご覧頂くとして・・、
       東側から、前半分をまず。
       
       先頭に立つ、手にカラヴェッラ船を持ったのが
       エンリコ航海王子(1394-1460)
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       こちらがポルトの街で見かけた大きな
       エンリコ王子のタイル装飾、教会の壁にあったものですが、
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       大航海への熱い情熱を持ち、航海士たちへの資金提供もし、
       大航海時代の到来を招いた人物としての評価ですね。



       もう一度写真をご覧頂き、

       2人目はアフォンソ5世・AfonsoV(1432-81)
d0097427_254831.jpg

       エンリコ航海王子の甥にあたるポルトガル国王で、
       航海への資金提出をしたと。

       3人目がヴァスコ・ダ・ガマ(1460-1524)
       アフリカ南岸を経てのインド航路を開拓
       ポルトガル海上帝国の大繁栄の基礎を築いた人とでも。


       頭だけ見える方を除き、下に全身が見える4人目は、
       ペドロ・アルヴァレス・カブラル(1467-1520)
       ブラジル発見者。

       ポルトガルの大繁栄は、ブラジルそしてアフリカに
       植民地を持っていたのに由来しますが、そう、この方。


       5人目がフェルナン・デ・マガリャンエス、はい、
       フェルディナンド・マゼラン(1480頃-1521)、
       初の世界一周航海を成し遂げたものの、自身は
       フィリピンで戦死という・・。



       後ろ半分をどうぞ。
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       紋章の付いたのを持っているのが、アフリカのコンゴを
       発見のディオゴ・カオン(1450–1486)
       

       後ろから2人目十字架を胸に、手を合わせているのが、
       1549年に日本への初のキリスト教伝道の
       フランシスコ・ザビエル(1506頃-1552)
       


       では西側の全体をまず見て頂きまして。
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       私がなぜこのモニュメントに興味を持ったかと言いますと、
       こちらの真ん中から下辺りに、僧服が2人、
       上の一人は十字架を高く捧げ持っているのですね。

       あ、坊主がいる、(失礼!)
       神の名の下に、侵略を大いに励ました輩に違いない、と
       名前を知りたくなったのでした、はい。



       エンリコ航海王子の後ろに屈む人物は、
       エンリコの弟フェルナンド聖王子(1402-1443)
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       聖王子と呼ばれているのは、モロッコ遠征に出かけて捕虜となり、
       獄死して後に、カトリック教会より列福されている為で、
       
       そうですね、大航海時代と言うと華やかな大冒険のイメージが
       沸きますが、植民地を求めての大航海で、
       その為の戦争、残虐な殺戮も大いにあった訳ですね。


       航海士、数学者、天文学者などが続きますが、
       中程にパレットを持った画家の姿!
       ヌーノ・ゴンサルヴェス、15世紀後半に活躍の画家と。
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       その次がカモンイス、又はカモイーシュ(1524年頃 - 1580)
       ポルトガル史上最高の詩人と謳われますが、

       「ここに地が果て、海が始まる」と彼が歌った
       ロカ岬のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/13939361



       そしてその後ろに僧服2人が続き、
       フエレイ・エンリケ・カルバーリョ、
       フェルナン・ゴンサロ・デ・カルバーリョと言い、
       どちらも神学者というのですが・・。

       続く一人の名が見つからず・・、



       王冠を戴く女性が一人、この方はエンリコ航海王子、
       フェルナンド聖王子、後ろに控えるコインブラ公ペードロ達の
       母君、そして東側にいるアフォンソ5世の祖母に当たる
       ドナ・フィリパ・デ・レンカストレ(1359-1415)と。
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       英国ランカスター家出身の王妃で、ポルトガル王ジョアン1世との
       婚姻での嫡子達が優秀で、ポルトガルを繁栄に導いた、
       という事で、ここに唯一の女性像なのかも。


       最後は上に名が出ましたコインブラ公ペードロ(1392-1449)

       最初に名を知った時は少し驚きまして、あれこれきちんと名前を
       調べる元にもなりました。
       
       はい、私のブログに何度か名前が出ておりますが、
       覚えておいででしょうか?
       フィレンツェ、ルネッサンス期の彫刻家
       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノを。

       コインブラ公ペードロは彼の実の父親で、
       デジデーリオは庶子の為フィレンツェ近郊の石工の家に
       養子に出されたと、森下典子さんの「前世への冒険」に。

       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノをご存知ですか?
       http://italiashio.exblog.jp/10782262/

       
       コインブラ公ペードロは旅行好きで外交官を務めていた様子で、
       イタリアはフィレンツェのみならずヴェネツィアにも勿論、
       トゥレヴィーゾにも来ている事を知り、驚きつつも
       なんとなしに親近感を感じたものでしたが、

       エンリコ航海王子の兄にあたるのに気が付かず、知らずにおり、
       ・・なにせ同じ名がめったやたらですものね、と言い訳、
       当然東側2番目にいるアフォンソ5世王の叔父、
       というのが結びつかずにおりました。

       幼い王の即位に関し摂政を勤め、後に反逆罪の名の下で戦死、       
       というので、こちら側の一番しんがりの位置に、と思いますが、

       ポルトガル王家の歴史まで手が届かず、知らない事ばかりで、
       時々芋づる式にこうしてずるずると出てくると・・!!
       
       オビドスでも、名前が出た様な記憶が・・、
       http://italiashio.exblog.jp/14574212/
       http://italiashio.exblog.jp/14579556/



       カモイーシュが「ここに地が果て、海が始まる」と歌った
       ロカ岬からの大西洋の海
       この海の先を目指し、彼らは出かけて行ったのでした。
d0097427_2101060.jpg



       最後はサイトから拝借した、美しい写真をどうぞ。
       海の先は落ち込み、誰も戻れない、との恐怖と闘いつつ
       航海に出かけて行った男達の姿をイメージできるような・・。
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       ポルトガル、スペインのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i40/



     ◆ お知らせ ◆

       広島の絵の友人槇原慶喜さんから、
       還暦を記念しての、絵と写真による個展のお知らせが届きました。
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       槇原慶喜展
       2013年6月28日(金)~ 7月22日(月)
       安芸高田市立八千代の丘美術館市民ギャラリー
       10時から17時 
       閉館 火曜日

       お出かけ下さいますよう、ご案内申し上げます


       
     *****     

       水彩ブログには、ヴェネト、プロセッコの葡萄畑を描き始めました!
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2013-06-27 02:27 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(12)
2012年 10月 12日

   ・・・ アルファマ地区の散歩 n.2 ・ ポルトガル、リスボン ・・・

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       ポルトガルはリスボンの古くから開けた地区、18世紀の大地震にも
       唯一生き残った古い地区のアルファマ・Alfama
       素晴らしい眺望を持つ高台のサン・ジョルジョ城から下る急な道筋、
       ここに狭い路地が入り組み、かってあったカスバ・要塞を偲ばせます。

       今日は先回のお城からの眺望に続き、
       アルファマの急な狭い坂道を辿り、下町の古い面影を
       味わって下さいね。

       上の写真はお城の庭に見えた槿、ですよね?

       地区の図は最後にご覧頂きますね。

       今迄のポルトガルのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i40



       こちらはポルトガルの黄金期を築いたマヌエル1世(1469-1521)
       幸運王とも呼ばれるそう、の石像。
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       マヌエル様式という彼の時代の恐ろしく手の込んだ美しい装飾もあり、
       リスボンのベレン地区のご案内で、またはたくさん訪れた教会修道院の
       ご案内で、幸運王と言われる彼の人生もお話いたしますね。


       木の上のクジャクたち
       お城にはたくさんクジャクが放し飼いで、か、勝手に生きているのか、
       平然と目の前を歩いていたりして・・。
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       さてお城の見物を済ませ、出てきた所で
       下の道の突き当たりに見える三角屋根の教会
       先回もお城に上がる道で、横を通ったのをご覧頂きましたが、
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       サンタ・ルチーア教会・S.Luzia と分かりました。
       南側の壁はアズレージョ・青と白の装飾タイルで飾られ、
       庭園からはミラドゥオーロ・Miraduoro・黄金の眺望 と呼ばれる
       アルファマの下町の眺めが楽しめる地点なのだそう。



       我々は来た道を下らず、路面電車の道を横切り
       も少し坂道を上がり、
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       この眺めの良いテラス・Largo das Portas do sol に。
       手前に見える像は、聖ヴィンチェンツォ・San Vincenzo で、
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       背後に見える大きな教会、これは名を探しまわりましたので、ははは、
       書かせて下さいね。
       はい、分かってしまうと何の事はない、聖ヴィンチェンツォ教会、
       16世紀末から17世紀にかけて街の城壁外に建設された物で、
       どうやらこの教会でリスボン生まれのパドヴァの聖アントニオが、
       最初に修業を始めた様子。

       聖ヴィンチェンツォという方は、リスボンの街の守護聖人だそうで、
       イベリア半島で大変に信仰されている方と。
       ローマ帝国下の弾圧で、殉教されたのは304年頃。
       サラゴーサの司教補佐をしており、この司教が吃音だったために
       彼を援け活躍していたのだそう。
       伝承によると、
       司教と共に鎖につながれサラゴーサからヴァレンシアまで徒歩で連行、
       グーグルの地図で見ましたら、なんと300kを超す距離!
       めげずに神の福音を叫ぶ彼は関節を外す拷問を受け、
       むくんだ体を暗い陶器の鋭い破片をばら撒いた部屋に投げ込まれ、
       それでもめげずに良く響く声で神への感謝を。

       遂に執政官は彼を柔らかいベッドに寝かせますがここに絶命。
       遺骸は野生獣の餌にと投げ込まれるものの、カラスがやって来て護り、
       今度は遺骸と石を袋に詰め込み口を縫い、河に投げ込んでも沈まず
       岸に流れ戻り、こうして信者たちが収容し、教会を造り埋葬したと。

       あれこれと知らない聖人は本当にたくさんおられ、
       伝説を読み始めると、洋の東西を問わずの民衆信仰の厚さが窺われ、
       興味が尽かず、ヅルヅルと芋づる式に・・。



       お待たせいたしましたぁ!
       ポルタ・ド・ソル広場からの眺望をどうぞ!
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       イタリアの屋根瓦の色よりももっと鮮やかなオレンジ色の瓦で、
       それも新しい屋根が多いですね。
       仕方がありませんね、18世紀の大地震の後の再建が多いのですもの。

       奥に一際大きく見える丸屋根は、国の名士の葬られるパンテオン、
       サンタ・エングラーシャ教会・Santa Engrácia 17世紀建設。



       こちらは少し下に見えるSanto Estêvão教会
       聖エステヴァオとはどなた?と思いましたら、
       イタリア語では聖ステーファノだそう。
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       赤い瓦屋根の色に、これまた濃い青色のテージョ河が一際美しく・・。



       こうして見ると瓦の形もイタリアとまた違い
       平板で畝が付き、畝の最後が締まる形なのですね。
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       shinkai、ほら、軍艦がいる!と仲間が袖を引き、ははは、
       河にねぇ、軍艦がねぇ!
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       手前に見える教会の屋根は、アルファマの下の方にある
       サン・ミケーレ教会で、後ほど正面を。



       やはり歴史ある街には、如何にも下町らしい古い建物も見たく
       こういう部分があるとホッとしません?!
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       で、いよいよ坂道を下りはじめますが
       つるつる滑るサイコロ石舗装で、
       通りの名はNorberto de Araújo、どう発音を?!
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       先の方に葡萄棚が見えますが、
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       昨年の6月下旬、こんな風にかなり房が大きくなっておりました
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       狭い石段を下り
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       こんな泉を道脇に見つつ
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       入り口から狭い階段が上の階に
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       そしてまた下りの石段
       はい、アルファマの下町訪問は、お城の続きにどうぞ!
       下から上るのは大変ですぞ!
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       さて、下町名物と言ってよいのかどうか、ははは、
       翻る洗濯物のあれこれ。
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       そしてグループの何人もが、shinkai!!と
       一斉に声を上げて呼んだのが、これ!
       ははは、カナリアの鳥籠にパンツを穿かせてあったのです!
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       shinkaiは隣の茶色いのも一緒に構図に入れまして・・、ははは。
       はい、旅行の際のshinkai は、グループからは写真係と認識されておりまして。



       ガイドさんの話によると、この地区はやはり下町というか、
       家賃もお安く、住人にはお年寄りが多いのだそう
       なので、こういう石段の坂道は住むのには大変な事もあり、
       日常の買い物も問題なのだそう。

       また石段があって、ここは逆向きに
       ここにもまた葡萄棚。
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       入り口の扉脇にお祭りの飾り付けがあり
       可愛いワンちゃんの表札かな、それとも猛犬注意?。
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       小さな広場に出された、如何にも庶民的な椅子と机
       ですが、全部バラバラの形で色も別々。
       なんだろ? 古物店だったのかな?
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       サン・ミケーレ教会・S.Miguel 前の飾りつけられた広場
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       如何にも庶民相手風の、野菜果物屋さんの店頭
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       そして、またまた下り段
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       間違えて嵌め込まれたタイル壁があり、はは、
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       こんな建物下のアーチをくぐり、我々は海岸沿いの大通りに
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       アルファマ地区、下町の地図をどうぞ
       我々が下った道順に赤点を打ってみましたが、
       こうして見ると、一般観光客向けにすっと通り抜け、
       奥の方に行かなかった事が良く分かりますね。 残念!
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       上と右下に四角く囲いました部分の写真を、
       ガイドブックからどうぞ!

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       上の Beco des Cruzes ですが、
       アルファマの殆どの曲りくねった小路は、急傾斜で丸石舗装
       住民たちはしばしば洗濯物を、細い小路のあっちから
       こっち側へと干し渡す

       魚屋さんの店頭の写真、あれは太刀魚ですね。
       美味しそう!!


       下の囲いの写真は、こんなレストランのテラス席で、
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       迷路の奥に隠れている流行っているレストランは
       中庭での食事を提供する
       Beco di Azinhal のIl Lautasuco(写真)では
       素晴らしいポルトガル料理を味わえる

       で、巻末のページにお値段を見に行くshinkai。
       1人10~15エウロと出ているのですが、
       さて、このガイドブックの調べがいつの物か、その記載なし!
       う~ん、まぁ倍として30エウロかな?

       ポルトガルでの食事は美味しかったし、安かった事も確か!
       また行けるチャンスがありますように!!



       さて、最後は街の中心ロシオ広場から見上げる
       サン・ジョルジョ城をどうぞ!
       素敵な高さでしょう?!
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       街中の写真も、西のベレン地区もまだ纏めておらず、
       ぼちぼちと、よろしくお願いいたしま~す。


    ** お知らせ、2つ **

       長野県にお住まいの皆さま

       長野朝日放送の「おお、信州人!」に今回出させて頂く事に
       なりましたが、
       放送は、この16日火曜日18:55~19:54に。

       最近番組のスポットCMが流れているそうで、
       それを聞くのも小々冷や汗ものですが、
       13日の「駅前テレビ」でも、番組紹介があるそうです。

       番組には、私の絵の師匠、と勝手に決めております
       日本画家の二木(ふたつぎ)一郎さんのインタヴューも出る筈で、
       未だお顔もお声も知らない彼との初対面となります。
      
       誠に不思議なご縁で、長野県出身者がサイトを通して知り合い、
       私が昨年末から絵を再開して以降は、
       心からの励まし、お教えを頂き、
       ただただ 感謝!! の一言なのです。

       中学2年の半ばに関西に引っ越し、その後どんどん長野から遠く、
       一度戻っただけの長野市。
       ブログをしている事で、この何年か長野との繋がりも復活してはいましたが、
       今年になって遠かった信州が急に驚くほど近くなりました!
       そして来年はもっと近くになりそうで、
       このお知らせはまた近いうちに!

       どうぞ、火曜日の夜、番組を見てやって下さいませ!!

       
       番組の撮影班来伊の様子は、こちらに
       http://italiashio.exblog.jp/16575521/


       もひとつのお知らせは

       ちょうどタイミング良く、17日から松本市の井上百貨店
       ギャラリー井上 で、二木さんが個展をされます。
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       新作のご紹介、そして番組出演についても、
       二木さんご自身のブログ「風色明媚」のこちらに記事があります。
       http://blog.goo.ne.jp/futa2560

       個展には、イタリアに題材を取った新作の出展も何点かありますので、
       お近くの方、是非お出かけ下さるようご案内いたします


     *****


       ただ今水彩ブログには、ブラーノ島に吹く風 描き始め
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by italiashiho2 | 2012-10-12 01:17 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(12)
2012年 10月 07日

   ・・・ リスボンの、アルファマ地区の散歩 n.1 ・ ポルトガル ・・・

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       時に懐かしく思い出す旅のあれこれ。
       未整理の旅の纏めも兼ね、今回は昨年初夏に訪ねたポルトガルは
       リスボンの旧市街地、アルファマ地区・Alfama
       2回に分けてご覧頂こうと思います。

       アルファマ地区はリスボンの東、急傾斜の地形に沿ってあり、
       いわばリスボンの古くから開けた地区。
       が次第に街の中心が西に移るにつれ、漁師と貧しい人々が
       取り残された地域となったそうですが、
       1755年の大地震を唯一、古い街で生き延びた地区でもあり、

       現在は、アルファマの高台にある、素晴らしいパノラマを持つ
       サン・ジョルジョ城が観光の主要点となり、
       古い異国情緒を求めての観光客で賑わっている、という様子。

       という事で、まずはサン・ジョルジョ城からの素晴らしい眺めを
       そしてアルファマの有名な急傾斜の石段を次回に。

       上の写真は、高台に向かうバスの窓から見る
       リスボンの有名な市電
       狭いカーヴの多い旧市街の坂を、ぐらぐらと揺れながら。

       ポルトガルの今迄のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i40



       さてバスを降り、目の前に見えたこのリスボンの大聖堂
       shinkai は、あ、凄い!と喜んだのですが、
       何の事はない、このリスボンのドゥオーモ・大聖堂は素通り!
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       で、連れて行かれましたのが、すぐ近くのサンタントーニオ教会
       そう、リスボン生まれの聖人アントーニオ、
       イタリアではパドヴァの聖アントーニオと呼ばれる聖人の
       生家跡に建つサンタントーニオ教会でして・・。
       イタリア人には親しく、前の法皇様もお立ちよりの教会だそうですが、
       時に不信心者は、あ~あ、何でやねんなぁ、と思いますです、はい。



       とにかく狭い坂道を、市電が走り、その隙間を車が埋め
       歩行者は脇の狭い歩道をね。
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       地図をどうぞ
       右上がアルファマ地区のある部分で、左がその拡大。
       8.リスボンの大聖堂
       9.サンタントーニオ教会
       10.サン・ジョルジョ城
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       城の右下にピンクで埋められた辺りが、下町アルファマ。 



       という事で、お城・Castelo de S.Jorgeに向かい
       せっせと坂道を上ります。 
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       途中道脇に素晴らしい大樹、そしてその根元に素敵なカップル、
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       三角屋根を持つ、面白い姿の教会を横目に
       内部にはきっと何か見所があるでしょうにねぇ。
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       道はこんな感じ。
       硬い石の舗装で歩きにくく・・。 
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       せっせと坂道を歩きつつも、左右に目を配り、ははは。
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       こんな小さい、すっきり爽やかな入り口もあり、 
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       坂道の様子、お分かりでしょうか?!
       グループの皆は脚が達者でコンパスも長く、
       shinkai は写真を撮りつつ、せっせと追いかけます。
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       古い骨董店もあるのですが、見る暇もなく、 
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       これは、ヴァスコ・ダ・ガマの帆船サン・ガブリエルかな?
       リスボンでは、全てにヴァスコ・ダ・ガマの名が付いていましたっけ。 
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       ファドのお祭り のポスター
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       では古きリスボンを偲んで、一曲どうぞ!
       http://www.youtube.com/watch?v=v6P68KXeBy4&feature=related


       お城の前のスーヴェニール店
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       テラスの賑やかな飾りつけは、ちょうど訪問の時期がお祭りに重なり、
       確か聖ジョヴァンニのお祭りだったと思うのですが、あやふや、
       行く町、街で賑やかな飾り付けを見ました。
       


       さて漸くにお城の門。 
       上に1846の年号が見える通り、この高台の城も
       1755年の地震で大被害を受け、この門も19世紀の物だそう。
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       門から入りぐるっと回り込むと、この大見はらし台に
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       では、高台の城からの眺めをどうぞ!
       これは街の西、ベレン地区にある4月25日橋
       殆どテージョ河の大西洋への河口近くに。
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       河の対岸に見えるキリスト像は
       十字架に見えますがキリストが両腕を広げた形で、
       ブラジルはリオ・デ・ジャネイロの山上のキリスト像に倣った物だそう。
       そう、ブラジルはかってポルトガルの植民地でしたね。



       広い広いテージョ河
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       川幅はどれ位でしょうか、川下の4月25日橋は長さ2277m
       川上にあるヴァスコ・ダ・ガマ橋は、カーヴしているとはいえ
       17.2kmもあるのですぞ!



       コンメルチョ広場が見え、右には凱旋門の上部も
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       バスでも通りましたが、夜皆でぞろぞろと探検に行きましたっけ!
       地下鉄、なるものに乗り慣れない皆さんはいささか緊張して
       方向感覚を失くした様子で、可笑しかった想い出が。



       手前真ん中に、凱旋門から続くアウグスタ通りから見えた
       サンタ・ジュスタのエレベーターが見え、
       その奥に見えるアーチの繋がりは、1755年地震の廃墟が
       記念物となって残るカルモ教会
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       これはフィゲイラ広場と。
       奥の建物の向こう側には、もっと細長く広いロッシオ広場
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       城の下すぐ近くの、坂道の家並
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       親子連れかな? 三人とも片足を柵に乗せ遠くを見ている、ははは。
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       1755年のリスボン大地震は、6万人近い死者が出たという
       大災害で、街はほぼ全滅したというのですが、
       それでもこうして見ていると、時に古そうな建物も見えます。
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       まさに海の様なテージョ河を往き来する船
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       街の要塞だった城ですから、こんな古いのも備わり
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       城の起源は大変古く、紀元前6世紀頃にまで溯るそうで
       ここに見えるアーチの上には何があったのか、
       かなり古いものですね。
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       城の見取り図
       大きな丸のついた右側辺りからパノラマを楽しみましたが、
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       7が入り口の門で、10の左の建物と城の間を抜け、
       城館4、5 の前庭に出ますが、
       リズボンの街は、この城の下一帯に広がります。



       18世紀の地震での城の被害も大きかったそうで
       その後一旦修復された物の、近年まで放置されていたと。
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       建物を回り込んだ所にあった天水井戸というのか
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       前庭部分
       堀らしく見えますが、う~ん、この高台にねぇ・・?
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       前庭からの眺めで、見えるポスターは、
       城内で行われる歴史劇ショーの宣伝の様子。
       ラヴ・シーンで釣るのは、いつもの事ながら、ははは。
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       塔の上にも上がれる様子ですが、
       我々は、やはり素通りしたのみ。

     
       という所で今回はお終いに。
       次回の、アルファマの下町の様子もお楽しみに!


     *****


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by italiashiho2 | 2012-10-07 05:21 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(12)
2012年 07月 12日

   ・・・ n.4 セヴィリアから、サンティアーゴ・デ・コンポステーラに ・・・

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       南スペインはセヴィリアから一路北上、スペインの最北西に位置する
       一大巡礼地サンティアーゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼道
       ヴィア・デ・ラ・プラータの行程を、友人ジャコモの写真を拝借して
       ご覧頂いておりますが、

       今回がいよいよ最後、35日目にして聖地に辿り着きます。


       が、まずは先回見て頂いたサラマンカから続く山道、
       寒村の宿の様子からどうぞ

       大きな街のきちんと整備された宿は少なく、上の写真の様に、
       殆どは外から眺めただけでは普通の民家と変わらない宿の様子で、


       内部もこんな様子
       なんとなく、どこかの家に似てごたごたしていて、ははは、
       古そうな質素なテーブルに、家庭的な赤白チェックのテーブルかけ、
       そして、冷蔵庫が輝きます!
       それにしても、石段のすり減っているのに驚きました
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       要塞とか鐘楼ではすり減った石段を見かけますが、
       普通の家の中で石段、そしてこんなにすり減っている・・!



       これはバールと思いますが、
       こうして巡礼の印のホタテの貝殻に名前を書くと
       店内に吊るしてくれるのだそう。
       古い貝、新しい貝、そしてこの夥しい数!
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       曇り空の下、通り抜ける道脇に見えるこれ、
       これは穀物倉なのだそう
       ほら、日本でもネズミ返しと言いましたっけ、進入を防ぐ知恵、
       あれがやはり、ここにも見えます。
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       ジャコモの写真には、これ一つだけでなく何枚も。



       そしてまたの山道。
       細く細く続く道の先に平地が見え・・
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       またもや美しいローマ期の橋を渡り、大きな街に到着
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       この辺りは多分、街の外れと思いますが、
       ここはオレンセ・Orense またはオウレンセの街
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       巡礼道の地図をどうぞ
       オウレンセの街は、通常35日間の巡礼日程では29日目、
       はい、あともう少し! の位置。
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       先程見て頂いたローマの橋はミーニョ河・Miño に架かり
       人口11万人程のこの街は、この辺りの交通要所。

       周辺一帯は大変肥沃な地で、近代的農業、豚の飼育も盛んで、
       温泉地としても有名なのだそう。

       オウレンセという街の名も、町が造られたローマ期の
       アウリエンセ・Auriense・金の町から来ているそうで、
       ミーニョ河の砂金に由来するのだそう!

       美しい塔と鐘楼が見えますが、これは11~12世紀の物で、
       17世紀前半までこの街は司教の支配下にあったのだそう。
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       旧市街の狭い小路の先に、美しい塔が見え
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       この一帯で一番美しい聖堂の一つ、と言われるオウレンセの聖堂正面
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       聖堂内にある天国の門
       こちらの方が色鮮やかに彩色されておりますが、
       巡礼達の目指すコンポステーラの聖堂にもやはり、天国の門がありました。
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       外からの眺めで大きな美しい塔と思ったのが
       内陣部分だったのですね。
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       明かり取りを兼ねた2連の窓が2層になり、
       アーチの重なりで丸天井になっていますから、
       やはり外側のレース飾りは美的見地からなのでしょう。



       マイヨール広場と。
       お天気で良かった!
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       さて、オウレンセの街を出発、再びの巡礼道を辿ります。

       ロバ君の向こうに、無言の矢印
       背後の緑の並み板にも、矢印。
       道が付きあたりの曲がり角かも。
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       再びの山道ですが、舗装され、少し幅広く。
       漸くに花咲き始める早春
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       通りかかりの村はずれ、共同洗濯場でのお洗濯
       そう、まだ現役の洗濯場があるのですねぇ。
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       他所者達が村を通り過ぎるのに慣れたワンちゃんは
       朝の陽射しの中、カメラに収まるにも、座ったまま。
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       遂にやって来ました!
       サンティアーゴまで、あと20キロ!!
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       で、ジャコモ達は巡礼行最後の夜をここで泊まったそう
       他の宿の写真を見るとまだ明るい内ですが、
       きっと、明日最後の20kを、という事だったのでしょうね。
       大きな施設ですから、きっと国営の宿泊所ですね。
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       最後の1日
       聖ヤコブが祝福を与える像の見える泉もあり、
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       遂に遂に、大聖堂の尖塔が家並の向こうに!!
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       到着!
       聖堂前広場で、へたりこむ2人
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       ここでは笑顔が見えますが、
       アーチの柱に寄りかかる写真の中のジャコモの顔は、
       憔悴しきった表情で・・。
       きっと知らず知らずの内に、急ぎ足になっていたのかも。
        

       一息ついて、内部参拝に
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       こんな風に記念撮影もし・・
       ええ我々も、この石段の所で写真を撮りましたっけ。 
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       聖堂前広場の北側にあるかっての巡礼宿兼病院
       現在は高級ホテル。
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       広場で出会ったらしい、こんな子犬連れの巡礼者
       チビちゃんはカンガルーの赤ちゃんみたいに、
       首から下げた袋に入れて貰って、まぶしそうな目で外の世界を・・。
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       さて街を一回り、旧市街のどこか懐かしい町並みも愉しみ
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       こんな若者達のバンドの行進も
       先頭の太鼓とシンバルの若者は、お腹で車を押していて、はは。
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       夕陽の陰が長く延びる聖堂前広場
       写真が無くて残念ですが、
       夜は照明されてとても綺麗だったよ、と。
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       サンティアーゴ・コンポステーラの街、聖堂のご案内は、
       http://italiashio.exblog.jp/i40


       ついに35日間の巡礼行を終え
       疲れ果てながらも、心軽く迎えるコンポステーラの夕暮れ
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       ジャコモ、ご苦労様でした!
       そして、写真有難う!!
       お陰さまで、数枚の写真では分からない巡礼行の凄さを
       多少なりとも窺い知る事が出来ました。


       サンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼道(フランスから)
       1993年にユネスコの人類遺産に指定されて以来、
       それまでは年間2千人程の巡礼者数だったのがどんどんと増え、
       1999年以降は2万人を越え、2004年には4万人以上、
       そして2010年には8万4千人を超える程に!

       歩くだけでなく、自転車でバイクで、という若者達もおり、
       聞いた所では、宿が荷物を運んでくれる所もあるとか!

       ちょっとしたスポーツ感覚で挑戦する人達も多いと思いますが、
       それでもやはり1カ月間を歩き通す、
       多人数のグループでは無く、小さなグループ、または単独で、
       そんな人達がやり遂げる事に、大きな意義がある様に思います。
       
       きっと、机の前に座っていては分からない何か、
       自分の脚を使って歩く事が、何かに繋がるのでしょうね。


       皆さま、4回もの長い間お付き合い下さり
       本当に有難うございました!
       楽しんで下さった様に願います。

     *****
       
       ただ今水彩ブログには、途中経過  ヴェネツィア と シロール
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by italiashiho2 | 2012-07-12 22:46 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(8)
2012年 07月 11日

   ・・・ n.3 セヴィリアから、サンティアーゴ・デ・コンポステーラに ・・・

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       暑い日が続いているこちら北イタリアですが、一休みの後、
       再び、サンティーアゴへの巡礼道を辿って頂きますね。

       友人ジャコモがこの春行って来ました、南スペインはセヴィリアから
       一路北上するヴィア・デ・ラ・プラータ・Via de la Plata巡礼道
       彼の写真を拝借してご覧頂いていますが、

       3回目の今日見て頂くのは、35日間に渡る巡礼の大筋の日程で
       ほぼ中程17日めに当たるサラマンカ・Salamanca が含まれます。

       まずトップは、サラマンカ県の名が見える道路標識
       イタリアだと、この緑は高速道路になるのですけど、
       やはりお国変われば品変わるですね。

       サンティアーゴ・コンポステーラの街、聖堂のご案内は、
       http://italiashio.exblog.jp/i40

       ヴィア・デ・ラ・プラータの地図をどうぞ
       サラマンカ・Salamanca が中程に見えますが、
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       ここに至る南にかなりの山越えがあったのも先回、先先回の写真で
       ご覧頂いておりますが、
       この辺りもまだまだ高地で、凄い道の写真もありますです!

       

       巡礼道脇にはこんな飲み水の泉があり、巡礼の目印も
       ジャコモ達も別の泉で喉を潤している写真がありましたが、
       中世の昔から、こうして巡礼達が一服して行った事でしょうね。
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       今にも大雨になりそうな雲が動く山村
       古い石の十字架が、こういう日に見るには、ちょっと恐ろしげで・・!
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       巡礼道脇にある宿
       家のテラス部分を持ちあげる角柱が、如何にもの趣。
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       この写真の宿の内部なのかどうか、
       寒空の曇り空を辿って来て、迎えて貰えるとホッとしますよね。
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       宿には温かな食事があり、清潔なベッドがあり、
       同じ道を行く仲間との一時の交流があります。


       これは別の宿の寝室部分で、どこもがこんな2段ベッド
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       こちらも別の宿の暖炉
       まだまだ火が恋しい、寒い春だったような。
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       寒そうな曇り空の下、遥かに見える街を目指し
       荒野を進み
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       どうやら、あの先がサラマンカの街・・
       大聖堂の鐘楼らしきものも望めます。
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       漸くに街に辿り着き、またもや渡るローマ期の橋
       そしてまたもやshinkai の同じ感慨、ローマの民は偉かった!!
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       はい、世界遺産指定されたサラマンカの街の
       素晴らしい大聖堂
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       多分上の写真が、建物左側部分の入り口でしょうね。

       この大聖堂は右の古い部分が7世紀の建設で、
       左側新しくぐっと大きな方が16世紀の物。
       新旧部分が一緒になり、街の一郭に素晴らしい趣を与えていると。

       
       こちらが、旧聖堂の正面側かも
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       で、右に見える建物
       上階の壁に帆立て貝の形、サンティアーゴの印ですが、
       サイトで見る建物正面にはびっしりの貝が並び、約350も、
       15世紀の物で、現在は図書館と観光局が入っているそう。



       こちらはサイトの写真を調べ、
       サン・エステバン修道院・ドメニコ会派・17世紀の正面と。
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       サン・エステバンって誰? と思いましたら、
       イタリア語ではサント・ステーファノ、
       フランス語ではサン・エティエンヌなのだそう。



       で、こちらは写真の並びから考え、サン・エステバン内部と。
       素晴らしく天井が高く、美しい柄でアーチが構築され・・。
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       ジャコモの写真には珍しくこの1枚だけ、夜のバール写真!
       サラマンカは大学の街として有名なのだそうで、
       写真にも若者が写っていますね。
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       サラマンカ大学の入り口というのも、素晴らしい装飾ですが、
       残念、ジャコモの写真にはありません。
       この大学は13世紀に創設、スペインで一番古い大学だそうで、
       その著名な教授陣と相まって1580年には最高の
       6500人もの学生が学んでいたのだそうで、
       「学びたい方は、サラマンカにお出でなさい」という言葉があるそう。
       
       街の現在の人口は156000人程ですが、入植定住の歴史は古く、
       紀元前3世紀にハンニバルによって征服され、後にローマの下に、
       という訳で、街の最初に見て頂いた橋は1世紀の物の様。

       そしてゴート族の侵入やアラブの占領があり、
       街が最高に栄えたのは16世紀なのだそうで、
       ユネスコの世界遺産指定も、この旧市街なのだと。



       雨のマヨール広場、多分。
       どことなく、ヴェネツィアのサン・マルコ広場を思いだし・・。
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       お天気も回復した様子でやれやれ。
       さて次の町に到着し、・・と。
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       夏には木陰がさぞ素晴らしかろう、という広場があり、
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       そして、恐ろしい山越えの小道!
       道なき道の奥に、白い小さな物が見えますね、
       あれが先行者のリュックの上にくくり付けた何かなのですよ。
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       きっと中世の巡礼達が通った道は
       殆どがこんな道程だったのでしょうねぇ!



       そして辿り着く小さな町の広場に見る巡礼道の標識
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       こんな標識一つ一つを見る度に、宿に着くたびに、
       地図と見比べて、ああ、ここまで来た!という
       感慨なのでしょうねぇ。



       はい、サンティアーゴ・デ・コンポステーラには
       こっちに真っ直ぐね
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       こんな道しるべもあり・・
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       素晴らしい渓谷の眺めもあり
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       そしてまたこの美しきローマ期の橋
       この半円アーチにこの橋脚、ローマ期の物に間違いないですよね?!
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       やっと平野に出たと思うと、この一直線の道!
       ジャコモが作っていた写真集を見て、わぁ、この道!と驚きましたら、
       そう、20キロ以上も続くんだよ、って!!
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       ひたすら道の先を見ながらどこまでも、どこまでも、
       何時間も歩く事を想像すると、 ・・私には到底無理!



       こういう古い、丘かな岩山かな、を利用した家も眺め・・
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       通りすぎる小さな村の泉の脇
       ロバ君とのすれ違い。
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       夕暮れ迫る頃、丘の上に見える小さな集落
       城壁に囲まれ、教会があり、要塞、城館も見え・・。
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       そしてまた、霧雨の日、雨装備のジャコモ。 
       傘をさしている別の日の写真もありました。
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       今回の35日の巡礼行は、かなり厳しかったそうです
       曇り空だけでなく、雨の日、風の寒い日が多く、
       さすが頑丈なジャコモも体調を崩し、救急病院にも行った程と。

       昨年のフランスからの巡礼道では、
       大体30日の行程を4日程早く到着したそうですが、
       今回は35日ちょうど、というのも、
       短い距離にした日もあったのでしょうね。
       
       それにしても、ジャコモも、他の巡礼さん達も立派ですねぇ!
       あんな山道を、一直線の野の道も、雨の日も
       歩き続ける、凄い精神力!!

       次回はいよいよ、サンティアーゴ・デ・コンポステーラに
       到着ですが、もひとつ大きな美しい街を通ります。
       アップは明後日、13日をお楽しみに!


       
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by italiashiho2 | 2012-07-11 02:51 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(4)
2012年 07月 02日

   ・・・ n.2 セヴィリアから、サンティアーゴ・デ・コンポステーラに ・・・

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       スペインの南セヴィリアから、スペイン北西にある
       大巡礼地サンティアーゴ・デ・コンポステーラに向かう
       古く中世からの巡礼道、ヴィア・デ・ラ・プラータ・Via de la Plata
       この約1000kの道程をこの春35日かけて踏破して来た様子を
       友人ジャコモの写真でご覧頂いておりますが、今日はその2回目。

       サンティアーゴ・コンポステーラの街、聖堂のご案内は、
       http://italiashio.exblog.jp/i40

       先回の最後に、ローマ期の橋を渡り到着した街
       巡礼のお祭りの最中、子供たちがローマ兵士の扮装で
       参加している様子をご覧頂きましたが、
       
       トップの写真、昨日の橋の脇には、こんなローマのシンボル
       雌狼がロムルスとレムスの双子に乳を与える像が見えますし、

       ・・それにしても寒そうな空の色ですねぇ! 


       この雌狼の像は、古くエトルスクの像と言われていたのが、
       だんだん怪しくなりつつある、現状ですが・・、

       それはともかく、こんな像があるこの街 Cáceres・カセレス
       とは、一体どんな街なのかと、ちょっと検索してみました。
       
       というのも、ジャコモのカメラに素晴らしいローマ遺跡の
       写真がたくさん収められていたからでして・・、


      
       巡礼道の地図をどうぞ
       セヴィリアから北に辿り2つ目の赤マルの左、緑の四角で囲った所、
       Cáceres・カセレスがこの街。
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       大体の行程表に由ると、全35日の11日めに当たります。



       大きな野外闘技場があり
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       こんな立派な美しい劇場跡も!
       驚きました。
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       席数も、これはかなりのものですねぇ。



       この立派な石組!
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       まったくもって、ローマ人というのは公的施設建設の天才でしたね。
       2000年後の今も残るこの遺跡の素晴らしさ、美しさ!
       ローマ帝国がヨーロッパを制覇したからこそ、
       これらの美しいのが残っている、と考えると・・、
       う~~む、他の民族でなくて良かった!
       ・・なんぞと、だんだんおらが国、になっているかな? ははは。

       カセレスの街は現在人口が9万2千人程、
       街は紀元前25年に、ローマ人によって造られたそうで、
       それでこうして素晴らしい遺跡が残っているのですね。

       街の旧市街は、市壁に囲まれた古い町並みが完全に残っていて、
       ユネスコの世界遺産に指定されているとの事。



       こちらは、ローマ貴族の屋敷跡の様で、
       これもまた美しいですねぇ。
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       ジャコモの写真の並び順にご紹介していますが、

       一列に並んでご挨拶のウシ君達が居て
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       そして、写真提供のジャコモと、
       その隣の石柱、これはなんとポストなんですって!
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       つまり、穴が見える所に手紙などを入れて置くと、
       穴の周囲に凹みが見えますから、扉が付いていたのでしょう、
       郵便伝令というのか、飛脚、はたまた馬車馬かも、が通って
       中の物を運んだのだそう。
  
       これは公の書類伝達だったと思いますから、
       切手や配達料等をshinkaiが心配しなくても良い筈ですが、
       どの程度の速さで届いたのか、
       
       cucciolaさんが、古代の郵便制度について書いておられます。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764997.html



       田舎の風景が挟まれ、またこれはカセレスの街、
       ウィキに写真があったのから判断して、
       マヨール広場にあるエストレージャ門
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       きっと、ここを上ると旧市街なんだろうなぁ・・。

       こういうのを見ると、旅の虫がウズウズ・・。



       アダルーへ・Adarve 小路
       標識にCALL ADARVE が見えるのですが、さて何の建物?
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       どうやらジャコモ達は遺跡見物の後、カセレスの街に
       戻って巡礼宿に泊まった様子ですね。
      
       この宿の写真はカセレスのではなく、それ以前のものですが、
       今回同行したこの2人は、
       昨年フランスからの巡礼道で、最後の10日ほどを一緒に
       歩いた仲間だそう。
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       手前がシチリアの男性で、奥がフィレンツェと聞きましたが、
       きっと昨年話が合って、では今年は南からトライしようと
       なったのでしょうね。

       宿の台所でサラダを作り、フライパンで何か料理中。



       さて、また夜明けの出発
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       荒野にこんな門と家があり
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       今日も早くからお発ちですねぇ!
       お気をつけて行って下さいねぇ。
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       この幅広い河、多分スペインで一番長く、
       ポルトガルのリスボンで大西洋に注ぐタホ河と。
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       またこんなローマ期の橋の遺跡があり
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       古い町の坂道の小路を抜け・・、
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       塔の上に幾つもの巣を作るコウノトリ。 
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       仔馬ちゃんも見送ってくれ
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       それにしても、道は大変な上り坂の様子。



       曇り空の下、漸くに遠くに街が見えて来て・・
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       今夜の宿は、あそこにしよう。 



       翌朝は快晴
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       牛の親子が草をはみ
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       またローマ期の遺跡が右に広がる道を行き
       門をくぐり、 
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       曇り空の下、小さな町の古い教会の横を通り
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       また山道にさしかかり、細い小道が奥に・・
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       道脇の木々は、漸くに新芽が出かかった所。

       という所で、サンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼道、   
       南スペインはセヴィリアからのヴィア・デ・ラ・プラータ
       その2のご案内でした。

       田舎の細い道を、ただ前に向かって、どこまでも!
       かなりの山道も、黙々と進む大変な巡礼行ですが、
       歴史のある街には、見る楽しみの一時もあり・・。

       宿について清潔なベッドに横になる時
       心からホッとする事でしょう。

       あと2回のご案内は5日と6日に予定しております。
       どうぞお楽しみに!



     *****
 
       ブログご訪問、有難うございます!

       今朝は恒例月初めのお墓参り、お花を換えに。
       スコミーゴ村は晴れていたのに、
       トゥレヴィーゾにかかる頃から霧がかかり始め、
       ヴェネツィアにつく頃には、まるで冬の霧景色。
       少し遠くはぼわ~んと霞み、
       おまけに反対車線はかなりの停滞!

       そして車をでると、もわぁ~んと蒸し暑く、
       帰り道を心配しましたが、
       有難い事にほんの少しの停滞で済みました。

       今夜は、いよいよユーロ2012年の決勝戦!
       早めにお風呂をし身を清め、ははは、
       ご飯も済ませて、ゆっくりTVの前に。

       よっしゃぁ、頑張るぞぉ!
       皆さんも、応援してねぇ!!

      *追記
       あああ、イタリアが負けてしまったよぉ。
       しかもねぇ、かなりの差を見せつけられてねぇ。
       ・・うん、仕方がないよね、これが実力。
       また、出直すだけ、の話ね。
       頑張ろ!!


       ただ今水彩ブログには、下描き アッシジの猫 と 山の家
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by italiashiho2 | 2012-07-02 00:53 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(6)
2012年 07月 01日

   ・・・ サンティアーゴへの道 セヴィリアから ・ そのⅠ ・・・ 追記

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       スペイン北西にある中世からの大巡礼地、
       サンティアーゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼道は、
       フランス南からピレネー山脈を越える行程が有名ですが、
       昨年初夏のポルトガル旅行のとっぱしに、
       一番最後の札所に寄り、
       大聖堂の聳えるサンティアーゴの街を訪問できました。

       その時に我らのグループの1人のご主人が先に出発、
       フランスからの道を1カ月間かけて踏破し、
       我々を飛行場に迎えてくれたのですが、
       その御夫婦と、この春に行った北ラツィオのチヴィタ、
       天空に浮かぶ町として有名なチヴィタで
       偶然お昼を一緒するチャンスに。

       その際、彼が再びサンティアーゴへの巡礼に出かける事、
       今度はスペインの南セヴィリアからの道を辿る事を聞き、
       では是非に撮った写真を見せてくれ、と依頼しまして、

       5月中旬頃には戻ると聞きつつ、こちらもバタバタで連絡が遅れ、
       先週漸くに電話しましたら、CDに写真を入れてあるから、と
       翌日に貰う事が出来ました。

       が、なんと家で開けて見ましたら、905枚!入っており、
       きゃぁぁ、どうするのぉ、これぇ、という有様!

       CDを貰うのに会った時、彼ジャコモは既に自分の写真集を
       作っており、それを見ながら少しあれこれ聞きましたが、
       残念、彼は写真集にも場所の名を入れておらず、
       私には到底その場所を特定する事は出来ず・・、はてさて。

       という事で今回は、漸くに100枚程に絞った写真を4回分に分け、
       これでも大変でして、これ以上絞ると面白くない、という私の独断で、
       もう否が応でも見て頂こうと・・、 がはは、

       2回分を今夜と明日の夜、次の2回分を5日後に連日アップ、
       という事で、どうぞお楽しみ頂けますように!!

       というのも、晴れの日ばかりではありませんで
       今回はとりわけ雨や寒い日が多く、大変な行程だったらしいのです。
       観光地を巡る旅行とは違い、遥かに続く平野の中の道を行く
       それが35日間続く旅の風景です。

       私には到底経験できない旅と思いますし、多分皆さんも、ね。
       という事で、
       中世から巡礼達が辿ったこの道を、味わって下さいませませ!

       トップは、セヴィリアの街の夜明け
       旅立ちの朝。

      ◆追記です
       ハワイに住む我が友人mちゃんからメールが届き、
       上の写真に見えるのは「コロンの塔」というのだそう。
       彼女は以前セヴィリアに住んでいた事があり、
       ブログを見て驚き、懐かしく、教えてくれ方々メールを。
        
       下の写真にも、追記しますね。

       サンティアーゴ・コンポステーラの街、聖堂のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i40
       からどうぞ!

    

       セヴィリアからサンティアーゴ・デ・コンポステーラに至る道
       この道は、ヴィア・デ・ラ・プラータ・Cammino Via de la Plata
       と呼ばれる、約1000K、大体35日の行程。
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       こちらが、今回の写真提供者のジャコモ・Giacomo
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       歩くのが好きで、毎日訓練を兼ねて歩いているそうで、
       今回の巡礼は3回目!
       どんな感じ? と月並みな事を聞きましたら、
       やり遂げた時に、やはり考え方が変わった、と。
       どう変わったか、というのは本人にしか感じえない事でしょうし、
       多分言葉では伝えきれない何かなのでしょう。

       なぜ始めたのか、と聞きましたら、
       歩くのが好きな事もあるけど、名前が同じだし、と。
       そう、サンティアーゴ・聖ヤコブのイタリア語名は
       ジャコモなのですね。



       セヴィリアの王宮かな?
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       mちゃんより、ここは「スペイン広場」といい、
       観光のメッカですと。



       王室煙草工場、ですと。
       セヴィリアの煙草工場と言うと、あのカルメンが働いていた?
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       mちゃん、現在は「セヴィリア大学」なのだそう。
       内部は天井が高く古く薄暗く・・。
       彼女も物語の舞台となった建物だと思うと、
       いささか気持ちが高まった、と。



       こちらは写真をアップして判明。
       巡礼手帳の発行所で、これを持って旅をし、
       お札所で判を押して行くと、最後のサンティアーゴの聖堂で、
       巡礼証明書を下さると読みました。
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       セヴィリア大聖堂の前にあるという、
       ここがいよいよヴィア・デ・ラ・プラータの出発点
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       こんな、真っ直ぐな道!
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       いえ、彼らはたまたま一緒の道にいるだけで
       巡礼に参加しているわけでは・・、ないよね?!
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       どの街かな、これはセルバンテスの顔ですよね?
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       遥かに広がるこんな原の道を行き・・
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       展望台が突き出し、カルヴァーリオの丘・ゴルゴダの丘と!
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       広がる風景は一見なだらかですが
       名前からすると、かなり酷い上り坂なのでしょうねぇ!
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       寒そうな霧の日
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       まだまだ春遠いベランダの鉢植え。
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       またまた遥かな野原の道
       こういう先が遠い道は、気持ちが萎えるのですよねぇ・・。
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       こんな紋章の見える街に着き、 
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       一時を、素晴らしい教会内で過ごし・・
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       かなり大きな街の、素晴らしい教会の様ですが・・、さて?! 
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       これはかって鉄道が通っていた道ですよね?
       今はこんな風に両脇に敷き石とレールが積み重ねられ!
       盗まれないのかなぁ?!
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       また、町に着き
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       これは大変綺麗で大きな巡礼宿
       巡礼の為の宿は、公設と私設と様々あり、
       大体5~10エウロで泊まれるのだそう。
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       かって公設の宿は無料だったそうですが、今は5エウロ、
       と、昨年聞きました。
       ただし、朝には出発しないといけないそう!



       田舎の街を抜け
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       高台から見る街と、広がる畑、平野
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       そして、またの夜明け
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       樹齢を重ねたオリーヴの樹と
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       こんなオリーヴ畑!
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       そして、また街に到着し、渡るローマ期の橋
       ローマ人は、本当に偉かったですねぇ!!
       ヨーロッパ中に、今も使える橋があり、
       野外劇場、闘技場があっちにもこっちにも。
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       そして、この街 Caceres・カセーレスかな?では、
       巡礼のお祭りがあり、子供達はローマ兵士の扮装で・・!
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       行程表に由ると、ここは11日めに当たるのでした。
       ジャコモ、そして巡礼者の皆さんは本当に偉い!
       毎日20~30Kを歩き続け、1000kの道程を行くのです。
       毎日ですものね、これが凄い!

       という所で、初日を終わりまして、
       明日、その2をアップしますので、皆さんも明日ね! 



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by italiashiho2 | 2012-07-01 02:47 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(8)
2012年 01月 30日

   ・・・ n.4 サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂 その2 (追記を) ・・・

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       昨年初夏ポルトガル旅行の初っ端に訪れ、
       幾らかでもその雰囲気なりとも味わう事が出来ました
       中世からのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼行と、
       巡礼達の目指したサンティアゴの街と大聖堂。

       スペイン北西部からポルトガルへ、一路南下する日の
       午前中に再度訪れました大聖堂内部の様子後半と、
       お昼のミサの最後に行われた圧巻ボータフメイロ
       今日はそれらをご覧下さいね。

       上は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂正面の、
       高さ70mにも及ぶという荘厳な塔。


       街の地図のある、旧市街と大聖堂の外からの眺めは
       http://italiashio.exblog.jp/15300209
       http://italiashio.exblog.jp/15310995       



       大聖堂内部の見学で、ここは回廊部、
       中央に大きな泉水盤がありましたが、天水利用かな?
d0097427_18274277.jpg

d0097427_18281041.jpg

       というのも、
       上がってまた降りての見学で、写真と平面図を睨み、
       例に寄り、薄らぎ混乱した記憶を辿りつつ、
       自分の見てきた物が何かを確かめておりますが、
       平面図では見えない事、
       確かにここは土地の高低を利用した2階部分でした。

       スペイン2日目、そしてポルトガル初日でもあるこの日は、
       生憎の曇り空が遂に小雨となり、
       南下してポルトガルに入る頃かなりの雨となりましたが、
       
       この広い階上の回廊部分、雨模様のせいだけではない
       少し厳しく厳めしい回廊の雰囲気。
       イタリアの修道院でいつも見る、花の咲き乱れる回廊、
       緑滴る様子とはかなり違いました。

       なので、この回廊中央の由緒ありげな泉水盤も、
       2階部分ですし、単純に天水を受けていたのかも。



       回廊の外側テラス部分から見る街の家並と通り
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       正面のオブラドイロ広場側に回って来て
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       見下ろす広場と、周囲を囲む市庁舎と元巡礼用病院の現ホテル、
       そして聖堂入り口の階段部分。
d0097427_18301243.jpg



       聖堂正面の階段前に、こんな服装の男性2人。
       聖堂所縁の何か係の人、の様子でしたが、さて・・。 
d0097427_18303560.jpg


       聖堂の中には博物館もありあれこれ見物しましたが、撮影禁止。
       こちらは管理の方の見張り付きで厳しく、到底無理。
       で、こうして聖堂内見物の後一旦解散となり、
       12時半頃にはボータフメイロがあるので戻る様にと。
       
       大香炉が頭上で振られるボータフメイロ・Botafumeiroは、
       お昼のミサの最後に行われるというのですが、毎日ではなく
       どうやら特別な日以外は、お布施を払って申し込む様で、
       この朝ガイドから「今日は行われます」と知らされておりました。
       
       近くのバールで一服の後12時過ぎに聖堂に戻りましたら、
       聖堂内はもう満員の人々。
       運良く同じグループの男性の一人がいるのを見つけた、一段高い
       洗礼盤の横隅が空いていて、日本人用に取って置いたと! ははは。
       という訳で、こんなに明るく照明された中央が見えたという訳。
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       各国からの巡礼達が、ミサに参加して聖書の一部を朗読、
       その後に、各国出身の司祭たちがまた違う言語で朗読、
       とミサが続きます。

       吊るされているのが大香炉
       青銅に銀メッキ 高さ約1.6m 重さ70Kg というのですが、
       これに炭や香、約13kgが加えられ(炭10k、香3kだそう)
       つまり83kgの重さの香炉が、聖堂内の巡礼達の頭上で振られる訳ですね。

       先回、この香炉が世界で一番大きい、と書きましたが、
       2003年からイタリアはカンパーニャ州カーヴァ・デ・ティッレーニ・
       Cava de' Tirreniの街のフランチェスコ派の聖所教会の香炉が
       世界一の大きさとなったそうで、
       教会関係でもこういう競争をするのか、と少し味気ない想いですが・・。

       サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼が始まった遠い遥かから
       香炉の存在はあった訳ですが、
       巡礼達の頭上で振られる大香炉、ボータフメイロの確かな記録は、
       16世紀のフランス王ルイ11世の贈り物として登場。
       ですが、これはどうやら銀の大鍋の形、だったようで、
       現在の物は1851年に鋳造されたと。

       先回見て頂いた様に、天井にある滑車を使って振られる仕掛けですが、
       この大きさ、重さです、
       長い歴史の中では何度か外れて落下した事もある様子で!
       大きな事故は1499年、そして未来のアラゴン国妃カテリーナが
       王女の時に臨席していた1622年に起きたそう。
       
       天井の滑車の部分、写真を大きくして追加しました、
       大聖堂のご案内 その1
       http://italiashio.exblog.jp/15341647

       こうしてミサの終わりを待っていた訳ですが、       
       ・・これが長びいた! のです。
       12時半頃、というのが1時位までミサが続きまして・・、

       この写真は、とんぼの本「スペイン巡礼の道」から拝借して、
       大香炉が右の何人もの男性によってロープが引かれ振られる様子
       さすが重さ大きさもあり、7人程の男性がロープを曳いていますね。
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      ◆追記を、そしてもう一度追記
       所で、この大香炉の振り方について、
       ophthalmosさんから疑問のコメントを頂き、
       ついでに良く分かる図解のサイトまで探して教えて下さいました。
       こちらです。
       http://www.sciences.univ-nantes.fr/sites/genevieve_tulloue/Meca/Oscillateurs/botafumeiro.html
       フランス語のサイトですが、図解ですので一目瞭然!
       ophthalmosさん、感謝です! さすが!!

       「ですが、この図では地上の輪になっているのですが、
        聖堂内にはこの輪はありませんので、
        つまりロープを曳く8人の男性が、
        輪の代わりに回っているのだ、と知りました!

        また、イタリア語のサイトでは、10人がかりで独特な操作をする、
        とも書いてあり、ガイドブックの写真には、
        香炉の上のロープの間に長めの棒が射しこまれているのもありますので、
        最初に、香炉自体の操作もあるのかも。
        というのは、可能でしょうか?」
    
       と追記した所で、再度ophthalmosさんからコメントを頂き、
        「・・直線的に引っ張ったり緩めたりでも同じです。
         要は、滑車から香炉までの振り子の長さが
         振り子の振動に合わせて伸縮すればよいのです。」
       との事。
              
       という事は、やはり天井の滑車に既に巻きついているのが見えた
       余分のロープが、滑車が回る事によって働いている、という事ですね?
       飲み込みの悪い生徒で申し訳ないです! きゃはは。

       私の位置からは人混みでまるで見えなかったのですが、
       そうなのか!と知る事ができ、
       疑問を持って書いてくださった事にも、
       ophthalmosさん、感謝です!
       


       さて漸くに(失礼!)ミサが終わりまして、
       するすると大香炉が降ろされ
       司祭たちが取り囲んでいる様子が見え、
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       もうもうと煙が立ち上り
       この時は、聖堂内から期せずして、おお!という声が上がり、
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       ほらね、如何に写真禁止か、良くお分かりでしょう?! ははは。



       するすると上がる香炉。 おお! おお!
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       じわっと振られ始め
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       いやぁ、私は一段高い所におれて、本当に幸いでした!
       ミサの終わる頃には、もう動きが取れないほどの大満員。
       そしてもひとつ幸運な事に翼廊側にいたので、
       香炉が翼廊の右、左と往き来するのが良く見れたのでした。
       仲間の一人が、以前身廊から見たのだけど、
       通りすぎの一瞬だけしか見えなかった、と。


       香炉が往ったり来たりしながら徐々に高く上がり
       ふわっと、古典的な香りが届きます。
       巡礼達の疲れきって辿り着いた体にも心にも、
       届いたであろう、古くからの香り。
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       どんどん振りが大きくなり、香炉はグンと強く高く上がり、
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       これが最高に高い位置に上がった時の香炉
       殆ど天井に届かんばかり、22m位まで上がるそう!
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       香の煙が薄くなりつつ、徐々に下がり
d0097427_1836271.jpg

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       数えておりませんでしたが、
       全部で10回程も振られたでしょうか?
 

       着地
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       心地良さに浸る間もなく
       せかされて大急ぎで駐車場に!
       こうして我々はスペインを後にポルトガルに向かった訳ですが、
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       こちらはガイドブックからの写真で、

       往時の巡礼達は、サンティアゴ大聖堂への巡礼を済ませた後
       国に戻る前に、街から更に西に進み海辺に。
       未だ新大陸が発見されぬ中世に於いて、
       大西洋に向かうこの浜辺が、この世の果てだったのですね。
       土地の名も、まさにFinisterre・地の終わり。
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       ここで着て来た衣類、靴なども全て燃やし
       新しい衣類を身につけ、
       生まれ変わった心と体で国に戻って行ったのだそう。

       サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の道脇には
       巡礼達が書いたという数々の詩があるそうですが、
       Nájeraの司祭 Eugeno Garibay Boños が書いたという韻詩をどうぞ。

       土埃、泥、太陽、そして雨が
       サンティアゴへの道。
       何千人もの巡礼達が
       千年以上に渡って続く。

       巡礼よ、誰がお前を呼ぶのか?
       隠されたどんな力がお前を引き寄せるのか?
       星降る野(サンティアゴの街)でも、大聖堂でもない。
       ナヴァッラ・Navarraの勇気でも、
       Riojaのワインでも、
       Galiziaの魚介でも、
       Castigliaの原でもない。

       巡礼よ、誰がお前を呼ぶのか?
       隠されたどんな力がお前を引き寄せるのか?
       巡礼道の人々でもなく、
       田舎の伝統のお祭りでもない。
       歴史と文化でもなく、
       Calzadaの鶏でも、
       Gaudiの邸宅でも、
       Ponferradaの城でもない。

       私(巡礼)が通り過ぎながら見る物は美しい。
       が、私を呼ぶ声はもっと深くから。
       私を押し、引き寄せる力、
       それは自分でも説明できない力。
       唯一、彼、空の彼のみが知っている。

       サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
       http://italiashio.exblog.jp/15285180


       毎年7月25日がサンティアゴの祭日で、
       その日には広場で各国からの信者も集い、大きなお祭りがある様子。
       そして夜には、こんな花火大会も。
       このお祭りに居合わせた巡礼達は、
       辿り着いた達成感に心が弾けたでしょうね。
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       長々とサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼道、
       旧市街、大聖堂の様子とご紹介して来ましたが、
       お楽しみいただけました様に!



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by italiashiho2 | 2012-01-30 18:44 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(27)