「ほっ」と。キャンペーン

<   2011年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧


2011年 07月 30日

   ・・・ ガルダ湖畔で食べた、美味しいもの! ・・・

d0097427_23522418.jpg

       先月6月早々、日本からの友人と共にガルダ湖の東岸を、
       北のマルチェジーネから南のラツィーゼまで
       3泊4日でゆっくりと下りましたが、その時にあちこちで食べたもの、
       私の手作りから始まり、特別珍しい物はありませんが、
       あれこれ美味しく頂いたものをご覧下さいね。

       ローマに到着後トスカーナ南部のソラーノ・Sorano
       で数日間スケッチをし、フィレンツェ経由で当日朝
       ヴェネツィア・メストレに到着した友人mkちゃん。
       上の写真は、その彼女に一度食べさせてあげたかった
       缶詰ではない生の白アスパラガス、を用意し持参、
       マルチェジーナの宿で広げた晩餐の様子。

       白アスパラカスには定番付き物の茹で卵
       茄子やぺぺローニ、玉ねぎ、トマトのラタトゥイユ風
       彼女の好きなハム、サラダ用のレタスやサラダ菜
       白ワインパンなどなど。

       例により、一緒に旅行する際の撮影係mkちゃんの写真を
       たくさん拝借の今日のご案内です! 勿論上のも。
       
       ソラーノはまだちゃんとご案内していませんが、こちらに少し。
       http://italiashio.exblog.jp/12059840

       マルチェジーネ・Malcesineも、ちょっぴりこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/13697797
       http://italiashio.exblog.jp/13709926



       これは、マルチェジーネのホテルの朝食。 写真mk。
       手前下のお皿、ハム、チーズ、トマト、パン、茹で卵、ヨーグルト、
       カップチーノが彼女の分で、朝ご飯をしっかり食べる健康優良女。
       上の、一皿全部に収まっているのが、shinkai用。
d0097427_23525159.jpg



       マルチェジーネのお昼は、一人湖畔のレストランで。
       ガラスがあるのですが、こんな感じ。
d0097427_23531139.jpg



       これは既にご覧頂きましたが、海老とズッキーニのパスタ
       これが本当に美味しかった!!
d0097427_23532815.jpg

       ソースがとろっと、サフランを入れたのか黄色いソースで、
       普通は単純にオリーヴオイルを使っているのですが、
       今迄食べた海老とズッキーニのパスタで、これが最高!
       プチトマトの彩もとても綺麗でしょう?



       夕御飯は考えていた所が満員で、2人で昼と同じレストランに。  写真以下4枚mk。
       湖畔沿いのテーブルは既にいっぱいで、中のテーブルですが、
       途中でお天気が回復したのを見て、するすると天井のテントが上がり
       おお! と一同歓声を。
d0097427_23542861.jpg



       シーフードのリゾットと野菜のグリルを、まず。 
d0097427_23554638.jpg

       リゾットが美味しかった!!
       野菜のグリルをいつも頼みますが、こちらのくたくたの煮野菜よりも、
       普通のサラダよりも、ずっと美味しいと思います。
       野菜を食べたい時、一度お試しを!

       ビールを頼みましたが、どうせ1杯では不足だろうし
       最初から大ジョッキか、それとも後で白ワインを追加するかで迷い、
       大ジョッキを頼みましたら、
       ウェイターのお兄ちゃんが目を丸くし、 no!と。 
       でもね、結局追加する事になりましたぁ。



       こちらはセコンドに注文の、各種シーフードのグリル
       イカに海老に鮭にスズキ、そしてアンコウの尻尾
       茹でジャガイモが付いて来ましたから、この1人前で十分!
       注文の時、お兄ちゃんが、え、一人分?! と言いましたがね。
d0097427_2358667.jpg

       ヴェネツィアなどだと魚のミックスグリルに鮭は出て来ませんが、
       勿論鮭だけの料理があるためですが、
       ガルダ湖一帯はとりわけ北ヨーロッパからの、また外国人ヴァカンス客
       が多いので、こうなのだろうと想像します。



       美味しく食べて出て来た、レストランの眺め
d0097427_23583367.jpg

       レストランの名は、Ristorante Pizzeria Garden Malcesineで、
       写真の載ってるfacebookのサイトはこちら。
       http://it-it.facebook.com/pages/Ristorante-Pizzeria-Garden-Malcesine/173978478198
       最初のコメントにあるヴィデオでは、マルチェジーネのお城からの
       高飛び込み競技会の様子が見れます。
       こんなのがあるのも知りませんでしたが、なかなか素晴らしい! です。



       ガルダ湖東岸マルチェジーネから、西の対岸リモーネ・Limoneを。
d0097427_2359554.jpg

       リモーネも有名なヴァカンス地で素晴らしい様子。
       昔バスで通った事はあるのですが、ガルダ湖西岸の道は
       狭くてカーヴだらけ、おまけにトンネルを出たり入ったりで・・、
       南の方は行きましたが、北のこの辺りは再探検の余地あり。



       さてここからは、南に下ったガルダ・Garda、 写真2枚mk。
       はい、ガルダ湖のガルダです。
       湖岸に沿ってずらっとバールやレストランのテラス席が並び・・、
d0097427_23593873.jpg



       皆さん、好きなように食べたり飲んだり・・
       なにせ、ヴァカンスですけんね!
d0097427_00078.jpg
       
       これは我らが注文のピッツァではありませんで、
       mkちゃん、お腹減ってたのかな?



       道端に出ているメニューの看板
       私どもの店では、注文を頂いてから作ります、と。
       つまり観光地で良くある、作り置きを温めるのではありません、と。
d0097427_013961.jpg

       こういうのを写しておいて、後でゆっくり眺めるのが好きなのですけど・・、
       値段もそうお高くないでしょう?



       で、我々もテラス席に座りこみ、何にしようか?
       うん、あの湖畔のカップルも取っているスプリッツにしよう!
d0097427_015948.jpg



       はい、私のスプリッツ
       mkちゃんは、何やら可愛いのを。
d0097427_021816.jpg



       そのうち雲行きがおかしくなり、遂にパラパラ降り出し、  写真3枚mk。
       内側のテラス席に移動。
       雨の小振りになるのを待つうちに、何か食べたくなり、はは、
       サラダを!
d0097427_023858.jpg



       そしたら、パンが付いてきて!
       そうそう、スプリッツの時にポテトチップやナッツの小皿が付いていて、
       それで食欲増進となり、サラダを頼んだという・・。
d0097427_025954.jpg



       こちらは、ガルダのホテルの朝食
       こちら半分下がmkちゃん、上のパン皿を除けたのがshinkai用。
       ええ、この日は良く食べてますねぇ、私にしたら。
d0097427_032197.jpg



       ここはガルダ湖南端に近いラツィーゼ・Lazise の中心広場
       古い旧市街から湖岸沿いをずっと歩き、
       見れると思っていたお城が外からだけで残念でしたが、
       この広場の右手前から2番目の店でお昼を。
d0097427_034194.jpg

       左に見える国旗の出ている市役所内から、
       ちょうど結婚式を済ませた中年カップルが出て来て、
       なかなか良い雰囲気のお二人で・・。



       で、この日はなぜか店に入る前から、             写真mk。
       スパゲッティ・アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ
       頭にあり、素直にそれを注文!
d0097427_043529.jpg

       オリーヴオイルとニンニクの良い香りがあちこちから漂うので、
       それに脳が反応した様子で、まるでワンちゃん式発想!



       ここで出て来た水の瓶が大変綺麗なブルーで、
       おまけに名前がパラディーゾ・天国、ですってさ!
d0097427_051692.jpg

       美味しく頂くと
       そう、それだけで天国の気分ですよね?!


       皆さん、よい週末をどうぞ!

       ではまた、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
 

by italiashiho2 | 2011-07-30 00:07 | ・旨いもの!Buono! | Comments(8)
2011年 07月 27日

   ・・・ コインブラ、夜の探訪をご一緒に ・ ポルトガル ・・・

d0097427_23344593.jpg

       ポルトガル北部、古くからの街コインブラ・Coimbra
       この街はポルトガル最古の大学のある街で、
       如何にも古都の趣が漂う美しい街でしたが、
       到着の夜の夕食後、何人かのグループで探訪に出かけました。

       既に夜9時半頃、無事戻れるようホテルから一人が地図を貰い、
       せっせと歩いて大通りに出て、そこから狭い横道に。

       写真を撮りつつ、置いて行かれないように、
       ・・何せ皆脚がはやい!
       コンパスの違いかとも思うのですが・・、はぁ、
       どこを歩いているのか、どこに向かっているのかも分からずに、
       とにかくついて歩きまして・・、

       ですから街の地図もまたのご紹介の時に、という事で、
       翌日に、ああ、そうだったか、と分かった場所のみ書きますので、
       皆さんも、夜のコインブラ探訪に出かけたおつもりで
       見慣れぬ風景を、手ぶれの写真にも我慢して頂いて、ははは、
       お楽しみ下さい!

       上は、近くに迫った祭日用に、飾りつけられた小路

       そうそう、ポルトガルの音楽、ファドの古典に
       コインブラ の街を歌ったのがありますので、
       まずは街の雰囲気をどうぞ。
       http://www.youtube.com/watch?v=LqB8RAPC9QM&feature=fvsr

       歌詞を。
       コインブラは憧れと伝統の教室
       手本は一曲の歌であり 光は大学 本は一人のご婦人
       知り 自習するものだけが試験に通る 思い出を 
 
       ポプラ並木のコインブラは
       依然として ポルトガルの愛の都 依然として・・
       コインブラはかって麗しのイネスの物語に
       涙でかき曇らせた
       かくも心根の優しい歌の
       我らの赤裸々の心に訴える歌のコインブラ
       学者のコインブラ
       我らの為の愛の泉の歌い手
       それはコインブラ お前だ

       コインブラは憧れと・・

       はぁまぁ、大変良く分かる訳ですが、大体こんな感じと・・。
       歌詞の麗しのイネスの物語に、とあるのは、
       アルコバッサの修道院、王家の愛の物語でご説明を。
       http://italiashio.exblog.jp/14088586   


       こんな狭い小路をどんどん行き・・
       この辺りのお店はみな閉っていて、
d0097427_2336241.jpg



       こんな風に階上に建て増し、というのが
       今回あちこちで見かけたポルトガル風!
d0097427_23364778.jpg



       出て来た広場の教会、サンチャーゴ教会・São Tiago
       今は分かっておりますぞ。
d0097427_23371875.jpg

       12世紀に溯る古い教会で、正面はこの様に残されていますが、
       中はロココ様式のゴテゴテキンキラキンだそう。



       この広場が細長くカーヴしながら奥に続きますが、
       商業広場・Praça do Comércio と呼ばれる広場。
d0097427_23374097.jpg


       こんな風に細くて高い建物がびっしりと繋がり
       なんと7階まであります!
       表は修復されていますが、元は中世のままと分かります。
d0097427_23375848.jpg

       多分、エレベーターなんぞはないでしょうねぇ!



       そのまま広場の奥に進みますと、  
       学生のコンサートが始まる所で・・
       ええ、ちょうど土曜日の夜だったのですね。
d0097427_23384497.jpg



       奥に見える教会の手前の石段を上り、
       この教会の名前は分からずですが、
       ほら、時計が10時前を指しているでしょう?
d0097427_2339364.jpg



       ちょうど広場のコンサートが見下ろせる良い場所が見つかり、
       既にかなり歩いて来たので、ここでコンサートを見物、はは、
       聞くのではなくて、様子を見れるかと思いましたら・・、
d0097427_23393243.jpg



       shinkai、行くよ! とお声がかかり・・、
       ワンちゃんみたいにとことこ後について。
       で、出ましたのがこの目抜き通り、Rua Ferreira Borges.
d0097427_23395312.jpg

       この辺りは翌日行ったり来たりして、お馴染となりましたが、
       コインブラの下街で一番の繁華街のよう。



       そこからこんな古いアーチを潜り、どんどん上に!
       このアーチも翌日陽の光の下で落ち着いて見て、
       ガイドブックにもあるアルメディーナのアーチ・L'arco di Almedina
       と分かった次第。
d0097427_23401849.jpg



       とにかく坂道! 石段! が続き
       写真を撮ろうとちょっと止まると、すぐにshinkai!と呼ぶ声、
       まるでウロチョロする飼い犬扱いなのですう!

       アーチを潜り、左に折れ・・、
       この辺り、学生らしき若者たちがうじゃうじゃ騒いでいて・・、
d0097427_23404228.jpg



       屋外のバールの席も、まだまだ賑やか
d0097427_2341045.jpg



       そして、また石段!
d0097427_23412227.jpg



       またまた、細い小路の石段!
d0097427_23413930.jpg



       とどめの一撃、いや石段!!
       暗くてよく見えない石段ですが、置いて行かれぬよう、
       哀れなワンちゃんは、はは、必死でついて上ります。
d0097427_2342187.jpg



       これは振り返って見た様子。
       分かります? 角度を変え続いているのです、はぁはぁはぁ・・、
d0097427_23422133.jpg



       で、出ましたのがこの要塞の様な大教会前広場
       旧の聖堂だそうで、翌日中を拝見しましたが、
       かっての繁栄を思わすタイル装飾が残っておりました。
d0097427_23425752.jpg



       広場も緩やかな傾斜地にあり
       周囲のバールもスーヴェニール店もみな閉り、
d0097427_23431995.jpg

d0097427_234338100.jpg


       いるのは我々8人と
       学生らしき若者たち数人、
       と、このワン君
       彼は丈夫そうな脚と、頑丈そうな顎で・・、
d0097427_23435938.jpg



       ここから戻るかと秘かに望みましたが・・、
       まだまだ坂道を上って行くのです、我が連れの連中は!
d0097427_23441874.jpg



       で、街を眺めおろせるような広い広場に出て
       それも何やらドンチャン騒ぎをした後の様な広場で・・、
       立派な門だけ写したのですが、
d0097427_23444049.jpg
       
       見えます?
       鉄柵にも衣類がぶら下っているし、広場にも散らばっている様子が。



       遠くの新市街の大きなアパート群も見え、
       下街が文字通り脚下に広がります。
d0097427_2345240.jpg

       写真では色が出ませんでしたが、
       空の色が深い藍の良い色でした。



       上の門をちょっと回り込んだ下にはこんな塔を持つ建物があり、
       要塞跡かな、などと皆で想像したのですが、       
d0097427_2345237.jpg

       なんと、ここがコインブラの街の一番高所にある
       ポルトガルで一番古いコインブラ大学だったのです!
       大学の創立は1290年、ヨーロッパでも最古の大学のひとつで、
       大学がある事が、このコインブラの文化的な面を大いに助長させた
       と言われます。

       翌朝バスで街の観光に出かけ、ここに来ました時には
       既に広場は綺麗に清掃され、昨夜の狼藉跡は何も残っておらず、
       ・・日曜と言うのに、この辺りがイタリアと違うよねぇ!!

       うん、これ以上高い場所はないね、とやっと連中も納得、
       漸くに暗い坂道を下り始め・・、
       そうか、高上がりをしたがる連中だったか!

       これは旧聖堂の脇の扉
       こちらの方が正面より素晴らしい様な・・。
d0097427_23455497.jpg



       広場の暗い陶器店内
d0097427_23462717.jpg



       せっせとまたあの石段を下りまして、
       大通りに出るアルメディーナのアーチの上から
d0097427_23464668.jpg



       目抜き通りを抜けて行くと、バンドの音楽が聞こえます。
d0097427_2347589.jpg

       まだ広場のコンサートが続いていて、
       別のグループの一群にも出会い・・、



       既に11時半ごろ!
       ホテルに戻ろう、と広場の端まで来るとこの警察官。
d0097427_23473855.jpg

       POLÍCIA と胸の上に書いてあるのを見て、むずむずっと、はは、
       前からはいけないだろうから後ろから、とカメラを構えましたら、
       さすが敵もさる者、左の年配の方がくるっと振り向きましたので、
       背中のこの字を、と自分の背中を指さしつつ言いましたら、
       正面向きに。
       パッシャと写し、グラーツィエ!と言いましたら、
       彼はおう、とあの太い腕をちょっと上げてくれ。

       隣にいたジュリアーナが呆れて、
       あんたはヴェネトの女よりも酷くなってる、と、ははは。

       という様な事で、またせっせと歩き、
       真夜中前に、皆無事に夜間探訪を済ませホテルに。

       夜歩いた時は地理も何も知らずについて歩いたのですが、
       これが翌日結構役に立ち、落ち着いて見物できました。
       閉っていたコインブラ大学の鉄の門内にも入り、
       素晴らしい図書室や聴講室も見れましたが、
       残念な事に撮影禁止で、余り内部写真も見つかりませんが、
       またご案内致しますね。


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今年の夏は暑くなったかと思うと、雨が嵐がやって来て、
       例年の様にお天気が一定しませんで、
       こんな事は30年振りと天気予報で言っていたそうで、
       となると、私が知る前のイタリアですね。

       1ヶ月半前から山の家に行っているセルジョが電話をくれ、
       殆どが雨の日で、奥の方では雪も降ったとか。
       流石にあちこちに出かける元気も出ないと見え、
       暇つぶし出来る相手がやって来るかと、
       様子伺いの電話を呉れたようですが、
       雨の山に行ってもねぇ!
       
       今朝も、太陽が出ているからと屋外のプールで体操、
       最初はそうでもなかったのが、徐々に手や足指の感覚が無くなり・・、
       時に涼しさを通り越す今年の夏で、
       例年だと何度か作る冷やし中華風スパゲッティも、
       まだ出番なし、暖かい味噌汁を作ったりしています!

       皆さんも体調管理にご注意!
      
       今夕、写真展を見に出かけますので、少し早めにこれをアップして、
       ではまた、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-27 23:49 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(6)
2011年 07月 26日

   ・・・ 黄金の世紀 ・ パドヴァ その3 ・・・

d0097427_23584125.jpg

       さて、もう一度パドヴァのご案内です、
       宜しくお付き合いをお願いいたします!

       ラジョーネ宮の中からのロッジャ越しの青空と、
       エルベ広場に面する建物の並びをもう一度ご覧頂きまして、

     
       これはサローネの入り口の上に掲げられた碑
       本を手にし、背後の書見台にも本が置かれ、
       周囲に残るフレスコ画、上には例によりヴェネツィア共和国の
       ライオン君がいますが、左右には地球儀やコンパスが見えます。
d0097427_235929.jpg

       衣服から見て中世の学者を現わしているのかとも思うのですが、
       下の碑文も半分薄れていて私には見当もつかず、
       ラジョーネ宮のサイトにも記載がなく分かりません。
       どなたか、ご存知の方お教えください!



       ロッジャから見下ろすエルベ広場
       もう殆ど屋台店が片づけられ、
d0097427_23592459.jpg

d0097427_23595021.jpg


       バールで憩う人も、今はお昼を食べに
d0097427_001010.jpg



       サイトで見つけたラジョーネ宮の図をどうぞ。
d0097427_002855.jpg

       建物内の様子はお分かりと思いますので、
       ここでは右側の現市役所に繋がる渡り廊下
       ヴォールト・デッラ・コルダ・Volto della cordaにご注目を。



       サローネから階段を下り、ラジョーネ宮の東側の道、
       上の図のヴォルト・デッラ・コルダを潜り、
       北側の広場・フルッタ広場に出た角に見えるのがこの標識、
       カントン・デッレ・ブジーエ・Canton delle Busie・嘘つきの角
       見事な柱頭の上にある、この可笑しな標識!
d0097427_005115.jpg

       中世の昔からラジョーネ宮を挟む広場一帯は、
       市が開かれ市民の集まる賑やかな中心地だった訳ですが、
       これは、ここには嘘つき商人たちがいるから気をつけろ
       という警告からそう名付けられたと、ははは。

       実際このアーチの右側、ラジョーネ宮の壁には、他の4隅にも、
       当時のパドヴァで使用された寸法が、白い石に刻まれていて、
       買い手が騙されないよう、試す事が出来たのだと。

       で、こちらもサイトで見つけました、刻まれた寸法!
d0097427_01129.jpg

       寸法、と読んだ時は長さだけかと想像しましたが、
       なんと種々様々な形と大きさ!
       一体、どれが何の基準寸法なのか、これを知りたくなりません? はは。
       ガイドさんと街巡りをしたいものです!
       

       で、先ほどのヴォールト・デッラ・コルダ・ロープのアーチですが、
       名の由来は、この場所でロープの刑が執行されたというのですね。

       先回サローネに置かれている支払い不能者や破産者への罰に
       使われていた石、ヴィトゥペーリオの石に座る刑罰について
       ご説明しましたが、それ以前の刑罰がこのロープの刑だった様子。

       つまり破産者達はここで後ろ手に縛られ、アーチの上部からの
       ロープで3~4m吊るしあげられ、そして落下させられたのだと。

       読んだだけで怖くなる、中世の刑罰の物凄さですが、
       ですから、あの石に下着だけで座って財産放棄を宣言するのは、
       恥さらしではあっても、命に別条はない訳でして・・。
       厚顔無恥の輩なら、何度か繰り返す野郎もいたでしょうねぇ、ははは。



       という所で、再度街の地図で位置確認をどうぞ
d0097427_021093.jpg

       8,14辺りがドゥオーモ、洗礼堂、そしてモンテ・ディ・ピエタ、
       26の横に見えるのがラジョーネ宮、
       その横に見える真ん中に石段の見える19の建物、
       これがモローニ宮・Palazzo Moroni 市役所の入り口で、

       その向かい側にパドヴァ大学があり、
       28.かのカフェ・ペドロッキ・Caffe` Pedrocchi
          実際の位置は数字の見える下側、市役所の絵に隠れる所、
       その裏側にインフォメーション、

       右上緑の中の2が、スクロヴェーニ礼拝堂で、
       すぐ南にエレミターニ教会と市博物館
       前の大通りを真っ直ぐ行くと国鉄駅に行き、

       ここにもインフォメーションがあり、なんと日本語のパンフレット!
       私の顔を見て、日本語のがあるけどいるか、と訊ねてくれる親切さで、
       皆さん、駅のインフォメーションをご利用下さいね。
       カフェ・ペドロッキの裏のはお昼休みで閉っておりましたし。

       書き忘れを追記しますと、
       パドヴァカード・Padva CARDというのがあるそうです。
       48時間と72時間があり、それぞれ16エウロ、21エウロ。
       これを利用するとバス、トラムが無料、スクロヴェーニ礼拝堂を含む
       博物館美術館の入場料無料、(スクロヴェーニの予約料は1エウロ必要)等など。
       駅のインフォメーションなどで販売しているそうで、
       サイトはこちらに、英語版もあります。
       http://www.padovacard.it       
       


       という訳で、パドヴァ大学前
       白い紙がひらひらしているのは、卒業がめでたく決まった方たちの
       お知らせの紙。
d0097427_023371.jpg

       大概友人達が描く漫画風の似顔絵があり、時に風刺風や、
       笑える服装で描かれておりまして・・、

       で、今見えるあの入り口から入り、

       このかっての代々の卒業生の紋章のある廊下を通り、
d0097427_025435.jpg

d0097427_03131.jpg

       あの紋章のたくさん掲げられた部屋が見たい、と言いましたが、
       あいにく修復中の様子で、
       おまけにジュリアーナが言うには、
       どこかにガリリオ・ガリレイのもあるんだけど、どこか忘れた、と。
       ああ、大先輩の紋の場所位覚えておいてやぁ!
       折角に日本向けのブログに載るのにさぁ!!

       なにせ1222年に創立されたという、ボローニャ大学に次いで
       イタリアで2番目に古い大学ですから、
       ちょっと見でも、ひしめくその紋章に恐れをなします。
       この真ん中のは、LVCAE QVARTANO XXXXX 
       SYNDICO MERITISSIMO VNIVERSITAS IVRISTRARVM 1611年
       どうやら大変優秀な学生だったようで、と見当をつけましたが・・。
d0097427_034052.jpg



       ぐるっと廊下を回って出てくると、こちら側の入り口で、
d0097427_042757.jpg



       斜め前にカフェ・ペドロッキ
       お絵描き中が見えますが、本人はおらず・・。
d0097427_044797.jpg



       カフェ・ペドロッキの左に見えるロッジャの奥に
       インフォメーションがあるというので、入って行きましたが、
       お昼休みで閉っており、
      
       その先の水飲み場では、一人の男性が下側で飲み、
       上では鳩君が。
d0097427_0577.jpg



       水飲み場の角を回ると、
       はい、カフェ・ペドロッキのライオン君
d0097427_052880.jpg

       昔々最初にパドヴァに来た時も、確かライオン君の写真を撮り、
       中でのお茶は無しでしたが・・、はは、



       裏側のテラス席
       どうやら大学卒業祝いのちょっとしたパーティーが始まる様子で、
d0097427_06443.jpg



       ジュリアーナが、中を通り抜けようか、と。
       ええ、お茶をしよう、とは言いませんで、ははは。

       通り抜けながら一枚撮りましたが、ブレているでしょう?
       はい、shinkaiにはこういう高級カフェは不向きな様子、はは。
d0097427_063268.jpg

       
       創業180年というカフェ・ペドロッキのサイトは
       http://www.caffepedrocchi.it/              


       由緒ありげな横道奥のライオン君の像も、横目で睨むのみで、
d0097427_065630.jpg



       古本市の開かれているのも素通りし
d0097427_071520.jpg



       こんなレトロ調の建物、現郵便局も見つつ
d0097427_073365.jpg

       

       行きつきましたのが、
       エレミターニ教会・chiesa degli Eremitani
d0097427_075464.jpg

       ここには、グアリエントやメナブオーイの壁画、
       そしてマンテーニャの見たい壁画もありますが、

       閉っておりましたし、再度出直す予定なのであっさり諦め、
       正面とこの横に見える彫像のみを写し、
d0097427_081317.jpg



       直ぐ横にあるエレミターニ市博物館に
d0097427_083363.jpg
       
       ここではパドヴァの黄金の世紀14世紀を招いた
       カッラーラ家に関する資料や、当時の地図、貴金属、陶器、
       衣類などの様々な展示がありましたが、

       こちらは展示品の一つ、
       お隣にあるスクロヴェーニ礼拝堂の
       ジョットが1303~05に描いた壁画で有名な礼拝堂の
       依頼主、エンリコ・スクロヴェーニ・Enrico Scrovegni の像、
d0097427_085360.jpg
       
       ジョヴァンニ・ピサーノ・Giovanni Pisano の作だそうで、
       等身大の足までの像が印象に残りました。

       父親共に金融業、高利貸しや土地の売買で儲けた私財を投じ、
       礼拝堂を建設、ジョットに壁画を依頼する、
       現世での高利貸しで儲けた贖罪の為と言われますが、
       彼自身は学問も納めた優秀な人物だったそうで、
       画家や彫刻家を選ぶ目も確かだったですね。

       あれこれ見て戻りかけましたら、博物館の方が親切に
       中庭のあちらの考古展示の赤丸の付いたのを見ていらっしゃい、
       大変重要なものだから、と。

       はい、有難くお言葉に従い見に行ったのですが、
       古い重要な物らしいし、美しい碑文や柱頭であるのは
       分かるのですが・・、
       2人で、これは豚に真珠だね、と。
       イタリアにも同じ言葉があるのを知り笑いましたので、
       ついでに、猫に小判を教えてあげましたです、はい。
       
       
       こちらが、現在は広い公園の奥に見える
       スクロヴェーニ礼拝堂・Cappella degli Scrovegni
d0097427_095176.jpg

       中の有名なジョットの一連のフレスコ画、そして
       アッシジのサン・フランチェスコの彼のフレスコ画、
       それらについては、また秋にこの礼拝堂を見た後に
       ご紹介出来ると良いと思います。



       という訳で、パドヴァ駅前に戻りまして、帰路に。
d0097427_0101336.jpg
 
       やれやれ、今日はもう頭が満杯だね、と、
       大いに満足したパドヴァ行きの1日でした。

       駆け足でほんの少しだけご案内したパドヴァの中世
       当時人口4万人程の街が、14世紀に文化の黄金期を迎え繁栄した、
       ほんのとっかかりでもお伝え出来ました様に願います。
       長いお付き合い、有難うございました!

       
       今日はこれで失礼を、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-26 00:10 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(6)
2011年 07月 25日

   ・・・ 黄金の世紀 ・ パドヴァ その2 ・・・

d0097427_23574180.jpg

       今日は先回からのパドヴァのご案内の続きですが、
       「グアリエントとパドヴァのカッラレーゼ家」展覧会の
       様子と共に、街の中心部の歴史ある古い建物や、
       それにまつわる興味ある面白い話も探し出しましたので、
       ごゆっくりお付き合い下さいね。

       今日はまず、14世紀にパドヴァで活躍した画家、
       天使たちの巨匠・Maestro degli Angeli と呼ばれる
       グアリエント・Guariennto の展覧会の様子をほんの少し。

       上の写真は、彼の絵・テンペラ画やフレスコ画が集められた
       グアリエント展の主会場モンテ・ディ・ピエタ宮の入り口
       これはドゥオーモ広場に面した、かってのパドヴァ領主
       カッラーラ家の豪邸の一部が改装された物だそう。


       展覧会にはグアリエントの作品だけでなく、
       彼以前にパドヴァで活躍したジョット・Giottoのテンペラ画
       玉座の神・Dio Padre in trono も。
d0097427_2358138.jpg

       ジョットが、パドヴァのスクロヴェンニ礼拝堂に1303~05年、
       一連のフレスコ画を描いているのは、よくご存じですね。
       これは彼の最高傑作の一つとされ、       
       後の画家達に大きな影響を与えましたが、その中に
       先回ご紹介した洗礼堂のフレスコ画を描いたメナブオーイや、
       このグアリエント等がいるわけです。

       つまり1300年代に、
       繁栄する街パドヴァに芸術家たちが呼ばれ集まり、
       カッラーラ家の庇護の元、この街は
       文化の一大黄金期・Secolo d'oro
       迎えたという訳ですね。



       天使たちの巨匠と呼ばれる
       グアリエントの一連のテンペラ画。
d0097427_23583952.jpg

       これらは、当時のパドヴァ領主カッラーラ家の、
       今はない屋敷内の礼拝堂の為に1357年頃描かれたもので、
       大きさは57x80cm。
       かなりたくさん展示がありましたが省略し・・。

       グアリエント・ディ・アールポ・Guariento di Arpo という画家、
       生年も生まれ場所も記録が無く、アールポというのも
       生地の名ではなく、多分父親の名前だろうといい、
       パードヴァの東南20k程にあるピオーヴェ・ディ・サッコ・
       Piove di sacco に1310年頃に生まれ、1370年没。
       彼の名は、カッラーラ家の仕事を受けた1338年から記録にあり
       1367年までの約30年間パドヴァやヴェネツィアで活躍。




       天使というと我々には、可愛い子供の顔で翼を持った、と
       即イメージがきますが、
       天使の中にも戦う天使、守護する天使、徳の天使などなど
       いるのだそうで、・・この辺りのご説明はパスさせて頂き・・、はは、

       この様な大きなテンペラ画もあり、
d0097427_2359759.jpg

       グアリエントの描く天使たちは、その衣装の優美さ
       翼の色の素晴らしさなどで評判を取ったと。



       ビザンチン、ゴシック様式の固い表現から抜け出す様な、
       どこか物憂げなキリストの眼差し
d0097427_23593013.jpg

       焦点の定まらない様な眼差しは、天使たちの表情にも
       見受けられ、印象に残りました。

       彼はパドヴァのみならず、ヴェネツィアでも活躍、
       ドゥカーレ宮の大評議会室に25mにもわたる
       大きなフレスコ画も描いており、これは1577年の
       火事で損傷を受け、現在はその上にティントレットによる
       同じ主題の天国の大作、こちらは油絵、があります。
       
       その破損したフレスコ画の一部も展示され、
       後に続くヴェネツィア派の画家たちの作品もありました。

      
       
       これは会場のモンテ・ディ・ピエタの入り口、
       ポルティコに残る壁画
d0097427_23595367.jpg

       モンテ・ディ・ピエタというのは公営質店ですが、
       この建物がその目的に使われ始めたのは16世紀と言い、
       この壁画からはもう少し後の時代の感じを受けますが、
       人々が品物を担いだり持ったりし、右の台の上で
       お金を数えている様子が見て取れますね。

       つまりモンテ・ディ・ピエタ・公営質店は、
       そう、今と同じ抵当貸し
       質種、これは貸して欲しい金額の3分の一以上の値打がある物
       である必要があり、質に置いておける期間は1年、
       返さないと競で売り払われたそうで、

       左上部に僧が見えるのは、フランチェスコ会派の僧と見られ、
       つまり彼らがユダヤ人による、イタリア人もいましたが、
       高利貸しを阻止する目的で、15世紀末から始めたのを示します。

       こうしたモンテ・ディ・ピエタ・抵当貸しがあったのは都市部で、
       ついでに言いますと、質種を持たない程の貧乏な農民たちには
       モンテ・フルメンターリオ・Monte frumentario というのが
       やはり同時期に出来、長く存在しました。

       フルメント、つまり小麦や大麦の種もみを貸出したのです。 
       貧しさの余り、作付すべき種もみも食べざるを得ない
       農民たちに、種を貸したのですね。 その代償として、
       農民たちは無料で畑で働き、その畑の収穫物が貸付分ともなり、
       過剰分はお金に換えられモンテ・ディ・ピエタに!

       こういう構造があった事を知ったのは、
       ウンブリアのノルチャでかっての建物・現ホテルを見てですが、
       貧しさの余り、作付けの為のモミまで、というのを読み、
       悲しく、背筋が寒くなったのを覚えています。
       勿論、日本のお百姓やのかっての民衆の厳しい貧しさも想い・・。



       さて青空の下でお昼を食べ、元気を回復、
       中心部に向かいます。
d0097427_002348.jpg


       ポルティコの続く狭い道を往きながら、左右をきょろきょろ。
d0097427_004988.jpg


       お昼休みのパン屋さんの店先を覗いたり、
       そうか、ナポリであの店が美味しいと聞いたスフォリアテッレ・
       sfogliatelleというのはこれか、と納得したり、
d0097427_01752.jpg



       横道の、如何にも中世のポルティコを眺め、
d0097427_012537.jpg



       街頭も写し・・
d0097427_014391.jpg



       広場に出る前の建物の下の、このポルティコはかなり見事
d0097427_02110.jpg

       それもその筈、どうやら由緒ある建物だったようで・・。



       こちらがラジョーネ宮・Palazzo della Ragione
       既に2度訪問しておりますが、再訪はいつも嬉しく!
d0097427_03162.jpg

       手前のピアッツァ・デッレ・エルべには野菜市が立ち並びますが、
       お昼を過ぎた今は片づけの真っ最中。



       古いラジョーネ宮が描かれた図の展示もあり、
       外側に張り出すロッジャは後世の建て増しと知りました。
d0097427_034549.jpg



       ラジョーネ宮の1階部分には各種食料品店が並びますが、
       北と南の広場には、新鮮な青物果物の屋台店やバールが。
d0097427_041643.jpg



       片づけのドサクサにまぎれ、
       志で残されたズッキーニの箱に鳩達が群がり・・
d0097427_043597.jpg



       一緒したジュリアーナは下で待つというので、
       一人で写真を撮りに2階のサローネ・Salone に
d0097427_045747.jpg



       階段を上ると、こんな風にロッジャが続き、
       一瞬にして受ける鮮やかな印象は、昔も今も変わらず、
d0097427_051717.jpg



       この大きな薄暗い部屋に入ると、
       その広さにも、再び新鮮な驚きを!
       広さも凄いですが、
       取り囲むフレスコ画から受ける印象も素晴らしく!
d0097427_05541.jpg

       普通サローネ・Il Salone・大広間と単純に呼ばれるそうで、
       これ程の大きさの広間はイタリアでも有数の物。
       1218年から建設されたそうですが、当時は屋根部分が無く、
       2階部分にこの大きさのテラスの広間というのは、世界唯一だったそうで、
       屋根がかけられたのは1306年。      

       これは東寄りにある入り口から入って見る西側。



       こちらは中程から東側を。
       なんとなしに正確な長方形を想像しておりましたが、
       こうして見ると、少し歪でしょ?
       確かに少し歪んでいるのが衛星からの写真でも良く分かるそうで、
d0097427_065036.jpg

       この細長い形になっているのは、多分もともと両脇を
       運河が流れていた為の制限だろうからで、
       当時から両方の広場は街の中心として賑わっていた場所と。

       長さは81m、幅27m、天井までの高さは約40m!
       天井部はカラマツの木による船底形で、
       その上から鉛板で葺いていると。

       写真奥に入り口が見えますね、
       あれは現在の市役所に繋がる部分で、ラジョーネ宮の
       東横を抜ける通りの上にアーチ・ロープのアーチ
       がかかりますが、ここも後ほどご説明を。



       周囲を取り巻くフレスコ画
       様々な占星術に関する物、その影響を及ぼす物が主題だそうで、
       現在のこれは1425年~40年に描かれたもの。
d0097427_071380.jpg
      

       想像上の動物たちも見えますが
       人物が何か治療を受けている様子もありますね。
d0097427_073184.jpg


       このサローネのフレスコ画は、
       最初にジョットが1306年以降に描いたと言われますが、
       これは1420年の火事で失われており、残念!
       現在残るのは、その後直ぐに修復された建物に
       同じ主題で描かれているのだそうで、約500の場面

       その主題の元は、当時のパドヴァ大で教えてもいた著名な医者、
       数学者、哲学者、天文学者のピエトロ・ダーバノ・Pietro d'Abano
       が(1257-1316/17)授けたと言われますが、
       彼は異端の罪に3度問われ、2度は無罪になったものの
       3度目の獄中で受けた拷問で亡くなり、その遺骸は火刑になったと。
       
       日本版ウィキペディアには、友人達が遺骸を隠したために
       代わりに藁の人形が火刑に付されたとありましたが、さて・・。


       幾つもの有翼のライオン、ヴェネツィア共和国のシンボルも見えますが、
       1405年にパドヴァは遂にセレニッシマの元に下っていますので・・。
d0097427_08691.jpg


       このサローネでは時々各種展示会や催しが行われますので、
       以前行った時はこの様に広々とは見れませんで、

       この巨大な木製の馬の像も、今回ゆっくりと眺め、
d0097427_082627.jpg

       この馬の像はよく似ている事から、サンタントーニオ聖堂前の
       ドナテッロ作のガッタメラータ将軍騎馬像の馬とされるそうですが、
       実際はそうでなく、パドヴァ市のサイトによると、
       1466年にお祭りか騎馬戦の催しに作られたもので
       そのカーポディリスタ家・Capodilista から1837年に
       市に贈られたものだそう。

       近くで見ると、如何にも大きく、立派な出来ですねぇ!



       もう一度、サローネの、
       素朴で厳格な美しさを持つ、素敵な広さをどうぞ!
d0097427_09145.jpg


       最後に、入り口脇にあるという、
       黒い斑石ヴィトゥペーリオの石の事を

       私はこれを書く為に読んでいて知ったので、
       全く残念な事に見ておらず、次への宿題となりましたが、
       例により好奇心にかられ、・・かられる様な事なのでして、ははは、
       あれこれ読んで回りましたので、ここに。

       つまりこの黒い斑岩、丸い真ん中に穴のあいた石、
       かってはこれを首につけ、川に投げ込み水死させる刑に使われた石
       だそうですが、
       ここでは負債支払い不能者や破産者に対する罰に使われた
       ヴィトゥペーリオの石・La pietra del Vituperio

       ヴィトゥペーリオというのは、侮辱とか、悪口雑言、罵りの意味で、
       支払い不能者や破産者への罰として、牢に長く繋ぐとか、
       ロープの刑、・・これについてはまた明日、ははは、
       の代わりに、1231年に司祭アントニオが提案したもので、

       下着とパンツだけになってこの石に座り、はは、
       少なくとも100人もの見物人の前で、
       チェード・ボーニス・財産を放棄します、と3度
       宣言しなければならない、という刑に使われた石なのだそう。
       座るのが3度なのか、または3日と書いてあるのもありまして・・。
       
       でその後街を一度離れ、出直しをせねばならなかったそうで、
       それも負債を受けた側の承認を受けない内に戻ると、
       再び石に座らされ、おまけにバケツの水を3杯浴びせられたのだそう!

       何世紀間もこの石はサローネの中央にあったのだそうですが、
       現在は入り口脇に置かれているそうです。
       これから行かれる方、何となくユーモラスなこの刑罰の石を
       ご覧になるのをお忘れなく!

       そうそうもう一つ、この刑罰の石がこのサローネにあるというのは、
       もともとこのサローネには裁判所が置かれていたからで、
       西側にあった牢獄の建物とを繋ぐ、ヴェネツィアの溜息橋と同様の
       浮廊下も、かってあったのだそう。

      
       という所で、今日はもう満杯! 
       中間にある扉からの、青空の眺めをご覧下さい
d0097427_092542.jpg

       では明日、もう一度頑張ってのお付き合いを
       先にお願いしておきますです、よろしく!


       こちらにも、       
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
   

by italiashiho2 | 2011-07-25 00:09 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(4)
2011年 07月 23日

   ・・・ パードヴァ、でございます!  その1 ・・・

d0097427_06717.jpg

       金曜日に行こう、と計画していたパドヴァ行きを
       木曜21日に変更、大いに楽しんで戻りました!

       パドヴァ・Padova に出かけた目的は、上の写真の展覧会
       「グアリエントとパドヴァ・カッラーラ家
       14世紀のパドヴァで、ジョットーに続き活躍した画家
       グアリエント・Guariento と、当時のパドヴァの領主
       カッラレーゼ・カッラーラ家に関する展覧会を見る事で、

       パドヴァの南にあるアルカ・ペトラルカの町
       ここはかの中世の大詩人フランチェスコ・ペトラルカが晩年を過ごし、
       その家が博物館になっている町というよりも村ですが、
       ここを省くにせよ、

       展覧会はパドヴァ街内4つに会場が分かれており、
       グアリエントの絵画展示のモンテ・ディ・ピエタ宮を、
       そして同じ広場にあるドゥオーモの洗礼堂を見よう、
       それからカッラーラ家関連の展示のある
       エレミターニ市博物館、そしてズッケルマン宮を、と計画。

       冬寒く夏は暑いパドヴァの気温を恐れていましたが、
       有難い事に前日の雨で大変爽やかな上天気、
       計画通りに無事こなし、次の、秋にもう一度出直そうの予定もたち、
       大満足で戻りました。

       ですが今朝から、どのようにブログに、と苦労しておりまして・・、
       グアリエント、なんぞと初めて聞く名前に、皆さんも戸惑いでしょうが、
       実際私めも初めて聞く名前でして・・、
       ゆるゆるご説明もして参りますので、
       写真の整理がなんとか済んだ前半のみを、
       どうぞご覧下さいね!


       まずはパドヴァ中心部の地図を
d0097427_063612.jpg

       これは駅のインフォメーションで貰った地図で、
       今回の展覧会場が載っておりませんが、一応の場所を。

       8.ドゥオーモと洗礼堂
      14.司教館 ここも会場の一つであると同時に、  
         素晴らしい部屋があるようですが、今回はパス
       8.の番号の位置に、展示主会場のモンテ・ディ・ピエタ宮
      26.の横、ラジョーネ宮
       2.スクロヴェーニ礼拝堂、エレミターニ博物館
         通りの向かいに、ズッケルマン宮

       スクロヴェーニ礼拝堂の前の道・Corso Garibaldi が
       Corso del Poporo となり、国鉄駅前に繋がります。
   
       健脚の方なら、街の中心部は駅から十分歩いて回れます、が、
       一緒に行ったジュリアーナの脚が丈夫なのを知っていますから、
       帰りは歩くけん、と行きはバスで、はは。

       パードヴァ、グロリオーザさんによるご案内は、
       http://italiashio.exblog.jp/8522126


       という訳で、中心部近くでバスを降り、
       ドゥオーモ広場に向かいますが
       こんな建物が見えると、観光客だから、とカメラを取り出し・・、
d0097427_071082.jpg

       先ほど調べましたら、この建物は20世紀に建てられた
       リヴィアーノ宮・Liviano と呼ばれる、
       パドヴァ大学の文学、哲学部門のものだそう。

       ジュリアーナはパドヴァ大卒ですので、軽くリヴィアーノと言ってましたが、
       知らない者には、猫に小判、XXに真珠同様ですねぇ!


       美しいけれども、古くはない、星座表の時計をどうぞ。
d0097427_073574.jpg



       建物の前はシニョーリ広場・Piazza dei Signori
       市がたち、賑わっていて、
d0097427_075645.jpg



       先ほどの道を進みますと、
       グアリエント展の垂れ幕も見え・・
d0097427_081656.jpg

       パドヴァは、我がコネリアーノに比べると大都会!
       それでも、中心部にはたくさんの古い建物が残り、
       ポルティチ・アーチの歩道が続き、
       ほっと落ち着く街並みなのですね。



       狭い道の突き当たりに一転して開けるドゥオーモ広場。
       左に未完の正面を持つドゥオーモと、右に洗礼堂
d0097427_08378.jpg

       この写真には見えませんが、広場の南側(左)には、司教館があり、
       右側には、モンテ・ディ・ピエタ、かっての公営質屋が。
       大快晴の青空!



       広場の東側にはバールのテラス席があるのですが、
       その古い建物の2階のテラスと、
d0097427_085791.jpg



       特徴ある煙突
       この形は、パドヴァ一帯から南の地域でも見かけるもの。
d0097427_09165.jpg



       こちらが広場の北を占めるモンテ・ディ・ピエタ
       今回のグアリエント展の主会場。
d0097427_09378.jpg

       モンテ・ディ・ピエタというのは、かっての公営質店。
       で、各地であれこれ建物を見ていますが、
       いずれももっと剛健質朴というか厳めしい建物なのが、
       これは一応窓にしっかりの鉄格子があるもののイメージに遠く、
       それに大きすぎます。

       それを言うとジュリアーナが、
       貧乏人から吸い上げて、金持ちは太ったのよ、と。
       まぁ、一理あると笑いましたが、
       これを書くのに調べましたら、
       16世紀からモンテ・ディ・ピエタになっている物の、
       元々はカッラーラ家の今はないかっての住居
       レッジャ・カッラレーゼ・Reggia Carrarese
       建物の一部を改装したものと分かりました。

       レッジャ・カッラレーゼという言葉に今回何度も出会い、
       展覧会場を3軒回りながら備え付けのヴィデオを見、
       漸くに飲み込めたのが、
       このカッラーラ家の住居を示す言葉。
       レッジャ・Reggia というのは、王宮とか御殿、豪邸を
       示しますから、今はないその邸宅が凄かったのが想像できますね。

       かっての住居位置は、現在のモンテ・ディ・ピエタが
       含まれるドゥオーモの北側一郭で、
       その豪邸を飾った最初の宮廷画家がグアリエント、という事情。



       ドゥオーモの正面
d0097427_0102374.jpg

       現在のドゥオーモは同じ場所に建てられた3度目の物で、
       初代はキリスト教が公認となった313年の「コスタンティーノの勅令」
       による建設で、これは1117年の地震により崩壊。

       2代目はその後にロマネスク様式で再建され、
       隣接して建てられた洗礼堂内に、14世紀のフレスコ画が残ります。

       で現在のこれは、1551年に認可されたミケランジェロの設計
       はい、ミケランジェロなんですと! 
       によるものだそうですが、1754年まで建設が長引き、
       結局は未完の正面に終わっているのだそう。

       そう知って見ると、
       フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂に似ているように見えますね。
       
       
       
       その細部を。
       聖人像が置かれる筈だった壁龕
d0097427_0104918.jpg


       上部の窓
d0097427_011657.jpg


       内部にも入って見ましたが、中は広々でして・・。
d0097427_0112615.jpg



       こちらが、ドゥオーモ北側に接する洗礼堂・Battistero
       11世紀からの建設で、カッラーラ家の廟ともなり、
       何度か改修建て増しされていると言います。 
d0097427_011475.jpg


       丸い上部の屋根。
       こちらも、天井部のフレスコ画の為に加えられた様子
d0097427_0124215.jpg


       この洗礼堂は訪問した事がありませんで、
       一緒したジュリアーナが言うに、
       あの洗礼堂のフレスコ画は一見の価値があるから、と、
       即決で訪問が決まった次第ですが、
       まさにその価値はありました。

       内部は写真禁止で、最初いたグループが行ってしまうと、
       残りはホンの数人で、カメラを取りだすのも躊躇われ、
       はい、こういう時に役立たずの小心でうぶなshinkai・・。
       
       という事で、カタログからの写真でどうぞ。

       1375~76年にかけてフレスコ画を描いたのは、
       ジュスト・デ・メナブオーイ・Giusto de'Menabuoi        
       (1330頃~1390頃)というフィレンツェ出身のジョット派の画家。
       1370年頃より北イタリアに住みつき、ミラノでも活躍、
       そしてパドヴァに。
       エレミターニ教会、サンタントーニオ聖堂の壁画も手がけますが、
       彼の最高傑作と言われるのが、この洗礼堂の壁画と。


       クーポラに描かれた「天国」
       真ん中にキリスト・宇宙の支配者、そしてその下に神の母
       周囲を聖人たちが取り囲みます。
d0097427_0131634.jpg

       私には、全能の神、宇宙の支配者を現わす言葉 Pantocratore と、
       Cristo Pantocratore と続いているガイドブック言葉の
       違い、意味が分かりませんが、その説明のままにここに。

       周囲の輪には、旧約聖書の各場面。



       こちらが入り口部分からの内部の様子、
       真ん中は、洗礼堂の井戸に後年飾り蓋が付いたものと
       想像しますが、
       フレスコ画の中に、当時の人物があれこれ隠れているのも
       知りました。

       壁の中央、洗礼者ヨハネの上にマリア像が見えますね、
d0097427_0134264.jpg



       その部分のアップを。       
d0097427_0141798.jpg


       聖母マリアに洗礼者ヨハネから紹介を受けているのが、
       カッラーラ家の最盛期のパドヴァ領主フランチェスコ1世
       Francesco I イル・ヴェッキオ・il Vecchioの妻
       フィーナ・ブザッカリーニ・Fina Buzzaccariniなのだそう。

       彼女の名前も今回初めて知りましたが、
       どうやらパドヴァの文化芸術の向上に尽力した人物の様で、
       絵の中で聖母やキリストに紹介を受ける、という形は、
       普通その作品の依頼主を示しますから、
       彼女の意向が大いにこの洗礼堂のフレスコ画に反映されているのでしょう。
       こうして名前を知ると、次のとっかりに繋がるようで嬉しいです。

       フランチェスコ1世、イル・ヴェッキオという名は、
       アルカ・ペトラルカにあるフランチェスコ・ペトラルカの家
       これを詩人に贈った人物、という事で記憶があり、
       有名な詩人に対しての礼、と思っておりましたが、
       単なる礼を尽くしたのではなく、友人の間柄で、
       それも深い友情で繋がっていた、と知りました。

       で、この場面「キリストの奇跡」の中ですが、
       左に白く見える柱、その手前に黒い被り物をした人物
       これがフランチェスコ・ペトラルカ・Francesco Petrarca のよう。
d0097427_143860.jpg

       よう、というのも、会場に置かれたヴィデオを確かめつつで、
       この場面にペトラルカ、フランチェスコ1世、フィーナ、などと
       名前が出るものの矢印も出ませんので、
       あれこれ今迄の情報を元に、そう考える訳でして・・、
       周囲、又は彼を挟んでフランチェスコ1世とフィーナなのかも、です。

       アルカ・ペトラルカのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/4752528


       パドヴァのカッラーラ家については、
       ヴェネトの歴史上に登場する名家ですから、何度も出会いつつ
       なかなか詳しく知るチャンスを逸しておりましたが、
       今回、こんなカッラーラ家4人の肖像、というのにも!
d0097427_0152233.jpg

       どれが誰、と特定できずに申し訳ないですが、
       ヴィデオには一応名前が出たのですが・・、
       そんなものあ~た、一発で覚えられたら苦労はおまへん!
       ぼちぼち調べて参ります、
       それにしても、やはり現地に出かけると収穫がありますねぇ。



       余りキリスト教臭のあるフレスコ画は別にして、
       中世の絵に時に登場する愉快な動物をどうぞ!
d0097427_0155042.jpg

       突き出した形の礼拝堂後陣にある、黙示録場面に登場の
       海から上がる怪獣、ですって!
       7の竜の首を持ち、それが王冠をつけた10の角を持ち・・、ははは。

       ガイドブックを見ながらそれぞれの場面を特定し、
       ジュリアーナと大いに楽しみましたが、
       この洗礼堂、
       パドヴァお出かけの際には、一見をお勧めです!
      


       ドゥオーモ広場の強い太陽の下
       パニーノのお昼をする、涼しげなシニョーラ。
d0097427_0162010.jpg



       我々は広場の東にあるバールのテラス席でお昼を
d0097427_0164056.jpg



       サンドイッチは、シーチキンと玉ねぎ、海老とサラダ菜、
       そして冷たいビール一杯
       ああ、美味しかったですぅ!
d0097427_0165869.jpg

       本当は倍くらい食べれるのですけどね、
       午後の会場巡りを考え、ぐっとこらえまして・・。
       
       それでは、次回のパドヴァもお楽しみに!!

       写真整理、資料読み頑張れよ! の
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-23 00:23 | ・パドヴァと周辺Padova e .. | Comments(2)
2011年 07月 21日

   ・・・ トリエステの海に臨み ・ ドゥイーノの城 2 ・・・

d0097427_0413026.jpg

       昨日に引き続き有難うございます!
       イタリア最北東部、国境の街トリエステから西に約15k、
       トリエステ湾に臨み、絶景の眺望を持つ
       ドゥイーノのお城・Castello di Duino のご案内を続けます。

       上の写真は、今回5月の末の訪問の際写したもので、
       眺めが素晴らしい、なんぞと呑気に言っておりますが、
       現在廃墟になっている古い方の10世紀からのお城が出来た当初は、
       それ以前のローマ期からのものがあったと言いますし、
       16世紀のこのお城もやはり懸崖絶壁上の要塞として
       恰好の役割を果たしていた事でしょう。


       さてここからは2階のお部屋。
       壁の厚さにご注目を!
       厚みを利用して、すっぽり暖房機が収められているのですね。
d0097427_0414771.jpg

       古いお城を訪問した時、壁の厚さにいつも驚くのですが、
       窓辺はその厚さを利用して座れる様になっていたりして・・、
       お城の中に住んだ中世の人々の、外の世界への憧れも感じます。



       窓から、この様に海が見えます
d0097427_042287.jpg

       部屋の窓から海が見える、しかも建物の隙間の海ではなく、
       広い水平線が見えるなんて、大変贅沢な事ですよねぇ!

       ・・ですが私の様な人間には、気が散る事も確か!
       昔、海の無い長野から神戸の西の山の上の中学に転校した時、
       一日中海を眺めておりました。
       幸か不幸か、3週間後にまた転校という事になりましたが・・!


       こちらは奥が礼拝堂で、入れません。
d0097427_0423052.jpg

       


       ちょっと私室風イメージがあり・・
       楽器や、肖像画など。
d0097427_0424926.jpg



       美しい衣装箪笥と、お揃いの書き物机
d0097427_0433884.jpg

       この緑の色は、本当はもっと柔らかい薄い緑色。
       机の上の吸い取り紙の揺らす形、懐かしい形が見えます。
       なんと言いましたっけ?
       



       快晴の暑い日曜でしたので、海にはたくさんのヨット、ボート
       養殖の筏や杭も見えます。
d0097427_044722.jpg

       何の養殖だと、レナートが教えてくれたのですが・・。

       「追記」
       メールが届きまして、コッツェ・Cozze
       ムール貝の養殖 だそうです。




       お城のすぐ近くから、この海辺の崖上を通り、
       東のシスティーナ・Sistina までの約2kの散歩道
       リルケの小道・sentiero RILKE と呼ばれますが、
       その切り立った崖の様子をどうぞ。
d0097427_0442928.jpg



       この一帯は、カルソ・Carso と言われる石灰岩の地域で、
       厳しい眺めではありますが、白いので、重苦しい印象は受けませんよね。
d0097427_0444625.jpg

d0097427_045416.jpg



       一番奥に見える大きな街がトリエステで、
       左手前に海に突出す白いお城が、ミラマーレの城
d0097427_046262.jpg


       リルケの小道
       http://italiashio.exblog.jp/5351800

       ミラマーレのお城
       http://italiashio.exblog.jp/5493866
       お城のどの部屋からも、海が見える素晴らしさで、
       かのエリザベス皇妃シシーも、何度か訪れたのだとか。
       建設したマッシミリアーノ(マキシミリアン)は
       メキシコ皇帝となり旅立って行き、
       僅か3年後、かの地で革命の為銃殺刑に。

       初めて知った時は驚きましたが、
       考えて見ると、既に19世紀の後半で日本でも明治維新に、
       新たな政治気運が各地で巻き起こった時代。
       逆にヨーロッパは未だ宮廷文化だったのだなぁ、と
       歴史の横の繋がり広がりにも注意を、と気が付いた事でした。
       
       


       お城の崖のすぐ下辺りにも、たくさんのボートが舫い・・、
       う~ん、やっぱり覗き趣味があるなぁ。
d0097427_0462799.jpg



       食卓もセットされ、
d0097427_0464483.jpg

d0097427_0465765.jpg
      
       彩がなかなか可愛い気もするのですが、
       コップなど、家紋が入っているにせよ、
       少し形や厚さが無粋な気も・・、失礼!



       この大きな大きな燭台!
       ローソクの足元からコップの口まで、50cmは・・。
d0097427_0471612.jpg

       う~ん、ローソクの時代も、このお城は知っているのですねぇ。



       音楽室、と呼んで良いかと。
d0097427_0473097.jpg

       各室に楽器があるのはお気づきと思いますが、
       どうやらこのご一族は代々音楽に親しみ、奏した様子。
       後でご覧頂きますが、大変な数の楽器のコレクションもあり、
       一家揃ってこの部屋で音楽を合奏し、愉しみ、
       お客様のおもてなしにも、と想像します。

       壁にある絵画は、騎馬像とか枢機卿とかで、
       ご一族、またはご親族から輩出の人物でしょう。
       ・・ええ、世の中色々でございますです!       



       3階にあるテラス
       既に何度も繰り返しておりますが、
       ・・まさに素晴らしい180度の眺望!
d0097427_0475176.jpg



       ヨットが舫い
d0097427_048625.jpg
       
       右上のぼんやりは・・、


       このテラスの柱にからむジャスミンの花
       咲き誇り、むせるような甘い香りを一面に。
d0097427_0481993.jpg



       古い城の廃墟越しに、広がる海
       潮目が光ります!
d0097427_0483646.jpg



       居心地良さそうな、読書に最適の部屋の隅。
d0097427_0484978.jpg



       図書室がありまして、この左右にも床から上までぎっしり。
       中に入れず薄暗く、これ一枚だけブレずに撮れました。
       やはり、殆ど革製本され。
d0097427_049374.jpg
      


       ご一家で、こうして合奏の練習もされ、愉しまれたのでしょう。 
d0097427_0491823.jpg



       廊下に、ずらっとコレクションが並んでおりまして
       これで半分、いやもっと少ないかも、
d0097427_0493137.jpg

d0097427_0501194.jpg

       みな弦楽器で、中には名のある楽器、
       由緒あるものも含まれている様子ですが、
       説明を全て読む余裕も、それほどにもの関心も・・、
       とにかく、品数が多すぎ!
       はい、弦楽曲は大好きですが、
       名手の弾くCDを聴くのが良い、無粋な人間。



       薄暗い廊下から再度テラスに出て、海の眺めを愛で
d0097427_0503372.jpg

d0097427_0505043.jpg


       そうですね、次のチャンスには
       あの古いお城の廃墟にも行ってみたいものです。
       2回のお付き合い、有難うございました!


      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       この夏は、暑い日が少し続くと嵐が来たり雨になったり。
       まぁその分、涼しく凌ぎやすくなるので助かりますが、
       おかしな夏には違いありません。

       今朝のプールも、昨夕からの雨で余りにも
       水の温度が下がったと、屋内に変更、
       さぁ、そうなると子供達のコースもあり、
       大賑やかでコーチの声も聞こえません!

       明日からまたお天気になるという予想ですが、さて・・。
       
       金曜日に、パドヴァで今月末まで開催の
       「グアリエントとパドヴァ・カッラーラ家」の
       展覧会に友人と出かける予定です。

       久し振りのパドヴァなので、写真も見て頂けるよう、
       展覧会の様子もお知らせできるようにと思っていますが、
       ・・という事で、
       金曜夜の、そちらの土曜、のブログアップは少し遅れるかもですが、
       よろしくお願いいたします。


       自分の古い記事にリンクし、再度見て読んで頂こう
       という時には見直すのですが、時になんとまぁ、と
       我ながらその物足りなさ、ずさんさに驚き・・、
       ですが、ご勘弁願います!!
       その想いがある分、
       今も少しずつ努力致していますので、・・ホンマだすぅ。
       
       
       ではではまた、呆れずに、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
      

by italiashiho2 | 2011-07-21 00:09 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2011年 07月 20日

   ・・・ ドゥイーノのお城 ・ トリエステの海に臨み ・・・

d0097427_029338.jpg

       今日は、イタリアの最北東、国境の街トリエステ・Trieste
       から西に約15kのドゥイーノ・DuinoーAurisina にある
       古くからのお城・Castello di Duino にご案内を。

       行きましたのは5月の末の快晴の日で、
       海に臨むお城からの眺めが素晴らしかった!

       トップの写真は何年も前に行った時のものですが、
       当時はまだお城が公開されておらず、
       お城のすぐ横から、東のシスティーナ・Sistina に向かい
       海沿いの崖の上を辿る、全長約2kの
       リルケの小道・sentiero RILKE と呼ばれる散歩道からのもの。

       詩人リルケ・Rainer Maria Rilke がかってこの城に滞在し、
       散歩しつつインスピレーションを受け書いたといわれる
       ドゥイーノの悲歌・Elegie duinesi で有名な小道はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/5351800
       素晴らしい眺望、どうぞご覧下さいね!


       ドゥイーノはどこにあるか、地図をどうぞ
d0097427_0291830.jpg

       グレイの線が、スロヴェニアとの国境になりますが、
       地図に赤いAの付いている場所は町の方で、
       今日ご紹介のドゥイーノのお城は海沿いの赤い四角の位置に。

       トリエステ・Trieste から約15kと書きましたが、
       もっと近くにはミラマーレの城・Miramareもあり、
       こちらはオーストリア、ハプスブルグ家最後の皇帝フランツ・ヨハネの弟
       悲劇のメキシコ皇帝マキシミリアンが建てた19世紀のお城があり、
       http://italiashio.exblog.jp/5493866

       そこから北東、山の中にあるルピングランデ・Rupingrande
       ここは山の上の教会から見下ろす向こうは、スロヴェニアの国。
       石造りの重厚な要塞兼の教会を良く覚えておりますが、
       今改めて見て、様子をまたご紹介します、と書いたきりの
       宿題無提出に気が付きました、ははは。
       それでもまぁ、イタリア北東部国境の村々の様子はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/5721170

       地図の左上に見えるモンファルコーネ・Monfalcone は、
       ヴェネツィア・メストレと共に、大型クルーズの造船で有名な町。

       トリエステやムッジャについてもご案内をしておりますので、
       右のカテゴリ、トリエステ・その周辺 からどうぞご覧下さいね。



       さて、ここがお城への入り口
d0097427_029364.jpg

       門の左に見える掲示には、
       Castello di Duino  
       公開 4月~10月半ば 9:30-17:30
          10月半ば以降  9:30-16:00
          冬季  週末と祭日に公開  9:30-16:00
       要入場料、10エウロ位だったと。
      


       入り口から見える奥の城館
d0097427_0295251.jpg



       ちょっと珍しい彫りを施した井戸もあり、
d0097427_030691.jpg



       奥の城館に続く、中の門
d0097427_0302115.jpg

  
     
       で、この右手前に見える低い石塀の右側には、
       低い位置に庭園が広がり、向こうに海が見える素晴らしい眺め
       その噴水池に、
       ほら、カモメが飛んで来たのが、見えますか?
d0097427_0305268.jpg



       あ、カモメだよ、と言っているうちに
       チャポッと浸かりまして・・、
       水を飲みに来るのかも、ですね。
d0097427_0311769.jpg

       いつも通っている市のプールですが、仲間の言うには、
       屋外のプールには冬の間、近くの川から鴨達がやって来て
       泳いでいるそうで・・! ははは。



       入り口から城館へは少し緩やかな坂のカーヴした道で、
       とにかく素晴らしい眺め!
       写真は、海沿い左から右への眺め
d0097427_0313858.jpg



       岩の上に、古いお城の遺跡がみえますね。
       ローマ期の廃墟を利用して作った10世紀のお城跡だそうで、
       ここには、悲しい王妃・ダーマ・ビアンカの逸話
       残酷な夫に耐えかね海に身投げしたという、が伝わります。
d0097427_032461.jpg

       ここもシーズン中の日曜日に、
       要予約で見物出来る様子。

       お城のサイトはこちらに
       http://www.castellodiduino.it
       Tel. 040 208120 - Fax 040 208022
       見物についての問い合わせは  visite@castellodiduino.it
       他の問い合わせ(宿もある様子)info@castellodiduino.it



       で、この岩の下にこんなボートが見え、
d0097427_0322145.jpg

       ルイーザの夫レナートが、
       シンカイ、あんたのカメラならドルチェ・エ・ガッバーナが撮れるだろ?!

       ドルチェ・エ・ガッバーナ云々は、こちらのCMをね。
       この夏、また新版が時々出ておりますですよ。
       http://italiashio.exblog.jp/5890795

       ついでにカプリ島一周、青い海も!
       http://italiashio.exblog.jp/13410653

       レナートの写真でお目にかけた
       サン・ボルド峠 ・ 難所の峠越えは
       http://italiashio.exblog.jp/12800329



       と、そそのかされて精いっぱいの望遠で!
d0097427_0323898.jpg

       あのね、お腹の出っ張ったシニョーレでね、で、3人いるよ。
       出っ腹か、がはは!

       ・・我らは覗き仲間かや?!  



       カーヴの道の向こうに、綺麗に修復された城館が見え、
d0097427_03317.jpg


     
       館の下になる入り口を潜り
       この写真は中庭からで、右から入って来て、
d0097427_0331996.jpg



       中庭の、向こう正面の建物
d0097427_033349.jpg
       
       入り口には礼拝堂と書いてありますが、
       こちらの棟に、現在も城主一家がお住まいと。



       中庭の左手に聳える塔
       途中まで上れるそう。
d0097427_0335239.jpg



       中庭の右手奥の棟、そして右手前の棟、
       この海を見はらす棟が公開され、見物出来ます
d0097427_0341585.jpg



       入り口脇の部屋から
d0097427_0343257.jpg


       なんとも素晴らしい眺めでしょう?!! 
d0097427_0344622.jpg



       下の部屋の展示物
       たくさんありすぎ、しかも有象無象な物までもでして、・・ひがみ、
       ですがこれらは、値打と見ます。
d0097427_0351011.jpg

d0097427_0353263.jpg



       下の部屋の廊下から、中庭を望み
d0097427_0355515.jpg



       廊下奥にある階段から上の階に行きますが、
       これが素晴らしいらせん階段でして、
d0097427_036886.jpg
 

     
       まず床の大理石の柄
d0097427_0363647.jpg


       3階まで部屋の公開があったと思いますが、
       上から眺めおろすとこんな様子。
       優雅でしょう?!
d0097427_0365860.jpg


       ドゥイーノのお城は、古い10世紀からの城、
       遺跡が岩山の上に見えましたが、の代わりに、
       元からあった16世紀の塔に増築されたものだそう。

       城の現在の持ち主
       なにせ14世紀以来の歴史を誇る城と貴族でして、
       その変遷を語るのはお許しを願い・・、
       現在はデッラ・トッレ・エ・タッソ公爵・della Torre e Tasso
       元はベルガモ出身のドイツの著名な貴族の流れをひき、
       
       Thurn und Taxis家と言うと、
       1400年代からヨーロッパの郵便事業を始めた草分けで、
       350年以上にもわたり事業を続け、
       その家名が郵便システムに結び付いた家系なのだそう。

       詩人のリルケが滞在し、彼の大パトロンでもあったのは
       良く知られているそうですが、
       それ以前にダンテが滞在したとも、と昔読みました。
       が、こうして改めて城の歴史を見ると、
       ダンテの時代には現在の城はまだなかった事になりますね。
       まぁ、城館持ち主のご先祖様はお出ででしたので、
       そのお館に、という事でしょうか

                   
       展示の中には、こんな古い写真もあり
       如何にもの貴族的風貌が窺われますが、
d0097427_0371984.jpg


       この麗しい婦人の肖像を、今日の最後に
d0097427_0373433.jpg


       引き続き、明日は上階の部屋や
       テラスからの素晴らしい眺めをご覧頂く事にしますね
       お楽しみに!

   
       夏バテせず、ブログも頑張って続けられるよう、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
          

by italiashiho2 | 2011-07-20 00:10 | ・トリエステ・周辺 Trieste e | Comments(2)
2011年 07月 18日

   ・・・ 夏の夜、広場でオペラを ・ オデルツォ ・・・

d0097427_0205735.jpg

       いよいよ夏本番、の暑い日が続いておりますが、
       昨夜、オデルツォの町の広場で上演されたプッチーニのオペラ
       「蝶々夫人・Madama Butterfly」の舞台の様子
       どうぞ暑気払いにご覧下さい!

       オデルツォ・Oderzo の町は、
       我が町コネリアーノ・Coneglianoから約20k南西に位置する
       ローマ期以前からの交通要所として歴史ある町ですが、
       この町の広場で既に20年程も前から開催される
       夏の音楽祭、オペラ・イン・ピアッツァ・Opera in Piazza
       でも名高いのですね。 

       サイトはこちらに
       http://www.operainpiazza.it/       

       戦後のテノール歌手として有名な
       ジュゼッペ・ディ・ステーファノGiuseppe Di Stefano
       名を冠された音楽祭ですが、
       彼は、ルチャーノ・パヴァロッティが憧れた程の声と成功をなし、
       かの最高のソプラノと言われる、マリーア・カラスとの共演、
       彼女との私生活での噂も絶えないテノール歌手だったそうですが、
       彼の最後の公演の場となったのがこのオデルツォであるからなのか、
       ・・その後アフリカで強盗に押し込まれ重傷を負い、
       復帰出来ないまま3年前に亡くなっています・・、
       奥さんのソプラノ歌手モニカの縁によるものなのかどうか
       分かりませんでしたが、彼女は来場しておりました。

       「蝶々さん」を歌ったソプラノが素晴らしい声と出来で、
       大いに満足して戻り、写真もなんとかお見せできる様子ですので、
       プッチーニの旋律をあれこれ思い出しながら、ご覧下さいね!

       上の切符に見える広場が会場のグランデ広場

       オデルツォの町については、こちらにご案内を。
       http://italiashio.exblog.jp/6058338
       町の博物館や町に残る素晴らしいモザイク画
       載せておりますので、どうぞご覧下さいね!


       さて9時開催という事で、8時過ぎにコネリアーノを
       三々五々車に分乗して出発。
       土曜日の夜でもあり、広場から少し離れた場所では夜祭りも開催、  
       オペラ共に大変な人出と車で、やっと駐車でき会場に。

       グループの切符を一括で取ってくれているので、
       ポルトガル旅行以来の仲間との顔合わせ、いつもの連中とも挨拶を。
       我々だけでなく、ちょっとした夏の夜の庶民社交会の顔合わせ
       と言った様相でありました。

       広場の舞台設定はこんな感じ
       おお、日本の金屏風を使っている!
d0097427_0212767.jpg

       始まると、この真ん中の4つの四角い部分が左右に開き、
       障子を模した舞台設定。
       
       ご覧の通り、既にほとんど席が埋まっていますが、
       我々は階段状の上の方でして、とりわけ私は端の席が当たり、
       写真も撮りやすく・・。



       さて、第一幕の始まり
       長崎に赴任して来たピンカートンが、
       港を見はらす高台に小さな家を買い、
       ついでに斡旋人のゴローのつてで、
       100円で結婚相手の蝶々さんも・・
d0097427_0215195.jpg

       時は1890年頃、日本の長崎という設定ですが、
       日本であるという事に拘って見ると、
       それはもう衣装から住まい風習まで、まるでちぐはぐですから、
       その辺りはもう、舞台のお話、として見る事に。



       蝶々さんの登場
       結婚式が始まる、わけですが・・、
d0097427_0223956.jpg



       私、15歳
d0097427_023837.jpg



       めでたく一応の結婚式が済み
d0097427_0242757.jpg



       所へ、叔父のボンゾが、蝶々さんが改宗した事に文句を言いに、
       蝶々さんは、あくまでも正式の結婚と思い込んでいる訳ですね。
d0097427_0244654.jpg

       少しピンあまですが、後ろのボンゾの護衛というか、
       ゴロツキどもの肉体美をご覧に、というおまけでござる、ははは、
       ホンマにコーラスなの?!



       皆が引き上げた後の、一時の愛の語らい
       女中のスズキが見張っていて・・、
d0097427_025694.jpg



       一旦引き揚げた蝶々さんが着替えて現れ
d0097427_025263.jpg
       
       これがまぁあ~た、ネグリジェというかなんというか薄物でして、
       おまけにこのスタイル、ちょっとしたストXXXと・・、
       う~~ん、さすがイタリア式悩殺チョチョさん
       はぁ、チョチョさん、と発音しますです。



       二重唱「可愛がってね
d0097427_0254596.jpg
      
       おおぅチョチョさん、おまえは可愛いねぇ。
       うんにゃぁ~ん。



       という様子で、万月に向かい出立のお二人
d0097427_026434.jpg



       幕間に見る、広場脇の鐘楼で~す。
d0097427_0262474.jpg



       さて、第2幕第一場。
       3年が過ぎ、アメリカに帰ったピンカートンは戻って来ず
       手持ちのお金も少なくなり・・、
       結婚を斡旋したゴローも悪口を触れまわっているらしく、

       でも蝶々さんはピンカートンを信じていて、
       ここでアーリア「ある晴れた日に」が歌われますが、
       これが素晴らしゅうございましたぁ!!
d0097427_0265127.jpg
       
       ある晴れた日、遠い海のかなたに一筋の煙が見え
       そして船が姿を現す
       やがて白い船は港に入り、礼砲を打つ
       ・・・
       見える? あの人が来たのよ
       でも私は迎えに行かない 行かないの
d0097427_0271779.jpg
       
       切ない切ない、可愛い可愛い女心。 

       ジャコモ・プッチーニのオペラは、正直言って
       全編通して聴くのは少々退屈するのですが、
       ファンの皆さま、ごめんなさい、
       「ボエーム」にも、「トスカ」にも
       素晴らしいアーリアが散りばめられ、
       ヴェルディの強い旋律とは違う
       センティメンタルさが
       なんとも言えず素敵ですねぇ。



       結婚申し込みのヤマドリ氏も現れますが、断られ・・
d0097427_0274690.jpg



       ピンカートンの手紙を持ってくる領事のシャープレス
       が、蝶々さんの純真さに、ピンカートンが結婚した事を告げられず、
       逆に2人の間の子を見て動揺、
d0097427_0281413.jpg



       と、港から聞こえる礼砲
       望遠鏡で覗くと、船の名は「アブラハム・リンカーン」!
d0097427_0284024.jpg



       一夜、眠らずに彼を待つ蝶々さん
       奥からのコーラスが静かに響く良い場面。
d0097427_029154.jpg



       ピンカートンとシャープレスが、子供の引き取りに
       結婚したケイトと共に現れ、激怒するスズキ。
d0097427_0292449.jpg



       声を聞きつけ、大喜びで出て来た蝶々さんの見たものは・・
d0097427_029436.jpg



       今はこれまで、と自刃しようとする場にかけ寄る子供、
       「おお、愛しの我が子よ」が歌われ、
d0097427_030329.jpg



       そっと子供に目隠しをし、蝶々さんは自刃を遂げ・・、終幕
d0097427_0302555.jpg

       膝を縛る仕草がやはり目に付いたと見え、
       帰りの車の中で仲間から理由を尋ねられましたが、
       見苦しくないように、というのが、
       ちょっとした感銘を与えた様子です。



       一旦閉った屏風が開くと
       こうして母子が座っておりましたが、
d0097427_0304432.jpg

       この場面がなんとも良かった!
       美しい終幕でした。



       登場人物が順々に舞台に上がり、観客にこたえますが、
       やはり蝶々さんを演じたグラツィア・リー・Grazia Lee
       大歓声を受けました。
d0097427_031912.jpg
   
       美しい声と、素晴らしい出来栄えでしたもの
       出ずっぱりの蝶々さん役が、彼女で成功でした!



       ブロンドの髪の子供を演じたステーファノだったかな、
       この子は、「蝶々さん」のお話に何度も泣いたのですって!
d0097427_0313225.jpg
    
       抱えているのは、プレゼントに貰ったトラクター!



       蝶々さんのグラツィア・リー
d0097427_0315590.jpg

       韓国生まれ、ソウルで、ミラノで、そしてトリノで勉強してデヴュー。
       蝶々さん役を何度かしている様子。
       彼女についてはこちらに。
       http://www.aliopera.com/artisti.html?art=lee-grazia&PHPSESSID=lnrm4tid201q6mkgs5h3tolmc7

       彼女の「蝶々さん」の舞台の様子がこちらでご覧になれます。
       http://www.aliopera.com/artists.html?art=lee-grazia&sub=medias


       9時10分ごろより始まり、幕間休憩15分ほど、
       済んで駐車場に向かいながら時計を見ましたら、12時半!
       わぁ~、長かったねぇ、と驚きましたが、

       道の奥では、まだまだ夜祭りが賑やかでして・・!
d0097427_0321793.jpg

d0097427_0324620.jpg


       満足して家に帰りつきましたのは、午前1時15分でした。


       明日は「海の日」で祭日と聞きましたが
       その前に、なでしこジャパンの決勝戦でしょう?!
       良い戦果報告を待ちつつ・・、
       

d0097427_0332052.jpg
       
       皆さま、暑中お見舞い、申し上げます!
       体調にお気をつけてどうぞ!

      ***
       きゃっほう!!
       なでしこジャパン、やりましたぁ!!

       試合速報1-0をサイトで見て、どこかで中継を見れるかも、と
       探して、イタリアRAI SPORT1が中継しているのを見つけ、
       延長から最後までを。

       おめでとう!!
       おめでとう!!!
       ああ、やりました、ねぇ!!!
       アメリカに勝ったのが嬉しい!!!!       
       日本女子、頑張ろうねぇ!!!!!

       Rai の中継アナウンサーが興奮している、
       うん、もう1杯、ワインを飲もう!
       チン、チン!!
       きゃははぁ。        
       

       で、私めにもおこぼれの・・、
       励まし応援クリックを、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
   

by italiashiho2 | 2011-07-18 00:34 | ・イタリアのお祭り Festa ital | Comments(2)
2011年 07月 16日

   ・・・ 青い蒼い大西洋、ナザレの浜 ・ ポルトガル ・・・

d0097427_23591551.jpg

       夏の週末でもありますし、今日は大西洋に臨む
       青い蒼いナザレ・Nazaré の海をご覧下さいね。
       先回ご覧頂いた修道院のあるアルコバッサのすぐ近く、
       西に13K程の距離にあります。


       町に到着、というよりも、浜を望む崖上に到着し
       ぐるっと迂回しながら下の町に下って行きますが、
       写真に見えるこの張り出した岩とその上にある家々、
       ここもナザレの町に含まれ、
       ほら、石段が続いているのが見えますね。
d0097427_23593735.jpg

       素晴らしく青い海を見下ろしながら下るのが素敵でしたが、
       急傾斜のカーヴで揺れ、立ち並ぶ家々で写真が撮れず残念。



       かなりの距離を行き、この小さな港辺りでぐるっと回り、
       浜辺の道を町の中心に向かいます。
d0097427_23595791.jpg



       浜が長い!のです、
       素晴らしく青い海を見ながら、町の中心に向かいますが、
d0097427_00307.jpg



       こんな様子や
d0097427_011799.jpg



       こんなのや・・
       これ、どこかユーモラスでしょう?!
d0097427_013479.jpg

       ご夫婦が浜に避難場所を探しているようにも見え・・、
       向こうには、どなたか行き倒れているし・・!! ははは。



       ナザレはかっては漁師の村で、
       色とりどりに塗られた船でも有名なのですが、
       今のこれは浜に置かれた展示用と。
d0097427_015374.jpg



       ほら、これ!
       我ら日本人には大変なじみ深い光景、魚を干しているのです
       かなりの干し場がありましたが、これは何の魚かな?
d0097427_022349.jpg

       ポルトガル人のガイドも、干し魚がとても美味しいと
       言いましたから、魚喰い民族の舌は同じかも、ですね。



       で、テント村が始まりまして・・、
d0097427_024594.jpg

       彼女が棒で風よけを作っていますね。
       他にもこういう自作の屏風をかなり見かけましたから、
       やはり大西洋を渡って来る風が強いのですね。



       町の中心に近づいて行くと
       こんな色鮮やかなテント小屋が立ち並び、
d0097427_0357.jpg



       ガイドが、ほら、土地のシニョーレ、と
       教えてくれた衣類黒一色のお年寄り。
d0097427_032959.jpg

      ふふ、ゴム草履の花緒まで黒いね。


       まずは腹ごしらえで、細い路地にある食堂に
       また食べた物は纏めてご覧頂くつもりなので、
       この時に食べた鰯のグリルのみを。
       塩焼きで、美味しかったぁ!!
d0097427_064654.jpg

       ちょうど目刺し位の大きさの鰯と、茹でたジャガイモ、
       サラダも付いて、これで6エウロ!
       この前にパンとバターが出て来まして、ビールをお伴に
       鰯を待つ間にしっかり食べ・・、
       お代は全部で10エウロ位!
       最後にサーヴィスで食後酒の甘くて強いお酒、勿論クイッと。

       鰯のグリル、ここナザレでは6エウロでしたが、
       もっと南に下った観光地のエストリルでは9.5エウロ、
       仲間が食べるのを見ましたら、
       茹でジャガイモは同じでも、サラダは無し。
       リスボンで見たメニューでは10エウロだったと。
       土地の物価が良く分かるお値段でしょう? ははは。



       さて、元気になって、浜に出かけます!
       広い浜は、まだこれ位のぱらぱらの人出。
d0097427_071014.jpg

       突き出す岬の先っちょには、要塞跡らしきもの。



       我々が行ったのは6月20日でしたから、
       もうシーズン中ですが、ちょうどお昼のすぐ後だったから、と
       再度バスに集合する頃に分かりました。
       その頃には、浜がたいへん賑やかになっていましたから。
       とはいえ、日本の、イタリアの浜に比べますと、ねぇ。
d0097427_073087.jpg



       可愛いボクとママ
d0097427_074863.jpg



       余りのお天気の良さと浜の綺麗さに、堪らずにズックを脱ぎ・・。
       少し色が濃い目の細かい砂、とはいえ、見えますか、
       日本の浜の方が砂が細かいと。
d0097427_08881.jpg

       暖かくて気持ちがよく・・、ああ!       



       でもしっかりカメラを構えていましてね、はは、
       こういうのも勿論!
d0097427_082844.jpg



       浜から見上げるナザレの町の高台、シティオ・Sitio地区
       と言うそうですが、
       最初に見えた石段のこちらにケーヴルカーもあり
       上の町と連絡します。 
d0097427_085023.jpg


       シティオの海側に突出す部分
       凄い岩!
d0097427_09288.jpg


       ナザレという町の名の由来は
       キリストの生まれはイスラエルのナザレですよね。
       で、母のマリアの像が紀元後4世紀頃にこの村に流れ着き、
       そこからナザレという名になった、という伝承があり、

       その像を祀るノッサ・セニョーラ・デ・ナザレ教会
       Nossa Senhora de Nazaréが高台の町中にあるそう。

       そうですね、フランスのプロヴァンスでも海沿いの町には
       海からXXが来た、流れ着いた、という伝説が残るのを
       聞きましたが、
       海は人と陸とを隔てもし、また結ぶ物でもあるのですね。
       昔の人もそれを知っていて、そんな伝説が生まれたのでしょう。

       ヨーロッパ大陸の最西端ロカ岬からの海はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/13939361



       大西洋の波!
d0097427_0102100.jpg
       
       波がかなり大きく、何回かに一度どっぱ~~んと高い大きなのが。
       うっかり近づいた仲間が腿まで埋まってね、ははは。



       ね、力強い波でしょ?
       砂が巻きあげられています。
d0097427_0102140.jpg



       これはブログ初公開、shinkaiのアンヨ。
d0097427_0104038.jpg

       砂も暖かく、波も冷たくなくて気持ちが良く
       波に追いかけられ、きゃぁきゃぁと走って逃げる写真を
       しっかり撮られておりましたが、それは公開できませんです。
       明日からブログ訪問者ゼロ、となったら悲しいですやん!
              
       で、・・生ビールが飲みたくなりません?!



       ね、素晴らしい浜でしょう?!
       幅も広く、そして長~いのです。
d0097427_011061.jpg

       ずっと下った町の南端に、ちょっと突き出した
       ぺデルネイラ・Pederneiraという地域があり、
       その辺りがかって最初に漁村が出来た場所と。
       
       セピア色の絵葉書を見て頂いた時に、
       漁船が浜から漕ぎだすのを、後ろから押す男達の写真がありましたが、
       ガイドの説明では、戻って浜に引き上げるのに、
       昔は男達と牛で曳き、次にはトラクターを使う様になり、
       そして今は小さな港が出来ていましたね。
       日本でも、昔は村の女達も出て引き揚げたと聞きますものね。

       セピア色の古い絵葉書
       http://italiashio.exblog.jp/13899887



       バスに引き上げながら、最後にもう一枚
       はい、上は白、下はピンクでしたよ。
d0097427_0112774.jpg



       バスで、中心広場を抜けて行きます。
       すっかりこの辺りはヴァカンス観光地となり、
       こんなモダンな建物が立ち並んでいるのですが、
d0097427_0114770.jpg

d0097427_012762.jpg

       お昼を食べたちょっと入り込んだ場所の小路とか、
       少し奥の方まで行ったというジュリアーナの話によると、
       まだまだ昔風の家が残っていたと。
       
       ゆっくりお昼を食べて、浜で遊んだので、
       奥まで見に出かける余裕がありませんでしたが、
       美味しい鰯も食べ、大西洋の浜で遊んだので良しとしましょ。



       バスから見かけた土地の黒い服を身につけた老婦人
       かっては、既婚女性が黒を着たのだそう。
d0097427_0123121.jpg

       右に見える女性も、どこかしら土地の伝統的装いと。
       スカートの下に何枚も、時に10枚以上ものペティコートを
       つけていたというのですが、
       確か戦後になり、いつと聞いたのですがさて、
       7枚まで、と決められたと聞きましたが・・。

       2枚撮ったのにどちらもブレていて、済みまへん。

       高台への道を辿りながら、細い路地が海に抜けるのを何度か眺め、
       ああ、と悔しく思いつつバスに揺られ・・。

       最後にもう一度、ナザレの蒼い海と波と浜をどうぞ!
d0097427_0132314.jpg


   ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       暑い日が続いておりますが、皆さんお元気ですか?!
       こちらも、雨戸をほんの少々開けた薄暗い部屋で、
       夏の恒例、ゴキブリ生活に入っております!
       
       こうしてテントもおろし、窓も閉めると何とかまだ大丈夫、
       扇風機のみでOKで、生きております。

       明日の夜は、近くの町オデルツォの広場で、
       夏の夜のオペラ上演があり、しかも「蝶々夫人」という事で、
       仲間と出かけて参りますね。

       上手く何枚か撮れましたら、またご覧に。


       という事で、ではまた、
       応援励ましを、よろしくお願いいたしま~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
   

by italiashiho2 | 2011-07-16 00:18 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(6)
2011年 07月 14日

   ・・・ 王家の愛の物語 アルコバッサ修道院 ・ ポルトガル ・・・

       さて昨日に引き続き、ポルトガルはアルコバッサ修道院
       ご案内ですが、まずは修道院、教会の図をどうぞ!
d0097427_016820.jpg

       と言いますのも、昨日打ち忘れた場所の番号もあり、はは、
       wikipediaのポルトガル版からも写真を拝借して来ましたのでね。

       1.正面入り口
       2.ペードロ1世とイネス・デ・カストーロの墓
       3.イネス・デ・カストーロの墓
       4.修道士たちの宿坊
       5.台所と大煙突
       6.八角形の泉 
       7.静寂の回廊付き中庭
       8.ポルトガルの代々の国王の像のある部屋
       9.聖具室への入り口
      10.カピトラーレ室
      11.食堂



       では昨日の教会以外の、修道院内部の写真を。
       図の番号 9.聖具室への入り口  
d0097427_0163094.jpg
        
       ちょっとピン甘で失礼しますが、
       今回のポルトガル旅行のあちこちの修道院、教会で見ました
       マヌエル式・manuelino とでも呼ぶのか、
       15世紀後半から始まった後期ポルトガル・ゴシック様式。

       大航海時代の始まりに伴い、船具のロープやエキゾチックな植物、
       はたまた球体の羅針盤とでもいうのか、
       目を見はらす豪奢で壮麗な様式なのですね。
       名の由来は当時の国王マヌエーレ1世・Manuele I からと。

       戸外にあるのは苔が付いたりで見難いのですが、
       この戸口のは修復されたのでしょう、
       白くて大変美しい!



       4.修道士たちの宿坊  これからの写真4枚はwikipedia-poから
d0097427_0165178.jpg

       宿坊の南半分。
       修道院生活の初期には個室はありませんで、
       この様に大部屋で寝起きしていたそう。

       この修道院の起源等については昨日書きましたが、
       イタリアの聖ベネデットが最初に始めた修道院制度から派生した
       質素を重んじるシトー派のこの修道院ですが、

       1200年代から6世紀間に渡り
       完全な静寂の裡に祈りと労働の生活が続きましたが、
       時の変遷のうちに修道士たちは、時の王への服従なしに、
       周辺地域内での特権や大変な力を持つようになります。
       そして16世紀の後半ごろには、芸術や文学への献身も始まり、
       ポルトガル内でも有数の蔵書を誇る図書館も持つように。

       当時この修道院内には約999名(この数字が可笑しいですが・・)
       の修道士が生活していたといいますが、
       ペストの死者で激減、ですがまた盛り返し、
       18世紀にこの修道院の最盛期を迎えたと
       農業、料理法の広がりから、最初の精神の質素は脇に置き、
       ミサも当番制に、大宴会も行われるように。
      
       そして1810年にフランス軍による奪略破壊、
       1834年には政府による宗教団体解体の告示と続き、
       このアルコバッサ修道院も放棄されますが、
       
       現在は修復が進み、1985年よりユネスコの世界遺産指定に。
       
       シトー派の修道院生活について、南仏のセナンク修道院もどうぞ。
       http://italiashio.exblog.jp/13355855



       5.台所と大煙突
d0097427_017187.jpg

       18世紀に改装されたとの事で、その大きさにも驚きですが、
       まぁ、千名もの修道士が生活していたというので納得、
       壁も、2つある大煙突も、天井部分も皆タイル張りの豪華版!
       手前に見えるのは、巨大な石の調理台で、 
       同時に7頭もの牛をグリルできたのだそう!
       
       どの修道院も水利の便を考えて建設されていますが、
       ここでもアルコア川が台所に引き込まれていて、
       で、魚にも不自由なかったと、これはガイドの言葉。      

       台所の大きさと規模では、
       こちらアヴィニョンの教皇庁も凄かったです!
       http://italiashio.exblog.jp/11627847



   11.食堂
d0097427_01742100.jpg

       写真では見えにくいですが、少し高めの場所に説教壇があり、
       修道士たちが静寂の裡に食事をする間、
       一人が聖書を朗読していたのだそう。



       6.八角形の泉
d0097427_018078.jpg

       こちらも18世紀に改装された物と思います。
       日本語の説明では泉とあるのですが、
       修道士たちが手を洗う場所だった様子。



       7.静寂の、回廊付き中庭   ガイドブックより
d0097427_01828100.jpg

       1308年、当時の王ディオーニジ・Dionigiの要請で
       造られた物で、厳格な美しさはまさにシトー派のものと。

       以下は、写真が無いのですが、
       8.ポルトガルの代々の国王の像のある部屋
       これは最初の図の下にちらっと見えますが、
       壁面の下部に藍と白のタイル図柄で埋められた美しい部屋で、
       通りすがりにちらっと見ただけで、写し損ないました。

       10.カピトラーレ・Capitolare 室
       ここは常に沈黙のうちに生活をしている修道士たちが集まり、
       修道院生活についての問題を討議したり、
       院長を選んだり、と、唯一喋れる部屋だったそう。


       こちらは教会内の柱に見かけた3種ほどの石工の印のうちの一つ。
       セナンク修道院でも見ましたが、
       石工が自分の切り出した石につけた印なのですね。
       この数で賃金を貰うという、つまり出来高払いだったのでしょう。
d0097427_0184986.jpg
     
       

       教会内で見かけた小さな聖母子像
       優しくて、ほのぼのした雰囲気で良いでしょう? 
d0097427_019108.jpg



       さて、いよいよ今日の本題に入らせて頂きまして・・、えへん、
       昨日見て頂いたスーヴェニール店の壁にあった絵皿のアップですが、
       このお二人が、左イネス・デ・カストーロ・Inês de Castro
       右がペードロ1世・Pedro I というよりは、まだ国王を継ぐ前ですので
       ドン・ペードロと言う方が正しいかも。 
d0097427_0193040.jpg

           
       
       少し大きな2人の肖像をどうぞ
d0097427_0194525.jpg

d0097427_020372.jpg



       この2人の素晴らしい石棺が、このアルコバッサ修道院の教会内、
       翼の部分に向かい合って置かれているのですね。
       教会図の2にペードロ1世、3にイネスの石棺です。
       民間伝承では、最後の審判を受けて後再びまみえる時、
       最初にお互いの顔が見えるように、という事ですので、
       私めもそれに従い、向き合える形にイネス、ペードロの順にここに。
d0097427_0202791.jpg

d0097427_0204673.jpg

       石棺とはいえ、なんともはや美しく!
       石は、歩道にも使われている石灰岩。
       大変に固い石だそうですが、この白さが美しいですよね。


       今回のポルトガル旅行で初めて知った2人の名前と逸話なのですが、
       大いに好奇心に駆られまして・・、
       いぇもうこの年になりますと、中世ポルトガル王家の悲恋
       なんぞとは思いませんし、まして後でお話しする後日談もあり、
       ガイドが話してくれた2人の運命と、戻ってざっと読んでの違い、
       疑問に思った詳細部分を、埋めたかったからなのですね。

       では・・、
       ポルトガルの次代の王を継ぐべきドン・ペードロ
       イネス・デ・カストロが知り合ったのは
       1339年8月24日に執り行われた、ドン・ペードロと
       隣国カスティーリアの王女コスタンツァ・Costanza の婚礼の際で、
       彼女は王女のお付きで当時19歳(24歳との説も)
       ドン・ペードロも1320年生まれの19歳。

       コスタンツァの容貌については何も書いたのが見つからず、
       政略結婚でもあり、まぁイネスが大変な美貌だったのでしょう。
       ペードロは盲目的な恋に落ち、まぁイネスもでしょうが、
       1346年から54年の間に4人の子も生まれる関係に(一人は夭折)
       勿論そうなると人々の口にも上り、隣国との関係懸念もあり、
       遂にぺ―ドロの父王アルフォンソ4世・Alfonso IV は
       1344年にイネスをポルトガルの北、カスティーリアに近い城に
       隠棲をさせますが、この遠距離も2人にはお構いなし、
       ペードロはせっせと通います。
       彼らの子供の生年を見て頂くと、これはもう、
       宮廷から離れた事が2人には愛の生活に没頭できた様子で・・。

       で、彼と王妃コスタンツァとの関係はと言いますと、
       まぁ冷えてはいたのでしょうが、
       こちらにも3人の子が生まれていまして・・。

       父王アルフォンソが懸念したのはよく分かりますね。
       ひょっとして王族でもないイネスと息子が結婚するような事になれば、
       隣国カスティーリア王国との関係も悪化、
       まして彼女との間の子が王位を継ぐようになれば、
       ポルトガル王国の存続問題にもになりかねず、
       イネスの兄弟とペードロが親密なのも、父王は心配したといいます。
       そして1345年の10月、王妃コスタンツァは未来の王となる
       フェルディナンド1世・Ferdinando I を生み落とした後亡くなります。

       寡となるやペードロはイネスに隠遁生活から戻るように促し、
       一緒に暮らし始め、これは一大スキャンダルを巻き起こし、
       父王との関係もこじれます、勿論ですよね。
       再婚を進める訳ですが、まだ王妃を失くした悲しみがある、
       と受け付けない、でもイネスとは結婚を考えていないとも逃げ・・。

       そうこうするうちに2人はコインブラのサンタ・クララの邸宅に
       住まうようになりますが、
       ここはペードロの祖母のエリザべッタ王妃が造り、
       晩年を過ごした所だそう。
       1354年に2人が秘密裏に結婚したという噂も流れ、
       しびれを切らしたアルフォンソ王の側近は王に、イネスの殺害を迫り、

       こうして遂に1355年1月7日、コインブラの屋敷で
       ペードロが狩りに出て留守の間に、イネスは斬首に
    
       私がこれらの逸話の何に一番関心を持ったか、と言いますと、
       ガイドが、子供の前で斬首された、と話したのですね。
       14世紀の事とはいえ、それはちょっと凄いなぁ、
       本当に? とあれこれ読み始めた訳です。
       ですが、余り書いたものが見つからず、
       結局はウィキペディアのポルトガル版を引き、
       イタリア語に翻訳をかけ、読んで知ったのがこの経緯です。

       で、ペードロはイネスの殺害を知ると逆上し、
       父親への反乱も起こしますが、母親ベアトゥリーチェの執り成しで
       1355年8月に一応の和解を。       

       という所で、物凄い戦慄の後日談はまた後ほどに!
       
       

       ペードロ1世の顔の部分
d0097427_021149.jpg

       彼の命によりこの2つの石棺が造られたのだそうで、
       両脇に3人づつの天使が従い、
       彼の方には足元に忠誠の印のワン君が。



       彼の石棺の大変に美しい頭部側の彫り
d0097427_0214172.jpg

       これには2人の逸話が語られていまして、  写真はwikipedia-po から。
d0097427_0221236.jpg

       外側のアラビア数字から、
       1.子供達を愛撫するイネス
       2.3人の子と生活する2人
       3.チェスをするイネスとペードロ
       4.2人の愛人たちの生活
       5.イネスが、何か小さな動物に触れているのかな、
       6.大きな玉座につくペードロ
       7.イネスが父王アルフォンソからの刺客に驚く
       8.一人の刺客の正体を暴くイネス
       9.イネスの打ち首
      10.死んだイネス
      11.イネスの刺客に下る罰
      12.経帷子をまとうペードロ

       内側のローマ数字は、
       I. ペードロの左側に座るイネス
         これはまだ結婚していない事を示す
       II. 2人の座る位置が交替する、つまり結婚後を示す
      III. 並んで、公式な肖像の様に
       IV. 父王アルフォンソ4世が(指で)イネスを王国から追放
       V. イネスが、多分アルフォンソ4世を拒否する
       VI. 輪を手で支える何者かの下に膝まづく2人
         (これが彫りと説明ともに良く分かりません)

       これは運命の輪と呼ばれる物ですが、
       外側の彫りにある2人の生活の様子、
       彼のみが知る愛情にあふれた想い出がこもり、哀れですね。



       素晴らしく美しい天使たちの顔や、ワン君の表情をどうぞ。
d0097427_0224620.jpg

d0097427_023562.jpg



       こちらはイネスの石棺
       天使が王冠を支え、
d0097427_0232864.jpg

       残念ながらイネスの顔は、少し破損しておりまして、
       写真も見つけましたが、女同士の情けでここには掲載せずに。


       頭の後ろにあるこれは、天蓋を示すそう。
d0097427_0234980.jpg



       彼女の足元の彫りは、最後の審判の様。
d0097427_024821.jpg



       ペードロの石棺を支えるのはライオンたちでしたが、
       こちらは如何にも中世の顔の男達
d0097427_0244414.jpg


       ご覧の様にこの2つの石棺はどちらもあちこち破損していて
       それがとても残念なのですが、
       フランス軍が進駐して来たときの略奪破壊で、
       彼らはフランスに持って帰りたかったらしいのですね。
       所があまりの重さに断念したのだ、と聞きました。
       ははは、ざまぁ見ろ! あちこちから盗んだろうが!!



       たまたま近くに12世紀頃のイベリア半島の領土図があり、
       当時のポルトガルは現在よりも小さかった事が分かります。
d0097427_025720.jpg

       白い点線をつけた辺りが現在のスペインとの国境で、
       緑の印、北が最初の首都コインブラで、
       南が13世紀の中頃からの首都リスボン。


       イネスの処刑ののちの後日談というのが、
       またまたぞっとする戦慄ものでして・・。

       母親の執り成しで一旦は父王と仲直りをしたペードロですが、
       半年ほど後に父王が亡くなり、彼が8代目のポルトガル王に。
       1357年の事です。

       で1360年に、イネスとは1354年に秘密裏に結婚していて、
       子供達は彼らの子である事を公に認める声明を出しますが、
       それは礼拝堂司祭とペードロ1世のみが言う事で、
       おまけに日付けは覚えていないという様子。

       そしてイネス殺害の3人の内の2人はカスティーリア王国に
       逃げたもののつかまり、Santarémで処刑、
       フランスに逃げた一人は自殺に追い込まれます。
       ですが民間伝承は、こう伝えます。
       捕まった内の2人は連れて来られ、お祭りの見世物として、
       一人は前から、も一人は背中から心臓を引きちぎられたと。

       そして恐怖のおまけに
       イネスとは結婚していたので、彼女は王妃であるとし、
       墓の中から遺体を引き上げ玉座に座らせ、
       王冠を戴かせ、忠臣達に、
       王妃に対する礼をと、手に接吻させたと!

       これは多分16世紀の後半に民間伝承に取り込まれたのだろう、
       というのですが、この死んだ王妃の手に接吻、という図は、
       後に煙草の袋の図柄にも登場したり、絵画も残り・・、
       恐ろしい図!


       という事で、国民的詩人と呼ばれるカモイーシュ(カモインエス)や
       他の詩人たちもがその悲恋を詠ったといわれる
       逸話語りがやっと済みましたです。
       お疲れ様でした
       そして有難うございました!



       陽のあたる表に出て来て
       広場のカフェで憩う人々の姿になにやらホッとして・・、
d0097427_0253586.jpg



       教会前の階段の女の子を撮りましたら、
       彼女、気が付いたようで・・。
       可愛い子でしょう?
d0097427_025531.jpg



       暑い陽射しの道を戻りつつ、
       タイルの壁、少しレトロなイメージの窓に見とれつつ、
d0097427_0264054.jpg



       ここのお家の壁にも、イネス・デ・カストーロが、
d0097427_027177.jpg



       こちらがアルコア川
       何やらカップルが遠くの方で・・、
d0097427_0271891.jpg



       これがバッサ川
       2つの川がここで合流すると聞きましたが、
       何か、イネスとペードロの象徴みたいですね。
d0097427_0274192.jpg


       今日は長い長いお付き合い、有難うございました!
       私も少々書き草臥れました・・。


       応援励ましを、よろしくぅ!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          ブログランキング【くつろぐ】
          ブログランキング【くつろぐ】

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
    

by italiashiho2 | 2011-07-14 00:27 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(13)