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2010年 01月 29日

   ・・・ カステルフランコの町 ・ ジョルジョーネ展 ・・・

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      上の写真は、ヴェネツィア・アッカデミア美術館所蔵の名作
      ジョルジョーネの「テンペスタ」ですが、
      4月上旬まで開催のジョルジョーネ展で、久し振りに出会いました。
      没後500年記念のこの展覧会は、彼の生地カステルフランコ・Castelfranco
      の、彼の家とされる博物館での開催で、久し振りにこの町を訪問。
  
      ジョルジョーネ展については、cucciolaさんが詳細されていますので、
      こちらもどうぞ。
      http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765021.html
     
      カステルフランコについては、以前一度ご紹介しており、
      緑滴る町の様子はこちらで。
      http://italiashio.exblog.jp/4868553




      地図をどうぞ
       カステルフランコはどこにあるか?
       ヴェネツィアの北西に位置し、電車だとトゥレヴィーゾ・Treviso 経由
       またはパドヴァ・Padova からも。
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       地図をご覧頂くと、ヴェネト平野に於けるカステルフランコの位置
       かっては大変重要だった事が良くお分かり頂けると思います。
       トゥレヴィーゾから西に30k、パドヴァから北に40k
       西のヴィチェンツァからだと35k、
       ヴェネツィアからは北西に、直線距離で45k。

       という事でこの町の起こりは、12世紀の末にトゥレヴィーゾから、
       西のヴィチェンツァ、南のパドヴァに対する砦としての移殖政策に由ります。
       カステルフランコ の フランコは、移植民に対する税免除を意味し、
       守備兵士の砦ではなく、商業農業の取引の場としても重要だったのですね。

       税免除を意味するカステルフランコ という地名はあちこちにあり、
       検索、地名探しには、カステルフランコ・ヴェネトと特定します。



       町の中心部は、ご覧の様に城壁と堀に囲まれ
       現在大きな橋はこの西側と、突き抜ける東側、北と3ヶ所にあり、
       今はこうして石の橋ですが、その昔は跳ね橋だったと。
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       上の写真の堀を渡っての門で、現在この左脇にインフォメーション。
       ご覧の様に、ジョルジョーネ展のポスター、垂れ幕があちこちに見え、
       町はまさにジョルジョーネ展一色なのでした。
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       城壁内の中心部はほんとに小さく
       先ほどの門を入るとすぐに東側の門と市の塔が見え、
       電飾の飾りは、クリスマス用のまま。
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       左手中程の白いアーチの建物が市役所で、
       かっての執政官の建物跡に19世紀に建て替えられたもの。



       こちらが市役所の正面側、ドゥオーモの前から。
       中世の町中にあると新しく見えますが、
       真ん中に18世紀の礼拝堂が内蔵されています。
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       町の中心、城壁内部分の地図をどうぞ
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       左下の門から入り、まっすぐに見えた市の塔 1
       市役所はちょうど真ん中 7
       ドゥオーモ 16
       ジョルジョーネの家、博物館 17で、ここが今回の会場
       2 は、死者の塔・Torre dei morti.

       他にご案内する場所もついでに。
       4 劇場 テアトロ・アッカデミコ
       12 国立音楽大学
       13 トゥーツィオ・コスタンツォの家

       ご覧の様に城壁はほぼ真四角で、一辺の長さが約230m
       現在残る塔は四隅の塔と、市の塔、死者の塔と6つですが、
       元は8塔あったと。



       こちらがドゥオーモで、左脇のクリーム色の建物が
       ジョルジョーネの家とされている博物館
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       ドゥオーモはかってのロマネスクの教会の場所に
       18世紀に建設されたもので、右の小路の奥に見えるのが死者の塔。
       ドゥオーモの右脇に細い階段が付いているのが分かりますか?
       教会内からも抜けれますが、ここにコスタンツォの礼拝堂があり、

       ジョルジョーネの素晴らしい祭壇画・Pala di Giorgione が。


       こちらがその祭壇画。
       フラッシュなしで写真も撮れましたが、少しガラスが反射し・・。
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       大変美しい静謐な作品で、穏やかな明るい光に満ち、
       深い瞑想に誘われる感
があります。



       これは後でご紹介するテアトロ・アッカデミコで、
       懐かしいポスターに再会。
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       家博物館内に残るフレスコ画の清新さに魅かれていましたが、
       こうして見た聖母のまなざしに魅かれたのが
       ジョルジョーネに興味を持つきっかけでした。
  
       この作品は一度盗まれて戻り修復に、で
       長らく町に戻らなかったのですね。
       その経緯をこちらに書いた事がありますので、どうぞ。
       http://italiashio.exblog.jp/4868523



       祭壇画の下部分の左、若い兵士マッテーオ・コスタンツォ・Matteo Costanzo
       が23歳の若さで亡くなり、父親のトゥーツィオ・Tuzio
       ジョルジョーネに依頼したのが、この祭壇画と言われます。
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       この鎧はマルタ騎士団員である事を示し、聖人の名が3名ほど挙げられますが、
       顔は亡くなったマッテーオと言われ、憂愁に満ち、こちらを見つめます。

       展覧会の最初の展示に、
       祭壇画の依頼者トゥーツィオ・コスタンツォについて展示があり、
       彼とアーゾロの女領主カテリーナ・コルナーロとの
       関係についても触れておりました。


       例に寄り、家に戻ってから調べて改めて知る事が多く、
       シマッタ、見なかった!というやつを・・。
       
       これは トゥーツィオ・コスタンツォの住んだ家、地図13
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       彼はシチリアのメッシーナの生まれで、マルタ騎士団に属し、
       彼の父親ムーツィオ・Muzio は、カテリーナの夫 キプロス王ジャコモ2世に仕え
       ジェノヴァ人追い払いの功績で、副王の位。

       息子のトゥーツィオは、キプロスには行ったものの
       ヴェネツィア共和国の下で傭兵隊長として働き、
       キプロス王が亡くなり、カテリーナが政治を執るようになると
       ヴェネツィア政府は彼の影響力を恐れ、島に戻ることを許さず、
       遂にカテリーナがキプロスをヴェネツィアに献上し、
       アーゾロに来る(1489)前に、彼もカステルフランコに(1475)

       血筋が良く武勲にも優れたトゥーツィオは、キプロスの縁もあり
       アーゾロ領主となったカテリーナのお気に入りとなったようで、
       二人の結びつきは深く、セレニッシマの10人委員会の注意を引いた程と。

       が、息子マッテーオの死に際しジョルジョーネに祭壇画を依頼、
       ドゥオーモにコスタンツォ家の礼拝堂を作った事から、
       漸くこの地に落ち着いたものと受け取られた、と。

       アーゾロはカステルフランコからも近く、キプロス王家がらみの
       こういう良家の傭兵隊長がこの町に住み、あの祭壇画を依頼した、と
       大変興味深く感じました。
       トゥーツィオの年齢が分からないのが残念ですが、
       カテリーナとはほぼ同年代と考えて良いのではないかと。
       
       アーゾロの領主カテリーナ・コルナーロについては、こちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/10138432



       家の壁にはめ込まれた、トゥーツィオ・コスタンツォの紋章
       祭壇画にもあるこの紋章、ライオンの下に見えるのは肋骨を示し、
       両脇に、T と C とイニシャルが。
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       昨年末の市会議に、市長からこの家の購入提議があった様ですが、
       ゴシック様式の古い家で階段も急で狭く、床の強度にも問題があり、
       何に使うかも未定の高い買い物はできない、と
       大論争になったという記事がサイトにありました。
       さて、どうなりますか。
       

       サイトで見つけたフレスコ画で、
       これがジョルジョーネ展会場の建物にあるというのですが、
       昔見た時は気がつかず、今回も展示物で一杯で・・。

       カテリーナ・コルナーロはアーゾロから下ったアルティーヴォレに
       バルコ と呼ばれる夏の住居、宮殿を造ったのですが、
       そのバルコの花壇に寛ぐカテリーナとトゥーツィオだそう
       奥に見えるのが、キプロスの宮殿を表していると。
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       カテリーナは多分右側の2人目なのでしょうが、
       トゥーツィオがこれでは良く分かりません。
       うむ、ジョルジョーネ展が済んだらまた建物を見に行って来よう!

       キプロス島をヴェネツィア共和国に引き渡す事については、
       彼女の実弟ジョルジョが説得をした様子ですが、
       この夏の宮殿バルコについても、ジョルジョ自身が見た事のある
       ウルビーノのモンテフェルトゥロ公、パヴィアのジャン・ガレアッツォ公の
       バルコについての情報を与え、それを上回る物をと進言したそう!
       今は単に一棟のみが残るバルコですが、かなりの宮殿だった様子。

       アルティーヴォレのバルコについても、上の記事リンクでご覧頂けます。

       ジョルジョーネの静謐で神秘的な画風は、
       ヴェネツィア貴族からの依頼が多く、公的な仕事は2件のみ。
       ドゥカーレ宮の聴聞室の油彩と、リアルト橋脇の現郵便局、
       かってのドイツ商館の正面のフレスコ画のみで、

       このフレスコ画の値段について、150ドゥカーティの請求に対し
       130しか払われなかったようで、揉めた様子の書類展示があり、
       大変可笑しかったです。

       ドイツ商館のジョルジョーネの壁画については、こちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/10232700



       お昼を食べ町の散歩に

       城壁内には大きな建物が並びますが、
       中庭が覗ける大きな門の上に、雰囲気のあるフレスコ画。
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       市役所の横を入って来た所、テアトロ・アッカデミコ
       18世紀の建設で、こちら手前の入り口部分は後に増設と。
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       テアトロ・アッカデミコのロビー
       なかなか素敵でしょう?
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       舞台も小さく席数も少ない、が、美しい立派な劇場、
       TVニュースでもよく見かける、
       イタリアの豊かな小さな町にある劇場です。
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       我がコネリアーノにもありますが、
       これ程上等な造りではないようで・・。



       左側部分はこの様に塞がれていますが、
       右側の東に当たるこの部分は大きな窓で、
       講演会等に使われる時は、カーテンが開けられるのだそう。
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       たまたま小グループがガイド付きでやって来て、
       説明が聞こえ、儲けものでした。



       天井画
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       後方のボックス席
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       舞台の垂れ幕。
       この垂れ幕が下りているのをTVニュースで見ましたが、
       天井と同じモチーフが真ん中に。
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       ボックス席の様子
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       人口3万人程の小さな町の劇場とは思えませんね。
       如何にこの町が商業交易で豊かであったか、
       文化的にも高い水準を持っていた事も偲ばせます




       町はジョルジョーネ展一色に染まり
       ここにはパンで作った名前。
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       バールか、レストランか良く分かりませんが・・、
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       ガラスに反射して見えるお庭は、


       これです、地図の12
       個人住宅ではない様子で、入ってみました。
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       右手高台にこの建物が見え、ピアノの音が聞こえます。
       何かと思いましたら、かってのバルバレッラ邸・Barbarella が
       現在国立の音楽大 アゴスティーノ・ステッファーニ・Agostino Steffani に。
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       広い空間の大樹に囲まれた音楽大学、
       なんとも優雅で、建物選択のセンスに感心しました。




       細長い中庭の古い井戸、巻き上げ滑車が可愛い形。
       向かいの建物も音大使用の様ですが、
       かっては使用人住居、作業場だったのかも。
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       高台のお屋敷の流れですが、すぐ後ろが城壁
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       城壁の高さは約17mで、厚さは1,7m
       時代の古い造りですから特別な基礎はなく、
       16世紀の火器使用になるとまるで脆く、
       カンブライの戦時には(これについてはまだ・・、ご容赦!)
       あちこちに損傷や陥落が出たとの事。



       ドゥオーモ前まで戻り、東の市の塔から城壁外に。
       
       これは市の塔の、例によってヴェネツィア共和国シンボルの
       サン・マルコのライオン君と時計(15世紀末)
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       カステルフランコの町は、パドヴァのダ・カッラーラ家、
       ヴェローナのスカーラ家領有の変遷の後、14世紀から
       ヴェネツィア共和国の下で4世紀間の平和を享受
しますが、
       この門内天井部にダ・カッラーラ家の輪の紋章が今も。



       城壁を囲む堀の東南部分
       鐘楼の見える方に行くと、国鉄駅。
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       堀を囲み歩道が巡りますが、彫像が立ち大変良い雰囲気。
       堀の向こう城壁外にも散歩道があります。
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       城壁外の北東角、ジョルジョーネ広場が西に広がります。
       この辺り一帯、かっては穀類と家畜市で繁栄した場所ですが、
       この日も市で大賑わい。
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       正面に見える建物群が良い雰囲気でしょう?
       年代が古いせいか素朴な建築様式の3、4階がせいぜい、
       空が広く見えます。



       堀の北東角に、ジョルジョーネの彫像
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       堀を囲む東と北の建物群には
       フレスコ画がかなり残っています。
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       こんな感じで、フレスコ画のモチーフは神話物が多く
       人物、動物、植物と多彩。
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       後ろに見える高いのが、ジョルジョーネ君
       お堀周辺の空気、お分かり頂けます?
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       城壁とお堀をぐるっと回って、駐車場に戻ります。
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      ◆番外

       おまけの予告宣伝を。

       この2月26日から、6月2日まで、我がコネリアーノの町で
       チーマ・ダ・コネリアーノ・Cima da Conegliano展が開催
されます。
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       我が町出身、15世紀から16世紀にかけて活躍した画家で、
       写真は町のドゥオーモの祭壇画。
       ジョヴァンニ・べッリーニに師事した優しい画風が特徴です。

       作品は約40点、ロンドン、ワシントンのナショナル・ギャラリー、
       サン・ピエトロブルゴのエルミタージュ、ヴェネツィアのアッカデミア
       等など、上等なのが集まります。
       これを良い機会に、我がコネリアーノにお出かけ下さい、ませませ!!

       写真の多いサイトはこちらに。
       http://www.daringtodo.com/lang/it/2010/01/26/grandi-mostre-cima-da-conegliano-maestro-del-paesaggio/

       我が町コネリアーノのご紹介は
       http://italiashio.exblog.jp/4460160
    
       町のお祭り、ダーマ・カステッラーナ
       http://italiashio.exblog.jp/9981410

     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今日はもう字数制限一杯!

       次回は、既に立春でしょうか?
       お元気で!
             

by italiashiho2 | 2010-01-29 01:25 | ・ヴェネト Veneto | Comments(15)
2010年 01月 24日

   ・・・ 寒い冬の日、 熱いラザーニャはいかが? ・・・

      先週、トゥレヴィーゾから西に26k程、カステルフランコ・Castelfranco
      で開催中の、この町生まれのジョルジョーネ展を見に行きました。
      彼の家とされている、小さな博物館の中を行きつ戻りつ楽しみ、
      お昼に遅い時間になったので、すぐ横にあるビストロに飛び込みました。
      時間も遅く品切れもあり、おまけに肉を食べないと言いましたら、
      盛り合わせの一皿にラディッキオ・ロッソのラザーニャとマッシュポテト
      それにラディッキオ・ロッソのグリルを持って来てくれ、
      大変美味しく、こちらにも大いに満足!

      日本ではラザーニャというと、ひき肉とトマトのソースを挟むのが普通ですが、
      冬野菜のラディッキオの、ちょっぴりのほろ苦さにホワイトソースのラザーニャは
      まさに大人の味で、皆さんにもご紹介したくなりました
      久し振りの料理のページをどうぞ!


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      ◆ラディッキオ各種

       レシピのご披露の前に、ラディッキオの姿をどうぞ。
       写真は、最初の一枚以外は下のサイト・インオルトから
       http://www.inorto.it/

       一口にラディッキオといってもかなりの種類があり、
       とりわけこの北イタリア、ヴェネトが本場なのでしょう、
       上からかの有名な、ピッと白い剣の様なトゥレヴィーゾ種
       ヴェローナ種、ルンゴとありますが、カステルフランコ種の名でも、
       丸い玉がキオッジャ種、最後がヴェネトの各種です。

       ラザーニャにするには、高価なトゥレヴィーゾ種は少しもったいなく、
       これだけで冬の美味しい一皿、グリル、マリネ、グラタン風、
       サラダにも、様々に頂きます。       

       

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      ◆ラディッキオのラザーニャ・Lasagne al radicchio

       ラディッキオのラザーニャのレシピは各種見つかりましたが、
       写真付きがなかなかなく、材料が日本では手に入り難いかと
       思われるものはやめにして・・。

       見つけたサイトは写真つき(小さいめですが我慢!)レシピが簡単、
       美味しそうでしょう?!
       サイトはこちら・Mammafelice
       http://www.mammafelice.it

       材料
       ラザーニャ用パスタ
       ホワイト・ソース 1L半
       ラディッキオ・ロッソ 3株
       モッツァレッラ 1個
       パルミッジャーノ

       1.ラザーニャ用の板状パスタを茹で、キッチンペーパーで水切り、 
       2.ラディッキオを洗い、葉に分け、少しずつ湯どうしする要領で
         1分ほどさっと茹で、こちらも笊で水切りを。
         これで苦みが消え柔らかくなるとの事。
       3.1L半の牛乳でホワイトソースを作りますが、少し塩味に。
       
       4.オーブン用の皿に、まずホワイトソースを薄く敷き、
         パスタを並べ、ホワイトソース、ラディッキオ、小さい角にした
         モッツァレッラを散らし、パルミッジャーノもパラパラと。
        
         この層を3~4層に重ね、180度のオーブンに約20分で
         出来上がりです。

       以前自分で作っていた時は(近頃は横着者で!)その時に手元にある
       ラディッキオ・ロッソを使い、
       まず、玉ねぎを刻みオリーヴ油で炒め、これも刻んだラディッキオを
       加え、さっと炒め、赤ワイン、スープの素を加え煮込みます。
       で、これをホワイトソースと共にラザーニャの層にして、3層ほど。

       一番上には、モッツァレッラを散らすか、無ければ薄切りのチーズを
       適当にちぎって散らし、パルミッジャーノを振りかけオーブンに。

       ホワイトソースも、電子レンジで簡単に作ります。
       バター50~60gを30秒ほどでチンと溶かし、小麦粉大S2を混ぜ、
       牛乳1カップ半加えてのばし、電子レンジに1分半、1分半、30秒と
       入れながら、その都度かき混ぜ作り、この量で充分だったと。
       それに、市販品という手もありますよね?!

       ご家族の人数によりますが、まぁ日本人家庭であれば、
       上のレシピの量はかなり多量ではないかと思いますので
       そのあたりは適当に!



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      ◆ホウレン草とリコッタ・チーズのラザーニャ・Lasagne ricotta e spinaci

       ついでに美味しそうなホウレン草とリコッタのラザーニャも!
       リコッタ・チーズは日本にもありますよね?
       あっさり味のお豆腐みたいなチーズで、お醤油をたらして食べたりも!

       材料
       ラザーニャ用パスタ
       ホワイトソース市販品
       リコッタ・チーズ1個
       ホウレン草 冷凍食品の塊6~7個
       モッツァレッラ1個
       ペコリーノ・チーズ 粉

       1.ラザーニャ用パスタを茹でておきます。
       2.ホウレン草を塩を加えて湯でさっと茹で、しっかり絞り、
       3.リコッタ・ソースとミキサーにかけ、塩味を整える。
       4.上のラザーニャと同要領で、ホワイトソース、パスタ、
         ホワイトソース、ホウレン草+リコッタ、モッツァレッラ、粉チーズ、
         で3層ほどにし、180度のオーブンで20~25分。
         
       モッツァレッラは使う前に、ちょっと絞ります。
       ぺコリーノ・チーズとあるのも、パルミッジャーノの粉チーズで十分かと。

       こちらの家庭では、ラザーニャを茹でずに乾いたままで使いますが、
       水気が出て柔らかくなるとはいえ、端の方はやはり固いですから
       茹でた方が良いと思います。

       このラザーニャ2種、是非一度お試しを!
       作るのも簡単、市販のホワイトソースも使えますし、
       食べても胃に重くありません。
       寒い冬の日には、ご馳走です!



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      ◆簡単、蛸のサラダ・Insalata focilissima di polpo 

       肉を食べない私は、旅行中に海の幸のサラダなどを見つけると
       「にゃぁおぅ!」と言いたくなる程狂喜しますが、
       蛸のサラダの簡単レシピも見つけました。
       皆さん既にご存じでしょうが、イタリア風もどうぞ!

       材料
       先茹でした蛸の冷凍品
       オリーヴ油、塩
       パセリ
       ニンニク

       1.既に先茹でしてある蛸の冷凍を、30分程茹で、笊にとり冷まします。
       2.ジャガイモも茹で、冷まし、好みの大きさに切ります。
       3、一緒にオリーヴ油、塩、パセリ、ニンニクを加えて混ぜ、出来上がり。

       日本のスーパーでは、確か蛸の足の茹でたのも売っていましたよね。
       あれを使うと簡単ですし、夏以外は室温程度のサラダも美味しいですよね。
       


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      ◆カボチャとゴルゴンゾーラ・Zucca e gorgonzola

       も一つ簡単で美味しそうな、カボチャの一皿をどうぞ。
       ゴルゴンゾーラというのは青かびチーズです、手に入りますよね。
       こちらでは辛口と甘口とあり、辛党の私でも、これは甘口が美味しい!


       材料
       カボチャ
       ゴルゴンゾーラ・チーズ(できたら、甘口を)
       オリーヴ油、塩

       1.カボチャの皮、種を取り小口に切り、ボールに入れ
         少しのオリーヴ油と塩を振り、混ぜます。
         (カボチャ全体にうっすらと油が回る程度)
       2.オーブン用の皿に入れ、180度で30~40分程度、
         柔らかくうっすらとキツネ色になる程度。
       3.ゴルゴンゾーラを適当に切り、カボチャにのせ、
         まだ温かいオーブンに入れ、少しとける程度で出来上がりです。

       
       日本のカボチャと違い、こちらの長いカボチャは水気が多く肉も薄く、
       美味しさは格段に落ちますから、
       これを日本のカボチャでしたら、さぞ美味しかろうと・・!
    


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      ◆ベーコンとトマト、ソーセージのパスタ

       最後はやはりパスタのレシピをどうぞ!
       ベーコンとトマト、ソーセージのパスタ・Pasta con pancetta, pomodoro e salsiccia
       と長い名前ですが、こちらのサイトで見つけました。
       http://www.gustoblog.it/post/5688/ricetta-facile-primo-pasta-con-pancetta-pomodoro-e-salsiccia       

       材料
       200gのパスタ
       玉ねぎ小 半分
       ソーセージ
       ベーコン50g
       オリーヴ油 ほんの少々
       生クリーム 大スプーン1
       トマト 大スプーン2
       パセリ、白コショウ、塩

       1.パスタを茹でますが、と同時に、ソースに取りかかります。
       2.玉ねぎを薄切りにしオリーヴ油で炒め、それにソーセージを薄切りに
         したのを加え、うっすらとキツネ色になりかけたらベーコンも加えます。
       3.これでしばらく煮込みますが、大体パスタも茹で上がりとなりますね。      
       4.パスタを笊にあげ、ソースに加え、
         トマトと生クリームも加え、2,3分。
       5.仕上げにパセリのみじん切りと白コショウ、で出来上がり!

       以上、冬を乗り切るための!暖かいレシピのご紹介でした
       簡単なのばかりです、是非お試しください!!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       この所少しお天気が続いていますが、冷え込みはきつく、
       霜で真っ白な畑の風景を見ながら、
       プールにレッスンにと出かけて行きます。

       寒くはあっても、春を思わせる煌めく陽射しが嬉しく
       ボチボチと、心は旅の日程に向かいます。
       

       大喰らいだったのが嘘の様に小食になり、
       毎日の食事は、野菜が主の簡単料理一辺倒!
       それでも、人様の料理のブログを楽しみに覗いたり、
       チャンスがあれば、美味しい物を頂くのが嬉しい横着者です。

       レッスンの予習宿題に追われ、
       今回は少し簡単になりましたが、また次回に!

      ◆*◆

       新しく相互リンクをして頂いたブログのご紹介を。

       tontonのお弁当日記
       http://blog.goo.ne.jp/fzi02412/

       昨年秋にフィレンツェに来られ、その時チェルタルド・Certaldo に行かれたと
       いうので、名前は知りながらまだ行った事が無い私はしっかり拝見を。
       かのボッカッチョの生まれた町ですが、これは是非次回のチャンスに!

       毎日のお弁当が大変美味しそうで羨ましく、猫のは~ちゃんも可愛いブログです
       ご訪問下さ~い!


     ◆◆ 嬉しい話題を ◆◆
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       3年前になりますが、
       家の近くの雑木林に咲く、野生のクリスマスローズの種を採取し、
       日本のお友達に送った事がありました。
       それが今年蕾をつけ、大きくなり、ほころびかけなのです!

       彼女の丹精のお陰で、3年目にして
       スコミーゴ村出身の野生のクリスマスローズが咲きかけなのです
       今年の最初のブログで見て頂いた花の兄弟です。
       ウェッジさんのお花のニュースをご覧くださいね。
       http://www.fururu.net/user/wedg/20100124153349 

       時々覗きに行っては、養女に出した子が上手く可愛がって貰うのを
       喜ぶ気持ちでしょうか?!
       ウェッジさん、ありがとう!!

   

by italiashiho2 | 2010-01-24 00:36 | ・旨いもの!Buono! | Comments(17)
2010年 01月 19日

   ・・・ トーディ ・ 中世の栄華の面影をつたえ  その2 ・・・

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      今回も引き続き、ウンブリアの南西部に位置する トーディ・Todi のご案内を
      ご覧の通り400mの丘の上、華と咲き誇った中世の面影を濃く残し、
      ギッシリと密な町、それがトーディ。
      これは町から南に下った場所、
      麦畑の中に残る荷車の輪の跡、赤く咲き乱れるポピーの花・・
      ああ、ウンブリアの春! 


       町の中心ポポロ広場に
       ドゥオーモの建設が始まったのは12世紀からですが、
       以前ローマ期の建物があった場所だろうと。
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       ドゥオーモの内部を少しご案内致しますね。
       内部は3廊式で、ご覧の通り素朴なイメージですが、
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       薔薇窓が大変美しく、その下に見える大壁画が目を引きます。
       ミケランジェロの「最後の審判」に大いに影響を受けたと見られる
       ファエンツォーネ(本名 Ferrau` da Faenza)の16世紀後半の物。

       他にもかなり有名作家の絵もあった様なのですが、・・



       それ以上に興味を引かれたのが、この円柱の柱頭部分の彫り
       上の写真でご覧の様に、円柱は細いのと太いのと交互にあり、
       その太い方の柱頭部分に、このように様々な聖人様たちが居られますが、
       なんとも微笑ましい中世式プロポーションで!
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       ですがこのキリスト様は、さすが、という神々しさ。
       彩色されていた様子ですね。
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       ドゥオーモや鐘楼は、火事や地震の災害を受けた様ですが、
       その素晴らしさを増したのは13世紀後半の
       法王ボニファーチョ8世・Bonifacio VIIIの下においてだそう。
       彼は、トーディの司教ピエトゥロ・カエターニ・Pietro Caetani の甥にあたり、
       若い頃トーディに住んでいたとも。
       こういう権力関係の繋がりの影響は凄いですね。
       


       ドゥオーモの右脇側に鐘楼があり、その横道を奥に行くと
       後陣の裏側部分に行き着きますが、
       ここにまた中世がしっかりと。
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       柱の彫り飾りが見事!
       さまざまな動物、人の顔が見張りをし続け・・。
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       これなども人の顔と思うのですが、
       ご先祖様に近いようでもあり、ワクワクします。
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       同じ道筋にあった窓の下の、神の手
       静謐なイメージを伝えて来ます。
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       この脇道に小さなタバッキ兼の本屋があり、
       ガイドブックを求めましたら、年配のご主人が
       「トーディを知るには、歩く事」と。
       はい、脚が攣る程歩きましたです!



       という事で、もう一度町の地図をどうぞ!
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       町の中心のポポロ広場周辺をご案内しましたが、

       次はサン・フォルトゥナート教会・San Fortunato に。
       南からの町の眺めに聳えていたあの教会です。

       ドゥオーモ向かい側にあるプリオーリ宮の右脇の道を行き右折。
       


       素晴らしい眺めでしょう?!
       サン・フォルトゥナートは、町の守護聖人でもあり、
       教会は丘の高台に位置し、下からの石段がジグザグに。
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       建設は13世紀後半から14世紀にかけてですが、
       15世紀に再度続きを。
       正面の未完のむき出し壁が良い趣をかもします。



       正面の大扉を飾るアーチの層(15世紀)が素晴らしく。
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       左側部分アップをどうぞ。
       残念ながら天使の顔は削られていますが、大変優雅。
       向かって右には聖母の像があるので、受胎告知でしょう。
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       夕方近く、既に閉っており、そのまま中は見ずじまいに。



       で、突然ですが、このパオロ・ウッチェッロ描くところの
       ヤコポーネ・ダ・トーディ・Jacopone da Todi の肖像を。
       というのも、このサン・フォルトゥナート教会地下に、
       彼のお墓があるとの事。
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       ヤコポーネ・ダ・トーディの名は聞いた事があるだけで、
       町に行ってもよく確かめもせず、ブログに書く為に調べ始め、
       俄然興味を持ち、例に寄りあれこれ追いかける羽目に!

       その元も、この プラート・Prato(フィレンツェの北西)のドゥオーモ
       あるという壁画をサイトで見つけた事に始まりますが、
       絵から受ける印象通り、大変な人物
       ご覧になる皆さんも、アッシジのサン・フランチェスコ
       共通のイメージ(清貧、頑固、狂信的熱情など)をお感じでしょう?

       ヤコポーネ・ダ・トーディは、その名が示す通りトーディ近郊の生まれ。
       (1236(1230)- 1306)
       裕福な貴族の生まれ、多分ボローニャ大学で学び公証人、
       貴族の娘と結婚し世俗の生活を享受。 が程無く
       舞踏会場の床が抜け落ち唯一の死者が彼の妻、その上、妻が密かに
       豪華な衣類の下に、贖罪の為の鉤の付いた帯(荒布の肌着と記したのもあり)
       を身に着けていた事を知り、一挙に懐疑に陥り、
       持物を全て貧者に与え、自分は世捨て人同然の喜捨を受ける生活に。

       こうして10年後、フランチェスコ会派の厳格派に並びます。
       ラウディ・Laudae と呼ばれる93篇からなる神への賛歌の詩は
       中世イタリアの宗教的文学と見なされ、中にあの有名な
       スターバト・マーテル も含まれているのだそう。

       妻の死に関する逸話は半ば伝説の様ですが、
       も一つ欠かせないのが、ボニファーチョ8世との関わり
       お互いの青年時代、このトーディで知り合いであった事は間違いなく、
       皇帝派、教皇派の争いの幾つかで、若き日のボニファーチョが
       投げつけられた石で頭に怪我をした、という話も。

       その発展か、後にボニファーチョ8世に敵対する
       コロンナ家出身の司教ピエトロ・コロンナに与し、まさに戦争に発展。
       捕らえら破門され、有罪終身収監に。

       が、ボニファーチョ自身がアナーニ事件で憤死する顛末となり、
       最後の3年間は自由の身に、そしてクリスマスの日に亡くなったと。
       
       まさにまさに激しい中世の男
       知り始めると興味しんしんとなり、あれこれ読んだのでした。

       コロンナ家のあれこれについては、cucciolaさんがこちらに詳細に。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764887.html
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764889.html

       ボニファーチョ8世の法皇選出、そしてアナーニ事件については
      カノッサの屈辱
のこちらを。
       http://www.toride.com/~canossa/ms/pope0101.htm



       教会前左右にあるライオン像
       既に目鼻も定かではないのですが、何か獲物を抱えて。
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       高い位置にある サン・フォルトゥナート教会前から。
       左手のこの建物も、素晴らしいでしょう?
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       町中には、あれこれお土産物店が並び、
       やはりウンブリア名物の陶器が目立ちますが、
       私は古い花柄織のクッションをひとつ。
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       ここから少し、町中の通りの様子をご覧頂きますね。
       中心のポポロ広場から、またはサン・フォルトゥナート教会からは
       どちらに行っても下りの坂道!

       威圧感を感じる程に、狭い小路の両脇に聳える高い壁。 
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       そして、この中世の町、建物に特有のアーチの支え
       真ん中に見えるのは、どうやらアーチの上下の建て増しで、
       きっと中に3階分ほどの部屋がありますね、これは。
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       なんと呼ぶのか、イタリア語の先生アンナリーザに尋ねましたら
       彼女も知らずサイトで調べてくれ、結果は単に「アーチ」らしいと。

       町で買って戻ったガイドブックにも、この支えの写真がずらっとあり、
       それには トラヴェルサ・Traversa・支えと。

       ですが、その言葉で検索をかけるとまた少し違うようで、
       今は使われなくなった建築様式なので、名前もあやふやなのかも。



       道も曲がりくねり、建物も出たり入ったり
       支えの壁もアーチも、自由自在に架け渡されて。
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       人通りも、中心広場と目抜き通り以外では殆ど見かけず、
       ですが、ひとつも危ない感触はありません。
       住みやすい町の一つにも数えられているそうで、
       偶に出合う人も、写真の邪魔にならぬよう気を配ってくれ・・。
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       サン・フォルトゥナート教会から、中心方向に戻り南に下る一帯が
       とりわけ古い中世の面影を残すそうですが、
       まさにその通りで、こんな坂道が縦横に。
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       今、お歳を召したお洒落なシニョーラが
       ゆっくりと下って行きます。



       これはサン・フォルトゥナートから西に下った辺りと。
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       私の写真では、特別に狭い小路はありませんが、
       ガイドブックには、人一人やっとの石段道もあり、
       それには「猫や犬用サイズの道」との説明で笑いました。



       サン・フォルトゥナートから、西への広い道、
       ヴィア・チュッフェッリ・Via Ciuffelli.
       銅製品の店ですが、少し色が飛んでしまい残念。
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       ヴィア・チュッフェッリを少し下ると、展望台風に開けた公園があり、
       町のドゥオーモの奥から西側部分がこのように。
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       この公園の下に広い駐車場があり、ケーブルカーが連絡しています。
       先に知っていたら、町の真ん中に陣取る事が出来、見物もしやすく、
       食事の為に坂道を上り下りする事もなく、脚が攣る事もなく・・!

       食事で思い出しましたが、
       コルソ・カヴールからポポロ広場に近い右手に
       カヴール・Pizzeria Ristorante Cavour というのがあり、
       Corso Cavour 21. Tel 075-8943730
       
       ここで2回食べましたが、美味しかった!
       茸のオムレツの美味しさが忘れられず、7月のウンブリア旅行の際
       アックワスパルタ・Acquaspartaに行き、少しがっかりの町で、
       Todi 18K とある道路標識を見て、よしもう一度あれを食べようと走り、
       駐車場を探し回り、また必死の坂登り!
       で、着いたら夏休みで閉めていて、力が抜けた記憶が。 はへぇ。

       ポポロ広場周囲には他にも美味しそうな店がありましたが、
       夕食の始まる時間が遅くて待ち切れず、
       試すチャンスがありませんでしたぁ。



       公園の城壁の上、鳩が温かい石の上で膨らんで
       町が高いせいか風が結構強いのです。
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       公園のマロニエの花
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       下の平野を見下ろして
       こちらは町の北側。
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       ドゥオーモから北に、そして東に下る坂!
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       上の写真の坂道の途中から右に入って行くと、古い城壁の下の広場に。
       この一帯如何にも古い家が並び、段差をつけ下に広がり、
       なんとも趣深く、行ったり来たり、アーチをくぐりまた戻り・・
。      
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       これが広場の西の、どうやらエトルスク期の壁
       壁の上に道があり建物が並び、
       町の段差の様子がお分かりでしょうか。
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       トーディの城壁は、エトルスク、ローマ、中世と3重に重なリ
       外に広がります。



       同じ広場の南角。
       この高さ、この威圧感
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       中心のポポロ広場からコルソ・カヴールを下り、
       道の名がヴィア・ローマと変わり、このカテーナ門・Porta Catena.
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       ここから道の名がヴィア・マッテオッティ・Via Matteotti となり、
       長~い坂道が町の東下まで続きます。
       が、この門の外すぐ左手に入り込むと・・



       多分ローマ期の城壁の外側の道にでて、
       先回ご覧頂いたアウレーア門外まで続きます。
       見上げる高さの建物、家が続き、左手柵の下にも家並。
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       上の写真の城壁外の道から、最初入って来たアメリーナ門を。
       門の外は新しい家並、新しい町で、門の中は中世
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       これは、サン・フォルトゥナート教会から南に下った所
       リーべラ門・Porta Libera 辺りから南を眺め
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       町の南の門アメリーナを出た道は一旦下り、
       大きくカーヴを描きながら南の山に上り、消えて行きます。
       そして、山の上にはどうやら塔の形が。

       こんな道を見たら行ってみたくなりませんか?
       どんな村を通り、何処まで行くのか・・。
       ええ、半日この道を辿りましたら、
       まさに中世そのままの村が幾つか
       チャンスを見て、またご案内いたしましょう。



       トーディの町の坂下、西端にあるルネッサンス様式の教会
       サンタ・マリーア・デッラ・コンソラツィオーネ・S.M.della Consolazione.
       正式な記録は無いものの、ブラマンテの手も加わっていると言われます。
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       南への道を辿る途中から、トーディの町を
       
       まさに中世がギッシリと詰まり、今なおゆったりと息づく町
       素晴らしさは期待以上でしたが、上手くご案内できたでしょうか。
       少し交通が不便ですが、是非お出かけください!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       ADSLの接続が遅れ、業を煮やし他の店に依頼、
       遂に先週金曜より1年ぶりに現代社会復帰のshinkaiで~す!

       やはり、早~い!!
       写真の多い我がブログもするすると!

       若いお兄ちゃんではありましたが腕は確かで、
       日本語表示の我がPCも、何の事なしするすると。
       うむ、次回もここに頼む事にするべ!


       お天気の良かった土曜には、ジョルジョーネ展に。
       今年が没後500年なのですね。
       彼の生まれたカステルフランコの小さな町は、
       ジョルジョーネ展一色に染まり、人手も多く賑やか

       絵以外にも記録文書や道具類の展示など
       大変興味深い展覧会で、お昼のラディッキオのラザーニャも美味しく!
       満足して、夕暮れぎりぎりに家に戻りました。
       こちらも整理の後、ご紹介をと思っています。

       という事で、ではまた!

   
    

by italiashiho2 | 2010-01-19 00:56 | ・ウンブリア Umbria | Comments(8)
2010年 01月 14日

   ・・・ トーディ ・ 中世の栄華の面影をつたえ  その1 ・・・

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      今日のご案内は、ウンブリアの南西部に位置する トーディ・Todi を。
      ご覧の通り400mの丘の上、華と咲き誇った中世の面影を濃く残し
      ギッシリと密な町、それがトーディです。
      2年前に訪れた後、自分の中の消化不十分でご案内が遅れましたが、
      お正月にトーディが舞台に使われた映画「華麗なる激情」、
      ミケランジェロとジュリオ2世の葛藤をご紹介しましたので、今回遂に。
      上手くご案内を、とまた長くなり2回に分け、
      一挙連載をと思いましたが、息切れして、はは、今日はその1のみを!
      お茶など入れて、ごゆっくりご散歩をお楽しみ下さい。
            


       トーディ・Todi の町はどこにあるか
       位置をご覧頂くのに、これ以上広範囲にするとまるで消えるので・・!
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       ローマ・ペルージャを結ぶ幹線上
       オルヴィエートから東に37kの位置。

       町への行き方は、
       最寄の国鉄駅はペルージャ・Perugia か、テルニ・Terni で、
       そこからバス利用
ですので、時刻案内のサイトを。
       ペルージャ - トーディ 南へ45k
       http://www.apmperugia.it/canale.asp?id=21 
       テルニ - トーディ 北へ43k
       http://www.atcterni.it/contenuti/indicextra.html
       ローマ・フィウミチーノからも夕方バスがある模様
       http://www.sulga.it/autolinee/linee/orario.asp?ID=6

       距離数も書きましたが、距離の近いオルヴィエートからが
       道路状態で一番時間がかかり1時間ほど。
       ペルージャ、テルニからは各45分ほどの様子です。


       トーディに行ったのは2008年の5月と7月初旬、
       宿は町の南から続く急坂を下った場所でした。

       Telで訊ねると、写真に見えるアメリーナ門・Porta Amerina から
       50m程との事でしたが500mはあり! しかも物凄い急坂!
       おいおいご覧頂きますが、
       門から中心のポポロ広場までも、喘ぐ程の急坂!
       日頃プール体操で鍛えてはいるものの、
       3日間の滞在中4回往復しましたら、脚が攣りましたぁ!
       宿の取り方についても後ほどご助言を、はい。
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       見えている教会と鐘楼は、サン・フォルトゥナート・S.Fortunato



       アメリーナ門を通り、再び見上げる教会と鐘楼
       まずは中心広場まで参りましょう。
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       町の地図は最後に。



       突き当たった道を右に
       そう、こんな坂道が続くのですよぉ!
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       アウレーア門・Porta Aurea があり、
       この左手から古い城壁の外の道に出て、眺望を楽しむ事も。
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       町の繁栄拡張に伴って何度か市壁が外に築かれ、
       古い市壁が町の中に残ります。
       圧倒的な存在感!



       この狭い入り口階段は多分、両側の家の間を通り
       上階にある家にと続くのでしょう。
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       トーディの町は、元々エトルスクが起こりで
       ローマのコムーネとして紀元前より大いに繁栄。
       ロンゴバルド期には一時衰退しますが、その後
       中世に入ると自由都市として最大の繁栄期を迎えます

       1000年前後よりの商業交易、手工業の大繁栄は、
       14世紀に教皇領となると、次第に緩やかに退廃したと言われます。
       
       人口も現在は2万人足らずですが、
       中世の最盛期には、その何倍もあったとか。
       今に残る重々しい城壁、高い建物の壁はその歴史を物語ります。

       封建領主としては、アルノルフィ・Arnolfi モンテマルテ・Montemarte
       リ・アッティ・Gli Attiなどが、
       教皇領になってからは、マラテスタ・Malatesta 
       フランチェスコ・スフォルツァ・Francesco Sforza
       などがこの町に名を残します。
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       さて、これは何家でしょう?



       坂道を上る途中、右側に小さな広場と教会
       外の壁にも聖母のフレスコ画が見えますが、
       中にこの13世紀木製の素晴らしい聖母子
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       サンタ・マリーア・イン・カムッチャ・S.M.in Cammuccia 教会
       といい、ドメニコ会派の修道院であったそう。



       やっとの思いで突き当たり迄行き、右折。
       この道がこの場所ではヴィア・ローマ・Via Roma 
       もう少し先になるとコルソ・カヴール・Corso Cavour
       名を変え、中心のポポロ広場・Piazza Popolo まで。
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       この道がいわば目抜き通りで商店などが並びますが、
       見える門はマルツィア門・Porta Marzia.
       優雅な透かし彫りは、この町には少ないルネッサンス様式との事。



       門を過ぎて見える形
       優雅なテラスは、古くからのエトルスクの門の上に
       後に付け加えたもの。
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       コルソ・カヴールからの左手への道
       どの道も、坂道と階段道で、
       幾重にもアーチが続きます。
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       マルツィア門の手前から右手に下る町の東下部分に
       メルカート・ヴェッキオ広場・Piazza del Mercato Vecchio があり、
       そこにローマ期のニッキオーニ・Nicchioni・大壁龕 の遺跡。
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       現在は駐車場と化していますが、ローマ期のフォーロ・Foro・集会場
       であり、この写真ではよく見えませんが、
       アーチの上部分に様々な彫があり、かっては町の崖部分の強化に、
       そしてテラスでもあったろうと。

       今は上に中世部分の建て増しと見える家が並びますが、
       広場からは見上げる高さで、やはり大変な存在感。



       トーディの町の海抜は400mですが、
       まさに周囲の丘を見下ろす高さに位置します。
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       町の北からやって来て、丘の急坂を上るのに
       車のスピードを1~2に入れ替えないと、上らなかった記憶が!



       コルソ・カヴールに戻り、再び中心広場に向かいます。

       これは、チェジーアの泉・Fontana Cesia またの名を
       デッラ・ルーア・della Rua と。
       壁の上は、町の中心広場の端に当ります。
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       イェイ、遂にポポロ広場・Piazza del Popolo に到着
       正面奥に、美しい薔薇窓を持つドゥオーモ。
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       ポポロ広場は長方形に広がり、奥にこのドゥオーモ
       右側にカピターノ宮・Palazzo del Capitano・執政長官庁と
       ポポロ宮・Palazzo del Popolo・いわば市民会議所が並びます。

       広場の南には、ドゥオーモと向き合う形で
       プリオーリ宮・Palazzo dei Priori・行政官庁と、
       昔も今も、まさに町の中心広場。



       ドゥオーモの正面、下側部分
       建設が始まったのは7世紀で、完成が9世紀。
       ですがその後も手入れが続き、
       この石段は、18世紀に造りかえられた物と。
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       正面壁の上側部分、シンプルなロマネスク様式で
       美しい大きな薔薇窓が一つだけ。(1515年)
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       入り口、16世紀の木彫の大扉の部分。
       両脇の彫り物デザインが素晴らしいです。            
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       入り口扉上のアーチ飾り部分
       ギロッと睨んでいる様子で・・。
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       石段の、若い女性2人。
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       私も石段に腰を下ろし、広場のカッフェに憩う人々を。
       中高年グループ、若い人たちとさまざま。
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       カフェのある側の建物に壁に、
       中世の方々の顔があれこれ、今もそこにお出でです。
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       名前が読めて、どんな人だったのかを知る事ができたら・・!



       中心のポポロ広場の感じが、お分かりでしょうか?
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       正面が、ドゥオーモに向かい合うプリオーリ宮
       13世紀の建設で、右側部分が14世紀前半に
       増設拡張、塔も14世紀後半に。
       修復され、白く美しい姿で、3階部分に見える青銅の
       羽を広げた鷲 がトーディのシンボルです。

       建物右の道には商店が並び、サン・フォルトゥナート教会
       にも繋がります。
       
       建物左に見える隙間が、下からやって来たコルソ・カヴールで、
       その左の階段の奥に見える建物が、パラッツォ・デル・ポポロ、
       階段横の手前の建物が、パラッツォ・デル・カピターノ。

       この階段の見える広場の部分が、
       ミケランジェロと、彼にシスティーナ礼拝堂の壁画を描かせた法皇、
       ジュリオ2世との衝突と友情を描いた
       映画「華麗なる激情」に何度も登場しておりました。



       右、パラッツォ・デル・ポポロ、左が、パラッツォ・デル・カピターノ
       この並びが、何とも言えず良い雰囲気!
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       右のポポロ宮、コムーネ宮ともかっては呼ばれ、
       (自由都市時代に、市民集会がここで行われたと)
       建設が1213年に始まり、この種の建物としては
       イタリアでも最も古い時代に属するひとつだそう。

       現在は、1階部分にインフォメーションがあり、
       建物右に見える空間、ここはガリバルディ広場ですが、
       こちら側に郵便局があります。

       左のカピターノ宮、ここは一階奥のエレベータで上がると、
       市立美術館、エトルスク・ロマーノ博物館が。
       美術館はともかく、博物館が素晴らしかった記憶が。



       カピターノ宮に3つ並ぶ優雅な美しい窓
       そして一つの窓が、また3つに。
       円柱の上の飾りも細やかに。
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       トーディの町を見たい、と思ったのは、
       中世に大きな繁栄を遂げ、人口も現在の何倍もあった事、
       アッシジ近郊で前年に出会ったシニョーレが
       「トーディに行きなさい。あそこは素晴らしい!」
       等など色々ありましたが、
       何よりも、この素朴な大階段を実際に見たかった事が
       大きな原因でもあるのですね。

       階段以外の何物でもない、この豪快さ!
       残念な事に、プラスティックの柵が付けられてしまい・・。
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       町に到着したのは日曜日の午後で、
       カピターノ宮の上からコーラスが聞え、たくさんの人。
       横から一枚美人を撮り退散。
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       翌日は美術・博物館は閉館。
       最後の火曜日に意気込んで行きましたら、
       ガイドブックでは見れると書いてあるカピターノ宮は、
       市の会議場なので入れないとの事。

       あのコーラスのあった部屋の壁画が見たかったのに、と
       美術館の受付で言いましたら、
       下の事務所に行って訊ねてご覧なさい、と教えてくれ、
       その通り行きましたら、はいはい、と。

       という事で、見せて頂けました美しい部屋です。
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       フレスコ画(14世紀)の部分アップを。
       サン・セバスティアーノがいて、やはり上の紋章にも
       ライオンらしきものが見え、
       黒い顔らしきものは、何でしょうか?
       右側にあった磔刑図も素敵でしたが、略です。
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       会議室の奥から、広場側の窓を
       広場の向こう側に見える建物の屋根が、
       いかにも繁栄した町の面影が感じられます。
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       美術・博物館内は写真禁止でしたが、
       こういう部屋で写真を撮るなというのは
       これはもう、生殺し同然!
       せめて一枚だけでも!
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       正面の壁画、これがトーディの町を囲み
       小さな砦、要塞、城館のあった地図です。
       素晴らしく数多くあったのですね。

       半日近所を巡りましたが、中には
       ヴェネトのかのエッツェリーノ・ダ・ロマーノに因む
       イッツァリーニ・Izzalini という小さな城砦の村もあり、
       またご覧頂きたいと思っています。
       


       カピターノ宮の一階部分はロッジャになっていて、
       存在感ある大階段が横切ります。
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       天井部分には、こうした煉瓦のアーチが交差です。
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       ポポロ広場から西に入り込む小路があり、
       細長い小さな広場に出ます。
       そこにあった古い素朴な井戸ですが、
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       この広場の右手に小さな博物館の入り口があり、


       なんと、ローマ期の地下の井戸、貯水池なのです。
       ちょうどポポロ広場の地下に当るそうで、
       町にはもう一つ、西の部分に平行してあるのだそう。
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       雨水を貯め、井戸からの水も利用する大規模なこの工事は
       紀元前1世紀のもので、2つが同時に作られた模様。

       ポポロ広場のこの地下貯水池は1262年、
       (もう一つは、つい最近1996年に発見されたそう)
       ちょうどポポロ宮やカピターノ宮の建設が行われた当時に
       発見され、中世から有名だったそうです。
       長さ48mが12のタンク、各7,7x3,35x6,7mに区切られ
       満水だと2500立方の水が貯水できるそうで、
       この貯水池から町の中の500井戸、30の貯水池にも繋がる
       大変な都市の基本計画に繋がるものなのでした。

       ローマ人というのは、まったく凄かったですねぇ!!
       今は干され、こうして階段を下り見学できます。



       町の地図をどうぞ!
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       今日は、下に見えますアメリーナ門・Porta Amerinaから
       入り、突き辺りを右に、Via Roma から左に上り
       ポポロ広場・Piazza del Popolo までご案内を。

       長い坂道、お疲れ様でした!
       また次回を、お楽しみに!

       ◆トーディ・中世の栄華の面影をつたえ  その2は、こちらに。
        http://italiashio.exblog.jp/10678112

     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       はぁい、先週危惧しておりました通り、
       まぁだ ADSL は、活動状態ではありません!
       ので、今回もダイアルアップで、はい。

       今週いっぱい待って、店を変えてやるぞぉ!
       仏のshinkaiも、そろそろ忍耐が切れかけております。 
       
       という事で、今後の展開をお楽しみに!
       
   

by italiashiho2 | 2010-01-14 01:54 | ・ウンブリア Umbria | Comments(10)
2010年 01月 08日

   ・・・ ヴィットリオ・ヴェネト ・ 町と四季と ・・・

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      今日は、お隣のヴィットリオ・ヴェネト・Vittorio Veneto の町
      のご案内ですが、昨年秋に手に入れました写真集からです。
      予てから訪問したかった町の博物館内が大変素晴らしく、
      ガイドブックはと訊ねましたら、これは?とドンと厚い大版を取り出し、
      アブルッツォの地震災害基金用に、最低10エウロからお分けしています、と。
      ではと20エウロを払いましたら、修復出来たばかりの礼拝堂の見学も。
      肝心の博物館内の写真は無いのが残念ですが、
      歴史ある町の様子と、町周辺の四季の様子をどうぞ!
      写真集は、Vittorio Veneto ・ Le ragioni di un antico orgoglio.

      上の写真は町のパンフレットからで、フラミーニオ広場・piazza Flaminio.
      チェーネダ博物館・Museo del Cenedese は、正面右端3連アーチの建物で、
      ご覧のようにすぐ後に険しい岩肌の山が迫ります。


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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  1

       ヴィットリオ・ヴェネトの町は、(地図は最後に)
       2つの隣り合った町、南のチェーネダ・Ceneda
       北のセッラヴァッレ・Serravalle が1866年に合併し、
       時の国王ヴィットリオ・エマヌエレ2世の名を頂き、
       ヴィットリオとして発足。
       後にヴェネトと付いたのは1923年の第1次大戦後、
       大戦争 と呼ばれるオーストリアからの独立を勝ち取り
       新しくコムーネとなってからの事。

       第1次大戦では、北イタリア一帯が大激戦地帯となりましたが、
       このヴィットリオ・ヴェネトの町の中心、ポポロ広場にも
       戦没者の慰霊碑があり、この写真では
       現ナポリターノ大統領が慰霊のローリエの輪を奉納中です。



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      ◆セッラヴァッレ  1

       最初の写真に見える、チェーネダ博物館(15世紀)。
       チェーネダとセッラヴァッレは、隣同士とは言え趣がずいぶん違い
       この博物館も、いわばセッラヴァッレに含まれる大変美しい
       フラミーニオ広場に面し、建物はコムニタ邸・Palazzo della Comunita`
       ヴェネツィア共和国時代には、執政長官の本拠でした。
       ご覧のように大変に美しいフレスコ画と窓、テラス。
       真ん中一番上には・・、



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      ◆セッラヴァッレ  2

       ご覧の通り、サン・マルコのライオン君で、
       浮き彫りに彩色されていた様子です。

       数年前修復が済み美しい姿ですが、内部2階の
       大きな政治集会の部屋はまだ修復中で閉じていました。
       が、20エウロの寄付と好奇心に満ちた顔に
       鍵を開けて見せてくれ、素晴らしかった!
       天井の高い、紋章がずらりと描かれた大部屋で、
       修復が済んでの一般公開が待ち遠しいです。

       内部の博物館には絵画館も併設で、
       チェーネダ出身のロレンツォ・ダ・ポンテ・Lorenzo Da Ponte
       モーツァルトの3大オペラ、フィガロの結婚、ドン・ジョヴァンニ
       コシ・ファン・トゥッテ の作者の肖像画も。

       彼はチェーネダのユダヤ人コムーネ出身で、
       父親のカトリックの婦人との再婚に伴い、一家が転宗、
       当時の司教ダ・ポンテの姓を贈られましたが、
       奇しくもか、ロレンツォは司教の名と同じ。
       この司教は、チェーネダの準公爵の勢力を持つ最後の司教となり、
       後は、ヴェネツィア共和国が直接の統治を行います。
       


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      ◆セッラヴァッレ  3

       パラッツォ・コムニタ隣接する、市の塔の時計部分。

       この時計は15世紀の末のもので、
       イタリアで最も古い時計の一つだそう、勿論現役。
       ゴシック様式にアラブ数字です!



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      ◆セッラヴァッレ  4

       フラミーニオ広場を、博物館側から。

       周囲をゴシック様式の建物が取り囲み、
       左手前がチェザーナ邸・Cesana
       かってはフレスコ画で装飾されていたそう。

       右後にはドゥオーモ・Santa Maria Novaと鐘楼
       一見質素に見えますが、内部には・・



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      ◆セッラヴァッレ  5

       ティツィアーノの祭壇画、栄光の聖母子像
       (1452年)があります。

       そうなのです、この小さなセッラヴァッレの町は
       かっては商工業の中心地として大いに栄え、
       大きな邸宅が目白押しに並びます。

       北国からの街道が、谷間の括れ道を抜けるとこのセッラヴァッレ、
       金属産業、とりわけ武器製造が盛んで
       16世紀には一つの工場だけで、1年間に
       各12000本の剣と火縄銃の生産が出来たとか。
       
       その経済力で芸術家の滞在をもてなし、
       この一見小さな町にたくさんの画家の作品、
       ルーヴェンスなどもあるのだそう。



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      ◆セッラヴァッレ  6

       水の流れ水量も豊富なので、羊毛紡織業も盛んで、
       現在も工場が活動中。

       これはフラミーニア広場の北東の端にある特徴ある
       ガンディーニの家・Casa Gandini と呼ばれる
       セッラヴァッレの一番古い住居の一つだそう。
       傾いだ感じが、趣深く。



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      ◆セッラヴァッレ  7

       お祭りの花火。

       セッラヴァッレに因む聖女サンタ・アウグスタ
       お祭りのようですが。



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      ◆セッラヴァッレ  8

       この礼拝堂を見せて頂けたのです。

       フラミーニオ広場から少し南に行くと
       時計塔の付いた市門があり、長らく修復中だったのですね。
       その下にこのサン・ロレンツォ教会、礼拝堂があり、
       こちらも修復され、写真よりもっと色鮮やかな美しいフレスコ画に!
       
       内部全面フレスコ画で覆われ(15世紀)
       教会の名に因み、サン・ロレンツォの逸話があれこれと。
       何人かの画家の手になるようですが、なかなかの出来です。



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      ◆セッラヴァッレ  9

       セッラヴァッレの町に入る部分ですが、
       目抜き通りの裏側が見える場所。

       手前を流れるのが、ドゥオーモ前からのメスキオ川で、
       いかにも中世の趣があり、この眺めが大好きです。



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      ◆セッラヴァッレ  10

       上の写真の手前を右に入り込んで行くとこの通りで、
       重々しいゴシック様式の建物が並びます。
       
       突き当りを直角に折れ、ドゥオーモの横に。



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      ◆セッラヴァッレ  11

       一番最初の写真、正面に博物館の見える右手前で
       道が2本合流しています、
       北からの街道が市門を通って来るのと
       坂道を上り、セラヴァッレの古い城に続く道と。

       坂道を上っていくと、この写真のように古い建物、小路、
       そして、かってのゲットーもあります。
       ローマ期からの移殖に始まる町ですが、
       古くから要塞化され、12~14世紀にかけては
       ダ・カミーノ・Da Camino 一族の支配下に。



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      ◆セッラヴァッレ  12

       ダ・カミーノ家は幾つもの家系があるようで、
       一時は広大な領土も治めたようですが、
       まだよく飲み込めておらず、次回のチャンスに。

       これは、セッラヴァッレの坂上の町にある
       サン・ジュスティアーナ教会・Santa Giustiana
       ダ・カミーノ家最後の当主リッツァルド6世・Rizzardo VI
       記念墓碑です。 男子の跡継ぎを残さずに死去
       ここにダ・カミーノ家は途絶えます。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  2

       ヴィットリオ・ヴェネトの町は、トゥレヴィーゾ県内でも
       一番広範囲だそうで、平野から山にかけて広がる眺め、
       風物がずいぶん違う様子です。

       鄙びた田舎家の井戸の池もあり・・



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  3

       先日の雪ではこんな景色の再現も、と納得の眺め。
       少し山に入り込むと、こんな古い家が幾つも。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  4

       ヴィットリオ・ヴェネトの狭い山間を抜け、
       谷の道を辿り峠を越すとベッルーノに届きますが、
       谷間を、高速道路がうねりながら抜けて行きます。



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      ◆セッラヴァッレ  13

       再度坂下に戻り、南の現在の町の中心に向かいます。
    
       フラミーノ広場からの目抜き通りには、かっての繁栄を示す
       大きな名のある建物が並びますが、これは夏の夜祭。



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      ◆セッラヴァッレ  14

       石畳の狭い道が続きますが、
       並ぶ建物の窓やテラスはご覧の通り。



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      ◆セッラヴァッレ  15

       夏の夜祭で見て頂いた右の建物が、
       ミヌッチ・デ・カルロ邸・Palazzo Minucci De Carlo で
       博物館になっており、膨大なコレクションがあります。
       一度見ましたが、呆れるほどに!



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  5

       大統領の慰霊碑参拝の写真の上奥が公園で、
       ジェラートを舐めながら憩う市民でいつも賑わい、
       国鉄の駅も一番奥に。


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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  6

       中心広場周辺に新しい建物が並び、
       市役所、郵便局、バス駅等。

       これは、カーニヴァルの山車。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  7

       カーニヴァルの山車の行進には、紙吹雪がばら撒かれ、
       道はまさにこんな様子になりますねぇ。
       
       チビちゃんは寒さを感じないのかな?



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  8

       ヴィットリオ・ヴェネトの町では、
       毎年国際合唱コンクールが行われているそうで、
       こんな素敵な後姿の写真も。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  9

       ラ・レンガ・La renga と呼ぶ、
       カーニヴァル期間中の催しとでも。
       レンガと言うのは、アリンガ・ニシンを指し、
       ニシンとポレンタとポロ葱の、昔の貧しい食事を偲びます。
       レストランなどでも、ニシンを主にしたメニューが出るそう。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネト  10

       ニシン、ええ、美味しそう!
       子供の頃、長野で生ニシンの焼いたのを食べた覚えが。
       昆布巻きの中の固い身ではなく、柔らかい身の記憶があります。

       今年のラ・レンガ、味見に行こうか?



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      ◆チェーネダ  1

       では、ヴィットリオ・ヴェネトの南部分。チェーネダに。

       町の中心広場から南に少し、そして西に坂道を行くと、
       このジョヴァンニ・パオロ1世広場・Piazza Giovanni Paolo I に。
       先々代の法王様ジョヴァンニ・パオロ1世は、
       このチェーネダの聖堂の司教様でしたが、
       法王選出の後、わずか1ヶ月で(謎の)ご逝去を。



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      ◆チェーネダ  2

       山の上に、ロンゴバルド期のサン・マルティーノの城があり、
       15世紀にチェーネダの司教伯爵の住居に。

       チェーネダの歴史もローマ期より変遷を辿りますが、
       10世紀半ばに司教伯爵として広大な領土を持ち、
       14世紀初めにトゥレヴィーゾ領主のダ・カミーノに
       一部領土を奪われるものの、ヴェネツィア共和国の下でも
       そのままの勢力を、殆どセレニッシマ崩壊直前まで保ちます。



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      ◆チェーネダ  3

       昔一度内部を拝見するチャンスがあり、
       この美しい部屋は良く覚えています。

       正面奥に見える紋章は、パドヴァのカッラーラ家ですが、
       ここにある意味が、今回読めていません。
       またお勉強いたしま~す。



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      ◆チェーネダ  4

       同じく ジョヴァンニ・パオロ1世広場にある、
       ロッジャ・チェネデーゼ・Loggia Cenedese.
       16世紀の物ですが、現在は第一次大戦の博物館。



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      ◆チェーネダ  5

       1階のロッジャには、16世紀の
       ポンポーニオ・アマルテオのフレスコ画。



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      ◆チェーネダ  6

       こちらは少し離れた位置にある教会
       サンタ・マリーア・デル・メスキオ・S.M del Meschio
       大変美しい祭壇画。
       ベルガモ出身のアンドレア・プレヴィターリ・Andrea Previtali
       の傑作(1514年作)と言われます。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  1

       美しい四季の写真を少しご覧に入れますね。

       言わずもがな、



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  2

       夏の葡萄畑



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  3

       そして、



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  4

       もう一枚、美しい秋を!



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  5

       晩秋から初冬、霧の季節



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  6

       雪の山道
       子犬が2匹。



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      ◆ヴィットリオ・ヴェネトの四季  7

       1月5日の夜の、パン・エ・ヴィン
       素朴なパンと、熱い香ばしいヴィンブルレが振舞われる
       イタリア版のとんどで、煙の向きで今年の予想を。

       つい先日行われたばかりで、
       今は待春の思い!


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      ◆地図をどうぞ

       少し見難いですが、この周辺と
       ヴィットリオ・ヴェネトの町をどうぞ。


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       この5日にイタリアテレコムから電話があり、
       申し込まれていたADSL、ご提供できますが如何?と。
       1年間待ち、安い遅い使い放題のダイアルアップに慣れた身は、
       う~ん、どうしようか?!
       
       敵もさる者、3ヶ月間は月25エウロ、その後は45エウロで
       通話も契約料も全部込みで使い放題と。
       という事で、使い放題という言葉につられ契約を
       10日以内にご通知しますとの事でした。

       と、なんと翌6日、こちらは祭日なのに
       今からADSLに繋ぎます、との電話で、15分後に、OKです、と!
       イタリア人の癖に、昨日今日の、おまけに休日に仕事をするのかいな?!

       でも、皆さんご安心を。
       翌日、つまり7日の朝、即にテクニコを頼んでいますが、
       ま~だ何の連絡もないです!
       こちらの方が、10日以内になるのかも!

       という事で、また次回のご報告をお楽しみに!
       

by italiashiho2 | 2010-01-08 05:38 | ・ヴェネト Veneto | Comments(16)
2010年 01月 02日

   ・・・ 年初めのお休みは、お家で映画を! ・・・

      皆様、新年明けましておめでとうございます!
      今年もどうぞよろしくお願いいたしま~す!!

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      良いお正月をお迎えの事と思います。
      お家でゆっくりお寛ぎの方も多いと思いますので、
      好きな映画、DVDのご紹介で、今年のブログ初めを


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      ◆カレンダー・ガールス

       ・ 2003年 英
       ・ ナイジェル・コール監督 
       ・ ヘレン・ミレン、ジュリー・ウォルターズ

       年初めに相応しいかどうか、
       ははは、カレンダー・ガールズ です。

       若いピチピチ美人のカレンダーではなく、
       中年も半ばを過ぎた婦人会のメンバーが、
       ヌードのカレンダーを作ります。
       さて、何故に?
       周囲の反応は?
       ちょっぴりの皮肉と涙と女の友情と・・、
       大人の心にはちょっぴり沁みます。



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      ◆シカゴ

       ・ 2002年 米
       ・ ロブ・マーシャル監督 
       ・ レネー・ゼルウィガー、リチャード・ギア
         キャサリン・ゼタ・ジョーンズ

       ミュージカル映画も好きですが、
       これは素晴らしい!
       皆さん芸達者で、踊りのシーンが素敵です。
       昔風の舞台構成も使いながら、テンポが速い、
       ミュージカル映画がお好きな方、そうでもない方、お勧めです!



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      ◆フットルース

       ・ 1984年 米
       ・ ハーバート・ロス監督
       ・ ケヴィン・ベーコン、ロリー・シンガー

       音楽映画なら、このフットルースも持ってます。
       映画の筋よりも、中に使われている音楽が
       今聞いても懐かしく心が弾みます。

       最初のタイトル・バック・シーン、
       テーマ音楽に乗って踊る若者達の足元のシーン、
       これだけを時に見たりして・・。 



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      ◆野のユリ

       ・ 1963年 米
       ・ ラルフ・ネルソン監督
       ・ シドニー・ポワティエ、リリーア・スカーラ

       秋に、フィレンツェのドゥオーモの後にある本屋、
       聖書、聖人関係の有難い本が多い本屋さんの
       ウインドウに見つけ、・・まぁ、尼僧さんが出ますが、

       再見し、新鮮な感動を再び!
       黒人の流れ者労働者が、東欧からのしたたかな
       尼僧長に上手く使われて、古い教会の再建を、という
       面白くも素敵な映画です。
       
       ご覧になられた事のないお若い方、是非どうぞ!
       エーメン!
 

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      ◆世界最速のインディアン

       ・ 2005年 米、ニュージーランド
       ・ ロジャー・ドナルドソン監督
       ・ アンソニー・ホプキンス
       
       プレゼントに頂いたので、タイトル写真なしですが、
       実話が元という、バイクの世界記録に挑戦、
       実現するバートの素敵な話。

       1920年型の古いバイクを改良するバート自身も、
       豊かではない年金生活者。
       でもね、心意気がかっこ良いのです!
       その生きる姿勢に、励まされます



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      ◆最高の人生の見つけ方

       ・ 2007年 米
       ・ ロブ・ライナー監督
       ・ ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン

       暫く前のコカ・コーラのCM。
       年配の男性がコーラを初めて飲み、味に驚き目覚めます、
       「今までした事の無い事をしよう!
       
       で、刺青をする、大型バイクでぶっ飛ばす、両脇に美女2人でベッドイン、
       訪ねた家で「息子よ、俺が父親だ」と。 あはは。
       大いに笑いましたが、このDVDを見て
       そうか、これがオリジナルだったのか、と。

       日本語タイトルを探し
       「最高の人生の見つけ方」と知りましたが、
       こちらでは「決して遅すぎる事はない」。
       この言葉、良いでしょう?
       本当に良く使われるのですよ!



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      ◆エリザベス: ゴールデン・エイジ

       ・ 2007年 米 
       ・ シェカール・カプール監督
       ・ ケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュ

       英国の繁栄を築いたエリザベス女王の映画は、
       これの前作の「エリザベス」やその他色々ありますが
       やはりこれが最高かも。

       女王でありながらの女の辛さも、余りベタベタせず、
       当時の英国の位置もかなり分かりやすかったような。



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      ◆イル・メスティエーレ・デッレ・アルミ

       ・ 2001年 伊
       ・ エルマンノ・オルミ監督
       ・ Hristo Jivkov、セルジョ・グランマーティコ

       これは日本公開がなかったのでしょうか? 残念です。
       木靴の樹、酔いどれ天使の伝説 でも有名なエルマンノ・オルミの作品。
       Il mestiere delle armi は、戦いが仕事 とでも。
       イマイチ良い日本語が浮かびませんが、
       
       最後の傭兵隊長 とも、黒旗のジョヴァンニ とも呼ばれる
       ジョヴァンニ・デ・メディチ・Giovanni De'Medici       
       (カテリーナ・スフォルツァの息子、トスカーナ大公コジモ1世の父)
       の最後の戦闘、亡くなる様子を描いていますが、
       カンヌ映画祭でも受賞9、という素晴らしい映画。

       寒い雪景色のマントヴァ周辺のシーン、
       戦闘状態が鉄砲や大砲に移り変わる時代の若い死。

       フィレンツェのサン・ロレンツォ教会前の彼の彫像で
       なんとなく中年男を想像していましたのに、なんと27歳の死。
       母親のカテリーナも彼が幼い内に亡くなり、
       彼自身も7歳の息子を残しての死。
       哀切極まりなく、当時の戦う男達に想いが行きました。



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      ◆華麗なる激情

       ・ 1964年 米
       ・ キャロル・リード監督
       ・ チャールトン・ヘストン、レックス・ハリソン

       こちらのタイトルが 苦悩と歓喜 で、ずっと
       そう思い込んでおりましたが、検索にまるで違うのがかかり・・、

       ミケランジェロが、法王ジュリオ2世と喧嘩腰でやり取りしながら
       遂にシステーナ礼拝堂の天井画を完成させる模様が
       大変よく描かれています。

       このいわば大人物の二人が、喧嘩しながらも相手を認め、
       それがとても興味深く可笑しく、
       ジュリオ2世役のレックス・ハリソンがとても良いのです。
       歴史の本の中の法王が、近しい人間、男に感じます。

       残念なのは、描かれたばかりの筈の天井画のシーンが、
       以前の古い茶色がかった天井画で!、
       修復後の、かの鮮やかな素晴らしい色を見れる我々には、残念至極。

       ローマとして描かれている町は、ウンブリアのトーディ・Todi
       で、中心広場が上手く使われています。
       現在の町は修復され、映画の中よりも白くなっていますが!



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      ◆ブラザー・サン、シスター・ムーン

       ・ 1971年 伊・英
       ・ フランコ・ゼフィッレッリ監督
       ・ グラハム・フォークナー 、ジュディ・バウカー 

       イタリアの守護聖人でもある、
       アッシジのサン・フランチェスコの物語で、
       いささか綺麗過ぎる感はありますが、
       まぁたくさんあるこの聖人映画のクラッシックとでも。
 
       長い間探していましたが、アッシジで見つけました。
       ヴィスコンティもそうですが、このゼッフィレッリが描く
       イタリアの風景は、アメリカ映画のイタリアとは違い、
       本物の匂いがします。



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      ◆ブーべの恋人

       ・ 1963年 伊・仏
       ・ ルイジ・コメンチーニ監督
       ・ クラウディア・カルディナーレ、ジョージ・チャキリス

       我が青春の一齣でもあり、長い間探していましたが、
       日本からのプレゼント!
       
       戦後の混乱期のイタリアで、殺人事件に巻き込まれた
       恋人ブーべが17年の収監 という判決。
       その長い期間を自分なら待てるかどうか、
       と他愛無い論議に若い私メも浸ったものでしたぁ。

       映画の舞台にはトスカーナ周辺の田舎や、
       コッレ・ディ・ヴァル・デルザ・Colle di Val d'Ersa が。
       



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      ◆アンネの日記

       ・ 1959年 米
       ・ ジョージ・スティーヴンス
       ・ ミリー・パーキンス、ジョセフ・シールドクラフト

       最近見つけたDVDで、余りにも懐かしい映画。
       当時の日本では、まだナチスの強制収容所の話も一般的でなく、
       この映画の宣伝で知った中学の英語担任が、
       訳しながら説明してくれたのが、私にとって初の知識でした。

       そして、こちらに来て接するユダヤ人の話は、
       単に憎まれる金融業やナチの犠牲者の話のみならず、
       社会に溶け込んだ、深い文化と歴史の積み重なりで
       もっともっと知りたい、の 
       私の原点にある映画です。



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      ◆カラー・パープル

       ・ 1985年 米
       ・ スティーブン・スピルバーグ監督
       ・ ダニー・グローバー、ウーピー・ゴールドバーグ

       アリス・ウォーカーの原作も素晴らしいですが、
       特に変える事なく、上手くイメージ化していると思います。
       アメリカ南部黒人姉妹の、長い人生絵巻ですが、

       う~ん、人生にはホント色々ありますね。
       でも言葉にすると、そういう想いは霞んでしまいます



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      ◆ビヴァリー・ヒルス、行ったり来たり

       ・ ?  米
       ・ ポール・マザースキー監督 (?)
       ・ ニック・ノルティ、ベティ・ミドラー、
         リチャード・ドレイファス
       
       クスッと笑える映画、ガハハと笑える映画が大好きで、
       昔TVで見て以来、再会を待っていたDVDです。

       ビヴァリー・ヒルズの邸宅のプールに、
       自殺志願で入り込んだ宿無しが、
       お金持ちのスノッブ一家に次第に欠かせぬ存在となり、
       彼自身も再び浮浪者には戻れなく・・。

       左右の目の色の違うワン君も、大いに笑わせてくれます。
    


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      ◆オールウェイズ

       ・ ?  米
       ・ スティーブン・スピルバーグ監督
       ・ リチャード・ドレイファス、ホリー・ハンター
         オードリー・ヘプバーン 

       リチャード・ドレイファスが好きなので、続けてこれを。
       仕事中に事故死した森林消火隊のパイロットが、
       自分の恋人の行く末を心配し・・、という半ばおとぎ話ですが、
       仕事の過酷さや、新人訓練のシーンなど興味深く、

       でも、何よりも何よりも、
       この映画のテーマソングに使われたプラターズの
       「煙が目に沁みる
       心に沁みいる名曲ですねぇ!!



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      ◆クレールの刺繍

       ・ 2004年 仏
       ・ エレオノール・フォーシェ監督
       ・ ローラ・ネマルク、アリアンヌ・アスカリッド

       望まぬ妊娠をした女の子が、好きな刺繍の仕事を見つけ、
       息子を亡くした刺繍師の女性も次第に彼女を受け入れ、
       遂には、自分で育てる決心をする、
       
       そんな淡々とした、いかにもフランス映画らしい
       細やかな映画で、素晴らしい。
 
       手仕事が好きな事もあり、映画の中で
       少しずつ出来上がる素晴らしい刺繍の衣装にも、
       大いに目を奪われました。



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      ◆ステージ・ビューティー

       ・ 2004年 英・独・米
       ・ リチャード・エール監督
       ・ ビリー・クルップ、クレール・ダーンス、
         ルパート・エヴェレット

       邦題が分かりませんが、大変面白い映画
       17世紀後半、英国の舞台にはまだ女性の登場が許されず、
       女形が活躍。 が、チャールス2世が女優を認め、
       大人気を誇った女形が没落、そして・・。

       女形に扮する役者が凄い!
       男優として試演をするものの女形が抜け切れず、
       の場面など、役者だなぁ! と見とれます。
 
       ルパート・エヴェレットの国王役も可笑しい。
       一見をお勧めです!



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      ◆ダヌンツィオ

       これは、見せびらかしで~す!!

       ヴェネツィアで、向こうから呼ばれたように見つけた
       2003年のDVDで、写真、映像、彼の声など。
       
       お葬式(ムッソリーニによる国葬だったそう)の映像から始まり、
       ガルダ湖半の彼の家、人生などを、多数の写真とともに。
       は~い、中にはオール・ヌードの写真もあって・・! きゃは。
       大切にせねば!!


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       と、こうしてまたブログ始め
       今年1年、よろしくお願いいたしま~す!!

       今年は、旅行計画が既に・・ はは、幾つもありまして、
       小学生以来の遠い夢だったエジプトに、行けるかも!
       ローマ近郊やプロヴァンスにも、行けるかも。
       秋の計画も、旅程を考え楽しみ中です。
       計画を練り、色々調べるのも本当に楽しい!
       
       元気で、欲張り頑張って
       精一杯人生を味わいたいと思っています

       そして、皆さんのお役に立てそうな事
       ございましたら、お知らせを!
      
       では、ゆるゆると今年1年参りましょう!!

      

by italiashiho2 | 2010-01-02 03:14 | ・映画絵画文学 Film Arte Le | Comments(8)