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2012年 03月 27日

   ・・・ n.2 サレルノの街、ちょっぴり旧市街とドゥオーモ ・・・

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       昨日に引き続き、サレルノの街のその2 をご覧下さいね。

       サレルノの街はナポリから南東に約55Kの位置にあり、
       電車で約40分程の距離。
       その心算はなかったものの、半日程の街訪問で済んでしまい、
       こうしてこれを書く為に改めて読んでみると、
       見所は他にもたくさんあり、少し残念。

       ですが、ドゥオーモ内には素晴らしいモザイクがあり、
       回廊も美しく、ゆっくりと見て回り楽しみました。

       まずはドゥオーモの中庭回廊からどうぞ
       上は、入り口扉から見る鐘楼。


       回廊の奥正面に聖堂建物
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       このサレルノの聖堂は建設が1084年で、アラブ・ノルマン方式
       呼ばれますが、アマルフィ沿岸各地で見られる物で、

       この辺りの歴史に疎いshinkaiでは、到底上手くご説明できませんが、

       サレルノは1076年、ロベルト・イル・グイスカルド・Roberto il Guiscaldo
       というノルマン出身の傭兵一家の一人に征服され、
       聖堂はこの時期に建設された物なのですね。
     
       彼は既に南イタリア一帯、プーリアからカラーブリアにかけての
       公爵領を異母兄の死後受け継いでおり、
       イル・グイスカルドというあだ名も、狡猾な、という意味を持つ男。

       彼らはノルマンディを、たった5人の騎士を抱える家来1人と、
       30人程の徒歩の傭兵を連れ出発、イタリアにやって来て
       放浪の山賊の頭首となり・・、と
       次第に大物の傭兵隊長となり、ついには一族で南イタリアから
       シチリアを治める程に成り上がったもので、
       彼らの様子もいつかじっくり読んでみたいという、
       好奇心をちょっぴり刺激された男の物語。

       南イタリアの人々は、ご存知のように黒髪で浅黒い肌ですが、
       そんな中に金髪で青い目の南イタリア人もおり、
       こういったノルマン征服の歴史を語ります。



       四角な回廊中庭は、ご覧の様に素晴らしい物。
       周囲を囲む回廊は2層式、石の嵌め込み柄のアーチ
       リズムを刻み、中央に泉があります。
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       回廊にはご覧の様に、ローマ期からの素晴らしい石棺
       数多く展示されており、
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       こちらは回廊の南側部分と、鐘楼上部
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       この聖堂は、「サレルノの天国」と称されている様ですが、
       こうして1000年に及ぶ歴史を持ち、
       その長い変遷の中で、次々に街の繁栄を背景に
       装飾が付け加えられて行った様子。



       聖堂への正面入り口、青銅の扉と
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       取り囲む大理石枠の、素晴らしい彫り
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       そしてその扉脇の、ははは、これは見逃せないライオン君達
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       内部の素晴らしいモザイク群をどうぞ
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       どれがどの礼拝堂の物か、すみません、
       モザイクの柄にばかり気を取られ覚えておりませんで、
       あれこれ探し、漸くに後陣部分の物とだけ分かりました。
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       が、受ける印象が古いビザンティンのモザイクにしては
       少し小奇麗過ぎる感じを受け調べましたら、
       やはり近年に作り直されたものだそう。



       こちらは説教壇なのですが、なんとも美しく、
       これを見た後は何も考えられず、満足して出てしまい、
       ロココ調とはいえ美しいクリプタのあるのも見逃したのでしたぁ。
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       説教壇は2つあり、こちらの大きな方が
       1195年作のD'Ajello、発音が分かりませんが作者の名前だろうと。


       細部をどうぞ
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       そしてこちらが小さい方の説教壇、1180年作の
       Guarna・グアルナの説教壇と呼ばれる物。
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       アマルフィの聖堂でも見たこのモザイク形式ですが、
       コズマ式と知り、そうご紹介しました。
       コズマ式、というのはローマのコズマ家が得意とした
       ビザンティン様式の抽象柄の装飾で、
       彼らが活躍したのは12~14世紀という事でした。

       所が今回出会った言葉はインタルシオ・intarsio、嵌め込み細工
       筆者によって選ぶ言葉が違うのか、と思いつつ読んでいて、
       上記した後陣部分の再建年代の辺りで気が付きました。
       
       この2つある説教壇は、聖堂が建設された1084年に近い
       1180年と1195年の作で、ビザンティン様式そのもの
       それを後にコズマ家一族が踏襲したという流れなのですね。

       アマルフィの聖堂は13世紀頃の建設ですので、
       コズマ式、という言葉でも良いのかもしれませんが、
       どの時代の物か、どういう風にビザンティン様式が伝わったのか、
       今回知った事はちょっと目から鱗でございました、shinkaiには。

       インタルシオ・嵌め込み細工、タルシエ・嵌め木細工という言葉には、
       ・・ご案内がまだですが、・・はは、と笑いでごまかす・・、
       カプリから出かけたソッレント・Sorrento の街で出会いました。

       まさに嵌め木細工で、木の色の違いを利用した様々な細工物、
       それも大変に細かい細工で驚いた物でした。
       という事などもあり、ビザンティン美術の影響の大きさを思います。
       
       それにしても、本当に素晴らしく美しく残っていて感激
       白の余白が良く効いて、南国の空気も感じさせる素晴らしさ!

       アマルフィ・大聖堂の煌めきを  その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/15398969
       http://italiashio.exblog.jp/15410032



       今考えてみると、本当にあとは何も見ず、
       これらのモザイクの美しさを見れたことで満足して聖堂を出て、
       他には何も覚えていないのですよ、ははは。

       もう一度回廊を見まわしながら
       ほら、この聖母さま、目が良いでしょう?!
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       聖堂の扉の方から回廊入り口の
       つまり、外界との繋がりの扉方面を。
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       この聖堂が「サレルノの天国」ならば
       この扉の向こうには、鬼がいる?! ははは。
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       ドゥオーモのサイトがありました。
       下に出るメニューのPHOTOGALLERYをクリックすると、
       音楽つきのスライドショーが見れます。
       http://www.cattedraledisalerno.it/       

       ドゥオーモのすぐ近くの建物の奥に古本屋があり、
       そこでアマルフィ沿岸沿いの女山賊、というか女海賊というか、
       についての研究レポート、・・薄いので求めたのですが、
       とやはり中世の土地の経済活動についての本を買い、
       大通りの近代的な大きな本屋さんでも、
       土地の歴史についての本を探して購入。
       こういう本は一般の本屋とかオンラインでは見つからないので、
       地方の本屋さんで探さないといけません。

       とはいえ、買って戻っても、必要な部分だけちょこっと読んだりで、
       なかなかきちんと読めず積読のままで・・!
       ・・自分を騙す才能は大いにあるshinkaiで~す。



       ちょうど良さげなレストランは無いかと、
       ちょこちょこと通りを入って覗いたりで、この広場に。
       なんとなしに雰囲気に惹かれ・・、
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       暗い店の内部を撮りたくて、外は色が飛びましたが・・、
       一軒の小さな野菜果物店
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       そして、その先に見えたこんな門
       何かありそうですけど、空腹とトイレが差し迫り、
       これを撮ったままで、先を急いだのですが・・、
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       今回どこだったのかと、地図と首っ引きで
       あれこれのサイトを探しまわりました。
       ・・これだけ真面目に、昔勉強していたらねぇ!! ははは。

       で、見当を付けましたのが、通称ロトンダと呼ばれる
       フラヴィオ・ジョイア広場・Piazza Flavio Gioia と、
       かっては町の城壁の門であったロンゴバルダ門
       修復されてネオ・クラシック様式だという門ではないかと。
       この門を入り先を右折すると、
       先回見て頂いたポルタノーヴァ広場に出るという・・。

       どなたかご存知の方、お教えください!



       という事で、サレルノ駅前ヴィットリオ・ヴェネト広場
       Piazza Vittorio Venetoまで戻り、
       ・・なんとねぇ、ヴェネトのお隣の町の名がこんな所に!
       の中心にある記念碑、戦没者記念かな?
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       という様な、あわただしいサレルノの街のご案内でしたが
       お楽しみ頂けました様に!


     *****

       ブログご訪問、有難うございます!

       明日28日の早朝から、トスカーナに出かけて来ます。
       こちらコネリアーノの成人教室のグループ旅行で、
       ボーマルツォ、タルクイニア等などの、エトルスク見学。

       最初は余りその気でなかったのですが、修道院に宿泊と聞いて
       一度経験した見たかったもので決めました。

       で、即どこの修道院かと検索をかけましたら、
       トラピスト会の女子修道院と分かり、
       女子修道院だって、残念! とジュリアーナにメールしましたら、

       いつもはメールしたよ、と電話しないとダメな彼女が
       間髪を入れずに返信をくれ、
       どうしたかった?! 修道僧と逃げたかったのか?! って。
       がはは!!

       修道院に出かけて見る、会う修道僧、というのは、
       研究者のような風貌でなかなか良い、失礼! なのですが、
       時に病院で働く修道女に素晴らしい人を見かけるにせよ、
       一般にスーパーで見かけたりする修道女は、
       仲間と口げんかしたりeccで、余り素敵ではないのですね。

       車の免許試験の前、落ちたらと心配する私に、
       夫の介護アシスタントで来てくれていた1人が、
       落ちないよね、修道女でも通るんだから、と。 失礼、ははは、
       ワッチが言ったのではありません!

       さて、どんな修道院体験になりますか、報告をお楽しみに!
       
       ではでは、行って参ります!!       


     *****


       ブログご訪問、有難うございます!

       ただ今水彩ブログには、ポルトガル、アルコバッサの天使
       をアップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho
       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくお願いいたします。
       

              
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by italiashiho2 | 2012-03-27 19:56 | ・ナポリ・アマルフィ一帯 | Comments(7)
2012年 03月 26日

   ・・・ n.1 サレルノの街、ちょっぴり旧市街とドゥオーモ ・・・

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       昨年春に行きましたナポリ、ポンペイ、アマルフィ方面を
       少しづつ遅ればせながらご案内しておりますが、
       今日はサレルノの街・Salerno の旧市街とドゥオーモ
       ご覧頂こうと思います。

       タイトルに書きました様に、ほんのちょっぴりだけ見たとはいえ、
       歴史ある古い街と聖堂ですので写真が多くなり、
       2回に分けまして、n.2は明日続ける事に。

       ナポリ中央駅から電車を使うと、約40分程で到着しますが、
       私はアマルフィに宿を取っていましたので、バスで往復。

       アマルフィから、サレルノまで ・ バスの旅
       http://italiashio.exblog.jp/15560454

       アマルフィの町に、夕暮れが迫る頃
       http://italiashio.exblog.jp/15382581

       ポジターノで出会った猫ちゃん、ワン君、そして 
       http://italiashio.exblog.jp/15436409

       上の写真は、サレルノ到着直前の海岸沿いで、


       街の地図をどうぞ
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       人口14万人程の大きな街で、全体はもっと広いのですが、
       ここは街の南部に当たる海沿いの地域
       赤線で囲んだ部分、東端がサレルノの駅で、
       駅前広場にインフォメーションがあり、

       真っ直ぐ西に延びる大通り、ヴィットリオ・エマヌエレ大通り・
       Corso Vitt, Emanuele これが素晴らしい事に歩行者天国!
       そしてこの道の先に細くなって続くのが旧市街の道
       メルカンティ通り・Via dei Mercanti
       かっての一番の商業通りだった様子。
       少し見難く申し訳ないですが、Mercanti の文字の頭の位置に
       赤点を付けている位置をご留意して置いてくださいね。

       そしてその先で交差する通りがドゥオーモ通り・Via Duomo で、
       北側の赤線で囲った所がドゥオーモ。

       私はこの日、まさに海岸沿いに見えるバスの印、でバスを降り、
       駅前のインフォメーションで地図を貰い、印をつけて貰った通りに
       ヴィットリオ・エマヌエレ通りをつっ切って旧市街に行き、
       
       中世のサレルノ医学校の博物館を見学、
       ドゥオーモを見て、近くの古書店で本を買い、
       街中の素晴らしい本屋でもまた本を探して買い、
       
       ちょうど良さそうなレストランを目で探しつつ、
       上手く見つけられずに、トイレも探しつつ・・、
       そうこうしながらまた駅まで戻ってしまい、

       駅ではパニーノしか見つからず、
       shinkaiの頭の中には、パンは代用食という、ははは、
       幼少時よりの拭いきれない固定観念がありますがぁ、
       空腹には耐えられずサンドイッチを買ってまたバスに・・、
       という、ほぼ一直線の往復で済んでしまったサレルノの街!

       それでもまぁ、・・見てやっておくんなせえ!



       ヴィットリオ・エマヌエレ大通りを行きます
       両側にはモダンなビルが立ち並び、車が通らない事もあって
       バールのテラス席もあり、なかなかモダンな通り。
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       途中、道脇の工事現場の覆いには、こんな写真が一枚づつ。
       余りにも素晴らしい装飾なので、どこのだろう?と思いつつ
       全部写して歩きまして・・、
       後にドゥオーモに行って、ああ、ここのだった、と。
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       歩道の敷石
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       ヴィットリオ・エマヌエレ大通りの最後に、
       このポルタノーヴァ広場・Piazza Portanova があり、
       通りが細くなり、今見えている真ん中を奥に、
       メルカンティ通りと名が変わり、旧市街に。
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       逆の言い方をすると、この広場がかっての旧市街を
       取り囲んでいた市壁の門外、という事で、
       ここで犯罪者の斬首刑が行われていたとか!



       ヴィットリオ・エマヌエレ大通りもそうでしたが、
       道を進みながら、通りが交差する毎に左側に海が見え
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       建物の感じも、なんとなしに年代物の雰囲気となり・・
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       ですが、古びてはいるもののどっしりとした建物が多く
       かっての繁栄を偲べます。
       様々な店が続きますが、受けた印象は、貴金属の店が多いなぁ、と。
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       この写真では如何にもすっきりの印象ですが、
       実際はかなりごちゃごちゃとした雰囲気で、
       あちこちとカメラを向けるのが少し憚られる感じも受け・・、
       というのが、正直な感想でしたね。
       その意味でも、ナポリの感じ。

       メルカンティ通りのメルカンティは商人を指しますから
       通りの名は実際に何に由来するのか、何を主に扱っていたのか、
       そんな興味もわき、調べましたが特別には何もでず。

       が、メルカンティ通りと呼ばれる以前はドゥラッぺリーア通り・
       Via Drapperia と呼ばれていたそうで、
       この言葉は服地、織物、その製造、店も指す様なので、
       手仕事職人の小さな店が未だに数多く残る一帯、
       という説明も納得です。

       サレルノの土地に定住者が入ったのは紀元前6世紀頃から、
       紀元前2世紀にローマの下に、
       7世紀にはロンゴバルドの元に下りますが、
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       この辺り一帯は当時からの影響を色濃く残し、
       細い迷路の入り組む、名のある邸宅も幾つかある様子。
       


       中世が残る町によく見られる、建物同士の支えのアーチ
       この写真の中には一つしか見えませんが、
       幾つも続いている通りの写真も、サイトで見かけました。
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       細い通りなのですが、日常生活に必要な店があちこちに、
       という様な、なかなか素敵な通りに見えますね。

       

       サレルノと言うと、中世の医学学校で大変有名なのですが、
       メルカンティ通りを通りながら、思いがけずこんな博物館が
       あるのを目にし、おお! と喜んだものの・・、
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       場所は、地図のメルカンティ通りに赤点を打った場所で、
       ご覧の通り、千年頃に建設されたというサン・グレゴーリオ教会の
       建物を修復して使用。
       で、Museo Virutualeと見える様に展示は全てヴァーチャル、
       つまりたくさんのディスプレイが壁に並んでいて、
       自分で好きなように選んで、見れる形式。
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       勿論古い図柄などもたくさん見れ、薬草なども分かり易いのですが、
       立ったままで次々と画面が変わるのを見るのは・・!
       外国人にとってはね、やはり書いた展示物が欲しい所。

       それならばいつもしている様に写真を撮り、
       家でゆっくり読めるという物。

       カタログなども揃っておらず、係のシニョーレに訊ねても何もなし、
       エマヌエレ通りに大きな本屋がありますから、そこで、と
       言われまして・・、帰りに寄りました。

       中世のヨーロッパ各地にその名を馳せたサレルノの医学学校
       その始まりは9世紀頃、大嵐を避けて水道橋の下に偶然に集まった
       ギリシャ人、ローマ人、ユダヤ人、アラブ人の4人が、
       怪我人の世話をするお互いを見て、学校の創立を、という
       伝説的な逸話が語られますが、

       11~13世紀にかけ、医学修得の為の人材が各地から集まり、
       名医に掛かりたい病人達も、医薬の取引でもと、
       その最高の繁栄を誇りますが、
       14世紀以降、ナポリに商業交易の覇権が移るようになると
       次第に衰退の道を辿ったという。

       このサレルノの医学学校と、最初の有名な女医について
       cucciolaさんがこちらに詳細に。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765086.html



       メルカンティ通りから少し広いドゥオーモ通りに出て右折、
       緩やかな坂道のすぐ右手に鐘楼が見え
       この一帯に見るアラブ・ノルマン様式の飾りですぐ分かります。
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       ドゥオーモ前の広場、普通はドゥオーモ広場という名で呼ばれますが、
       ここサレルノでは、アルファーノ広場・Piazza Alfanoで、
       どうやらかってのこの地の著名な司教様の名の様子。

       で、ご覧頂きたいのはこの周辺の建物の様子で、
       やはりナポリの感じによく似ているなぁ、という印象。
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       窓飾りは豪華なのですが、少し寂れたというか、のんびり感があり、
       バールの席もいたって簡素、というよりも、
       単に店の前にテーブルと椅子があるだけで、バールではないのかも・・。
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       こちらがドゥオーモ前の石段
       では、ご一緒に。
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       扉の前、左右にライオン君がおりますが
       スペース省略の為か厚みを削っておりまして・・、ははは。
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       入り口扉の上部、豪華な彫り
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       上部右側アップ
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       そして左側。 ははは、でかいなぁ!
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       で、入り口扉をくぐりますと
       なんとそこは聖堂内部入り口ではなく、
       美しい別世界の中庭回廊が広がっておりました!
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       という所で、内部のご案内は明日のお楽しみに!

       明後日28日から4日間グループで、トスカーナのエトルスク見学に
       出かけて来ますので、頑張って明日また更新を致しま~す。


     *****


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by italiashiho2 | 2012-03-26 18:17 | ・ナポリ・アマルフィ一帯 | Comments(0)
2012年 03月 23日

   ・・・ スコミーゴ村、葡萄畑のある眺め ・・・

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       3日前でしたか、良いお天気に誘われカメラ片手に
       スコミーゴ村の中をちょっと散歩に。

       かなり広い村でして、丘の上を上ったり下ったりで、
       随分と眺めの様子も違いますが、
       あれこれ撮って来た写真の中から、
       今日は葡萄畑が写っているものを纏めました

       コネリアーノから北西にかけての一帯は、
       「白ワインの道」と呼ばれ、プロセッコの畑が広がり、
       しかもそれが毎年どんどん広がって行きます。

       イタリアも世界情勢と同じく不況が著しいのですが、
       ワイン、食品、衣類、靴など、
       つまりメイド・イン・イタリ―の製品は不況知らず!
       発泡性の白ワイン、しかもこの辺り一帯の辛口の白ワイン
       プロセッコはフランスのシャンペンを抜いて世界一とかで、
       そんな事情から、どんどん葡萄畑が広がっている様子。

       先日歩いたのは、家から北東に向かって坂を下り、
       またハァハァと坂を戻って、西のオリアーノ村に、
       という事で、
       春先の葡萄畑をお楽しみ下さい!

       上の写真は、東方面の農家と葡萄畑。

       スコミーゴ村の四季
       http://italiashio.exblog.jp/i12  

       白ワインの道を走る、ヴェネト一周自転車競技 
       http://italiashio.exblog.jp/7884302/

       白ワインの道 ・ Strada del Vino Bianco  その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/4919662
       http://italiashio.exblog.jp/4919719



       整然と広がる平地の葡萄畑
       ここもまだスコミーゴですが、奥の家々は東隣の
       コッレ・ウンベルト村。
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       葡萄畑の杭の並びは、等間隔にきちんと・・
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       面白い影を作り
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       緩やかな傾斜地に並ぶ畝
       いずれ、奥にも畝が並ぶ事でしょう。
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       一旦家の近くに戻り、北に向かっての畑で、
       奥に見える山の向こうにべッルーノ・Belluno があり
       北国との間の屏風の役目を果たします。
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       べッルーノ再訪 ・ アルプス兵と、古いボルゴと
       http://italiashio.exblog.jp/9831542


       冬の間に選定され、枝がきちんと下向きに結わえられ
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       西のオリアーノ村に向かっての緩やかな傾斜地
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       枝を這わすために渡された針金が逆光に光り・・
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       緩やかに、下がって上って続く葡萄畑
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       少し高い位置から見えた、北の葡萄畑
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       丘の谷越しに見る、スコミーゴ村の教会
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       こちらは、お馴染のオリアーノ村の教会
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       手前は、赤ちゃんの葡萄畑
       細い緑色の棒が見えますか?
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       新しく植えられた葡萄の苗木から、こんな小さな芽!
       他には見当たらず、この子が一番でした。
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       ここからは古い写真で、葡萄畑の四季をご覧下さいね。
       冬の霧にかすむ葡萄畑
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       春、芽吹き始めた葡萄の木
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       そして、緑に埋まるオリアーノの村
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       夏の盛りの葡萄の木、葡萄畑の畝
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       秋、葡萄摘みを目前に、たわわに実る葡萄
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       この辺りは白葡萄が殆どですが、
       坂の下には一部、赤ワイン用の葡萄も
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       収穫が済み、剪定を待つ秋の畑
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       信州生まれの私ですが、町の中で育ち、
       その後はずっと街の中、自然とは余り縁のない生活で、
       ここイタリアの田舎に住むようになって初めて
       四季を目の当たりに感じ、愉しめるようになりました。
       これは本当に有難く嬉しい事!
       とりわけ、このスコミーゴ村に生きれる事、
       これはもう、何事にも代えがたいと思っています。
       はい、私には自慢の村、自慢のこの一帯なのです!



       家に戻りつつ、
       番外ですが、・・我が家のあるコンドミニオ
       階段状の奥から2棟め、一階に茶と白の縞のテントが見える、
       あそこが我が家で~す。
       右はかなり広い庭なので、夏は窓の外は全て緑に。
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       家の近くに張り出されていた広告で、
       グイア・Guia とコル・サン・マルティーノ・Col San Martino
       で行われる、この3月末から4月にかけての白ワイン祭り。
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       白ワインのお祭りは春にあり、
       目を凝らして見て下さいね、どちらにも
       VALDOBBIADENE D.O.C.G・ヴァルドッビアーデネD.O.C.D
       という、最高級辛口白ワインの名!
       
       この二つの町みならず、春にはこの一帯次々に
       白ワイン祭りが開催され、
       試飲は勿論、様々な催しも食べ物もありますです。
       お出かけ下さ~い!!

       ヴァルドッビアーデネ・プロセッコ ワイナリー訪問 その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/9780579
       http://italiashio.exblog.jp/9780374


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by italiashiho2 | 2012-03-23 20:54 | ・スコミーゴ村の四季 | Comments(8)
2012年 03月 20日

・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 ・ DVDから その1 ・・・

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       昨年の暮の事、友人とのメールのやり取りの中で、
       「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」のDVDの話が出て、

       多分アンギアーリの博物館で、あの戦いの場面を、
       フィレンツェのヴェッキオ宮に描いて失敗する場面のみを見た、
       とブログに書いた事が発端だったと思うのですが、
       日本で何年か前にDVDが発売されている、と知りました。

       何十年も前になりますが、イタリア国営放送RAIで撮影されたのが
       日本のNHKでも放映され、大変に素晴らしい作品で、
       メモを取りつつ見た事をよく覚えています。
     
       その後イタリアに来て後、再放送されたのを見ましたが、
       DVDが発売されている事を考えた事も無く、
       時に思い出すだけで、お蔵入りになった作品と思っていました。

       が、日本で売られていると知り、
       ひょっとしてと検索をかけましたら、22エウロ位だったか、
       それもクリスマス期間なので送料無料、
       DVD3枚組ですし、この値段ならと購入しました。

       試しに日本のアマゾンの値段を見ましたら、2万円以上!
       わぉ、何この値段?! 
       10倍近い差があるではないの?! と呆れましたが、
       その時にヨーロッパと日本のみで売り出されている事も知り、
       へぇ、さすが日本!とも驚いたのでした。


       昨年辺りから、最新の科学捜査により、レオナルドの真作
       であると確認された作品が何点か、
       そして現在、フィレンツェのヴェッキオ宮では、
       500人広間のヴァザーリのフレスコ画の下に、
       幻の彼の作品「アンギアーリの戦い」があるかどうかの調査進行中。

       なにやかやと今も世界に名を轟かす万能の天才レオナルドですが、
       2年半前になりますが、彼の生家と呼ばれる家を見に行き、
       そこから派生して、彼の実の母は?
       父親はどんな男性だった? 
       等など読んだ事からも関心がありますので、

       今日は少々画面が小さくなりますが、
       RAIのこの作品を、You Tubeから拝借して
       彼の生い立ち辺りを中心に
       アンギアーリのかの幻の作品を描いた様子などを
       ご紹介致しますね。

       日本語のヴィデオは「ニコニコ動画(原宿)」で
       ご覧になれますが、ちょっと省略もあるようで・・。
       http://www.nicovideo.jp/watch/sm11517993


       さて、映画は、レオナルド75歳での臨終場面から始まり、
       フランス国王フランソワ1世に抱かれて亡くなる場面。
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       手前のスーツ姿の男性、彼が要所要所に登場し、
       その場面や、当時の状況も含め説明解説する、という仕立てで、
       今手に持っている本が、
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       ダ・ヴィンチが国王に抱かれ、と書いたジョルジョ・ヴァザーリ
       Giorgio Vasari の「当世著名建築家画家彫刻家」

       ですが、このレオナルド没後50年目にして書かれた
       ヴァザーリのこの説は既に伝説で、そうあれかしという嘘なのだと、
       このスーツ姿は説明します。
       今や時の人の感もあるヴァザーリですが、そうですね、
       講釈師、見て来たような嘘を言い、もある様子!



       こうしてタイトル、始まりです。
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       可愛い子供のレオナルド
       そう、泣く子も黙らせるほどの天才も、子供の可愛い時もあった訳で・・!
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       家の前で一人で遊んでいる場面
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       すっきりの細みで、ぴちっと決めたスーツ姿で番組進行を
       務めるこの男性は、ジューリオ・ボゼッティ・Giulio Bosetti
       という、俳優、監督、舞台興業もした方だそうで、
       残念、2009年に亡くなっております。
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       そうなのですね、このTV映画が作られたのは1972年で、
       監督のレナート・カステッラーニ・Renato Castellani
       1985年に亡くなっていて、
       レオナルド役を務めたフランスのフィリップ・ルロイ・Philippe Leroy
       はまだお元気の様子です。

       今回制作後40年のTV映画をつくづく眺めた訳ですが、
       TVドラマにありがちの間が抜けた古い感じは一つもなく、
       ドキュメンタリー手法を取ったこの作品の素晴らしさを
       改めて感じました。



       レオナルド(リオナルド)が生まれた、と祖父アントニオ
       公証人記録簿の最後のページに記していたのを、
       ドイツの研究者が見つけたのが1936年の事。
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       1452年、私の孫 我が息子セール(敬称)ピエロの息子
       が生まれた。4月15日土曜日夜の3時。
       名前をリオナルド・Lionard とつけ、ヴィンチの
       バルトロメーオ教会のピエロ神父が洗礼・・。
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       その教会の洗礼場面
       祖父アントニオが克明に洗礼式に参加した人の名を
       記しているのですが、母親の参加は無く、
       単にカテリーナ・Caterina と出てくるのですね。
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       映画の中では、清楚なすらっとした美人でして、
       レオナルドも美男であったと思われますから、
       お母さんが美人であったのは確かかもですね。

       洗礼式に参加させて貰えず、
       遠くからそっと我が子を見守る実母カテリーナ。

       映画の中では、出生が謎の女性として登場していますが、
       最近の調査で出てきた事実も含め、
       こちらに書いておりますので、どうぞ。
       
       レオナルド・ダ・ヴィンチの生家と、その周辺
       http://italiashio.exblog.jp/10382591

       レオナルド・ダ・ヴィンチの母親について
       http://italiashio.exblog.jp/10382550



       レオナルドを生んだ後、多分半ば強制的に
       村の男と結婚させられたのであろうカテリーナですが、
       映画の中では同じヴィンチ村に住んでいた事になっていて、
       こうして育っていく我が子を見つめ、
       時に人の目を盗み抱きしめます。
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       が、レオナルドは彼女が誰かを知らず、
       あんた、誰?! 

       後には勿論彼も事情を知り、ミラノに住むようになった時
       彼女を呼び寄せ一緒に住み、彼女は彼の家で亡くなりますが、
       レオナルドは一度も母親とは呼ばず、書かず、
       常に「カテリーナ」で、
       ただ、カテリーナの葬式費用、幾ら幾ら、と記します。 



       こちらが祖父アントニオ・Antonio と祖母
       祖父はやり手の公証人ながら口うるさく、
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       地面に座り込んで遊ぶレオナルドに、
       タイツが擦り切れるじゃないか、革ではないんだぞ
       木に生えるわけではないんだ、・・という業突くジジイ!
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       一方父親のピエーロも、負けず劣らずの金銭欲の強い
       おまけに生涯に4度も結婚したほどの好き者で、食いしん坊で・・、と。

       これはヴァザーリが書いている逸話だそうですが、
       近郷の農民がイチヂクの太い枝を輪切りにし、
       既に近くで評判になっていたレオナルドに絵を描いて貰おうと
       持って来て父親に預けた所が、
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       レオナルドが様々な動物をモデルに奇怪な絵を描き、
       この絵は既に無いそうで・・、残念、
       この凄腕の父親は市でそれらしき絵を買い、
       農民に与えた後、

       レオナルドの作品は、フィレンツェのその筋に
       100スクーディで売ったというお話。
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       上にリンク先を記しました「レオナルドの母親について」
       読んだ時に、父親の公証人としての凄腕、
       ひょっとして死にかけの顧客の証書を書き変えたか、
       はたまた上手く丸めこんで証書にサインさせたか、
       という凄腕だった様だ、と知りましたが、
       今回これを見て、
       成程なぁ、と大いに納得した事でした。

       こういった祖父、父親とはまるで正反対の性格の
       レオナルドで、田舎に一人残され成長しますが、
       幼い彼を愛し、あれこれ教えたのは
       父親の弟、つまり叔父のフランチェスコでした。
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       暫くして父親に引き取られフィレンツェに出て、
       音楽やラテン語を習い始める物の、
       祖父アントニオは、庶子は公証人にはなれないのだぞ、
       何を勿体ない事をする、何か仕事を覚えさせろ、と・・。

       確かに当時のフィレンツェでは、
       庶子は公証人になれない法律がありましたので、
       祖父の言葉はまったくなのではありますが・・、
       まぁね、その言葉が将来を考えての事なのか、
       単に金銭を惜しむかで、聞こえ様が大いに違いますよね?!
       聞こえる祖父の言葉に涙ぐむレオナルド。


       で、一人であれこれ描いた作品を見た父親は
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       当時フィレンツェで有名な工房を持っていた
       ヴェロッキオ・Verrocchio の工房に息子を連れて行き
       弟子入りさせます。 確か13歳位だったと。
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       月3リラで引き受ける、というヴェロッキオの言葉。

       つまり仕事を覚えさせるのだから、親が幾らか払えという事で、
       う~ん、日本の丁稚奉公は給金も出ない代わりに、
       親は金を払いませんでしたよね?!

       後ろに見える赤い木枠の球形は
       サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂のクーポラの
       上に輝く金色の球で、この工房で作ったのだと。

       ヴェロッキオは後のエピソードに出て来ますが、
       ヴェネツィアのサンティッシマ広場にある傭兵隊長
       コッレオーニ将軍騎馬像も作っており、
       
       今回見ていて気がついたのは、レオナルドの父、祖父、
       工房の皆が所謂フィレンツェ弁、トスカーナ訛りで喋っており、
       ヴェネツィアからの騎馬像依頼者達がヴェネト訛りで喋るのを、
       工房の連中が真似して大笑いしたりの場面もあり、
       
       また当時のヴェロッキオの工房には、
       ぺルジーノ、ボッティッチェリ、ロレンツォ・クレーディ等がおり、
       ぺルジーノは、甘い作風からは想像もつかない若者の姿で、ははは。



       ヴェロッキオの工房で過ごす何年かの間に、
       フィレンツェではパッツィ家の反乱があり、
       ロレンツォ・イル・マニーフィコの弟ジュリアーノが殺害され、

       その殺害者の一人ベルナルドがトルコで捕まり
       フィレンツェに連れ戻され、バルジェッロ宮で吊るされる場面。
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       なぜこの場面を選んだかと言いますと、
       このベルナルド・バンディーニ・ Bernardo Bandini という男、
       彼は父親が家をだまし取った顧客の妻の縁続きに当たるそう。
       最近の研究発表では、レオナルドの実母カテリーナは、
       この顧客の家の奴隷であった、
       という事実が古文書から分かっており、
       その処刑場面をスケッチするという不思議な縁に繋がりますが、


       処刑が済み、街の人々が去った後もスケッチをし
       着ているトルコ風衣装についても記すレオナルド。
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       ここは実際のバルジェッロ宮の中庭ですが、
       現在は修復され、壁の汚れが綺麗になり、
       バルジェッロ博物館として素晴らしい充実ぶりです。



       こうして約30年程をフィレンツェで過ごしたレオナルドは、
       居をミラノに移します

       霧の深いロンバルディアの風景は、彼に安らかさを感じさせ、
       彼の絵に所謂空気遠近法と呼ばれる「ぼかし」を与え
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       運河の流れる街の風景も心地良く
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       女性もしっとりと優美で・・、と場面が続きます。
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       が、女性はともかく、
       ここに使われている街、運河風景は、
       我がヴェネト、トゥレヴィーゾの街であります、はい!

       昔見た記憶の中では、古いフィレンツェの街として
       トゥレヴィーゾが使われていた記憶がありましたが、
       かって運河が通っていたミラノの街の場面に登場でした。

       トゥレヴィーゾ ・ Treviso ・ その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/9878470
       http://italiashio.exblog.jp/9899598



       こうして「岩窟の聖母子」の作品で有名になった彼は
       ミラノ公イル・モーロの宮廷にもお出入りがかない
       チェッチーリアの肖像を描いたり、
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       宮廷内で大がかりな仕掛けを使った素晴らしい公演を
       指揮したリ・・。
       この場面は、是非You Tubeでご覧下さいね。


       一度アップしましたら、文字数制限が出まして、久し振りに・・!
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by italiashiho2 | 2012-03-20 19:24 | ・絵画展・催し・映画・DVD | Comments(6)
2012年 03月 20日

・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 ・ DVDから その2 ・・・

       「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」 その2 を続けます。

       さてこの間にも鳥の飛翔研究を重ね、
       遂に実験にまでこぎつけますが、もろくも失敗、
       のエピソードがあり、

       そしてフィレンツェに戻り、ヴェッキオ宮の
       大壁画を請け負います。
d0097427_18581472.jpg

       片面にはレオナルドの「アンギアーリの戦い」
       もう片面にはミケランジェロの「カッシーナの戦い」と知り、
       レオナルドは60年前に実際に戦った年寄りから話を聞いたり、
       様々なデッサンを重ね研究し取り掛かります。
       
       「アンギアーリの戦い」始末記と、その周辺もろもろ 
       http://italiashio.exblog.jp/14885331



       1503年6月6日金曜日、下図を描いた紙を壁に写し始めた日、
       午後の1時頃突然の大嵐となり、下図も吹き飛ばすほど。
       レオナルド自身が書きのこしたこの日の様子ですが、
       仕事始めとしては、幸先が良くありませんでした。
d0097427_18583417.jpg



       この大壁画については、上記した様に、
       現在フィレンツェのヴェッキオ宮に置いて、
       上に描かれたヴァザーリの壁画に穴を開けて調査中で、
       
       今迄のレオナルドについての記事と共に詳細に、cucciolaさんがこちらに
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/cat_118185.html


       この映画の中では、こういう様子で描かれております。

       レオナルドは、古代ローマでも用いられていたエンカウスト描法
       ギリシャが起源の艶のある描法を、
       それを、油絵具で描き急速に乾かす、という方法で
       行いたかった、というのですね。
d0097427_1859410.jpg

       フレスコ画は一日に描ける量の下塗りをしつつ描き繋ぎ、
       仕上がりは油絵の様に艶がでませんから、
       レオナルドはそれが好きではなかったのでしょうね。
       ミラノの「最後の晩餐」も油絵描法が使われていると言いますし。

       エンカウスト描法については
       「ポンペイの秘儀荘の壁画」の中で書いておりますので、どうぞ。
       http://italiashio.exblog.jp/15128707

       エンカウスト描法を狙ったか、どうかについては、
       当時のフィレンツェ政府に対して、
       663リーブリの石膏、
       89(リーブリ)のギリシャ蝋
       223Lの亜麻油  
       を請求している記録があり、そこからの推察の様子。



       壁に実際にその描法で描き、大火鉢に起こした火で
       急激に乾かす小実験では成功した物の、
       いざ実際の画面に取り掛かると、壁の面積が大きすぎ
       上部は乾かず、 絵具が流れだす・・という、
d0097427_18592766.jpg

       この場面は、様々な記録をもとに組み立てた場面でしょうし、
       実際にどうであったか、と分かるには、
       今少しの時間が必要な様ですね。



       こうして様々な作品を生みながら、様々なアイディアを抱えつつ
       あちこちとスポンサーを探しての旅から旅への彼の人生ですが、
       最後はフランス国王に迎えられ、落ち着いた晩年を

       この映画の中で流れるタイトル・ソングは、
       オルネッラ・ヴァノーニが歌っておりますが、
       場面の中で彼自身が歌い、最後まで付き添い彼の手稿を
       受け継いだフランチェスコ・メルツィ・Francesco Melzi
       聞かせる場面を。
d0097427_18595712.jpg

       歌詞に、拙訳を添えます。

       Muoversi L'amante per la cosa amata
       Se la cosa amata è vile,
       l'amante si fa vile
       Quando l'amante è giunto all'amato
       Là si riposa
       Quando il peso è posato
       Qui si posa

       人は、愛するものに向かって進む
       もし、その対象が価値の小さなものであるなら
       それを愛する者も、価値の小さな存在になる
       人は、愛するものにたどり着いた時、休息する
       重荷が取れた時、休む事が出来る

       これはレオナルドが書き残した言葉に
       メロディーを付けたものだそうで、
       こちらでこの場面が見れます。
       http://www.youtube.com/watch?v=3Y2G-XKkspM&feature=related     
       
       今回はもうRAIの回し物、宣伝係みたいなのですけど、ははは、
       40年間の間に様々なレオナルドの研究も進みましたが、
       それでもなお、このTV映画は一見の価値があると思います
       ドキュメンタリーとしても、大変良く出来ていると。
       You Tubeでもどうぞ、ゆっくりお時間を取って是非!!

       レオナルド・ダ・ヴィンチの発明した物、考案した物
       http://italiashio.exblog.jp/15156875
       
       レオナルドはまたトルコのスルタンにまで話を持ちかけておりまして、
       ガラタ橋は、釣り人天国 ・ イスタンブル 
       http://italiashio.exblog.jp/15006286


     *****

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by italiashiho2 | 2012-03-20 19:06 | ・絵画展・催し・映画・DVD | Comments(25)
2012年 03月 18日

   ・・・ 動物たち ・ この愛しくて素晴らしい生き物! ・・・

d0097427_2574534.jpg

       先日ハワイに住む友人経由で、愛らしい動物たちの写真
       また届きましたので、皆さんにもお裾分けを。

       サイトの名が見えますので訪ねて見ましたら、
       http://www.markosweb.com/www/ihasahotdog.com/
       http://icanhascheezburger.com/
       他のたくさんのサイトアドレスもあり、
       それにしても、このサイト名! ははは、
       写真も膨大な数に上りそうで、
       探しだして纏めるのも大仕事だろうと、
       届いた物を、有難く拝借させて頂きます!
       では、ごゆっくりどうぞ!!

       上は、   私を置いて、先に行って!
       でも、置いていかないでぇ! に見えません?
       写真を見る者の精神状態がモロに出そうなコメントですねぇ、うふうふ。



       今や我々は、二人で一人(前)
d0097427_2581192.jpg

       それにしても、判じ物みたいな英語のコメント付きで、
       翻訳ソフトを使うにも、頭をひねりましたぁ!



       侵入者警報! 侵入者警報!
d0097427_2583310.jpg

       曲者でござる! おのおの方、お出会い召されい!
       ・・とは、言わんじゃろうなぁ?!



       ここで会おうって、彼女は言ったんだけどなぁ
d0097427_258545.jpg



       この子は悪い夢を見ているの
       私が面倒を見てやらなくっちゃ
d0097427_2591433.jpg



       みんな、下がって!
       これはボクが取るからね!
d0097427_2593683.jpg



       ははは、これはコメント要らず、ですねぇ。
d0097427_259553.jpg



       U とは読みにくいし・・
       U の字は、普通の猫には難しいのかも
d0097427_302051.jpg

       で、良いのかな?
       人間だったら、筋違えくらいで済まない様なポーズの
       猫ちゃんに、これは失礼なコメントですよねぇ! ははは。

       と書きましたが、
       コメントを下さったMariさんがここの意味を教えて下さり、
       それによりますと、
          ここでのUは、YOUとUをかけてるんですね。で、意味合いとしては、
          ”説明書を読まなかったのか、
           それとも、君って、簡単な猫も組み立てられないんだね”
       ってな感じです。

       なんですって!
       ははは、ヨガをしている猫ちゃんをからかう、という設定なのでね。
       
       Mari さん、有難うございました!
       次回にも、よろしくよろしくお願いいたしま~す!




       はは、このワンちゃんは、
       ただ走ってくれるだけで、笑いをくれますね。
d0097427_3039100.jpg



       リラックスタイム
d0097427_3058100.jpg



       ワンちゃんに最適なベッド
d0097427_311769.jpg



       ファミリーの素敵な記念撮影
d0097427_313561.jpg



       みんな一緒に、ハグ!
d0097427_315327.jpg

       あ~あ、尻尾まで使っている・・。



       これは、私の大切なカワウソです
d0097427_321145.jpg

       うん、わかる、分かる。
       抱きしめる腕と目で語っているもんね。

       この子達に、幸あれ!

      イタ猫、イタ犬、動物編
       http://italiashio.exblog.jp/i6/


    ** お知らせ **

       リンクさせて頂いてます「andante-desse」の
       http://fresco1939.exblog.jp/
       frescoさんが、来週22日から27日まで
       大阪心斎橋のギャラリーにて、お友達と二人展をされます。
d0097427_313820.jpg

d0097427_32574.jpg

       frescoさんは、永見さんとおっしゃり、
       案内状に見えるスケッチの方をご出品ですが、
       
       こんな素敵なコラージュ作品もあれこれ。
d0097427_331810.jpg

       大阪近郊にお住まいの方、どうぞお出かけ下さいますよう
       ご案内申し上げます。



     *****

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by italiashiho2 | 2012-03-18 03:13 | ・イタ猫・イタ犬・動物たち   | Comments(12)
2012年 03月 15日

   ・・・ ヴェネツィアの街を見下ろして ・・・

d0097427_5544149.jpg

       今日ご覧頂くのは、ヴェネツィアの街。
       それも高い高いクルーズ船から見下ろすヴェネツィアの街!

       とはいえ、我が大蔵省はウンとは言いませんので、はは、
       今日の写真は、アメリカはシカゴの病院で
       呼吸器系統のテラピストとして働いておいでの
       みーな丸さんから拝借の物

       彼女が昨秋、ヴェネツィア出入港のアドリア海クルーズに
       お出かけと知り、では、とちゃっかりお願いしていましたのが
       つい先日届きました。が、
       お仕事関係の試験でお忙しい最中で
       ご本人のブログにもまだアップされていないという・・!
       はい、本邦、いや世界初公開の
       ヴェネツィアの街、高みからの眺め、をお楽しみ下さいね。

       何度か、サン・マルコ広場前をしずしずと出港して行く
       クルーズ船を眺めては、
       あの高さから見るサン・マルコ広場はどんな?と   
       想像しておりましたが、
       まさにまさに、鳥たちの眺望と同じ高さ

       「アドリア海の真珠」と呼ばれる美しいヴェネツィア、
       いつもとは一味違う美しさをどうぞ!

       上の写真は、昨秋10月初旬の夕方、
       街の西の港を出港、ジューデッカ運河を通りつつの
       ザッテレ河岸の眺め

       視点の高さはまるで違いますが、クルーズ船の航路は
       http://italiashio.exblog.jp/11926488

       そしてまるで偶然ながら、みーな丸さんの乗られた船
       VOYAGER OF THE SEASの出港を見た事があり、
       そして船が行く ・ ヴェネツィア
       http://italiashio.exblog.jp/13764751


       最初、この写真を見た時の不思議な感じ!
       右中程にサン・ジョルジョ島の教会と鐘楼が突き出し、
       ヴェネツィア本島のスキアヴォーニ河岸に大型クルーズ船が停泊。
d0097427_5551889.jpg

       この眺めは、とりわけ夏のレデントーレのお祭り時に、
       サン・ジョルジョの屋根越しにクルーズ船の上部が見えるのも
       経験済みなのですが、
       それにしてもジュウデッカ島の東端と
       サン・ジョルジョの間の運河が見える、というのは、
       さすがの高さですねぇ!



       こちらは本島のザッテレ河岸、ジェズアーティ教会
       夕暮れの赤い陽に映えるヴェネツィアも、美しいですねぇ。
d0097427_5553727.jpg



       サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会の丸屋根と小鐘楼
       この高さのS.M.デッラ・サルーテ教会の丸屋根は初めて、
       しかも薔薇色!
       サン・マルコの鐘楼と並ぶ高さですねぇ。
d0097427_5555465.jpg


       今回少々驚きましたのは、と言うと大変失礼なのですが・・!
       みーな丸さんの写真のセンスと、
       画面の中の水平垂直がきちんと定まっている事、です。
       
       私自身、ディスプレイを覗いた時に縦横の升目が見える様に
       設定しているにも拘らず、写真整理の時にかなり訂正します。
       でないと、こうしてアップした時に気になるからなのですが、
       みーな丸さんの今回の写真は殆ど訂正なし。
       これは凄い、おみそれ致した、失礼をば、でございました!



       夕暮れが迫り、そろそろ陽の灯りだしたサンマルコ広場周辺
       間の海を挟み本土が見え、なんと山まで見える高さ!
d0097427_556197.jpg
       


       しずしずと広場の中央に差し掛かり・・
d0097427_5563895.jpg
       


       ああ、なんと!
       あの辺りの蟻ん子の一人として、
       shinkaiも見上げていたのですねぇ、ははは。
d0097427_5565581.jpg



       ザッテレ河岸を東に、右端に見える教会が
       A.ヴィヴァルディ所縁のピエタ教会で、
       左の小運河に突出す斜めの鐘楼は、サン・ジョルジョ・グレーチ教会。
       う~ん、カモメ君も同じ高さに飛んで見せてるね。
d0097427_557109.jpg


       男性ソプラノ歌手による、・ ピエタ教会のコンサート
       http://italiashio.exblog.jp/13753313

       A.ヴィヴァルディが洗礼を受けた教会と、その周辺を 
       http://italiashio.exblog.jp/12835324



       この「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」アドリア海のクルーズは、
       8日間で、ヴェネツィア、コーペル(スロヴェニア)、ラヴェンナ、
       バーリ、ドブロヴニク(クロアチア)と回り、
       ヴェネツィアに朝の7時過ぎに戻って来るのだそう

       みーな丸さんは、帰港の際にヴェネツィアの街が良く見える様
       船の左側の部屋を予約しました、と言っておられましたが、

       
       はい、ここから、美しい早朝のヴェネツィアをどうぞ!

       朝の7時頃と言うと、既に街は動き始めている筈ですが、
       まだ明け切らぬ、灯りの美しい街
d0097427_5573513.jpg



       ピエタ教会の前辺り、人の姿はまだ見えず・・
d0097427_5575293.jpg



       サン・マルコの小広場にも、まだ人の姿はまばら
       灯りが美しいですねぇ。
d0097427_55882.jpg

d0097427_558252.jpg



       この小広場の距離感!
       本土側の灯りまで見えます!!
d0097427_5584854.jpg

d0097427_5591069.jpg



       サン・マルコ広場から、ジュウデッカ運河に入り、
       ザッテレ河岸に来る僅かな時間に、
       もうこんなに東の空の色が変わって来ていて・・!
d0097427_5592327.jpg



       が、ザッテレの西は、まだ未明の空の色を引きずり、
d0097427_5593583.jpg



       小運河を入った所、左にサン・トゥロヴァーゾのスクエーロ
       ヴェネツィアに残る数少ないゴンドラ製作所が見えます。
d0097427_5595834.jpg

       この建物は15世紀だったかの古い木製のままで、
       かってRAIがマルコ・ポーロのTV映画を製作した時、
       ここからマルコ・ポーロが船出して行く様子を撮影したのだとか。
       
       薔薇色の空が広がって行きますが



       最後にもう一度、
       夜明けを迎えるサン・マルコ小広場周辺をどうぞ!
d0097427_6015100.jpg


       みーな丸さん
       今回は貴重な写真を、本当に有難うございました!
       またのチャンスにもよろしくお願いいたします。
     
       彼女のブログ「みーな丸の足跡」はこちらに。
       http://rrt-chicago.at.webry.info/
       ガラパゴス島の様子などもご覧になれます。


     *****

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by italiashiho2 | 2012-03-15 01:26 | ・ヴェネツィア | Comments(17)
2012年 03月 12日

   ・・・ アマルフィから、サレルノまで ・ バスの旅 ・・・

d0097427_1473454.jpg

       1年前の春にナポリ、ポンペイ、カプリ、ソレント、そして
       アマルフィを基地にポジターノ、ソレントに出かけました。
       名にし負う素晴らしい眺めが展開されるアマルフィ沿岸を
       今日はバスの窓からの写真で、どうぞお楽しみ下さい!

       少し靄があったのですが、その辺はご容赦願いまして、
       上はアマルフィを出発し、町の東外れの突き出しを曲がる所


       地図をどうぞ
       アマルフィ・Amalfi からサレルノ・Salerno まで25k
       グーグルの検索では34分の行程と出ましたが、
d0097427_1475065.jpg

       いえいえ、この青い線の出たり入ったりをご覧下されば、
       そんな時間で行けるわけがない事が良くお分かりでしょう?!
       とにかく凄い道でしたが、
       今日は皆さんもバスに乗られたつもりで、どうぞ!



       さてアマルフィの東端を曲がりますと、こんな感じで、
       教会の丸屋根、茶と白の鐘楼が見えて来ますが、
       ここはアトゥラーニ・Atrani の町。
d0097427_148636.jpg

       現在は別の町になっているものの、かってはアマルフィの
       下にあり、こちら側に貴族たちの住居があった様子。

       見える教会はS.Salvatore de'Bireto といい、
       かってのアマルフィ共和国のドージェ達の教会だったそうで、
       この教会にドージェのシンボルである帽子が収められており、
       ここで統治をし、最後はこの教会に葬られたと。
d0097427_1483989.jpg

       アマルフィのドゥオーモのご紹介をした時に、
       コスタンティノープルで鋳造された素晴らしい青銅の扉
       見て頂きましたが、この教会の分と2枚作られ
       今もここにあるそう。

       アマルフィ・大聖堂の煌めきを  その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/15398969
       http://italiashio.exblog.jp/15410032

       アマルフィの町に、夕暮れが迫る頃
       http://italiashio.exblog.jp/15382581


       町に近寄った所で振り返り、
       奥に見える要塞の塔が、アマルフィの町の東に見える塔で、
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       さてこうして、アトゥラーニの町を過ぎまして
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       ラヴェッロ・Ravello の町への分岐点
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       ラヴェッロには、ワーグナーの旋律がよく似合う その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/13306796
       http://italiashio.exblog.jp/13306742



       見えて来た町は、ミノーリ・Minori
d0097427_153541.jpg

       谷が海に切れ込むその狭間狭間の小さな平地に町があり、
       道は崖の谷を回り込み、下り坂を町に入って迂回し、
       また抜けていく、という・・!



       急に、アッと気がついても、距離が無いと上手くは撮れませんで、
       これは帰り道に、あそこにあったぞ、と
       心の準備をしておいて、はは、撮った塔。
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       とにかく狭い曲がり道だらけの道を行くので・・、
       


       ミノーリの町の浜
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       漁船も海水浴用の浜も、半分っこ、かな。
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       奥に見える山の頂上、手前側に突出す濃い色の所から左に、
       ちょうど真ん中辺に、松並木の左に見える屋敷、
       あれがラヴェッロのご案内で見て頂いた、ワーグナー所縁の
       ヴィッラ・ルーフォロだと思います。
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       こちらはもひとつ東になるマイオーリ・Maioriで、
       ミノーリよりももっと大きなリゾート地。
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       浜に近く立ち並ぶ建物群は殆どが貸し別荘、貸し部屋で、
       昨年春に見た時は、まだ窓が閉っておりました。



       マイオーリの浜の散歩道
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       このアマルフィ沿岸の突き出す岩場ごとにある要塞
       これらは全てイスラム圏からの海賊船対策で、
       そのうちでもこの大きなマイオーリのが目立ちます。
       ノルマンの塔・Torre Normanna と呼ばれますが、
       これは単に現在の呼び分けの様で、
       18世紀の末までは単純に大きな塔・Torrioneと。
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       上の写真は朝サレルノに行く時の物で、
       これは戻りに見た時
       ほら、屋上に人が見えますね。
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       俄然面白くなって、何してる?と見つめるshinkai、
       ははは、どうやら何かの撮影の様でした。
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       道の様子をご想像下さいね
       こんな風に岬のとっぱしを回り、谷の奥を巡り、
       そしてまた、という具合で・・、
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       見える黒や緑のネットが掛けられている段々畑は、
       はい、レモン畑で、
       このネットで天候による被害を防いだり、
       出荷調整をするのだそう。
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       バスの窓から見下ろすとすぐ真下に海が見え・・
       ひょっとして転げ落ちたらぁ・・と考える程の崖もあり・・、
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       一つ一つの崖の向こうの海の色が違い、
       光る海もあり
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       こんな狭いエメラルド色もあり
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       時に余りにも道のカーヴが急で
       だってヘアピンみたいなのがしょっちゅうなのですよ、
       おまけに道幅が狭い時には、
       運転手さんはクラクションを鳴らしまして、
       そうすると、カーヴの向こうで車が進入を待っているという・・、

       そんなカーヴが幾つも幾つもあったのですが、
       サイクリングをする心臓の丈夫な方々も多く・・!
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       ほら、また一つ要塞跡
       ラーマ・デル・カーネ・Torre Lama del Caneという名の
       塔と思いますが、廃墟のまま。
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       そしてまた一つ。
       こちらはしっかり修復され住居になっているそうで、
       エルキーエの塔・Torre di Erchie
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       こういった要塞の塔は、見張りの為、攻撃の為に
       リアス式の長い2000km以上に及ぶ海岸線に
       なんと400程もあるのだそうで、
       塔の果たした役割とか、
       イスラム圏の海賊について、奴隷売買について、
       ナポリを治めていたスペインの取った方策等など、
       
       買って戻ったガイドブックを読むのに、
       なんとも難しく書いてある本でして、歯が立たず、くしゅん、
       ジュリアーナに助けを求め、一緒に読んで貰いました。
       が、内容は大変に面白く、彼女も喜んでくれ、
       チャンスを見つけてご紹介したいと思います。

       今のイタリア、ナポリと余り違いはない点をも、
       はい、改めて2人で納得いたしましたです。



       見えて来た町は、チェターラ・Cetaraで、
       ほら、海に少し突き出した所に半円の塔が見えますか?
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       遠くにぼんやり見える大きな街が、目的地サレルノ。



       この町もこんな風に、谷に挟まれた小さな土地で、
       この地がアマルフィ共和国の東の国境だったそう
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       見える教会はサン・ピエトロで、18世紀に建て替えの物で、
       鐘楼は中世の古いままなのだそう。


       右側に突き立っているのが、浜辺に見えた要塞の塔で
       チェターラの塔。
       上部は多分後の世代の建て増しでしょうね。
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       町中の狭い広場には、野菜トラックの出店も来ていて、
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       町を出はずれた東側にも、また小さな浜が見えましたが、
       この狭い石段が導く家々
       まさに崖に張り付いて・・。
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       こんな崖もあり・・!
       どこまでが崖なのか、どこが後に造ったものなのか
       分かりませんねぇ。
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       サレルノ寄りの最後の大きな街ヴィエトゥリ・Vietri
       この街は既にサレルノ湾に面しており、
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       バスは街中を通らず、後ろを迂回
       ガイドブックにある広い浜辺もホテル群も見えず、
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       こうして高架道をぐるっと回りつつ
       サレルノの街に近づき
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       大小様々な船やヨットのもやう波止場を抜けて行き
       はい、サレルノだよ、と降ろされまして、
       そこから駅前までかなり歩きました。
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       バスの停留所は駅前にあるのに、ね、
       少し離れた場所に、親切に皆降ろされて歩くのですよ。
       まぁ、インフォメーションを見つけたので良かったですが・・。



       という訳で、こちらがサレルノの街予告編の1枚
       街が細長く東西に延び、駅は東に、旧市街は西に。
       ここに素晴らしいドゥオーモや、中世の医学学校を記念しての
       申し訳の様な博物館がありまして、はは、
       一本真っ直ぐ通る大通りは歩行者天国で、
       この辺りは、モダンな大ビル街でした。
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       という所で、
       アマルフィ沿岸の風景をお楽しみ頂けました様に!
       そしてまたのサレルノのご案内もお楽しみに!


     *****

       ブログご訪問、有難うございます!

       ただ今水彩ブログの方には、
       ラヴェンナのモザイク をアップしております。
       
       水彩画分室 ・ イタリア・絵に描ける珠玉の町、村
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       どうぞ、本家のこちらともども、ご贔屓ご愛顧のほど、
       ご訪問、よろしくよろしくお願い申し上げます!



       ブログご訪問、いつも有難うございます。       
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by italiashiho2 | 2012-03-12 02:04 | ・ナポリ・アマルフィ一帯 | Comments(8)
2012年 03月 11日

   ・・・ 一年が経ちました ・・・

       3月11日、あの日から1年が過ぎました。
       改めて、大震災の被害に遭われた方々に、
       心よりのお見舞いを申し上げます。

       何を、どう書いたら良いのか・・、
       言葉が出ません。
       
       ただただ、
       お元気で頑張って下さいませ! 
       とのみ、を。

       合掌。

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by italiashiho2 | 2012-03-11 00:37 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(2)
2012年 03月 08日

   ・・・ テアトロ・オリンピコ ・ ヴィチェンツァ ・・・

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       2月29日うるう年記念に、関係ないで~す、はは、
       グループで出かけて来ましたヴィチェンツァ・Vicenza.

       この街は16世紀の建築設計家アンドレーア・パッラーディオ
       Andrea Palladio の街として知られ、
       ユネスコの世界遺産に指定されてもいますが、

       この日は午前中、パッラーディオが最初に手掛けたヴィッラ
       として知られるヴィッラ・ゴーディ・マリンヴェルニ
       Villa Godi Malinverni を見学、

       午後は街の中心に移り、パッラーディオが手掛けた
       テアトロ・オリンピコを最初に見学、
       のちバジリカから始まる数々の邸宅の並ぶ通り、博物館と回り、
       まさにパッラーディオ三昧とでも言う一日でしたが、

       それぞれのご案内は、いつもの様にぼちぼちさせて頂く予定で、
       今日はまず、テアトロ・オリンピコをご覧下さいませ

       上は、マッテオッティ広場に面した劇場の入り口で、


       門の下に見える、劇場の名
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       門の外からもこうして中の建物の様子が分かり
       前庭にも入れるのですが、
       実際に劇場の中を見たのは、今回が初めてでして・・!
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       但し、この右側の建物は現在は関係が無いようで、
       建物裏が借景というか・・。

       そして、肝心の劇場はどこにあるかと言いますと、
       左側にほんのちょっと角が見える建物、
       ここにあるのです。

       実は見学に入り口をはいった後、自分がどう歩いたか、を
       ゆっくり考えてみると、どうもこの見える建物では無かった、
       ではどこにあったの?! と例により追跡調査!
       左側だった筈、とグーグルの人工衛星からの眺めで、
       確かにこの左奥にあるのを確かめました、です。
       


       で、この前庭がまた、ああた、
       雰囲気のある素晴らしい前庭でして、
       壁フェチshinkai は、涎の垂れる想いで眺め・・、
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       それもその筈、パッラーディオの劇場として知られますが、
       彼の時代16世紀に新しく建てられたのではなく、
       中世の城跡、どうやら監獄や弾薬庫に使われた後放棄されていた、
       その内に残っていた劇場跡を使ったものなのです。



       こちらが入り口
       1580年となっておりますが、これはパッラーディオの
       設計により建設が始まった年で、
       この同じ年の8月19日に彼は72歳の生涯を閉じており、
       この劇場設計が彼の最後の作品となった訳ですね。
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       こちらは、ガイドブックの写真で、
       いわゆる劇場ロビー、この右手に劇場入り口があり、
       現在この部屋には売店があり、
       奥に見える部屋が、第一のロビーとでも。
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       壁上部に騙し絵に囲まれた枠が見えますね。
       この列の、左に見える壁の向いの側の手前に、ややこしいですが、
       天正の4少年がこの劇場を訪れた際の
       様子を描いたフレスコ画がありますので、
       最後にご覧を。



       これが劇場に入った時、最初に見える舞台の様子
       高校の美術の教科書でお目にかかって驚嘆した以来の
       初のお目見え! 
       やはり感激でしたぁ。
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       正面全部は画面に入りきりませんので
       こちらはガイドブックから。
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       こちらが劇場の平面図で、
       下側が観客席で、上が舞台側。
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       赤の部分が既にあった壁で、
       黄色の部分がパッラーディオの設計した部分。
       青が、パッラーディオ亡きあとを引き受けた
       ヴィンチェンツォ・スカモッツィ・Vincenzo Scamozzi の作。

       スカモッツィはパッラーディオより40年後の生まれで、
       パッラーディオが亡くなった後、当時一番の有名実力設計家で、
       その後を引き受けた訳ですが、

       この劇場の一番の見所というか、圧倒的な迫力である
       中央と、左右斜めに入り込む騙し絵的遠近感の道
       これはパッラーディオは単に騙し絵を利用する事を考えていた様で、
       正面図が残っていただけだった様子。

       それをスカモッツィが立体にし、
       後でご覧頂きます照明具で照らし出したという事で、
       パッラーディオの意図を明確に、
       一歩進んで表現した功労者と思います。

       スカモッツィは、マントヴァに近いサッビオネータ・Sabbioneta,
       ヴェスパジアーノ・Vespasiano Gonzaga Colonnaが自分の夢をかけて
       理想の街づくりを目指した、サッビオネータの劇場
       これ以降に手がけており、

       当時にあって常設の屋内劇場としては
       このテアトロ・オリンピコと、サッビオネータのテアトロ・アンティーコ、
       そしてパルマのファルネーゼ家の城の中の劇場、
       この3つが上がるそうですが、

       テアトロ・オリンピコがそれ以前には存在しなかった
       夢の、常設の屋内劇場の初めての実現という事になります。

       サッビオネータ ・ ルネッサンス期の理想の町 その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/11138517
       http://italiashio.exblog.jp/11138488

       パルマのファルネーゼ家の劇場については、こちらに少し。
       http://italiashio.exblog.jp/5340456



       観客席はこんな、木の椅子席で、
       これについては、後でも少し詳しくご説明を。
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       席につきましたら、劇場の雰囲気を味わう為にと、
       当時の音楽と、照明によるショウが行われ、素晴らしかった!
       音楽が無いのが残念ですが、皆さま方にもちょっぴり!!
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       スポットライトを使い、色も鮮やかで当時とは違うでしょうが、
       それでもやはり、素晴らしい劇場で味わう至福の一時!



       灯りがつき、素晴らしく優秀なガイドさんが説明してくれる間、
       shinkai めは、シャッター音を落として写真撮りに余念なく・・!
       
       舞台正面左側
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       中央
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       右側
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       平土間席、ここは本来は無かったのかも、と
       観客席と背後の様子
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       ここから2枚はガイドブックからで、
       舞台上の彫像の写真をどうぞ。
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       お分かりになり難いかと思うのですが、
       このパッラーディオ設計のこの劇場は
       階段席に見えました様に、
       全て煉瓦と木材で、彫像なども石膏
       時に壁には石膏ボードも使われているという・・。
       つまり大理石をまるで使っていないという
       その徹底した凄さに驚きますが、

       有難い事に奇跡的に火事からも、戦中の爆撃からも逃れ、
       現在にまで生き残り、お目にかかれるわけです。


       観客席背後の様子
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       彫像類
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       天井画、ほんのり薔薇色の雲の図、と彫像
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       右下に見える扉が、劇場入り口ですが、
       階段席一段ずつがかなり高いのですね。
       これはローマ期の野外劇場でもいつも感じさせられる事で、
       コンパスの長さをいつも実感させられますです、はい。
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       劇場の席数は約400席。

       劇場開設が祝されたのは1585年3月
       パッラーディオに依頼したヴィチェンツァの人文学者たちの集い、
       アッカデーミア・オリンピカ・l’Accdademia Olimpica
       これにはパッラーディオ自身も参加していたそうですが、
       からの依頼により、暫定的な劇場のつもりだった様子。

       材料に用いた煉瓦と木材と石膏などはそれで説明もつきますが、
       それ以上に、加工が簡単、材料費が大幅に削減できる、というので、
       パッラーディオ自身が施工主に勧め、建設したのだそう。

       またご案内をと思っておりますが、
       街中に残る彼設計の建物など、如何にも重厚なのですが、
       表面に塗った大理石粉を使った一種の石膏が剥げ、
       中の煉瓦が覗いている部分もあったりで・・。
       
       ヴェネト中に広がり残る彼の建築物の多さ、
       注文の多さも、案外こんな建設費の安さも一因だったか、と
       考えたりした事でした。

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ 
       http://italiashio.exblog.jp/14731966       



       こちらは、サイトで見つけた写真で、
       劇場オープンの際に用いられ、
       舞台上の遠近感溢れる町の通りを照らしたという、
       スカモッツィ考案のガラス製ランプ、だそう。
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       これは左側の小路で、
d0097427_1610283.jpg



       こちらが中央。
       一番奥に見えるアーチの高さ、一体どの位と思われますか?
       今、劇場の係の女性が実際に歩いて見せてくれる所で、
       ほら、今はそれなりに高いでしょう?
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       かなりの傾斜の上り坂で
       力を込め、踏みしめて歩いて行きまして・・、
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       ほら、ちょうど女性の背の高さ
       この奥行きは12mあるそうですが、
       目に感じる遠くは、まさに幻想で・・!
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       この女性にはロビーで、日本の4少年のフレスコはどこに?
       とすぐにお聞きしたので、背の高さも覚えておりますが、
       大体1m60cmちょっと+ブーツの踵、ご想像下さい。

       そうそう、この遠近の舞台に使われた背景は、
       ヴィチェンツァの街のテーベ、7つの小路という設定で、
       舞台上に3つ、脇に2つ、階段席上部に開口部が2つで7つ。
       
       階段席上部の開口部が舞台の音響効果をも良くしているそうで
       ガイドさんのお話では、
       かって仏の美男俳優ジェラール・フィリップが、懐かしい名!
       朗誦した事があり、済んだ後、彼は舞台後部に向き直り、
       舞台に対し敬意を表したそう!
       


       こちらが劇場入り口ロビー、上でガイドブックの
       写真を見て頂きましたが、あの写真は修復前だったのか、
       今は上の段の白黒のフレスコ画が良く見え、
d0097427_16112169.jpg

       左手に続く列のこちら手前に、



       天正の4少年がこの劇場を訪れた様子が描かれています。
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       多分舞台上で話している一人、伊藤マンショでしょう、と、
       前列の、右の2人目からの3人が彼らと思われますが、
       彼らの訪問は1585年の事。
       ちょうど春に劇場がオープンした年ですから、さぞや自慢の劇場で
       各地で東洋の貴公子並みの大歓迎を受けた彼らにも、
       是非どうぞ、とお見せしたいとのお声がかかったのでしょう。

       こうして今もこちらに残る、栄光溢れる彼らの姿に比し、
       祖国日本で彼らを待っていた未来は、なんとも惨い物でした。

       ヴァティカン訪問 ・ 天正4少年使節のご縁により
       http://italiashio.exblog.jp/8742349
 
       マントヴァ ・ サンベネデット・ポー その2   
       http://italiashio.exblog.jp/8863191



       という、ヴィチェンツァの街の宝の一つ
       テアトロ・オリンピコのご案内でした
d0097427_16115315.jpg
 
       保存の為に、冷房も暖房も入れず、席数も少ないので、
       春と秋に音楽会と古典劇が行われるのみだそうですが、
       それでもまだこうして劇場が使われております。

       ヴェネツィアにお出かけの時は、ちょっと足を延ばして
       ヴィチェンツァにも、
       パッラーディオの遺した街並みと劇場を、ご覧にどうぞ!     


     *****

       ブログご訪問、有難うございます!

       ただ今水彩画分室の方には、
       天使の横顔、ポルトガル をアップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       どうぞ、本家のこちらともども、ご贔屓ご愛顧のほど、
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by italiashiho2 | 2012-03-08 08:28 | ・ヴェネト州 | Comments(6)