イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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カテゴリ:・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州( 13 )


2017年 05月 30日

   ・・・ グロレンツァの町 ・ 「イタリアで一番美しい村々」の一つ ・・・

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       先回ご紹介したメラーノから西に続くヴァル・ヴェノスタ・ヴェノスタ渓谷
       西の端にある小さな町グロレンツァ・Glorenza.

       駆け足で見て回ったのでしたが、
       常に見る「イタリアで一番美しい村々」とはやはりまるで雰囲気が違い、
       南ティロルにおける6世紀間の歴史を滲ませた小さな町でした。
       
       そんな様子をご覧頂けますように!

       
       トップは、町の門。 正式名かどうかはっきりしませんが、
       トゥーブレ門・Porta di Tubreというのが町への門とありますので、多分これと。
       メラーノ方面から来ての町の門に当たります。

       車もバスも通り、人間は門脇の通路から通り抜けも出来、
       通った所にインフォメーションがあり、我らが行った時はすでに閉まっていましたが、
       どうやら門の塔の上にも上がれる様で、かっては住居にもなっていた様子。





       今回は町の中心部を
       1.2.3.に町の門があり、上の門は1の門で、
       まっすぐ行ったに中心の広場、は小教会、はず~っと続く古いアーケードの道。
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       町の南を通る水色の線は、アディジェ川で、
       は町の教区教会サン・パンクラツィオ・S.Pancrazio





       さて町の門1から入り、まっすぐの道を中心に向かって進みますが、

       見えるすぐの家、煉瓦で窓を開けている様子からどうやら納屋の様ですが、
       その壁にGLORENZA と書かれたのが剥げかけて見え、
       並んでドイツ語名表記のGLURNS・グルルンスはほぼ消えて・・。
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       ちなみに町の標高は907mで、人口は900人足らず、
       ドイツ語を話す人の割合が96%を越す比率なんですと!
       この町からスイス国境までは約10kmほど。





       せっせと歩きながら道の左右を見回し、脇道ものぞき込みながら、撮りつつ
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       今回知り合ったグループの一人が話しかけてきて、
       自分の従弟はカトリックの神父で日本にすでに50年も行っている。
       日本が気に入ってる?
       とても!! 3年に一度ちょっと戻ってくるけど、日本をとても愛していて、
       きっと日本で満足して死ぬだろう、と。
       日本のどこにいるの? 
       最初は大阪で、そのあとはあちこちと転勤で・・。

       そんな嬉しい話を聞きながらも、せっせと撮って行きます、ははは。





       これは地図5の教会。 全体の様子は通り過ぎてからのものですが、
       16世紀の再建だそう。
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       オスペダーレ教会・Ospedaleという名の様で、
       元々は徒歩旅行者達の救済も兼ねた教会だったのかもですね。





       入口と内部
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       教会の横、東並びに見えた長い通り、ポルティチ・アーケードの通り
       建物の前側下を低くくり抜いた道で、頑丈そのものの太いアーチの柱!
       冬の積雪の深さが想像されますね。
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       道はちょっとカーヴして、奥の中心広場に続きますが、

       この建物の看板文字に、Gasthof Steinbock とあるのは、
       ホテル・カモシカ、絵解きでもあるのでOKですが、はは、
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       出窓にリストランテ、マチェレッリーア・肉屋とあるのに一瞬ギョ!
       ・・まぁさか、「肉の生き作りスペシャル」なんぞは無いすよね?! とひ弱な日本人・・。 





       横の壁に見た、にっこりティロル衣装の僕
       お祭りの時には大人もこんな衣装なんでしょうね。
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       道の向かい角の建物。 どうやらこれが町で一番派手な装飾だったと
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       グロッレンツァの町は記録に最初に登場するのが1163年。
       すでにオーストリア、スイス、そしてロンバルディーア(ミラノ)との通商交易の
       街道の要所として栄えており、1304年(1309年とも)「町」に昇格。

       現在でもヨーロッパで一番小さな町のひとつなんだそうで、
       上に人口900人足らずと書きましたが、町の城壁内に住んでいるのは400人程と。

       で、スイスの独立を掛けたシュヴァーヴェン戦争
       かのウィリアム・テルのお話なんぞもこの戦争中のものですが、
       スイス連合側と、対オーストリアはハプスブルグ家との戦争のいくつかの戦闘のうち、
       1499年のカルヴァ・Calvaの戦いの際、
       敗北したこのグロレンツァの町は完全に破壊されつくし

       「私の宝石」と呼び、この町を愛していたオーストリ皇帝マッシミリアーノ1世
       破壊された町を再建し、その際に城壁をめぐらし、スイス側との国境近いこの町を
       ハプスブルグ家の橋頭保とした、という事で、

       現在残る町をめぐる城壁は当時のままの姿を保つもので、
       最初にご案内の様に3つの門を持ち、城壁の上は見回りの兵士通路があり、
       350の銃眼、7つの角に塔、といった具合。

       上記した通りこの町は東西南北の通商道の要所として栄えてきた町で、
       とりわけインスブルック近郊のハル・イン・ティロル・Hall in Tiroloからの
       岩塩の取引の町として長い世紀を栄えてきたのだそう。





       町の中心広場から、東の門と、その左に橋が見え
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       門の入口上に見える町の紋章
       やはりこの門の塔の上にも上れるようす。
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       橋の向こうに見えるのが町の教区教会サン・パンクラーツィオ、15世紀。
       鐘楼の玉ねぎ型の頂上は17世紀に加えられたものですが、
       鐘楼自体はロマネスクのもの。
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       鐘楼の北の壁には、15世紀末の大きな「最後の審判」のフレスコ画があるそうで、残念!

       屋根がチカチカと見えるのは、ボルツァーノやウィーンでも見ていますが、
       様々な色の丸い(うろこ型)の小さな瓦を張り付けたもの。

       
       町の人々の言葉には、
       町が小さすぎるので、我々は教会のミサに行くのに城壁の外に行かなくてはならない
       というのがあるそう






       通常の橋の横に、こんな木製の屋根付き橋があり、
       これもきっと冬の積雪の際の通り道なんでしょうね。
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       ここを流れる、この慎ましいのがアディジェ川!
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       外側から見る町の門。 堂々としているでしょう?!
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       城壁への渡り廊下に見えるPaul Flora・ポール・フローラというのは、
       この町生まれの画家、イラストレーターで、この塔の中にも展示会場があるのだそう。





       町の中心広場に戻り、仲間達はバールのテラス席で一服中。
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       奥に北側の門が見えますが、
       後にこの横の城壁の上に上り、この門の所に出てきた様子を。
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       shinkaiは広場からも一つ南の道を西に入り込み、
       この角は靴屋さん、と言ってもバッグなども売っておりました。
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       今回気が付いたのは店の看板は張り出した鉄製の飾り看板もありますが、
       大概は壁に書かれた文字である、というイタリアとの、ははは、ここもイタリアですが、
       違いに気が付きました。

       そういう意味では、イタリアの方が派手というか、ドイツ語圏の方がやはり質実剛健!ですねぇ。

       と、どこか違うな、と思ったのが、5月中旬というのに窓辺の花が殆どなしで、少し寂しく、
       店の前に木や枝の鉢植えは見ても、花鉢を見かけたのが本当に少なく、
       それもあって猶の事「質実剛健」という言葉が頭に浮かんだのと、

       イタリアで見かける「一番美しい村々」の町村の壁は石積みが見えたりで、
       趣、味わいを感じるのが常ですが、
       ここ南ティロルとなると、頑丈一式、イタリア式趣とは違う、
       というイメージを大いに受けたのでした。

       が、今回これを書くのにグーグルのサイト・ヴューを見ましたら、
       10月の撮影でしたが、窓辺にたくさんの花々が見え、・・?!
       5月半ばだとまだ花鉢には遠い季節なのでしょうか? 
       夏は本当に短いのかも!





       道を入っていくと、突き当りに見えた納屋の壁と、右に住居。
       そしてすぐ左は城壁内の道が通ります。
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       で、今回あちこちで見かけた扉に書かれた、チョークの文字をここでも見かけ、
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       ちょうど家の扉前を掃除中のシニョーラに、イタリア語が話せますか?と声をかけ、
       あちこちで見かけるこの扉の文字は何の意味かと尋ねました。

       シニョーラのイタリア語は訛っていましたが、お互いになんとか通じ、ははは、
       中のK+M+B は、この一帯は毎年1月6日に東方の三博士に扮した人物が
       家々を祝福に回り、扉にこの文字、キリストが祝福を与える、という意味を書きつけ、
       頭の20と、最後の消して上書きしているのが、今年の分(2017年なんだそう。

       町中のレストランの扉の上にも見えたこの文字の意味、
       なるほどなぁ、と納得し、シニョーラにお礼を言った事でした。





       城壁と間の細い道。 塔も備えている場所。
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       この辺りで仲間のエレオノーラやレオナルダとも出会い、一緒に行きますが、

       小さな家の隅から葡萄の枝が壁を這い、飾ったようになっていて、
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       あんな小さな角の土からこんなに?!と、ちょっと可哀そうでもあり・・!

       上の写真から見える城壁沿いの枝も、ほんの隙間の小さな土地からなんですよ!
       こういうのも、葡萄が質実剛健なのかな?! ははは。





       ちょうど城壁の上に上れそうな階段を見つけ、レオナルダが最初に上り始め、
       狭く少し傾いた、そしてかなり高い急な階段をはぁはぁと上り、
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       見えた景色がこれ! 左から右に
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       そして南の奥。 一番奥の白い3つ並びのは何だろ? 
       左のには小さな鐘楼風のが見えるのですが、教会と住居かな?
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       これはすぐ前の建物の屋根瓦で、他も大概この形の瓦で、
       細い筋が入った平板な瓦なんですね。
       この方が積雪に強いのかな?
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       銃眼から覗く外
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       城壁の上のパトロール道。  
       そんなに長い距離は開いておらず、途中で柵があり、夜間には閉まるのでしょう。
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       でも、満足して下に降り、





       中心広場に向かいますが、

       これは薄い浮彫を施した美しい扉。 勿体ないですねぇ、これは!
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       泉があり、小さな花鉢と、反射する影と光
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       一旦広場に戻り
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       教会横の、低いアーチの続く道を戻りつつ、

       如何にも古い、厚い頑丈な壁に落ちる影に見とれ
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       道角にあった小さな鄙びたカフェかな、トラットリーアかな?
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       ちょっと寂しいのは、もひとつ町の人の姿を見かけない事で、
       2,3人の男性がたむろしているのを見かけたのみ。


       所であれこれ読んでいて、大変可笑しな逸話を
       このグロレンツァの町に1510年民事裁判所が置かれたというのですが、
       1519年10月21日にSimon Fliessというステルヴィオ・Stelvio、
       グロレンツァより南の山村の住人が訴訟を起こします。

       一帯のネズミ(普通のよりも体の大きな種)が畑や草原に大きな損害を出している、と。

       これにはグロレンツア側からネズミの弁護人も付き、論戦が行われ、
       判決が出たのは翌年1520年5月2日の事で、
       
       それによると、ステルヴィオの住人に有利な判決となり、
       ネズミたちはその一帯を立ち退かねばならない事。

       ただし、弁護人の異議申し立ても通り、ネズミたちが立ち退くのに際し
       嫌がらせや被害を受けないよう、犬や猫は家に閉じ込めること。
       そしてネズミたちが立ち退きやすいように、川や流れには橋をつける事、という判決だったそう!

       ははは、なんともユーモアのある判決ですが、
       さて、ネズミたちに立ち退きを申し聞かせるには、実際にどうやったのでしょうか?!
       ネズミの皆さん、無事に立ち退いたのでしょうかぁ?! ははは。

       



       乳母車を押したマンマと年上の女性、大きな黒いワン君が戻って来て
       扉を開けると、最初にワン君がすっと入っていく姿が見え・・。
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       古い重厚な壁の前、自作の額に入った絵と写真、なんだろ、これ?
       単純な装飾かな? 扉の上には、ここにも祝福の印。 
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       最初の町の門に戻って来て、今度は内側を通り抜けてみると、
       こんな感じで、かなり広く。
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       外に出てバスの駐車場に戻るとき、お家の庭に咲いていたアイリス
       やっとお花を見た感じで、目に鮮やか、美しかった!
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       そして町の外にある工場越しに見えた、コイラの城
       グロレンツァに来る前に見学したのでしたが、興味深い城でした。
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       グロレンツァにはメラーノから鉄道が連絡しており、
       小さな可愛い客車が走っているのも見ました。

       夏のシーズンにはなかなか賑やかで華やかな可愛い町の姿を見せる様子ですし、
       また11月2日にはかって商業交易で栄えた町の姿を偲ぶSealamorkt・
       魂のメルカートというお祭りがあるそうですし、クリスマス市も賑やかな様子。

       入口の門脇の広場も整備中でしたし、夏にもきっと様々な催しがある事と。

       南ティロルの小さな歴史ある古い町を見物方々、
       チャンスがあったらお出かけ下さいね!
      



     *****

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       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-30 00:44 | ・北イタリア Italia nord | Comments(10)
2017年 05月 24日

   ・・・ 南ティロルの風景と、小さな町ナトゥールノ (追記)・・・

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       今日ご覧頂くのは先週出かけてきた南ティロル、
       メラーノから西にヴァル・ヴェノスタ・Val Venostaを1時間ほど行った
       グロレンツァ・Glorenzaの町から、
       宿を取ったナトゥールノ・Naturnoの町に向かっての山と村の景色、
       そして翌朝のナトゥールノの町の様子と、メラーノに向かっての道筋の風景です。

       上はグロレンツァの町を出てすぐの、平地から見える南の連山の眺めで、
       雪が真っ白に輝くのに、皆が見惚れたのでした!

       夏山スキーが出来るゲレンデが幾つもある、というのも大いに納得!





       地図をどうぞ。
       左に見えるグレーの線がスイスとイタリアの国境線で、
       メラーノからカステル・コイラ・Castel Coiraの古城と、グロレンツァの町見学に。
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       谷の南側に高山が連なる様子もお分かりと思いますが、
       ヴェローナに流れ下るアディジェ河・Adigeはこの谷が水源なのですね。

       「イタリアで一番美しい村々」に登録されているグロレンツァと、
       千年近い歴史を持ち、未だに個人所有のカステル・コイラのご案内もいずれ頑張って・・!
       
       メラーノの北に見えるティローロ・Tirolo・ティロルは、
       今我々がティロル(地方)と呼ぶ語源となったティロル伯爵が、中世にここに城を持ち、
       一帯を領有していた事に端を発します。





       ヴァル・ヴェノスタのいわば西の端にあるグロッレンツァから徐々に下りつつ、
       行きは北側の眺めを、この戻りは南の眺めをわぁ~お!と感嘆しながら行きますが、

       山の麓に小さな集落が広がり、そこには必ず鐘楼が見える教会があり、
       山の中腹には森を切り開いての草地と農家が点在し・・。
       山の中腹に孤立して生きる彼らの生活はどんなだろう、と考えます。
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       これはたぶん放置された古い教会跡
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       すでに午後6時過ぎですから、かなり陽が西に傾き、山の影が高く濃く
       そして集落から離れ山腹に点在する農家
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       1か所道路工事中で臨時の信号機で停車した時の、道脇のリンゴ畑
       畑は殆どリンゴ畑、または梨とか杏子だそうですが、
       リンゴの木も日本のとは違い、畝を作って並びます。
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       所で道中あちこちで盛んにスプリンクラーで水を撒く様子が目についたのでしたが、
       翌日のガイドさんの説明によると、単純に水やりの為のみでなく、
       スプリンクラーで細かい霧状のものを作り、それによって冷害の被害を防ぐ、
       花がついて凍るのを防ぐ意味があるのだそう。

       それにこの冬は雪が少なかったので、水不足も心配されており、
       コムーネによって水の配給が決められるのだそうで、
       ガイドさんの住むメラーノ近郊では、2週間に一度の水やりなんだそう!
       かなり厳しいですね。
       




       そしてまた白い峰
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       地図で見るとカステルベッロ・Castelbello辺りなのか、
       いったん大きく山間の平地が広がる部分があり、
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       道脇で休憩中のサイクリングのカップルも見かけ、
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       ここからまた狭い谷の道を行き、それでも道脇に家並が繋がるようになり、
       ナトゥールノの町、宿に到着



       翌朝起き抜けにテラスから見た、南の山々の峰にさす陽と月
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       宿の前は広場になっており、これは南側の向きで、
       右が我らの宿のカフェとレストランのテラス。
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       所でグーグル・マップの衛星地図で、ストリート・ヴューを見ましたら、
       2011年のが出て、我らが泊まった宿はまだ古い建物でしたぁ。




       正面には、1階部分にスーパーや店の入った建物と、左に古い建物の宿
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       6時半過ぎ、朝日の道を自転車で通勤していくシニョーラ
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       こちらが広場の角にあった古い建物の宿で、
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       カフェ、レストランもあり、そして
       今回本当に町筋でよく見かけた十字架のキリスト像
       
       イタリアでこれ式のを見かけるのはやはりドロミーティに多く、
       町中では壁に小さな祠式が多いので、この大きなのはよく目に留まりました。
       北国の習慣的なものなのか、雪国の生活の過酷さ、または街道筋だからなのか・・





       北側の山々
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       そして南側
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       道を少し東に行った所に見かけた大きなホテル
       他にも道を少し入った所には、大小さまざまなホテルが。
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       小さな道脇の広場にあった泉と、脇のマロニエかな、の大木
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       ナトゥールノの町は、ウィキペディアによると、
       海抜が528m、人口が5700人ほど。
       青銅器時代からの移殖の痕跡があるそうで、
       記録に出てくるのは千年以降ですが、多分元は初期ローマであろうと。
       この町から北にも南にも山道を辿り、古い灌漑用の水路を訪ねたり出来るそうで、
       夏には避暑地として賑わうのでしょうね。





       北の山々と、山腹の家
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       本屋さんのウィンドウを覗きましたら、ほらね、全部ドイツ語の本!
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       うん、ALL IN ONEは分かったですが、ははは、
       BUCH、ブックね +KARTE、カルテ、地図ね +APP これは何?
       neuは、NEWではなく、ここだけドイツ語ね、ははは。
       ガーデンはGARTENね、はいはい。





       少し北に坂を上った所で見えた小さな要塞式城館
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       下って、道を西に行き、少し高台より南を
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       古い建物、再び十字架。
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       最初に少し上った道の先に小学校があるらしく、
       あちこちの道から通学の子供たちが出て来てすれ違います
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       親に付き添われた小さな子もいますが、殆どは自転車か歩きで、
       中にはキックボード(という言葉を調べましたぁ、昔はスクーターとか言いませんでした?)
       を漕ぐ子も何人かおり、上りの坂道をはぁはぁ言いながら・・!

       たまに目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに挨拶してくれるのですが、
       なんと言っているのか聞き取れず・・。で、こちらはにっこり「ボンジョルノ!」





       ここも古い建物なのでしょう、
       壁には聖人が描かれ、バール・カフェ・ビストロ
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       大きなビッレリア、レストラン。  
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       ゆっくりと蛇行する狭めの道を通勤の車、通学の子供たちが行きかい
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       狭い道が1本町中を抜けて行き、道に沿って商店があり、
       脇道にそれると家が何軒かという具合で、
       家も表通りと同じようなちょっと小奇麗な修復された家ばかりで、
       他には特別に何もなし!
     




       古い、多分売り家の前にあった、自動貸本屋!
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       両脇の門柱の上部が祠式になっていて、聖人の絵が描かれており、
       上はどの聖人なのか、水を汲んで(注いで)いる姿ですが、
       下のは、自分のマントを分け与えた聖マルティーニ。
       それにしても絵が、如何にもドイツ表現主義式のちょっとエグイもので・・。





       さてホテルに戻り朝ご飯を食べ、のんびりと9時に出発ですが、

       町中の道を行き始めてすぐの写真にこれが
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       ナトゥールノに泊まったと書きましたら、クリスさんが「サン・プロコロを見ましたか?
       とコメントを下さったのでしたが、
       残念、もうちょっと東の外れまで行った所にあったのでした。





       ウィキペディアにあった写真はこれで、7世紀に遡る古い建物が火事で
       崩壊した後に建てられた8~9世紀の教会と。
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     ◆ 追記です ◆

       クリスさんが教会のサイトを教えて下さったので、開館時間を追記です。
       
       2017年4月1日から11月4日まで、火曜から日曜まで
       10時から12時半  14時から17時半まで
       閉館は、祭日と重ならない月曜日
       拝観は大人4,5エウロ。

       隣接して博物館があるそうですが、開館は教会と同じ。





       内部には9世紀のカロリンガ期のフレスコ画が残されているそうで、
       すっきり明快、ブランコに乗っているのか、楽しい姿も
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        朝見た要塞の姿、東からの眺め
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       ナトゥールノの町を過ぎ東、メラーノに向かいます。
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       やはり山腹の農家にも目が行きますが
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       ついに谷を出た、という感じの所で、これよりどんどん坂道を下り、
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       ここは前日の上り道でも目についた大きな一連の建物群で、
       古いのでしょうね、様々なフレスコ画の装飾も目につき、渡り廊下もあり、
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       最後にBEERという文字が見え、ビールを飲ませるレストラン? 醸造所?
       まぁ、宿も兼ねた全部なのでしょうね。





       平野が開け始め
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       もうすぐメラーノの中心に!
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       という、南ティロルはヴァル・ヴェノーザの風景でした




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ピエンツァ 仕上げまじかと、 メラーノ、南ティロルへの道 その2 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-24 23:31 | ・北イタリア Italia nord | Comments(8)
2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

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       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・北イタリア Italia nord | Comments(5)
2016年 10月 30日

・・・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城 ・・・


       最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。
       今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
       強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
       町の中心はすべて避難命令が出ております。

       お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く
       怪我人、危険信号程度の重症者も含め20人程で済んだ様子です。

       ノルチャの北にあるプレーチ近くの、サン・テウティツィオ教会は、
       先日教会正面壁の一部が落下したのが、今回は遂に全体が崩壊したと。

       プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇、ネーラ川が流れますが、
       大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、
       プレーチとの連絡は途絶えているとの事ですが、市長からの電話で
       町の教会も倒壊したとかで、大きな被害が予想されていて、
       これはカステルッチョも同様の様子で、
       その他の各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。
       
       今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
       各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

       余震が続いてはいたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
       ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

       この先48時間以内に、ひょっとして今まで以上の大きな地震が
       起こる可能性もあるという事で、一帯の人々には避難指示が出ていますが、
       
       被災者の皆さんの心理的なお疲れも想像でき、
       寒さに向かい本当にお気の毒です!

       救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の
       疲労の大きさにも想いが行き、頭が下がります、
       本当にご苦労様です!! 宜しくお願いいたします!


     *****

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       イタリアのヴェローナから北の隣国のインスブルックを繋ぐ
       ローマ期からの街道筋の要所であり、
       高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

       見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
       現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・イタリア環境財団とでも、
       のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名のないのもそうです。
       
       今回は写真が多いですので、ごゆっくりご覧くださいね!!



       城入り口前からの城壁の眺め
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       城の図をどうぞ
       左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
       赤丸の付いているのが現地点という事で、
       その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
       その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔
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       赤丸地点の左Casa delle Guardie・警備人の家
       矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門
       ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

       グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、
       左回りに行き、一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門
       赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所

       そして次の門をくぐると居住地部分で、
       左に抜けると内庭というのか、Pozzo・井戸があり、
       長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。
       左外れの白い部分Resti della Capella・礼拝堂の遺跡

       ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館
       そしてフレスコ画で装飾された警備人の家、主塔の上部という、
       約千年の歴史を持つ城です。

       


       これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔
       ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!
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       名前と由来を聞いて皆がフフと笑いまして、
       というのも、吊るすというのがインピッカーレ・impiccareなんですね。




       警備人の家に入り、2階に
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       そして、おお!となったのが、まずこの壁画
       現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!
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       真ん中にアルファベットが見えますね、
       でも何の関係もない文字が入っているのだそう。
       下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
       後ほどご覧頂く、城内のフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

       shinkaiは一番後ろで写真を撮っていまして、
       殆どガイドさんの説明を聞いていませんで、ははは、
       すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
       ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
       見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
       はは、良く出来たガイドさんですねぇ!!




       そして隣の部屋に、これが圧巻でした!
       部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色
       そしてどこかニヒルな目を持って見つめ描いている、というのか・・。

       こちらが入って正面の壁
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       右側の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
       
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       部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が
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       窓にもこんな柄模様
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       描いたのは14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

       警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、
       確かに位置的にもそうなのですが、多分長たる人の住まいでもあったろうと。




       上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
       我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。
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       坂道を上り
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       最初の門
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       中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
       かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。
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       右に開いているアーチの中が城の下部分で、
       上に伸びている壁の内側が、かっての礼拝堂の壁、というのを
       後ほどに知りました。
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       この左に2番目の門があり、




       2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!
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       城壁は城をぐるっと囲んでいる一部なのですが、
       下側にも上側にもM字が見えますね?
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       これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
       つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、
       防御から埋められ城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、
       それがまた埋められている様子なのです。

       M字型は王冠の上の飾りを意味し、このM字が付いている城は
       皇帝側である事を示し、
       教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、が残ります。


       アーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年
       12世紀にトレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco
       一族の領有となったと。
       
       カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年、
       アルドリゲット・Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・
       Adelpretoを殺害したというもので、
       封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様子ですが、解放され、

       その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、
       その後を継いだアッツォーネ・Azzoneは、
       アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の希望にもより、
       皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
       この一帯での重要な立場を持つ事に。

       1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmo
       で、ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家
       にも近づきますが、1320年後継者を残さず亡くなり、
       彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

       ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀を
       カステルバルコ一族は存続し続け、ミラノ方面にも進出、
       カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

       このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela
       指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、
       FAIに贈ったのだそう。

       
       ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
       中世の、城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
       そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       



       3つ目の門をくぐり
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       銃眼というより、弓を射る窓から外を
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       城館部分に近づき、両側の壁が高まり、4つ目の門
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       門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!
       右は床と境の壁部分が落ちているのですが、暖炉部分や、
       壁の祭壇部も見え、
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       左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。




       上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し、
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       上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。
       色が見え難いので少し濃い目にしましたが、
       白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!
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       このフレスコ画の下の、アーチ越しに見えた植物のフレスコ画
       わぁ~お!
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       遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の
       一番東(右側)の外壁ということになりますが、

       植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に
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       上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄
       左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。
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       潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄
       こういう柄は本当に優雅ですよね。 
       女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!
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       城壁側との境にアーチの仕切りがあり
       1階部分はこれで仕切られていたのでしょう、
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       アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、
       最初は真っ暗で降りる気もしなかったのですが、ははは、
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       城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
       との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
       大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
       氷室があった、との事。




       横から低めのアーチを潜っていくと台所で、
       この大きなフードに驚き!!
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       一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
       お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、
       との事ですが、それでもねぇ、この大きさだとすると、
       何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!




       中庭から見る主塔
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       さて、領主館の中に
       この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が残っていた部分で、
       中から見上げる壁が異様に高く感じおまけに薄暗く、大変な威圧感!
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       真ん中上に見えるのは暖炉の跡、上部で、
       この部の煙突が残っているのを後ほど。




       遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み
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       反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
       黒い板壁で覆いがあるのが見えますか?
       時代毎の修復の蓄積がここにも見れます。
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       領主館の一番西端の大きな部屋。 
       ここにも柄のフレスコ画が2階部分と、窓にも同じカーテン柄
       四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。
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       そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
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       下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。




       細長い中庭はこんな様子で、右が領主館の部分で、
       幾つもの壁、アーチで仕切られ、左は主塔に至る石段部分。
       手前に見えるのは中庭の井戸で、
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       この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
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       主塔に上りますが、ここが塔の入り口
       とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、この入り口がついたのは
       後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
       あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。
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       こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!
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       最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓
       壁の厚みにご注目!
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       そして辿り着いた上階、「愛の部屋」と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
       塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
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       窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、
       馬に(犬ではおまへん)乗り、弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
       窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん
       つまり、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
       犬は忠実のシンボルなんですって。

       天井部分には、膝まづく人の姿と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。
       shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
       ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所。




       この左に続く場面には、愛の矢で射られた
       幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、
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       向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。
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       14世紀中頃の、ヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
       洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で
       むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!




       「愛の部屋」の隅に、まさに梯子階段があり、上の物見の部屋に
       つまりここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、
       ぐるりとほぼ一周する事が出来ます。
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       見張り窓から見る北の山
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       塔から見下ろす領主館の屋根と、右に城の入り口、
       そしてピカドーラの塔
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       上の写真左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突
       館の2階部分の暖炉の上部のみ残っていた場所ですが、
       煙突の先の形が、どこか古めかしく趣がありますでしょ。
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       城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ
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       アーヴィオの中世からのお城のご案内
       お付き合い、有難うございました!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、詰めの2枚と、 カルページカ村のたそがれ色 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****

       ◆ お知らせ ◆

       11月22日から27日に開催の、広島の三越での個展が迫りました。
       もしDMを送って欲しい方が居られましたら、コメント欄の
       「管理者のみに閲覧」にチェックを入れ、住所とお名前をお知らせ下さい。

       今までに届いている方は、お知らせが無くとも大丈夫です。
       来週辺りには届くと思いますので、宜しくお願いいたします。



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

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by italiashiho2 | 2016-10-30 22:26 | ・北イタリア Italia nord | Comments(2)
2016年 10月 26日

・・・ トレントの古城2つ 前奏曲 ・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・地震速報追記 ・・・

   イタリア中部地震のニュースに関し、最後に追記、写真アップを致しました。
        
********

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       先週水曜にグループで出かけて来ましたトレントの古城2つ、
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avio
       カステル・ベゼーノ・Castel Beseno.

       生憎の曇り空で靄のかかったお天気でしたが、何とか雨はのがれ、
       千年近い歴史を持つ古城の、内部と規模の大きさに満足し戻りました。

       写真整理も資料を読むのも済んでおらず、さてどうしようか・・。
       以前アーヴィオのお城は訪ねたことがあり、月曜休館で外からのみ、
       その時のは何枚か、ガルダ湖北の訪問で見て頂いただけですし、
           
       先日とは打って変わった青空の美しい写真なので、シメシメ、これを!と。
       いやぁ、先日来こちらは雨と曇り空が続いており、
       青空と太陽さんが恋しく、時間稼ぎにもちょうど良いと、ははは。


       という事で、今日はアーヴィオのお城の前奏曲、ならびに
       麓のサッビオナーラ・Sabbionaraの村の様子をどうぞ!

       上の写真は、サイトから拝借のアーヴィオのお城を遠方から

       このお城に惹かれるのは、如何にも中世の、絵に描いたような姿で、
       これはヴェローナからボルツァーノに向う鉄道からも、高速からも見え、   
       やはり一度は内部も見たかったのでした。




       アーヴィオのお城はどこにあるか、地図をどうぞ。
       我が町コネリアーノから行くにはちょうど北周りと南周りの行程があり、
       この日は往きにヴェローナ経由の青の線南回りで、
       午後にロヴェレートの北東にあるベゼーノの城を見物後、
       戻りは北回りのグレイの線で。       
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       ここから暫くは、以前の、はぁ、2007年5月下旬の、ははは、
       緑濃い写真をご覧頂きますが、

       高速を降り、サッビオナーラの村に向かい
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       お城の手前の駐車場から、見上げる姿
       現在残っているのは上の城館部分と主塔で、城壁が取り囲みます。
       
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       城の下から見下ろすサッビオナーラの村
       如何にも昔からの、お城の膝もとの村、という感じでしょう?!
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       村を囲んでいるのは葡萄畑、なんですが、
       いつもご覧頂いている畝の畑とは違い、
       この辺りのは、葡萄の枝をパラソルのように広げた棚作りで、
       太陽の恵みを最大限に取り入れる仕様なのですね。




       南、ヴェローナ方面を望んで
       両側から高い険しい山々が迫る狭い谷の中をアディジェ河・Adige
       流れ、それに沿って道、高速と鉄道線が南北を結びます。
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       村の外れの教会
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       再び見上げる城
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       こちらは北に向っての眺め
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       山が迫る谷の括れごとに、かっては見張りの城、要塞があったものと見え、
       このアーヴィオの城の城主一族カステルバルコ・Castelbarco
       この谷一帯に15位も城を持っていたのではないか、とはガイドさんの言葉。




       村の中の道は狭く、当時免許取立てのshinkaiはやっと角を曲がりつつ、
       急傾斜の道をお城の駐車場まで辿り着いたのでした、ははは。
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       5月下旬の暑いほどの陽射しの日で、ラヴェンダーも良い香りを放ち
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       サクランボも美味しく熟れ、勿論味見をしましたっけ!
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       これは葡萄の房。 花が咲き終わり、実になりかけの所。
       そして、オリーヴの花
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       というような、初夏の良いお天気のアーヴィオでしたが、

       今回はまだ真っ暗な朝6時に出発で、濃い霧の中のヴェネト平野を行き
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       ヴェローナから北に向うと、漸くに薄日が差し始め・・。
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       高速を降りる所で見えたアーヴィオの城
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       城の手前から見えたのよりも、ずっと主塔が高いのが分かりますが、
       今回あの上にも上りましたぁ!




       村の通りでバスを降り、城まで運んでくれる小型バスに分乗、
       まさに城の入り口前まで運んでもらいましたが、
       傾斜の小路は恐ろしいほどで、慣れた運転手さんもゆるゆると。
       
       お城入り口から見下ろす、サッビオネータの村
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       雲間から射す光の筋
       一日雨の予報でしたので、こんな光でも嬉しい事!
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       見上げる上の城館と主塔の先
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       入り口脇の建物、見張りの塔
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       最初は盛んに吠えていたワン君、鼻先を柵から突き出し、
       その後は、庭に寝そべって・・。
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       南、ヴェローナ方面。 
       アディジェ河は谷を蛇行して下り、ヴェローナの街中に。
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       一瞬、輝く太陽の光に、まるで違った風景のよう
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       奥の険しい山の黄葉にも陽が射し
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       高速の停滞を恐れ早く出発し、早く着き過ぎた我々が
       ガイドさんが待つ間がありましたが、

       城の中には、こんなフレスコ画があれこれ残っていて
       これはもう、全然予期していなかったので感激!
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       という今回の予告編でした。




       午後訪問したベゼーノのお城の威容はこの通り!
       これは駐車場にあった写真ですが、
       左下から辿り、右の一番奥まで! 
       訪問の価値あり! でしたぁ。
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、途中経過と、詰めと ・ お城での昼食の騒ぎを を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****

       イタリア中部地震速報

       昨夜26日19時11分イタリア中部においてマグニチュード5,4の
       地震が起こりました。
       震源地はこの夏の8月24日の大地震が発生した地区よりも北、
       ノルチャ・Norciaカステルサンタンジェロ・Castelsantangelo sul Nera
       そしてヴィッソ・Visso の近く。
       その後21時18分に続いての地震があり、こちらの方が強い揺れで、
       各地に大きな被害が出ました。
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       が、この度の地震では怪我人が各地で出たものの、死者は無く、
       お年寄りが一人心臓発作を起こし亡くなりましたが、幸いでした。

       ちょうどかなりの大雨と霧で、雨がやみ始めた今朝になって
       各地の被害の様子が徐々に明らかになっています。


       震源地に近いカステルサンタンジェロの夜の写真
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       朝一番の日本からの友人の速報メールで知ったのは、
       プレーチからノルチャに行く途中のカンピ・Campiの古い教会
       サン・サルバトーレが崩壊したというニュース。
       
       何度か通った道で、ブログにも載せていた好きな教会でしたので、
       嘘であってくれ!と願いましたが、残念ながら・・!
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       プレーチ・Preciの近く、中世ノルチャの外科学校の発生地としても
       知られるサンテウティツィオ教会も、正面壁が落下。
       お昼のニュースで見たもっと明るい状態では、この写真よりもひどく、
       大きく落下しておりました。
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       ヴィッソは町の中央が立ち入り禁止になっていて、
       町の門の中の写真はまだ見つかりませんでしたが、
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       上空からのヘリコプターの映像によると、かなりあちこちの屋根が
       落ちているのが見えました。


       中心から少し外れた外なのか、この歴史的建物、壁の厚さが80cmも
       あるという建物が崩れた様子。
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       そしてこの一帯よりも北に位置するカメリーノ・Camerinoの町では
       教会の鐘楼が崩れ、脇の家も潰れましたが、幸いに死者はなしでした。
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       このカメリーノの町、そしてノルチャから南のウッシタ・Ussitaの町も
       かなりの建物崩壊がある様子で、
       ノルチャの教会サンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエでも
       崩壊があったと。
       
       夏の地震で壊滅的な崩壊があったアマトゥリーチェの町でも、
       残っていた建物の新たな崩壊があった様子。

       幸い死者はなくて済んだ今回の地震ですが、これから冬に向かい、
       崩壊は無くとも住めなくなった家が殆どのようで、
       被災地の皆さんには大変な冬になりそうで、お気の毒です。
       


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by italiashiho2 | 2016-10-26 00:02 | ・北イタリア Italia nord | Comments(9)
2015年 01月 06日

   ・・・ 暦月の間 n.1 ・ トレントのブオンコンシーリオ城 ・・・

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       年明けに相応しい最初の話題はと考え、今日ご覧頂くのは
       「暦月の間」と勝手に重々しく呼んでいますが、
       つまりカレンダーの様に、月毎の様子をフレスコ画で描いた
       トレントの城はアクイラの塔・Torre Aquilaの部屋の装飾です。

       トレントのブオンコンシーリオ城・Buonconsiglioは、
       クリスマス風景を見て頂いたトレントの街の最初の写真に
       チラッと出た、街の北東の高台にある現在は博物館の城塞。
       オリジナルはローマ期の城だった様子ですが、
       13世紀から街の城壁要塞を兼ね、その後の何世紀間の拡張を経て、
       アルプス一帯においても一番大きな要塞城の一つなのだそう。

       城の中の写真もまだ整理できておらず、へへ、
       この装飾の部屋は唯一写真禁止でしたので、
       城のブック・ショップで買って戻りました
       本からの写真で、ご覧下さいね。

       城の全体図をどうぞ
       上の写真は左側からですが、余りの大きさに真ん中までしか
       写っておらず、今日ご案内のアクイラの塔・鷲の塔は一番右端に
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       ちょっと字が見にくいですが、      
       大きな円形の塔の見える左の白い部分が、カステルヴェッキオ・旧城
       右に広がる白い部分は16世紀に建設のマーニョ・パラッツォ・
       Magno Palazzoで、
       カステルヴェッキオとの間に見える茶の部分が、17世紀に統合部
       として建て増しのジュンタ・アルベルティーナ・Giunta Albertina.


       1390年から1419年までこの一帯の司教領主として君臨した
       ジョルジョ・ディ・リヒテンシュタイン・Giorgio di Liechtenstein
       が、カステルヴェッキオを要塞城から君主の居城風に変え、
       アクイラの塔も、彼が街の東側の管理の為に建設したものだそう。

       大きな城の長い変遷については以下略と致しまして、はは、


       カステルヴェッキオのテラスから、街の眺めをどうぞ
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       アクイラの塔には城壁の上の長い狭い渡り廊下を行きますが、

       塔の中の部屋はこんな感じで、素敵でしょう?!
       これは南西側で、部屋への入り口はこの写真の右手前側に。
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       この部分は左の5月から10月の部分ですが、
       薄暗い中に広がる、濃密な風景と人物の醸す空気は
       本当に素晴らしく、ほっとため息がもれます!



       今日は前半の1月から6月までのご案内とし、
       後半はまた初夏の頃にでもという事で、

       
       ではまず、1月をどうぞ。  3.05x2.27m
       そう、一面の雪景色!!
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       下半分では貴族たちが雪合戦の真っ最中で
       楽しそうに雪だまを投げつけたり、スカートに抱えたり・・、
       そう、5世紀以上も前から雪合戦があったのですねぇ、ははは。
       こういう雪景色というのは、西ヨーロッパでは初のものと。
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       画面上部に見える城はステニーコ・Stenicoにある城
       確かめられており、右には雪の中の猟師2人
       それぞれが猟犬2頭を連れ、上の猟師は肩から兎や鳥の獲物を下げ、       
       その脇の草むらには狸が隠れ、上の森には狐がうろつき・・。
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       2月    1.27x2.22m 
       貴族たちの騎馬戦と、右下に鍛冶屋の工房
       2月のモチーフに騎馬戦を選んだのは、多分カルネヴァールの
       季節なので、その関係だろうと。
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       上部の桟敷席や窓から20人もの女性たちが顔を覗かせ、はは、楽しい、
       下では騎馬合戦が繰り広げられ、左では従者たちが着付けをさせ、
       戦う者の足元では、砕け散った武器の破片を拾ったり・・。
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       一方、貴族たちの着飾った衣装にも、祭り騒ぎにも一切関係なく、
       素朴で実用的な衣服を着けた一般庶民がせっせと仕事を。 
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       ところでこの壁画には3月が欠けています
       というのも、ちょうどの部分に螺旋階段があり、
       それを覆っていた木の板の上に描かれていた3月分が、
       火災で失われたのだそうで、残念!

       この壁画は上記のジョルジョ・ディ・リヒテンシュタインが
       ボヘミア人の画家ヴェンチェスラオ・Venceslaoに描かせた物で、
       1397年に街の記録に残る事から、1400年前後の作と見られます。

       月毎の境を細い螺旋形が囲う円柱で仕切り
       貴族社会の様々な行事と、その季節を表す一般庶民の仕事
       季節の色や畑仕事を一つの画面の中に平行させており、
       こういうスタイルは当時大いに好まれたものなのだそう。

       
       月毎の貴族社会と農民の生活を描いた素晴らしいものでは、
       以前ご紹介の、ランブール兄弟の、ベリー公のいとも豪華なる時梼書
       ありますが、これはミニアチュールの大傑作。
       おまけに1世紀後の15世紀の作で、大きさも、描く早さの違いもあり、
       一概には出来栄えの差の云々を言えませんね。
       それに対しこちらの壁画には、
       一般庶民の生活の匂いが感じられる気がします。

       そして大きな壁画での暦月の間としては、
       フェッラーラのスキファノイア宮の、1470年代に
       コスメ・トゥーラ・Cosmè Turaやフランチェスコ・デル・コッサ・
       Francesco del Cossaが携わったと言う素晴らしいものが。

       剥落している部分も多いものの、この壁画の厳しい美しさは
       まさに一見の価値あるものと思います。
       残念ながらここも写真禁止でしたが、いつかご案内したいもの・・。

       ベリー公のいとも豪華なる時梼書


       フェッラーラ、エステ家のお城 その1と2




       4月   3.5x2m
       この月には様々な題材が描かれていて、
       春を迎えての農作業のさまざまが、愛情込めて登場です。
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       左下には馬と牛2頭に引かせて土を耕しているお百姓2人、
       茸の生えている林の中で、兎を追う犬、
       囲われた畑の中では女二人が水をやったりの仕事中。
       水車小屋から荷運びの男が牛車で、その後から荷を担いだ男、
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       水辺では白い衣服の巡礼が休み、傍らの家々は藁葺き屋根、
       釣瓶のついた井戸が見え、犬が一人のんびりと。
       岩山の麓の畑では馬に引かせた鋤を使い、もう一方は種まき中。
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       そして下の右端では、貴族の女2人が着飾り、
       一人は月の境の円柱に手をかけ、5月に入り込もうと・・
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       5月   3.5x2.4m
       春、花咲き乱れる緑の野で遊び戯れる貴族の男女
       4組のカップルと、左端に2人の若い娘と中年の男。
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       咲き誇る薔薇の描写も美しく
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       上には、山麓の城から小川を渡り、林の傍の草原で
       野外宴会を楽しむ男女がいて、大理石で作られた泉からは
       水がほとばしり流れ・・。
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       こんな春の野外の愉しみを描いたフレスコ画はここにも。
       スポレートのアルボルノス要塞 その2

       その1はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/12396136/  




       6月   3.5x2.4m
       この場面も5月に続く貴族たちの屋外の楽しみと
       右上には働く農民達。 
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       下半分には、左に5人の音楽を奏する楽人がいて、
       右に5組に分かれて踊る貴族ですが、
       上の左から2人目は司教様で、楽人のラッパに付く
       赤い旗もこの司教様の紋なのだそう。
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       上部左はやはり5月同様、城からピクニックに出かける
       貴族の男女がいて、犬たちが喜んで走り回り、
       草むらには野鳥の姿も見えますね。
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       右側には牛たちがのんびりと寝そべり、乳を搾る女、
       桶で運んでくる女性、そして板葺の小屋の近くでは
       バターを作る男と、桶に詰めている女ですね。      
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       細長い筒のような容器にミルクをいれ、
       上から棒で突き突きバターを作る容器は、山の博物館で見ましたっけ。


       という、カレンダーの壁画1月から6月でした。
       中世の生活の一端を垣間見るような、そして
       素朴で温かみのある題材でしょう?
       かなり農民達の仕事に詳しい表現もあり、
       画家の育った環境を偲ばせる楽しさも感じました。
   

       また後半のご案内もお楽しみに!


     
     *****

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by italiashiho2 | 2015-01-06 00:17 | ・北イタリア Italia nord | Comments(24)
2014年 12月 18日

   ・・・ トレント ・ クリスマス間近の街をちょっぴり ・・・

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       今日ご覧頂くのは、北イタリアの街トレント・Trento.
       北国ドイツからの雰囲気も漂う歴史ある街。
       昨年12月の初旬、クリスマス市で賑わう時に出掛けた
       冬の大快晴の日、クリスマス・デコレーションも華やかな
       街の様子をご覧下さいね。

       とはいえ、混雑の人々やクリスマス市の様子は
       トレントでは撮らず、街のデコレーションだけですので、
       ご自分が散歩するおつもりでお楽しみ下さ~い!

       この前夜のロヴェレートのクリスマス市の様子

       トップの写真は、街の北東に位置する素晴らしいお城
       ブオンコンシーリオ・Buonconsiglioの見学を済ませ、
       街の中心にあるドゥオーモに移動する所。

       このお城の中と、素晴らしい壁画のご案内は、またいつかぁ・・!

       ロヴェレートの街、そしてモーツァルト

       ロヴェレートからトレントに、そして古城



       まだまだお昼には時間があるのですが、
       先を歩く仲間の影はこんなに長く・・!
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       おっ、星のデコレーション
       夜はさぞ美しいことでしょうねぇ!
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       星のデコレーションもですが、奥の角の家の壁
       以前はきっと鮮やかなフレスコ画が見れたでしょうにね・・。
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       街の簡単な地図をどうぞ。 左側が北。
       北西少し高台にブオンコンシーリオ城があり、
       右下に街のドゥオーモ、サン・ヴィジーリオ・S.Vigilio聖堂、
       その中間に囲ったのがサン・ピエトロ教会・San Pietro.
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       街の観光バス・トレニーノも走っているのを横目で睨みつつ、
       撮っては追いかけるを繰り返し・・、ははは。
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       一見素晴らしく大きな建物ですが、これ2軒分が寄っていて、
       でも5階建て!  きっとオリジナルは中世ですね。
       右隣のベランダは木の、いかにもの北の香りです。
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       窓の間に見えるフレスコ画は、 




       これです、上が日時計、下にキリストと聖人達
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       冬の晴れた日、賑やかに人々が行きかう大通り
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       地図で見ていただいたサン・ピエトロ教会の前も素通りし
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       でも、こんなワンちゃん達を見ると、立ち止まって
       しっかりご挨拶をしてね、ははは。
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       ほら、ワンちゃん達だってご挨拶しているもんね
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       可愛いデコレーションも見え
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       ドゥオーモの横にある市の塔
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       こちらはドゥオーモの一廓をなす司教のお住まいだった(と思う)
       カステレット・Castelletto・小さな城の意と呼ばれる部分。
       というのも当時はこの一帯、司教様が領主だったのですね。
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       市の塔の横を抜け、ドゥオーモ前広場に出て来ます。
       広い広場中央にネプチューンの泉があり、
       広場の向こう側を囲む家並み、そして奥に立ちはだかる山々。
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       こんな感じにトレントの街のドゥオーモ
       我々にはトレント公会議、16世紀に20年近くもかかり、
       北から押し寄せる宗教改革に対抗する為の公会議が開かれた場所、
       として覚えさせられた、はは、かの聖堂ですね。
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       が、今回はクリスマス・デコレーションの街並みに絞ります。




       ネプチューンの泉、1767年から69年にかけての設置だそう。 
       今まだ広場に陽が当っているので、皆さんここに居られるのですがぁ・・、
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       ほらね、今こちらが陰ってきて、皆さん移動しているでしょう?!
       ははは、そうなんですよね、快晴でも北国なので日陰はね。
       ドゥオーモの丸い鐘楼の影もくっきり!
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       上の写真に見えた広場から西への通りは、こんな感じ
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       フレスコ画装飾された素晴らしい建物がたくさんあったのですが、
       またのチャンスにで~す。




       で、右角を占めるフレスコ画装飾で埋められた建物2軒、
       カーゼ・カズッフィ・レッラ・Case Cazuffi-Rellaと呼ばれ、
       1535年のオーストリアのフェルディナンド皇帝の訪問の際に、
       装飾されたものなのだとか。
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       左に見えるタイルの丸屋根は、上の写真の右端に見える教会のもの。




       右側の全体と、細部。 主題は神話の逸話からなのでしょうか、
       当時の人々は、絵を見ると主題が分ったのでしょうねぇ。
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       恐ろしく傾いたベランダ! ははは。




       こちらは左側で、上下の模様部分は色があるのですが、
       人物部分は最初から白く描いていたのかどうか・・。
       でもこの方が新鮮さを感じませんか?
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       建物の角の部分にこんな鷲の留まった円柱があり、
       蛇口が見えるので、泉だったのかなぁ・・?
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       現在は建物の上階がどうなっているのか良く分かりませんが、
       右の1階のポルティコにはバールがあり
       冬の陽射しを皆さん楽しまれて。
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       この鮮やかなチロル帽子の方は、他のグループのガイドさん。
       目印にも最適ですよね。
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       一旦お昼解散になり、我々の仲間はお昼を食べれる場所を
       探しつつ、屋台がずらっと並ぶクリスマス市も覗き込みつつ、

       街の南側の、城壁外にまで!
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       高いですが幅が狭い古い城壁なので、検索しましたら簡単に。
       ピアッツァ・デ・フィエラ・Piaza de Fiera の城壁と呼ばれ、
       13世紀の、現在街の中心に唯一残る城壁なんだそう。

       この広場には屋台市がぎっしりで、大変な人で、
       何を売っている店なのか、覗き込むのも大変!




       お腹も空いているし、こんなデコレーションも見えるし・・、
       いささか焦りつつ、ははは、
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       とにかく大変な人出で賑わい、なかなか座れる店がなく、
       でも漸くにスナック・バールに席を見つけ、

       まずはビールで乾杯!!
       で、これはラザーニャ
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       こちらは野菜の入ったラザーニャ、菜食のジュリアーナとshinkai に。
       見かけは余りパッとしませんが、美味しかった!
       ええそう、お腹が減っている時はなお美味しい! ははは。
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       ダイエット中のロレダーナは、サラダ。
       上のチーズは多分ギリシャのフェタ・チーズと。
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       少し塩辛く、イタリアにはもっと美味しいチーズが
       いっぱいあるやんかぁ、とはshinkai!




       トマト・ソースのニョッキ、多分ルイーザね。
       寒かったせいか、結構皆、熱いのをたっぷり目ですねぇ!
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       お昼を食べちょっと休憩し、再度広場に集まる頃には、
       時間はまだ早いものの午後の陽が傾き、寒さも少し増し・・

       広場の前のこの建物に、お土産のストゥルーデルを買いに。
       フレスコ画の装飾が素敵でしょう?!
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       で、もっと素敵だったのは、建物の前庭に
       こんな焚き火があったのです!
       火というのは、本当に暖かいですねぇ!! やれやれ!でした。
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     ◆ お店のご紹介を ◆

       当ブログからリンクさせて頂いている「パンダ通信」の
       パンダさんは、イタリア料理教室の先生でもあり、
       手作りパスタ工房「あ・まーの」の工房長でもあるのですが、

       イタリアにもパスタの研修や、本物の味を求めて何度も
       通われる素晴らしく研究熱心な方!!

       で遂に念願叶い、ご自分の手作りパスタやイタリア料理
       マンマの味を追求したドルチェを提供するお店を先頃から!
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       すっきりとした店内の様子はこんな感じで、
       お料理のお値段も、とても良心的なのに驚きました。
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       そうなのです、壁に見える見える絵は私のもので、
       昨秋諏訪での私の個展にご主人ともにお出でになり、
       改装するお店用にとお求め下さったのですね。
       お店の改装も、絵に合わせてして下さったという事で、
       感謝ばかりです。
       お店に行かれたら、見てやって下さいね!

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       本物のイタリアの味を日本人の胃にも合う様に
       研究されているパンダさんのお店
       
       どうぞ、味わいにお出かけ下さ~い!!


     

       最後はサイトから拝借の、
       雪景色のトレント、ドゥオーモ前広場をどうぞ!
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       クリスマスももうすぐ!
       皆さん、楽しみのご予定はもうしっかりですかぁ?!


       
     *****

       水彩ブログには、 ヴォルテッラの朝 ・ 途中経過 を
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2014-12-18 03:09 | ・北イタリア Italia nord | Comments(17)
2013年 12月 12日

   ・・・ 北国の朝 ・ ロヴェレートからトレントまで、そして古城 ・・・

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       ロヴェレートのご案内が続いておりますが、今日ご覧いただくのは
       ホテルの窓から見た、朝一番の光が山の上に届くところ
       徐々に光が麓に下がり、山腹の村々が順番に現れる様子、

       そしてロヴェレート・Roveretoから北のトレント・Trentoに向かう道で
       見た山上の素晴らしい古城、などです。

       上の写真は、街のはずれから見た北側にそびえる山の並び
       こんな感じで、ぐるっと街の東側も囲まれているのですが、
       夜、ホテルの窓からは何も見えなかったのですね。

       翌朝7時半からの朝食に行くべく用意をしつつ、ふっと窓の外を見ると、
       北の山の一番東端、高い先っちょに、光が届き始めたのが見えました。
       わぉ! 
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       5階の私の部屋の窓からは、昨日見た北に続く側も見え、
       こちらにも、こんな風に。
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       間にも何枚か撮っているのですが、ははは、抜かしまして、
       違いがはっきり見える分で

       北東
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       最初は、あれ、こちらはどちらの方角だっけ? と一瞬考えたのでした、ははは。
       そして、そうか、山々が高いから、南に回っている太陽の光が、低い山の隙間から、
       谷を通して届くんだ、と納得したのでした。

       ロヴェレートからトレントにかけてのこの谷は、ヴァッラガリーナ・Vallagarinaと呼ばれ、
       流れる河はアディジェ河・Adige
       そうです、ヴェローナ・Veronaを通り、ポー河に注ぐ河。


  
       遅れ加減に食堂に行き、出会ったジョヴァンニに朝日を見たか、と聞きますと、
       うん、と頷きましたね、やはり!
       ですが、これは部屋の当たりも良かったです、反対側とか低いと見れませんものね。

       食事を済ませて戻ると、既にすっかり上の方は現れていましたが、
       今度は徐々に浮かび上がってくる山腹の村々の姿
       これは北
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       そしてもっと北西
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       北のこの村は、真ん中のちょっと高台に教会があり
       村落の塊が左右に分かれて見えますが、案外村の名も違っていたりして・・。
       手前が見えて来るにつれ、深い谷も姿を現し・・、
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       こちらは北東に広がる村
       そう高い位置ではないので、新しいコンドミニオらしい建物の姿も。
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       ほら、全体はこんな感じ
       真ん中に教会のある村はこんなに高い位置で、その右下にある村と。
       そして街の中心はまだまだ陰の中!
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       最初に光が当たった山も、今はしっかり山の色が見え
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       光が徐々に下がるにつれ
       あ、これはお城だ、こんなところにお城がある!
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       と言う様子で、これが最後の北側全体
       小さくて見えにくいですが、最初の2つに分かれた村、
       その下に、真ん中にお城、その左と右に広がる下の村々、まだ陰の中の街。
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       9時頃にホテルを出発、仲間でバスの一番後ろの列を占め、はは、
       広い窓から快晴の風景を楽しみますが、カーヴが多く、あっちに振られこっちに戻り・・!

       そしてホテルの窓から北と思っていた例の村々が、谷の向こう側だった事も分かり
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       地図をどうぞ
       ロヴェレートからトレントは27kほど、半時間の距離。
       そして右中に赤い印を付けた所、
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       ほら、こんな山上の古城!
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       村を見下ろす位置の、この高さで、そしてかなり大きな城
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       ロヴェレートで貰った地図にも、インフォメーションで貰ったパンフレットにも
       このお城が載っていて、カステル・ベゼーノ・Castel Beseno.

       このヴァッラガリーナの要の城として、北の皇帝領と南のイタリアを結ぶ
       通商路の監視点
       元は中世の城だったのが、16世紀前半に今見る姿に拡張要塞化されたのだそうで、
       この谷にある要塞、城では最大と。
       麓に見えた村はボゼネッロ・Bosenello。
       

       サイトであれこれ見つけた写真をどうぞ

       これ、美しいでしょう?! 南東側の低い位置に城の門があり、
       我々が通った下の平野の様子、アディジェ河も見えます。
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       ロヴェレートの街は、一番奥の低い山を回りこんだ向こうに当たります。



       こちらは空からの写真で、城の構造が良く分かりますね
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       現在は、回顧的催しが行われる博物館的存在の様子で、
       こんな写真も見つけましたぁ! 
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     ◆ 追記 ◆
       カステル・ベゼーノのサイトはこちらに。 英語版・ドイツ語版も見れます。
       http://www.buonconsiglio.it/index.php/Castel-Beseno/informazioni/orari-e-biglietti


       古城といえば、トスカーナにこんなお城もありましたっけ。
       モンタルチーノ ・ 歴史と、ブルネッロ・ワインと
       http://italiashio.exblog.jp/9754254/

       ラディコーファニ ・ 中世カッシア街道、要塞の町
       http://italiashio.exblog.jp/9701524/


       さて、我々は先に進みます。
       朝の光を受けた、山の怪異な姿も見つつ
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       山麓の家にも畑にも、漸くに光が届きます
       手前はブドウ畑で、枝を広げるために、支えの棒がY字型になっているのですね。
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       と言うところで、トレントに到着
       街の西側をアディジェ河が流れ、これは川向こうの教会サンタッポリナーレ・
       Sant-Spollinare。
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       我らはサン・ロレンツォ橋を渡り、街中に。
       素晴らしく大きな城ブオンコンシーリオや、トレント公会議で有名なドゥオーモなどなど、
       見所の多い街が、またのご案内ということに。

  
      ***
       私はこの後ヴェネツィアに出かけてきますので、
       もしコメントのお返事が遅れても、ご容赦くださいませませ。
       では、行って参りま~す!

       ・・嬉しいなぁ、夜と朝の霧風景、
       そしてクリスマス・デコレーションも撮れるかな・・。 



     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-12 16:35 | ・北イタリア Italia nord | Comments(19)
2013年 12月 08日

   ・・・ ロヴェレートの旧市街散歩  そして モーツァルト ・・・

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       先回にクリスマス市を見て頂いたロヴェレートの街。
       今日は旧市街の散歩をちょっぴりと、
       イタリアに初めてやってきた13歳のモーツァルトが初演奏をしたという
       縁のサン・マルコ教会などをご覧くださいね。

       まず上の写真は街の中心のロズミーニ広場・Piazza Rosmini.
       中心に見えるロッジャ式の建物は、現在銀行が使用している様子でしたが、
       なにやら由緒ありげで、ガイドさんも長々と説明しましたが、まるで聞いていませんで!
       そしてサイトで探した限りでは見つかりませんでしたぁ。


       ロッジャを横から
       土曜の午後、クリスマス市が始まった一環としてか、
       街の他の場所でも見かけたペインティングを若者3人が始めており、
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       左下にちょっと広場の名が見えるカフェと、
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       駅前からまっすぐに続くロズミーニ大通り・Corso Rosmini
       振り返っての眺め。
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       右手前、樹の向こうに大きな泉があり、既に蓋が被せてありました。
       そう、ここは北国ですものね。

       所で、ロズミーニという広場や通りの名は、この街出身の哲学者にして福者
       アントーニオ・ロズミーニ・Antonio Rosmini(1797-1855)
       に献じられたもので、
       この写真の左側、もう少し先に生家がある様子。



       地図をどうぞ
       まずロヴェレートの位置ですが、ヴェローナからの高速、そして鉄道線が走り、
       トレント・Trento、 ボルツァーノ・Bolzano、そしてブレンナー峠を経て
       オーストリアのインスブルックに続く、そうです、モーツァルトもゲーテも通った道
       左下にチラッと見えるのがガルダ湖の北端、リーヴァ・デル・ガルダ。

       一番北に見えるヴィピテーノ・Vipitenoは、モーツァルトがイタリアに来た時、
       最初に足を止めた町で、
       トレントまでの街の名の下にもう1行見えるのは、この辺りドイツ語とのバイリンガル圏でして・・。
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       こちらはロヴェレートの街の地図、左が北
       i の横にロズミーニ広場があり、緑の2がアントーニオ・ロズミーニの生家。
       広場から左の先に見える大きな建物、紫の4がMART・今回のメッシーナ展開催会場ですが、
       本来は現代美術博物館。

       我々はロズミーニ広場から右に、オレンジの1のバッティスティ広場・Piazza Battisti、
       そこから上斜めに緑の10、サン・マルコ教会、 その先紫の2のお城の前まで、
       そこから戻り先ほどの下の道、を通ってバッティスティ広場まで来て一旦解散でしたが、
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       今回のご案内は、サン・マルコ広場、サン・マルコ教会まで、ということで、
       曇り空で残念ですが、はは、旧市街の散歩をお楽しみください

       アントネッロ・ダ・メッシーナ展のご案内は、「ヴェネツィア ときどき イタリア」の
       fumieveさんがこちらに詳細に。
       http://fumiemve.exblog.jp/19098007/



       さて先回も見て頂いたバッティスティ広場のネプチューン像
       今見えている奥の道リアルト通り・via Rialtoを行きます。
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       ね、リアルトとか、サン・マルコとか、いつもの名が出てくるでしょう?!
       そうなんです、この街は1416年から1509年まで、
       ヨーロッパ全部を相手に戦って負けたカンブライ同盟戦争まで、
       ヴェネツィア共和国の元にあったのだそう。
       遠い北国のイメージを持っていたのですが、そう、ガルダ湖の北端すぐ近くですものね。
       
       そしてこの後、ロヴェレート、トレントの街は皇帝領となり、
       8世紀間にわたり司教君主、という言葉でよいのかな、の政治下に。

       その政治と宗教の中心となったのが、トレントのブオンコンシーリオ城で、
       その大きさも装飾も凄かったですが、素晴らしいフレスコ画の小部屋があり、
       とても気に入りましたので、またご案内いたしますね。



       この街が一番栄えたのは18世紀だそうで、工業が発達し、
       中でもヴェネツィア共和国がこの地に根付けた絹織り産業の繁栄が大きかったと。
       なぜかこういう話になると、自分の自慢話みたいな気分になるshinkai、ははは。

       という様子で、街の建物にも近代的な装飾要素が見られますし、
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       ちょっとリバティー風なイメージも
       この店の古めかしい看板には、FRATELLI LENNER・Lenner兄弟と。
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       少し先にあった、よくもこれだけの品を!というほど並べ立てた家庭用品店、
       トレンティーノの歴史的な店、と。
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       こちらは帽子店ジョバンニ・バッカ・Giovanni Bacca
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       で、同じ入り口装飾ですが、お隣は洒落た本屋さんになっていて、
       きっと昔は、さぞや大きな帽子店だったのでしょうね。
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       日本女性には夏の日焼け防止の帽子は、はは、必需品のようですが、
       イタリアでは夏は帽子無しが普通で、冬は寒さよけの帽子をね。
       はぁ、shinkaiも夏は帽子なし、外のプールで、未だに黒く・・。



       道角の標識、可愛いでしょう?!
       我々はサン・マルコ教会に向かい、右に折れます。
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       そして見えて来るサン・マルコ門、お馴染みの有翼のライオン君!
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       で、そのちょっと手前に見えた小路の奥の、壁の絵を見にジュリアーナと。
       左に見える古い建物も趣深かった。
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       門の手前にあった泉
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       そして門を潜ってすぐの右手、1階の店の看板はオレフィチェリーア
       Oreficeria・貴金属時計店、
       今もそうなのかどうか、それにしてもレトロで洒落た茶赤の格子でしょう?
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       道は緩やかにカーヴし少し上り坂となり、これは振り返って見た所で、
       サン・マルコ教会のある広場が右手に広がりますが、
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       広場の向こう、道の先に見えた時計塔
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       一人が、shinkai、こっちに来てご覧!と呼びに来て、
       建物の下を潜った中庭の向こうに見えた建物。
       修復され、色も明るく塗られているのですが、如何にも!の中世風
       1階は倉庫や店、工房だったのかもで、上が居住部分ですね。
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       そして中庭の隅には、かっての洗濯場の跡
       きっとかなりのお金持ちの商人が住んでいた名残なのでしょうねぇ。
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       さて、こちらがサン・マルコ教会
       現在の正面、内部も16世紀以降大幅に改装され、第一次大戦でも大きな被害を受け、
       現在の姿はそれ以降の改修という事。
       が、元はやはりヴェネツィアの守護聖人サン・マルコを祭った街でも最古の主教会。
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       改装されている、というので、そう喜ぶことは無いのですが、ははは、
       よその土地でこのライオン君を見るのは、なんとなしに嬉しくて・・。
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       中はかなり薄暗いのですが、ほらね、ご覧の通り、大バロック!
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       そしてパイプ・オルガン
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       この教会で、このパイプ・オルガンで、13歳のモーツァルトが
       初のイタリア旅行で、初の演奏をした、とガイドも説明し、書いたのもあるのですがぁぁぁ、

       ちょっと納得出来ない部分、つまりイタリアへの1769年の初旅行の日程について、
       なかなか良く分かるように書いてくれたサイトが無く、ははは、文句たれshinkai、
       好奇心からあれこれ探し読みしました。
       
       まず分かったのは、このオルガンは1975年の物で、
       長い歴史の中で何度か変わっているそうで、
       つまりモーツァルトが演奏した当時のものとは違います。
       300年の差がありますから、きっともっと小さく素朴な物だったでしょう。

       モーツァルトの初のイタリア旅行に於いて、このロヴェレートで初のコンサートをした、
       と言うのが、ちょっと不思議な感じがして・・、
       というのも、
       最初の地図に印を付けました様に、ロヴェレートはかなり内部に入り込んだ位置で、
       もっと北に、ボルツァーノ、トレントという大きな街がありますから、
       なぜロヴェレートが最初のコンサート地なのか、本当かなぁ、という疑問です。

       アルプスを越えてイタリアに来る以前、モーツァルトは父親レオポルドと
       他のヨーロッパ諸国、フランス、オランダ、イギリス、ドイツ、ベルギー、そしてスイスと
       演奏旅行をして回り、ついに1769年12月13日インスブルックから
       イタリアへの道を辿り始めます。

       12月20日2人はヴィピテーノに到着。

       そして12月22日付の、レオポルドからザルツブルグにいる妻宛ての手紙を見つけました。
       昨夜(つまり21日)ボルツァーノに元気で到着したこと、
       お昼も知り合いと食べ、今夜の夕食も招待されていること、
       が、自分でもクリスマスまでこの街に残るか、明日の夜にでも(23日)出発するか分からない、
       だから一番良いのは、ロヴェレートの郵便局宛に手紙をくれ、と。
       
       クリスマスの夜、どこにいるかも分からない、という旅の空!
       今ではどこでも誰でも我々を知っている、とは言うものの、かなり厳しい演奏旅行ですね。

       そして24日の夕方近くロヴェレートの「薔薇の宿・Albergo della Rosa」
       に到着。 
       この旅籠は今は無いのですが、17年後(1786)にゲーテも宿泊しているそう。

       25日は、以前レオポルドにヴァイオリンを習っていた事があり、現在はマリーア・テレーザ女帝に
       仕えている男爵ニコロ・クリスターニ・Nicolò Cristaniが
       クリスマスの正餐に招待。

       そして午後、トデスキ男爵・G.B.Todeschiのお屋敷で、たくさんの招待客の前で、
       モーツァルトはイタリアで始めてのコンサートをした、と。

       そして翌26日、サン・マルコ教会のオルガン・コンサート
       これが公的な初コンサート、という事になると分かり、納得しました。
       この教会では熱狂的興味に駆られた聴衆に囲まれ、
       やっとの事で聖歌隊席にたどり着いたとか!
       
       この最初のイタリア演奏旅行は約16ヶ月にも及ぶもので、
       若き、というよりもまだ少年のモーツァルトの名を国際的に広める大成功で、
       ザルツブルグに戻り数ヶ月の後、再びイタリアへ、という出発を。



       ガイドと共に街を巡った時、高台のお城の前まで行き、下の道を戻りましたが、
       その途中でガイドが、ここにモーツァルト親子が宿泊した、と言った建物
       今はないという旅籠薔薇ですね。
       横にある碑にも、この街で、この年のクリスマスに初のコンサートをしたとあります。
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       ですが、あるサイトには、旅籠はこの向かい側の建物であった、とし、
       旅籠の住所Corso Bettini n.8/12で検索を掛けると、
       最初にご覧頂いたロズミーニ広場から北に行く通りが出ます。

       で、こちらの方が街の大通り、中心で、馬車での旅を考えると、こちらだろうと。
       とはいえ、当時の旧市街となると、建物のあった方かも知れず・・。

       いずれにしても、今回ほどこんないい加減なガイド、すぐ分かるような嘘を
       まことしとやかに説明された、と言うのは初めての経験で、・・今まで知らずに済んでいたのかな?
       ヴェローナの「ジュリエットの家」などとは意味が違うと思い、
       いささか驚き、興ざめしました。



       さて気を取り直し、ちょっと良いな、と思う写真で最後のお口直しを!
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     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-08 02:54 | ・北イタリア Italia nord | Comments(37)
2013年 12月 03日

   ・・・ ロヴェレートのクリスマス市 ・・・

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       この土曜と日曜にかけ、参加しているグループの1泊旅行があり、
       ロヴェレート・Roveretoトレント・Trentoに出かけて来ました。

       大きな目的はロヴェレートで開催中の「アントネッロ・ダ・メッシーナ展」を見て、
       トレントのブオンコンシーリオ城と新しオープンした科学博物館見学だったのですが、
       北の国とて既にクリスマス市が始まっており、
       夕食前のひと時仲間と出かけ、賑わいを楽しんで来ました。

       と言うことで、今回は街のご案内にさきがけ、
       「夜のクリスマス屋台市」の様子をご覧下さいね

       
       上の写真は、午前中街の様子をガイドと一緒に見て回った時に撮った、
       バッティスティ広場・Piazza Battisti に出ていた案内所。
       右に見える通りに、屋台の店が並びます。



       バッティスティ広場、以前はオーカ広場と呼ばれていたようで、
       ガイドもそう言い、標識もそう出ていたのですが、近年変更された様子。

       泉の中央にネプチューンの像があり、
       クリスマス仕様に、ははは、銛の先にはプレゼントの箱がつけられ、
       像の周囲も贈り物の箱で埋まり・・!
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       街の通りの窓も、既にこんな風にクリスマスの飾りつけ
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       見難くて申し訳ないですが、
       プレゼーピオ・presepioと呼ばれる、キリスト誕生の様子を表す人形たち。
       真ん中の飼葉桶が空なのは、まだクリスマス前ですからね、
       キリスト様はお生まれになってはいない、のです。
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       ショウウインドウの中の色は、やはり赤が多く暖かそう!
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       いったんガイドと一緒の、街の見物からやっと開放!
       そうなんです、今回はかなりシツコイガイドさん、いや、仕事熱心なガイドさんで、
       皆がもういいよ、早くお昼にして、と後ろでぶつぶつ言っているのに、
       1時半まで見物に引きつれて回り!!
       漸くに一旦開放してくれたのですが、既にどこもかしこも店は満員で、
       仲間とお昼を食べれる場所を探しまわる羽目に!

       その時屋台店の並ぶ通りを行きつ戻りつしましたのを、少し。
       パネットーネが並び、熱い飲み物もあり
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       屋台の前一帯が、素晴らしいラヴェンダーの香りにあふれ・・
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       漸くにバールで、焼いたチーズ・トーストとビールの小1杯とでお昼を。
       が、shinkaiにはどうもこういうのは代用食の感が否めず、憮然! ははは。


       午後訪れた「アントネッロ・ダ・メッシーナ展」はもう、凄い人出!!
       イタリアでの展覧会で初めて経験した人出で、
       ここで当たったガイドさんもまたまた物凄く熱心過ぎる方で・・!

       大体、絵を見るのにガイドさんは必要ない、と思っている私ですが、
       今回はもう最初の熱情込めたご挨拶の時点で、もういいよぉ!!という満腹感で、
       一人であっちこっちと人々の隙間を狙って、見たい絵のみじっくり見て回りました。

       2点展示されていたヤン・ファン・アイク・Jan Van Eykが素晴らしく、
       青い被り物の男、 聖・フランチェスコの聖痕、
       今回はもうこの2点で十分満足!というのが正直な感想でした、はい。


       6時過ぎに入り口で、漸くに開放されて降りてきた仲間たちと合流し、
       ホテルでの夕食時間までの一時を楽しく過ごすべく、
       とっぷりと暮れ、イルミネーションが一際美しく輝く道をいそいそと!
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       昼間見た広場とはまるで印象が違うでしょう?!
       ということで、右に見える青いアーチをくぐり、進みます。
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       頭の上には、こんな風にイルミネーションが流れ
       ずっと奥まで続き、角を曲がりまたその奥までね。
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       小さな屋台店なのですけど、やはりクリスマス用に飾られ、
       ここは北国らしく、オーストリア風の丸いパン、プレッツェルという名でしたっけ?
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       同じプレッツェルの屋台なのですけど、
       こちらはザルツブルグ・Salisburgoとあり、塩味のパン、これが本当でしょう?
       でもチーズ入り、ストゥルーデル、クリーム入り、チョコレートのかかったもの、などと
       いろいろ並んでいまして・・。
       本当にザルツブルグかや?と言いたくなりません? ははは。
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       後ろにモーツァルトの顔が見え、チョコレートも並んでいますが、
       ここロヴェレートのサン・マルコ教会で、1769年にまだ13歳のモーツァルトが
       イタリアで初のコンサートをした、という所縁があります。
       また街のご紹介の時に、ご覧頂きますね。



       前右にはベーコンとか肉類、左にはジャムやいろいろ並んでいるのですけど、
       屋台の奥には、憮然とした顔の親父!
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       まだまだずっと光の道が奥に導くのですけど、
       ほら、左に光の線が広がっているでしょう?
       我々は既にお昼に偵察済みの、この左の広場を目指して来たのですね。
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       クリスマス市・Mercatino di Nataleは、クリスマス用の飾りつけ、
       プレゼント用の品、食品などが並び、各地で開かれますが。
       ここロヴェレートでは11月22日から既に開催中で、1月6日まで。

       翌日行きましたトレントでこれまた日曜日、大快晴のお天気も手伝ってか、
       物凄い人出でごった返し、いやはや驚きました!
       ここもクリスマス市で有名な街なのですが、前日同様ガイドさんに引き回され、
       またもやお昼を食べ損なうのではないかという怖れる程の長いお城見学で・・!
       という様子で、クリスマス市は傍らを通り過ぎた程度で済んでしまいましたので、

       ロヴェレートの夜の、クリスマス市の様子をもう少し、どうぞ!

       キャンドルの飾りつけ
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       可愛いお鍋、あれこれ
       テラコッタの小振りの物や、琺瑯の鍋、良いでしょう?!
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       もちろん、ちょっとつまみ食いできるあれこれの屋台もあり、
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       こちらはチーズさまざま
       写真を拡大して眺めていましたら、右上外れにはワインに漬け込んだチーズ・
       酔っ払いのチーズや、シニョーレの左手前にはタレッジョのチーズ・ロンバルディアの美味しいやつ、
       左下に濃く見えるのは森の葉に包んだチーズとあり、多分熟成チーズですね、美味しいだろうなぁ!!
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       で、先ほどの横に抜けた広場では、ヴィン・ブルレ・vin bruleの店が何軒も開いており、
       ヴィン・ヴルレは熱くした赤ワインに丁子とシナモンなどの香りをつけた甘い飲み物ですが、
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       我々はこんな風に、銅の大鍋から湯気が立ち上り、辺り一面に
       ヴィン・ヴルレの香りが漂う屋台を目指し、
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       各人それぞれに注文しまして、熱いワインを啜ります
       左からエレオノーラ、彼女はワインを飲まないので、ヴルレ・ディ・メーレ・リンゴジュースの熱いやつを、
       ルイーザ、タータ、ジュリアーナといつものメンバーで、
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       こちらは左からアンジェカ、ジュリアーナ・ミラン、マリーア・ピア、 
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       左はアリーダ、そして右が新しい仲間、フランスはパリで25年間働き、
       引退してコネリアーノに戻ってきたロレダーナ。
       多分素晴らしい頑張り屋で、50人のも男性部下を束ねていたそう!
       でも大変親しみが持てる女性。
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       と、こうしてみると、ヘルガが写っていない! あれま。



       大鍋の後ろに回って撮っていましたら、鍋の向こうの2人が何やら・・、  
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       ならばと、撮って良いかと聞きましたら、OK!と人差し指を立て、ははは。
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       ヴィン・ブルレの後はお腹がポッと温かくなり、寒さも感じなくなり、
       近くの店で、ルイーザがクリスマスに来る孫のヴィットーリオの毛糸の帽子選び
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       そうこうするうちに、遠くからバンドの音が聞こえ、こちらにやって来る様子
       女性も男性もティロルの服装で
       太鼓のリズムに合わせ、進んで行き、
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       バンドの後から人々が続いて歩いていき
       暫くの後、遠くから演奏する音が聞こえてきましたが、
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       我々はそろそろホテルに戻らねばならず
       最初のバッティスティ広場まで来た所、
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       タータとルイーザがソルディ・安売りの看板に釣られ衣類の店に。
       我々は外で待ちながら、道行く人を眺めながらお喋りし
       人出でにぎわう街の通りを、ホテルまで戻ったのでした。
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       ちょっとバタバタと纏めましたが、
       また興味深かった街の様子をごらん頂きますね
       お楽しみに!



    ◆ 個展のお知らせ ◆

       古くからの絵の友人、田中雅子さんがこの2日から個展を開催中です。
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       どうぞお出かけ下さいます様、ご案内申し上げます



     *****     

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by italiashiho2 | 2013-12-03 06:33 | ・北イタリア Italia nord | Comments(32)