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2010年 03月 30日

   ・・・ エジプト見たまま ・ ナイル河・ヌビアの村訪問 1 ・・・

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      エジプトの旅見たまま を続けてご覧頂こうと思いますが、
      ピラミッドもスフィンクスもさておき、今日はエジプトの南
      アスワン・Aswan でヌビア人の部落を訪ねた様子をどうぞ。

      カイロに3泊の後飛行機でアブ・シンベル・Abu Simbel に。
      神殿を見た後、再び飛行機でアスワンまで飛びましたが、
      砂嵐で何度もアブ・シンベルの飛行場閉鎖というハプニングで、
      日程があれこれ変更になりました。が、
      翌日午後のヌビアの村訪問は、素晴らしかった!
      ナイル河を小船で航行しつつ見た、ちょっぴりながらも砂漠の色
      そして色彩豊かな村の様子をどうぞ!

      上はクルーズ船上から、アスワンのナイル西岸を。



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      ◆ナイル河  1

       アスワンからルクソール・Luxor まで、ナイル下りを
       3泊で行き、最後の夜はルクソールのホテルでした。
    
       この船は我々のとは違いますが、まぁ似たようなもので
       クルーズ船といっても豪華客船ではなく、移動手段にクルーズを
       という様子の大衆船で、大いに気が楽でした。
       何隻も並んで係留し、実際我々の船は3番目だったかな、
       隣の船のロビーをぞろぞろ通過して接岸の岸に出ます。

       接岸位置にはポリスが常駐、観光客が移動する中段の岸には
       みやげ物の屋台店が並び、一般人の道はもう一段上に。



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      ◆ナイル河  2

       中段の道をぞろぞろと、
       小船に向かって移動しつつ見たヒマワリですが、
       これ一つだけでした。



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      ◆ナイル河  3

       カンナも、たち葵の花も。
       この赤は、如何にもエジプトに相応しい気がします。



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      ◆ナイル河  4

       我々は小船にそのまま乗りこみましたが、
       隣の船に乗り込むのに通りかかったドイツ人たちは、
       すべて救命胴衣着用
       意識の違いが明らかですねぇ!



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      ◆ナイル河  5

       小船は船溜まりの狭~い場所に係留しており、
       ドイツ人たちが出て行く、他の小船が突っ込んでくる、
       大きな船がカーヴを切って曲がりかける・・・で
       ドッカーンと隣の船にぶち当たりそうになり、
       皆で押し離すのに必死のパッチ。



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      ◆ナイル河  6

       右の大きな黒い2隻が、ブッブッと真っ黒な臭い煙を吐き出す
       あの奥の隙間から脱出に成功。
       我々の船も、左に見える位の大きさですが、
       ボブ・マーリィの顔分かります?
       はは、エクソダス!! オオ、イェ~ェ
       他には、チェ・ゲバラなんぞも見かけましたね。



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      ◆ナイル河  7

       ナイル西岸に沿って、ゆっくりと溯ります

       近寄ってすぐに見えた洞窟住居の様子。



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      ◆ナイル河  8

       傾斜の中程にも、住居らしきものが見え。

       粗い砂と細かい砂と、色も違います。



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      ◆ナイル河  9

       黄色い細かい砂ですが、
       カメラのレンズを通すとオレンジ色に。



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      ◆ナイル河  10

       岸辺に湿地が出来る余地があると、
       少しの叢と、何本かの木。



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      ◆ナイル河  11

       岸辺と奥の傾斜地の関係は、こんな風。



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      ◆ナイル河  12

       川幅は広くなったり、狭まったり。
       そして中程に小象の島と呼ばれる島があり、
       象牙細工が行われていたので、この名称と。

       岸から少女たちが手を振ってくれますが、
       カイロに比べて衣類の色数が多い様な。



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      ◆ナイル河  13

       航行中のガイドは無かったので分かりませんが、
       こちらが小象の島なのかも。
       最初の日程ではここの見学が予定されていましたが、
       砂嵐の遅れの為、取りやめに。



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      ◆ナイル河  14

       西岸の眺めは素晴らしく、見飽きません!

       ナイルのすぐ背後に迫る砂漠の色を見ると、
       この大河の施す恩恵を大いに納得です。



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      ◆ナイル河  15

       時に道が見え、岸に下る階段が見え、
       人の気配がうかがえます。



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      ◆ナイル河  16

       村があるのか、はたまた廃墟風なのか・・、
       ラクダ君は待機姿勢ですが。



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      ◆ナイル河  17

       小船の乗組員。



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      ◆ナイル河  18

       小船の乗り組み員ですが、舵取りの息子だろうと思います。
       父親に似た顔立ちで可愛く、働き者。
       
       戻った後、チップを上げようかと思いつつ出しそびれ、
       ・・こういう子には、渡すべきでした。



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      ◆ナイル河  19

       この子は、木の葉みたいな小舟で櫂なしで上流から流れ寄り、
       船べりにつかまりながら、ナポリ民謡などを歌い、
       それが結構ちゃんとした発音で、
       船の中でも何人かが一緒に歌い出しました。

       危ないのにとハラハラしながら見ていましたが、
       暫くの後、小銭やキャラメルを貰って流れ去り。



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      ◆ナイル河  20

       大富豪アガ・カーン・Aga Khan の廟。

       現在は見学できないそうですが、右下には邸宅も。
       大富豪、4回も結婚したとか、誰それが妻だったとか、
       聞くと知っていたような気もするのですが・・!。

       高い壁が続いているのが見え、砂漠の丘の上の廟といい、
       何やら平家物語の語りの出だしを思い出し・・。



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      ◆ナイル河  21

       風紋



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      ◆ナイル河  22

       風の通り抜け道、かな。



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      ◆ナイル河  23

       荒い砂、細かい砂、
       そして、岩の住居。



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      ◆ナイル河  24

       もうひとつ、風紋。



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      ◆ナイル河  25

       岸の少し上に、かまぼこ型の家。



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      ◆ナイル河  26

       砂の静かに落ちる音が、聞こえるような。



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      ◆ナイル河  27

       岩場が河の中にあり、流れが狭く急な箇所。

       大きな鷺、アオサギ?



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      ◆ナイル河  28

       ここは、ゆっくりと用心しつつ越え。

       水かさが減っているのが、分かりますね。



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      ◆ナイル河  29

       東側の中州の奥には、こんな家も見え。



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      ◆ナイル河  30

       西岸の少し広い場所、木陰に小屋が見え・・、



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      ◆ナイル河  31

       ラクダの隊商が休憩しているのが見え、
       ああ、移動中なのだ! と
       こんな風景を見れた事に少し感動



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      ◆ナイル河  32

       かなりのラクダ数。

       ふ~む、とただただ単純に感心。



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      ◆ナイル河  33

       チャックみたいな足跡が、丘の向こうに。



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      ◆ナイル河  34

       河の中の大きな岩場の上、
       写真を見たアンナリーザがイービス・Ibis・トキだと。



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      ◆ナイル河  35

       岸辺の上の細い道で、ラクダが往きかい・・。



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      ◆ナイル河  36

       光線の当たり具合で、砂の色がまるで違って見え、
       細かい砂は、如何にも柔らかい印象を。



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      ◆ナイル河  37

       訪問予定のヌビアの村が見え始めましたが、
       色とりどりに塗られて、少し不思議なイメージ。



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      ◆ナイル河  38

       砂漠の砂の中、突然にこの色の村。
       鮮やかな色は、暑い土地に共通の要素なのでしょうか?


      ◆*◆

       という所で、下の「次のページ」をクリック、
       ヌビアの村訪問 2  にお進み願います。

by italiashiho2 | 2010-03-30 01:57 | ・エジプト Egypt | Comments(6)
2010年 03月 30日

   ・・・ エジプト見たまま ・ ナイル河・ヌビアの村訪問 2 ・・・

      引き続き、有難うございます!
      ヌビアの村訪問記 2 を続けてご覧頂きます。

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      ◆ヌビアの村  1

       接岸し、船を離れますが、
       ほら、ナイルの水はこんなに澄んでいます。

       アスワンはナイル河上流に位置し、
       有名なアスワン・ハイダムのすぐ下になりますから、
       カイロ辺りとはまた違うのかも。
       いや、カイロで見たナイルの水も汚れてはいなかったですね。
       ただ郊外の細い支流などは、死にかけていたような・・。



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      ◆ヌビアの村  2

       村の目抜きの土道の両側には、
       土産物店、というか小屋掛け風の店が並び、
       村全体が観光地化されている様子が見え見えですが、
       それはさて置き、一軒の大きな家に。

       店でもなし、バールでもなし、観光客接待所?
       椅子が並び、総勢が座った所でお茶のサーヴィス。
       甘い熱いお茶が美味しい!
       コップの底に、細かい粒が沈んでいるこのお茶、
       カイロの香料の店でもサーヴィスされましたが、
       何のお茶でしょう?
       ご存知の方、お教え下さ~い!

       天井は、こんな風スケスケに植物の茎で葺いてあり、
       いかにも雨の無い土地らしく。



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      ◆ヌビアの村  3

       そうこうするうち、ワニ君が抱かれて登場
       どうするのかと言いますと・・、



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      ◆ヌビアの村  4

       こんな風に、希望者は頭の上に!

       体験者に聞きましたら、そう重くなく、爪も立てずと
       とはいえ、こういうのは希望しません、怖がりめは。



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      ◆ヌビアの村  5

       ワニ体験の後は、この扉から奥の居住部分の見学に。

       派手というか、彩が豊かというか、
       手描きであれこれ描かれ。



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      ◆ヌビアの村  6

       家の造りも、多分自作なのでしょう。
       扉の閉る部分というのが殆ど無く、
       アーチ式の出入り口が連絡しています。



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      ◆ヌビアの村  7

       壁に手描きの模様のこの部屋は、
       お客の接待用かと。

       というのも、同じ形の部屋がありましたが柄が無く、
       台所の横で、家族の食事用かと思える雰囲気でしたので。



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      ◆ヌビアの村  8

       子供のワニ君が3匹。
       入れ物の上には藁編みだったか、軽く蓋がされただけで、
       パッと跳ねたりはしないのかと・・!

       かってはたくさんいたワニも、
       アスワン・ダムが出来て以来巻き込まれたとかで、
       今は数が減っているそう。



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      ◆ヌビアの村  9

       猫ちゃんが3人ほどいたのですが、
       ズカズカ入り込む客に恐れをなし、上に避難。



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      ◆ヌビアの村  10

       居心地が良さそうでしょう?
       セメントの上に布織物だけのベンチ椅子は堅そうですが、
       つる植物のベンチは素朴で素敵です。

       見える織物は、いわゆるぼろ織と呼ばれる
       強い縦糸に、横糸に古い生地を裂いて入れる織ですね。
       やはり色鮮やかなのが目を引きます。



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      ◆ヌビアの村  11

       7の写真の小奇麗な部屋と同じ作りですが、
       こちらにはハエ帳が下がり、
       奥の壁には、ワニの干物!



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      ◆ヌビアの村  12

       この部分、壺が2つ並んでいますが、
       底の穴が開いていて、下は焚口でしたが、 
       今は使われていないのでしょう、
       前に椅子が置かれていましたので。

       あちこち厚かましく覗きこんでいましたら、
       先に入り込んだ男性がTVを眺めており、サッカーの試合。
       見かけは素朴な昔ながらでも、パラボラ・アンテナがしっかり並び、
       やはり現代生活が入り込んでいるのです。



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      ◆ヌビアの村  13

       少女が壁の前に2人、如何にもモデル用なので了解を求めて。
       ピンクの彼女の手に黒い柄が描かれているのを見て
       手だけも写したかったのですが・・、

       ずっと物売りにつき纏われ、XXエウロと聞きなれると、
       請求されずには厚かましく写せないのですよ!
       変な条件反射ですが、こういう場合は
       しっかり写して払うのが、エジプト式なのかも! 



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      ◆ヌビアの村  14

       同じ写真ですが、ともかくアップに。

       刺青とは違い、確か植物の汁で描く方法ですよね。
       アンナリーザが、ヘンネ・henne' と言うのだと教えてくれましたが、
       一時、マドンナもしていたっけと。

       う~ん、両手を並べて貰って写したかったなぁ。
       衣装の色も、カイロでは殆ど見なかった派手な色です。



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      ◆ヌビアの村  15

       エジプトを旅行しながら、そう、ここはアフリカ大陸なのよね、と  
       時々自分を納得させる部分がありました。

       一口にアフリカとはいえ広大な大陸で、随分と違いがあるのでしょうが、
       この部屋の雰囲気、こういう素朴な柄を見ると、
       あれこれTVや写真で見てきたアフリカを思います。

       この部屋の床は、この市松柄のタイルですが・・、



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      ◆ヌビアの村  16

       こちらは2階部分の素敵なタイル。



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      ◆ヌビアの村  17

       2階部分から見るナイル河、そして向こう岸。



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      ◆ヌビアの村  18

       真ん中にいるのが、ガイドのナッセールで、
       彼とは、カイロもこちらの上流地域も1週間のおつき合い。

       ヌビアというこの辺りは、かっては下流のエジプトとは別の国だったそうで、
       彼はヌビア人だと言っていましたね。
       アスワン・ダムが出来た時、350程のヌビアの村々が無くなり、
       彼の両親はカイロに移住、あの街で生まれたのだとか。
       
       頭の良い、イタリア人を良く分かった人で、
       大いに笑わせて貰い、そして良きガイドでした。



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      ◆ヌビアの村  19

       村の中の道を少し戻りますが、
       こんな感じのみやげ物店が続きます。
       素朴な土地の品もあるのですが、見とれる時間なしで・・。



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      ◆ヌビアの村  20

       あちこちの店先で香を焚き、道に強い香りが漂い、
       こんな染料と香料の店がいくつも。



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      ◆ヌビアの村  21

       真ん中の赤いのは、サフランの雌蕊でイラン産、
       一番左端に少し写っているのが、少し薄い色のエジプト産。


       赤の色の強いイラン産は、後ろに見えるナイロンの小袋入りで3エウロ、
       エジプト産は1エウロだと言いましたが、
       リゾット用のサフランは、イタリアのスーパーで
       高い方の1エウロの袋入りでも、吹きかける息で飛びそうな量ですから、
       3エウロの高い方とはいえ、もうまるで量が違います。

       が、これは観光客用の値段で、実際はずっと安い筈ですね。
       手染めは今の所するつもりが無く、リゾット用も家にあるので
       買わずに離れたのですが・・、

       似たような店で、この濃い赤い方をスペイン産と言い、
       ふ~ん、と離れると、後ろから1エウロ!! の声。
       もう、値段があって無い様な世界で

       エジプトの正常な値段で買おうとは到底考えず、
       同等の品がイタリアで幾ら位かを考え、それよりは安ければOKと
       しましたが、まぁそれでもボラレタ!という印象と共に
       何やら逆に搾取したかのような・・。 



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      ◆ヌビアの村  22

       素朴な機織り機を据え、織っている店。
       手織に目の無い私は、これこれと見つけて嬉しく、
       ちょうど織っていた渋めの赤色が気に入り、
       同じ色を探して貰い、も一つ気に入りの色と綿のスカーフを2つ。
       一つ10エウロと言うのを、2つで15エウロに値切り、
       彼らも満足、私めも。

       でもなかなかこの手の、本当の彼らの手作り品店は
       見つけられませんね。
       時間があれば、この手の品をしっかり買い込みたい所でした。

       使う言葉ですか?
       イタリア語でOK、通貨もエウロですべてOK の不思議な国!
       エジプト・リーラには1度だけ、
       カイロのホテルで部屋の冷蔵庫の飲み物代清算に、手持ちが20エウロ札しかなく、
       ボーイが隣の銀行に連れて行ってくれた時換金したのみで、
       後はずっとエウロで。

       小銭が無くなる頃には、都合良くボーイがそっと寄って来て、
       変えてくれませんか?とエウロの小銭を!



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      ◆ヌビアの村  23

       連れて行かれた場所は、ヌビア語を教える寺子屋式教室
       エジプトの公式語はアラブですが、
       かっては別の国だったので、ヌビア語があるのですね。

       壁の鮮やかな青と同色の小さな椅子に座らされ、
       この怖い顔の先生が示しながら発音するのを、おうむ返しに。
       で、教えて進みながら、時に戻って発音させるのですよ、こわい怖い!
       私など笑い転げるばかりでしたが、皆まじめに発音し、
       ウィスク、とかいう発音では、誰かが大声でウィスキーなんぞと。
       
       ロベルタの夫パオロがあてられて前に出て、
       先生の示す文字を発音し、ひとつ間違えましたら、
       壁の前に引き据えられて、お尻を叩かれたり・・! あはは。

       ミミズの這った様な文字(失礼!)を読みこなすなんぞ、
       お国の人は偉いですねぇ! 



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      ◆ヌビアの村  24

       中庭を囲んでの建物の2階テラスから。

       出口の前に小さな箱が置いてありますが、
       学校用に、と寄付の箱でしたので、これには文句なく。



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      ◆ヌビアの村  25

       鳩を見かけましたが、やはりカイロのと同じ茶系色。
       とはいえ、同じカイロで写した写真に
       いつも見る鳩と同じのも居ましたから、
       両種ある様子。



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      ◆ヌビアの村  26

       船着き場に向かう道で見た家の戸口。

       アスワンの街をバスで通りながら、
       ヌビア博物館 を見ましたから、
       やはり独特の文化を持つようです。



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      ◆ヌビアの村  27

       一人歩きのラクダ君
       当たり前の顔で、我々を追い抜き横道に入って行くので、
       つい「どこに行くの?」とガイドに聞いてしまい、
       「家だよ」とやられました!



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      ◆ヌビアの村  28

       ラクダは見ているとゆったりと歩いて行きますが、
       背も高く脚も長いので、大変早い!
       多分、力も強いでしょうねぇ。

       ツァーの一人が、この村でラクダに押し倒されました。
       背の高い男性でしたが、ラクダが背後からかなりの速度で迫り、
       肩に前脚をかけて突き飛ばし、その上を飛び越えたのですって!
       で、その時に耳の後ろを蹄がかすったとかで、
       怪我はありませんでしたが、ショックが大きかったでしょう。
       こういう事も起きるのですねぇ!



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      ◆ヌビアの村  29

       船着き場の高所から。

       傾斜した陽がさし、ナイルの川面は半分影の中に。



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      ◆ヌビアの村  30

       村の対岸。



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      ◆ヌビアの村  31

       アスワンに戻るのに、帰りは東岸側を。

       高い場所にアパートが見えますが、
       やはり我々のとは少し違うイメージ。



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      ◆ナイル河  39

       そろそろ落日。

       皆が、ナイルの夕陽を撮ろうと待ち構え。



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      ◆ナイル河  40

       西の対岸に見えるアガ・カーンの廟も、
       夕日に沈み始め。



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      ◆ナイル河  41

       アスワンに近づき、横並びに停泊中のクルーズ船が見えます。

       岸壁沿いに幾つもの停泊所が並び、一つづつに何隻も。
       ナイル河には、一体何隻のクルーズ船が稼働しているのでしょう?!



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      ◆ナイル河  42

       夕御飯の後、ツァーで仲良くなった2組の夫婦と共に、
       後のルクソールでは3組と、夜の街散歩に。

       昼間も一度出ましたが、
       カイロと違いのんびりの街で、
       また夜景の様子もご覧頂きますね。



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      ◆ナイル河  43

       落日。

       エスナ・Esna の水門辺りでも写しましたが、
       どちらも雲が一つも無く、
       そっけの無い落日風景。



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      ◆ナイル河  44

       アスワンの街のすぐ対岸。

       エジプトの夕暮れ。
       朝日は遂に、一つも写せませんでしたぁ!


      ◆* お知らせ *◆

      ◆イタリア・ミラノの宿 について

       エジプト・ツァーで知り合ったスージー・Susy
       ミラノ郊外ゴルゴンゾーラ・Gorgonzola に居住。
       青かびチーズゴルゴンゾーラは、ここが発祥だそうで、
       ミラノから東に地下鉄で30分の距離。
       娘と息子はそれぞれ20代半ばで、
       ミラノ宿泊の宿をしてくれるそうです。

       無料ですが、条件は彼らがその地に行った時に泊めてくれる事
       バイクで世界一周をするのが夢の、息子さんの発案で始め、
       既に150人程を泊めているとか。

       では、私のブログで紹介しようという事で、ここに。
       彼らは英語が出来ると思います。
       ご希望の方は、私のメールアドレス宛 italiashiho@yahoo.co.jp
       に、スージーの宿と書いて、お知らせくださいね。

      ◆新しくリンクさせて頂いたブログのご紹介を。

       日本画家、しかもご縁あってか私と同じ長野県出身の
       二木一郎(ふたつぎいちろう)さんのブログ
       風色明媚
       http://blog.goo.ne.jp/futa2560/

       どうやって辿り着いたのか覚えていないのですが、
       なんと既にリンクして頂いており、恐縮しました。
       イタリア旅行の素晴らしい作品も、HPにリンクで拝見できます
       是非ご訪問くださいね!

      ◆パンダさんの、手作りパスタ店 あ・まーの

       先日もご紹介いたしましたが、パンダさんの手作りパスタ店
       あ・まーの で通信販売が始まりました
       誠実なお人柄のパンダさんの作る美味しいイタリアンパスタの店に
       リンクするロゴが、右のカテゴリに貼れました。

       イタリアの味が恋しくなったら、美味しいパスタが食べたくなったら
       ご注文お取り寄せを、どうぞ!


      ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       この日曜日からイタリアは夏時間となり、
       日本との時差は7時間、10月の最終土曜日まで続きます。

       家の中の時計、車の時計、ナヴィの時計と
       調整した物しない物、頭の中で調整しつつ・・。

       家の目覚ましは丸い形で、下半分が天気予報を兼ね
       赤、緑、青と色が変わり、夜中の小さな灯りに便利ですが、
       ベッド脇の本棚の片隅でひっそりと灯りの色が変わるのは、
       なにやらモグリのキャバレー営業中の様で・・。

       でもイギリス製のこの目覚ましは賢く、
       独りで夏時間の調整をするのですよ。
       夜中の2時が、本当に3時にパッと変わるのか、
       まぁデジタルなので、簡単に変わるのでしょうが、
       持ち主はアナログなので、ホンマに?と疑ったり・・!

       写真整理に追われる毎日で、
       4月4日の復活祭を挟んでの休暇が嬉しい、です。

      ***

       以前のカメラがアンナリーザに渡り、
       ジョールジャの可愛い写真が届きましたので、一枚ご覧に。
       この顔は、アンナリーザに良く似ています。

       暫く前には我が家に寄って笑顔を見せてくれ、
       帰る時には、チャオチャオと手も振って貰い嬉しい事でした。
       
       では、ジョールジャと共に
       皆さん、ブオーナ・パスクワ!!       
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by italiashiho2 | 2010-03-30 01:26 | ・エジプト Egypt | Comments(8)
2010年 03月 25日

   ・・・ エジプト見たまま ・ カイロの街 1・・・

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      先週1週間、大いに楽しんできたエジプト旅行なのですが、
      はてさてブログ記事に纏めるのにはどうしたら良いのかと考えた挙句、
      写してきた写真をそのままご覧頂こうと、横着を決め込みました。

      エジプト という響きには、長野の小学生時代に壁新聞で読んだ
      アスワン・ハイダム、アブ・シンベル宮殿への想いが籠り、
      昨秋にエジプト旅行の話が出た時には、行こう! と即決めたのですが、
      旅行が近ずくにつれ、本当に何が見たいのか? の疑問が出ました。
      多分、自分の興味が少し移って来ているからなのでしょう。

      ならば未知の世界の観光旅行にしようと決め、いざ行きましたら、
      なんとまぁ、やはり歴史の厚み、凄さもさることながら
      カイロの街の混雑、猥雑、混沌さにも大いに興味を魅かれ
      写真を撮りまくったという次第です。

      なので皆さんにも、好奇心に駆られて写しまくった写真をそのまま、
      最低の状況説明だけでご覧頂こうと思い、
      今日は、カイロの街の車の混雑ぶりと、メルカートの様子を
      例により数で勝負致しますので、ははは、お気楽にごゆっくりどうぞ!

      上は、カイロ空港の到着ロビーで、
      お髭のおじ様がにっこり Welcome to Egypt.
      若い美人が微笑んでくれるのは、素直に嬉しく受け取れますが、
      お髭のおじさんというのは、少し怖いなぁ! ははは。



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      ◆<b>カイロ  1

       今回の旅行は旅行会社のツァー参加で、全部お任せコース。
       出発はヴェローナ空港で、ツァーの受付カウンターで切符を受け取り、
       各自がチェックイン搭乗、カイロへ3時間15分の旅で時差が1時間
       カイロ空港到着口でガイドが待ち受け、各ツァーに振り分け纏められ、
       バスの番号、部屋番号を知らされ乗り込み、ホテルへ。

       ホテルは街郊外にあるホリデイ・インでしたが、道の向いにこのモスク。
       翌朝4時45分に、拡声器でのお祈りの知らせの大声に起こされて・・
       ああ、ここはイスラムの国だったっけ!



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      ◆<b>カイロ  2

       バスに乗り込み、朝のラッシュの街に乗り出しますが、
       いやはやもう、聞きしに勝る凄さ!!
       車窓からの写真で、反射して見難いですがご容赦を。

       リンクさせて頂いています hiroshiさんのブログ
       潮風の中で~クルーズと街歩き・覚え書 でちょうどエジプト紀行が始まり、
       これ幸いと予習がわりに拝見していましたが、
       道路横断についても読んだものの、ピンとは来ず、
       が、まぁ本当に凄かった!!

       横断歩道、信号が無いに等しく
       人々はこういう風に走る車の間を縫って、横断します!
       
       hiroshiさんのブログ、カイロの街、博物館についてはこちらに
       http://ya170519su.at.webry.info/201002/article_8.html



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      ◆<b>カイロ  3

       こちらも、横断風景。
       車の間隙を見計らい、悠然と渡って行きます。



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      ◆<b>カイロ  4

       我々ツァーのバス、52番 NASSER・ナッセールと見えますが、
       ナッセールはツァーガイドの名前で、今見える運転手も同じ名前。

       コネリアーノの旅行会社で、何人位のツァーかと尋ねましたら、
       15人から20人程とのお答えでしたが、
       なんのなんの総勢42人の大所帯!
       ヴェネトからが多かったですが、ジェノヴァからも
       ボローニャからも、ナポリ近くからの参加もありました。

       ここでは、ナンバープレートにもご注目を。



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      ◆<b>カイロ  5

       こんな様子です。

       Cairo・カイロ ではなく EGYPT で
       アラブ文字の下に、翻訳つき!



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      ◆<b>カイロ  6

       カイロのいわゆる観光名所、観光客が集まる場所には
       ツーリスト・ポリスなるものがウヨウヨおり、
       これはそのパトカー

       少し紫がかった青色が素敵だったので、イケないと知りつつ1枚。
       案のじょうノーと言われましたが、もう撮ってしまったもんね。

       で、このナンバープレートは、アラブ文字のみ。



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      ◆<b>カイロ  7

       可愛い黄色の、観光客用大型バス。



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      ◆<b>カイロ  8

       駐車場のあちらから、いそいそとした足取りで
       お茶の出前をしてくるのを見つけ。

       ミントの葉がいっぱい詰まっているのが見えますねぇ。



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      ◆<b>カイロ  9

       至る所に、モスク。
       
       ガイドのナッセールが、あれこれ説明してくれ、
       聞くと成程と思いつつも、ははは、ご説明はできませ~ん。



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      ◆<b>カイロ  10

       カイロはメキシコ・シティに次ぎ世界で2番目に人口が多いのだそうで、
       数字は何度も聞いたのですが・・、
       小さな売り食堂というのか、こんな店をたくさん見かけました。
       かっての日本にも、こんな店がありましたよね?
       何を作って売っているのか、覗けると面白いのでしょうが・・。

       隣の店との境に座っているのは、



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      ◆<b>カイロ  11

       ほら、なかなか可愛い別嬪さんでしょう?
       スタイルも良いですねぇ。

       こちらの女性は、全般に丸顔が多い印象を受けましたが。



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      ◆<b>カイロ  12

       こちらも、お持ち帰り出来る食堂ですね。
       肉をアルミで巻いてあります。

       店の上の看板に Restaurant の文字が見え、ははは。



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      ◆<b>カイロ  13

       このピンクの建物が、世界中からの観光客を集める
       カイロ考古学博物館

       中は写真禁止で、物凄い質と量の収蔵品ですし、
       そちらは hiroshiさんのブログで見て頂こうと・・、
       よろしくお願いいたしま~す!



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      ◆<b>カイロ  14

       カメラ持ちこみ禁止、というのでバスに置いて出ましたが、
       前庭に、薄紫の小さな蓮の花が咲いていて・・、クヤチィ。



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      ◆<b>カイロ  15

       博物館前は現在工事中で、ごった返し。

       鳩君が来ましたが、色がやはり違うのですねえ!



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      ◆<b>カイロ  16

       お昼の一度は、ナイル河に停泊の船のレストランで。

       ボートを漕いでいるのも見かけ、何となくへぇ~と。

       今回の旅行の食事は、何と全部ビュッフェ形式!
       エジプト料理も出ましたが、とにかくずっとビュッフェで、
       お腹も減り、何かしらあれこれ選べ、食べれば美味しいのですが、
       ずっとビュッフェも飽きますねぇ!
       
       今回のツァー参加者は、私一人が日本人で後は皆イタリア人、
       皆さんしっかり食べますから、なにも不満の声は聞きませんでしたが、
       う~ん、繊細な日本人は!気分的に少し飽きました
       という事で、料理の写真は一枚も無しで~す。

       生ものに手を出すな、とかも色々読みましたが、
       出される食事に関しては平気で皆モリモリ食べ、勿論私も。
       果物、デザートのお菓子が多種類あり、美味しかったですよ。



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      ◆<b>カイロ  17

       船のレストラン前に咲いていた、大きな赤い花。
       名前を聞いて、控えたんだけどなぁ・・。
       モクレン風でしょうか。



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      ◆<b>カイロ  18

       カイロでは、犬も猫もたくさん見かけました。
       が、すべてと言えるほど、野良犬、野良猫ちゃんで、
       こうして引き綱で歩く姿は、これ1枚。
       どうやら警察犬みたいですね。



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      ◆<b>カイロ  19

       高架道路より見下ろして。
       
       皆さんが各自適当に横断する様子、分かります?



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      ◆<b>カイロ  20

       そしてこれが、もう一つの特徴的風景。

       公共のバスが人口に比して少なく、
       ワゴン車がバス代わりに走り、
       適当に人々が乗り降りしているのですね。
       決まったルートで走っているのか、話し合いで決めるのか、
       その辺は分かりませんが、
       こうして皆さんが、車道にはみ出して待っているのです!



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      ◆<b>カイロ  21

       とにかく、人と車の多さに圧倒されます!

       現在のカイロの車台数の4分の1程で、本当は十分なのだとか。



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      ◆<b>カイロ  22

       夕方のラッシュにも、いや一日中、この方法で横断です。

       そして、車道に殆ど車線が無い事と、
       隣の車との間隔が殆ど無い事にご注目を!



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      ◆<b>カイロ  23

       道路の中央には分離帯か、鉄柵があり、
       この写真の場合は、兼バス乗り場かな?
       で、ここでパンを売っています

       と、バスの扉は開いたまま走り、(閉ってもいますが)
       時には、人が2人ほどぶら下がっていたり・・!



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      ◆<b>カイロ  24

       こちらでは何か飲み物らしきものを。

       イタリアでは、交差点の赤信号で止まると、
       窓拭きとか物乞いが寄って来る事がありますが、
       食べ物を売る、というのは無いので、少し物珍しく。



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      ◆<b>カイロ  25

       街の人々は人懐こいというのか、外人観光客のバスだと認めると
       にっこりしながら手を振ってくれるのです
       それが子供だけではなく、大の大人も!
       
       それにしても、ナンバー・プレートが重なって2枚というのを、
       結構見たのですけど・・、これでええのかいな?
       青地にDというと、ドイツからの輸入車?



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      ◆<b>カイロ  26

       カイロの街で、最初に見かけたロバ君の荷車
       読んで知ってはいたものの、この大都会でねぇ!

       ムム、やはりあったか、という新鮮な驚き。



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      ◆<b>カイロ  27

       我が国の車も結構走っていて、大きな販売店、広告も見ましたが、
       ある販売店では、表の大きな看板文字が TOYO のみで・・。

       何やらアラブ文字のナンバーをつけて貰って、
       おまけに左の方は半分折り曲げているのではねえの?!
       おいたわしい限り、ははは。



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      ◆<b>カイロ  28

       こちらのお高い車も、アラブ文字で頑張っていますねぇ。

       以前はフィアットが多かったのが、
       最近は日本や韓国の車が大いに進出しているのだとか。



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      ◆<b>カイロ  29

       この黒に白の古い型のタクシーが大変多く、
       必ず上に荷物台があり、時に山の様な荷物を載せていて・・。

       このタイプでもいい加減古いと思うのですが、
       これ以前の古いのは、政府が月賦払いで新しい車を買わせたのだとか、
       その新しいタクシーは、写真22に見えますが、
       白い車体の横に、白黒の市松柄の帯が入ったタイプ。

       タクシーでも、とにかく車に満員で乗っているのです。



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      ◆<b>カイロ  30

       バスの横を、バイクの警官がヘルメットなしで抜いて行ったと思ったら・・、

       あ~あ、やっていましたぁ!

       黒い車の前輪がパンクしていますが、どうしたんだろ?



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      ◆<b>カイロ  31

       2人乗りのバイクも多く。
       面白い所に、ナンバー・プレートがあるでしょう?

       ヘルメットも保険も規制されておらず、
       ただし銀行からの月賦で車を買う時は、銀行が要求するとか。
       ええ、自動車学校はあるそう



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      ◆<b>カイロ  32

       ナイル河の広い流れを見ると、ホッと一息。



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      ◆<b>カイロ  33

       大概の車のダッシュボードの上には、
       ティッシューの箱が乗っているのを見かけ、おまけに
       ダッシュボードの上にファーというのか、
       ほら、フカフカの毛の長い、偽の毛皮式の敷物がありますね、
       あれを敷いているのも多く見かけ、
       見るだけで汗疹になりそうでしたが、

       これはもう写さずにはおれないスペシャル、
       キツネの毛皮に、ティッシュ・ペーパーの箱という、極めつけ!



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      ◆<b>カイロ  34

       暫く前に友人のジャンナから届いたメールには、
       ロバの額に BMW のマークをつけて跨っている写真が添付され、
       大笑いしたのでしたが、
       似たようなアイディアをこの車が実行!



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      ◆<b>カイロ  35

       ほらね、マークが2つあるでしょう?!

       でも、アーゾロで見かけたジャガーのマーク写真を
       我がパンダに貼ろうか、とのアイディアが頭をかすめたこの私。
       案外我が血のご先祖は、この辺りの出身だったのかも! あはは。



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      ◆<b>カイロ  36

       夕方近く、中世から続くという古い大きなメルカートに。

       入り口手前に広い公園があり、
       猫ちゃんを写す振りして、彼女をしっかり。
       勿論猫ちゃんも撮りましたから、次のイタ猫で。



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      ◆<b>カイロ  37

       広場に向かい、ずらっと並ぶカフェの席。
 
       椅子、テーブルの形も、それにかかる布も、
       皆それぞれ、見事にてんでんばらばら!



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      ◆<b>カイロ  38

       こちらは、メルカート内の狭い通りに並ぶカフェの席。

       なんともはや、賑やかな柄。



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      ◆<b>カイロ  39

       色とりどりの衣類。

       実際に見る女性の衣類は、到底ここまで鮮やかでは無いので、
       ではこれは誰用、観光客用? かとも思うのですが、
       でも並ぶ品を見ると、地元相手の店の品も多いのですね。



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      ◆<b>カイロ  40

       少し道が広い場所に、バイクが並んでいましたが、
       ナンバー・プレートの位置は、横付けが正しい様で。
       あの大盛りのパンは、売っているのかな?



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      ◆<b>カイロ  41

       香辛料各種
       袋の柄が大変素敵で、これだけで魔法にかけられそう!



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      ◆<b>カイロ  42

       香辛料、そして何やら得体の知れない品各種

       袋の底まで香辛料が詰まっているのかなぁ、と心配症の私、
       下の方は売れ残って古い品になるのではないかと。
       まさかねぇ、上げ底かなぁ。



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      ◆<b>カイロ  43

       こちらは袋詰めですが、香料・ポプリの様子。
       一番手前と同じ様な、根の巻いたのを見た事あり。

    
      ◆*◆

       という所で、下の「次のページ」をクリック、
       カイロの街・その2 にお進み願います。
       

by italiashiho2 | 2010-03-25 20:00 | ・エジプト Egypt | Comments(2)
2010年 03月 25日

   ・・・ エジプト見たまま ・ カイロの街 2 ・・・

       引き続き、有難うございます!
       カイロの街見たまま、古いメルカートの様子を続けます。

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      ◆カイロ  1

       中世から続くという古い大きなメルカート内の道は、
       細い角道から、かなりの広さの道まで様々ですが、
       こんな狭い隙間からも、ミナレットの細い高い塔が覗けます。

       ミナレットの先端の形が丸かったり、この様に尖っているのは、
       やはりその宗派というか、流れが違うのだとか聞きましたが、
       詳細は・・はは、ご勘弁!




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      ◆カイロ  2

       狭い間口の店のガラス越しに、カーペット繕いの様子が見え、
       厚かましく入り込み、撮っても良いかとカメラを示すとOK との事で。

       本当はこういう仕事をじっくり見たいのです。
       イタリア内なら、絶対に傍に寄って覗く所ですが・・。



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      ◆カイロ  3

       こんな銅製品の店がたくさんあり、
       この丸い、細かい細工の施されたのは何だろう?
       と思っていましたら・・、



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      ◆カイロ  4

       なんと、ランプの傘なのです!

       小さいのから大きいのまで、様々な細工が施され、
       そこから明かりがこぼれる仕組み。

       ロマンティックというか、エロティシズムというか!!



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      ◆カイロ  5

       革製品は安いです、とガイドの説明でしたが、
       こんなにぶら下がっていると、ねぇ、探すのに一苦労でしょうね。



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      ◆カイロ  6

       マーケット内、アーチの天井に施された柄。



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      ◆カイロ  7

       ふっと眼を移すと、時々凄い細工が見つかります。
       これは木製の様ですが、イスラム世界に共通すると思われる
       終わりの無い、濃密な模様



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      ◆カイロ  8

       道脇の靴磨きのおじさん
     
       撮って良いかと了解を求めましたら、
       1ダラーと言うので、OK! とこれを1枚撮り1エウロ。

       横で見ていた可愛い若者が笑いながら、
       じゃぁ、自分も撮って! と言い、
       横にいたロベルタがすかさず、1エウロくれるか? と返し、
       大笑いになりました。

       物売りでも何でも、すべてに Xエウロと言うので、
       皆がすっかり慣れて、言葉の最後には必ずXXエウロ、とつける有様に!



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      ◆カイロ  9

       これは写真の整理をしながら、物凄く悔しくなった1枚。
       というのも、私はこの手のとんぼ玉に目が無く、 
       スカラベオも手に入れるつもりで出かけたのですが、
       物売りが売りに来るのは、到底気に入らず、
       カイロ以降では、ちゃんとしたこの手の店に出会わず・・。

       このメルカートに出かけたのはカイロ初日の午後で
       まだ買い物モードになっておらず、時間も短くて。

       振り返ってみると、やはりこのメルカートは大変な品揃えで、
       ロベルタによると、イスタンヴールより凄いとの事。
       これからお出かけの皆さん
       ここでお気に入りを探される事をお勧めです!



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      ◆カイロ  10

       古道具と言うか、骨とう品店と言うか、
       小さなショウウィンドウにあった、直径1.5㎝ほどの釦。
       
       どなたの肖像なのか、どういう服につけるのか?



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      ◆カイロ  11

       この店は、見るからに高級貴金属装飾品ですね、
       店の造りも上等です。
       気楽に冷やかしには入れないイメージですが、
       どんな品があるのかは、見たい気もしません?



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      ◆カイロ  12

       メルカートに通じる道、入り口にはすべてちょっとした柵があり、
       観光ポリスが駐在し、
       こちらのメルカートの外れには、素晴らしいモスク。



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      ◆カイロ  13

       メルカートの外れ、モスクとの境にあった派出所。

       この丸い形のポリボックスはあちこちで見ましたし、
       小さな小屋とか、物見風の高い小屋とか、
       とにかくこの国には、警察、軍関係があちらにもこちらにも。

       何度かあったテロ事件を思うと、これで当然なのかも知れませんが、
       人々は関係ないイメージで、我々も緊張感無しで過ごしました。



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      ◆カイロ  14

       普通の服装も、そしてこんな長い服もごちゃまぜで、
       でも手押し車を見ると、つい写してしまいます。



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      ◆カイロ  15

       こちら側のモスクの入り口のベンチ。
       
       まるで人の写らない写真は、貴重品!



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      ◆カイロ  16

       この派手ハデ衣装は、いったい誰用?!
       マネキンの胴体まで凄い色で、
       イスラム社会の奥深~~いエロティシズムに想いを馳せ、ふ~む。



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      ◆カイロ  17

       再度バスに乗せられ、メルカートを離れますが、
       入り口広場付近にあったカフェの席、そして人々の密集振り。



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      ◆カイロ  18

       メルカート周辺の道路にはずっとこういう店が並び、
       これはどうやら、お菓子屋さんかな。



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      ◆カイロ  19

       これは一軒の間口ですが、2軒分の活用ですねぇ。
       
       とにかく色数が豊富なのに、圧倒されます。



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      ◆カイロ  20

       こまごまと、たくさんの品が並ぶ店が続きます。



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      ◆カイロ  21

       高架道路から見下ろすこの店の並び、そしてこの活気、
       大阪鶴橋の商店街に、似ていません?
       今の鶴橋商店街は、きっと小奇麗になっているのでしょうが。



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      ◆カイロ  22

       高級なエジプト綿が有名ですが、
       やはり布の店が大変多かったですね。
       写真を撮るアングルが悪く、布の店がご紹介できず残念ですが、
       如何にも専門店、という店が連なり見事でした。

       これは、黒い衣装で顔まで覆ったご婦人を写したくて。



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      ◆カイロ  23

       こんな風に、店先に椅子を出し、
       カモ、いや、お客待ちをする姿が当たり前に見られ、
       隣同士の店でお喋りも弾むのでしょう。



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      ◆カイロ  24

       で、車でごった返す道を、こんな風に自転車でパンを運ぶ人。
       
       写真整理をしながら気がつくと、派手な良い自転車でしょ?
       たくさん見かけた自転車は、古い車同様だったのですが・・。



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      ◆カイロ  25

       こちらは自転車をご覧頂こうと、車の写っていないのを。

       この写真の寸前に、車のごった返しの中を進みながら、
       彼がグラッと揺れ、バスの中から眺めていた何人もが「わっ!」と声を。
       でも大丈夫で、自転車を立て直し、またゆるゆると。



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      ◆カイロ  26

       広い広場の中心にあった騎馬像で、
       イブラヒム・パシャ・Ibrahim Pasha(1789-1848)と台座に。
       祖国の英雄でしょうが、調べてませ~ん。



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      ◆カイロ  27

       ホテルへの帰り道、既にかなり遅い時間でしたが、まだお仕事、
       しかもしかも、機械類が一つも見えないのですよ!
       で、こちらにはきちんと出来上がりつつある石垣が見え・・!!

       勿論、街中で建設クレーンも見かけましたが、
       なんとこれは凄いなぁ、ピラミッド建設と同じ時代やんか、と。



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      ◆カイロ  28

       ロバの荷車が、野菜を積んでトコトコ行きます。



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      ◆カイロ  29

       こちらはスイカを運ぶ、お馬さんの荷車。 
       スイカは少し小ぶりですが、道端で売っているのも見かけ、
       食事にも出ましたが、甘くて美味しかったですよ。



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      ◆カイロ  30

       荷車曳きは、やはりロバ君が多かったかな?

       車のごった返しの中で働く、健気なロバ君、お馬君たち



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      ◆カイロ  31

       こちらはギザで見かけたタクシー。



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      ◆カイロ  32

       ギザに行く途中に通った焼き物で有名な地区とか。
       まさに色とりどりの展示が続きます。



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      ◆カイロ  33

       色とりどり、様々な柄の壺も見えますが、
       手前にはカエルのカップルの姿が見え、かと思うと
       右端には、ファラオの姿もあり・・。



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      ◆カイロ  34

       ギザのピラミッド、スフィンクス、ルクソールでもそうでしたが、
       外国人観光客のみならず、国内の子供たちの遠足見学も多く、
       出会うと皆、わぁ~! と手を振ってくれます。

       で、必ずこれが、男女別々にされているのですねぇ。
       夫婦のカップルは別として、
       この国ではまだ結婚前のカップルには、条件が厳しい様子。



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      ◆カイロ  35

       ギザへの道。
       漸くにホッとする緑の畑風景。



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      ◆カイロ  36

       こちらのツァーでも、やはりお土産物店に連行されますが、
       ここはパピルス製造店

       床に無造作に投げられた、これがかのパピルスの茎と葉



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      ◆カイロ  37

       パピルス という古代エジプトで使われた紙は知ってはいても、
       さて、実際にどうやって作られたのかは知りませんで、
       ここで教えて貰った事を皆さんにも。

       上で見たパピルスの細長い茎を、必要な紙幅の長さに切ります。
       で、この茎の切り口をどうぞ、
       3角形なのです、あのピラミッドと同じで。
       それもあって大事に使われたとの事。



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      ◆カイロ  38

       で、茎をナイフで薄く削ぎ、水に漬けます。
       白い紙にしたい時は、2~3日、茶色くしたい時は1週間ほどとか。

       繊維が大変強いので、一番外側の皮で、かっては籠を編んだり、
       サンダルを作ったりもしたのだそう。



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      ◆カイロ  39

       で、この水に漬けた削いだ皮というか繊維を、槌で叩いた後、
       布の上に縦、横と交互に並べていき、プレスに掛けて出来上がり。

       安く売られている薄い薄いパピルスと称するものは、
       バナナの木の皮などで作られていると言う事で、
       しっかり売りつけられたのでしたぁ!


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      ◆カイロ  40

       あちこちで見かけたムバラク大統領の顔。

       これは少し若すぎますが、TVニュースに出る様子でも
       お若いので、お幾つかとガイドに尋ねましたら、82歳ですと!
       そうは見えないなぁ! と、皆驚き。
       そろそろ引退で息子に譲りたいのだけど、民衆は納得していない、
       というのは、ガイドのナッセールの話。

       という所で、カイロの街見たまま をひとまず終わりに。
       長いおつき合い、有難うございました。


     ◆*◆*◆
      
       ブログご訪問、有難うございます!

       まずはともかくもと、カイロの街の写真を整理しましたが、
       ご覧になって、退屈されないようと願っています。
         
       戻って聞きますと、留守の間の1週間は曇り空や雨だったとかで、
       それが昨日よりとたんに上天気となり、日中の外は暑いほど!
       小鳥たちが一斉に囀る声が聞こえ、ああ、春だぁ!

       柳の木はうっすらと緑色に覆われ、
       白い花も咲きだし、菫もヒヤシンスも。
       ああ、やっとの春!

       これをアップしたら、買い出しにも行かないと!
       送ると約束した、ツァー仲間の写真の整理も!
       頑張って参りましょう。

       では、また次回、よろしくお願いいたします!

       

by italiashiho2 | 2010-03-25 19:18 | ・エジプト Egypt | Comments(10)
2010年 03月 23日

   ・・・ エジプトから、無事戻りました! ・・・

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       22日の午後、無事にエジプト旅行から戻りました!
       わずか8日間の旅、それも正味6日程でしたが、
       初めてのアフリカ・エジプトへの海外旅行で、
       余りにも違う世界に興味しんしん、大いに楽しんで来ました!

       写真もおおいに撮りまくり、(多分2000枚ちょっと)
       砂嵐にも、大快晴にも、物売りにも、禁酒にも見舞われつつ、
       お腹も下さず、夜の散歩も数人と楽しみ、
       旅行鞄の重量制限超過も見逃してもらい、
       真っ黒に日焼けして、
       
       なにはともあれ、無事に元気で戻りました、のご挨拶を
       写真整理を頑張って見て頂きますので
       よろしくお願いいたしま~す!!

by italiashiho2 | 2010-03-23 06:46 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(12)
2010年 03月 15日

   ・・・ フェッラーラ ・ エステ家のお城 その1 ・・・

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      フェッラーラのご案内の3回目の今日は、13世紀から3世紀間に渡り
      このフェッラーラの街に君臨し、エステ家の名前と宮廷文化の素晴らしさを
      ヨーロッパ中に知らしめたエステ家の居城・Castello Estense のご案内です。
     
      今回も長く2回に分け、少し重い話もありますので、
      どうぞ、お茶など入れてごゆっくり!

      まずは、朝日の中に浮かび上がる街一番の中枢地を。
      左手前(南)から、ドゥカーレ宮・現市役所、映る影は大聖堂
      クリーム色の部分も同じくドゥカーレ宮で、
      その向こう北側に、濠に囲まれたお城があります。
      ドゥカーレ宮の前、円柱の上に像が2つ見えますが・・

              
       北側の騎馬像、 ニコロ3世・Nicolo` III (1383-1441)
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       エステ家は、現在のパドヴァの南にあるエステ・Este から
       このフェッラーラに移って来たと言われ、ここで地元領主との争いに
       勝ちぬいて頭角を現すのが13世紀頃。
       ニコロ3世の前にも7代ほど領主が続いていますが、
       彼の代より、エステ家の揺るぎの無い治世が始まったと見て良いようです。

       彼の肖像を探しましたが見つからず、この騎馬像のみ。


       南側の座像は、 ニコロ3世の子ボルソ・Borso (1413-1471)
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       エステ家は広大な領地をもち、武力知力にも優れた領主が続き
       財力を芸術作品の招集や芸術家の援助に使う事も惜しまず
       これが現在の美しいフェッラーラの街の元となっています。

       このボルソはニコロ3世の3番目の男子、
       愛人のステッラ・デ・トロメイ・Stella de'Tolomei との間に生まれた
       3人の庶子の一番下の息子。
       今も街を訪れる観光客に溜息をつかせる素晴らしいフレスコ画のある
       夏の館 スキファノイア宮・Palazzo Schifanoia などを造った男、
       どうやらホモ君だった様で、女の噂も公的な男の噂も子もなしとの事。


       こちらが、ボルソの肖像
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       ボルソの兄、ニコロ3世の二男リオネッロ(レオネッロ)・Lionello (1407-1450)
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       彼も庶子ですが父親ニコロ3世が亡くなった後、
       父親の3番目の妻との間に嫡出男子が2人生まれていたにも関わらず、
       エステ家の当主を継ぎます。
       事情が色々あるのですが、まぁその辺りはここでは省略。

       政治的にも軍事的にも頭の切れた男で、文化芸術にも関心が深く
       レオン・バッティスタ・アルベルティ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、
       そしてこの美しい肖像画を描いたピサネッロ、アンドレア・マンテーニャ
       などをこの街に集め、
       一方、既に創設されていたフェッラーラ大学にも力を入れ、
       現在も残る、街で一番古い病院サンタンナ・Sant’Anna などの建設も。



       お城とドゥカーレ宮の地図をどうぞ
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       一番最初の写真は、下の緑の点の位置にあるホテルからの眺めで、
       ドゥカーレ宮のクリーム色の建物の部分と、お城の関係が分かりますね。
       
       この地図で見ると、
       お城は、エステ家の居城となる以前は軍事的目的が強かったようで、
       手前側にエルコレ1世・Ercole I の部屋もあったのが分かります。
      
       エステ家の歴史の中でも、皆さんも良くご存じの名前 エルコレ1世は、
       ニコロ3世と3番目の妻リッチャルダ・ディ・サルッツォ・Ricciarda di Saluzzo
       の間の嫡出子で、リオネッロ、ボルソの統治が続く間は
       ナポリ宮廷に預けられて育ったのですね。

       このドゥカーレ宮も、希望すると見学できる様子ですので、
       またのチャンスに。

       お城と繋がっている部分は・・


       この建物で繋がり、一般道を通らずとも
       ドゥカーレ宮と往き来できる仕組み。
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       こちらが良く見るエルコレ1世の肖像
       厳格な、元はドイツ系というのが納得できる顔つき。
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       エステ家は後にモデナ・Modena に移封されますが、
       この絵はモデナのエステンセ美術館にあり、
       ドッソ・ドッシ・Dosso Dossi のコピーと書いてあります。
       では、本物はどこに?



       この胸像は、
       エルコレ1世の妻エレオノーラ・ダラゴーナ・Eleonora d’Aragona
       美しい女性、そして美しい彫像!
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       エルコレ1世とエレオノーラとの間に生まれたのが、
       次のエステ家当主アルフォンソ1世、かのイザベッラ・デステなどなど。



       お城、南東からの眺め
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       この城は、1385年9月29日にニコロ2世が建設を始めた事が
       記されていますが、当時の町の政治状況は未だ大変厳しく、
       かって自治都市も経験している住民たちが重税に反抗、
       この年、残虐な制圧で終わりを告げた一斉蜂起も起こったのだとか。

       この城の建設に寄り、その後の住民暴動は無くなったと言い、
       一方エステ家は、大領主になって行きます。
       
       手前の時計の見える塔が、マルケザーナ塔・Torre Marchesana
       張り出して見える低い部分の1階が台所・Cucine Ducali
       その上のテラス部分が、オレンジのロッジャ・Loggia degli Aranci
       向こう側の塔がレオーニ塔・Torre dei Leoni

       ガイドブックによると、このレオーニ塔も申し出ると上れる様子。
       ただ今回は塔の北側が修復中で、案内も見かけませんでしたので、
       次のチャンスに、高上がり大好き shinkai は出直しましょう。
       

       で、ドゥカーレ宮とお城を繋ぐ建物の前で両手を広げるのが、
       この街出身のサヴォナローラ・Savonarola
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       フェッラーラ大学で学んだそうですが、
       彼については、フィレンツェのサン・マルコ教会のご案内の際に、
       と思いつつ、さて、いつになりますやら、
       お気長にお待ち願い上げますぅ。


       これはお城の北東角からの眺めで、
       一番左手前がレオーニ塔の下部分
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       実は戻ってからあれこれ調べ、この塔の地下に牢獄があったのだと知り、
       写真をひっくり返して探しましたが、塔全部の写っているのは無し!

       理由は分かっているのです、
       今も上の端に修復用組み場が少し見えますが、
       上の部分が覆われていて、美に拘る!この馬鹿は写さず、
       今になって後悔反省という、いつものパターン。


       という事で、お城のガイドブックの写真をどうぞ
       暗く見えにくいので少し明るめに。
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       塔の一番下に見える部分が1階で、
       白い線の模様が少し見える所よリ下が、地下、まぁ半地下部分。



       上の塔の写真にも見える、修復中の石碑
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       2頭の兜を被ったライオンが向かい合い、
       その間に流れる帯には、WOR-BAS・常に前進 と書いてあり、
       多分、エステ家のオリジナルのドイツ系家系に結びつく、
       古いモットーであろうと。



       北の濠を渡り城の中庭に
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       こちらは脇の小さい方の跳ね橋。
       多分こちらが日常的に使われたのでしょう。



       5の地図でご覧頂くと分かるように、城の中庭の北西角に
       西側の濠を渡る橋が架かります。
       これですが、細く暗く。
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       城の中庭には、こうして石の球が積まれていますが
       何かお分かりですね?
       その昔カタプルタ・catapulta と呼ばれる投石機で
       反射を利用して投げつけられた石の球、
       大砲の前身とでも。
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       でも結構大きな珠ですよ、ボクと比べてお分かりでしょう?!



       中庭の、北側から南側を
       井戸が大小2つ、これは万一の非常時備えと。
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       南に見えるスロープの道がお城見学の入り口、
       写真左手にロッジャ、写し手の後ろにインフォメーション。

       お城のこの中庭は、夜間は濠の橋が閉められますが、
       日中は通り抜け自由です。



       中庭東側のロッジャ部分で、この左手
       螺旋状の緩やかな階段が城の上階部分に続き、
       かっての客人用だった様子。
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       ロッジャの円柱、柱頭部分の素朴な彫り
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       ロッジャの下壁に残された、
       エステ家の古い領主たちの姿
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       ロッジャの天井部分
       実際はもっと暗く、吊るされたランプも黒く大きく。
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       お城内部の見学に
       入り口から、厳めしい鉄柵を通り、
       写真はOKですがフラッシュはダメ、と念を入れられ・・

       こちらは壁に残るフレスコ画。
       枢機卿の帽子が見えますが、さて?
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       初めの何室かは、城の模型や写真での展示説明が続き、
       ガイドブックによると、城の東部分に当たります。


       天井部分
       真ん中に見えるのは、エステ家の紋にある鷲でしょうね。
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       お城の広~い台所
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       床煉瓦、そして天井は元のままだそうで、
       最初の計画では、天井に装飾がなされる筈だったとか。

       竈の部分、上は蓋で塞がれていましたが、
       右の竈部分は穴をあけて見せており、
       大きなこの4つの焚口全部で、6つ程鍋が置ける様子。

 

       15世紀の中頃、このお城の台所では有名なフェッラーラ出身の料理人
       クリストフォロ・ダ・メッシスブーゴ・Cristoforo da Messisbugo
       が、この台所で腕をふるい、大宴会が開かれたという事で、
       これは当時の宴会の図。
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       200人も250人も集まる大宴会だったそうで、
       食べた肉の骨などを床に投げ、ワン君や猫ちゃんもお相伴に。

       このルネッサンスのカリスマシェフについては
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764904.html
       


       煉瓦の床が、いかにも使いこまれた様子で少し波を打ち光り
       左手奥には、パン焼きの釜も。
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       でも、台所なのに井戸が無いのですね
       ちょうどこの部屋に管理のシニョーレがおられたので、
       井戸は? と聞きましたら、下から汲んで来たのだと。

       で、これを、台所の水はけ口を教えてくれたのですね。
       竈の並ぶ左手手前です。
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       と、もう一つ、部屋の竈の反対側の床に長方形の穴が開けられ、
       覗くと濠の水が見えましたが、
       ポー河の支流の川の水が流れているそうで、
       こちらからは、料理屑を捨てたのだと。

       

       このシニョーレが、ではこちらに、と道案内に立ち、
       細い暗い壁に挟まれた通路を抜け、
       この地下牢への入り口に。
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       ほら、首を切られたパリジーナとウーゴの牢ですよ、と
       軽~く説明、
       下に降りて、2つ牢を見て、またここに上がって来て、
       向こう奥から上の貴族の階に行って下さい、と。

       写真がブレテいるのは、多少その暗さにギョッとしたからで、
       えっ、一人で行くの?! と怖れの私は少しビビったからで、
       露出を上げたにもかかわらず、本当に暗かったからなのです。

       覚悟を決め、そろそろと手すりにつかまりながら・・、



       上から降りた通路
       奥の光が漏れている所が、小さい方の牢ですが・・
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       まずは、ウーゴ・Ugo とパリジーナ・Parisina の悲恋のお話を。

       塩野七生さんの「愛の年代記」に納められた
       「パリシーナ侯爵夫人の恋」の話のオリジナルが、この2人。

       パリシーナと記されていますが、管理人もパリジーナと発音され、
       イタリア語では、Assisi がアッシジとなるように、母音の間に挟まる
       Sは濁りますから、パリジーナと書かせて頂きますね。

       ウーゴ・デステは、ニコロ3世とその愛人ステッラとの間に
       生まれた3人の男子の長男 (1405-1425)
       父親は政治的な目的から結婚こそしなかったものの、
       シエナの豪族の娘ステッラと3人の利発な息子を熱愛、
       長男のウーゴを既に後継者と決めていたと
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       こちらはウーゴの継母に当たる、父親ニコロ3世の2番目の妻
       パリジーナ、本名はラウラ・マラテスタ・Laura Maletesuta (1404-1425)
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       そう、ウーゴとパリジーナは継母と義理の息子の関係とはいえ
       彼女がたった1歳年長で、斬首刑の時は19歳と20歳。
       それに引き換え、夫のニコロ3世は20歳年長。

       彼女は、アドリア海沿岸チェゼーナ・Cesena の領主
       アンドレア・マラテスタ・Andrea Malatesta と、
       2番目の妻 ルクレツィア・オルデラッフィ・Lucrezia Ordelaffi の娘に生まれ、
       この母親は出産後わずか数日、陰謀に加担したとかで
       実の父親 チェッコ・Cecco Ordelaffi により毒殺、

       リミニの領主、叔父のカルロ・マラテスタ・Carlo Malatesta と
       その妻 エリザべッタ・ゴンザーガ・Elisabetta Gonzaga に養育されます。
       彼女の父親アンドレアも彼女が10歳の折に死去、
       孤児になったとはいえ、大変に美しく賢く育ち、リュートが得意だったとか。

       1414年、ペストの襲来で打ちひしがれたフェッラーラに14歳で輿入れ
       夫の愛人ステッラの子3人を含め、7人もの庶子が暮らす宮廷の生活にも
       すぐに馴染み、しっかりと采配を振るうように。

       本にサイトに、あれこれと経緯が述べられていますが、
       夫の長男であり、義理の息子であるウーゴと愛し合うようになり、
       その秘密の関係は2年程続いたようですが、遂に夫の知る所となり
       囚われわずか3日の審議の後、2人とも斬首刑に



       で、こちらが細長く窓の無い、奥の独房風牢
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       露出を上げ明るく撮っていますが、肉眼では殆ど真っ暗。
       現在は電球が灯され、奥もなんとか見えますが、
       ここに閉じ込められただけで、心がなえそうな・・。


       牢の扉
       鉄製で、真ん中に上げ下げ出来る差し入れ口。
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       で、扉はこの1枚ではないのですね。
       これは牢の内側の扉で、廊下側にもう一枚厚い扉
       木製か鉄製か覚えていませんが、つまり2重扉。
       中の扉の手前から写真は撮りましたが、到底中には・・!



       廊下を逆にぐるっと回り込むと、もう一つの牢
       こちらはかなり広く、天井は低いものの窓もあり薄暗い程度
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       写真に見えるのはやはり中の扉で外にもう一枚。
       中の広さを見たくて一歩入りこみましたが、
       パッと見ただけで即退散。
       こういうのは怖ろしいのです、
       かっての人々の怨恨がこもっている場所、は怖い。

       外に出て、はぁ~と深呼吸、
       上の階に出る階段を上りつつ、ふと
       ウーゴとパリジーナはどちらの牢に、との疑問が湧き、
       また管理人さんのいる台所まで戻り質問。

       なぜって、不倫した妻と、後継と決めていた実の息子です、
       どちらをどう扱ったか、知りたかったのですね。
       答えは、奥の狭い真っ暗な方にウーゴ
       広い窓のある方にパリジーナ、との答えでした

      ◆*◆
       
       という所で、下の「次のページ」をクリック、
       その2に、お進み願います

by italiashiho2 | 2010-03-15 01:47 | ・エミーリア・R州 Emilia | Comments(0)
2010年 03月 15日

   ・・・ フェッラーラ ・ エステ家のお城 その2 ・・・

      引き続き、有難うございます
      お城の地下牢の話を続けます。

       こちらは、ジネーヴラ・デステ・Ginevra d'Este
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       ピサネッロ作のこの美しい肖像の主は、
       斬首刑にあったパリジーナと、ニコロ3世との間に生まれた
       双子の女の子の片方で、
       リミニの領主シジスモンド・パンドルフォ・マラテスタ・
       Sigismondo Pandolfo Malatesta
の最初の妻、
       結婚後わずか6年、夫に毒殺されたのだろうと言われます。
       母と娘と、・・幸薄い運命ですね。

       例により納得できる範囲を求めあれこれ読みましたが、
       パリジーナの最後が哀れでした
       
       彼女はどうやら、穴に突き落とされ閉じ込められる刑を予想していた様で、
       多分目隠しをされ、付き添いの腕をギュッとつかみつつ歩み、
       「もう着いた? ・・ もう着いた?
       斬首刑になるのだと知らされると、ウーゴはと。
       彼は既に先に斬首されたと知り、
       「私のウーゴが死んでしまったのなら、もう生きていたくない」と
       装身具を外し頭を布でくるみ、首切り台に身を委ねたと。

       彼女がこうした最後を遂げた事について、
       マラテスタ家の方からは何の抗議も来なかった様で、
       実際彼女の娘がマラテスタに輿入れですね。
       パリジーナの持参した婚資をジネーヴラが持って行ったのだろう、とあり、
       マラテスタの方から、また別の輿入れがあるのです!! 
       が、ここでは省略を。
       

       では、リミニの狼 と呼ばれるシジスモンド・マラテスタの肖像も。
       この凄い肖像画は ピエロ・デッラ・フランチェスカの作で、
       上のピサネッロともに、ルーヴルに。
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       彼の最初の妻がジネーヴラ・デステ
       2番目がポリッセーナ・スフォルツァ・Polissena Sfrza
       ミラノ大公になるフランチェスコ・スフォルツァの娘ですが、
       彼女も何年後かに、こちらは多分タオルで窒息させられたのだろうと・・!

       その後12歳で彼をイチコロにしたイゾッタ・デッリ・アッティ・Isotta degli Atti
       とは政治抜きの結婚で、最後まで添い遂げた様子。

       マラテスタ家には、こうした数々の凄い話がまつわりますが
       この100年ほど前には、有名な「パオロとフランチェスカ」の話もあり、
       こちらは、義理の弟との不倫で夫に殺されたリミニのフランチェスカのお話で、
       この秋に旅行予定の、リミニからマルケ州巡りが大いに楽しみです!

       ジネーヴラ、そしてイゾッタについては、cucciolaさんがこちらに
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765030.html


       この城の牢に纏わる有名なもう一つのお話
       やはり塩野さんの「愛の年代記」にもある「ドン・ジュリオの悲劇

       ジューリオ・デステ・Giulio d'Este(1478-1561)はエルコレ1世の、

       イザベッラ・Isabella マントヴァ侯爵フランチェスコ・ゴンザーガの妻 
       ベアトゥリーチェ・Beatrice ミラノ公国のルドヴィーコ・イル・モーロの妻
       アルフォンソ・Alfonso エルコレ1世の後継
       フェッランテ・Ferrante
       イッポリート・Ippolito 枢機卿
       シジスモンド・Sigismondo
       に続く第7子ですが、
       エルコレの妻の侍女、イザベッラ・アルドゥイーノ・Isabella Arduino との間に
       生まれた庶子で美しい瞳を持つ美男、これが悲劇の発端に。

       アルフォンソが2番目の妻に、かのルクレツィア・ボルジャ・Lucrezia Borgia
       法皇アレッサンドロ6世の娘、チェーザレ・ボルジャの妹を1502年に迎え、
       侍女として彼女の従妹アンジェラ・ボルジャ・Angela Borgia もフェッラーラに。

       事件はアルフォンソがエステ家の当主となった1505年に。
       美しいアンジェラにジューリオとイッポリートの兄弟2人が恋をし、
       少々軽薄なアンジェラが、「美しい目のジューリオを選ぶ」と放言、
       イッポリート枢機卿の刺客に、ジューリオはその目を傷つけられるのですね。

       事件を穏便に済まそうとする兄のアルフォンソに不満のジューリオと
       兄フェッランテが1506年に殺害を計画、何度か試みるものの失敗、
       その内に発覚して7月に捕らえられ死刑判決となるものの、
       マントヴァ侯のとりなしもあり2人は終身刑に

       兄のフェッランテは牢の中で34年後に死亡
       一方ジューリオは53年を生き、81歳の時に自由の身に
       エステ家の当主は既に、次々代のアルフォンソ2世になっての釈放でした。
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       この肖像はサイトで見つけましたが、ジューリオは自由の身になった後も、
       外出には50年前のフランス宮廷式の服装で皆を驚かせたと。
       が、2年後に死亡しています。


       こちらもサイトで見つけた、アンジェラ・ボルジャの姿、
       これしか見つからず、小さくて申し訳ないですが、
       まぁ、無いよりはマシと思って下さいませませ。
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       彼女は1506年12月に、フェッラーラから100k程離れた
       モデナの南西に位置するサッスオーロ・Sassuolo の領主
       アレッサンドロ・ピオ・Alessandro Pio 当時19歳と結婚
       ジューリオの子を身籠っていたという説もあるようですが、
       とにもかくにもエステ家の配慮で、フェッラーラを離れます。

       彼女の方が年上だったのでしょう、彼を助け領土も守りますが、
       アレッサンドロは1517年に、アンジェラは1521年に亡くなり、
       2人ともサッスオーロのサン・ジュゼッペ教会に埋葬、
       彼らの息子ジベルト・Giberto が石碑を捧げているそう。



       これは地下の牢から階段を上り(この階段はその1で見て頂いた階段)
       そこから奥に向かい、更に階段を上がった場所で、
       ご覧の様に上げ蓋がつき、ここはもう既に明るい階。
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       窓に向かって少し傾斜した階を、右に曲がり左に曲がり、
       そして貴族の階と呼ばれる上階のお城の各部屋の見学コースに。



       家に戻り、見た大小2つの地下牢について、あれこれ考え調べました
       買って戻った本、ガイドブック5冊にも其々地下牢の写真がありますが、
       どれも皆説明が、入れられた人間の名が違うのですね。
       こちらはお城のサイトで、分かりやすいのでご覧下さい。
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       黄色の色が台所で、ここからピンクの色をつけました塔の狭い廊下
       外側を辿り、右端に見えるちょっと白い所の階段から地下に。
       オレンジ色が地下牢で、奥(上側)に見える欠けた部分が
       (図には仕切りの壁がありませんが)
       窓の無い細長い最初に見た牢でしょう。
       管理人は、こちらがウーゴの牢といい、広い方がパリジーナと言いました。
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       が、本やサイトで見る説明は皆違い、決め手になりません。
       塩野さんの「ドン・ジューリオの悲劇」には、
       ジューリオとフェッランテの兄弟は上下別々の牢に入れられ、
       後に行き来出来るようになった、との説明も。



       こちらは、同じ塔内に位置する上階の部屋で、
       ここは私も見ましたが、アウローラの部屋・Sala dell'Aurora
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       皆さん笑わないで下さいね、
       地下牢を見てかなりの衝撃が残っていたのか、城内の様子を即思い出せないまま、
       あれこれ読み、考え、思い出し、行きついた結論は、

       見学コースでは見れない、もう一つの牢が重なっている、という事。
       つまり地下牢に降りる階段に行くのに辿ったのは、
       壁に挟まれた狭い暗い細い通路で、あの壁の内側にあるのでしょう。
       ならば、広い方の地下牢の上階にあるのも頷けますし、
       台所と同じ階の、塔の内側に当たるのです。 
       納得! 
       
       ウーゴとパリジーナの3日間のみならず、
       フェッランテとジューリオは、其々34年、53年間を生きたのですから
       あの暗い狭い牢の筈はない、と考えたのでした。

       ご説明があと先になりますが、
       この城の中の牢は、エステ家関係、貴族階級人の牢で、
       一般民衆の牢はまた別に広場の方にあったそうです。


       この肖像は、アルフォンソ1世
       フェッランテとジューリオにこそ恨まれたものの、
       大変英明な君主であった様子。
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       アルフォンソ1世の2番目の妻、ルクレツィア・ボルジャ
       花の精フローラになぞらえて描かれていると。
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       彼女にとっては3番目の結婚でしたが、その生涯については
       たくさんの記述がありますので、ここでは省略を。



       ルクレツィアが亡くなった後、アルフォンソ1世は結婚こそしなかったものの
       このラウラ・ディアンティ・Laura Dianti を愛し、
       薔薇の小邸と呼ばれる建物に彼女を住まわせ、
       秘密の小路で通ったとか。
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       ラウラについては、cucciolaさんがこちらに詳しく
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764859.html



       これは有名な、レオナルド・ダ・ヴィンチ描く所の
       イザベッラ・デステ・Isabella d'Este のスケッチ
       彼女の懇願にもかかわらず、遂に本画は描いてもらえなかったとか。
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       イザベッラの本画では、ティツィアーノが描いたのがありますが、
       どうもあの顔、びっくりしたような眼と若いだけが取り得、みたいなのが嫌いで
       (ティツィアーノ、そしてイザベッラのファンの皆さん、ごめんなさい!)
       スケッチのイメージに似たこの胸像をどうぞ。
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       こうして見ると、イザベッラはひょっとして可愛い顔立ちだったのかも、ですね。



       上階の豪華絢爛たる天井画の部屋が続くと、もう・・満腹!
       牢の上の部屋、アウローラの部屋の天井画一部。
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       遊びの小部屋、とでも?・Saletta dei Giochi
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       多分かっては、壁にもフレスコ画があったのだと思いますが、
       現在は壁は白くなり、(それとも壁にはつづれ織りが掛けられていたのかも)
       窓の傍に、壁の厚み利用の座り場所が
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       こちらは、遊びの大部屋・Salone dei Giochi
       遊びの小部屋、大部屋というのは、天井画のテーマが
       いろいろな遊びをしている場面なのですね。
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       こちらは城の北西部分に当たる、比較的後期の部屋の天井で、
       少し趣がすっきりとして来ます。
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       この天井の柄と同じ柄を、カーザ・ロメイの博物館で見ました。
       大金持ちの豪邸で、ローマ期のテルメ式の浴槽もあった家ですね。
       ただし色は濃いブルーと金色でしたから、
       型紙を使っての製作と・・。



       こってりの重たい装飾の後に、こういう部屋に入ると
       ああ、とほっと一息!
       城の南側に当たる部屋と思います。
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       やはり南部分の部屋で、鹿がいたので・・。
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       先回も見て頂きました、紋章の間・Saloni degli Stemmi
       逆向きに。
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       紋章の間を最後に見物を終え、
       かっての客人用の緩やかな螺旋階段を下ります。
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       ドゥカーレ宮の中庭から、こちらも客人用の階段を
       ここの見物も今回はしておりません。
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       もう一度、お城の周囲を歩きます

       1階部分にずっと続く石の飾り
       一番端に、鷲の紋。
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       この壁の厚み!
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       初めての海外旅行でイタリアに来て、
       ミラノのスフォルツァ城でカルチャーショックを受けたのが、
       城の壁の厚みだったのを良く覚えています。が、
       未だに驚きから抜け出せませんね。



       城の西側、濠の眺め
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       南に広がる広場から、城の威容を
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       アルフォンソ1世は、大砲などの製作に余念がなかったとの事
       多分それに因んでいるのでしょうが、
       砲筒に柄の彫り込みがありました。
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       夕暮れ、城のライトアップが始まり・・。
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       ドゥカーレ宮の中庭、現市役所広場
       左に見えるアーチが、かっての正面入り口門だったそうで、
       このアーチの向こう正面にドゥオーモ。
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       フェッラーラの街には、お菓子屋さんの大きなテラス席が多く
       これも城の南にあったカフェ。
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       お腹をすかせ、焦ってレストランかと思ったり・・。



       ドゥオーモ側に出てきて、濠越しに西を
       手前の橋は、ドゥカーレ宮との繋ぎの建物に続き、
       今は一般に渡れないような。
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       最後に、東側の眺めをもう一度
       台所、レオーニの塔、そしてその下に牢のあった・・。
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       長い記事に最後までお付き合い頂き、有難うございました!


     ◆ 追記です 
       リンクしておりますOtiumさんの「エスカルゴの国から」に
       ロマネスク様式の教会の壁画や彫刻について、また右、左に位置する意味の
       記述があるのを教えて頂きました。 どうぞご覧ください。
       前回のカテドゥラーレの記事に追記したかったのですが、文字制限が出たのでここに。  
       http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-17.html
       http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-18.html

     ◆ 生パスタのネットショップ ご案内 ◆
       こちらもリンクしております、パンダ通信のパンダさんが
       手作りパスタの店 あ・ま~の を昨秋より開店されましたが、
       この春からはネット販売も始められました。

       彼女とは「オリーヴ油を追いかけて」のルナさん計画の
       食材探求の旅のフリウリでお会いし、その後もブログを通じてのおつき合いを。
       誠実なお人柄から想像すると、そのパスタも上等な筈!!
       どうぞ、お近くの方はお店にも、遠くの方はネットを通じて、
       イタリアの味をお楽しみください
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       PC版は http://www.pasta-amano.com/       
       携帯版は http://www.pasta-amano.com/m


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今回のご案内は相手が大物で、知らない事も多すぎて、
       あれこれ読みまくり、泥縄つけ刃で・・!
       上手く消化出来ているように願うばかりですが、 
       でもやはり少しは頑張ったのです!

       というのも、これをアップして後、明日の朝から私めは
       エジプトに8日間出かけますの、イェイ!

       参加している成人教室で、昨年の秋から春はエジプトにという計画があり、
       それに同行するつもりが気がついた時は既に満杯、
       すっかりその気になっていましたので、旅行会社のツァーに申し込みを。
       長野の山の中の小学生が、アスワン・ハイダムを知って以来の
       遠い夢でしたから、このチャンスを捕まえて行って来ようと。
       
       一人でこちらのツァー参加は初めてですが、まぁ何とかなるだろうと。
       それに様子が分かってOKとなれば、あちこち行けるではないですかぁ。            
       という訳で、出かけて来ます。

       エジプトでインターネットに接続できればコメントは拝見できますが、
       日本語は打てないのは確実ですから、
       お返事は遅くなりますが、ご了承願います。

       22日の午後戻ります。
       では、行って参りま~~す!!
       

by italiashiho2 | 2010-03-15 01:13 | ・エミーリア・R州 Emilia | Comments(8)
2010年 03月 10日

   ・・・ スコミーゴ村、春を告げる野生のクリスマス・ローズ ・・・

      ここヴェネトは、先週は2日程春らしい穏やかで暖かい日がありましたが、
      週末から一転して冷え込みがひどく、北の奥やトリノ辺りでは雪のニュース
      日曜日にヴェネツィア・メストゥレまでお墓参りに行きましたが、
      陽射しは明るいものの冷たい風が強く、凍える程でした。
      フェッラーラのご案内が続きましたので、今日は一服、
      2月の末、春の陽射しいっぱいの我がスコミーゴ村の様子
      そして春の訪れを告げる野生のクリスマス・ローズの緑色をどうぞ!

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      ◆スコミーゴ  1

       地元の人だけが通る小道が、隣のオリアーノ村に。
       中程に見えるカーヴの左に続く木々はアカシアで、
       5月初旬には白い花がいっぱい。
       昨春lanさんが来られた時、オリアーノの友人ヴィッティと取りに行き、
       (車が殆ど通らないので、埃がかからないと)
       テンプラにして食べましたっけ
       (もちろん lanさんがお料理! 彼女、とても上手なのですよ)
       ええ、花そのものよりもテンプラが美味しかった!!
       
       今はこうしてスケスケに見えますが、
       夏はうっそうとした陰の、薄暗い道です。



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      ◆スコミーゴ  2

       今迄とは違う場所、道に見つけた野生のクリスマスローズ

       春到着のお知らせ!
       この冬が厳しかったので、やはり少し遅めでしょうか?



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      ◆スコミーゴ  3

       素晴らしい緑色



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      ◆スコミーゴ  4

       ういういしく、清楚に!



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      ◆スコミーゴ  5

       上の部分、花弁にギザギザがある細身の蕾が見えますか?
       この種は初めて見たような。



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      ◆スコミーゴ  6

       1の写真の道を上ると、こうして開けた場所に。
       左奥の農家に続く道、そして隣村に続く道が分かれます。



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      ◆スコミーゴ  7

       今、奥の農家からボクとママがやって来ますが、
       サングラスをかけたボクが何か駄々をこねて。
   


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      ◆スコミーゴ  8

       2人の姿を撮りたかったので、待つ間を稼ぐべく、
       こんな宿り木も撮ったりして・・、はは



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      ◆スコミーゴ  9

       はい、やっと!

       ボクはサングラスを取り、着ていたコートも脱いで足取り軽く。
       うん、暑いからコートが要らない、と言っていたんだね。



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      ◆スコミーゴ  10

       いつもは茂った木で見えないスコミーゴ村の教会が、正面に。

       小さな丘の起伏がいくつも重なるこの辺りです。



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      ◆スコミーゴ  11

       目にとまったタンポポ
       という事は、やはり春の訪れが遅いのですね。



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      ◆スコミーゴ  12

       オオイヌフグリ
       色が少し薄めのブルーでした。



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      ◆スコミーゴ  13

       野生のプリムラ
       枯れ葉の間から、むっくりと。



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      ◆スコミーゴ  14

       この日は本当に暖かく、逆光に丘が霞んで。

       列を作るコブコブの木の細い枝は、
       葡萄の木の剪定後、支柱に結び付けるのに使われます。



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      ◆スコミーゴ  15

       雲の間から射す陽に照らし出される、
       カルページカ村の教会と鐘楼。



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      ◆スコミーゴ  16

       スコミーゴ村の北部分。

       奥に見える山はヴィットリオ・ヴェネトの山々。



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      ◆スコミーゴ  17

       日向ぼっこを楽しむワン君。

       家の横から撮った時には、まるで無防備に寝ていましたが、
       家の玄関側に回ったら、流石、むくっと目覚めて。
       なかなかハンサムでしたので、またイタ犬でご覧頂きますね。



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      ◆スコミーゴ  18

       我がスコミーゴ村とオリアーノ村の境には、
       丘の重なりの間のちょっとした谷部分があり、
       あちこちに湧き水がある様子。

       細い流れですが、煌めきながら。



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      ◆スコミーゴ  19

       雑木林が刈り取られる風景。
       
       農家が畑を広げるのでしょうが、
       こういう風景を見ると少し残念な気が。



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      ◆スコミーゴ  20

       最初の写真のカーヴする道の向こうに、細い流れの切れ目があり、
       もう一度雑木の列、そして広がる傾斜地。
       なんの木か可愛い落ち葉が敷き重なり、そのはずれに・・



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      ◆スコミーゴ  21

       またまた野生のクリスマス・ローズがあちこちに



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      ◆スコミーゴ  22

       花の丈が低く、おまけに下向きに咲くので、
       花芯の見える花を写すのが、なかなか。



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      ◆スコミーゴ  23

       流れの岸はかなりの傾斜。
       南向きの岸は日当たりが良く、風も避けるのか
       大きく咲いているのも見えるのですがぁ・・、

       もし足を滑らしたら、お尻も濡れるしなぁ・・。



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      ◆スコミーゴ  24

       散り残る葉が、逆光に光ります。



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      ◆スコミーゴ  25

       坂道を下りおり、村の平地に。

       道の角に、古い大きなコブコブの木。



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      ◆スコミーゴ  26

       いつもの、オリアーノ村の教会、鐘楼。



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      ◆スコミーゴ  27

       次の選挙はいつだっけ?
       ヴェネト州の州知事と、ヴェネツィアの市長が変わります。

       州知事候補、現農業大臣のルーカ・ザイア・Luca Zaia       
       彼が次期のヴェネト州知事でしょう。

       ヴェネツィアの現市長カッチャーリ氏は、
       政治に疲れたと引退を表明。
       元哲学教授には、やはり生臭さすぎるのかも!



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      ◆スコミーゴ  28

       ヴェネト訛りで書いてあるポスターをどうぞ。
       Stemo tenti de no farse ridar drio.

       標準語のイタリア語では、
       Stiamo attenti a non farci ridere dietro.
       後ろで笑われる事の無いよう、気をつけています。

       大体感じは分かったものの、
       間違いのないよう、先生に質問した正しいイタリア語で~す。
       ああ、語学の壁は高く厚く、立ちふさがりますねぇ!  


     ◆*◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       日本語版PCがインターネットに接続できず、1週間後の今も、
       未だに日本語を片方で打っては、キーに、そしてイタリア語版のPCに移し、
       貼り付けのメール、コメントでしのいでいます、う、う、う。

       今日火曜の午後テクニコが来てくれる予定が、たった今、別の客の所で
       ブロックされ来れない、というTELがあり・・・、う、う、う、
  
       このブログも、上の手順でアップする羽目に! きゃいん。

       まぁ、片方だけでも動いてくれて良かった、と思う事に。
       明日の午後来てくれるそうですが・・、さて。

       イタリアの生活はなかなか厳しいのでっせ、皆さん
       最新モードの国、とのみ甘く考えたらいけまへんえ。
       
       冬の寒さがドカッと戻った北国イタリアから
       では、また次回に!
       

by italiashiho2 | 2010-03-10 03:00 | ・スコミーゴ村の四季 Scomigo | Comments(10)
2010年 03月 05日

   ・・・ フェッラーラ ・ ドゥオーモとその博物館 ・・・

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      今日はフェッラーラの街の中心にあるドゥオーモ、街の地図にもガイドにも
      カッテドゥラーレ・Cattedrale と示されている(アドリア海岸にある
      コマッキオ・Comacchio も教区に含むので、単なるドゥオーモではないという事かも)
      と、その博物館のご案内です。

      まず上の地図をどうぞ。
      フェッラーラは、ポー河流域と共にユネスコの世界遺産にも指定されているので
      良くご存じと思いますが、位置関係としてはこうなります。
      ローマ~フィレンツェ~ボローニャ~パドヴァ~ヴェネツィアを結ぶ
      大幹線上にありますから、訪問しやすいですね。

      
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      ◆地図  2

       これは街の全体、左端の赤い点が国鉄駅
       やや東南にまっすぐ来た辺りが中心部
       周囲をぐるっと城壁が囲んでいるのが分かりますね。



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      ◆地図  3

       中心部をどうぞ。
       数字の2がお城、 3がかってのドゥカーレ宮、現市役所
       その斜め下の1が、今日ご案内のカッテドゥラーレ
       そして12が博物館
 
       ちなみに13が、国立絵画館のディアマンティ宮・Diamanti
       その斜め北西の青の■が、アリオストの家・Casa di Ludovico Ariosto.



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      ◆カッテドゥラーレ  1

       素晴らしい正面壁ですが、市役所広場からのこの眺めが一番素敵と。

       フェッラーラの最初のドゥオーモは、現在のサン・ジョルジョ教会で、
       街の南西部城壁の外にあり、12世紀初めにこの聖堂が造られ
       上の部分の完成は13世紀との事。
       ロマネスク様式ながら、装飾性にゴシック様式が感じられます。



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      ◆カッテドゥラーレ  2

       ホテルのテラスからの眺め、聖堂前の空間がお分かりかと。
       左奥にお城です。



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      ◆カッテドゥラーレ  3

       入り口部分。
       2頭のライオンが円柱を支えていますが、後ほどアップを。



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      ◆カッテドゥラーレ  4

       聖堂の南側の脇部分。
       かってはこちら側にも入り口があり、暦月の門と呼ばれたそうですが、
       18世紀に改造され現在は店が並び、
       上部のみにロマネスクの素晴らしい円柱が残ります。



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      ◆カッテドゥラーレ  5

       こんな感じ。
       門の跡も見えますね。
       
       この門を出て真っ直ぐ南に、中世の市で栄えたサン・ロマーノ通りが
       パウラ門に続き、ボローニャ通りから南へ、一路ローマに
       ですから、暦月の門とも巡礼の門 とも呼ばれたそう。



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      ◆カッテドゥラーレ  6

       こちらはドゥオーモの脇に細長く広がる
       トレント・トりエステ広場・Piazza Trento e Trieste からの眺め。
       柱の形が皆違うのが見事で、当時の職人の心意気が偲べます。

       それにしてもトレント・トりエステ広場という、
       離れた場所に由来する名が不思議なイメージですが、
       かってのエルベ・Erbe 広場、野菜や日常の市の広場だった様子。



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      ◆カッテドゥラーレ  7

       聖堂正面入り口の円柱を支える左側のライオンと男、
       ライオン君は羊を捕らえ、男は背中が曲がり・・



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      ◆カッテドゥラーレ  8

       右側の、好きな方。
       男の背の曲がり具わい、何百年もご苦労さん! と
       ねぎらいの言葉をかけたくなりますね。
       こちらのライオン君の足元には、牛の頭がゴロンと。ははは。



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      ◆カッテドゥラーレ  9

       もう一度正面の様子をどうぞ。
       形は少し厳めしいですが、ピンクと白の石が印象を和らげます。
       張り出しの小玄関は、ロマネスク様式の特徴で
       プローティロ・Protiro と呼ばれます。

       右側に見える扉と、その上と脇の彫像にご注目を。
       


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      ◆カッテドゥラーレ  10

       細部をどうぞ。

       入り口の上に聖母子像
       その上に、最後の審判がモチーフの浮彫。



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      ◆カッテドゥラーレ  11

       テラコッタの聖母子像。
       彩色されていた様子ですが、こうして見ると
       後世の作の気がしますが、やはり15世紀前半に設置されたと。



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      ◆カッテドゥラーレ  12

       よく見える写真をと思うと、写した日と時間が異なり、
       色味の違いはご容赦願います。

       聖母子上部の、最後の審判 場面、
       面白そうなのでアッぷを。



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      ◆カッテドゥラーレ  13

       右側部分の、地獄
       
       下には、お棺から這い出す人々がいて、これから審判を?
       で、天使が持つ秤の片方に悪魔がぶら下がり、
       地獄方面を重くしようと!
       人々は首を鎖につながれ、泣きながら・・、



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      ◆カッテドゥラーレ  14

       で先回もご紹介の、釜茹で場面!

       釜の下には薪が盛大に焚かれ炎も吹き出し、
       既にしっかり茹った顔がいくつも!
       釜茹でが嫌なら、大魚の餌にして貰えそう! ははは。



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      ◆カッテドゥラーレ  15

       フェッラーラの街の守護神は、サン・ジョルジョ・San Giorgio.
       正面扉上部には、聖ジョルジョの竜退治の場面の浮彫、
       その下に、これは聖書の各場面が。

       聖ジョルジョについては、cucciolaさんがこちらに
       http://d.hatena.ne.jp/cucciola/20091024/1256325504



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      ◆カッテドゥラーレ  16

       正面右の壁と扉。
       右の巡礼姿像は、14世紀後半にフェッラーラ大学を創設した
       アルベルト5世デステ・Alberto V d'Este で、
       聖地巡礼に出かけた姿だそう。

       扉の上の女性は、フェッラーラのマドンナ・Madonna Ferrara
       呼ばれ、伝説上では町の発祥起源となった女性像。
       アッティラ王の襲撃で北から移って来た民衆たちの一人、
       皆を励まし引率し、ついにこの安全な地までやって来たのだそう。

       この下の扉は女性の扉とも呼ばれ、かって町の女性たちは
       この入り口から教会に入り、男性達は左の扉から入ったのだそう。



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      ◆カッテドゥラーレ  17

       特別な装飾彫りはありませんが、
       何重にも小さなアーチが重なります。



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      ◆カッテドゥラーレ  18

       下側のアーチの正面左にあった
       こんな中世の顔。



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      ◆カッテドゥラーレ  19

       聖堂内に。

       本当に暗くて、目が慣れるのを待つほど。
       入った部分に、入り口と同じようなライオンと円柱持ち。



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      ◆カッテドゥラーレ  20

       かっての脇の入り口部分にあったのかも、
       珍しく穏やかな牛の像。



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      ◆カッテドゥラーレ  21

       内部は外の装飾とはまるで違うバロック式。
       暗くて、深くて、大きくて・・。

       三廊式で、こちらが身廊部分で、一番奥に・・



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      ◆カッテドゥラーレ  22

       このステンドグラス。

       あまりにも周囲が暗くて色が飛びました。



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      ◆カッテドゥラーレ  23

       朝行きましたら、ちょうど左の奥でミサの最中で、
       奥にまで行くのを遠慮。



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      ◆カッテドゥラーレ  24

       再度、身廊の天井部分を。
       いろいろな絵画作品もあるようですが、
       こうまで暗いと見えませんねぇ。



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      ◆カッテドゥラーレ  25

       聖堂の一番右端の円柱飾り。
       先端の方も面白いですが、その左に興味をひかれ・・、



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      ◆カッテドゥラーレ  26
    
       角を回りましたら、何と女性でしたぁ。
       上にはしかつめらしい顔の僧が聖書を広げ・・!
       はは、サヴォナローラのご先祖かも。



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      ◆カッテドゥラーレ  27

       聖堂の南東角にある鐘楼。
       15世紀後半に、レオン・バッティスタ・アルベルティの設計
       建設された様ですが、現在見るこの形は16世紀の物で、
       途中で建設中止になったままだそう。



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      ◆カッテドゥラーレ  28

       かっての脇の入り口にあったという イッポグリフィ・ippogrifi
       馬の体にグリフィンの頭と翼のついた伝説動物の姿が2体
       聖堂前にありますが、ご覧の様に恰好な座り場所に。



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      ◆広場  1

       聖堂を囲む広場の南西角に時計塔、レーノ門・Porta Reno があり、
       右に見える建物はかってのドゥカーレ宮、現市役所。

       で、時計塔の左の、こういう場所にひどく似つかわしくない
       5階建ての建物、広場に向いた1階にはマクドナルドがあり!
       3、4階部分に私が泊まったホテルがありました。

       ご覧にいれた高い場所からの聖堂の眺めなどは、
       4階の食堂(一番端の2つの窓)とその外のテラスから撮ったのです。

       やはり大変論議を呼んだ建物だったようですが、
       さて、昔はどうだったかといいますと、



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      ◆広場  2

       これはフロントの男性が、小冊子の表紙の写真をコピーしてくれ、
       私の興味にあれこれ答えてくれたのです。

       建物の名前はラジョーネ宮・Palazzo della Ragione といい、
       14世紀の物。
       終戦間際に爆撃を受け損傷したのを幸いに、ファッシストが
       書類抹消の為に火をかけ、大きなダメージとなり
       建て替えたらしいのですが、結果はこういう・・。

       ですがホテルとしては最高の位置で、部屋も広くおまけに台所部分も!
       最初はレジデンスだったのが、今持ち主が変わり申請中で、
       多分この夏には3つ星ホテルとなるでしょう、との事。
       値段は上げません、とは言いましたが、現在は★が0で
       65エウロでしたが、さてあの場所で3つ星となると・・。
       調度類は一般普通の品ですが、フェッラーラの街歩きには最高の位置で、
       少々値上がりしても、お勧めの宿です。
       
       Suite Duomo Corso Porta Reno 17 Tel 0532-793888
                                Fax 0532-793820  
       http://suiteduomo.it

       フロントの男性の話ですが、
       かのルクレツィア・ボルジャも住んだ事があったとかで、
       ええと、これからが例の噴飯もののゴシップですが、
       男を引き入れては事をなし(という言い方を彼はしたのですよ!)
       用が済むと城の方に送っては、殺して川に投げ入れた、と。

       好奇心の強い Shinkai は念を入れます。
       城とここと繋がっていたと言われたけど、どういう風に?
       地下道ですよ、今もあるのです。
       お城の地下には牢があったけど。
       そうそう、その牢に送っては殺して捨てたのですよ。
       ゴシップの類ではないの?
       いいぇ、ちゃんと本に書いてあって、僕は読んだんですよ!

       ははぁ、問題はどういう本かという事ね、とは言いませんでしたぁ。



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      ◆博物館  1  ガイドブックより

       広場の中程、南にあるかってのサン・ロマーノ教会が
       現在 カッテドゥラーレ博物館・Museo della Cattedrale.

       右の中庭部分が入り口。
       


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      ◆博物館  2

       先回も見て頂きましたが、素晴らしい中庭回廊。



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      ◆博物館  3

       円柱の並び。
       素朴な柱頭部分。



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      ◆博物館  4

       収蔵品には、金糸の刺繍、祭式用具、羊皮紙の彩色聖書、
       つづれ織りなどなど素晴らしい品がありますが、
       とりわけの目玉はこちら。

       15世紀後半のエステ家の宮廷画家でもあり、
       フェッラーラ派の始祖とも言われる
       コスメ・トゥーラ・Cosme' Tura のこの作品

       オルガンの扉絵だったとAyumiさんに教えて頂きましたが、
       こちらは内側になる 受胎告知 で、



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      ◆博物館  5

       こちらは外側、サン・ジョルジョの竜退治
       作品の大きさ、暗さにかなり驚きましたが、
       このエキセントリックさが、エステ家の宮廷に悦ばれたのかも。
          
       


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      ◆博物館  6

       気に入りましたのは、こちらの暦月の碑と呼ばれる物、
       素朴ながらしっかり細部に拘り、可愛くて嬉しくなります。

       肩に回した袋の紐はしっかり結ばれ、
       衣類の横から、ぷっくり目のお腹が覗き、
       葡萄の房はたわわに実り、籠の編み目もしっかり彫られ・・、



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      ◆博物館  7

       本格的な冬に備え、家畜、とりわけ豚を始末し食料備蓄に。

       衣類をしっかり着込み靴も履き、火に掛ける用意も整い・・、
       中世の農民の生活は貧しかったでしょうに
       でも、温かな優しい眼ざしが注がれています



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      ◆博物館  8

       刈入れの季節。
       馬も2頭御します、 麦の穂の細部の彫り!
       季節の移ろいの豊かな現し方。

       技術も表現も稚拙ですが、それでもこのインパクトの強さ。
       上手ければ良い、というだけではない事がよく分かります。



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      ◆博物館  9

       香り立つような百合の花!

       フェッラーラに行かれたら、
       是非お立ち寄り下さいね、この博物館。




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      ◆カッテドゥラーレ  29

       夕暮れが近づき、聖堂の上に半月が。



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      ◆カッテドゥラーレ  30

       こんな夜の入り口、撮りながら時に頭をかすめる事、
       ああ、今日は家に帰らなくてもいいのだ!

       女性の皆さんお分かりですよね、この感じ?
       そう、急いで家に帰る必要がないのだ、と自己確認するのです!
       未だになにこれ?! と我ながら可笑しい。



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      ◆カッテドゥラーレ  31

       500年ほど前の、エステ家の人々も、
       案外この位置で、この月を見たかも、でしょ?!



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      ◆広場  3

       聖堂南の広場の突き当たり、かってのゲットーの入り口横、
       由緒ある古い大きな建物が修復され、本屋さんに。

       ピサネッロ表紙の 半額になっているジネーヴラ・GINEVRA という本を。
       闘争性に富み反体制の美しい女の伝記
       愛の為には自分の人生も危険にさらすことを恐れぬ女王
       との宣伝文句に?と思いつつも、名前と表紙絵にその気になり・・。
       家に戻りよく見ましたら、同じジネーヴラでも、
       アーサー王の奥方、ランスロットとの愛のジネーヴラでありましたぁ!
       クヤチイィ。
       


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      ◆広場  4

       そろそろ晩御飯に。
       お昼に食べた、カボチャと茸のラザーニャが美味しかった
       オステリーア・サヴォナローラにもう一度行こうかな?


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今夜の天気予報では、今夜からまた崩れて寒波が来る、
       氷点下になり、山はまた雪だとか。
       
       昨日から日本語版PCがインターネットに繋がらず、
       今朝テクニコ依頼の電話をしましたら、軽~く、来週の火曜と!

       幸い同じ線で繋いでいるイタリア語版PCは接続できるので、
       こちらで書いてはキーで移し、コピーしてのメール発信、
       このブログも、この手で今からアップをと。

       途中で間違いに気がついても、ご容赦下さいね。
       コメントのお返事が遅れてもご勘弁願います。

       それにしても、3月になっての雪は少しシンドイなぁ。
       皆さんも、お元気で!

 追記 
この所、急にスパムコメントが増え、やむを得ず
コメント承認制にさせて頂きました。
どうぞ、ご了承お願いいたします。

by italiashiho2 | 2010-03-05 06:22 | ・エミーリア・R州 Emilia | Comments(15)