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2006年 09月 29日

  ・・ デルタ ・ グアルド タディーノ ・ グッビオ ・ 陶器の町 ・・

     今日はウンブリア紀行の第2回として、手工業の盛んな
     ウンブリアにあって、世界に知られた陶器の町々
     デルタ、グアルド・タディーノ、グッビオ、オルヴィエート
     をご案内いたします。  
     先回のアッシジと同様、DeAgostino出版の旅行雑誌
     「ウンブリア・緑の魂」からの記事、写真でご紹介です。 ではどうぞ。

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      ◆ウンブリアは、イタリアのどこにあるか

       はい、この赤くなっている部分がウンブリア州です。
       こうして見ると、殆どイタリア半島の中央部にある事が分ります。
       左上隣がトスカーナ州、同じく左下隣がラツィオ州で、
       ローマがあります。




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      ◆ウンブリア州の地図
       ほぼ真ん中にペルージャ・Perugia があり、
       今日ご紹介のデルタ・Deruta はその南
       グッビオ・Gubbio は北北東
       グアルド・タディーノ・Gualdo Tadino は北東に。  
       アッシジ・Assisi、オルヴィエート・Orvieto
       スポレート・Spoleto、ノルチャ・Norcia など、
       線を引きましたので、位置を確かめて下さいね。




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      ◆デルタ

       世界中にその名を知られるデルタの町。 
       手作り陶器の歴史は古く、8世紀に遡ります。 
       周辺の丘から良い粘土が採取された事から始まり、
       中世において、ヨーロッパ中の貴族の館、テーブルを飾りました。
       当時は、単なる職人の手工業ではなく
       芸術と同じ位置にあったとか。




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      ◆陶器工房

       町には幾つもの、手作り、手描きの陶器工房が
       あるそうですが、これはマヨリカ焼きの工房。  
       この雰囲気、素晴らしいですね。




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      ◆陶器博物館所蔵品   1・2

       デルタには、陶器の博物館があり、
       16~18世紀にかけての芸術的な作品が収集され、
       展示されているとの事です。 
       
       最初は素朴な形、デザインで始まった物が、
       イスラムの図柄の影響も受け、複雑に、
       動植物の柄も、入り込んできています。




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      ◆陶器博物館所蔵品   3・4

       こういった人物像の入ったもの、名画の中の人物像
       であったりするのを見かける事も多いのですが、
       絵として見ると、納得できる物がなかなか。
       が、これはやはり素晴らしいと思います。 
       縁の柄が同じですから、何かのセット物の一部だったのでしょうか。  
       よく使われた色は、
       銅の緑(緑青色?)、オレンジ、そして、コバルト・ブルー との事。




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      ◆グアルド・タディーノ

       町を見下ろす中世の要塞。 現在、市の博物館。
       やはりここも、周辺からの豊富な粘土の産出があり、
       中世において既に、評判の陶器の町でした。 
 
       そして19世紀に、忘れられていたマヨリカ焼きの
       「光を反射する」手法を、高い技術で復活させ、
       現在世界中に評判を取っている、との事。




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      ◆工房の様子

       これはグアルド・タディーノの工房の様子です。  
       手描きで、模様が、やはりイスラムの影響を受けた植物柄です。  
       こういった作品はすべてろくろ製作で、
       焼きは、木を燃やす窯だそうです。




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      ◆マヨリカ焼き

       陶器製作の様子を現した、陶板。  
       多分、工房・店の表にあるのでしょう。
       伝統の一点物、床や壁のタイル、飾り皿、
       観賞用を兼ねた食器 などが評判との事。




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      ◆グッビオの町

       山の中腹にかけて広がるグッビオの、
       町の感じが良く出ている写真です。
       狭い道の両側に、こうして家が立ち並び、道は上がり下がり。
       たくさんの店先に陶器が並び、観光客が品定めをしつつ、
       時に陶板に書かれた警句を読んで、大笑いしていたのを思い出します。
       どんなのか、って? 
       「家のパパは、トイレの中でのみ王様」とか、
       「夜はライオン、朝は兎」とかね。 
       ホラ、洋の東西一つも変わりませんね。




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      ◆グッビオの町の壁

       こんな風に、ウンブリアのあちこちの町で、
       陶器が店の表の壁にかけられ、売られています。  
       アッシジでも、ペルージャでも、ご覧の方多いでしょう。
       色も、形も良く見るものですが、真ん中の下側、
       テラコッタ風のものは、「猫注意」「犬注意」の陶板です。 
       猫、犬の親子ですから、恐くはありませんね。




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      ◆オルヴィエートの小路

       金色燦然たるオルヴィエートのドゥオモは、余りにも有名ですが、
       その周辺の、アーチをくぐりながら広がる小路をたどると、
       こんな風に店が並んでいます。 
       古い印刷物の復刻版、陶器、人形、等など。
       
       ここもエトルスクの町で、小高い山の上に広がり、
       地下にもう一つの町があるのですよ。 
       昔は作業場に使われたり、物の備蓄場所で
       あったりしたようで、ガイド付きで見学できるようです。




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      ◆オルヴィエートのドゥオモ

       余りにも正面は、金ぴかで、晴れやかで、華やかで、
       ・・・なので、これは私の好きな側面の縞柄です。  
       もっと迫力ある写真もありますが、アップにはこれで精一杯。  
       ドメニコ会派独特の、縞柄だそうです。

       異端宗教裁判では、ドメニコ派が大活躍したそうですが、
       そんな内の熱狂的な激しさも秘められている様で、
       この縞、大好きです。


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-29 05:58 | ・ウンブリア Umbria | Comments(2)
2006年 09月 26日

   ・・・ 夏の想い出 ・ 石内の四季 ・ と、おまけ ・・・

     20年近く過ごした広島の、まだ自然がたくさん
     残っている「石内の四季」の様子を、
     たっちゃんが、毎日美しい写真で更新されています。
     メールを下さる時は写真つき、そしてブログの方は駄洒落つきです。

     たくさんの写真の中から、私の好きな物ばかり集めて、
     今日は 夏の思い出 特集です。  
     コメントも断りのないのは、たっちゃんご本人の書かれたもの。
     本ブログの方は写真も大きく、花が多いのですが、
     私が選ぶとなぜか昆虫が多くなりました!   
     そして最後に、私の夏の思い出の、おまけが一枚。


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      ◆瀬戸内の夏

       お墓参りに、能美島に行かれる途中の写真、との事。
       能美島は広島湾の中ほど、ちょうど呉と岩国の間辺り。
       この空と海の色、そして夏雲! 
       目が眩むばかりの、夏の色! ・・shinkai




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      ◆破壊されたヒロシマ

       爆心地から半径2キロ以内の全ての建物が炎上し
       家屋の倒壊は2.5キロに及びました。  
       原子爆弾による死者数は、約114,000人(1945年12月まで)
       と推測されます。   95%の死亡者は、
       爆心地より2キロ以内で被爆した人々 といわれています。
       この夜のドームの上に輝く満月は、
       あの日の惨状を見下ろして、きっと涙したことでしょう。
       人間の造った科学の結晶が人間を滅ぼす愚かさを嘆いて・・・。

       4才の私が被爆した南区向洋は、爆心地から4.8キロ離れていて、
       爆風でガラスが割れた程度でしたが、
       多くの人が放射線の影響を受けました。  
       そして、運び込まれてくる大怪我をした人を見て、
       幼かった私は、恐怖のあまり1週間ほど口がきけなかったそうです。




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      ◆キリギリス

       キリギリスの生息場所は日当たりのよい草原だが、
       トノサマバッタなどより、草丈が高い草原を好むようです。  
       体色も緑と茶のまだら模様で、
       鳴き声はすれども姿は見えずということが多い。
  
       こちらが近づくと足音を聞いて、
       鳴くのをやめるので見つけるのはむずかしい。   
       捕虫に成功しても、後脚が折れたり切れたりしやすく、
       また鋭い大あごで手にかみついてくるので注意が必要。  
       この夏、私は5匹捕獲し虫かごで飼っています。




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      ◆トンボのかくれんぼ

       トンボ君うまく隠れましたね。
       石内にも本格的な夏がやってきました。
       夏といえば、やはりチューブと、ヒマワリという事になりますね。

       * チューブ って何?! ・・ shinkai の質問。  




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      ◆アブラゼミの天下

       アブラゼミの鳴き声は「ジー、ジリジリ・・・」
       などと書かれることが多いが、実際はかなり複雑で文字にしにくい。
       鳴き始めから終わりまでアーチ型の鳴き方。 
       よく聞くとなかなか音楽的である。
       しばしば終止せずに、「ジーィ,ジーィ,ジーィ,・・・」という
       しゃくり上げるようなつなぎの部分を介して再び鳴き始める。
       透明な羽根を持つクマゼミより、評価が低い
       アブラゼミではあるが、よく見ると可愛い。

       * イタリアにも蝉はいますが、鳴き方が単純で、
         種類が少ない様です。 
         日本には、こんなにデカクて、羽がが茶色で、
         と、shinkaiは一席ぶちます!




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      ◆シオカラトンボ

       シオカラトンボとは、成熟して水色になった
       オスにつけられた名前で、
       茶色いメスは、俗にムギワラトンボと呼ばれます。
       山地から住宅地に至るまでの、池、湿地、水田、溝、
       水たまりなど、あらゆる環境で発生し、各地に普通に見られます。  
       トンボの代名詞とでもいいましょうか。

       * 長野で育った子供の頃、このシオカラトンボを見つけると、
         男の子達は捕まえたくて、大騒ぎしていたのを覚えています。  
         オニヤンマより、捕まえるのが難しかったから、の記憶が。 
         こうして羽を休める事なく、すぐつぃっと飛んで行ってしまったと。




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      ◆宮島水中花火大会

       宮島の夏を彩る一大イベントがこの宮島水中花火大会です。
       毎年8月14日に催されます。  
       水中花火船より海中に投げ込まれた、水中花火は大音響と共に
       炸裂し、朱の大鳥居や厳島神社の社殿を幻想的に浮かび上がらせます。
 
       信州諏訪湖の湖上水中花火を見に行ったことがありますが、
       身びいきのせいか、宮島の花火の方が立派だと思いました。 
       (長野県人の人ゴメンナサイ)

       * 日本3景を舞台に、打ち上げられる花火ですから、
         文句は言いません、はい。




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      ◆ハグロトンボ

       この夏、石内川沿いの草地でよく見かけるハグロトンボ。
       青緑色の体に黒い翅をヒラヒラと
       輝かせて飛ぶ姿はいつ見ても優雅ではあります。

       * 今回の写真の中で、一番私が好きな写真です。  
         バックの緑に、白い小花。 
         そして黒い羽、青緑の細い胴。
         シャープで、モダンアートの趣きさえ感じます。 




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      ◆男たちの大和

       この映画のDVDを、たっちゃんに、プレゼントして頂きました。
       広島の尾道に、この映画で使われた「戦艦大和」のセットが
       あったそうで、私が見たがった事に同情して下さったようです。

       同じ戦争映画とはいえ、「兵士ライアンを救え」とは
       ずいぶん違う語り口ですが、大いなる損失、としか
       形容できないあの戦争を振り返り、亡くなったたくさんの方、
       生き残られた方、そして残された家族の方たちの痛恨の想いに
       すこしでも寄り添う事が新たに出来たら
       この映画の存在価値はある、と思います。

       たっちゃんのブログ、石内の四季 はこちらです。
       http://blog.livedoor.jp/qnxjq020




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      ◆そして、おまけ  shinkai の夏

       またか?! と思われたって・・、良いのだぁ!
       この夏の最大イヴェントは、やはりこれでしたもの。
       優勝に至る過程のDVDが出て、1~4まであるのですが、
       まだ手元には、1と4のみ。 2と3は、近日中に届くはず。 
       催促に行ったら、「安心していて! ちゃんと注文してあるから」
       と店のご主人が。
 
       イタリアが優勝するのは、24年毎 のジンクスが本当なら
       次のチャンスに出会え、まだ何とか生きていても・・
       燃えるほどの熱い血が、残っているかどうか!! 
       熱い熱い思い出をありがとう!!


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-26 01:30 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(2)
2006年 09月 22日

  ・・ モンタニャーナ ・Montagnana・ 市壁と塔、生ハムとパリオ ・・

     今日は、モンタニャーナ・Montagnana という、
     パドヴァから、南西の方角に46キロの距離にある、
     周囲を市壁に取り囲まれた中世以前からの町 にご案内いたします。  
     周囲を壁に囲まれているのみならず、この市壁には、
     なんと24もの塔が今も聳えているのです。 
     そしてこの町は、生ハムと、パリオ(競馬)でも有名の様子。 ではどうぞ!

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      ◆まずは地図をどうぞ

       字が小さくて見え難くいですが、
       まず一番右上にヴェネツィアがあります。
       そして西にパドヴァ、そこから南に下りモンセーリチェ、(ご案内済み)
       そして西に向かう道が、中世のお城が続く道なのですね。

       まず、エステ・Este そして今日ご案内の モンタニャーナです。
       もっと西にベーヴィラックワ・Bevilacqua 
       ここは行った事がありませんが、素敵なお城があるようです。  
       そしてもっと西に、マントヴァ・Mantova が。
       北にソアヴェ・Soave が見えますが、
       ここも白ワインと、お城で有名です。




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      ◆市壁の雄大さを   (ガイドブックから)

       すごいでしょう?!  
       この市壁の写真は、実際はもっと横長だったのですが、
       余りにも細長いので、少し切りました。 
       こんな市壁がぐるっと町を囲んでいるのです。 
       9世紀から10世紀ごろのものと言われます。
       そんなに高くも厚くもなく、その事からも建設された時代が分ります。
       奥に見える塔は、高さが38メートルある
       最高のもので、この下がお城です。




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      ◆市壁

       サイトにある町の航空写真を見ると、
       町はちょうど長方形の形、その周囲を壁が取り囲んでいる、
       という様子で、大きな門は4つ、それぞれの辺に一つずつあります。  
       車が通れるのはこの4門のみで、他は人が通行できるだけの
       小さな門、と言うか、出入り口があります。

       中世の人々の、市壁に護られ、そして
       規制されていた日常生活が偲ばれます。  
       市壁の外はこの様に草原になっていて、
       今は細くなった、堀も通っています。




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      ◆市壁の門

       4つあるうちの1つ、ポルタ・ヴィチェンツァ です。
       市壁のある町の門には、その門からの道が向かう町
       の名が冠されています。
       ですからこの門からの道は、ヴィチェンツァに向かっていて、
       逆にヴェチェンツァからの旅人は、
       この門から、町に入った事でしょう。




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      ◆市壁、塔の内側

       上のヴィチェンツァ門を内側から見た様子です。  
       一番上の階は見張り所、真ん中の階は、駐屯所というか、
       兵士達が寝泊りしていたのかも知れませんね。  
       実際、ちゃんと家に修復されているらしい塔も、
       見かけました。




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      ◆マッジョーレ広場

       町の中心広場で、周囲を、由緒ありげな建物が
       取り囲んでいます。
       写真の真ん中に見える中世風の大きな建物、
       実は、古い建物が上手く保存されているもの、と考えていました。  
       今は修復されて、「預貯金銀行」として使われていると。

       所がなんと、これは20世紀初頭に建てられた
       「中世風建物」である事を、ガイドブックで知りました!  
       やはり、ガイドブックはしっかり読まねばなりません!!




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      ◆エレガントな、ヴェネツィア風建物

       広場の西側に立ち並ぶ建物群で、
       殆どが17~18世紀の建物との事。
       広場は、ねずみ色の石に、白い石の線で、
       ちょうどヴェネツィアのサン・マルコ広場
       を思わせるような、デザインが施されています。   
       左側建物の煙突に、ご注目を。




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      ◆エレガントな煙突

       ちょっと驚きの煙突です!  
       どうやらかなり有名な煙突のようで、
       この町のスケッチ展のポスターにも、
       この煙突のスケッチがありました。
       煙突でこれだと、建物の中も、
       大変エレガントなのでしょうね。




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      ◆ドゥオモ

       広場の東側にドゥオモがあります。  
       正面はゴシック様式ですが、
       内部はルネッサンス様式との事。  
       そして、ジョルジョーネの手になるフレスコ画も
       あるそうですが、残念、見ておりません。




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      ◆元教会、そして今は

       これは、元は教会の建物。 
       入口の上には、マントを広げ、信者を庇護する
       聖母の姿もちゃんと残っていて、彫られている模様からも
       窺えますが、かなり古い教会の様です。  
       年代を経て、今は何の建物になっているか?   
       バールになっていました!




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      ◆市壁、塔、堀、そして橋

       市壁のどの辺になるのか、覚えていませんが、
       (南にも思えますが)
       大きな門、高い塔があり、町に入る橋がついていました。
       かなりの威圧感がある、中世の眺めです。



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      ◆門の内部

       上の写真の門の内部、2重になっている門の内部です。  
       厚い煉瓦の壁、中はヒンヤリとして
       まるで時間が止まっているかのよう。




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      ◆ゴンファローニの競走   (サイトより)

       毎年9月の第1日曜日に、モンタニャーナの
       10のコムーネが集い、
       時代衣装の行列を初め、旗振り、競走、競馬が行われます。
       大変煌びやかなお祭りのようで、10のコムーネのパリオ
       と呼ばれます。

       これはその中の一つの競技 ゴンファローニの競走。
       ゴンファローネというのは、その地区の旗ですが、
       それを旗持ちが持って走る競争だそうです。  
       700Mのコースを、ふくらみ、はためく旗を持って走る、
       大変過酷な競技、とサイトの説明にありました。
       
       こちらです。 www.palio10comuni.it  
       写真が多く、楽しめます。




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      ◆パリオの競馬    (旅行雑誌より)

       こちらは、その「パリオ」の呼び物、競馬です。
       ご覧のように、市壁の外、かっては堀であっただろう
       草原を走ります。
       こういった競馬は、イタリア中世の一番古い催し
       だそうです。




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      ◆モンターニャナ名物 生ハム  (旅行雑誌より)

       生ハム ヴェネト・ベーリコ・ウエガネオ・
       Veneto Berico Euganeo は、12~15ヶ月を
       熟成期間に当てる、甘くて、柔らかく、そして歯ごたえのある
       美味しい生ハムとして、評判なのだそうです。  
       他にも、この町には昔からの味が楽しめる食品、
       料理があり、5月にはそのお祭りもあるそうです。




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      ◆生ハム   (旅行雑誌より)

       生ハム、ヴェネト・ベーリコ・エウガネオ の美味しい写真!
       横にある赤ワインと共に、秋の夜長に如何ですか?
       そうそうこの辺り、ワインも有名、チーズも美味しいとか。
       ヴェネツィアからも、楽に行く事ができます。  
       9月のパリオの時期、または5月下旬にお出でになると、
       たくさん楽しみがある様子。
       どうぞ、お出かけを!


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-22 01:04 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(0)
2006年 09月 20日

   ・・・ チェコ ・ プラハ ・ Praga ・・・

     今日は月1度のゲスト、オルゴリオーザさんの
     素晴らしい写真で、チェコのプラハ にご案内いたします。  
     イタリアを、初めて離れた 場所のご紹介です。  
     秋にふさわしい場所、自分ならどこに行って見たい?と考えて、
     「プラハの写真は?」と尋ねましたら「ありますよ」と!!
     という事で、私も興味のあるプラハをご案内して頂きます。 ではどうぞ!
 
      チェコへは、ミラノ・マルペンサ空港から
     アリタリア航空で、2時間ほど。
     プラハは、歴史の嵐に翻弄された街ですが、
     奇跡的に、街が戦火にさらされた事はなく、
     中世以降の様々な建築物が美しい姿を競っています。

     街はヴルタヴァ河(ドイツ語ではモルダウ)が
     中央を南北に流れ、
     その西側に王宮などのあるマラーストラナ地区、
     東側には旧市街広場などが点在する旧市街地区
     に分かれています。 
     両地区を結ぶカレル橋は、チェコ最古の石橋だという事です。   
     まずは王宮側から。


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      ◆丘の上から 
 
       プラハに着いて、夕方にケーブルカーを使って
       丘の上に登りました。
       そこから見たプラハ城の夜景。 
       19世紀まではハプスブルグ家の支配下にあったところです。




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      ◆王宮内 
 
       王宮内にある、ヴラジスラフ・ホール。 
       柱のない巨大な天井を力学的に支えるリブが、
       花びらのような美しい模様となって、
       シャンデリアの光とともに人を魅了します。
       今でもここで、大統領選挙の開票が行われるそうです。




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      ◆カレル橋 
 
       橋の上には30体もの聖人の彫像が建ち並び、
       野外美術館のような美しさを誇っています。  
       ローマの、サンタンジェロ城前の橋を連想させますね。  
       ここにはフランシスコ・ザビエルの像もあります。




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      ◆カレル橋の上から
  
       橋では音楽の演奏があったり、絵を売る人がいたりと、
       終日にぎわっています。  
       夕方、橋からみたヴルタヴァ川の光景です。
       スメタナの作曲した交響詩「わが祖国」の第2楽章に、
       「ヴルタヴァ」という曲がありますね。  
       あのメロディが聞こえてくるようでした。




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      ◆旧市街広場  1
  
       橋を渡って東側の地区に入ると、
       すぐに旧市街広場があります。
       ここは市民の憩いの場所。  
       時計塔に登って広場を見下ろすと、こんな感じです。  
       街並が美しい。




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      ◆旧市街広場  2
  
       旧市街広場の中央にある「ヤン・フスの像
       プラハ大学の総長で、中世の腐敗した
       キリスト教改革ののろしを上げ、
       改革半ばで火刑に処せられた英雄です。
       マルチン・ルターの宗教改革より100年も前のことです。 
 



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      ◆旧市街広場  3
 
       同広場の夜。  
       ここも柔らかい光に包まれて幻想的なムードが味わえます。  
       モーツアルトはプラハに4回も滞在しており、
       オペラ「ドン・ジョヴァンニ」はここで書き上げたといいます。
       映画「アマデウス」は、実際にはウイーンではなく、
       プラハでロケが行われました。




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      ◆旧市街広場  4
  
       同広場にあるティーン教会は、重厚な塔を持ち、
       夜景にも映えていました。  
       夜になっても人で一杯です。




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      ◆市民会館
  
       同広場を通り越して行くと、市民会館があります。
       市民会館といっても、どこの市にもあるような
       画一的なものではなく、
       この中にはミュシャ(現地ではムハ)の絵や、
       プラハの春音楽祭が行われる、スメタナホールなどがあります。




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      ◆カフカ記念館 
 
       その北側の通りで、カフカは生まれました。 
       今その建物はありませんが、
       新しい建物がカフカ記念館になっており、
       カフカの顔が、壁に貼ってあります。
  
       この旅の前に街の様子を知ろうと、
       彼の著作「変身」を読みましたが、この本は、
       虫に変身した男が部屋の中をうごめいているだけで、
       全く街の描写などは出てきませんでした。  
       選択の失敗でした。




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      ◆キュビズム 
 
       少し南に下ると、こんなキュビズムの建物もあります。
       一瞬、飛行機でも落っこちて壊れたのかと思わせます。




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      ◆プラハ中央駅内
  
       一方で、こんな優雅なドゥオモのような空間もあり、
       これは、プラハ中央駅の3階にあるカフェです。  
       「プラハは百塔の街」といわれますが、
       建築物の競演の地でもあると思います。




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      ◆ヴァーツラフ広場 
 
       最後に、近代史の現場ともいうべき
       ヴァーツラフ広場を紹介しましょう。
       広場の中央にある騎馬像は、チェコの守護聖人・ヴァーツラフ

       1918年、チェコのハプスブルグ家からの独立宣言
       この像の前で読み上げられました。  
       その後、ナチス軍の占領を経て、
       旧ソ連の事実上の支配下に置かれました。

       1968年、時のドブチェク大統領らが、ソ連の従属から
       民主化路線への脱却を図った「プラハの春」では、
       この広場が公開討論の場になりました。
       しかし、ソ連軍(ワルシャワ機構軍)が
       この広場を戦車で蹂躙します。

       20数年の時を経て1989年
       共産主義体制崩壊の流れに乗って、チェコでは
       非暴力によって遂行された「ビロード革命」が達成され、
       ハヴェル大統領は、数万人の市民で埋め尽くされたこの広場で、
       高らかにチェコの解放を宣言したのです。

       歴史の現場は、私の行った日には
       燦燦と降り注ぐ陽光に照らされて、
       華やかな輝きに包まれていました。

       解放宣言をした大統領の傍らには、東京五輪の体操で
       金メダルを獲得した、あのチャスラフスカも、
       同席していました。  
       彼女は体操を引退後、政治的弾圧に屈せず
       反体制運動に参加しており、このあとチェコの
       医療福祉担当の、大統領顧問も勤めました。

       実は彼女の「今」も知りたいと思い、
       現地の人に聞いたのですが、
       「病気で療養中」とのことでした。
       しかしその後、後藤正治のノンフィクションが発刊され、
       それによると
       「息子が元夫を殺す、という殺人事件の影響で
       心の病にかかり、療養生活を送っており、
       人と会うことを一切拒んでいる」ということです。

       激動の歴史と、その渦中で懸命に生きた彼女の半生。
       時代の過酷さと、不条理な運命のいたずらに、
       胸が熱くなる思いがします。

     **
  
       如何でしたか、プラハのご案内は?  
       こうして、かいつまんで歴史も書いていただくと、
       尚の事興味深いですね。
  
       ハヴェル氏が大統領になった時、
       「プラハの春」のドプチェク氏が、家のベランダから
       身を乗り出し、集まった人々を抱きしめるしぐさをしていた事、

       数年前のヨーロッパ中を巻き込んだ大洪水で、
       「アマデスス」の撮影に使われたあの素晴らしい劇場が、
       すっかり水に浸かり、再起不能かもというニュースが
       流れましたが、その後どうなっているのでしょうか?

       チェコ・スロヴァキア共和国が2つに、
       チェコと、スロヴァキアに分かれた時も
       他の共産圏支配の下にあった国のような、
       流血の惨事はなく済みました。
       ハヴェル氏も、大統領を2期勤めて引退され、
       あの穏やかな顔と姿を、もうTVのニュースで
       見る事もなくなりました。

       長い激動の歴史を経てきたこの美しい国、
      是非1度は訪ねて見たいものです



    ***

by italiashiho2 | 2006-09-20 22:18 | ・ヨーロッパ Europe | Comments(0)
2006年 09月 19日

   ・・・ ロンガローネの悲劇 ・ ダムの出水に飲み込まれた町 ・・・

     今日は、1963年10月9日の夜、
     山崩れによるダムの出水に飲み込まれた
     ロンガローネ・Longarone という町にご案内致します。
     つい先日43回目の記念日を迎えたばかり。 
     我が町コネリアーノから、北に約50キロほどの所にあり、
     今は逆に「ヴァイヨンの悲劇」で観光客が集まる、
     というロンガローネの町なのです。 

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      ◆記念の銅板 

       1963年10月9日  時刻22時39分 
       これが悲劇の起こった、日付と時刻です。




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      ◆ロンガローネの町から、ダムを望む

       正面中央、細く山に挟まれて、
       ダムがあるのがお分かりでしょう。
       ENEL という、イタリアの電力会社
       (ほぼ国営)が造ったダムです。

       ヴァイヨン・Vaiont の渓谷を流れ下る
       ヴァイヨン河を利用しての、
       世界一高いダム、と呼ばれました。
       
       このダムを下った所に、ピァーヴェ河が流れていますが、       
       ダムの水の中に、右側の山が崩れ落ち
       その勢いで水は谷を下り、ピァーヴェ河を越え
       こちら側のロンガローネの町を と、
       ダムの左にあった村々を、飲み込んだのです




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      ◆モンテ・トック   (ガイドブックより)

       これが、ダムに崩れ落ちたモンテ・トックの、
       今も残る様子です。
       写真はガイドブックから取りましたが、
       実際に、私の写した写真も同様です。

       下に見える丘の様なのが、
       崩れ落ちてダムを埋めた、土砂なのです。
       今はこのように、土砂にはかなりの木が
       生えて育っています。




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      ◆災害前のロンガローネ   (絵葉書)

       これが災害前の、ロンガローネの村です。  
       一番右下に少し見える白い部分が、ピァーヴェ河の河原で、
       大変広く、村自体はかなりの高台にあります。  
       平和な村だった事でしょう。




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      ◆災害直後のロンガローネ   (絵葉書)

       上の写真とほぼ同じ場所からなので、
       壊滅状態が一目で分ります。
       
       高い位置にあるダムから溢れた水は、
       一気に谷を下り、ピァーヴェ河を越え、
       村を飲み込んだのです。  

       1963年10月9日、夜の10時39分、
       家々も、教会も、すべて飲み込まれ、押し流されたのです。  
       死者の数は、約2000人。  
       一家全滅した数も、少なくありません




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      ◆ピァーヴェ河の河原

       かっては、このロンガローネよりも下流にある
       ベッルーノからも、筏を組み、このピァーヴェを下り、
       ヴェネツィアにまで木材を運んだ、というのが嘘のような、
       水流が細い、河原ばかりが広いピアーヴェです。

       ロンガローネの町から、このピアーヴェを渡り、
       ダム側の村々に行きます。 




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      ◆ダム足もとの村

       これはロンガローネの対岸にある、
       コディッサーゴ・Codissago という村。 
       製材所があり、修復された綺麗な家もあるのですが、
       かっての石造りの壁も残っていて、
       この写真は3月半ばのものですが、
       少し寂れた村の感じが、お分かりでしょうか。




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      ◆ダム足もとの村  2

       コディッサーゴの村。 
       正面の家は、多分災害の後、
       家が放置されたままなのでしょう。 
       この村はまだ生きていますが、奥の村はもっと悲惨です。




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      ◆ダム足もとの村  3

       同じくコディッサーゴの村です。  
       1963年10月9日通り の標識がありますが、
       この家は放置されたままですね。

       ダムの水は、対岸のロンガローネを襲っただけでなく、
       ダムの足もとの村をも、攫って行きましたから、
       この村の死者も多かったはずです。




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      ◆ダム足もとの村  4

       村のはずれの方の家、
       屋根の上に、立派な風見鶏が。
       3月半ば、まだ山々には雪が残っています。




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      ◆ダム

       このダムは、1957年に始まり1959年に完成
       そして1960年には、既にかなりの大きさの山崩れが

       工事が始まる前から、この一帯の地盤のゆるさが
       指摘されていたにも拘らず着工、そして完成後わずか4年に、
       人災ともいえる大災害が起こりました。

       この写真は、6月頃です。  
       ピァーヴェを渡ってから、ダムのある場所まで
       8キロほどあり、かなりの急坂。  
       
       これは車で行った時の写真です。
       ダムの右側が、ピァーヴェ河、
       ロンガローネの町の方角です。
       ダムの上には金網が張られ、
       見学ができる様になっていました。




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      ◆カッソ・Casso 

       カッソ という、凄い名前の村ですが、
       ダムのすぐ北側の山腹、
       ダムからはちょうど200M の高さにあります

       左に路傍のマリア像が見えますが、
       ダムの水流が、この高さまで飛び上がったそうです。 
       如何に、山崩れによるダムの水の騒ぎが
       大きかったかが想像できます。  
       
       そしてこのカッソの村は、この災害では生き残ったものの、
       今半分ゴーストタウン化しているのです。




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      ◆カッソの村  (ガイドブックより)

       この辺り一帯の、地盤がゆるい事は指摘されていた、
       と書きましたが、この村は、その後の背後の山の地崩れで
       半分以上、村の家々が放置され、歩いていても気味が悪いほど。  
       ゴーストタウンなのです。

       家々の建物は、崩壊もしておらず残っているのですが、
       人が住んでいない村の気味悪さ。  
       窓の奥に人気のない気味悪さ。 

       この気味悪さは、ダムからの道をもう少し奥に辿った、
       エルト・Erto という村では、もっともっと、酷かった!  
       山崩れの水流を横から受け、家は残っているものの、
       人が住めない状態になったものか、放置されたまま。

       所々の家には住人もいるのですが、
       夜の薄気味悪さを想像しました。
       背後の高台に新しい村が出来、
       新しい家が並んでいるだけに、一層悲惨でした。




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      ◆ロンガローネの教会   (写真 G )

       かっての18世紀の教会があった場所に、
       今新しいモダンな教会があります。

       中には、ピァーヴェを何十キロも流されて、
       下流で見つかったマリア像や、崩れた鐘楼の鐘、等、
       亡くなった犠牲者の名が刻まれた壁 と共にあります。

       町は新しく、現代的なセンスで造りかえられ、
       観光バスが、たくさんやって来ます。




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      ◆夕陽を受けて

       帰りの汽車を待っていると、奥に見える山が
       夕陽を受けてバラ色になりました。  
       地図で確かめると、どうやらモンテ・チッタという
       2191M の山のよう。  
       重苦しい気分が、少しゆるぎました。


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-19 04:37 | ・ヴェネト Veneto | Comments(4)
2006年 09月 16日

   ・・・ アッシジ ・ ウンブリア紀行  ・・・

     初夏に一冊の旅行雑誌「ウンブリア・緑の魂」を買い、
     大変素敵でしたので、皆さんにも御紹介を、と思いつつ、
     例によって、夏を過ぎ今になりました!
     「ウンブリア紀行」と題して、これから徐々に
     ウンブリアの素晴らしさを、御紹介して行こうと思います。  
     今日はその第1回「アッシジ」です。
     有名すぎるほどの町ですが、美しい写真と共にお楽しみ下さい。
     今日の写真、特に断りのないのは、すべてこの
     「ウンブリア・緑の魂」からです。

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      ◆ウンブリア・緑の魂

       これが雑誌の表紙です。  DeAgostini出版で、
       これはアッシジのロッカ・山上の要塞ですね。  
       左上には、「芸術、文化、歴史、そして伝統
       忘れられないヴァカンスに」と。  
       左下は「丘と森の間に、美しい環境と唯一の魅惑を発見する旅」。  
       では、参りましょう!




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      ◆サン・フランチェスコ教会

       13世紀に、聖人がなくなってわずか2年後に建設が始まり、
       たったの2年間で造り上げられた大聖堂。 
       上下2層の教会が重なる形で、これは上の入口。
       ご覧の様に素晴らしいバラ窓があり、
       内部にはジォットの有名な壁画があります。




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      ◆サン・フランチェスコの肖像画

       これが本人に一番近い肖像、と言い伝えられている
       チマブエ描く所の肖像画。

       背も高くなく、痩せていたようですが、
       中に秘めた強い意思がうかがわれます。
       右胸と右手の掌に、彼が受けたとされる、
       十字架上のキリストと同じ傷、聖痕が見えます。




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      ◆ジォットの壁画 ・ フランチェスコ、衣服を父親に返す 

       教会の上の院には、全部で28枚の、ジォットが描いた
       「サン・フランチェスコの生涯」の壁画。  
       
       中世の伝統的絵画から一歩抜け出し、
       空間概念と、現実的な描写に新機軸を持ち込んだ、
       ルネッサンス絵画の先駆けとされます。




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      ◆上の院のバラ窓   (絵葉書)

       美しいバラ窓をご覧下さい。  
       建設途中で、ロマネスク様式から、この上院の正面は、
       ゴシック様式に変更されたといいます。
       素朴で、そして美しく。  
       実際はもっと白いです。




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      ◆アッシジの町

       丘の上に、東西に長いアッシジの町。 
       一番手前がサン・フランチェスコ教会、
       前をまっすぐにのびる通りがフランチェスコ通りで、
       中程少し奥にみえる中心広場、コムーネ広場まで続き、 
       町の一番奥にサンタ・キアーラ教会が。




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      ◆カレンディマッジョのお祭り   1

       5月の最初の週に毎年行われる、カレンディマッジョのお祭り。
       古い異教徒の争いに結びつけた、宗教的なお祭りとの事ですが、
       毎年巡り来る春を、喜びと共に迎えるお祭り
       のようでもあります。

       これは「ズバンディエラトーリ」と説明がありますから、
       「旗振り」の先駆けの太鼓でしょうか?  
       黒ずくめの衣装が、如何にも中世。




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      ◆カレンディマッジョのお祭り   2

       こちらは、時代衣装をつけた女性たち。  
       薄物の被り物が、如何にも春の訪れを感じさせます。 
       煌びやかというより、古い中世を。




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      ◆カレンディマッジョのお祭り   3

       これはお祭りで、技を見せる射手。  
       説明によりますと、このお祭りの間は町は2つに分かれ、
       「パリオ・優勝旗」の獲得をかけて争うそうです。
       と、なると当然町は、人々は盛り上がりますね。  
       歌と踊りと、愛のセレナードで、
       巡り来る春を迎えるのだそうです。




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      ◆サンタ・キアーラ教会   (写真はサイトから)

       西にあるサン・フランチェスコ教会と向き合う形に、
       町の東端にあり、
       如何にも清楚なイメージの、
       白とピンクの石の横縞のデザイン。
       この教会も大変美しいバラ窓を持ち、
       前には広い広場があります。




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      ◆サンタ・キアーラの肖像画   (絵葉書)

       これがサン・フランチェスコ教会にある、
       シモーネ・マルティーニ描く所の、
       サンタ・キアーラの肖像画。
  
       ろうたけた美しさといえましょうか。
       ライ病患者の世話をし、
       彼女自身もライ病になったと。




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      ◆ドゥオモ・サン・ルフィーノ

       町の東端の山側にこのドゥオモはあります。 
       サン・フランチェスコ教会は単なる教会ながら、
       世界中に有名で参拝客で溢れていますが、
       こちらドゥオモはひっそりと静まり、
       地下礼拝堂なども、ゆっくりと見学できました。




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      ◆隠者の監獄

       アッシジの町から、4キロほど離れた山の中に。
       サン・フランチェスコが瞑想と、
       引きこもりの場所として選び、
       今も当時のままの雰囲気を伝えていると。




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      ◆ウンブリアの道  (写真集・フランチェスコとキアーラの土地で)

       田舎の畑の間を、曲がりくねって続く道。 
       とても懐かしい想いを誘います。  
       芥子の花が赤く咲き乱れ。




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      ◆朝霧の中の、山上の要塞  (写真集・フランチェスコとキアーラの土地で)

       アッシジの町は丘の上、そして、
       そこからまたかなり登った所に、
       14世紀の要塞の遺跡が残ります。  
       高い場所から覗くと、暗い奥深い底の床に模様が見え、
       なにやらハッとした事を覚えています。


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-16 00:33 | ・アッシジ Assisi | Comments(4)
2006年 09月 12日

・・・ 葡萄摘みが始まって ・ スコミーゴ村、コッレウンベルト村 ・・・

     この10日の日曜日、すっきりと快晴になったので、
     葡萄摘みが近くの畑でも始まったかと、自転車で出かけました。  
     先日、隣村コッレウンベルトまで、マウスを買いに行った時、
     石榴が真っ赤に熟れているのやら、刈り取った
     草の巻かれたのが並んでいるのも見たので、
     この日は坂を下ってこちらの方へ。

     葡萄摘み・ヴェンデーミア も確かに始まっているようですが、
     この近くは最後の仕上げ、という様子で、
     畑で、強い秋の陽をいっぱいに浴びていました。

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      ◆スコミーゴ村の葡萄畑

       8月の最初に、写真をご覧いただいた時は、
       まだ葡萄の粒が小さく、硬かったですが、
       今はご覧の通り。  
       どっしりと重たげに垂れ下がり、
       陽を浴びて光っています。




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      ◆ススキ

       イタリアのススキは、ご覧の通り!  
       しっかりと太く頑丈そうで、風情に欠けます。  
       箒にでもなりそうではありませんか?!

       イタリアの空の蒼さと共に!




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      ◆ベッルーノに向かって

       コネリアーノからの支線で、坂の下の
       国道の手前を通っています。 
       ベッルーノ、そしてコルティナ・ダンペッツォ
       に行くバスが出る、最後の駅 カラルツォまで続きます。  

       手前に見える低い山の手前に、ヴィットリオ・ヴェネトの町があり、
       高い山との間の谷を抜けて、ベッルーノに向かいます。 
       ここは古くからの、山岳民族の通り道なのです。

       手前の山の中腹に、草原になって、
       高い所に建物があるのが分りますか?
       あそこは、牧場ですね。 
       牛達が放し飼いになっていて、自家製のバターや
       チーズも作っている事でしょう。 
       見る度に、一度行って見たいと思います。




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      ◆コッレウンベルトのトウモロコシ畑

       大変な快晴で、逆光になり、向こうの農家が
       良く見えませんが、
       この広いトウモロコシ畑をご覧下さい! 
 
       冬には、霜の降りたこの畑の上に、靄が広がり、
       春には、芽の出たトウモロコシの畝が
       はっきり見えた畑です。




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      ◆逆光に光る

       名前が思い出せませんが、
       道脇に、並木道を作っている樹です。
       幹が、プラタナスのようにところどころ白くはげ、
       秋にはこの様に、とげとげの丸い実がつきます。 
       葉の色がすでに秋の色。




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      ◆コッレウンベルトの丘

       名前の通り小高い丘があり、
       教会とお城と(伯爵家が今もあるそう)
       市役所と図書館と。   
       完全な逆光です、ご勘弁を!
       
       ハァハァと、自転車を降りて登りますが、
       下り坂は爽快この上ありません!



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      ◆クサギ

       葡萄畑の間を、くねくねと続く細い道を行きます。  
       広い庭を持つ、幾軒かの農家があり、
       用水路が通り、犬がいて果樹がたわわです。

       クサギの花も、そろそろ終わりかけですが、
       まだ良い香りを放っています。




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      ◆農家の庭先

       ものすごい石榴でしょ?!  
       写真はもっとすごいのもあるのですが、
       バイト数の関係で、これで最高です。  
       この赤さ! 大きさ!

       石榴の甘さに驚きます。 
       日本の石榴の酸っぱさ、とはまるで違います!!




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      ◆刈り取られた草は

       こうして巻かれて畑にしばらく置かれ、
       そして牛達が食べるのでしょう。
       あちこちで、この様に置いてあるのを見るのですが、
       こうして、一列に並んでいると少し面白く、
       広い畑の感じと共に、ご覧頂きたくて・・。

       そう、牛達はまだこのあたりに結構います。 
       乳牛です。
       夕方など、乳絞りを要求しての鳴き声が、
       よく聞こえてきます。




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      ◆トウモロコシ

       ここにも、トウモロコシ畑がありました。  
       もう取り入れ寸前。
       この一帯は、トウモロコシ畑と、葡萄畑と。
       豆も少しありますが、この頃はどんどん葡萄畑に。
       多分、安い安いとは聞くものの、
       それでも葡萄の方が、実入りが良いのでしょう。




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      ◆葡萄畑

       こちらの葡萄畑も、もうしっかりと熟れて。  
       我がコネリアーノから、北西にかけて、
       白ワインの道 で有名ですが、
       葡萄畑を見ると、やはり白葡萄が主流のよう。




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      ◆遠くの村

       東です。  カンシーリオの山が張り出して、
       この張り出した山の向こう側に、フリウリの平野が。

       この様に、小さな集落があちらこちらに見え、
       そこには必ず、教会の鐘楼が。  
       これは、カペッラ・マッジョーレの村。




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      ◆国道51号線

       コネリアーノから、コルティナ・ダンペッツォ
       に続く国道51号線。

       我が家からだと、坂下のこの道まで出て、
       バスでコネリアーノに、そしてトゥレヴィーゾ
       にも行けますし(この写真は南向き、コネリアーノ方面)
       北に行くと、ヴィットリオ・ヴェネトからベッルーノに。

       日曜日なので車が少ないですが、平日はもうちょっと交通量が・・
       本当です!  
       この頃は、ものすごく車が増えたのです、はい!!
       MENARE`・メナレ と見えるのが、この道筋の通り名です。




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      ◆メナレの葡萄畑  1

       国道からスコミーゴ村に向かう道筋の、葡萄畑。 
       ここは珍しく、黒葡萄でした。
  
       この葡萄畑は今で10年位ですが、
       すっかり葡萄の幹が太くなりました。 
       そして、このたわわな事!
       奥に続く畑の様子も、ご想像下さい。  
       ここはかなり広い畑なのです。




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      ◆メナレの葡萄畑  2

       見事に実っています! 
       やはり葡萄摘みは始まっていて、
       今年の葡萄は、大変出来が良いのだそう。 

       葡萄の出来も、ワインの出来予想も良い!
       草取りをしていたご主人は上機嫌。  
       私もまた、楽しみに待つ事に!! 


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-12 18:38 | ・スコミーゴ村の四季 Scomigo | Comments(2)
2006年 09月 09日

   ・・・ サチーレ ・ Sacile ・ ヴェネツィア共和国の庭 ・・・

     今日はタイトルにふさわしい、小さくても大変美しい、
     スケッチにも最適、写真も良いのが撮れそうな町の御紹介です。

     ヴェネツィアから汽車で約1時間、我がコネリアーノから
     東へ約20キロ、フリウリ州の入口に当る 
     サチーレ・Sacile にご案内です。
     「セレニッシマ(ヴェネツィア共和国)の庭
     と呼ばれる、美しい町です。
      (今日の写真は、すべてG の写したもの)

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      ◆まずは地図をどうぞ

       絵葉書の、手書きの地図が見つかりましたのでこれで。
       赤い丸のついているサチーレ 南西の方角に
       ヴェネツィアがあり、
       サチーレを流れている河は、リヴェンツァ河
       これを辿って、海にまで出る事ができます。  
       
       東にはポルデノーネ、そしてさらに東に行くとウーディネ。  
       サチーレとポルデノーネの、ちょうど3角形の頂点の位置に、
       アヴィアーノ・Aviano が見えます。  
       ここにNATOの基地があり、
       ボスニア、コソボ紛争の際には、最前線基地となった所。
       北に広がる山々は、アルプスに繋がるカンシーリオ
       Cansiglio の山々です。




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      ◆ヴェネツィア風の建物

       サチーレの町の中心に入って、すぐ目に映る建物と運河。
       サチーレの町の名の由来は、サッコ・袋から来ているそうで、
       ロンゴバルゴの主要街道の要所として、
       運河を張り巡らし、袋のようにした事に由来していると。  
       水に寄り添った、美しい町です。




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      ◆河の住人

       水辺のある所、必ずいる家鴨と鴨達。  
       一見長閑そうですが、これが見ていると、かなり戦闘的! 
       騒いでいる声を聞き、見ると、首根っこを押さえつけて
       水に突っ込み、馬乗りになっていたりします!
       そんなに喧嘩するのなら、あっちに行けば良いと思うのですが、
       繰り返しながらも一緒にいます!  
       夫婦喧嘩みたいな物なの?!




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      ◆奥の橋の、右側に見える   (絵葉書)

       奥に見える橋の右側に、アーチのあるロッジャ
       の様な物が見えますが、
       あれがサンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会の入り口部分で、
       その右側に見えるのが教会です。 

       この小さな美しい、17世紀初頭に立てられた教会が、
       サチーレの美しさのシンボルとしても、大変愛されているのです。
       河の左側の建物は、今すでに修復されて美しくなっていて、
       最初の写真のヴェネツィア風の建物が、これです。




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      ◆町の中の建物

       町中は道幅が狭く、ゴシック式アーチのポルティコが
       連なっている部分も多く、ぼちぼちと古い建物郡が修復されつつ、
       でも以前の形を保ち、これがなかなかに良い感じです。




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      ◆町の中心広場・ピアッツァ・デル・ポポロ

       周囲を河が蛇行して流れている、町の中心広場。 
       左側、真ん中に張り出している建物が、市役所・コムーネです。 
       右側部分が膨らみ、そこにカフェが椅子を並べています。 
       中を通り抜けると、先程の橋に出ます。




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      ◆水辺の風景  1

       中心広場を突っ切り、右に曲がっていくと
       そこにも水辺が広がります。
       これはその辺りのお家で、
       家のすぐ前に小舟が浮かび、ライオン君が。




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      ◆水辺の風景  2

       これは広場の裏側に当る運河で、
       奥に見える鐘楼はドゥオモの物
       真ん中に見える新しい橋を渡っても、
       中心広場に抜けれます。




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      ◆公園風景

       町の中心の東端にある、素晴らしい大きな建物、
       多分由緒ある建物と見ますが、
       が、図書館になっていて、その中庭を抜けるとこの公園。 
       南側には、トラックもありますが、この一帯で
       13世紀から続いているという、小鳥の展示会 が開かれます。  
       何もないような公園ですが、こんな素朴な公園が、
       四季折々に、季節の顔を見せてくれて、よい感じです。




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      ◆水辺の風景  3

       一番奥に見える白っぽい建物が、図書館。  
       中庭を通り抜け、太鼓橋を渡リ、
       振り返ると、この様に見えます。 




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      ◆修復された建物

       古い建物が修復され、形は古いままに
       新しい息吹を吹き込まれ、中はモダンなお店になっていたり。 
       それがとても素敵です。

       今この写真は橋の上から写していますが、(今回唯一の私の写真)
       この橋、ポンテ・デル・オスペダーレ
       両脇の風景が素晴らしいのです。




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      ◆水辺の風景  4

       水に映る緑の影、 そして小舟。




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      ◆水辺の風景  5

       逆光に浮かぶ鐘楼。  
       春にはこの場所に、柳の緑も。




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      ◆水辺の風景  6 

       水にしだれる緑も、秋の色。




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      ◆帰り道

       サチーレには、よく自転車で出かけ、
       冬の帰り道での夕陽。


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-09 23:19 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2006年 09月 06日

   ・・・ あんな猫 ・ こんな猫 ・・・

     朝夕かなり涼しくなってきた今日この頃。
     夏の暑い日には暑苦しかっただけ(!)の
     毛皮を着た友がすこし懐かしく、この秋一番の「猫日」です。
     今日は、少し変わっている友の顔、をご覧頂きますね。

    ★★ 常連 シンちゃん ★★

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      ◆豪快寝顔、この上なし!!

       トップバッターは、常連の長野市在住の「シンちゃん」
       今までいろいろな寝顔を見て来ましたが、
       こんなに、豪快な寝顔の猫ちゃんは初めて!  
       丈夫そうな、いい歯をしています!!  は歯は

       家主のナオちゃんのブログはこちらです。
       ナオちゃんのお気楽生活  http://brog.goo.ne.jp/wild_carp2005/

       シンちゃんの一日については、カテゴリーの「ペット」へどうぞ。



    ★★ 常連  にゃ~こ  ★★

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      ◆そそる匂い  (コメントは、ママのゆんぴょさん) 

       プラスチックの容器に、顔を突っ込んでた先日の様子。
       ニンジンを茹でたにおいが残っていて、
       何だかウットリしているのです。
       何やってるの?と思ってしまいましたが。 
       そんなにニンジンのにおいが好き?



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      ◆スイカに寄り目

       今年最初のスイカを購入。 
       一口食べてみて、結構甘い!と感激。
       やはり夏はスイカですね。
 
       いつの間にか、横には にゃ~こ がスタンバイ
       食事制限はあるけど、フルーツは少しならO.K.
       とお許しが出ているので、
       早速 にゃ~こサイズ のスイカを与えました。
       美味しそうに食べましたよ!

       丸くて、美人で、青い眼のにゃ~こが、
       スイカに寄り目になっていて、
       吹きだしました!  獲物をねらう目ですね。 ・・shinkai

       ゆんぴょさんの日記はこちらです。
       http://www.fururu.net/user/YUKA35/




    ★★ 秘蔵写真公開 ★★

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      ◆青い目 ・ そして寄り目

       この猫さんとは、先日ご紹介したフォッリーナの
       葡萄畑で出会いました。  
       家のすぐ裏の畑にいて、目が合った途端
       ワッ! と吹きだしました!  
       下にアップを!!



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      ◆青い、寄り目のアップ

       如何?! 
       冗談でやって見せているとは思えませんが・・!
       しかも青い目。 この、アンバランスの素晴らしさ。
       寄り目だけなら、私も、
       この猫さんに負けない自信がありますが!! 




    ★★ エジプトの猫神 ★★

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      ◆エジプトの猫神「バステット」、大英博物館所蔵品

       座った姿もいかにも威厳に満ち、素晴らしいですが、
       この様に金の耳輪、そして鼻輪をつけているのは、
       初めて見ました。  
       下に頭部のアップを。



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      ◆猫神アップ

       エジプトでは、猫が神聖な物として扱われ、
       ミイラもあるようです。
       猫の種としてはアビシニアン、イタリアではソーマロ
       とも呼ばれる種の様ですが、我が家のフィニもアビシニアンでした! 
       が、自分のお腹が舐められないほど太ってしまい、
       猫神とは程遠く・・!

       この「大英博物館所蔵の猫神」については、
       jamartetrusco さんのブログ
       トスカーナ「進行中」In Corso d'Opera  http://jamarte.exblog.jp/

       に詳しい説明があります。 
       左のカテゴリ欄 Storia (歴史)から、どうぞ。




    ★★ 福猫 ★★

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      ◆謎の、アルカイック・スマイル猫

       この写真は、「修整なし」と断りつきで、送って頂いた物。
       どこが発信元か分りませんが、
       猫好きの間に、深く静かに

       私は勝手に 福猫 と呼んでいますが、如何、この笑顔?!
       季節の変わり目、皆様、お体に十分お気をつけて! との
       ご挨拶のようで、福を運んで回っているかも。

       写真を送って頂いた miccionさんのブログはこちらです。
       すべての道はローマに通じるのか! http://sorelle-f.jugem.jp/

       miccionさんのブログ、カテゴリの「みっちょんの庭・料理・ペット」、
       お家の猫、ミースケ君との格闘記が大変笑えます。 どうぞ!


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-06 05:34 | ・イタ猫イタ犬動物 gatti -   | Comments(0)
2006年 09月 01日

   ・・・ フォッリーナ ・ 中世の修道院と町 ・・・

     ヴィットリオ・ヴェネトから西へ25キロほど行った所に、
     フォッリーナ・Follina という小さな町があります。
     そのまま西へ向かい、ヴァルドビッアーディネに通じる道と、
     ここから南へ、トゥレヴィーゾへ向かう道が分岐している、
     いわば、古くからの交通の要所という小さな町で、
     ここに、13世紀からのロマネスク様式の修道院があります。  
     今日は、その修道院と町のご案内です。

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      ◆まず地図をどうぞ

       上側中央に書いてある LA BELLA というのは、
       この地図を拝借した、アグリトゥリズモのパンフレットの
       名前なので、お気になさらずに! はは。

       そのすぐ下に Follina が見えます。 線で囲っている所。
       ヴェネツィアからの、他の町も含めての
       位置が分りやすいので拝借しましたが、
       これは道路地図で、太い線は高速道路です。 




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      ◆サンタ・マリア修道院    (パンフレットより)

       これは下側からの眺めで、
       丘に入り込む形で上側(写真奥)に教会が、
       そしてちょうど写真の中程に、
       修道院の美しい回楼があります。




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      ◆中庭回楼

       これが道から石段を上がり、
       一度建物を抜けた所にある回楼です。
       真ん中に井戸が見えますが、
       これは一つの岩を掘り抜いたものだそう。
       この中庭では、夏に音楽祭が開かれるそうで、
       素晴らしい雰囲気です。




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      ◆教会の壁上部

       教会の方は、内部もゴシック様式で、
       素晴らしい金色の祭壇画、古い起源を思わせる聖母子像、
       木製の十字架像、F・ミラーノのフレスコ画もありますが、

       南側にあるこの修道院は、
       シトー派の修道士がここに居を定めた13世紀に遡ります
       回楼側から見える、教会上部の壁画です。 
       古びた赤い色、素朴な模様が素晴らしい。




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      ◆回楼の円柱  1

       回楼を取り巻く円柱が、それぞれの表情を持っていて、
       ここに見える円柱は、一本ずつの太い、
       柄の入ったものですが、その柄も違っています。  
       こういうのを見るのが、大変興味深いです。




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      ◆回楼の円柱  2

       この円柱は、細いのが2本ずつ組になったもの、
       太い1本の物、で円柱に柄はありません。  
       が、柱頭部分をご覧下さい。
       なんと楽しくなるではありませんか、
       それぞれが違う、柱頭部分です。




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      ◆円柱の柱頭部分

       この円柱は、円柱1でご覧頂いた、真ん中の柱頭部分。
       角に当たる部分に素朴な人面があり、
       真ん中に鳥がいます。
       影に当たる部分の鳥は鷹でしょうか、
       羽を広げ、脚を踏ん張っています。
       表側の正面には、椰子の木が葉を広げ、
       実をたわわにつけています。




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      ◆水道蛇口

       修道院の入口付近に、小さな水飲み場があり、
       この蛇口が。
       鳥の様でもあり、竜の様でもあり・・、さて?
       上の真鍮のひねり部分も、いい味ではありませんか?




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      ◆周辺の家々

       この教会、修道院の周りにある古い家々は、
       石造りのどっしりとした家です。
       正面も、左手に続く建物も、
       大きな入口のアーチを持つ古い家々で、
       通りに大変良い趣を与えています。 
       この道の右側上側に教会入り口が。




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      ◆家の歴史

       これは確か上の写真の家並びの、
       軒下に見えたものです。
       1758年4月28日 とあります。 
       すでに250年近く経った事になりますね。




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      ◆疎水

       教会の北を少し西に行くと、
       泉が湧き出ている場所があります。
       そしてかっては、この水を使っての製糸工場があったようで、
       今は無人の大きな建物が。 (再利用のプランはあるようす)
       その水が、こうして家の下を潜り抜けて、
       町の中を流れていきます。




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      ◆通りの家の壁

       私は「フォッリーナの町」と書いていますが、
       町というより、
       十字路になった通りの両側にお店が少し続く、
       といった趣なのです。  
       が、どうやら奥は深そうです。
 
       というのもこの建物の壁をご覧下さい。
       この様にフレスコ画で飾られた建物があり、
       この町には、画廊もあるのです!
       洒落たホテルもあり、バールではなく「喫茶店」と
       言いたいような店もあり、
       周囲には「白ワインの道」に当る、
       葡萄畑の丘が広がっています。




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      ◆疎水

       先ほどの疎水は結構な水量があり、
       通りの少し先の方では、こんな風に鴨達が遊んでいます。 
       写真の中だけでも15,6羽いますが、
       この上側にも、下側にも、左側にももっといます!
       そしてすぐ横には、家々が続き、
       そこの大きなデブ猫ちゃん達は
       すでに「イタ猫」でご紹介したことがあります。 

       この様に何もかもが共混存している、イタリアの田舎町、 
      お出かけください!


    ***

by italiashiho2 | 2006-09-01 00:15 | ・ヴェネト Veneto | Comments(0)