カテゴリ:・北イタリア Italia nord( 10 )


2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、絵はパスし、 スコミーゴ村・晩秋の色と、ワン達 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

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by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・北イタリア Italia nord | Comments(5)
2016年 10月 30日

・・・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城 ・・・


       最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。
       今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
       強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
       町の中心はすべて避難命令が出ております。

       お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く
       怪我人、危険信号程度の重症者も含め20人程で済んだ様子です。

       ノルチャの北にあるプレーチ近くの、サン・テウティツィオ教会は、
       先日教会正面壁の一部が落下したのが、今回は遂に全体が崩壊したと。

       プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇、ネーラ川が流れますが、
       大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、
       プレーチとの連絡は途絶えているとの事ですが、市長からの電話で
       町の教会も倒壊したとかで、大きな被害が予想されていて、
       これはカステルッチョも同様の様子で、
       その他の各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。
       
       今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
       各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

       余震が続いてはいたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
       ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

       この先48時間以内に、ひょっとして今まで以上の大きな地震が
       起こる可能性もあるという事で、一帯の人々には避難指示が出ていますが、
       
       被災者の皆さんの心理的なお疲れも想像でき、
       寒さに向かい本当にお気の毒です!

       救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の
       疲労の大きさにも想いが行き、頭が下がります、
       本当にご苦労様です!! 宜しくお願いいたします!


     *****

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       イタリアのヴェローナから北の隣国のインスブルックを繋ぐ
       ローマ期からの街道筋の要所であり、
       高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

       見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
       現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・イタリア環境財団とでも、
       のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名のないのもそうです。
       
       今回は写真が多いですので、ごゆっくりご覧くださいね!!



       城入り口前からの城壁の眺め
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       城の図をどうぞ
       左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
       赤丸の付いているのが現地点という事で、
       その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
       その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔
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       赤丸地点の左Casa delle Guardie・警備人の家
       矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門
       ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

       グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、
       左回りに行き、一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門
       赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所

       そして次の門をくぐると居住地部分で、
       左に抜けると内庭というのか、Pozzo・井戸があり、
       長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。
       左外れの白い部分Resti della Capella・礼拝堂の遺跡

       ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館
       そしてフレスコ画で装飾された警備人の家、主塔の上部という、
       約千年の歴史を持つ城です。

       


       これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔
       ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!
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       名前と由来を聞いて皆がフフと笑いまして、
       というのも、吊るすというのがインピッカーレ・impiccareなんですね。




       警備人の家に入り、2階に
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       そして、おお!となったのが、まずこの壁画
       現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!
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       真ん中にアルファベットが見えますね、
       でも何の関係もない文字が入っているのだそう。
       下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
       後ほどご覧頂く、城内のフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

       shinkaiは一番後ろで写真を撮っていまして、
       殆どガイドさんの説明を聞いていませんで、ははは、
       すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
       ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
       見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
       はは、良く出来たガイドさんですねぇ!!




       そして隣の部屋に、これが圧巻でした!
       部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色
       そしてどこかニヒルな目を持って見つめ描いている、というのか・・。

       こちらが入って正面の壁
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       右側の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
       
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       部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が
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       窓にもこんな柄模様
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       描いたのは14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

       警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、
       確かに位置的にもそうなのですが、多分長たる人の住まいでもあったろうと。




       上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
       我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。
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       坂道を上り
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       最初の門
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       中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
       かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。
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       右に開いているアーチの中が城の下部分で、
       上に伸びている壁の内側が、かっての礼拝堂の壁、というのを
       後ほどに知りました。
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       この左に2番目の門があり、




       2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!
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       城壁は城をぐるっと囲んでいる一部なのですが、
       下側にも上側にもM字が見えますね?
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       これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
       つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、
       防御から埋められ城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、
       それがまた埋められている様子なのです。

       M字型は王冠の上の飾りを意味し、このM字が付いている城は
       皇帝側である事を示し、
       教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、が残ります。


       アーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年
       12世紀にトレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco
       一族の領有となったと。
       
       カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年、
       アルドリゲット・Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・
       Adelpretoを殺害したというもので、
       封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様子ですが、解放され、

       その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、
       その後を継いだアッツォーネ・Azzoneは、
       アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の希望にもより、
       皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
       この一帯での重要な立場を持つ事に。

       1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmo
       で、ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家
       にも近づきますが、1320年後継者を残さず亡くなり、
       彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

       ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀を
       カステルバルコ一族は存続し続け、ミラノ方面にも進出、
       カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

       このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela
       指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、
       FAIに贈ったのだそう。

       
       ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
       中世の、城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
       そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       



       3つ目の門をくぐり
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       銃眼というより、弓を射る窓から外を
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       城館部分に近づき、両側の壁が高まり、4つ目の門
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       門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!
       右は床と境の壁部分が落ちているのですが、暖炉部分や、
       壁の祭壇部も見え、
d0097427_15443956.jpg
       左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。




       上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し、
d0097427_15450436.jpg



       上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。
       色が見え難いので少し濃い目にしましたが、
       白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!
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       このフレスコ画の下の、アーチ越しに見えた植物のフレスコ画
       わぁ~お!
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       遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の
       一番東(右側)の外壁ということになりますが、

       植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に
d0097427_15460273.jpg



       上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄
       左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。
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       潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄
       こういう柄は本当に優雅ですよね。 
       女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!
d0097427_15463229.jpg



       城壁側との境にアーチの仕切りがあり
       1階部分はこれで仕切られていたのでしょう、
d0097427_15464660.jpg



       アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、
       最初は真っ暗で降りる気もしなかったのですが、ははは、
d0097427_15471243.jpg
       城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
       との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
       大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
       氷室があった、との事。




       横から低めのアーチを潜っていくと台所で、
       この大きなフードに驚き!!
d0097427_15473012.jpg
       一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
       お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、
       との事ですが、それでもねぇ、この大きさだとすると、
       何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!




       中庭から見る主塔
d0097427_15474374.jpg



       さて、領主館の中に
       この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が残っていた部分で、
       中から見上げる壁が異様に高く感じおまけに薄暗く、大変な威圧感!
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       真ん中上に見えるのは暖炉の跡、上部で、
       この部の煙突が残っているのを後ほど。




       遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み
d0097427_17061910.jpg



       反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
       黒い板壁で覆いがあるのが見えますか?
       時代毎の修復の蓄積がここにも見れます。
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       領主館の一番西端の大きな部屋。 
       ここにも柄のフレスコ画が2階部分と、窓にも同じカーテン柄
       四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。
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       そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
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       下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。




       細長い中庭はこんな様子で、右が領主館の部分で、
       幾つもの壁、アーチで仕切られ、左は主塔に至る石段部分。
       手前に見えるのは中庭の井戸で、
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       この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
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       主塔に上りますが、ここが塔の入り口
       とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、この入り口がついたのは
       後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
       あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。
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       こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!
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       最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓
       壁の厚みにご注目!
d0097427_17101915.jpg



       そして辿り着いた上階、「愛の部屋」と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
       塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
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       窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、
       馬に(犬ではおまへん)乗り、弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
       窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん
       つまり、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
       犬は忠実のシンボルなんですって。

       天井部分には、膝まづく人の姿と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。
       shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
       ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所。




       この左に続く場面には、愛の矢で射られた
       幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、
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       向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。
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       14世紀中頃の、ヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
       洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で
       むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!




       「愛の部屋」の隅に、まさに梯子階段があり、上の物見の部屋に
       つまりここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、
       ぐるりとほぼ一周する事が出来ます。
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       見張り窓から見る北の山
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       塔から見下ろす領主館の屋根と、右に城の入り口、
       そしてピカドーラの塔
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       上の写真左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突
       館の2階部分の暖炉の上部のみ残っていた場所ですが、
       煙突の先の形が、どこか古めかしく趣がありますでしょ。
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       城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ
d0097427_17155534.jpg



       アーヴィオの中世からのお城のご案内
       お付き合い、有難うございました!
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     *****

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       ◆ お知らせ ◆

       11月22日から27日に開催の、広島の三越での個展が迫りました。
       もしDMを送って欲しい方が居られましたら、コメント欄の
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by italiashiho2 | 2016-10-30 22:26 | ・北イタリア Italia nord | Comments(2)
2016年 10月 26日

・・・ トレントの古城2つ 前奏曲 ・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・地震速報追記 ・・・

   イタリア中部地震のニュースに関し、最後に追記、写真アップを致しました。
        
********

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       先週水曜にグループで出かけて来ましたトレントの古城2つ、
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avio
       カステル・ベゼーノ・Castel Beseno.

       生憎の曇り空で靄のかかったお天気でしたが、何とか雨はのがれ、
       千年近い歴史を持つ古城の、内部と規模の大きさに満足し戻りました。

       写真整理も資料を読むのも済んでおらず、さてどうしようか・・。
       以前アーヴィオのお城は訪ねたことがあり、月曜休館で外からのみ、
       その時のは何枚か、ガルダ湖北の訪問で見て頂いただけですし、
           
       先日とは打って変わった青空の美しい写真なので、シメシメ、これを!と。
       いやぁ、先日来こちらは雨と曇り空が続いており、
       青空と太陽さんが恋しく、時間稼ぎにもちょうど良いと、ははは。


       という事で、今日はアーヴィオのお城の前奏曲、ならびに
       麓のサッビオナーラ・Sabbionaraの村の様子をどうぞ!

       上の写真は、サイトから拝借のアーヴィオのお城を遠方から

       このお城に惹かれるのは、如何にも中世の、絵に描いたような姿で、
       これはヴェローナからボルツァーノに向う鉄道からも、高速からも見え、   
       やはり一度は内部も見たかったのでした。




       アーヴィオのお城はどこにあるか、地図をどうぞ。
       我が町コネリアーノから行くにはちょうど北周りと南周りの行程があり、
       この日は往きにヴェローナ経由の青の線南回りで、
       午後にロヴェレートの北東にあるベゼーノの城を見物後、
       戻りは北回りのグレイの線で。       
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       ここから暫くは、以前の、はぁ、2007年5月下旬の、ははは、
       緑濃い写真をご覧頂きますが、

       高速を降り、サッビオナーラの村に向かい
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       お城の手前の駐車場から、見上げる姿
       現在残っているのは上の城館部分と主塔で、城壁が取り囲みます。
       
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       城の下から見下ろすサッビオナーラの村
       如何にも昔からの、お城の膝もとの村、という感じでしょう?!
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       村を囲んでいるのは葡萄畑、なんですが、
       いつもご覧頂いている畝の畑とは違い、
       この辺りのは、葡萄の枝をパラソルのように広げた棚作りで、
       太陽の恵みを最大限に取り入れる仕様なのですね。




       南、ヴェローナ方面を望んで
       両側から高い険しい山々が迫る狭い谷の中をアディジェ河・Adige
       流れ、それに沿って道、高速と鉄道線が南北を結びます。
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       村の外れの教会
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       再び見上げる城
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       こちらは北に向っての眺め
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       山が迫る谷の括れごとに、かっては見張りの城、要塞があったものと見え、
       このアーヴィオの城の城主一族カステルバルコ・Castelbarco
       この谷一帯に15位も城を持っていたのではないか、とはガイドさんの言葉。




       村の中の道は狭く、当時免許取立てのshinkaiはやっと角を曲がりつつ、
       急傾斜の道をお城の駐車場まで辿り着いたのでした、ははは。
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       5月下旬の暑いほどの陽射しの日で、ラヴェンダーも良い香りを放ち
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       サクランボも美味しく熟れ、勿論味見をしましたっけ!
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       これは葡萄の房。 花が咲き終わり、実になりかけの所。
       そして、オリーヴの花
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       というような、初夏の良いお天気のアーヴィオでしたが、

       今回はまだ真っ暗な朝6時に出発で、濃い霧の中のヴェネト平野を行き
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       ヴェローナから北に向うと、漸くに薄日が差し始め・・。
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       高速を降りる所で見えたアーヴィオの城
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       城の手前から見えたのよりも、ずっと主塔が高いのが分かりますが、
       今回あの上にも上りましたぁ!




       村の通りでバスを降り、城まで運んでくれる小型バスに分乗、
       まさに城の入り口前まで運んでもらいましたが、
       傾斜の小路は恐ろしいほどで、慣れた運転手さんもゆるゆると。
       
       お城入り口から見下ろす、サッビオネータの村
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       雲間から射す光の筋
       一日雨の予報でしたので、こんな光でも嬉しい事!
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       見上げる上の城館と主塔の先
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       入り口脇の建物、見張りの塔
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       最初は盛んに吠えていたワン君、鼻先を柵から突き出し、
       その後は、庭に寝そべって・・。
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       南、ヴェローナ方面。 
       アディジェ河は谷を蛇行して下り、ヴェローナの街中に。
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       一瞬、輝く太陽の光に、まるで違った風景のよう
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       奥の険しい山の黄葉にも陽が射し
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       高速の停滞を恐れ早く出発し、早く着き過ぎた我々が
       ガイドさんが待つ間がありましたが、

       城の中には、こんなフレスコ画があれこれ残っていて
       これはもう、全然予期していなかったので感激!
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       という今回の予告編でした。




       午後訪問したベゼーノのお城の威容はこの通り!
       これは駐車場にあった写真ですが、
       左下から辿り、右の一番奥まで! 
       訪問の価値あり! でしたぁ。
d0097427_15154533.jpg


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、途中経過と、詰めと ・ お城での昼食の騒ぎを を
       アップしています。    
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     *****

       イタリア中部地震速報

       昨夜26日19時11分イタリア中部においてマグニチュード5,4の
       地震が起こりました。
       震源地はこの夏の8月24日の大地震が発生した地区よりも北、
       ノルチャ・Norciaカステルサンタンジェロ・Castelsantangelo sul Nera
       そしてヴィッソ・Visso の近く。
       その後21時18分に続いての地震があり、こちらの方が強い揺れで、
       各地に大きな被害が出ました。
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       が、この度の地震では怪我人が各地で出たものの、死者は無く、
       お年寄りが一人心臓発作を起こし亡くなりましたが、幸いでした。

       ちょうどかなりの大雨と霧で、雨がやみ始めた今朝になって
       各地の被害の様子が徐々に明らかになっています。


       震源地に近いカステルサンタンジェロの夜の写真
d0097427_21135633.jpg

       朝一番の日本からの友人の速報メールで知ったのは、
       プレーチからノルチャに行く途中のカンピ・Campiの古い教会
       サン・サルバトーレが崩壊したというニュース。
       
       何度か通った道で、ブログにも載せていた好きな教会でしたので、
       嘘であってくれ!と願いましたが、残念ながら・・!
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       プレーチ・Preciの近く、中世ノルチャの外科学校の発生地としても
       知られるサンテウティツィオ教会も、正面壁が落下。
       お昼のニュースで見たもっと明るい状態では、この写真よりもひどく、
       大きく落下しておりました。
d0097427_21160030.jpg

       ヴィッソは町の中央が立ち入り禁止になっていて、
       町の門の中の写真はまだ見つかりませんでしたが、
d0097427_21164411.jpg
       上空からのヘリコプターの映像によると、かなりあちこちの屋根が
       落ちているのが見えました。


       中心から少し外れた外なのか、この歴史的建物、壁の厚さが80cmも
       あるという建物が崩れた様子。
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       そしてこの一帯よりも北に位置するカメリーノ・Camerinoの町では
       教会の鐘楼が崩れ、脇の家も潰れましたが、幸いに死者はなしでした。
d0097427_21170711.jpg
       このカメリーノの町、そしてノルチャから南のウッシタ・Ussitaの町も
       かなりの建物崩壊がある様子で、
       ノルチャの教会サンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエでも
       崩壊があったと。
       
       夏の地震で壊滅的な崩壊があったアマトゥリーチェの町でも、
       残っていた建物の新たな崩壊があった様子。

       幸い死者はなくて済んだ今回の地震ですが、これから冬に向かい、
       崩壊は無くとも住めなくなった家が殆どのようで、
       被災地の皆さんには大変な冬になりそうで、お気の毒です。
       


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by italiashiho2 | 2016-10-26 00:02 | ・北イタリア Italia nord | Comments(9)
2014年 12月 18日

   ・・・ トレント ・ クリスマス間近の街をちょっぴり ・・・

d0097427_02485597.jpg
       今日ご覧頂くのは、北イタリアの街トレント・Trento.
       北国ドイツからの雰囲気も漂う歴史ある街。
       昨年12月の初旬、クリスマス市で賑わう時に出掛けた
       冬の大快晴の日、クリスマス・デコレーションも華やかな
       街の様子をご覧下さいね。

       とはいえ、混雑の人々やクリスマス市の様子は
       トレントでは撮らず、街のデコレーションだけですので、
       ご自分が散歩するおつもりでお楽しみ下さ~い!

       この前夜のロヴェレートのクリスマス市の様子

       トップの写真は、街の北東に位置する素晴らしいお城
       ブオンコンシーリオ・Buonconsiglioの見学を済ませ、
       街の中心にあるドゥオーモに移動する所。

       このお城の中と、素晴らしい壁画のご案内は、またいつかぁ・・!

       ロヴェレートの街、そしてモーツァルト

       ロヴェレートからトレントに、そして古城



       まだまだお昼には時間があるのですが、
       先を歩く仲間の影はこんなに長く・・!
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       おっ、星のデコレーション
       夜はさぞ美しいことでしょうねぇ!
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       星のデコレーションもですが、奥の角の家の壁
       以前はきっと鮮やかなフレスコ画が見れたでしょうにね・・。
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       街の簡単な地図をどうぞ。 左側が北。
       北西少し高台にブオンコンシーリオ城があり、
       右下に街のドゥオーモ、サン・ヴィジーリオ・S.Vigilio聖堂、
       その中間に囲ったのがサン・ピエトロ教会・San Pietro.
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       街の観光バス・トレニーノも走っているのを横目で睨みつつ、
       撮っては追いかけるを繰り返し・・、ははは。
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       一見素晴らしく大きな建物ですが、これ2軒分が寄っていて、
       でも5階建て!  きっとオリジナルは中世ですね。
       右隣のベランダは木の、いかにもの北の香りです。
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       窓の間に見えるフレスコ画は、 




       これです、上が日時計、下にキリストと聖人達
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       冬の晴れた日、賑やかに人々が行きかう大通り
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       地図で見ていただいたサン・ピエトロ教会の前も素通りし
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       でも、こんなワンちゃん達を見ると、立ち止まって
       しっかりご挨拶をしてね、ははは。
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       ほら、ワンちゃん達だってご挨拶しているもんね
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       可愛いデコレーションも見え
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       ドゥオーモの横にある市の塔
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       こちらはドゥオーモの一廓をなす司教のお住まいだった(と思う)
       カステレット・Castelletto・小さな城の意と呼ばれる部分。
       というのも当時はこの一帯、司教様が領主だったのですね。
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       市の塔の横を抜け、ドゥオーモ前広場に出て来ます。
       広い広場中央にネプチューンの泉があり、
       広場の向こう側を囲む家並み、そして奥に立ちはだかる山々。
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       こんな感じにトレントの街のドゥオーモ
       我々にはトレント公会議、16世紀に20年近くもかかり、
       北から押し寄せる宗教改革に対抗する為の公会議が開かれた場所、
       として覚えさせられた、はは、かの聖堂ですね。
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       が、今回はクリスマス・デコレーションの街並みに絞ります。




       ネプチューンの泉、1767年から69年にかけての設置だそう。 
       今まだ広場に陽が当っているので、皆さんここに居られるのですがぁ・・、
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       ほらね、今こちらが陰ってきて、皆さん移動しているでしょう?!
       ははは、そうなんですよね、快晴でも北国なので日陰はね。
       ドゥオーモの丸い鐘楼の影もくっきり!
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       上の写真に見えた広場から西への通りは、こんな感じ
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       フレスコ画装飾された素晴らしい建物がたくさんあったのですが、
       またのチャンスにで~す。




       で、右角を占めるフレスコ画装飾で埋められた建物2軒、
       カーゼ・カズッフィ・レッラ・Case Cazuffi-Rellaと呼ばれ、
       1535年のオーストリアのフェルディナンド皇帝の訪問の際に、
       装飾されたものなのだとか。
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       左に見えるタイルの丸屋根は、上の写真の右端に見える教会のもの。




       右側の全体と、細部。 主題は神話の逸話からなのでしょうか、
       当時の人々は、絵を見ると主題が分ったのでしょうねぇ。
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       恐ろしく傾いたベランダ! ははは。




       こちらは左側で、上下の模様部分は色があるのですが、
       人物部分は最初から白く描いていたのかどうか・・。
       でもこの方が新鮮さを感じませんか?
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       建物の角の部分にこんな鷲の留まった円柱があり、
       蛇口が見えるので、泉だったのかなぁ・・?
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       現在は建物の上階がどうなっているのか良く分かりませんが、
       右の1階のポルティコにはバールがあり
       冬の陽射しを皆さん楽しまれて。
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       この鮮やかなチロル帽子の方は、他のグループのガイドさん。
       目印にも最適ですよね。
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       一旦お昼解散になり、我々の仲間はお昼を食べれる場所を
       探しつつ、屋台がずらっと並ぶクリスマス市も覗き込みつつ、

       街の南側の、城壁外にまで!
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       高いですが幅が狭い古い城壁なので、検索しましたら簡単に。
       ピアッツァ・デ・フィエラ・Piaza de Fiera の城壁と呼ばれ、
       13世紀の、現在街の中心に唯一残る城壁なんだそう。

       この広場には屋台市がぎっしりで、大変な人で、
       何を売っている店なのか、覗き込むのも大変!




       お腹も空いているし、こんなデコレーションも見えるし・・、
       いささか焦りつつ、ははは、
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       とにかく大変な人出で賑わい、なかなか座れる店がなく、
       でも漸くにスナック・バールに席を見つけ、

       まずはビールで乾杯!!
       で、これはラザーニャ
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       こちらは野菜の入ったラザーニャ、菜食のジュリアーナとshinkai に。
       見かけは余りパッとしませんが、美味しかった!
       ええそう、お腹が減っている時はなお美味しい! ははは。
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       ダイエット中のロレダーナは、サラダ。
       上のチーズは多分ギリシャのフェタ・チーズと。
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       少し塩辛く、イタリアにはもっと美味しいチーズが
       いっぱいあるやんかぁ、とはshinkai!




       トマト・ソースのニョッキ、多分ルイーザね。
       寒かったせいか、結構皆、熱いのをたっぷり目ですねぇ!
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       お昼を食べちょっと休憩し、再度広場に集まる頃には、
       時間はまだ早いものの午後の陽が傾き、寒さも少し増し・・

       広場の前のこの建物に、お土産のストゥルーデルを買いに。
       フレスコ画の装飾が素敵でしょう?!
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       で、もっと素敵だったのは、建物の前庭に
       こんな焚き火があったのです!
       火というのは、本当に暖かいですねぇ!! やれやれ!でした。
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     ◆ お店のご紹介を ◆

       当ブログからリンクさせて頂いている「パンダ通信」の
       パンダさんは、イタリア料理教室の先生でもあり、
       手作りパスタ工房「あ・まーの」の工房長でもあるのですが、

       イタリアにもパスタの研修や、本物の味を求めて何度も
       通われる素晴らしく研究熱心な方!!

       で遂に念願叶い、ご自分の手作りパスタやイタリア料理
       マンマの味を追求したドルチェを提供するお店を先頃から!
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       すっきりとした店内の様子はこんな感じで、
       お料理のお値段も、とても良心的なのに驚きました。
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       そうなのです、壁に見える見える絵は私のもので、
       昨秋諏訪での私の個展にご主人ともにお出でになり、
       改装するお店用にとお求め下さったのですね。
       お店の改装も、絵に合わせてして下さったという事で、
       感謝ばかりです。
       お店に行かれたら、見てやって下さいね!

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       本物のイタリアの味を日本人の胃にも合う様に
       研究されているパンダさんのお店
       
       どうぞ、味わいにお出かけ下さ~い!!


     

       最後はサイトから拝借の、
       雪景色のトレント、ドゥオーモ前広場をどうぞ!
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       クリスマスももうすぐ!
       皆さん、楽しみのご予定はもうしっかりですかぁ?!


       
     *****

       水彩ブログには、 ヴォルテッラの朝 ・ 途中経過 を
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2014-12-18 03:09 | ・北イタリア Italia nord | Comments(17)
2013年 12月 12日

   ・・・ 北国の朝 ・ ロヴェレートからトレントまで、そして古城 ・・・

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       ロヴェレートのご案内が続いておりますが、今日ご覧いただくのは
       ホテルの窓から見た、朝一番の光が山の上に届くところ
       徐々に光が麓に下がり、山腹の村々が順番に現れる様子、

       そしてロヴェレート・Roveretoから北のトレント・Trentoに向かう道で
       見た山上の素晴らしい古城、などです。

       上の写真は、街のはずれから見た北側にそびえる山の並び
       こんな感じで、ぐるっと街の東側も囲まれているのですが、
       夜、ホテルの窓からは何も見えなかったのですね。

       翌朝7時半からの朝食に行くべく用意をしつつ、ふっと窓の外を見ると、
       北の山の一番東端、高い先っちょに、光が届き始めたのが見えました。
       わぉ! 
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       5階の私の部屋の窓からは、昨日見た北に続く側も見え、
       こちらにも、こんな風に。
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       間にも何枚か撮っているのですが、ははは、抜かしまして、
       違いがはっきり見える分で

       北東
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       最初は、あれ、こちらはどちらの方角だっけ? と一瞬考えたのでした、ははは。
       そして、そうか、山々が高いから、南に回っている太陽の光が、低い山の隙間から、
       谷を通して届くんだ、と納得したのでした。

       ロヴェレートからトレントにかけてのこの谷は、ヴァッラガリーナ・Vallagarinaと呼ばれ、
       流れる河はアディジェ河・Adige
       そうです、ヴェローナ・Veronaを通り、ポー河に注ぐ河。


  
       遅れ加減に食堂に行き、出会ったジョヴァンニに朝日を見たか、と聞きますと、
       うん、と頷きましたね、やはり!
       ですが、これは部屋の当たりも良かったです、反対側とか低いと見れませんものね。

       食事を済ませて戻ると、既にすっかり上の方は現れていましたが、
       今度は徐々に浮かび上がってくる山腹の村々の姿
       これは北
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       そしてもっと北西
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       北のこの村は、真ん中のちょっと高台に教会があり
       村落の塊が左右に分かれて見えますが、案外村の名も違っていたりして・・。
       手前が見えて来るにつれ、深い谷も姿を現し・・、
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       こちらは北東に広がる村
       そう高い位置ではないので、新しいコンドミニオらしい建物の姿も。
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       ほら、全体はこんな感じ
       真ん中に教会のある村はこんなに高い位置で、その右下にある村と。
       そして街の中心はまだまだ陰の中!
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       最初に光が当たった山も、今はしっかり山の色が見え
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       光が徐々に下がるにつれ
       あ、これはお城だ、こんなところにお城がある!
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       と言う様子で、これが最後の北側全体
       小さくて見えにくいですが、最初の2つに分かれた村、
       その下に、真ん中にお城、その左と右に広がる下の村々、まだ陰の中の街。
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       9時頃にホテルを出発、仲間でバスの一番後ろの列を占め、はは、
       広い窓から快晴の風景を楽しみますが、カーヴが多く、あっちに振られこっちに戻り・・!

       そしてホテルの窓から北と思っていた例の村々が、谷の向こう側だった事も分かり
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       地図をどうぞ
       ロヴェレートからトレントは27kほど、半時間の距離。
       そして右中に赤い印を付けた所、
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       ほら、こんな山上の古城!
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       村を見下ろす位置の、この高さで、そしてかなり大きな城
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       ロヴェレートで貰った地図にも、インフォメーションで貰ったパンフレットにも
       このお城が載っていて、カステル・ベゼーノ・Castel Beseno.

       このヴァッラガリーナの要の城として、北の皇帝領と南のイタリアを結ぶ
       通商路の監視点
       元は中世の城だったのが、16世紀前半に今見る姿に拡張要塞化されたのだそうで、
       この谷にある要塞、城では最大と。
       麓に見えた村はボゼネッロ・Bosenello。
       

       サイトであれこれ見つけた写真をどうぞ

       これ、美しいでしょう?! 南東側の低い位置に城の門があり、
       我々が通った下の平野の様子、アディジェ河も見えます。
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       ロヴェレートの街は、一番奥の低い山を回りこんだ向こうに当たります。



       こちらは空からの写真で、城の構造が良く分かりますね
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       現在は、回顧的催しが行われる博物館的存在の様子で、
       こんな写真も見つけましたぁ! 
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     ◆ 追記 ◆
       カステル・ベゼーノのサイトはこちらに。 英語版・ドイツ語版も見れます。
       http://www.buonconsiglio.it/index.php/Castel-Beseno/informazioni/orari-e-biglietti


       古城といえば、トスカーナにこんなお城もありましたっけ。
       モンタルチーノ ・ 歴史と、ブルネッロ・ワインと
       http://italiashio.exblog.jp/9754254/

       ラディコーファニ ・ 中世カッシア街道、要塞の町
       http://italiashio.exblog.jp/9701524/


       さて、我々は先に進みます。
       朝の光を受けた、山の怪異な姿も見つつ
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       山麓の家にも畑にも、漸くに光が届きます
       手前はブドウ畑で、枝を広げるために、支えの棒がY字型になっているのですね。
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       と言うところで、トレントに到着
       街の西側をアディジェ河が流れ、これは川向こうの教会サンタッポリナーレ・
       Sant-Spollinare。
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       我らはサン・ロレンツォ橋を渡り、街中に。
       素晴らしく大きな城ブオンコンシーリオや、トレント公会議で有名なドゥオーモなどなど、
       見所の多い街が、またのご案内ということに。

  
      ***
       私はこの後ヴェネツィアに出かけてきますので、
       もしコメントのお返事が遅れても、ご容赦くださいませませ。
       では、行って参りま~す!

       ・・嬉しいなぁ、夜と朝の霧風景、
       そしてクリスマス・デコレーションも撮れるかな・・。 



     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-12 16:35 | ・北イタリア Italia nord | Comments(19)
2013年 12月 08日

   ・・・ ロヴェレートの旧市街散歩  そして モーツァルト ・・・

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       先回にクリスマス市を見て頂いたロヴェレートの街。
       今日は旧市街の散歩をちょっぴりと、
       イタリアに初めてやってきた13歳のモーツァルトが初演奏をしたという
       縁のサン・マルコ教会などをご覧くださいね。

       まず上の写真は街の中心のロズミーニ広場・Piazza Rosmini.
       中心に見えるロッジャ式の建物は、現在銀行が使用している様子でしたが、
       なにやら由緒ありげで、ガイドさんも長々と説明しましたが、まるで聞いていませんで!
       そしてサイトで探した限りでは見つかりませんでしたぁ。


       ロッジャを横から
       土曜の午後、クリスマス市が始まった一環としてか、
       街の他の場所でも見かけたペインティングを若者3人が始めており、
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       左下にちょっと広場の名が見えるカフェと、
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       駅前からまっすぐに続くロズミーニ大通り・Corso Rosmini
       振り返っての眺め。
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       右手前、樹の向こうに大きな泉があり、既に蓋が被せてありました。
       そう、ここは北国ですものね。

       所で、ロズミーニという広場や通りの名は、この街出身の哲学者にして福者
       アントーニオ・ロズミーニ・Antonio Rosmini(1797-1855)
       に献じられたもので、
       この写真の左側、もう少し先に生家がある様子。



       地図をどうぞ
       まずロヴェレートの位置ですが、ヴェローナからの高速、そして鉄道線が走り、
       トレント・Trento、 ボルツァーノ・Bolzano、そしてブレンナー峠を経て
       オーストリアのインスブルックに続く、そうです、モーツァルトもゲーテも通った道
       左下にチラッと見えるのがガルダ湖の北端、リーヴァ・デル・ガルダ。

       一番北に見えるヴィピテーノ・Vipitenoは、モーツァルトがイタリアに来た時、
       最初に足を止めた町で、
       トレントまでの街の名の下にもう1行見えるのは、この辺りドイツ語とのバイリンガル圏でして・・。
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       こちらはロヴェレートの街の地図、左が北
       i の横にロズミーニ広場があり、緑の2がアントーニオ・ロズミーニの生家。
       広場から左の先に見える大きな建物、紫の4がMART・今回のメッシーナ展開催会場ですが、
       本来は現代美術博物館。

       我々はロズミーニ広場から右に、オレンジの1のバッティスティ広場・Piazza Battisti、
       そこから上斜めに緑の10、サン・マルコ教会、 その先紫の2のお城の前まで、
       そこから戻り先ほどの下の道、を通ってバッティスティ広場まで来て一旦解散でしたが、
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       今回のご案内は、サン・マルコ広場、サン・マルコ教会まで、ということで、
       曇り空で残念ですが、はは、旧市街の散歩をお楽しみください

       アントネッロ・ダ・メッシーナ展のご案内は、「ヴェネツィア ときどき イタリア」の
       fumieveさんがこちらに詳細に。
       http://fumiemve.exblog.jp/19098007/



       さて先回も見て頂いたバッティスティ広場のネプチューン像
       今見えている奥の道リアルト通り・via Rialtoを行きます。
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       ね、リアルトとか、サン・マルコとか、いつもの名が出てくるでしょう?!
       そうなんです、この街は1416年から1509年まで、
       ヨーロッパ全部を相手に戦って負けたカンブライ同盟戦争まで、
       ヴェネツィア共和国の元にあったのだそう。
       遠い北国のイメージを持っていたのですが、そう、ガルダ湖の北端すぐ近くですものね。
       
       そしてこの後、ロヴェレート、トレントの街は皇帝領となり、
       8世紀間にわたり司教君主、という言葉でよいのかな、の政治下に。

       その政治と宗教の中心となったのが、トレントのブオンコンシーリオ城で、
       その大きさも装飾も凄かったですが、素晴らしいフレスコ画の小部屋があり、
       とても気に入りましたので、またご案内いたしますね。



       この街が一番栄えたのは18世紀だそうで、工業が発達し、
       中でもヴェネツィア共和国がこの地に根付けた絹織り産業の繁栄が大きかったと。
       なぜかこういう話になると、自分の自慢話みたいな気分になるshinkai、ははは。

       という様子で、街の建物にも近代的な装飾要素が見られますし、
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       ちょっとリバティー風なイメージも
       この店の古めかしい看板には、FRATELLI LENNER・Lenner兄弟と。
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       少し先にあった、よくもこれだけの品を!というほど並べ立てた家庭用品店、
       トレンティーノの歴史的な店、と。
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       こちらは帽子店ジョバンニ・バッカ・Giovanni Bacca
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       で、同じ入り口装飾ですが、お隣は洒落た本屋さんになっていて、
       きっと昔は、さぞや大きな帽子店だったのでしょうね。
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       日本女性には夏の日焼け防止の帽子は、はは、必需品のようですが、
       イタリアでは夏は帽子無しが普通で、冬は寒さよけの帽子をね。
       はぁ、shinkaiも夏は帽子なし、外のプールで、未だに黒く・・。



       道角の標識、可愛いでしょう?!
       我々はサン・マルコ教会に向かい、右に折れます。
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       そして見えて来るサン・マルコ門、お馴染みの有翼のライオン君!
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       で、そのちょっと手前に見えた小路の奥の、壁の絵を見にジュリアーナと。
       左に見える古い建物も趣深かった。
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       門の手前にあった泉
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       そして門を潜ってすぐの右手、1階の店の看板はオレフィチェリーア
       Oreficeria・貴金属時計店、
       今もそうなのかどうか、それにしてもレトロで洒落た茶赤の格子でしょう?
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       道は緩やかにカーヴし少し上り坂となり、これは振り返って見た所で、
       サン・マルコ教会のある広場が右手に広がりますが、
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       広場の向こう、道の先に見えた時計塔
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       一人が、shinkai、こっちに来てご覧!と呼びに来て、
       建物の下を潜った中庭の向こうに見えた建物。
       修復され、色も明るく塗られているのですが、如何にも!の中世風
       1階は倉庫や店、工房だったのかもで、上が居住部分ですね。
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       そして中庭の隅には、かっての洗濯場の跡
       きっとかなりのお金持ちの商人が住んでいた名残なのでしょうねぇ。
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       さて、こちらがサン・マルコ教会
       現在の正面、内部も16世紀以降大幅に改装され、第一次大戦でも大きな被害を受け、
       現在の姿はそれ以降の改修という事。
       が、元はやはりヴェネツィアの守護聖人サン・マルコを祭った街でも最古の主教会。
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       改装されている、というので、そう喜ぶことは無いのですが、ははは、
       よその土地でこのライオン君を見るのは、なんとなしに嬉しくて・・。
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       中はかなり薄暗いのですが、ほらね、ご覧の通り、大バロック!
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       そしてパイプ・オルガン
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       この教会で、このパイプ・オルガンで、13歳のモーツァルトが
       初のイタリア旅行で、初の演奏をした、とガイドも説明し、書いたのもあるのですがぁぁぁ、

       ちょっと納得出来ない部分、つまりイタリアへの1769年の初旅行の日程について、
       なかなか良く分かるように書いてくれたサイトが無く、ははは、文句たれshinkai、
       好奇心からあれこれ探し読みしました。
       
       まず分かったのは、このオルガンは1975年の物で、
       長い歴史の中で何度か変わっているそうで、
       つまりモーツァルトが演奏した当時のものとは違います。
       300年の差がありますから、きっともっと小さく素朴な物だったでしょう。

       モーツァルトの初のイタリア旅行に於いて、このロヴェレートで初のコンサートをした、
       と言うのが、ちょっと不思議な感じがして・・、
       というのも、
       最初の地図に印を付けました様に、ロヴェレートはかなり内部に入り込んだ位置で、
       もっと北に、ボルツァーノ、トレントという大きな街がありますから、
       なぜロヴェレートが最初のコンサート地なのか、本当かなぁ、という疑問です。

       アルプスを越えてイタリアに来る以前、モーツァルトは父親レオポルドと
       他のヨーロッパ諸国、フランス、オランダ、イギリス、ドイツ、ベルギー、そしてスイスと
       演奏旅行をして回り、ついに1769年12月13日インスブルックから
       イタリアへの道を辿り始めます。

       12月20日2人はヴィピテーノに到着。

       そして12月22日付の、レオポルドからザルツブルグにいる妻宛ての手紙を見つけました。
       昨夜(つまり21日)ボルツァーノに元気で到着したこと、
       お昼も知り合いと食べ、今夜の夕食も招待されていること、
       が、自分でもクリスマスまでこの街に残るか、明日の夜にでも(23日)出発するか分からない、
       だから一番良いのは、ロヴェレートの郵便局宛に手紙をくれ、と。
       
       クリスマスの夜、どこにいるかも分からない、という旅の空!
       今ではどこでも誰でも我々を知っている、とは言うものの、かなり厳しい演奏旅行ですね。

       そして24日の夕方近くロヴェレートの「薔薇の宿・Albergo della Rosa」
       に到着。 
       この旅籠は今は無いのですが、17年後(1786)にゲーテも宿泊しているそう。

       25日は、以前レオポルドにヴァイオリンを習っていた事があり、現在はマリーア・テレーザ女帝に
       仕えている男爵ニコロ・クリスターニ・Nicolò Cristaniが
       クリスマスの正餐に招待。

       そして午後、トデスキ男爵・G.B.Todeschiのお屋敷で、たくさんの招待客の前で、
       モーツァルトはイタリアで始めてのコンサートをした、と。

       そして翌26日、サン・マルコ教会のオルガン・コンサート
       これが公的な初コンサート、という事になると分かり、納得しました。
       この教会では熱狂的興味に駆られた聴衆に囲まれ、
       やっとの事で聖歌隊席にたどり着いたとか!
       
       この最初のイタリア演奏旅行は約16ヶ月にも及ぶもので、
       若き、というよりもまだ少年のモーツァルトの名を国際的に広める大成功で、
       ザルツブルグに戻り数ヶ月の後、再びイタリアへ、という出発を。



       ガイドと共に街を巡った時、高台のお城の前まで行き、下の道を戻りましたが、
       その途中でガイドが、ここにモーツァルト親子が宿泊した、と言った建物
       今はないという旅籠薔薇ですね。
       横にある碑にも、この街で、この年のクリスマスに初のコンサートをしたとあります。
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       ですが、あるサイトには、旅籠はこの向かい側の建物であった、とし、
       旅籠の住所Corso Bettini n.8/12で検索を掛けると、
       最初にご覧頂いたロズミーニ広場から北に行く通りが出ます。

       で、こちらの方が街の大通り、中心で、馬車での旅を考えると、こちらだろうと。
       とはいえ、当時の旧市街となると、建物のあった方かも知れず・・。

       いずれにしても、今回ほどこんないい加減なガイド、すぐ分かるような嘘を
       まことしとやかに説明された、と言うのは初めての経験で、・・今まで知らずに済んでいたのかな?
       ヴェローナの「ジュリエットの家」などとは意味が違うと思い、
       いささか驚き、興ざめしました。



       さて気を取り直し、ちょっと良いな、と思う写真で最後のお口直しを!
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     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-08 02:54 | ・北イタリア Italia nord | Comments(37)
2013年 12月 03日

   ・・・ ロヴェレートのクリスマス市 ・・・

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       この土曜と日曜にかけ、参加しているグループの1泊旅行があり、
       ロヴェレート・Roveretoトレント・Trentoに出かけて来ました。

       大きな目的はロヴェレートで開催中の「アントネッロ・ダ・メッシーナ展」を見て、
       トレントのブオンコンシーリオ城と新しオープンした科学博物館見学だったのですが、
       北の国とて既にクリスマス市が始まっており、
       夕食前のひと時仲間と出かけ、賑わいを楽しんで来ました。

       と言うことで、今回は街のご案内にさきがけ、
       「夜のクリスマス屋台市」の様子をご覧下さいね

       
       上の写真は、午前中街の様子をガイドと一緒に見て回った時に撮った、
       バッティスティ広場・Piazza Battisti に出ていた案内所。
       右に見える通りに、屋台の店が並びます。



       バッティスティ広場、以前はオーカ広場と呼ばれていたようで、
       ガイドもそう言い、標識もそう出ていたのですが、近年変更された様子。

       泉の中央にネプチューンの像があり、
       クリスマス仕様に、ははは、銛の先にはプレゼントの箱がつけられ、
       像の周囲も贈り物の箱で埋まり・・!
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       街の通りの窓も、既にこんな風にクリスマスの飾りつけ
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       見難くて申し訳ないですが、
       プレゼーピオ・presepioと呼ばれる、キリスト誕生の様子を表す人形たち。
       真ん中の飼葉桶が空なのは、まだクリスマス前ですからね、
       キリスト様はお生まれになってはいない、のです。
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       ショウウインドウの中の色は、やはり赤が多く暖かそう!
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       いったんガイドと一緒の、街の見物からやっと開放!
       そうなんです、今回はかなりシツコイガイドさん、いや、仕事熱心なガイドさんで、
       皆がもういいよ、早くお昼にして、と後ろでぶつぶつ言っているのに、
       1時半まで見物に引きつれて回り!!
       漸くに一旦開放してくれたのですが、既にどこもかしこも店は満員で、
       仲間とお昼を食べれる場所を探しまわる羽目に!

       その時屋台店の並ぶ通りを行きつ戻りつしましたのを、少し。
       パネットーネが並び、熱い飲み物もあり
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       屋台の前一帯が、素晴らしいラヴェンダーの香りにあふれ・・
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       漸くにバールで、焼いたチーズ・トーストとビールの小1杯とでお昼を。
       が、shinkaiにはどうもこういうのは代用食の感が否めず、憮然! ははは。


       午後訪れた「アントネッロ・ダ・メッシーナ展」はもう、凄い人出!!
       イタリアでの展覧会で初めて経験した人出で、
       ここで当たったガイドさんもまたまた物凄く熱心過ぎる方で・・!

       大体、絵を見るのにガイドさんは必要ない、と思っている私ですが、
       今回はもう最初の熱情込めたご挨拶の時点で、もういいよぉ!!という満腹感で、
       一人であっちこっちと人々の隙間を狙って、見たい絵のみじっくり見て回りました。

       2点展示されていたヤン・ファン・アイク・Jan Van Eykが素晴らしく、
       青い被り物の男、 聖・フランチェスコの聖痕、
       今回はもうこの2点で十分満足!というのが正直な感想でした、はい。


       6時過ぎに入り口で、漸くに開放されて降りてきた仲間たちと合流し、
       ホテルでの夕食時間までの一時を楽しく過ごすべく、
       とっぷりと暮れ、イルミネーションが一際美しく輝く道をいそいそと!
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       昼間見た広場とはまるで印象が違うでしょう?!
       ということで、右に見える青いアーチをくぐり、進みます。
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       頭の上には、こんな風にイルミネーションが流れ
       ずっと奥まで続き、角を曲がりまたその奥までね。
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       小さな屋台店なのですけど、やはりクリスマス用に飾られ、
       ここは北国らしく、オーストリア風の丸いパン、プレッツェルという名でしたっけ?
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       同じプレッツェルの屋台なのですけど、
       こちらはザルツブルグ・Salisburgoとあり、塩味のパン、これが本当でしょう?
       でもチーズ入り、ストゥルーデル、クリーム入り、チョコレートのかかったもの、などと
       いろいろ並んでいまして・・。
       本当にザルツブルグかや?と言いたくなりません? ははは。
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       後ろにモーツァルトの顔が見え、チョコレートも並んでいますが、
       ここロヴェレートのサン・マルコ教会で、1769年にまだ13歳のモーツァルトが
       イタリアで初のコンサートをした、という所縁があります。
       また街のご紹介の時に、ご覧頂きますね。



       前右にはベーコンとか肉類、左にはジャムやいろいろ並んでいるのですけど、
       屋台の奥には、憮然とした顔の親父!
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       まだまだずっと光の道が奥に導くのですけど、
       ほら、左に光の線が広がっているでしょう?
       我々は既にお昼に偵察済みの、この左の広場を目指して来たのですね。
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       クリスマス市・Mercatino di Nataleは、クリスマス用の飾りつけ、
       プレゼント用の品、食品などが並び、各地で開かれますが。
       ここロヴェレートでは11月22日から既に開催中で、1月6日まで。

       翌日行きましたトレントでこれまた日曜日、大快晴のお天気も手伝ってか、
       物凄い人出でごった返し、いやはや驚きました!
       ここもクリスマス市で有名な街なのですが、前日同様ガイドさんに引き回され、
       またもやお昼を食べ損なうのではないかという怖れる程の長いお城見学で・・!
       という様子で、クリスマス市は傍らを通り過ぎた程度で済んでしまいましたので、

       ロヴェレートの夜の、クリスマス市の様子をもう少し、どうぞ!

       キャンドルの飾りつけ
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       可愛いお鍋、あれこれ
       テラコッタの小振りの物や、琺瑯の鍋、良いでしょう?!
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       もちろん、ちょっとつまみ食いできるあれこれの屋台もあり、
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       こちらはチーズさまざま
       写真を拡大して眺めていましたら、右上外れにはワインに漬け込んだチーズ・
       酔っ払いのチーズや、シニョーレの左手前にはタレッジョのチーズ・ロンバルディアの美味しいやつ、
       左下に濃く見えるのは森の葉に包んだチーズとあり、多分熟成チーズですね、美味しいだろうなぁ!!
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       で、先ほどの横に抜けた広場では、ヴィン・ブルレ・vin bruleの店が何軒も開いており、
       ヴィン・ヴルレは熱くした赤ワインに丁子とシナモンなどの香りをつけた甘い飲み物ですが、
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       我々はこんな風に、銅の大鍋から湯気が立ち上り、辺り一面に
       ヴィン・ヴルレの香りが漂う屋台を目指し、
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       各人それぞれに注文しまして、熱いワインを啜ります
       左からエレオノーラ、彼女はワインを飲まないので、ヴルレ・ディ・メーレ・リンゴジュースの熱いやつを、
       ルイーザ、タータ、ジュリアーナといつものメンバーで、
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       こちらは左からアンジェカ、ジュリアーナ・ミラン、マリーア・ピア、 
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       左はアリーダ、そして右が新しい仲間、フランスはパリで25年間働き、
       引退してコネリアーノに戻ってきたロレダーナ。
       多分素晴らしい頑張り屋で、50人のも男性部下を束ねていたそう!
       でも大変親しみが持てる女性。
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       と、こうしてみると、ヘルガが写っていない! あれま。



       大鍋の後ろに回って撮っていましたら、鍋の向こうの2人が何やら・・、  
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       ならばと、撮って良いかと聞きましたら、OK!と人差し指を立て、ははは。
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       ヴィン・ブルレの後はお腹がポッと温かくなり、寒さも感じなくなり、
       近くの店で、ルイーザがクリスマスに来る孫のヴィットーリオの毛糸の帽子選び
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       そうこうするうちに、遠くからバンドの音が聞こえ、こちらにやって来る様子
       女性も男性もティロルの服装で
       太鼓のリズムに合わせ、進んで行き、
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       バンドの後から人々が続いて歩いていき
       暫くの後、遠くから演奏する音が聞こえてきましたが、
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       我々はそろそろホテルに戻らねばならず
       最初のバッティスティ広場まで来た所、
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       タータとルイーザがソルディ・安売りの看板に釣られ衣類の店に。
       我々は外で待ちながら、道行く人を眺めながらお喋りし
       人出でにぎわう街の通りを、ホテルまで戻ったのでした。
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       ちょっとバタバタと纏めましたが、
       また興味深かった街の様子をごらん頂きますね
       お楽しみに!



    ◆ 個展のお知らせ ◆

       古くからの絵の友人、田中雅子さんがこの2日から個展を開催中です。
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       どうぞお出かけ下さいます様、ご案内申し上げます



     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-03 06:33 | ・北イタリア Italia nord | Comments(32)
2013年 09月 05日

   ・・・ ピッコロ・サン・ベルナルド峠越え ・ ルイーザの写真で  追記 ・・・

       皆さま、こんにちは!
       漸くに日本語版PCのインターネット接続が復活し、
       やっとブログ更新が出来るようになりました。

       ご心配下さったり、ひひひ、またぁ?!という方、ははは、
       はい、今日午後睫毛の長~いハンサムなテクニコが来てくれ、
       まるで日本語が分かるかのように一人であれこれと試しながら、
       はぁまぁ、聞かれてもちゃんと答えられないイタリア語の領分ですので、
       優秀なテクニコに来て頂く様、店も選んでいる訳でして・・。

       まずは一件落着。
       ああ、日本語でブログ更新出来るというのは素晴らしい!

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       という事で、ブログ再開の最初は、
       ルイーザ・Luisaの写真で「アルプス越え」の、ピッコロ・サン・べルナルド峠越え、
       「小さなサン・ベルナール峠越え・Passo Piccolo San Bernardo 」を。

       ルイーザの娘さん夫婦がアルプスの向こう、フランスのブール・サン・モーリス
       ・Burg-Saint-Mauriceに住んでいる様子は既にご覧頂いていますが、
       この夏愛しの孫に会うために7月の末から2週間ほど出かけました。

       ブログ用にしっかりあれこれ撮って来るように!と念を押した写真の、
       整理して預かっている分から、興味をそそられた峠越えの様子です。

       雪のブール・サン・モーリスの様子
       http://italiashio.exblog.jp/18195794/


       
       まずは地図をどうぞ
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       イタリアから北ヨーロッパに向かう時に越えるアルプスの道は、
       一番有名なのが北西イタリア、ピエモンテ州のアオスタ・Aostaから
       スイスに抜けるサン・ベルナール峠
       地図にE27と赤で描きこんだ所で、モンブランの下の
       モンブラン・トンネルを抜けます。

       そしてもっと南のフレジュー・トンネル・Frejusを抜けアルプスを越え、
       いつもはルイーザ達はアルベールヴィル・Albertville経由で
       ブール・サン・モーリスに行く訳ですが、
       これだとかなり遠回りになるのだそう。

       で、今回ご覧頂く「プチ・サン・ベルナール峠」は、
       アオスタからE25を辿りMorgex・なんと発音?まで行き、
       La Thuileを目指し、ここはイタリア側最後の村でスキー場で有名なのだと。
   
       で、印をつけたイタリア・フランス国境が頂上にあり、峠越えで、
       そこから下り坂でブール・サン・モーリスに到着という訳。

       問題はこの峠が標高2188mの高さの為、
       6月15日から10月15日までのみ開通している、
       つまり冬季は積雪の為閉鎖されるのだそう。

       上り降りに約1時間程の行程で、峠から眺めるモンブラン・
       イタリア語ではモンテ・ビアンコの素晴らしい眺め
       楽しめるそう!
     


       プチ・サン・ベルナール峠の名に相応しく、
       山頂にはその聖人像がある様子。
       奥に小さく見える建物は、かってのオスピーツィ・Ospizi・宿泊、救護所
       それにしても、なんとまぁ、この青空!!
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       大サン・ベルナール峠にしろ、こちらのピッコロにしろ
       その名を謳われる聖ベルナルドという方は?と
       初めて調べてみました。

       サン・ベルナルド・ディ・メントーネ・di Mentone・メントーネ村
       またはアオスタの聖ベルナルド、と呼ばれる方の様子で、
       923-1008年という事ですが、
       生地、生没年も余り確かではないとの事。

       どちらの峠にもこの方の名が冠されているのは、
       2つのアルプス越えの一番の高所難所に、962年オスピーツィ・宿泊救護所を
       設けた事に由来する様子。

       峠を往き来する旅人や巡礼達が利用する場所、
       そして体調を崩したり、雪の中で迷った人々を救護の目的で、

       その為に山に適したサン・ベルナルド犬・セント・バーナード犬
       訓練され、遭難者の捜索救助にも当たったという、
       これはもう有名なお話ですよね。

       そして聖ベルナルドは山の民、アルピニストの守護聖人だと。



       という事で、最初の写真に続き、
       峠越えの山頂周辺のこの夏の様子
       野草の花が咲き乱れ、そして雪解け水の溜まった小さな池も見え、
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       こちらがそのサン・ベルナルドが開いたというオスピーツィ
       当初は勿論この大きさではなかったでしょうし、
       現在は一部にインフォメーションも入っている様子。
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       これは今夏、ルイーザ達が越えた時の山の様子ですが、
d0097427_5461270.jpg



       上の写真のちょっと手前側、これは昨年の6月に
       漸くに峠越えがオープンした後に通過した時の写真だそう。
       2188mの標識の向こうに見えるのがレナート・Renato、ルイーザの夫。
d0097427_5463989.jpg

       レナートは大きな白い車、シトロエンだったかな、での
       飛ばし屋なのですが、峠越しに縁があるのか、ははは、
       以前のレナートとサン・ボルド峠のお話は
       http://italiashio.exblog.jp/12800329/



       昨年の雪景色の峠の様子をどうぞ

       はい、看板犬を務めるサン・ベルナルド犬と、
       そして、6月の半ばというのに、如何にも寒そうな雪景色
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     ◆ お笑いの追記を ◆
       人命救助に携わるサン・ベルナルド犬は、首に気付け薬代わりの
       ブランデーの入った小樽を付けていますよね。
       で、この写真を見て思い出したお笑いの一コマ漫画。

       首に小樽をつけたサン・ベルナルド犬が向きあって心配そうに、
         XXが首になったんだって?
         うん、勤務中に飲んでいたのがばれたんだって・・。



       こちらはロープウェイで、雪で峠が閉ざされている間は、
       これを使って山に上れるのだそう。
d0097427_5474373.jpg



       道脇に残る雪、雪、雪!
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       こちらは昨年の写真にあった、雪解けの原に咲きだした高山植物
d0097427_5485352.jpg



       緑の見える、とはいえ、やはりアルプスの高山には雪が見えますが、
       今夏の峠越えの青空の見える写真でお終いに。
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     *****

       お休みが多くなっている当ブログですが、
       相変わらずのご愛顧ご訪問、本当に有難うございます!

       今回のインターネット普通の原因は、1週間前の大雨の時の雷が原因らしく、
       ちょうどの時にPCは消していたと思うのですが、
       ルーターのインターネットのスパイ・ランプが一時赤くなりました。

       で、その後アンティヴィールスの警告で、データーベースが破損した、と
       2日ほど不調でしたが一応の回復を。
       ですが、やはりそれが原因だったのか、同じルーターを使っている
       イタリア語版PCは接続ができ、日本語版の方はダメで、
       今回ワイアレス接続用のUSBを使用するようになりました。

       インターネットの接続OKは、やっと世間様に顔向けが出来る感じで、
       ははは、日本語でブログ更新いうのは、島流し状態からの脱出気分!


       
       所でお盆明けに送りだした、秋の個展用の絵と額が、
       なんと1週間から10日ほどで無事日本に到着致しました!
       凄い凄い、早いのに驚きました!!

       お盆明け、ヴァカンスで郵便局員まだ半休、滞りの荷物が山積みだろう、
       なんぞとかなり気にかかり早めに送り出したのですが、
       ははは、その気になれば出来るんやんかぁ!

       そしてそしてです、有難く嬉しい事に、
       届いた絵を見て下さった師の二木さん、画廊の橋田さんも
       絵を気に入って下さった様子で、
       それを聞いて本当に安心いたしました!!
       
       あと残るは2枚、頑張って詰めています。

       という事で、ではまた次回に。


     *****     

       水彩ブログには、近況報告、新品到着などなど
       アップいたしました。
       見てやって下さ~い!
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       いつも有難うございます!  
     
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by italiashiho2 | 2013-09-05 05:51 | ・北イタリア Italia nord | Comments(6)
2012年 11月 07日

   ・・・ 聖所サン・ロメーディオ ・ ヴァル・ディ・ノン (追記) ・・・

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       先回ご案内したヴァル・ディ・ノン、トレンティーノ・アルト・アディジェ州の
       ノン渓谷。
       今日はその奥深い谷の切りたった岩の上に5層になって聳える
       聖所サン・ロメーディオ・San Romedioのご紹介です。

       細い谷間の道、陽も差さず露が落ち、道も木々もしっとりと濡れる奥に
       それでもちゃんと駐車場があり、
       上の写真に見える標識に従い、丸石舗装の段々道を辿ります。
       
       あれこれ説明するよりも、次第に見えてくる様子をご覧になり、
       1000年以上に渡る民間信仰の姿をもご想像下さいね。
       位置の地図などは、先回の「ヴァル・ディ・ノン」をどうぞ!

      *クリスさんがあれこれコメントに記して下さった事に促され
       改めてガイドブックを読んだりで、漸くにすっきりと納得の部分があり、
       追記補記致しますので、よろしくお願いいたします。



       上り道の脇に切り立つ岩は、こんなに苔むしていて
       濡れてつるつる滑る丸石舗装はとても歩きにくく、
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       漸くに見えた建物ですが、
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       少し先に進み、見張らせる場所からの眺めはこんな感じ!
       凄いでしょう?!
       奥の岩山に沿って、次々に小さな教会が重なっているのですね。
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       教会の聳えたつ様子
       空は雲ひとつない快晴ですが、陽の射さない地面は濡れて暗く・・。
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       上に辿り着いての正面の様子
       どこもかしこも綺麗に手入れ修復が施され、
       かっての隠者修行僧達の修道院というイメージはありません。
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       正面のアーチをくぐると、



       小広場があり、そこから聳える教会群がこんな様子に見えますが
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       まずアーチの横にある小礼拝堂に入ると、
       天井にはこんなフレスコ画が施され、
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      *この礼拝堂はサン・ジョルジョの礼拝堂と呼ばれる物で1487年建設


       壁にある祭壇
       天井のフレスコ画もそうですが、この祭壇の絵も、
       いつも見かける装飾画と少し違い、素朴でどこか北国の香り・・。
d0097427_1831212.jpg



       一番上の教会までは石段の数が130との事ですが、
       ここまでは外の石段だったのが、
       今見える左側のアーチをくぐると、建物内の石段に。
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       建物中程の階の右奥に見える木造部分は
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       こんな様子ですが、ここは内部の様子が分かりません。



       さていよいよ上層部に入るアーチから見下ろすと、こんな様子
       高いでしょう?!
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       右側の建物の手前側にはやはり小さな教会があり、
       入り口アーチに近い方にはバールとスーヴェニール店。

      *この小さな礼拝堂が第一次大戦後に建設された
       一番新しい悲しみの聖母の礼拝堂・Cappella dell'Addlorataです


       石段の脇、空間がある場所にはこんな風にキリストの受難場面
       現わした木製像が何か所が置かれているのですが、
       ご覧下さい、
       かってのトルコの脅威を現わし、兵士達は皆トルコ兵で表現
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       壁のあちらこちらにいろいろな献金箱、お賽銭箱が
       設えられているのですが、
       熊を連れた聖人、これがこの聖所、隠所を創始した聖ロメーディオ
       San Romedio を現わす姿。
d0097427_18332566.jpg

       
       サン・ロメーディオという方は4~5世紀にかけ存在された方だそうで、
       南オーストリアはインスブルック近くの城に住む貴族出身。
       が、ローマに巡礼した後全ての財産を教会に寄与し、
       2人の仲間と共に現在のこの聖所の近くの洞窟に隠棲したのだそう。

       彼と熊との逸話は、トレントの司教に会いに行こうとした時、
       彼の馬を熊が食べてしまっていて、馬の代わりに熊に跨り出かけたという物で、
       暫く前までは聖所の近くに、野生の熊が何頭か飼われていたとかで、
       現在も入り口アーチの脇に熊の像がありましたが・・!



       下から数えるとここは2つ目の教会と言ってよいのか、
       狭めながらも比較的明るく整った教会で
       ここで司祭の説明を聞きました。
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     *ここがサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会・S.Michele Arcangelo
       1514年の建設  
     
       我らのグループには、アンナマリーアという大変素晴らしい女性がおられ、
       どこか遠足に出かける時には、行きのバスの中で必ず現地事情、
       土地の歴史などの説明があります。 

       この日も先回ご案内した3殉教聖人のお話も含め、
       聖ロメーディオについても説明を受けていましたので、
       教会で説明に出てきた司祭の話の下手さ加減、ははは、
       詰まらない話しぶりに呆れ、草臥れながらも、
       眠らずにやり過ごす事が出来ましたです。

       ガイドとしてお願いしてあったようで、お布施を払うのも見ましたが、
       ドテッと大きなお腹を抱えた司祭で、清貧の陰者どころか、
       アンナマリーアの話がなければ、まったく分からずにすんだ所!       
       
       年間20万人程の参拝者があるそうで、
       この平日もかなりの人出でして、かっての信仰の巡礼とは違い、
       観光地として成り立っている様子が見て取れました。


       壁に残るフレスコ画には、如何にもの往時の北の香りも残り
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       天井の装飾も素朴ながら可愛らしく
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       隅に、鐘楼に繋がると思われる引き紐も下がります。
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       教会の建設の最初は1000年頃、聖ロメーディオのお墓の
       上に建てられた物と言われ、巡礼達が運び上げた石によって
       造られたのだそうで、
       正式に認められたのは1300年。

       15世紀頃になり信仰が盛んになると、
       今こうして石段の両脇に掛けられている願かけ成就のお礼
       エクス・ボート・ex voto が溢れたのだそう。
d0097427_18351645.jpg


       そうなのですね、普通の教会では余り見かけないエクス・ボート、
       いわゆる聖所と呼ばれる教会、町の一角に設えられた礼拝所などに
       山の様にかけられているのを見ますが、
       これを見るといわゆる民間信仰の厚い聖所であった事、
       今もそうなのかもですが、それが良く分かります。
       そしてこれを見かける場所は、やはりちょっとくだけたというか、
       親しみやすい庶民的な雰囲気のイメージなのです。

       15世紀になり第2の教会の建設が始まり、
       16世紀に第3、第4と造られ、
       最後の一番上が建設されたのは20世紀初頭で、
       次々と上に重なる形で5層の教会が出来たという訳ですが、
       見える鐘楼は16世紀の物なのだそう。
       


       石段を上まで上り詰めると、こんな感じに教会の周囲を
       言葉が見つからないので失礼して、
       ちょっとした展望台が開けます
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       上の写真の1ヶ所開いた所から外に出ると、
       ほら、こんな周囲の様子が!
d0097427_1836558.jpg



       谷底はこんなに深く、水音が遥かに聞こえ
d0097427_183620100.jpg



       一番上の教会の屋根はこんな風な板張り
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       中に入ると2つの礼拝堂、というのか教会が隣り合わせにあり
       こちらは下側になる広い方で、聖人たちの壁画が取り囲み、
d0097427_1836546.jpg

      *こちら下側の教会がサン・ロメーディオ教会・S.Romedio 1536年建設


       石を彫った上側教会入り口があり
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      *この部分の教会が、いわばこの聖所の心臓部と。
       入り口部分、門は1200年の作で、半円部の下に並ぶ3つの顔は、
       先回ご案内した3殉教聖人と現わし、太陽は生、上の十字架のキリストは死、
       彫り込まれただけの十字架は再生を示し、
       側柱に見える鷲は民間の、顔は宗教を示し、この聖所の見張り、
       という解説がありました。
     


       石段を3段程7段上がるとこの薄暗い教会部分
 
d0097427_18375777.jpg
      
       壁上部の壁画は殆ど消えかけているのですが、



       少し古いイメージを受ける壁画の名残も見え
d0097427_18382058.jpg



       鉄格子の窓の奥には、こんな小さな礼拝堂も見え・・。
       ですが、天使像など、如何にも普通の民家の置物風で・・!
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      *この部分に始めて聖ロメーディオが小さな礼拝堂の様なもの、少なくとも
       十字架を立て信仰の場としたとされ、ここに葬られたと。
       後1000年代になり、お墓の上に建てられたと言われる最初の教会が
       この聖所の起こりとなりました。

       5層に重なる教会、という言葉から、なんとなしに下の部分から、と思い込み、
       見学した時に疑問が出たのでしたが、
       クリスさんのコメントのお陰で漸くに納得する事が出来ました。
       有難うございました!


       上の教会から見る、最初に入る広く明るい方の教会
       祭壇正面に、熊を連れた聖ロメーディオの姿。
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       射しこむ光に浮かび上がる椅子
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       入り口の扉、黒茶と思って写したのですが、
       なんと赤い扉でした。 
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       曲りながら降りる石段
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       石の備え付けのお賽銭箱なのですが、
       大きな南京錠が2つも!!
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       入口のアーチまで戻り、漸くにお昼近くの射しこむ陽が嬉しく・・。
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       外正面より
       こうして見ると、前の建物と後ろの教会の水平が少しずれていますね。
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       厚い厚い壁!
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       如何でしたか、サン・ロメーディオの聖所は?
       行く前に、あれこれ素晴らしいと聞いて出かけたのですが、
       サン・ロメーディオ修道院、と聞いていたのとは
       かなり違った姿、印象の聖所でした。
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       民間信仰の親しみやすい姿、北の匂いのする姿でもあり、
       今はかなり観光地化した様子もあり、
       一方、かっては辿り着くにも大変な場所であったろうとも思い、
       と共に素晴らしい眺望もあり、

       いつもの素晴らしい芸術美術作品のある教会とは違う、
       そうかぁ、という思いで丸石舗装の道を下ったのでした。
              



     *****

       ただ今水彩ブログには、坂道の小さな薔薇窓・アッシジ  描き初め
       と、24日からの個展のポスターを、アップしております。
       どうぞ見てやって下さいませ!
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by italiashiho2 | 2012-11-07 08:24 | ・北イタリア Italia nord | Comments(9)
2012年 11月 02日

   ・・・ ヴァル・ディ・ノン、秋の色、秋の香り ・ トレント自治県ノン渓谷 ・・・

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       先週半ば、グループのバス遠足で、トレンティーノ・アルトアディジェ州の
       ヴァル・ディ・ノン・Val di Non・ヴァル渓谷に行って来ました。

       イタリアの一番北にあるアルト・アディジェ州の中にあり、
       リンゴを始めとする果樹栽培でとりわけ有名なヴァル・ディ・ノン、
       「リンゴの道」と呼ばれる程の産出量で、畑の面積は西に続く
       ヴァル・ディ・ソーレと共になんと7000ヘクタールもあるそう。

       この日はサンゼーノ・Sanzenoという町から東に約3kの山の中にある
       サン・ロメーディオ・San Romedioという修道院教会
       そしてトレント一帯を8世紀間に渡り領有し司教でもあったトゥム家の城
       現在は博物館となっているのを見学するのが目的でしたが、

       秋晴れの快晴の一日、まさに素晴らしい遠足日和で、
       大いに楽しみ撮りまくって、ははは、参りました!

       今日はまず、ヴァル・ディ・ノンの空気を味わって頂き
       サンゼーノにある三殉教聖人の祀られた聖堂をご覧頂きます。
       
       我がコネリアーノから途中朝食休憩を入れて三時間半程、
       高速は通らず、北西に向かう山間の道を通りトレント・Trentoに抜け、
       しばらくの後にボルツァーノ行きと別れ西に。

       随分と苦労して写真を削ったのですが、そう、見せたがりでして、
       でも纏めようと思うと40枚に! 整理整頓大得意のshinkai。
       はい、お茶でも入れて、ごゆっくりどうぞ!!
              
       上の写真はトレントを過ぎての、道路標識。
       Val di Non が見えます。


       地図をどうぞ
       左下に矢印をつけた国道SS43でサンゼーノまで行き、
       サン・ロメーディオの修道院をまず見学し、
       町に戻って聖堂前の広場でパニーノのお昼、後ほど写真を、
       そして戻り道にAの印、Ton・トンという町の高台にある
       トゥムのお城博物館を、という行程。
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       電車でボルツァーノに行った事は2度ほどあるのですが、
       ヴァル・ディ・ノンは初めてでしたので、とても興味深かったです。



       朝の6時半まだ暗いうちに出発し、谷間の道を走る時には、
       雲が湧き横を流れるのも見、

       トレント辺りでは、葡萄の畝というか枝の伸ばし方が、
       まるでテントを張る様に広げているのも興味深く、
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       渡り鳥が移動するのも見
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       渓を溯る内にも、どんどんと果樹畑が広がりますが
       リンゴ畑が多くなっていくのが、良く分かります。
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       そして、点在する村の景色
       家の作りも教会の鐘楼もティロル風に。
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       道の曲がり角にあった土地の物産店
       リンゴがやはり目に付きますが、下がっている宣伝ビラには、
       アルト・アディジェのスペック・燻製ハム
       自家製ストゥルーデル・リンゴや干し葡萄、イチジクなどの入った巻ケーキ
       土地のジャガイモ、と。
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       曲がり角の、如何にも北の匂いのする小さな教会
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       上り坂から見る、谷の村、家々
       下の写真は、きっと間違いなく城館ですね。
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       サンタ・ジュスティーナ湖・Lago di Santa Giusutina
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       谷を渡る橋。 既にもうかなり高いでしょう?
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       谷の向こうに見える集落
       道をぐんぐん上りつつ、迂回して近づいて行くのですが、
       下の写真がサンゼーノの町であるのを、写真整理をしていて
       気が付きました。
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       谷の眺め
       奥に見える高山群はブレンタ連山とでも呼ぶのか、
       既にかなりの雪が見え、
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       薪が積まれ、しっかりの冬準備
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       サン・ロメーディオへの曲がり道を通りすぎ、少し戻り・・、
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       こちらがサン・ロメーディオの聖所
       700mの高さの険しい岩山の上に、小さな教会が5層に
       次々と上に聳える興味深いもの。
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       ですが、今回はこれ1枚でお預けですワン、ははは。



       という所で、サンゼーノの町に戻ります。
  
       リンゴ畑の畝には、既に覆いの準備も整い
       さぞや冬は寒くて、雪も多いのでしょうねぇ! 
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       住人は1000人足らず、海抜641mの小さな町なのですが、
       紀元前6世紀頃から住民のいた歴史が残り、
       この一帯の経済の中心地でもあったようです。

       大男サン・クリストーフォロのフレスコ画が残る教会も見え、
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       町の南外れにある大変美しい聖堂サンティ・マルティリ
       ・Basilica dei SS.Martiri・殉教聖人
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       16世紀の建設で、何度か改修されているとの事ですが、
       ゴシック・ルネッサンス様式で、
       上り坂の写真で見て頂いた鐘楼はロマネスクの美しいもの。



       正面の半円内には、聖母子と、教会名由来の三人の聖殉教者
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       内部様式は洗練されており
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       入り口上部の薔薇窓。 やはり北の国の匂いがありますね。
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       薔薇窓の手前に祭壇なのか、オルガンなのか
       逆光で漸くに片側だけ撮れたのですが、
       素晴らしい手の込んだ細工がありました。
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       教会内は3廊式で、主祭壇の右側のこの礼拝堂が、
       397年5月29日に起こった三人の伝道者の殉教を伝えます
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       3人はトルコのカッパドキア!からやって来た伝道者で、
       多分真ん中が助祭だったというシジンニオ・Sisinnio と
       読師マルティーリオ・Martirio
       守門・最下級権能のアレッサンドロ・Alessandro
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       彼らはミラノの司教アンブロージョの意思により、
       まだまだ異教徒の多いこの地で伝道を始め、かなりの成果を得ますが、
       それが逆に、サトゥルノ・Saturno信仰の中心でもあった土地の民衆の
       怒りをあおり、彼らの祭日に襲われ惨殺されたという物。
       今のこの教会がある地で亡くなり、葬られたのを祀っているというのですが、
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       397年! 1600年以上も前のお話で、
       おまけに伝道者達がカッパドキアからやって来たという・・!
       何やら遠くて近いというのか、それにしても、
       あの当時の人々の世界観はどんなだったか、と思われませんか?! 



       さて教会を出てきて、前の広場の一角、バスを駐車していた所に
       戻ってくると、お昼のパニーニが作られ、渡されている最中で・・、

       いつも遠足の日は、土地のアグリトゥリーズモやバールで安く食べるのですが、
       この日の遠足代金は30エウロ、お昼は袋入りお弁当
       と書いてあったので、場所柄便宜にそうするのか、と思っていましたら、

       なんと即席のサーヴィステーブルが組み立てられ、
       パンとハム類、チーズ、左端に見えるタッパーには
       アーティチョークのマリネーが入っており、
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       各自がハムだチーズだと注文すると、

       こんな風に薄く切って、パンにたくさん挟んで渡してくれるのですね
       はい、バスの運転手君がここでも働いてくれてまして。
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       私めはチーズを何枚も挟んだパンを貰い、アーティチョークを
       これまた頭と軸を互い違いに4つ程挟みまして、ははは、
       大口開けてかぶり付き、それも皆立ち食いで!

       ちゃんと赤と白のワインも用意されていて、
       プラスティックのコップにしっかり注いで貰い、
       目の前に広がる陽の輝くリンゴ畑を眺めながら
       お喋りしながら・・。
       美味しかったぁ!!

       パニーノのお代りも、ワインのお代りも出来、
       久し振りに美味しいパニーノを食べた気がした事でした。


       そのうちに葡萄も出て、小さな一房を貰い、       
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       少し落ち着いた頃には、小さく切ったトルタとリモンチェッロも!
       もう言う事なしの、美味しい秋の日のお昼でしたぁ! 
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       で、お腹がくちくなると、ははは、どうしたって
       目の前の誘惑、リンゴ畑に出かけますよね?!

       黄色いリンゴ畑の方は既に収穫が済んでいましたが、
       こちら背の高い赤いリンゴ、不二みたいなリンゴですが、
       木によっては、まだこんなに!!
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       それはもうしっかり、一つ赤いのを頂きましたです!



       谷の傾斜地に広がるリンゴ畑、隣の畑はまだ小さな木ですが、
       谷の向こうの村がこんな風に
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       皆が其々にお土産を手に戻ってきて、ははは、
       さて、それからが食後のひと騒ぎ。
       頭に乗せて写真を撮らせたり、shinkai は一つ胸に入れ、
       ジュリアーナが撮ったりしているうちに、
       shinkai 2つ入れろ、というリクエストがあり、
       OK! と2つ入れ両手で下から支え、うふん、の悩殺ポーズ!!

       大笑いの内に一人が、この写真は来年の成人教室の募集に使おう、
       参加するとこんな風に効果が出ます、と書いてさ、って!!
       がはは、お嫁に行けなくなるやんかぁ!! 
       ・・あっ、今ぎょっとしたそこの人、冗談に決まってるやんかぁ!!



       皆満足の一時を過ごし、さて道を下り、
       トゥム城に向かいますが、
       
       ヴァル・ディ・ノンの有名なリンゴ、メリンダの看板が見えました。
       そうなのです、メリンダはゴールデン・デリシャスの種で
       甘くて爽やかな味でD.O.P・Denominazione di Origine Protetta・
       原産地名称保護なのですね。
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       イタリアのリンゴ総生産の15%がこのヴァル・ディ・ノンだそうですが、
       先日の「おお、信州人!」では、長野生まれの「シナノ・ゴールド」が
       今ボルツァーノの試験場で着々と育てられ、デヴューする日も近いとか!
       甘くてジューシーでとても美味しいそうで、
       楽しみですねぇ!



       という所で、最後は見せびらかしの1枚、トゥム城です。
       30年前まで実際に代々の居城だったそうで、
       中はなかなかの物でした。 お楽しみに!
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       長~い本日の最後を〆ますのは、
       ははは、サンゼーノで頂いて来たリンゴで~す!
       裏側がまだ少し青かったので、今熟成中、が、もうそろそろ食べ頃で~す。
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       をアップしております。
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by italiashiho2 | 2012-11-02 06:48 | ・北イタリア Italia nord | Comments(8)