イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2009年 02月 26日

   ・・・ ファブリアーノ ・ イタリアの紙の郷 ・・・

      今日は、イタリアの紙の郷とでもいえる、マルケ州の
      ファブリアーノ・Fabriano のご紹介です。
      ここには、紙の博物館があり、昨年の夏訪れた時には、
      ちょうど、中世の公証人の古文書の展示がありました。
      興味深く見ましたので、それもご紹介いたしますね。

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      ◆ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ  1

       ファブリアーノの街は、また15世紀前半に活躍した画家
       ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ・Gentile da Fabriano
       (1370-1428)の生地でもあり、こんな石碑を
       見つけましたが、没後500年記念の物でした。
   
       生年や、絵の修業については、記録がまるで無いそうですが、
       彼の父親は布の商人だったそうで、紙は布から作って
       いましたから、いかにもこの町の出身を現していますね。



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      ◆ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ  2

       これは、彼の代表作と言われる
       フィレンツェ・ウッフィツィ美術館にある
       東方三博士の参拝の一部分。
       煌びやかで、優雅なテンペラ画です。



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      ◆ピアッツァ・コムーネ・コムーネ広場  1

       街の中心にある、コムーネ広場の13世紀の噴水
       ペルージャの、フォンターナ・マッジョーレに良く似た形の、
       少し小型で、装飾も少ない、ストゥリナルドの泉です。

       奥に見えるのが、やはり13世紀のパラッツォ・デル・ポデスタ
       マルケ州における優れたゴシック建築の一つだそう。

       ペルージャのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/8710701


 
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      ◆ピアッツァ・コムーネ・コムーネ広場  2

       コムーネ広場の奥のポデスタ宮に向かい、
       左側に時計塔を持つ、16世紀の司教館
       右に2階部分がロッジャになった、ロッジャート
       ディ・サン・フランチェスコがありますが、
       今回は、ダイアル・アップ対策のためすべて写真略で!
       
       これは、司教館の1階部分のカフェで憩う街の人々

       7月の暑い日で、おまけにこの日の朝、ウンブリアの山奥
       カステルッチョから行きましたので、いささか暑さ呆けのshinkai。

       カステルッチョのご案内は、(また見てやっておくんなまし!)
       カステルッチョ、 そして、大平原のお花畑 その1 その2
       http://italiashio.exblog.jp/8554377
       http://italiashio.exblog.jp/8554238



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      ◆紙の博物館  1

       なにはともあれ、紙の博物館に向かいます。
       この大きな、かってのサン・ドメニコ修道院が改装され、
       博物館になっていて、
       中心のコムーネ広場から行くと、この後ろ姿。

       街の地図は、最後にご覧いただきますね。



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      ◆紙の博物館  2

       こちらが入り口。
       正式な名は、紙とフィリグラーナの博物館・Museo della
       Carta e della Filigrana と言います。
       フィリグラーナというのは、紙を漉く時に、繊維の液体を
       枠ですくいますが、あの枠に、日本ですと確か竹で作られた
       簀がはめられていて繊維をすくいますが、
       あの簀の事を指します。

       ファブリアーノで見たのは、青銅製ですが、
       実はここファブリアーノで、発明されたのだそうです。



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      ◆紙の博物館  3

       入り口で入場料を払っていましたら、英語で何か・・、
       イタリア語でお願いします、と言いましたら、 
       その辺りにいた男性達がどっと笑って、
       博物館の見学の前に、紙の製造歴史のヴィデオを見たいかと。
       という事で、かなり長いヴィデオでお勉強を。

       それがこの部屋で、以前の素晴らしい壁画が、
       大アクリルガラスの向こうに、見えました。



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      ◆紙の博物館  4 (パンフレットより

       中庭の向こうには、実演している部分があり、
       私が入って行きましたら、実際に、紙すきやら、
       乾燥の部分も見せてくれました。
       こうして実演しながら、製品を作り販売も。

       ただ、写真はダメと言われましたので、
       パンフレットからご覧いただきますが、
       これは、布切れを打ちつき、ドロドロにする行程です。
       
       お勉強させられましたヴィデオによると、
       いったんは衰退した紙製造を、18世紀になり
       ミリアーニという人が、この機械工程を発明し、
       盛り返したとか。
 


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      ◆紙の博物館  5 (パンフレットより

       これが、とけた繊維を漉いている行程。
       スイッチを入れると、桶の中でハンドルが回り、
       繊維の濃度を一定にするようになっていました。

       ファブリアーノの紙というと、
       スケッチ用のコットン紙でも有名ですが、
       麻や綿布を使っての、紙製造なのですね。
       これはアラブから伝わり、カビ防止に動物のニカワを使用
       滲み防止にもなるので、12世紀ごろに有名になった様です。

       布から紙を作り、それに活版印刷を用い、イタリアで最初に
       ユダヤ聖書全巻が出版された事情については、
       ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その2
       http://italiashio.exblog.jp/7479431
       を、どうぞ。
       要塞、お馬好きの方は、その1をどうぞ。
       ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その1  
       http://italiashio.exblog.jp/7427001



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      ◆紙の博物館  6 (パンフレットより

       これが、14世紀のフィリグラーナを使った紙です。
       いわゆる、透かし模様ですね。
       たくさんの展示があり、紋章入りやら、デザインやら、
       かっての、権威を込めたお洒落心、とでも言えましょうか。
       
       昨年6月に、我がコネリアーノの町の古文書館
       見学できるチャンスがありました。
       その時に、11世紀ごろからの羊皮紙の古文書とか、
       ヴェネツィア共和国からの通達なども、身近に見れましたが、
       司書の方が、フィリグラーナの話をして、
       ファブリアーノで発明された事や、
       紙を見ると、どこで作られたものか分る事なども
       教えてくれたのですね。
       
       その下敷きがありましたので、ウンブリアの戻りに
       ファブリアーノのこの博物館に寄ったという訳でした。



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      ◆紙の博物館  7

       中庭の様子。
       奥に見える建物部分が、紙製造の実演部分です。




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      ◆紙の博物館  8

       大変興味深い展示パネルを、見つけました。
    
       中国で紙製造が発明されて後、シルクロードを伝わり
       次々とヨーロッパに広まって行った様子が、
       年代入りで示されています。
       ブログ用に写真を小さくしましたら、数字が
       見えにくいので、大まかな年代を次に。       
    
       中国南部での紙の製造発明105年 - 京都610年 
       シルクロード経由 - バグダッド793年 -
       スペイン1150年・ファブリアーノ1264年
       そしてヨーロッパ各地に広がっていますが、
       モスクワには1576年、北欧オスロには、なんと1698年。 




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      ◆紙の博物館  9

       博物館で開かれていた、中世の公証人文書の展示です。

       これは、公証人の姿ですが、
       イタリアにおける公証人は、単に公文書の作成、認証に
       とどまらず、その適性も保証できる法律家、だったと言います。

       この黒ずくめの衣装、そしてその権威にかかわらず、
       彼らも人の子、文書にいろいろ悪戯書きがあるのです!
       それを後ほど、お目にかけます。



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      ◆紙の博物館  10

       18世紀のガチョウの羽根ペン
       これは、偶然に文書の間に挟まっていたのが
       見つかったものだそうで、
       羽根ペンは、11世紀位から使用されていたとの事。



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      ◆紙の博物館  11
  
       こちらも、やはり書類の間から見つかったという
       16世紀の老眼鏡で、縁は、黒い角を利用。
       鼻に乗せ、挟む格好での使用ですね。
       使っていた公証人の名前も判明しています。
       ペルージャの、ジョヴァンニ・ディ・クリストフォロ殿。



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      ◆紙の博物館  12

       羊皮紙
       これも、時代が古いほど幅が狭いのですね。

       文書類は、こうして巻かれていたようです。
       一口に羊皮紙と言っても、
       こうして見ると、かなり肌合いが違いますね。
       羊だけでは無かったのかもしれません。



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      ◆紙の博物館  13

       995年9月の日付で、
       ペルージャの、ジョヴアンニという人物が、
       自分の財産を、サンタ・マリア・ヴァルディポンテの
       修道院に寄贈する、という文書だそうです。
       凄いですねぇ、1000年前です。


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      ◆紙の博物館  14

       こちらは、やはりペルージャの、サンタ・マリア・ディ・
       ミゼリコルディア病院の、1399年の歳入出簿の表紙
       描かれたペン画です。

       小麦の徴収に対して、支払いする場面との事。
       袋を担いで、階段を上る農夫の足は裸足ですが、
       なかなか達者なデッサンですね。

       同じ年の、同じ病院の、捨て子養育院の乳母への支払いの
       帳簿もあり、こちらには、赤ちゃんを抱いた女性のペン画が。

       当時の病院は、教会、修道院の慈善活動でしたので、
       経営管理は神父という事になりますが、
       やはり、こういう部分で息抜きをしたのでしょうか。



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      ◆紙の博物館  15

       これは、16世紀の物の様ですが、
       このように、余白に結構落書きがされており
       中には、ええと、天橋立の逆さ覗きスタイルの、
       女性のオール・ヌードもあり、笑いましたぁ!



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      ◆紙の博物館  16

       こちらの年代が紛れましたが、このガッチリとした
       書体が、通常見る公証人の筆記文体で、
       やはり、書き方練習をしたそうです。

       殆どがラテン語で、中にはイタリア語と両方でも
       あるようですが、かなり年代が下っての事と思われます。



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      ◆ドゥオーモ  1

       最初にご覧いただきましたコムーネ広場から、
       司教館との間の道を、西に上って来ると、
       このドゥオーモ前の広場に出ます。

       写真を撮っている背中側には、市絵画館が。



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      ◆ドゥオーモ  2

       特別に見たいものがあって行った訳ではなく、
       時間が余っていて、ちょうど見れましたので・・、
       が、思いがけない掘り出し物を拝見できました。

       11世紀の物を17世紀に拡張改築したようですが、
       その為に、かってフレスコ画の内陣部分が、
       現在の内陣の奥に、狭く、細く残っているのですね
       そのフレスコ画も修復されていて、
       横から入り込んで見学出来ました。

       私の大好きな14世紀の素朴なものですが、、
       これは、キリスト生誕場面。
       右上のヨハネが、頬に手を当て如何にも当惑顔で・・!
       まぁさか、誰の子?と思っているのではないと思いますがぁ。



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      ◆ドゥオーモ  3

       こちらはまた、内陣反対側の細い、狭い部分。
       聖ロレンツォの生涯の描写の様ですが、
       とにかく、聖人に対する拷問場面のオンパレードで
       釜ゆで、むち打ち、火ごてあて、ecc,ecc。

       右端に、上の小部屋に上がる、細いはしご階段が見えますか?
       壁画の色も大変鮮やかに残り、この狭い隠れ部屋の
       ような礼拝堂が、大変印象的で面白かったです。



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      ◆街の地図

       ファブリアーノの街です。

       1.コムーネ広場
       6.紙の博物館
       4.ドゥオーモ
       5.市絵画館
       

       鉄道駅は、一番右端に見える道を行った所で、
       少し離れていたと思います。

       ファブリアーノの街は、国鉄のローマ~アンコーナ間
       テルニ、フォリーニョ、と辿って、エウロスターで
       約2時間半で、行けるようです。
       ウンブリアにお出かけの際、一足伸ばしてどうぞ

by italiashiho2 | 2009-02-26 05:03 | ・マルケ Marche | Comments(12)
2009年 02月 20日

   ・・・ X ファクター ・ 新人歌手発掘TV番組 ・・・

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      今日は、イタリアのTV番組 Xファクター・XFactor
      国営放送RAI2の、新人歌手発掘番組をご案内します。
      いつもはTVニュース位しか見ないのですが、
      ちょうど夕ご飯のお共に良い時間で、昨年から見ています。

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       ◆司会者 フランチェスコ

       こちらが番組の司会者、フランチェスコ
       大変歯切れの良いお喋りと、そつのない取りもちをしますが、
       この冬,コルティナにスキーに来た時、ヴェネトの
       ニュースに出て、年が分りました。 なんと27歳!
       Tシャツを着ていると、あちこちに凄い刺青が見えますぞ!! 



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      ◆審査員 兼 部門団長

       番組は、3つの部門に分かれてのコンクールで、
       この3人が、番組の参加者を選び、そして左から       
       コーラス部門、25歳以上、16歳~24歳 の部門団長、
       マーラ(レコード・プロドューサー、司会者フランチェスコの
       叔母さんですって)、モルガン(ロック音楽家)、シモーナ
       (ミス・イタリア出身の、TV番組司会者)

       この番組は昨年から始まり、まず応募者の審査を3人一緒に
       行いました。 全部で20万人ほどの応募があり、
       各部門に、それぞれ50人ほども残ったでしょうか。
       その時点で各部門の団長が決められ、3人の顔触れは同じですが、
       受け持ち部門は、昨年と変わりました。
       そして、各部門4人ずつにまで絞られ
       ここから、1月の最初から始まった本番組に登場です。

       多分10週間ほど続く筈ですが、最後の優勝者は一人で、
       勝ち残ると、レコード発売やら、売り出しという事ですね。
       昨年優勝したのは、コーラスの4人でしたが、
       最後まで競った女性歌手の方が、夏の最大ヒットとなりました。

       そういう昨年の実績があるせいか、今年は一段と番組も
       熱のこもった物になっています。
       マドンナなどの舞台を手掛けたルーカが、構成を手掛け、
       衣装、装置も一段と華やかになっています。



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      ◆スタジオ風景

       大変広い、ヨーロッパ1とかいうスタジオで、
       1000人もの観客が入ります。

       登場する歌手は、2手に分けられて歌い、電話での一般投票
       各組の一番投票数の少なかった2人が、最終決戦で歌い、
       これは、審査員が勝ち残りを決めます。
       
       という事で、16日の番組は第6回目でしたが、
       既に5人が去り、新しく審査を通った2人が参加で、
       8人が歌いました。

       回と共に、それぞれの歌手の応援団も増え、駆けつけ、
       横断幕やらプラカードで、こちらも熱がこもって来ました。



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      ◆コーラス部門 1
       
       では、現在勝ち残っている参加者のご紹介を。

       正式のグループ名は、ディオニソスのバカ息子、だったか、
       ええと、日本語ではミックスとか、雑種とかいう
       名前で通っていますが、トレント出身のロック・グループ。
       かなり、強力。



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      ◆コーラス部門 2

       ガラパゴス島出身とかいう、ファリアス。 
       彼らの民族音楽的なものは、さすがですが、
       ヒットさせるには、ヨーロッパ的な音楽も、
       と取り組んでいますが、う~~ん、イマイチ。
       最終決戦に、既に2度引っかかっていて、
       ついに今回、トレードマークの長髪も切り、衣装も変え、
       心機一転で、頑張りました。

       髪を切った顔は、なんとなく、ギャング映画にも出れそう!



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      ◆25歳以上 1

       エンリーコ
       ヴェネトのキオッジャ出身とか。

       ポップ調の物も歌える、高音程も素晴らしい人。
       ただイマイチ、華に欠けると思うのは、私だけかなぁ?



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      ◆25歳以上 2

       ノエミ
       ちょっと変わった声、張りのある濁声とでもいうか、
       それに、大変可愛くて美人。
       予備の最終審査の時から、お気に入りの一人!

       6回目を過ぎ、とうとう女性歌手が彼女一人に
       頑張れぇ!!



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      ◆25歳以上 3

       マッテオ、38歳、今回の最年長。
       大変に上手く、声も良く、嫌みがない正統派。
       この人も、最初からのお気に入り!

       歌う歌は、その団長と歌手指導から指定されます。
       その歌手の個性に合っていると思われる歌で、
       同時にもう少し幅を広げるためにと、少し実験も。
       彼の歌った、アダモや、シンプリー・レッドが素敵だった。
       
       彼と同じクリクリの髪をした、小さい女の子2人のパパ。



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      ◆25歳以上 4

       今年は、25歳以上クラスが充実しています。
       このクラスだった、エリーザが抜けましたが、
       即、途中追加審査でOKとなった、このアンドレアが参加。

       この人は天才肌というのか、ハチャメチャな歌い方で、
       でも、パオロ・コンテなどの歌は面白く聞けましたし、
       何よりも、涼しい目をしています。
       さて、どこまで残りますか。



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      ◆16歳~24歳 1

       ダニエーレ、19歳。      
       上手すぎて、嫌みというか、逆に軽くなる感じ。
       実際何を歌っても、この年でもの凄く上手く、
       下手すると、職人芸になりそう。
       
       審査員のモルガンなどは、それを指摘して
       団長のシモーナと、喧嘩になる位ですが、
       私は彼の云う事に同感。
       ダニエーレは、勿論自分の歌のテクニックに自信があり、
       「テクニックがないと、表現できない」と反論しましたが、
       それだけではないのですねぇ。
       絵でも、テクニックは下手でも、大変良い絵があります。
       それと同じと思いますが。
        
       で、今回、応援団はまさかと思ったでしょうが、
       最終決定線に持ち込まれ、でも残りました。



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      ◆16歳~24歳 2

       ユーリ。 
       予備の最終審査で見た時、この子は行ける、と思いましたが、
       シモーナが、落としました。
       でも、気にかかっていた様で、次の追加審査の時に
       思うのが見つからず、呼び戻したという経過です。
       
       ロックを歌います。
       かなり、いい線まで残るかも。



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      ◆ゲスト 1

       毎回、ゲストが来て歌います。
       こちらはフィレンツェ出身、イレーネ・グランディ

       サン・レモから出発しましたが、今や大歌手並み。



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      ◆ゲスト 2

       こちらは、俳優のアレッサンドロ・ガスマン
       苦い米 などの名優、ヴィットリオ・ガスマンの息子ですが、
       私は親父殿は苦手でして、でも、この息子の方は好きです。

       イレーネとデュエットしたのがヒットしたそうで、
       今回一緒に出演して、歌いました。
       知ってる歌でしたが、タイトルが出ない!! ああ!

       歌番組の紹介に、歌がないのが困りものですが、
       RAIのサイトは、こちらです。 
       http://www.xfactor.rai.it/R2_HPprogramma/0,,1067131,00.html

       大変内容の濃いサイトであるのは分りましたが、
       私めのダイアルアップでは、実際に歌が聞けるかどうかまでは、
       調べきれませんでしたぁ!!
       あちこち、プチプチと、探検してお楽しみくださ~い



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      ◆今迄に消えた歌手 1

       25歳以上部門の、エリーザ
       大変繊細な美人で、歌も声も繊細で、上等で、
       一般受けするには、少し難しかったかも。

       追記 ・・彼女が最終決戦で、シモーナが選ばなかった時は、
       モルガンや、構成担当のルーカがかなり怒りました。
       が、彼女には即、ルーカからミュージカル「ヘアー」への
       出演の仕事が行ったようです。

       一番最初に消えたコーラスグループの写真は、
       撮っていません。



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      ◆今迄に消えた歌手 2

       16歳~24歳部門の、ジャーコモ
       TVで歌うのが、もう最高の嬉しさみたいだった彼。
       でも、まだまだ、先は長いね。



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      ◆今迄に消えた歌手 3

       同じく16歳~24歳部門の、セレーナ
       うん、可愛く美人ではありましたが、
       少し、一本調子でしたね。



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      ◆今迄に消えた歌手 4

       コーラス部門の、S.O.S
       応募してきた時点での、ブルース調は良かったのですが、
       後からの、指定曲が上手くこなせず、
       仲間内も少し揉め、結局去りました。



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      ◆今迄に消えた歌手 5

       今回の最終対決は、16歳~24歳部門の二人、
       ダニエーレと、女性ロック歌手のアンブラとなり、
       アンブラが去りました。 

       本職の歌手になりたい一心の
       既に、あちこちで歌っている様な人たちが
       あれだけの数応募してきて、
       もちろん中には、大笑いのもいますが、
       (これはこれで、見せてくれ、笑わせてくれます。
        彼らだけで組んでの本番出場もあり、ぎゃはは!!)
       審査で選ばれ、プロがアドヴァイスし、
       その中から勝ち抜いて行くわけですから、
       やはり相当の実力がないと、残れませんね。

       参加している歌手が、毎週どんどん自信に満ち
       指定曲をこなし、顔つきが変わって来る
       そして、目指すものに真っ直ぐに向かって行く熱気
       それに魅かれて、見ています

       本番組は、月曜の夜9時から、12時半まで!!
       そして、火曜から土曜までの毎夕40分ほど、
       途中経過などの、報告番組が続きます。
       という訳で、もうしばらく楽しめそうです!



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      ◆今迄に消えた歌手 6

       今回消えた、アンブラ
       多分性格も一本気の、歌も少し硬い人でしたが、
       気に入っていましたから、残念。

       最後は、彼女のアップで。
       
      
      ***
       今週は、サン・レモ音楽祭が開催中です。
       司会者が変わり、視聴率も大変良いとの事ですが、
       まだ、見ていません。
       皆さん、興味がお有りですか?
       2回続いての音楽番組のご紹介、如何でしょうか、
       よろしかったら、ご意見をお聞かせ下さ~い!!

      
 

by italiashiho2 | 2009-02-20 04:57 | ・イタリアのTV番組 TVitalian | Comments(4)
2009年 02月 14日

   ・・・ ヴィッラ・バールバロ・ディ・マゼール ・・・

      このヴェネト地方一帯に、パッラーディオ様式と呼ばれる
      独特の建築様式をたくさん残した建築家、
      アンドレア・パッラーディオ・Andrea Palladio 
      1508年11月30日にパドヴァに生まれたそうで、
      昨年末がちょうど生誕500年。 
      今日は、彼の手になる有名なヴィッラ、アーゾロの近く
      マゼールにある、ヴィッラ・バールバロ・Villa Barbaro 
      ご紹介いたしますね。

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      ◆前面より

       正面からのこの眺めは、皆さんもガイドブックで
       ご存じかと思いますが、実際に行ってみると、
       写真の一番手前に見えている道、
       これがかっての敷地内を横切っている様子で、
       ヴィッラは、道からすぐに見渡せる場所に在り、
       あれっという意外感
       道の手前側に、馬車回しであったろう円形の小広場があり、
       そこに駐車して、脇道をかなり歩いて入口に。



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      ◆テンピエット・小神殿

       上の写真に見える手前の道で、このテンピエットは
       上のヴィッラの東手前側に位置します。
       ヴィッラ・バールバロは、1554年作で、こちらは1580年
       まさに彼の亡くなった年の物で、一番完璧で、一番素晴らしい
       と、自己評価したそうです。
       いかにも、小神殿の名に相応しい、荘厳な建物。 

       建物左下の、← P が、ヴィッラの入り口に続きます。



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      ◆ヴィッラの前庭から

       ヴィッラは、緩やかながらも、かなりの坂の上に
       位置していて、前庭からの眺めは、ご覧の通り、
       ヴェネト平野の地平線が。

       ここを訪れましたのは、2007年の7月。
       大変に暑い日でしたが、今の冬の寒い日に見ると、
       なんと、懐かしい!



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      ◆ヴェロネーゼの壁画 1 (ガイドブック)

       内部に入るには、靴の上から大きなスリッパ式の物を履き、
       なんとなく、床みがきをさせられる感じに
       ずるずると引き摺りながら・・・!
       おまけに内部は写真撮影禁止で、たくさんの管理人。
       そして、現所有者もお住みだそうで、
       実際に動け、見れるのは、中央部分のみですが、
       有名な、ヴェロネーゼのダマシ絵の壁画は見れます。

       こちらは天井部分で、ベランダから見下ろす2人は、
       マルカントーニオ・バールバロ夫人と、その乳母との事。



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      ◆ヴェロネーゼの壁画 2 (絵葉書)

       こちらは、大変可愛い女の子。
       ドアの隙間から、覗き込んでいます



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      ◆グロッタ

       建物の後ろ側に池が作られ、その奥にグロッタ・洞窟
       呼ばれる、あずま屋風が見えますが、
       ここも、こちらの建物から見るだけ。

       なんとなしに、かってのヴェネツィア貴族の
       お庭遊びを、想像したのであります、はい。



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      ◆建物の翼部分 1

       中心の建物の両側に、翼部分が広がり、
       こちらは、その東側部分です。

       最初の遠景の写真では、なんとなく低い建物に
       見えますが、実際には、この翼部分の天井も大変に高い
       壮大な、ヴィッラ・バールバロです。

       この翼部分を通り、中央の入り口に行きます。



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      ◆建物の翼部分 2

       翼部分のアーチの柱に、こんな彫像が。
       建物の内部にも、裏庭にも、前庭にも、とにかく
       たくさんの彫像と彫刻で、どっしりと、優雅なのですが、
       この柱の中の、若い女性とワン君は気に入りました。
       現代彫刻にも通じる、爽快感があると思われませんか?



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      ◆前庭から

       前庭部分から、中央の建物と、庭の彫像を。

       建物真ん中の、テラス部分から眺めるヴェネト平野
       これは大変素晴らしく、気持ちの良い風も通っていました。

       中央建物の三角形の軒下(ここ、なんと言いましたっけ?)
       の像も仰々しいですが、庭の彫像、特にライオン君の表情には
       いつもながら、笑わせられます。       



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      ◆素敵な窓

       ヴィッラの横奥に続く建物の、素敵な窓。
       実際に住んでおられる建物の様ですが、
       かっては、使用人たちの住まいだったのかも。
       いかにも心地よさそうな、ひんやりした空気がありました。



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      ◆葡萄畑

       同じ切符で、上の奥にある馬車の博物館も見れる、
       と言うので、葡萄畑に沿った坂道を登りました。
       2007年は、春も早く、夏も暑い年で、
       葡萄摘みも早かった覚えが。
       7月の末に、すっかり熟れていましたっけ。



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      ◆馬車博物館 1

       大きな納屋を改装して、所狭しとたくさんの馬車が。
       駅馬車風の大きな、たくさんの物入れが設えられた
       郵便馬車も見かけました。



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      ◆馬車博物館 2

       こちらは、ロシアの橇。
       しっかり毛皮に包まって、乗ったのでしょうねぇ。



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      ◆馬車博物館 3

       これは、色もきれいだったのですが、
       座席の下の、スプリングに興味を引かれて。
       薄い木を3層に重ねているのが、見えますか?



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      ◆雪の日 (絵葉書)

       最後は、この雪の日の景色で。
       雪の日には、大きなヴィッラは寒いでしょうねぇ。

       この冬は寒くて、雪も40年振りとか早く、何度もやって来て、
       コルティナ・ダンペッツォに今まで降った雪は、8mとか!!
       春が待ち遠しいですね

      **
       パッラーディオの生誕500年を記念して、
       小さなガイドブックが発行されていますので、
       また、あちこちヴェネト中に広がる、彼の建造物のご紹介を、
       とも考えています。
       ダイアルアップに戻り、写真のアップを考えると、
       なんとも恐ろしいですが、少なめにして、ボチボチ行きますね。

       2か月ぶりに、アクセスアップを覗きに行きましたら、
       なんと、少しも減少しておらずに、驚くやら、うれしいやら
       有難うございます!!
       そして、
       ブオン・サン・ヴァレンティーノ・ア・トゥッティ!!

      ***
       新しく、相互リンクをして頂いたブログのご紹介です。
       hanaさんの、dejavu
       http://papermoon2.exblog.jp
       
       デジェヴ というのは、初めてなのに、いつか、どこかで
       見たような、知っているような、既知感の事だそう。
       素敵な、雰囲気に溢れた写真をどうぞ!

by italiashiho2 | 2009-02-14 05:57 | ・ヴェネト Veneto | Comments(12)
2009年 02月 11日

   ・・・ ごあいさつ ・・・ 

      お久し振りです!! こんにちは!
      そして、大変、大変遅ればせながら、
      
      新年のご挨拶を申し上げます。
      本年も、よろしくお願いいたします!
      (と、まぁこれがないと、やはり始まりませんので・・!)
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      簡単に済むと思っていました電話の名義書き換えが、
      ADSLの新契約問題にに移行し、
      やっとその待機期間が済みそう、
      と思ううちに日本語版PCがアウト。
      友人に頼んで送って貰い、
      さてと言う所からがいかにもイタリアらしく、
      とっくにOKの筈のインターネット接続が、
      またまた、問題続出・・!
      という事で、都合2ヶ月の島流しとなってしまいました。

      ニュースでご存じかもしれませんが、この冬のイタリアは
      大変な寒さと大雪、大雨が続いての被害続出でしたが、
      それに負けず劣らずの、私にとっても厳しい冬となり、
      暦がめぐり、春が来るのを待ちわびていまず。

      やっと今朝テクニコが来て、接続をしてくれましたが、
      新しいPCのキーボードにも慣れにくく、
      小道具ソフトの導入がまだスムーズに行っておりません。
      
      という事で、
      今日はとりあえず、元気でおります、という御挨拶と、
      じきに、またブログを再開させていただきます
      という予告でございます。

      ではでは、よろしくお願いいたします!!

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      ◆おかあはんを、よろしく、よろしくぅ!!

      今回のインターネット接続問題で、
      ひとつ発見がありました。
      なんと、我がスコミーゴ村のADSLの接続許容が
      1本で、それを今まで私が使っていたのですね。
      で、それを一坦の契約解除の間に、
      誰かが申請して、横取りしてしまったという訳です。
      1本というのは、如何にも大げさと思うのですが、
      要するに、少なくて、今後半月ごとに申請をしないと
      いけないそうです!!

      で、それならそうと、言って呉れればよい物を、
      申請し直しながら、1週間ずつ待たされたのです。
      それに絡み、テクニコの休暇が挟まったり・・、
      我慢のShinkaiの、真骨頂が発揮されたという訳で、
      まぁ、イタリアの真実の一端、のご紹介です。

      結論としては、またいにしえの、
      ダイヤルアップ接続に戻りまして、・・ああ!
      まぁ、少しブログの写真も少なめに致します、です。はい。

      という事で、よろしくお願いいたします。
      

 

by italiashiho2 | 2009-02-11 23:06 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(20)