イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2008年 03月 28日

   ・・・ ミラノ・チェントロ ・ ドゥオモ広場 ・・・

      今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真と
      コメントで、ミラノのドゥオモと、その広場のご案内、
      と言っても、大抵の方がご存知と思いますので、
      ゆっくり、写真をお楽しみ下さい。
      
      今回はイタリア第二の都市・ミラノです
      ただ、あまりにも大きな都市ですので
      紹介するのはピンポイントでドゥオモ周辺
      特に屋上の風景を中心にご覧頂きます

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      ◆ドゥオモ  1

       旅行代理店「HIS」のパンフレットを見ると、
       ドゥオモ紹介の見出しは「これが世界遺産ではない!
       という逆説的な表現を使っています。
       確かに、世界最多級の世界遺産を抱える
       イタリアの中でも代表的な建築なのに、
       世界遺産に登録されていないのは
       意外な気がするほど、壮大なゴシック建築です。



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      ◆ドゥオモ  2

       昼の外観です。
       長い間続けられていた修復工事が、ようやく終盤に入り、
       正面の覆いが取り外されました。
       1386年、ミラノ領主ヴィスコンティ家によって
       「ローマのサンピエトロ寺院に匹敵する大聖堂を造ろう」
       という目的で着工されました。
       完成は1887年、実に500年の歳月がかけられています。



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      ◆ドゥオモ  3
    
       正面のブロンズ製の扉のうち、
       中央のものには、聖母マリアの生涯が刻まれています。
       これは受胎告知の場面ですね。



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      ◆ドゥオモ  4

       横から見ると、また大きさがわかります。
       面積は、11700平方mだそうです。

  

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      ◆ドゥオモ  5

       中には、大きなステンドグラスもあります。



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      ◆ドゥオモ  6

       屋上に上りましょう。
       階段を上っていると、あちこちに動物?の
       彫刻が飛び出していて、飽きさせません。



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      ◆ドゥオモ  7

       何といっても、目を引くのは彫刻群。
       建物全体で、2245体もの彫刻が飾られており、
       圧倒的な迫力です。



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      ◆ドゥオモ  8

       この最高部には、マドンニーナと呼ばれる
       黄金の聖母マリア像が輝きます。
       ここの高さは、108.5mあります。



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      ◆ドゥオモ  9

       屋根の傾斜に沿って、
       繊細とさえいえる細工が施されています。
       個人的には、この細工がとても面白かった。



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      ◆ドゥオモ  10

       屋上部分は、とても広々と開放的。
       尖塔は135本もあります。

       

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      ◆ドゥオモ  11
       
       遠くを見れば、
       アルプス方面の山々が見えます。



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      ◆ドゥオモ  12

       屋上から見下ろした、
       ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の
       ガッレリーア入口です。



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      ◆ガッレリーア  1

       そのガッレリア。
       夕方になりライトアップされると、
       迫力満点です。



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      ◆ガッレリーア  2

       その内部。
       ガラスの天井、光を反射する床も、
       なかなかのものです。
       右側の建物はルイ・ヴィトンの店です。



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      ◆スカラ広場  1

       このガッレリアを通り抜けると、
       スカラ広場になります。
       このときは、南米の彫刻家ボテロの、
       あの独特のふくよかな彫像が、
       展示されていました。



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      ◆スカラ広場  2

       しかし、この広場の主人公は
       ダ・ヴィンチ像でしょう。



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      ◆スカラ広場  4

       広場の名前の由来であるスカラ座
       世界のオペラの殿堂ですが、
       外観はなんと言うこともない建物です。
       残念ながら、中に入ったことはありません。



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      ◆ドゥオモ  13

       ドゥオモ広場に戻ります。
       日没寸前の光が、
       ドゥオモの正面を赤く染めています。



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      ◆ドゥオモ  14

       日が暮れてトワイライトタイム。
       ライトアップされたドゥオモ、
       シルエットで浮かび上がるエマヌエーレ2世の彫像、
       アズッロの空。
       とても印象的でした。



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      ◆ドゥオモ  15

       広場全体の夜景です。
       つかの間の滞在でしたが、
       天候に恵まれて、
       美しい広場を堪能しました。

by italiashiho2 | 2008-03-28 00:26 | ・ミラノとロンバルディア州 | Comments(18)
2008年 03月 21日

   ・・・ 北からのお客人 ・ そして、春の訪れ ・・・

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      今日は、サルデーニャのご案内を用意していましたが、
      予定を急遽変えまして、北からのお客さん
      羊君達の到来の様子、そして隣のオリアーノ村の
      春めいた様子を、ご覧頂きますね。


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      ◆羊の群れ  1

       昨日朝プールに出かける時、隣のオリアーノ村との境の
       草原に、羊達がやって来ているのを見かけました。
       ああ、肝心な時にカメラが無い、と思いつつ出かけ、
       戻ってきたら、なんとまだ居ります!
       ワ、ワ、と大急ぎで、カメラを取りに戻り・・。
       全部で、350頭の羊たち



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      ◆羊の群れ  2

       朝見かけた時は、盛大に草を食べている姿でしたが、
       戻ってきた時は、食後の一休み中、という様子。
       
       今この時期になると、かなりの子羊達が誕生しており、
       あっち、こっちで、めぇ~、めぇ~と、聞こえます。



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      ◆羊の群れ  3

       やっと生まれたばかり、のような子もいて、
       立ち上がるにも、脚がひょろ付き、
       お母さんが、助ける姿も見かけます。



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      ◆羊の群れ  4

       ほとんどの羊達は、食後の一休みの中、
       それでも黙々と、食べ続ける一群もいて・・



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      ◆羊の群れ  5

       彼等が牧羊犬で、今は隣の家との境目に繋がれ、
       余りに羊たちが入り込んでいくと、
       ピューと、羊飼いが口笛を吹きます。
       すると、この3匹が、パッといっせいに立ち上がり、
       吠え羊達は大慌てで、元に戻ります。



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      ◆羊の群れ  6

       ほとんどが白色、イヤ、汚れて薄茶色に
       なっている羊たちですが、
       中には、こんな茶との斑や、全部茶色のも幾匹か。



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      ◆羊の群れ  7

       おかぁさ~ん、どこぉ~?!



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      ◆羊飼いたち

       彼らは、トレント(南ティロル)から、
       10月に出発、5月に戻る、
       8ヶ月間の、遊牧生活

       右の彼は、直に70歳を迎える、この道45年。
       自分たちの後は、こんなきつい仕事は誰もしないさ
       幸い、自分の女房は、一つも文句を言わないから
       こうして続けているけど

       シニョーラ、幾つかな?  40歳?
       え、もっと、って、38歳?
       おお!! 寿司食いねぇ、酒飲みねぇ!!



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      ◆オリアーノ村から  1

       我がスコミーゴ村の標高は、130M、  
       隣のオリアーノ村は、151M。
       コネリアーノの町に出かける時、この高さから眺める、
       ヴェネト、そしてフリウリ平野の地平線に、
       いつも驚き、胸をときめかします。
    
       これで半分で、本当は180度見えます。
       曇り空になり、ハッキリしませんが、
       奥に見える白い部分は、フリウリ平野の北、
       アルプスに連なる、カルニアの山々です。



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      ◆オリアーノ村から  2

       こちらは、少し北側を眺めて。
       一番奥に、雪を被った峰が覗いていますが、
       やはり、アルプスに連なるカンシーリオの山
       


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      ◆オリアーノ村から  3

       こちらも、地平線をご覧下さい。
       手前側に蛇行しているのは、高速道路で、
       左側4KMほど奥の、ヴィットリオ・ヴェネト南から
       私はいつもこの高速に入り、出かけて行きます。
       行く時は、「行ってきま~~す、お願いしま~~す!」
       ここまで戻ってきた時は、
       「お陰さまで、無事戻りましたぁ~、有難うございましたぁ~!」
       と、叫ぶのでありますよ。 へへへ。
       右に45KM先が、ヴェネツィアで~す。
       


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      ◆オリアーノ村から  4

       細長く、南北に続く丘の上を道が通り、
       その両脇に、村が細く続きます。
       そして、農家がかなり大きいのです、この村は。



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      ◆オリアーノ村から  5

       いつもスコミーゴ村から、ご覧頂いている
       オリアーノ村の教会です。
       そして、教会のすぐ裏の畑は、オリーヴ畑



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      ◆オリアーノ村から  6

       この辺り、行く筋も
       北からの丘が流れているのが、
       お分かりでしょうか?
       いつ見ても、見とれる程の
       美しい丘が、幾つもあります。

       右下の煙は、野焼きの煙です。



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      ◆オリアーノ村から  7

       丘の隙間に覗くのは、
       コネリアーノの町。



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      ◆オリアーノ村から  8

       オリーヴ畑の、白い花。



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      ◆スコミーゴ村  1
   
       オリアーノから、我が家に戻る、いつもの道。
       北境の山の雪は消えかけ・・。

       一番奥に並ぶ、階段状のコンドミニオ、
       右から2つ目の1階に、我が家があります。



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      ◆スコミーゴ村  2

       畑作りの準備が、始まっています。
       昨日耕していましたが、
       今日は、トウモロコシの皮を降ろしていますね。



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      ◆スコミーゴ村  3

       春の色、黄色
       連翹が、今、花盛り



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      ◆パスクワ

       この日曜日、23日が復活祭、パスクワ
       お店の飾りを、一枚どうぞ。

       では皆様、復活祭おめでとう!!
       Buona Pasqua a tutti !!
       
    
       

by italiashiho2 | 2008-03-21 05:08 | ・スコミーゴ村の四季 | Comments(4)
2008年 03月 14日

   ・・・ ソンチーノ ・ 中世の要塞と、印刷所 その2 ・・・

     今日は、先回に続き、ソンチーノのご案内です。
     スフォルツァ家の素晴らしい要塞のほかに、この町には
     有名な15世紀のユダヤ人の印刷所があります。
     今日はその博物館と町の様子など、そして偶然に知った
     映画レディ・ホークに使われた、もう一つのお城のご紹介を。

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      ◆印刷博物館ソンチーノ  1

       これが外観です。 午前中のみ開館しているので、
       下見に行った午後のこの時間には閉まっていましたが、
       この細く高い家の姿はサイトの写真でも見ていましたので、
       道の遠くから見てもすぐ見分けられました。
       ご覧のように3階建てで、窓は尖ったアーチの片開き窓
       


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      ◆印刷博物館ソンチーノ  2

       博物館の正式な名は、カーザ・デッリ・スタンパトーリ
       印刷者たちの家・ソンチーノ と言います。
       
       15世紀にドイツのスピーラ・Spiraと言う町、
       これは活版印刷を始めた、グーテンベルグが
       生まれた町に近いという事ですが、
       その町を追放されたユダヤ人家族
       このソンチーノに住み印刷業を始め、
       そしてここで、1488年4月、世界で最初の
       ヘブライ語の聖書 完全版が印刷されました。
       グーテンベルグの活版印刷の発明から
       わずか30年内の事です。

       印刷人の名は、イスラエル・ナーサンと言い、
       薬業もしていた人で、一族は金融業だったとの事。
       この博物館の管理人の説明によると、
       当時のミラノ大公スフォルツァ公の依頼で、
       このソンチーノの要塞の為にお金を融資し、
       引き換えに、住み、印刷業をする許可を得たと。
       彼の兄弟が既にソンチーノに居た様子ですが、
       ドイツを追放された後、初めて受け入れてくれた
       この町ソンチーノに感謝を捧げ
       出版物にSoncino と名を入れ続けました



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  3

       管理の方が、実際に印刷する様子を
       やって見せながら、説明してくれました。
      
       鉛の版をまず油を浸した布で拭き清め
       (この油は、オレンジの香りがしました)
       そして、版にローラーでインクを載せます



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  4

       一方、こちら側の版に、紙を挟みこみます
       触ってみましたがかなりの厚さの紙。
       
       布切れを水車を回してほぐし
       そこから紙を作ったそうで
       水車は要塞の近くにあった、と。
       確かに!
       前日の夕方近く、その水車を見かけ
       写真を撮ってありますので、
       おいおいご覧頂きます。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  5

       紙を挟んだ側を前に倒し、
       プレスの下に押し込みます。
       そしてこの様に、プレス機のハンドルを
       手前に回しながら、印刷・プレスします

       大変ユーモラスだったのは、この写真の方が
       博物館の管理説明の方なのですが、
       プレスのハンドルを7回手前に引いて
       印刷するのですが、
       ワン、ツー、スリー、フォー、・・と
       ここだけイタリア語訛りの英語!

       7回というのにも、それなりの意味があり、
       7つの不思議とかありますね、
       それに由来するそうです。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  6

       はい、出来上がり、刷り上がりです。
 
       これが、このソンチーノのこの家で、
       1488年4月22日、世界で最初に印刷された
       完全版 ヘブライ語の聖書 最初のページ

       ご存知のように、ヘブライ語は
       右から左へと読みます。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  7

       こちらは、博物館1階展示物の一部。 

       右側上の小さく区切った部分には、
       鉛の活字、そして木製の活字が収められ、
       壁に見える真ん中の小さい紙、
       そして左の大きな紙には、
       ヘブライ語のアルファベット

       当時まだヘブライ語の辞書が無かったそうで、
       イスラエル・ナーサンは辞書も作ったのです
       左の大きな紙は、その辞書の説明しているのですが、
       分りやすいようにと、子供の図が
       その言葉の説明を補っているのです
       例えば、雫という言葉には、
       そのアルファベットの下に
       子供が口をあけて雫を受けている、という様に。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  8

       こちらも1階にある手動の印刷機で、
       先に、実際に印刷して見せてくれた
       印刷機と共に、
       この博物館には、19世紀の終わりから
       20世紀の初頭にかけての
       手動の印刷機が展示されています。

       壁にかかっている図は、
       活字を作る職人、図柄の職人、など
       かっての印刷に関する様々な仕事の様子。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  9

       2階部分の様子。
       印刷員の一家、というのは、
       一体何人くらいいたのかと尋ねましたら、
       印刷に関する全ての仕事をする一族、という意味で、
       十数人だったろうとの事。

       手振れしていますが、
       中世の家の内部をご想像下さい。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  10

       2階展示部分。

       この木製手動印刷機は
       当時15世紀の印刷機の複製

       この形の印刷機で、画期的な印刷物が
       当時生み出された事になりますね。



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      ◆印刷博物館ソンチーノ  11

       3階まで上がって見下ろしました。
       この辺り、15世紀当時はユダヤ人たちの
       居住区でもあったそうで、近くには
       ユダヤ人墓地も、多分シナゴーグもあったろうと。

       このソンチーノに住み、ヘブライ語の聖書を
       世界で最初に出版したユダヤ人一家は、
       僅か10年ほどで、カトリック教会の反対で
       他の町に移らざるを得ませんでした。
       どこ、どこへ、と管理人が数え上げる町の名を
       聞くのも辛くなるほど次々と移住し
       最後は、コスタンティノープル(イスタンブール)
       にまで移住します
       印刷物に、ソンチーノの名を入れ続けながら



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      ◆ソンチーノの町  1

       この町は、ロンバルディア・ミラノ公領と
       ヴェネツィア共和国の狭間にあり
       何度も振り動かされますが、
       最後はスペイン領、そしてオーストリア領
       なりながら、衰退していきました。

       城壁に囲まれた小さな町ですが、
       養蚕業も盛んな繁栄した町だった様子で、
       要塞のすぐとなりに、大きな
       かっての製糸工場の跡があり修復中でした。

       これは、町の一番大きな教会
       サンタ・マリア・アッスンタ
       12世紀創設の、かっては
       クレモナ司教区の第一の教会だったと。
       そう、このソンチーノの町は、
       ヴァイオリンで有名なクレモナの近くでもあります。



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      ◆ソンチーノの町  2

       サン・ジャコモ教会の美しい回楼部分
       この教会の正面は、先回ご覧頂いた
       コムーネ前の広場に隣りあってありますが、
       ゴシック様式に改装されています。



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      ◆ソンチーノの町  3

       サン・ジャコモ教会の鐘楼。
       なんと珍しい事に7角形なのですね。

       印刷博物館の管理人が、小学生に聞くように
       あの鐘楼は何角形か?と、私に質問。
       前日に既に見ておりましたから、へへ、
       「七角形で~す!」と。
       いや正直に言いますと、
       七角形という言葉は、覚えておりませんで、
       指で7を示したのですが正解は正解! はは。
       エッタゴナーレ・ettagonaleというそうです。



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      ◆ソンチーノの町  4

       コムーネ前広場から南に走る、
       町一番の大通りコントラーダ・グランデ。
       大きな建物、リバティー様式の建物なども
       並んでいますが、どうもイマイチ馴染まずで・・。
       
       こちらは古いポルティコが続く西側の一部。



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      ◆ソンチーノの町  5

       上の建物に続く西側の建物群。

       写真でご覧頂いてわかる様に、
       交通量が多くなく駐車も出来ますが、
       なにせ道が狭いので、ほとんどが一方通行。

       町の地理が飲み込めていない最初は、
       何所をどう行ったらどうなるのか分らず、
       あっちへ行きこっちへ行き・・。
       遂に、車の近くにいたシニョーレに尋ねました。
       「スクージ、町から出るにはどう行くのですか?!」
       


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      ◆ソンチーノの町  6

       この可愛い、愛国者的、自転車!



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      ◆ソンチーノの町  7

       城壁に囲まれた町の外にある、
       サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
       要塞の受付の女性も、印刷所の管理の紳士も、
       見に行くようにとお勧め。

       15世紀末のルネッサンス様式で、
       正面はご覧のように変哲なく。



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      ◆ソンチーノの町  8

       が内部は、ご覧の様にすべて
       フレスコ画で装飾されており、見事
       テーマは、最後の審判との事ですが、
       実際は写真の様には明るくなく、
       ガイドの説明があったらと思いました。



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      ◆ソンチーノの町  9

       こちらも城壁の外、要塞近くにある家。
       あ、水車がある、何の水車だろう?
       と、最初の夕方写した写真です。

       そばに寄って見ると、鉄の歯で、
       山奥の粉引きの水車とは違うとは
       想像したのですが、
       印刷博物館のシニョーレが、
       布切れを潰し、紙を作っていたもの
       教えてくれました。



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      ◆ソンチーノの町  10

       こちらは、上の写真の水車の家にも程近く、
       要塞のすぐ近く。
       かなりの水音が聞こえ、家は廃屋となり
       水車も回ってはいませんが
       写真にも見える水路を水が流れ
       この傾斜地にもう一つ水車の家が。



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      ◆ソンチーノの町  11

       先回ご覧頂いた、スフォルツァの要塞。
       今、夕霧に霞んで



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      ◆ソンチーノの町  12

       ぐるっと町を囲む城壁の外に
       道が巡っています。
       なだらかにカーヴする並木道
       行きましたが、1車線の細い道で、
       道の向こうの先で既に一台、
       待っていてくれました。



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      ◆養蚕  1

       ソンチーノの宿を探していて、
       昔ながらの養蚕をしているアグリトゥリズモ、
       というのを見つけました。
       長野育ちの私には、蚕というのは
       思い出深いものがあり、電話し、
       シニョーラを尋ねました。

       これは昨年の繭の一部。
       ほんに細い透明な糸の一筋が
       意外に強い強さで指に触れ
       軽い驚きを味わいました。



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      ◆養蚕  2
       
       彼女フランチェスカは大変喜んで、
       現在、昔ながらの養蚕をしているのは
       彼女一人の事
       農薬の被害で蚕が死ぬ率が高く
       おまけに大変繭が安い事、などなど
       話してくれました。

       そしてイタリアの養蚕業者と
       日本の群馬の養蚕試験所とが  
       姉妹提携しているそうで、
       日本から視察に来られた方の
       名刺に出会いました!

       またイタリアの養蚕はヴェネトが一番
       中心である事も教えてもらい、
       桑の葉を小さく切る鎌の器械や、
       アーゾロでの手織りの絹織物店の事など
       いろいろ思い出す事があり、
       そう言えばと納得した事でした。
       
       少し掘り下げて調べてみたい
       気持ちになりました。
       


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      ◆トッレキアーラの要塞  1 (写真 Bell'Italia)

       ソンチーノの要塞は、映画レディーホーク
       使われた事は先回ご紹介しましたが、
       DVDで確かめてみて、
       悪の司教の館として使われた城が、
       何所の城なのかと疑問でした。

       が、1週間も経たぬうちに偶然本屋さんで
       旅行雑誌の表紙の城を見て、??!! 
       
     
       パルマの南15キロにある、
       トッレキアーラ・Torrechiara 
       にある要塞だったのです。



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      ◆トッレキアーラの要塞  2 (写真 Bell'Italia)
 
       そしてここは大変に有名な要塞である事も
       知りましたので、少し雑誌の写真でご紹介を。

       なんで有名なのか、つまり、
       15世紀のパルマの領主 ピエール・マリア・ロッシと
       その隠れた愛人 ビアンカ・ペッレグリーニとの
       愛の巣だったと。
       
       という事で、有名な金の寝室というのが、この写真。
       壁上部のフレスコ画に、騎士が貴婦人の前に
       跪いている図柄も見えますね。
       もっと上部には、ビアンカが巡礼姿で、
       (姓のペッレグリーニは、巡礼の意味なので)
       彼の30もあったという城を、愛を求めて巡る
       図柄になっているのですぅ! あ~あ!



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      ◆トッレキアーラの要塞  3 (写真 Bell'Italia)

       金の寝室という呼び名は何所から来たか?
       上の写真の暖炉周りの壁が、
       陶板装飾になっていますが、
       その細部がこちらです。

       真ん中にハートが2つ重なる(!)デザインで、
       これがかっては、金色に塗られていたのだそう。

       彼らの後、この城はスフォルツァの物にもなり、
       変遷の後現在は国の持ち物で修復され
       素晴らしいこのお城も、
       3エウロで見物できるそうですので、
       はい、チャンスを捉えて、
       見に行こうと思っとりま~す
           
       





by italiashiho2 | 2008-03-14 02:21 | ・ミラノとロンバルディア州 | Comments(14)
2008年 03月 07日

・・・ ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その1 ・・・

     今日は、小さな村、とも言えそうな、ソンチーノ・Soncino
     のご紹介です。  中世のミラノ大公、スフォルツァ家の
     素晴らしい要塞・Rocca Sforzesca があり、また、
     15世紀のユダヤ人の印刷所であった家が、今博物館となっている、
     思いがけない程の歴史を持つ、城壁に囲まれた町、です。
     先週、霧の続く日に行ってきましたが、写真が多いので
     2週に分けて、ご覧頂きます。  では、どうぞ!

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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  1

       なんとも、素晴らしい威容を見せる
       要塞です。
       そしてこの要塞は、映画 レディホーク にも
       使われているのですね。
       はい、先日DVDを見て、間違いない事を確認いたしました!



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  2

       こちらが、一番の主要な、正面の門ですが、
       ご覧のように、そう大きくも見えず、
       平地の、平城のように見えますが
       門に架かる橋は、跳ね橋で、その下がぐっと深い
       空堀になっていて、外の堀には水が入っていたそうです。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  3

       この要塞は、月曜日以外の午前中見物でき
       印刷博物館との共通入場券で、なんと、たったの3エウロ。
       おまけに60歳以上だと、おまけしてくれます!
 
       町に着いたのが午後で、要塞も閉まっていましたが、
       霧が少し晴れ、薄日が射したので、
       下調べを兼ねて、写真を撮りに出かけました。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  4

       こちら、要塞の北西部分の外堀です。
       映画 レディーホークでは、この堀に水がたたえられ
       手前左側の跳ね橋から、騎馬兵士が行き来していました。
       今、跳ね橋は上げられていますが、翌日朝見物した時は
       跳ね橋が下ろされていて、様子が偲ばれました。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  5

       上の写真に見えるように、外堀部分には
       緩やかな傾斜で降りれる様になっているので、
       そろそろと行ってみました。

       パッと見える感じとは、大変な違いで、
       奥行きの広い事、そして要塞の壁の高い事
       威圧されます。
       真ん中に低く見える、半分切れた橋は
       イザという時の、隠れ跳ね橋が下りての、
       逃走用だそうです、と言う事を
       翌日の、場内見物で知りました。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  6

       要塞全体の構造は、四角な中庭が2つ続き
       それぞれを繋ぐ角々に、塔がある形で、
       その4隅の塔は、上の写真に見える
       西端のみが円形です。

       こんな風に丸く、そして上部に
       テラコッタの聖母子像が、納められています。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  7

       聖母子像です。
       が、残念な事に、キリスト像の頭部が欠けてしまって。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  8

       外堀のすぐ北側を、川が流れます。
       
       この川は、町の北側から東を囲んで流れ、
       要塞にも入り込み、そして水車を回し
       かって、この町は養蚕業も盛んでした
     


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      ◆早春の野 

       要塞をぐるっと一回りしつつ、
       周囲に広がる野原、畑を眺めます。
       トラクターが動き、畑仕事の準備も進み、
       家の裏庭を通ると、暇なワン君達が走りより・・。
       春近し!


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      ◆さて、ソンチーノはどこに?

       では一体、ソンチーノなる町はどこにあるか?
       私も1年前まで、聞いた事もありませんでしたが、
       偶然、ガルダ湖畔の製紙業について調べていて
       この町の存在を知りました。
       そしてサイトで見ると、なんともの凄い要塞が
       在るではないですか?!
       これは、ヴェネツィア共和国と、ミラノのスフォルツァ領との
       ちょうど境界線にあるため、築かれたのですね。
      
       おまけに、相前後して読んでいた本により、
       このソンチーノで、エッツェリーノ・ロマーノ3世
       死んだ事を知り、行ってみたくて堪らなくなりました。
       が、今回漸く訪れるチャンスが、やって来ました。

       ヴェネツィアからだと、高速で、パドヴァ、ビチェンツァ
       ヴェローナ、そしてブレーシャから、南西に44kほど
       我が家からだと、総計275キロほどの距離になります。
       地図、北上のベルガモから E64(A4) を西に行くと、
       ミラノです。



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      ◆泊まった宿では、  1

       ソンチーノから西に3キロほどの、
       アグリツゥリズモ・コルテーゼ・Cortese
       という所に2泊しました。
       http://www.allevamentodelcortese.it
       Tel 0374-84836
       アグリツゥリズモの宿については、このサイトの最初に出る
       お馬ちゃんの写真をクリックすると、
       左側にカテゴリーが出ますから、その内の
       L'agriturismo という所をクリックしてください。
       お部屋の写真などがご覧いただけます。

       ここは、障害競走用の馬の飼育、教育をしているのですね。
       初めて、お馬さんの鼻ずらを撫でさせて、貰いました!
       暖かい、柔らかい!! 感激!
       このお母さん馬は、私が柵に近よると、
       こんな風に、早速近寄ってきました。



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      ◆泊まった宿では、  2

       このお馬ちゃんは、3歳になったところで、
       横棒を渡る訓練を始めた所
       こんな風に、地面に寝かせた横棒を横切るのですが、
       右の最初の一本は、楽に渡るのが、
       この2本めの前で、ためらいます。
       教育係のお兄さんが、そばにも寄り、ホラと
       励ましてやると渡り、その繰り返し。
       
       TV中継で見る、150センチとかの高さの横棒を
       見事に飛び越えるお馬さんも、
       最初は、こんな訓練からなのですね。
       4歳になると、飛び越える訓練を始めるそうで
       日本の競馬のように、走るサラブレットとは
       馬の種類が違い、遅く始める代わりに
       10歳15歳になっても、現役の競走馬なのだそう。



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      ◆泊まった宿では、  3

       暫くすると、少女たちが集まってきて、
       乗馬教室も、始まりました。
       2日間で6人見ましたが、いずれも少女のみ!
       イタリアの男の子は、サッカーだけかいな?

       この少女はまだ幼く、10歳になっているかな?
       この日の彼女は、手綱を持たず鞍を持ち、
       時に言われて、片手を横に上げたりの
       練習をしていました。
       右がここのご主人、フランコさん。


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      ◆泊まった宿では、  4

       この少女は、なかなかの美少女。
       それに、こんな少女達が、
       大きなお馬さんを御しているのは、
       なかなか見事な眺めです!



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      ◆泊まった宿では、  5

       上の少女の後、4人一緒の練習が始まりました。
       この彼女が、どうやら一番の年長で、
       と言っても、13,4歳と思うのですが、
       そして一番上手く、慣れていました。
       そして、彼女も、なかなかの美少女。



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      ◆泊まった宿では、  6

       2棟ある厩舎には、今18頭ほどいるそうで、
       窓から顔を出すのを、順番に撫でさせて貰いました!
       一頭、撫でると、すっと目を細めてくれるのがいて、
       こういうのは、本当に嬉しい!!

       このチビちゃんは、2週間半前に生まれたそうで
       お母さんが神経質になり、見せまいと、
       ひっきりなしに、前を行ったり来たり。
       柵の位置が高く、隙間からやっと一枚。
       チビちゃんの鼻先が、切れてしまいましたぁ。



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      ◆泊まった宿では、  7

       馬達だけでなく、この農場には、
       家鴨、鴨、鶏、それもいろいろな種類がたくさん!
       それにこんな、半身色分けの、ヤギ君も。



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      ◆泊まった宿では、  8

       こんな様子では、どちらがオスで、
       どちらがメスかも分らず、
       小さいながら、角も持っているので、
       頭突きを食わされないように、とこちらは用心。
       が、彼らのこの顔つきを見ると、
       これは何者? と向こうも思ったようで・・!



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      ◆泊まった宿では、  9

       それに、これは何?!
       家鴨の大きな様子でもあり、
       ガチョウの血が入っている様でもあり・・?!
       そしてこの後の、白黒と、白茶黒班も何者? 
       そして、そしてこの2羽の関係は?!
      
       家鴨どもといったら、まったくうるさい奴らで
       警戒警報の叫びを上げながら、
       金網の向こうを、ついて回るのです。



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      ◆霧の朝  1

       翌朝は、恐れていた通り、
       前日よりももっと深い、霧の朝となりました。
       宿のすぐ前の、小川沿いの道。



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      ◆霧の朝  2

       視界は、どの位かな?
       部屋の窓からは、まったく真っ白でしたね。



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      ◆霧の朝  3

       こちらが母屋で、大きな農家です。
       一泊朝食付きで、25エウロ
       私は夕食も頼み、ワイン1本づつ飲み、
       (部屋に持ち帰り、勿論余りました!)
       計70エウロ払いました。 安い!!
       
       で、下宿しているらしい若者男女1名づつと
       テーブルは別ながら、同時に朝食と夕食を。
       これが、意外と楽しかった、と言うのも、
       彼のほうがゲイで、それで、彼女は気軽に、
       大いに喋るのですね。
       話の内容までは追求しませんでしたが、
       彼の如何にもゲイらしい、話しぶり、しぐさに
       私は、大いに傍で楽しみました!



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  9

       まず印刷博物館に行きましたが、
       ここのご案内は、来週にし、
       要塞の内部を、ご覧頂きます。

       これは、要塞の正面入口、跳ね橋の下の部分
       この部分は、空堀ですが、大変深く
       壁の傾斜は、直立に近いです。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ 10 
     
       入口を入った、最初の中庭。
       この右手に、昨日の部分でご覧頂いた
       跳ね橋に通じる、門があります。

       この中庭が、映画レディーホークに、
       何度も登場していました。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  11

       上の写真に見える中央部分から、逆に
       最初の中庭、入口部分を見た所。
       この部分も、周囲の壁の上に通路が見えますが、
       現在は、登れません。
   
       入口脇に見える、切符売り場の女性に尋ねました。
       「この要塞で、エッツェリーノ・ダ・ロマーノが
        死んだ、と読んだんですが・・」
       彼女は、それは伝説の類で、実際は、コムーネの建物で
       死んだのだと思う。  コムーネに牢があったというから。
       それに彼が死んだ年には、まだこの要塞はなかった
       と、いとも明快な答えをくれました。
       まさに!!  
       エッツェリーノは、1259年に死に、
       この要塞は、1473年に建設されたのでした!
       誰だぁ、数字に弱い頭に、こういう嘘を吹き込んだのはぁ?!

       エッツェリーノ・ダ・ロマーノ3世については、
       こちらに、ご紹介を。
       http://italiashio.exblog.jp/4289495

       昨年、彼についての本を2冊、
       小説と、郷土史家の書いたものを読みました。
       半伝説的人物にもなっており、
       おどろおどろしくもあり、なお魅かれる部分もあり・・、
       
       


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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  12

       10の写真でご覧頂いた門をくぐった所、
       奥の中庭で、広く、四角く広がり、
       左に井戸があります。
       中庭の四隅に塔が立ち、これは南西の塔
       下側右に続くオレンジの建物は、住居用だったそうです。

       建物手前に見える階段から、
       周囲を囲む、壁の上に登る事ができます。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  13

       オレンジ色の、住居用建物の、軒下。
       裸身の男性像と、花柄、子供(天使?)との組み合わせ。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  14

       先ほどの階段を上がった上、南西の角の塔は、
       礼拝堂に使用されていた様で、
       消えかかった聖母像も見え、
       中央に、スフォルツァ家の紋章も見えます。
       
       両脇に、木の下に座る犬の姿、そしてその後に
       神々しい手が見えます。
       これが何を示すのか、まだ知りません。
       ご存知の方、お教え願います。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  15

       鮮やかな色が、残ります。
       この犬の姿、そして手、木です。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  16

       周囲を囲む壁の上の道
       2Mほどの幅は十分にあり、真っ直ぐに、
       四角く、中庭を囲みます。
       これは南西から、北西の円形の塔に続く道。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  17

       上の道の途中より、中庭への入口の門部分を。
       
       全てが、煉瓦の積み重ねで
       まさに、圧倒される量感です。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  18

       塔の上の道の隙間から。
       彼らは、印刷博物館でも出あった
       ベルガモからの中学生。
       引率の先生と、総勢15,6人の小人数で、
       土地のガイドの女性が、大変詳しく説明します。

       イタリアの、こういった、その土地のガイドは
       大変に熱心に、詳しく説明してくれますが
       こういった制度は、余り日本には無いですね。
       相手が理解するかどうかよりも、それ以前の
       種まきの作業に似ている、と思いますが、
       大切なチャンスを与えているのでは、ないでしょうか?
       


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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  19

       北東角の塔と、奥の中庭への門。
       塔の下に、張り出した屋根が見えますが、
       あそこから、地下に階段が付いていて、
       恐る恐る降りてみました。
       暗い電球で、こういうのは、余り好きでないのですが・・。
       ありがたい事に、牢ではなく、
       緊急時の、逃走用の跳ね橋(写真5)
       に続く地下道でした。



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      ◆ロッカ・スフォルツェスカ  21

       とにかく壁が厚いので、その厚みを利用して
       何箇所か、出窓のようにしているのを 
       見かけました。
       この出窓は、上の写真の塔の、横部分。



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      ◆要塞からの眺め  1

       要塞正面に見える、由緒ありげな建物。
       左に見える道は、要塞の正面の門から、  
       真っ直ぐに、町に続く道。



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      ◆要塞からの眺め  2

       西側の壁の上からの、農家の眺め。
       いかにも、中世の村の家、の面影
       向こうの畑は、すっかり霧に霞んで。



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      ◆要塞からの眺め  3
  
       南側の壁の上から、町中が見えます。
       左の時計の塔が、コムーネの塔で、
       その左に丸く壁が見えるのが、
       コムーネの建物。



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      ◆コムーネの建物と、時計塔

       要塞入口の女性が、このコムーネに
       牢があったというから、多分エッツェリーノは
       そこで死んだのだろう、と教えてくれたので、
       では、とコムーネに行き、受付の紳士に尋ねました。       

       この正面の建物の右手に、広場を囲む形で
       現在のコムーネも続いていますが、
       受付のシニョーレは、こう言いました。
       今の建物は、改装されて大きくなり、
       牢もありません。  当時は多分、
       隣の塔の下に、牢があったのでしょう、と。

       という事で最後は、塔の下に現在ある、
       モダンなバールに行き、熱いココアを飲みました。
       ゲーム機が並び、エッツェリーノの面影を
       偲ぶよしもなく・・
       でも、納得!

       という事で、来週は、印刷博物館のご案内です。
       お楽しみに!



      

by italiashiho2 | 2008-03-07 02:32 | ・ミラノとロンバルディア州 | Comments(4)