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2007年 08月 31日

   ・・・ オデルツォ ・ 3000年前、既にヴェネトの中心地 ・・・

     今日は、我がコネリアーノから南西に25キロほど、
     いわばヴェネト平野の中心近くに位置し、
     3000年に近い歴史をもつ オデルツォ・Oderzo のご案内です。
     ピアーヴェ と リヴェンツァ の2本の河に挟まれた、
     この平野の中心地には、鉄器時代より移殖が始まり、
     キリスト生誕1000年前に、既にこの周辺地域で一番豊かな
     中心地であり、ローマ期に入り、ジェノヴァ と アクイレイアを
     結ぶ ポストゥミア街道がここを通り、町の大きな発展に繋がりました。
     ローマ期のこの町の名は、オピテルジウム・Opitergium といい、
     今もこの町、住民の形容詞は、オピテルジーニ と言うそうです。

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      ◆町の中心広場の眺め  (ガイドブック)

       これは空からの眺めですが、真ん中に白く見えるのが
       町の中心広場 ヴィットリオ・エマヌエレ広場で、
       広場の左下にドゥオモ、そしてその後方に鐘楼
       
       広場の下側真ん中にアーチが見えますが、
       かっては行政庁のあった、トレッジン・il Torresin
       と呼ばれる建物で、この南に続く通り、一帯が、
       現在の町の、一番賑やかな商店街です。

       ローマ期の町の中心は、鐘楼の見える左側から
       上方にかけてで、フォーロ などの遺跡が
       現在も見る事ができます。

       写真の上方が北になり、
       コネリアーノからは、一旦町の東を通りすぎ、
       深い木陰の道を抜け、橋を渡り、
       そして、広場の上右をかすめる道に出てきます。



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      ◆町の中心部入口

       上の写真の、右端に見える緑の部分、
       道がカーブしている手前が、
       モンティカーノ河を渡る橋で、道のカーヴに沿い、
       こんな像が立ち並んでいます。
       この橋を渡ると、一番の中心地ですから、
       かなり優雅なイメージを、受け取ります。



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      ◆オデルツォは、どこに

       道路地図から拝借しました。
       オレンジの線が高速で、南にヴェネツィア・メストレ
       そして北に向かい、トゥレヴィーゾ
       一番北に、コネリアーノで、
       東側中程に、緑の旗の立っているのが、 
       オデルツォ・Oderzo です。

       かってのローマ期の街道は、パドヴァから、
       現在のメストレをかすめて海側を通り、
       東のアクイレイアに繋がっており、
       アクイレイアから、オデルツォ、トゥレヴィーゾ
       ヴィチェンツァ、ヴェローナと、少し内陸を
       西に繋がっていました。
       
       そして、トゥレヴィーゾから、ほぼ真っ直ぐ
       南に下った所、海に近く、以前アクイレイアと共に
       ご紹介した、アルティーノ・Altino がありました。



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      ◆中心広場 ドゥオモ、トレッジン

       今回行きましたのは、7月の最初の暑い暑い土曜日で、
       広場は、オペラ公演の準備の真っ最中。
       そうなのです、このオデルツォは、
       夏のこの広場の、野外オペラでも有名なのです。
       すぐ何日後かに迫った、ヴェルディのオペラ
       「イル・トロヴァトーレ」初日の為、
       洞窟のような、お城のような大装置が備えられ・・。
       教会に入るのにも、後ろの塔の下の道を抜けるにも、
       ぐるっと、横をまわって細い通路を。

       右に見える正面が簡素な、上に小塔3本が
       ドゥオモですが、内部は、
       町の繁栄を受け、大変豪華な作りで、
       多くの絵画作品、フレスコ画があります。

       正面の塔のある建物が、トレッジンで、
       かっての行政庁、現在は銀行です。
       そしてこの建物は、20世紀の初頭に、
       ゴシック風に、建て直された物との事。



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      ◆鐘楼

       ここの鐘楼も、少し傾いておりまして、
       塔の上の天使像が、回るそうです。



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      ◆モンティカーノ河

       町の中心地東側を流れる モンティカーノ河は、
       2つに分けられ、一方はこの様に
       町の中心を横切っていきます。

       モンティカーノ河は、南に下り海に注ぎ、
       このヴェネト一帯の他の中心地と同様、
       このオデルツォの町も、河の港として
       大いに栄えたのでした。
       こういう細い流れも、家々から直接に
       物資の運搬が出来るように考えられ、
       大いに利用されたのでしょう。



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      ◆家から、河へ

       こういった、家から流れへの階段、
       かっては、私が育った長野でたくさん見た
       思い出に繋がります。



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      ◆マルティーニ通り  1

       トレッジンの下の門をくぐり、町の南側
       一番賑やかな、そして古い、美しい通り
       ご覧の様に、両脇に低めのポルティコが続く
       狭い道に、びっしりと駐車。
       広場には、今通り抜けれませんので、
       ここまで入ってくる車は、少なめですが、
       ポルティコの下は、大勢の人々が行きつ戻りつ。
       


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      ◆マルティーニ通り  2

       フレスコ画で飾られた、正面壁を持つ
       ゴシック様式の古い建物が、
       びっしりと並んで、続きます。

       狭い間口で、奥に細長い
       この敷地の様式を、ロット・ゴシック様式と
       言うのだと、今回知りました。
       建物の奥まで、裏庭から、菜園にまで至る
       この細長い方式、中世の町並みに良く見られるそうです。

       そして中でも美しいこの建物、
       白いテントに、全て白い花の鉢植えで、
       大変清楚に、清々しく。



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      ◆マルティーニ通り  3

       上と同じ建物ですが、かっては全壁
       この様なフレスコ画で埋められていたのでしょう。
       ご想像下さい、
       狭い道の両脇に、びっしりとこんな建物が
       かってを偲ばせる建物が、並んでいるのです。
       
       ローマ期の繁栄もさることながら
       一旦蛮族の襲撃で衰退した町が、中世に復興
       そしてヴェネツィア共和国の下で
       更に大いに繁栄した、その名残がここに見えます。



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      ◆マルティーニ通り  4

       こういったフレスコ画を描いた画家達、
       彼らの名を見ると、ポンポーニオ・アマルテオなど、
       このヴェネトから、フリウリにかけて活躍した
       かなりの有名作家の名も、見出せます。
       そういった画家に払える、資力があった町
       という事なのでしょう。

       これなども、単純ながら、
       見事な流れの線だと思います。



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      ◆マルティーニ通り  5

       通りの向かい側です。
       こちら側も同じように、びっしりと建物が並び、
       その下をポルティコが、続きます。

       そして、奥に店の明かりが見えるように、
       たくさんの店が、賑やかに営業し、
       まさに中世と、現代が混在しています。



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      ◆交差点

       マルティーニ通りと、西に向かう
       ガリバルディ通りの交差点に
       こんなフレスコ画の建物が。
       縁取りが花柄で、中は幾何学模様、
       なにやら、パッチワークの仕事風ですね。



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      ◆燕君

       建物の壁面も、ポルティコも修復されて
       すっきりとした町になりつつありますが、
       ポルティコの隙間、木組みの間に
       たくさんの燕の巣があり、あちこちで鳴き声が。
       彼も、ようやっと巣立ちした所で、
       ポルティコに渡した柱に捕まり、
       飛び立つ心の準備中!



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      ◆市考古博物館  1

       今回の訪問の第1目的は、この市の博物館で、
       ローマ期のモザイクを見る事でした。
       町は、何回か訪れていましたが、まだこの
       床モザイクは見ておらず、憧れていましたので。

       市立考古博物館は、ガリバルディ通りをずっと
       西に行った、ご覧のように広大な庭園を前にした、
       素晴らしい場所にありました。
       
       Via Garibaldi 63  午前と午後開館
                  日曜日午後のみ、月曜休館
       入場料 3エウロ

       すぐお隣に、絵画館がありますが、今回はパス。



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      ◆市考古博物館  2  (絵葉書)

       一連の、有名な床モザイクの一部です。
       これらは、6世紀の建物にあったモザイクだそうで
       ご覧のように、大変精巧な物。
       色は茶形で纏められ、動物の表現が
       躍動感に溢れていて驚きました。

       上の犬の下に、ROMANUS・ロマーヌス と見えますが
       これは、この犬の名前なのだそうです。
       ご主人に大変に愛されたワン君、
       多分、優秀な狩猟犬だったのでしょう。



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      ◆市考古博物館  3  (ガイドブック)  

       この顔の表情も!
       量感溢れる額、頬、髪の流れ、
       驚きです。



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      ◆市考古博物館  4  (絵葉書)

       このモザイクの写真が、長年憧れていた
       「」です。
       猪の毛並みの表現、狩猟犬の姿、
       槍の穂先の鋭さ。
       モザイク作者の、レベルの高さを感じます。



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      ◆市考古博物館  5  (絵葉書)

       これも大変面白く、当時の生活状態が
       偲べますね。
       家鴨や、鶏を飼育している様子、
       そして右端、切れていますが、
       井戸から水を汲んでいます。

       ロマーヌス の犬以外の3場面は、
       これらは皆、同じ一部屋分の
       モザイクの図柄なのです。
       結構大きく、横幅が、5~6Mあった様な。
       
       今まで見てきた、部屋の床モザイクは、
       つまり部屋の大きさは、皆小さかったので
       この部屋の大きさにも、驚きました。
       そして、このモザイクに使われている破片が
       意外と薄いのにも、驚きました。
       5ミリほどでしょうか。
       近くで見れると、意外な発見がありますね。



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      ◆市考古博物館  6  (ガイドブック)

       こちらは、ローマ期のお墓の飾りです。
       似たような物は、アルティーノでも
       かなり見たのですが、今回見た物は
       少し変わっていました。
       今までは、兄弟など、男性像でしたが
       今回は、夫婦像が多かったのです。

       そして、この写真は残念な事に違いますが、
       ほとんどが、手を繋いでいたのです
       二人の前で、両方から右手を差し伸べ
       握手する形で、表現されていたのですね。
       永遠の愛を誓う形のように見え、
       少し感動しました。



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      ◆マッツィーニ通り・ via Mazzini  

       市考古博物館を出て、最初の町の中心に戻るのに
       少し手前で、左、マッツィーニ通りに折れます。
       そして少し行くと、
       ローマ期の家の床モザイクが、見れます。
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       発掘された床の上に、全体に橋を渡す感じで
       床が覗け、建物が上にあります。
       紀元前1世紀 の物だそうです。

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       台所部分に当るのか、奥には井戸と思える
       掘り抜きの、丸石柱も見えました。
  
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       すぐ近くには、フォーロの基礎部分
       保存されており、ここも同じく
       建物の地下部分を、高床式にして、覗いたり、
       多分、時には中に入れるようにもなっており、
       こういう町中の保存方式としては、
       よいアイディアだ、と思った事でした。



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      ◆トレッジン 後から

       再び、町の中心広場に戻る為、
       こうして裏側から写真を撮っていましたら、
       右下に写っているグループが通りかかり、

       男性の1人が、
        「このヴェネトは、どこに行っても
        美しいでしょう?
        こうして回って歩くの、素敵じゃない?」と
       尋ね、女性達が、
        「ええ、本当に!」と答えるのが聞こえ、   
      
       私は一瞬、
        「オ! ブログでヴェネト紹介をしている仲間?!」
       と思い、一人で笑いました!!  あはは。



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      ◆フレスコ壁画

       中心広場、ドゥオモに向かい合う形で建つ
       大きな オットボーニ・サッコマーニ邸の壁画。
       この壁画は、ポンポーニオ・アマルテオの手に
       なるものとの事で、大変興味深い物。
       
       この広い広場が、日曜日の午前、
       ドゥオモのミサが終わった頃、人々で一杯になり、
       あちこちのバールのテラス席が埋まります。
       そして一刻、お昼前になると、がらんと、
       人っ子一人いなくなる、イタリアの地方の小さな町。
       あの感じが、大変好きです。



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      ◆では、私も家に

       最初にご紹介した、橋脇の女性像ですが、
       こうして見る町の向こうは、
       河が緩やかに流れているだけ。

       では、私も家に戻って、お昼にします。


    ***

      ブログ、ご訪問有難うございます!

      今日配信のメルマガでも、ご挨拶致しましたのですが、
      この11月に、尾道と、広島で
      水彩画の小品展をすることになりました。

      夏以降、少しずつ取り組んでおりますが、
      少し時間が苦しくなりましたのと、

      以前は、メルマガに書いておりました「もろもろ編」が
      段々少なくなり、今は殆ど土地のご案内ですので、
      メルマガの方は、今回をもってお終いとし、
      ブログのみで、と決めました。

      1年半ほどの間、有難うございました!
      メルマガを書くために、私自身読むこと
      調べる事で、大いに楽しませて頂きました

      そして、それが高じて、
      もっと読みたくなり、読める様になりたくなり、
      きちんと話せる様になりたくなり、
      一念発起して、先週より、
      イタリア語のレッスンに、改めて通い始めました!

      幸い、良い先生に出会え、今、大変面白く
      いそいそと通っております。
      そんな事もあっての、時間の不足なのです。
      ご理解願います。 先を急いでおります!

      ブログの方も、今までの週2回の更新を、
      暫くは、週1回と言う事で、
      よろしく、お願い致します!!

      9月には、また小旅行の計画もあり、
      11月の水彩展が済みましたら、
      また予定変更を考えるかもしれませんが、
      来週からは、週1回 の更新となります。
      よろしく、よろしく、お願い致します!!

      メルマガを廃刊にすると、今までのバックナンバーが
      消されると思いますが、
      もしご旅行の計画などで、情報がほしい場合は、
      どうぞ、下のヤフーのアドレス宛に
      メールを下さいませ。
      お手伝いできる事は、させて頂きます。

      ヤフーのアドレスは、 
      italiashiho@yahoo.co.jp  です。

      では皆さん、秋近く、お元気でどうぞ!!

 

by italiashiho2 | 2007-08-31 01:46 | ・ヴェネト Veneto | Comments(23)
2007年 08月 28日

   ・・・ イタリアの 秋の色と味は、 ・・・

     こちら北イタリアは、かなり涼しくなって、日中も
     30度を越えない日が多くなっていますが、
     ニュースを見ると、中部から南イタリアは、猛暑の様子!
     そして日本も、まだまだ暑そうですが、
     今日は季節を少し先取りして、イタリアの秋の色と味を、
     旅行雑誌 WEEKEND & VIAGGI の写真でご案内です。

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      ◆茸採り

       秋、というと、やはり茸!
       勿論、日本でも秋の味覚ですが、
       こちらでは法律があって、茸を採集して売るには
       確か許可証が必要だったと。
       
       写真の籠に中に見えるプックリの茸は、
       ポルチーニ ですね、これは。
       おお、生の美味しいのを、食ってみたいもの!!



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      ◆タルトゥーフォの採集は

       茸の王様、タルトゥーフォの採集には、
       こうして、それ用に訓練されたワン君と一緒に
       ですから、こうしたワン君も、お値段が張ります!

       タルトゥーフォの、採集許可証は必須で、
       14歳以上で、最初の免許には試験があり、
       5年ごとの切り替え、一年に、
       約100エウロ前後、支払わねばなりません。



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      ◆タルトゥーフォのお値段は

       このシニョーレは、難しい顔で
       秤に掛けていますが、
       それもそのはず、タルトゥーフォのお値段は、
       黒が、もし200-250エウロ・キロとすると、
       白は、400エウロ・キロ だそうです!



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      ◆タルトゥーフォ 

       はい、こちらが、そのお高いタルトゥーフォです。
       上が、白 で、なんと1キロ1500エウロ
       読めますが、上の説明とえらい違い!!
       
       この辺が、私には分りかねます。
       特別に素晴らしい白タルトゥーフォで、この値段なのか、
       それとも上の説明は、単なる例えなのか・・!
       相場をご存知の方、お教え願います。

       白の美味しい食べ方は、肉でも、魚でも
       カルパッチョ によく、
       一方、黒は、ソースに入れるのが最高と。
       これも、喰ってみた事の無い私には、なんとも・・。
       ク・ヤ・チ・イ!



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      ◆ガルダ・トレンティーノ・9月

       ガルダ湖のトレント側、ほぼ9月いっぱい開かれる催し、
       クーラ・デルウーヴァ・Cura dell'uva,
       またはドイツ語で、Traubenkur。(どう発音する?)

       かっての伝統と味を再発見し、自分自身の
       リラックスをも、自然の方法で行おう、という趣旨のよう。

       ホテルでは、各人にあった療法も指導、
       土地の料理とワイン、
       時代物の馬車での散歩、
       中央ヨーロッパのダンスの夕べ 等など。



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      ◆ガルダ湖西部、バゴリーノ  1

       ガルダ湖西部の山岳地には、幾つもの谷があり、
       土地特有の古い味の伝統が、
       今もかってのままに、伝えられているようです。

       これはその一つ、バゴリーノ・Bagolino 
       伝わる、バゴッス・Bagoss というチーズ。
       もはや、伝説とも言えるチーズで、
       ここバゴリーノでのみ、伝統に従い作られ、
       飼料に含まれる独特の香草が入った、
       濃厚な、時に辛い味のチーズだそう。



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      ◆ガルダ湖西部、バゴリーノ  2

       バゴッス・チーズの販売所。
       
       9月中旬から、11月半ばにかけて
       幾軒かのレストランが、バゴリーノの位置する
       ヴァル・サッビア の土地の味を
       テーマにした、夜定食を
       味あわせてくれるとの事。
     
     


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      ◆マントヴァ・9月初めから、12月初めまで

       カボチャ祭り、です!
       マントヴァ周辺は、カボチャが名産品で、
       周辺のアグリトゥリズモや、農場において、
       スコルパッチャーテ・ディ・ズッカ・カボチャで満腹
       という催しが、行われます。

       ただ食べるだけでなく、料理教室、
       良く知る為の講演会、などなど。
       実際、カボチャの効用はよく言われますが、
       ガン予防にも、効くのだそう!
       はい、しっかり食べて、元気で長生きね。



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      ◆マントヴァ周辺  1

       ガルダ湖に発し、マントヴァの街の北側で
       大きな湖ともなるミンチョ河は、少し南西にくだり
       ポー河と合流、東に流れアドリア海に注ぎます。

       水と、霧で有名なマントヴァですが、
       この写真も、ポー河が氾濫し、土手下の
       ポプラの林が、水に浸かっている様子で、
       秋によく起こるのだそう。



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      ◆マントヴァ周辺  2

       説明には、土手下、ポプラ並木の羊の群れ

       如何にも、秋の色、雰囲気が漂いますね。



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      ◆マントヴァ周辺  3

       ポー河での釣りだけでなく、
       たくさんの運河が周囲を流れ、
       特に秋には、釣りが盛んだそう。

       釣れる魚は、ティンカ・ヨーロッパ産の鯉科、
       カルパ・鯉、 ガンべり・ダックワ・ドルチェ・
       淡水の海老 など。



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      ◆マントヴァ周辺  4

       秋の空は、もはや深い霧に覆われ
       太陽は、引き裂かれそう
       奥には、農家が見えます。



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      ◆マントヴァ周辺  5

       マントヴァ産のサラーミの数々
       貯蔵庫に吊るされ、熟成されます

       イタリア語での、サラーメ(ミ)は、
       日本語のサラミ・ソーセージと違い、
       何種類もの種類を含めての、総称です。



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      ◆マントヴァ周辺  6

       今、ポレンタ の出来上がり!
      
       この炉の炎、高く上がる赤い色、
       天井から下がる、手作りのサラーミ。
       そして老夫婦。
       懐かしく、そして、胸にしみる想い。



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      ◆マントヴァ周辺  7

       パルミッジャーノ・チーズの熟成
       そして、
       手作りの、カボチャのトルテッリーニ



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      ◆モンテ・ローザの麓・ヴァルセジーア   

       スイス国境に近い、ピエモンテ州の
       ヴァルセジーア の谷。

       この写真は、
       ヴァルセジーアの高所の、アルペッジョ・Alpeggio.
       アルペッジョ というのは、夏季の高地放牧地の事で、
       今 すっかり秋の色
       そう、この柔らかい彩が、イタリアの黄葉の色。

       夏、ここで放牧された家畜は、雪が来る前に
       下の村の、家畜小屋に戻って行きます。



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      ◆フリウリの色、味  1

       ニッコリと、豚ちゃんの腿を抱える
       でっぷりのシニョーレ。

       食道楽のフリウリでは、
       何軒ものレストランが、豚肉製品の、
       この中には、サン・ダニエレの生ハム、
       サウリスの、燻製の生ハムも含まれますが、
   
       フリウリ伝統の味を、味あわせてくれるとの事。
       勿論お供は、白ワインの辛口 トカイ
       これも、フリウリの定番。



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      ◆フリウリの色、味  2

       葡萄畑の秋の色。
       フリウリの、土地の傾斜に対して
       平行に栽培されている、葡萄畑



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      ◆フリウリの色、味  3

       殆ど、スロヴェニア国境に近い
       コッリオ の地域の、ワイン貯蔵庫。
       ロッカ・ベルナルダ・Rocca Bernarda というお城の、
       味の洗練さを増す為 の貯蔵庫との事。



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      ◆秋の味の王、タルトゥーフォ

       最後は、またタルトゥーフォで。
       ウンブリアは、ペルージャの近郊
       ヴァルトピーナ・Valtopina で、
       11月の中下旬に、
       お祭り市と、幾軒かのレストランで、
       タルトゥッフォを使った料理が、
       食べられるとの事!
       ええ、これはやはり一度は食べてみん事には・・!!
     
       食欲の秋もまじか、 皆さん
       ボナアッペッティート!!


              

       

by italiashiho2 | 2007-08-28 04:53 | ・イタリアのTV番組 TVitalian | Comments(16)
2007年 08月 24日

   ・・・ 2000年の歴史 ・ カステル・ブランド ・・・

     今日は、我が家からも近く、ヴェネト平野の北の守りとも
     言うべき位置にあり、2000年に近い歴史を持つ
     カステル・ブランド・Castel Brando・ブランド城のご紹介を。 
     ここは現在、4つ星のホテルとして、
     音楽会、講演会も開かれる大会場も持ち、
     内部に4つの博物館、リラックス施設もある、
     見事に蘇った、山の上の中世のお城です。
     先月の末、ガイドに連れられ、見物して来た様子をどうぞ。

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      ◆カステル・ブランド・Castel Brando

       これがそうですが、手前左側白い四角い部分は、
       18世紀の建て増し部分で、
       右側が、15世紀の古いお城部分です。
       この写真では良く分りませんが、すぐ下を県道が走り
       そこから見えるお城の高さ、見事さには
       目を見張ります。



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      ◆お城のある場所は

       お城のある村は、チゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       と言い、ヴィットリオ・ヴェネト・Vittorio Venetoから
       西に15キロほど。
       すぐ西には、以前ご紹介した、中世の
       ロマネスクの修道院があるフォッリーナ・Follina
       そしてその西ヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadene
       までが、これもご紹介ずみの、白ワインの道です。

       フォッリーナのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/5344527



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      ◆お城の地図

       このお城の築かれている山頂は、平らではなく
       北側、向かって右が高く、左の南側にかけて傾斜。
       同じ高さに南の増設部分を築くため、
       かなり南側に、競り上げ部分があります。

       .下の村にある駐車場から、ケーブルカー
         お城まで、運んでくれます。

       .ここがケーブルカーの、お城の駅。
         400M の高さです。

       2つある塔、そして外の城壁内側の城壁ともに
         11世紀から、13世紀にかけての物で、
         当時は、ヴィットリオ・ヴェネト、セラヴァッレ
         ダ・カミーノ 一族の領有でした。

      10.南の建物のこの位置に、ガイド付き案内の
         申込所があります。
         土曜、日耀の、10時、12時、14時で、
         1間以上にわたる、しっかりの見物時間です!

       9.ホテルの入口。
         ガイド付き見学者は、一段下の外壁部分に下りて、
         6.の古い馬車などを見ながら、
         
       .城の古い部分、7~8世紀の基礎部分の
         塔の中の階段を上がり、9の入口内に出ます。



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      ◆ケーブルカー

       下の駐車場部分から、ケーブルカーを。
       真ん中辺りに、箱型の車両が見えます。



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      ◆チゾン・ディ・ヴァルマリーノの村  1

       城の外庭から、村を見下ろします。
       なにせ、400Mの高さからですから、
       絶景と言うか、箱庭の眺めと言うか!

       何も知らなかった昔、この村を通った時、
       どこか違う、と感じた物でした。
       やはり、違う筈です。  
       この村は、何世紀にもわたり、
       ブランドリーノ伯爵領のお膝元だったのです。



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      ◆チゾン・ヴァルマリーノの村  2

       上の写真の、南側に伸びた村の部分です。
       ここよりも、もっと外側に広がる部分は、
       きちんと道が四角く通り、同じような大きさの
       区画が整備され、住宅地となっています。
       綺麗ですが、味がなく、
       私には、やはりこんな方が魅力的です。



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      ◆村の外

       村の南側を、東西に県道が走りぬけ、
       その南の眺め。
       田畑が広がり、なだらかな丘陵が続きます。



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      ◆城壁内の篝火用

       夜は、城全体がイルミメーションに
       包まれるようですが、
       お祭り時には、篝火も焚かれるようです。



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      ◆古い城館部分  1

       15世紀のお城部分ですが、
       内部は、残念な事に19世紀の火事で、
       多くが失われた模様。
       が、現在は大広間として使用されています。



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      ◆古い城館部分  2

       お城の地図3の、奥の塔の部分。
       ガイア・ダ・カミーノの塔 と名付けられた
       11~12世紀部分です。
       ガイア・ダ・カミーノ は、ダンテの神曲にも
       登場する女性で、ポルト・ブッフォレ のご紹介の際、
       嫁ぎ先の町の、住居跡をご紹介いたしました。

       ポルト・ブッフォレのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/5642986
       http://italiashio.exblog.jp/5340734



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      ◆城館内  1 (パンフレットより)

       ガイド付きの案内で、現在ホテルになっている
       城館内も見物できます。
       
       城館部分、脇の塔から入ると、
       7世紀から9世紀の、こんな石組みの
       部分があります。
       兵士たちの見張り所 兼、駐屯所だった場所



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      ◆城館内  2 (パンフレットより)

       狭い塔内部の、螺旋階段を上り、
       上の、現在のホテル入口に出ます。
       左が、フロント部分になっていますが、
       このロビー部分、かってはここは馬車置き場でもあり、
       直接に客人の馬車が入り、右の階段前に止まったのだそう。

       この階段は、少し見えていますが、壁にこの様に
       武器が飾られ、この広い大階段が(70段ほど)
       真っ直ぐに、ぐっと上に続きます
       重要な客人の場合は、城主の伯爵が下まで迎え
       そうでない場合は、上で待っていたのだそう!
    
       我々も上がりましたが、もし上で待たれたら、
       ものすごい重圧感でしたろう。
       それをも計算に入れた、階段というか、いやはや。

       そしてこの階段を上まで上がると、古い城館の
       広間に続き、そのままの高さで
       部屋が南側、新しい城館部分に繋がるのです。
       設計者の素晴らしい頭脳と言うか!

       ロビーの、階段の脇の壁部分、武器の横に
       入り口の窪みがありますが、分りますか、
       あの入口から、城の地下部分の、
       現在の武器博物館を見学できます。



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      ◆中世の鎧  (ガイドブックより)

       これはこのチゾンの村での、お祭りの際の
       写真なのですが、
       城の武器博物館にも、このような
       かっての鎧、兜などの複製品がありました。
       ここに見える、細かい網目の防具もあり、
       ガイドの女性が触らせてくれましたが、
       その重い事、重い事!
       
       が、こんな防具も、石弓、鉄砲の発明には
       まるで役に立たなくなり、着用しなくなり、
       美々しい武具も、単なる祭事の為、
       威勢の誇示用 となったのだそう。



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      ◆大宴会  (パンフレットより)

       これは、古い城館の大広間ですが、
       多分、中世風の大宴会の際には、
       こんな衣装の女性が、花を添えてくれるのでしょう。



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      ◆博物館部分  (パンフレット)

       左は、古い城館内にあった牢獄部分
       ヨーロッパの他の城の牢獄よりも、
       遅い時代の物なので、かなり人間的であると、
       これはガイドの女性の言葉。

       序でに付け加えますと、
       この城は、15世紀にヴェネツィア共和国の元に入り
       ブランドリーニ伯爵に与えられた物ですが、
       ヴェネツィア共和国の方針として、
       なるべくは、強制労働の罪として、
       ガレー船を漕がす方向に、持っていったそう。

       死罪となった場合、身分ある人間は斬首、
       そうでない者は絞首刑で、その違いは
       斬首の方が苦しみが少ない、と言う理由からとの由。

       右の写真は、裁判博物館の物と思いますが
       見学しませんでした。



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      ◆城主の鎧

       先ほどの大階段の脇にあった、城主の鎧。
       見事な物で、浅浮き彫りの模様が施され、
       黒い色が鋳れ込まれていました。



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      ◆城館内 床細工

       もともとのお城は、ローマ期に街道の見張り所として出来、
       中世に至り、お城、住居となったのでしたが、
       この城は、やはり大変数奇な運命を辿り、
       第2次大戦時には、病院として使用され、
       解放後に、城の子孫が修復にかかったものの
       資金が続かずに断念、宗教関係の施設となったりし、

       この地方の起業家が買い取り、修復
       ホテルとして、文化事業のセンターとしては、
       ついこの5年ほど前からなのだそう。

       こういった床細工は、古い物が残っています。



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      ◆城館内  暖炉のタイル

       古い城館の大広間の、暖炉のタイル。
       オリジナル との事ですが、
       絵柄が、ヴェネツィアの風景です。



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      ◆城館内  壁の紋章

       古い城館の大広間の壁、
       上部にずらりと並ぶ、紋章。
       一族の縁組による、各貴族の紋章です。
       確か左半分が、花婿の家柄で、
       右が、花嫁の家の紋章だったと。

       上に赤い3つ輪のリボン、下半分が赤白の斜めの縞、
       これがこの城の、ブランドリーニ伯爵家の紋で、
       赤いリボンは、かのガッタメラータ将軍の紋
       なぜなら彼は、初代のブランドリーニと兄弟で、
       同じく傭兵として働いた同輩だった様子で、
       2人で城と領土を受けたものの、後にガッタメラータが相続を遺棄、
       ブランドリーニ家が、この城の唯一の持ち主となったのだそう。

       パドヴァの、サン・タントーニオ教会の前にある
       ドナテッロのガッタメラータ将軍騎馬像の、
       彼の印が、こんな所にもあるのでした。

       ガッタメラータ将軍騎馬像のあるパドヴァ
       グロリオーザさんのご案内で。
       http://italiashio.exblog.jp/8522126



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      ◆城館中庭

       傾斜地を利用して作られた、
       天然の要害でもあるこのお城ですが、
       中庭も、こんな傾斜で成り立っています。



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      ◆ガイドの女性

       この方が、ガイドをしてくれました。
       少しまろやかに、色白の美人。
       そして、何にも増して、素晴らしく見事な
       ガイドだったのですね。
       留まることなく、きちんと説明してくれ、
       大変な勉強振りが偲ばれました。

       長い薄物を着て、銀色のサンダル。
       あなたは大変美しい、と言うと
       ぽっと照れて、モデルをしてくれたのですが、
       残念、素敵な目が写りませんでした。



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      ◆ガイドブックより

       ちょうど今頃のようですが、
       村全体で、かってを偲ぶ古い仕事や、
       作業を再現してみせるお祭りが行われる様子。



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      ◆ガイドブックより

       そして、こんな風にも
       このお城の歴史の再現も。
       こういうのは、完全にご本人が
       楽しんでいるのでしょうね?!



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      ◆パンフレットより

       現在の4つ星ホテルの、部屋の模様。
       http://www.castelbrando.it



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      ◆ガイドブックより

       満月と古城と

       サイトは、こちらです。
       http://www.comune.cisondivalmarino.tv.it/
       http://www.tiscover.it/cisondivalmarino
       


by italiashiho2 | 2007-08-24 07:08 | ・ヴェネト Veneto | Comments(6)
2007年 08月 21日

   ・・・ シエナのパリオ ・ 8月16日 実況編 ・・・

     今日は、この16日に行われました シエナのパリオ
     実況編をご覧頂きます。
     昨年も、そしてこの7月にも、実況編をご覧頂きましたが、
     毎度の事ながら、やはり大変面白く
     馬の美しさにも魅了され、またもや、アップです!
     新しい話題も少し含めて、お楽しみ下さいね。

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      ◆朝の練習

       競馬の行われる、シエナの街の中心、カンポ広場
       いつもは、石畳と、煉瓦の敷き詰められた広場ですが、
       この競馬の為、周囲のコースに土が入れられ、
       朝、まだ薄暗いうちから、
       練習が行われている様子です。

       カンポ広場は、かなりの傾斜があり、
       急カーヴにも囲まれていますが、
       市外に、この状態を再現したコースがあり、
       いつもはそこで、練習しているとの事。 



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      ◆7月2日 のゴール地点


       覚えておいででしょうか?
       今年7月2日のパリオでは、最後、
       ご覧のように接戦で、優勝者の決定が
       オーカ、ニッキオ、オーカと
       2、3転しましたが、
       結局は、この写真の通り、
       オーカ が勝者となったのでした。



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      ◆7月の勝者たち

       はい、こちらが、7月の勝者たちです。
       グレイの牝馬、フェードラ・サウラ と、 
       騎手の、ジュゼッペ・ゼッデ
       彼はまだ22歳の若さ。



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      ◆蹄鉄師

       Maniscalco・マニスカルコ・蹄鉄師 という、
       新しい言葉を覚えました。
       馬の歴史と共に、存在しているこの仕事師、
       イタリアでは、まだまだ健在です。
       彼の名は、フランチェスコ・コンジュゥ
       上の騎手の名も、彼の名も、
       サルデーニャ風と思うのは、違っているかな?
       
       それはともかく、蹄鉄の先
       ちょっと上を向いている事に、ご注目を。



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      ◆蹄鉄

       これが、パリオの馬用の蹄鉄ですが、
       片方の先だけが、ちょっと曲がっています。
       カンポ広場の、傾斜に対応しての
       この形なのだそうです。
       肝心の写真が、良くなくて!



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      ◆美人を

       突然ですが、美人をどうぞ!
       この写真も、少しブレ気味ですが、
       美人である事は、明々白々。



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      ◆これより、実況です

       カンポ広場に面した、市庁舎の窓に
       各コントラーダ(地区)の旗が翻ります。
       この壁にも、メディチの6つ玉の紋章がある事に、
       今回気が付きました。



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      ◆今年8月のパリオ
 
       各コントラーダの、時代衣装の行進の最後に、
       この真っ白で、素晴らしく大きなキアニーナ種の
       牛4頭に引かれた牛車が続き、
       その上に、今回のパリオが掲げられています。

       パリオというのは、
       優勝チームに与えられる旗の事で、
       毎回、マリア像の手描きの旗です。



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      ◆パリオの上のお皿

       パリオの掲げられる旗竿ですが、
       一番上にこのお皿があり、
       白と黒の布が、垂れています。
       お皿の由来も聞きましたが、
       例によって、右から左に通り抜け!
       白と黒は、シエナの街のシンボル色。
       



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      ◆時代衣装の行進も終わり

       長時間にわたる、時代衣装の行進もすみ、
       今は、旗振りのみが残り、
       最後の仕上げの旗振りを。



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      ◆審判席

       珍しいアングルを、との説明付きで
       映りました審判席
       ご覧の様に、スタート、ゴール地点に近い
       建物の間に渡された、廊下式です。
       ここに、審判長やら、市長やらが。
       広場は既に満員の人、人、人で、
       緊張が漂い始めます。



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      ◆広場の様子

       広場を囲む、建物の上からの映像。
       競馬のコースのみが白く開け、
       今、市庁舎の前に4人の警察官が立ち、
       いよいよの開始を待ちます。



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      ◆さぁ、始まり!

       市庁舎の横、建物の闇の中から、
       主役の馬と、騎手達が登場
       両脇に立つ警察官より、
       ムチ代わりの、雄牛の神経を干した物を
       受け取り、スタート地点に向かいます。



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      ◆騎手達の駆け引き

       各コントラーダを代表して走る
       馬と、騎手は、毎回籤で決まります。
       左の緑と赤は、ドラーゴで、
       このグレイの馬が、7月に、オーカで
       勝ちました フェードラ・サウラ
       彼女は、今回も大活躍したのですが、
       順次ご覧下さいね。



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      ◆スタート地点

       今回の参加は、スタート位置内側から、
       1.ジラッファ (キリン) 2.キオッチョラ (カタツムリ)
       3.レオコルノ (一角獣) 4.ブルーコ (青虫)
       5.オンダ (波)     6.イーストゥリチェ (針鼠)
       7.モントーネ (雄羊)  8.チヴェッタ (梟)
       9.ルーパ (雌狼)
       そして、スタートを決める最後の籤は、
       10.ドラーゴ (竜)でした。

       今回の特色としては、例によって多少の
       スタート・ロープ内での、騒ぎはあったものの、
       一体に静かで、こんな風に見事に鎮まって
       ドラーゴ の駆け込みを待つ、瞬間もありました。



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      ◆ロープ(カーナペ)内の様子

       スターター、モッシコーネと言いますが、
       に、順に名前を呼ばれ、
       ロープ内に入ります。
       気の強い馬がいると、上手く並ばずに、
       もめる元なのですが、
       今回は、かなり穏やか。



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      ◆気を鎮める為に  1

       スタート・ロープ 内が騒がしくなると、
       スターターの指図によって、
       一旦、ロープの外に出て、ぐるぐると
       歩き回りながら、また入り直します。
       多い時は、2度、3度と指図されますが、
       今回は一回のみ。
  
       手前から、レオコルノ、ジラッファ、
       モントーネ、そして、キオッチョラ。



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      ◆気を鎮める為に  2

       こちらは、左から、イーストゥリチェ、 
       オンダ、ドラーゴ、
       背中半分は、ルーパです。



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      ◆スタート

       今、ドラーゴが駆け込み、スタート!
       今回は、フライイングもなく、
       綺麗にスタート!
       2番目に位置していた、キオッチョラ
       一歩先んじている様子。



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      ◆直線部分

       広場の上の辺は、扇の上の形のように、
       緩やかなカーヴを描く、ほぼ直線。
       赤と黄色の キオッチョラが先頭、
       そして、赤と白の ジラッファ
       白とオレンジの レオコルノ 
       と続きます。



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      ◆サン・マルティーノのカーヴ  1

       1周目の最初の難関、サン・マルティーノのカーヴ。
       ここでまず、一番外側を走っていた
       ドラーゴの騎手が、曲がり切れずに落馬!



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      ◆サン・マルティーノのカーヴ  2

       このカーヴは、下り坂の上に
       ほぼ90度の角度があるので、
       こうしてマットが張り詰められてますが、
       今回も、ドラーゴのほかに
       2頭が衝突した模様。



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      ◆サン・マルティーノのカーヴ  3

       そして、このカーヴが、
       今回の勝敗を決めました!
       ここで、内側に着けていた レオコルノが
       綺麗に抜けて、先頭に立ちました

       そして、少し見え難いですが、
       すぐ後に、騎手無しのグレイの裸馬
       フェードラ・サウラ が続いています。
       7月の勝ち馬、フェードラ なのです!



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      ◆頑張る フェードラ・サウラ

       これは、サン・マルティーノの
       反対側のカーヴ位置。
       フェードラが、頑張って2位に
       続いています!
       馬は、各地区の色印を額に着けていますから、
       例え無騎手でも、着順は認められます。
       応援しました!!
       
       広場を3周する、最後のカーヴまで
       頑張ったのですが、
       落馬しかけた騎手が、隣の彼女の上に
       落ちかけるというハプニングもあり、
       彼女は3位に!



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      ◆レオコルノ の走りっぷり

       先頭に立った レオコルノは強かった!
       馬は、ブレント、 騎手は、スコンピーリオ
       馬のブレントは、強いという定評がありながら
       今まで、勝った事が無く、
       不運な馬 といわれていた由。
       が、見事に走りました!
       騎手が、ムチを入れる必要もない位、
       人馬一体となって、走り切りました!



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      ◆ゴール

       勝ったぁ!!   
       やったぁ !!

       2位に着けているのは、ジラッファ。



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      ◆ゴール地点  1

       ゴールに入るかどうか、のうちに
       既に人々が、なだれ込んで来ます! 
       



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      ◆ゴール地点  2

       嬉しくて、
       馬に抱きつき、キスする人々!



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      ◆ゴール地点  3

       勝った騎手、スコンピーリオ。
       パリオの本戦には、
       今回初挑戦で、初勝利の嬉しい笑顔。
       彼も、若いですね。



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      ◆ゴール地点  4

       勝ち馬の周囲では、老いも若きも
       あちこちで、抱き合って喜び、
       記念の写真を!



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      ◆シエナのドゥオモ内  1

       シエナのパリオの特異な点の一つ、
       パリオに出場する馬は、騎手と共に
       その地区の教会で、勝ちて帰れ と
       祝福を受け、出かけます。
       教会の中に馬が入る、というのは、
       ヴァティカンの、特別な許可の下だそうです。
       
       そして今、勝った レオコルノの地区の人々は、
       ドゥオモの中に集まり、優勝旗パリオと、
       勝者の馬と、騎手の到着を、待っているのです。
       そして、一緒にマリアに捧げる歌を歌い、
       祝福を受けるのだそうです。
       ドゥオモ内いっぱいの人々の間に、
       レオコルノ の、オレンジと白の旗が揺れます。



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      ◆シエナのドゥオモ内  2

       祭壇のマリア像の周囲を、
       パリオに参加の地区の旗が、取り囲んでいます。
       シエナの人々にとっての、
       このパリオの持つ意味が、伝わります。



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      ◆広場から

       広場から、ドゥオモを眺めています
       そうです、真ん中に見える建物の隙間、
       あそこに審判席の渡り廊下があり、
       あの下を潜り抜け、坂道を少し登っていくと、
       ドゥオモの横に出るのですが、
       パリオの旗は、人々の歓迎の中で
       もみくちゃになっているのか、
       なかなか到着しませんで、
       TV中継時間切れ、となりました!

       一番手前に、平たいお皿が見えますが、
       これは、もう少しして日が暮れると灯が点され、
       広場は、建物の、このあちこちの火と
       篝火のみで、中世の夜を再現します。



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      ◆カンポ広場

       あんなに、人々でぎっしり詰まっていた
       広場も、かなり空いてきました。
       これから皆で食事に出かけ、
       ワイワイと、また熱中する事でしょう!



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      ◆中継担当の3人

       これが、中継担当の3人で、
       もう1人、年配の男性がインタヴューを担当。
       真ん中は、シエナ女性でもある、スザンナちゃん。
       「では、皆さん、2008年
        7月2日にお会いいたしましょう!」と。

       はぁい、元気で、またお会いいたしましょう!!

       
 

by italiashiho2 | 2007-08-21 01:41 | ・イタリアのお祭り Festa ital | Comments(8)
2007年 08月 17日

   ・・・ ベルギーの2つの街 ・ アントワープ ・ ブリュッセル ・・・

     今日は、月一ゲストの、グロリオーザさんの写真で
     ベルギーの2つの街、アントワープと、
     ブリュッセル のご案内です。
     フランスの北に位置し、オランダとに挟まれ、
     首都ブリュッセルはまた、ヨーロッパ共同体の
     EC本部が置かれている事でも、有名ですね。
     では、ごゆっくりどうぞ。

     フランドルへの旅も、今回が最終回
     ベルギーの、ルーベンスの街でもある アントワープと
     首都 ブリュッセルを巡ります

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      ◆アントワープ  1

       メインストリートの入口に、ステーン城という
       中世の要塞の一部がそびえていますが、
       今は国立海洋博物館になっています。



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      ◆アントワープ  2 
   
       中心部に歩いていくと、市庁舎前の広場に出ます。
       中央に建つのは「ブラボーの噴水」。
       古代ローマの兵士で、巨人の手(ant)を
       切り取って投げた(werpen)という伝説から、
       アントワープの名が由来しているとのことです。



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      ◆アントワープ  3 

       市庁舎からすぐのところに、
       ノートルダム大聖堂がそびえています。
       こちらの広場には、
       ルーベンスの像 が堂々と建てられています。



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      ◆アントワープ  4 
   
       大聖堂の中に入って見ましょう。
       清々しい白がとても印象的です。
       建物の完成は1520年。
       フランドル地方で最も大きいゴシック教会でした。



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      ◆アントワープ  5 

       この教会には、沢山の絵画が飾られていますが、
       最も有名なのは、ルーベンスの作品です。
       日本人には「フランダースの犬」で、ネロ少年が
       最後にここにたどりついて、ルーベンスの絵を
       見る場面が有名ですね。

       まずは主祭壇に掲げられた「聖母被昇天」。
       ヴェネツィア・フラーリ教会の、
       テツィアーノ作品と違って、
       こちらの聖母は、とても派手やかですね。



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      ◆アントワープ  6 

       向かって左手にある「キリストの昇架」。
       これはもともと、別の教会のために描かれたのですが、
       19世紀になってここに移されました。



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      ◆アントワープ  7 

       「昇架」と対をなすように、
       右にあるのが「キリストの降架」。
       劇的表現が十八番の、
       ルーベンスの面目躍如といった作品でした。



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      ◆アントワープ  8 

       大聖堂を出たら、ちょうど昼時で、
       広場のレストランは大盛況。
       イタリアンはもちろん、
       すしを食べている人もいました。




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      ◆ブリュッセル  1 

       ここからブリュッセルに入ります。
       まずは知名度NO1の、小便小僧
       彼は、世界一の衣装持ち人形と
       言われていますが、この日は裸でした。
       聞いてはいましたが、
       想像以上に小さい像でした。



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      ◆ブリュッセル  2 

       それに比べて、大きな像も近くにあります。
       「セルクラースの像」という、
       14世紀に英雄的な行為で街を守った人で、
       彼に触れると幸せになるといわれています。
       体中触られて、ヴェローナの
       ジュリエッタの胸のように、ピカピカです。



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      ◆ブリュッセル  3 

       中心部にある、
       ギャルリー・サン・チュベール
       ショッピングアーケード。
       ゴディバなどチョコの名店を始め、
       さまざまな店が並び、
       一日中賑わっていました。



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      ◆ブリュッセル  4 

       大道芸人のショーを
       テレビが取材していました。



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      ◆ブリュッセル  5 

       グランプラス の様子です。
       ここを「世界で最も美しい広場」と
       称えた ヴィクトル・ユーゴーは、
       この広場に面した家に住み、
       広場を眺めながら、作品を書いたといいます。



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      ◆ブリュッセル  6

       一旦ホテルで休んだ後、
       夕方に再び広場に戻りました。
       続々と人が詰めかけ、
       食事や散歩を楽しんでいます。
       背景の高い建物は「王の家」。
       今は市立博物館です。



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      ◆ブリュッセル  7 

       向かい側の市庁舎
       塔のライトアップが印象的です。



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      ◆ブリュッセル  8 

       広場はとても広く、
       一枚の写真にはなかなか納まりません。



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      ◆ブリュッセル  9 

       王の家。  
       日没後約20分ほど、
       ライトアップの光が輝きを増してきました。



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      ◆ブリュッセル  10 

       この後、近くのレストランで
       ムール貝の白ワイン蒸し、ワーテルゾーイ、ビール
       という、典型的なベルギー料理を楽しみました。
       オランダに比べて、
       ベルギーの料理は結構レベルが高かった。
       ここのレストランは、
       アールヌーボーのインテリアでした。



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      ◆ブリュッセル  11 
 
       翌日訪れた楽器博物館
       ここも1898年完成の、アールヌーボー建築です。
       窓枠に楽譜が描かれていました。



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      ◆ブリュッセル  12 

       次に入ったのが王立美術館
       先ごろ東京でも、同美術館展が開かれていましたが、
       ここの所蔵作品はブリューゲルから
       マグリットまで幅広い内容でした。
       これはそのうちの一点、
       ブリューゲルの「ベツレヘムの戸籍調査



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      ◆ブリュッセル  13 

       新しいほうの作品、
       ダビット作「マラーの死」。
       ダビットは、フランスからベルギーに
       亡命していたんですね。



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      ◆ブリュッセル  14 

       美術館を出て散歩していたら、
       道端でこんな胸像を見つけました。
       もしや、と思って調べてみたら、
       やはり「ポール・クローデル
       彼は、カミーユ・クローデルの弟でした。
       
       ロダンとの愛の葛藤 の末に心の病を患い
       精神病院で孤独の死を迎えたカミーユについては、
       特別の思いを持っていますが、

       弟のポールもフランスを代表する詩人
       外交官でもありました。
       彼は駐日フランス大使として、日本に駐在
       したこともありますが、
       外交官としての最後の赴任地は、ベルギーでした。
       旅の終わりに、思いがけない出会いとなりました。


     ***

       如何でしたか、グロリオーザさんの、
       アントワープ と、ブリュッセルのご案内は?
       先回のブルージュと共に、大変美しく、
       食事も美味しいようなので、
       旅行意欲がそそられますね。

       街のご案内とは外れますが、すこし。
       最初にもちょっと触れましたが、
       EC本部のあるブリュッセル
       この映像は、こちらのTVニュースでいつも見ますが、
       ヨーロッパ共同体 の思想の根本は、
       青山光子、クーデンホーフ・カレルギ伯爵夫人を母に持つ、
       次男の リヒャルト が、提唱した物といいます。

       100年前にヨーロッパに渡り、様々な偏見の中で健闘し、
       皆の尊敬を勝ち得た、日本女性の事はご存知でしょう。
       彼女のお墓は、ウィーンにあるとの事。
       イタリアにも、
       明治政府に招かれ、彫刻を教えに来たラグーザと結婚した、
       ラグーザ・玉 という女性画家が、
       明治の日本から渡伊し、活躍しました。

       そしてまた、ヴェネツィアのサン・ミケーレ島の墓地には、
       緒方洪庵の子息 惟直が、明治政府の視察団に同行、
       ヴェネツィアに残り、現ヴェネツィア大学の前身の
       高等商業高校で日本語を教えていたのが、
       わずか23歳の若さで客死、ここに埋葬されているとの事。

       当時の日本から離れ、遥かかなたの国で生き
       活躍した人びとの、望郷の念を思うと、胸に迫ります。
       機会があったら、是非お墓参りを、と思います。

       人々の、その生き様が、深く心にしみこんだ
       このお盆でした。


           

by italiashiho2 | 2007-08-17 01:00 | ・ヨーロッパ Europe | Comments(10)
2007年 08月 14日

   ・・・ 特番 ・ にゃ~こ の盆踊り ! ・・・

     お盆休みの日本では、ご先祖様へのご供養も兼ねて、
     盆踊りが、各地で始まったでしょうか?
     先日より、にゃ~こ と、ママのゆんぴょさんに
     にゃ~こ の盆踊り をお願いし、快く引き受けて頂きました。
     ご覧下さい!!  にゃ~こ の活躍ぶりを!!
     盆踊りの、太鼓のリズムと手拍子で、応援願います!!
     コメントは、ママのゆんぴょさん。

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      ◆丸く輪になり
          
       年に一度の盆踊り!
       何年も前から続いてきた盆踊り
       日頃の特訓の成果をお見せする時がやってきました!



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      ◆くの字にもなって

       まーるくなって、平和や健康を祈りつつ
       くの字になって
       様々な出会いや別れへも思いを馳せて・・・



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      ◆みんな一緒に

       お腹周りのダイエットを兼ねて
       豚のビグリンと一緒に踊ります
       ダイエットといっても、まず健康第一!
       元気が大事!

       猫踊りで、世の中が平和であリ続けますように!!


       ゆんぴょさんの日記 はこちらです。
       http://www.fururu.net/user/YUKA35/ 


      ◆・◆
        あはは、皆さん、如何でしたか、
        にゃ~こ の盆踊り は?!
        大笑いして、暑気払いになりましたでしょうか?!

        秋風の立つまで、もう少し!
        体調にお気をつけて!!

by italiashiho2 | 2007-08-14 00:19 | ・イタ猫イタ犬動物 gatti -   | Comments(18)
2007年 08月 10日

   ・・・ ガルダ湖畔 ・ G ・ダヌンツィオの家、 そして サロ ・・・

     この初夏に、ガルダ湖の西岸サロ・Salo' に寄った時、
     偶然に湖岸でガスパロ・ダ・サロ ・ Gaspalo da Salo'
     銅像に出会いました。
     彼はヴァイオリンの発明者として知られていますが、
     その銅像に出会った事が、次の出会いを。

     詩人ガブリエーレ・ダヌンツィオが人生の最後を過ごした家
     サロの北ガルドーネ・リヴィエーラにある博物館に
     するすると引き寄せられ、大変魅せられました。
     今日はその家、イル・ヴィットリアーレ・デッリ・イタリアーニ・
     Il Vittoriale degli Italiani と名づけられた博物館を
     ご案内いたします。  少し力不足ですが、ご容赦を。

       サロの現在は、洒落て落ち着いたヴァカンス地ですが、   絵葉書
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       かっては、ヴェネツィア共和国の与えた自治権の元、
       36のコムーネが集まった「素晴らしい祖国」の
       首都が置かれた場所であり、
       第2次大戦終戦間際には、ムッソリーニが
       「サロ共和国」を置いた場所。
       その歴史を感じさせるのは、ほんの少しです。



      ガスパロ・ダ・サロ の銅像
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       この銅像はまだ新しく、その原型は
       コムーネの建物の中にある、大理石の像の様子。

       この像の繊細な美しさにも惹きつけられましたが、
       下に刻まれた詩にも、大変惹き付けられたのです。

       ガスパロ・ダ・サロ
       ヴァイオリンの発明者
       1540~1609

       胸を開いて、ヴァイオリンを
       引き出そうとしているのか
       心を入れるのに、ヴァイオリンを
       開いているのか
       自分にも分らない

       ガヴリエーレ・ダヌンツィオ



      ガヴリエーレ・ダヌンツィオ
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       彼です。
       なんと素晴らしい美男!
       驚きました。

       彼の名前にはあちこちで出会うのですが、
       読んだ事もなく、殆ど知らずに過ごして来て、
       今回は、かなり衝撃的な出会いになりました。

       なぜこのサロの銅像に彼の詩があるのか、
       その疑問からガイドブックをあれこれ読みはじめ、
       彼の家がすぐ隣の街ガルドーネにあること、
       博物館になっているらしい事を知り、
       次のチャンスに出かけました!



       ガルドーネ・リヴィエーラ  (ガイドブック)
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       これは、ガルドーネ・リヴィエーラの象徴ともいえる 
       グランド・ホテル・ガルドーネ。
       湖に面したエレガントな部屋は、
       過ぎ去ったよき時代の面影を偲ばせる、と
       ガイドブックにあります。
       
       有名な客人には、ウィンストン・チャーチル、
       ウラディミール・ナボコフ、 そして
       ガブリエレ・ダヌンツィオ など。



       ガルダ湖西岸のヴァカンス地の大半は、   (ガイドブック)
       即背後に山が迫り、狭い土地に細長く続きますが、
       ここガルドーネもそうで、
       湖岸の脇を狭い道が走り、少し余裕がある場所には
       ホテルが立ち並び、通り抜けるのに緊張します。
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       サン・マルコの塔と呼ばれる船だまり。    (ガイドブック)
       現在はヴィットリアーレ博物館の所有で、
       広大な敷地の博物館から
       わずか数百メートルの位置にあります。
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       イル・ヴィットリアーレの地図をどうぞ。
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       イル・ヴィットリアーレ・デッリ・イタリアーニ
       この名称はダヌンツィオ自身が付けたようですが、
       どう日本語に訳したらよいのか、思いつきません。
       ヴィットリア・Vittoria は、勝利ですが、
       イタリア人の勝利と言うには、抵抗があります。

       言葉の魔術、と言うのか、
       感覚としては分るのですが、さて。
       イタリア人の誇り、という思いが強い気がします。

       地図でお分かりの様に広大な敷地、
       9ヘクタールに及ぶ、壁に囲まれた要塞。
       建物の中の博物館、住居内部、庭園、と見所が多く、
       地図番号2の切符売り場で、
       何と何を見る、と申請して切符を買います!
       家は12の場所で、10人ずつにガイドが付いて
       見学が出来ます。

       

       高く伸びたイトスギがアクセントをつけ、   (ガイドブック)
       山に沿った高低差のある土地に、
       敷地が広がっています。
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       手前の階段状に見えるのは円形野外劇場で、
       真ん中に建物群、そして左奥に白く見えるのが
       彼ガブリエーレのお墓のある廟です。



       入口を入っていくと、右手に広がる円形劇場。
       ご覧のように、ガルダ湖を望む素晴らしい位置。
       ガルダでは一番大きな円形劇場で、
       1500人が収容可能との事。
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       訪れた日は蒸し暑く、おまけに薄曇で、
       見通しがよくなく残念。



       これが、プリオーリア・Prioria
       名付けられた住居部分の入口。
       建物正面はご覧のように
       ダヌンツィオ自身が収集したたくさんの碑で飾られ、
       アレッツォの行政庁を模した物とか。
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       正面のテントの下で待ち、10人ずつ
       ガイドに連れられて見学します。

       家自体の前の持ち主は、歴史美術研究家の
       ドイツ人、ヘンリー・トーディ博士、
       その夫人は音楽家リストの姪にあたり、
       博士の何万冊もの蔵書をも含めて買取り、

       建築家と共に、彼の好みのアール・デコ様式の装飾に改装、
       膨大な彼の収集品、世界各地の芸術作品が
       家内部、庭園に溢れています。



       ガヴリエーレ・ダヌンツィオ ・ Gabriele d'Annunzio
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       彼は1863年3月12日
       アドリア海沿岸に位置するぺスカーラに生まれ、 
       16歳の時に最初の詩集を出版。

       以後その生涯において、膨大な作品を生み出したと同時に、
       彼の生き様、その英雄的な生涯が
       単なる詩人、作家の枠を超えています。
       
       イタリアの独立戦争でもあった、第1次大戦に参戦もし、
       軍の功労賞も受け、こういった理由から、
       日本では、余り評価されていないという事を
       教えて頂きました。

       詩人、とこちらでは呼ばれていますが、
       ヴィスコンティの映画「イノセンス」は
       彼の作品が原作との事。
       そういった事も今回調べていて知りました。

       この写真は、このヴィットリアーレに住み出した 
       1921~1922年頃、彼が58~59歳ごろのもの。
       若い頃の写真では、髪も髭も黒く、
       厳しい印象をもうけますが、
       これは珍しく優しい柔らかい印象。

       彼はこの家に、
       生涯最後の17年間を過ごしたのでした。



       プリオーリア・住居内部をどうぞ。

       建物内部には、全て荷物をロッカーに預けて後なので、
       写真はガイドブックからです。

       これは入口ドアを入った所。
       写真では広く見えますが、実際は2人並ぶと、もう一杯。
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       真ん中の小円柱を境に左右にドアがあり、
       右のドアからの部屋は、政治家とか
       借金取りとか(実際に大変多かったそう)
       望まれないお客用の部屋に続き、
       左側のドアからは、少し下った場所にある部屋、
       友人達と会う、広く気持ちのよい客間に。



       1925年5月、この家を訪問したムッソリーニは、
       右側の客間に通され2時間待たされたとの事。
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       彼が、ムッソリーニの訪問の前に
       部屋の鏡に書いた言葉。

       汝と共に、ナルチスの鏡を持ってきたか?
       これは鉛で覆われたガラス、もしくは仮面
       お前の顔の仮面を真っ直ぐにしろ
       だが、お前は鋼鉄にたち向かう
       ガラスである事を考えろ

       これを読んだムッソリーニは、
       微笑みを浮かべたそう。
      


       ザンブロッカ・Zambrocca と呼ばれる
       いわば彼の書斎の一つ。
       ザンブロッカ というのは、
       アルカイックの言語で、部屋用の女 の意で、
       お守り、的な動物をも指しているようです。
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       元々右目が不自由であった彼が、
       飛行機の危険な着水事故で左目をも傷つけ、
       自身を、目利きの盲人と称し、
       この理由からも、家の内部は直射の光から目を護る為大変に暗く、
       外から訪れる我々には、真っ暗に感じる程。

       このテーブルで、1938年3月1日の夜
       脳出血に襲われ、死亡したのでした。
       この年のカーニヴァル最後の夜、75歳。



       家の内部に所狭しと、並べられた収集芸術作品
       これのオリジナルは、確かミケランジェロと思うのですが、
       この様にダヌンツィオによって、下半身に素敵な布が巻かれ、
       彼の見解によると、脚が短すぎるから、との事。
       確かに台座が隠れた方が、長く見えます!
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       一体に、収集品に全て彼流の手を加えるのが
       彼のやり方で、この像に限らず、
       大抵の作品には彼のセンスが加えられ・・。



       広く、ここだけは明るい大きな書斎。
       オッフィチーナ・Officina と名付けられており、
       一般にオッフィチーナというと、修理工場
       のような物を指しますが、
       彼にとっての、脳のオッフィチーナだったのかも。
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       他の部屋の蔵書と違って低く、
       すぐ引き出せるように収められ、
       この部屋にも、たくさんの像や絵が。

       手前の机の右端に、スカーフを被せられた物が
       見えますが、これは彼が愛した女優
       エレオノーラ・デゥーゼ・Eleonora Duse の像。
       部屋の中央奥に見える、翼を持つ女神像、
       あの下辺りにも、彼女の横顔の肖像画がありました。

       彼女との愛は、彼にとって最高であったそうで、
       1984年にヴェネツィアで知り合い、1904年まで続き、
       彼女はこのヴィットリアーレに来る事なく先に亡くなり、
       それ以降この様に、
      彼女の像には、スカーフがかけられたのだそう。



       エレオノーラ・ドゥーゼ
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       彼女の名は、ヴェネト平野北西部に位置する
       アーゾロと深く結びついており、
       彼女の家、そしてお墓もこの典雅な町にあります。

       このスケッチは、ヴィットリアーレにあった物とは違いますが、
       彼女の美しさがよくお分かりと思います。

       彼女との偉大な愛、とはいえ、
       彼の年譜を見ますと、ええ、次々と切れ間なく
       美しい女性が登場し、年譜の中だけでも、
       奥様以外に 8人を数えました!



       食堂、ケーリ・Cheli の部屋。
       ケーリ というのは、テーブルの一番手前に
       乗っている大きなの名前で、
       彼女は実際に庭園の池に住んでいたのが、
       食べすぎで消化不良を起こして死に、
       実際の彼女の甲羅に、胴の手足をつけて貰い、
       こうして食堂のテーブルの上に。
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       美味しく食べるのはよいが、食べ過ぎないように
       との戒めを込めているそう。

       彼自身は粗食で、晩年は人と会食するのを好まず、
       一人でザンブロッカのテーブルで、食べる事が多かったと。
       晩年の彼は歯が少なくなり、
       見られる事も好まなかった、とあるのを読み、
       少し胸にこみ上げる物がありました。

       彼のように、己の才、行動、美貌に、
       絶大な自信を持っていたであろう男が、と。



       バーニョ・ブル・Bagno Blu
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       実際は、ブルーの色が黒く見えるほど暗く、
       そしてこの狭い空間に900もの品が
       並べられ壁にかけられています。
       が、彼の生前には、3000もの品で溢れていたそう。
       ペルシャの物と見られるタイルや、小物のブルーが大変美しい。



       レッブローゾ・Lebbrozo
       ライ病患者の部屋 と名付けられた部屋で、
       いわば、彼の死体安置所をイメージした部屋。
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       彼にとってのライ病の定義は、
       中世においては聖なるもの、
       神が天才に触れた印、とみなし、
       瞑想の部屋でもあるこの部屋に、
       その名をつけた様子です。

       正面の奥に見える小さなベッドは、
       まさに象徴のようですが、
       左の木製像は、殉教者サン・セバスティーノで、
       正面の絵には、サン・フランチェスコが       
       ライ病者を支え、その顔はダヌンツィオの顔。

       大変変わっていると思ったのは、
       格子天井に所々嵌められている絵で、
       女性の顔もあるのですが、足首からとか、
       私には大変エロティックに思えました。

       左手前に見える小卓には、3枚の女性の写真、
       彼が一番愛した女性、母親、妹、そして
       エレオノーラ・ドゥーゼの写真。

       彼が亡くなった時には、
       実際この部屋に一夜、安置されたとの事。




       ヴィットリアーレ・庭園  (ガイドブック)

       最初サイトで、ここの様子を調べた時、
       この写真を見て意味が飲み込めず、
       何か壮大な夢物語の様にも感じました。
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       大きな船が、うっそうとした林に埋もれる。
       皆さん、信じられます?!



       大変に蒸し暑い日でへこたれていましたが、
       それでも、この船は見に行きました。
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       ええ、本当に、ありました!
       しかも、軍艦!
       プーリア・Puglia という名を持つ、
       甲板に大砲を備えた軍艦が、
       庭園の傾斜に半ばはめ込まれた形で、
       舳先をガルダ湖に向け、鎮座しているのです。

       1925年に、海軍からダヌンツィオに
       贈られた物だそうで、
       甲板からの眺めの壮大さに驚きました。
       如何にもダヌンツィオ好み、というか
       彼の様子を彷彿と想像させられました。


       私は見ませんでしたが、庭園も広大で、泉や池もあり、   (絵葉書)
       他の建物には、彼の使った飛行機とか、
       このフィアットの車なども展示があるそう。
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       入口付近の生垣にブーゲンビリア。
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       彼は、この地に住み始めてすぐ、
       家をも土地をも、全て国に贈呈する事に着手。

       そうする事が、彼が住んだままに、
       この家、この地を維持する唯一の方法、
       と知っていたからで、
       彼の希望通り手付かずのままに残り、
       国の記念物として、年間20万人もが
       訪れているそうです。
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       これは彼のモットー、
       Io ho quel che ho donato
       イオ・オ・クエル・ケ・オ・ドナート
       自分は持っているもの全て捧げた

       です。

       イル・ヴィットリアーレ・デッリ・イタリアーニ
       の命名にしろ、さすが詩人というのか、
       言葉に含める意味、表現
       そして響きが、魔術的です。

       百貨店ラ・リナッシェンテの名も、
       ビスコットの、オーロ・サイワ のメーカー名も、
       パレンテ・セルペンテ・親戚・蛇 という
       良く使われる言葉も、
       全て彼の作った言葉、とガイドが教えてくれました。

       彼の作品をまったく読んでいない私には、
       今回彼の家をご紹介するにも、
       かなりの困難さを実感しました。
       が、こんな興味深い博物館もあるよ、と
       知って頂きたい気持ちでご案内を。

       チャンスがありましたら、お出かけ下さい!
       
   

   
   

by italiashiho2 | 2007-08-10 01:05 | ・ヴェローナ・ガルダ湖 Verona- | Comments(10)
2007年 08月 07日

   ・・・ 夏を楽しむ、犬たち ・・・

     先日行きました コルティナ・ダンペッツォでは、
     飼い主の避暑に同行の、ワン君達をたくさん見かけました。
     観光地で、今迄に出会ったワン君達よりも、
     はるかに生き生きと、彼らは夏を楽しんでいましたね。
     涼しいし、暑い中を引きずり回されないし、
     仲間がたくさんいるし、彼らも快適なのでしょう。
     ほんの少しですが、彼らの様子をどうぞ!

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      ◆避暑地での出会い

       コルティナの目抜き通り、
       散歩のご主人に、同行する彼らにも
       出会いがあります。

       避暑地の恋は、短くて・・!



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      ◆ゆっくり、のそのそ  1

       確か、この種のワンちゃんは、
       靴のメーカーのシンボルになっていたと。
       短い足で、ゆっくりと歩きます。
       少し、食べ過ぎかも。



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      ◆ゆっくり、のそのそ  2

       上と同じ飼い主です。
       こちらの方が、年上なのか、
       もうちょっと、肥満体。

       写真を撮るのを知ると、
       しっかり止まってくれたご主人達です。
       

       
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      ◆お店の前で

       コルティナの街の真ん中に、
       コープのお店があります。
       食料品のスーパーから、土地の産品、
       本、雑誌、スーヴェニールも売っていて、
       大変な賑わいですが、買い物に来るご主人に
       連れて来られて、表で待っている彼ら。

       大きいワン君も、小さいワン君も、
       一心に入口を見つめ、待っています。
       素敵な色の、紐をつけて貰って。



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      ◆ホテルのテラスの上  1

       先回ご紹介した、テラスのワン君2人、
       こんな風に、通りを見下ろしていたのです。



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      ◆ホテルのテラスの上  2

       時々テラスの先端まで行き、
       覗いています。
       飼い主が戻るのを待っていたのかも。
       舌を鳴らして、こちらを向いて貰いました。



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      ◆ホテルのテラスの上  3

       自分の写真ですが、我ながら
       絵葉書みたいななぁ、と!
       ドロミテをバックに、
       彼が決めて見せます。

       コルティナで見かけたワンちゃんたちの共通点、
       それはどの子も、サラサラのきれいな毛並みを
       持っていること。
       しっかりお風呂に入って、シャンプーを使い、
       磨き上げているのかも!



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      ◆大きなお屋敷の

       これは、ヴェローナ近郊のボルゲットに
       行った時のもので、小さな町の真ん中に、
       塀で囲まれた大きなお屋敷があり、
       彼はその庭の向こうに。
       中庭が余りにも広く、お屋敷の様子が写らずに残念。
       
       由緒ある家柄の、由緒ある?ガードマン君。



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      ◆ガルダ湖で

       ガルダ湖北端、リーヴァでの一枚。
       このカップルは、既に一度ご覧頂きましたが、
       先回とは違う写真で、もう一度。

       こんなに生き生きと、ガルダ湖で遊ぶワン君、
       本当に、2人とも楽しそう。



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      ◆サロで

       こちらはガルダ湖、西岸のサロ。
       ドゥオモの前で、中に入ったご主人の
       奥さんと、娘さんを待つ ディック君。

       フランスからで、表でご主人と2人、
       必死の表情で、はぁはぁと。



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      ◆スピリンベルゴで  1
       
       スピリンベルゴ というフリウリの町、
       ロマネスクの素晴らしい教会があり、
       ヴェネツィア共和国の名残を残す、
       素敵な、小さな、歴史ある町です。

       これは少し古い写真ですが、
       懐かしい思い出があるので。

       細い小路の向こうに、家の入口階段が見え、
       その前に彼が座っていて、
       ア、犬がいる!と思ったとたん、
       スルスルと階段を下りるのが見え、
       手前の塀の上、パッと身を乗り出したのですね。
       こんな風に!



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      ◆スピリンベルゴで  2

       ワ、吠えるのか?! と思ったら
       吠えるどころか、大変に人懐こく、
       別れる時には、こんなに身を乗り出して
       見送ってくれたのでした。
       チャオ!!


    *・*・*

      8月6日は、 広島の原爆記念日
      リンクしております、たっちゃんのブログでは
      特集が始まっています。
      こちらです。  どうぞ。
      石内の四季  http://blog.livedoor.jp/qnxjq020

by italiashiho2 | 2007-08-07 01:09 | ・イタ猫イタ犬動物 gatti -   | Comments(12)
2007年 08月 03日

   ・・・ 夏のドロミテ ・ コルティナ、ミズリーナ湖 ・・・

     夏本番! 今日は皆さんへの暑中見舞いを兼ねまして、
     つい先日行って来ましたドロミテ山系の、
     コルティナ・ダンペッツォ・Cortina d'Ampezzo と、
     その奥にあるミズリーナ湖・Lago di Misurina 
     涼しい風景をご覧頂きますね。
     大変な快晴に恵まれ、寒いほどの涼しさを満喫。
     が、帰り道には、豪雨に見舞われつつ高速を戻るという・・!

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       我が家からは、高速でベッルーノまで出て、
       そして、国道51号を辿り、約86キロほどで、
       コルティナ・ダンペッツォに着きます。
       
       この風景は、コルティナへ17,8キロほどの
       辺りで、幾つもの小さい町を抜け、奥に向かいます。


       朝方にどうやら雨が降ったらしく、
       道が濡れている所もありましたが、
       どんどん晴れて、ご覧の通り!
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       日本人の目には、何時もこの白い岩山が
       新鮮に映ります。



       この辺りは、既にコルティナに近づき、
       10キロほどの所でしょうか、
       道が大きくカーヴし、新しい風景が広がるたびに、
       わぉ! と車を寄せて・・!
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       街の入口に近く、左側の谷の向こうに、
       スキーのジャンプ台が見えます。       
       51年前のオリンピックでの、
       猪谷選手の活躍が記憶に残るコルティナですが、
       夏、冬の高級避暑地で、
       すでに大変な人でした。

       コルティナは、既に一度ご紹介しているので、
       場所がダブらないように、ご覧頂きますが、
       これは大変美しく修復された鐘楼です。
       一番上に、金色の鳥がいるのに、
       今回始めて、気が付きました。
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       街の中は大変な人で、ヴァカンスの真っ最中。
       陽射しは強く、空気が澄み、そして風が強く、
       大概の人は上着を着用。
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       街は、夏の高級避暑地の雰囲気ぷんぷん。
       集まっている人の、年齢層が高いので、
       落ち着いたイメージです。



       街の中心の通りからも、建物の隙間から
       こんな周囲の風景が。
       これは南側の眺めで、奥に岩山が顔を覗かせ
       手前の斜面には、住宅や別荘がちらほらと。
       全体の眺めがやはりとても美しい。
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       街の通りのあちこちに花壇があり
       花鉢があり、大変色鮮やか。
       花自体は、特別な花ではないのに、
       色の取り合わせによるのか、
       紫外線のせいなのか、目に沁みます!
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       余りにも、色の取り合わせが可愛くて!
       こんなチビの3輪車がお洒落です。
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       ホテルの屋根の隙間から、
       街の北側に見える連峰を
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       街の中心通りの、真ん中にあるドゥオモと鐘楼
       覗いてみましたら、ミサの真っ最中で、
       たくさんの人が、お祈りを。    
       避暑地を言えども変わらない、
       イタリアの素顔がありました。
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       今回唯一の、猫ちゃん。
       パン屋さんの看板で、下にティロルのパンが
       下がっていますが、黒猫ちゃんは、どういう関係?
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       下右に見えるウインドウは、
       骨董屋さんで、パン屋は左奥です。



       街の広場、ホテルの前、白い大きな傘が広がり、
       人々がバールで、ゆったりとお喋りを
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       こうして見ても、年配の人が多いでしょう?
       若い人も見かけますが、ピシッと決めた人が多く、
       一般庶民の雰囲気ではありませんね。



       ホテルの建物は、大体この様に、
       ティロルの木造りの大屋根風が多く、
       木のテラスは、それぞれの建物の色に合わせた
       花鉢で、溢れんばかり。
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       ここのホテルの、窓枠、鎧戸は、
       鮮やかな水色で、花は紫と白。
       青い空に、溶け込みそうです。



       上と同じホテルのテラスに、このワン君2人
       通りを見下ろし、行ったり来たり。
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       舌を鳴らして、こちらを向いて貰ったので、
       今日はこれ1枚をご覧頂き、
       次回のチャンスに、
       他のワンちゃん達の写真も。
       
       ここコルティナには、たくさんのワン君が
       集まっていて、楽しんでいましたよ!


       コルティナの街から、北東へ11キロほど、
       山道を行き、峠を越えた、標高1756M
       ミズリーナ湖があります。
       ちなみに、コルティナの街は、標高が1210M

       すぐにまた、素晴らしい眺望が開け、
       道脇に車を突っ込みます。
       これは、北側の眺め。
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       こちらは南向き。
       家畜用の干し草、良く乾いて、美味しそう。
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       道はかなりな勾配の上りで、
       すぐ下に、谷底の家々が見えます。
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       葡萄畑やトウモロコシ畑の広がりに慣れた目には、
       草地と、林と、岩山、というのが新鮮です。



       登り道の向こう側、逆に下って来て
       バイクを止め、写真を撮っている青年がいました。
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       撮っていいか、と聞くと、ちゃんとポーズを!
       ミラノ・ナンバーの、赤い大型バイクでしたが、
       ひょっとして、長野のナオちゃんかな?! 



       道は、どんどん上り坂
       こんな岩山が、目の前に立ちはだかります。
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       南の空を、クィーッと飛行機が。
       気持ち良いだろうなぁ!!
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       道脇の叢にこんな野草。
       薄紫の小さい花で、花の長さが、1~1,5cmほど。
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       標高1809Mにある、トゥレ・クローチ峠
       それを越すと下りの坂道が続き、
       最後、少し上った所がここ。
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       正面のホテルが、写真でよく見る、
       ミズリーナ湖と一緒に写っているホテルで、今は南側から。
       草地では、馬や牛が、ゆっくりと草を食んで。



       牛達が、ゆっくりとしゃがみこんでいますが、
       中には、完全に横になっているのも!
       名前を聞いたら、shinkai と答えるかも!!
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       ミズリーナ湖に、はい、到着!
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       お天気は快晴ですが、風が強く肌寒く、
       お腹も減り、少し気がそぞろ。



       先程のホテルを、湖側から。
       逆光になるのと、本当は湖の北端まで行って振り返らないと、
       位置が決まりませんが、まぁ、お昼前なので、ご勘弁を。
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       湖の東側
       ぐるっと、湖の周囲に遊歩道が巡っているようで、
       散歩を楽しむ人の姿が、ちらほらと見えます。
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       水は本当に透明!
       水深が深いところは、エメラルド色。
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       岸辺にあるイスとテーブルには
       こんな風にカップルや、家族連れが。
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       こちらは家族連れ。
       子供は1人で楽しむ術を心得ているというか、
       ナンというか・・、フム。
       私の羨望がこもりそうな、なぁ!  あはは。
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       ゆっくりとお昼を食べ
       (チーズを焼いたもの、ポレンタ、茸)
       出てきましたら、なんとこんな雲が!
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       まさに、鳩というか、グライダーというか。
       風が強いので、あっという間に
       流されて行きました。

       帰りには、アウロンツォに抜けて戻りましたが、
       途中から雲行きが怪しくなり、
       ベッルーノから高速に入る頃には降り出して、
       大雨の中を走りました。
       ええ、こうして、私の車の運転実習も、
       着々と進む、というわけです!


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       ドロミーティ関連の、他の古い記事も宜しかったらどうぞ!

       コルティナ・ダンペッツォ ・ Cortina d'Ampezzo
       http://italiashio.exblog.jp/5065422

       アウロンツォ・ディ・カドーレ ・ Auronzo di Cadore
       (山のヴァカンス地、エメラルド色の河)
       http://italiashio.exblog.jp/5491238 

       ドロミテからご挨拶 ・ Saluti da Dolomiti
       http://italiashio.exblog.jp/5340352

       山の小さなヴェネツィア ・ ベッルーノ・Belluno
       http://italiashio.exblog.jp/5352436


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      8月6日は、 広島の原爆記念日
      リンクしております、たっちゃんのブログでは
      特集が始まっています。
      こちらです。  どうぞ。
      石内の四季  http://blog.livedoor.jp/qnxjq020 

by italiashiho2 | 2007-08-03 21:51 | ・ドロミーティ Dolomiti | Comments(16)