イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2015年 11月 28日

・・・ モンテプルチャーノ その2-1 ・ カンティーナ、お祭り ・・・

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       トスカーナはシエナ県、ヴァル・ドルチャとヴァルディキアーナの
       境の山の上、海抜605mに位置するモンテプルチャーノ・Montepulciano.

       今日はその2回目という事で、写真の整理を始めたのですが、
       余りにも多く、かといって余り削っても面白みがありませんので、
       う~~んと頑張って奥の手を出し、ははは、
       2回に分け、2-1 と 2-2という事に! 

       来週はちょっと予定が立て込んでいる事もあり、
       今回頑張りますので、よろしくお願い致しま~す。

       
       トップの写真は、町の北の端の門を出た向こうに見える
       サンタニェーゼ教会・Sant'Agnese
       が、中まで行かずに戻りまして・・、




       エトルスク期からのワイン蔵が無料で見られると言う、
       このワインと土地の物産店に行き、地下のワイン蔵を見物します。
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       店前のこの写真は出てきた時のものなのですけど、手前に見える
       このブルテリア君も、ご主人と一緒に私の先にカンティーナ見物をね。




       こんな感じの狭い階段を降りまして
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       小さい部屋が次々と繋がりながら、地下にも、横にも
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       新しい大きな樽の部屋もあり
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       樽の中で寝かせている内にワインが蒸発するのだそうで、
       上に見える緑のガラス瓶の中にワインを入れておくと
       自然に蒸発した分が補給されるのだとか。
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       低い天井、古い壁、そしてこんな坂道もあり
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       下って小さな部屋に繋がり
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       古い薄暗い部屋に見える、古い小さな樽
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       中には博物館式にかっての道具類の展示もあり、
       これは葡萄絞り器
       上から重石をかけ、出る葡萄汁を手前下で受けます。
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       多分ここが一番古く、深い地下なのだと思いますが、
       ひんやりした空気の中を降りていくと
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       こんな小さな部屋
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       エトルスク期からのワイン蔵、ちょっと湿気も感じる様で、
       余り深いと不便でしょうし、今は使われていませんでした。

       それにしても、ワインは静かに、温度も一定の場所で寝かすと言いますが、
       こんな風にずっと開けっ放し、人もしょっちゅう出入りする、
       おまけにワン君までと、ははは、
       こういう場所でワインがじっくり熟成できるのかいなぁ、と
       他人事ながらちょっぴり心配したのでしたぁ。

       
       我が町コネリアーノに、素晴らしいワイン樽製造所があります。
       こちらにご案内を。




       モンテプルチャーノのワイン、で検索すると、
       ヴィーノ・ノーヴィリ・ダブルッッォ・アブルッツォ種の葡萄からの
       モンテプルチャーノのノービリ・ワインとか、
       たくさんのカンティーナの名前が挙がり、
       美味しそうな葡萄、葡萄畑、ワイン、料理の写真がずらり!
       その中からほんのちょっぴりをどうぞ!
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       所でこの町独特と思われる、ワインとワイン樽に関連するお祭りですが、
       ワイン樽ころがし・Bravìo delle Botti・ブラヴィーオ・デッレ・ボッティ
       と言うお祭りがあります。

       町の区域を8つに分け、毎年8月最後の日曜に行われ、
       町中が沸き立つお祭りなんだそう!
       元々は14世紀頃から始まった騎乗の競争だったのだそうですが、
       17世紀に(人身)事故があり中止され、
       今の樽ころがしに変わったのだと。

       ブラヴィーオというのは、勝者の区域に与えられる旗の事で、
       この写真の中央に見えるのがそれ。
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       シエナのパリオのパリオと同じ意味で、
       どちらも毎年手描きの絹の旗が、柄は毎年違うのが与えられます。
       この写真のは2006年と。

       どこのお祭りも、即競技が始まるわけではありませんで、
       出発点で2列に並ぶ順番のくじ引きから始まり、ははは、
       旗振り競技、そしてこんなブラーヴィオを持った行列も勿論と、
       町中が興奮に溢れ、沸いていくわけで、
       



       さて、いよいよ出発点からの競技の始まり、始まり!
       ほらね、後ろにマルゾッコの円柱が見えるでしょう?!
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       前後2列に4つずつの樽、重さは80kで、
       勿論途中での衝突で樽を間違えたりしないよう、
       しっかりと区域の焼印が押される写真もサイトにあり! 




       見てください、この坂道!
       歩くだけでも大変だったあの坂道を、
       80Kの樽を2人で押してる!! 
       それはもう、応援の人々の熱気も盛上がるわけですよねぇ。
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       ここは多分、下の道を上って行った後の一旦の下り坂で
       この部分ではまぁ一息つけるでしょうがね。
       町の南で折り返すと、また上り坂!
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       一度車で町の道を上っている時、うっかり間違えて入り込み、
       車が通れる道だったので、ホテルの近くにでも出れるだろうと
       思って上っていきましたら、
       突然目の前の道が、ダッシュボードの先から見えなくなった!!
       わっ、ぎゃ!! とサイド・ブレーキを引き、
       そろっと車のドアから出てみましたら、崖っぷちではなく、ははは、
       急傾斜の下り道の始まりで、ああ、やれやれ、の
       そんな経験もある、町の道だったのでした。




       なので、あの坂道を樽を転がしながら上がる、というこのお祭りに
       興味を持ち、どの道を通るんだろうと
       行程図を探し回り、ははは、見つけました。
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       地図右側のマルゾッコの円柱前から上り坂、途中から下って
       町の南側を上りながら迂回し、最後の折り返し点がまた急傾斜で、
       最後はドゥオーモの前に出てくるのですね。
       全長1,7kmだそう、ようやる選手諸君たちは!!



       という事で、ゴールの写真
       広場に集まった人々の数も凄いですね!
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       いやぁ、シエナのパリオも燃えますが、これもきっと同じでしょう!
       道中の様子など、ドゥオーモ前の人々にも見れるように、
       TV中継などもあるのかな? 




       町の道を行ったり来たり、先回ご覧頂いたプルチネッラの塔から
       南側辺りはいわゆる下町と言うのか、
       中世の面影が強く残る小さな家が建ち並んでいますが、
       城壁沿いの道からの眺めはこんな様子
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       ちょうどこの右手下の平野では、ジオストラ・Giostra と呼ぶ
       子供達の為の遊戯公園ができていて、大音響の音楽が聞こえ・・。




       町の下を通る道を辿りますが、中世の面影が濃く残る建物郡
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       上の道とを繋ぐ階段、坂道を下から眺めるとこんな傾斜!
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       見上げる家並み、建物
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       ちょうど中ほど、町の上下を結ぶ道が三叉路になる所
       16世紀頃の町の経済の一番の中心であったと言う
       ピアッツァ・デッレ・エルヴェ・Piazza delle Erbe.

       ここにあるのが、ロッジェ・デル・グラーノ・Logge del Grano,
       またはロッジェ・デル・メルカートと書いたのもあるので、
       まさに商取引の中心部だったのでしょう。
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       道を辿りくぐるのが、この門カヴィーナ門・Porta della Cavina.
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       その先の店の前にこんな表示が出ていて
       1157年に、紀元前5世紀のエトルスクの古い2つのお墓の上に
       この門が建設されたのだそう。
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       多分町の南半分の高い方に先に町が出来、
       この辺りがその当時の町の境界だったのでしょうね。

       で、木の標識の下の写真には、
       ここで、映画「ニュー・ムーン」が撮影された、と。




       映画「トワイライト・サガ」の「ニュー・ムーン」というの、
       ご存知ですか? 
       この俳優は確かTVシリーズの「ドラキュラ・ダイアリー」に
       出ていたと思うのですが、オカルト的なものは見ないので・・。
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       こちらのシーンは、ドゥオーモ前に大きな泉も作られ
       赤いマントの大集団が集っての撮影風景。
       映画の中では、かなりの迫力だった事でしょうね。
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       この町ではたくさんの映画が撮影されている様子で、
       「トスカーナの空の下」でも、この広場での旗振り大会が出てきましたし、
       「ノスタルジア」も、「イギリス人患者」も、他にもたくさん!
       「ニュー・ムーン」のあの俳優は、shinkaiの泊まったホテルに
       泊まったのか、フロント横に写真がありましたっけ。




       こちらは道を歩きながら、漏れ聞こえてきた弦楽の響きに導かれ
       入ってみたジェズ教会・Chiesa del Gesù.
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       はい、この町の若者達の春のコンサートでした。

       はっ、出来具合ですか? はぁ、まぁ、若者というよりは、
       少年少女達のグループでしたので、頑張っていたと思います、はい。


     *****

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       ・・・ 2-2 モンテプルチャーノ >> から飛んで下さいませませ。

   

     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-28 02:43 | ・トスカーナ Toscana | Comments(7)
2015年 11月 28日

・・・ 2の2 モンテプルチャーノ再訪 ・ 町とサン・ビアージョ教会 ・・・


       引き続き有難うございます!
       モンテプルチャーノの町のご案内を続けます。

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       まずはトップの、サイトから拝借の写真ですが、
       町の上空からの眺めで、左が南、右が北、
       ここに写っているのは町の南側高い方の、町の半分程
       ずっと下っていく北のほうは写っていません。

       それでもこの町の美しさ、高低差があり、
       建物の大小があるメリハリのある美しさをどうぞ!
        


       下の通りを歩きつつ、家並みの隙間から
       時にこんな風に緑が覗ける場所があり、
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       城壁沿いに出て、眺める平野
       ここの麦秋も美しいでしょうね! 6月の末から7月初旬、う~む。
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       城壁沿いから上の町を眺め
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       また通りに戻り、店を覗いて歩きます
       陶器店。 テラコッタの陶器、ここのは絵柄が上等でした。
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       そして、麻織物
       ウンブリアもそうですが、麻織物は中世から続く特産品で、
       色もしっとりと、柄も古代柄が今も生きていて、素敵なのです。
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       寄木細工の店。 お店番も奥に控えていますが、はは。
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       う~ん、技術的にはともかく、問題の絵柄がshinkaiにはイマイチ。
       南のソッレントの物凄い技術の品や、古い寄木細工の素晴らしさを
       見知っていると、はぁ、お値段の問題は抜きとしてもですねぇ、ははは・・・。




       古い中世の建物が並ぶ通りにも、こんな風に
       モダンで愉快なアピールをする店もあり、
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       一日中歩き疲れ、風も強い町で、そろそろ上に戻ろうかと・・。
       後で気がついたのですが、あの先まで行けば、
       この町出身、15世紀の人文学者詩人のアンジェロ・アンブロジーニ、
       単にポリツィアーノ・Polizianoと呼ばれる人物の生家があったのにぃ!
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       彼は父親が殺害された後フィレンツェに出て教育を受け、
       ロレンツォ・イル・マニーフィコの息子達の教育にも携わった、
       ルネッサンス期の重要な人文主義の学者だったと言います。

       まぁ、またのチャンスをね。




       中心のグランデ広場に戻る坂道の下、駐車した車の上の猫ちゃん
       日向ぼっこをする車の色もなんとも良い黄緑色で。
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       坂道が余りにも急で、ゆっくり歩きつつ、
       こんな3輪車にも見とれたり・・。
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       これは建物の基礎を削られない為の、ははは、車除け
       というよりも、馬車の車輪除けかも。
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       上のグランデ広場の東側を占めるコントゥッチ邸の扉前
       ここも現在は有名なカンティーナになっているのですが、
       屋敷前の石のベンチの足が、ライオンの足なのですね。
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       で、そこに座っているカップル
       彼はジェラートのコーンを齧り、彼女はタバコを一服、ははは。
       眺めるshinkaiは、お尻冷たくないのかな?!と心配を。
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       この広場では様々な催しが行われる様子で
       勿論こんな旗振り競技もね。
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       さて翌朝、やっと快晴の眩しいほどのお天気になり
       広場の正面、市役所。 
       フィレンツェのヴェッキオ宮に良く似ているでしょう?!
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       入り口扉部分と
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       壁にずらっと並ぶ、馬つなぎの輪 兼 松明入れ
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       朝の光りを浴びるドゥオーモ
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       城壁沿いの道に出て
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       眺める町の下の家並みと、葡萄畑
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       遠くに光るのは、トラジメーノ湖と
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       飽きもせずにまた下り坂の所まで行ってみて、ははは。
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       サン・フランチェスコ修道院の前庭から、
       サン・ビアージョ教会・San Biagioを
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       という事で、前回は傍まで行かなかったサン・ビアージョ教会に
       18世紀の、この町にもたくさんの建築物を残す
       アントニオ・ディ・サンガッロ・イル・ヴェッキオ・
       Antonio Sangallo il Vecchioの建設。
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       庭の端にカノーニカ・Canonicaと呼ばれる司祭館、住居があり、
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       そのお隣に、エノテカとレストラン
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       こちらが正面なのですが、
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       修復中で、脇の扉から覗けるだけで、
       扉横の聖水盤
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       ここが十字型を成す、中央部分に当り、
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       丸屋根ドームの部分と
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       左に祭壇部
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       中央部の床、かなり凸凹しているんだと・・!
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       正面側にある井戸
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       イギリス人親子らしいのが写真撮影で手間取り、
       息子と娘はさっさと立ち去った後も、まだ入念に井戸を撮るパパ。
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       ちょっとそっけないご案内ですみませんです。 
       が、この手のスタイルの建築物には余り興味の無いshinkaiは、
       見た、見た!と、ははは、宿題が済んだみたいに解放され
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       この後、既にご案内したモンティッキエッロに向ったのでした。




       もう少しすると、この教会もこんな姿を見せるのでしょうし
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       これはグランデ広場での年越しだそう。
       良いですねぇ、もう少しですねぇ、年越しも!
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       長いご案内にお付き合い頂き、有難うございました!
       お楽しみいただけました様に!!



     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-28 02:21 | ・トスカーナ Toscana | Comments(2)
2015年 11月 23日

・・・ モンテプルチャーノ再訪  トスカーナ、丘の上の町 その1 ・・・

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       先回ご紹介しましたモンティッキエッロから東に9kmほど、
       ヴァルドルチャ・オルチャの谷・Val d'Orciaと
       ヴァルディキアーナ・Valdichianaにまたがる山の上、
       海抜605mに位置する、人口14500人ほどの町
       今回はそんなモンテプルチャーノ・Montepulcianoの町のご案内です。

       以前訪問した時は町のいわば南半分しか見ておらず、
       昨年春に再訪2泊して、きつい坂道の町をゆっくり見て歩いたのですが、
       余りの写真の多さと、お天気がイマイチだったもので、
       ご案内をしそびれておりました。

       が、モンティキエッロの再訪記を載せますと、もう逃げる訳に行かず、
       ははは、はい、頑張って参りたいと思いま~す。

       が、繁栄した歴史を持つ町ですので、見所はたくさん!
       おまけにshinkaiの興味をひどくそそるお祭りもありまして、ははは、
       自分の写真と共にサイトから集めたのを合わせると、それはもう・・・!!
      
       で、2回に分ける事にし、それでも多いのです、はい、
       どうぞご容赦願い、ごゆっくりお楽しみくださいますように!

       
       上の写真は、雨上がりの翌日、まだしっとり煙る中を
       北西の方から近づき、町が見えてきた所

       狭い坂道で結構車が通っていたのですが、それでもこの眺めですから、
       何人も車を止め、車外に出て撮っておりました。



       山道を辿ってくる道だったので、やはりこうして見える町の姿は格別で
       おお、見えた!という感じ。
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       町の西端の麓にあるサン・ビアージョ・San Biagio教会
       雲にかすみながらもしっかりと。
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       午後に宿に着き、早速に探訪に出かけましたが、
       余り写真の発色が良くないのでパスし、まずは初日の夕暮れの写真を

       宿はドゥオーモのすぐ近くでしたから、町のいわば中心の
       位置にあるサン・フランチェスコ修道院の前まで行くと、
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       ここはちょうど絶好のパノラマが広がる位置で、
       下を覗く感じで、町の西側、下町を
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       暮れなずむサン・ビアージョ教会も、この位置に
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       遠くに少し鮮やかな夕暮れの西空
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       こちらは町の東側、光りが点在し、村や町の在りかを。
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       ドゥオーモの前に広がるピアッツァ・グランデ・グランデ広場の
       西側を占めるパラッツォ・コムナーレ・市役所と塔
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       この建物、そして塔に登っての眺めなどなど
       以前のご案内に載せておりますので、こちらをどうぞ。



       こちらが今回2泊したホテル・ドゥオーモ
       お値段も安く、町中で、部屋も悪くなく、駐車場も近く、
       shinkaiには上等な、ははは、宿でした。
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       さて翌日の、ドゥオーモとピアッツァ・グランデ
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       実は午前中は曇り空が続き、写真の発色が良くなく、
       午後、広場に戻って来た時に陽が射し、喜んで撮った物。
      
       17世紀の末に完成したドゥオーモですが、
       正面は装飾されずに済んでいて、それが逆に迫力でもあり・・。
       



       広場の北側を占めるのが、正面パラッツォ・カピターノ・デル・ポーポロ
       Palazzo Capitano del Popolo・行政長官の館とでも、
       そして右にちょっと見えているのがパラッツォ・ノービリ・タルージ
       Palazzo Nobili-Tarugi・ノービリ・タルージ邸、
       どちらも設計はアントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオ・Antonio da Sangallo il Vecchio
       
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       15世紀初頭から16世紀の半ばにかけ、この町は政治的にも安定し、
       文化芸術も花開き、一番の繁栄を迎えたようですが、
       と共に建築ブームとでも言うのか、町の貴族達の豪壮な館や
       ドゥオーモの建設も行われます。

       上に名の見えるノービリ家、タルージ家、同じグランデ広場の東側を
       占めるコントゥッチ邸・Contucci、ベッラルミーノ・Bellarmino、リッチ・Ricci、
       チェルヴィーニ・Cervini、ベンチ・Benciなどなど、
       今もその名の残る邸宅が町に残ります。
       
       


       2つの建物の空間にあるグリーフィとライオンの井戸・Pozzo dei Grifi e dei Leoni
       1520年作、6つの球、メディチ家をあらわす縦を持つライオン、
       この設計もダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオだそう。
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       この2頭のライオンが、ちょっと小首を傾げているみたいでしょう?
       ねっねっ、メディチ家なの、これも!とでも笑いかけているように見え、
       ははは、いつも内心クスッとなるshinkaiです。




       元カピターノ館、現在は裁判所の様ですが、      
       ここの壁がとても素敵で気に入り!
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       グランデ広場の真ん中辺りは様々な催しの為か、ぴちっとした
       赤レンガで埋め返られていたのですけど、
       周囲はこんな風に古いままの石や煉瓦敷きが残っていて、とても良い趣
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       町の地図と有名な建物などの位置をどうぞ
       南側に大きく囲んだ辺りが、ドゥオーモ、市役所、そしてタルージ館で、
       道を辿り中間辺りに飛び出した所が、サン・フランチェスコ修道院、
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       そして道を下りながら、サンタ・ルチーア教会・Santa Lucia,
       サンタゴスティーノ教会・Sant Agostino, プルチネッラの塔・Torre di Plucinella,
       一番町の北に当る位置にマルゾッコの円柱・Colonna del Marzocco.




       朝曇り空でもしつこく撮ったのでしたが、ははは、
       お日様が出たとなるとまたパノラマの眺めがどんな様子か見たく、
       サン・フランチェスコ修道院の前庭に戻りますが、

       その手前を左に折れて下ると、このグラッサ門・Porta di Grassa.
       翻る旗は、町を8分する区域の旗。
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       下まで坂道を下り、見上げる町の高さ!
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       さて、サン・フランチェスコ修道院前からのパノラマ!
       正面かなりの高さに小さな町の姿が見えますが、
       モンテフォッローニコ・Montefollonicoかな?
       サイトで見たのですが、ここも中世の面影を残す素敵な村のようで・・!
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       この写真では良く見えないのですが、モンテフォッローニコの左に
       ちょこっと高い山があり、あの左の山の上に
       カステルムーツィオの町が写っておりました。




       町の麓の畑、丘のうねり・・
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       今こうして見える豊かに広がる麦畑、葡萄畑は、如何にも自然と人間の
       叡智と努力の見事な融合とでも言うのか、素晴らしい眺めですが、
       これもかってはトキワガシや栗の森、砂地の土地、沼の多い湿地帯だったのを
       開墾し、土地改良に勤めた結果なのだそうで、

       やはりまず政治的に安定する事が大事で、この町がシエナの元から
       最後はフィレンツェと結んで発展したのも納得できます。





       さて、サン・フランチェスコ修道院から北に行く道は
       ははは、笑える程のこんな下り坂でして・・!
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       正面に見える鐘楼はよく見ると3つ重なって見えていて!
       奥がサンタニェーゼ・Sant'Agneseの鐘楼の先っちょと分ったのですが、
       その手前の横並びと真ん中のはどこのか分りませんでしたぁ・・。




       町の上の道と下の道を繋ぐ階段と、その急な傾斜!
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       サンタ・ルチーア教会・Santa Lucia 前に出て来て
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       ドッシリと重厚な古い感じにちょっと魅せられ、中も見たのですが、
       う~ん、重たいだけでしたぁ。




       広場横にあった幼稚園らしき建物の壁に見えた聖母子像
       ルーカ・デッラ・ロッビア作の愛らしさ。
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       細い古びた小路をくぐり
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       また本通りに、ははは、出て来て
       ・・それにしても見える2又の道、どちらも急な坂!!
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       その少し先に見えたプルチネッラの塔
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       「プルチネッラ」というのは、コンメディア・デッラルテに登場する、
       怠け者の癖に哲学的なお喋りをする道化役。
       これは木製の像に金属板を被せ彩色した物のようで、
       下に見える時計と連携していて、時を知らせるのだそう。

 


       そのお向かいにあるのが、サンタゴスティーノ教会・Sant'Agostino.
       オリジナルは13世紀に遡るようですが、現在残るのは15世紀に
       ミケロッツォ・Michelozzoが改装したもの。
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       ご覧のように素晴らしい扉とその上のルネッタ・半円の部分に見える
       テラコッタの浮き彫りはミケロッツォの作だそうで、
       内部にはロレンツォ・ディ・クレーディ・Lorenzo di Crediの「磔刑図」や、
       中央祭壇には木製彩色のドナテッロ作の「十字架像」もあるそう。

       う~ん、中を見たんだったっけ?
       



       ドゥオーモからずっと上の道を通ってくるとまるで店がなく、
       もう一本の下の道は店が並んでいるのですが、
       漸くにこの辺りから、観光客用のおみやげ物やさんも見かけるようになり、

       今、下から自転車で上ってきた4人組、
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       ちょうど道に固まっていた中高年団体の一人が、道を開けてぇ!
       と大きな声を上げ、漸くに通り抜けてまた坂道を。
       こんな坂道続きを、まったくようやるよ!
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       少し先にあったブチェッリ邸・Palazzo Bucelli.
       この入り口扉の両脇、大変なリサイクル活用で、早い言葉が泥棒ね、
       ははは、ローマ期の墓石らしきものもあちこちに使った基礎でして!
       モンテプルチャーノのこの高所の町は、エトルスクからの町と言われますが、
       右に見えるのにはエトルスクの彫刻が多いらしい!! やるなぁ!
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       ガイドを読みましたら、このブチェッリ家はエトルスク、ローマの
       石碑などのコレクションで有名だったらしいのですが、
       集めていたのをフィレンツェ大公などに奪われ、
       今殆どがフィレンツェに収まっている様子!
       はぁ、上には上がいるものですねぇ、ははは。




       お土産用のパスタ製品、ピーチとか、ピリ辛のトマト・ソースとか
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       土地の物産とワイン店なのですが、ここの店の地下にある
       エトルスクからのワイン蔵が無料で見物できるというので、勿論!       
       その様子は次回にご覧頂きますね。
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       ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノ・DOCG
       で名高い町ですものね、著名なエノテカもたくさんありますし、
       レストランも勿論美味しいワインが飲める事を売り物にしています。




       町の北端に近いサボナローラ広場の手前に見えた大きな建物。
       売りに出されている様子でしたが、アヴィニョネージ邸・Palazzo Avignonesi.
       16世紀に建設のルネッサンス様式の建物。
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       アヴィニョネージという姓を持つ一家だったらしい、というので、
       フランスのアヴィニョンからの家系のようですが、
       このなんとも良いライオンの顔に惹かれたshinkaiは、
       もうちょっと何かが分ると喜んだのですが・・。
       



       通りの突き当たりに広がる広場がサヴォナローラ広場で、
       蔦の絡まる歴史あるホテル・マルゾッコ・Marzoccoがあり、
       なかなか良いホテルの様子ですが、
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       右に円柱が見えますね。
       


       円柱は傍らのホテルの名にあった「マルゾッコの円柱」と呼ばれ、
       その上に鎮座するのが、このライオン君
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       1511年、シエナの元から最終的にフィレンツェの元に移った際、
       シエナのシンボルであるメス狼・ルーパから、
       フィレンツェのライオンに取り替えられたもの、と。

       次回にご紹介する大変興味深いこの町のお祭り、
       樽ころがし、とでも言うお祭りはこのライオン像のある円柱の下から
       出発するとの事。 お楽しみに!!
       



       この円柱の前から左に緩やかな坂道を下ると、
       見えてくる町の門、アル・プラート・サン・ベルナルド
       Porta al Prato San Bernardo.
       門は2重になっていて、
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       門の外はこんな様子。 内側の門の脇に、中の様子が見れます、
       という張り紙はあったものの、鍵がかかり、誰も居らず・・!
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       門の外側、そして谷の下には大駐車場が広がり、
       町の北側からの眺めはこんな様子
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       ああ、上から重なって見えた鐘楼の先と、アーケード式の鐘楼も
       見えるのになぁ、むむ、町の教会の名を手がかりに虱潰しに・・?!


       という所で、今回はお終いに。
       次回には、町の下の通りと、お祭りなどのご紹介を
       お楽しみに!



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 下描きのヴェネツィアと、 こちら 初雪!
       アップしています。
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by italiashiho2 | 2015-11-23 02:39 | ・トスカーナ Toscana | Comments(19)
2015年 11月 18日

   ・・・ モンティッキエッロ再訪 ・ トスカーナの小さな村 ・・・

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       長野の安曇野、そしてこちらお隣のオリアーノ村の黄葉を見て頂き、
       さて、次はどこをご案内?とポコッと頭に空白ができ、
       これはブログをされている皆さんはきっとご経験があると思いますが、
       ね、正直に仰い! ははは。
       で、ふっと思い出したのが、
       
       トスカーナはオルチャの谷、ピエンツァの東にあるこの小さな集落
       モンティッキエッロ・Monticchielloです。

       麦秋の、刈り入れ時のベージュ色が広がる風景で、
       今回は緑色の風景でOKかと思ったのと、
       
       この村が懐かしく思い出されたTV番組を見ましたので、
       それも絡めて再度のご案内を。
       なるべく写真もダブらないようにしますので、ごゆっくりどうぞ!


       この再訪は昨年の5月、ピエンツァからモンティージ を経て
       モンテプルチャーノに行き、
       そこから山越えでオルチャの谷に再びやってきた時で、
       最初にピエンツァに寄った時とはうってかわって大変良いお天気で、
       
       上の写真はオルチャの谷のいわばシンボルともいえる
       美しいアミアータ山・Amiata.
  
      



       曲がりくねった細い道を下って行きますが、
       なんでこうなるの?!というような色違いの緑の畑が広がったり・・。
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       見えてきたモンティッキエッロの村
       東からやってくると、城壁に囲まれている事が良く分ります。
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       さて、こちらがモンティッキエッロの町の唯一の門
       13世紀建設のサンタガータ門・Porta S.Agata.
       そうなんです、町にはここから出入りする唯一の門です。
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       上に続く西側。 物見の塔も残っていて、現在はレストランに。
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       西に見えるピエンツァの町
       地図上の位置だと近いのですが、実際はモンティキエッロの町(海抜500m)
       からくねくねと道を下り、ぐるっと回り、
       またピエンツァ(海抜491m)への坂道、と9k程もの道程。
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       今回の写真は最後に色調整で、マイクロソフトに入っているソフトを
       使いましたら、がたっとバイト数が減り、軽くなった物の画質も落ち、
       ぼけっと成ってしまいました、済みませ~ん!

       と、例により、
       我がブログ名のない写真は、サイトからの拝借です。




       ピエンツァの町との間の谷には、シエナのクレーターで見る
       石灰岩の塊があちこちに顔を出します。
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       さて、モンティキエッロの村ですが、
       この中世独特の雰囲気をそのままに、住人が200人余りというこの町、
       ですが現在は町の外、坂の下に新しい住宅地がありますし、
       実際にこの小さな城壁の中の町に住んでいるのは、半分ちょっとかも。

       上から見るとこんな感じ
       真ん中の一番大きな高い建物が町の教会聖レオナルドと聖クリストフォロ
       pieve dei Santi Leonardo e Cristoforo.
       左下に見えるのが町の門で、今回行きましたら町中も7年前より
       かなり整備された様子で、駐車場も大きなのが町の東下に。
       確かに観光客も増えておりましたね。
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       ですが町の門を入ると、ああ、ああ、と懐かしく思い出される建物の数々
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       こちらが町の教会聖レオナルドと聖クリストフォロ
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       前回は何日も滞在し、オルチャの谷訪問の基地とした町だったのに、
       教会の中には入っておりませんで・・!




       聖レオナルドの方は図が分りませんでしたが
       祭壇左には、高さ5mという聖クリストフォロのフレスコ画が見え、
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     ◆ 追記です ◆ 
       クリスさんが写真のしっかりたくさん載っている、この教会のサイトの
       アドレスを送って下さったので、聖レオナルドが分りました。

       正面右側のフレスコ画、4つに分けられている右下部分、
       このすぐ上の写真に写る、胸から上が残っている方が聖レオナルド

       我が町コネリアーノの守護聖人でもあるのですが、
       1世紀の方、殉教者ではなく、伝道活動、また後世でも多くの
       奇跡を起こされたそうで、囚人、捕虜、産婦、病人、また家畜の守護聖人
       でもあるそうです。

       クリスさん、有難うございました!
      




       こちらは教会入り口
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       行った時は灯りが点いておらず暗く、私の肉眼よりもカメラの方が優秀で!
       この位に撮れましたが、鳥目のshinkaiには難しい内部でした。




       教会前の階段の上から見る右側、布屋さん、お喋りしたり、
       布を買ったりしましたっけ・・。 
       ありゃ、あの時の布をベッド・カバーにするつもりが、どこに仕舞った?!
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       こちらは左側の、気に入ってるお家で、
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       右側の小路は、こんな風に
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       そして教会の南側面に回ると、正面が上の写真のお家で、
       右が教会の壁、ここに広場が開け
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       こんな様子。 手前右に四角い井戸があり、奥にも丸い井戸。
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       今右奥に教会の支え壁が飛び出しているのが見えますが、



       ここに、タベルナ・ディ・ブロンゾーネ・Taberna di Bronzoneがあり、
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       こんなポスターが。
       タベルナ・ディ・ブロンゾーネ 特別開催 昼食と夕食
       春のメニュー 4月25・26・27・30 5月1~4日。
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       残念! shinkaiが行ったのは5月5日でしたぁ!




       中はこんな風
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       実はここは教会のクリプタ・地下部分を横からくりぬいた場所で、
       夏にこの町で行われる町の人々の劇公演、「テアトロ・ポーヴェロ
       貧しい劇場」公演の際に、昼食夕食を美味しく安く提供する場所、
       または上のポスターみたいに、特別に開く事もある場所なのですね。

       ブロンゾーネという名の由来は、どうやらかっての守備隊長の名、
       1553年3月17日、スペインのカルロ5世の襲撃の元に粘り強く奮戦し、
       最後は誇りある降伏をした守備隊長の名に因むのだとか。




       この期間限定のタベルナ・食堂で供されるのは、土地の特産品を使っての
       ピーチ・太いパスタとかトゥリッパ・牛の胃袋煮込みなどだそうで、

       ほらね、こんな嬉しそうな顔が揃った写真もみっけ!
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       ご存知、メロンに生ハム
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       これはピーチに、クルミのソース、黒胡椒かな?
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       今年のメニューをどうぞ
       7月25日から8月16日まで、昼食と夕食、
       劇公演は毎夜(7月27日を除き)21時半から、8月15日まで。
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       このテアトロ・ポーヴェロは、戦後の閉塞感を自分達で笑い飛ばそうと、
       町の人々が自ら演ずる物で、年数を重ね立派に成長している様子。
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       無料で参加、年齢を問わず、とあり、
       むむ、ワン君も参加なのかな? ははは。




       所で最初に、この町を懐かしく思い出したTV番組、と書きましたが、
       お昼ご飯のお供に見るTVで、この夏この町が出たのですね。
       それも、オーストラリアの料理番組で!

       日本では「マスター・シェフ」という番組をしていますか?
       アメリカ、カナダ、フランス、スペイン、勿論イタリアも、
       そしてイスラエル、インド、ニュージーランド等でも
       大変人気のある番組だそうで、
       プロの料理人でない人々が参加し、勝ち抜き式に残って行き、
       最後にマスター・シェフとして勝ち残ると、
       多額の賞金と自分の料理の本などが出版できる、という。

       決められた材料、またはテーマに沿い制限時間内に料理する、
       実技に長けている事、そしてアイディアに富んでいるのが必須
       という番組構成で、審査員はその国の有名なシェフ3名。


       この夏たまたまオーストラリアのマスター・シェフの2012年版を
       再放送していたのですが、
       この10名にまで勝ち残ったのが、イタリアにやって来た放送が何回分かあり
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       ローマから始まり、フィレンツェの田舎、パスタ・バリッラの工場の
       職員食堂などなど、そしてこのモンティッキエッロでは
       二組に分かれてそれぞれが昼食を分担し、村の人々が審査に加わる
       という構成で、
       前菜から始まりパスタ、子豚の丸焼きなどもあり!
       
       町の人々があのブロンゾーネのタベルナに集まり、わいわいと食べる
       周辺の町の中も写り、とても懐かしく、美味しそうで・・!

       それを今回思い出し、そうだ、ブログでご紹介しようと。

       勝ち抜き戦ですから、各国の番組の中では本当に競争相手の
       悪口の言い放題もありますし、厳しい面もあるのですが、
       この年のオーストラリアのメンバーは、本当に人柄が良いのが揃った
       というのか、お国柄というのはこんなに違う物かと思ったほどに、
       おおらかで、勝ち抜き戦の中でも助け合い、見ていて気持ちが良かったのですね。
       そんな事もあって、とりわけイタリア版も含まれたので、
       記憶に残ったのでした。

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       ちなみにこの年の優勝者は、後列真ん中の水色のシャツ、アンドリューで、
       ははは、名前まで覚えていた! 最終戦は後列左の金髪女性とでした。
       
       

      
       さてもう少し、町の中のご案内を続けますが、
       別の広場に見えるこの正面の建物、ここにアグリトゥリズモがあり、
       前の滞在の時は、あの3階の向こう側の部屋に泊まり、
       こちらの窓側にあった古い調度の居間で朝食を食べ、
       広場の家々を眺めたものでした。
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       扉に水彩スケッチが見えますが、あれはここの女主人が描いていて、
       スーヴェニールとして売っていたのですね。
       が、ここもちょっと整備された様子。
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       近くのお家のガレージに見える、古い車!
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       タベルナの向かいに、インフォメーションがあるのですが、
       今この小さい3輪で、がたがた揺れる道を連れてこられたワンちゃん
       可愛そうにも可笑しいにも、ワンちゃんはちょうどウンチをしたくてね、ははは。
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       少し町の外れの方も歩きましたが、本当に古くからの石造りの家々で
       石の色も黄土から茶色で趣があり
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       この手作りの品を売っている店も、なかなか素敵でしょう?
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       最後は、町の門の脇で出会った黒猫ちゃん
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       モンティキエッロからピエンツァに向う道
       見える農家の角で左側に曲がり下って行きます。
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       ちょっと脇道にそれての眺め
       この丘の起伏の凄さと、緑の色違い! 
       丘の上に見える農家は改装中で、ブルトーザーがお仕事中。
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       で、ぐるっとピエンツァへの道を辿ってくると、
       上の写真の家の反対側に出て来て
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       ピエンツァの町がこの位置に見え初め、坂道を辿る所で、
       今回はお終いです。
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       むむ、次回はどこに・・?!



     ◆ 展覧会のご案内 

       私の絵の師二木一郎さんの、諏訪の絵画教室のメンバーの小品展が、
       この秋、私も個展をさせて頂いたギャラリー橋田さんで開かれます
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       どうぞお出かけご高覧下さいますよう、ご案内申し上げます

       二木さんのブログはこちらに
       http://blog.goo.ne.jp/futa2560



     *****

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       アップしています。
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by italiashiho2 | 2015-11-18 01:00 | ・トスカーナ Toscana | Comments(6)
2015年 11月 13日

   ・・・ イタリアの晩秋 ・ 黄葉煌く快晴の朝 ・・・

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       イタリアの黄葉の秋も、そろそろ終盤です。
       日本の紅葉、黄葉の煌びやかさをあちこちで拝見しているので、
       ちょっぴり負けん気を起こしまして、ははは、
       静かなイタリアの黄葉も、なかなかの物ですぞ!
       と、先週日曜の朝、快晴の元で撮ったのをご覧下さいね。

       日曜の午前中は仲間と歩き会をしておりまして、
       暑かった夏も過ぎ、脚を痛めていた友人もそろそろと復帰、
       雨でない限りは大体2時間半程は歩きます。
       で、この日曜日は、私が日本にいた間に亡くなった友人の
       お墓参りを兼ね、オリアーノ村まで行こう、という事に。

       上は元気付けのカフェの後、北に向って歩き出し、
       モンティカーノ・Monticanoの川沿いに出てきた所。
       この川にはたくさんのイタ鴨たちがいるのですが、
       それはまた最後に。

       スコミーゴ村の四季さまざま、
       http://italiashio.exblog.jp/i12

       我が町コネリアーノ



       真っ赤に色付いた小さな実が鈴生り!
       何かと思いましたら、野生のリンゴだそうで、
       キンカンほどの大きさ。 やはりリンゴの味がするそう。
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       大快晴の朝の強い光線の元、少し影が濃く写りましたが、
       肉眼では本当に煌びやか。
       日本のように紅葉は殆ど無いのですが、黄色からベージュ
       オレンジから茶色と静かなトーンのハーモニーで、
       爽やかな空気の元なんとも美しく、
       なんといい日なんだ!と何度も仲間と言い合った事でした。     

       少し上り坂の左手にあるのは馬場で、
       今一頭歩いて出てきたのが、下の写真にみえるかな?
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       この辺りまでカーヴしながら上ってきて、スコミーゴ村の家には
       真っ直ぐこの景色を見ながら下って行きますが
       歩きの時は車の多いこの道を避け、左手に曲がりまして、
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       こんな道に入ります。 道はも少し広くなったりしながら、
       カーヴを切りながら、坂道を上ったり下ったり。
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       道の脇は、大概どちらか側が谷か平野に下り
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       奥に見える鐘楼がオリアーノ村の教会
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       葡萄畑の葉がすっかり色づき、落ちかけ始めた所で
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       振り返っての西の方面
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       葡萄畑が、本当に良い色でしょう?!
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       お家の生垣に咲いていた薔薇
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       オリアーノ村への曲がり角に近づき、東南に広がる畑の色
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       正面に見えてきたオリアーノの教会と鐘楼
       その手前下に見えるのはオリーヴ畑。 南向けの日当たりの良い畑で、
       良いオリーヴが取れると聞きました。
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       この辺りの畑の畝の美しさに惹かれ、若葉の頃に撮りたいと
       思っていたのに今年は逃しました。来年は!
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       ですがね、ここからオリアーノに向っては、
       下り坂と上り坂のキツイのが2度連続するのです!!




       坂の途中から見上げる、中間点の農家!
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       道脇の赤い実。 夏にはプルーンをもぎ取って食べましたっけ。
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       坂道にある桑の木。 昔はイタリアも養蚕が盛んだった残りです。
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       途中で振り返っての丘の眺め
       う~ん、こうして見ると坂道のキツイのは見えませんねぇ!
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       白く木の幹が見えるのが、なかなかでしょう?
       イタリアにも結構白樺の木があるのですが、これはどうかな。
       遠くに見えるのは、フォルメニーガの村の教会。
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       さて、オリアーノ村に到着
       お墓に寄った後、バールで一休み。

       すぐ前のサッカー場では、少年達の試合が行われており
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       ここから見る我がスコミーゴ村
       左に見える無粋な四角い鐘楼がスコミーゴので、ははは、
       我が家は右寄り奥に見える階段状のコンドミーニオに。
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       こちらも何度も見て頂いている、右がヴェネツィア方面への高速で
       私は左に3Kほどのヴィットリオ・ヴェネト南から出入りしています。
       そうなんです、オリアーノからは地平線が見えるのです!
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       バールで一休み、冷たいオレンジの生ジュースを。
       隣に座っていた、黒い大きなワンちゃん
       肝心の顔が写らなかったよぉ。
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       行き掛けに茸取りのシニョーラと出会ったり、別の友人との
       お喋りで少し時間をとったので、
       帰り道は少し急ぎ足で、せっせと戻ります。

       今、最初に見ていただいた道の分岐点、馬場の上辺りまで戻り、
       コネリアーノの町が見えてきた所
       戻りには少し靄がかかり、逆光で色がよく出ていませんが、
       丘の繋がりの上に見える塔がコネリアーノの城の塔で、
       手前の林の向こうに、週2回通うプールがあります。
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       さてモンティカーノ川沿いに来ると、岸辺でイタ鴨たちが
       のんびり寛いでおりまして、
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       餌を持ってくる方もおられるので、既に朝ごはんが済んだ時間帯。
       泳いでいるのは少なかったですが、かなりの数なんですよ。
       

       という8日の日曜日、歩いたのは2時間半、9,25K(休憩を除く)
       歩数は14920歩。

       私のスマート・フォンにも歩行距離計、GPSのソフトを入れましたので、
       ヘッヘッヘッ、次の日曜日が待ち遠しい!
       
       ところでこの快晴の日曜の翌々日、火曜にはどうなりましたか
       分家の水彩ブログにパート2を載せましたので、ご覧下さいね。
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by italiashiho2 | 2015-11-13 00:24 | ・スコミーゴ村の四季 Scomigo | Comments(17)
2015年 11月 08日

   ・・・ 碌山美術館 ・ 信州安曇野 その2 ・・・

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       東穂高出身の日本近代彫刻の父ともいえる荻原碌山(本名は守衛)
       の素晴らしい美術館を安曇野に訪ねました。
       先回ご紹介のわさび田から西に行った所で、
       長閑でこじんまりとした一廓、木々に囲まれてありました。

       荻原碌山が安曇野出身であった事も知らずだったのですが、
       展示で出会った様々な人物名、高村光太郎、相馬黒光などと
       どんな関係だったのかを知る為にもあれこれ読み、

       明治末期の日本の芸術家達の様子も想像しながら
       碌山美術館の本当に細部まで拘った美しさを
       今懐かしく想い出しています。
      
       殆ど何も知らないまま見学し、その資料展示などからも
       博物館と思ったのでしたが、
       碌山美術館 となっている事を知りましたので、ここに訂正です。


       上の写真は、道に面してある「碌山美術館」の入り口



       植え込みがあり、右手に切符売り場で、
       シニアで、と言いましたら、ここにはそれはありませんと。あれま!

       そしてそこから振り返ると左手奥に、この教会を模した建物
       こじんまりと、そして格調高く!
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       建物の入り口に絡んだ蔦が、ちょうど紅葉を始めた所で
       とても良い雰囲気。
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       敷地内には幾つかの展示館があるのですが、
       この一番の主たる展示館の様子を右側から撮った写真
       サイトで見つけましたので、拝借し。

       こんもりとした木々に囲まれ、静謐な空間
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       入り口に向う右手に、この「労働者」の像
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       これは帰国2年目に第3回文展に出品し落選したものだそうで、
       戻ってくるなり、碌山は左腕と両脚を取り除けたと。




       入り口上部。 塔の上にあるのは鳩の像
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       扉にあった碑
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       碌山美術館    1958
       この館は29万9千100余人の力で生まれたりき

       この美術館は、地元の人々の寄金により出来上がったのだそうで、
       この碑も単なる碑ではなく、周囲を楓の葉かな、が囲み、
       留め金部分も、ほら、薔薇の花みたいでしょう?
       この他にも、扉のノッカーが、キツツキだったようで・・。
       
       この館の設計者は(基俊太郎)と言う方で、彼のお父さんは
       彫刻家で、碌山の友人だったそうです。
       そんな事もあってか、まさに心のこもった配慮の設計である事が感じられ
       大変に居心地の良い、暖かな美術館となっている様子です。

     追記と訂正を。
       主となっている「碌山館」の設計は、今井兼次と言う方がされ、
        他の2棟の設計が基俊太郎とのことです。
     
       


       入り口を入った所のロビー部とでも言うのか、
       左側には、彫りを施した厚板の台があり
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       右側には、暖炉と薪置き台。 
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       館内は写真禁止でしたので、碌山美術館のサイトから拝借の
       写真で様子をご覧くださいね。

       入り口部分から奥に。 上部に見えるのが碌山の写真で、
       手前はフランスに留学中の作品と言われる「抗夫」、
       奥の左から2番目、腕を組んでいるのが「文覚
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       奥から入り口部分を、右列真ん中にお尻が見えるのが「絶望・デスペア
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       真ん中左に見えるのが「女」、碌山の絶作となった作品。
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       両手を後ろで組み、ひざまずいて立ち、何かを求めるように
       上を向き、喘いでいる女の姿。       

       この作品は碌山の死後、文部省に買い上げられ、
       日本の近代彫刻としてはじめて重要文化財に指定されたものだそう。




       この作品と、碌山が一緒の写真がありました。
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       荻原碌山、1879年・明治12年12月1日 - 1910年・明治43年4月22日
       画家を志し1901年にニューヨークに渡り学び、
       1904年にパリでロダンの「考える人」を見て深く感動し、
       彫刻家になる事を決意。
       1906年からパリのアカデミアで彫刻を学び、1908年に帰国。

       1908年に文展に「文覚」入選。
       1910年「女」を制作。 4月22日に急逝。
       
       僅か30年の生涯、画家を志しニューヨークに渡ってから10年、
       彫刻を学び帰国して後2年!の本当に短い生涯でした。




       上の「女」の像は、実際のモデルがいますが、
       新宿中村屋の創業者相馬愛蔵と妻の黒光(こっこう)夫妻の、
       黒光が碌山と恋仲であり、モデルだったと言う説が通っています。

       その相馬黒光(本名は良で、その才気を少し黒く隠せというニックネーム
       から来ているそう)の少女の頃の様子と、
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       これは碌山の一周忌に、彼を偲んでアトリエに集まった人々
       写真だそうで、安曇野の旧家出身の相馬愛蔵、碌山の長兄の本十も、
       他にも著名人の名が見えます。
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       碌山はまだ安曇野にいる頃に、土地の旧家の相馬家に嫁いできた
       黒光と知りあったのだそうで、
       帰国して新宿にアトリエを構えてからは、中村家に通い、
       家族の一員のようにして付き合っていたそうで、
       留守がちの夫に代わり事業を切り回していた黒光に、
       弟のように甘えたりもしていたそう。

       夫の愛蔵の浮気に悩む黒光を慰め励まし、それでも離婚しない
       黒光への愛情と渇望に苦しむ中から生まれたのが
       「女」の像だと言います。
       
       が、手前真ん中に見える中村彝、に実は驚いたshinkaiです。




       まん丸の赤いほっぺの少女像、同じ顔の裸婦像も
       相馬夫妻の娘の俊子だったと知ったのも驚きだったですが、
 
       彼のこの「ワシリー・エロシェンコ像」の画家が、
       ずっと昔、絵を描き始めた頃に衝撃を持って見つめたこの絵の画家が、
       いわゆる中村屋に集まる文化人のサロン「中村屋サロン」の
       常連の一人だったと言うのにも驚き!
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       こちらは劇団関係にも援助をしていたと言う相馬夫婦の、
       その集まりの際の写真。
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       中村屋サロンの幅広い交流を通し芸術家達が育っていった
       と言うのも間違いないようです。

       中村屋の3Fに美術館が開館し、
       サロンを通して交流した芸術家達の作品が見れる様子です。
       


       ちょっと話が前後しますが

       碌山が、黒光を慕い愛し、切望したのは確かだろうと思うのですが
       よく書かれている様に、黒光が夫の浮気に苦しむ姿から云々、
       と言うだけの単純な人物構図だけではなかった事も、
       黒光が普通の受身一方の女性ではなかった事も、今回読んで知りました。

       確かに夫愛蔵の浮気に黒光が苦しんだ事もあったでしょうが、
       愛蔵は大変度量の大きな人物で、実業家でもあり、
       逆に家庭内では黒光の男関係には一言もいわず、
       黒光はサロンに集まる男達を、才気と美貌でペットにした部分もあった様で、

       実際、碌山の親友であった高村光太郎などは、
       彼女を大変に嫌っていたと。

       確かに彼女の才気、事業での頑張り、成功には敬意を表しますが、
       女同士として友人になりたいかというと、ちょっと違うような・・。
       
       当時の人物についてご興味のある方、こちらに大変詳しく。       
       相馬黒光という女
    



       館の南側と、見える塔
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       そして西の裏扉。 この佇まいがとても気に入りました。
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       この脇に高村光太郎の詩を刻んだ碑があり

       荻原守衛

       単純な荻原守衛の世界観がそこにあつた、
       坑夫、文覚、トルソ、胸像。
       人なつこい子供荻原守衛の「かあさん」がそこに居た、
       新宿中村屋の店の奥に。

       巌本善治の鞭と五一会の飴とロダンの息吹とで荻原守衛は出来た。
       彫刻家はかなしく日本で不用とされた。
       荻原守衛はにこにこしながら卑俗を無視した。
       単純な彼の彫刻が日本の底でひとり逞しく生きてゐた。

       ――原始、
       ――還元、
       ――岩石への郷愁、
       ――燃える火の素朴性、

       角筈の原つぱのまんなかの寒いバラック。
       ひとりぽつちの彫刻家は或る三月の夜明に見た、
       六人の侏儒が枕もとに輪をかいて踊つてゐるのを。
       荻原守衛はうとうとしながら汗をかいた。

       粘土の「絶望」はいつまでも出来ない。
       「頭がわるいので碌なものは出来んよ。」
       荻原守衛はもう一度いふ、
       「寸分も身動きが出来んよ、追ひつめられたよ。」

       四月の夜ふけに肺がやぶけた。
       新宿中村屋の奥の壁をまつ赤にして
       荻原守衛は血の塊を一升はいた。
       彫刻家はさうして死んだ――日本の底で。

       昭和十一年 高村光太郎 作




       他にも2棟、碌山と交流のあった人物の作品の展示館が
       ありましたが、省略させて頂き、

       これは入り口に近い場所にあったグズベリー館、ショップ
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       入り口にかかる暖簾に「Love is Art」とあるのを見て、
       きゃ、と敬遠したのですが、すみません、こういう言葉は苦手でして。
       ですが、今回あれこれ読んでいて、これは碌山の言葉

       LOVE IS ART, STRUGGLE IS BEAUTY.
       愛は芸術なり 相剋は美なり

       から来ているのだと知りました!
       ・・言葉の独り歩きは、怖い!!




       ショップの前にあったこんなテーブル
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       こちらは倉庫だったか、校倉造りを模し、
       大変に細部の和洋折衷装飾が凝っていて、
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       なんとなしに帰国した碌山の気持ちを思いやっての設計かという様な、
        彫刻を学び生まれた自国に戻ったものの、
        当時の日本には西洋彫刻を受け入れる態勢もなく、
        時にはどんなにニューヨークやパリを懐かしんだろう、
       そんな気持ちが現れているようで、ちょっと切なくなりました。

       だって、shinkaiもそうだったんですもん、
       よ~く分ります!!


       当時の日本の芸術家達の気持ちは、皆こんなだったでしょうね。
 
        ふらんすへ行きたしと思へども
        ふらんすはあまりに遠し
        せめては新しき背廣をきて
        きままなる旅にいでてみん。
               萩原朔太郎
       
       


       う~ん、少し湿っぽくなったかな。

       最後はサイトで見つけた、美しい雪景色の美術館をどうぞ!
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       信州の松本近くまでお出かけになったら
       是非一足延ばし、碌山美術館にお出かけ下さいね!
       碌山の素晴らしい作品のみならず、
       美術館を囲む静謐な空気にも、心が和らぎます。


       碌山美術館
       住所:長野県安曇野市穂高5095-1
       TEL:0263-82-2094
       開館日:5月~10月  無休
       休館日:11月~4月、月曜日と祝祭日の翌日。12月21日~12月31日。
       開館時間:3月~10月→AM9:00~PM5:10
       11月~2月→AM9:00~PM4:10 (入館は30分前まで)

       入館料:大人=700円、高校生=300円、小・中学生=150円、団体料金あり
       アクセス:電車利用=JR大糸線穂高駅下車徒歩約7分、
       車利用=安曇野ICから約15分 駐車場あり

       公式サイトhttp://www.rokuzan.jp/


       

     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-08 01:45 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(15)
2015年 11月 03日

   ・・・ 安曇野のわさび農場訪問 ・ 信州の旅 その1 ・・・

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       日本到着の翌々日、松本から安曇野に出かけました。
       「安曇野」という、如何にも日本の故郷を感じさせる言葉の響きは
       ずっと知っていますが、まだ訪ねた事がなく、
       松本近郊出身の二木さんが案内して下さいました。

       安曇野での訪問はわさび田と、安曇野出身でロダンに魅せられ
       自身も彫刻家となった荻原碌山の博物館でしたが、
       まずは写真整理の済んだ山葵田から、ご覧下さいね。

       トップは、ここ一体に広がるわさび田でも一番大きく有名な
       大王わさび農場の駐車場から見る常念岳(真ん中)。
       この日は快晴の良い日だったのですが、残念ながら
       日本アルプス連山は靄っていて見えず、常念岳のみでした。



       私より皆さんのほうが地理を良くご存知かもですが・・、
       一応長野県の中での安曇野、そしてわさび農場の位置を
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       地図は大王わさび農場のサイトから拝借。
       



       駐車場の脇に咲く、赤いスカンポ
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       すぐ近くを川が流れ、奥に水車小屋が見えます。
       黒澤明監督の映画に使用されるので作られたという事ですが、
       如何にもピッタリと風景の中に収まり・・。
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       この右手手前にゴムボート乗り場があり、
       何とか入れずに撮ろうとするのに苦労しましたっけ!



 
       この手前を流れる川は湧き水100%の蓼川というそうですが、
       本当に透明に透き通った美しい水で、
       川底の水草も綺麗で、さすが、わさび田!と思った事でした。
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       大王わさび農場に入場は無料でするっと入れ、
       道脇の木々も少し紅葉しかけており
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       少し先に、先ほど見えた水車小屋が2軒並び
       いかにも!の素敵で長閑な眺めでしょう?!
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       こちらが奥の小屋で、壁に立てかけた農具が見えますが、
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       手前の小屋の農具はこんな感じで、
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       脇では水車がゆったりと回り・・
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       近くにあった説明の立て札には
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       しっかり読んで下さいましたか、皆さん?!




       ブログ用に縮小しましたら、ちょっと分りにくくなりましたが、
       右手に見える土手のような1本道が、2本の川の境目です。
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       そして、お待ち兼ねのわさび田!
       この部分には、直射日光避けの寒冷紗のテントが広げられていて、
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       収穫が済んだのでしょう、次の植え込みを待つ畑も見え
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       はい、お勉強! ははは。
       こういう説明を見ながら、なるほどなぁ、と美しい畑を眺めます。
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       ほらね、大きな塊の縦筋があり、その縦筋の中にずっと
       斜め横に作られた畝が並びます
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       畝の間、畑の間を通り抜け、また合流する水の流れ
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       わさびは、水が綺麗な場所でないと育たない、とは良く聞きますが、
       こういう畑のつくりを見ると素直に納得できますね。
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       一面に広がる、見事なわさび田!
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       大王わさび農場のサイトには、こんな写真が
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       かっては雑草の生え茂る扇状地の原野だったのを、
       大正4年から5町村にまたがる土地15丁歩を個人所有と
       することから初め、そののち開拓に着手。
       昭和10年までの20年間をかけて開拓したのだそう!
       
       夢の一大プロジェクトだったのでしょうね。
       園内には神社があり、その脇に開拓を始めた初代ご夫妻の
       像もありましたが、
       水温は年間通して13℃だそうで、
       開拓ができてから後の、栽培の大変さも思うと、頭が下がります!

       そして現在は、農場面積15ヘクタール
       わさび収穫量、年に150トン
       年間観光客120万人!
       という、日本最大規模のわさび農場なのですね。



       上から見ると、結構わさびの葉っぱが虫に食われているのが見え
       逆に考えると、農薬を使っていないことが納得・・!
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       こんなにも透明な湧き水!
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       凄いですねぇ、1日に12万トンの湧き水!
       そして末は犀川、千曲川、そして信濃川となって日本海に!
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       犀川・さいがわ、という名は、長野で育ったshinkaiの中では、
       子供の頃から馴染んだ名なのです。




       安曇野には、様々な素朴な道祖神が点在しているようですが、
       園内の水車小屋近くにも2つ3つ。
       ですが如何にもの狙った感じで、好みではありませんでしたので、

       逆にこの、わさびだぞぉ!というのはどうでしょうか、ははは。
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       レストランや、わさび漬け講習会場、そして先回のブログでご紹介した、
       わさびソフトクリームや、わさび入りコロッケなどの屋台もあり、
       売店で、shinkaiはわさび入りオカカを買って戻りました。




       道脇に見つけた秋の花、秋の色
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       そして、再度常念岳を見ながら、碌山博物館に
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       安曇野は、時間をとって歩いたら楽しそうです
       またいつか、ね。



     *****

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by italiashiho2 | 2015-11-03 03:17 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(4)