イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2012年 12月 29日

   ・・・ イタリア・珠玉の町・村  ・ 空からの眺めをどうぞ ・・・

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       いよいよ年の瀬も押し迫り、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか?
       既に休暇に入った方もおいででしょうし、
       女性の皆さま方には、心忙しい事とも存じます。

       例年、その年に旅行した土地の写真で締めくくっておりますが、
       今年は春に北ラツィオに出かけた位で過ごし、
       余り遠方に出かけなかった私めです。

       ですが、幸い大変興味深いサイト、私のブログ・タイトルである
       イタリア・珠玉の町・村にとても相応しいサイト、
       小さな町・村を上空から眺めた写真サイトに出会いました。

       町中にて眺める近い風景とは大いに違い、
       上空からの眺めは、中世の面影を残したイタリアの珠玉の町・村の
       全体の姿を一瞬に見せてくれます。

       飛ぶ鳥になったつもりで、年末の一時をちょっぴりのんびり、
       空からの眺めを楽しむべく、
       お茶でも入れて、ごゆっくりどうぞ!


       トップの写真は、フリウリ・ヴェネツィアジューリア州の
       パルマノーヴァ・Palmanova.

       
       サイトは、Documenti di Volo Ultraleggero
       ウルトラ軽飛行機とでも言うのでしょうか、 
       それにご夫婦2人が乗りこみ、あちこちの名所旧跡を上空から訪問、
       撮った写真を載せているもので、こちらです。
       http://www.minniti.info/index.php

       パイロットが夫のセバスティアーノ・Sebastiano
       コマンダンテ・司令官が妻のパオラ・Paola で、
       お二人の写真もサイトにありますが、

       archivio fotografico という横にある数字をクリックすると、
       其々に20枚の写真が小さく出て、
       次々と拝見する事ができますので、どうぞ。

       ここでは私めの好みで勝手に選ばせて頂いたものを、
       今迄に訪れた町には記事にリンクをし、
       未だの町は地図と共にどこにあるかをお知らせし、
       お楽しみ頂きたいと思います。


       で、上のパルマノーヴァの町ですが、地図をどうぞ
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       ウーディネ・Udine から南に約30kに位置し、
       9角形の星型、周囲を土塁が取り巻き、その外に堀が巡ります。
       16世紀にヴェネツィア共和国のフリウリにおける守備の要として
       造られた町で、それぞれの星型の先には砲台がありました。

       真ん中の広場、ピアッツァ・グランデに臨んでドゥオーモがあり、
       放射線状に道が通ります。

       以前2度ほど訪ねておりますが写真をその心算で撮っておりませんで、 
       再度のチャンスがありましたら、またご案内いたしますね。



       こちらはパドヴァの北にあるチッタデッラ・Cittadella という町。
       見事に円形の市壁が取り囲んだ姿を保っています。
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       市壁のちょうど四方に町の門があり、そこから中心に向け道が通り、
       中心の十字に交わる位置にドゥオーモがあり、
       夏に訪問した時、この広場には風が通り抜け、大変に爽やかでしたが、
       一歩町中の道に入り込むと、もう風が通らずその暑さに辟易した記憶が!



       地図をどうぞ
       トゥレヴィーゾ・Treviso からカステルフランコ・Castelfranco を抜け
       ヴィチェンツア・Vicenza に抜ける道、鉄道線上にあり、
       南にパドヴァがあります。
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       町を囲む城壁は、ちょうどカステルフランコの壁とよく似た
       13世紀の物で、小さい町ながら見所も多く、
       この町にもまたカメラを持っての再訪問を願っています。



       さてエミーリア・ロマーニャ州に下りまして、サン・レオ・San Leo の城塞
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       見事なまでの天然懸崖上に築かれた城塞で、
       マルケ州と北との守備の要であったのが、一帯が教皇領となると
       その価値を失い、単なる監獄として使われましたが、
       中には大物の収監者もおり・・。

       そのご案内はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/1228504



       こちらはフィレンツェ県のチェルタルド・Certaldo の町。
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       如何にも中世の面影を宿すこの町は、14世紀の作家・詩人、
       かのデカメロンを書いたボッカッチョ・Boccaccio の生まれた町
       として名高いのですが、
       彼の生家は博物館として公開され、塔の上にも上れるとか。

       一度は訪問したい町の一つですが、



       どこにあるか、地図をどうぞ
       フィレンツェからエンポリ・Empoli で乗り換え、
       シエナ行きの途中に位置します。
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       これはガイドブックの写真でご覧頂いたのとよく似ていますので、
       即お分かりの方も多いかも。
       
       はい、アンギアーリ・Anghiari の町、旧市街。
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       大変に特徴ある町並みで、こうして見ると下の駐車場から
       エレベーターで上に上がり、それからあの道を行き、
       あそこを曲がり、石段を上って・・、と
       それぞれの道を思い出せ、懐かしい!
       また訪問できるかなぁ~?!

       町のご案内 1と2 はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/14867291
       http://italiashio.exblog.jp/14873285

       アンギアーリの戦いについては
       http://italiashio.exblog.jp/14885331




       そしてもう一つ、これも訪れて良く覚えている町、
       と言っても記憶が自慢にならぬほどの小さな可愛いトスカーナの町、
       モンテリッジョーニ・Monteriggioni.
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       この町も周囲を市壁に取り囲まれ、物見の塔がそびえますが、
       シエナがフィレンツェとの境に13世紀初期に築いた町。

       手前に見える門を潜り、広場を通り真っ直ぐ行くと東に抜ける門があり、
       城壁の上にも2か所ほど上れる場所が整備され、
       のんびりと散策を楽しめる町なのでした。

       ご案内はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/9599110



       これはまだ訪問した事が無く、いつかと狙っている町、
       トスカーナ州アレッツォ県のルチニャーノ・Lucignano.
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       楕円形に市壁が取り囲み、内に家並が輪を描いて囲み、
       やはり中心に広場と教会と。

       古くからアレッツォ、シエナ、ペルージャの商交易の要として栄え、
       町は後期中世の面影を濃く残す、と。
      


       では、どこにあるか
       アレッツオから南に約30kの地点にありますが、
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       東に見えるカスティリオン・フィオレンティーノ・Castiglion Fiorentino
       モンテッキオ・ヴェスポーニ・Montecchio Vesponi
       という名にご留意を。



       で、こちらがカスティリオン・フィオレンティーノの町
       アペニン山脈を東のマルケから越えて来て、遠方に見えた
       この町の姿に引かれ、2年前の秋に寄っております。
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       中央上方に見える塔の下にも行きましたが、残念、
       ちょうど月曜日で博物館も塔も閉じておりましたが、
       なかなか見所の多い町、という記憶が残ります。

        旅の行程での様子はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/12045646



       この素敵な小さな城があるのは、Montecchio Vesponino の町
       サイトにはジョン・ホークウッドの城、と載っておりまして、
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       ジョン・ホークウッド?! あのフィレンツェのドゥオーモにある
       ウッチェッロのフレスコ画のホークウッド?!
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       驚きましたが、でもこの城館の写真の可愛さ見事さに魅かれ、
       どこにあるのか、と探しました。


       
       意外に簡単に見つかりましたが、サイトのこの写真に驚き・・、
       というのも、カスティリオン・フィオレンティーノという町の名と共に、
       確かに、この遠くに見える山上の塔の突き出した姿に覚えがあったのですね。
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       アッペニン山脈を下りつつ見たこの塔
       ほらね、車中撮影係のmkちゃんが確かに写しているのを見つけました。
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       中世の面影を残す町の姿、城の姿にはミーハー並みに喜ぶ我ら、
       ほら、あそこ見て! こっちにも!と何枚も写しておりました、ははは。
       今こうして、何という誰の城、と分かったのは、凄く嬉しいです!!

       時代祭りの写真や、希望すると中も見れる、とあるサイトはこちらに。
       http://www.castellodimontecchiovesponi.it/index_it.html


       ジョン・ホークウッド・John Hawkwood 
       イタリア語名ジョヴァンニ・アクート・Giovanni Acuto
       アクートとは鋭いとか刺す様な、という意味で、
       針を現わすフランス語のニックネームから、マッキャヴェッリがつけたとか。

       イングランド出身の14世紀の傭兵隊長で、英国で、フランスで働き、
       イタリアでも、その報酬によってはどちら側にでもついて戦う男。
       晩年をフィレンツェの為に働き勝利に導き、
       亡くなった時には国葬で送られ、
       現在もドゥオーモにウッチェッロの描く大きな騎馬像が残る、という次第。

       当時としては偉大な傭兵隊長であり、政治的にも動いたと言われ、
       秩序だった自分の配下を引き連れ、軍の駆け引きにも優れていた様子。


       ですが、日本版のウィキに登場する彼と、イタリア語版ではかなり
       空気が違いまして、とりわけ彼が非識字者であった、という記述が
       イタリア語のサイトでは一つも見つからず、
       少々興味を持ってあれこれ調べ回りました。
       
       で、英語版ウィキにある記述には、翻訳して読みましたので正確かどうか・・、
       非識字者であったろう、と。
       雄弁術に欠ける事、文章のやり取りも最初は管理人が、
       後には彼の妻が行っていた、という部分がありました。

       日本版には彼が買ったと書いてあるこのモンテッキオ・ヴェスポーニの城も、
       イタリア版では、フィレンツェ政府からの居城としての贈り物、
       他に2つ持っていた城も賜り物、一つはシエナに通じる道を見下ろす場所、
       との事で、如何に彼の最後の20年間ほどの働きを、
       フィレンツェが買っていたかがよく分かった事でした。
       


       上空からの写真では、城の位置が良く分かりませんが
       こんな素敵な写真も他のサイトで見つけ、
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       この写真、本当に美しいでしょう?!
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       最後にご覧頂く、この可愛い、一体住人は何人ほど?
       と思われるモンタッポーネ・Montappone の町、いや村ですね、これは。
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       海抜370mに位置し、コムーネの住民1760人とありますが、
       他にきっと新しい町が開けているに違いなく、
       この城壁の中に住んでいるのは、せいぜい50人未満でしょう。

       それにしても、このなんとも魅惑的な小さな囲われた村の姿!
       ですが、若い人には耐えがたいかも!ですね。



       どこにあるか、と探しました
       アスコリピチェーノ・Ascoli Piceno県ですが、
       マチェラータ・Macerata に近い、マルケ州にあります。
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       最後は、サン・マリーノ共和国・San Marino
       絶景写真をどうぞ!
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       サン・マリーノのご案内はこちらに
       http://italiashio.exblog.jp/12216026



       見て頂きたい、と思って選びだした数が多く、
       あともう2回ほど続けたい予定ですが、
       水彩ブログの方に、教会とヴィッラを7つ程載せますね
       見てやって下さい。


     *****

       いつもブログご訪問くださり、有難うございます!

       お陰さまで、今年一年もなんとか最後まで辿り着き、
       このブログも8年目に入りました。
       
       いつも応援くださり、励まして頂いているお陰です。
       本当に感謝です!!

       来年もまたぼちぼちと頑張って参りますので、
       またどうぞよろしくお願い申し上げます!!

       
       皆さま、良いお年をお迎えください!!
       

     *****

       水彩ブログには、空からの眺め ・ 教会、ヴィッラ編
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by italiashiho2 | 2012-12-29 09:31 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(10)
2012年 12月 23日

   ・・・ ルイーザの夏 ・ 島のヴァカンス ・ クロアチア ・・・

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       年の瀬も近く、既にクリスマス気分の日本の皆さま、
       寒さも厳しいこの折、ほんのひと時を夏のヴァカンスの想い出
       青い蒼い透明な海と、美味しい魚料理を味わって下さいませ!

       はぁ、私もいささか羨望の目で見つめましたこれらの写真の
       提供者は、パリの写真などもご覧に入れましたルイーザ・Luisaで、
       7月の2週間を妹のルチーア・Lucia一家と一緒に
       出かけて来た折の物です。
       
       上は、島の青い海
      
       こちらが既にこのブログでもお馴染のルイーザ
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       地図をどうぞ
       クロアチアの島、といっても大変数多く、
       この辺りからは家族連れで出かけて行く様子をよく聞きますが、
       彼らが行く島はケルソ・Chersoと言い、
       島に赤点をつけた場所ヴァルン・Valun にアパートを借りるのだそう。
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       西上に囲いました我が町コネリアーノ・Conegliano から
       イタリアの国境の町トリエステ・Trieste からスロヴェニア・Slovenia
       を通り抜け、印をつけたブレストーヴァ・Brestovaからフェリーで島に。

       コネリアーノからはブレストーヴァの港まで約3時間半、
       これは私がスロヴァニアに行った時に知ったのですが、
       コネリアーノから一旦高速に入りますと、そのままスロヴェニアに行け、
       クロアチアに入る時に旅券審査、という様子で、


       フェリーが約30分、降りてから約1時間、
       大体5時間の行程で行ける距離なのだそう。
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       到着するケルソ島はこんな海に囲まれ
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       水はこんなに透明!
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       彼らの行くヴァルンはこんな様子の小さな村で、
       レストランが3軒あるのみの、どこにも歩いて行ける距離。
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       猫ちゃん達の写真も、ルイーザはたくさん撮っておりましたが、
       なにせ2週間分、家族写真をのけた185枚の中から選ぶのが大変で、
       ここでは1枚だけを。
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       ラヴェンダが咲き誇り、所々に見える茶色は群がる蝶ちょ!
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       島の村には、まだこんな服装のお婆ちゃんも見かけ
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       村外れには、羊の放し飼い
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       多分この景色が、借りているアパートからの眺め
       ここに港があり、レストランもあるという・・。
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       ルイーザ達が借りるアパートは、小さな台所と寝室で
       2人分で1泊60エウロ、4人だと90エウロなのだそうで、
    
       ルイーザとレナートは毎年、既に20年間もここに夏出かけているそうで、
       戻る前に次の夏の予約をして来るのだそう。

       最初にこの場所を見つけたのはルチーアで、20年以上前の事。
       当時は本当に何も無い村で、魚を食べさせて貰う様頼む様子だったそうで、
       宿泊も10エウロもしなかったのだとか。

       そしてボスニア戦争が起こり、それが済むと徐々に観光が開け、
       ドイツ人がたくさん来るようになり、家々も整備され、
       値段も上がってきている、というのですが、
       それでも1泊2人で60エウロで、次の年の予約をして戻る、という、
       クロアチアに出かけるイタリア人家族は、皆翌年の予約を言います。



       町の上からの港の眺め
       右上に海に張り出したテラスが見えますが、
       あそこが彼らの行く魚の美味しいレストランで、後ほどたっぷり!
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       この辺りは、というよりも島全体が保護地域の様で、
       そのお陰で観光が栄えだしているとはいえ
       新しいホテルなどは建てられず、良いままで残っている様子。

       海への道
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       どんどん下って行くと、こんな風に海が見えてきて、
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       突き出している先っちょが・・
       こんな風に見えてきて
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       素晴らしい海水浴場! 
       泳いだり、小さなゴムボートを漕いだり、
       それにしても、人が少ない!!
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       夕陽を見るのに、絶好の場所に出かけます。 
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       こんな風に、他にも夕陽を見に来ている人々の姿も見え、 
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       海の向こうに沈む陽
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       そして夕暮れ時、港近くのレストランに
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       少し離れて停泊中の大型豪華ヨット
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       海に張り出すテラス席から見る港の夕暮れ
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       レストラン入り口ではジョヴァンニが魚をグリルしていて、



       こんな風に、ジョヴァンニの息子イヴァンが
       今日の魚はこれで宜しいか、と見せに来て、
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       手前が前菜の、自家製のマグロのオイル浸け
       1年前に取ったマグロをオリーヴ油につけておくのだそうで・・。
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       にゃお~ん。      



       貝類のワイン蒸し
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       にゃお~。



       蛸のマリネ
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       にゃ、にゃぁ~お!



       先程の魚が焼き上がり、各自の皿にイヴァンが取り分けてくれます。
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       にゃお、にゃお、にゃあ~~お!!



       出かけた2家族。 手前がルチーア一家で、
       左奥がルイーザの夫レナート。
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       レストランの息子イヴァン
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       ルイーザによると、この店は本当に魚が美味しく、
       ジョヴァンニも親切、息子もとても素敵な良い息子なのだそう。
       うん、バルカンの顔ながら男前ですねぇ。



       小さなカフェの前で、カルテットが演奏しながら、
       指の影絵をして見せている様子、・・素朴!
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       村の教会の鐘楼がライトに浮かび
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       そんなのんびりの2週間のヴァカンスも過ぎ
       戻るフェリーの上から。
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       こうしてまた来年の夏、彼らは出かけて行くのですね

       魚の写真を見て、ジュリアーナに、一緒について行こうよぉ!と
       言いましたら、うん、それも良いね、と言いましたがぁ・・、
       さて、
       2週間、美味しい魚と、人のいない美しい海辺と散歩のみで
       shinkaiは耐えられるでありましょうや?!
       うんにゃぁ~・・。


       では皆さま、良いクリスマスをお過ごしくださ~い!!
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       年末にまたご挨拶を。


     *****

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by italiashiho2 | 2012-12-23 23:08 | ・スロヴェニア・クロアチア | Comments(16)
2012年 12月 19日

   ・・・ 冬のヴェネツィア散歩 n.2 ・ リアルト ~ ドルソドゥ―ロ ~ 駅 ・・・

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       先回に引き続き、冬のヴェネツィア散歩のその2、
       ご一緒に、寒いながらも快晴のヴェネツィアの様子をどうぞ!

       上の写真は、リアルト橋北詰、クリスマス用の飾りつけで、
       イタリアでは大体12月8日の無原罪のお祭りの祭日以降に
       点灯されますが、どうもこの不景気で、少し寂しい感じなのだとか・・。
       観光客も今のこの時期、少ないでしょう?


       リアルト橋を渡ってから西に進み、ここはマニン広場の先、
       運河の隙間からサン・マルコの鐘楼が見える場所。
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       ちょうどアメリカ人たちの乗ったゴンドラが通りかかり、
       彼らはもう大はしゃぎ。
       ゴンドリエーレが「オッチ、オッチ!」、目の意味で「注意」、と
       行きかうゴンドラに声を掛けるのを真似て
       一斉にオッチ、オッチと叫んだり・・、ははは。



       ヴェネツィアの広場では広い内の一つサンタンジェロ広場
       冬の陽の陰が長くのび、鳩達もゆっくり。
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       広場北西に近く、小さな教会があり
       可愛い鐘が見え、始めてゆっくり写真を撮りました。
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       広場から西に抜ける橋の横に大きな建物があり、
       いつもは扉が閉まっているのが開いていて広い中庭が見え、
       初めて中に入ってみました。
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       内庭部分全体が石段4段ほどの高さになり、大きな井戸があり、
       円柱のポルティコが取り囲み、それを高い建物が囲みます。
       表札を確かめましたら、州関係の様々な事務所が利用している様子で、
       そこに来る人々もポチポチと見えるのでした。



       まだ12日の時点ではクリスマス用の市の屋台が無かった
       広いサント・ステーファノ広場を抜け、
       アッカデミア橋に。
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       アッカデミア橋の上から、はい、ずっと奥の本島の東、
       裸木となった公園の辺りまで見渡せ・・。
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       サン・ヴィオ広場の端の店でお昼を食べ、落ち着いて広場の様子を。
       この広場で、9月最初のレガータ・ストーリカを楽しんだのでしたが、
       今は日向ぼっこのシニョーレと、
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       杭の上のカモメ君
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       ゆっくりと小運河沿いの道を東に辿り、
       ソットポルティゴとヴェネツィアで呼ぶ、建物の下をくぐる小路、
       そこに射し込む陽の眺めを楽しみます。
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       ペギー・グッゲンハイム・コレクション入り口部分にある
       素晴らしい井戸の彫り物
       ちょうど陽の当たり加減が良かったです。
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       こちらはダリオ邸の裏からの眺め。
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       そして、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテが見える
       細い小路の橋の上。
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       手前に見える煉瓦積みの教会は、


       元べネデッティー派の修道院、
       サン・グレゴーリオ教会
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       夏と秋に見た時、このレンガ壁と手前の井戸の眺めが素晴らしく、
       多分陽の当たり方、その反射の明るさもあったのでしょう、
       ここは描きたい、と何枚も写真を撮っているのですが、
       今回見たこの陰の形も面白いなぁ、と。
       でも、夏に見たこの広場の印象の方が素晴らしかった。
       不思議ですね、同じ場所なのに、ね。

       なので、旅で感じる印象、想い出に残る風景というのは、
       その日のお天気、時間にも大いに関係するのだろうと思いますし、
       それと同じ様に、受け取る側の状態による変化が、
       読む物、音楽、映画、絵画への印象にも言えるのだろうと・・。



       広場横に見える建物は現在ホテルですが、
       入り口にはクリスマス用の飾り付けが。
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       サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会の入り口階段
       ちょうどの陽の当たり具合がまるでピラミッドを思わせ、
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       広場の向こうで何やら若者が遊んでいて
       二人でゴミ箱を同時に飛び越える様子をカメラに収めたい様子。
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       う~ん、やはり正面からぶつかるのが怖くて、
       大した飛越しでは無かったですが、ははは、
       付き合って二人の彼女が、一人はロビン・フッドみたいな衣装でね、
       カメラを構え、
       それをまた石段の上から狙う、暇なshinkai!



       ヴェネツィアの正面玄関方面を、異常なし!と写し、ははは、
       ゆっくりとアッカデミアの方に引き返します。
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       まだ修復が続いているアッカデミア美術館前で、
       その覆いにあったこのポスター。
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       Trame di moda・モードの筋書き、とでもいうのでしょうか、
       ヴェネツィアが登場した映画の中で、主演女優が着た衣装の
       展示会、なのですね。

       たまたまTVでドキュメンタリー風に紹介していたのを見ましたが、
       それはもう素晴らしい衣装が次々に紹介され、
       ヴェネツィアがいわば脇主役の、ヴェネツィアらしさを感じさせる
       衣装の展示会で、優雅な事にはまるでご縁のない私も見取れましたが、
       その会場にあてられたモチェニーゴ邸の内部が
       背後に映ると、これがまた素晴らしい館で・・!
       1月6日までの展示ですねぇ、虫ウズウズ!!
      
       モチェニーゴ博物館のサイトは
       http://mocenigo.visitmuve.it/

       pescecrudoさんがちょうどモチェニーゴ邸の歴史
       逸話をこちらに書いておられますので、1~3をどうぞ!
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-304.html
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-305.html
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-307.html
      


       アッカデミア美術館の前から橋を渡らずに、西回りに駅方面に。
       ゆっくりとサン・バルナバまでやって来ましたら、
       映画「旅情」でキャサリーン・ヘップバーンが落ちた運河に日が当たり、
       右上隅にちらっと見える店が、骨董店として登場した店。
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       その反対側のゲンコツ橋方面も綺麗に映り込み・・。
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       手前に見えるゴンドラの艫が少し変な形、と思いましたら、

       あれま、何かぶつかったのか、折れておりました
       で、よく見ると、元には修復するのが大変なのか、横着なのか、
       それでもちゃんと繋ぎの金をつけ、細い鎖で失くさないように! ははは。
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       ゴンドラの並びには、以前の様に野菜売りの船がちゃんと
       復活しておりまして、店内と船の上のテントにも
       クリスマス用のささやかな飾り付けの最中で・・。
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       が、店の持ち主が変わったのか、若い夫婦になっておりました。



       その先の、これも細長く広いサンタ・マルゲリータ広場の
       東端から見るサン・パンタロン広場の角
       そろそろ午後も半ばを過ぎた陽の中で、お喋りする二人の姿。 
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       駅前に大運河側にまで出てきて、ヴェネツィアの冬の散歩も
       そろそろお終いですが、レストランの入り口の飾りつけを。
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       と、こうして戻って来た我が町コネリアーノの駅前
       クリスマスの飾りつけに点灯されていたのを1枚どうぞ!
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       ヴェネツィアの長い散歩にお付き合い頂きまして
       お疲れ様、有難うございましたぁ!


     *****

       水彩ブログには、アッシジの小さな薔薇窓  あともう少し
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2012-12-19 23:45 | ・ヴェネツィア | Comments(10)
2012年 12月 16日

   ・・・ 冬のヴェネツィア散歩 n.1 ・ 駅前からリアルト橋 ・・・

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       快晴のお天気に恵まれた12日、ヴェネツィアに出かけて来ました。
       9月の最初に出かけて以来ですが、今回は一人でのんびりゆっくり、
       カメラをお伴の、冬のヴェネツィア散歩を楽しみつつ。

       小路を覗き、中庭があれば入り込み、行ったり来たり・・。
       ヴェネツィアは1時間の距離にあるお馴染の街とは言え、
       仲間と一緒だとこうはいきませんので、一人でじっくりと。

       今のこの季節、観光シーズンも盛りを過ぎ、
       かといってまだクリスマスの休暇には早く、

       がらんとした広場の端まで、人の姿で途切れる事なく見渡せ
       そこに冬の陽射しが斜めに差し込み、光と影が一際鮮やか

       そんな様子を楽しんであれこれ撮って来ましたので、
       2回に分けてご覧頂こうと思います。

       説明は簡単に、  ごゆっくりどうぞ!

       トップ写真は、駅前大橋スカルツィ橋より、大運河の東を


       こちらは、橋の上から駅横のスカルツィ教会
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       朝9時半頃ヴェネツィアに着き、駅前大橋を渡り、足の向くまま
       気の向くまま、お昼はアッカデミアの東の店で食べるつもりで、
       余り観光客の通らない様な道を選びつつ、南東に横切り
       ゆっくりとリアルト橋方面に、という道順ですが・・。

       ゴンドリエーレが朝の準備中
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       見上げる窓の中に、こんな明かり
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       冬の低い陽に、建物の影が長く運河を渡り
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       入り込んだ中庭に翻る洗濯物
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       細い小路に差し込む光
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       何度も通った事のある広場サン・スティン・Campo S.Stin ですが、
       光に浮きだす建物の軒の面白さに、初めて来た場所の様な印象を受け・・、
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       小さいワン君には、ヴェネツィアの冬は厳しいよね
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       広場からの道を辿って来て、角を曲がる時に
       フラーリ教会がこんな風に橋越しに見え
       ああ、美しいなぁ!といつも。
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       道行く人の姿が逆光に浮きだし
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       運河越しに見るフラーリ教会の美しい入り口
       以前の一般入り口は脇からだったのですが・・。
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       教会前、斜めに射す光の中の若者
       彼が向かう先には、古文書館の入り口。
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       フラーリ教会前の橋
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       また覗きこむ中庭、空と同じ色のシーツ
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       路地の先から運河を覗きこむと、
       ゴンドラが逆光に光り、ちょっとした迫力!
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       渡る橋、欄干の陰
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       運河に射す光と影と
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       客待ちのゴンドリエーリ
       へへへ、複数形ね。
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       サン・ポーロ広場に出て、初めて見かけたクリスマス用屋台。
       諸国物産展の様ですね、奥に見える旗はサルデーニャのですから。
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       サン・ポーロ広場の南東の隅を渡るポルティコの橋
       ちょうど女性が降りて来てくれ・・、
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       光が強い分、陰も強く鮮やか
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       サンタポナール・S.Aponal広場と教会
       手前左のレストランが暫く前から閉じていて、広場が寂しい・・。
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       鳩達が餌をあさるのも、陽の射す場所の様な気がしますが・・、
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       大運河沿いに出てきた所。
       お昼頃というのに、まだこんなに斜めの長い陰
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       リアルト橋界隈も観光客の姿が少なく
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       橋の左の天使像
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       リアルト橋を渡る手前で一旦お休みとし、
       近日中に、その2をアップさせて頂きますね


     * お知らせ *

       いつもたくさんの興味深い事を教えて下さる、ローマ在住のcucciolaさん。
       彼女の義弟のガブリエーレさんが、この度お仲間と共同で
       素敵な美味しいレストランをはじめられたそうです。

       Rosti という名のレストラン、紹介記事はこちらに。
       http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3638988.html?1355518230#comment-form

       住所はこちら
       Via Bartolomeo d'Alviano, 65
       tel 06 27 52 608
       

       近々ローマにお出かけ予定の方、お近くにお住まいの方にも
       是非お勧め下さいね。
       私もローマで行ってみたい場所の一つが、出来ました!
      

     *****

       水彩ブログは、前回のまま、モンテリッジョーニの古い壁 途中経過
       アップしております。
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by italiashiho2 | 2012-12-16 06:56 | ・ヴェネツィア | Comments(4)
2012年 12月 12日

   ・・・ グラッパ酒の蒸留所見学 ・ アンドレーア・ダ・ポンテ ・・・

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       10月の末に、我が町コネリアーノ近くにあるグラッパ蒸留所、
       何度も通っている道なのに、少し奥にあるせいか、はたまた節穴目か、
       まるで気が付かなかったグラッパ酒の蒸留所見学
       Distilleria della Grappa - Andrea Da Ponteにグループで出かけました。

       大概見学と言うといつもは圧倒的に女性が多いのですが、
       今回はその逆でして、ははは、男性方は熱心に見、説明を聞き質問。
       ですが、工場の方の見学は機械音が大きく聞きとり難く、
       それにお察し下さいね、 
       柔らかい話の部分はなんとか理解出来ますが、
       少し込み入った技術的な話になるとついて行けませんで・・!

       工場の見学の後、事務所の奥にある広い試飲販売所兼見学者接待所
       とでもいう所に案内され、
       会社の経歴、様子とか、あれこれ説明を聞き、
       そこで美味しいプロセッコとグラッパの接待も受けました。
      
       その時に聞いた話にちょっと驚いた内容もあり、
       ブログ掲載の了解を願いましたら、後でグラッパ蒸留について
       概要を書いたのもあるので送りましょう、と快く。


       皆さんもイタリアの食後酒グラッパ・Grappa はご存知でしょう?
       食後のコーヒーに垂らしたり、小さいガラスのコップで供される
       強い、40度ほどの、透明なお酒ですね。

       ワイン用の汁を絞った後の葡萄の滓から作るのが
       グラッパ、とは知っていますが、
       さて実際にどの様に作るのか、と考えるとまるで知りませんで、
 
       サイトでもグラッパ酒蒸留について読み、
       頂いた概要も読んだのですが、イマイチぴんと来ず、
       遂にイタリア語の先生アンナリーザに一緒に読んで貰い、
       漸くに、ああ、そうなのか、という納得が多々あり、はい、
       ですからここで大いに知ったかぶりで、ははは、ご説明させて頂きます。

       トップの写真は、奥の蒸留所の建物
       ガラス越しに、ステンレスと銅の円柱状の蒸留機が見え、
       GRAPPA DI PROSECCO・プロセッコ種から作るグラッパ、とあり、


       蒸留所の名前 ANDRERA DA PONTE
       このダ・ポンテという姓にご留意を。
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       地図をどうぞ
       この蒸留所のある位置は、コルバネーゼ・Corbaneseと言い、
       コネリアーノからだと車で10分位か、もっと近いかの距離。
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       道はずっと北に抜け、ヴィットリオ・ヴェネトから西に向かう道と
       合流しヴァルドッビアーデネに。
       地図の色のついているこの一帯が、プロセッコD O C G の生産地で、
       つまりその中心に、一番新鮮な葡萄の絞り滓の集まり易い地に、
       このアンドレア・ダ・ポンテ蒸留所があり、
       プロセッコのグラッパと銘打っている訳ですね。



       向こうの丘の上にはフォルメニーガ・Foremeniga の教会が見え、
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       工場の道の向こうの家は、こんな大きな農家。
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       1980年代の最初にコネリアーノから、この山沿いの平地に
       この大きな蒸留所が移って来たのだそうですが、
       創業は1892年と、既に100年を越す社歴を持ちます。
       
       プロセッコのワイン醸造はこの辺り一帯にたくさん点在するのですが、
       グラッパの蒸留所もコネリアーノやヴィットリオ・ヴェネトにあり、
       もっと西奥に当たるバッサーノ・デル・グラッパは、
       まさに町の名が示す様に有名ですね。

       プロセッコのワイナリー見学 その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/9780579
       http://italiashio.exblog.jp/9780374




       最初に見て頂いた蒸留塔のある建物の手前を抜けると、
       この大変広い広場があり、
       ステンレスのタンク・サイロが並びます
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       詰まりこのサイロに、プロセッコ種の葡萄の絞り滓、
       まだ発酵する前の、絞って4時間以内の絞りかす
       順に入れられる訳ですね。

       プロセッコ種の搾りかすは、約800軒の葡萄栽培農家分
       がここに集まってくるのだそうで、
       ・・サイロ1本の収容量なども聞きましたが・・。
       
       この大きなサイロは一定温度に冷却されており
       圧縮された葡萄絞り滓が発酵しながら底に沈まぬよう
       常に新しい葡萄滓が導入される様に管理されていると。

       こうして発酵した後


       この建物内の蒸留器に移され、グラッパの蒸留が始まるのですね。
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       工場の方の説明の方に写真の許可を願いましたら、
       こっちは良いですが、奥はダメです、と言われ、
       その奥なる物が表の建物かと思い、ははは、
       この蒸留器の部分、何機も背の高いステンレスの円柱式が
       並んでいるのを、パシャパシャ撮っているのです。きゃはは。
       説明者を皆が取り囲んで聞いているので、
       写真を撮っても気が付かなかった様子で、私以外にも・・!

       最後事務所でブログ許可を貰う時に、この部分の写真がダメらしい
       と気が付き、ディスプレイで見せましたらノーだったのですが、
       この建物の窓から見えるのは問題無いという事で、
       皆さんにはちょっと覗いて見える部分だけを、ははは、
       shinkaiの出し惜しみではない事を強調して、どうぞ!

       どこもかしこも皆オートメ化されており、
       実際に働いている人は2~3人見かけただけ!



       奥の方の工場が大きな騒音で稼働しており、明るい内部と
       暗い内部とちょっと極端でしたが、

       こんな風にトラクターで、一見土の様に見える、
       明るめの茶色の物体を運んで来ていて、
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       こちらの工場の取り入れ口から、こんな風に内部に落ちて行くのですね。
       ね、まるで土の様でしょう?
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       これが蒸留された後の葡萄絞り滓、つまり皮と種でして、


       こちらの工場で、葡萄の種と皮(粉)に分けられるのですね。
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       この時点では、皮よりも種の方が断然重くなっているそうで、
       葡萄の種からは大変に質の良い油が採れ、
       化粧品にも多く使われ、日本にもたくさん輸出されていると!
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       へぇ!と驚きましたら、あんた日本人?と聞いて来まして、
       自分の所が直接売っているのではないので詳しくは知らないけど、
       とにかく日本がたくさん買っているよ、と。
       


       こちらは頂いて来たパンフレットから、社の写真
       美しい場所にあるでしょう?
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       これがプロセッコ種の葡萄で、食べても美味しいそう。
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       手前の建物2階には、こんな風に社の製品がずらっと並び
       本当はこの何倍も棚があり、贈答用の箱入りも各種テーブルに並び、
       販売もしており、
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       その奥に、見学者接待所が続き
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       テーブルには、こんな風に既に誘惑の姿が並んでおりましたが、
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       この方が、こちら接待所の方で説明をして下さった社の相談役
       お名前をどこかに控えていたのにぃ・・、
       大変洒脱なお人柄で、お話しぶりも、すっきりの応対も気持ち良く。
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       さてこちらが社の創業者、ダ・ポンテご一家1900年代初め
       奥の列左から3人目がアンドレーア・Andreaで、
       その右が弟のマッテーオ・Matteo
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       このマッテーオがグラッパ蒸留法についての研究というか、
       技術面を請け負ったようで、1896年に
       蒸留の手引書・Il manuale della distillazioneという本も
       出版しているのだそう。


       最初に見て頂いた社名の写真で、ダ・ポンテという姓に御留意を、と
       申し上げましたが、この時の社の由来説明で、
       モーツァルトの3大オペラ、フィガロの結婚、ドン・ジョヴァンニ、
       コジ・ファン・トゥッテの台本を書いた
       ロレンツォ・ダ・ポンテ・Lorenzo da Ponteの名が出て驚きました。
       詰まり縁続きだというのですね。


       こちらが良く見かけるロレンツォ・ダ・ポンテの肖像ですが、
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       彼はすぐ近くのヴィットリオ・ヴェネト、正確には合併する前の
       チェーネダ・Ceneda の生まれでユダヤ系。
       父親がカトリックの女性と結婚する時に一家で改宗し、
       その時のチェーネダの司教ロレンツォ・ダ・ポンテの姓を貰い、
       長男の彼はその名も貰ったというのですが、

       つまり、この台本作家として有名なロレンツォの父親から
       3代目が、この蒸留所の創業者アンドレーアになるのだそう!

       早とちりのshinkaiは最初の驚きが醒めぬままに、
       ロレンツォとアンドレーアが兄弟だったのかと思い訊ねましたら、
       だって、はっきり最初に説明されなかったのですものぉ、
       いえ、父親から数えて3代目、100年の違いがあります、と。
       ははは、数字に弱い私は、年代がパッと計算できないもんね。

       現在の経営者はフランチェスコ・ファブリス・Francesco Fabrisと
       言いますが、彼の父親ピエール・リベラーレ・ファブリス・Pier Liberale
       が、アンドレーアの娘ブルーナと結婚しているのだそうで、
       社名として創業者アンドレーアの名が引き継がれている訳ですね。

       日本だとこういう場合、婿に、となりそうですが、
       イタリアはそういう事も無く、夫婦も別姓のままです。

       ロレンツォ・ダ・ポンテの破天荒な生涯については、
       ペーシェクルードさんがこちらに詳しく。 是非どうぞ!
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-151.html
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-152.html
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-153.html
      



       では、実際の写真が使えないので、サイトから拝借の写真で、
       実際の蒸留器や蒸留の仕組みを簡単にご説明しますね。

       これがマッテーオが作り特許を取ったという蒸留機ですが、
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       以下の写真はいずれもバッサーノ・デル・グラッパの橋の脇にある
       ポーリ・Poliという蒸留所が公開している博物館の物。

       こちらが一番初期の形で、右上に見える図の様に、
       釜の下から火を焚き、アルコール分が蒸発したものを、
       左の細い管を伝わる内に冷やされ、液化するという物。
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       そして一段進んだものがこれ、いわゆる湯煎型
       イタリア語ではバーニョマリーア・Bagnomariaと言います。
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       熱が直接に当たって葡萄滓が焦げたりせぬよう、
       沸いた湯の熱が伝わる方法ですが、


       左の写真が、ダ・ポンテのパンフレットにあるバーニョマリーア機
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       現在は技術研究、革新も大変に進んでいまして、
       この湯煎法も下からだけの湯ではなく、ぐるっと周囲を取り巻く方式
       その加熱も常にゆっくりと、つけたり消したりだそうで、
       この伝統の銅製湯煎器も最新型で、蒸留所建物内で稼働中。

       ダ・ポンテの製品の内の2種
       ヴェッキア・グラッパ・ディ・プロセッコ・Vecchia Grappa di Proseccoと、
       ウーニカ・ダ・ポンテ・Unica Da Ponte が、
       この古い形の蒸留機で作られているのだそう。

       全て完全にオートメ化され、内部の様子が映るディスプレイがあり、
       一面の霧状態や、右写真の様にポチャン、ポチャンと
       滴の落ちる映像も見えました。



       こちらがサイトから拝借の、
       最新の真空継続蒸留機、とでもいう言葉でよいのか、
       真空にした場合の利点などもあれこれ読んだのですが、
       つまりです、より美味しいのが蒸留できるらしく、がはは、
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       こんな短いものではなく、最初にご覧頂いた写真の様に、
       4階の建物分の天井まで届くのが、何機も稼働中でした!



       ここまで書いて来ました所で、
       では、グラッパの定義とは、ですが、

       グラッパ・Grappa と呼べるのは、イタリアとサン・マリーノで作られた物、
       とヨーロッパ議会で決められておりまして、

       グラッパは、葡萄の搾りかすを発酵させ、蒸留して作る物
             
       フランスにも同様に絞りかすから作る物があるそうですが、
       上記の条例により、アックワヴィーテ・Acquavite に含まれます。

       アックワヴィーテと呼ばれる物は、絞りかすが既に発酵した物から
       蒸留する、または絞り汁(モスト・mosto)から蒸留させる物、

       ブランデー、コニャックは、ワインを蒸留させた物

       という事で3種、それぞれに違う種類という訳ですね。


       蒸留した際のアルコール分は65~86度にもなり、
       飲むのに適正な40~42度に、蒸留水で薄めるのだそう。

       こうして蒸留の後液化した、いわば葡萄絞り滓のスピリト・魂、
       または葡萄の精とでも呼べるアルコール、葡萄が育った土地の香り、
       葡萄の種の違い、収穫年の出来具合をも全て含んだ葡萄の精は、
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       フランスはLimousin産の楢の木樽に入れられ、4年から12年熟成され、
       果物や花、香料の香りが強まり、優しく精製されるのだそうですが、
       木樽で熟成させるこの段階は大変複雑なのだそうで、
       湿度と温度そして年数が絡み、熟練技術が必要とされると。



       そして最後にマイナス10度前後の温度で濾されますが、
       この温度がグラッパに特有の透明度を与えるのだそう。


       という訳で普通のグラッパは透明色ですが、例外も勿論、
       薄く黄色になったグラッパの年代物もありまして、
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       葡萄酒だと同じ名前のワインでも、何年産と呼ばれますが、
       ダ・ポンテのグラッパの場合、高級2種はブレンド物で、
       ヴェッキア・グラッパ・ディ・プロセッコ・Vecchia Grappa di Prosecco
       が8年分のブレンド、
       この写真のグラッパ・ウーニカ・Grappa Unica は10年分!
       ね、美味しそうな色をしていますねぇ。

       つまりそれだけ品質保持に努めている事になりますが、
       展示されていた品のお値段も、お高うございまして、
       勿論化粧箱入りでしたが、30とか60エウロとかの朧な記憶。
       サイトで見ましたら10年ブレンドが31エウロ、
       8年ブレンドが24エウロ と出ておりましたぁ。



       最後のこの写真は、
       今春のヴェローナ、ヴィニタリー・VINITALYの会場写真で、
       我々に説明して下さった方が、サンタ・クロースに扮しての、
       クリスマス用グラッパ、メリー・クリスマスの宣伝です。
       この為に何カ月もかけて髭を伸ばされたそうで、かゆかったと!
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       なぜこのクリスマス用グラッパが登場するかと言いますと、
       ロレンツォ・ダ・ポンテは晩年をニューヨークで過ごし亡くなりましたが、
       1822年のクリスマス・イヴに招かれた友人宅で、
       ヨーロッパのクリスマスについてあれこれ語ったのを、
       その友人が書き遺している、という事に因むのだそうで・・、

       親戚の叔父さんのお話とお仕事を結びつけたというご愛敬ですが、
       ・・まぁクリスマスも近い事でありますので、こちらをどうぞ!
        http://www.youtube.com/distilleriadaponte

       Viva la grappa di Babbo Natale!
       No grappa No Christmas! ははは。
                     
       社のサイトは
       http://www.daponte.it/index.php


       shinkaiはです、グラッパの試飲はしておりませんで、
       なぜと言いますと、接待で最初に出されました
       プロセッコのドン・ジョヴァンニ・Don Giovanni
       社ではプロセッコも作っていまして、勿論この命名も
       モーツァルトのオペラ、ロレンツォ・ダ・ポンテ台本の
       「ドン・ジョヴァンニ」に因む訳ですが、

       これが美味しかっただけでなく、それが供された細身のグラス、
       DとG がデザインされて入っている美しいグラスが欲しくなり、
       ははは、若い時以来した事のない、黙ってのお持ち帰りを、ね。
       
       このブログを載せましたら、社の方にご報告を致しますが、
       イタリア語に訳して最後までじっくり読まれない事を願いつつ、へへへ、
       
       皆さんにも、楽しんで頂けましたように!       


     *****

       水彩ブログには、モンテリッジョーニの古い壁 途中経過
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by italiashiho2 | 2012-12-12 02:58 | ・ヴェネト州 | Comments(6)
2012年 12月 08日

   ・・・ ヴェネツィア、ルネッサンスの館 ・ グリマーニ邸 n.1 ・・・

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       今日ご覧頂きますのは、ヴェネツィアの素晴らしいルネッサンスの館
       30年近い歳月をかけて修復され、つい3年ほど前から博物館として
       一般に公開されているグリマーニ邸・Palazzo Grimani です。

       前年に友人と訪問した時はガイド付きの見学、いわば見張り付きで、ははは、
       写真は一枚も撮れなかったのですが、
       今春グループで再訪問、我らのガイドでぞろぞろ移動するものですから、
       写真禁止なんのその、ははは、前年の分まで憂さを晴らすべく撮りまくり、
       その挙句に整理するのが例の如く遅れまして・・。

       グループの一人が記事を纏めたから写真が欲しい、いつできる?と
       何度もの催促で、遂に個展会場にPCを持ち込み、
       午前中は暇なのを幸い漸くに整理した所ですが、
       まぁ、まだ年内ですものね、ははは。

       余りにも邸内の雄大さ豪華さに驚き呆れ、説明は一つも記憶に残らず、
       あれこれ親切なサイトを探しまわり、漸くになんとか
       部屋の名前が幾つか分かりましたので、はい、その程度のご説明で、
       ヴェネツィアの裕福な貴族の館が如何に豪華であったか
       溜息をつきつつ、楽しんでくださいませ!
       
       写真の数が50枚を越えまして、もう半ばやけくそで
       2回に分けますので、よろしくお願いいたします。

       では、どうぞごゆっくり!!

       トップの写真は、細い小路の奥に見える邸の入り口


       ヴェネツィアのグリマーニ邸と言うと、(写真はサイトから)
       リアルト橋から西に少し行った所、大運河に面したこちら、
       サン・ルーカのグリマーニ邸が有名なのですが、
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       地図をどうぞ
       今日ご案内のグリマーニ邸は、サンタ・マリーア・フォルモーザの
       グリマーニ邸と呼ばれる方で、
       場所はリアルト橋から南西に、サンタ・マリーア・フォルモーザ教会、
       広場からすぐ近くにあります。
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       広場から南東隅にある橋を渡って少し進み、左手にある小路の突き当たりに、
       最初にご覧頂いた入り口が見えます。



       細い小路の突き当たりに見えるのは、ほんの入り口だけなのですが、
       門をくぐると四角く広い中庭が広がり
       3階建ての建物が周囲を取り囲みます。
       土地の狭いヴェネツィアで、これだけの中庭、建物と言うだけで
       大変な贅沢!
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       入り口から入って来た中庭の眺めの向こう端に、 
       サン・セヴェーロ運河・Rio di San Severoからの入り口、船着き場が見え、
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       こんな風にゴンドラが通り過ぎるのも見え、
       かっては運河側が建物の正面、そして入り口だった訳ですが、
       現在は閉じられていまして、
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       中庭こちら側のポーチの角柱の上の飾りはこんな様子で、
       花や、こんな野菜果物の籠が乗っており、
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       こちらのポーチは道からの入り口の並び、上のポーチの向かい側。
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       円柱の上のこの飾りはイオニア式、ローマ期の物の再利用で、
       柱の数に一つ足りませんで、新しい、と言っても建物建設当時の
       16世紀の物を追加しているのですね。
       が、見てすぐに分かる程の技術の違いでして・・!
       ローマ人は凄かった、といつもの呟きが出ます。
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       ポーチの下はこの様な木の天井
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       さて建物に入り、正面大階段・Scalone monumentaleとでも呼ぶ
       階段を上がりますが、床にはモザイク柄、
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       そしてこの天井部分が、ドゥカーレ宮を思わす素晴らしい漆喰細工!
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       階段を上った、細長い大広間からの階段の様子
       グループで行くと写真は撮り放題なのですが、ははは、
       どこにでも仲間がいて全体が撮れませんので、サイトからの写真をどうぞ。
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       この部屋の名前が分かりませんが、暖炉部分と格子天井
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       葉っぱの部屋・Stanza a fogliamiと呼んだら良いでしょうか、
       天井一面に木々と果物、飛び交う鳥達が描かれた素晴らしい部屋。
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       有名な物ではミラノのスフォルツァ城にレオナルド・ダ・ヴィンチが
       描いたと言われる大樹の部屋がありますが、
       あちこちの貴族の館を見ると、天井部分に木の枝が絡まり花が咲き、
       鳥達が飛び交う棚が描かれているのを良く見かけます。
       きっと彼らの野外への憧れだったのでしょうね。


       このグリマーニ邸は16世紀に建設され、長らく放置されていたのを
       1981年に国が買い取り、27年間に渡っての修復が続き、
       例により資金不足で長引いたらしいのですが、
       漸くに2008年12月から公開されているもので、
       ヴェネツィアのアッカデミア、カ・ドーロ、東洋美術館、考古学博物館に
       並ぶ5つ目の美術博物館。

       建設主であるグリマーニ家・Grimani は、ヴェネツィア貴族では
       あるのですが、古くからの家柄ではなく、
       最初に名が出たのは、商業交易で目覚ましく財をなし、
       遂にヴェネツィアの76代ドージェにまでなった(1521~23)
       アントーニオ・グリマーニ・Antonio が最初。

       ですがこの後の家の発展は素晴らしく、
       ドージェが計3名、枢機卿2名、そしてアクイレイアの総大司教が3名、
       政治家、美術のパトロンとしても有名な家柄。

       この屋敷は元々ドージェのアントーニオの屋敷だったものを、
       彼の孫に当たるアクイレイアの総大司教ジョヴァンニ・Giovanni
       その兄のヴェットーレ・Vettore が指揮を取り改装した物。

       ジョヴァンニはギリシャ、ローマ美術品のコレクターとしても
       有名な人物で、ご覧の様に家の内部の調度品は全て散逸し、
       家の建設に使った色大理石の組合せの素晴らしさと、
       天井のフレスコ画が残るのみなのですが、
       ジョヴァンニの鑑識眼の見事さとその情熱が結晶した館
       と言えましょう。


       通り抜けの通路は部屋の真ん中、または端を通りぬけ、
       こんな風に奥の部屋まで見通せます。
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       柄と色大理石のハーモニー、大変古典的な重々しい美
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       そしてこちらが圧巻、ラ・トゥリブーナ・La tribuna・観覧席とか
       傍聴席とかいう意味なのですが、賓客用特別鑑賞室とでも!
       ご覧下さい、
       この天井の高い塔状の上から光が射しこみ
       宙に浮く鷲の姿のゼウスと青年ガ二メーデの像
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       これを書いた所に我がイタリア語の先生アンナリーザがやって来たので、
       ブログ用に準備した写真を見せましたら、感嘆しながら見たのですが、
       それで教えて貰った事を一つ。

       この青年ガ二ーメデは罪を犯し、山の岩に縛りつけられ、
       毎日鷲に食べられるという罰を受けたとかで、
       ですからこれは鷲に山に運ばれて行く姿、という訳なのだそう。
       ・・と、確かめずに書いておりますが、OKかな?

     * 追記 *
       いいえの、ガ二メーデはオリンポスで神々の給仕をする為に誘拐されたのだそうで、
       ははは、またアンナリーザは軽~く嘘を教えてくれたぁ! イタリア人だぁ!
       コメント欄クリスさんの部分をどうぞ!


       部屋の下部分も如何にもの重々しさでご覧頂きたく
       この写真はサイトから拝借を。
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       床の大理石の花模様
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       残念な事に、青年ガ二メーデの鼻が欠けているのですが、
       舞台設定の見事さに何枚も角度を変え撮っており、
       その都度に鷲の目の表情が変わるのに、見とれました。
d0097427_1364265.jpg



       という所で、その1はお終いにして、
       下の「次のページ」をクリックして、その2にお進み願います


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     *****

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by italiashiho2 | 2012-12-08 03:33 | ・ヴェネツィア | Comments(10)
2012年 12月 08日

   ・・・ グリマーニ邸 その2 ・ ヴェネツィア、ルネッサンスの館 ・・・

       ルネッサンスの宝石箱の様な素晴らしいヴェネツィアの館
       サンタ・マリーア・フォルモーザ広場からすぐの位置にある
       グリマーニ邸、現在は博物館、の豪奢な邸内を
       引き続きご覧頂いております。
       
       こちらの部屋も名前が分からず・・
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       展示されていた壁画の一部は、リアルト橋脇にあるかってのドイツ商館
       長らくヴェネツィアの中央郵便局だった、そして未来の
       商業センターになると言われているあのフォンダーコ・デイ・テデスキの
       正面、運河側の壁を飾っていたと言われる
       ジョルジョーネのフレスコ画の一部、ヌード像
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       ご覧の様に損傷がひどく、この部分だけなのが残念ですね。
       で蛇足ながら、商館の脇壁の方は、ティツィアーノという・・、
       当時の画家の格付けを現わすエピソード。



       柄が大好きな私は、暖炉の陶器の渋い柄に魅かれ
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       こちらは別の部屋の暖炉
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       部屋の奥に通り抜けできる細い部分があり、入って見ましたら、
       これは化粧部屋というか、お風呂トイレ部分だった様子。
       壁も天井もすっかり美しく埋め尽くされた贅沢さ、優美さ!
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       窓の隙間から覗くと、建物の正面玄関の前を流れるサン・セヴェーロ運河の
       向こうに細い路地が見え、も一つ運河があり、
       その向こうにサン・ロレンツォ教会が
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       こちらは食事の部屋・Sala da pranzoで、
       天井画のモチーフは鴨や魚。
       まぁ意図は分かるのですが、こういうのを見ながら食べて、
       食欲が湧くのかなぁ? どう思われます?
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       通路の扉の向こうに惰円形の螺旋階段が見え、
       サイトの案内には、パッラーディオ風・パッラーディオの、という
       形容詞がついているのですが、正確には分かりませんで・・。
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       下の写真はサイトから拝借で、
       この階段は多分召使たち専用と。



       大理石の色と柄を上手く使った装飾があちこちに
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       大広間と書いてあるサイトと、ドージェ・アントーニオの部屋、と
       説明してあるのと両方ですが、重々しさと優美さと。
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       下の写真はサイトから。



       また別の窓から覗く庶民の世界、ははは、
       ですが、この大きな教会の名が分かりませんで・・。
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     * 追記です *
       「ヴェネツィア ときどき イタリア」のfumieveさんが、北の位置にある
       サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会、と教えて下さいました。
       有難うございました!


       赤色が美しい、優雅なアポロの間
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       床は大理石柄以外には部屋によって色と柄が違うのですが、
       こんな風に色を塗り特殊な加工、ポンペイの壁画でご紹介した
       エンカウストという方法、詰まり上から蝋を塗り込む方法に
       似ているらしいのですが、
       パステッローネ・ヴェネツィアーノ・pastellone veneziano
       と呼ばれます。
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       この白と金で装飾された天井の部屋は、カッリストの変身の間
       Stanza delle Metamorfosi di Callistoと呼ばれるのですが、
       まるで説明を聞いておりませんで・・、ご容赦!
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       で、柄の角に光る小さなものは、


       鏡を、というよりも凸面の金属が嵌め込まれているのでした。
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       奥の部屋には、当時展示がされていたカナレットのデッサンなど
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       こんなフレスコ画の装飾も残り
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       如何でしたか?
       なんとも素晴らしいグリマーニ邸の内部で、
       裕福なヴェネツィア貴族の生活を垣間見る素晴らしい館
       お時間のある方、是非見学を、とお勧め致します
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       月曜日: 8.15 - 14.00
       火曜~日曜: 8.15 - 19.15
       閉館は1月1日、12月25日、5月1日

       サイトは
       http://www.palazzogrimani.org/?lang=en
       http://www.polomuseale.venezia.beniculturali.it/index.php?it/7/museo-di-palazzo-grimani

       

     *****

       水彩ブログには、坂道の小さな薔薇窓・アッシジ 途中経過
       アップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

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by italiashiho2 | 2012-12-08 03:07 | ・ヴェネツィア | Comments(6)
2012年 12月 03日

   ・・・ ちょっぴり歴史に名が残る、我が町コネリアーノの様子を ・・・

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       昨日土曜にこちらイタリアでの初個展が無事済みまして、
       今日日曜はごそごそと、ブログ再開の下準備に取り掛かり、
       お洗濯をし、のんびりゆっくり始動開始を。

       で、個展の総括は最後に書かせて頂くとして、
       ブログ再開の第1回目は、我が町コネリアーノ・Coneglianoの話題を

       ヴェネト平野の北、人口3万5千人程のまぁ穏やかな町ですが、
       以前からご紹介したかった2つの話題、
       ちょっぴり歴史に顔を顔を出し、名が残る、という2つを纏めて、
       
       一つはフランス王アンリ3世に関するもの、
       もひとつは、キプロス王ジョヴァンニ2世と、その妃
       カテリーナ・コルナーロに関するものです。

       事件があった訳ではないのですが、まぁ、以前から興味を引かれ
       調べたりしましたので、どうぞ見て、読んでやって下さいね。

       上の写真は、町の中心部の西端にある、カヴァッリーノの門・   
       La porta del Cavallino と呼ばれる場所のロータリーで、
       正面に見える建物の壁に描かれた絵が、本日の第一のお話

       3年程前になるでしょうか、アクリルで描かれており、
       まぁ、絵そのものは・・・ですが、失礼!
       興味を引かれたのはその主人公と日付でした。


       コネリアーノの町の地図をどうぞ。
       地図の中心がいわば町の中心にもあたり、真ん中に見える電車の印に
       鉄道駅があり、赤い印1に上の写真の建物があります。
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       2の印がキプロス王の家のある位置で、
       その左にある丸い小さな印が今回の個展会場の場所で、
       上向きの矢印がスコミーゴ村への道。
       右下に見える小さな赤マルの位置に、ホテル・チッタ・ディ・コネリアーノが
       ありまして、蛇足ながら、
       ここはお値段も50エウロ程で、場所もまぁ便利でお勧めです。



       カヴァッリーノの門のある位置は数年前再開発され、
       この宣伝の様な大きな住居と事務所に生まれ変わったのですが、
       向こうの丘の上にはコネリアーノのお城も見える、という位置。
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       先程のアクリル画ですが、
       その主たる場面はこんな感じで、
       左にフランス国王アンリ3世がコネリアーノの町を訪問した姿で、
       右に町の鍵を持った代表がお迎えしている、という図。
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       実はこのアクリル画が出来上がった時に除幕式があり、
       地図でご覧の様に、ロータリーを中心に道が5本交差する位置。
       集った人々が道にはみ出し、車がかなりの停滞をし、
       私も止められた記憶がありますが、絵の主題は考えなかったのです。

       所がブレンタ川の船行きをブログに載せた時、あれこれ読んでいる内に
       フランス王アンリ3世がヴェネツィアに行くのにブレンタを船で行った、
       という記述に出会いました。
       へぇ~と思い、それを友人のエレオノーラに話した所、
       あそこの壁画にアンリ3世がコネリアーノに来た場面を描いているよ、と。

       早速見に行き、それをまたルチーアに話しましたら、
       あれはヴェネツィアに行く時に通ったのよ、といとも明快に。

       ヴェネツィアに行く時にコネリアーノを通ったのか
       それともブレンタから入って、コネリアーノから戻ったのか、と
       こうなるといささか執拗に、ははは、調べ始めた私めです。



       実はこの絵の下に字が描かれておりまして、少し見え難いですが、
       IL RE ENRICO III ARRIVA A CONEGLIANO IL 14 LUGLIO 1574
       LA CITTA` LO ACCOGLIE IN FESTA
       アンリ3世王はコネリアーノに1574年7月14日に到着した
       町は彼をお祭りでお迎えした と。
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       所で、フランス国王アンリ3世と言っておりますが、
       実際はまだこの時点ではフランス王になっておりませんで、
       未来のフランス王アンリ3世、この時はまだポーランド王でありました。

       と読み出したら、これがまた大変可笑しい、ひひひ、と笑えるほどの
       お話が詰まっておりましたので、皆さんにもゴシップ並みの話題をね。



       アンリ3世のお顔をどうぞ
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       彼は1551年9月にフランス国王アンリ2世の3男として出生、
       母はイタリアからお輿入れのカテリーナ・デ・メディチ

       夫婦仲はあまり芳しくなく、夫には結婚前からの有名な愛人がいたそうで、
       このアンリは母親から「私の目」と呼ばれ溺愛されて育ったのだそう。

       父国王アンリ2世が馬上槍試合で右目を貫かれたのが原因で死亡、
       長兄フランソワ2世が王位を継ぐものの16歳の若さで死亡。
       次兄シャルル9世が継承しますが彼は病弱、兄弟仲は当然良くないですね。

       ですがポーランド王が死亡後、議会が新国王を選挙で選ぶ事になり、
       彼も立候補し、前国王の妹で次期の国王妃とみなされていたアンナが彼を支持、
       こうして1573年5月にポーランド国王に被選出

       兄の病状が進むのを見てポーランドに行く事を躊躇いつつも、
       迎えに来られ送られ、遂に1574年2月に戴冠式を。

       ポーランド貴族との関係も上手くいかず、28歳年上のアンナとの結婚にも
       踏み切れず、国王としては上手い滑り出しとはいえなかった様子ですが、

       遂に5月30日に兄王逝去、の知らせが母親カトリーヌから
       6月17日に届き、帰国を促します。
       で、アンリは6月18日深夜に側近数人を伴い、ポーランド国王冠の
       ダイヤモンドを盗み出し、王宮から逃亡、ははは。
       つまり国王が国を捨て逃げ出した、という驚愕的事件だった訳ですが、

       オーストリアとの国境を越えると、未来のフランス王ですから、
       ウィーンで皇帝の歓迎を受けた後、ヴェネツィア共和国に入り、
       7月14日にコネリアーノに、という次第なのでした。

       ヴェネツィアに到着は18日、という事ですから、きっとトゥレヴィーゾでも
       町を挙げての大歓迎だったに違いなく、ゆるゆると進んだ様子。
       ヴェネツィア共和国当時のドージェは85代アルヴィーゼ・モチェニーゴ・
       Alvise Mocenigo で、アンリは大歓迎を受けます。
       同年5月11日にはドゥカーレ宮が火事になったり、それ以前には
       トルコとの屈辱的な協定もあった時期だったのですが、

       10万スク―ディを利子なしで借り出したり、
       1125スク―ディを費やし香水を買い、当時フランスでは
       まだ使われていなかった4本に分かれたフォークを使ったり、
       歌人で高級娼婦でもあるヴェローニカ・フランコ・Veronica Franco
       も賓客のおもてなしに参上!

       彼の魅力、洗練された上品な物腰は、彼の行く先々で
       大きな熱狂を引き起こしたようですが、
       
       ヴェネツィア共和国側のもてなし、ヴェローニカとの様子は
       pescecrudoさんがこちらに詳細に書いておられますので是非!
       http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-176.html

       長い間あれこれ興味を持って考えた彼の行程だったのですが、
       pescecrudoさんがヴェネツィアでの日々を書いて下さっていて、
       あっけなく解決したのでした、有難うございました!

       アンリ3世はヴェネツィアからブレンタを船で行き、
       フランスに戻ったのですね。
       王位についていた期間は、カトリックとプロテスタントの抗争で
       次々と問題が起こり、彼も結局それで暗殺されたのですが、
       こういうのをあれこれ読みだすと、本当に嵌りますです!

       ブレンタ川の船行きについては 
       ブルキエッロ ・ ブレンタ川を、船でゆるゆると その1と2 
       http://italiashio.exblog.jp/14714267
       http://italiashio.exblog.jp/14719479

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ 
       http://italiashio.exblog.jp/14731966





       さて、2つ目の話題はこれ、キプロス王の家・Casa del re di Ciproで、
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       マドンナ通りの北側を占める家並はこうなっておりますが、
       この手前から2つ目の大きな3連のゴシック風アーチの家がそれです。
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       実はこの通りは平日大変な交通量で、この写真は日曜日に撮ったもので、
       前を通る道の手前側には現在学校になっている大きな建物があり、
       その間の狭い細長い広場が駐車場、先週の個展期間中はここに駐車しておりました。

       ここの空間は不思議な建物の並びで、つまり、このキプロス王の建物と呼ばれる
       15世紀の建物の前すぐを、現在は道が通っているのですが、
       この一群の建物の東側は道だけが通り抜ける広さで、
       かっては多分門があり、中が内庭風に建物に囲まれていて
       また先の西側にも多分門があり、川に迫っていただろう、
       と想像出来る場所なのですね。

       長い年月のうちに並んだ建物が併設され、門が無くなり道が突き抜けた場所だろうと、
       コネリアーノに住み始めた当初から、不思議な一郭とは思っていたのです。

       この前の道をバスが通りますから、古い不思議な建物をいつも見つめ、
       壁に殆ど消えかかったフレスコ画が残っているのを眺めては
       摩訶不思議なイメージを見つめていましたが、
       偶然に「キプロス王の家」と呼ばれる事を知り、大いに驚きました。
       なぜって、キプロス王というのは、
       ヴェネツィア共和国の養女として嫁いだ、カテリーナ・コルナーロ
       Caterina Cornaro の夫を指しますし、なぜその家がコネリアーノに?!



       3階には3連の美しいヴェネツィア風窓があり
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       1473年と刻まれた、天使が盾を持つ形の古い家紋があり
       この家紋はキプロス王家の家紋とは違うのですが、
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       うっすらと、かっては全面にフレスコ画が施されていたことが窺えます
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       この動物の姿も何度もバスの窓から見つめ、虎かな、何かなと
       想像していたのですが、牛なんだそう。
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       現在は1階部分に店が入っておりますが、
       真ん中の部分には大きな厳めしい扉があり、私所有の建物だそう。
       ご覧になれますか、アーチにも残るフレスコ画の名残。
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       15世紀の建物と言われ、建設は当時のキプロス王カテリーナの夫
       ジョヴァンニ2世とも、カテリーナの居住用に建てられたとも記述があり、
       私の関心はずっと、なぜコネリアーノに、という事でした。

       ここよりももっと北に行ったカステッロ・ローガンツゥオーロには、
       生地のカ・ドーロとヴェネツィアの中間になり気温が温暖である、と
       いう理由で、かのティツィアーノも家を持っていたとかあるのですが、
       イマイチ納得が行かなかったのです。

       なぜかと友人の歴史研究者に訊ねた時に聞いた答えは、
       当時はヴェネツィア貴族が本土に別荘を持つのが流行っていたからと。
       が、たまたまこの辺りの中世からのユダヤ人研究をしている方の
       本の出版記念に行った時にちらっと聞いたコネリアーノの金貸し
       多分大きな影の力を持っていたのでしょう、
       それとキプロス王家とが関係があった、と知り、
       ああ、そういう事なのか、と漸くに腑に落ちた事でした。



       建物の前のアーケードはこんな感じで建物ごとに整備され繋がりますが、
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       このキプロス王の家のアーケードの支えの下には
       こんなフレスコ画が残ります。
       手前には飾り綱で、奥は、
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       こんな様子の、受胎告知
       肝心の下側が無くなって残念ですが、
       背景には、要塞化された町の壁も見えます。
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       という、ちょっと中の様子、中庭を覗いてみたい思いにさせられる
       キプロス王の家なのでした。
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       キプロス王に嫁いだカテリーナ・コルナーロについては
       http://italiashio.exblog.jp/10138432


     *****

       ブログご訪問、いつも有難うございます!

       先週1週間は、こちらイタリアでの初の個展を開く事が出来
       それも漸くに無事終わりました
      
       オープニングには大勢の友人知り合いが集まってくれ、
       賑やかに盛りたてて頂いた様子は先回ご覧頂きましたが、
       その後、日本よりお客様の数は少ないもののそれでもぼちぼちと、
       そして絵に対しては、本当に有難い嬉しい評価を受けました。
       が、それに反し絵の売り上げは芳しくありませんでした。

       今のイタリアのこの不況では、絵を買う気持ちにならない人々の
       様子も良く分かり、また日本とは違いきちんとした画廊のない町、
       文化センターなどでの日頃の趣味活動も少ない人々の様子も思い起こされ、
       まぁ、嬉しい評価を受けた事を有難く受け止めよう、
       来年の上諏訪での個展に向け、気持ちをしっかり、と考えています。

       そうそう、会期の終了間際に来年の個展会期が決まりました。
       2013年10月12日(土)から20日(日)まで
       長野県上諏訪のギャラリー橋田さんで開かせて頂きます。

       年が明け春頃には、と思っていた会期も早々に決まり、
       ぶつぶつ文句を言わずに、とにかく描け! 良い絵を描け!
       と励まされた想いでおりますが、
       やはり得難い経験だったと思います。
       
       はい、頑張りま~す!

       そうそう、先回ご覧頂いた「カンシーリオの森」写真の
       ジョヴァンニを通し、面白い提案も出ました。
       彼の奥さん、そして義理の妹さんと一緒に見に来てくれ、
       この義理の妹さんミケーラは何とスコミーゴ村の小学校の先生だそうで、
       私に子供たちに絵を教えてやってくれ、というのです。
       授業の一環として。
       
       今の緊縮経済で子供が15人以下だと学校閉鎖になるのだそうで、
       現在の所20人程! で、危機感を持ち、何か活性のある事をと、
       先生はこの人、と貼りだして宣伝しても良いか、どうぞどうぞ!
       貧乏なので報酬は払えません、問題無いですよ。
 
       なんぞと話しておりましたら、ジョヴァンニが横から、
       (その分、俺が)カンシーリオに連れて行くけん、と。
       いえいえ、彼が広島弁で言った訳ではないのですが、ははは、
       私にはしっかりそう聞こえ、奥さんと顔を見合せて笑った事でした。
       濡れても大丈夫な山用の靴を買わないと!

       あちこちから、日本に行きたいのだけど、という声も出始め、
       日本の旅行社に様子を聞いてみようか、という動きもあります。

       日頃はまるで日本人と出会わない生活なのですが、
       今回はお陰さまで、コネリアーノ在住の君江さん、
       ヴェネツィアからはfumieveさん、
       トレント方面からは「おお、信州人!」でご一緒した小平さんご夫妻、
       そしてパイプオルガン奏者の愛さんご夫妻が
       来てくださり、久し振りに日本語でのお喋りも!
    
       そんなこんなの友人達の有難い支えを、
       しっかり感じたイタリアでの初個展でした。

       有難うございました!!
       今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!


     *****

       水彩ブログに、新しく作品ページを作りまして、
       出来上がった作品を見て頂けるように纏めましたので、
       どうぞ見てやって下さいませ!

       まだお絵描きは始めておりませんので、新しい記事は次回に。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho

       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくどうぞ。


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by italiashiho2 | 2012-12-03 08:19 | ・我が町コネリアーノ | Comments(19)