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2009年 10月 26日

   ・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチの生家と、その周辺 ・・・

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       今日は、かのレオナルド・ダ・ヴィンチの生家
       その周辺の風景をご覧頂きますね。
       ルネッサンスの万能の大天才 として有名すぎる人物で、
       彼については、改めて書く必要もありませんね。
       その彼の生家に、フィレンツェから半日出かけて来ました。
      
       上の写真はエンポリの手前、モンテルーポ・Montelupo
       辺りで、この町も何か面白そうな予感が。
       出発したフィレンツェはうす曇の朝でしたが、
       この辺りから急に霧が深くなり、ご覧の通り。


       レオナルド・ダ・ヴィンチ・Leonardo da Vinci という名は、
       ご存知の様にヴィンチ村のレオナルド という意味ですが、
       ではどこにあるか、地図をどうぞ。
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       フィレンツェから汽車で約30分西のエンポリ・Empoli に。
       ここはフィレンツェ~ピサ間に位置し、
       南のシエナへの分岐点ですね。

       ヴィンチ・Vinci は、このエンポリから北に11Kほど、
       そしてレオナルドの生家のあるのは、そこから更に3Kほど北
       アンキアーノ・Anchiano という村です。

     

       エンポリの駅に到着、バスもある筈ですが、
       アンキアーノの生家に直接行こう、と思いタクシーに。
       15Kほどの行程ですから、この方が楽ですね。
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       タクシーの運転手に頼むと、
       今日は生憎の霧で残念、アンキアーノ周辺はとても美しいのだ、と。
       
       ヴィンチと生家の間が3k程と調べていましたから、
       戻りはヴィンチまでゆっくり歩き、バスかタクシーでエンポリまで、
       と考えていましたが、ヴィンチにはタクシーがないとの事。

       では電話するので、と名刺を貰ううちに、
       1時間位なら見学するのを待ってもいいよ、
       その方が時間の節約になるし、とのお申し出。
       待ってくれるなら、このお天気だしそれが良いか、
       とお願いする事に。

       エンポリの町は余り食欲をそそられず、
       が、町を出外れてから美しい景色が広がり始め、残念な霧。
       
       写真はヴィンチの町の入り口で、
       車の中からの横着ですが、高台にお城と教会が。

       ヴィンチからは、かなりの上り坂の道が続き、
       これはタクシーが正解だったかな、と。

       という事で、生家に到着
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       道からは、この様に少し上に位置します。
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       上がっての角からこんな風に
       見えるのは別の家で、向こうは下り傾斜のオリーヴ畑。
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       いささか丁寧に見て頂くのも、
       実は他に写真がないのです!
       内部は例により撮影禁止だったもので。



       はい、これがルネッサンスの万能の大天才、
       レオナルド・ダ・ヴィンチの生家です。
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       入り口に「写真禁止」の札があり、誰の姿も見えず。
       内部を覗き込み、では! とカメラバックに手をかけた所で、
       後から管理人の女性がお出まし、一巻の終わり!



       入り口位は写しても良かったか、と少々後悔する羽目に。
       というのも、サイトを探し回りましたが
       見つかる写真はどこもかしこも、上と同じ写真のみ!
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       これはやっと見つけたIstituto e Museo di Storia della Scienza
       のサイトからの写真で、根性悪く透かしまで入れてありますが
       まぁ、これが生家の入り口です。



       で、小さいながら、遂に執念で見つけた内部の一枚!
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       入り口を入ると、この居間兼台所ですが、
       イメージほど広くはありません。
       左手に暗く見える部分奥に、もう一部屋
       但し1段床が低くなっていて
       管理女性の話では、召使用か家畜用と
       この真ん中の部屋の右手には寝室
       つまり計3室の家ですね。

       写真が駄目なら、絵葉書か小冊子があるかと
       訊ねましたが、何もなし!
       そこの展示パネルに書いてありますよ、と
       大変ご親切ご丁寧な説明で・・、
       それでも話している内に、驚きの話が!!


       これが有名な、レオナルドの出生の記録
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       1452年、私の孫 我が息子セール(敬称)ピエロの息子
       が生まれた。4月15日土曜日夜の3時
       名前をリオナルド・Lionard とつけ、ヴィンチの
       バルトロメーオ教会のピエロ神父が洗礼・・。

       これはレオナルドの祖父アントニオが伝統に従い、
       家の聖書の最後のページに書き込んだ物で、
       母親・カテリーナの名前はなく、既にご存知の通り
       レオナルドは庶出の生まれでした。

       という事で当然、アンキアーノのこの生家は祖父の家
       と思われるでしょう、皆さんも?!
       当然、カテリーナはこの家の召使か、または近くの
       村から働きに来ていた女性、と思い込んでいたのです、私は。
 
       所がなんとこの管理の女性が言うには、
       いいえぇ、この家は祖父アントニオ(公証人)のお友達の
       やはり公証人の家で、カテリーナはこの家で働いていたのよ
       お祖父さんはヴィンチ村に住んでいて、よく行き来し
       彼女も小さい時から、レオナルドの父親と知り合いだったのよ
       で、15歳の時にこの家でレオナルドを生んで・・、

       えっ?! 祖父の家ではなかったのですか? 15歳で?!
       ええそうよ。友達の公証人の家よ、そこに名前が書いてある筈
       でも、この家で生まれた事は確かなのよ。 
       そして生まれた子はお祖父さんがすぐに引き取り
       彼女をこの近くの他の男と結婚させ、子供も何人か出来たのよ

       管理の女性は、お祖父さんのカテリーナに対する対応を
       550年以上経った今も、話している内に腹が立つ様子で、
       今頃はまだ少しは変わっては来ているけど
       あの当時、女なんてまるで数の内ではなかったんだから!と。

       で、パネルを大急ぎで見て、お友達の公証人の名前が
       Ser Tomme di Tommaso らしいと控え、
       管理の女性の話で、30年ほど後に父親がこの家を
       買い取った様子、とも知りましたが、
       なんと、生家は確かに生家でも、盲点がありました!

       で、家に戻って母親について調べている内に
       何ともはや、また別の驚きに出会ったのですが、
       それについては記事の最後で。


       家の前には、オリーヴ畑
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       かなり実が膨らんで来てはいますが、
       オリーヴの収穫は、11月頃だったと。
       葡萄と違いかなり遅く、寒くなりかけの時期です。         
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       生家の少し先にかなり広い駐車場があり
       タクシーはそこで待ってくれたのですが、
       なんと、観光客用の屋台店が何軒か!
       流石だなぁ!と、ミケランジェロの生家の小さな村にも、
       大きな駐車場があったのを思い出しました。
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       駐車場の隣に広がるオリーヴ畑。
       かなり年代を経ています。
       枝の先、色が明るく見えるのが実。


       タクシーに乗り込み、
       レオナルドのお祖父さんの家ではなく、お友達の家だった、 
       と言うとあっさりと「そう!
       お祖父さんが住んでいたヴィンチの家は分かるか?
       と聞きましたが、これはご存じなく。

       で別の提案を。
       ヴィンチのお城の博物館をちょっと見たいのと、
       良かったら、この一帯ぐるっと回って貰えませんか、
       写真を撮りたいのだけど、と。

       OK!を貰い、ヴィンチに向かいますが
       来る時に見た古い家畜小屋らしい所で、まず停車。
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       道を挟み、ワイン醸造所があり、
       お庭を覗くと大きな素敵な甕が。
       これはオリーヴ油保存の甕ですが、呼び名を失念。
       映画の中で見たシチリアのは、
       優に人が入れる大きさの甕も!
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       ぐるっと道がカーヴし、古いお家を修復した素晴らしい
       母屋が見え、奥にワイン醸造の新しい建物が。
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       10月初旬と言うのに、日当りのよい場所なのか
       まだ朝顔の咲いている庭!
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       なだらかな起伏が続き、
       道の向こうの丘にオリーヴ畑の畝
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       葡萄畑の畝はいつも見ますが、
       オリーヴの畝は初めて。
       それにしても霧が深い!



       ヴィンチの中心を望み
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       町は細長く広がり、お城のある位置が一番高く。



       道から見あげる高さにお城とこの教会が並び
       下の道に、新しいレオナルド博物館があります。
       最新テクニックを使っての、様々な実験も見れる様ですが、
       今回はパスして上のお城に。
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       こちらが、お城の博物館
       グイディ伯爵・Conti Guidi のお城と呼ばれ、
       オリジナルは中世初期に遡り、持ち主も変遷を辿り、
       修復の後現在の博物館に。
       一番上に鐘楼があります。
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       坂道を上がるとこんな様子
       かってお城の一部だったと思われる建物は
       スーヴェニール店になっていて、
       狭く急傾斜の石段がお城の入り口に。
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       連日の階段上りでいささかお疲れですが、
       中世のお城となると必死で上ります。
       が、無常にも修復のため休館!
       どうやら10日間程の休館だった様子で残念!



       お城の下をぐるっと道が囲みます。
       この素敵なお家の左には広場が広がり
       右に行くとレオナルド図書館も。
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       広場にある木製の、レオナルドの方円の人体像
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       う~ん、場所柄あっても良いとは思いますが、
       やはりデッサンの方が!
       


       広場の端から、お城を
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       道の右手には
       いかにも中世の小さな集落。
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       楚々として可憐な、カッペリ・ケーパーの花
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       この向かいのお家に、艶々の白黒猫ちゃん、
       次回のイタ猫でお姿を。



       車に戻ると、
       「素晴らしい写真を撮らせてあげる」と
       狭い狭い急傾斜のカーヴだらけの畑の坂道を上り、
       先ほど広場から見た向かいの丘の上に! 
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       おお!
       このお城は住民達から「」と呼ばれた様ですが、
       まさにその形容が納得できる姿の位置。

       こんな道は土地の人しか知らないでしょうし、
       運転のシニョーレも写真が趣味なのだと言い、
       こちらの思いと大体重なるのが、面白かったです。



       ヴィンチから東に向かい。
       生憎の霧ながら、なだらかな風景は大変美しい!
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       ヴィンチ村が、霧にかすみ・・
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       この一帯、オリーヴ畑が断然多いですが、
       少し高い位置になると葡萄畑も
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       葡萄は霧を嫌うので高い位置に、
       と聞いた事がありますし、
       畝の先に薔薇の花を植えるのは、
       葡萄と同じ病気にかかり易いので、
       その目安になるからと。


       
       ほんの少しの薄日で、景色がずいぶん違って見えます。
       同じトスカーナでも、オルチャの谷の雄大さとまた違い
       なだらかで、やさしい風景が広がります。
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       日当りのよい位置なのか、
       こんなに赤い葡萄の葉っぱ
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       ここどう? と運転のシニョーレ。
       シー! シー!
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       これは雄大!
       耕された土地との対比の面白さ!


       同じ場所で視線を移し
       霧が残念!
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       広い広い葡萄畑の畝の面白さ!
       上段右は、まだ赤ちゃんの葡萄畑。
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       上の写真の左上部分。
       同じ葡萄畑でも、色の変化が面白く
       我が家の近くでも、こんな様子をよく見かけます。
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       という所で、エンポリの駅に
       良かったら1日ハイキングもいいな、と
       出かけたヴィンチでしたが、この霧ではね。
       ですが、ちょうど良いタクシーに乗り合わせ、
       ぐるっと一回り楽しみました。
       自分の車でまた出かけるチャンスが出来ますように!


      ◆*◆

       上記しました様に、レオナルドの母親について
       少し驚く記事をサイトで見つけました。

       説明がいささか長くなりましたので、いつものように
       パート2 という事で、
       下の「次のページへ」に、お進み願います!

by italiashiho2 | 2009-10-26 09:24 | ・トスカーナ Toscana | Comments(2)
2009年 10月 26日

   ・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチの母親について ・・・

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       引き続き、有難うございます。
       上で書きました事をまず要約しますと、
    
       レオナルドの生家を訪れ、今迄ずっと祖父の家と思い込んでいた
       アンキアーノの彼の生家と言われるものが、
       実は祖父の友達の家であり、レオナルドはその家で生まれたもののすぐに
       祖父に引き取られ、実の母親カテリーナ・Caterina
       出産後じきに近所の農夫と結婚、何人かの子供も出来た、
       というのが、生家の管理の女性の話でした。

       かなり驚き、家に戻って後改めてレオナルドについて
       調べたのですが、何の気なしに レオナルドの母親 
       検索をかけました。
       なんと出るわ、出るわ、・・驚きました!

       レオナルド・ダ・ヴィンチの母親については、今迄
       近所の農婦、樵の娘、ロシア系ユダヤ人、スラヴ女性 ecc ecc
       いずれも憶測の域を出なかったのですね。

       が今回サイトで知りました、2008年春に出版された本
       の内容はかなり衝撃的な内容ですが、記録を掘り起こし
       積み上げての実証のように思われます
       私は研究者ではありませんし、内容についてとやかく言う程の
       知識もありませんので、そのままご紹介いたします。

       サイトは
       google で madre di leonardo で検索をかけて頂くと
       多分一番最初に出ます PDFファイル版の
       Dalla bottega di Leonardo da Vinci al Museo di Storia delle ...
       をクリックすると、
       La madre di Leonardo era una schiava? です。
       他もありますが、これが一番詳細です。
        
       出版された本の題名は
       La madre di Leonarudo era una schiava?
       レオナルドの母親は奴隷だった? で、
       筆者はFrancesco Cianchi・フランチェスコ・チャンキ
       彼の父親レンツォRenzo・チャンキと共にレオナルドの研究者
       既に数年前レンツォの「レオナルドの母親はオリエントの奴隷だったかも」
       との推測の発表があり、その研究を継いでの今回の出版だった様子で、
       その本の要約をサイトで見つけたのです。

       レオナルドの父親 ピエロ・Piero はフィレンツェで公証人をしており、
       銀行家の ヴァンニ・ディ・ニコロ・Vanni di Niccolo` の
       公証人で友人でもあり、

       ヴァンニの遺言は最初、妻アニョーラ・Agnola が亡くなるまで
       ギベッリーナ通り・Ghibellinaの家に住むという条件で作られたのが、
       後ピエロにこの家を譲る事に変更され、彼は1451年10月24日に死亡。

       カテリーナの妊娠は(逆算すると)ヴァンニの死の3ヵ月後で、
       それまでのヴァンニ家と公証人ピエロの関係は、
       それを境に急に途絶えます。

       カテリーナがヴァンニ家の奴隷であったのは、
       資産台帳によると少なくとも1446年からの事と分かっており、
       奴隷は家の資産と同様、妻のアニョーラに渡るはずでした。

       奴隷という言葉には、抵抗がありますね。
       ですが当時のフィレンツェのみならず、資産家の家には
       女性奴隷がおり、14世紀の初期まではイスラム圏からの奴隷
       が主流を占め、同世紀末には黒海、ギリシャ、バルカン諸島が増え、
       15世紀の中頃からアフリカからの奴隷が現れたのだとか。

       1457年のフィレンツェに於ける奴隷の数は、
       確認されている数だけで544人、という報告もあり、
       奴隷の値段は、年齢、身体状態の他に出身地も影響したと言い、
       白人、とりわけコーカサス出身が高かったと。

       彼女達は新しい名前を与えられ、(カテリーナ、マルゲリータ、
       マリーア、マルタ、マッダレーナという名が一番多かったそう)
       キリスト教に改宗させられ、洗礼を受けたといいます。

       で、本題に戻りますと、
       奴隷と関係を持ち子供が生まれる事は、勿論公的なダメージを
       受けるだけでなく、おまけにレオナルドが生まれて8ヵ月後に
       他人の持ち物である奴隷との関係に関し、大変厳しい法律が
       発布されたのだとか。

       ヴァンニの未亡人とその親戚筋が騒ぎ出すのを宥める必要も
       あったのか、譲られた家にピエロはすぐには移らず、
       23年後の1479年から、その家に移り住んだ様子です。
       前後しますが、
       ギベッリーナ通りの家に住み残った未亡人アニョーラの  
       資産台帳の申請からは、奴隷カテリーナの名は消えており、
       別の下女になっているそう。

       ちなみにヴァンニの未亡人アニョーラというのは、
       フィレンツェの著名な家柄であったそうで、
       その家柄に繋がるベルナルド・Bernardo は
       メディチ家に対するパッツィ家の叛乱で捕まり、
       バルジェッロ宮の窓から絞首で吊るされ、それを後年
       レオナルドがスケッチした、という不思議な縁も。

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       こうしてカテリーナはフィレンツェから消えるのですが、
       1457年に祖父アントーニオのbocche(公証人の台帳?)に
       父親ピエロの直筆
       「リオナルド、serピエロの庶子 彼とカテリーナ、現在ヴァッカ・
       ダ・ヴィンチのダカッタブリーガ・d’Achattabriga のピエロの
       妻 の間に生まれた、5歳」という記述に現れます。

       カテリーナは、レオナルドを出産後1年も経たないうちに
       上記の農夫ピエロに嫁いだ様子
       この5歳になるまで、レオナルドは母親と一緒だったのかも
       知れませんね、乳母のような形で。

       奴隷の身分であったとすれば、早々に追う払うような形で
       カテリーナを他の男に嫁がせ、レオナルドを祖父が引き取った、
       というのも飲み込めます。

       いずれにしてもこの5歳の時に、祖父の家に引き取られ
       教育されたのかもしれません。
       上記のように、父親のピエロは辣腕の公証人だったようで、
       嫡子であれば、父親以上の凄腕の公証人になったかもですが、
       当時の公証人規定で、庶子はその職を継ぐ事ができず
       このお陰で、我々は彼の素晴らしい作品に接する事ができ、
       その万能の天才振りを賞賛できるわけですね。

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       と、この本と同時に出版され紹介された他の1冊
       エリザベッタ・ウリーヴィ著 Elisabetta Ulivi
       レオナルドの系図・ Per la genealogia di Leonardo
       には、これまた驚く事が。

       52枚のレオナルドのスケッチ等に残された200以上の
       指紋の破片から、遂に最新技術を持って、
       レオナルドの左手の指紋が作り上げられたそうです。

       そうして指紋からは、人類がかなり特定出来るそうで、
       同じ指紋は約65%のアラブ人が持っているそうで、
       つまり、レオナルドの母親カテリーナは
       アラブ系の女奴隷であったことが推測出来るというものです。

       という事で、現在のレオナルドの研究者達の目標は、
       奴隷の売買書、または自由民にする書類の発掘だそうで、
       もしそれが見つかれば、出身地、身体的特徴などが分かると。

       というのが、今回知った事どもでした。
       単純に生家を訪ねたつもりが、思いがけない大きなニュースを
       運んできて驚いていますが、
       上手くお伝えできた事を、願っています。

      ◆ 追記 ◆

       リンクしております「イタリア、とりわけヴェネツィア」のペーシェクルード様が
       大変興味深い記事のアドレス、
       レオナルドの指紋に関連して、彼の未発掘の絵が見つかったか、
       という記事のアドレスを送ってくださいました。
       ひょっとして、ミラノ公ルドヴィーコの娘のビアンカの肖像画
       かも知れない、大変美しい絵です。
       ご覧下さい!
       http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2652331/4755445

    
      ◆*◆*◆

       ブログご訪問有難うございます!

       この23日は、友人達が南のバーリからヴェネツィア空港に
       到着の予定が、ゼネラル・ストの発表と重なり、
       どうなる事かと少々心配いたしましたが、
       2時間の遅れで何とか無事に!

       という事で、秋の快晴の空の下をあちこちと。
       で、明日26日からはヴェネツィアに移動し、
       最後はファエンツァに行き、1週間後に家に戻ります!

       という事で、コメントのお返事が遅れても
       ご容赦願います!
       行ってきま~~す!!
       
  

by italiashiho2 | 2009-10-26 09:07 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2009年 10月 21日

   ・・・ フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮 その1 ・・・

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      今回のフィレンツェ巡りでは、温故知新もたくさんありましたが、
      新しい興味深い場所もいくつか知りました。
      今日はその一つ、ヴェッキオ宮・palazzo Vecchio の
      秘密の行程・percorsi segreti なるものをご紹介です。

      これは予約をし、ガイドに案内をして貰うものですが、
      引きこもって化学実験に没頭したという、
      フランチェスコ1世の秘密の書斎、工房や、
      500年代広間の天井裏が見れ、たいへん興味深かったです。

      このコースは始まってまだ新しいので、余りご存じないと。
      という事で、今日はそのご案内とヴェッキオ宮内部のこまごまを。
      ごゆっくりどうぞ!
   
      上の写真は、朝10時前、既に賑わうシニョリーア広場


       皆さんご存知の通り、ヴェッキオ宮はフィレンツェのど真ん中、
       シニョリーア広場・piazza della Signoria の東南角を占め、
       現役のフィレンツェ市役所でもあり、
       南隣には美術愛好家垂涎のウッフィーツィ美術館・gli Uffizi が。
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       ダヴィデ像とエルコレ像の間に扉が見えますが、
       ここと、建物左角を曲がった所にも入り口があります。

       どちらからも入れますが、所持物検査が大変厳しかった!
       どこの博物・美術館も、金属探知機の間を抜けますが、
       ヴェッキオ宮は市役所も兼ね、特に会議開催中のせいか、
       バッグの中も全部検査、靴を脱がないだけでした!


       入り口脇のダヴィデ像
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       なかなか良く出来ているコピー像ですが、
       今回改めてみると、やはり違いますね。
       とりわけ眼球の角度、鼻(小鼻、鼻の穴)
       顔の緊張感がね。

       今回は、アッカデーミア美術館はパスしましたが、
       行かれる予定の方は予約をどうぞ!
       列が出来ておりました。


       入ってすぐの ミケロッツォの中庭
       小天使(ヴェロッキオ作のコピー)のいる噴水があり、
       周囲の円柱、壁が大変優雅な雰囲気を。
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       この装飾は、フランチェスコ1世が1565年に
       オーストリア皇帝の娘、ハプスブルゲ家のジョヴァンナと
       結婚する際に、ヴァザーリが改装したものと。

       円柱は漆喰装飾の金塗り、壁のフレスコ画は
       オーストリア皇帝領のウィーンやインスブルック、
       プラハの景色なのだそう。(見なかったぁ!)


       円柱の漆喰装飾が大変美しく
       天井部分の装飾によく釣り合うなぁと思って眺め・・。
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       中庭はこうして吹き抜けになっていますから、
       冬、雪がひらひらと、噴水の小天使に
       舞い落ちる事もありえますねぇ。
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       最初の中庭から奥に行くと、も一つ広い中庭があり、
       こちらは明るく、税関の広間・cortire della dogana
       とあり、雰囲気がまるで違います。
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       この広間の一角に、よじ登りのライオン君
       ヴェッキオ宮の塔の頂上にあって
       金の球、フィレンツェの象徴の百合の花と一緒に
       15世紀から頑張り、現在上にあるのは20世紀のコピーと。

       この左手に切符売り場があり、
       ここで予約した旨を告げ待ちます。



       秘密の行程なる予約コースがあるのを知ったのは、
       フィレンツェに出かけるほんの少し前で、   
       電話をして申し込みました。
       詳細も知らず、逃げ道とか建物の上に上がれるのかも、と!

       朝の10時を指定され行きましたら、なんと私一人で、
       ヌッチョという、黒髪、黒ずくめ、長い睫の若い男性が
       案内をしてくれました。

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       まずは上の写真の中庭の奥、今見える扉から。
       鍵持ちの女性が一人先導し、
       それぞれの扉の鍵を開けて、待っていてくれます。



       上の扉を入った場所には何もなく、
       ヴェッキオ宮の石壁のみが見え、
       今日通るこの秘密の通路は、
       この強い石壁を利用して造られたもの、と。
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       つまり、ヴェッキオ宮の厚い石壁の中を
       刳り貫いて造られたのですね。

       強固な石・pietra forte と呼ばれるそうで、
       本当に強いのか?と訊ねましたら、そうだ、と。
       フィレンツェの近くに産出し、
       建物や橋の建設に大いに利用されたそう。

       こうして人一人がやっとの狭い狭い急傾斜の階段を上り、
       (前日夕にジオットの鐘楼に上ったばかり!)
       へっ、へっと辿り着いたのが、
       この図に見える真ん中の階、左側の何もない部分。

       この壁の中の道は、やはり当初秘密の抜け道、逃げ道として造られ
       後に隠れ書斎などが付け加えられた様子。

       ここで彼がトスカーナ大公国の継承者について説明してくれ、
       名前のみ知っている私は、それは誰の子? 誰の子?と
       質問し、ようやっとあの辺りの系図がすっきりと頭に!
       非常事態にならないと、頭に納まらない私。

       で、これより右側の部屋に行きます。


       通ったのがこの小部屋で、    写真はガイドブックから
       写真に見える奥の右、何も絵のない部分が
       扉になっていて、あそこから入ります。
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       狭い部屋ではありますが、かといって
       扉から入るには特別に身を屈めないほどで、
       天井部分は(我が家の壁を睨みながら考察するに)
       2m50~60cmから始まる高さ、と想像。

       とにかく凄い部屋!!
       これがフランチェスコ1世の書斎・studiolo 
       呼ばれる秘密の部屋。



       まさに、宝石箱の中にすっぽり入った形、雰囲気
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       入った上の部分に、フランチェスコ1世の母親、
       エレオノーラ・ディ・トレドの肖像画。
       やはり特徴ある美人ですねぇ、すぐ分かります。

       何枚かの肖像画で見る彼女の髪は濃い色に見えますが、
       金髪で青い目、完璧な卵型のまぶしい美人、だったと
      

       そして向かい合って
       父親の、初代トスカーナ大公コジモ1世が。
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       この部屋にはフランチェスコと父親のみが通り、
       他にはほんの特定の人だけ案内されたそう。

       コジモ1世とエレオノーラご夫妻の結婚生活は、
       大変上手く行った様子で、仲の悪い噂は一つも出なかったと。
       内向的で激しく、激変する気分の夫を上手く宥める事の出来る
       唯一の人物で、庶民に対する慈善にも大変熱心だったとか。

       が、決して街を歩かず、馬か緑の繻子とビロードのお輿で、
       庶民に顔を見せず、スペイン式の宮廷を持ち込んだのが
       フィレンツェ市民には余り人気がなかったとか。
       難しいものですねぇ!

       

       天井部分の真ん中の絵
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       絵はすべて寓意画で、
       神から力を授けられた母親が授乳していますが、
       人間の子、一角獣、兎、蛇共にで、
       後にはたくさんの動物が順番待ちしています。
       つまり単なる母親ではなく、
       生物すべての母親を現しているとの事。

       母親エレオノーラの肖像の両脇には、春と夏の寓意画、
       父親コジモの側には秋と冬
       そしてそのそれぞれに、
       人間の4気質をも現す寓意画が展開します。

       天井画の作者は、ポッピと呼ばれる画家で、
       全体を指揮したヴァザーリの絵も。


       中段の絵もやはり寓意画で、これは錬金術師
       フランチェスコ自身が絵の中で
       一生懸命に火にかけた鍋をかき回しています!
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       この絵が一番出来が良い、と思い写したのですが、
       ガイドブックに載っているのも大概この絵ですね。

       でこの絵の下、入って来た扉と同じ高さの絵の後側は
       すべて隠し戸棚になっているそうで、
       (この部分を開けて見せてくれました)
       各絵の寓意に従って、中に収められている品が
       整理されていたそう。
       で、この錬金術の絵の後の隠し棚には、薬品類という具合。

       ローマ大学の教授が、戸棚の中の品を整理されたそうで、
       この部屋すべての戸棚の中を確認するのに
       5時間掛かったとか!

       現在天井部分に照明があり、部屋の中は薄暗いものの
       露出を上げると写真が撮れるほどですが、
       当時の明かりは? と訊ねましたら、
       完全に真っ暗で、フランチェスコ自身が明かりを持って
       この部屋にやって来たのだそう!
       
       かなりのXXXだったろう、と思うのは、
       私だけではないと・・!

   
       これは、錬金術の絵の向かい側の下段の絵で、
       勿論この後にも、隠し戸棚があると。  手振れご容赦。
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       化学実験の薬品類だけでなく、
       貨幣や瓶類のコレクションもあった様子で、
       一部はピッティ宮に展示されていると。



       一番端の絵の後には、ご覧のように階段が隠され
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       こちらは隣に接する四角い部屋で、
       父親のコジモ1世のテゾレット・tesoretto と
       呼ばれる部分と思います(記憶が曖昧!)
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       彼のテゾーロ・お宝を仕舞っていた部屋だそうで、
       召使も入れなかったとか!
       となると、親子ともに・・、なるほど!!
       
       格子天井の絵はやはり寓意画で埋められ、
       これは四隅のうちの一枚音楽で、
       他には美術、建築、彫刻が。

       

       こちらは天井中央部ですが、凄い装飾。
       一人で楽しむ隠れ部屋にしては
       お金が掛かっているなぁ! 
       というのが、正直な感想。
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       こちら四角い部屋の、隠し戸棚
       お隣の書斎の絵の後も、こんな感じでした。
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       嬉しい事に、この部屋には窓が!
       ほっ。
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       最初に上った階段もこんな感じで、
       一人が通るのにやっと。
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       右下にへっこみ部分が見えますが、
       あの中に、釣瓶があり井戸に繋がり・・。



       ガイド氏が、馬の森・bosco di cavallo
       見た事ある? と訊ねます。
       いいえ、何それ?!
       では、見に行こう、とここに。
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       なんと500年代広間の天井裏です。

       この太い何本も続く梁が、あの大広間の屋根を支え
       格子天井の絵を吊り上げているのです。
       馬の森 とは、なんとも素敵な表現ですね!



       梁からの鉄棒が、格子天井を支えます。
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       これを見て初めて、
       そうよね、あの天井格子は吊られているのよね、
       と納得。



       奥の木に1の印、手前にA
       これはオリジナルだそうで、
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       1から向こうは最初に作られた梁で、
       これは屋根を支え、天井を吊り
       手前のAは、屋根に届かない高さで、
       古い梁全体の強化のため、後年作られたものだそう。



       この天井裏の馬達は、ヴァザーリの作だそうで、
       彼はヴェネツィアのドゥカーレ宮
       大評議の間を参考に作ったのだそう。
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       奥行き60mの500年代広間の天井裏、
       微かに光が射し込み、奥が望めます。



       という所で、広間の上に
       この天井裏を見て来たのでした。
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       ヴァザーリの工事以前の天井の高さは
       正面のマーチ型の窓の下の高さで、
       つまり両脇の絵の上辺よりも低かったわけですね。

       右側の壁際の扉横に、ミケランジェロの彫像が見えますが、
       ヴェッキオ宮は、現市役所でもあり、
       広間の半分を使っての、講演会の真っ最中。



       格子天井の絵の部分
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       上から吊られている部分を隠す為の、
       飾りの突起部分は 雫・goccie と呼ばれるそうで、
       これも素敵な表現。
    
       こうしてみると、絵が板に描かれているのが
       良く分かります。
       ええ、キャンバスが発明されるのは、
       もう少し後になりますね。

       という所で、ガイド氏と別れ、一人でヴェッキオ宮の見物に。



       500年代広間に降ります。
       何とも広い高い空間に驚くばかり。
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       部屋の向こう角、アーチの下にガラス戸が見えますが、



       この広間の隅から、
       フランチェスコの書斎がちょっぴり覗けます。
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       これは後年開けられた扉で、当時はなかったと。
       壁の厚さをご覧下さい!
       
       大変興味深い、秘密の行程コースでしたが
       サイトはこちらに。
       http://www.palazzovecchio-museoragazzi.it/attivita.asp?att_id=2

       所要時間は1時間15分ほど。
       予約が要りますが、金額はガイド氏の案内つき、
       ヴェッキオ宮全体の入場料も含め 9.5エウロ。
       予約の電話は、055-2768224で、英語のガイドもあり。
       時間に余裕のある方、是非! のお勧めです。

       という所で、例により奥の手を使います。
       下の「次のページ」をクリックし、
       ヴェッキオ宮 その2 にお進みを!!

       

       

by italiashiho2 | 2009-10-21 01:19 | ・フィレンツェ Firenze | Comments(10)
2009年 10月 21日

   ・・・ フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮 その2 ・・・

       引き続きご覧頂き、有難うございます
       そして、ご苦労様です! ははは。
       ヴェッキオ宮内は軽く見て歩きましたので、
       こちら その2 は、例によって独断と偏見で、
       私の好きな物だけご覧頂きますね。


       500年代広間から階段を上がり、このテラスに。
       すっきりと気持ちよく、外を眺めました。
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       が、家に戻って博物館の地図で確かめると
       500年代広間の奥にあるという
       コジモ・イル・ヴェッキオの部屋とか、
       ロレンツォ・イル・マニーフィコの部屋とか、
       レオーネ10世の部屋 とか見ておりません!!
       きゃ! 次回の宿題が即できましたぁ。


       テラスから身を乗り出し、
       シニョリーア広場のロッジャを。
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       こちらは、サンタ・クローチェ教会
       ここも工事現場並みでしたが、
       またご案内を。
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       ふと見あげましたら、素敵な軒下が。
       なんと、凝っておりますねぇ。
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       テラスから内部への入り口脇に見えた
       扉は鋲を打った頑丈な物で、
       一方、上部はこの軽やかな柄。
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       元素の広間・sala degli Elementiというそうですが、
       こういう豪華絢爛、見たかぁ! これでもかぁ!
       というお部屋は・・で、
       写真OKなのに、全体は1枚も写していない・・!   ガイドブックより
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       この暖炉素敵だなぁ、ちゃんと煙は抜けるのかしら?
       と、覗きに行きましたが、
       はい、ちゃんと穴が開いておりました。
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       色の取り合わせが何とも素敵なお部屋で、
       正面は、ボッティチェッリでしょうね。
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       サヴォナローラによる影響を受けた後は、
       彼の作品は大変硬くなり、
       初期の何ともいえない柔らかさ、優美さが影を潜めます。
       これも少し硬いですが、それでもやはり彼ですね。



       天井の柄
       これもグロテスク模様の一種なのでしょうが、
       大変エレガントで気に入りました。
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       部屋の名前はまるで確認せずに見て回ります。

       隅の小部屋を覗きましたら、
       こんな椅子とテーブルがあり、
       ふと上を見上げましたら、
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       この装飾!
       なんと素敵ですねぇ、
       色使い、金の長押(で良いのでしょうか?)といい・・。
       小部屋の主を想像します
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       ふと見える青空
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       監視の女性が、窓の下の階段に上っても良いと
       言ってくれましたので。



       こちらは、フィリッポ・リッピと思いますが、
       特別な出来でなくとも、
       やはり良いですねぇ!
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       下の年代物の箪笥は良いとして、
       この扇風機が邪魔ですねぇ。
       が、フィレンツェも、この夏暑かったのでしょう!

       追記です。
       絵がリッピの作と思うと書いて後、見直すと、
       どうもこれもボッティチェッリではないかなぁ、・・と。
       調べて分かりましたら、お知らせいたします。



       建物の増築、継ぎ足し部分を見つけました!
       部屋の部分の天井の柄と同じに、
       上の奥部分も、ちゃんと仕上げてあります!
       そしてこの柄、なんとなく矢羽根っぽくて。
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       壁の百合の柄にある赤い線は、なに?

       秘密の行程コースにも似て、こういうの大好き。




 

       窓の向こうに、ドゥオーモの丸屋根!
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       部屋の中、出窓の周囲の壁にまで装飾があります。
       見えますか?
       眺めの良い部屋 の主は、どなただった?



       こちらは、百合の広間・sala dei Gigli と呼ばれる
       素晴らしく大きな広間ですが、・・
       ワッ、ここも全体が1枚もない・・!  ガイドブックより
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       まじめな顔で、槍持ちをさせられているライオン君。
       ははは、ご苦労さん!
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       で、ふとガイドブックの解説を見ましたら、
       この広間のフレスコ画は、ギルランダイオ!
       好きな画家なのに、ちゃんと見ずにライオン君だけ! ああ。



       地図の間
       たくさん並んでいましたが、まずはイタリアを。
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       自国だけあって、かなり正確。

       ですがぁ~・・、


       これが日本とは、ねぇ~!!
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       これもまた何とも素敵な造りで!
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       階段の下で監視人が二人、大お喋りに熱中で、
       やっとあの階段の上には何があるのか、と
       聞き出しましたら、
       小さなテラスがあるのですと。
       見たいやんかぁ!



       かと思うと、修復されたのでしょう、
       すっきりの何もない質素な部屋も。
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       が、壁の戸棚、窓の鎧戸の閉め金具、
       味がありますねぇ。

       木製の物が大好きで。
       とりわけ年代を経た物が。


       シエナ派の天使像
       羽のない、ぷっくりの天使ですが、
       胸元の飾り彫りが素朴で可愛い!
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       右の聖母子はシエナ派の様ですが、
       こういう素朴なテンペラ画が大好き。
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       高い窓への階段。
       椅子が置いてなかったら、
       即、上りそう!



       少し広めの部屋の、壁際のこれ!
       少し離れても一つあり、一つがこの様に開いて。
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       部屋の真ん中に、何か展示物があった部屋の
       覚えがありますが、とにかく即座に
       これに目が行き、他の記憶はおぼろ。

       は~い、トイレです!



       近寄り覗き込み、こうして写しましたが、
       何せ位置が高いのと狭いのとで、こんな感じに。
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       これも壁の厚み利用の出窓形式で、
       確かに穴の跡が見え、塞いであります。

       トイレに間違いはないと思いつつ、
       近所におられた監視の若い男性に、
       これ、・・あのぅ・・トイレですよね?
       そう。 ・・以前は床の位置がもっと高かったのです、この辺り
       と、上の写真の位置の高さ半分ほどを、示し。

       で、あっちも同じですねぇ?
       そうですよ
       あのぅ、・・穴からどの様に?・・下に直接落ちたのですか?
       ・・・そうでしょうねぇ。 (うっすらとお笑いに)
       あのぅ、・・・ 大きい方も直接下に?
       ・・・、そう、そう思うのですが・・。 (ますます、うっすらと!) 

       あのぅ、・・どんな方が使われたのでしょう?
       普通の召使い用ではないのでしょう?
       当時、この一帯はフェルディナンド公の母親のお住まいでしたね
       不思議でしょう? あちらの部屋にもひとつありますよ。

       フム、フェルディナンド公の母親というと
       あのフランチェスコの母親でもある、エレオノーラ様?!

       コジモ1世とエレオノーラは1539年に結婚し、
       当初はメディチ家の邸宅(現メディチ・リッカルディ宮)に住み、
       後ヴェッキオ宮を改装拡張して移ったようですから、
       監視の方の言われたのは、間違いないですね。
       ピッティ宮に移るのは、多分1550年位です。



       思いがけない出会いの掘り出し物にぼうっとし(!!)
       一帯どの辺りにこの部屋があるのか、と
       そのあと少し移動した後、窓があったので覗きました。
       この景色!
       ウム、ヴェッキオ宮の北側だな?!
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       さて、これより後日談
       ヴェッキオ宮の北側の壁の検分に出かけました。
       (我ながら、物好きなのに呆れますが!)
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       覗いている人が見えるあの窓でしょうね、私が見たのは。
       窓枠からはみ出している、鉄具も同じだし。
       で、この左側は・・、


       こんな感じの壁で、窓の左
       アーチの張り出し部分の真ん中にご注目!
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       こんな穴の遺物と見られる物を一つ見つけました!
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       これかなぁ?!
       石の汚れ加減、・・むむ!!
       良く分かりませんがぁ。

       フェルディナンド公の母君、エレオノーラ様は
       ナポリのスペイン国宮廷副王の娘でお輿入れで、
       住み心地の良くないヴェッキオ宮を改装された
       と書かれているのを読みましたし、
       あのトイレもそのうちの一つかも、です。

       おフランスのヴェルサイユ宮殿にはトイレがなかった、
       というのも有名な話ですし、
       皆さんおマルにされて、町中でも朝早く窓から、
       「お水に注意!」と言いながら、ぶちまけたとか・・!


       でも現在博物館の地図にある、
       エレオノーラの区画 と呼ばれるのは、
       南側なのですね。


       こちらが、ヴェッキオ宮の南側部分の壁
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       博物館の地図に寄ると、エレオノーラの区画と言うのは
       渡り廊下(これもヴァザーリの回廊)の手前辺りのはず。
       出っ張りも、穴も見えませんねぇ。

       という所で、トイレの秘密は持越しに
       どなたかご存知の方、どんな事でも宜しいですから、
       (あの部屋の名前、位置、当時のトイレ事情など)
       情報を下さいませ、ませぇ!!


       これは、ウッフィッツィ美術館のバール
       テラスから見える、ヴェッキオ宮。
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       昔むかし、このテラス席でお昼を食べて
       感激した事なども思い出しました。

       が、今回はこのテラス席が
       シニョリーア広場のロッジャの上、と
       今更ながら気が付きました次第!
       


       テラス席から見える、ヴェッキオ宮の
       矢狭間の紋章は、なかなか素敵です。
       とりわけ、窓が開いている所なんぞ、
       まさにイタリアを感じます!
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       ヴェッキオ宮、そしてほぼ満月
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       風雅であるべき筈が、・・ああ、あの壁に目が。



       うん、やはり最後は綺麗に決めないと!
       こんな感じで、如何でしょうかぁ?!
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      ***

       家に戻って後、色々読んでおりましたら、
       秘密の行程の主人公、フランチェスコ1世について
       改めて知る事がありました。

       彼は、1585年にかの天正の4少年使節がピサから
       フィレンツェを通った際のトスカーナ大公で、
       歓迎の舞踏会が催された事、

       ヴェネツィア出身、有夫のビアンカ・カッペッロを愛人とし、
       後、2番目の妻に迎えた事は有名ですが、
       この舞踏会の時は、彼女が女主人であったわけですね。

       若桑みどりさんの「クアトロ・ラガッツィ」に面白い記述が。
       ビアンカは大変胸の大きな女性だったそうですが、
       伊藤マンショが彼女と踊ったそう。 わぉ!

       フランチェスコについても、前世紀中程になり
       文芸、科学を保護奨励した、大変英明な君主である事が分かり始めた事、
       4少年たちを動物園や、庭園の水力学利用の噴水やからくりをも
       案内して回った様子、が記されています。
       4少年達は、ヴェッキオ宮に滞在したとの事。
       
       ビアンカがトスカーナ大公夫人となった事は、
       宮廷の策謀陰謀を巻き起こし、ついに二人とも
       ポッジョ・ア・カイアーノの別荘で謎の死を遂げ、
       砒素中毒説、マラリア説色々論争されたようですが、
       2004年、ついに砒素中毒死である事が証明された様子。

       イタリア版のウィキに、二人の馴れ初めから
       中毒症状の様子などかなり詳細に書かれていて、
       ちょっとした探偵小説風謎解き解説を楽しみました。
       ある意味、覗き趣味に似ているかも! ははは。

       歴史は、教科書の文章から1歩踏み出し、
       個人事情が分かれば分かる程、嵌りますねぇ。
       今回は思いがけずに天正の4少年との繋がりも見つかり、
       その広がりにも、無知な私は改めて驚いています。

       こうなるともっともっと知りたくなりますねぇ!
       cucciolaさんの「ルネサンスのセレブたち」に
       個々の人物が登場するのを楽しみに、お待ちしていま~す!!       
       

     ◆*◆*◆
    
       ブログご訪問、有難うございます!

       今週末には友人たちが我が家に来られ、その後
       ヴェネツィアにも同行して宿泊、というので
       頑張ってブログ更新をしております!

       が、23日にゼネラル・ストと発表あり。
       わぉ、彼女達は無事にヴェネツィアに来る事が出来るでしょうか?!
       また、ご報告いたしますね!!

       

by italiashiho2 | 2009-10-21 00:31 | ・フィレンツェ Firenze | Comments(11)
2009年 10月 16日

   ・・・ フィレンツェ ・ バス周遊観光はいかが? ・・・

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      フィレンツェの街の大きさは
      あちこち眺めながら歩いて回るのに程良く、
      まさに「人間の大きさに合った街」なのですが、では
      歩くには少し遠い場所では何を見たい? と考えた時、
      ミケランジェロ広場から少し高所に位置する
      サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂・San Miniato al Monte
      には行きたく、バス便、料金を調べつつ、
      よっしゃ、では周遊バスに乗ろう! と。

      という事で、ローマで羨ましげに眺めてきた
      フィレンツェ2階建てバス周遊観光なるものを。
      その様子をごろうじろ!


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      ◆バス周遊 A線  1

       このフィレンツェ周遊バスは、
       A線(青色)と B線(緑)に分かれ
       どちらにも乗り降り自由、一日22エウロ
       8ヶ国語の説明イヤホーンつき、という内容。
       私は、駅の東出口を少し北に行った停留所から
       9時15分発のA線に乗り
       まずはミケランジェロ広場まで

       真っ赤なバスですぐ分かりますし、
       バス停には大体30分から1時間毎に巡回してくる様子。
       乗車には、切符(最初に払った受け取りレシート)を
       見せるとOKです。

       では、発車いたしま~す!



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      ◆バス周遊 A線  2

       まずは駅横を発車し、ぐるっと迂回して
       駅前広場に出てきます。

       フィレンツェ駅に到着し、まず目に留まるのが
       このサンタ・マリア・ノヴェッラ教会・S.M.Novella.
       この姿を見ると、「ああ、フィレンツェ~!」と
       ルネッサンスの魔法の粉を振りかけて貰える仕組み

       今回の写真は動いているバスの上からで
       余り良くはありませんが、
       またそろぞれにご案内いたしますので、ご容赦!
   


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      ◆バス周遊 A線  3

       駅前から斜めに中心部に通る
       パンツァーニ通り・via de' Panzani を抜けて行き、
       朝の空気の中に
       すぐにあの大クーポラが。

       勿論2階部分に座りましたから、
       目線の高さが何とも言えない心地よさ!



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      ◆バス周遊 A線  4

       朝の逆光の中、素晴らしい正面壁も、
       まだひんやりとした空気の中。



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      ◆バス周遊 A線  5

       バスの速度はそう速くはありませんが、
       ゆっくり眺める、写真を撮るには速く、
       その目的には、場所に適った停留所での
       乗り降りをお勧めです。

       午後もう一度ここを通りましたので、
       今はこれでお預け!



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      ◆バス周遊 A線  6

       A線(青)はドゥオーモの手前で左に曲がり
       デ・マルテッリ通り・via de' Martelli に。

       左手の薄茶色の建物が、
       メディチ・リッカルディ宮・palazzo Medici Riccardi.
        
       メディチ家がピッティ宮に移る迄の
       100年間の住まいでしたが、
       現在は県庁関係のお役所でもあります。

       フィレンツェの街の通りは狭く、
       歩道から上階の様子を見るのは難しいですが、
       こうして違った目線で街を見れるのが
       2階建てバスの利点。



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      ◆バス周遊 A線  7

       デ・マルテッリ通りが、カヴール通り・via Cavour となり、
       サン・マルコ広場・piazza San Marco に。

       正面に見えるのが、サン・マルコ教会
       フラ・アンジェリコの壁画で有名ですが、
       15世紀に、フィレンツェ社会も教会組織をも激震させた
       サヴォナローラのいた修道院でした。

       広場の手前角をバスは右折です。



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      ◆バス周遊 A線  8

       そしてすぐに建物に囲まれたこの広場の横を。
   
       サンティッシマ・アヌンツィアータ広場
       piazza SS.Annunziata
       かっての捨て子養育院で、現在は美術館
       Spedale degli innocenti.
       ブルネレスキ設計のすっきりとしたアーチが続き、
       デッラ・ロッビアの、
       青地に白い赤ちゃんのメダルが鮮やか。
       
       その名の通り、15世紀創設の捨て子養育院で、
       当時の捨て子収容のための小さな回転ドアが
       現在も見られる様子。

       この養育院、当時の捨て子達については、
       高橋友子著 捨児たちのルネッサンス  名古屋大学出版会
       に詳細があります。
       中世から20世紀に至るまで活動があった
       この養育院の資料の読み解きが大変明解で、
       一読をお勧めします。



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      ◆バス周遊 A線  9

       捨子養育院の向かい側、
       こちらもどうやら、古い信者会の建物の様子。
       
       広場の真ん中には、
       フェルディナンド1世の騎馬像と、
       各建物の前にはバロック様式の怪物の噴水が。
       
      

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      ◆バス周遊 A線  10

       バスはコロンナ通り・via della Colonna を進み、
       途中爽やかな公園を見つつユダヤ人居住区を抜け、
       グラムシ大通り・viale Gramusci に突き当たり右折。

       そしてベッカリーア広場・piazza Beccaria
       クローチェ門・porta alla Croce.

       13世紀に造られた市壁の門で、
       現在生き残りの門の一つと。

       この広場で、聖ミニアートが斬首刑にされたものの
       起き上がり、自分の頭を抱えてアルノ河の向こう
       サン・ミニアートの丘まで歩かれたそう!
       ホンマかなぁ?!
       ははは、ブリジット・バルドーと、ジャンヌ・モロー
       主演の映画を思い出しました!
       (これ分かる方、おられるかな?!)

       街中の狭い道に比べ、13世紀からの市壁を取り除いて
       造られた街を囲む大通り・ヴィアーレは、
       運転者には格好の鬱憤晴らしになる様子で、
       かなりのスピードで突っ走ります!
       2年前運転初心の身でこの一帯を走った時の
       緊張感を思い出しましたぁ。



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      ◆バス周遊 A線  11

       ジョーヴァネ・イターリア大通り・viale Giovane Italia
       をアルノ河沿いまで出て、ここで右折。

       2階席からだと、アルノ河の流れが良く見えます。
       見える塔は、サン・ニコロ・San Niccolo`.



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      ◆バス周遊 A線  12

       国立図書館の前を通り、狭い道に入り込み左折、
       再度アルノ河沿いに出て、来た道を戻ります。

       そしてサン・ニコロ橋を渡り、
       いよいよミケランジェロ広場に向かい
       カーヴの坂道を上ります。



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      ◆バス周遊 A線  13

       上等な家も勿論あるのですが、
       道は並木道で、緑が深く気持ちよく・・。



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      ◆バス周遊 A線  14

       はい、お疲れ様でしたぁ。
       ミケランジェロ広場に到着です。

       青銅のダヴィデ像がありますが、
       この写真を見て初めて、像の足元にあるのが
       メディチ家のお墓にある彼の作品である事に
       気が付いた次第! あ~あ。



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      ◆バス周遊 A線  15

       一旦バスを降り、
       サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂に

       戻って、広場の端から街の眺めを。
       少し霞がかかりイマイチですが、
       おのぼりさんらしく、パシャパシャと。



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      ◆バス周遊 A線  16

       街の眺め左手  一番手前から
       ヴェッキオ橋・ponte Vecchio.
       その奥 サンタ・トリーニタ橋・Santa Trinita.
       そして カッライア橋・alla Carraia.
       奥が A.ヴェスプッチ橋・A.Vespucci.

       一番奥に白くパイプ状に光るもの、
       これが何か分かりません。



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      ◆バス周遊 A線  17

       う~ん、こうして見ると
       ドゥオーモは本当に大きい!!
       そしてあの丸屋根は
       もひとつ大きく、独特の美しさ!!



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      ◆バス周遊 A線  18

       街の眺めの東端を閉める
       サンタ・クローチェ教会・Santa Croce.

       霞がかからず、周囲の緑の丘が見えたら、
       眺めは、なお美しかったでしょうね。



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      ◆バス周遊 A線  19

       周遊バスがやって来て乗り込み、
       カーヴの多い下り坂を行きます。
       並木道の緑の色が、ちょっぴり秋の色。



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      ◆バス周遊 A線  20

       丘を下りきった場所にあるローマ門・porta Romana.
       名前の通り、シエナからローマに向かう街道に続く
       14世紀建設の門と。

       この門も今回初見ですが、地図によると、
       この右手にはボーボリ公園が広がります。



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      ◆バス周遊 A線  21

       ローマ門を通り抜け街中に。
       
       写真を整理していて、門のアーチ内
       フレスコ画が見えたので大きく。
       微かに、玉座の聖母子と聖人たちが見えます。

       市壁の門内には、大概フレスコ画が残りますが
       中世の旅人たちがここから遥かに旅立ち
       また無事に我が家に戻って来れる様
       多くの敬虔な願いが捧げられた事でしょう。
       
       

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      ◆バス周遊 A線  22

       ローマ門から入ってすぐ近くに見えた、
       小さな古い教会入り口



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      ◆バス周遊 A線  23

       バスのA線は、ピッティ宮の手前で左に直進、
       狭い狭い道を抜けて進み、
       運転技術に感嘆しながら、
       手の届きそうな両脇を見あげます!



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      ◆バス周遊 A線  24

       上の写真共に、ちょっと位置が不明ですが、
       こういうお屋敷内の東屋風は
       2階席だから見れるので・・

       バスのA線が、トリーニタ橋を渡った所で
       私は一旦降りお昼を食べ、
       予約を取ってあったウッフィーチ美術館に。

       ウッフィーチ美術館は、
       予約で5分も待たずに入れましたが、
       中程一部が修復中で閉鎖、
       中は満杯で美術鑑賞にはほど遠く、
       最初の何部屋かの好きな絵は、
       「ああ、お久し振りです!」と嬉しく眺めましたが、
       後は、すらすらと通り抜け・・。



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      ◆バス周遊  B線  1

       ヴェッキオ橋を渡ってアルノ河南に戻り、
       今度は緑のB線に乗ります。
       フィエーゾレの空気を吸いに、と。

       21番乗り場で、時間は確か17時45分、
       どうやらB線最後の運行です。

       最初の運行地図で見れます様に、
       B線はピッティ宮の前を通り、
       アルノ河南西部をぐるっと回り駅に行き、
       街中を巡りフィエーゾレに行きます。



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      ◆バス周遊  B線  2

       アルノ河南西の道は、物凄いです!
       いえ、街中も道は狭いのですが、
       かなり交通制限がされているのと、
       バスには乗らなかったので・・。

       この狭い道で、この交通量を毎日をやり過ごす、
       フィレンツェ住人の方々は偉い!! 凄い!!

       右の交通標識は、24時間駐車禁止、
       違反車はレッカーで持ち去る、という物ですが・・!     
      


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      ◆バス周遊  B線  3

       道の狭さにもめげず
       交通道徳の悪さにもめげず
       鳩のウンチ爆弾にもめげず
       健気な3輪車は今日も行く!



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      ◆バス周遊  B線  4

       サント・スピリト教会・S.Spirito 
       の広場を過ぎ、
       マサッチョ・Masaccio の美しい壁画で有名な
       カルミネ教会・Carmine が
       すっぽり修復の覆いの中にあるのも確かめ、
       ぐるっと回って、
       サン・フレディアーノ門・porta S.Frediano に。
       14世紀建設、ピサに行く街道口だったそう。



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      ◆バス周遊  B線  5

       サンタ・トリーニタ橋から見る、ヴェッキオ橋。

       アルノ河は、少し水量が少なかったような。



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      ◆バス周遊  B線  6

       B線の始発はサン・フレディアーノ門とあり、
       最終バスでフィエーゾレに行くとどうなるのか
       訊ねましたら、
       最終便は駅まで戻ります、との事で
       安心して2階席に陣取ります。

       駅前に行き、朝と同様ぐるっと迂回、
       ちょうど戻ってくる周遊バスに出会いますが、
       駅前の道の狭い事!!



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      ◆バス周遊  B線  7

       は~い、再度のドゥオーモで~す。

       この高さが、もうなんとも・・!
       3階建てバス、というのは出来ないかしらん?!



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      ◆バス周遊  B線  8

       B線は、ドゥオーモの横を通り、
       後をぐるっと回り南下します。

       ああ、この高さが何とも・・!

       ピスタァ~!! (のいてぇ~!)



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      ◆バス周遊  B線  9

       ドゥオーモの内陣後陣の膨らんだ部分を
       ぐるっと回ります。

       囲む建物も、ぐるっと環状。
       ドゥオーモの壁の威圧感!
       やはり凄い! 



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      ◆バス周遊  B線  10

       ドゥオーモを過ぎ南下し、
       バルジェッロ博物館・museo Bargello
       手前角から左折しまっすぐ東に。

       今朝A線で通ったジョーヴァネ・イターリア大通り
       に出て南下、アルノ河まで下りここで左折、
       フィエーゾレ・Fiesole に一路です。

       これはアルノ河沿いの分岐点にある
       ゼッカ塔・torre della Zecca.
       13世紀の市壁内にあり、
       名前の由来は、アルノ河の水力を利用して
       フィオリーニ貨幣の鋳造がされた事に。

       ゼッカ塔以前はヴェッキオ宮内でも鋳造されたそうですが、
       この一帯、アルノ河の水力利用の水車が多かったと。



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      ◆バス周遊  B線  11

       お天気が少し崩れ風も強く
       フィエーゾレの甘い気分は余り味わえず・・。

       これは途中のサン・ドメニコ・S.Domenico で
       ここの修道院には、フィレンツェに移る前の
       フィリッポ・リッピがいたとか。

       次回には、ここの訪問を。



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      ◆バス周遊  B線  12

       坂道にさしかかると、
       このようにフィレンツェの景色が望め、
       ドゥオーモが見えると皆一斉にシャッターを。
       ですが、なかなか難しいのですね、これが。
       
       今回訪れた小さな村 セッティニャーノ・Settignano 
       が良かったので、またご紹介いたします。



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      ◆バス周遊  B線  13

       海抜300mに位置するフィエーゾレの広場

       ローマ期の遺跡、古い教会もありますが、
       一度訪れた事でもあり、
       夕暮れ近く、バスから降りる事なく、
       そのまま帰りの発車を待ちました。

       戻り道、終に小雨が降り始め暗くなり、
       1階席に戻って国鉄駅でお終い。

       フィレンツェ2階建てバス周遊、お疲れ様でしたぁ!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       軽くご案内のつもりがかなり長くなり、
       文字数制限が出るかとハラハラ。
       次回、また宜しくお願いいたしま~す!

by italiashiho2 | 2009-10-16 00:26 | ・フィレンツェ Firenze | Comments(10)
2009年 10月 11日

   ・・・ ヴェネツィア ・ トルチェッロ島へ ・・・

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      9月の初旬にヴェネツィアに行った日、
      午後は、これも久し振りにトルチェッロ島に。
      上は、フォンダメンタ・ヌオーヴェ・Fondamenta Nuove
      から出発したヴァポレット・水上バスからの眺めです。
      すでに墓地の島サン・ミケーレ島を過ぎ、
      サン・マルコの一際太い鐘楼と、左に見える細いのは
      サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ
      S.Francesco della Vigna の鐘楼です。


       トルチェッロ島・Torcello に行くのは少し面倒です。
       と言うのも直行便がなく、ブラーノ島・Buranoまで行き
       乗り換えて、トルチェッロに渡らないといけません。

       こんな風にブラーノから見えますが、
       残念、鐘楼の修復中で覆いがかかっていました。
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       ブラーノからは、10分も掛からないと思うのですが、
       このちょっとの面倒さが、案外時間に響きますから
       行かれる時は、余裕を見てお出かけ下さいね。
       
       フォンダメンタ・ヌオーヴェからブラーノまで、約50分
       ブラーノ・トルチェッロ間は1時間に確か2便あったと。

       写真は船着場で、何年か前にすっかり整備され、
       道も護岸工事が行われ、建物も修復が進み、
       菅敦子さんが描かれたような、以前の
       寂れた離れ小島のイメージはなくなりました。
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       運河沿いの道を、ヴァポレットでやって来た人々が
       ぞろぞろと行きます。
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       今見えるお家も、以前はお年のシニョーレが
       猫ちゃんと住み、オペラの歌曲のレコードを
       かけておられたのを覚えていますが、
       すっかり修復され、別の住人が。



       悪魔橋と呼ばれていますが、
       由来があるのか、ないのか、
       単に手すりがないだけからかも。
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       このお家も大変綺麗に修復されましたが・・、
       あ~あ、この煙突の色!
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       上の写真のお向かいも、ご覧の通り修復され、
       こちらはレストランになっていました。
       定食もあります、と客引きのシニョーレ。
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       広いお庭の席が気持ち良さそう・・。
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       小さな橋が運河を渡り、
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       右手前には・・、


       小さな水飲み場。
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       突き当りがこの広場と建物。
       左の鐘楼つきの建物、そして正面奥に見える壁の
       右にも建物があり、どちらも現在は博物館で、
       この右手奥に教会が2つ並びます。
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       写真の樹の下の陰にある大きな石
       見えますか?



       アッティラ王の玉座 と呼ばれていますが、
       アッティラならぬ可愛い女の子が座っていまして・・。
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       トルチェッロ島はヴェネツィアの起こりと言われますが、
       それ以前に、本土側メストレの東15キロ程に位置する
       アルティーノ・Artino という町、

       ここはアクイレイア・Aquileiaと共に紀元前から
       交通要所として、河の港として大いに栄えたのですが、
       アッティラ王率いる蛮族の侵入で破壊され
       住民がこのトルチェッロ島に避難
       7世紀にアルティーノの司教が聖遺物をこの島に移し
       後にヴェネツィアに移ったという歴史があります。

       以来、この島はずっとヴェネツィア共和国と共にあり
       このアッティラ王の玉座と呼ばれる物も、
       実際は、ヴェネツィアの行政官の使ったものと。
       現在博物館になっている建物群も、
       かっての行政官庁等だったという事です。
       
       アルティーノの河川の統治など、
       まさにヴェネツィアの前身とも言えるものだそうですが、
       町は破壊された後放置され、ずっと18世紀後半まで
       手付かずで畑の下に眠っていたのですね。
       ですから、ここの国立考古学博物館には素晴らしい物があり、
       まるで知らずに訪れて、驚いた思い出があります。
      
       アルティーノの博物館の収蔵品などは 
       http://italiashio.exblog.jp/5037537

       アクイレイアについては
       http://italiashio.exblog.jp/5035705
       http://italiashio.exblog.jp/5037664

       アルティーノの、畑の下に眠る町の姿について、
       最新の報告がcucciolaさんの記事にアップされています。
       http://d.hatena.ne.jp/cucciola/20091102/1257107902



       この広場をはさんであるのが、
       サンタ・フォスカ教会・Santa Fosca.
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       建造は11~12世紀との事で、
       中央部分が円形に見えますが、
       周囲を囲む回廊部分が5辺になり、
       内陣部分も五角形で、
       初期キリスト教会の形だそう。

       内部も木組みの見える、どっしりと素朴な形
       大変好きな教会の形です。


       サンタ・フォスカ教会の回廊部分。
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       サンタ・フォスカ教会の回廊部分の角で、
       聖堂サンタ・マリーア・アッスンタ・S.M.Assunta
       の前面ポルティコにに続きます。
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       こちらが聖堂正面からの眺めですが、
       前面にかっての円形の洗礼堂の遺跡があります。
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       聖堂は7世紀前半に建てられた小さな教会が
       7世紀後半に司教座となり、拡張され、
       9世紀にも再度修復拡張。
       現在の形は、11世紀のヴェネト・ビザンティン様式
       と言う事で、
       正面は、アクイレイアの大聖堂に良く似ています。
 
       イタリアに於けるビザンティンの文化については、
       政治も含めて殆ど知らず、要勉強です。



       洗礼堂の跡
       真ん中に円形の、多分浴槽跡でしょう。
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       サンタ・マリア・アッスンタ聖堂の
       前面のポルティコ。
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       かっての洗礼堂がまさに隣接していた様子で、
       その部分の壁が中に入り込んでいます。



       ポルティコのほぼ中央右寄りに、アーチ入り口があり、
       奥左手が聖堂内部に続きます。
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       いわば、教会側廊部分から入る形、ですね。



       内部写真は禁止ですので、
       サイトからの写真でご覧頂きます。
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       内部は3廊式で、円柱は11世紀のコリント様式
       ですが、6世紀に遡るもののあるとの事で
       ご覧のように素晴らしいモザイク画があります。
   
       内陣の司教席が、7世紀の古い形と言うのですが、
       ちょっとした玉座で、大変興味深いものです。
       サイトでの写真を探し回りましたが見つからず、残念。
       お出かけの際は、ご留意を。



       上の写真の奥に見えたモザイク画の一部、
       「最後の審判」です。
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       この聖堂、教会が、この夏 千年祭 という事で
       ヴェネツィアの大司教様が行かれ、ミサがありました。
       そのニュースを見て、久し振りに
       トルチェッロ島に行きたくなったのですね。

       千年祭のサイトには、モザイク画の詳細が
       ありますのでご覧を。 http://www.millenniotorcello.it/pls/millenniotorcello/v3_s2ew_CONSULTAZIONE.mostra_pagina?id_pagina=22342
       


       こちらは聖母像。
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       ラヴェンナのモザイク画を思い出します。
       こちらは、以前撮りました私の写真で。



       こちらは、サイトの写真で知ったものですが、
       今でもこの様に、窓の覆いが石材だそう!
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       古い窓には、アラバスターを薄く切り出してガラス代わりに
       使用しているのは時々見かけますが、
       石の鎧戸は、初めてです。

       正面にはこの並びの窓は見つかりませんから、
       聖堂側面と思うのですが、
       気がつきませんでした。
       次回には是非。 



       はい、この様に側面にも行き、
       すぐ脇のラグーナに浮かぶ観光船も見ましたが、
       石の鎧戸には、お目にかからなかったような・・。
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       聖堂のこちらから見る、サンタ・フォスカ教会。    
       正面と同じ形が、こちらと向こう側とで3面あります。
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       聖堂の向かい側、かっての洗礼堂の遺跡をはさみ
       このお家があり、隅がスーヴェニール店に。
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       いかにもあちこちから集めた様子の
       石像群があり、収集過程を想像すると、はは、       
       なんとなく笑えて来ます。



       すぐ隣がこの様に葡萄畑なのですが、
       ここにも、ご覧のように!
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       それはともかく、
       観光客が溢れるヴェネツィアと比べ
       いかにものんびりとした空気が漂い、
       鄙びて、大変良かったです。

       ご覧のように、宗教と行政関係の中心であったこの小広場には
       建物が4つと、聖堂と教会があります。
       で、船着場から運河沿いにここに来る道筋には、
       全部で現在10軒ほどと(見える数は)。
       
       かって、アルティーノから蛮族に追われ避難してきた人々、
       多分アクイレイアからも、本土側あちこちから、と思いますが、
       ヴェネツィア建国を担った人々の数は一体どれほど?
       この小さな島に、どれほどの人々が住んだのか、
       ちょっと興味、疑問が沸いてきました。
      

       水上バスは、ブラーノ島に着く前
       マッゾルボ・Mazzorbo に停まりますが、
       ここで降りられ、ちょっと道を引き返し
       木の小橋等の見える運河沿いを行き、
       ヴェネトで一番古い鐘楼のある小教会を見たり、
       小さな島をぐるっと回ると、
       ブラーノ島への橋があり、繋がっています。

       お時間が取れるようでしたら、
       こんな散策も宜しいかと、お勧めです。



       最初にご覧いただいた小広場にある
       円柱上のマリア様
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       と書きながら、何かの上に乗っている様子に
       気がつきましたが、さて。
       
       いかにも素朴で、可愛い表情ですね。



       博物館に上がる階段の壁には、
       石碑がたくさん掛けられていて・・、
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       ええ、次回には余裕を持って出かけ、
       博物館もゆっくり見たいものです。



       子供たちが平気で上ったりして
       遊んでいますが・・。
       イタリアですねぇ、
       1000年の歴史遺物ですぞ! 
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       写真を撮っていると珍しげに見るので、
       撮っても良いか、と訊ねると、
       しっかりポーズを取ってくれました。
       うん、この子は美人になるね!
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       という事で、またブラーノ島に戻り
       ヴァポレットを乗り換え、ヴェネツィアに。
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       ブラーノ島のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/5065757



       ヴェネツィアからの位置関係、地図をどうぞ。
       島の形がいささか曖昧ですが、まぁまぁ。
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       アルティーノの位置は、トルチェッロの北西
       本土側3~4キロ入り込んだ場所に。


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       フィレンツェの写真整理が済んでおらず、
       今回は、トルチェッロのご案内でした。

       また、ぼちぼちと!
       よろしくお願いいたします

by italiashiho2 | 2009-10-11 01:20 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(18)
2009年 10月 05日

   ・・・ フィレンツェ、そして少しその周辺を ・予告編 ・・・

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      昨夜、6日間のフィレンツェ歩きから戻って参りました。
      ヴィンチ村に出かけた半日が霧、そして一度夕方に
      ほんの少しのぱらつきがあっただけで、快晴の毎日!
      汗をかきながら、のんびりと見て回りました。
      幸いな事に?!、殆どが写真禁止になっていて
      6日間の収穫は1200枚ほどでしたので、
      少しずつ整理してご覧頂きたいと思っていますが、
      今日はほんの少しだけ、フィレンツェ予告編と言う事で・・。
      皆さんよくご存知と思いますので、説明なしでごゆっくりどうぞ!

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      ◆フィレンツェ  1



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      ◆フィレンツェ  2



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      ◆フィレンツェ  3



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      ◆フィレンツェ  4



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      ◆フィレンツェ  5



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      ◆フィレンツェ  6



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      ◆フィレンツェ  7



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      ◆フィレンツェ  8



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      ◆フィレンツェ  9



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      ◆フィレンツェ  10



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      ◆フィレンツェ  11



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      ◆フィレンツェ  12



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      ◆フィレンツェ  13



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      ◆フィレンツェ  14



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      ◆フィレンツェ  15



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      ◆フィレンツェ  16



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      ◆フィレンツェ  17



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      ◆ヴィンチ  1



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      ◆ヴィンチ  2



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      ◆ヴィンチ  3



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      ◆セッティニャーノ



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      ◆フィレンツェ  18



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      ◆フィレンツェ  19


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       XX振りのフィレンツェは、私同様の観光客で
       溢れかえっておりました!!

       美術館、博物館への入館検査の大変さは空港並で、
       とりわけヴェッキオ宮は凄かった。
       アメリカ入国とは、靴を脱がないだけの違い!

       それでもあれこれ、新しい場所を訪問開拓、
       再認識し、また新知識を仕込み、
       大いに楽しんでまいりました。

       来週早々には、落とせない車の免許再試験が迫り
       トコロテン式、いやな事はまるで受け付けなくなってきている
       この哀れな頭に、いやでも詰め込まないといけません!

       試験が済み次第、またゆっくりと・・!
       よろしくお願いいたしま~す!!

            

by italiashiho2 | 2009-10-05 16:51 | ・フィレンツェ Firenze | Comments(8)