イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2006年 10月 30日

   ・・・ イタリアの夕陽 ・ あちこち ・・・

     今日は イタリアの夕陽 と題して、他の方にもご協力いただき、
     素晴らしい、イタリア各地の夕陽を、お届けいたします。

   ★★ トップバッター、miccionさんの ローマの夕陽 ★★
      
      でも、そこにもあるここにもあるという、並みのローマではないのです。
      ご本人のコメントと共に、ご覧下さい。

      ローマの町をウロウロしていると、「オヤ?」とか
     「へぇ~、あんなのもやってるんだ」とか
     「行ってみたいけど何処なんだろうなぁ?」と
     思わせられる物体が見えることがあります。
     特に晴れている日には、ハタから見ていて本当に気持ちよさそう…。
     その物体の正体は、気球(mongolfiera)です!


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      ◆ローマの夕陽・気球からの眺め  1

       サンピエトロ大聖堂が…夕日に染まって、
       そしてローマ全体が…




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      ◆ローマの夕陽・気球からの眺め  2
       ああ…ローマが夕日に溶けて行きます。

      miccionさんの気球体験、並びにローマの町の上からの眺めはこちら。
      夕日に向かって吼えろ!(@ローマで気球体験)
      http://sorelle-f.jugem.jp/?eid=203


    ★★ jamartetruscoさん トスカーナの黄昏 ★★
      
      イタリア語で黄昏のことを Crepuscolo と言う。
     大好きな言葉である。  この時期の黄昏時の美しさ。
 
 

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      ◆クレプスコロ  1
    
       夕食をテラスで食べる時、
       まだ日の光の残る大気の中で夕焼けにそまる空。




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      ◆クレプスコロ  2
  
       Rondone (アマツバメ)が空から急降下でとびかう瞬間。




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      ◆クレプスコロ  3

       クレプスコロ(黄昏)という言葉から、
       jamarteさんはミケランジェロの彫刻 「黄昏」、
       そしてドューラーの銅版画「メランコリア」について想いを馳せ、
       書いておられます。   こちらです。

       Crepuscolo - 黄昏時 
       http://jamarte.exblog.jp/m2006-05-01/#2348320



    ★★ グロリオーザさん  夕景・ローマ、そしてプロチダ島 ★★

      毎月素晴らしい写真を見せて下さっている、グロリオーザさんの3点。


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      ◆ローマ・サンタンジェロ橋・ベルニーニ像のシルエット




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      ◆プローチダ島  1

       教会のお祭りに出会い、
       周囲に万国旗がたなびいているシーンです。




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      ◆プローチダ島  2

       トンネルから見た地中海の黄昏



    ★★ shinkai  スコミーゴ村の冬の夕陽 ★★

      皆さんの今日の写真は、かなり静寂なイタリアの夕陽なので、
      私は思い切って、胸の騒ぐような夕陽をごらん頂きますね。


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      ◆オリアーノの丘に陽が沈む




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      ◆雲が騒ぎ、赤く染まる刻




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      ◆スコミーゴ村の教会が、影になる




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      ◆陽は遥か彼方に・・ 沈静に向かう刻

       我が胸のもゆる想いにくらぶれば
      煙は薄し さくらじまやま  
・・吉井勇



       ・*・*・*・

       夕ぐれの時はよい時。
      かぎりなくやさしいひと時。

      それは季節にかかはらぬ、
      冬なれば暖炉のかたはら、
      夏なれば大樹の木かげ、
      それはいつも神秘に満ち、
      それはいつも人の心を誘ふ、
      それは人の心が、
      ときに、しばしば、
      静寂を愛することを、
      知っているもののやうに、
      小声にささやき、
      小声にかたる……

      夕ぐれの時はよい時。
      かぎりなくやさしいひと時。

      若さににほう人々の為めには、
      それは愛撫に満ちたひと時、
      それはやさしさに溢れたひと時、
      それは希望でいっぱいなひと時、
      また青春の夢とほく
      失ひはてた人々の為めには、
      それはやさしい思ひ出のひと時、
      それは過ぎ去った夢の酩酊、
      それは今日の心には痛いけれど
      しかも全く忘れかねた
      その上(かみ)の日のなつかしい移り香。

      夕ぐれの時はよい時。
      かぎりなくやさしいひと時。

      夕ぐれのこの憂鬱は何所から来るのだらうか?
      だれもそれを知らぬ!
      (おお! だれが何を知っているものか?)
      それは夜とともに密度を増し、
      人をより強き夢幻へみちびく……

      夕ぐれの時はよい時。
      かぎりなくやさしいひと時。

      夕くれ時、
      自然は人に安息をすすめるやうだ。
      風は落ち、
      ものの響きは絶え、
      人は花の呼吸をきき得るやうな気がする、
      今まで風にゆられていた草の葉も
      たちまち静まりかへり、
      小鳥は翼の間に頭をうづめる……

      夕ぐれの時はよい時。
      かぎりなくやさしいひと時。

      
       ・・・ 堀口大学


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-30 06:09 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(2)
2006年 10月 27日

  ・・ イスタンブール・Istanbul・ヨーロッパとアジアにまたがる都 ・・

      今日は、「薄頭の鷲さん」の写真で、イスタンブールのご紹介を。
      まさにヨーロッパの東の端。  多くの河と合流しながら
      延々と流れるドナウ河が、最後に注ぎこむ黒海の南西に位置します。
      コメントも、ハクトウさんが書いて下さったもの。 ではどうぞ!

      4世紀末に、東ローマ帝国がコンスタンチノーブルに
     首都を建設し、15世紀にオスマントルコが、
     その東ローマ帝国を滅ばして
     コンスタンチノーブル、をイスタンブールと改名しました。

     イスタンブールの街はボスポラス海峡を境に、
     ヨーロッパ側とアジア側に分かれまたがり、
     文化、宗教、政治、経済に独特の発展を遂げてきました。   
     1923年に、国防上の理由などから、
     アンカラに首都が移されたのですが、
     その輝きが失せたわけではなく、魅力十分の都市でした。  

     ボスポラス海峡の西に広がるヨーロッパ側は、
     金角湾を挟んで、北が新市街、南が旧市街に分かれていて、
     旧市街に、モスクやバザールがひしめき合っています。


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      ◆ボスポラス大橋

       海峡の北側から見たボスポラス大橋、
       右側がヨーロッパ、左がアジアです。




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      ◆オスマントルコの城跡

       コンスタンティノーブルを攻めるために、
       海峡のアジア側に作られた城。

       1453年、オスマントルコは、16万の軍勢で攻めかけました。
       最盛期には100万と言われた人口が、当時4万人に
       減少していたコンスタンティノーブルは、
       僅か7千人で必死に守りましたが
       2ヶ月で攻め落とされました。




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      ◆アヤソフィア
 
       東ローマ帝国時代に、キリスト教の教会として建てられた、
       ビザンチン建築の大聖堂。   
       オスマントルコにより征服され、モスクに改造されて、
       ビザンチン美術の傑作 と言われるモザイク画は、
       500年間漆喰で塗りつぶされていました。  
       現在は博物館で、修復作業中のため、中には入れませんでした。 
       モザイク画に使われた金色のタイルは、
       ヴェネツィアの技術で作られたものです。  
 



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      ◆トプカプ宮殿 ・表敬の門

       15世紀にイスタンブールを征服した、メフメット2世が建設し、
       19世紀まで、歴代スルタンの居城として使われてきました。
       現在では宝物館などに使われていて、
       黄金の短剣や、86カラットのダイヤなどが展示されています。  




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      ◆トプカプ宮殿 ・宮殿から眺める海峡

       庭園奥からの、ボスポラス海峡の眺めは
       素晴らしいものがあります。




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      ◆トプカプ宮殿 ・スルタンの台所

       この煙突の数のすごさ!  
       一体何人の料理人が、何人分の料理のために、
       働いていたのでしょうか?!  
       ハーレムには、一体何人の美女がいたのでしょうか?!
                       ・・shinkai  

 


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      ◆乙女の塔

       ボスポラス海峡のちょうど中ほどに小島が有って、
       小さな塔が建っています。 
 
       あるスルタンのお姫様が、毒蛇に咬まれる夢を見、
       心配したスルタンが蛇の近づけない小島に塔を建て、
       お姫様を此処に隔離しました。 
       が、毒蛇は島に運ぶパン籠に入って上陸し、
       お姫様を咬んだのです。

       今では、この塔は灯台に使われています。




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      ◆ブルーモスク

       ドームの大きさではアヤ・ソフィアに一歩譲りますが、
       トルコ帝国が栄華を誇った、17世紀の始めに建てられ、
       オスマントルコ建築の極み、といわれています。

       内部装飾に使われたブルーのタイルがあまりに美しいので、
       いつの間にかブルーモスクといわれるようになりました。
       6本もミナレット(尖塔)があるのはここだけで
       普通は2~4本です。




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      ◆ブルーモスク ・入り口

       よく考えてみれば、日本のお寺にも門がありますが、
       教会には門がないことに慣れて、
       この頑丈な門に少し驚きました。  ・・shinkai




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      ◆ブルーモスク ・内部

       青いタイルの装飾が、大変綺麗でした。

 


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      ◆グランド・バザール

       4千軒もの店が並ぶ、イスタンブール最大のマーケット。
       金銀細工、宝石、絨毯などあらゆる物が揃っています。




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      ◆グランド・バザール  2

       観光客が多い為、値段は割高との事です。




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      ◆エジプシャン・バザール

       これは、グランド・バザールよりは大衆的なバザールで、
       香辛料の専門店が多く、 色とりどりの香辛料があります。
       最下段の、右から4番目のアップルティーが美味しかった。

       下右から2番目に「LOVE TEA」と見えますが、
       ハクトウさん、この味見はされなかった?  ・・shinkai




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      ◆オリエント急行終着駅

       アガサ・クリスティのミステリーで有名ですが、
       現在は使用されていません。


    ***

      如何でしたか、ハクトウさんご案内のイスタンブールは?
      アジアの香りふんぷんたる、猥雑な魅力溢れるヨーロッパでしょうか。
      それとも、アジアそのもの、遥かなりヨーロッパ、でしょうか?
      この街に、私はひとしお惹かれ、行ってみたい気持ち、と
      このまま何時までも、心に抱いて置きたい気持ち、とで複雑です。

      イスタンブール、ボスポラス海峡、なんと素敵な響きでしょうか?!
      「君は、ボスポラスの海を見たか」 
      遥か昔、最初に耳にした時の、響きの新鮮さを今も忘れられません。 
      五木寛之の文にあった言葉。 それとも、彼が引いてきた詩人の言葉。

      塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」に、
      かの東ローマ帝国の滅亡の様子、
      イタリアとの、ヴェネツィアとの関わりあい、そして
      戦いの模様が詳しく描かれているので、どうぞお読み下さい。
      
      
      ガルダ湖について調べた時、ヴェネツィア共和国が、
      1439年、ヴィチェンツァを包囲した、ミラノの
      ヴィスコンティ家と戦う為に、ヴェローナからアディジェ河を遡り、

      10キロに及ぶ峠の山道を、240頭の雄牛と人力とを持って
      6隻のガレー船、25隻の大船を越えさせ、ガルダ湖に配置、
      見事、湖全体の領有に成功した事を知りました。

      塩野さんの本には、ポー河と書いてありますが、
      ポー河ではなく、アディジェ河です。 
      アディジェは、ポー河より北を流れ、ヴェローナを通り、
      ガルダ湖の東岸の山を隔てた位置で、北から流れているのです。

      そして14年後、ヴェネツィア・ジェノバの商人が活躍していた
      このコンスタンティノープルを攻めるのに、

      オスマントルコのモハメッド2世は、
      ヴェネツィア共和国と同じ作戦を実行しました。
      つまり軌道を作り、70隻の船を、
      封鎖されていた金閣湾内に引き上げたのです。 
      これが東ローマ帝国陥落の、決め手となりました。

      一大帝国であった東ローマの崩壊。 
      キリスト文明の国が、イスラムの文明に変わる事。  
      男たちの壮大な夢、そして激越な戦い
      ヨーロッパとアジアを繋ぎ、歴史も、地理的にも、狭間にある都


      最後に、そんなイスタンブールを表現した、素敵な一節を。
      イタリア・アンコーナからの描写です。

      旧市街地の教会から海を眺めた
      虹が海から空に突き刺さっていた

      この空を掠めて、イスタンブルへ続いている
      イスタンブルから日本へ繋がっている

      小笠原旬  「言葉の旋律-イタリアの風土より」

    ***

by italiashiho2 | 2006-10-27 04:12 | ・イスタンブル | Comments(2)
2006年 10月 23日

   ・・・ バッティ・チンクェ!!  ヴェネトのワン君 ・・・

     今日は久し振りに、イタリアは、ヴェネトのワン君たちの
     登場で、まずトップバッターは、

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      ◆バッティ・チンクェ!

       これは、今月最初に全国200ヶ所以上の広場で行われた、
       動物の日 の広告の写真です。  
       これ、誰の手?!
       大きなのと、指の長いのに驚きました。 
       近くのシェパード、レオも大きな重い手をしていますが、
       こんなに指は長くありません。
       お風呂に入って磨き上げたか、毛並みが光り、綺麗な爪!

       バッティ・チンクェ というのは、よく運動選手がやる、
       上手く決まった時、パチンと掌を打ち合わせる、アレです。 
       動物の日 に、好きな動物の写真にサインしたり、
       寄付をすると、スポンサーが、保護されている動物達に
       食べ物を提供する、という催しの様です。  
       
       今頃、彼らが「やったね!」と
       バッティ・チンクェ をしていますように。



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      ◆イタリアに住む、秋田君

       イタリアには、結構 秋田犬 が多くいるようで、
       コネリアーノの町でも見かけましたし、
       これはすぐ近くの カペッラ・マッジョーレ という町の
       アイスクリーム屋さんのテラスで会った、秋田君です。

       大きくても性格がおとなしく、
       主人思いというのが好かれるようで、
       この秋田君も、彼よりも小さな子供達に、
       まつわりつかれていました。



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      ◆スコミーゴ村の住人

       彼の相棒の、黒くて、同じ大きさの犬は、
       一度このブログに登場しています。
       彼らは、大きなお家の飼い犬なのですが、
       玄関の柵の隙間から抜け出し、スコミーゴ村のあちこちを、
       好きなようにうろついて、道の真ん中で寝そべっているのです! 
       
       これは朝の寝姿。  
       テラスのテントを上げると、道の真ん中で寝ているのが
       見えたので、カメラを取りに行っている間に車が通り、
       彼は止むを得ず少し移動して、でもまだ夢の中。 
       
       もう少しすると、教会の朝のミサの鐘が鳴ります。  
       すると皆、一斉に合唱するのです!



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      ◆ラーゴの犬   (写真 G )

       ヴィットリオ・ヴェネトから少し行った湖の
       傍の村で、出会った老夫婦と犬。
       この犬の種類が、どうしても覚えられないのですが、
       闘犬としても有名な犬。

       ご夫婦の話によると、ものすごく力が強く、
       2人が乗った板を咥えて、引き摺るそう。

       「シニョーラにお手をしろ」と言ってくれたので、
       私はイソイソと彼の前にしゃがみ、手を差し出すと、
       重い手をドンと載せてくれたのです。 
       
       嬉しくて「チャオ!」と言いながら軽く握り、
       ちょっと振りました。 すると彼が小さく「ゥ、ゥ」と。
       私は少し驚いて、手を放し慌てて立ち上がったのですが、
       今でも尚、「あれは、彼のチャオではなかったか?」
       と考えて、とても残念なのです。
 


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      ◆ゴリツィアのチャウチャウ

       ゴリツィアの街の一角で見かけた、チャウチャウ。

       あんた、チャウチャウ、ちゃうの?
       ちゃう、ちゃう
       チャウチャウ と ちゃうって、チャウチャウやんか?
       ちゃうで。 チネーゼ いうねんで
       あほ、 チャウチャウ にしとき
       ちゃう、ちゃう
   
       ・・この辺でやめとこう、石が飛んできそうやから!
       ゴリツィアは、ヴェネトとちゃうけど、 
       ・・まだやってる、あほが。



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      ◆山村の農家の庭で

       先ほどの老夫婦と同じ、湖の近くの村の農家ですが、
       このあたり、家の造りが、ちょっと変わっているのです。 
       壁は石でがっしり造られ、後の部分は木製で、
       それが古い家だと朽ちて、時に凄まじいイメージに。

       今は夏なので緑も多く、小さな犬が挨拶に飛び出して来て。



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      ◆夏の思い出

       夏のヴェネトの浜の思い出。  
       
       これはTVの画面からで、画質が悪くて失礼。
       でも、題材は素敵でしょう?!  
       RAIのカメラマンは、良い目をしています。
       ア、忘れずに、今日の主題のワン君も見て下さいね。   
       どこにぃ?!
       寝椅子の下に、マルチーズが2匹いるではないですかぁ~!!


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-23 05:16 | ・イタ猫・イタ犬・動物たち   | Comments(2)
2006年 10月 17日

   ・・・ ドナウの真珠 ・ ブダペスト・Budapest ・・・

     今日は、月1度登場願っているグロリオーザさんに、
     「ドナウの真珠」と呼ばれる、ハンガリーの美しい首都 
    ブダペスト をご案内
して頂きます。
     ご存知の通り、ハンガリーは東欧圏になりますが、
     大変な多民族国家であり、オスマン帝国の統治下にも、
     オーストリアのハプスブルグ家の統治下にも置かれ、
     なかなかのみ込めない程の、変遷の歴史を重ねた国のようです。 
     「ドナウの真珠」の呼び名に恥じない、大変美しい街並みの様子を、
     素敵な写真と、コメントでどうぞ。

      今回はハンガリーの首都・ブダペストの紹介です。
     ハンガリーの国旗は上3分の1が赤、真ん中が白、下3分の1が緑と、
     イタリアの国旗を、90度左に回した色分けになっています。
     ちなみに赤は尊い血の犠牲、白は清らかな国民の心、
     緑は希望を象徴しているのだそうです。 
     イタリアとどう関連しているのでしょうか。
     イタリアは、もちろん赤がトマト、白がモッツァレッラ、
     緑はバジルの色ですよね?! 

       (皆さん、ご存知でした?!・・shinkai)


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      ◆街の俯瞰

       ブダペストの街は中央にドナウ川が流れ、
       西側が王宮などがあるブダ地区、
       東が商業の中心ペスト地区と分かれています。
       両地区を結ぶ鎖橋は、1849年に国民的英雄のイシュトバーン
       によって建設されたもので、優雅な姿を誇っています。
       この写真は、ブダ側からペスト側を俯瞰したものです。



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      ◆鎖橋の夜景

       街の両側を繋ぐ鎖橋です。  
       橋の両端に2頭ずつのライオンが、にらみを効かせています。 
       ヴェネツィア・サンマルコのライオンと、
       どちらがよりカッコいいでしょうかね。

       この橋も、第2次世界大戦時にはナチスドイツに破壊され、
       1949年に再建されましたが、1956年のハンガリー動乱では、
       ソ連軍の戦車に蹂躙されました。 
       1989年、社会主義との決別の時は、市民が赤白緑の
       三色旗を掲げて、この橋に集結した歴史的な場所でもあります。




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      ◆国会議事堂 

       ドナウ川を挟んでペスト側にある、
       ネオゴシック様式の、国会議事堂です。




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      ◆国会議事堂  2

       これを夜見ると、見事にライトアップされ、
       ドナウに光が反射して幻想的です。




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      ◆漁夫の砦

       ブダ側には、漁夫の砦といわれる変わった砦があります。
       古そうに見えますが、出来たのは1905年。
       中世に、市民軍が外敵から王宮を守った時に、
       ドナウの漁夫たちが、ここで敵の侵入を防いだ
       ことに由来する名前だそうです。




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      ◆王宮付近の広場

       バックの塔は、マーチャーシュ教会です。
       この教会は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフが、
       妃のエリザベートとともに、ハンガリー王としての
       戴冠式を行った場所です。
       この時演奏された「戴冠ミサ曲」は、
       リストが作曲し自ら指揮をしたそうです。
       エリザベートは、ハンガリーの民族衣装を着て式に臨みました。

       その後もしばしばブダペストに滞在した彼女は、
       その絶世の美貌と共に市民に愛され、
       今でもエルジェーベト橋、エルジェーベト広場など、
       地名としても残されています。 
       ちなみにエリザベートは、
       身長173cm、体重48kg、
       ウエスト50cmだったとか。




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      ◆市場の光景

       ペスト側にある中央市場の風景。  
       奥に山積みになっている黄色いものは、パプリカです。 
       ハンガリー料理には、代表的なグヤーシュを始めとして、
       いろんな形でこのパプリカが使われます。




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      ◆この像の人物は

       国会議事堂近くに戻ったところに、こんな像がありました。
       この人はナジ・イムレ。 
       ハンガリー動乱の際の首相で、
       ソ連軍に逮捕され、秘かに処刑されたといわれています。
       戦後復権し、議事堂を望む場所にこの像が建てられました。
       ちょっと哀愁を帯びた表情をしていました。




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      ◆ブダペスト西駅

       ここから国際列車が発着しています。  
       モダンな建物は、エッフェル塔を設計した会社
       によって建てられたということです。
       右側の棟にはマクドナルドが入っていて、
       「世界で1番美しいマクドナルドの店」といわれます。 
       生意気に、室内の写真撮影が禁止になっていました。




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      ◆ロバート・キャパの家

       実はキャパは、ここペストの生まれです。 
       彼の伝記で
       「ヴァーロシュハーズ通り10番地とビルヴァックス小路の角」
       という住所をみつけ、尋ねていきました。 
       ところが、その付近で何人に聞いても

       「ロバート・キャパ」という名前を知らないのです。 
       よくよく調べたら、彼は本名が「フリードスン・エンドレ」で、
       パリなどで活躍していた時代は、ハンガリーは共産圏になっており、
       別世界の人だったようです。 
       今でも生家には、何の表示もなされていませんでした。 
       キャパはこのアパートの3階に住んでいたようです。




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      ◆王宮と鎖橋の夜景

       最後は美しい光景で終わりましょう。
       夜のライトアップは、王宮と鎖橋を優雅に照らし出し、
       ドナウの悠久の流れに光が揺れます。
       「ドナウの真珠」と称される典型的な風景です。



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      ◆ハプスブルグ皇帝妃 エリザベス(シシー)

     ***

       如何でしたか、グロリオーザさんの「ブダペスト」のご案内は?
       広い、雄大な空の下に広がる美しい街、というイメージですね。

       遠く離れた街という感じでしたが、改めて地図をみましたら、
       なんと、ウィーンからわずか東南東へ250キロ足らず!
       距離的には、意外と近いのにおどろきました。

       グロリオーザさんは、プラハからJALのユーロバスで行かれたとの事。
       バスには、日本人のガイドが添乗、途中スロヴァキアで2時間程の
       自由時間があり、都合7,8時間で到着。1日の内に3カ国の経験!

       
       ウィーンから、ブダペストを抜けたドナウ川は、一路南下し、
       セルビア・モンテネグロの国から東へ、そして遥か黒海に注ぎます。

       シシー と呼ばれて愛された、美しいエリザベス皇后。 
       実の叔母でもある姑との確執は有名ですし、ハプスブルグ家の
       ラスト・エンペラーでもある夫 フランツ・ヨーゼフも。 
       彼は、従妹でもある彼女に我を忘れるほどの恋をし結婚。 が、
       跡取りになる筈の唯一の息子は、男爵令嬢とウィーンの森で心中。
 
       甥が皇太子となったものの、サラエボで殺害。 これが、
       第一次大戦の引き金となり、イタリアはオーストリア統治から独立。
  
       皇帝の弟のマクシミリアンは、イタリア・トリエステにある
       ミラ・マーレのお城から、メキシコに行き、皇帝となるものの、
       かの地でわずか3年後に革命の為、銃殺刑。 
       シシーも、スイスで暗殺されるという運命で、
       「呪われた王家」とも。  

       そしてこのブダペストでは、ナチの占領下で、
       以前ご紹介したイタリア人 ジョルジョ・ペルラスカが、
       5000人を超すユダヤ人を救助したのでした。 
       ユダヤ人が、この街で受けた扱いについては、
       映画「ミュージック・ボックス」にも描かれていましたが、
       このドナウ河が血で赤く染まった、程と。

       ロバート・キャパ。 
       スペイン市民戦争時の、すさまじい迫力の写真、そして、
       ノルマンディの、連合軍の上陸写真で一躍有名になりました。
       彼の自伝「ちょっとピンボケ」にも描かれた生き様に憧れ、
       死と背中合わせの戦争写真に魅せられ、その後、
       何人の若いカメラマンが、戦場に散った事でしょうか。  
       彼自身も、インドシナで行方不明となりました。 


       ヨーロッパの古い街には、幾つもの歴史がまつわり、重なり、
       そして必ず、それを知らぬげに滔々と流れる大河の姿がありますね。

       今の時代に生まれ、生きれる幸せ、 そして
       こうして遠い街を楽しめる幸せ、  感謝!!


       ドナウ河が注ぐ黒海の南西には、イスタンブールが位置します。
       今、ここの写真もお願いしている方がありますので、
       近々にご案内を!   お楽しみにどうぞ。


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-17 22:26 | ・ヨーロッパ | Comments(0)
2006年 10月 12日

   ・・・ ヴェネツィア ・ 水に揺れて ・・・

     今日は、久し振りにヴェネツィアの写真をご覧頂きます。
     橋のある風景 にしようか、と一瞬考え、少し纏めましたら、
     ワァ、ものすごい量になりそうです。  ならば、路線変更。
     橋も写ってはいますが、水に揺れる風景 に絞りました。
     場所の特定は、お許しを。 
     ヴェネツィアには、400以上もの橋があるそうですから! 
     季節、住所共に不定で、お楽しみ下さい!!

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      ◆フォンダメンタ・ヌオヴェ近く

       余り観光客も通らず、地元の人たちが多い一角。
       陽が傾き、光と影がくっきりとする、午後遅めの刻。




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      ◆アッカデミアからの道筋

       アッカデミア美術館から、ヴェネツィアの街を西回りに
       駅に向かい、サン・バルナバ教会の手前辺り、です。
       この場所の写真は、あちこちでよく見かけます。




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      ◆住所不定

       リアルト橋の近くのような記憶がありますが・・!
       サンタ・マリア・デイ・フラーリの近くの気も。
       記憶も揺れて・・!




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      ◆リアルト橋近く

       国鉄のサンタ・ルチア駅から、
       東回りにリアルトに向かい、すぐ近くの場所。  
       水に映る真ん中の建物、にある橋が、
       リアルト方面に続いていたと、覚えています。




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      ◆溜息橋の北奥

       この細い運河が南に行くと、有名な溜息橋に。
       この裏辺りで一度偶然に、大変鄙びて、寂れた一角に出会い、
       辿っていくとサン・マルコに出たのですが、
       その後どうしても、同じ場所に行きつけません。  
       ヴェネツィアは、懐が深く・・。




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      ◆サン・ポーロ近く

       これも裏通りの運河で、少し不思議なイメージの漂う場所。
       この運河の奥の方に、高い位置の橋があり、
       その場所にも、興味が惹かれたのでした。 
       プロが写したその橋の写真も見ましたから、
       どうやらこの不思議さは、私だけが感じたのではないようです。




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      ◆街の西側、下町の

       カンポ・サンタ・マルゲリータから西の方に行くと、
       少し下町の感じが漂い、庶民的なイメージが濃くなりますが、
       これは、その辺りだった様な。




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      ◆アルセナーレ(造船所)近く

       ムラーノ島、ブラーノ島への連絡が出ている
       フォンダメンタ・ヌオヴェから、アルセナーレに
       辿ってくると、この運河の横を通ります。

       アルセナーレは海軍が使っていて見学できませんが、
       正面には、たくさんの、大小様々、いろいろな表情の
       ライオンの石像が並んでいて、楽しめます。  
       笑える顔もあります!




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      ◆住所不定

       これは完全に、住所不定です!  
       リアルトを北に渡り、少し北に進み東に入った辺り、
       という気もしますが・・。

       こんな風な小さな橋が、次々と運河を越え
       細い小路が建物の間を辿り、迷路の様に続きます。  
       観光客はめったに通らず、地元の人だけがすぅっと、
       両手を広げると届きそうな、小路を行きます。




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      ◆フォンダメンタ・ヌオヴェ近く

       最初の写真の横側です。  
       何度も、すぐ近くを通っていても、
       時に驚くような場所に出会えるのが、
       ヴェネツィアの面白さ、奥深い所です。 
       光と影が繰り広げる、面白さも手伝って。


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-12 06:41 | ・ヴェネツィア | Comments(0)
2006年 10月 09日

   ・・・ トラ猫 ・ 縞猫 集まれ!! ・・・ 

     秋が深まり、人恋しく、猫が恋しい季節です!!
     今日は、皆さんにご協力いただいて、トラ猫、縞猫の特集を。
     フクフクのお腹をさすり、肉球をプチュプチュと押さえ、
     喉の奥のゴロゴロを聞かせてもらい、・・・ああ、しあわせ !!


    ★★ 初登場  トラ君 ★★

      トラ君は、アメリカ東部に住む、
      丸くて、お目めが緑色、白いソックスをはいた、トラ猫君。
      コメントはママの、Vi(ヴァイ)さんです。

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      ◆お花と一緒に

       こんな自然な花の色は心を落ち着かせてくれます。 
       トラのいる所に持って来ると、早速香りに興味があるらしく・・・。
       でも、齧ることをしない所を見るとトラには好みではないらしい。

       因みにトラは、家に置いてある、折りズル蘭をよく食べています。
       猫はこのような植物を食べてはお腹に入っている飲み込んだ毛などを
       吐くような習性があるのだそうで、キャットフードにも
       家猫用にはそんな成分も配合されているようです。




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      ◆僕、もう疲れたから寝たいんだよ~

       このトラ、1歳過ぎにシェルターから我が家に来ました。
       最初は外も自由に遊ばせていたら、一ヶ月もしない頃に
       行方不明になってしまい、2週間後に親切な方の電話で、
       再び我が家の住民になりました。
       たったの2週間で小さく見えるくらい痩せていて、
       かなりのストレスの日々だったんでしょう。
  
       今は家猫にしてますが、万が一又ひょっこり外に
       出ないとも限らないので、しっかり電話番号の
       付いた飾りを首にかけています。




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      ◆素敵なお目めのアップです

       この緑の中の黒い瞳が大きい程、
       お目目が可愛く見えます。

       Viさんのブログはこちらです。
       from アメリカ北東部   http://violetsun.exblog.jp/



    ★★ 初登場  養女志願中の ビルバ ★★

      ビルバは、イタリア・トスカーナのグレーヴ・イン・
      キャンティのすぐ近く、にお住まいの、jamarteturusco・
      ジャマルテトゥルスコさんの
      お家に半ば入り浸りの、養女志願中のトラ猫ちゃん。
      様子を、jamarteさんが書かれているのでどうぞ。

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      ◆猫とオリーブの木

       他の家の飼い猫であるが我が家に顔を出すこと2ヶ月。
       ある夜、ビルバはいつものように我が家を訪問。
       そのうち視界から消えたので探してみると、アレのスタジオにいる。
       そして彼の彫刻のひとつをなめているのである。

       その彫刻はオリーブでできていて、まだ未完成であるのだが、
       彫った部分が少しあるのでそこはややフレッシュである。
       ビルバはなんとこの部分一カ所のみを必死になめているのである。
       何故かな? 




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      ◆猫とオリーヴの木  その2

       アレ曰く「オリーブが猫にとって何かdroga(麻薬)的な
       効果があるのでは?」 まさかねーと私。  
       ところが今日イタリア語のサイトを検索していて、
       なんと、オリーブの木が猫にとって麻薬のような効果があり、
       なめることによって陶酔状態、ほろ酔い加減のような
       気持ちのよい気分になるそうである、と書いてあるのを見つけた。 
       やっぱりアレの想像はあたりだったのである。
  
       なるほどビルバの顔もどこか気分が良さそうである。
       生きるものすべて、気分の良いのはやはり一番。
       猫さんはオリーブの木で酔うのですね。
       ということは、トスカーナの猫さんはオリーブの木に
       囲まれているので、いつも気分はほろ酔い加減なのか。 
       またひとつ自然の面白い発見をした。

      *トスカーナの猫達が、月夜にオリーブ畑に集まり、
       車座になリ、舐めろや、歌えや、
       で大騒ぎをしている様子を想像して、
       若いが止まらなくなった、shinkai です!




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      ◆展覧会準備中の絵の横で

       jamarteさんのご主人が、ミラノで絵の展覧会
       をするために準備中、ビルバはその横でお昼寝を。  
       お家は丘の上、かなりの高台にあり
       ベランダからの眺めが素晴らしい様子。  
       養女志願にしては、態度がでかいかな?!

       jamarte さんのブログは、こちらです。
       トスカーナ「進行中」In Corso d'Opera   
       http://jamarte.exblog.jp/



    ★★  初登場  モモちゃん と ちっち  ★★

      キバさんのお家のむっちゃんは、「舌だし猫」に
      出演してくれましたが、
      今回の モモちゃん と ちっち は、初登場です。
      コメントは、お姉さんのキバさん。

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      ◆モモちゃん

       一度、里子に出していた家からヤンチャ過ぎると
       返品されてしまった暴れん坊のモモちゃんです。
       噛み癖があって、噛んだら遊んでもらえると思っている節
       があるので、ず~っと猫ジャラシで遊んでます。 
       寝てる時は天子のようにカワイイです。

      *額にくっきりと M の字が!  
       次に登場の ちっち と
       よく似ているようですが、これなら間違えずに、・・sinkai




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      ◆ちっち
       フルルのtonaさんちでは、手で顔を隠すこの仕草を
       「X攻撃」と呼んでいるそうで、
       可愛いから我が家でも使わせてもらってます。
       普段はとっても大人しくていい子なんですが、
       この攻撃は最強です。

       キバさんの日記はこちらです。
       http://www.fururu.net/user/mayumayu580/



    ★★  大常連  シンちゃん  ★★

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      ◆シンちゃん、ご帰宅~!  
  
       オウッ、今、け~ったぞ!飯は?

       恋煩いでもしていたのか、或いはネコの集会でも
       あったのか、この2~3日姿の見えなかったシンの字が、
       今日久々にお帰りになった。
       しかもひどく痩せこけて。 
       外に置いた餌入れの餌が減っていたので、
       家人が気がつかない間にお食べになっていたようであるが、
       何処をほっつき歩いていたの?  
 
       余計なことかも知らんが、その辺の娘さんに
       余りちょっかいを出さないでちょうだいよ。
       アナタによく似た金太郎飴のようなお子さんが
       いっぱい増えるのではないかと、
       オジサンちょっと心配なのね。 
       ところで、アナタ、今夜は家の中でお休みになる?
       だったら、今夜はお約束のシャンプーをね!
    
       アッ、そうそう!シンちゃん、
       カミさんの実家に子猫が生まれたの知ってた?
       なんかよく知らんのだけれど、
       アナタによ~~~く似ているって!  
       心当たりある?

      *その後、このチビ猫ちゃんの写真も拝見しましたが、
       シンちゃんとは似ておらず、
       疑いはすっきりと晴れたようです。 ・・shinkai




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      ◆運動会・お遊戯 「い~と~まきまき、い~と~まきまき」

       秋は今たけなわ、世の中あちらこちらで
       秋の大運動会が行われている。
       将来の肥満予防を兼ね、
       本日シンちゃんの運動会を催してみました~。 

       ナオちゃんのブログはこちらです。
       ナオちゃんのお気楽生活  
       http://blog.goo.ne.jp/wild_carp2005/



    ★★  大常連  にゃ~こ  ★★

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      ◆とにかく眠いの

       夏の間、精一杯活動した虫たちも、
       力尽きている姿をよく見かけます。
       先日は道の真ん中にトンボが!
       手に取ってみるとなかなか綺麗なので、
       持って帰ってしまいました。

       黄緑色の胴体、グリーンの目。
       うーん、種類まではわからない。
       昆虫図鑑が必要です。
       せっかくなので、にゃーこにも見せなくては。

       でもお昼寝中の彼女は、一瞥しただけで、また夢の中・・・。
       やっぱり、動いていないものには
       興味がないらしい。

      *この にゃ~こ の写真は、
       フルルのフォトコンテスト・2006夏で
       ユニーク賞を獲得されました。  
       にゃ~こ の目が、半眼に!




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      ◆アンモニャイト

       冬の風物詩、猫団子です。
       これからの季節、肌寒くなってくると見られそうです。
       我が家では アンモニャイト とも呼んでおります。
       縞々ならではのこの模様。 
       まるで貝殻に変身したみたいでしょ?

       本猫は何も考えず、寒いから
       こんなポーズをとってるのでしょうが、
       なかなか深遠な形だな~、
       などと思っています。

       ゆんぴょさんの日記はこちらです。
       http://www.fururu.net/user/YUKA35/



    ★★  では、イタリアのトラ猫・縞猫を shinkai が  ★★

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      ◆ヴェネツィア・ムラーノ島の猫

       満開の藤の花の下、ぶうたれ顔で寝ているトラ猫君。
       写真のモデルが気に食わないのか、
       藤の香りが強すぎるのか・・!!




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      ◆トリエステの港の猫

       たまたま月曜日にトリエステに行った時の事、
       港で、鳴きながら駆け寄ってきた猫ちゃん。
  
       港には魚を売る屋台店があり、それが月曜でお休み。
       いつもは、その屋台で食べる物を貰っているのでしょう。  
       猫の好きそうな物は何もなく、パンしかありませんでしたが、
       その包みを開くのを待っている姿です。

       少しだけ食べましたが、まぁ安心のような、
       可哀想なような、少し複雑な気持ちでした。




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      ◆デセンツァーノの美人猫

       縞猫の範疇に入るかどうか、ちょっと危ない所ですが、
       涼やかな目をした、大変な美人猫なので、ご紹介を。
 
       ガルダ湖の南、デセンツァーノのお城の高台で出合いましたが、
       なかなかこれ程の美人猫には、めったにお目にかかれません!


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-09 01:50 | ・イタ猫・イタ犬・動物たち   | Comments(0)
2006年 10月 06日

・・・ ポルトブッフォレ ・ Portobuffole` 中世に栄え、今は眠る ・・・

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      ◆ポルトブッフォレ ・ フリウリ門

       今日は上の写真でご覧のように、
       中世から、リヴェンツァ河の港を利用し、一大商業中心地として栄え、
      でも今は河の流れもなく、静かな畑の中の小さな町
として、
       一見何も特別な事のないような、ポルトブッフォレのご案内です。

       でもこの町は、ダンテの「神曲」にも登場する、
       中世の著名な人物の歴史ある町でもあるのです。 
       町のすぐ外には、有名な素晴らしいホテルもありますので、
       それもご覧頂きます。   では、まず地図からどうぞ。




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      ◆ポルトブッフォレはどこにあるか

       下左にトゥレヴィーゾ・Treviso が見えますが、
       ここから北東に、オデルツォ・Oderzo と辿り、
       そしてポルトブッフォレ・Portobuffole` です。
       ヴェネトとフリウリの平野の境に位置し、
       ポルト・港 と町の名に付くのはなぜか。
       
       それは町の東に見えるリヴェンツァ河が、かっては町を通り、
       河の港として海に続き、ヴェネト各地からの穀類、塩の
       一大商業地で、税関もありました。




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      ◆フリウリ門

       町の北にある、フリウリ門です。
       ヴェネツィア共和国崩壊後、フランス領、オールトリア領となり、
       第1次大戦でオーストリア軍が引き上げる際に  
       もう一つあった大きなトゥレヴィザーナ門は破壊され、
       今町の大きな門はこれ一つです。

       この橋の下をかってリヴェンツァ河が流れ、
       海に、ヴェネツィアに続いていたのです。
       度重なる洪水で、遂に20世紀の始めに、
       河の流れが町から遠ざけられ、今は草原です。




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      ◆フリウリ門内側

       門から入った所、ここがヴィットリオ・エマヌエル・
       セコンド広場です。
       この周囲に、かっての公的機関の建物、ドゥオモ、
       市の塔のあるカーザ・コムナーレ、
       そしてこの写真の左手に、最初はユダヤ人のシナゴーガであり、
       後にドゥオモに変った、珍しい例の教会があります。  
       後ほど写真を。




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      ◆カーザ・コムナーレ と 市の塔

       写真の左下に少し見えますが、大きなアーチを持つ
       広いロッジャが一階にあり、フォンダコと呼ばれる大きなサロンは、
       穀類や、塩の貯蔵所として使われていたそう。
       
       後に見える塔が、市の塔で、高さが28M。 
       かっては7本あった塔の、最後のもの。




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      ◆カーザ・コムナーレの壁   (写真は「I Borghi piu` belli d'Italia」)

       上の写真にも見える壁ですが、この写真は2006年版の
       ガイドブックからなので、どうやら最近修復され、
       美しく蘇ったようです。  
       説明によると、正面にみえるのは、
       16世紀の行政長官の紋章と碑文とのこと。




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      ◆モンテ・ディ・ピエタ(公設質屋)のドアの上   (写真は「Marca Trevigiana」)

       よく見るヴェネツィアのライオン君ですが、
       これは珍しく、怖ろしげな様子をしています。  
       「レオン・イン・モエカ」と言うのだそうですが、
       調べても意味が分りませんでした。  
       どうやら戦争の時代を現しているとか。




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      ◆ドゥオモ   (写真は「Marca Trevigiana」)

       これが、元ユダヤ人のシナゴーグで、
       16世紀にカトリックのドゥオモに変えられたもの。  

       この元になったエピソードは、町の年少の少年が行方不明となり、
       その罪を負わされてユダヤ人3人が火刑になった事件です。
       それ以前は、この町で広く商業に携わり、高利貸しを
       営んでいたユダヤ人達が、これを機にゲットーに押し込まれ、
       財産没収、シナゴーグも閉鎖となったのでした。




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      ◆ガイアの家    (写真は「I Borghi piu` belli d'Italia」)

       ダンテの「神曲」第16章に詠われた、ガイア・ダ・カミーノ
       Gaia da Camino が、従兄弟のトルベルト・Tolberto da Camino と結婚し、
       ポルトブッフォレの領主となった 夫と共に住んだ家、
       ちょうど真ん中に見える、赤い碑文の出ている家がそうです。

       14世紀の素晴らしい邸宅で、この町に文化と芸術を運び、
       小さな宮廷を作り、最初の女性詩人の一人でもありました。 
       残念ながら、彼女の持ち込んだ太陽の光は長く続かず、
       1311年に短い生涯を閉じたと言う事です。




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      ◆ガイアの家から   (写真は「Marca Trevigiana」)

       ガイアの家は、壁全体が素晴らしいフレスコ画で飾られ、
       いかにも宮廷風な優しい雰囲気に包まれています。  
       TVで一度見た事がありますが、美しかった。

       そしてこの正面に見える、市の塔。  
       時計の右上に、窓が見えますが、
       かってはここに穴が開いていて、
       死の宣告を受けた罪人は、鐘の鳴るのを合図に
       この穴から、下の監獄に突き落とされたのだそうです。 
       美しさとは裏腹な、真実の歴史。




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      ◆町に残る建物     (写真は「I Borghi piu` belli d'Italia」)

       この建物がなんという建物か、特定できませんでしたが、
       かっては町中を運河が通っていたようで
       それに面していた建物だそうです。
       美しくフレスコ画で飾られていた事でしょう、
       今はすべて道に埋め立てられています。




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      ◆かって リヴェンツァ河の流れていた・・  (写真は「I Borghi piu` belli d'Italia」)

       フリウリ門の外側、草原になっている場所です。 
       どうやらこの写真は、毎年6月の最初の土曜日曜にある
       「13世紀のポルトブッフォレ」というお祭りのよう。  
       競馬や、中世の夕食会、時代衣装の行進なども行われるようです。  
       町の広場でのコンサートや、骨董市でも有名な町です。

     **
  
       一度も旅をした事がなかった。  
      ただ一度自転車に乗って、明け方に、
      名前を「ポルトブッフォレ」という村に着いた。
      名前を住民から聞き、海の近くかと驚いて、走り去った。

      少し後、大きく曲がった水の無い橋の上で止まり、周囲を見渡した。
      港も、海もなく、いろんな種類の草の生えた広い草原があり、
      刈り取るほどの草で、地平線が、嵐の緑がかった色で光っていた。

      多分草原は、遠い本当の海に続くのだろう。
      傾いて先の尖った鐘楼が、雨の帯の中に浮いていた。

      どこに港があったのだろう?  海はどこに?
      この質問が、答えがないままに、しばしば記憶の中に浮かんだ。

      畑の土の上に座り、タバコをすいながら、
      ポルトブッフォレ について考えた。

      
        G. Parise - Sillabarrio-Einaudi



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      ◆ジュスティニアン邸

       町のすぐ外にある、ジュスティニアン邸、
       17世紀のヴェネツィア貴族の館でしたが、
       今は修復され、素晴らしいホテルになっているようです。  
       URLは以下です。
       http://www.villagiustinian.it
       info@villagiustinian.it




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      ◆ジュスティニアン邸 ・ 中の様子

       もとは、田舎での滞在を目的に作られた、ヴェネツィア貴族の館。
       如何ですか?  
       本館でのお泊り、少しお安い別館、と両方あるようです。

     **

      かっては大いに栄え、今は半分眠っているような、ヴェネトの田舎の町。
     そんな小さな町が、殆ど知られずに、あちこちにあります。  
     その辿った歴史を少し知ると、愛おしくさえ感じ、とても好きになります。
     皆さんに、ほんの少しでも知って頂きたい、 そう願っています。 
 


    ***

by italiashiho2 | 2006-10-06 17:31 | ・ヴェネト州 | Comments(2)
2006年 10月 03日

   ・・・ 2006年度 「ミス・イタリア」 最終選考、の模様 ・・・

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      上の写真でお分かりの様に、今日は先月9月22日に行われました、
      「ミス・イタリア」の最終選考の様子をご覧頂きます。 
      例年8月の末に行われ、TV中継も土曜日にあったと思うのですが、
      今年から選考方法が変わり、放映日も大きく増えました。 が、
      最終選考の第1回目と、肝心の最終決定の瞬間を、ご覧下さい。
      今回は、男性の写真を極力減らし
      イタリアの若き美女達を、大いにお楽しみ頂きます。 
      ええ、私も美人を見るのは、大好きなのです!



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      ◆会場の様子  

       いつも最終選考は、サルソマッジョーレ・Salsomaggiore 
       という、エミーリア・ロマーニャ州の、
       生ハムで有名な街パルマ、の西25キロほどにある、
       温泉保養地で行われます。 
       この写真は会場の舞台の様子で、これはフィナーレの1回目、
       100人の最終選考の参加者が、後ろにいます。




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      ◆まず、1人

       このフィナーレの放送された時は、1時間ほどしか
       見ませんでしたが、そのとき見た可愛い子ちゃん。  
       彼女は、最終日には既に残っていませんでした。




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      ◆数少ない男性写真   その1

       この美男は、サッカーのイタリア優勝に大貢献した
       ルカ・トーニ。 ゲストで出演していたのです。 
       甘い目をしたハンサムで「サッカーするの?!」
       と、尋ねたくなりますね。  
       実は、彼の彼女が、審査員で出演していたのでした。




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      ◆美女  その1

       はい、彼女が、ルカ・トーニの婚約者、マルタ。 
       彼を見つめる彼女の目。  
       一応彼の出番が済み、引き上げるという時に、
       司会者が「挨拶したい人がいたら、挨拶に行ってもいいよ」
       ルカは「え? コマーシャルか何かがあるの?」
       「いいや、ないけど行ってもいいよ」と。
   
       すると彼は悪びれずに彼女の所に行き、
       「チャオ!」と言いつつ、きゅっと抱きしめて、
       ホッペというよりも首筋にキスをして、彼女も応えて・・、
       で再度会場の皆に手を振り、退場して行きました。
       
       日本のNHKに当たる、イタリアのRAIの実況中継、
       の模様をお伝えいたしました。




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      ◆美女   その2

       これからの写真が、最終選考の最終日になります。
       はい、こちらが2005年度の、ミス・イタリア。  
       既に王冠も返却し、玉座に座り、余裕の笑顔で見守ります。




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      ◆数少ない男性写真  その2

       こちら、誰か分かりますか?  
       最終審査員長として出席の、ロッキー・バルボワ
       シルヴェスター・スタローン君です。
       ロッキーの最新作が出来たとかで、その宣伝も兼ねて。




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      ◆ミス・イタリア予備軍   1  

       最終日22日には、既に40名になっていました。 
       これからの写真は、私の独断と偏見で、
       良いと思った美女のみを、ご紹介していきますね。
       No.99 シチリア出身 ラモーナ・リジーナ です。
       なかなか、と思われませんか?  
       左右の目の大きさが違うのが、色っぽい!




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      ◆ミス・イタリア予備軍   2

       この笑顔を、素敵な目を覚えておいて下さいね。 
       クラウディア・アンドレアッティ
       ミス・トレンティーノ・アルト・アディジェ、
       イタリアの一番北の州の、ミスです。

       ミス・イタリアの選考は、電話で一般の人からの電話投票、
       そして会場の審査員の票で決まります。  
       途中までは、審査員の評決で救われるという事もあるようですが、
       最終日の票は一発勝負のようです。
 
       なので、時に審査員側から、ブーイングが出ることが再三。 
       電話投票は、素人の気分投票に過ぎない事もありうる様で、 
       私も今回、2人ほど、何でやねん!と怒りました。




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      ◆ミス・イタリア予備軍   3

       No.3 ミス・ロンバルディア  
       クラウディア・フェッラーリス
       こちらもなかなか、です。 




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      ◆ミス・イタリア予備軍   4

       No.88 彼女の名前の入った写真が残っておらず残念ですが、 
       審査員の間では、かなりの有力候補でした。  
       ここでは既に10人ほどになっていて、
       2人ずつの対決という形で、一人が残るという方式。

       この彼女の相手は、最後まで残ったヴェネト・
       トゥレヴィーゾのミスでした。
       彼女が落ちると、かなりのブーイングが、
       審査員席の方から出ましたね。




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      ◆ミス・イタリア予備軍   5

       こちらは ミス・チネマ・ウンブリアの、
       アレッシア・ラウテーリ
       私は、彼女が落ちて大いに憤激いたしました。 
       勿論審査員からもブーイング。
       この目! この鼻! 
       一体、皆さんはどこを見ているの? と!
       勿論、彼女と競って残ったもう片方は、
       次には残れませんでした。




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      ◆ミス・イタリア予備軍   6

       確かシチリアの方からのミス・何とかで、
       結構電話投票で人気が。
       イタリア人好みの一端を現していますね。




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      ◆審査員席の綺麗な女性軍  1

       私は番組の始まりを見ておらず、
       この女性が、どんな方なのか知りませんが、
       スタローンの横に座り、彼と話し、
       時にチュッとやって貰っていましたので、
       アメリカからついて来られた女性かもしれません。




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      ◆審査員席の綺麗な女性軍  2

       こちらお二人も審査員です。 
       右の女性は歌手でもあり、番組の司会もで、
       顔を知ってはいますが、名前は・・。  

       これらのお姉さま達に比べると
       ミス候補軍は、まだまだ幼い、の感ありですね。




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      ◆審査員席の綺麗な女性  3

       こちらも、名前も身分も知りません。  
       が、今迄の所、皆髪の毛の色が濃い色でしたね。  
       近頃は、モーラ(髪の濃い色の女性)が復活している
       と言っていましたが、やはりそうなのかも・・。




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      ◆審査員席の綺麗な女性軍  4

       と言いつつ、こちらお二人は金髪です。 
       一番左だけ、名を知っています。
       アンナ・ファルキといい、最近脱税で逮捕されたご主人持ち。
       真ん中の男性も、顔は知っているのですが・・。




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      ◆最後の5人

       最終日、40人から始まった選考で、遂に5人に。
       左3人は、どうやら審査員達も最初から睨んでいたらしい3人で、
       右2人は、電話投票の人気で残った2人です。 (悪口shinkai)




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      ◆5人の内の一人

      上の写真で真ん中にいるのが、彼女です。
      ミス・ラツィオ(ローマのある州)の、
      イレーニア・デ・ヴァレーリ




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      ◆最後の3人

       はい、で、5人の内の有力3人がこちら。
       左から、ミス・アルト・アディジェ、
       真ん中、ミス・ヴェネト、
       そして、ミス・ラツィオです。  
       ここまで来ると、大体分りますでしょ?




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      ◆最後の2人

       ミス・ラツィオが3位となり、引き上げ、
       いよいよ最後の2人です。
       シルヴェスター・スタローンと並んでも、
       引けをとらない背の高さ!
     
       勿論、踵の高いヒールをはいていますが、
       左の彼女は180cm!!
       右のミス・ヴェネト、トゥレヴィーゾ近郊の
       彼女は176cm!!
       こうして並んでみると、
       もうどちらがミス・イタリアになるか・・ね?!




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      ◆最後の2人の笑顔です

       ミス・トレンティーノ・アルト・アディジェの
       クラウディア。
       この素晴らしい眼!!  
       短い、濃い茶色の髪。

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       ミス・エレガンツァ・ヴェネトの、
       エリーザ・シルヴェストゥリン。
       金髪で、可愛い笑顔ですが、クラウディアと並ぶと・・。
       今回ははからずも、最後、
       北部イタリア同士の対決となりました。




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      ◆決定の瞬間

       という事で、2006年度の「ミス・イタリア」は
       クラウディア・アンドレアッティ に決定!!




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      ◆スタローンから王冠を

       審査員長のスタローンから、王冠をもらう瞬間。

       皆様、如何でしたか?  
       夜の9時から始まり、決まったのは12時40分!!  
       長い選考時間、お疲れ様でした。
       また来年、チャンスがありましたら、お付き合いくださ~い!

    ***

by italiashiho2 | 2006-10-03 01:48 | ・イタリアのTV番組 | Comments(2)