イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

italiashio.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧


2011年 12月 29日

   ・・・ 今年も1年、有難うございました! ・・・

d0097427_18124382.jpg

       様々な大災害や変化のあった今年もあと3日のみ。
       皆さまにも大きな影響があった事と思います。
       この1年間我がブログへのご訪問、
       本当に有難うございました!
       お陰さまで、無事に年の瀬に辿り着きました。

       時に拝見し読む被災された方々の大変さ、
       サイトを通して見える我が祖国の姿に、
       自分を振り返る事が多々あり、
       新しい年に向かい、漸くに目標も一つ。
       が、これはまた改めまして。


       今年は我ながら驚く程に次々と旅行が続き、
       念願だったポンペイ、アマルフィ方面、
       ポルトガル旅行、そして一度は行ってみたかった
       イスタンブルにも行って来れました。
              
       今日はそんな今年の旅行を振り返り、
       ブログでつい最近ご覧頂いた
       ポンペイ遺跡とイスタンブルは除けまして、
       場所の名前のみで数枚づつ、
       スライド・ショー並みにご覧下さいね。

       まずトップは、カプリの青の洞窟で、

       以下4枚も、カプリ島を。
d0097427_18144846.jpg

d0097427_18153630.jpg

d0097427_18161383.jpg

d0097427_18163549.jpg


       カプリ島の海と空と ・ 朝と夕暮れ
       http://italiashio.exblog.jp/13320602

       カプリ島の散歩道、 見晴らし台に その1 
       http://italiashio.exblog.jp/14314984



       ジェノヴァへの旅の途中
d0097427_18183661.jpg

d0097427_1819452.jpg

       コッペデ塔 ・ ジェノヴァ への旅の途中に
       http://italiashio.exblog.jp/13507967

       ジェノヴァの街角 ・ 見下ろす守護神
       http://italiashio.exblog.jp/13520374



       水族館
d0097427_18192854.jpg

d0097427_1819518.jpg

       ジェノヴァの水族館 ・ ヨーロッパで一番の、 その1 
       http://italiashio.exblog.jp/14244297



       海辺の公園でリスも初撮り、4年毎の花の祭典も
d0097427_18202050.jpg

d0097427_18204394.jpg

       海沿いの散歩道と、リスの走り回る公園 ・ ネルヴィ
       http://italiashio.exblog.jp/13540311

       エウロフローラ 2011・ ジェノヴァ 花の祭典 1 
       http://italiashio.exblog.jp/13495441

       エウロフローラ その2 ・ ロベルタの撮った花を
       http://italiashio.exblog.jp/13554373



       我が町のお祭りの、時代衣装の部屋と
d0097427_18223328.jpg

       時代衣装の彩りを 
       http://italiashio.exblog.jp/12824107



       近くの町オデルツォの、夏の夜の野外オペラも
d0097427_1822574.jpg

       夏の夜、広場でオペラを ・ オデルツォ
       http://italiashio.exblog.jp/14120300



       かってリルケも滞在した、ドゥイーノのお城も拝見し
d0097427_18231989.jpg

d0097427_18234051.jpg

d0097427_1824289.jpg

       ドゥイーノのお城 ・ トリエステの海に臨み 
       http://italiashio.exblog.jp/14137372



       ブレンタ川周遊と、貴族のヴィッラと
d0097427_18242635.jpg

d0097427_1824487.jpg

       イタリアで一番素晴らしい 植木の迷路・ラビリントを
       http://italiashio.exblog.jp/13657736

       ブルキエッロ ・ ブレンタ川を船で、 その2 
       http://italiashio.exblog.jp/14719479

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ 
       http://italiashio.exblog.jp/14731966



       パドヴァには、本当に久し振りの訪問
       新鮮な印象がありました。
d0097427_18251230.jpg

d0097427_1825346.jpg

       パードヴァ、でございます!  その1 
       http://italiashio.exblog.jp/14164346



       ポルトガル! 
       なんと魅惑に満ちた国、街、そしてファドの響き!
d0097427_18255760.jpg

d0097427_18261853.jpg

d0097427_18263962.jpg

d0097427_1827735.jpg

d0097427_18273064.jpg

d0097427_1827507.jpg

       ポルトガル紀行 予告編
       http://italiashio.exblog.jp/13879589

       セピア色の絵葉書で ・ ポルトガル その1
       http://italiashio.exblog.jp/13899887



       夏のガルダ湖、結婚式にも出会い
d0097427_1828138.jpg

d0097427_18283923.jpg

d0097427_182929.jpg

       ガルダ湖畔 ・ マルチェジーネ 
       http://italiashio.exblog.jp/13697797

       旅するワンちゃん達、 にお留守番をお願いし 
       http://italiashio.exblog.jp/13787817



       最後は我が町コネリアーノの夕日を
d0097427_18292498.jpg

       我が町コネリアーノ ・ 美しき夕暮れ 
       http://italiashio.exblog.jp/12847183

       A.カノーヴァ塑像博物館 ・ ポッサーニョの夕暮れ
       http://italiashio.exblog.jp/12742447



       この1年の感謝を込め、
       皆さま、良いお年を!
       そして、
       来年も、どうぞよろしくお願いいたします!! 
      

       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
       

by italiashiho2 | 2011-12-29 18:32 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(20)
2011年 12月 26日

   ・・・ 初夏の浜辺 ・ カスカイシュ in ポルトガル ・・・

d0097427_22435139.jpg

       年の瀬も押し迫り、何もせずとも何となく気忙しく、
       おまけにグンと冷え込む日が続くと、
       懐かしいのはあの初夏の、陽の煌めくポルトガルの浜辺!

       寒くなると思いだす夏の日の想い出、の今日は、
       ポルトガルはカスカイシュの青い蒼い海と、
       リゾート気分溢れる街と浜辺、とはいえまだまだ素朴なイメージの
       初夏の点景で、お楽しみ下さいね。
     
       カスカイシュ・Cascais・カスカイスには、
       ユーラシア大陸西端の岬として有名なロカ岬・Cabo da Roca から
       リスボンに向かう途中に寄りましたが、
       ずっと海辺を通る道筋で、大西洋の強い風を受け
       ウィンド・サーフィンを楽しむ人々の姿もたくさん見かけつつ、

       ロカ岬 ・ ここに地が果て、海が始まる
       http://italiashio.exblog.jp/13939361

       リスボンの新地域 ・ 街の新しい顔 その1
       http://italiashio.exblog.jp/14607828

       リスボンの新地域 ・ 街の新しい顔 その2
       http://italiashio.exblog.jp/14614288


       道脇には、浜辺との境の砂よけの防護柵、斜めに傾いだ木々
       断崖に打ちつける高い荒波など、大西洋の強風の凄さを見ましたが、
       写真が多くなりすぎるので、残念、皆パスして・・。
d0097427_22443169.jpg

       それでもこんな人の多い浜辺が見え始めると、
       ああ、そろそろ到着だと・・。



       地図で確かめると、カスカイシュが西にあり、エストリル・Estoril
       東に位置し、ヨーロッパで一番大きいとかいうエストリルのカジノの前も
       ぐるっと通ったりで、ここはマカオの中国人経営とか聞きましたが、
d0097427_22455774.jpg


       さて自分達がお昼を食べ散歩して楽しんだ場所は、
       カスカイシュだったの? それともエストリル?と、ははは、
       例によってこれを書くのに探しまして、

       はい、めでたく、エストリルはカスカイシュの下にあり、
       我々が楽しんだ小さな町は、これから見て頂く写真も
       カスカイシュ(カスカイス)だった事を確かめました。
       エストリルの町が観光で有名になり、
       間違って認識されている事が多いと言う事で、納得を。

       リスボンから汽車で1時間弱の近い距離にあり、
       夏は暑いものの、冬は暖かく12度以下になる事はない過ごし易さで、
       リゾート地としてどちらの町も発展している様子。

       イタリアは第2次大戦後に国民投票により共和制になりましたが、
       最後の国王ウンベルト2世がこの地に亡命し、
       住んだという家が現在建て増しされ、大大高級ホテルに、

       また英国の現エリザベス女王に王位を譲ったエドワード8世が、
       シンプソン夫人と結婚して住んだ家、とか、
       どこだったかの王様が住んでいた家とかもあるのを見ました。

       そうなのですね、イタリア国王だけでなく、
       スペインのホアン・カルロス国王も、ルーマニアの国王もこの地に。
       第2次大戦中ポルトガルは中立の立場だった事にも因るのでしょうが、
       それにつれ、スパイもうようよいたのだとか、
       そういった逸話にも事欠かない町なのです。



       さてここから、カスカイシュの町と浜をどうぞ!
d0097427_22464420.jpg

       海岸沿いの豪華な家々、レストランやホテルだったり、
       またリスボンのお金持ちの別荘だったりで、



       浜や海は、6月の中旬の事でまだ余り混んでおらず
d0097427_2247143.jpg

d0097427_22473559.jpg



       町外れに、こんな要塞がありましたが、
       戦略的にはまるで役立たずで済んでしまったとか!
       一時はポルトガル国王の夏の別荘としても使われ、
       現在も陸軍の持ち物と。。
d0097427_22475669.jpg



       ビーチの、洒落たバンガローと思われるでしょう?!
       でも、すぐその隣には、
d0097427_22485330.jpg



       こんな海老取り用の篭が、ね。
d0097427_22491427.jpg



       そして港には、ヨットも、ボートも、漁船も一緒くた!
d0097427_22493498.jpg
       
       つまり、もともとは漁業の盛んな港だったのが、
       観光事業も盛んになった事で、混ぜこぜになっているのだそうで、
       実際、新しく漁船用の突堤も建設され、
       大きな魚市場もあるのだそう。



       浜の通りから一歩中に入ると、レストランが軒を並べ
       道に張り出したテラス席が続き、
       この辺りは車が余り入って来ないので、観光客ものんびりと。
d0097427_2249583.jpg

d0097427_22502091.jpg
         
       イギリスの国旗や chicken という文字も見えたりで、
       英国からのお客様が多いのかも、ですね。
d0097427_22504543.jpg



       町の中央広場、としか見つからず、銅像の方もどなたかな、
       敷石の模様が目の錯覚を起こさせて面白く
       少し高いバスの窓からの写真でどうぞ!
d0097427_2251925.jpg

d0097427_22513110.jpg



       同じ広場ですが、こちら左手は市役所だそうで、
       壁のタイル装飾が見事。
d0097427_22515254.jpg



       広場の敷石、モザイク柄は、近くで写しても結構の迫力で、
       う~ん、やはり立体に見えますねぇ。
d0097427_22521420.jpg



       広場の奥にあった小教会の鐘楼
d0097427_22523413.jpg
       
       そう、お昼を食べるには遅めの時間となり、
       数人で、どこに行こうかと、教会の横道を入って行き・・、



       テラス席のテントの下でお昼を。
       向かいの席ディーナの食べた焼き鰯、確か9エウロだったと。
d0097427_22531945.jpg

       というのも、ナザレで食べた焼き鰯は、サラダが沢山付いて
       6エウロ位だったのですよ、ははは。
       これがリスボンに行くと、メニューで11エウロ位になっていたと!

       青い蒼い大西洋、ナザレの浜 ・ ポルトガル
       http://italiashio.exblog.jp/14106114


       私めの海老入り野菜サラダ、この他に
       小イカのグリルを食べたのですが、写真撮り忘れ!
d0097427_22535248.jpg



       食後の町散歩で見かけたパン屋さんのウインドウ
       鳩に亀に、メレンゲの載ったトルタに・・、
d0097427_22541432.jpg



       通りを入って行って見つけた、面白い飾り。
       近くにあった陶器類を手当たり次第に埋め込んだような・・、ははは。
d0097427_22552712.jpg



       近くの坂道、ここもモザイク柄で埋められていて、
       同じ道を時間を変えて撮っているのですが、
       観光客が多いとモザイク柄が見えないので、これを。
d0097427_2255476.jpg

       道はそんなにカーヴしていないのに、柄がぐっと畝っているでしょう?
       嬉しがりのshinkaiはこういうのを見ると、
       職人さん達が下を向いたまま、せっせと柄を埋めつつ進んで行き、
       いつの間にか曲がり過ぎているのにふっと気が付き、
       またちょっとづつ修正して、・・なんぞと想像して楽しむのですけど、
       ・・自分の事かやこれは?! ははは。



       同じ通りを上から眺め・・
       町の中心部の狭さ、お分かりでしょうか?
d0097427_2256852.jpg



       坂道にある家、白い扉
d0097427_22562820.jpg



       ちょっと横道に入り込むと、観光客も通らず、
       少し剥げ落ちた壁に、赤いブーゲンビリアが揺れ、
d0097427_22564920.jpg


       オビドス その1 ・ ポルトガル 
       http://italiashio.exblog.jp/14574212

       オビドス その2 ・ ポルトガル 
       http://italiashio.exblog.jp/14579556



       昼下がりの小路
d0097427_22571085.jpg



       そしてこんな手摺付きの石段道
       段の上の面まで、モザイクで埋められているのですねぇ!
d0097427_2257332.jpg



       海辺の道に戻ると、・・遥か海の彼方を見はるかす乙女
d0097427_230560.jpg

       ・・まったくもうマイクロソフトの奴と来たら、
       おとめ、と打ち込んで変換したら、お留だって!
       あんた、ここはポルトガル、日本の港ではないんだぜ。



       最後はやはり、寒い冬を暫く忘れる為に、
       熱い砂浜をどうぞ!
d0097427_2304037.jpg

d0097427_2311262.jpg



      ***

       皆さま、良いクリスマスをお過ごしでしたでしょうか?
       こちら北イタリアは快晴のお天気で、
       イスタンブル旅行の仲間と一緒に、食事に出かけて来ました。
       昨年も行きました近くのアグリトゥリズモなのですが、
       少し道を入り込んだだけなのに、山中深く、の雰囲気。
       赤く火の燃える炉の、すぐ近くの暖かい席で、
       素朴で美味しい野菜中心の料理を頂いて戻りました。

       明日から少し家の片づけやら掃除もし、
       それなりに、はは、新しい年を迎える準備を、と考えています。

       皆様も、どうぞ忙しない暮の折、
       お風邪などひかれませぬよう!


       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

      

by italiashiho2 | 2011-12-26 23:45 | ・スペイン・ポルトガルSpain Po | Comments(8)
2011年 12月 23日

   ・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチの発明した物、考案した物 ・・・

d0097427_1592744.jpg

       今年は何かとレオナルド・ダ・ヴィンチについての新発見が多く
       最近の科学審査の進歩に伴い、彼の作品と違うと
       今迄言われていたもの何点かが、真品であると認められたとか、
       長年言われてきたフィレンツェのヴェッキオ宮の壁の下の捜査も始まる、
       という様子で、彼の話題が多い事でした。

       shinkaiも歩けば棒に当たるで、浦島たろ子風に世間の話題と関係なく
       ウロチョロしている当ブログにも、何度か彼が登場しましたが、

       ちょうどこの秋、我が町で彼の残したスケッチ類、
       発明とか考案のスケッチ類を長年に渡って研究され
       小さいながらも動く模型を作られている、その展示会がありました。
       
       紙に描かれたスケッチが動く、というのが大きな魅力!
       出かけて行って写真を撮らせて貰い、
       再度説明を聞きつつ動くのも見て、成程!と思うのも何点か、
       これはまぁ、お遊びの部類、失礼、というのもありましたが、
       それらをここに皆さんにも!

       上は会場、アルテストーリア・Artstoria というグループの本部横、
       このグループの企画で、展示会や見学にも出かけるのですが、
       良く研究され準備された方々で、説明が大変的を得ていて分かり易く、
       参加できるのがいつも楽しみなグループなのです。
       http://www.artestoria.org

       レオナルドの真作の話題も含め、cucciolaさんがこちらに
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/cat_118185.html

       フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮 その1
       http://italiashio.exblog.jp/10363693

       フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮 その2
       http://italiashio.exblog.jp/10363547

       
       会場は事務所横の大きな部屋で、
       子供達の見学もあったり、実際に動かして楽しんだ様子。
d0097427_201186.jpg

d0097427_202363.jpg

       レオナルドが遺した数々の発明、考案のデッサンは夥しい数に上り
       実際に使われた物もそうでないのも、埋もれた数の方が断然多い筈ですが、
       今迄にもモデルに起こした方は何人もおられるようですし、
       今回ちょっと見ただけでも、デッサンを分かりやすい絵にしたりの
       サイトもたくさん見つけました。
       
       今回の展示品は、ヴェネトのジローラモ・コヴォラン教授
       prof.Girolamo Covolan が1997年から取り組んだ物で、
       いつもはトゥレヴィーゾを流れるシーレ川沿いのサンクチュアリー・
       Oasi di Cervara の中にある古い建物に展示されている様子。

       このサンクチュアリーも水が枯れ始めていたのを、
       レオナルドの発明である水車を用い、シーレ川からの水を運び
       蘇らせ、コウノトリの繁殖も、というプロジェクトの一環だそう。
       この様子は、イタリア国営放送RAIの番組のYoutubeも見れますので、
       こちらをどうぞ。
       http://www.macchinedileonardo.it/

       今回展示されていた物は、いわば動く小さな模型とでもいうか、
       今迄実際に作られた事が無いのもコヴォラン教授が実現したリの
       一部分で、
       レオナルドのデッサンと並べてご覧頂きますね。


       まず、ヘリコプター
d0097427_20498.jpg

d0097427_21440.jpg

       かって全日空の尾翼に、この形のデザインが描かれていたと
       記憶していますが、
       支えに立て、横の歯車をぐるぐると回すと、ふっと浮いたと。



       こちらは、鳥の羽、飛ぶ研究のデッサンを基にした物で、
       左のテコを上下すると、羽が軽く動きます。
       つまり鳥は、羽を上下するのに筋肉を使っている訳ではない
       という部分なんだそうでして、はぁ。
d0097427_211921.jpg



       レオナルドは各地の実力領主に招かれ、戦利用の為、城の保守に、
       また領土内の河川工事について、
       あれこれ考案したり設計したりしていた訳ですが、
       (その間に勿論、絵の依頼も受け描いていた訳で!)
       遺されたデッサンの中には有名な「戦の機械」の幾つかもあり、

       こちらは戦車
d0097427_213991.jpg

d0097427_215189.jpg

       下の箱は展示用で、2つ見える輪を回すと、
       中の輪車が自由な方向に動く仕掛けが見える様になっていて、

       
       中はこんな様子。
       中に兵が入り、歯車の梃子を回し自由に移動でき、
       上下の隙間から鉄砲、または小砲を四方に撃てるという形。
d0097427_22524.jpg

       レオナルドはこれ以外にも、機関銃式に次々と撃てる小砲、
       巨大砲、潜水艦式などなど、様々な近代兵器も考案しておりますし、
       イスタンブルの金角湾に架ける橋の設計もして売り込んでいた、
       と知って驚いたのでしたが、
       他にも回転する橋、2層の橋、取り外して持ち運べる橋、などなど、
       まさに知れば知るほど驚くばかりの、頭脳のフル回転!

       ガラタ橋は、釣り人天国 ・ イスタンブル 
       http://italiashio.exblog.jp/15006286

       こちらのサイトに、分かりやすい図にした考案の数々が
       http://www.leonardo3.net/leonardo/machines.htm        


       これは、鎌を付けた戦車とでも!
       見るからに恐ろしげな戦車のデッサンで、前にも後ろにも、
       当たるを幸いなぎ倒す、鎌で切り取る式の戦車。
d0097427_222537.jpg


       モデルに作られたのがこれでして、
d0097427_22405.jpg


       まさに恐ろしい戦車ですがぁぁぁ、
       ああた、こんな鎌を前に見ながら、馬が走ると思われます?!
       まさに、レオナルドが馬鹿領主を前に大法螺を吹いて、ははは、
       自分の売り込みを図る様子が目に見えるようではありませんか?!



       これは初めてモデル化されたという、2重のカタプルタ・
       弩砲と日本語ではいうのだそうですが、大きな投弾機とでも。
d0097427_23338.jpg

d0097427_232175.jpg

       使い方をご説明いたしますので、はは、
       ごゆっくり眺めて下さいね。
       読まないでも分かる(可愛くない)方は、お先にどうぞ!

       右の棒の足元にある台に弾を乗せ、・・こちらの仕掛けが見えませんが、
       ぐんぐんと迫上げ、一番上の台に乗せます。
       そして一番手前の歯車を回しロ―プの付いたしなう板を引き寄せ、
       ロープの途中に見える継ぎ目を外し、これはちょっと引くと外せる仕組み、
       しなう板がパンと上の横板を打ち、上の腕部分が回り、
       今左に見える丸い玉が、回った勢いで右の上板の弾を打ち飛ばす、
       という仕組みでございます、お分かりになりましたぁ?

       カタプルタは、中世の城攻めでも良く使われた様で、
       弾だけではなく、火を付けた藁玉も撃ち込んだりした様子ですが、
       この大きな単純な形を見た事があります。
       
       サン クイリコ・ドルチャ ・ 中世街道の分岐点
       http://italiashio.exblog.jp/9573061



       この2つはなんとなしに可笑しい、現在見るから可笑しいのですが、
       当時の兵士にとっては命にかかわる城壁防御、左側、と
       右は逆に城壁を乗り越える為の梯子。
d0097427_234718.jpg

       左は下の横十字の棒、梃子を兵士が回すと歯車の仕掛けで、
       城壁の上に突き出た十字棒が回り、
       向こう側から上って来た適をなぎ倒す、という物。

       右の梯子は移動でき、梯子の角度調節付き。



       これはもう、うふうふ笑いそうになった物ですが、
       城壁の上に穴を開け、手前側にこういう仕掛けを付けておき、
       いざ敵兵が向こうから梯子をかけ上り始めたら、
       手前の棒を引くと、城壁の向こうに突き出ている棒の先の横板が
       敵の梯子を押し返す、という仕組みでござるよ、ははは。
d0097427_25654.jpg
       


       ここからは彼の平和的有用な考案物を。
       
       レオナルドが大いに関心を持ち研究した物の中に、
       水とその流れ、歯車とそれが自動的に動く仕組みがあるそうで
d0097427_255298.jpg

       こちらは水車を動力源にして、水を他の場所に運ぶ仕組み。


       これが模型で、水車が左回りに回ると、筒状に巻かれた
       チューブを通り水が汲みあげられる仕組みで、
d0097427_26711.jpg

       つまりこれが可能なのは、水の渦巻きというのは常に、
       (地球の自転によって北半球では)左巻きなのを見極めたのを利用、
       この筒状の物は左巻きに動き、水を汲み上げるのですね。

       これを聞いた時、ムチムチのshinkaiは思わず、え?!でしたが、
       皆さんご存知でした?! ・・と仲間を集める、ははは。
      


       やはりこれも水力利用の挽き臼と、小麦粉ともみ殻の選別機
d0097427_263853.jpg
       
d0097427_265436.jpg

       中央上に見える丸いのが挽き臼で、水車利用で挽き臼が回り、
       上から小麦を入れ粉が滑り台を通り、丸い布が筒状になった中に。
       一方、水車利用の力で歯車を動かし、これが布の筒の下に見える棒を
       筒の下をこする様に左右させるのですね。

       これで重いもみ殻は布筒の下に残り、軽い小麦粉は
       筒先から出るという仕組み。



       やはり水力利用の、製材機
d0097427_273056.jpg

d0097427_275821.jpg

       水車が回り、これが鋸歯を上下させて製材しますが、
       右上に見える丸い歯が左下の重りに連絡し、
       最後まで製材した後に、自動的に木材を挟む枠が戻る仕掛け。
d0097427_281715.jpg


       こちらは実際に活動した様で、ドロミーティーの麓の村に復元され、
       ヴェネツィア式製材所、だったかの名前で、
       グループで申し込むと見学できるそうで、たまたま息子たちが行った時に
       開いていて見物出来、動画に撮ったのを私も見せて貰ったのですね。

       実際の大きさは、大きな小屋一杯に埋め込まれる仕組みで、
       大きな鋸歯がギコギコと上下するのは、ちょっとした感動もので、
       息子たちも大いに見惚れたという話でした。



       基材打ち、これが初めてのモデル化だそうで、
       ドスッと落ちるのを見て、おお!
d0097427_284738.jpg

d0097427_2911.jpg

       つまり、この重しを両側から吊っている鉤状の物が、
       上に引き上げられ、上の丸い形に沿って開き、フックが外れ、
       重しがドスンと落ちる仕掛けで、
d0097427_291438.jpg
   
       ご想像下さい、
       ヴェネツィアの街建設の干潟への基材打ちに
       パラッツォ・ドゥカーレの基礎建設にも
       大いに活躍した姿を!

       パラッツォ・ドゥカーレ・ディ・ヴェネツィア その1 
       http://italiashio.exblog.jp/14795419



       手動印刷機の圧搾の仕組みを、自動的にする改良だそう。
d0097427_293646.jpg

d0097427_2948100.jpg
       
       つまり手前に延びる梃子を回す事により、奥の歯車の仕掛けで、
       手前の紙台が上に引っ張り上げられ、ここに傾斜があるのがミソで、
       圧搾機の下に上手く入り込むようになっていて、
       ここで上から押し付ける、という形。

       これは子供達の見学で大いに試され、インクで汚れておりました。

       ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その2
       http://italiashio.exblog.jp/7479431



       回転するクレーン
d0097427_210687.jpg

d0097427_2102727.jpg
       
       レオナルドが考案した物を、フィレンツェのドゥオーモの屋根の建設に、
       ブルネレスキが実際に実用化して使ったという物で、
       一方向だけでなく、回転してどの部分にも使える、
d0097427_2104751.jpg

       高さも上下する、というのがミソですね。



       彼の大いなる関心は、歯車の組み合わせによって
       梃子を一方向に回すにも拘らず、
       作用する向きが縦にも横にも、
       組み合わせる螺旋形、蛇行形により、
       途切れることなく様々な動きに変化する、事にも向けられたようで、
d0097427_2113031.jpg

       時計の振子運動に相当する物、扇を動かす形
       などなど様々のモデルも展示されていましたが、
       この辺りになると、既にshinkaiの頭は考える事を停止し・・!
      
       という所で、ご案内は終わりですが、
       
       レオナルドの生きた15~16世紀、動力源と言えば
       人力と動物の力と自然の風水力という時代に、
       現代の素材と動力元を必要とする、
       当時にあっては奇想天外な想像力を働かせ、
       あれもこれもとその頭脳の及ぶ限りの研究と考察を続ける一方、

       当時の社会状況に根差した水車利用の農機具の改良とか、
       製材機とか、基材打ちなどの実用的な物、と
       二つの方向に分けられるのが、大変興味深かったです。

       レオナルド・ダ・ヴィンチの生家と、その周辺
       http://italiashio.exblog.jp/10382591

       レオナルド・ダ・ヴィンチの母親について
       http://italiashio.exblog.jp/10382550

       「アンギアーリの戦い」始末記と、その周辺もろもろ
       http://italiashio.exblog.jp/14885331 


       さて、ちょうどクリスマスになりますので、
       最後はやはり、レオナルドの描いた聖母子を。
d0097427_2115096.jpg



       そして、いちびりshinkaiとしましては、
       サイトで見つけたからには、どうしてもご覧に入れたい、ははは、
       レオナルド関連の一枚を!
d0097427_212675.jpg

       皆さま、ブオン・ニャターレ!!


     ◆ 個展のご案内 ◆
       昨年秋以来、何度か旅をご一緒した我が友人、
       このブログにも写真を拝借したリ、mkちゃんで登場の
       越川道江さんの、個展のご案内が届きました。
d0097427_2123082.jpg

       もう既に始まっていて、残りの日が少ないのですが、
       お近くの方、よろしかったら是非お出かけ下さいますよう
       ご案内申し上げます。

       八千代の丘美術館 市民ギャラリー
       広島県安芸高田市八千代町勝田494
       0826-52.3050
       展示は10時から17時、最終日は15時まで       


       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-23 23:45 | ・我が町コネリアーノConegliano | Comments(6)
2011年 12月 21日

   ・・・ イスタンブルで、出会った人びと ・・・

d0097427_23263518.jpg

       今日ご覧頂くのは、イスタンブルの旅行で出会った人々ですが、
       かなりの数の写真がある割に、女性は2人だけ。
       はい今日は、いつもこのブログをご愛顧頂いております
       日本女性へのお礼を兼ねて、かなりの大サーヴィスになっておりますです!

       お二人ともオプション・ツァー参加の時のガイドさんで
       街で出会ったとか、何かのきっかけがあったとかではないのですが、
       
       まず上は、空港に迎えに来てくれて、
       それぞれのホテルまで送ってくれ、翌日のボスフォロ・クルーズ、
       アヤ・ソフィア博物館、ブルー・モスクなどを案内してくれたガイドで、
       イタリア語に相当する名前はジョヴァンナと。



       到着の夕刻早速に出かけたグラン・バザール内の、
       楽器店の人、ご主人かな、
       乾いたドラムの音をあれこれ、お客に聴かせていましたが・・、
       黒い服装に赤のスカーフ、どこか洒落てません?
d0097427_2327790.jpg



       これが大笑いした想い出の男性
       グラン・バザール横のレストランの並びで、店内の大きな炎、
       何か焼いていたのですけど、それを撮ろうとしたら、
       さっと前に出てきて視界を塞ぎ、手に持っているメニューを
       ヒラヒラ開いたり閉じたり・・!
d0097427_23272899.jpg

       ぷっと吹き出して見ましたら、こんな笑顔でね、ははは。
       改めて1枚撮らせて貰い。

       バザールの魅力を その2 ・ イスタンブール 
       http://italiashio.exblog.jp/14937393       



       ガラタ橋の袂で、ザクロのジュースを注文していると、
       横にいた友人と見える向こう側の男性が話しかけて来て、
       自分は軍隊にいて、明日休みだからどこかに行こうか?と。
d0097427_23275468.jpg

       ははは、英語でしたけどこれは分かりましたよ。
       向こうも片言の英語ですし、ね。
       一緒にいたジュリアーナに訳して、
       ええ、彼女の方が英語は良く出来る筈なのに、
       言葉で分かろうとする余りに勘が働かないのかな?
       でジュースを飲んで、チャオチャオだったのですが、
       こちらがOKと言ったら、飛んで逃げたかもね、ぎゃはは。



       ガラタ橋の上の釣り人
       既にあのすさまじい程の釣り人の数は見て頂きましたので、
       今日はボスフォロの海が見える一枚を。
d0097427_23281625.jpg

       それにしても、あの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが、
       この橋の設計を考え、スルタンに自分の首をかけて万全性を保証、
       売り込んでいたのを知った時は、驚きましたっけ!

       ガラタ橋は、釣り人天国 ・ イスタンブル 
       http://italiashio.exblog.jp/15006286



       グラン・バザールの横で、魚の空揚げ各種を売っている店があり、
       ミックスを注文して待っていた時、
       私がショー・ウィンドウの様子を写しているのを見て、
       中から出てきたコックの一人が、俺を写せ、と。
d0097427_23285326.jpg

       OK!と写してディスプレイを見せましたら、



       横からこの2人が、俺たちも!と。
d0097427_23292132.jpg

       右の背の高い方がちょっと緊張してますが、はは、
       私の注文を取った男性で、店の主人らしく、
       左側は良く似ていますよね、弟かも、
       写したディスプレイを見た弟の方が、
       俺は良く撮れてる、だけど彼は、と指さし、
       ノー!だって、ははは。

       旨い物 その1 ・ イスタンブル 
       http://italiashio.exblog.jp/14977644



       ツァー・バスの一番後ろの座席に陣取った我ら4人、
       出発前を逆向きに座って、後ろを眺めていたのですが、
       後ろに停まっていた観光バスの運転手君が、
       時間待ちしながら携帯でお喋りをしているのですね。
       なかなか良い目をしていると見ながらパシャ。
d0097427_23294285.jpg

       途端に彼が、相手が言った事に大笑いで
       あははと大口を開け、悪い歯並びが見えちゃった! きゃは。



       トプカピ宮殿入り口前、警備の兵士
       はぁ、この方が今回の中で、一番のハンサムかも。
d0097427_2330470.jpg
       


       こちらが2回目のツァー・ガイドさんで
       トプカピ宮殿や、地下の貯水宮殿などを案内してくれた方。
       後ろに見えるのは、トプカピ宮殿の拝謁の間の入り口。
d0097427_23333453.jpg

       本当はこの写真よりももっと魅力的な人だったのですが、
       お天気は良かったものの風の強い寒い日で・・。

       イスタンブール 予告編 
       http://italiashio.exblog.jp/14920556


       スレイマニイ・モスクの前、身を清める為の泉というか、
       蛇口の前で、なんとまぁ、大喜びでVサインを出す男!
d0097427_23331293.jpg

       他の人が撮ろうとしたのに、彼が余りにも嬉しそうに
       Vサインを出し続けるので、ははは、私も便乗しまして、はい。
       少年でもないのにねぇ、黒い髭を生やした男が純真というか、
       可愛いというか・・、ははは。



       こちらは香辛料のバザール、エジプシャン・バザールの横通り、
       国の祭日でバザールは閉っていたのですけど、
       この通りの店は開いていて、店員さんの一人
d0097427_23342356.jpg

       こんな風に店ごとのスウェットやTシャツを着ていて、
       良く分かる仕組みで、彼もイタリア語を少し喋りましたが、
       外人のタダ見客に慣れていて、かなりクールでしたね。



       ガラタ橋を渡り、ガラタの塔に行く途中、
       この少年がケバブを薄切りにする見習い中だったのか、
       後ろに男性が付いて教えていまして、
d0097427_23345185.jpg

       これがああた、良い男さんだったのですよ!
       顔が見え、アッと思ったとたん、向こうに行ってしまい・・。
       残念、良い男がいたのに、と言うと、
       私の後にいたエレオノーラも、そう、あれはハンサムだった、と。

       男性方も仲間内で、女性の品定めをされるでしょう?
       勿論、女仲間でもそう、
       雨夜の品定めならぬ、晴天下のイスタンブルでも、
       しっかりあれこれと東西文化の比較研究も兼ね、
       無責任な品定めをやるのでございますよ、ははは。



       ガラタの塔の最上階、狭い展望台がぐるっと廻り、
       360度、イスタンブルの眺めを楽しめます。
       私の前に3人組みが居て、この若者がこうポーズをね。
       一人が携帯のカメラで撮ろうとする横に私めも並びまして・・、
d0097427_23352055.jpg

       彼は照れて、ワッとばかりに手すりに顔を伏せたのですが、
       でもちゃんと前の通りにポーズを決めて、この1枚。

       ディスプレイを見た仲間の一人が、自分の携帯を、
       スマート・フォンでしたけど、差し出しながら何か言い、
       トルコ語は一つも分かりませんけど、
       俺のこれと交換しよう、と言ったのは即分かり、
       ノー、ノー!と応え、皆で大笑いに。



       こちらは交通整理のお巡りさん
       街の一番の繁華街に出る交差点近くに、ずらっと2重駐車をしていて、
       おまけに馬鹿が1台、本当に角に近い場所に停めていて、
       普通の車はなんとか曲がれるのですけど、我々のバスは長くて・・、
d0097427_23355114.jpg

       ずら~っと後ろに列ができ、遠くからブッ、ブッと聞こえ始め、
       漸くに運転手が出てきて移動したのですが、
       100mも動かずに、また2重駐車をね。

       お巡りさんの髪が白くなる筈よね、ご苦労さまです!
       という1枚、ははは。
       ですけどすぐ近くの道路上、車に縁のない距離の角には、
       ワン君がドテッと寝ておりまして、・・良い見極め!



       これは道端で見つけた絵葉書で、はい、トルコ風呂ですよね。
       しっかり石鹸を泡立て、
       太めのおじさまが力を込めて洗って、マッサージしているようですが、
d0097427_23361286.jpg

       ・・いや、実際はどうなのかはまるで知りませんが、

       この絵葉書を買った後、やはり道端に絵を並べて売っている中に、


       
       こんな1枚があって、あはは、思わず写したのをどうぞ!
       ひょっとしてこれ、日本男性ではないのかなぁ?! がはは。
d0097427_23363422.jpg



       最後のこれは取って置き、なのです、私には。
       ガラタ橋の西側、香辛料バザールの近くに小さいながら、
       装飾タイルが大変美しいモスクがあるというので、出かけた朝、
       小さい食堂バールの横を通りかかって、ちらっと見えたこの若者。
d0097427_23371181.jpg

       朝の10時半に、2皿、前に置いて食べているのです、
       気になりません? 朝の10時半なんですよ。
       一旦は通りすぎそうになったのですが、ムクっと好奇心がわき、
       何を食べているんだろう、と引き返すと、
       ちょうど若者がこちらを見たので、つい訊ねたのですね。
       ブオーノ?(美味しい?) と口を動かすと、
       彼がウンと頷くので、ははは、
       お!とカメラを見せると、またウンと頷きつつ。
       でこうして、乾杯のポーズ1枚、という訳です。

       ははは、可笑しいですよね、今考えると。
       アンナリーザに話したら、大笑いしていましたもの。
       彼、可愛い顔しているでしょう?! ははは。 

       でも、何を食べていたんでしょうね、
       こうして見るとお菓子の様でもあり、何かの包み焼きの様でもあり、
       そして、チャイ・お茶なのですね。

       イスタンブルで出会った男性はみな殆ど、とても人懐こい印象で、
       そして皆さん、かなり髭が濃い! うふん。
       こうしてご覧になられても、それはお分かりですよね。
       それに対し、女性の姿はいっぱい見たのですが、
       夜、ブルーモスクの前での、野良猫ちゃんと女の子を、
       家族連れの了承の下で写した1枚だけでしたし、
       ガイドさん以外に、近しく接した人は一人も!

       それが少し残念なのですけど、でも正直な所、
       大いに楽しめた、イスタンブルの人々の姿でした。


     ◆ 広島の、さこちゃん ◆

       さこちゃん、これをご覧になったら、どうぞ、下のコメント欄、
       非公開コメント にチェックを入れ、
       メールアドレスをお知らせ下さい!

       頂いたのをどこかに紛れこませてしまいましたぁ。
       よろしくお願いいたしま~す。
    

       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-21 23:45 | ・イスタンブール Istanbul | Comments(10)
2011年 12月 18日

   ・・・ ポンペイ遺跡 最終回 ・ 秘儀荘 その2 ・・・

d0097427_18581779.jpg

       お陰さまで、漸くにポンペイ遺跡のご案内の最終回。
       こういう旅の纏めは、ブログをしているからこそできる事で、
       本当に、お陰さまです!

       ポンペイの北西、城壁外に位置する秘儀荘・Villa dei Misteri
       ご案内の2回目。
       さて、あの有名な壁画の部屋に行く前に・・、

       上の写真は、一つ手前にある寝室で、
       巫女と、踊るサーティロ・Satiro と。

       隣の壁画にもSatiro の存在があり、
       これが辞書を引いてもイマイチ、ピンと来ないのですが、
       日本の辞書によると、色子とか、性的に貪欲とか表現され、
       ギリシャ神話のサチュロス、半人半獣の森の神と。
       イタリア語の辞書でも似た様なものですが、

       我がイタリア語の先生アンナリーザによると、役者だと。
       という事であれば、
       半獣にも描かれておらず、ギリシャ悲劇に出演の子役の様なものかと。
       そう考えると、納得できる気もしますが、
       どなたかご存知の方、お教え願います!


       この部屋の床モザイク、色使いも上等でしょう?
       寝室と言っても奥の部屋なので、これも納得ですね。
d0097427_1859347.jpg



       もう一度、家の平面図をどうぞ
       上の寝室というのは、4.の部分、
d0097427_18595563.jpg



       そしてあの有名な壁画は、5.Sala del grande affresco に。
d0097427_1901058.jpg

d0097427_1903455.jpg

d0097427_1905350.jpg
 
      
       隣との境は閉じられ、前部からの眺めだけで、
       良く見えるので文句は言えないものの、
       奥は遠く斜めになりますし、細部を眺めるのは無理な状態。

       昔子供の頃にこの絵の一部を本で見て以来、
       なんと美しく魅力的で、不思議な絵なんだろう、
       どんな大きさ? 
       何を描いているんだろう?
       とずっと考えて来ましたから、今回このチャンスを得て
       どんな場面があるのか、大きさも等身大と分かると、
       もっともっと意味が知りたくなりました。

       フレスコ画とはいえ、通常のフレスコ画が艶なしなのに、
       ここのは、というよりもポンペイの壁画の大半に共通する特徴の、
       艶のあるのがしっかり分かるのは、
       どういう工程で描いたのかも知りたく、

       またつい最近、このポンペイの赤色は、
       本当は黄色だったのが、噴火のガスの影響により赤になったのだ、
       という研究発表があったのも、皆さんご存知ですよね?
       
       そんなこんなも含めかなり一生懸命に読みましたので、
       上手くお伝えできますように!


       写真はかなり撮って戻りましたが、
       なにせ遠く前面からなので、斜め位置からの写真となるので、
       これ以降はガイドブックからと、ウィキペディア・W と記します、
       からのでご説明を。

       まずは全場面を2つに分けてどうぞ
d0097427_1911964.jpg

d0097427_1912911.jpg


       絵のオリジナルはギリシャの紀元前4~3世紀のものだそうで、
       これが描かれたのは紀元前1世紀の中頃と見られ、
       上の写真でお分かりのように壁の3面に渡って描かれ語られ、
       左から右に進む全体の長さが17m、高さ3mの物。
       この高さは、壁の床から天井までのものと思われ、
       描かれた人物は等身大とお考えを。

       この古い時代に描かれた物の中でも、これ程の素晴らしい
       出来ばえの物は他に類を見ない、という事もありますが、
       
       同時に、この不思議な絵について未だに何が主題なのかが
       論争され続け、様々な定義付けがあるようで、
       どちらがというのも到底難しく、
       ここでは、どちらの説も一緒にご紹介致しますね。
       


       こちらがガイドブックにあった説明図で、
       I~X の場面に分けているので、それに従いまして、
d0097427_1915560.jpg


    
       登場人物は全部で29人、いずれも舞台の上の高さのイメージで、
       この事からもかなり劇的要素が強く感じられますが、

       I. 儀式の会則を読む少年と、寄進者(写真W)
d0097427_1921115.jpg
   
       ギリシャ神話の酒神ディオニュソス
       ローマ神話ではバッカスにあたりますが、
       その酒神礼拝というのが当時ローマでも大変盛んで、
       というのも、入信すると現実から逃避できるという触れ込みで、
       悪い風習、多分飲酒が、紀元前2世紀頃に大いに広まったのだそう。

       おまけに女性や奴隷も参加できたので、
       ひょっとして人種混合の性的交わりを行う秘密宗教団体では、と
       ローマの上院は許可なしの宗教集会を禁止、
       違反者は死刑、とのお達しも出たそうですが、
       ポンペイではまるで関係無しに続けられていたそう。

       近年フランスの歴史家 Paul Veyne なる人が
       この絵に新しい意味づけを与える発表をしているそうで、
       比較する為にも、こちらの見方も一緒に書きますね。

       彼によると、この絵画は宗教儀式にはまるで関係なく、
       裕福な家庭の娘の結婚式の準備を描いたものだそうで、
       この場面は、
       花嫁の弟が、古典の文章に集中している姿で、
       後ろに座っているのが家庭教師で、手に巻物を持ち、
       左側に立っているのが少年の母親で、
       学問の進み具合を吟味していると。

       右端のお盆を持っている女性は、
       従来の説では、春を現わす女性が聖なるパンを備える、とし、
       フランス歴史家説では、女性は奴隷で、婚礼の良き印としての
       ゴマの入ったパンを、招待客に運ぶ為に持っている、と。



       II. 従来説、左から夏、冬、秋を現わす女性で、(写真ガイドブック)
       右の秋を現わす女性が(この絵では切れていて)
       下の絵の左端に見えますが、お盆に水を注いでいる所で、
       真ん中背中の女性が巫女である、と。
       すんまへん、書いている私もこの辺りの説明が良く分からず・・。
d0097427_192369.jpg

       仏人説では、水を注いでいるのは、婚礼の水浴の為であると言い、
       実際ローマ人の風習では、婚礼の初めての性的交渉の前に、
       宗教的な水浴をする事が行われていたとか。



       III. と IV. ギリシャ神話の森の神、ディオニュソスの従者の
       半獣神シレノスが竪琴を弾き、奥の笛を吹いているのは、
       女性の羊飼いで、羊飼いが山羊の子に乳を与えている場面。(写真サイトから)
d0097427_1925712.jpg

       仏人説、この音楽家は婚礼の為に雇われた事を暗示していると。

       右端の女性が驚いた仕草と顔で、大きくマントを広げ逃げる様子ですが、
       次に見える少年が掲げる芝居の面に驚いている、と言い、



       V. と VI.左場面 別のシレノス、頭に蔦の冠を被り座っている、が、
       仲間の若いサーティロ(上記)に、カップからワインを飲ます
       または若者がカップの底を覗きこんでいる、
       後のも一人のサーティロは、半ば冗談で面をかざし、(写真ガイドブック)
d0097427_1982562.jpg
      
       いずれも大体似たり寄ったりの説で、

       右半分が一番剥落部分が多いのですが、
       ディオニュソスが既にサンダルを片方脱ぐ程に酔い
       アリアドネーの膝に寄り掛かっている、という図で、
       この場面は部屋の一番正面に当たり、宗教的儀式の始まる
       鍵になる場面だというのですが、

       仏人説は、ディオニソスは酔う程に愛人のアリアドネーを
       愛していて、自分よりも高い位置に彼女を置いているのは、
       花嫁の幸せと子宝に恵まれる事の暗示であると。


       
       VII. 真ん中の跪いた女性が儀式で
       ファッロ・Fallo という自然活動の源を示すシンボルである棒を
       取り出し、籠に入れるという場面なのだそうですが、
d0097427_1984626.jpg

       ファッロという言葉はもっと直接に男性のシンボルをも示し、
       絵が見難いのとで、・・よう分かりまへん。

       右に見える羽のある女性が鞭を振り上げている姿が、
       この場面の中寄りに見えるのが、私には一番分からなかった部分ですが、
       この中央の膝まずいた女性に属するのではなく、
       次の場面の左側に繋がると知り、納得。
       ・・位置配地をもっと上手くしてくれぇ、と内心文句、ははは。



       VIII. 左側、鞭うちされた若い女性が、庇護を求めるかのように
       腰かけた女性の膝に蹲っており、
d0097427_199347.jpg

       伝統的解釈では、ディオニュソス礼拝の宗教団体では
       (新入会者には?)鞭打ちは一般的な事だったと言い、

       仏人説では、この若いヌードの女性は、
       新婚初夜に恐怖を抱いたのだと言う解釈で、

       続いてヌードでタンバリンを持って踊る女性の後ろ姿があり、
       その背後に杖を支えている女性姿。

       ・・う~ん、この辺りの事情背景が分かりませんねぇ。
       後ろの女性が支えている杖は、正面の酔っぱらったディオニュソスの
       膝に寄り掛からせているのと同じ様ですし・・。
       

       
       IX. この場面はいずれも同じ様に、花嫁が婚礼の準備で、
       伝統にのっとって髪の毛を6つの房に分けている所であると。
d0097427_1992690.jpg



       X. 家の女主人であると言い、最近の説では
       娘の婚礼準備を援ける母親、とも。
d0097427_1994087.jpg

       この絵は、入り口の右手前壁にある様で、これは見ていないのです、
       残念、前の方を見たいばかりで気が付きませんでした。

       という事で、絵の背景については確かな事は分かりませんが、
       いささか神秘的で舞台運びの様な素晴らしい絵と、
       それを愛でるだけで良いのかもですね。

       所で、この部屋はtriclinio・横臥食堂、つまり
       ローマ貴族が横になりつつ食事をする部屋だったと言い、
       こういう絵を見ながらの食事、
       う~ん、優雅というかなんというか、凄いですねぇ!

       
       そしてこの背景に使われている赤色、
       ポンペイの赤、と呼ばれる有名な赤色ですが、
       こうして写真が変わるだけで、随分と発色具合も違いますが、
       どんな画材で、どんな描き方をしていたのかも気になりまして・・。

       ポンペイの赤、で検索をかけて出るのがこの赤
       随分と上の色と違います。
d0097427_1995859.jpg
       
       写真の色の発色は、隣に来る色、全体の暗さ明るさに因って
       大いに変わりますし、カメラによる違いもありますね。

       色の元を調べると、最初は辰砂を使っていたのが、
       この鉱石は水銀を含む事から体に悪いのと、大変高価な事から、
       朱に近い色から弁柄色までの自然界の色を使用するようになり、
       色の名で言うと、ロッソ・イングレーゼ・rosso inglese、
       エマティーテ・ematite、テッラ・ロッサ・ディ・ベローナ・
       terra rossa di Verona、そしてオークラ・ロッサ・ocra rossa 辺り、

       それに土地の特有の赤色があるので、それらを混ぜていたのではないかと、
       つまり実際に見た赤色は、上で見る色よりもも少し明るい印象が
       ありましたので。
       

       と、つい最近の学者の研究発表で、ポンペイの赤は
       オリジナルは黄色で、噴火のガスの影響で赤になった、と
       いうのがあり、かなりの反響を呼びましたが、

       今迄あれこれご覧頂いた中でも黄色と赤の差は明確に分かりますし、
       黄色であったというのであれば、どの種類の黄色が赤になるのか、
       その辺りが知りたいですね。

       と、肌色との関係から、黄色という背景はかなり難しいのではないか、
       背景が赤である事を初めから決めていて、肌の色があるのではないかと、
       あれこれ考えますが、
       途中であれこれ研究発表の資料もファイルしましたので、
       またじっくり読んでみたいと思っています。

       cuccciolaさんが、この発表についてこちらに
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3037807.html       


       次に描法ですが、通常のフレスコ画では出ない艶があったのは
       自分で見ましたので、これについてもあれこれと。

       日本の方のブログで、
       石灰とロウを加えた石鹸水に色を混ぜて絵具を作り、
       鉄ごて、大理石のローラーや磨き石等で描いた絵を磨き上げ、
       最後に布でつやだしをする、
       と書かれているのを何件か拝見しましたが、

       当時はまだ石鹸が使用されていない時代であり、
       石灰とロウを加えた石鹸水で色を混ぜる、というのは
       顔料を使ってテンペラを描いていた身には、
       どうもピンと来ず、
       磨き石などを使えば色が剥げるであろうし、と、
       どこかに描法が無いかと探し回って、これかなと思うのを。

d0097427_1911785.jpg


       エンカウスト・Encausto という古い描法で、
       大理石、壁、木材、テッラコッタ、象牙などにも描いていて、
       顔料をチェーラ・プーニカ・cera punica という蜂のロウに溶かし、
       これは粘着性を持たすためで、
       この液を火鉢の中に入れ温めて置いたのを、筆、またはヘラで描き、
       その上から金属製の工具で押さえたのだそう。

       チェーラ・プーニカという蜂のロウ、蜜蝋は、
       ほんの少し鹸化し、これが顔料をすべらかにし仕事をし易くすると。

       ですからフレスコ画というよりテンペラ画描法に近く、
       (この違いについては下に)
       仕上げも、乾いた後に少しの油を混ぜ溶かした蜜蝋を上から塗り、
       温めた工具などで温めてロウを滲みこませる様にし、
       仕上げは適温の布で艶ぶきをしたのだそう。

       この描法は既にギリシャ時代に確立されており、
       ポンペイの壁もこの方法であると。

       フレスコ画というのは、壁にした下塗りの乾かない内に
       絵具を水で溶いて描き、
       テンペラ画というのは粘着性のある卵の白身、黄身などを
       媒体にして描くもので、他にも媒体はあれこれありますが、

       時代が下がり、かのレオナルド・ダ・ヴィンチ
       フィレンツェのヴェッキオ宮の壁に試みて失敗したという、
       アンギアーリの戦いの図は、フレスコ画に
       多分このエンカウスト描法を取り入れようとして、
       失敗したのであろうと。

       「アンギアーリの戦い」始末記と、その周辺もろもろ
       http://italiashio.exblog.jp/14885331

       つまり、日本の方のブログで拝見した描法や仕上げは
       結果的にまるで違っていた訳ではないのですが、
       かなり短絡的で、疑問を持ったのが逆に私には幸いで、
       レオナルドの戦い図の失敗原因にも、納得もでき、
       あれこれ知るチャンスとなりました。

       エンカウストの描法についても、もっと細かい方法も
       見つけましたが、ここではパスしますね。
       
       蜜蝋で作った蝋燭は、中世市などで見かけた事があり、
       これは灯しても煤が出ないのだと、聞きました。

d0097427_19112920.jpg


       さて、これでポンペイの遺跡、最後の秘儀荘の壁画についても
       なんとか書き終え、ちょっとホッとしています。

       長い拙いご案内にお付き合い下さり、本当に有難うございました!
       興味を持って書いたのが上手く伝わり、
       皆さんも楽しんで下さった様にと願っています!


      ***
       最近家のインターネット接続が、クリスマス前のせいか、
       はたまた私めのPCが、酷使にそろそろの黄信号を出し始めたのか、
       何やら恐ろしい気がしておりますが、
       まったく作動しない時が多くてハラハラ、
       明朝するつもりの予告更新が、上手く行きますように!

       ・・はぁ、遊びのお誘いが入りまして、予約投稿をしてお出かけを。
       ですから、必死で纏めたのですが、
       なに、近くの散歩とお昼をご馳走になりにね。
       ええ、お天気も良さそうで、
       家の掃除もほったらかしで、はは、出かけて来ま~す!
   
       
       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-18 23:40 | ・ナポリ・アマルフィ Napoli e | Comments(8)
2011年 12月 17日

   ・・・ n.5-1 ポンペイ遺跡 ・ 秘儀荘 その1 ・・・

d0097427_19173881.jpg

       さて、困りました!
       ポンペイ遺跡のご案内は5回、最後は「秘儀荘」と決めていたのが、
       ・・いや、正直に申し上げますと、もう1回位は落ち穂拾いと称して、
       はは、パスしているのを後から追加させて貰っても良いなぁと思いつつ、
       所が幾ら削っても、一応自分が納得できるご案内を、と思うと
       秘儀荘の写真は40枚を超え・・。

       辻褄を合わすのに無い知恵を絞り、亀の甲より年の功、
       遂に5の1、5の2と分けてご覧頂こう、と当たり前に ははは、
       決めまして、今日は秘儀荘のその1を

       市壁の外にある大きな屋敷ですので、
       あの有名なフレスコ画の部屋は最後の最後で明日という事で、
       今日はあの部屋に至る前奏曲、という事でご覧下さいね。

       上は、買って戻りましたガイドブックの表紙なのですが、
       遠くからの肉眼では到底見れない描法が、
       手首から二の腕、奥の女性の胸辺りにもハッチング描法、
       線を並べて描く事で明暗を付ける方法が見え、
       何となく嬉しくて、トップに。


       地図をどうぞ
       もう何度かご覧頂いてますから、位置関係はお分かりですね、
       右下角がフォーロの北端で、15が先回のテルメになり、
       ここからずっと町の北西を辿り、
       秘儀荘は町の城門外約800m の30に。
d0097427_1918213.jpg

       27にエルコラーノ門・Porta di Ercolano があり、
       そこからの緩やかな下り坂はヴィア・デッレ・トンベ・Via delle Tombe
       つまり墓地の中を通る道なのですが、
       大きな記念墓みたいなのや祠があったりで、
       寂しいとか怖いよりも、見せびらかしのお墓の展示通り! 



       その道を過ぎると、如何にも長閑な畑の道になり、
       快晴の春の一日、レモンがたわわに、花も咲きかけ・・ 
d0097427_1918174.jpg



       こちらが秘儀荘の上からの眺めで、 (ガイドブックより
       右に階段が見えますね、
       あそこに町からの道が続き、現在の入り口
d0097427_19183265.jpg

       建物上側の緑に覆われている部分に、元の玄関口があった様ですが、
       未だ発掘が全部済んでいないのだそうで、  
       こちらに墓地からの道が通っていたと言います。

       こうして見ると中庭を囲み回廊が廻り、
       中庭に雨水の貯水池を作っていたというのが良く分かる
       屋根の勾配です。 



       建物の平面図を
       上でご覧の様に、紀元前2世紀に建設されたという四辺形の
       大きな建物で、
d0097427_19184813.jpg

       町中の喧騒から逃れる為と、周辺の農産物の生産管理の為
       ・ポンペイ周辺ではオリーヴやワインの生産が大変盛んだったそうで、
       実際にこの家の北側部分に、葡萄の絞り器が備えられていますが、
  
       町のお金持ち達が、こうして町はずれの眺めの良い土地に
       ギリシャ文化風を持ちこんだ別荘を建てたのだそうで、
       この家も所有者の名前は分かっておらず、
       管理人の名が封印から判別されているのだそう。

       海の見える素晴らしい眺め、とあるのですが、
       この出口・Uscita の向こうにはホテルかレストランが出来ていて、
       海が見える、というのにはまるで気が付かず!

       この図の緑の矢印が入り口で、ぐるっと回り、
       右下の5.Sala del grande affresco というのが
       あの素晴らしい絵のある部屋ですが、

       とにかくあっちこっちと廻り歩き、部屋数も多く、
       自分の位置が良く分からないという状態で・・、



       まずは、町の城門から出てずっと道を辿り到着すると、
       大きなロッジャがあり、こんな感じ。
d0097427_1919893.jpg



       円柱代わりというか、こんな石と煉瓦の柱が並び、
       この斜めに組まれた四角い石が面白いでしょ?
d0097427_19192461.jpg



       こちらは同じ屋敷の出口辺りで見かけた壁ですが、
       ポンペイで今回何度も見かけたこの斜め石組み
       今迄見た事が無かったので、気になり調べました。
d0097427_19193827.jpg

       紀元前2世紀頃に、ローマ人は所謂ローマン・コンクリート
       呼ばれる、セメント工法とでも言う物を発明し、
       これが大規模な建物建設に大いに貢献したのですね。

       セメント工法と言っても現在のセメントとは違い、
       モルタルに近く、粗石や砂、石灰を混ぜて水で練った物の様で、
       
       この工法を使ってサイコロ石を斜めに組んだ物で、
       煉瓦と混ぜて上の写真の様に組んだり、煉瓦を間に挟んだりで、
       斜めの方法を、網目、または格子組み・Opera reticolata
       煉瓦と混ぜた方は、ミックス組み・Opera mista と呼び、
       通常はこの上に上塗りをしたり、という使い方だったと。



       こちらは、61の台所部分の窯で、
       この部分は露天の、つまり屋根が無い場所だった様子。
d0097427_19195574.jpg



       そして、48-9の葡萄絞りの部屋
       長い太い丸太を梃子に使い葡萄を絞っていた様で、
d0097427_1920937.jpg



       丸太の頭が、こんな風に雄羊の顔になっていて・・!
d0097427_19202279.jpg

       首のロープが、天井の滑車を通り丸太の真ん中にある輪に繋がり、
       頭の脇にある歯車を回す事により、雄羊の頭が上下し、
       それで絞り箱の重しの調節を、という様ですね。

       そして当然この周囲には、ワインの貯蔵庫もあり、
       道に面した辺りでは、屋台店にもなっていた様子と。




       この部屋というか、多分中庭、貯水池がある部分       
       64.Atrium 中庭・ロビーと。
d0097427_19203859.jpg
       
       この奥に、16本の列柱に囲まれた一番大きな中庭があるのですが、
       なぜか写真が無く・・! 



       これはガラスを当ててあり、見難くて申し訳ないです、
       面白い落書きがありましたので、 ・・ここの北の壁に当たると、
d0097427_1920533.jpg

       線だけ抜き出したのがガイドブックにあり、
d0097427_19211362.jpg

       頭に月桂冠を載せたルーフス という人物の戯画で、
       というのも上に Rufus est・ルーフスだよ
       と書いてあるのだそうで、ははは。



       62.の小さな中庭
       現在はこうして木が生えていますが、当時は天水池だった訳で、
d0097427_19213337.jpg



       2.Tablinum・食堂、後には応接間となった様で、
       多分、この部屋の装飾で、黒い背景にエジプト風模様。
d0097427_19214771.jpg

       
       ポンペイの壁画は、時代に因る4つのスタイルに分けられると言い、
       ですがこれは大まかな流行とでも言うか、
       時代に寄る家の改修修復もあり、同じ家の中にも
       幾つかのスタイルが混在しています。

       1.紀元前2世紀から前1世紀の中ごろまで
         艶のある化粧漆喰の上から大理石模様を描くという様な形
       2.前1世紀の中ごろから、1世紀の初めまで
         遠近法を用いた騙し絵的な部屋を広く見せる形、
         神話や英雄の話も登場し、色も多彩
       3.1世紀中頃
         背景が黒で、人物像も浮き立つ装飾的な物。
       4.62年の地震の後から、79年の町の最後まで
         地震の修復という形もあり、第3の技法に
         もっと装飾的要素を加えた華やかな形。

       という特長だそうで、この食堂の装飾は第3のスタイルという事に。 



       これはどの部屋か記憶にありませんが、
       あのぅ、この部屋の隅にあるのは、朝顔?!
d0097427_192275.jpg



       部屋の床モザイクですが、縁には黒色が使われていますが、
       柄の部分は片を入れずに作った柄で、洒落てますよね?!
d0097427_19223973.jpg



       16.Cubiculm・寝室 
d0097427_19255043.jpg

       こんな虻蜂取らずの馬鹿みたいな写真で済みません、
       なにせ部屋が閉っているのを、色と柄に魅かれて
       隙間から狙ったもので・・、

       こちらはガイドブックからの写真で、
       ここは第2のスタイル、遠近法を使って色も華やかな、
       と、覚えたてをご披露して、ははは。
d0097427_192697.jpg

       遠近法が中世の絵に登場していると、
       何か偉い発明みたいに言及されているのですけど、
       なんの事はない、2000年前に既にあったのですねぇ!



       ここからの3枚は、6.Oecus・セコンド という名の、
       どうも第2の応接間だった様子で、
       この部屋の騙し絵的遠近法と、黒い背景の植物
       すっかり魅せられたshinkai。
d0097427_19262759.jpg


       とりわけこの植物の葉!
       まさに日本の襖絵を思われません?!
d0097427_19264015.jpg
       
       黒い背景に白い葉が流れ、赤の縁取り、
       そして隣に黄金色を思わせる黄色。
       まさに簡素にして優雅な職人の美意識!



       そしてもひとつ、同じ部屋の騙し絵の扉ですが、
       この透かしを思わせる部分に、
       日本の矢羽根模様を思い重ねました。
d0097427_1926585.jpg

       こんな遠い場所の、しかも2000年も前の家の装飾に、
       日本を想い起こす色柄があるのが不思議な気もしますが、
       洋の東西を問わず、あれもこれも似た物があるのは
       既に何度も経験済みで、
       人間の感覚、感情はどこかでみんな同じなんだという
       想いをまたも再認識した事でした。

       という所で、これで今日の区切りとしてアップ、
       明日いよいよ、あの壁画を見て頂く予定ですので、

       お楽しみに、よろしくどうぞ!

 
       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*
       

by italiashiho2 | 2011-12-17 23:41 | ・ナポリ・アマルフィ Napoli e | Comments(6)
2011年 12月 15日

   ・・・ n.4 ポンペイ遺跡 ・ アポロ神殿、テルメ、牧神の家 (追記を)・・・

d0097427_2327793.jpg

       さて再び、ポンペイ遺跡のご案内を続けさせて頂きますが、
       今日はフォーロの南西にあるアポロ神殿、北にあるテルメ・公衆浴場
       多分ポンペイの住居では一番規模が大きいと言われる
       牧神の家を順に。
       という事で、ごゆっくりどうぞ!

       最初の写真は、ガイド・ブックからの写真でアポロ神殿


       そしてこちらは同じく、想像図をどうぞ
d0097427_23273478.jpg

       この神殿は、残っている装飾様式から見て、
       途中で改修があったにせよ、
       ポンペイにおける神殿の一番古い物と見られ、
       紀元前6世紀に溯るそう。

       周囲を48本の円柱回廊が取り囲み
       基礎が高く造られた神殿もコリント式円柱で囲まれ、
       手前に見える祭壇は、ローマ期以前の物という生贄台で、
       多分その後ろに白く見える円柱の事と思うのですが、
       日時計が上にあるそう。
   
       手前右に見える像は、弓を引くアポロ像で、 


       現在はこんな様子。
d0097427_23275659.jpg

       若くすらっと美しい体の線で、
       後ろから見た時は一瞬女性像かと思ったのですが、
       前に回ったら、・・はは、違いましたぁ。



       円柱が取り囲む回廊の左側の向こうは、フォーロがある位置。
       こんな風にフランスからの学生がたくさん居て、
       賑やかに見物、お喋りで・・、
d0097427_23281827.jpg



       アポロ像の向かい側に、こちらはディアナ像
       どちらも美しい像ですが、
       本物はナポリの国立考古学博物館にあるのだそう。
d0097427_232986.jpg



       今日のメニュー、地図をどうぞ
d0097427_23295147.jpg

        4.アポロ神殿・Tempio di Apollo
       15.公衆浴場フォーロ・Terme del Foro
       22.悲劇詩人の家・Casa del Poeta Tragico
       17.牧神の家・Casa del Fauno



       さて、15.公衆浴場フォーロ・Terme del Foro ですが、
       当時の人口12000人程だったというポンペイの町に
       テルメと呼ばれる公衆浴場がいくつあったかと言いますと、
       4つありました、(この数で間違いないと・・)。

       上の地図の中
       左端下 1.テルメ・スブルバーネ・Terme Suburbane
       40.テルメ・スタビアーネ・Terme Stabiane
          ここは町のテルメとしては一番古く大きく、ですが
          62年の大地震でかなりの被害を受け修復されたもの、
          また閉められたままになった物もあった様子で、
          この春も閉じられていたので、中庭越しの写真を先回に。
       35.テルメ・チェントゥラーり・Terme Centrali
          見ておりませんが、運動場として使われたという
          中庭の面積は一番の敷地。
       +、これからご覧頂く、テルメ・デル・フォーロの4つ。 



       テルメ・デル・フォーロの写真、サイトからをどうぞ。
       このテルメは小さめながらも保存が大変良く、
       そのエレガントな内部の造りが良く分かると言います。
d0097427_23302557.jpg

       が、内部が意外と暗く、全体を写した自分の写真が殆ど無いのと、
       公式サイトでも余り部分写真が見つからず、
       今回はどの部分に当たるのかを突き止めるのに往生しました!
       が、漸くに平面図があるのを見つけ、
       浴槽の形と、入り口があったという道路の名から判断し、
       なんとか間違いなくこの部屋です、とご案内OKかと。

       上のサイトの写真は、温浴室・caldarium とでも言う
       長方形の部屋の、冷水の出ていた部分
       この部屋の手前部分に、四角い熱いお湯の浴槽がありますが、
       これは後ほど。

       この所謂かまぼこ型の天井をイタリア語で「volta a botte」と
       いうのだそうで、これも分からず、遂に私設辞書ジュリアーナに電話、
       何の事はない、即教えてもらえましたが、
       それにしてもこの大きさの部屋に、
       こういうアーチの天井を架ける技術が既に紀元前にあった事に
       改めて驚きました。


      ◆ 追記です ◆
       とアップした後、サイトで大変分かりやすい平面図を
       見つける事ができましたので、ここに追加を。
d0097427_8321951.jpg

       1.男性用テルメ入り口
       2.脱衣所
       3.冷浴室
       4.適温室
       5.温浴室
       6.女性用テルメ(ピンク色の部分)
       7.中庭、運動場
       8.女性用テルメ入り口
     
 
 
       この公設テルメ・フォーロには男性用部分と、
       この部分はどのテルメでも大きく、施設も整っているそうですが、
       少し狭い女性用とが、中央にある焚口を挟んでありますが、
       今回は男性用部分のみを見て来たようです。

       男性用入り口は、施設の東と西、そして北の3か所にあり、
       この北の入り口には有料トイレがあったそうで、
       一方女性用の入り口は、北の1ヶ所のみで、

       まずいずれも脱衣所に。

       男性用の脱衣所にはどうやら衣服をしまって置く箪笥が
       備えられていて、その釘跡が壁に見えるそうで、
       明かり取りの上の窓には曇りガラスが填められ、壁の色は黄色に。



       そこから直接に温浴の部屋にも行けますが、
       まずは冷浴室の写真をどうぞ。
d0097427_233113.jpg
                 
       丸い大理石の段のある浴槽を囲む丸い部屋で、
       天井がやはり明かり取りになっており、

       この部屋を囲むこんな細かく繊細な装飾に魅せられました。
       動物や人間のなんと楽しそうに走り回っている事、
       そしてその表現の何と伸びやかに美しい事!
d0097427_23313684.jpg

d0097427_23315981.jpg

       ここの装飾は、40.テルメ・スタビアーネ・Terme Stabiane
       に、大変良く似ているのだそう。
       


       これはガイドブックからの想像図で、
       女性用部分の脱衣所の様子。
d0097427_23322694.jpg

       ここも天井がかまぼこ型で、床のモザイクは白と黒で、
       ギリシャ神話のトリトンとイルカ、蛸やウツボが描かれ、
       壁に見える棚に、衣類を置くように

       でその上に、スプーンが巻いたような形の装飾が見えますね、
       これは大理石にも彫り込まれたりする装飾模様ですが、
       元の形はストゥリージレ・strigile と呼ばれる金属製の物で、
       当時石鹸がわりに使用されていた油と軽石の粉を混ぜた物質を
       体から掻き落とすための物だそう。
       
       ほら映画にも、ローマ貴族がオリーヴオイルを体に塗って
       マッサージさせて、ヘラみたいなもので拭う場面がありますね、
       あれですね。

       という様な事をイタリア語の先生アンナリーザに話していましたら、
       そうそう、馬を洗った後にヘラで搔き落とすとすぐ乾くのよ、と、
       ははは、話が飛びまして、
       はい、彼女の実家はトロット競馬の馬を育てているのです。

       ねこ、ネコ、猫、馬、犬、そしてまた 猫 
       http://italiashio.exblog.jp/8173372



       こちらは男性用適温室・tepidarium の、素晴らしい装飾を。
       周囲の壁にはこんな男性像で仕切られた棚があり、
       ここに上に書きました軟膏類や浴用道具を置いた様子。
d0097427_23325935.jpg

d0097427_23332295.jpg


              
       そして小男性像の棚の上には、こんな素晴らしい装飾があり、
       これが全体を覆っていた様子をご想像下さいね。
       公衆浴場とは言え、この豊かさ!
d0097427_23334889.jpg



       この部屋も元々は壁も床も2重構造で、熱い空気によって暖められるのが
       このテルメの装置は最新式だったのが地震で壊れ、
       当時は部屋の真ん中に、寄贈された大きな火鉢があったそうで、
       これがその青銅製の火鉢
       脚の装飾、素敵でしょう?!      
d0097427_23341759.jpg

       

       で、最初にご覧頂いたサイトからの写真の、
       温浴室・caldarium にみえた冷水の出る円形の泉で、
       縁に見えるブロンズの文字は、
       誰それが幾らいくら寄贈した、という文字だそう!
d0097427_23344029.jpg



       こちらが部屋の奥にある熱いお風呂で、
       浴槽内には10人ほどが一度に入れる程、の大きさ。
d0097427_233517.jpg

       勿論この部屋も壁と床が2重構造で、
       焚口からの熱い空気が通って、部屋全体が温められていたといい、

       2000年前のこういった公衆浴場の設備に驚くばかり!
       冷水、温水の浴室も勿論、いわゆるサウナ式の部屋もあった訳で、

       その使用料金は見つかりませんでしたが
       ・どなたかご存知の方、お教え願います!
       そんなに高くはなく、大変に流行っていたそう。

       お風呂に行く時間は、
       多分午後の早い時間であったろうといい、
       ポンペイ市民は朝早くから仕事を始め、お昼過ぎには切りあげ、
       それから適当に運動し、浴室でサッパリと、
       という生活状態だったかもと想像でき、
       う~ん、快適でしたねぇ!



       ポンペイn.2の記事、アッボンダンツァ通りの所でも
       ちょっとご覧頂いた伝統的なポンペイの家の造りについて
       こちらの想像図をどうぞ。
d0097427_23353570.jpg

       町の北西部に位置する6区と呼ばれる地区
       テルメ・デル・フォーロや、次にご覧頂くファウナの家が7区で、
       それのもひとつ北側になりますが、

       この辺りが町で一番古い定住区だったと言い、紀元前4~3世紀、
       大きな家が立ち並ぶ地区だそうで、記録も残っていると。
       町の人口が増え、拡大し始めると南東部に広がりつつ
       家も狭くなり、各種民族の移住で特徴が薄れていく訳ですが、

       この想像図はローマ期におけるポンペイ風特徴を捉えた物で、

       入り口は、右端の中程の緑の扉で、
       ロビーに入り、中庭に。
       ここは天井部が開いていて、雨水を受ける為の四角な貯水池。
       その奥にいわば食堂、サロン部分があり、
       ここまでが所謂公的なと言える部分。

       その奥に円柱に囲まれた奥の中庭が広がり、
       果樹や野菜畑もある私的空間、という訳です。



       で、この形式を最大限にしている家が、
       17.牧神の家・Casa del Fauno
       地図で、南北に通る道いっぱいに広がる様子、
       約3000平米になる広さのご確認をどうぞ!

       紀元前120年頃の家で、2つのロビー、
       列柱に囲まれた広い中庭を2つ持ちますが、
       我々は家の裏口から入った形で、
       この脇には庭師の家などもあったのだそう。
       
       これは奥の広い果樹園を囲む円柱の列
d0097427_23361047.jpg



       円柱の柱頭飾り部分。
d0097427_23363846.jpg



       こちらが南にある玄関口で、こちらは閉められていた隙間から、
       この家の名の由来となった踊るファウノ像・Fauno・牧神
       最初の貯水池の真ん中に見えますが、本物はナポリの博物館に。
       高さは約80センチと。
d0097427_233716100.jpg



       これは家の前にモザイクで書かれたHAVEの文字。
       ラテン語で、いらっしゃい、の意味だそう!
d0097427_23373832.jpg
     


       ガイドブックからの写真で、正面玄関口からと、 
d0097427_2338054.jpg



       その想像図を重ねて。
       上のポンペイの家の一般想像図を見ながら、
       かっての豪奢な生活ぶりを、ご想像下さい!
d0097427_23382069.jpg



       こちらは、家の奥庭と中庭に挟まれたテラス部分にある
       有名なモザイク画で、本物は例によりナポリだそうですが、
d0097427_23385457.jpg

       アレクサンダー大王とペルシャのダレイオス3世の
       イッソスの戦い(紀元前333年)を描いたものだそうで、
       5,12 x 2,77 mの大きな物。
       到底自分が立った高さでは1枚に収まらず・・、



       この手前に倒れた馬の流れる血潮の表現などなど、
       表現技術の素晴らしい事!
d0097427_23391563.jpg




       全体図をサイトからの写真でどうぞ。
d0097427_23401750.jpg

       で、眺めていて例によって後から、アレッ!と気が付いたのは、ははは、
       左の落剥の多い中に運強く残っている男


       この方、これがアレクサンダー大王像として紹介される顔かたちで、
d0097427_2340383.jpg

       乗っている愛馬の名はブケパロスと言い、
       「大きな黒い馬で、額の星が牛の角の形であったことから「ブーケパロス(雄牛の頭)」
        ・・と呼ばれた。雄馬といわれるが語尾変化から雌馬ともいわれる。
        また伝説では星ではなく角が生えていたともいわれ、
        ポンペイでの絵にも角が描かれている」と日本版ウィキにありましたが、
       う~ん、馬体は茶色に描かれ、見えるのは角ではなく、耳ではないのかなぁ?!
       額には何か黒い色の柄が見えますけど・・。

       勿論、この戦はアレクサンダーの勝ちで
       2~3倍にも及ぶペルシャ軍を打ち破った、という勇壮なお話。

       ギリシャの絵画を摸したであろうというのですが、
       こういう逸話が屋敷のモザイクに選ばれ、かなりの技術者を使う、
       という事からも、この館の主の人となりが偲ばれますね。


       という所で、予定していた悲劇詩人の家がパスになりましたが、
       今回はこれで。
       次はいよいよ、予てからポンペイで一番見たかった
       秘儀荘に行く予定で、・・はい、しっかり読みますです!
d0097427_23442740.jpg

      

       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-15 23:49 | ・ナポリ・アマルフィ Napoli e | Comments(8)
2011年 12月 13日

   ・・・ 気分を変えて、・ ヴェネツィアでのひとこまを ・・・

       ポンペイの遺跡関係が4回続き、まだあと2回分、というので
       今日はちょっと一服、
       現代に戻り、ヴェネツィアで見かけたワン・シーンをどうぞ!

d0097427_124156.jpg


       上は、朝の大運河での一枚ですが、
       やはりヴェネツィアは被写体に困らない、
       逆にあり過ぎて選択に困る、という様子で、
       暖かい冬の一日をカメラ片手にうろつきたい、と
       改めて思った事でした。


       で、こちらが本日の主題、というか、おまけ式に、
       サン・マルコ広場近くで行き合わせた
       写真撮影中のモデルさん
d0097427_13987.jpg



       それがまぁ、ああた、
       ドゥカーレ宮からスキアヴォーニ河岸沿いに渡る橋、
       はい、奥上に溜息橋が見えるあのパーリア橋東詰め
       ヴェネツィアでも一番人通りの多い場所とも言える橋の、
       牢獄の建物の壁沿いでお仕事中でして、
d0097427_132272.jpg



       やはり目立つのですよ
       普通の女性の雰囲気とはまるで違いまして、
       うん?! あれはなんだ?! と
       この日手持ちのささやかな武器、コンパクトを取り出し、
d0097427_13424.jpg



       コンパクトのディスプレイというのは、
       なぜにあんなに見難いのでしょうねぇ、
       ・・と言うと、最近のはそんな事無いよ、と言われそうですが、
       ・・ですが私めのはいささか古いタイプになりつつあり、
       大快晴で殆ど見えないのを半ば勘で、
d0097427_14499.jpg



       橋の袂の方で、助手が「ノー、フォト!、ノー、フォト!」
       叫んでおりましたが、
       私からは彼が見えない位置でしたので・・、ははは、

       家に戻って見ましたら、折角の素晴らしい大きな胸が
       半ば隠れているのもありまして・・、ンもぅ、

       ですが、・・やはり大っきいなぁ!!
d0097427_143799.jpg
       


       こういうのを見ると、ワンちゃんともども
       うぉ~ん、うぉ~んと・・、ははは。
d0097427_145376.jpg


       二人でする一番いい事ごとは・・

       ははは、テレビでも放映されたという、残念、見ていません!
       ヴォダフォンのCMが
       リアルト橋南の広場に大きく出ておりましたので・・。
d0097427_151248.jpg


       さて、また元気を出して、
       頑張って参りましょう!!


       お陰さまで、
       このブログも、この12月で7年目に入ります。
       時にもっと長く続けておいでの方のも拝見しますが、
       我ながら良く続いている、と感心します。

       とはいえ正直な所、逆に今頃は、
       調べて知る事を楽しんでいる事も確かで、
       自分が旅先で何を見て来たのか、
       改めて知る事が大きな楽しみになっています。
      
       そして、
       おいで頂き、長いのを読んで下さる方々、
       コメントを残して下さる方々、
       励ましのクリックを押して下さる方々、
       イイネ! をポチっとして下さっている方、
       いつも本当に有難うございます!!!

       お陰さまで励まされ、
       楽しんで続けさせて頂いてます。

       この先また1年、
       どうぞよろしくお付き合い下さいませ!


       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

       

by italiashiho2 | 2011-12-13 23:36 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(2)
2011年 12月 10日

   ・・・ n.3 ポンペイ遺跡 ・ パン屋、ルパナーレ、フォーロ ・・・

d0097427_1511397.jpg

       ポンペイ遺跡のご案内の3回目、
       今日のメニューは、まずパン屋さんを、
       そして皆様お待ちかね(であろう)ルパナーレ、はは、
       はい、ポンペイの代名詞にもなりそうな有名な娼家を。

       そして、町の政治経済活動の中心広場で、
       庶民の集会場でもあったフォーロの周辺あれこれを。
       では、ごゆっくりどうぞ!

       上の写真は、フォーロの北側にある円柱の並び
       こうして見ると、北イタリアはフリウリのアクイレイア、
       ローマ遺跡ではローマに次ぐ規模、と言われる
       アクイレイア・Aquireia そっくり、と納得。

       アクイレイア ・ グラード  (グロリオーザさん)
       http://italiashio.exblog.jp/5037664

       アクイレイア ・ ローマに次いで栄え、そして衰退の町 
       http://italiashio.exblog.jp/5035705       

       アクイレイア その2 ・ アルティーノ 
       http://italiashio.exblog.jp/5035705



       地図をどうぞ
       先回は、40.公衆浴場スタビアーネまで
       ご覧頂きましたが、
d0097427_15121061.jpg
       
       38.パン屋・Panificio
       39.ルパナーレ・Lupanare 娼家
        6.フォーロ・Foro
        8.エウマキアの建物・Edificio di Eumachia
        9.ヴェスパジアーノ神殿・Tempio di Vespasiano
       11.市場・Macellum
       12.ジュピター神殿・Tempio di Giove
       13.穀物倉庫・Granai del Foro
       14.公共計量所・Mensa Ponderaria
       69.名誉門・Arco Onorario



       さて、日常生活に欠かせないパン屋さんですが、
       これはアッボンダンツァ通りで見かけた、小さなパン屋、
       手前に見える砂時計型の物が粉挽き臼で、右後ろにパン焼き窯。
d0097427_15123313.jpg


       
       こちらはパン屋の想像図
       38.パン屋・Panificio の写真に重ねた物ですが、
d0097427_15125463.jpg

       経営者は多分Popidius Priscusという人物で隣の家に住み、
       解放奴隷を使ってパン屋を営業していたと言い、
       これが当時は普通で、ポンペイの町に34軒あったそう。

       以前は小麦粉をそのままお粥式に食べていたものが、
       紀元前2世紀頃パンがローマ人の間に普及したのだそうで、
       窯は薪を燃やす現在とほぼ同じ形。

       ですが、粉はパン屋で挽いていたのですね。
       ご覧頂いた砂時計型のが粉引き臼で、下の基礎部分が地面に埋め込まれ、
       上から小麦をいれ、見えている穴に横棒を通し回す仕組み。
       臼に使われた石の材料は溶岩で大変固く、
       小麦を引いた時に臼自体の石が破片を出す事は無いのだそう。

       このn.38のパン屋には、品を売るカウンターが無いので、
       多分大口の顧客に売っていたか、
       または解放奴隷の徒歩販売を使っていたのだろう、と。

       当時のパンの形は、想像図の右の籠の中に見える
       丸くて8等分に分け目が入った形で、
       実際に炭素化したこの形のパンが発掘されているそう。



       で、40.公衆浴場スタビアーネ の西角の道を
       北に辿りますが、

       これは壁に嵌め込まれていた飾り
       単なるレンガ壁にしておかない美意識というか、
       こんな細工を頼める余裕があったというか・・。
d0097427_15132611.jpg



       この道は、横断歩道の石も2つと少し狭めですが、
       それでも建物脇の歩道はちゃんと設えていますね。
       で、この道の名は、ルパナーレ小路・Vicolo del Lupanare
d0097427_15134736.jpg



       39.ルパナーレ・Lupanare 娼家 でございます。
       近年修復されたという事で、2階部分もきちんしていますが、
       見学は1階のみ、
d0097427_1514777.jpg



       これはサイトからの写真で、入り口部分からの様子。
       写真に見えるよりも狭く、見学は入り口から奥への一方通行で、
       左奥の扉から外に。
d0097427_15143220.jpg

       部屋数は一階に5部屋とトイレ、2階にも5部屋、
       部屋の上部分に描かれているのが見える絵が、
       これがメニュー代わりだったと言われる、有名な物。

       最初は写して来たのを全部見て頂こうかと思ったのですがぁ、
       ・・まぁ、絵の保存も良く、良く写ったのを3枚どうぞ。
d0097427_15152993.jpg
 
d0097427_15155472.jpg

d0097427_15161591.jpg
      
       女性がブラジャーというか、ビキニの上みたいなのを
       着けているのが興味深いですね。    

       ルパナーレの名の由来ですが、ルーパ・雌狼というのが、
       ラテン語で売春婦を意味するそうで、

       ポンペイの町には、約25の娼家があったと。
       人口約12000の町にしては数が多いといい、
       う~ん、私めには多いのかどうか見当が付きませんが、
       まぁ、人の往来の多さもあったかも知れず、
       きちんと届を出していた、という事かも知れず・・。

       大概が食堂の裏や2階の一部屋が充てられていた規模だそうで、
       ここのは、きちんと組織された物なのだそう。

       経営者の名も分かっていて、アフリカーノ・Africano と
       ヴィットーレ・Vittore といい、
       2人で運営するこの宿は大変繁盛していたそう。


       小部屋の中の様子をどうぞ。
d0097427_15165145.jpg

d0097427_15172154.jpg
       
       狭いのと、2枚目のなんぞは体の筋でも違えそうな狭さ!
       と、絵にある様な柔らかそうなベッドではなく、
       壁と同じ様に石造りなのに驚き!

       で、この上にマットレスを置いていたそうで、
       部屋の木の扉には、女性の名と、メニューの値段、
       そして現在使用中、の札があったのだと。

       働く女性たちは奴隷身分の、多くはギリシャとか中近東からで、
       そして自由民の売春婦もいて、
       ここの2階の部屋は、狭い外階段で直接テラスに上り
       そこから各部屋にという造りになっていて、
       部屋も下よりも広く、メニューの絵もない、
       つまり1階より少し高級な貸し部屋になっていたのだそう。

       で、そのお値段ですが、2~8アッシ・assi だったと言い、
       ワイン1杯が1assiと言うので、
       ・・あのう、値段安すぎませんかぁ?!と言いたくなりますが、
       おまけに奴隷身分で、稼ぎは全て主人の懐に入ったのだそうで・・。

       アッシという貨幣単位ですが、
       先回簡易食堂テルモポーリオの所で、
       カウンターの壺の一つが売り上げの金庫代りにされていて、
       683セステルツィ(Sesterzioの複)入っていたと書きましたら、

       ophthalmosさんが、1セステルツィオが大体現在の価値で400円程度、
       最上級のワインが1杯飲めたそう、と教えて下さって、

       
       アッシ(asseの複)との関係を調べましたら、
       サイトにこんな分かりやすい図を見つけました。
d0097427_15174949.jpg

       ウィキペディア様、いつも有難うございます!
       次回にも、僅かながら寄付をさせて頂きますですです。

       貨幣価値はその時代によってずいぶん違うにせよ、
       ローマ貨幣の価値関係は、4アッシが1セステルツィという事で、
       普通のワイン1杯が1アッセで、最上級が1セステルツィオ、
       というのも納得できました。

       が、それにしても女性の値段が安すぎる気がしませんかぁ??!!



       そして、かの有名な落書きですが
       これもサイトからで、勿論ルパナーレの壁の物!
d0097427_15182219.jpg

       少し訳してサイトにあるのを読んでいると、まったくもう、
       いつの時代の男性方も変わらぬなぁと率直な感想で、ははは、
       大いに笑わせて頂きました。

       確認されたのが134もあるそうで、
       中にはジュリアス・シーザー並みに、
       「俺は来た、やった、帰った」
       という知的なのもありますが、ははは、
       「俺の値段に、全部の男のも含めやがって」
       という文句もあったり、ははは、
       中には、その落書きにまた応えるのがあったりだそうで・・。

       まぁ、落書きでうっぷんを晴らせた、というのは、
       読み書き出来た、ということの証明でもありますね。



       最後のこれは、通路の奥にあったおトイレ
       下に桶でも置かれ、洗濯屋がリサイクル回収にね!
d0097427_15184622.jpg



       という所で、
       すっきりの青空、深呼吸をどうぞ! ははは。
       6.フォーロ・Foro に参ります。
d0097427_15193199.jpg



       ガイドブックより、フォーロの南側より全体を
d0097427_15195166.jpg



       そして、その想像図
d0097427_15201280.jpg

       正面奥が、12.ジュピター神殿・Tempio di Giove
       これは紀元前2世紀に建設の、町で一番大きな重要な神殿で、
       基礎部が高く、石段を上る様な造りになっていて、
       ローマ征服後も、カピトリウム・Capitolium と呼ばれ、
       ジュピター、ユノー、ミネルヴァの神殿となったものの
       重要な価値は変わらずにいたのが、
       62年の大地震で大きな被害を受け、まだ修復中だったと。

       フォーロ・Foro は、まさに町の行政経済、そして市民の集まる
       一番の中心広場で、38x142mの広さを誇り、
       周囲を円柱が立ち並ぶ回廊が取り囲み、
       その外側には、



       これは今回の最初に見て頂いた円柱の並びですが、
       右奥、東側にある建物は、11.市場・Macellum で、
d0097427_15215175.jpg



       中はこんな様子
d0097427_15221212.jpg

       手前に見える丸く12本の柱が取り囲んでい部分は、
       ここに円錐形の屋根のあった部分、東屋風かな、

       写真は入り口部分から右奥を見ていますが、
       あの右奥部分で、肉や魚を売っていたそうで
       反対側の左奥は、いわゆる皇帝に敬意を表しての宴会、
       皇帝が出席したか、またはその名において、でしょうね、
       宴会が開かれた場所の様。

       で、この今撮っている場所の左手手前に、建物部分があり、


       そこにこんな壁画が残っておりました
d0097427_15223747.jpg

       この下には、ガラスのケースに入った所謂人型、
       石膏を流して取った、という人型があり、
       私の感覚としてはブログに載せたくないので、失礼を。



       こちらは、フォーロの東南端にある
       8.エウマキアの建物・Edificio di Eumachia
       美しい入り口の浮彫。
d0097427_1523492.jpg

       このエウマキアというのは、巫女で洗濯場の持ち主だったそうで、
       洗濯組合の名で、この建物が紀元後に建てられ、
       ここも62年の大地震で被害を受け、修復中だったと。

       入り口や内部にも職業柄からか、皇帝家に繋がる彫像とかが
       置かれていたそうで、内部には円柱の立ち並ぶ回廊があり、
       建物は羊毛や布の倉庫に充てられ、
       また洗濯組合の事務所があったそう。

       という様な記述から、巫女さんでもお金持ちの事業家であり、
       職業による組合もあった事が分かりますね。

       そうそう、入り口の右側に壺が埋め込まれていて、
       そこで小用が足せるようになっていたと。
       ここのが、74年にヴェスパジアーノ帝(ウェスパシアヌス)の
       作ったと言われる有料の公衆トイレなのかどうか・・?

       所で有料というのは、現在の有料とは違いまして、
       つまり使用者が払うのではなく、はは、安心されましたか?!
       ・・いや、昔は良かったと現実に憤慨かな? あはは、
       脱線。
       集めた液を洗濯業者に有料で売っていた、という事でお間違いなき様、
       はい、貴重なこの液は漂白に脱脂に、大いに有効なのだそうで。
             


       こちらはフォーロ南西側に残る円柱の様子で、
       この後ろ側に 4.アポロ神殿 がありますが、
       この神殿については、また次回にご案内を。
d0097427_15234413.jpg



       14.計量所・Mensa Ponderaria
       フォーロの西にあり、市場も近く、公共の計量所。
d0097427_15241151.jpg

       ここは見ておりませんで、写真もサイトからですが、

       前2世紀の終わり頃より活動している計量所だそうで、
       それぞれの窪みが、示された分量に適確し、
       計った物は下にある穴に移すようになっていたそう。

       イタリアの古い町の市場がある、あったという広場横には
       中世の計量基準みたいな物が彫り込まれているのを見かけますが、
       こういうのが紀元前からあったというのに、
       まぁ当たり前かもしれませんが、少し驚き。



       こちらは、フォーロの広場の東端にある
       69.名誉門・Arco Onorario の北側からの眺め
d0097427_15243996.jpg

       フォーロの北を占める主たる神殿・カピトリーナを挟み、
       この名誉門は西と東に2つあったのだそうで、
       皇帝家を寿ぐために建てられ、こちらはアウグスト門、
       西にはネロ門が。
       が、ネロ門の方は、68年に皇帝が亡くなった後
       後ろからの道の眺めを塞ぐ、とかいう理由で取り壊されたと。

       こちらのアウグスト門の方には泉があり、
       門の上にはティベリオ帝の騎馬像が上に載っていたそう。

       で、この門の北側を行くと、メルクーリオ通りに
       もひとつ門がありますが、
       近くからカリギュラ帝の騎馬像が見つかったそうで、
       カリギュラ門と呼ばれているそう。



       最後は、名誉門と奥にカリギュラ門が重なって見える
       フォーロの東側からの眺めをどうぞ
d0097427_15252082.jpg

 
      ◆*◆

       日本の師走ともなると、皆様あれこれ予定が詰まり、
       お忙しい事と存じますが、
       のんびり世間離れのブログに、ご訪問有難うございます!

       ポンペイ3回の予定を既に超え、すんまへん、
       あれこれイタリア語を読むのに少々疲れ、気分を変える為にも
       次回はちょっと現代に戻りまして、
       ・・何かはまたのお楽しみに、ははは、
       
       で、あとも1度は、ポンペイの家などのご案内、
       そして最後は、秘儀荘のご案内で〆たいと思っておりますので、

       お気抜きも兼ね、一服方々       
       もう暫くよろしくお付き合いの程、お願いいたします
       

       いつも有難うございま~す!
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-10 23:45 | ・ナポリ・アマルフィ Napoli e | Comments(6)
2011年 12月 07日

   ・・・ n.2 ポンペイ遺跡 ・ 野外闘技場と、店あれこれ ・・・

d0097427_23315741.jpg

       今春見て来ました、ポンペイの遺跡のあれこれ
       その中から今日ご覧頂くのは、野外闘技場と剣闘士のお話、
       アッボンダンツァ通りの飲み屋とクリーニング屋、
       そしてパン屋さん、・・と庶民の生活レベルを想像しつつ
       よろしくお付き合い下さいませませ!

       トップの写真は、サイトから拝借の野外闘技場・アンフィテアートロ
       ここは実際に見ておりませんので、
       位置とその大きさ等調べた事を、地図と共にどうぞ。

       建設されたのは紀元前80年から70年にかけてと見られ、
       正確な記録は残っていないものの、
       ローマ期に建設された野外闘技場の最古の物と見られると。

       大きさは長さ135m 幅104m、
       闘技場は土間の叩きというのか、打った地面のままで、
       ローマのコロッセオでも見られるように
       他の闘技場には地下室がありますが、
       このポンペイのにはありません。

       観客は、西側の外階段で中に入れる様になっており、
       上からすり鉢状の闘技場までは6mの高さ。
       楕円形に長い南北に2つの出入口が見えますが、
       片方は剣闘士たちの登場する扉で、
       もう片方は死者や負傷者を運び出す出口なのだそう。

       闘技場の周囲と観客席の境には約高さ2mの仕切り壁があり、
       先回ご紹介の大小の劇場と同様、
       下の最前列は町の政治家や有力者用、中央は一般庶民用で、
       最上階は女性用になっていたと。

       収容者数は16000~20000人と見られ、
       夏の厳しい陽射し、そして雨に備え、
       建築物全部を覆うテントが備えられていたそう!

       で、この闘技場で59年に死者も出る大喧嘩が発生。
       ポンペイよりも南、現在のサレルノ県に含まれるノチェーラ・Nocera
       の住民とポンペイの住民との間の事件で、
       ノチェーラが植民市に昇格し、ポンペイに含まれていた土地が
       ノチェーラ側に渡る事になり、これが不満の元となっていた様子。

       闘技が済んだ後、最初は悪ふざけ式に始まった物が
       石が投げられ、刃物が持ち出され、何せポンペイ人の数が優勢、
       相手方の住民の多くが惨殺されたと。
       で、議会はこの闘技場を10年間閉鎖する事、
       喧嘩を引き起こした者数名は所払いに処されたとか。
       ですが、3年後に大地震が起こり、
       その後の庶民への娯楽提供の必要もあったものと思いますが、
       この処置は取り消しになったそう。 



       野外闘技場の西側に大きな広場 61 が見えますが、
       真ん中にプールのある大運動場・Palestra Grande、
d0097427_2334119.jpg

       2000年前に、こういった設備が充実していたという事実に、
       まったく驚くばかり!


       地図に打った番号を、お目にとめておいて下さいね。
       野外闘技場の北に真っ直ぐ東西に抜ける広い道、
       これがアッボンダンツァ通り・Via dell'Abbondanza で、
      
       野外闘技場、運動場の上辺りに見える番号なしの緑の印
       ここに昨年崩壊した「剣闘士の家」があった様子で、
       今日ご紹介したい店は、この通りの並びにあります。



       これらは出土した、剣闘士たちの兜
d0097427_23343585.jpg

       彼らが奴隷の身分であったのは、映画などで既に
       皆さん良くご存じと思いますが、
       剣闘士にするかどうかの目利きの選抜を経て、
       多分体格的にも優れている若者達が選ばれたでしょうし、
       彼らが命をかけて戦いの技を磨き、闘技場に登場する訳で、

       残っているたくさんの落書きなどからも、
       奴隷ではあっても一種のスター、アイドル的存在で、
       女性たちも熱い眼差しを注いでいたのが、分かるのだとか。
       これは良く分かりますよね?!



       こちらは、こうであったろう、という想像図を
       実際の遺跡の写真に重ねた物ですが、
d0097427_23352385.jpg

       剣闘士たちのパレード、野外闘技場での戦いを終え、
       大劇場の近くにあった彼らの宿舎に戻るのに、
       このアッボンダンツァ通りを通ったのだそう。

       通常20組の戦いが行われたそうで、
       こうして宿舎に戻れるのは何人いたのか、と
       彼らの悲惨な生活に想いが行きますが、

       また逆に、市民たちが大いに熱狂した娯楽であり、
       熱い市民の声援を受けて、という状況で・・。



       こちらが現在のアッボンダンツァ通りの様子。
       ご覧の様に通りの両脇に広い歩道が付いていて、
       町の東西を抜ける長い通り。
d0097427_23355780.jpg

       上の剣闘士たちのパレードにも見える、通りの中の3つの置き石
       今、舗装道を歩くカップルの後ろにもちょっと見えますが、
       これがポンペイの有名な横断歩道



       この写真は別の道なのですが、分かりやすいと思いここに。
       石の隙間を荷車が通り、轍の跡も残っていて、
d0097427_23362613.jpg

       家の脇を通る歩道が道より一段高いので、
       歩道の高さのまま道を渡れるように、       
       多分雨振りの時にも足が濡れぬよう、
       そして、多分道路が下水の役も果たしていたのかもで、
       そう考えると、足を濡らさぬよう、というのは納得ですね。

       そして道の両脇、歩道脇が少し低いのは、
       雨の時など道の水はけを良くするために、という役割かも。



       もう一枚の地図をどうぞ
       真ん中を通るのが、アッボンダンツァ通りで、
       次に見て頂く場所を、
d0097427_2337858.jpg

       67.酒・簡易食堂、煮売り屋・Termopoli del Larario
       52.洗濯屋・Fullonica(detta)di Stephanus
       53.ララーリオ・ディ・アキッレの家・Casa di Larario di Achille
          ここは閉っていて、玄関先からの写真を1枚。
       40.公衆浴場スタビアーネ・Terme Stabiane
       39.娼家ルパナーレ・Lupanare

       こちらは見ておりませんが、何があるのかのご案内に、
       49.ギタリスタの家・Casa del Citarista
       50.チェイイの家・Casa dei Ceii
       51.メナンドゥロの家・Casa del Menandro



       
       では、67.酒・簡易食堂、煮売り屋・Termopoli del Larario
       を、現在の様子の上に加えた想像図でどうぞ。
d0097427_23373498.jpg

       この現在のスナック・バーとか、ファースト・フード店に当たる
       簡易食堂は、ローマ期の町のどこにもあったようですが、
       ここポンペイでは大変に繁盛していて、
       全部で89店を数えるのだそう!

       この様に店先にテラコッタの壺を埋め込んだカウンターがあり
       最初にこれを見たおっちょこちょいのshinkaiは、竈と思ったのですが、
       この壺の中に飲み物と調理済みの食べ物が入っていて
       客はこんな風に立ち食い、立ち飲みをするか、
       時に奥で、または店の表にベンチがあったりで、
       座って食べたり休んだりできるように設えられていたとか。

       Termopoli・温かい食べ物 という呼び名はギリシャ語からで、
       同様の店がローマ期の他の町では、ポピーナ・popinaとか
       カウポーナ・caupona と呼ばれていたのが、
       実際ポンペイの中でも、この名で残っている店を見つけましたが、
       テルモ―ポリというのが一番流行っていたとか。
       

       この店は正式には、Thermopolium di Vetutius Placidusという様で、
       呼び慣らされているLarario というのは、
       カウンター奥に見える祈祷所を模したフレスコ画からで、     
       
       こんな様子。
d0097427_2338334.jpg

       描かれている神々は、どれがと私には特定できませんが、
       家の守り神であるラーリ・Lari
       複数形でサイトの説明にあるので、2人描かれているのかも、
       商業の神のメルクーリオ(マーキュリー)
       ワインの神ディオニソス との事。
       下に見える2匹の蛇は、他の家の壁画でも見かけましたが、
       災厄を防ぐ印、だそうで、

       奥の部屋の壁の赤色がちらっと見えますが、
       こじんまりとした家主の家ながら、洒落た壁画があるのだそう。



       こちらはサイトで見つけた写真で、ポンペイではなく
       同じ様にヴェスーヴィオの噴火で埋まったエルコラーノ・Ercolano
       テルモポリウムの写真ですが、
       カウンターの壺の状態が良く分かるので、どうぞ。
d0097427_23383421.jpg

       こんな風に、飲み物や食べ物がカウンターの壺の中に
       保存されていた訳ですね。

       所でポンペイの上の店ですが、
       こうして埋め込まれていた壺の一つが、
       売り上げの金庫代りに使用されていたそうで、
       中には683sesterzi(単位が分からず、残念!)残されていたそう!

      ◆追記です

       ophthalmosさんがコメント欄に教えて下さった所に因ると、
       1sesterzioが大体現在の価値で400円程度との事で、
       となると683X400=273200円?!

       かなりの額ではないですか?!
       ええ、食べ物商売は流行ると大きいとは言いますが・・!



       こちらは同じアッボンダンツァ通りにあるテルモポリウムの一つ、
       ここは修復で閉めておりましたが、
       こんな風に壁に書かれた、選挙用のスローガンで有名なのだとか。
       まるで読めず分からず、残念!
d0097427_2339039.jpg



       53.ララーリオ・ディ・アキッレの家・Casa di Larario di Achille
       ここは閉っておりまして、玄関先からの写真を1枚
d0097427_2339243.jpg

       中には素晴らしい壁画がある様子です。

       入った所に見える掘り込んだ池ですが、
       その部分の天井が開いておりますね。
       で、ここから振り込む雨水を池に貯め、使用していたのだそう。
       
       そしてそのまた奥に内庭が見えますが、
       間口はそう広くなくとも奥が結構長く続き、
       そんなポンペイの家の造りについては、また別の機会にご説明を。



       こちらは家の名が分かりませんが、やはり上と同じ様な造りで、
       手前に貯め池、部屋があり、そしてその奥に内庭と。
d0097427_23401429.jpg



       さてここから、52.洗濯屋・Fullonica di Stephanusで、
d0097427_23404044.jpg


       以前あった家を改装し、1階部分は洗濯の仕事場に、
       2階部分が住居と、洗濯物の干し場に充てられていたと。
   
       1階の中庭部分にかなり大きな天水用水槽があり、
       周囲の壁に赤色が見えますが、この水槽も装飾されていて、
       最初は、工房に置かれた水槽に装飾? と少し驚いたのですが、
d0097427_23412388.jpg

       左側の赤壁に装飾が少し見えますね、
       後ほど他の装飾と共に見て頂きますが、
       ですからこの部分は仕事場というよりは、住居部分の内庭で、
       この水槽も家庭用という事なのかもですね。



       水槽の中側はこんな風で、かなり深く、
       底部分に傾斜が付けられているのが見えます。
d0097427_2342585.jpg



       想像図をどうぞ
       但しこれは、染色屋も兼ねた店の様子で、
d0097427_234241100.jpg

       当時のポンペイにあって、洗濯屋とその関連業
       かなり活発な経済活動をしていた職業だそうで、
       生の羊毛を洗う工房が13、
       紡織と織りに携わる業者が7、
       染色が9つ、
       そして洗濯屋が18軒あったと。

       アイロンはまだ無かった時代ですから、圧搾して絞り、
       それを干していた様子で、
       食べ物に関してもそうでしたが、まだこの当時、
       大きな洗濯物は家庭内では大変だったのでしょうね。



       で、このステファヌスの洗濯屋ですが、
       中庭の奥に大小一連の水槽類が備えられており
       あっち側からとこっち側と両方ご覧下さいね、
d0097427_23435957.jpg

d0097427_2344259.jpg

       この水槽内の水とソーダを混ぜた液の中に浸け
       足で踏んだ様ですが、
       当時はまだ石鹸は存在せず、ソーダ、または
       なんとおしっこを使用していたと!
       含まれるアンモニアが油脂分除去に効果的なのだそうで、

       この「貴重な液」を収集するのには、ははは、
       食堂とか公衆建物の前に、それ用に桶かな、壺かな、を備え、
       それを集めたのだそう。
       ええ、まぁ、公衆衛生にも役立つエコロジー作戦、
       リサイクル活用ではありますねぇ。



       ここからの何枚かは、この洗濯屋ステファーヌスの家の壁
       見つけたフレスコ画で、大変に洒落た美しい物。

       ポンペイの壁画の種類は、4種類に分類出来るそうですが
       それもまた秘儀荘の時にでも、という事で、
       ここでは、先ずご覧下さい。
d0097427_23451794.jpg

d0097427_2346854.jpg

       シンプルな装飾から、神話的人物像
       そして鳥、動物、植物と、装飾性と色に驚きます。
d0097427_23464029.jpg

d0097427_23471191.jpg

d0097427_23473916.jpg



       こちらは、アッボンダンツァ通りに面してあった顔
       案内板の大きさと比して、小さいのがお分かりでしょうが、
       何を現わすのか、なかなかユーモラスでしょう?!
d0097427_2348107.jpg



       これは、40.公衆浴場スタビアーネ・Terme Stabiane
       閉じられておりまして、こうして広い中庭越しに。
d0097427_23483989.jpg

d0097427_2349895.jpg

d0097427_23493910.jpg

       中庭で運動した後、さっぱりと汗を流し、
       マッサージを受け、という当時の生活だったそうで、
       ・・う~ん、今より快適さを享受していたかもですねぇ!



       パン屋さんが次回送りになりましたが、
       最後に、皆様お待ちかね(であろう)ルパナーレ
       これも次回送りになりますので、申し訳に、はは、
       かの娼家の案内板をちらっとね。
d0097427_2350431.jpg

       ルパナーレの訪問は、1度に10人以上は入れません
       訪問者は、どうぞ順番をお待ち下さい

       ・・部屋数も、確か1階2階ともで10部屋だった筈で・・、
       これはユーモアかなぁ?! ははは。
       ともかく、現在は中が立て込んでおりますゆえ、ははは、
       もう少しお待ち下さいませ、ませぇ。


       いつも有難うございます、お世話様です。
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~~す!

          人気ブログランキングへ
          
          人気ブログランキングへ     

          にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ

          にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ

          

          blogram投票ボタン


   *・*・*・*・*・*・*・*・*・*

by italiashiho2 | 2011-12-07 23:50 | ・ナポリ・アマルフィ Napoli e | Comments(6)