イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2008年 10月 28日

   ・・・ オリアーノから、コネリアーノに ・ 秋の道、秋の色 ・・・

     この日曜日から、イタリアは冬時間になりましたが、
     日中はまだまだ暖かく、秋の色がとても綺麗です!
     朝から煌くような陽射しの、この日曜の朝、
     オリアーノ村から、コネリアーノへの道を辿り
     イタリアの、ヴェネトの秋の色を、写して来ました。
     日本の紅葉と違う、イタリアの、静かな黄葉の秋をどうぞ!

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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  1

       オリアーノ村の教会です。
       右下に見える道をぐっと下って行くと、
       我が村スコミーゴに続きます。

       教会との間に、もう一本ガードレールが見えますが、
       この道は丘の上を通りつつ、ヴィットリオ・ヴェネトの、
       チェーネダ・Cenedaに続きます
       多分この道が、コネリアーノとチェーネダを繋ぐ
       古街道だったのではないかと、思われます。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  2

       オリアーノ村の標高は、150m程ですので、
       教会前の道からの眺めが、大変素敵です。
       お天気は大変良いのですが、少し靄がかかって残念。
       
       少し見え難いですが、黄葉の向こう中央、
       教会の鐘楼が見える所が、コッレウンベルトで、
       その左奥に、サン・マルティーノの村の鐘楼も見えます。

       イタリアの町、村には、必ず中心に教会があり
       遠くからもその鐘楼が見え、位置がよく分ります
       


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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  3

       後ほどたくさんご覧頂きますが、
       左下に見える、葡萄畑の葉の色が
       茶色になって来ているのです。
       今年の葡萄摘みは、昨年よりも遅かったですが、
       それでも、9月の末には大方済み、
       年明け早々の剪定を待つ、休暇中。

       逆光に光る、細い草。   
       奥に見えるのは、ヴェネツィアに続く高速道路で、
       これを通って、旅行に出かけて行きま~す。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  4

       今回唯一の、紅葉!
       これは木ではなく、草ですが、
       ああ、名前がぁぁ・・。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  5

       この道を、週に最低5回は、往復します。
       週2回通うプールも、この道筋にありますし、
       コネリアーノに出るのに、都合も良いのですが、
       何度通っても、飽きないのです。
       季節ごとの美しさも勿論のこと、
       丘を巡り、坂を下り、また上り
       景色を愛でながら、通って行きます。

       この景色に出る前にも、素敵な場所があるのですが、
       カーヴ、上り下りの連続で、
       道幅が狭く、路肩に寄せる場所も無いので、断念。
       歩くには、7K程ありますし・・。
       
       奥に見える丘の向こうに
       コネリアーノの町があります。
       夫の入院中、病院から毎晩この道を
       タクシーで戻っていましたが、一度この道を、
       110Kで走られて、肝を冷やした事があります。
       街灯などない夜道の、カーヴの上り下り。
       ご想像を!!



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  6

       上の写真に見える大きな家の、
       カーヴを下り、曲がった所です。

       一番奥の丘の上、塔が見えますが、
       あれが、コネリアーノのお城の塔で、
       町の北の丘に当ります。

       中程に広がる茶色の丘、あそこには
       夏の間、トウモロコシ畑があるのですが、
       今すっかり耕されて、土の丘。
       冬はずっと、この土の風景が続きますが、
       コネリアーノからの戻り道は、
       すぐ近くで、カーヴしているので、
       目の前に、ワッと、土山が迫り、
       いつも、ああ、良いなぁ! と。

       かなり大きな土山で、今回どうしても
       その大きさ、高さが、写しきれませんでした。
       どう撮ったら、あの感じが撮れるのか、
       消化不良のままです。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  7

       今、この坂道を、自転車クラブの面々が
       上ってきますが、この前にも既に2人が。

       イタリアは、やはり自転車の人気が高く
       平日でもよく見かけます。 が、
       日曜日ともなると、こんなグループから、
       2人連れやら、1人やらに、たくさん出会います。
       カメラを向けると、皆嬉しそうに、
       声をかけて行きます。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  8

       これは、先ほどの、大きな家の西に見える風景。

       アルプスの流れの、最後の山々が終わり、
       この辺りに、行く筋もの丘の流れができ、
       コネリアーノの向こうは、南にヴェネト平野が、
       東には、フリウリの平野が開けます

       そんな丘の流れのひとつで、
       また向こうに、丘の流れが見えますね。
       靄がかかって、本当に残念ですが、
       それでも、黄色から、茶色のハーモニー
       イタリアの秋の色は、感じていただけますよね?



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  9

       これは、コネリアーノへの最後の丘の坂道
       こんな風に、松の並木が続き、
       大好きな坂道です。

       スコミーゴ村から、オリアーノに上り、
       そこからの道筋に、一体幾つのカーヴがあったっけ、
       と、思い出して数えてみました。
       オリアーノからは、全部で7つのカーヴ
       すべて、丘を巡りつつの、下り坂ですが、
       最後に、この上りの坂道があります。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  10

       上の写真の、左に見えた葡萄畑、
       坂道の上から、逆方向に見ています。

       葡萄の葉の色が、縞みたいに
       色が違っているのが、お分かりでしょう
       なぜかは知りませんが、とても綺麗。

       葡萄畑の形のカーヴの様に、
       道がカーヴして、左の中程にちょっと見える
       土山を巡って行きます。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  11

       葡萄の葉の色を、アップして見ました。
       なぜ、こんな風に?! って、
       不思議に思われません?
       同じ畑で、何で、こんなに色が違うのでしょうね?



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  12

       この葡萄畑、実は大変広いのです。
       丘の傾斜に広がるので、広さが写り切りませんが、
       こんな感じに、畝が続きます。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  13

       先ほどの坂道を上り切った所からの、眺め
       丘の上に、お城の塔が見え、
       手前に、コネリアーノの町が始まりますが、
       中心街は、丘の向こうです。

       手前の木々の左奥に、プールがあり、
       その右に広がる、小さな柵のような物が見える所、
       あそこに、馬場があります。
       厩舎は、もっと右奥にありますが、
       この春頃、かなり本気に、乗馬を習いに行こうかと・・。
       
       時々、馬の姿が見える事があるので、
       ひょっとして、と眺めていましたら、
       写真を撮って! という声が後から・・。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  14

       なに?! と振り向くと、
       このシニョーレが、
       すぐ上の小道を、カポッ、カポッと。

       わっ、わっ、モチロン、モチロン!!
       


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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  15

       上の坂道を下りきった所に、プールがあり、
       これは、その駐車場です。
       
       夏の間は、木々の影に駐車してたのが、
       少し前から、平気で木のない所に止め、
       そして先週、プールの建物から出て来た所で、
       すっかり、景色が変わっている事に気がつきました
       黄葉して、良い色になっていたいたのが、
       殆ど裸木になり、空が広く見えるようになったのですね

       右奥に大きなお家が見えますが、
       この辺り、かっての町外れだったのでしょう、
       中心街の、古い何世紀もの建物とは違う
       大きなお家が、続きます。



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      ◆オリアーノ ~ コネリアーノ  16

       広い駐車場に、影を作ってくれる
       シナの木・ティーリオ です。
       初夏に、薄緑色の、大変香の良い花が咲き、
       花の終わりには、車の上にいっぱいカスが落ち、
       今、ほんの少しの葉が残り。
       季節が、また移って行きます



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      ◆オリアーノ ~ スコミーゴ  1

       プールの駐車場から、オリアーノまで戻り、
       教会の裏の景色を覗きに行き、
       戻ってきましたら、スコミーゴへの道脇にある
       サッカー場で、試合が始まるのに出会いました

       観客、親戚、友人、家族の数は、
       全部で5,6人ほどなのですが(!)
       ちゃんと正式に、隅から列を作って出てきて、
       こうして一列に並んで、ご挨拶を。



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      ◆オリアーノ ~ スコミーゴ  2

       中央でボールを蹴って、始まりましたが、
       う~ん、到底、ゴールまでは待てないよぅ!

       でも、控えの選手が見えない。
       皆、元気で丈夫なのか
       それとも、
       双方、ヨレヨレになるから、同じ事なのか?!



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      ◆オリアーノ ~ スコミーゴ  3

       スコミーゴ村に下ってきた所から、
       オリアーノの教会を。

       標高は、スコミーゴの方が10m低い、
       と公式記録にはあるので、
       スコミーゴの高い位置にある教会が、
       その基準なのかも。



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      ◆スコミーゴ村  1  

       郵便局の隣にあるお家の、ザクロ
       少し小粒ですが、
       赤く熟れて、美味しそう!
       イタリアのザクロは
       本当に甘くて、美味しいのですよ

       ウ~ム、家が近すぎる!



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      ◆スコミーゴ村  2

       郵便局からの道脇にある、葡萄畑。
       その奥にある、別の葡萄畑とトウモロコシ畑、
       そのまた奥に、早春に緑の花を見せてくれる
       野生のクリスマスローズの、場所があります。

       これは、その奥の方の、トウモロコシ畑
       枯れて、逆光に透き通って見えます。



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      ◆スコミーゴ村  3

       日中の暖かさのせいか、
       北からの風が、遮断される位置だからなのか、
       まだ、タンポポが咲き、
       丸く白い、旅立ち準備OKのも。



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      ◆スコミーゴ村  4

       スコミーゴ村の葡萄畑
       ここの葉は、まだ、緑がたくさん残って。



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      ◆スコミーゴ村  5

       スコミーゴ村のはずれ。
       見事な畝が続き、まだ、平地の畑よりも、
       茶色が少ないような。



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      ◆スコミーゴ村  6

       我が家のテラスから、コンドミニオの庭を。
       常緑樹の植木の緑、草の緑
       黄葉、そして落ち葉の茶色

       今の季節、朝、テントを上げて見る、
       イタリアの秋の色です。

      *◆*
       天正の4少年使節の関連で、マントヴァにも行きました。
       その写真、記事の整理が遅れていますが、
       次回、11月早々にはご案内できると・・、はい。
       よろしくお願いいたしま~す!

by italiashiho2 | 2008-10-28 00:21 | ・スコミーゴ村の四季 Scomigo | Comments(9)
2008年 10月 22日

   ・・・ バロックのフィレンツェ ・ レッチェ その1 ・・・

     今日は、月一ゲスト、グロリオーザさんの写真とコメントで、
     レッチェ・Lecce をご案内いたします。 ではどうぞ!
 
     今月と来月は、プーリア州南部の都市レッチェを紹介しようと思います
     長靴の形をしたイタリアのかかと付近、サレント半島に位置する中心都市です
     この街は旧市街が至る所バロック芸術で埋めつくされており
     ”バロックのフィレンツェ”と称されます。
     バロックといえば、ローマのナボーナ広場の彫刻などで有名な
     ベルニーニが代表的な彫刻家ですが、ここレッチェのバロックは
     スターはいない代わりに、個々の職人たちが腕を競った
     総合的なバロックの面白さを見せてくれる場所だと思います
     ただ、その典型は次回に回して、
     今回はドゥオモ広場を中心とした、優雅な風景をお見せします。

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      ◆古代遺跡  1 
 
       まずは古代遺跡から。
       街の守護聖人の名を冠した、サントロンツォ広場
       S.Oronzo のすぐ横に、ローマ時代の円形闘技場があります。



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      ◆古代遺跡  2

       1900年に建築工事が行われた際、
       地下に埋もれていた、この遺跡が発掘されました。



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      ◆ジェズ教会  1

       そこから少し行くと、ジェズ教会があります。
       ジェズ教会といえば、ローマの教会もバロックの代表的なものですが
       ここのジェズ教会もまたすごい
       よじれたような円柱が祭壇を取り巻いています。
       まるで中尾彬のねじねじがずらりと並んだような壮観さです。

       ***で、中尾彬のねじねじ、ってどんなのですか?!
           と、中尾彬 って、俳優の?!  ・・・shinkai



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      ◆ジェズ教会  2

       それに彫られた彫刻もこんな風です。



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      ◆結婚式  1

       街の中心・ドゥオモ広場に向かいましょう。
       大聖堂、鐘楼、司教館などに囲まれた
       この広場は市民の憩いの場所です。
       正装したカラビニエーリのグループがいたので、
       何があるのか聞いたところ、友人の結婚式だということでした。
       ちょっとブラッド・ピット似のハンサムを記念撮影。



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      ◆結婚式  2

       広場に花嫁が到着しました。
       まるで映画のワンシーンのような光景でした。



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      ◆結婚式  3

       一緒に中に入れてもらって、式の模様を一枚。
       とても厳粛で美しい式でした。



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      ◆ドゥオモ  

       このドゥオモのクーポラ
       天井画が描かれています。



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      ◆

       この後少しカフェで休んで外に出たら、
       虹がかかっていました。
       南イタリアでは初めて見る虹です。



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      ◆ドゥオモ広場  1

       広場に戻ったら、
       鐘楼が夕陽で赤く染まっていました。



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      ◆ドゥオモ広場  2

       ライトアップが始まった広場の光景です。
       この写真ではあまりよくわかりませんが、
       いつの間にか沢山の市民が広場に集まり始めました。
       南イタリアでは、昼間はまるでゴーストタウンを
       思わせるような静けさの街並みが、
       夕方以降になるとお祭りの最中のように人が湧き出してきます。



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      ◆ドゥオモ広場  3

       そんな広場で、昼のカップルとは別の新婚さんが
       花嫁衣裳のまま散歩していました。
       イタリアでは、結婚式の後、市内の名所をこうして回り、
       写真を撮るのが習慣なのだそうです。
       それにしてもこの日は日本で言う大安だったのか、
       何組ものカップルに出会いました。



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      ◆ドゥオモ広場  4

       広場に闇が迫り、
       空のアズッリが目に沁みます。



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      ◆ドゥオモ広場  5

       広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに出る
       角の建物には、聖人たちの彫刻が飾られています。



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      ◆ドゥオモ広場  6

       すっかり暗くなって、ドゥオモの建物が光り輝きます。
       南イタリアで最も美しい広場といわれる所以です。



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      ◆街の門

       旧市街と新市街を分けるルディアエ門・Rudiae
       レッチェに滞在した3日間に、
       この門を何度もくぐって街歩きをしました。
       この日は宿に帰ります。

       グロリオーザさんのブログ、
       イタリアの誘惑 は、こちらです。
       http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/


     **◆**
       今月の、レッチェのご案内,如何でしたか?
       レッチェは、夫の妹の、ご亭主の故郷なのですが、
       ヴェネツィアから遥か遠~い、南イタリアと知っているだけで、
       実際には、どこにあるのかも、知りませんでした!
       今回、遅ればせながら、ははは、
       ウィキペディアと地図で、確かめたという次第です。
       で、このご亭主の姓は、トゥレ・3 と言うのです!
       一体、どこに由来するのでしょうか?
       そんな事なども、久し振りに思い出しました。

       来月の、バロック三昧も、お楽しみに!

by italiashiho2 | 2008-10-22 00:46 | ・南イタリア Italia sud | Comments(2)
2008年 10月 16日

   ・・・ 駆け足ながら・・ ローマの休日!  その1 ・・・

     天正4少年使節のご縁により、九州大村からの皆さんと共に、
     ローマの街も駆け足ながら見る事ができました。
     ローマの休日 というには、バスの窓からの風景が
     多いのですが、その代わりに
     一般には見れないものもご覧いただけます。 
     有名すぎるローマの名所を、どうぞ!

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      ◆コロッセオ  1

       9月30日の午後早く、フィミチーノ空港で
       日本からの皆さんと合流し、バスで市内観光に。
       
       このいっぱいに広がる壁、これコロッセオです。
       バスで南から行きましたので、いつもご覧の写真とは違う
       裏側からの眺めですが、やはり大きい!



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      ◆コスタンティーノ帝の凱旋門  1

       正面に見えるコスタンティーノ帝の凱旋門
       315年に建設され、高さ28m。
       修復され、白く大変美しかったです。

       右奥にコロッセオが見えます。
       この道筋左側一帯に、
       フォロ・ロマーノが広がりますが、
       今回は遠くから眺めるだけ。



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      ◆コスタンティーノ帝の凱旋門  2

       凱旋門の右上部分。
       こういったモチーフも逸話があるのでしょうが、
       駆け足で、おお!と眺めるのみ。

       このコスタンティーノ帝が、313年に
       多神教からキリスト教に改宗、
       キリスト教による国、政府が生まれたのでした。
       昨日まで迫害の対象だったキリスト教が
       突然に最大の勢力を持つ国教となり、 
       その推移は1世紀にも満たない内に行われたので、
       制度、階級、文化、意識 ecc、
       大変な混雑を呈したと言われます。
       


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      ◆コロッセオ  2

       いわば裏側から眺めるコロッセオですが、
       左に見える途中で切れた層、
       これが本当は外側を全部覆っていたのが
       何年だったかの(!)地震で崩れ、
       その後さらに崩れ、建築資材として持ち去られ、
       今の姿との事。



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      ◆コロッセオ  3

       歩いて一周し、この場所に20分後にとかで
       中には入れずぐるっと一周。
       まぁ、一度昔入った事がありますから・・。
       でも、入口があるとやはり覗き込みます



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      ◆コロッセオ  4

       周囲の石畳
       石が大きく見事にすり減っています。



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      ◆コロッセオ  5

       いわば表側に来た所で、馬車が待機中。
       さすがぁ! と言うほどの人込みですが、
       観光馬車は暇そう



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      ◆コロッセオ  6

       ローマ兵士の扮装で、
       写真のモデルを努める男性2人。
       ガイドさんによると、5エウロ位取られますと。
       兵士とは言え、余り品が良くなかったなぁ。



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      ◆コロッセオ  7

       内部の通路から見下ろす人々。

       構築の石が本当に大きい!
       一つの大きさが、2トンほどもあるそうで、
       中世の石工の親方は、このローマ時代の
       大きさの石を積む技術を持たなかったとか

       ボコボコと開いている穴は、
       ガイドさんの説明によると、
       支柱に使われていた鉄棒を抜き取るために
       開けた穴だとか!
       鉄の支柱は穴に差し込んだ後、
       鉛を流し込んで固定していたのだそう。



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      ◆イエズス教会  1

       天正の4少年使節が1585年3月
       イタリアはローマに到着した際、最初の夜を
       このイエズス教会の修道院で過ごしたのだそう。

       彼ら4少年をローマに送り出すよう
       取り計らったのは、当時のイエズス教会の
       監察官として日本に来ていた、
       ヴァリニャーノ神父ですし、
       イエズス会が布教に努めていた理由にも寄るのでしょう。



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      ◆イエズス教会  2

       日本に布教にやって来た、
       フランシスコ・ザビエルが、イエズス会の神父で
       あった事はご存知でしょう。
       イエズス会を創始した、イグナティオ・ロヨラ
       お墓もこの教会内にある、いわばイエズス会の大元で、
       バロック様式の大装飾で覆われています。
       ロヨラのお墓は、左手奥に青く見える
       修復幕が半分かかった場所で、
       ラピスラズリの石で装飾された、凄い礼拝堂でした。



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      ◆イエズス教会  3

       ロヨラのお墓の向かい合わせに、
       ザビエルのお墓というか、礼拝堂があります。
       ザビエルは日本から中国に向かう途中で亡くなり、
       彼の右手のみがこうして戻ってきたというわけで、
       う~む、
       余りはっきり見えない写真を選びましたぁ。



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      ◆イエズス教会  4

       表に出てきましたら、
       こんな格好で写真を撮る女性が!
       うん、傑作を狙うのも楽では無いですねぇ。



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      ◆ローマの街中  1

       これはローマ市内観光用のバスで、
       2階席は青空天井というわけで、
       色々な色のバスが走っているのを見かけました。
       水色、若草色、そしてこの大派手なヤツ。

       この場所はイエズス教会のすぐ前の交差点。
       カンピドーリオの丘にも程近い中心地で、
       大変な交通量。
       遠くの方で救急車のサイレンが聞こえ始めたものの、
       この交差点に来るまでにかなりの時間が・・!



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      ◆ローマの街中  2

       コロッセオからの、フォーリ・インペリアーリ通りの
       北西端にあるヴィットリオ・エマヌエル記念廟
       
       バスのガラス窓が反射して申し訳ないですが、
       廟の向かって右側部分が修復中で覆われていて、
       手前の工事の覆いは、新しい地下鉄の工事に入ったとか。
       少し掘れば、何かの遺跡にぶち当たる永遠の都、ローマ
       この工事もきっと長くかかることでしょう。



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      ◆フォロ・トライアーノ  1

       フォロ・トロイアーノの遺跡群
       トロイアーノ帝の戦勝行幸図が浮き彫りにされている
       という、高さ40mの円柱が見えますが、
       う~ん、これもバスの窓から。
       手前にフォロ・トライアーノと呼ばれる
       商業活動で栄えた市場の遺跡が広がります。

       この遺跡は始めてみたのと、
       後ろにそびえる現代のビル群との対比で、
       かなりの迫力を感じました。



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      ◆フォロ・トライアーノ  2

       市場の建物跡、といっても
       かなりはっきり建物群が残っています。

       正面に見えるアーチの続く建物は、
       一階部分が野菜、果物などの生鮮食品の店
       二階の小さいアーチが続いているのは、
       ガイドさんによると、輸出入の事務所
       あったとの事。

       全体としては約150店あったそうで、
       東洋の絹物や香辛料の店も。
       内部の建物からの見学が出来そうで、
       次のチャンスには!



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      ◆フォロ・トライアーノ  3

       市場の建物に続いてのこのバルコニーの建物、
       赤い旗が見えますが、
       これはマルタ騎士団の所有物との事。
       赤い旗の真ん中に白い十字が見えますね。
    
       ローマ時代の遺跡、中世の騎士団、そして現代のビル
       やはり、ローマは永遠の都です。



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      ◆ローマの街中  3

       さて、バスの窓からはコロッセオが見えます。
       この姿がいつも見る姿なのですが、
       道の半分右側が敷石工事中でこんな有様。
       
       ガイドさんの説明によると、
       8月に始まった工事で、夏休み中に済むという説明だったそう、
       あはは、誰も信じてはいなかったでしょうねぇ?!
       来年の6月2日、この通りで行われる
       共和国記念のパレードまでには、さて?



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      ◆トレヴィの泉  1

       ローマの休日、と言うからには
       このトレヴィの泉ははずせませんね。
       昔来た時は修復中で、後全部が覆われていましたから、
       お初のお目見えです。
       嘘みたいに水の色が綺麗ですから、
       泉の底に色が塗ってあるのかも。
       それにしてももの凄い観光客で、
       水の傍に行くにも一苦労でした。



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      ◆トレヴィの泉  2

       この写真は、ヤラセです。
       いえ、私がヤラセたのではなく、
       彼ら2人がカメラを構えて、
       目の前でして見せて下さったので、
       折角ですから、ではと便乗して、はい。



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      ◆トレヴィの泉  3

       泉の傍で警戒中の(何を?!)
       カラビニエーリ2人
       まったくのにやけ顔で、次々と観光客の注文に応じて、
       写真に納まるのがお仕事!
       
       この後、バルベリーニ広場の噴水脇を通り、
       駅前の三越にお土産を買いに連れて行かれ(!)  
       戻り道は既に暗く、大変なラッシュに出会い、
       ヤレヤレとホテルに戻って、
       初日の半日観光はオシマイです。

     ***
       今回、最後にJTBへの抗議を書きました。
       すると、文字数が多すぎるので減らせ、と
       エキサイトブログのほうから抗議され(!)
       急遽2回分分けてアップいたします。

       ご面倒ですが、下の「次のページ」を
       ポチッとして、その2 をご覧下さいませ!

by italiashiho2 | 2008-10-16 06:54 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(2)
2008年 10月 16日

   ・・・ 駆け足ながら・・ ローマの休日! その2 ・・・

     天正4少年使節のご縁により、九州大村からの皆さんと共に、
     ローマの街も駆け足ながら見る事ができました。
     ここでは、2日目に拝見した連判状などもご覧いただきます。
     では、ローマの休日2日目をどうぞ!

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      ◆ローマの街中  4

       翌10月1日は、先回見て頂きました様に
       午前中、ヴァティカン訪問がありました。
       で、午後はまたバスに乗り、
       街中を通過して行きます。

       こちらはご存じ、カステル・サンタンジェロ城
       プッチーニのオペラ、トスカの舞台でもあり、
       ヴァティカンから、イザと言う時の
       秘密の抜け道が通じているとも。
       


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      ◆ローマの街中  5

       この橋は、ヴァティカンから繋がる
       ヴィットリオ・エマヌエル橋と思うのですが。
       テーヴェレ河の水量も少なめです。



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      ◆ローマの街中  6

       本日もやはり交通警官の目を気にしながら、
       禁止されている地点でバスを大急ぎで降り、
       カザナテンセ図書館・Casanatense に向かいます。

       途中通りすがりに素晴らしい建物の中庭を。
       黒塗りの車が止まり運転手が待機中。



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      ◆カザナテンセ図書館  1

       この図書館の名前は始めて聞きましたが、
       こういう場所を訪れるチャンスも、
       今回の天正4少年使節のご縁なのです。

       場所はパンテオンの少し東、
       サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会隣接です。
       17世紀末に、このドメニコ派教会に接し、
       カザナーテ枢機卿の意向により、
       一般に公開する図書館として発足。
       現在は35万冊以上の蔵書を抱える国立図書館で、
       毎日一般公開されているとの事。

       我々は、この写真の左奥の入口から
       記念の大図書室に入りましたが、
       かって、教会付きの図書館としてあった時は、
       これを写している位置の後の扉が入口で、
       こういう印象で、図書室に入った訳です。

       この素晴らしい眺め!
       そしてなんとも言えない古書の匂い!
       涎が垂れそう・・!
       


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      ◆カザナテンセ図書館  2

       この大広間には、かってのままに
       6万冊に及ぶ古書が収められているとの事。
       こんな風に本棚の上には、その部分の蔵書の
       内容が示され、蔵書内容は百科事典的に
       全ての項目があるそうです。
       部屋の一番奥左には、エトゥニカという項目があり、
       その場所には日本に関する本もあると言います。

       一階部分の本棚には、この写真ではちょっと
       見え難いですが金網が張ってあります。
       勿論泥棒除けで、図書室入口の上には、
       本泥棒は破門するの額も!
       本の上に見える帯状の物は茶色の皮ですが、
       これで本の上に溜まる埃を防ぎ、
       本の高さを一定に見せる美学的な物!



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      ◆カザナテンセ図書館  3

       特別に見せて頂けたものが、この本。
       4少年が8年半に及ぶヨーロッパ旅行からの
       帰国途中、マカオでイエズス会の神父とした
       会話集の本です。
       下の方にAnno1590 とあるのが見えますか?
       で、この本はラテン語なのですが、
       イタリア語訳にして出版した本もあり、
       それも見せて頂けました。
 
       当時マカオには、イエズス会の大きな支部があり
       印刷機も備え、後には神学校も創られた、
       ヨーロッパと東洋を結ぶ街だったのですね。



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      ◆カザナテンセ図書館  4

       そして、次に見せて頂けたのが、
       この図書館の司書の方達も
       殆ど見た事がないという貴重な物。
       こんな、本の形をした箱に入っていました。



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      ◆カザナテンセ図書館  5

       これです。
       1622年の年号の入った
       やはり九州大村一帯からの連判状です。
       これも最初の一行の初め、
       日本国貴理志端 は読めますが・・。



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      ◆カザナテンセ図書館  6

       ヴァティカン図書館で見せて頂いた、
       美しい柄入り、金箔をちりばめた紙と違い、
       普通の巻紙ですが、大変に長い文章が続き
       そしてこの様に、村の名前の後、名前、花押



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      ◆カザナテンセ図書館  7

       連名もかなりの数で、(すみません、数を忘れました)
       そして最後にこれが貼り付けてあります。
       文の内容をラテン語に訳し
       連判状が本物である事を、証明しているのです。
       この中に1622年の年号が見えます。



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      ◆カザナテンセ図書館  8

       この連判状は同じ物が2つ作られ、
       1つは、最初にラテン語で文章を書き、
       それに連判している物です。
       横書きの文章が最初に来るので
       同じ巻紙ではありますが、
       左端から始まり、右に続いていきます。

       1622年というと、
       ヴァティカンで見せて頂いた連判状とほぼ同じ年代で、
       キリスト教の弾圧が始まっている時です。
       危機感を抱き、悲痛な思いで記したものでしょう。
       
       ラテン語の文章を読まれているのは、
       この図書館の副館長と思われる方、アンドレア氏。



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      ◆カザナテンセ図書館  9

       この図書館には手描きの写本をはじめ、
       手書きのパガニーニの楽譜
       そしてご覧のように、一連の版画によるローマ風景
       (肝心な有名作者の名が出てこない! 始まったか?!)
       など、貴重なご自慢の蔵書があるようです。

       今回は、このスペイン広場に行けなかったので、
       ローマの休日の一部としてこれを。
       まだ舗装されていないスペイン広場

       カザナテンセ図書館のサイトはこちらです。
       英語版もありますので、どうぞ。
       http://www.casanatense.it



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      ◆ローマの街中  7

       カザナテンセ図書館を出て、
       バスに乗るため少し歩きましたが、
       ちょうどカンピドーリオの前を通りました。
       
       はい、奥に見えるのがローマ市庁舎で、
       この階段を上がった所に広がるのが、
       ミケランジェロ設計の美しい広場ですが、
       横目で睨みながらバスに急ぎます。
       
       それにしても、本当に車が多い!



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      ◆ローマの街中  8

       すぐ近くにバスが待っていて、向こうに、
       サンタ・マリア・イン・コスメディン教会が、
       あの真実の口で有名な教会が見えました。

       ここも前をバスで通りながら、
       真実の口の前に並ぶ人々をちらり。
       今見えている、一番左のアーチの内側に
       ありましたっけ。



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      ◆ローマの街中  9

       チルコ・マッシモの横を通って、ホテルに戻ります。
       ベン・ハーの映画、戦車競争のシーンでお馴染みの、
       (といっても、実際はセットが作られたようですが)
       そして先年はサッカーの世界大会で優勝した時の
       歓迎大会が行われた思い出の場所。

       細長いチルコ・マッシモの向こうに
       ずっと続いて広がるフォロ・ロマーノの遺跡
       巨大です!

       ここまで書いて、サッカーの優勝時が懐かしくなり、
       また以前の写真を覗きに行きました!
       こちらです。
       http://italiashio.exblog.jp/5673904




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      ◆ローマの街中  10

       チルコ・マッシモは、長さ620m、幅120m、
       15万人収容の、競技場だったそうですが、
       今は散歩や、ジョギング場所の様子。
       散らばって見える人々の大きさから、
       この競技場、そして後のフォロ・ロマーノの
       巨大さを、ご想像下さい。

       それにしてもローマ人の建造物は凄い!
       巨大さ、遊びに対する真剣さ、イメージの豊かさ
       そして2000年後の今も残る、頑丈さ!!




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      ◆ローマ・テルミニ駅

       3日目の朝に行きました、
       サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会
       ここは、ヴァティカンに移るまで、
       教皇庁が置かれていた教会です。と、
       最後に訪れました、サンタ・マリア・マッジョーレ教会は省略を。
       
       これはローマの休日の最後にと、終着駅を。
       ご一緒したグループと一旦別れ家に戻り、
       再度マントヴァで合流させて頂きましたので、
       その様子はまたご紹介いたしますね。
       
      ***JTBに抗議です***

       長い事、ツァー旅行なるものに参加した事が無く、
       今回の経験で驚き、少々腹の立つ事がありましたので、
       ここに書きます。
         
       ローマの宿は、フィミチーノ空港に近いホテルで、
       4星の、部屋は綺麗で静かなかなか良い物でしたが、
       なんともお粗末な食事で驚きました
       ここに2泊し、2晩とも夕食はホテル代込み。
       最初の夜は、パスタと皆さんはロースト・ポークだったと。
       私は肉を食べないので他の物をと頼み、
       蛸の足が3本ほどでて、少し固めでしたがまぁまぁ。
       そしてデザート。

       2晩めは、パスタの後ビフテキとの事でしたが、
       薄い皮の様な、何時間も前に焼いた様な、巻いた焼肉が出て、
       食べた皆さんのお話では、固くて味も素っ気も無く、
       ソースは無いのかと訊ねましたら、そのままとの事で、
       皆さんは塩コショウで調味して。
       で、私には何が出たと思いますか?
       薄いトマトのうす切りを3切れほど敷き
       その上にモッツァレッラ・チーズの小さいのが3つ

       まったくあきれ果てました!!
       4星のホテルの食事とも、イタリアのホテルとも思えません。
       近所に食べにも出れない田舎のホテルに缶詰にして
       おまけにこの食事。
       こういうホテルを選ぶJTBの神経が知れません!!
       
       付いてくださったガイドさんは、大変優秀で、
       気配りの優れた女性でしたが、
       JTBの仕組みとして、他のものは端折っても
       他にお土産を買う時間がありませんからと
       三越に連れて行かれるのです!

       今時日本には、何でも揃っているのでは無いですか?! 
       何十年も前ならいざ知らず、まだこんな旅行をさせるのです

       今回の旅行は、天正の4少年の旅を辿る目的がありましたが、
       それでも折角のイタリア旅行ならば
       何も日本のデパートでも見れるような物ではなく
       一般の店、美味しい食事、などなど
       なぜそういった物に触れさせないのでしょうか?!
      
       JTBの、海外旅行に対する昔のままの見識
       旅行に参加される方達が、今、既に何を知り
       何を見たいと思っているのか
       大いに、改めて考えて欲しいものです

       イタリアに住む者として、
       イタリアはもっともっと面白く
       もっともっと美味しい国だと、
       知って欲しいと、切に願います。            
       

by italiashiho2 | 2008-10-16 06:28 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(8)
2008年 10月 10日

   ・・・ ヴァティカン訪問 ・ 天正4少年使節のご縁により ・・・

     今日は、イタリア・ローマをご訪問された方も、まだの方も、
     皆さん良くご存知のヴァティカン訪問記です。
     が少し違うのは、今回の訪問は天正の4少年使節のご縁に寄り、
     九州大村を中心とする方々のヴァティカン訪問について行き、
     法王様の一般謁見の会場にも、図書館内にも入る事が出来ましたので
     その様子をご覧頂きます。 では、どうぞ!

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      ◆ローマ市内に  1

       10月1日の朝8時、ローマは、
       ヴァティカン市国に向かいます。
       ホテルはフィミチーノ空港に近い街外れで、
       大体バスで1時間ほどの距離ですが、さて・・。



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      ◆ローマ市内に  2

       九州大村を中心とする20人近いグループの方々の、
       半数ほどがクリスチャンの方、そして神父さま。
       そして4少年の一人、中浦ジュリアンのご子孫に当る方。
       この中浦ジュリアン神父は帰国後のキリスト教の禁教で
       4少年の内唯一殉教された方ですが、
       この11月に福者に列せられるのを機会に
       こうしてやって来られたという事で、横断幕を用意されていて、
       これがその縮小版で、バスの中でご披露中。

       法王様、万歳! 中浦ジュリアン神父の、列福に感謝するため
       そして日本人188殉教者のため、日本の長崎、大村から
       やって来ました

       道に見える車がかなり混雑し始めている事に、ご注目!



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      ◆ローマ市内に  3

       いよいよ中心地に近くなるともう大混雑!       
       ヴァティカンに近い、とは言いながら進みません。
       前も後ろも、横も、満杯!



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      ◆ローマ市内に  4

       大体1時間の予定が1時間半かかり、
       ああ、やっとヴァティカンの大クーポラ
       見えましたぁ!



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      ◆ヴァティカン市国内  

       地下の駐車場にバスが入り広場に出る途中、
       地下通路にこんな広告が。
       ライトが映っていますが、誰か分ります?
       トッティと奥方のイラリー。



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      ◆サン・ピエトロ広場  1

       遂にサンピエトロ広場に到着。
       やはりこの快晴の広場で記念撮影をせねば、ね。
       はるばる、やって参りましたぁ!
    
       ここに来るまでに、既に一度検問通過。



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      ◆サン・ピエトロ広場  2

       大変な快晴でどんどん温度が上がります。
       広場の大噴水が
       気持ちよかとねぇ~!



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      ◆サン・ピエトロ広場  3

       そして次の検問を通り、
       この列柱の間を進みます。



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      ◆サン・ピエトロ広場  4

       先ほどの検問通過から、
       この許可書が必要となります。

       左下の太字、REPARTO SPECIALE・特別区域、に
       ご注目を!
       わが生涯の最初で最後の経験でしょうから、
       見せびらかしをご容赦願いま~す。
       そして、参加させてくださった大村の皆さん
       有難うございましたぁ!! 



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      ◆サン・ピエトロ広場  5

       そして最後の検問。
       水色の許可証をひらひらさせて
       通過します。



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      ◆サン・ピエトロ広場  6

       広場の教会への階段が始まる位置に
       こんな楽隊もおりました。
       我々はもうちょっと上に上がります!



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      ◆サン・ピエトロ広場  7

       法王様の座られる椅子を取り囲むように
       設えた席が、我々の位置でした。
       券に番号がありましたが実際は早いもの順でして、
       前から10列ほどは既に一杯!

       法王様のお出ましは10時半。
       じりじりと焼きつく様な陽を浴びながら、
       あちらを見、こちらを見あげ・・



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      ◆サン・ピエトロ広場  8

       中央上部のキリスト像もこんな角度で

       2000年の大聖年の際の大修復で、
       サン・ピエトロ教会の正面壁は、大変に美しい。



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      ◆サン・ピエトロ広場  9

       サン・ピエトロ教会の正面壁、向かって右上角
       こんな時計がありました。
       左上にある時計は正確で、イタリアの実の時間でしたが、
       この時計が何処の時間なのか、よく分りません。
       2時間10分ほどだったか、遅いのですね。
       どなたかが、遅れているのだろうと言いましたが、
       まぁさか、ヴァティカンの時計が不正確とは考えにくく
       ご存知の方、お教え下さい!



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      ◆サン・ピエトロ広場  10

       我々の前の列に陣取るグループの女性。
       例の横断幕を広げる練習を重ねていると
       物珍しげに写真を撮ったり、
       日本からかと話かけたりするので、
       どこからですか、と聞くと[クロアツィア]と。



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      ◆サン・ピエトロ広場  11

       と言ううちに、中央のドアから
       スイス衛兵が2人、階段を下り場所を占めます。
       お出ましだ! と待つうちに
       広場の向こうの端の方から、
       歓声が上がり、その声が徐々に近づいて・・。



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      ◆サン・ピエトロ広場  12

       椅子の上に立っても皆立っていますし、
       背も横幅も大きい人ばかりなので、
       椅子席の列の間を抜け、前に行きました。
       同じように考えるのが他にもたくさんいて(!)
       一番前列の席の女性が、「私ら、7時から並んでいるのに」と
       文句を言うのが聞こえましたが、
       まぁ、隙間から覗いているので勘弁してもらい・・!

       と、法王様の車がゆっくりと階段を上り
       ぐるっとお席の後まで来て停まり
       という所で、この一枚!

       思いもかけず、大きくしっかり撮れたので、
       ローマから一度家に戻った際に印刷し、
       グループの皆さんに一枚ずつ記念に。



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      ◆サン・ピエトロ広場  13

       これは、法王様のお車と護衛たち。
       車のナンバーは、SCV1
       ヴァティカン市国1で、やはりベンツ。
       なんでフィアットではないのだろ?!



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      ◆サン・ピエトロ広場  14

       これが、我々の席から見えた法王様。

       聖書の中の一説を、フランス語、英語、ドイツ語、
       スペイン語、ロシア語の順で、話されます。

       で、それが済んで後、やはり同じ言語の順で
       今日の謁見に臨んでいるグループの紹介がされ、
       名前が上がったグループは一斉に声を上げたり、
       歌を歌うグループもあったりで、アピールします。
       
       英語の時に、日本の長崎の・・、との紹介で、
       打ち合わせの時は皆で、ヴィーヴァ・パーパ!
       叫ぼうと言っていたのが、・・なかなか!
       いぇ、私はインディアンみたいに、イェーイ!
       前のほうの人が振り返るような声を上げましたぁ。
        
       グループの紹介に、法王様がその言語でお話をされ、
       それが結構長い時間で、
       見事にまた日に焼けて。



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      ◆サン・ピエトロ広場  15

       一応お話が済み、枢機卿たちのご挨拶が
       はじまり、我々は席を立ちました。
       次のお約束、ヴァティカン図書館への時間が
       30分以上も遅れていますが、
       やはりこういう位置からの風景は見逃せません。



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      ◆サン・ピエトロ広場  16

       かなり下りてきた場所から、こんな風によく見えましたが、
       この横には大スクリーンがあって、
       中継されてもいるのですね。
       でもね、やはりあの場所に行った、というのが・・!



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      ◆サン・ピエトロ広場  17

       検問所にいたスイス衛兵の背中を一枚。
       背中の真ん中と、両側斜めに2本、
       襞の間の切れ目は、ダーツが畳まれているのを発見。
       見えますか? 
       背中の筋肉に合わせているのですね。

       このスイス衛兵の制服は、個人の寸法に従い、
       300幾つかのパーツで、全体の重さが4キロとか、
       とにかく世界の制服の内で一番重いのだそう。
       近くで見るとこれは夏服らしく、
       やはり生地が薄めでした。 

       それにしても、素敵な後頭部!



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      ◆ヴァティカン図書館  1

       広場から列柱の間を通りぬけ、
       いよいよヴァティカンの建物の中に。
       中庭に通るまでに2つの検問所。
       でも既に連絡が届いており、
       すんなりと通らせていただけました。

       図書館の中で、マジーニ館長のお迎えを受け、
       見せていただけた物はこれ。
       1620年代に、九州大村のキリシタン達から
       届けられた連判状です。

       ご覧のように、大変美しい柄が入り、
       金箔を散りばめた紙に・・・、



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      ◆ヴァティカン図書館  2

       こうして、名前を記し花押も書かれたもので、
       左上にラテン語訳がなされ、
       その下に、ローマ字で名前が記されています。

       1602年には既にキリスト教は禁止されていたと
       言う事ですから、この連判状が書かれた時は
       禁教となって20年近くたっているわけで、
       それでも、まだこうして信仰を守っていた人々が       
       法王様に書状を差し上げた事になります。



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      ◆ヴァティカン図書館  3

       マジーニ館長が、大変美しい文章であると
       ラテン語を訳して下さいました。

       内容は、キリスト教信者への弾圧が始まり
       それに対し、我々は心を備え
       神のお力を借りて立ち向かいますという
       覚悟の程を示す、大変感動的なものでした。

       若桑みどりのクワトロ・ラガッツィ」を読むまで、
       当時の日本に何十万にも及ぶキリスト教信者が
       存在した事も知りませんでしたし、
       当時の日本の貧しさ、また信仰に至る心の動きを
       考えた事もありませんでした。が、
       400年後の今、彼らのこの悲痛な連判状を見ると
       死に至る覚悟を決めたとはいえ
       やはりその思いを吐露したかったのだろう
       聞いて欲しかったのだろう、と
       心に染み入るものがありました。



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      ◆ヴァティカン博物館  1

       拝見した図書館は、実はドア1枚で
       博物館に接していて、大変ご親切にも
       特別に鍵のかかったこのドアを開け
       博物館に入りドアの上に描かれていた、
       4少年の壁画を見れるように、して頂きました。
    
       この写真の、奥に見えるドアがそれで、
       これは逆に出口に向かう際に、
       写したもの。



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      ◆ヴァティカン博物館  2

       これが、行幸図です。
       天正の4少年達は、1585年にローマに到着
       ヴァティカンで、グレゴリオ13世の謁見を受け
       後のイタリア各地でも大歓迎を受けました
       この行幸図は、その様を描いたもので、
       一番下の列、真ん中左寄りに白い衣装、
       赤いマントの法王様が見えます。

       で、マジーニ館長の説明によると、その上の列
       左端に4つの赤い傘をさした騎上の人物が    
       4少年だという事で、そう言伝えられているとの事でした。
       


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      ◆ヴァティカン博物館  2

       この左端の4つの傘の人物が、4少年だ、という説は
       今回来られたグループの、少年使節の研究を続けられている
       方々にとっては初めて聞く説、という事で、
       皆さん驚かれ、私も写真を撮りました。

       で、一旦家に戻った際に見てみますと、
       ご覧の通り、日本風な傘はさしていますが、
       横顔も西洋風な高い鼻をし、とりわけ
       顎鬚が皆さん白く、かなりの年配者に見えます。



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      ◆ヴァティカン博物館  3

       一方こちらは、真ん中の列の右寄りに3人
       そして一番上の列の右端に1人
       騎乗の人物が続きますが、
       従来は、これが4少年という説だったそうです。 
       いかがですか?
       こちらの方が、横顔も丸く、帽子の下に見える
       もみあげも黒く見えませんか?

       4少年、と言いならわされるとおり、
       彼らは、13歳から16歳の少年だったのです。
       という事で、やはりこちらが
       4少年と思うのですが如何でしょうか?



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      ◆ヴァティカン博物館  4

       この壁画を拝見した後、
       もっと凄い事には、ガードマン先行で
       ヴァティカン博物館内の道筋を逆行し
       (細い廊下の通行には先方を一旦止めて!)
       システィーナ礼拝堂も見る事ができました!

       実は23年前に、一度このミケランジェロの
       壁画で有名な礼拝堂は見ているのですが、
       修復されて後は初めてです。

       大変色が美しく、明るくなり
       肌色も綺麗、衣服の黄色、ピンク色も鮮やかで
       見とれました。

       長い長い廊下を歩きながらの、外の緑。
       北イタリアでは既に黄葉、
       落ち葉が始まっているのに、ローマのこの緑!
       目に沁みるようです。



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      ◆ヴァティカン博物館  5

       博物館の廊下を歩きながら、
       ガイドの女性が教えてくれた地図。
       よくご覧下さいね。
       左端にイタリアは見えますが、
       日本が無い!!



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      ◆ヴァティカン博物館  6

       有名な螺旋階段
       今回は上から見ただけ。



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      ◆ヴァティカン博物館  7

       という事で、
       ローマのヴァティカン市国訪問は、
       この出口の写真で終わりです。
       かってはここが入口でしたが、
       今はこの写真の左手に変わっています。

      ◆**◆

       天正の4少年使節のご縁で、思いがけない       
       ヴァティカン訪問が出来ました
       来られた皆さんとご一緒に、
       ローマの街中もチラッと見ましたので、
       ローマの休日もご覧頂きますね。
       お楽しみに!    
       



        
     

by italiashiho2 | 2008-10-10 02:11 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(14)
2008年 10月 04日

   ・・・ ペルージャ ・ 街の中心を、ほんの少し ・・・

     今日は、この5月に行きましたウンブリアの州都     
     ペルージャ・Perugia 、そのほんの中心をご案内です。
     ペルージャは人口16万ほど、有名な外国人大学もあり、
     ローマからの鉄道便も比較的便利ですから、訪問された方も
     多いと思います。 快晴、青空のペルージャをどうぞ!

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      ◆街の門

       5月にウンブリアに行った時にトーディに3泊して後、
       アッシジのカレンディ・マッジョのお祭りを見に
       移動する時、半日寄ったのです。
       
       ペルージャも、エトルスク人によって開かれた
       古い歴史ある街で、街の古い中心地は丘の上です!
       駐車してスカラ・モービレで上に上がり、
       もひとつのスカラ・モービレで街の中心に上れる筈、
       が、1つ上がった所で次を探しそこね、
       坂道を歩いて上りました。
       先ほど地図で探しましたが、
       これがどこの門か特定できず、
       が、ほぼ中心地に近い門でした。

       細長く、高く、暗く・・
       久し振りに感じた威圧感!



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  1

       上の写真の門をくぐり、街の一番の中心通りの
       ヴァンヌッチ通り・Vannucci と平行に走る
       バリオーニ通り・Baglioni を少し歩き、ふと横を見ると、
       このプリオーリ宮Palazzo dei Priori が!

       そう、今回のペルージャ訪問は、このプリオーリ宮にある
       国立ウンブリア美術館で開催中の
       ピントリッキオ展・Pintoricchio
       見るのが目的だったのです。
       大きなポスターが、見えます。



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  2

       ペルージャは実は2回目、23年ぶりの訪問!
       先回も中心街そして美術館も見、ここの至宝の
       ピエロ・デッラ・フランチェスカの祭壇画
       見ているのですが、この街の大きさ、豊かさ
       凄さを、私は忘れていたのです

       で最近、ウンブリアのあちこちを見て回りつつ、
       小さな古い町の大きさを自分の尺度とする様になり、
       その感覚で、街の最初の門をくぐった時、
       大変な威圧感を覚えました。
       多分私のこの感覚は、かって中世の人々が
       この街を訪れ、門をくぐる時に感じたものと
       大差ありますまい!

       プリオーリ宮は、13世紀の最後から15世紀の半ば、
       この街が一番繁栄した時代の建物で、
       イタリア全体においても中世建築の主たるもの。
       古く、厳しく、そして優雅です。



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  3

       プリオーリ宮、そして国立ウンブリア美術館の
       正面入口、上の部分。
       7層のアーチ、全面に施された浮き彫り
       
       水色のカーテンが見える部分が美術館です。
       


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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  4

       上の写真の真ん中の像の部分。
       いえなに、一番左の像、如何にも若く清らかで、
       なんとなく、童貞さま、という言葉を思い出し・・!



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  5

       正面入口両脇にこのライオン君がいるのですが、
       どちらも今にも泣きだしそうな顔で、
       先回も写真を撮り、時々思い出して笑っていましたが、       
       やはり今回もお変わりなく、笑わせてくれました。



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  6

       今回のピントリッキオ展の一番の目玉
       サンタ・マリア・デイ・フォッシの祭壇画です。

       ピントリッキオは、1454年ペルージャ生まれで、
       この祭壇画は自分の生誕の街の為に描かれた物だそうで、
       大変に細密で、この凝った細部の美しさで
       彼の絵は人気があったのだそうです。
       確かに、凄い、美しい



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      ◆パラッツォ・デイ・プリオーリ  7

       祭壇画の中心の聖母子部分
       大きな天井の高い美術館の広い部屋で、
       殆ど一人で楽しむ事が出来ました。
       両脇にヴィデオが置かれていて、
       この絵の細部を辿る事ができ、まさに驚き!

       背景の風景の中、旅人がおり、宿屋らしきものがあり
       ベンチに腰掛け遊んでいる男、働く農民、揺れる木々・・
       まさに細部に凝る画家の、真骨頂とも言えます。
       到底、実際には見れないものまで楽しめました。

       カタログに名前の見えるペルジーノ・Perugino
       彼もこのウンブリアの近くの町、
       チッタ・デッラ・ピアーヴェ生まれで、
       一般には、彼の方が有名ですね。
       ラファエッロのお師匠さんでもありましたが、
       甘美な美しさは、3人共に共通していると思います。



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      ◆ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ  1

       プリオーリ宮の斜め奥には広場が広がります。
       ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ・
       11月4日広場・Piazza IV Novembre
       ペルージャで一番有名な広場。

       奥正面に見えるのがドゥオモですが
       これは正面壁ではなく、左側の壁になります。
       ドゥオモの正面は、今見えている右端を回った所、
       ダンテ広場に面しているのだそう、ですが、
       今回は、中も正面部分も見ませんでしたぁ。

       14~15世紀にかけてのゴシック建築で、
       今見えている未完部分の、白とピンクの大理石の装飾、
       これが大変美しく、完成していたなら、
       さぞや優雅であったろう、と想像できます。



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      ◆ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ  2

       上の写真で見えている、ドゥオモ左側壁の入口。
       ガイドブックによると、門の上に見える壁がんに、
       (門の上に見える、窓の様な青い部分)
       塩の戦争の十字架が掛けられているとあり、
       知らない事なので調べてみました。

       元々ペルージャは、教皇領だったものの、
       かなりの自由が許された自治領だったようです。
       それが1531年に教皇領全体に、
       塩の税金が課せられ、その不満を元に
       バリオーニ家が音頭を取り
       1541年に教皇と戦ったものの負け、
       以来ペルージャは完全に自由を失い
       単なる教皇領の一部となったという、
       街の苦い歴史を知りました。
   
       13世紀から15世紀の半ばの、
       この街が一番繁栄した時代に
       プリオーリ宮が建設されたとありましたが、
       この繁栄が塩の戦争で終った、という事なのでした。

       ドゥオモの前にある階段、暑い位の快晴でしたが、
       街の人、観光客、学生、たくさんの人々が
       腰を下ろし休んでいます。



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      ◆ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ  3

       広場にある素晴らしい泉、
       ラ・フォンターナ・マッジョーレ
       La Fontana Maggiore の横には、
       修学旅行の学生が引きも切らず。



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  1

       はい、こちらが泉の全体。
       修復され、白く美しく、水も流れて。

       13世紀に、ニコラとジョヴァンニ・ピサーノ
       父子によって建設された、中世における一番の泉。
       3層をなす泉の壁面には、其々に、
       人類の歴史の例、芸術、月、聖書の中の
       人物などが浮き彫りされ、
       上層の面の角には、彫像があります。



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  2

       泉上部の、青銅の女性像。
       3体が背中合わせ。



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  3

       泉の下層部分、月暦がある部分、
       ガイドブック片手に、必死に自分の誕生月の
       射手座を探しました。

       おお、見つけたぞぉ!
       右端が種まく男、
       左に2頭の牛に引かせた鋤で耕す男
       上の部分に、射手座の印が見えます。
   
              

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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  4

       少し小さく見難いですが、右から3枚目、
       樽に葡萄の醗酵した汁、モストを注ぐ男
       さそり座の印があります。

       その次は、摘んだ葡萄いっぱいの籠を
       肩にして運ぶ男、
       そして、石臼に入れた葡萄を足で踏む男
       天秤座の印があります。



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  5

       上の写真の逆方向、
       一番左が、山羊座
       絵柄は豚の処理で、これは中世以来の暦の、
       冬の食料調達の伝統的な物です。

       そして、狩人、ライオン、グリフォーネ。



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  6

       真ん中部分、アダムとイヴ
       そして右側が、サムソンとデリラですって。
       サムソンがライオンを倒している所、
       その次は、デリラがサムソンを押し倒している所!



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      ◆ラ・フォンターナ・マッジョーレ  7

       暑い日で、鳩たちも泉に来ます。
       水の出口はこんな動物の顔。



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      ◆ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ  4

       広場では、こんなお揃いの衣装の女性達が
       「ドリンクいかが?」とキャンペーンを。
       burnという、燃え上がりそうなお飲み物。
       腰の刺青、見えるかな?



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      ◆ピアッツァ・クワットロ・ノヴェンブレ  5

       広場から見たプリオーリ宮。
       この建物も多分修復されたのでしょう、
       白くなった気がします。

       こちら側に階段とテラスが見えますが、
       あの階段を上がった所に、公証人の広間
       サーラ・デイ・ノターリ・Sala dei Notari
       あります。



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      ◆サーラ・デイ・ノターリ  1

       入口からの眺め。
       13世紀の建設といいますが、
       全面絵画と紋章で埋め尽くされ、
       大変な密度



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      ◆サーラ・デイ・ノターリ  2

       天井のこのアーチは全部で7本。
       その隙間もこんな風に。



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      ◆サーラ・デイ・ノターリ  3

       画家は土地の画家といい、
       絵の出来も特別とは思いませんが、
       でも、時にこんな優雅な女性も。

       全面が埋め尽くされている事と共に、
       この赤と濃い青の取り合わせ、
       特にラピスラズリの青の魅力
       素晴らしいと思います。


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      ◆サーラ・デイ・ノターリ  4

       動物が多く描かれているのも目に留まります。
       こんな犬の一家とも呼べる物、
       ライオンとキツネとか、寓話に添っているもの
       だろうと思うのですが。



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      ◆サーラ・デイ・ノターリ  5

       部屋の名前の由来となっている、公証人ですが、
       最近読んだ本で、
       アルプス以北においては、
       公証人は文章の認証だけを行ったのに対し、
       イタリアでは、公正証書の作成
       認証は勿論、その文書の適正法をも保証できる法律家であり、
       彼らが作成する契約書が、イタリアの市場経済の
       法的実務を支えた、とありました。
       
       となると、こういった素晴らしい部屋に陣取った
       大勢の公証人達が忙しく働く、中世のこの街の賑わい
       活気が、目に浮かぶようですね。



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      ◆街の眺め  1

       これはドゥオモ前の石段に腰掛けて見た、
       街の一番の目抜き通りヴァンヌッチ通りの
       眺めです。
                     
       緩やかな下り坂で、車の通行が制限され
       ご覧の通り、道の真ん中にテントが見えるのは、
       バールとレストラン。
       私もここでお昼を食べましたが、
       写真で見える感じよりもずっと賑やかで、
       若い人が多いのが目につきました。
       やはり大学のある街の特徴ですね。



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      ◆街の眺め  2

       こちらは、泉の傍らで説明を聞く高校生。
       春は学期終了前の社会見学で、
       観光地はどこも、こういった修学旅行生で満杯。



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      ◆街の眺め  3

       この建物はプリオーリ宮の近く。
       如何にも中世風で、あちこち修復され、
       きっと中は素敵でしょうねぇ。



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      ◆街の眺め  4

       この門は、ドゥオモから西に少し下ってすぐの門ですが、
       この門も、高く、厚く、厳しく
       威圧感がありました。
       
       途中で道がカーヴした下り坂でして、
       上手く説明できる写真でないのが、
       とても残念。



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      ◆街の外  1

       ペルージャの街は、古い中世の壁に囲まれた
       中心地の外に、とりわけ現在は低地のほう、
       南西側に大きく広がっていますが、
       中心のヴァンヌッチ通りの南はずれの
       眺めの良い公園から。
       赤い古い瓦の向こうに
       ウンブリアの平野が望めます。



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      ◆街の外  2

       こんな眺めが大好き。



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      ◆街の外  3

       平野の中を続く道。

       そう、街は、時に空気を吸いにくる所
       生きるにはこんな場所が良いですねぇ
       


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      ◆ペルージャの地図

       日本のガイドブックの地図を見ましたら、
       小さい地図にいっぱい書き込んであって、
       なおの事分らなくなりそうなので、
       簡単、明快な、こちらの地図を!

       7.ドゥオモ
       5.フォンターナ・マッジョーレ(泉)
       4.6.プリオーリ宮、ウンブリア美術館
       8.エトルスクの井戸
       9.カピターノ・デル・ポポロ宮
       11.アウグストの門 (エトルリア門)
       

     ◆**◆  お知らせ

       皆さんも、天正の4少年使節の事をご存知でしょう?
       16世紀に、九州長崎を船出した彼らの
       8年半に及ぶ彼らの旅行、そして戻って来た後の運命
       若桑みどりの「クワトロ・ラガッツィ」に
       彼らの事のみでなく、当時の日本、そして世界の事情が、
       詳細に書かれていますが、

       この度、彼らの一人殉教した中浦ジュリアン
       この11月に福者に列せられるのを機会に、
       九州大村を中心としたグループが、今イタリアを、
       彼らの足跡を辿りつつ旅行中です
       中には、中浦ジュリアンのご子孫もおられ、
       この10月1日にはローマのサンピエトロ広場での
       法皇様謁見もありました。

       私も同行させていただくチャンスがあり、
       この3日間ローマに行って来ました。
       そしてまた、マントヴァで合流の予定です。

       常の観光旅行とは違い、普通では見るチャンスもないであろう
       貴重な本、そして九州大村一帯のキリシタンからの
       連判状なども見る事ができましたので、
       また写真が整理できしだい、見て頂こうと思います。

       お楽しみにどうぞ!
       
    


       


by italiashiho2 | 2008-10-04 02:33 | ・ウンブリア Umbria | Comments(10)