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カテゴリ:・ヴェネト Veneto( 97 )


2017年 01月 25日

   ・・・ プラーリア修道院 ・ パドヴァ ・・・ (旅行 お出かけ)

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       すでに随分前の事になりますが、パドヴァの南西に位置する
       プラーリア修道院・Abbazia di Praglia に出かけました。
       
       このヴェネト一帯に於いては大変有名な修道院で、
       11世紀の創設と言いますからすでに千年近くの歴史を持ち、
       内部装飾などでは有名画家の収蔵作品などはないものの、

       国の記念物指定を受けている素晴らしい図書館
       そして古書籍の修復 、並びに修道院の特製食品、化粧品、ワインなど
       その活動で大変有名な修道院です。
        
       プラーリア修道院のアップはまだなの?とかって友人から催促を受けた事も
       あったのですが、ヘっヘっへ、忘れただろう頃に整理し直す横着shinkai。
       改めて資料を読み、今回ご案内を!

       上の写真は、パドヴァの平野を行き、その姿が見えて来た所




       近くには大きなヴィッラも見える、気候温暖な事でも知られるパドヴァの南西部
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       道を回り込んで近づき、正面の聖堂が見えてきた所
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       それにしても、素晴らしい威容でしょう?! 高い城壁を兼ねているような建物群が
       ぐるりと周囲をめぐります。




       プラーリア修道院はどこにあるか、地図をどうぞ
       パドヴァの南西約15kmほど、パドヴァからの古道が南に下ってエステ・Esteに至る、
       県の自然公園コッリ・エウガネイ・Colli Euganeiの北に位置します。
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       少し南東に行くと、有名な温泉保養地アーバノテルメ・Abano Termeがあり、
       南に下ると、イタリア文学史上ダンテと並ぶ14世紀の詩人・学者であるペトラルカ・Petrarca
       古い城のあるモンセーリチェの町も近く、大変長閑な美しい土地。




       さてこちらが聖堂正面ですが、観光客は右奥の入口から。
       
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       入り口脇に咲いていたツツジの花、はい、ちょうど5月でしたね。
       内部参観は、僧侶のガイド付きで時間指定があり、この時はかなり待ちました。
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       待合室から内部の回廊が見えましたが、
       奥の建物の壁にかってはフレスコ画装飾があった様子ですね。
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       壁にあった聖母子と聖ヨハネのフレスコ画、なんぞも時間待ちに写し・・、
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       部屋の隅にあった修道院特産品のウィンドウなども覗き!
       左に蜂蜜、真ん中薬草酒、右化粧品、
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       様々な薬草の詰まったのも見え、右は化粧品。
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       勿論販売もここの店でしているのですが、オンライン・ショップも有り、
       サイトはこちら



       待ち時間が長く、一旦表にでて建物に沿って西奥に行ってみましたが、
       城のような背の高い壁に圧倒されます!
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       とにかくきちんと整美されており、ゴミなども勿論落ちておらず! はは。
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       軒下に見えた陶板の飾り
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       1箇所、こんな風に壁の開いている場所があったのですが、
       手前に柵があり、近くまで寄れず・・。
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       山側には、養蜂の箱
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       待合室にあった、プラーリア修道院の全体の写真
       サイトで見つけた平面図と見比べましたので、大体の位置をご説明いたしますね。
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       写真の下側が北向きで、聖堂はお分かりですね。
       その左に見える細長い煙突のある3階建ての部分、火のある普段の部屋(台所、食堂?)
       そしてその左に大きな回廊、キオストロ・ドッピオ・回廊部分が2重になっているのだそう。

       その右側、聖堂の奥に小さな回廊が2つ並びますが、
       左はキオストロ・ペンシレ・屋上テラスになっている回廊で、
       左側の、屋根がちょっと高くなっている部分はレフェットーリオ・食堂・会議室

       右の小さな回廊はキオストロ・ボタニコ・かっては薬草栽培をしていた回廊と。
       一番右奥の大きな回廊は・キオストロ・ルスティコ、かっては麦打ち場や煉瓦の乾燥場
       にも使われ、農機具置き場でもあったのだそう。

    
       所でこの修道院の創設は11~12世紀にかけてで、
       マントヴァの南サン・ベネデットポーにある大修道院サン・ベネデット・イン・ポリローネ
       San Benedetto in Polironeに従属する形だったのが、  
       14世紀の初めに独立をしたものの上手くいかず、
       15世紀中頃にはパドヴァのサンタ・ジュスティーナ教会のもとに入り、19世紀まで。

       1810年にナポレオン軍がやって来て修道院の開放をし、僧侶たちは追放されますが、
       4年後にオーストリア軍の下で再び修道院は活動を再開。
       が、1867年にイタリア国となって後、再びすべての修道院の廃止となり、
       当時は修道院の管理のために2,3人の僧侶が残ったのみで、
       他は殆どが当時まだオーストリアの下にあった現在のスロヴェニア、
       イーストゥリアの修道院に逃れたという混乱の時代が約1世紀間続き、
      
       1904年の春に2人の僧侶が戻ったのを始めとして、
       同年の10月には再び現在のような活動が始まったのだそう。

       
       カンティーナも持つほどのワイン製造をしているので、
       多分この写真にも見える周囲の葡萄畑はすべてこの修道院のものと!


       サンタンティモ修道院
       
       サン・ガルガーノ修道院

       プロヴァンス  セナンク修道院 1と2




       さて漸くに見学の時間が来て、
       待合室から見えていたキオストロ・ルスティコの回廊を通り
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       聖堂の斜め後ろにある鐘楼も見えます。
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       見学時間前に外から見た建物の軒下の陶板飾りと同じですが、
       こちらに残るのはきっとオリジナルですね。
       適度に剥落し、とても良い色合いに。
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       ここがキオストロ・ボタニコ、薬草の栽培をしていたという回廊部分ですが、
       現在はきれいな植え込みの風景に。
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       廊下に見えた「聖母子と天使像」
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       そして、キオストロ・ペンシレ、屋上テラスの回廊
       周囲の屋根からの雨水はすべて濾過されて井戸水として使用される方式。
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       この回廊周辺がすべての僧侶たちにとって一番使われている部分なのだそうで、

       脇にあったこの部屋はロープが張ってあるので、現在使われていないものと思いますが、
       真ん中に書台があるので、多分「カピートロの間」と呼ばれるものと。
       この部屋に僧侶たちが集まり、会則の一章を読み、会議などもしたのだそう。
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       廊下にあった16世紀の手洗いの泉、大変美しい大理石の嵌め込み柄。
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       細長い大きな部屋レフェットーリオ・Refettorio、直訳すると食堂なのですが、
       この素晴らしい作りと飾り付けから見て、会議室でもあったでしょうか。
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       廊下の出っ張り部分から眺める外の様子
       奥は葡萄畑のようですが、手前は現在の薬草畑と?
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       そして、手前の植え込み部分
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       回廊の見学を終え、廊下を行く、左がガイドをして下さった僧侶。
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       廊下の上から見下ろす、修道院生活の会則を定めたサン・ベネデット(480-547)。
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       傍らに、ちょうど花を開いていた月下美人、と思うのですがぁ、
       ちょっと蕾の形がちがうような気もするなぁ・・。
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       この日の見学で見せて貰えなかった場所の写真を探しまして、

       こちらが国の記念建設物とされている、素晴らしい図書館
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       そしてキオストロ・ドッピオと呼ぶ、大きな回廊も見ませんでしたぁ。




       有名な古書の修復ですが、
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       1951年の秋から始められていて、紙、羊皮紙、初期の印刷刊行本、版画、写本、
       手稿本、地図、教皇や皇帝の勅書、著名人の手紙類、と全てに及び、
       正確な数字は控えていないものの、多分2万5千点に及ぶ数であろうと。

       1966年のフィレンツェのアルノ河の氾濫時には数日後から運び込まれ、
       すべてでは約2500点、ヴェネツィアからのも2000点程を救ったそうで、

       インクや色、ニス、埃と湿度による菌やバクテリア、そして虫やネズミの被害などから
       価値ある古書を救い、できるだけ長く生命を保たせ利用、享受できるようにと。

       Tel. 049 9999480 – Fax 049 9999311   
       E mail: restauro.libro@praglia.it
       と連絡先も。




       葡萄畑での収穫の写真
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       さて、最後の見学は聖堂内を。
       我々は横の入口から入ったのですが、まずは正面入口側からの様子を。
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       祭壇前の大理石の床模様羅針盤ですね。
        済みません、うっかり羅針盤と書きましたが、
        これは「風の薔薇」と呼ばれる風見、風の方向を示す柄と思います。
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       外に出て聖堂の前から。 この聖堂は16世紀のものと。
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       聖堂は一段と高い位置にあり、聖堂前広場から見る前庭の
       塀の中と、咲き乱れる薔薇の花
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       近代になり様々な混乱期も経た様子ですが、それでも千年近い歴史を生き抜き
       この長閑で温暖な地で営々と農業を営み続け、今に至る修道院

       元々の親元であるサン・ベネデット・イン・ポリローネ修道院などは、
       ポー河の度々の氾濫、開墾、マラリアと様々な問題を抱えていたのに対し、
       この修道院は特別に歴史の表に出ることもなく、
       僧侶たちは祈りつつ、平穏の内に各自の日常の仕事をこなし過ごして来たのでしょう。

       ・・と書きつつ、改めて修道院生活なるものについて考えています。

       修道院のサイトの、このページの下にヴィデオが2つあり、
       上のヴィデオで修道院内、日常の様子が見られます。     



     *****

       ヴェローナのサンタナスターシャ教会でご案内したピサネッロのフレスコ画、
       「サン・ジョルジョと姫」に見える騎士2人、姫の左と右のどちらがサン・ジョルジョか?

       コメントで疑問を頂き、再度調べてみた様子を「再追記」しました。


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、丘の上 途中経過と、 ピサネッロの素晴らしいデッサン を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    




     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

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by italiashiho2 | 2017-01-25 23:20 | ・ヴェネト Veneto | Comments(8)
2016年 05月 10日

   ・・・ 湖畔の春色を撮りに ・ ラーゴ・ディ・レヴィーネ ・・・

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       この5日、久し振りに写真仲間と撮りに出かけました。

       天気予報ではまん丸の太陽さんだったのですが、・・嘘つきめぇ! 
       前夜は雨で、朝は雲の厚い薄ら寒い日となり、
       それでも朝の7時半に集合、6人が車2台に分乗し出かけました。

       上の写真はコネリアーノから北に向かう所で、
       前の車にジョヴァンニ達。
       ちょっとした遠足気分で、車中ではお喋りが弾み、ははは。




       出かけた場所はラーゴ・ディ・レヴィーネ・Lago di Revine.
       何度も出かけている場所ですが、四季折々の色があり、
       周囲の村落もとても良いのですね。

       コネリアーノからだと20kほど、30分足らずですが、
       途中のタルツォ・Tarzoでカフェをし、

       到着した湖はこんな色
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       湖の対岸には、ヴィットリオ・ヴェーネトから西に連絡する道に
       点在する村落が見え、これはラーゴ・Lagoの村。
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       この道、これより西に、この春復活祭の日に出かけたムーラ・Mura があり、
       カステルブランドの城のあるチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       元修道院のあるフォッリーナ・Forrina
       西のヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadeneまで続きます。
      



       地図をどうぞ
       SP35・県道35号線が通り、東にヴィットリオ・ヴェーネトで、
       湖は2つに分かれ、この湖を見下ろしながら通る事も多いのですが、
       写真を撮るには逆光になるので、
       今回はさすがジョヴァンニ、良く状況を知っており、湖の南岸に。
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       南のタルツォから来ての突き当りを右に下り、湖近くの赤点を
       打った場所に小さな駐車場があるのに車を止め、
       このすぐ近くにピクニック用のテーブルや椅子、
       子供の遊技場なども整えられているのですが、

       我らは左の大きな湖の周囲を、まず東側の岸沿いに行き、
       東端の角辺りで引き返し、西の湖岸辺りまで。
       
       最後はラーゴ・Lago のパン屋により、
       それから少し西にあるソットクローダ・Sottocrodaの村に。
       この村はまるで知らずだったのですが、
       石造りの古い村でとても良かったので、またご案内いたしますね。




       地図の右上に見えるレヴィーネ・ラーゴの村の上にある、
       聖所とされる教会が見えます。
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       この日は雲が厚く、肌寒いほどでしたが、
       やはり、東に見える山、カンシーリオの上には雪が見え、
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       望遠で覗きましたら、大きな山小屋のあるのも見え!
       見えますか?

       ジョヴァンニに聞いたうろ覚えを頼りに、確か P で始まったと、ははは、
       調べましたら、モンテ・ピツォック・Monte Pizzocと。
       
       夏に出かけたカンシーリオの森から、ジグザグに山の中の道が
       すぐ近くまで続いているのも確かめました。
       ジョヴァンニに行ける場所かどうか、誘いをかけて見よう!
       勿論、彼の車か誰か仲間と一緒にね、ははは。
       



       一瞬雲の間から射す陽に、山の新緑が浮かび上がり
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       いやぁ、湖面を渡る風がかなり強く寒く、shinkaiはこの日
       コートのポケットに入れていた指なし手袋をはめて正解で、
       仲間達は手が冷たい、と言っておりました。




       この湖には河骨が咲くのですが、既に準備中のも。
       ね、水も綺麗でしょう?!
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       かなりの幅で湖岸が広がり、葦が茂っていますが
       今枯れた良い色。
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       道脇にびっしりのスギナ、ちょっと土筆の名残も!
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       ジョヴァンニの奥さん、マリーザに聞きましたら、
       食べないけど、何かの薬草になると聞いた、
       が、何に効くのかは覚えていない、との事。




       道脇の木にびっしりとつく苔類
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       切り株の緑の苔、綺麗でしょう?!
       右下に見える丸いのは茸。
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       切り株がまるで廃墟式に見える齧られ跡
       何箇所かにキツツキが突いた丸い穴も見え・・。
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       野生の小さな花々
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       芽吹く草の穂
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       あやめ科の小さな蕾
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       蛇はおらんよね?となんども訊ねつつ、ははは、
       草地の中に踏み込むshinkai。




       ジョヴァンニの、今回初お目見えの新兵器
       分りますか、三脚の上に乗せカメラを据えるもので、
       水平や角度が、脇に突き出す3つのつまみで簡単に
       調整できると言うもの。
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       ManfrottoのMHXpro3WGというのだそうで、
       200エウロだったんですって!
       値段を聞き、わぉ~!と言うと、
       隣からマリーザが笑いながら、家の財布を別にしたいと。
       うん、ついでに銀行もね、とshinkai、ははは。




       岸に沿って道がゆるく曲がり、右の新緑は桑の木
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       イタリアもかっては養蚕国でしたので、桑の木が今もあちこちに残り、
       大木になっているのも多く見かけますが、
       こういう場所にある、というのは貧しい農家で桑の木を持たずとも、
       ここの桑の葉は取っても良いという場所だったのでしょうね。
       教会の脇にあるのも、そういう意味だと聞きましたが。




       道はつかずはなれず、湖岸に沿って続き
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       太陽が雲から出たり入ったりで、山の色、緑の色が変化
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       ちょうど対岸の新緑が見える位置になった時
       陽が射し、柔らかい緑色が。
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       奥に続く道の脇、かなり広く草原が広がり
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       その奥に、道脇の建物が見え
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       ラーゴの村も角度が違って見えます
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       岸辺近く、河骨の繁殖が大きな場所もあり
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       風で騒ぐ波紋の色も様々に変わり
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       オオバンが一羽通過。
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       少し高い位置に上ると、
       平野の新緑が、光って鮮やかに煌き
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       下からカメラを向ける仲間にサーヴィスで少し踊りまして、ははは。
       左からミレーナ、マリーザ、サンドラ、ジャンナ。
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       彼らは本当にしょっちゅうのお喋りで
       カメラの事、写真の設定、友人の事、旅行の事 ecc,ecc.
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       少し湖の西を行きますが、こちらはこんな感じの細い道が続き、
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       隙間から見える、レヴィーネ・ディ・ラーゴの村
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       湖岸に近く、寄せる波
       雨量の多い時は、並木道の辺りまで水に浸かるのだそう。
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       今回は途中で引き返したのですが、
       こちらをも少し奥、北のラーゴの村に近い辺りに行くと、
       考古学公園・Parco Archiologicotoというのがあります。
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       新石器時代の終りから青銅時代の初期にかけて、
       この一帯に人々が定住していたと見られる歴史を振り返り、
       湖に張り出しての杭の上の住居を含め、3軒復元されていて、
       子供達も勿論、見学できるようになっている様子です。

       写真奥に1軒、杭の上のが見えますが、分るかな?

       サイトは http://www.parcolivelet.it/ 

       shinkaiは一度見学のチャンスがあったのを逃しており、
       見学の日を一日間違えまして、へへへ、
       いつかまたのチャンスを待っております。




       さて戻ろうか、という事になり、
       最後にもう一度、ラーゴの村を
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       桑の並木が続いていた辺り、今、陽が射しこみ!
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       駐車場近くにあったハイキング用の椅子とテーブル
       子供達の遊具類も備えられ、小さな舞台もありました!
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       さて、こちらが道に上がって来てのラーゴの村で、
       何度も写した教会の鐘楼。
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       そしてここに、ジョヴァンニご推薦のパン屋さんがあり、
       ほらね、葡萄棚の葉に隠れそうな「Forno・フォルノ」が見えるでしょう?
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       中はこんな風に小さな店で、棚にあるのが本日のパンで、
       無くなると店を閉めるのだそう!
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       シニョーラの顔の奥に見える干し葡萄とアーモンドの入った
       塊の半分と、ピッツァを1つ買い5エウロで、ちょっと高めかな。
       でもカボチャの粉も入っている様子で甘い、美味しいパンでした。

       ジョヴァンニの言うには、粉も石臼で挽いた粉を使っているそうで、
       それでちょっとお高いのだそうですが、
       この辺りではかなり有名なパン屋さんなんだと。

       この後行った小さな村では、本当に小さなお菓子屋さんも
       ジョヴァンニの案内で、彼は本当に良く知っているのでしたぁ!

       こういう案内人兼撮影テクの手引きみたいな友がいるというのは、
       おまけに本当に優しい男ですし、有難いことです!!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-05-10 00:54 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2016年 03月 31日

   ・・・ ムーラ ・ 少し遅い春を待つ村 ・ ヴェネト ・・・

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       この27日はパスクワ・復活祭でしたが、
       寒くは無いものの、生憎この日は曇り日。
       ですが友人のジュリアーナと2人で、我が家からだと車で
       約30分ほどの北西にある村、ムーラ・Mura に出かけて来ました。

       はは、お気づきになりましたか? ムーラという村、なんです。
       ムーロ・muro・壁、城壁の複数形がmuraなので、村の名に
       何か謂れがあるのかと調べてみましたが、特に見つからず、でした。

       昨年末グループで夜のプレゼーピオ、明かりの灯った
       キリストの降誕を人形などで現すもの、を見に行ったジュリアーナが、
       なかなか良い村だったよ、というので、
       では春になったら出かけようと言ってたのでした。

       トップの写真はこの村の教会、ちょうど到着時間を示していますね。      
       
       生憎の曇り空で、今回の写真は余り明るくないですが、ご勘弁を。



       ムーラの村はどこにあるか、地図をどうぞ
       我が家は右下Casaと囲った赤点辺りで、その下のOgliano・オリアーノは
       いつも見て頂く隣村。
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       坂下の道に出て、北のヴィットリオ・ヴェネトまで出て西に、
       という行程のほうが早いのでしょうが、
       家から好きな田舎道を辿る、赤線を引いた村々のカルページカ・Carpesica、
       コッツゥオーロ・Cozzuolo、西にコルバネーゼ・Corbanese、そして北に
       タルツォ・Tarzo、ラーゴ・Lagoと進み、Mura・ムーラです。
       こちらの方が断然四季折々の眺めが良いのです。

       ムーラは行政的には西のチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       の下に入り、北に見えるサン・ボルド・San Boldoは、 
       先日見て頂いた羊達が峠を越して北の故郷に戻る峠道。




       さて、村に入ると細く曲がりくねった道が続き
       両脇に建つ家はすべて古い頑丈な石造り!
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       今は住まう人も居ない放置された家や納屋もあちこちに見られ、

       手前四角の大きな家、この辺りこういう木のベランダ柵が特徴なのですが、
       2軒分に別れた手前側は売り家の札が付いていて、奥半分は
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       きちんと整備修復され住んでおられますが、売り家の札。
       売り家札を見た人が、このお家に訊ねるのかも、ですね。
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       近くの修復された納屋と母屋
       母屋の濃い茶色、そしてこの低い軒から、なんとなしに
       日本の民家を思い起こしたshinkai!
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       こちらも修復されたばかりの家と出窓。
       なんとも頑丈でしょう?! これでまた何世紀も大丈夫なのでしょうね。
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       かっての納屋の入り口かな、右上に見える黒い丸は木の梁で、
       壁に見える / とか X の鉄は、梁を〆る鉄の要。
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       下の写真のガレージになっている扉口、ちょっとモダンで素敵でしょう?!




       ここも住居の入り口は上にあり、外階段が続きます。
       が、現在このお家も空き家。
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       お隣の広い庭の奥にワンがいて、ジュリアーナが何度も呼ぶと
       やっと立ち上がり、ワン!と一声吠え、またペチャっと腹ばい!
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       普通であれば、大急ぎで門柵まで駆け寄り大声で吠え、走り回るべきなのに、
       この子は全部省略! まぁ、このお腹を見ればね、ははは。




       村の中を行ったり来たり、細い道を辿りますが、
       まさに村の中の家々、すべてこんな風に石を積んだ造り!!
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       かろうじて見える門脇の花壇もこんな風!  
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       ここもやはり2階には外階段のお家ですが、なかなか良い雰囲気でしょう? 
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       村外れまで来ると、葡萄畑の中でお仕事中
       復活祭祭日も春の仕事があるのですねぇ。
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       大きな赤い建物に白い線、そう、お隣のチゾンの領主、
       ブランドリーノ家の持ち物の印が残りますが、
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       奥の低い方の窓が開き、中から家畜小屋の匂いが流れ、むぉ~の声
       覗いてみると、やはり牛達が。
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       村外れの道を南に行くと、透明な川が流れ、ソリーゴ川と。
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       村外れの南の道から見るムーラのほぼ全体
       そうなんです、村のすぐ北に山が迫り、いわば屏風の役を。
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       村の南外れは平地が広がり、子供の遊び道具のある公園もあり、
       道はこんな風に東に続き、村の東側を囲みますが
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       こちらは南に延びる道
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       村の東に近づくと、花が既に盛りを過ぎ
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       川辺に小さな礼拝所、フレスコ画装飾されたのが。
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       ここに至り、初めて、あれっ、この場所には来た事あるよ!





       岸辺にある柳の芽吹き
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       そう、この眺め、覚えているなぁ!
       あの小さなのは礼拝所かも。 修復されたようですね。
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       垣根の隙間からレンズを突っ込み、動くなよ!と言いつつ、
       ははは、来年の干支用を撮り貯めしておかないと・・。
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       お家の広い庭端には、要りそうで要らない物があれこれ、ははは。
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       刈り取ったばかりの木の始末も
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       やはり花を見ると、春だなぁ、と嬉しく! 
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       これも見覚えのある水槽
       ですが、上の古い写真風の絵は新しく追加された物ですね。 
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       古いアーチの中、家が見え、中庭が見え
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       ジュリアーナは子供時代をフリウリの北で過ごしているのですが、
       過ごした家は、こんな風に大きなアーチの門があり、
       中に入ると広い中庭で、女達が編み物をしたり、フェルト布の
       靴を作ったり、トウモロコシの実をこそげたりの農作業をしたりで、
       中庭の周囲を家がぐるっと囲み、他の家族が住み・・。
       つまり、アーチの中は門を閉めると小さな村と同じだった
       という想い出話を。 

       きっとこの村も、そんな古い時代を何世紀も重ねて来たのでしょうね。

       村の中には1軒のバールも、タバッキも、食料品店も見かけず、
       まぁ今は、隣のチゾンまで行けばレストランもホテルもあるほどの町ですが、
       かっての村人達の生活は大変だったでしょうね。
       きっと自給自足の助け合い、不足を補っての暮らしだった事でしょう。

       ジュリアーナ達がプレゼーピオを見に来た夜は、
       村でお茶とクッキーのサーヴィスがあったそうで、
       やはり一種の村興しというか、自分達の村を何とか、という
       皆さんの意思なのでしょうね。
       良く保存されていると思いましたもの。



       中庭の向こう、綺麗に改装された可愛いお家
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       ふと気がつくと、柵の向こうにワン君がいて
       吠えもせず動きもせずに、尻尾を立てたままポーズ!
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       おお、いい子じゃねぇ!と広島弁で褒めてあげ、ははは、
       我らは道を辿ると、




       なんと庭続きにずっ~と一番端まで移動して来て、もう1枚! 
       長い黒い耳が目立つ、好奇心の強い、暇なワン君、ははは。
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       後ろから、ボクもぉ!と吠え騒ぐ、羊みたいな耳の子!
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       こうして村の中の道を行ったり来たり、奥まで入り込み、はは、

       村の入り口まで戻り、最初の教会前に
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       この教会は村の守護聖人サン・ゴッタルド・S.Gottardoに捧げられ、
       この聖人は家畜たちの守り神だそうで、農民達から長年にわたり、
       家畜を病気から護るように祈りを捧げられたという、
       いかにも農村に相応しい守護聖人の教会なのでした。

       前を通る道が、ヴィットリオ・ヴェネトから西のヴァルドッビアーデネ・
       Valdobbiadeneまで続く、この先は白ワインの道、


       村は教会横の道を上った上にも少し続くので、行って見ようとなり、




       お家に裏庭に見えるムスカリの花
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       如何にもの半円の橋が架かっているのが見えますが、
       水路も掘られているのに今は空で、何の為の橋だったんだろ?!
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       山に近いせいか、ここの花はちらほらの咲きかけ
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       村を見下ろす位置に出て
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       山からの風が遮られ南からの陽が当る位置の木は、正直に花を咲かせ
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       なんの芽かな、こういうのを見ると嬉しい!
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       土手の南面に咲く花。 
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       村の南向こう遥かに、雑木を焼く煙がたなびき
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       教会の後ろに戻ってきて、小さい教会なのにちゃんと後陣が張り出し、
       横にもポコッと礼拝堂があるのに感心!はは。
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       時計を見ると12時40分。
       2時間ほどのムーラの村散歩でした。



     *****

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by italiashiho2 | 2016-03-31 00:08 | ・ヴェネト Veneto | Comments(6)
2016年 03月 16日

   ・・・ ヴェネト春の訪れと、友人宅でのお昼 ・・・

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       少しずつ春が近づくのを感じる今日この頃ですが、
       この日曜は久し振りのお天気の日曜日で、
       仲間との歩き会も3週間ぶりくらい!

       ちょうど友人のジュリアーナ・ミランからお昼のお誘い
       仲間一同に届き、では彼女の家の近所を少し歩きお昼を、と
       いう事になり出かけました。


       彼女の家はコネリアーノから坂道を上り20分弱ほどにあり、
       トップの写真は彼女の家、奥と家の前に庭が広がります。




       こちらは玄関脇。 
       「猫に注意」の札が見えますが、家猫は居らず、
       通いの猫ちゃんがいたのですが姿を消したと・・。
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       上の写真でもご覧のように、彼女は大変に花が好きで、
       家の前にも、出窓にも鉢植えの春の花がいっぱい!
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       玄関横のクリスマス・ローズと、これ渋い良い色ですねぇ! と前庭にも
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       水仙。 八重の方は虫食いだらけで・・!
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       前庭の木の下の桜草、でしたっけ?
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       素晴らしい青紫のヒヤシンスもあり、 白の蕾はピンぼけぇ! 
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       これは我らが持参した石楠花の鉢
       彼女は「赤色」が大好きだそうで、大変喜んでくれました。
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       庭にある大きなオリーヴの木
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       皆さん、ご存知ですか?
       オリーヴの葉は、左右に2枚ずつ同じ位置から出て開くのですが、
       一段ずつ交互に向きが変わるのですね。
       これは以前描いた時、近くの家まで確かめに行ったのでしたぁ! へへへ。

       庭にはイチヂクの大きなのも2本ほどあり、昨年夏には木からも食べ、
       たくさんお持ち帰りもしましたっけ。




       裏庭にあるマキ小屋、まだこんなにたくさん!
       台所に大きなストーブがあり、部屋も温め、調理も出来ます。
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       手前に見える植物ですが、




       これ何かと思って訊ねましたら、モグラ防ぎの植物なんですって!
       これを植えておくとモグラが来ないと聞いて植えているそうで、
       白い花が咲くと。 そういえば花を見た覚えはあるのですが・・。
       いや、それでも既に小穴が2つ3つ! ははは。
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       遅いと思っていたプレゼントの花鉢を積んだヘルガの車が、
       コネリアーノの外れの坂道で煙を吹き出し止ったという連絡!
       エレオノーラが迎えに行き、到着するまでに少し時間が開き、
       shinkaiは家の近所を写しに。

       先日来続いていた雨で、北に見える山々は再び白くなりましたが、
       ほら、奥には白く花が咲いているのが見えるでしょう?
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       いつも我が家の前から北に見えるビゼンティン・Visentinの山も、
       1763m、ここからだとちょっと斜めの姿に。
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       所で、このヴィゼンティンの山の向こう側にネヴェガル・Nevegal
       と呼ばれる村、一帯が広がリ、ずっと以前夏に一度行った事がありますが、
       スキー・リフトも何本もあり、近くで滑れるので人気なのだと聞いていました。
       今回何気なしにサイトを見ていて、そんな写真を見つけましたので、どうぞ。

       ヴィゼンティンの向こう側、つまりベッルーノ・Belluno方面 の
       平地を見下ろす様子
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       そして夏はこんなトレッキングや、滑り遊びも(何と呼ぶの?)ね。
       登山はパスですが、下のはして見たいぃ!!
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       さて本題に戻りまして、はは、
       ジュリアーナ・ミランの家は道から少し入り込んだ奥に建ち、
       家の西奥には樹木が茂る谷があり
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       今写真中央奥に見える鐘楼は、
       サン・ピエトロ・ディ・フェレット教会・San Pietro di Feletto.




       木々は一見まだ裸木ですが、木の芽は膨らんできており
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       野生のプリムラもあちこちに咲き群れ
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       shinkaiが家の前に戻った時、またアクシデントが起こりまして・・!
       家の入り口扉は2重になっていて、中側は閉めても、昼は
       外側のはいつも開けて置くのだそう、鍵も内側に付けているので。
       所がそれをジュリアーナが知らずに閉めてしまい、さぁ、大変!

       家の脇から小さな倉庫への鉄窓を外し、お尻がつかえそうな
       小さな窓から這うようにして入り込み、ははは、
       漸くに家の中に入れた、と言う次第!!

       いやぁ、私も一度やった事があり、鍵を壊しに来て貰うのに
       大事でしたから、それ以来家の鍵は一つ隠しておりますが、
       気をつけていても、ははは、時たまやらかしますねぇ。



       さて漸くに皆が揃い、中に入ってカフェを頂きましたが、
       台所の中にテーブル、隅にはTVもあり、大きな調理ストーブが
       いつも燃えているので暖かく、
       陽も差し込み、とても気持ちよい場所
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       ちょうどエレオノーラが座ったので、はい1枚
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       ガス台の上のフードには、旅行先の様々な思い出がありますが、
       いやぁ、もういっぱいで、最近のは見当たりませんね。
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       膝の調子が悪いと言う彼女一人をお昼の準備の為にも残し、
       仲間と1時間ほど歩きに出かけ、 散歩の様子はこちらに
       
       戻ってきますと、
       手前の大きな鍋では、ポレンタを電動攪拌器がかき回し
       奥ではラディッキオのリゾットを調理中!
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       テーブルの上も片付きクロスがかかり、お皿もセットされ
       アペリティーヴォを飲みつつ、TVのスキー・ワールド・カップの
       中継を見つつ、リゾットを待ちます。
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       奥に見えるのはスペック・燻製生ハムと、
       手前はローズマリーの入った、何と呼ぶっけ、硬いパンとでも・・。




       さてポレンタ・トウモロコシの粉から作る、
       彼女の所のは他にも雑穀が入っている様で風味があり美味しい、
       が出来上がり、ふきんの上に広げられ少し置きます
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       途中からエレオノーラがリゾットをかき回し
       ジュリアーナ・ミランがパルミッジャーノを削り、仕上げに入れ、
       出来上がり、皆のお皿に!  shinkaiのは多め!! ははは。
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       ワインも各自が注ぎ、乾杯ぃ~!!




       リゾットが済むと、ポレンタとアジアーゴのチーズ
       そしてラディッキオのサラダ
       はい、この後、チーズもサラダもお代わりしまして!
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       なにせ仲間のうち3人が肉を食べず、おまけに魚がダメなのが2人おり、
       ミランはいつも何にするか困るといい、もてなし料理にならないと
       感じると言いますが、
       こんな感じの方が気楽で良いですよね。
       リゾット、ポレンタ、チーズとでお腹いっぱいに!!

       デザートにリンゴと柿の乾燥果物、杏のシロップ漬けを頂き、
       大いにお喋りを楽しみ、3時過ぎにさよならを




       隣村のオリアーノまで戻って見る、ヴィザンティンの山
       右下に見える教会、鐘楼がスコミーゴ村のもの。
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       東に流れる山の続き。 今雲の間から陽が射す中腹に、
       フレゴーナ・Fregonaの村、あの村を通ってカンシーリオに行きます。
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       山の低い部分の奥に顔を覗かすフリウリの高山の頂上、いつも大概真っ白!
       フレゴーナの下、右に2本延びるパイプが見えますね、
       あそこに水力発電所が。




       我がコンドミーニオの庭への、共同出口の脇。
       斜め上のシニョーラ、ヴェネリタがあれこれ花を植えていて、
       プリムラやスミレも咲き、紫陽花も目を吹き出しています。
 
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       ヴェネリタの夫が設えた丸木のベンチには、朝まだ霜が白いですが、
       それでも間違いなく、春はやって来ていますね!
       



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ドロミーティの湖 途中経過と、 ヴェネト春の訪れ を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



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by italiashiho2 | 2016-03-16 00:18 | ・ヴェネト Veneto | Comments(13)
2015年 12月 28日

・・・ 村のクリスマス飾り ・ チゾン・ディ・ヴァルマリーノ ・・・

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       皆様には、良いクリスマスをお過ごしでしたでしょうか?
       こちらは、いつもは仲間が集まって会食の日なのが、
       今年は親類が集まるからなどの不参加者が出て、
       結局ジュリアーナと2人だけ、という事に!

       よっしゃぁ、では特別なクリスマスにしようぜ!という事で、ははは、
       午前中はどこかにドライヴ、お昼を食べ、そしてshinkaiんちの
       新しい大型TVで (SONY、横幅110cm 49インチが来ましたの、うふ)
       大いに笑えるDVDを見よう!
       と言ってたのが、いつも行くレストランがお休みと分り、
       ならばお昼もshinkaiんちで野菜中心と天麩羅にしよう!となりまして。

       快晴のクリスマスの朝、パネットーネやお菓子、果物を持った
       ジュリアーナがやって来て荷を置き、2人で出かけました。
       勿論shinkaiの車で、shinkaiが運転。
       なぜってジュリアーナは運転歴が長い割にはかなり乱暴で、
       とりわけ喋っているとそうなり、おまけに喋らない時の方が珍しいので・・!

       所が訪問予定していた村のプレゼーピオが少しお粗末そうなので、失礼、
       そのまま大好きな村であるチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       まで、少し足を延ばしました。

       この村の様子は何度かご案内していますので、

       今までのご案内は、ここからあれこれリンクを。

       今回はクリスマスの飾りつけに絞りますね。

       村に着いて、まずはバールに行きカフェにしますが、
       バールの中は男達ばかりで皆一杯やっていて、ははは。

       トップの写真は、今回この村で見かけた(家の外では)唯一の賑やかな物



       と言うのも、村全体に飾りつけがされていて
       それがとても統一された素朴な良い感じのものだったのですね。
       
       例えばこれは教会への上り坂の脇にあったもので
       木肌の付いたままの木材や丸太、木の細枝、そしてカボチャ、
       杉、蔦やヤドリギの葉などを組み合わせた物。
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       こちらはホテルの窓なのですが、けばけばしいイルミネーションではなく、
       ほんのちょっぴりの色を添えたものですよね。
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       下に垂れる濃い緑の葉の中に、青紫の色がとても綺麗だったのが、       
       残念、写真では色が出ませんでした。




       町の北に広がる山。 快晴で素晴らしい眺め!
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       上の写真の真ん中に見える家の手前を川が流れていて、
       橋にもこんな可愛い飾りつけが見え、
d0097427_23511437.jpg



       下を流れる川の防護塀の上に街灯があるのですが、
       それにもこんな飾りつけ、木の板、杉の葉、そしてカボチャ。
d0097427_23513353.jpg



       小広場の前には、やはり同じ様な飾りつけ
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       こうして次々見て行き、だんだんと楽しくなりました。
       お金はかかっていませんが、なんと素朴で質素な美しさ!
       おまけにこの村全体の飾り付けには、筋の通った統一デザインがあり
       単なる一軒のお家の発想ではない、かなり専門家の手になる物と分ります。
     
       このチゾンの村では、夏の職人市を始め各種催しが行われ、
       いつもたくさんの人々が集まるのですが、
       このクリスマスの飾りを見ても、見られる村を意識した
       どんな村であるかを見せようとするかの意識が感じられ
       とても気持ちの良い、爽やかなものでした。

       それにこの飾りつけは、こちらでは単にクリスマスの日のみでなく
       新年を迎え、1月6日が過ぎるまでこのままですので、
       いわば日本の門松の代わりもするわけ。
       となると、こんな感じも新鮮で爽やかな気がしませんか?




       大きなお屋敷の前、門扉の飾りつけ
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       村の通りを西に向かい、道路が交差する前の小広場にあった、
       荷車に大樽、そしてヤドリギの葉
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       そしてその隣には、こんな形のプレゼーピオ・家畜小屋で生まれた
       キリストの生誕場面を表現するもの。
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       村の西、山の上に見えるカステル・ブランド・Castel Brando.
       少し離れて見える姿は素晴らしいもの。
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       お城のご案内はこちらに。 村全体の姿もこちらから見れます。




       西に見える山、落葉松の枯れ色がアクセントで、とても美しい!
       林に下にちょっと見えるのは、オリーヴ畑。
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       村の集落の西の端に大きな家があり、前庭も広いので
       職人市の時などたくさん店が出ている場所ですが、

       その物置部分にも、木の枝を編んだこんな飾りつけ
d0097427_23532592.jpg



       こちらが屋敷というか、大きな家なのですが、
       今回一つジュリアーナが教えてくれたのは、
d0097427_23533940.jpg
     
       ほら、家の色が朱色で白い線が入っていて、紋章も見えますね。
       この朱に白い線、というのは、上に見えるカステルブランドの領主、
       ブランドリーニ伯爵・Brandorini家の持ち物の印なんだそう。
       そういえば、村の中にも同じ朱に白い線の家がありますっけ。

       このブランドリーニ家は15世紀にこの地に領土と城を
       ヴェネツィア共和国から貰い、1950年代までここに居住していたそう。

       今回ちょっと読みかけたブランドリーニ家の歴史、変遷、人物像も、
       なかなか興味深いものでした。
       またチャンスの時にご案内いたしますね。

       夏にご案内したコッラルト家は、白い建物に赤い線だったですが、
       こんなちょっとした事も知ると、とても興味深いですね。




       最後は家の前の大きなクリスマス・ツリーを
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       飾りつけはプラスティックで包んだ、子供達の描いた絵や願い事で、
       光って色が見えませんが、とても素朴な形のツリーで、
       あれこれ願い事を読んだりしてジュリアーナと笑いました。
       


     *****

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!
   
       今回で今年度を終わらせて頂きますが、

       今年一年のご愛顧を深く感謝し
       来年度もどうぞまた宜しくお願いいたします!!

       良いお年をお迎えくださいませ



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログは、本年度分を既に終りにさせて頂きましたが、
       こちらに。



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by italiashiho2 | 2015-12-28 00:00 | ・ヴェネト Veneto | Comments(14)
2015年 08月 25日

   ・・・ コッラルトの村と城跡 そして コッラルト家の人々 (追記)・・・

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       先々回お隣のスセガーナの町にあるサン・サルヴァトーレの城の
       すぐ下に広がる葡萄畑をご覧頂きましたが、

       あの日は葡萄畑の後shinkaiの希望で、写真仲間と一緒に
       スセガーナの北西にあるコッラルトの城を見に行きました。

       ここは古い塔に有名な伝説も残る城跡と小さな集落がある村で、
       スセガーナの町のサン・サルヴァトーレの城主コッラルト家の
       最初の城でもあった、いわば本拠でもあった地なのですね。

       上の写真は古い塔12世紀の物と、南にある中世の門

      
       写真右下に小さく柵が見えますが、


       こんな感じで、多分湧き水のある場所なのだろうと
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       位置関係の地図をどうぞ。
       我が町コネリアーノが北東に、そしてサン・サルヴァトーレの城のある
       スセガーナ・Susegana、そして北西にコッラルト・Collalto.
       スセガーナとコッラルトの距離は約6kmと。
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       西に流れるのはピアーヴェ河・Piave、かっては北のベッルーノ・Belluno
       から木材を筏に組んでヴェネツィアに運んだといいますが、
       今でもピアーヴェの西、東という呼び名がある、いわばヴェネツィア領域と
       フリウリ領域に分ける河だったようです。
      
       左下に囲んだネルヴェーザ・デッラ・バッターリア・Nervesa della battaglia
       の上から西に広がる楕円形の山、丘はモンテッロ・Montelloと言い、
       ここはピアーヴェ河を挟んでの第一次大戦の激戦地だった一帯で、
       ネルヴェーザには、大戦の大きな慰霊所があります。

       モンテッロの丘、この地図に見える範囲よりも少し西には、
       「王の監視所」という山中の農家を改装した、半地下の視察所が今も残る程で、
       オーストリア軍側にあった、ピアーヴェ河東すぐのスセガーナの城、
       コッラルトの城共に砲撃を受け、大破壊されたのも良く分る距離と思います。

       

       今回の写真はshinkaiの撮ったのはブログのアドレス入りで、
       他はサイトから拝借の物です。


       奥にもう一つ門が見えますが、まずは最初の門をくぐり
d0097427_01191408.jpg



       左には3~4軒の家並みがあり、右には広場
d0097427_01192913.jpg



       コッラルトの村に行きたいと言ったのは
       ずっと以前に一度訪れた事があり、その時の印象がとても良く、
       この何軒かの家並みに描けそうな印象を持っていたからなのですが、
d0097427_01194253.jpg
       今回改めて見ると、私めの目が肥えすぎたのかどうか、へへへ、
       ちょっと面白い所もあるにはあるのですが・・。




       右に広がる広場には、ドゥエ・トッリ・Due Torriという
       リストランテ、トラットリーア・バールがあり、
       
       これは最初の門を入る前にあった看板で、
       左に見える拙い絵が、失礼、ははは、伝説を物語ります。
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       こちらが広場にあるトラットリーア
       まだ入った事はないのですが、かなり広そうでしょう?
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       サイトで見つけたスピエード・串焼きの写真!
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       そしてこちらは部屋のフレスコ画
       土地の画家が描いたと言う、新しい物と思いますが、
       真ん中上がコッラルト家の紋章、その右がコッラルティーノ・ディ・コッラルト・
       Collaltino di Collaltoの肖像、彼については後に、
       そして下の真ん中にある大きな戦闘図をご記憶下さいね。
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       最初の門から真っ直ぐ、広場の脇の坂道を上りますが
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       その前に、こちらは最初の門をくぐった右手から広がる城壁で、
       ぐるっと城郭を囲む城壁ですが、背は高い物の厚みが無く、
       城自体が12世紀の物だったことを物語ります。
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       そして高台に見える古い大きな塔
       ここには上れず、近づいて見れるのも夏の期間の定められた日に、
       解説付きの見学ツァーがある様子。
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       坂の手前にあった城の簡単な解説、 
       コッラルトの城、中世の塔と外域を囲む城壁の名残の跡、
       初代トゥレヴィーゾ伯爵エンセディージョ・Ensedisioにより
       1110年に建設されたもの。 1312~1806年まで伯爵領の本拠地。
       1917~18年の第一次大戦で破壊された。
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       坂道を上り奥の門をくぐると、右手にもう一つ門が見え
       この奥が城の中核、城主の居住地であったのでしょう。
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       鉄柵の間からのぞくと、こんな感じに城壁の名残が見え
d0097427_01220245.jpg



       サイトで見つけた、内側の小さな写真2枚
d0097427_01221509.jpg
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       実はこの城の塔に残る有名な伝説がありまして、
       時は中世のいつごろか、どこにも出ませんが、
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       主人公はトルベルト・ディ・コッラルト・Tolberto di Collaltoと、
       その妻キアーラ・ダ・カミーノ・Chiara da Camino.

       長年の敵である現在はヴィットリオ・ヴェネトになる
       チェーネダ・Cenedaのカミーノ家から、和平の為に輿入れして来た
       美貌は並ながら大変嫉妬深い奥方、はは、ちょっと可笑しな言葉使いですが、
       
       そして彼女のお付侍女となったビアンカ・Bianca
       長い波打つ金髪の髪、優しい笑顔、優しい性格と、
       それはもうそうでなくてはね、ははは。
    
       トルベルトはビアンカを愛しますが、奥方の嫉妬を恐れ密やかに。
       そして戦に出発する朝、奥方の部屋に挨拶に出向き、
       髪をといていたビアンカにも微笑んで挨拶。

       ビアンカの頬を伝う涙からすべてを察した奥方は、
       トルベルトが出発するや否や、上の絵のようにビアンカを生きたまま
       塔の壁の中に閉じ込めたのですと!

       お話の終末は2筋ありまして、トルベルトは戦から無事戻り、
       出来事を聞くや否や、奥方のキアーラを追放したというのと、
       ついに生きて戻らず、という説と。

       ですがビアンカの亡霊は、その後コッラルトの人々の前に
       良い出来事がある時は白いベールで、逆の時は黒いベールに顔を隠し、
       現れるのですと!

       このお話は、1925年にコッラルト家の伯爵夫人から明かされた物だそうで、
       如何にもでしょう?
       なので演劇や音楽劇にも何度も取り上げられているのだそう。




       コッラルトの村では、このビアンカの悲劇を扱ったお祭りもあり
       かっての衣装で皆さん参加される様子。
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       少し奥には左に見える13世紀の古い塔が残り
       右はかって砲撃で破壊された大きな屋敷跡に建てられたと思われる
       教会があります。
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       塔の上部
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       城郭跡を囲む古い城壁の名残。
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       下の写真の城壁には張り出しが付いていますね。
       これで壁の上の通路は少し広くなり、小胞位は撃てる広さなのだと。




       奥の方はまさに森の佇まいですが
d0097427_01240336.jpg



       一廓にあったこれ、多分、牢であったろうと
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       今はまさに「つわものどもが夢の跡」の面影なのですが、
       20世紀初めの、砲撃前の村と城の様子が絵葉書に残ります
d0097427_01243198.jpg



       そしてこちらが、模型で復元されたかってのコッラルトの姿
       右端下に見えるのが最初の門で、坂道を上り、
       右に折り返した高台に城郭と今も残る古い大きな塔があったのですね。
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       コッラルト家はロンゴバルド族出身で、記録は無いものの、
       カール大帝などがイタリアに来た頃一緒に付いて来た戦士だったろうと言い、
       上手く立ち回り、騎士の位を手に入れたのだろうと。
       いつコッラルトの姓を名乗ったかも定かではありませんが、
       住み着いた土地の姓を名乗ったのであろうと。

       958年最初の記録にでるランバルド1世は、イタリア国王であった(950-961)
       べレンガーリオ2世・BerengarioIIとその息子アダルベルト・Adalbertoから
       トゥレヴィーゾの南の土地とモンテッロ近くを受けた様子で、
       ランバルドはべレンガーリオの娘ジスラ・Gislaと結婚したというので、
       重く用いられたのでしょう。

       モンテッロの近く、というのは戦術的に重要なピエーヴェ河の渡河を
       見張る位置でもあり、
       べレンガーリオがその下に下ったオットー2世の元、オットー3世の元で
       正式にトゥレヴィーゾ伯爵の位も受け、領土も徐々に増え、
       1000年の最初頃にはトゥレヴィーゾからチェーネダ、パードヴァから
       ヴィチェンツァ一帯に散らばり広がる領地を持つ大きな貴族になっていた様子。
       
       そうそう、中世のヴェネト史に登場するカミーノ家
       これはコッラルト家の始祖と言われるランバルド1世の息子から
       始まる家系であることも、今回知りました。
    



       城郭跡の下に広がる土地には、茶色の牛達が草を食み
d0097427_01245621.jpg



       こんな土地が遥に広がりますが、サイトによると、
       これもコッラルト家の土地なのだそう!
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       先々回の葡萄畑を思い出して下さいね。
       我々はこの写真中程に見える坂道を上り、上のサン・サルヴァトーレの城
       の手前から左に行って下り、ちょうど緑の葡萄畑が見える三角形を
       歩いて出発点に戻ったのでした。
       つまりコッラルト家の葡萄畑をちょっぴり歩かせて頂いたという訳!
d0097427_01252349.jpg
       写真に見える大きな赤屋根の建物が、現在のコッラルト家の
       企業本体であるワイン醸造所、コンテ・コッラルト。

       そうそう、上の行程の出発とゴール点の位置にある教会
       私がひょっとして礼拝堂かも、と書いたのは、
       シニョレッリさんが教えてくださったとおり、
       アンヌンツィアータ教会・Chiesa dell'Annunziataでした。

       教会名、スセガーナで検索して出た教会は別の教会だったのですが、
       コッラルト、スセガーナで今回あれこれ検索していて出ました。
       シニョレッリさん、改めて有難うございました!
       先々回の記事のほうは訂正しておきます。




       で1千年続く現在のコッラルト家の当主は
       右から2人目のイザベッラ・Isabellaで、
       右は夫のギュローム・ドゥ・クロイ・Guillaume de Croÿ ベルギーの
       クロイ家の君子で、イザベッラもIsabella Collalto de Croÿ と名乗ります。
       ・・家柄としてはどちらが上なのでしょうかぁ?
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       先代のコッラルト家には男子が生まれず、4人のプリンチペッサのみで、
       長女のイザベッラがコッラルト家の農業企業、150平米に広がる葡萄畑からの
       ワイン醸造業を統率している様子で、

       2人の子息は、左がエマヌエーレ・Emanuele、既に現在公的に
       活躍している様子で、右がヴィオレッテ・Violette.

       今回平民のshinkaiがふぅ~んと思ったのはです、
       サイト記事に出る名前にきちんと Principe、Principessa、Contessaと
       敬称付きなのですね。

       イタリア共和国になってこういう敬称は廃止されたと思っていたのですが、
       やはりきちんと残っているイタリア社会なのでした。
       



       コッラルト家のイザベッラ、お綺麗な方ですねぇ!
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       ワイン醸造についてなど、現在のコッラルト家の活動については
       http://www.cantine-collalto.it/




       ウィーンには、こんなコッラルト家のお館もあるそうで~す。
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       さてこちらは、トラットリーアの壁画に肖像が見えた
       コッラルティーノ・ディ・コッラルト・Collaltino (1523-1569)
       第何代になるのか分りませんが、コッラルト家の中で名が残る方、
       それも武勲ではなくロマンスで、なのです。
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       父マンフレード・Manfredo、母ビアンカ・マリーア・ヴィンチグエッラ・
       Bianca Maria Vinciruella、この母親が詩人だったそうで、
       勿論当時の貴族として武術も納め、と同時に文学もたしなみ、
       1545年には詩集も出版しているとの事。

       教養ある洗練された人柄で、ヴェネツィアの文学者達の集まりにも
       すんなりと溶け込み、




       そこで知り合ったのが、女流詩人ガースパラ・スタンパ・
       Gaspara Stampa(1523-1554)で、
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       パードヴァで父親が亡くなった後、母親の郷ヴェネツィアに戻り、
       その家が文学サロンとなり、貴族、詩人、音楽家、文学者の溜まり場となり、
       その美貌と秀でたリュートの演奏と歌、詩で有名だったのだそう。
       
       コッラルティーノとガスパーラは同い年で、25歳の出会い。
       じきに恋愛関係となった様子ですが、
       彼女の方が真っ当に深く愛し求めたのに対し、彼の方はなかなか・・。
       別れもあり、縒りが戻った時期もあり、
       彼女に素晴らしいソネットが生まれた事もあったものの、
       結局約3年の後に彼女は捨てられた形となり、

       元々虚弱体質であった彼女には精神的にも厳しく、
       ついに僅か31歳の生涯を終えたのでした。
       
       ガースパラ・スタンパについては、pescecrudoさんが3回に渡り
       書いておられます。

       コッラルティーノとの関係については、2回目のこちらに。
      

       コッラルティーノのその後は
       1557年にジューリア・トレッリ・Giulia Torelliと結婚し、
       2人の息子フーリオ・カミッロ・Furio Camilloと   
       ピッロ・Pirroが生まれていますが、 長子の名にご留意を

       そして1558年、武装してヴェネツィア共和国領内に入り込み、
       親族に激烈な恨みを持ち襲撃したかった様なのですが、
       反逆罪に問われ追放とされ、マントヴァのゴンザーガ家に逃げたそう。
 



       そして今回最後の人物、フーリオ・カミッロ・ディ・コッラルト
       これはつい最近出版された本で、トラットリーアに描かれたフレスコ画が
       表紙にもなっているのですが、
       絵の下に見える副題が、Traditore innamorato・恋に落ちた裏切り者
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       そう、上のコッラルティーノの長子フーリオ・カミッロが主人公で、
       小説仕立てですが、実際に起こった事件をヴェネツィアの記録古文書から
       拾い出し、歴史を踏まえ当時の世相なども知るように描かれていると。

       つまり落ち着きの無い乱暴者のフーリオ・カミッロが、
       同じ一族のジュリアーナ・ディ・コッラルト・Giulianaに恋をし
       1585年コッラルトの城を襲撃して、彼女をさらったのだそう!

       父親コッラルティーノは、サン・サルヴァトーレの城で生まれていますから、
       多分直系があちらに住んでいたのだと想像し、
       父親がいつまでマントヴァに追放の身でいたかなのですが、
       フーリオ・カミッロはサン・サルヴァトーレの城にいて、
       こちらのコッラルトの城のジュリアーナを見初め、奪いにかかったと、
       彼が28歳の時の事。

       彼女を奪い、目指したのがマントヴァと言うので、
       父親の追放先でもあるので、知り合いがいたのとも考えられますし、
       どうして一族の女性を、城を襲ってまで奪わなければいけなかったのか、
       既に結婚していたのか、余りにも近親すぎたのか、eccecc
       そして最後どうなったのか、これを知りたいのですがぁぁ、
       
       フーリオ・カミッロの名で検索をかけると、
       でるのは、この本のことばかり!!
       作者のインタヴューにも、本の紹介にも結末は明かされてませんし、
       12エウロで本を買うべきかどうか、ははは、只今考慮中で~す!

     ◆ 追記 ◆
       確かコッラルト家の歴史について書いた古い出版(1929)の復刻版を
       持っていた筈と思い出し探し、フーリオ・カミッロについて
       何か書いていないか調べました。

       7行ほど触れておりまして、フーリオではなくフルビオ・Fulvio Camillo
       となっていて、1585年の4月にたくさんの兵と強力な武器を持って
       コッラルトの城を襲い、破壊し多くの戦利品を奪ったと。
       原因はコッラルトの城にいた親戚に利害関係の古い恨みがあったものと。

       どうやら父親の襲撃事件とおなじ怨恨が続いていたのではないかと
       思われ、これには「恋した女性ジュリアーナ」には触れておりませんし、
       行きがけの駄賃に、失礼、略奪したのかも知れず、
       それを今回ちょっとお話を膨らましたのかも知れず、と思いましたです。 
       



       そんなこんな、ちょっと浮世離れのした古城跡と人物伝が
       続きましたので、最後も綺麗に、
       コッラルトの美しい秋の風景をどうぞ!
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       ちょっと長くなりましたが、
       楽しんで頂けましたように!


     *****

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by italiashiho2 | 2015-08-25 01:39 | ・ヴェネト Veneto | Comments(8)
2015年 08月 20日

   ・・・ 乗馬センター 再訪探訪 ・・・

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       先週木曜日の夜アンナリーザからメールが届き、
       乗馬教室の宣伝に使う写真が欲しいのだけど、というので、
       2,3度のメールのやり取りの後、
       急遽翌朝7時半過ぎに出かけました。

       アンナリーザ・Annalisaは私のイタリア語の先生だったのですが、
       現在はお絵描きにすっかり時間を取られ、友人としてのお付き合い。 
       乗馬教室云々というのは、
       彼女の実家が以前はトロット競馬の飼育訓練をしていたのが、
       暫く前から乗馬センターとして発足しているのですね。

       場所は我が家からだと車で東南に20分ほどの
       コドニェ・Codognéという村にあり、

       トップの写真は、馬場への道の入り口にあった新しい看板、
       乗馬センター・薔薇の騎士
       カッコいい名前ねぇ~!



       突き当りを右に折れ、あの奥に、広く広く広がります
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       途中の道がロータリーやら新しい道やらに変わっており、
       8時ちょっとすぎに到着したのですが、
       既に各準備室というのか、では準備が始まっていて、

       アンナリーザとグレンジャー・Grenger 17歳
d0097427_00344821.jpg



       このグレンジャーの目がちょっと変わっていて、
       写真ではグレイに写りましたが、もうちょっと水色なんですね。
       そう、青い目なの、とアンナリーザ。
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       あんたの目はこんな色なんよ、と撮った写真のモニターを
       彼の鼻先に見せたshinkaiですが、分ったかな、ははは。




       準備が出来てパカパカと部屋を出て行く、馬の体の大きさ!
       鼻先を寄せてくるだけだとそう大きさを感じないのですが、
       体の横が目の前に来ると、大きいぃ!!

       こちらは表で既に準備が出来ていた少女ガイア・Gaiaと、
       ガストーネ・Gastone 14歳。
       ガストーネがこちらを見ている目が可笑しいでしょう?
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       ガイアはこの馬は2年位だけど、馬に乗り始めたのは
       もっと前からだ、と。
       
       アンナリーザのママ、アントネッラ・Antoenllaの説明によると、
       このガストーネはポニーのちょっと大きめ、
       背までの高さ149cmまではポニーと呼ばれるのだそう。




       馬場に入ってから、アントネッラと向こう側にちょっと見える
       ガエターノが馬に何か注射器の大きいので飲ませているのですね。
       何かと思ったら、咳が出るので、咳止めシロップをね、ははは。
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       そしてガイアが引き綱を付け、舌をチッ、チッと鳴らしながら
       ガストーネを走らせます。
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       何周かするとガエターノの指示により、反対側のくつわに
       引き綱を移し、反対向きに走らせるのですね、なるほどぉ。




       もう一人のシニョーラ、ルチーア・Luciaも準備を終えて馬場に。
       馬はオレゴン・Oregon 23歳。
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       真ん中の赤いTシャツが、アンナリーザのマンマ・アントネッラ、
       手前がアントネッラの夫(アンナリーザのパパではない)ガエターノ・Gaetano.

       日本の競馬は単直走というのか、
       3歳とか4歳とかのサラブレッドの若い馬ばかりですが、
       障害物用の馬はもっと年を取ってから練習を始めるそうで、
       それに年を取っている馬の方が騎手初心者には良いので、
       皆かなりのベテラン馬がここにいる様子。

       幾つぐらいまで大丈夫なのかと聞きますと、
       人間と同じで、馬も病気したりあれこれあるものの、
       30歳位までは大丈夫なんですって!
   



       ガイアも騎乗となり
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       ガエターノがなにやらアンナリーザに注意を
       確か、きちんと意識して止れ、というような事だったと。
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       アンナリーザは自分の子供が出来るまでは乗馬を続けていましたし、
       障害物の試合にも出ていたのですね。
       で、新しく実家が乗馬センターを開くにあたり、
       教える為のコースにも通ったと言っていましたし、
       この夏は子供達の教室も開いて、大活躍だった様子。




       本当に広い敷地で、遠くの方にはこんな農家も見え
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       彼らがトレーニングしている場所からも、ずっと奥に広がり
       逆に見るとこんな感じで、道の奥に見える大きな家が実家です。
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       朝露でびっしりと露が付いた草原に咲く花
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       馬場と反対側には、こんな雨天練習場も
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       ふと横奥を見ましたら、あれ? あの馬の顔が白いけど・・
       なにせ遠目が効かないので、良く分らず、はは、
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       近寄ってみて、なんだ、覆面をしているんだ!
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       ちょうど刈り取った新しい草を運んできたアントネッラが説明を。
       ほら、白い小さい羽虫みたいなのがいますよね、
       この時もお馬ちゃんたちの顔の回りに群がっていましたが、
       あれが耳に入り込むのを防ぐ為なのだそうで、
       こうしてすっぽり顔を隠していた方が、馬も気が散らないし、と。
       それでもまだ耳に入り込む虫もいるんだそう。




       彼らの奥にまだ3歳というのもいて、鼻づらに触って挨拶し、

       こちらはいつも一緒にいる2頭
       白い方が彼女ベトゥーリア・Betuliaで、
       茶の彼はブチェーファロ・Bucefalo.
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       普通は決して一緒にパドックには入れないそうですが、
       彼らはずっと一緒だったので、ここでも一緒にしているのだと。




       白いお馬ちゃんの尻尾の動きや
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       白いたてがみが朝日に光る様子に惹かれます!
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       元の馬場に戻ってくると、アンナリーザが今からちょっと飛ぶよ、と。

       ガイアがちょうど飛んだところ
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       では、アンナリーザの飛ぶ姿を!
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       う~~ん、カッコいいなぁ!
       気持ちよいだろうなぁ!!

       馬には鳥取の砂丘で一度乗ったことがあるのですが、
       猫ちゃんの匂いが染み付いていて、それが気に食わなかったのか、
       どんどんどんどん、道の端のほうに歩いて行くのですね。
       勿論、くつわを取ってくれていた小父ちゃんも一緒だったのですが・・、

       ついに前足を振り上げて、shinkaiちゃんを振り落とし、
       足の上に仰向けになって背中掻きを!
       下になった私めは重くて足が抜けずで、ははは。

       コネリアーノのプールのすぐ近くに馬場もあり、
       値段を聞くと多分日本よりもずっと安いので、・・やろうか?!
       と思った事もあったのですがぁぁ、
       う~ん、この年で落ちて脚でも折ったら長引きそう、と諦めましたっけ。




       約1時間の練習を終えた3騎は、ずっと敷地の奥まで歩いていき、

       その間にガエターノに質問を
       障害の後ろにおいてある棒は何の為?
       あの棒の位置まで3mあるそうで、あそこから馬は飛ぶのだと。
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       凄いですねぇ! あの巨体で3mも、しかも高さを飛ぶのです!

       高く飛べるのは、やはり血筋もあるそうで、
       普通は1mまで飛べたら、OKなんだそう
       それ以上は練習だけではなかなか難しいのだと。

       アンナリーザに聞きますと、ガエターノは大変理論的に
       きちっと教えるのだそう。
       馬術ばかりでなく、かってはフェンシングもしていたので、
       ここのセンター「薔薇の騎士」の名の由来も、
       長年の彼の夢であった、薔薇の花を頭につけた騎士の決闘、
       相手の薔薇を剣で落とす、という興行がかって在ったのと結びついたと。

       夏の初めにあった子供達の乗馬集中教室でも、
       彼は乗馬だけでなく、午後には希望者にフェンシングも教えたそう。

       「薔薇の騎士」というとリヒャルト・シュトラウスの有名なオペラが
       ありますが、そんな興行が存在していたのは知らず、
       あれこれ検索をかけましたが見つからず、でした。



       歩行を終えて戻ってくる3騎
       先週は5人練習に来ていたそうで、大きいのから小さいのに
       順に並んで歩いていて、見物だったと。
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       引き返して来たのを見たアントネッラが、
       こっちの馬場も撮りたいかと、開けてくれ

       広いでしょう?! 砂場になっていて、
       使う時は本当は水を撒くのだそう。
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       余り走らずに、ゆっくりと歩くだけでしたが、
       なかなか良い雰囲気でしょう?!
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       私は砂埃を撮りたくもあったのですが・・。




       アンナリーザと青い目のグレンジャー
       お馬ちゃんは必ずカメラ目線なんですよね、ははは。
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       薄いブルーの目の美少女、ガイア、11歳
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       へぇ、馬の足の裏は、こんな風に隙間があるんだ!
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       後で水で体を洗ってやる時に、ブラシで土を掻き出していましたっけ。




       体を洗ってもらっているグレンジャーの額の星、
       真ん中にツムジがあるのも見つけ
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       ここには何年か前に一度、来伊された友人とそのご両親と一緒に、
       ちょうど生まれた子馬を見にお邪魔した事があります。
       まだトロット競馬用の馬の飼育、訓練をしていた時で、
       納屋の様子も今と違い、猫ちゃんもたくさんいたのですが・・。
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       当時の様子はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/8173372 

       こちらソンチーノの記事にも、馬の教室についてちょっぴり




       こちらは、アンナリーザの言葉によると
       ジオストラ・giostra・回転木馬! ははは。
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       つまり雨降りの時など、厩舎を掃除したりする時ここに連れて来て、
       一人でぐるぐる歩き回れる様に、半強制的にね、ははは。 




       現在馬は12頭いるそうで、
       馬を外に囲っておくパドックは8つ、厩舎は20あるそうですが、
       これは厩舎についていた回転扉の餌入れ
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       なんと彼らは一日に20kも食べるそうで!
       到底草だけでは不足ですから、どんな仕事をしているかによって、
       朝晩にここから小麦などを入れるのだそう。 




       あちこちを見て回っていると、ガイアが新しいポニーを
       連れて行き、    
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       ブチのポニーは、ティーノ・Tino 12歳。
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       ガエターノの指示で馬場を走り、ジャンプに取り組みます
       もっと鞭を入れて走らせろ、と言われるのですが、なかなかで、
       上手く飛べる時もあり、コツンと爪が当る音がすると気もあり・・、
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       舌の先をちょっと出して集中しても、時にティーノとの
       気合が合わずに、避けられる事もあり・・、
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       この練習は余り長い時間ではなく、厩舎の方に戻って来て
       漸くに猫ちゃん2人に!
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       アントネッラの言うには、今5匹いるそうですが、
       朝のうちは殆ど姿を現さず、夕方お鍋を抱えて母屋から来ると
       集まってくるそう、ははは。




       ではまた!と挨拶して帰る途中、一番端の厩舎から顔を覗かせた
       黒馬ちゃん、編んで貰ったたてがみが可愛いでしょう?!
       鼻づらをさすって、またね。
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       綺麗に咲いていた薔薇の花もあったのに、
       あ、撮るのを忘れた、と戻り際のこの白い花で、失礼を!
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       写真の数が多くなった今回ですが、お楽しみ頂けました様に!



     *****

       水彩ブログには、 アシャーノの麦畑、もうちょっとと、葡萄の赤ちゃん を
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by italiashiho2 | 2015-08-20 00:57 | ・ヴェネト Veneto | Comments(5)
2015年 08月 15日

   ・・・ ヴェネト盛夏 ・ 葡萄畑の様子は ・・・

       皆様、残暑お見舞い申し上げます!

       立秋の日も過ぎ、今お盆休みの最中ですね。
       そろそろ暑さの峠も過ぎたかなと期待しつつ、
       夏の最後を楽しんでまいりましょう!

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       今日ご覧頂くのは、我がコネリアーノの町の西隣、
       スセガーナ・Suseganaの町の
       サン・サルヴァトーレの城に沿っての葡萄畑に、
       月初めの4日に写真仲間と出かけてきた時の様子です。

       
       上は、朝の8時15分に城の下にある駐車場に集合の後、
       お城への坂道を上り始める脇にある礼拝堂 教会

     ◆ 追記です
       入り口扉の上に伯爵冠を戴いた紋章が見えるので、
       コッラルト家の礼拝堂かと思ったのですが、
       シニョレッリさんが「アンヌンツィアータ教会・Chiesa dell'Annunziata」
       であると教えてくださり、確認も取れました。
       シニョレッリさん、有難うございました!
     
       


       坂道を上り始め
       上の礼拝堂の上にも見えた月、見えるかな?
       手前の畑のこれは、何の作物だろう・・。
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       右奥に見える建物を目印にしますので、ご記憶を。       
       

       坂道を辿った写真は、こちらにも




       途中にある元修道院跡の建物の一部
       住んでおられるのですね。
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       こんな花も
d0097427_01173670.jpg



       この辺り、既にかなり上っていて、
       東側に見下ろす大きな古い造りの農家
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       壁の屋根の下そして中程に、少し消えかかっていますが
       赤い線が 見えるでしょう?
       これは城主コッラルト家の持ち物であるという印なんだそう。
       
       そう教えてくれたのは、今回一緒したジョヴァンニの奥さんで、
       きゃ、名前が出ない、 他にも大変興味深い話を聞かせて貰ったので、
       それは後ほど。




       見下ろす、畑の中の最初の農家、納屋
       ほら、ここにも赤い線が見えるでしょう?
       手前に茂っているのは、オリーヴの木、畑、
       そしてヴェネト平野、ピアーヴェ河東の葡萄畑。
d0097427_01180680.jpg



       大分上ってきて、既にshinkaiは城の前なのですけど、
       ジャンナ達はまだ途中の修道院跡辺り
       ここまでお喋りの声が聞こえてくるのですよ!
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       とにかく暑い日で、しかも少し湿気があり、
       逆光で遠くの平野が靄って上手く写らず、残念!




       こちらがサン・サルヴァトーレの城の正面
       上に見えるのが、伯爵冠を戴くコッラルト家の紋章。
       中の見学や、恒例の春の白ワインの催しの時もここからは入れず、
       城の下の道をずっと奥まで行って、脇門から入ります。
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       コッラルト家が最初に歴史に登場するのは958年、
       凄いというのか素晴らしいと言うのか、
       現在まで延々と1千年を越え、家系が続いているのですね。

       現在の城壁内の敷地の広さは、イタリアで一番とか、
       あれこれ時々目にしたり聞いたりする事からも、
       この家系の大きさ根強さが想像できるのですが、
       今回は改めてきちんと読みたい、という気になりました。

       サン・サルヴァトーレの城の内部ご案内は

       コッラルト家の人々、オリジナルについては




       城の門の前から見る、例の農家、納屋
       そして周囲に広がる、見事なまでの葡萄畑!
d0097427_01184979.jpg
       ちょうど前の土地が荒地になっていますが、
       古い写真ではここも葡萄畑でしたから、
       きっと新しい苗に植え替えるのでしょう。

       我々はぐるっと回って、最後はあの納屋の前の道を通り、
       最初の礼拝堂の脇に出たのでした。




       一緒したミレーナ
       彼女はね、私が撮っているとその後から来て
       写すのです、狙いをコピーするんですって、ははは。
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       石塀の上のトカゲ君
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       お城の正面を過ぎ西側に回ると、こんな風に
       城壁に沿って更に道が続きます
       車もたま~に通る位で、散歩の人が何人か。
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       そしてまた西角に行き、曲がり角があり
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       石塀と糸杉の間を道がず~っと奥に続いて行きますが
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       我々はミラーのあった脇から、こんな道をだらだらと下り
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       農家、納屋の前に
       ほら、ここにも赤線、もとえ、赤い線が、ははは。
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       納屋の中に白く新しいプラスティックの椅子があり
d0097427_01210427.jpg

       

       向かい合ってある建物の前にも、如何にも人待ち顔に!
       今は閉められていますが、こちらはきっと住居だったのでしょうね。
       白い椅子の前にあるテーブルは、車輪をリサイクルした物でした。
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       ジョヴァンニの奥さんが話してくれたのですが、
       とにかく一帯の領地が広く、小作人として農民達が働いていたわけで、
       第一次大戦時は、コッラルト家はオーストリア側だったので
       イタリア軍の爆撃も受け、戦後は土地もイタリア国王に摂取。
       で農民達は土地が戻ったら自分達の物になるかも、と期待したのだそう。
       ところがそのまま伯爵領に戻ったので、
       農民達は武器を持って押しかけ直に強談判したのだとか!

       どこかにこの話について書いたのがないか、
       もっと詳しく知りたくなったshinkaiです!




       家の中庭を通り過ぎ、葡萄畑の中の道にでます。
       手前はジョヴァンニ。 暑く眩しく目を細めている所。
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       道はこんな風にだらだらの下り坂
       あの面白い形の木は、松の木なんですよ!
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       で、この右に広がる葡萄畑の葡萄が、素晴らしく!
       こんなまだ赤ちゃんみたいに遅く小さいのもありましたが、
d0097427_01220467.jpg



       日当たりが良いせいか、既にもう、こんなに色づき!!
       葡萄の木の幹も、太く古いのにご注目を!
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       中でもこれが一番熟していた色
       つられて一粒摘みましたが、味はまだ酸っぱかった!
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       今のこの暑さがこの調子で続けば、
       今年は葡萄摘み・ヴェンデーミア・vendemmiaが早いでしょうね。
       そして良い収穫かも!

       日本でお米の作柄状況がニュースに出るように、
       こちらイタリアでは、今年のヴェンデーミアは、と出ます。




       葡萄畑の畝の間の道、ず~っと遠くまで・・
d0097427_01241991.jpg



       畑の脇の赤土には、蟻んこたちの巣
       この暑いのにせっせと小さな蟻達が働いていまして。
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       トラクターに乗った方がこちらにやって来て、
       にっこりと挨拶しながら、
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       角を曲がり、あの家・納屋のほうに
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       上からかなりのスピードで下って来たサイクリングの2人
       西に角を曲がっていった先にも、やはりトラクター。
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       上から見たときは変な形と思った松の木も、
       こうして見ると、威風堂々、に見えません?
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       ずっと目印に見ていた例の家・納屋の前から、
       今度は逆にお城を見ます。
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       今見える真ん中の塔は礼拝堂の鐘楼で、
       大きな塔もあったのが爆撃でやられたのだと。
       残っていたら、さぞや素晴らしい眺めでしょうに、ね。




       という事で、出発点の礼拝堂の後ろに戻った我々
d0097427_01260434.jpg
   
       暑い中、ご苦労様でしたぁ!




     *****

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by italiashiho2 | 2015-08-15 01:33 | ・ヴェネト Veneto | Comments(15)
2015年 04月 11日

   ・・・ サン・ピエトロ・ディ・フェレット教会 ・ ヴェネト古寺巡礼 ・・・

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       今日のご案内は、我が家から車で20分ほどに位置する
       古い教区教会サン・ピエトロ・ディ・フェレット
       La Pieve di San Pietro di Felettoです。

       実は前を通る事は何度もあるほど近く、内部も2度ほど訪問、
       説明を受けたり写真も撮ってはいたのですが、ご案内はまだでした。
       それが先日、イタリア・ロマネスク教会全制覇途上のクリスさんから、
       ここのフレスコ画をサイトで見ましたが、ご存知ですか?
       というコメントを頂きまして・・、ははは。
       
       という訳で、4年前の3月上旬に訪問した写真でご案内です。

       トップは教会入り口前の広いポルティチ部で、
       鐘楼は少し離れた位置にあリ、アクイレイアの鐘楼をモデルの
       ロマネスク様式ですが、尖塔部分は16世紀のものと。

       この古くて小さな教会鐘楼の南側は、素晴らしく広々とした
       広場になっているのですが、写真がなく、サイトでも見つからず残念。



       道が教会前すぐに迫っており、こんな見上げる感じ
       かってはこの石段を上がったのでしょうが、現在は南の広場側から
       緩やかな坂道を辿り、横から入り口に。
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       この古い教会が出来たのは、大体1000年前後と見られ、
       当時トゥレヴィーゾ一帯に36の教会が建設された時であろうと。
       元々この場所にはロンゴバルドの礼拝所か民間信仰の
       施設があった後に建設されたものだろうといいます。
       


       近辺の地図をどうぞ
       赤点の付いた所に教会があり、コネリアーノからは北西の位置になり、
       バニョーロ・Bagnoloのトラットリーアが、先回のパスクワのお昼でした。
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       教会の右に小さく家の印が見えるのが、我が家!
       グーグルの道路検索で「スコミーゴ」と打ち込むと自動的に「我が家」
       と変換し、おまけに教会まで17分とでて!

       ですが、この教会に行くにはバニョーロ辺りから坂道を上るのと、
       裏側の山道を上るの2通りありまして、
       裏側からは素晴らしい傾斜の、ははは、9つのヘアピンカーヴが続き、
       8年前、12月の末に免許を取り3月の末にウンブリアに出かける前には、
       ははは、ようやった! 毎日この坂道一帯を運転練習で走り回った記憶。




       出かけた早春のこの日は、良いお天気だったのですが春霞で、
       この高台にある教会前からの景色は素晴らしいのですが、残念!
d0097427_00565661.jpg
       

       ずっと以前に、チラッとこの教会もご案内しており
       コネリアーノからの素晴らしい景色もありますので、是非こちらも。




       教会前のポルティコと言いましたが、前のみでなく、
       広くこんな風に南側にも広がっており、
       かっては様々な集会にも利用されたのであろうと。
d0097427_00570955.jpg



       そしてこのポルティコの正面入り口側に大変興味深い
       古いフレスコ画が残っていて、ここに4枚見えますね、
d0097427_00572205.jpg



       どの説明にも5枚とあるので、多分この入り口脇のも
       数えているのでしょうが、残念ながらこちらは・・。
       ですが専門家が見るとちゃんと主題が分るのですねぇ、
       「カインとアベルの犠牲」と。
d0097427_00573642.jpg
       他にもあれこれうっすらと見えますので、
       かっては一面にフレスコ画で埋められていた物と。




       内部にもたくさんフレスコ画があるのですが、
       外側のこの4枚が古い年代のもので、12~13世紀、
       大変興味深く趣もあるので、少しご説明を。

       正面左から、サンタントーニオ・アバーテ・Sant'Antonio Abate.
       この聖人は「聖アントーニオの誘惑」などの絵画主題でよくお見かけしますが、
       動物の守護聖人ですから、一帯の農家にとっては大切な聖人ですよね。
d0097427_00574833.jpg
       そして右に「聖母子像」ですが、




       よく見えるようにアップを
       聖母は玉座に座った形なのですが、ほら子供のキリストは
       お母さんのお乳では無く、自分で哺乳瓶らしきものを持っているでしょう?
d0097427_00580185.jpg
       多分画家は、この近辺一帯の貧しい農家で古くから行われていた風習を
       描いたのであろうという事ですが、
       そう、12,3世紀には既に哺乳瓶が使われていた事になりますね。
       ではこの哺乳瓶は何製かと思われるでしょう?
       はい、豚の膀胱なんだそうで、湯たんぽにも使われていたそう。

     ◆ 追記 ◆
       「哺乳瓶」については、当日のガイドさんの説明も、今回いくつか読んだ
       サイトでも、とりわけイタリア文化省とFAI(文化財保護協会)が名を連ねる
       サイトにもあったので、上記の様にご案内したのでした。

       が下のクリスさんのコメントを読んで頂けるとお分かりのように、
       私も写真をアップして見て、やはり乳房だと思います。
       乳房の周囲をぐるっと囲んでいる茶のアウト・ラインが上部で切れ、
       緑色の聖母の衣装の他に白い線が見えるので、
       多分下着が覗いているのを見せる為と思いますし、
       乳房の位置、子供のキリストの指の位置なども、当時の画家の稚拙さ
       から来るものと思われますので、間違いないだろうと。
       クリスさん、有難うございました!




       この2枚のフレスコ画の下に、正確には聖アントニオ・アバーテの下に、
       この小さなフレスコ画、豚ちゃんです。
d0097427_00581581.jpg
       豚は中世において、いや現代もですが、大切な食品で、
       春から夏に育て、秋の木の実をしっかり食べさせ、
       クリスマスの前に葬り、冬を越す為の重要な貯蔵食品だったのですね。




       こちらは正面入り口の上にあるもので、
       左からサンタントーニオ・アバーテ、サン・ジャコモ・San Giacomo,
       聖母子、そして司教、多分サン・ドナート・San Donatoか
       サン・ティツィアーノ・San Tizianoだろうと。
d0097427_00582829.jpg
       上の2枚もそうですが、大変に素朴でのびのびとした描写で
       色使いも簡素で素晴らしいと思います。

       こちらの背後の地面には植物らしきものが見えますね。
       この土地の名フェレット・Felettoは、
       ラテン語でシダ・felce・フェルチェに由来すると言い、
       シダの多い林地帯を現しているのだろうと。




       そして最後の一枚が、これが大変貴重なフレスコ画で
       「日曜日のキリスト・il Cristo della Domenica」と呼ばれる物。
       ちょうどポルティコの梁の上にまたがるので、左右両方からの写真を。
d0097427_00584216.jpg
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       キリストの傷ついた体のあちこちから血が迸り、
       周囲に描かれた様々な道具類に繋がりますが、
       これら道具類はすべてその職業に繋がり、
       つまり主の祝日である日曜日に仕事をしてはいけない
       それはキリストを苦しめる事になる、という事で、
       左側の足元部分には、ベッドインのカップルも見えますが、はは、
       「日曜はダメよ」なのであります、はい。

       こういう描写は現在ヨーロッパに10点ほど残っているだけだそうで、
       反宗教改革のトレント公会議において、民衆的で好奇心を誘う主題と
       描写は異端に繋がる恐れがあると、禁止されたからなのだそう。

       でこれ以降の苦しむキリストの姿は、釘、鞭打ちの為の円柱、
       槍、海綿(タオル地)などに変わったのだそう。




       という事で、では内部に参りましょうか。
d0097427_00591088.jpg



       4年前の春に行った時は、まだ祭壇部分の最後の修復が済んでおらず、
       この内部全体の写真はサイトから拝借で、
       狭く高い内部は3廊式で、どちら側にもフレスコ画があり、
       内陣は半円形。
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       後陣上部に残るのはビザンティン風の壁画、13世紀ですが、
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       ご覧の様に、上から2度目3度目と新しく描き直された
       様子もよく分りますね。




       こちら右側の上が一番新しい15世紀の壁画で、
       「貧しい者達の聖書」といわれるもので、
       字が読めずとも、ラテン語で行われるミサの祭典次第も
       これを見ながらたどる事が出来るという、いわば絵解きですね。
d0097427_01002068.jpg
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       入り口側、天井の高さが良く分かりますね。
       ここには「最後の審判」があったと。
d0097427_01053094.jpg



       こちらは左側の壁で、右側よりも古く、13世紀頃のものと。
       上の左の大きなのは、サン・クリストフォロ。
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       そして入り口の左側の隅には、この様に囲われた形で
       礼拝堂があり、
d0097427_01060981.jpg



       内陣側から見た様子で、真ん中に洗礼用の井戸があり、
       今正面真ん中に見える聖セバスティアーノの名を冠され
       サン・セバスティアーノの礼拝堂と呼ばれます。
d0097427_01062397.jpg
       
       この洗礼堂はこの一帯に唯一の、大変重要なものだったのだそう。




       内部はご覧の様に、15世紀後半の大変密な壁画、
       主題は「サン・セバスティアーノの生涯」、で埋められており、
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       画家の名は特定できないものの、トゥレヴィーゾからベッルーノに
       かけての土地の画家で、ヴィットリオ・ヴェーネトのセッラヴァッレの
       教会にも同じ画家の作品とみられるのが残っているそう。
       



       教会前のポルティコで、当日一緒した仲間達と
       真ん中にルイーザがいて、後ろに見える右が夫のレナート、
       そして左後ろの帽子がクラウディオ
d0097427_01075475.jpg
       実はこの4年前の写真を引っ張り出して見直すまで、
       クラウディオの事を忘れていたのですが・・、
       彼は病気の為に盲目となり、ですがこうして皆と出かけ、
       詩も書く、生きる意欲に溢れた素晴らしい男性だったのですね。

       所がこの1年後にちょっとした事で入院し、
       明日は退院、という日に亡くなりました。
       私は何度か会った位でそう親しくも無かったのですが、
       お葬式の日に会った息子さんが、私の事も聞いていると・・。

       クリスさんが今回言って下さらなかったら、
       きっとこの写真もそのままだったろうと、ちょっと感無量で、
       ここに書かせて頂きましたが、
       この後、ルイーザにブログの事を知らせようと思っています。
       クリスさん、有難うございました!!




       早春の午後、ここの見学の後、もう一箇所近くの教会に。
       最後は、早くも陽が傾きかけたこの一帯の様子をどうぞ
d0097427_01080741.jpg
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       皆様、最後まで見て下さり有難うございました!





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by italiashiho2 | 2015-04-11 01:13 | ・ヴェネト Veneto | Comments(18)
2015年 03月 27日

   ・・・ ラ・ロトンダ訪問 ・ 春の日 ヴィチェンツァ近郊 ・・・

       さて先回予告編を致しましたヴェネトはヴィチェンツァ近郊、
       16世紀アンドレーア・パッラーディオ・Andrea Palladio設計の
       ラ・ロトンダ・La Rotonndaのご案内です。

       
       長閑なヴェネト平野の中をバスは行き
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       ラ・ロトンダ正面の標識
         ヴィッラ・アルメーリコ・カプラ  通称 ラ・ロトンダ
         (16世紀) 設計 アンドレーア・パッラーディオ
       右下のマークは、世界遺産指定 1994年
d0097427_00252865.jpg



       内部は写真禁止でしたので、サイトからの写真をあれこれ拝借ですが、

       こちらは上空からで、庭園の広さの関係もよくお分かりと
d0097427_00254087.jpg



       どこにあるかと言いますと、先回ご紹介した
       ヴィチェンツァの街の南に。 駅前からバスがある筈で、
d0097427_00255368.jpg
       ヴィチェンツァはヴェネツィアから75k西に位置し、
       ミラノ~ヴェネツィア間の幹線駅。




       さて南から近づいた我らのバスの窓からの最初の眺め
       建物の東側に当ります。
d0097427_00260543.jpg



       バスを降り、細い緩やかな坂道を辿りますが、
       この辺りは長閑な景色と温暖な空気で有名な所で、
       花も咲き始め・・。
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       正面入り口からの眺め
d0097427_00262949.jpg



       上の庭園から
d0097427_00263860.jpg
       ラ・ロトンダの訪問は今回初めてだったのですが、
       今まで写真はあれこれ見ておりまして、その印象からなんとなく
       こじんまりとした可愛らしい建物、という感覚があったのですが、
       なんの、やはりかなり壮大な印象で、パッラーディオ独特の
       堂々とした大きな物でした。




       正面入り口は北西側にあり、入り口の緩やかな傾斜地の向こう、
       上って来た道を挟み見えるのは、
       ヴァルマラーナ家・Valmaranaのヴィッラの礼拝堂で、
d0097427_00265247.jpg
       ヴァルマラーナのヴィッラはあの奥にある様子ですが、
       奇しくも1912年より現在のラ・ロトンダの持ち主。

       それにしてもこの借景というのか、これも大変見事なものですが、
       坂道の左側に見えるのが、いわゆるバルケッサ・農作業用、厩舎で、
       これは後世カプラ家に持ち主が変わってから付けられた物と。




       入り口から傾斜道を上ってきた所の鳥の彫像、家鴨かな、なんだろ?
d0097427_00270819.jpg



       こちらが庭園から見るバルケッサの裏側、というか使用側。
       入り口の傾斜道の長さ、高低差が分りますよね。
d0097427_00272757.jpg



       前の庭園から、北側にはモンテ・ベーリコの聖堂も見え、
       これはヴィチェンツァの駅から南に、見上げる高さに見えますが、
       木立の中に点在する大小のヴィッラも見え、
       庭には引率の先生の話を聞く外国からの学生グループも。
d0097427_00274073.jpg
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       前庭で我らのガイドさんがあれこれ説明中だったのですが、
       shinkaiは勝手にあちこち歩き回って写真を撮り、

       こちらは南側
       正確にはほんの少しの違いがあるそうですが、四面共に同じ造りで、
       真ん中の丸い大きな部屋から張り出した形で、
       6本のイオニア式円柱に支えられた神殿様の入り口のロッジャがあり、
       階段を上ってどこからも出入りでき、周囲の風景を愛でる事も。
d0097427_00280762.jpg
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       上はピアーノ・ノービレと呼ばれる主人の居住区域で、
       1階部分は召使達の使用部、そして台所や物置部分。




       階段の下を通り抜けるアーチ部分
d0097427_00284645.jpg



       現在の正面入り口である北側で、ここから中に入ります。
d0097427_00285937.jpg

       上の三角部の下に、MARIUS CAPRAと見えますが、
       マリオ・カプラ・Mario ともう一人兄弟のオドリーコ・Odoricoが
       このヴィッラの建設を1620年に終了させたのでした。

       後先逆になりますが、
       最初にこのヴィッラをパッラーディオに注文したのは、
       入り口脇の標識に名の見えるパオロ・アルメーリコ・Paolo Almerico
       この方は教皇ピオ4世、5世に仕えた書記官だったそうですが、
       引退するに当たり生まれ故郷のヴィチェンツァに住む為だったそう。

       1565年に発注翌年から工事で、1569年には住める状態だったそうですが、
       パッラーディオは1580年、注文主のアルメーリコも1589年に亡くなり、
       工事の完成を見ることはなかったと。

       アルメーリコ、司教にして伯爵位を持つ方が亡くなった後、
       このヴィッラは庶出の息子が相続しますが、これが経済破綻者で、
       2年後にカプラ兄弟に売り払い、漸くに30年後の1620年
       外装内装共に完成という事に。


       アルメーリコ司教は聖職者ですから独り者、庶子は居れどもで、
       姓が違うので隠し子だったのかも、ははは、
       いわゆる貴族の一般のヴィッラのように広大な建物は必要なく
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       このラ・ロトンダがこじんまりとした、
       中心に円形の広間があり、その周囲に同じ形の部屋が四方に突き出す、
       いわばギリシャ十字の教会様式にも似た形で、
       中心の円形の広間の天井部分には丸屋根を持つ神殿に似た形
       パッラーディオが設計したのも納得できますね。

       小高い、他から孤立した丘の上に立つ聖職者のヴィッラとしては、
       如何にも相応しい形で始まったのでしたが、

       ヴェネト一帯に30ほどものヴィッラの設計をした
       パッラーディオの作品の中でも最高傑作として名高く
       世界各国にその影響を及ぼした神殿式ヴィッラなのでした。




       ですからこの内部装飾は、後に買い取ったカプラ兄弟の趣味というか、
       当時のヴェネツィア貴族の趣味で、後々にも様々に改装された様子。

       中心の円形の広間と、上のドームの内部装飾
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       パッラーディオが亡くなった後は、ヴィンチェンツォ・スカモッツィ
       Vincenzo Scamozzi が、テアトロ・オリンピコを始め
       パッラーディオのプロジェクトの後を引き継いだのみならず、
       彼自身も素晴らしい建設をヴェネト一帯に残しておりますし、

       このドームもパッラーディオは半球体を設計していたのが、
       スカモッツィは建設上の問題からももっと低いものに変え、
       頂上部に丸い天窓をつけたのだそう。

       真ん中の縦構図の写真ですが、もし写真Okだったら
       きっとshinkaiも撮った上部でして、
       あの赤を背景の彫像に光が当って、本当に美しく見えたのでした。
       こういうゴテゴテ装飾は余り好きませんが、それでも時にはね・・!


       パッラーディオ設計の他のヴィッラのご案内
       テアトロ・オリンピコ

       ヴィッラ・マルコンテンタ

       ヴィッラ・エモ


       

       
       どこの部屋か覚えておりませんが、角部屋の装飾と、
       その天井装飾、一つ足りませんが・・。
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       建築史上に残る、新しい建築様式を開いたと賞賛される、
       素晴らしく美しいパッラーディオのヴィッラ。

       そうですね、貧乏人の正直な感想としては、ははは、
       実際に住むとなるとどうだろうか、というものでした。
       ははは、こういう感想自体、ヴィッラを観る資格がないのかもですが!

       そうなんです、いつもはヴィッラ見学にこういう感想はないのですが、
       何ででしょうか、余りにも正確に整いすぎていたせいなのか、
       美しいけれども、丘の上にぽつんと孤高の姿というからなのか、
       どこかトンチンカンな感想ですが・・。




       東側。 こちら側は庭が広く、ゆったりで
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       この正面に当るこちらの傾斜地には、かっての馬車道と思われる
       生垣の植わった道が見えましたが、現在は周囲と同じ
       石塀で閉じられておりました。 

       そうそう建物自体の向きですが、どの部屋にも均等に光が
       当るように、東西南北の軸に45度の角度を持っているのだそう。




       東から南にかけての、本当に気持ちの良い春の畑。 
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       ヴィッラの入り口、傾斜道脇の薔薇もお手入れ中でしたし、
       南西角の紫陽花もすでにこんなに葉が育ち、 
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       外国からの客人グループもスケッチをしたり
       いやぁ、それにしても真っ白、ミルク色の肌! 
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       前庭ではデンマークからの高校生が記念撮影中で、
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       皆が指を突き出しているでしょう?!
       なんと、ははは、中指を突き出しておりまして、

       後で学生を撮っている所にこの先生がやって来て、
       ジュリアーナがついでにカメラを向けましたら
       中指を突き出し!、ははは、しっかり写っておりました。




       はい、後列にいた緑の髪の子
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       彼の左のレンズに映っている赤いコートは、ジュリアーナ。
       彼女が盛んにこの緑の髪を撮りたがっていたので、
       shinkaiめがきっかけを作ってあげた、とばらしまして、ははは。 

       我ら中高熟年グループは、はは、暑いとは言いながら殆どがコートのまま。
       ですが、彼らは半袖Tシャツ、中には袖なしもおり!
       ヴァイキングの子孫に勝てるわけがないよ、と言い合った事でしたぁ。


       ラ・ロトンダの見学は
        期間は3月15日から、11月15日まで
        4月から10月 10時から12時 15時から18時
        3月と11月 10時から12時半 14時半から17時
        月曜休館

       公式サイトは
       http://villalarotonda.it


       という様な、春の日のラ・ロトンダ見学でした。
       



     ◆ 個展のお知らせ ◆

       我が絵の師 二木一郎さんが、諏訪市のギャラリー橋田さんで
       3月30日から4月12日まで、個展を開催されます
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       今回がなんと30回目の個展になられるそうで!
       なんとも大変なご精進です。

       新作についてはこちらでご覧になれますが、
       新しい試みの新作をも含め、力のこもった展覧会になる事と存じます。
 
       どうぞお出かけ、ご高覧下さいますよう
       私からもご案内申し上げます




     *****

       水彩ブログには、 目覚めゆく平野 ヴォルテッラ ・ 途中経過の2 を
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2015-03-27 00:43 | ・ヴェネト Veneto | Comments(6)