「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:・パドヴァと周辺Padova e ..( 9 )


2016年 03月 06日

・・・ パドヴァ ・ ファットーリ展覧会 お昼 カフェ・ペドロッキ ・・・

d0097427_00294635.jpg
       この水曜にパドヴァに、展覧会を見に出かけてきましたので、
       日本では余り有名でないと思われる
       イタリア印象派の第一人者と見なされる画家の作品と、
       お昼の様子、カフェ・ペドロッキでのカフェ休憩をご覧くださいね。

       当日は友人のルイーザと2人。
       というのも他の友人たちはガルダ湖のシルミオーネと、
       グループで出かけていましたので、
       3月末までのこの展覧会がどうしても見たい彼女と、
       天気予報を睨みつつ出かけたというわけでした。

       上の写真は、パドヴァ駅に到着後、駅のバールで
       エネルギー補充の、カフェとドーナッツ。
       勿論朝食は済ませて出かけていましたが、ははは。
       上の齧りかけのクロワッサンは、ルイーザの物。




       展覧会は、ジョヴァンニ・ファットーリ・Giovanni Fattori
       (Livorno 1825 - Firenze 1908) という画家、
       19世紀後半のイタリアにおいて、フランス印象派の先駆けとも言える
       マッキアイオーリ・Macchiaioli(色斑派とでも)と呼ばれる運動の
       第一人者と見なされている画家の展覧会。
d0097427_00295724.jpg
       この自画像は1854年、画家が29歳の物。
       会場となったパラッツォ・ザバレッラ・Palazzo Zabarella と、
       パドヴァの街中心の様子に付いては、以前の記事をどうぞ。
       



       会場のザバレッラ邸の正面は、以前の写真で。
       この正面は道に面しているのではなく、狭い小路から塀をくぐった
       内庭に面しているもの。
d0097427_00301927.jpg



       入り口正面ホール
       柱に上手く、展覧会の呼び物である絵が展示されているでしょう?
d0097427_00303239.jpg



       ホール左手のブック・ショップ
d0097427_00304802.jpg



       会場内は写真禁止で、これは画家の初期作品の展示があった1階から、
       2階会場に上がる階段周りの様子
       なかなか豪華な、かっての邸宅でしょう?
d0097427_00310163.jpg



       画家に付いては経歴よりも絵を見ていただくのが一番と、ははは、
       サイトから展覧会で見た絵と同じ作品を探し出し、
       実物に近いと思われた色、そしてshinkaiが良いと思った物に絞り、
       ご覧頂きますね。

       初期の、小さな板に描かれた物、 1859年 フランス兵
d0097427_00311780.jpg
       会場での説明を読んでのルイーザの話に寄ると、
       従軍画家として働いた時期があった様子。




       こちらはかなり大きく、当時のイタリア統一戦争時の戦闘を描いた物。
       マジェンタの戦い、1861-62 232x384cm
d0097427_00312991.jpg
       でもご覧くださいね、馬たちはまだ止まった姿。




       初期の肖像画の素晴らしい物から、これは従姉妹さんだったかな、
       写真自体がピン甘で、目にピッとハイライトが入っているのも見えず・・!
d0097427_00314376.jpg



       大体40歳位の作品に、今のshinkaiが良いなぁ、と思うものがあり
       色は大体写真に近いのですが、全体の雰囲気は実物にはとても不足で残念!!
d0097427_00315669.jpg
d0097427_00320950.jpg




       草を集める女性達の大作で、1866年
       この中の一番左の後ろ向きの女性、彼はこの姿が気に入りだったのでしょう、
       何枚かにこの姿が登場します。
d0097427_00322210.jpg



       ここに走る馬が登場し、 逃げる馬
d0097427_00323323.jpg



       これが「白い壁」とか「哨兵」と呼ばれる彼の代表作といえるもので、
       1872年 板に油彩 37x56cm
d0097427_00324630.jpg
       一番色が実物と近いものを探しましたが、
       100点ほどの中でやはりこれが一番良いと思ったです!

       白い広い壁に、色としてはどんより加減の空、そして軍服の色
       真昼の空気がぐ~んと広がり、なんとも素晴らしいもの!!

       手前の馬の脚などに、ちょっと濃茶のアウトラインが入っているのですが、
       それもここではまるで気にならずですが、

       後年の作品になると、めったやたらにこの色のアウトラインが目に付き、
       こんな広い空間がなくなり、群像のうるささが目に付く感じで・・。失礼。



       マッキアイオーリ派という言葉を上記しましたが、
       1859年ごろフィレンツェのカフェ・ミケランジェロに通う
       画家や芸術家達の間に起こったもので、

       フランス・印象派の先駆けであるバルビゾン派、1830年頃よりの
       コローやミレーの、戸外の風景を描いた物に影響を受け、
       ただし彼らは屋内で描いたのに対し、
       マッキアイオーリ派は、直接に戸外で描いたのですね。

       マッキアイオーリ、色斑派という言葉は、
       勿論それまで画家達が古代の逸話などにエピソードを求めて屋内で、
       アカデミックに塗りをすべらかに、色の調子を整え描いたものに対して、
       戸外で、色を直接に、濃淡、光りと影で置いて行く画法を
       皮肉って名付けたものですが、
       これが1870年頃からのフランス印象派の先駆けとなりました。

       ただし、印象派は色が先に見え、時に描かれる姿が朧になりますが
       イタリアのマッキアイオーリは、そこまでは行かなかった
       というのが、今回あれこれ見ての感想でした。




       午睡  明るい戸外の空、草の色などなど、
       1870~73 キャンヴァス 72,5x35
d0097427_00325944.jpg
       
       農民達が木陰でお昼寝の最中、牛達は繋がれたまま陽を浴び、
       荷車を守らされている、というのが、
       正直な所、絵の出来よりもshinkaiの頭に最初に浮かんだ感想・・! ははは。

       白い大きな牛、多分キアニーナ種と思うのですが、
       何枚もの彼の絵に、様々に登場します。
       
       牛の白さがアクセントにもなり、農民達の働く姿、戸外の空気が
       良く伝わってくる物ですが、
       一枚素敵だと思ったのが、サイトでは見つかりませんでした。




       ラ・ロトンダ・デイ・バーニ・パルミエーリ
       1866年 板に油彩 12x35cm
       いかにも印象派的でしょう?
d0097427_00331167.jpg



       こちらも板の小品。 戸外に座る婦人像
d0097427_00332118.jpg



       女学生。 1893年 板に油彩 25x17cm
       少し力が弱いかなと思ってみたのでしたが、晩年の作品でした。
d0097427_00333388.jpg



       ちょいちょい生まれ故郷のリボルノに戻ってはいたようですが、
       長年住んでいたわりには、フィレンツェ街中の作品が少ない様で、
       
       ヴェッキオ橋 1870年頃 板に油彩 20,5x32,5cm
d0097427_00334744.jpg
       



       赤い頬 1880年 40x29cm
d0097427_00335759.jpg



       後年の作品に、初期の戦争画とは違って、もっと荒々しい迫力が
       加わった物が何枚も登場します。

       突撃 1877年頃
d0097427_00341084.jpg
       
       若者達が夢見たイタリア国家統一運動がなったものの、
       社会的規律の改善には至らずの苦さを噛みしめ、
       晩年の経済的な生活困難など、そんな鬱屈した思いが吹き出したかの様な
       厳しい物が見え、この辺り、単なるマッキアイオーリではなく
       イタリア現実主義者とも見なされるのでしょうが、

       鐙を踏み外し落馬し、荒々しく馬に引きずられる
       絶望的な兵の姿などもありました。




       フィレンツェの美術学校アッカデミアでの、晩年の姿
       ここで学び、教えた彼のアトリエでの様子ですが、
d0097427_00342420.jpg
       左背後に見える大作、トスカーナの湿地帯マレンマでの馬や牛と
       牧童達の、晩年の作品が何枚か来ておりましたが、
       これのように素晴らしいと思えるのが無く、パスです。




       1888年から90年ごろの作品に版画があり、何枚かありましたが、
       その中で気に入った物、 積み藁と牛
d0097427_00343645.jpg
 
       会期の終盤に近く、余り見学者も多くないので、
       ルイーザと2人でゆっくり見ながら一周し、再度気に入ったのを見にもう一度。
       絵のすぐ傍に寄れ、?と思ったのは絵に顔を近づけ見る事も出来るので、
       イタリアでこうして展覧会を見れるのは、気に入っています。
       中の1枚か2枚でも、気に入った絵が見つかるのは大きな刺激で、
       勉強になります。




       天気予報ではこの日は終日曇りで、朝も冷え込んでいたのですが、
       電車でヴェネツィアに行く間に青空が見え始め、
       暖かい良いお天気の一日になりました。

       会場から出て来ての、中庭の向こう
d0097427_00345718.jpg



       会場近くにも、お昼を食べるのに良さそうなのを見つけましたが、
       今回はもう一度中心に戻ってセルフ・サーヴィスの店ブレック・Brekに。
       こちらは裏通りに面した広い側面、入り口。
d0097427_00350970.jpg



       右奥にサラダ・バーや、ピッツァ部門、左手にグリルやパスタ部があり、
d0097427_00352218.jpg



       セルフでお皿に取り、会計で支払いを、
d0097427_00354922.jpg



       2人とも魚介のリゾットに、野菜類、生ビールの小で、12,2エウロ!
d0097427_00353567.jpg
       
       野菜はほうれん草に、ジャガイモのグリル、ヴェルザの煮物で、
       全部は到底食べ切れませんでしたぁ。




       1時を少し過ぎていたので、特別満員でもなくやれやれ
       2階も広く、テーブルがたくさんあり。
d0097427_00360232.jpg



       お昼の後は、腹ごなしにデパート・リナシェンテに行き
       家庭用品部門でぶらぶらと品定めをし、
       ルイーザは孫達への小さなぬいぐるみを、
       shinkaiは藍の柄が入ったレンゲを見つけ一つ、3,9エウロなり!


       その後にカフェ・ペドロッキ・Caffè Pedrocchiに行きまして、
d0097427_00361540.jpg
     



       かねてより念願の、ははは、おのぼりさんのカフェ・タイムをね。
       というのも、何度も前を通りながら未だにカフェをした事が無いので、
       ジュリアーナと一緒だと、彼女はこういうのにはOKを出さないので、
       ははは、今回は行きの電車の中でルイーザに交渉、快くOKを取りまして・・!
d0097427_00362895.jpg
       はい、こちらがカフェ・ペドロッキの、カフェ・ペドロッキ!
       手前のピンボケがshinkaiの、はは、デカフェイーナので、
       カフェの上に生クリームとミント、そしてその上に
       チョコレートの粉と思うのが振りかけてあり、これで5エウロ! ははは。

       お砂糖も何も入れずにこのままで、と言われまして、

       これが生クリームで熱いカフェではなかったですが、美味しかったぁ!!
       ミントもほんのりで、甘さもちょうどで誠にクリーミー!

       付いて来たクッキーも美味しかったし、




       向こうの隅のテーブルで、一皿盛りの料理を食べているのを眺めつつ
d0097427_00364259.jpg
     
       何を食べている? 幾らする? とルイーザとひそひそ話し、
       お昼の一皿料理位なら、そんなに高くは無い筈よね、
       次回にはお昼を試してみようね、という事に、ははは。




       若いウェイターの後ろ髪、ははは。
       一番上だけ残しそれを後ろで結んでいるのが、ちょん髷みたいでね、はは。
d0097427_00365651.jpg



       こうして予定をこなし、早めに戻ります。 
d0097427_00370901.jpg



       スクロヴェーニ礼拝堂の横を流れる川
d0097427_00372277.jpg

       パドヴァには見所が多く、知らない場所もたくさんなのですが、
       我が町コネリアーノからだと、ヴェネツィア・メストレで乗換えとなり、
       おまけに各駅停車だった朝には1時間半以上かかりましたが、
       戻りは大変スムースに1時間ほど。
       次回はこういうのにも気をつけ、も少し気軽に出かけようと、
       話した事でした。




       最後は戻りの電車の中、斜め向かいで少し居眠りしていた女性
       ショワショワの髪が素敵な美人!
d0097427_00373598.jpg
        

       という、パドヴァにお出かけの一日でした。     



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 修道院回廊の下描き と、トスカーナの古城 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

         
   
       
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ


          
  
    

      




by italiashiho2 | 2016-03-06 00:44 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(10)
2012年 02月 20日

   ・・・ パドヴァの街を、ちょっぴりお散歩 ・・・

d0097427_1856880.jpg

       先月の下旬に、友人と3人で出かけましたパドヴァ・Padova。
       スクロヴェーニ礼拝堂・Capella degli Scrovegni の       
       ジョットーの壁画と、
       少し南に下った所にあるザバレッラ邸・Palazza Zabarella
       開催されていた「イタリアの象徴主義展」を見るためでした。

       何十年振りかに見る修復後のジョットーの絵は素晴らしく、
       これはまた別にご案内したいと思っていますが、
       今日は「パドヴァの街を、ちょっぴりお散歩」という事で、
       街の中を歩きながら撮りましたあれこれをご覧下さいね。

       上の写真は、スクロヴェーニ礼拝堂の様子。
       
       スクロヴェーニ家の紋章と家柄については
       cucciolaさんがこちらに。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765022.html


       この一帯は広大な公園になっていますが、
       かってはこの礼拝堂はローマ期の野外闘技場の一郭にあり、
       こんな風に、いまだその遺跡の一部が残っていて、
d0097427_18563357.jpg



       地図をどうぞ
d0097427_18571475.jpg

       一番上真ん中の矢印の先に鉄道の駅があり、広い公園が見えますが、
       エレミターニ教会・Chiesa Cattolica Eremitani の北横に
       かっての修道院、現在素晴らしい収容物を誇る市の博物館があり、
       この一郭にスクロヴェーニ礼拝堂。

       今回はスクロヴェーニ礼拝堂、市博物館を見学の後、
       南に延びるザバレッラ通り・Via degli Zabarellaを
       行きますが、
       途中、赤い印カヴール広場・Piazza Cavoul でお昼を。

       そして 南下のザバレッラ邸で「イタリア象徴主義展」を見て、
       Perfettura・県庁の前を通り、Palazzo del Bo・パドヴァ大学、
       カフェ・ペドゥロッキ・Caffè Pedrocchi の前を素通り、はは、
       ラジョーネ宮・Palazzo della Ragione の北側にある
       フルッタ広場・Piazza della Frutta で少し時間を過ごし、
       すぐ近くにある画材屋さんであれこれ買いこみ、
       コネリアーノに戻った、という行程でした。

       パードヴァのご案内  その1~3 
       http://italiashio.exblog.jp/14164346
       http://italiashio.exblog.jp/14182400
       http://italiashio.exblog.jp/14191422
       
       パドヴァ ・ 聖アントニオの街(グロリオーザさん)
       http://italiashio.exblog.jp/8522126



       スクロヴェーニ礼拝堂に入るには予約が必要で、
       これはまた次回にご説明いたしますが、
       博物館入り口前にあったレンブラント展・Rembrandt の看板を。
d0097427_18573751.jpg

       右端に切れているのが、エレミターニ教会。
       後ろに見える建物がかってのエレミターニ修道院で、
       中庭を囲む建物すべてが博物館として利用されており、
 
       一旦、写真の左奥の入り口から入って、
       予約切符などを示してから外に出て、公園を歩き、
       礼拝堂に行く様になっています。

       エレミタ―ジュ美術館から、レンブラントの絵が2点、
       彼の版画、黒い部分が大変美しい、凄いデッサンの版画が
       何点か来ていて、
       レンブラントの版画は当時大変な売れ行きで、
       それを真似した作家、作品が出回ったそうで、
       それらもかなりの数が来ておりました。

       スクロヴェーニ礼拝堂の切符1枚で、博物館内の作品も、
       このレンブラントも全部見れるのですね。
       彼の作品は数少ないとは言え、まさに鷹揚なパドヴァ市博物館で、
       おまけに、車であれば行けるアルカペトラルカの村の、南に20k程、
       ペトラルカの家博物館もこの切符で入れるのだそう。

       少し脱線しますが、私が映画好きと知れ、この所ちょいちょい
       映画を見に行くのに誘って貰っていますが、
       こちらは夜の興業のみですので、今迄は一人で夜遊びはせず、
       もっぱらDVD鑑賞だったのですが、ははは、
       その映画を見る料金も大変安く、シニア料金で4.5~5.5エウロ、
       この時の博物館料金も6エウロ。
      
       現在の日本の料金事情を知りませんが、
       こちらの方がかなり安いのではないかと思い、
       経済的負担なしに楽しめる様になっていると思います。

       アルカ・ペトラルカ ・ 詩人の里 ・ 中世の町
       http://italiashio.exblog.jp/4752528



       こちらが隣接のエレミターニ教会
       内部にはマンテーニャの遠近法を大いに使った
       聖クリストフォロの壁画もあるのですが、既にお昼で閉っており、
       2度ほど見ていますので、まぁ、また来ようね、と・・、
d0097427_1858253.jpg



       エレミターニ教会、南側の壁
       パドヴァの街は、冬は厳しく夏は酷暑、なのですけど、
       この日は幸いにお天気。
d0097427_18582444.jpg



       狭いザバレッラ通りを抜けて行きますが
       射し込む陽射しに街灯のみが光ります。
d0097427_18584318.jpg



       この写真は昨夏の物ですが、この門をご覧頂きたく
d0097427_18592366.jpg
      
       パドヴァの街はかって市壁に取り囲まれていて、
       スクロヴェーニ礼拝堂の辺りは市壁の外だった訳ですが、
       その中世の市壁にあった19の門の内、唯一残るこの門、
       アルティナーテ門・Porta Altinate 門で、
       この写真手前側がカヴール広場。

       街には他に6つ、16世紀の市の門が残っていると。

       で、この日は向こう側を通るザバレッラ通りからこの門を通り抜け、
       カヴール広場の一郭にあるセルフサーヴィスの店で、
       お昼を食べたのですが、


       中世の門を通り抜けつつ見た、門の内側の彫像
       明らかに17世紀以降の物なので、後から追加したのでしょう、
       鳩除けに、上からすっぽり網で覆われておりました。
d0097427_18594718.jpg



       お昼を食べたセルフサーヴィスの店 Brek
       お味の事は言えませんが、はは、安く簡単。
       旅先のとりあえずのお昼には良いかも、とご紹介を。
d0097427_1901192.jpg

       パドヴァ以外にもローマなどあちこちにあるようで、
       サイトはこちら。
       http://www.brek.com/
       サイトメニューの Dove siamo をクリックされると、
       他の街の住所なども分かります。



       さてお腹が落ち着くと、ゆっくりとまたザバレッラ通りを。
       道の奥にほら、中世の塔が見えて来て
       あそこがザバレッラ邸と塔の場所。
       道も狭く、この辺りまだまだ中世の雰囲気が残ります。
d0097427_1904411.jpg



       右手には古い長いポルティチが続き、こんな紋章も
d0097427_191674.jpg

d0097427_1912739.jpg

       今回調べましたら、ここは15世紀建設の
       サン・フランチェスコ教会と修道院である事を知りました。



       さて、目指すザバレッラ邸
       道に面した門は小さくひっそりで、これが無ければ分からない所。
d0097427_1915656.jpg



       ですが中庭に入ると、こんなモダンな修復のされようで
d0097427_1922268.jpg



       入り口脇で、鑑賞中のご主人を待つワンちゃん
       3枚目でやっとこちらを見てくれましたが、
       話しかけられたくない目つき、はは。
d0097427_1924613.jpg

       「イタリアの象徴主義展
       ええ、まぁ、最後にヴェネツィアのカ・ペーザロから
       クリムト様のユーディットがお出ましになっていて、
       やはりこれがもう!!
       手で触れる位の近くで見れ、何十年前のウィーン以来の
       クリムト様で、これで全て他は帳消しに、ははは。
       


       ザバレッラ邸の角、正面入り口が見えます、と
d0097427_1933072.jpg

d0097427_1935191.jpg

       ザバレッラ・Zabarella という名も初めて聞き、
       どんな一家だったのかと思い、調べました。

       14世紀初頭のパドヴァ領主であったカッラーラ家・Carrara
       を取り巻く貴族の家柄の一つで、
       この家も、どうやら先にカッラーラ家が所有していた物の一つの
       様子ですが、
       1390~1405年にかけてパドヴァがヴェネツィア共和国の
       下に入る時に大いに働いたのが、
       この家出身の枢機卿フランチェスコ・ザバレッラだったと。

       16世紀には哲学者ヤコポ・Jacopo の名も有名な様子ですが、
       家系は19世紀に消滅したと。

       この邸宅は、入り口のモダンさからお分かりのように
       近年大きな修復が行われていて、その際なんと、
       紀元前8世紀から5世紀にかけての居住跡、どうやら陶器製造を
       ここでしていた様で、その破片がかなり出たのだそう。



       狭い道を挟んでのこちらの角には、
       一挙に時代が飛びまして、こんな風にリヴァティー風の建物
d0097427_1941542.jpg

d0097427_1943984.jpg



       西に向かい道を辿りますと、左手の公園にこんなお墓。
       アンテノーレの墓・Tomba di Antenore と言い、
       1283年の物。
       アンテノーレ・Troiano Antenoreという人物は、
       パドヴァの街を造ったと言われる伝説的な人物、
       ギリシャ神話イーリアスに登場の人物ですが、
       ・・これ以上は聞かないで!
d0097427_1951100.jpg

d0097427_1953089.jpg

       今回読んでいましたら、
       アンテノーレという人物が、パドヴァの街創立の立役者
       という伝説はともかくとして、
       お墓の中の人物は、1985年の修復の際の骨の検査により、
       3~4世紀に亡くなった、つまりアンテノーレよりもずっと後の人物と
       分かったのだそう。

       ですが1275年に、大理石の石棺が発掘され、中には糸杉と鉛で
       2重になった棺が収められ、アンテノーレの墓と大反響を呼び、
       1334年に現在の場所に設えられた際、棺が開けられ
       黄金の剣も発見されたのだそう!

       それはもう、科学的捜査が無い時代ですから、
       こんな石棺だと如何に反響が大きかったかよく想像できますが、
       近年20世紀後半の検査で、当時の戦闘士の墓であったろうと。

       真実が分かるのは素晴らしい半面、
       どこか夢を潰しますねぇ!



       この公園の向かいには、こんな重厚な建物もあり、
       元は15世紀の建物が19世紀にネオゴシック調に建て替えられた
       現在は県庁の様子。
d0097427_1955529.jpg
       
d0097427_1962163.jpg
     
       壁にはダンテやカッラーラ家、ジョットの名も見える碑もありますが、
       正直意味が良く分からず・・、またの機会に。



       この建物の脇の小路の奥、こんな中世も覗け
d0097427_1964813.jpg



       さて中心に向かって進みまして、
       カフェ・ペドゥロッキの上部をどうぞ
d0097427_197982.jpg

       例によって、地元の人間は素通りを致しまして、がはは、



       近くで出会った可愛いワン君
d0097427_1974842.jpg



       ラジョーネ宮の北側、フルッタ広場・Piazza della Frutta
       南側のエルバ広場と共に、12世紀の末からずっと続く
       市民の為の野菜と果物の市場。
d0097427_1981595.jpg

       手前に見える先の尖った円柱ですが、ぺローニオ・Il Peronio
       呼ばれる中世の物で、広場のテントを張る為の物だったろうと。
       柱上部の四角い面には、野菜や農産物の浮彫があるのだそうで、
       こういう事はいつも後から知り、次回を待ちます、はい。
     
       ぺローニオという名は、ラテン語のperonesから来ていて、
       革製の靴を示し、ここで売られていたのだと。



       さて、現在の野菜売りの屋台
       冬野菜のラディッキオからトマトまで、はたまた
       一番手前には白アスパラガスまで見えますがぁ・・!
d0097427_198396.jpg



       パドヴァ散歩にお付き合い下さり、有難うございました。
       最後に、現市役所に接するアンツィアーニ塔・Torre degli Anzianiを。
d0097427_199214.jpg
       
       13世紀からの塔で、かっては一番上に鐘があったそうですが、
       地震で崩れたり、戦時に徴収されたりで、
       塔自体も20世紀前半に上が削られ低くなったのだそう。

       アンツィアーニ塔に輝く、冬の夕陽を!

     *****

       お知らせ

       先日より、水彩画のみのブログを新しく始めました。

       水彩画分室 ・ イタリア・絵に描ける珠玉の町、村
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       以前の作品を一応あちらに移し、
       新しく描き始めている作品やら、その周辺の事なども
       ぼちぼち載せていきたいと思っています。

       どうぞ、本家のこちらともども、ご贔屓ご愛顧のほど
       ご訪問、よろしくよろしくお願い申し上げます!



       ブログご訪問、いつも有難うございます。       
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!


          人気ブログランキングへ
          
        
     
          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*


by italiashiho2 | 2012-02-20 19:11 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(6)
2011年 07月 26日

   ・・・ 黄金の世紀 ・ パドヴァ その3 ・・・

d0097427_23584125.jpg

       さて、もう一度パドヴァのご案内です、
       宜しくお付き合いをお願いいたします!

       ラジョーネ宮の中からのロッジャ越しの青空と、
       エルベ広場に面する建物の並びをもう一度ご覧頂きまして、

     
       これはサローネの入り口の上に掲げられた碑
       本を手にし、背後の書見台にも本が置かれ、
       周囲に残るフレスコ画、上には例によりヴェネツィア共和国の
       ライオン君がいますが、左右には地球儀やコンパスが見えます。
d0097427_235929.jpg

       衣服から見て中世の学者を現わしているのかとも思うのですが、
       下の碑文も半分薄れていて私には見当もつかず、
       ラジョーネ宮のサイトにも記載がなく分かりません。
       どなたか、ご存知の方お教えください!



       ロッジャから見下ろすエルベ広場
       もう殆ど屋台店が片づけられ、
d0097427_23592459.jpg

d0097427_23595021.jpg


       バールで憩う人も、今はお昼を食べに
d0097427_001010.jpg



       サイトで見つけたラジョーネ宮の図をどうぞ。
d0097427_002855.jpg

       建物内の様子はお分かりと思いますので、
       ここでは右側の現市役所に繋がる渡り廊下
       ヴォールト・デッラ・コルダ・Volto della cordaにご注目を。



       サローネから階段を下り、ラジョーネ宮の東側の道、
       上の図のヴォルト・デッラ・コルダを潜り、
       北側の広場・フルッタ広場に出た角に見えるのがこの標識、
       カントン・デッレ・ブジーエ・Canton delle Busie・嘘つきの角
       見事な柱頭の上にある、この可笑しな標識!
d0097427_005115.jpg

       中世の昔からラジョーネ宮を挟む広場一帯は、
       市が開かれ市民の集まる賑やかな中心地だった訳ですが、
       これは、ここには嘘つき商人たちがいるから気をつけろ
       という警告からそう名付けられたと、ははは。

       実際このアーチの右側、ラジョーネ宮の壁には、他の4隅にも、
       当時のパドヴァで使用された寸法が、白い石に刻まれていて、
       買い手が騙されないよう、試す事が出来たのだと。

       で、こちらもサイトで見つけました、刻まれた寸法!
d0097427_01129.jpg

       寸法、と読んだ時は長さだけかと想像しましたが、
       なんと種々様々な形と大きさ!
       一体、どれが何の基準寸法なのか、これを知りたくなりません? はは。
       ガイドさんと街巡りをしたいものです!
       

       で、先ほどのヴォールト・デッラ・コルダ・ロープのアーチですが、
       名の由来は、この場所でロープの刑が執行されたというのですね。

       先回サローネに置かれている支払い不能者や破産者への罰に
       使われていた石、ヴィトゥペーリオの石に座る刑罰について
       ご説明しましたが、それ以前の刑罰がこのロープの刑だった様子。

       つまり破産者達はここで後ろ手に縛られ、アーチの上部からの
       ロープで3~4m吊るしあげられ、そして落下させられたのだと。

       読んだだけで怖くなる、中世の刑罰の物凄さですが、
       ですから、あの石に下着だけで座って財産放棄を宣言するのは、
       恥さらしではあっても、命に別条はない訳でして・・。
       厚顔無恥の輩なら、何度か繰り返す野郎もいたでしょうねぇ、ははは。



       という所で、再度街の地図で位置確認をどうぞ
d0097427_021093.jpg

       8,14辺りがドゥオーモ、洗礼堂、そしてモンテ・ディ・ピエタ、
       26の横に見えるのがラジョーネ宮、
       その横に見える真ん中に石段の見える19の建物、
       これがモローニ宮・Palazzo Moroni 市役所の入り口で、

       その向かい側にパドヴァ大学があり、
       28.かのカフェ・ペドロッキ・Caffe` Pedrocchi
          実際の位置は数字の見える下側、市役所の絵に隠れる所、
       その裏側にインフォメーション、

       右上緑の中の2が、スクロヴェーニ礼拝堂で、
       すぐ南にエレミターニ教会と市博物館
       前の大通りを真っ直ぐ行くと国鉄駅に行き、

       ここにもインフォメーションがあり、なんと日本語のパンフレット!
       私の顔を見て、日本語のがあるけどいるか、と訊ねてくれる親切さで、
       皆さん、駅のインフォメーションをご利用下さいね。
       カフェ・ペドロッキの裏のはお昼休みで閉っておりましたし。

       書き忘れを追記しますと、
       パドヴァカード・Padva CARDというのがあるそうです。
       48時間と72時間があり、それぞれ16エウロ、21エウロ。
       これを利用するとバス、トラムが無料、スクロヴェーニ礼拝堂を含む
       博物館美術館の入場料無料、(スクロヴェーニの予約料は1エウロ必要)等など。
       駅のインフォメーションなどで販売しているそうで、
       サイトはこちらに、英語版もあります。
       http://www.padovacard.it       
       


       という訳で、パドヴァ大学前
       白い紙がひらひらしているのは、卒業がめでたく決まった方たちの
       お知らせの紙。
d0097427_023371.jpg

       大概友人達が描く漫画風の似顔絵があり、時に風刺風や、
       笑える服装で描かれておりまして・・、

       で、今見えるあの入り口から入り、

       このかっての代々の卒業生の紋章のある廊下を通り、
d0097427_025435.jpg

d0097427_03131.jpg

       あの紋章のたくさん掲げられた部屋が見たい、と言いましたが、
       あいにく修復中の様子で、
       おまけにジュリアーナが言うには、
       どこかにガリリオ・ガリレイのもあるんだけど、どこか忘れた、と。
       ああ、大先輩の紋の場所位覚えておいてやぁ!
       折角に日本向けのブログに載るのにさぁ!!

       なにせ1222年に創立されたという、ボローニャ大学に次いで
       イタリアで2番目に古い大学ですから、
       ちょっと見でも、ひしめくその紋章に恐れをなします。
       この真ん中のは、LVCAE QVARTANO XXXXX 
       SYNDICO MERITISSIMO VNIVERSITAS IVRISTRARVM 1611年
       どうやら大変優秀な学生だったようで、と見当をつけましたが・・。
d0097427_034052.jpg



       ぐるっと廊下を回って出てくると、こちら側の入り口で、
d0097427_042757.jpg



       斜め前にカフェ・ペドロッキ
       お絵描き中が見えますが、本人はおらず・・。
d0097427_044797.jpg



       カフェ・ペドロッキの左に見えるロッジャの奥に
       インフォメーションがあるというので、入って行きましたが、
       お昼休みで閉っており、
      
       その先の水飲み場では、一人の男性が下側で飲み、
       上では鳩君が。
d0097427_0577.jpg



       水飲み場の角を回ると、
       はい、カフェ・ペドロッキのライオン君
d0097427_052880.jpg

       昔々最初にパドヴァに来た時も、確かライオン君の写真を撮り、
       中でのお茶は無しでしたが・・、はは、



       裏側のテラス席
       どうやら大学卒業祝いのちょっとしたパーティーが始まる様子で、
d0097427_06443.jpg



       ジュリアーナが、中を通り抜けようか、と。
       ええ、お茶をしよう、とは言いませんで、ははは。

       通り抜けながら一枚撮りましたが、ブレているでしょう?
       はい、shinkaiにはこういう高級カフェは不向きな様子、はは。
d0097427_063268.jpg

       
       創業180年というカフェ・ペドロッキのサイトは
       http://www.caffepedrocchi.it/              


       由緒ありげな横道奥のライオン君の像も、横目で睨むのみで、
d0097427_065630.jpg



       古本市の開かれているのも素通りし
d0097427_071520.jpg



       こんなレトロ調の建物、現郵便局も見つつ
d0097427_073365.jpg

       

       行きつきましたのが、
       エレミターニ教会・chiesa degli Eremitani
d0097427_075464.jpg

       ここには、グアリエントやメナブオーイの壁画、
       そしてマンテーニャの見たい壁画もありますが、

       閉っておりましたし、再度出直す予定なのであっさり諦め、
       正面とこの横に見える彫像のみを写し、
d0097427_081317.jpg



       直ぐ横にあるエレミターニ市博物館に
d0097427_083363.jpg
       
       ここではパドヴァの黄金の世紀14世紀を招いた
       カッラーラ家に関する資料や、当時の地図、貴金属、陶器、
       衣類などの様々な展示がありましたが、

       こちらは展示品の一つ、
       お隣にあるスクロヴェーニ礼拝堂の
       ジョットが1303~05に描いた壁画で有名な礼拝堂の
       依頼主、エンリコ・スクロヴェーニ・Enrico Scrovegni の像、
d0097427_085360.jpg
       
       ジョヴァンニ・ピサーノ・Giovanni Pisano の作だそうで、
       等身大の足までの像が印象に残りました。

       父親共に金融業、高利貸しや土地の売買で儲けた私財を投じ、
       礼拝堂を建設、ジョットに壁画を依頼する、
       現世での高利貸しで儲けた贖罪の為と言われますが、
       彼自身は学問も納めた優秀な人物だったそうで、
       画家や彫刻家を選ぶ目も確かだったですね。

       あれこれ見て戻りかけましたら、博物館の方が親切に
       中庭のあちらの考古展示の赤丸の付いたのを見ていらっしゃい、
       大変重要なものだから、と。

       はい、有難くお言葉に従い見に行ったのですが、
       古い重要な物らしいし、美しい碑文や柱頭であるのは
       分かるのですが・・、
       2人で、これは豚に真珠だね、と。
       イタリアにも同じ言葉があるのを知り笑いましたので、
       ついでに、猫に小判を教えてあげましたです、はい。
       
       
       こちらが、現在は広い公園の奥に見える
       スクロヴェーニ礼拝堂・Cappella degli Scrovegni
d0097427_095176.jpg

       中の有名なジョットの一連のフレスコ画、そして
       アッシジのサン・フランチェスコの彼のフレスコ画、
       それらについては、また秋にこの礼拝堂を見た後に
       ご紹介出来ると良いと思います。



       という訳で、パドヴァ駅前に戻りまして、帰路に。
d0097427_0101336.jpg
 
       やれやれ、今日はもう頭が満杯だね、と、
       大いに満足したパドヴァ行きの1日でした。

       駆け足でほんの少しだけご案内したパドヴァの中世
       当時人口4万人程の街が、14世紀に文化の黄金期を迎え繁栄した、
       ほんのとっかかりでもお伝え出来ました様に願います。
       長いお付き合い、有難うございました!

       
       今日はこれで失礼を、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-26 00:10 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(6)
2011年 07月 25日

   ・・・ 黄金の世紀 ・ パドヴァ その2 ・・・

d0097427_23574180.jpg

       今日は先回からのパドヴァのご案内の続きですが、
       「グアリエントとパドヴァのカッラレーゼ家」展覧会の
       様子と共に、街の中心部の歴史ある古い建物や、
       それにまつわる興味ある面白い話も探し出しましたので、
       ごゆっくりお付き合い下さいね。

       今日はまず、14世紀にパドヴァで活躍した画家、
       天使たちの巨匠・Maestro degli Angeli と呼ばれる
       グアリエント・Guariennto の展覧会の様子をほんの少し。

       上の写真は、彼の絵・テンペラ画やフレスコ画が集められた
       グアリエント展の主会場モンテ・ディ・ピエタ宮の入り口
       これはドゥオーモ広場に面した、かってのパドヴァ領主
       カッラーラ家の豪邸の一部が改装された物だそう。


       展覧会にはグアリエントの作品だけでなく、
       彼以前にパドヴァで活躍したジョット・Giottoのテンペラ画
       玉座の神・Dio Padre in trono も。
d0097427_2358138.jpg

       ジョットが、パドヴァのスクロヴェンニ礼拝堂に1303~05年、
       一連のフレスコ画を描いているのは、よくご存じですね。
       これは彼の最高傑作の一つとされ、       
       後の画家達に大きな影響を与えましたが、その中に
       先回ご紹介した洗礼堂のフレスコ画を描いたメナブオーイや、
       このグアリエント等がいるわけです。

       つまり1300年代に、
       繁栄する街パドヴァに芸術家たちが呼ばれ集まり、
       カッラーラ家の庇護の元、この街は
       文化の一大黄金期・Secolo d'oro
       迎えたという訳ですね。



       天使たちの巨匠と呼ばれる
       グアリエントの一連のテンペラ画。
d0097427_23583952.jpg

       これらは、当時のパドヴァ領主カッラーラ家の、
       今はない屋敷内の礼拝堂の為に1357年頃描かれたもので、
       大きさは57x80cm。
       かなりたくさん展示がありましたが省略し・・。

       グアリエント・ディ・アールポ・Guariento di Arpo という画家、
       生年も生まれ場所も記録が無く、アールポというのも
       生地の名ではなく、多分父親の名前だろうといい、
       パードヴァの東南20k程にあるピオーヴェ・ディ・サッコ・
       Piove di sacco に1310年頃に生まれ、1370年没。
       彼の名は、カッラーラ家の仕事を受けた1338年から記録にあり
       1367年までの約30年間パドヴァやヴェネツィアで活躍。




       天使というと我々には、可愛い子供の顔で翼を持った、と
       即イメージがきますが、
       天使の中にも戦う天使、守護する天使、徳の天使などなど
       いるのだそうで、・・この辺りのご説明はパスさせて頂き・・、はは、

       この様な大きなテンペラ画もあり、
d0097427_2359759.jpg

       グアリエントの描く天使たちは、その衣装の優美さ
       翼の色の素晴らしさなどで評判を取ったと。



       ビザンチン、ゴシック様式の固い表現から抜け出す様な、
       どこか物憂げなキリストの眼差し
d0097427_23593013.jpg

       焦点の定まらない様な眼差しは、天使たちの表情にも
       見受けられ、印象に残りました。

       彼はパドヴァのみならず、ヴェネツィアでも活躍、
       ドゥカーレ宮の大評議会室に25mにもわたる
       大きなフレスコ画も描いており、これは1577年の
       火事で損傷を受け、現在はその上にティントレットによる
       同じ主題の天国の大作、こちらは油絵、があります。
       
       その破損したフレスコ画の一部も展示され、
       後に続くヴェネツィア派の画家たちの作品もありました。

      
       
       これは会場のモンテ・ディ・ピエタの入り口、
       ポルティコに残る壁画
d0097427_23595367.jpg

       モンテ・ディ・ピエタというのは公営質店ですが、
       この建物がその目的に使われ始めたのは16世紀と言い、
       この壁画からはもう少し後の時代の感じを受けますが、
       人々が品物を担いだり持ったりし、右の台の上で
       お金を数えている様子が見て取れますね。

       つまりモンテ・ディ・ピエタ・公営質店は、
       そう、今と同じ抵当貸し
       質種、これは貸して欲しい金額の3分の一以上の値打がある物
       である必要があり、質に置いておける期間は1年、
       返さないと競で売り払われたそうで、

       左上部に僧が見えるのは、フランチェスコ会派の僧と見られ、
       つまり彼らがユダヤ人による、イタリア人もいましたが、
       高利貸しを阻止する目的で、15世紀末から始めたのを示します。

       こうしたモンテ・ディ・ピエタ・抵当貸しがあったのは都市部で、
       ついでに言いますと、質種を持たない程の貧乏な農民たちには
       モンテ・フルメンターリオ・Monte frumentario というのが
       やはり同時期に出来、長く存在しました。

       フルメント、つまり小麦や大麦の種もみを貸出したのです。 
       貧しさの余り、作付すべき種もみも食べざるを得ない
       農民たちに、種を貸したのですね。 その代償として、
       農民たちは無料で畑で働き、その畑の収穫物が貸付分ともなり、
       過剰分はお金に換えられモンテ・ディ・ピエタに!

       こういう構造があった事を知ったのは、
       ウンブリアのノルチャでかっての建物・現ホテルを見てですが、
       貧しさの余り、作付けの為のモミまで、というのを読み、
       悲しく、背筋が寒くなったのを覚えています。
       勿論、日本のお百姓やのかっての民衆の厳しい貧しさも想い・・。



       さて青空の下でお昼を食べ、元気を回復、
       中心部に向かいます。
d0097427_002348.jpg


       ポルティコの続く狭い道を往きながら、左右をきょろきょろ。
d0097427_004988.jpg


       お昼休みのパン屋さんの店先を覗いたり、
       そうか、ナポリであの店が美味しいと聞いたスフォリアテッレ・
       sfogliatelleというのはこれか、と納得したり、
d0097427_01752.jpg



       横道の、如何にも中世のポルティコを眺め、
d0097427_012537.jpg



       街頭も写し・・
d0097427_014391.jpg



       広場に出る前の建物の下の、このポルティコはかなり見事
d0097427_02110.jpg

       それもその筈、どうやら由緒ある建物だったようで・・。



       こちらがラジョーネ宮・Palazzo della Ragione
       既に2度訪問しておりますが、再訪はいつも嬉しく!
d0097427_03162.jpg

       手前のピアッツァ・デッレ・エルべには野菜市が立ち並びますが、
       お昼を過ぎた今は片づけの真っ最中。



       古いラジョーネ宮が描かれた図の展示もあり、
       外側に張り出すロッジャは後世の建て増しと知りました。
d0097427_034549.jpg



       ラジョーネ宮の1階部分には各種食料品店が並びますが、
       北と南の広場には、新鮮な青物果物の屋台店やバールが。
d0097427_041643.jpg



       片づけのドサクサにまぎれ、
       志で残されたズッキーニの箱に鳩達が群がり・・
d0097427_043597.jpg



       一緒したジュリアーナは下で待つというので、
       一人で写真を撮りに2階のサローネ・Salone に
d0097427_045747.jpg



       階段を上ると、こんな風にロッジャが続き、
       一瞬にして受ける鮮やかな印象は、昔も今も変わらず、
d0097427_051717.jpg



       この大きな薄暗い部屋に入ると、
       その広さにも、再び新鮮な驚きを!
       広さも凄いですが、
       取り囲むフレスコ画から受ける印象も素晴らしく!
d0097427_05541.jpg

       普通サローネ・Il Salone・大広間と単純に呼ばれるそうで、
       これ程の大きさの広間はイタリアでも有数の物。
       1218年から建設されたそうですが、当時は屋根部分が無く、
       2階部分にこの大きさのテラスの広間というのは、世界唯一だったそうで、
       屋根がかけられたのは1306年。      

       これは東寄りにある入り口から入って見る西側。



       こちらは中程から東側を。
       なんとなしに正確な長方形を想像しておりましたが、
       こうして見ると、少し歪でしょ?
       確かに少し歪んでいるのが衛星からの写真でも良く分かるそうで、
d0097427_065036.jpg

       この細長い形になっているのは、多分もともと両脇を
       運河が流れていた為の制限だろうからで、
       当時から両方の広場は街の中心として賑わっていた場所と。

       長さは81m、幅27m、天井までの高さは約40m!
       天井部はカラマツの木による船底形で、
       その上から鉛板で葺いていると。

       写真奥に入り口が見えますね、
       あれは現在の市役所に繋がる部分で、ラジョーネ宮の
       東横を抜ける通りの上にアーチ・ロープのアーチ
       がかかりますが、ここも後ほどご説明を。



       周囲を取り巻くフレスコ画
       様々な占星術に関する物、その影響を及ぼす物が主題だそうで、
       現在のこれは1425年~40年に描かれたもの。
d0097427_071380.jpg
      

       想像上の動物たちも見えますが
       人物が何か治療を受けている様子もありますね。
d0097427_073184.jpg


       このサローネのフレスコ画は、
       最初にジョットが1306年以降に描いたと言われますが、
       これは1420年の火事で失われており、残念!
       現在残るのは、その後直ぐに修復された建物に
       同じ主題で描かれているのだそうで、約500の場面

       その主題の元は、当時のパドヴァ大で教えてもいた著名な医者、
       数学者、哲学者、天文学者のピエトロ・ダーバノ・Pietro d'Abano
       が(1257-1316/17)授けたと言われますが、
       彼は異端の罪に3度問われ、2度は無罪になったものの
       3度目の獄中で受けた拷問で亡くなり、その遺骸は火刑になったと。
       
       日本版ウィキペディアには、友人達が遺骸を隠したために
       代わりに藁の人形が火刑に付されたとありましたが、さて・・。


       幾つもの有翼のライオン、ヴェネツィア共和国のシンボルも見えますが、
       1405年にパドヴァは遂にセレニッシマの元に下っていますので・・。
d0097427_08691.jpg


       このサローネでは時々各種展示会や催しが行われますので、
       以前行った時はこの様に広々とは見れませんで、

       この巨大な木製の馬の像も、今回ゆっくりと眺め、
d0097427_082627.jpg

       この馬の像はよく似ている事から、サンタントーニオ聖堂前の
       ドナテッロ作のガッタメラータ将軍騎馬像の馬とされるそうですが、
       実際はそうでなく、パドヴァ市のサイトによると、
       1466年にお祭りか騎馬戦の催しに作られたもので
       そのカーポディリスタ家・Capodilista から1837年に
       市に贈られたものだそう。

       近くで見ると、如何にも大きく、立派な出来ですねぇ!



       もう一度、サローネの、
       素朴で厳格な美しさを持つ、素敵な広さをどうぞ!
d0097427_09145.jpg


       最後に、入り口脇にあるという、
       黒い斑石ヴィトゥペーリオの石の事を

       私はこれを書く為に読んでいて知ったので、
       全く残念な事に見ておらず、次への宿題となりましたが、
       例により好奇心にかられ、・・かられる様な事なのでして、ははは、
       あれこれ読んで回りましたので、ここに。

       つまりこの黒い斑岩、丸い真ん中に穴のあいた石、
       かってはこれを首につけ、川に投げ込み水死させる刑に使われた石
       だそうですが、
       ここでは負債支払い不能者や破産者に対する罰に使われた
       ヴィトゥペーリオの石・La pietra del Vituperio

       ヴィトゥペーリオというのは、侮辱とか、悪口雑言、罵りの意味で、
       支払い不能者や破産者への罰として、牢に長く繋ぐとか、
       ロープの刑、・・これについてはまた明日、ははは、
       の代わりに、1231年に司祭アントニオが提案したもので、

       下着とパンツだけになってこの石に座り、はは、
       少なくとも100人もの見物人の前で、
       チェード・ボーニス・財産を放棄します、と3度
       宣言しなければならない、という刑に使われた石なのだそう。
       座るのが3度なのか、または3日と書いてあるのもありまして・・。
       
       でその後街を一度離れ、出直しをせねばならなかったそうで、
       それも負債を受けた側の承認を受けない内に戻ると、
       再び石に座らされ、おまけにバケツの水を3杯浴びせられたのだそう!

       何世紀間もこの石はサローネの中央にあったのだそうですが、
       現在は入り口脇に置かれているそうです。
       これから行かれる方、何となくユーモラスなこの刑罰の石を
       ご覧になるのをお忘れなく!

       そうそうもう一つ、この刑罰の石がこのサローネにあるというのは、
       もともとこのサローネには裁判所が置かれていたからで、
       西側にあった牢獄の建物とを繋ぐ、ヴェネツィアの溜息橋と同様の
       浮廊下も、かってあったのだそう。

      
       という所で、今日はもう満杯! 
       中間にある扉からの、青空の眺めをご覧下さい
d0097427_092542.jpg

       では明日、もう一度頑張ってのお付き合いを
       先にお願いしておきますです、よろしく!


       こちらにも、       
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
   

by italiashiho2 | 2011-07-25 00:09 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(4)
2011年 07月 23日

   ・・・ パードヴァ、でございます!  その1 ・・・

d0097427_06717.jpg

       金曜日に行こう、と計画していたパドヴァ行きを
       木曜21日に変更、大いに楽しんで戻りました!

       パドヴァ・Padova に出かけた目的は、上の写真の展覧会
       「グアリエントとパドヴァ・カッラーラ家
       14世紀のパドヴァで、ジョットーに続き活躍した画家
       グアリエント・Guariento と、当時のパドヴァの領主
       カッラレーゼ・カッラーラ家に関する展覧会を見る事で、

       パドヴァの南にあるアルカ・ペトラルカの町
       ここはかの中世の大詩人フランチェスコ・ペトラルカが晩年を過ごし、
       その家が博物館になっている町というよりも村ですが、
       ここを省くにせよ、

       展覧会はパドヴァ街内4つに会場が分かれており、
       グアリエントの絵画展示のモンテ・ディ・ピエタ宮を、
       そして同じ広場にあるドゥオーモの洗礼堂を見よう、
       それからカッラーラ家関連の展示のある
       エレミターニ市博物館、そしてズッケルマン宮を、と計画。

       冬寒く夏は暑いパドヴァの気温を恐れていましたが、
       有難い事に前日の雨で大変爽やかな上天気、
       計画通りに無事こなし、次の、秋にもう一度出直そうの予定もたち、
       大満足で戻りました。

       ですが今朝から、どのようにブログに、と苦労しておりまして・・、
       グアリエント、なんぞと初めて聞く名前に、皆さんも戸惑いでしょうが、
       実際私めも初めて聞く名前でして・・、
       ゆるゆるご説明もして参りますので、
       写真の整理がなんとか済んだ前半のみを、
       どうぞご覧下さいね!


       まずはパドヴァ中心部の地図を
d0097427_063612.jpg

       これは駅のインフォメーションで貰った地図で、
       今回の展覧会場が載っておりませんが、一応の場所を。

       8.ドゥオーモと洗礼堂
      14.司教館 ここも会場の一つであると同時に、  
         素晴らしい部屋があるようですが、今回はパス
       8.の番号の位置に、展示主会場のモンテ・ディ・ピエタ宮
      26.の横、ラジョーネ宮
       2.スクロヴェーニ礼拝堂、エレミターニ博物館
         通りの向かいに、ズッケルマン宮

       スクロヴェーニ礼拝堂の前の道・Corso Garibaldi が
       Corso del Poporo となり、国鉄駅前に繋がります。
   
       健脚の方なら、街の中心部は駅から十分歩いて回れます、が、
       一緒に行ったジュリアーナの脚が丈夫なのを知っていますから、
       帰りは歩くけん、と行きはバスで、はは。

       パードヴァ、グロリオーザさんによるご案内は、
       http://italiashio.exblog.jp/8522126


       という訳で、中心部近くでバスを降り、
       ドゥオーモ広場に向かいますが
       こんな建物が見えると、観光客だから、とカメラを取り出し・・、
d0097427_071082.jpg

       先ほど調べましたら、この建物は20世紀に建てられた
       リヴィアーノ宮・Liviano と呼ばれる、
       パドヴァ大学の文学、哲学部門のものだそう。

       ジュリアーナはパドヴァ大卒ですので、軽くリヴィアーノと言ってましたが、
       知らない者には、猫に小判、XXに真珠同様ですねぇ!


       美しいけれども、古くはない、星座表の時計をどうぞ。
d0097427_073574.jpg



       建物の前はシニョーリ広場・Piazza dei Signori
       市がたち、賑わっていて、
d0097427_075645.jpg



       先ほどの道を進みますと、
       グアリエント展の垂れ幕も見え・・
d0097427_081656.jpg

       パドヴァは、我がコネリアーノに比べると大都会!
       それでも、中心部にはたくさんの古い建物が残り、
       ポルティチ・アーチの歩道が続き、
       ほっと落ち着く街並みなのですね。



       狭い道の突き当たりに一転して開けるドゥオーモ広場。
       左に未完の正面を持つドゥオーモと、右に洗礼堂
d0097427_08378.jpg

       この写真には見えませんが、広場の南側(左)には、司教館があり、
       右側には、モンテ・ディ・ピエタ、かっての公営質屋が。
       大快晴の青空!



       広場の東側にはバールのテラス席があるのですが、
       その古い建物の2階のテラスと、
d0097427_085791.jpg



       特徴ある煙突
       この形は、パドヴァ一帯から南の地域でも見かけるもの。
d0097427_09165.jpg



       こちらが広場の北を占めるモンテ・ディ・ピエタ
       今回のグアリエント展の主会場。
d0097427_09378.jpg

       モンテ・ディ・ピエタというのは、かっての公営質店。
       で、各地であれこれ建物を見ていますが、
       いずれももっと剛健質朴というか厳めしい建物なのが、
       これは一応窓にしっかりの鉄格子があるもののイメージに遠く、
       それに大きすぎます。

       それを言うとジュリアーナが、
       貧乏人から吸い上げて、金持ちは太ったのよ、と。
       まぁ、一理あると笑いましたが、
       これを書くのに調べましたら、
       16世紀からモンテ・ディ・ピエタになっている物の、
       元々はカッラーラ家の今はないかっての住居
       レッジャ・カッラレーゼ・Reggia Carrarese
       建物の一部を改装したものと分かりました。

       レッジャ・カッラレーゼという言葉に今回何度も出会い、
       展覧会場を3軒回りながら備え付けのヴィデオを見、
       漸くに飲み込めたのが、
       このカッラーラ家の住居を示す言葉。
       レッジャ・Reggia というのは、王宮とか御殿、豪邸を
       示しますから、今はないその邸宅が凄かったのが想像できますね。

       かっての住居位置は、現在のモンテ・ディ・ピエタが
       含まれるドゥオーモの北側一郭で、
       その豪邸を飾った最初の宮廷画家がグアリエント、という事情。



       ドゥオーモの正面
d0097427_0102374.jpg

       現在のドゥオーモは同じ場所に建てられた3度目の物で、
       初代はキリスト教が公認となった313年の「コスタンティーノの勅令」
       による建設で、これは1117年の地震により崩壊。

       2代目はその後にロマネスク様式で再建され、
       隣接して建てられた洗礼堂内に、14世紀のフレスコ画が残ります。

       で現在のこれは、1551年に認可されたミケランジェロの設計
       はい、ミケランジェロなんですと! 
       によるものだそうですが、1754年まで建設が長引き、
       結局は未完の正面に終わっているのだそう。

       そう知って見ると、
       フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂に似ているように見えますね。
       
       
       
       その細部を。
       聖人像が置かれる筈だった壁龕
d0097427_0104918.jpg


       上部の窓
d0097427_011657.jpg


       内部にも入って見ましたが、中は広々でして・・。
d0097427_0112615.jpg



       こちらが、ドゥオーモ北側に接する洗礼堂・Battistero
       11世紀からの建設で、カッラーラ家の廟ともなり、
       何度か改修建て増しされていると言います。 
d0097427_011475.jpg


       丸い上部の屋根。
       こちらも、天井部のフレスコ画の為に加えられた様子
d0097427_0124215.jpg


       この洗礼堂は訪問した事がありませんで、
       一緒したジュリアーナが言うに、
       あの洗礼堂のフレスコ画は一見の価値があるから、と、
       即決で訪問が決まった次第ですが、
       まさにその価値はありました。

       内部は写真禁止で、最初いたグループが行ってしまうと、
       残りはホンの数人で、カメラを取りだすのも躊躇われ、
       はい、こういう時に役立たずの小心でうぶなshinkai・・。
       
       という事で、カタログからの写真でどうぞ。

       1375~76年にかけてフレスコ画を描いたのは、
       ジュスト・デ・メナブオーイ・Giusto de'Menabuoi        
       (1330頃~1390頃)というフィレンツェ出身のジョット派の画家。
       1370年頃より北イタリアに住みつき、ミラノでも活躍、
       そしてパドヴァに。
       エレミターニ教会、サンタントーニオ聖堂の壁画も手がけますが、
       彼の最高傑作と言われるのが、この洗礼堂の壁画と。


       クーポラに描かれた「天国」
       真ん中にキリスト・宇宙の支配者、そしてその下に神の母
       周囲を聖人たちが取り囲みます。
d0097427_0131634.jpg

       私には、全能の神、宇宙の支配者を現わす言葉 Pantocratore と、
       Cristo Pantocratore と続いているガイドブック言葉の
       違い、意味が分かりませんが、その説明のままにここに。

       周囲の輪には、旧約聖書の各場面。



       こちらが入り口部分からの内部の様子、
       真ん中は、洗礼堂の井戸に後年飾り蓋が付いたものと
       想像しますが、
       フレスコ画の中に、当時の人物があれこれ隠れているのも
       知りました。

       壁の中央、洗礼者ヨハネの上にマリア像が見えますね、
d0097427_0134264.jpg



       その部分のアップを。       
d0097427_0141798.jpg


       聖母マリアに洗礼者ヨハネから紹介を受けているのが、
       カッラーラ家の最盛期のパドヴァ領主フランチェスコ1世
       Francesco I イル・ヴェッキオ・il Vecchioの妻
       フィーナ・ブザッカリーニ・Fina Buzzaccariniなのだそう。

       彼女の名前も今回初めて知りましたが、
       どうやらパドヴァの文化芸術の向上に尽力した人物の様で、
       絵の中で聖母やキリストに紹介を受ける、という形は、
       普通その作品の依頼主を示しますから、
       彼女の意向が大いにこの洗礼堂のフレスコ画に反映されているのでしょう。
       こうして名前を知ると、次のとっかりに繋がるようで嬉しいです。

       フランチェスコ1世、イル・ヴェッキオという名は、
       アルカ・ペトラルカにあるフランチェスコ・ペトラルカの家
       これを詩人に贈った人物、という事で記憶があり、
       有名な詩人に対しての礼、と思っておりましたが、
       単なる礼を尽くしたのではなく、友人の間柄で、
       それも深い友情で繋がっていた、と知りました。

       で、この場面「キリストの奇跡」の中ですが、
       左に白く見える柱、その手前に黒い被り物をした人物
       これがフランチェスコ・ペトラルカ・Francesco Petrarca のよう。
d0097427_143860.jpg

       よう、というのも、会場に置かれたヴィデオを確かめつつで、
       この場面にペトラルカ、フランチェスコ1世、フィーナ、などと
       名前が出るものの矢印も出ませんので、
       あれこれ今迄の情報を元に、そう考える訳でして・・、
       周囲、又は彼を挟んでフランチェスコ1世とフィーナなのかも、です。

       アルカ・ペトラルカのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/4752528


       パドヴァのカッラーラ家については、
       ヴェネトの歴史上に登場する名家ですから、何度も出会いつつ
       なかなか詳しく知るチャンスを逸しておりましたが、
       今回、こんなカッラーラ家4人の肖像、というのにも!
d0097427_0152233.jpg

       どれが誰、と特定できずに申し訳ないですが、
       ヴィデオには一応名前が出たのですが・・、
       そんなものあ~た、一発で覚えられたら苦労はおまへん!
       ぼちぼち調べて参ります、
       それにしても、やはり現地に出かけると収穫がありますねぇ。



       余りキリスト教臭のあるフレスコ画は別にして、
       中世の絵に時に登場する愉快な動物をどうぞ!
d0097427_0155042.jpg

       突き出した形の礼拝堂後陣にある、黙示録場面に登場の
       海から上がる怪獣、ですって!
       7の竜の首を持ち、それが王冠をつけた10の角を持ち・・、ははは。

       ガイドブックを見ながらそれぞれの場面を特定し、
       ジュリアーナと大いに楽しみましたが、
       この洗礼堂、
       パドヴァお出かけの際には、一見をお勧めです!
      


       ドゥオーモ広場の強い太陽の下
       パニーノのお昼をする、涼しげなシニョーラ。
d0097427_0162010.jpg



       我々は広場の東にあるバールのテラス席でお昼を
d0097427_0164056.jpg



       サンドイッチは、シーチキンと玉ねぎ、海老とサラダ菜、
       そして冷たいビール一杯
       ああ、美味しかったですぅ!
d0097427_0165869.jpg

       本当は倍くらい食べれるのですけどね、
       午後の会場巡りを考え、ぐっとこらえまして・・。
       
       それでは、次回のパドヴァもお楽しみに!!

       写真整理、資料読み頑張れよ! の
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-23 00:23 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(2)
2008年 08月 29日

   ・・・ パドヴァ ・ 聖アントニオの街 ・・・

      今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真とコメントで、
      パドヴァ・Padova のご案内です。
      ヴェネツィア・ミラノの大幹線上、そしてフィレンツェ、ボローニャ、
      ローマ行きへの分岐点でもある、ヴェネトの大きな街です。
      近年、市内電車が通ったり、移民問題でも、TVのニュースに
      事欠かない街でもあります。  ごゆっくり、どうぞ。

      今回はパドヴァの紹介です。ヴェネツィアの隣町という感じで
      電車だと約30分、普通列車でヴェネツィアから
      往復5・8ユーロという手軽な小旅行です

d0097427_0311859.jpg

      ◆スクロヴェーニ礼拝堂・Cappella degli Scrovegni  
      
       駅を降りてポポロ大通りを真っ直ぐ南下すると、
       左手に、ジョットの壁画であまりにも有名な
       スクロヴェーニ礼拝堂があります。

       ここは完全な予約制ですが、日本からでも
       サイトから予約が可能です。
       ただし、カードはVISAかマスターカードしか使えません。
       1時間前に切符を受け取り、温度調整室で15分間ビデオを見たうえ、
       15分間だけ見学が可能という厳重な管理体制がなされています。

       各々の絵もさることながら、
       抜けるような天井の青に包まれた幸福感が、
       何ともいえないものでした。
       写真撮影は禁止なので、この写真は借り物です。



d0097427_0314884.jpg

      ◆エレミターニ教会・Eremitani  1
      
       礼拝堂のすぐ隣りには、エレミターニ教会があります。
       ここで最も目を引くのはマンテーニャ
       「聖クリストフォロの殉教」です。
       ただ、第二次世界大戦のときの空爆で大きな破壊を受け、
       一部は消失してしまっています。



d0097427_032271.jpg

      ◆エレミターニ教会・Eremitani  2

       そのアップ。
       とても生き生きした人物像ですよね。



d0097427_0325773.jpg

      ◆エレミターニ教会・Eremitani  3

       空爆で倒壊したときの、
       建物の写真も飾られていました。



d0097427_033285.jpg

      ◆エレミターニ教会・Eremitani  4

       内陣のフレスコ画です。



d0097427_034081.jpg

      ◆エレミターニ教会・Eremitani  5

       入口左側にはヤコボ・ダ・カラーラの墓があります。
       ペトラルカの詩句が刻まれていますが、
       ラテン語なので内容はわかりません。



d0097427_0343087.jpg

      ◆サンタントニオ聖堂・Sant'Antonio  1

       ポポロ通りから続くガリバルディ通りに戻って
       さらに南に20分ほど歩くと、
       左側に、大きなサンタントニオ聖堂が見えてきます。
       パドヴァに住んでいたこともある作家坂東真砂子のエッセイ
       「イタリア 奇蹟と神秘の旅」では
       「たこ焼きのように並ぶ丸屋根、そこから突き出した鉛筆状の尖塔」
       と表現されていますが、
       まさに巨大なたこ焼きがいくつも並んでいます。



d0097427_0351024.jpg

      ◆サンタントニオ聖堂・Sant'Antonio  2

       聖アントニオはポルトガル生まれですが
       すぐにパドヴァに移り住み、フランシスコ会修道士として
       数々の奇蹟を起したといわれています。

       彼は聖マリア・マテル・ドミニ教会所属だったのですが、
       聖マリア・デ・チェッラ修道院で亡くなりました。
       彼の死後もいろいろの奇蹟が起こり、
       信者たちは修道院に巡礼に訪れるようになりました。
       同修道院の権威も高まり寄付もどんどん集まるのに、
       ドミニ教会のほうは無視されがちになってしまいます。
       これに対してドミニ教会側は、
       豪華な棺とそれを収める巨大な聖堂を自分の隣りに建設し、
       法王に画策して、ついに遺体を取り戻すことに成功したそうです。
       その聖堂がサンタントニオ聖堂です。
       結構生臭い話ですね。



d0097427_0354581.jpg

      ◆サンタントニオ聖堂・Sant'Antonio  3

       その聖堂の壁面には
       聖人たちの像が刻まれています。



d0097427_0361799.jpg

      ◆サンタントニオ聖堂・Sant'Antonio  4

       内部の光景です。
       これではないのですが、棺の置かれた聖アントニオの礼拝堂には、
       次々と信者たちが訪れて石棺に手を当てたり、
       祈りを捧げたりする姿が絶えませんでした。
       恐れ多くてとても写真は撮れません。

       棺の周りには
       「per grazia ricevuta」と記された
       手紙などが山のように置かれていました。
       「祈願成就」とでも訳せばいいのでしょうか。
       結婚や病気からの回復などはわかりやすいのですが、
       交通事故の写真もあったので、不思議に思いましたが、
       これはお祈りをした帰りに事故に遭ったが、
       奇跡的に早く回復したことを感謝する手紙でした。



d0097427_03712.jpg

      ◆サンタントニオ聖堂・Sant'Antonio  5

       反対側のサン・フェリーチェ礼拝堂は、
       ゴシック式の美しい様式で、
       ジャコボ・アヴァンツォのフレスコ画「十字架刑」が飾られています。

  

d0097427_0374015.jpg

      ◆サンタントニオ広場  1

       外に出たら、ロウソクの売店を見つけました。
       とても長いもので、
       11月にヴェネツィアのサルーテ教会の祭りで
       見かけたロウソクを思い出しました。



d0097427_0381543.jpg

      ◆サンタントニオ広場  2

       広場には、ドナテッロ作の
       ガッタメラータ将軍騎馬像があります。
       ヴェネツィアのパオロ教会広場にある、ヴェロッキオ作の
       コッレオーニ騎馬像とともに
       ルネサンスの騎馬像の傑作といわれるものです。



d0097427_0385069.jpg

      ◆サンタントニオ広場  3

       隣りのサンタントニオ信者会2階には、
       16世紀ヴェネツィア派のフレスコ画が18枚飾られていますが、
       最も注目されるのがこれ「新生児の奇蹟」。
       生まれたばかりの赤ん坊が、
       母親にかけられた嫌疑を晴らす場面ですが、

       ティツィアーノが独力で制作した最初の作品といわれています。
       後に「画家の王」と呼ばれるようになったティツィアーノの
       原点ともいうべき作品とその空間を、
       完全に独占状態で堪能しました。
       この建物にまで来る人はほとんどいないようです。



d0097427_0392530.jpg

      ◆プラート・デッラ・ヴァッレ・Prato della Valle  1

       その先に広大な公園があります。
       プラート・デッラ・ヴァッレと呼ばれるこの場所は、
       昔ローマ劇場のあったところで、18世紀の建造です。
       80体にも上る彫像がずらりと並んでいます。



d0097427_0395746.jpg

      ◆プラート・デッラ・ヴァッレ・Prato della Valle  2

       バラエティに富んだ彫像たち。
       周囲には食べ物などの市が開かれてにぎわっていました。

       グロリオーザさんのブログ、
       イタリアの誘惑 は、こちらです。
       http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/ 

 
     ◆**◆
      グロリオーザさんの、パドヴァのご案内、いかがでしたか?
      私も久し振りに、パドヴァに出かけたくなりました。
      
      スクロヴェーニ礼拝堂のジオットの壁画も、
      エレミターニ教会の壁画も、近年修復されたものですが、
      とりわけ、スクロヴェーニ礼拝堂のジオットの作品は、
      あの名高いアッシジの、サン・フランチェスコ教会下院の壁画と、
      同じモチーフで、こちらの方が、サイズが小さい分だけ
      密度が濃く、傑作という批評家の説もあります

      エレミターニ教会のマンテーニャの作品は、
      遠近法を最大限に使っての、迫力あるものですが、
      この聖クリストフォロは、優しい力持ちの大男、という
      中世に大いに愛された聖人との事で、
      他の人物に比しての大きさも、納得できますね。

      ヴェネツィアに近いですから、本当に楽に訪れる事ができます
      是非、お出かけ下さい!

by italiashiho2 | 2008-08-29 00:26 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(2)
2007年 02月 16日

  ・・・ アルカ・ペトラルカ ・ 詩人の里 ・ 中世の町 (追記) ・・・

d0097427_1263563.jpg
 
      ◆アルカ・ぺトラルカ

       今日ご紹介するのは、イタリアの偉大な中世の詩人(1304~1374) 
       フランチェスコ・ペトラルカ がその人生の最後を過ごした、
      「コッリ・エウガネイの真珠」と称される 
      アルカ・ペトラルカ 
です。

       私はまだ訪れた事がありませんで、今日の写真と地図は
       ・I Borghi piu` belli d’Italia・・GAFFI
       ・BORGHI D'ITALIA・・MONDADORI    からです。

       こちらのサイトも、どうぞ。  http://www.arquapetrarca.com/

       まずは、何処にあるのか、下の地図をどうぞ。



d0097427_1304310.jpg

      ◆アルカ・ペトラルカは何処に

       ご覧のように、パドヴァから南に24キロ、
       あちこちに温泉・テルメ という地名も見える、
       なだらかな風光明媚な丘陵地帯、
       コッリ・エウガネイ に位置します。
 
       国鉄のモンセーリチェが最寄の駅で、
       そこからバスかタクシーで、9キロです。



d0097427_1335811.jpg

      ◆中世の町の眺め

       ガイドブックの説明によると、

       石造りの建物と、丸石舗装された道、
       中世の村の風景。



d0097427_1365112.jpg

      ◆町の地図

       右下から続く道が、町の下にある駐車場からの道の
       ようですから、この地図の流れに従ってご案内を。



d0097427_138739.jpg

      ◆ペトラルカの泉・フォンターナ・デル・ペトラルカ

       右側の線が見える位置。
       この古い洗濯場・泉は、詩人が住む以前からあったそうですが、
       毎朝彼が水を汲みに(飲みに?)寄ったので、
       その名がつけられたそう。

       このような洗濯場は、古い町や村に今も残っており、
       かっての女性達の社交場であったろうと。
       井戸端会議なる言葉、既に死語なのでしょうか?



d0097427_1401565.jpg

      ◆ぺトラルカのお墓

       泉の前の教会、サンタ・マリア・アッスンタの前庭に。
       彼自身は、当時の習慣に従い教会の柱廊に葬られる事を
       遺言したそうですが、詩人の死後7年目にこのお墓に。
       ヴェローナの赤い大理石の 箱舟の形 との事。

       ちなみに、地名のアルカ・Arqua`は 箱船 を意味し、
       19世紀になり、詩人の名が加えられました。 

   追記・・他の本を読んでいて気にかかり調べてみましたら
         アルカ とは箱舟の意味もありますが、
         まず第1に、棺 の意味である事を知りました。
         ペトラルカが終の棲家に選んだ一つの理由かも
         知れないなぁ、と思った事でした。



d0097427_1421044.jpg

      ◆ペトラルカ広場

       写真の建物が、ヴェネツィア・ゴシック様式の
       コンタリーニ邸 と思いますが、
       さて、手前側かな? (地図から考えると、そうですが)



d0097427_1433131.jpg

      ◆ヴィア・ローマ

       町の中心の通りローマ通り。
       なんとまぁ、結構な坂道ですね?!
       お祭りの日には、この通りに土地の特産品の屋台が並び、
       中世の大道芸も行われ、賑わうとの事です。



d0097427_1445488.jpg

      ◆サンティッシマ・トリニタ教会

       素晴らしい ヴィカーリのロッジャがあるという、
       教会の礼拝堂。
       町の西奥、サン・マルコ広場に面しています。



d0097427_1462277.jpg

      ◆礼拝堂内

       サンティッシマ・トリニタ教会の礼拝堂内で
       パルマ・イル・ジョーヴァネの祭壇画と思われます。

       屋根が小屋風の特徴ある造りで、
       最近修復されたばかりとの事。



d0097427_148076.jpg

      ◆ペトラルカの家
 
       14世紀のイタリアの至高の詩人の一人、
       と讃えられるペトラルカは、彼の生涯の最後の4年間を
       この緑に囲まれた家で過ごしました。

       家は当時の慣習に従い、パドヴァの領主から贈られた物で、
       詩人自身がこの様に記述しています。

       監獄から逃げるように町を離れ、
      人里はなれた小さな村に住む事を選んだ。
      オリーヴとブドウ畑に囲まれた優雅な小さい家。

      そこで、まったくの平穏のうちに日をすごす。
      動揺から、喧騒から、雑用から遠く、
      読書を続けながら、書きながら。


   
   追記・・ この家は、見物できます。
           月曜日は休館ですが、年中無休、
           2月~9月  9時~12時  15時~18時
           10月~1月  9時~12時半  14時半~17時半
           ・入場料必要 (書いてありませんでした)



d0097427_1501585.jpg

      ◆土地の名産・ジュッジョレ

       ジュッジョレというのは、ナツメです。
       この土地の特産品の、リキュール漬けか、
       シロップ漬けでしょうか?

       10月には、ジュッジョレにちなんだお祭りも
       行われるようです。

       この土地について、アドルフォ・カッレガーリという人、
       作家であり、エウガネイの紹介や、
       国立エステ博物館の館長もしていた方のようですが、
       1941年に書いた文章がありました。

       アルカは、慎ましやかな、小高い丘の上に位置する。
      平野にせり出す狭い谷の間に。
      古い建物の間に大きな特徴がある。
      他に何も加える事が無くても、訪れる価値があっただろう。
 
      だが、その地でペトラルカは死んだ。
      そしてこの死は、栄誉の輪光をこの小さな土地に贈った。
      彼の記憶の聖なる引渡しである。

      他のいかなる場所も、彼のオリジナルの遺品を
      この様には保存しなかった。
      ほとんど損なわれていない・・
 
      そのため、ここに彼の偉大な生きた精神を、存在を感じる。
      風景が大変美しかったのも思い出される。
      彼の詩の、甘美な憂愁に満ちた文体と一致して。
 
      アルカ、目覚めている村・・
      そこでは、飽く事なく平穏さを予感し、
      そしてたどり着く事のない幸せの感情を呼吸する。
      他にはない、精神的な風景。


      訪れる価値ある土地のようですね。

     ***  ご案内  *** 
     
      この度、友人のお1人より、ペトラルカについて書くので、
      この記事にリンクをと、お知らせを頂きました。

      これをアップした際は、まだ実際に訪れた事がなく、
      ガイドブックの写真を使いましたが、
      暫く後早春の村を訪れ、実際にペトラルカの家も見、
      写真も撮ったものの、
      その後再アップする事無く、気にかかっておりました。

      今回お知らせを良いチャンスに、
      ペトラルカの家の内部など、写真を追加いたしました。
      お楽しみいただけますように。

d0097427_22442622.jpg

      ◆村の坂道  1

       村は(上の記事では、町と書いておりますが・・)、
       丘の中腹に沿って広がり、
       村の下に大きな駐車場があります。

       その坂道から見上げる家の並び。
       素敵な村、という予感がします。



d0097427_2245649.jpg

      ◆丘を眺めて  

       丘 と言ってもご覧のようにかなり高く、
       訪れた3月中旬、早春の色が漂います。



d0097427_22461644.jpg

      ◆ペトラルカの、棺

       サンタ・マリア・アッスンタ教会前の
       ペトラルカの棺。



d0097427_22465982.jpg

      ◆教会前、日曜日の朝

       教会前、ちょうど日曜朝のミサの済んだ時。
       村の男達があちこちにかたまり、
       お喋りに余念なく。
       日曜の朝にはあちこちからの
       自転車トレーニングの男達が、
       通りかかります。

       この時はまだ村も静かでしたが、
       その後何台も観光バスが到着し、
       あっという間に賑やかに。



d0097427_22473497.jpg

      ◆村の坂道  2

       かなりの坂道を、行ったり来たり
       散策を楽しみました。
       
       家の角から見守る聖人像。



d0097427_22482262.jpg

      ◆村の坂道  3

       坂道の傾斜の様子、分ります?



d0097427_22485370.jpg

      ◆村の坂道  4

       古い家の壁に残るフレスコ画。



d0097427_22494180.jpg

      ◆サンティッシマ・トリニタ教会

       ヴィカーリのロッジャです。
       (と書いたものの、何かよう知りませんで・・!)



d0097427_2250338.jpg

      ◆ペトラルカの家  1

       村の西外れに。



d0097427_2251891.jpg

      ◆ペトラルカの家  2

       現在博物館になっている、
       家の入口にあるペトラルカの像。
       孤高でいる事を好んだという、穏やかな表情。



d0097427_22514072.jpg

      ◆ペトラルカの家  3

       内部展示は、確か1階と2階で、
       1階部分は、資料写真展示が主に。
       
       パドヴァの領主から贈られた家という事で、
       内部の部屋はかなり狭いです。



d0097427_22522841.jpg

      ◆ペトラルカの家  4

       ここから、2階の部屋。

       ペトラルカ自身が、この家の改修に
       かなり熱中した様子ですが、
       彼の死後も、彼の意を汲んでの改修が
       続けられて今の姿との事。



d0097427_22525984.jpg

      ◆ペトラルカの家  5

       天井の格子、壁の壁画の様子など。



d0097427_22534045.jpg

      ◆ペトラルカの家  6

       家の正面入口に見えている
       ベランダ部分。



d0097427_22541595.jpg

      ◆ペトラルカの家  7

       内部の造りは、真ん中部分に壁が通り、
       南側と北側に分かれている、という感じで、
       北側の一角に、ガラスで仕切られた
       覗ける様になっている部分がありました。

       多分これが、ペトラルカの衣装箪笥



d0097427_22551924.jpg

      ◆ペトラルカの家  8

       そして、椅子。

       6世紀間が、一挙に縮まる思い



d0097427_2256418.jpg

      ◆ペトラルカの家  9

       南西の端の部屋、テラス際にあった
       もう一つの彼の像。

       背も低く、年を取ったシニョーレで、
       親しみが持てます。
       人生最後の数年間をこの土地で、
       この家で過ごす事を選んだ、ペトラルカ。

       窓から臨めるエウガネイの丘の緑。
       村の時は、止まったままの様。



d0097427_22565014.jpg

      ◆村の様子  1

       道なりに、ゆっくりと丘の上に。
       上から眺める村の様子。
       右下に丸く見える広場が、
       ペトラルカの棺のある、教会前広場です。



d0097427_22574245.jpg

      ◆村の様子  2

       石畳の道が続き、石造りの古い家が続き、
       時にこんな顔が、壁から見つめています。
       
       
     *****
 
       

by italiashiho2 | 2007-02-16 01:58 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(18)
2006年 09月 22日

  ・・ モンタニャーナ ・Montagnana・ 市壁と塔、生ハムとパリオ ・・

     今日は、モンタニャーナ・Montagnana という、
     パドヴァから、南西の方角に46キロの距離にある、
     周囲を市壁に取り囲まれた中世以前からの町 にご案内いたします。  
     周囲を壁に囲まれているのみならず、この市壁には、
     なんと24もの塔が今も聳えているのです。 
     そしてこの町は、生ハムと、パリオ(競馬)でも有名の様子。 ではどうぞ!

d0097427_1162928.jpg

      ◆まずは地図をどうぞ

       字が小さくて見え難くいですが、
       まず一番右上にヴェネツィアがあります。
       そして西にパドヴァ、そこから南に下りモンセーリチェ、(ご案内済み)
       そして西に向かう道が、中世のお城が続く道なのですね。

       まず、エステ・Este そして今日ご案内の モンタニャーナです。
       もっと西にベーヴィラックワ・Bevilacqua 
       ここは行った事がありませんが、素敵なお城があるようです。  
       そしてもっと西に、マントヴァ・Mantova が。
       北にソアヴェ・Soave が見えますが、
       ここも白ワインと、お城で有名です。




d0097427_1171363.jpg

      ◆市壁の雄大さを   (ガイドブックから)

       すごいでしょう?!  
       この市壁の写真は、実際はもっと横長だったのですが、
       余りにも細長いので、少し切りました。 
       こんな市壁がぐるっと町を囲んでいるのです。 
       9世紀から10世紀ごろのものと言われます。
       そんなに高くも厚くもなく、その事からも建設された時代が分ります。
       奥に見える塔は、高さが38メートルある
       最高のもので、この下がお城です。




d0097427_118278.jpg

      ◆市壁

       サイトにある町の航空写真を見ると、
       町はちょうど長方形の形、その周囲を壁が取り囲んでいる、
       という様子で、大きな門は4つ、それぞれの辺に一つずつあります。  
       車が通れるのはこの4門のみで、他は人が通行できるだけの
       小さな門、と言うか、出入り口があります。

       中世の人々の、市壁に護られ、そして
       規制されていた日常生活が偲ばれます。  
       市壁の外はこの様に草原になっていて、
       今は細くなった、堀も通っています。




d0097427_1185774.jpg

      ◆市壁の門

       4つあるうちの1つ、ポルタ・ヴィチェンツァ です。
       市壁のある町の門には、その門からの道が向かう町
       の名が冠されています。
       ですからこの門からの道は、ヴィチェンツァに向かっていて、
       逆にヴェチェンツァからの旅人は、
       この門から、町に入った事でしょう。




d0097427_120146.jpg

      ◆市壁、塔の内側

       上のヴィチェンツァ門を内側から見た様子です。  
       一番上の階は見張り所、真ん中の階は、駐屯所というか、
       兵士達が寝泊りしていたのかも知れませんね。  
       実際、ちゃんと家に修復されているらしい塔も、
       見かけました。




d0097427_1203461.jpg

      ◆マッジョーレ広場

       町の中心広場で、周囲を、由緒ありげな建物が
       取り囲んでいます。
       写真の真ん中に見える中世風の大きな建物、
       実は、古い建物が上手く保存されているもの、と考えていました。  
       今は修復されて、「預貯金銀行」として使われていると。

       所がなんと、これは20世紀初頭に建てられた
       「中世風建物」である事を、ガイドブックで知りました!  
       やはり、ガイドブックはしっかり読まねばなりません!!




d0097427_1213250.jpg

      ◆エレガントな、ヴェネツィア風建物

       広場の西側に立ち並ぶ建物群で、
       殆どが17~18世紀の建物との事。
       広場は、ねずみ色の石に、白い石の線で、
       ちょうどヴェネツィアのサン・マルコ広場
       を思わせるような、デザインが施されています。   
       左側建物の煙突に、ご注目を。




d0097427_122295.jpg

      ◆エレガントな煙突

       ちょっと驚きの煙突です!  
       どうやらかなり有名な煙突のようで、
       この町のスケッチ展のポスターにも、
       この煙突のスケッチがありました。
       煙突でこれだと、建物の中も、
       大変エレガントなのでしょうね。




d0097427_1223187.jpg

      ◆ドゥオモ

       広場の東側にドゥオモがあります。  
       正面はゴシック様式ですが、
       内部はルネッサンス様式との事。  
       そして、ジョルジョーネの手になるフレスコ画も
       あるそうですが、残念、見ておりません。




d0097427_123861.jpg

      ◆元教会、そして今は

       これは、元は教会の建物。 
       入口の上には、マントを広げ、信者を庇護する
       聖母の姿もちゃんと残っていて、彫られている模様からも
       窺えますが、かなり古い教会の様です。  
       年代を経て、今は何の建物になっているか?   
       バールになっていました!




d0097427_123468.jpg

      ◆市壁、塔、堀、そして橋

       市壁のどの辺になるのか、覚えていませんが、
       (南にも思えますが)
       大きな門、高い塔があり、町に入る橋がついていました。
       かなりの威圧感がある、中世の眺めです。



d0097427_1241791.jpg

      ◆門の内部

       上の写真の門の内部、2重になっている門の内部です。  
       厚い煉瓦の壁、中はヒンヤリとして
       まるで時間が止まっているかのよう。




d0097427_1244892.jpg

      ◆ゴンファローニの競走   (サイトより)

       毎年9月の第1日曜日に、モンタニャーナの
       10のコムーネが集い、
       時代衣装の行列を初め、旗振り、競走、競馬が行われます。
       大変煌びやかなお祭りのようで、10のコムーネのパリオ
       と呼ばれます。

       これはその中の一つの競技 ゴンファローニの競走。
       ゴンファローネというのは、その地区の旗ですが、
       それを旗持ちが持って走る競争だそうです。  
       700Mのコースを、ふくらみ、はためく旗を持って走る、
       大変過酷な競技、とサイトの説明にありました。
       
       こちらです。 www.palio10comuni.it  
       写真が多く、楽しめます。




d0097427_1253672.jpg

      ◆パリオの競馬    (旅行雑誌より)

       こちらは、その「パリオ」の呼び物、競馬です。
       ご覧のように、市壁の外、かっては堀であっただろう
       草原を走ります。
       こういった競馬は、イタリア中世の一番古い催し
       だそうです。




d0097427_1262438.jpg

      ◆モンターニャナ名物 生ハム  (旅行雑誌より)

       生ハム ヴェネト・ベーリコ・ウエガネオ・
       Veneto Berico Euganeo は、12~15ヶ月を
       熟成期間に当てる、甘くて、柔らかく、そして歯ごたえのある
       美味しい生ハムとして、評判なのだそうです。  
       他にも、この町には昔からの味が楽しめる食品、
       料理があり、5月にはそのお祭りもあるそうです。




d0097427_1265894.jpg

      ◆生ハム   (旅行雑誌より)

       生ハム、ヴェネト・ベーリコ・エウガネオ の美味しい写真!
       横にある赤ワインと共に、秋の夜長に如何ですか?
       そうそうこの辺り、ワインも有名、チーズも美味しいとか。
       ヴェネツィアからも、楽に行く事ができます。  
       9月のパリオの時期、または5月下旬にお出でになると、
       たくさん楽しみがある様子。
       どうぞ、お出かけを!


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-22 01:04 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(0)
2006年 05月 10日

   ・・・ モンセーリチェ ・ Monselice ・・・

     パドヴァから南へ20キロほど、モンセーリチェ の町があります。
     ここの猫さん達、ワン君は既に御紹介済みなので、
     今日は町の様子をどうぞ。
     ボローニャ、フェッラーラから通ると、
     汽車の窓から西に、かなりの岩山が望めますが、
     町は、東側山の下から山腹にかけて広がり、
     中程に、中世のお城があります。
     写真は4月の下旬で藤が満開でしたが、色が良く出ず、パスです。

d0097427_23182330.jpg

      ◆駅から町の中心へ

       駅が、イタリアの古い町の例に漏れず、
       少し中心から離れています。
       暑い程の日で、川ベリをのそのそと歩きましたが、
       これは、川向うに見えた建物です。

       ガイドブックによると、この町は600年代より、
       つまりローマ期からの交通要所で、
       5世紀以降に侵入してきたロンゴバルド族によって、
       要塞化されたとの事。
       後1200年代には、エッツェリーノ・ダ・ロマーノの下に入り
       (彼については、右サイドバーの検索に名前を入れていただくと、説明が)
       さらに要塞化、山の上にも要塞があります。
       そして、パドヴァのカッラレーゼが領有、
       ついでヴェネツィア共和国の下に、という歴史を持ちます。




d0097427_2319454.jpg

      ◆町の中心広場

       ちょうど広場では市が開かれていて、大変な賑わい。
       町に迫る山の様子、左に見える教会の壁、
       その奥のロッジャ、ヴェネツィア風の赤い壁。
       山の上に、要塞が見えます。 




d0097427_23195724.jpg

      ◆ヴェネツィア・ゴシックの窓

       広場の横の壁。 
       古い中世の面影を残す、壁の汚れ。
       修復の跡も歴然としていますが、大変優雅。 
       中が見たいものですね。




d0097427_23204719.jpg

      ◆広場の時計塔  13世紀

       同じ広場の時計塔です。 
       周囲の、比較的新しい建物の中にあり、
       むき出しのレンガの肌が、大変重々しい雰囲気で、
       町の歴史を物語ります。

       写真の一番下にテント風の屋根が見えるのが、
       市の賑わいです。




d0097427_23212321.jpg

      ◆お城  13世紀

       坂道を登っていくとお城があります。 
       元々は、専制君主エッツェリーノ・ダ・ロマーノの
       居城だったものが、後に拡張されたそう。

       中は、ガイド付きで見学できますが、
       写真は撮らせて貰えませんでした。




d0097427_2322430.jpg

      ◆お城の壁にいるもの

       前の写真に半分写っている、壁の紋章です。  
       サイトを見て調べましたが、どの一族の紋章か
       分りませんでしたが、
       城に伝わる、中世の愛の伝説を知る事が。 
       大変哀れな、そして少し怖いお話。 
       いつか、ご紹介いたしましょう。

       このエピソードにつきましては、
       06.5月23日配信 のメルマガ No.38号 をどうぞ。
       こちらです。http://blog.mag2.com/m/log/0000177715
  



d0097427_2322578.jpg

      ◆お城の壁 と 内部    (絵葉書)

       お城は現在ヴェネト州の管轄にあり、
       3月から、11月まで見学できます

       右下の台所は、実際はもう少し狭く、暗い感じを受けましたが、
       いかにも中世の面影の残る、そして生活観漂う台所ですね。




d0097427_23234356.jpg

      ◆お城の内部  1   (絵葉書)

       この部屋は、まず最初にガイドが見せてくれた部屋。
       並んでいる甲冑の小さい事に驚かされます!  
       
       これはこのお城に限らず、何処でも感じる事です。
       廊下の狭い事、階段の天井の低い事、など等、
       かってのイタリア人が、小さかった事が良く分ります。
       体格が小さかったのは、日本人だけではないのです!




d0097427_23243989.jpg

      ◆お城の内部  2   (絵葉書)

       部屋の内部は、このように紅白の市松模様に塗られていて、
       これが素晴らしい効果を出しています。
       きっちりと四角ではなく、適当に!  
       この 適当に が大変良い味なのです。

       特にこの大きな部屋の暖炉は素晴らしく、
       この飾りをご覧下さい。
       ガイドが語った案内も、今は殆ど良く覚えていないのですが、
       その中にあった一節、

       このお城が一番賑やかだったのは
       隣のエステのお城から、姫君がお輿入れされた時でした

       これは、何とイメージをかき立てる説明ではありませんか?!
       一瞬にして、
       大きな燭台の火が輝き、人々の影が壁に動き写り
       お城が蘇ったかの様 でした。




d0097427_23251878.jpg

      ◆旧ドゥオモ 入口に

       お城からもっと登っていくと、7つの小さな礼拝所
       上り坂に連なる、聖所がありますが、
       その手前に、かっての古いドゥオモ 13世紀 があります。 
       現在の、新しいモダンなドゥオモは、下の町の中央に。

       で、この王冠を戴いたライオン君は、
       左右一対で、旧ドゥオモの入口に控えているのです。




d0097427_232666.jpg

      ◆マロニエ

       マロニエだと思うのですが、
       巴里に行った事がないので良く分りません。
       巴里のマロニエは、この白と、ピンクとが
       だんだらになっているとか・・。
 
        ミラボー橋の下をセーヌが流れ、我らの恋も流れる。 
        日も暮れよ、鐘も鳴れ、月日は流れ、私は残る

       ああ、でもなんでこういうの、
       何時までも、しっかり覚えてるんだろ?!
       行ってみたいなぁ、巴里!




d0097427_23265666.jpg

      ◆町の眺め

       聖所のある高みから、町の様子が良く見え、  
       カーヴを切る道、なんとも趣があります。 
       右中程の屋根の無い、現在修復中の、
       周囲の壁だけが残っている家。
       これを見ると、何世紀にも渡って建物が残る理由、
       が分るようですね。




d0097427_23273398.jpg

      ◆平野の眺め  1

       モンセーリチェの西に、コッリ・エウガネイと呼ばれる、
       なだらかな丘が幾つも続く、
       テルメ・温泉保養地でも有名な地があり、
       東から南にかけては、エミリア・ロマーニャの平野が、
       ボローニャまで続きます。
       春霞におぼろな、南の平野の眺め。




d0097427_23282293.jpg

      ◆平野の眺め  2

       こちらは東の眺め。 
       蛇行して続く道、点在する農家、
       集落に、必ずそびえる鐘楼。




d0097427_23285751.jpg

      ◆春の山

       要塞のある背後の山にも、春の色が。 
       もののふ達の夢の跡にも、春が巡り来て。


    ***

by italiashiho2 | 2006-05-10 23:08 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(0)