イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 05月 30日

   ・・・ ニンファの庭園 ・ 中世のポンペイ + イギリス式庭園 ・・・

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       今回のご案内は、ニンファの庭園・Giardino di Ninfaと呼ばれる、
       イタリアの自然記念物指定も受けている、世界的に有名な庭園を。

       中世に町が放棄され埋もれていたのを、19世紀の末から
       持ち主が情熱を込めイギリス式庭園に蘇らせたもので、
       現在は年間5万人もの人々が訪れるという、人気のある庭園。

       写真がいつもよりもずっと多くなりましたが、
       庭園内を散策されるおつもりで、ごゆっくりどうぞ!

       上の写真は、ニンファの庭園に向って上る道から見えた、
       宿のある海辺の町テッラチーナの西に延びる岬の形
       顔を上に向け日に当る姿の様だとも。




       地図をどうぞ。
       ニンファの庭園・Giardino di Ninfaは中央上に。
       右下に見えるセルモネータ・Sermonetaの町の城塞と共に
       かってのカエターノ家の持ち物だったのが、現在はカエターノ財団と。
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       ニンファの庭園から九十九折りの道の上に見えるのが
       ノルマ・Normaという町で、後ほどご覧に。

       中ほど下に真っ直ぐ伸びるSS7の道、
       右下にStrada Statale 7 Via Appiaというのが見えますが、




       バスが庭園に近づき、チラッと見えた湖
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       入り口脇のショップにあった鉢植えの花々
       黄色や濃いピンクのカラーの花が鮮やか!
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       公園の専門ガイドに連れられ、庭園内に入り込むと、
       うっそうとした緑の小道が奥に続き
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       上でお話したノルマの町がこんな風に!
       岩山の上に細く繋がり、この部分が多分旧い町部分と。
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       まず教会の入り口扉から入り脇に抜け、ここで一通り庭園に付いての
       説明を受けますが、勝手にあちこち入り込まないよう注意をされ!
       
       元教会(確か、サン・ピエトロ教会)で、建物の屋根の右上に
       高く教会入り口部分の壁が見えるのが分りますか?
       この建物はそれを改装してあり、
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       こちら背後にあるのが、かっての後陣部分の半円の名残と
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       その左手には、うっそうとした糸杉の並木が続くのですが、
       こちらは入れず・・。
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       横にある、鐘楼の残り、足元部分
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       「ニンファの庭園」、ニンファはニンフ・妖精の意味ですが、
       元々この廃墟になった町の名がニンファといい、
       ローマ期にこの近くにあった湧き水の神を称える礼拝堂に因むと。

       元々の町は住人も少なかったのが、中世当時アッピア街道は
       湿地帯に埋もれており、この近くを通る道が唯一ローマへの接続道で、
       商業交易の繁栄もあり、町は次第に豊かに。

       所が教皇選出に関しての争いから、1171年フェデリコ・バルバロッサに
       略奪焼き討ちにあったり、領主も次々替わりますが、

       1294年カエターノ家のボニファーチョ8世が教皇となると、
       1298年に甥のピエトロ2世カエターノが20万フィオリーニ金貨で
       ニンファとこの近隣一帯を買うのを援け、
       カエターノ家がこの一帯に、以後7世紀間に渡って勢力を持つ始まりに

       ピエトロ2世カエターノは元からあった城を拡張し、城壁に囲まれた内庭、
       以前からの塔も高くし、城に城館も付け加えます。

       が1382年東西教会分裂の抗争の際、ニンファの町は再び略奪され
       これ以降再建される事なく、平地でのマラリア汚染にも影響され、
       生き残った町の人々も町を捨て、カエターノ家もローマや他の地に。
       
       こうしてニンファの町は廃墟となったのですね。


       
       
       流れの脇、 水は本当に澄みきっていて
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       奥に日を浴び鮮やかな、日本の楓
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       果樹もあり
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       緩やかに曲がりながら奥に続く道
       遺跡の石が転がり、バラが花咲き・・。
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       そしてまた先ほどの流れ、堰があり
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       少し低い部分には、あやめ科の花
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       木々に高低のアクセントをつける糸杉の姿
       そして葉の色の違う植物の取り合わせ
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       かっての住宅だったと思われる遺跡に絡まる植物、咲く花
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       「庭園」と聞いてのみやって来て、花の咲き乱れる姿もなく、
       刈り込まれた幾何学模様の生垣もなく、最初はいささか?だったのですが、
       この辺りになって段々飲み込め、
       なるほどなぁ、遺跡を利用してロマンチックな庭園にしたのだ、
       ぺんぺん草がはびこるのではなく、そういうのは一切排除し、
       廃墟に絡まるのは薔薇の花という風情なんだ、と。

       イギリス式庭園なる物を他では見た事がなく、
       このイタリアの強い太陽光線の下でも、全体にうっそうとした暗さで、
       かなりブレて写ったのも何枚もあって戸惑いましたし、
       花も咲き終り、萎んだのもたくさんそのまま、という手入れの仕方も、
       ちょっと他では見た覚えがなく、

       廃墟の美を如何にも自然風に、しかも美しくロマンチックに見せる
       という庭園のつくりなんだ、と納得した次第です。

     
       コモ湖で見たヴィッラ・カルロッタの花盛りの庭園は



       この辺りはぐるっと廃墟を回りこんで見る道取りになっていて、
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       この教会サンタ・マリーア・マッジョーレがかっての一番大きな
       教会だったそうで、フレスコ画が残っているのも見えますが、
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       幾つかの作品は剥がされ、セルモネータの城のほうに移されていると。
       ?!見たっけ?!




       こちらは鐘楼跡
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       小さな遺跡の壁跡を覆う薔薇の茂み
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       清楚な薔薇の花、ぽわぽわの塊、大きな紫のテッセン
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       遺跡の壁と大振りな葉を持つ植物の取り合わせ
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       この中世の町の廃墟を、16世紀にはカエターノ家出身の枢機卿
       植物学を愛するニコロ3世がお気に入りの庭園とすべく、
       小範囲で取り掛かった様子ですが、枢機卿の死と共に計画は消え、
       鱒の養殖、貴重な果樹もあったそうですが、
       
       次の挑戦は17世紀のフランチェスコ4世公爵カエターノで、
       情熱を注いだ物の、彼もまたマラリアに退散せざるを得ずで、
       ただし彼の取り掛かった水脈と泉は残ったと。

       こうして19世紀にはこの庭園の魅力を伝え聞き、
       「中世のポンペイ」として訪れる人々がたくさんいたのだそう。

       19世紀末遂に、オノラーロ・カエターノ・Onoraro Caetaniの妻
       イギリス人のアーダ・ボットゥル・ウィルブラハム・Ada Bootle Wilbraham
       が、彼らの6人の子供のうちの2人の息子ジェラージオ・Gelasio
       ロッフレード・Roffredoと共に、
       
       遺跡にはびこる大部分の沼地の植物を根絶し、最初の一連の糸杉、
       トキワガシ、樅、多種の薔薇などを植え、幾つかの遺跡も修復し、
       ロマンチックなイギリス式庭園に変えるべく奮闘したのだそう!

       現在財団の名となっている「ロッフレード・カエターノ財団」は、
       この時の一人の息子の仕事を記念している訳ですね。

       庭作りの仕事は、ロッフレードの妻マルゲリーテ・シャピン?・
       Marguerite Chapinに引き継がれ、潅木やバラが植えられ、
       1930年代には著名人や芸術家達に門が開かれますが、
       第2次大戦となり一族はセルモネータの城塞に避難し、
       1944年になってニンファに戻ります。

       最後のカエターノ家の当主は、1977年に亡くなったレーリア・Lelia
       ロッフレードの娘。
       大変敏感で繊細な女性で、汚染物質を一切使わず、
       大きな絵を描くように色の配置を考えつつ、たくさんの泰山木、
       イバラやツル性の薔薇を植えたのだそう。

       彼女は子孫を残さず、ここに7世紀に及ぶカエターノ家は絶えましたが、
       亡くなる前に前述した財団を設立、  
       この庭園とセルモネータの城塞を護る事に

       庭園のサイト http://www.fondazionecaetani.org/visita_ninfa.php 

       この庭園訪問には、予約、日と午前午後の時間指定が必要で、
       このサイトから予約できますし、
       月に何日間かしか開かずですが、それも調べられます。
       チャンスがありましたら、是非一度ご訪問を!

       セルモネータの城も大変な威容で驚きましたので、
       またご案内いたしますね。

       ポンペイ遺跡のご案内は、こちらに1~6
       http://italiashio.exblog.jp/15055303/  劇場2つ
       http://italiashio.exblog.jp/15072892/  野外闘技場、店あれこれ
       http://italiashio.exblog.jp/15086528/  パン屋、ルパナーレ、フォーロ
       http://italiashio.exblog.jp/15115959/  アポロ神殿、テルメ、牧神の家
       http://italiashio.exblog.jp/15125930/  秘儀荘 1
       http://italiashio.exblog.jp/15128707/  秘儀荘 2




       1ヶ所、様々な色の花が咲き乱れる場所があり
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       手入れ中の男性の姿。 
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       ラヴェンダーはまだ蕾が固く
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       遺跡をすっぽり覆う、花のある植物
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       如何にも、英国絵画に出てきそうな廃墟の姿、でしょう?!  
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       艶やかな百合の花
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       ニンファ川の流れが広い場所、陽が射していたのに、
       この後突然にぱらぱらとぱらつき始め・・。    
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       川を渡る3つの橋の1つ、マチェッロ・Macello橋
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       橋の名マチェッロというのは、屠殺場とか殺戮を指しますが、
       名の由来は2つあり、1つはこの橋での戦闘で大激戦があった事、
       も1つは、このすぐ近くに畜殺場があったからと・・!




       一番小さな古いローマ期の橋。 本当に大人が渡れた?! 
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       木製の橋。 どの橋も渡れず!
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       川の向こう側
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       竹林。 筍の煮物を思い出し、つばが溜まるshinkai!
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       8ヘクタールの広さにわたるという庭園ですが、
       世界様々から集めたであろう植物が根付き、
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       やっと普通に美しく咲いていた、はは、ピンクの薔薇。 
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       かっての城跡、塔の高さ32m。      
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       建て増しの城館跡と思われる壁の窓
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       塔の壁
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       右側には修復され、一時は住まいとされていた屋敷があり、
       現在は財団の事務所もあるという部分。
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       振り返って見る、奥に誘う小道のローマの松
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       さて帰り道には、湖の風景を見逃さぬよう用心し、はは、
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       こんな感じで、ニンファの庭園に別れを告げ

       長いお付き合い、有難うございました!!




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、日曜の朝・ヴェネツィア そろそろ と、 シトー派修道院 を
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by italiashiho2 | 2016-05-30 00:34 | ・ローマとラツィオ州 | Comments(14)
2016年 05月 25日

   ・・・ テッラチーナの海辺 朝と夕 ・ ラツィオ州 ・・・


       皆さん、こんにちは!
       一昨日夜、無事に南ラツィオ州の旅から戻りました。
       今回の旅は初めて行く土地でもあり、知らない物をたくさん見、
       美味しい魚料理も何度か食べれた、大変満足の旅でした!

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       最初の地図でご覧頂く様に、
       北イタリアのコネリアーノ・Coneglianoの町を朝6時に出発の、
       総勢48人のバス旅行でして、一路南下。
       休憩を挟みながらウンブリアのナルニ・Narniまで行き、昼食、
       そして19世紀まで異端審問所のあった地下教会を見学。
       
       これがまた大変興味深い見学、ガイドさんの熱のこもった説明で、
       是非このブログでもご案内をと思っておりますが、
       ナルニを午後5時半に出発、またまた南下し、
       今回の旅行の基地となるテッラチーナ・Terracina の宿には
       8時半頃に到着だったと!




       夕陽が傾く頃に最後の行程を行き
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       テッラチーナの、これが今回4泊した宿
       すぐ向こうが浜辺で、shinkaiの部屋は7階の非常階段の左隣。
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       地図をどうぞ
       今回回った町は、翌日にガエータ・Gaetaスペルロンガ・Sperlomga
       旅行3日目に赤点を打ったセルモネータ・Sermonetaの町、城要塞と、
       午後にニンファの庭園・Giardino di Ninfa
       4日目は船でポンツァの島・Isola di Ponzaに。
       最後の5日目の午前中は、テッラチーナの旧市街を回り、帰路に。
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       左上にちょっと引っかかるのがローマの街で、
       右下に見えるNは、ナポリのN。



       という事で、今回の旅行ご案内の最初に見て頂くのは、
       ホテルの窓や浜辺からの、ティレーニアの海と空の色

       4日目に渡ったポンツァの島では、本当に蒼い海の色、エメラルド色を
       見たのでしたが、それはまたのご案内とし、
       ここでは、海辺の朝の空気を感じて下さいね!
       
       まず2日目の朝、部屋のテラスから
       shinkaiの部屋は海に面しておらず、これで精一杯!
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       非常階段が部屋の横にあり、
       あっ、あそこからだったら西側の海が見える!と出まして、
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       これは少し陸側を。
       こんな風に松林に埋まる感じで、貸しマンションや家があり、
       多分殆ど夏のヴァカンス用なのでしょう、窓は大概閉まっておりました。
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       で、非常階段に出たのは良いのですがぁぁ、
       うっかり閉めてしまって入れず、ははは、
       1階までポツポツと下りましたぁ!!


       浜に出ると東のほうは雲が厚く早く動き、
       海の色もグレイで少し陰鬱な色!
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       東に続く浜の様子
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       波もそんなに大きくなく
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       西の方には青空
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       3日目の朝。
       少し賢くなり、ははは、非常扉に締め出されずに済み、
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       テラスから見る北の山と
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       手前に広がる平野のオリーブ畑
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       ホテルから浜に向ってこんなテラス席もあり
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       この日は少し波も大きく、海の色もブルー!
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       打ち寄せる波、ひく波、そして浜の小石、貝殻
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       前夜に大きな雷の音が何度も聞こえ、雨も降ったらしく、
       浜の砂もしっとり。
      
       朝食の時に連続雷の話が出ると、えっ、ホント?!という
       豪傑が結構いるのですよねぇ、これが、ははは。




       何に使う車なのか、こんなのも通り過ぎ
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       タイヤの跡くっきり!
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       遠く遥かに見えるポンツァの島。 
       翌日船で1時間15分の距離でした。
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       この日は良いお天気、暑いほどの日となりました。
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       浜を引き上げようとして見た蝶!
       羽を広げて止まったのが、残念閉じてしまいましたぁ。
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       連日見学が長くなり、ホテルに戻るのは7時過ぎ!
       で即夕食となり、その後部屋に引き上げて見る夕陽の名残
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       4日目の朝、浜の写真は今日は無し!と決めていたのが、
       朝食後のぞくと、
       あれっ、ボートがいるじゃん!!
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       この日は終日ポンツァ島で過ごし、暑い陽射しに焼けましたぁ!




       ポンツァ島での昼食の量が多く、美味しく満足超満腹!
       で、ホテルでの夕食は辞退し、ビール1本とポテト・チップスを部屋に
       持ち帰り、TVニュースを見ながらちびちびと。 
       
       テラスから見る落日、と夕陽
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       最終日。北の空、朝の薄いピンク色
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       西の空、非常階段越しの月
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       バスに旅行鞄を積んだ後、ホテルのテラスを見ると、
       椅子が並び、傘を広げている最中!
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       浜もごみ掃除が済み、綺麗になっています。
       そうなんだ、この日曜から夏の浜開きなんだね!




       テッラチーナから西に延びる岬の先端
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       海が煌き、今日は暑くなりそう!
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       チャ~オ! また来れるかな?



     *****

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by italiashiho2 | 2016-05-25 00:07 | ・ローマとラツィオ州 | Comments(10)
2016年 05月 15日

   ・・・ ヴァルヴァゾーネの城 ・ イタリアで一番美しい村々の ・・・

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       先々回ご案内しました「イタリアで一番美しい村々」に登録の、
       フリウーリ・ヴェネツィア-ジューリア州のヴァルヴァゾーネ

       今回は村の起源ともなり、公爵領主の居城でもあった
       お城のご案内を。

       当日は曇り空でしたので、まずトップは青空の美しい写真を
       サイトから拝借致しまして、

       元々は13世紀の要塞城で、周囲を深い堀が囲み高い塔もあって、
       現在は橋も普通ですが、当時は跳ね橋だったと。
       


       真正面からの写真では見えない、向って左側も少しどうぞ
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       長い世紀の間に炎上もし、修復され拡張され地震の被害も受け、と
       様々な変遷を辿った城で、
       まず橋の向こうに見える門囲いの上部、本来ならばこの上部には凸凹形、
       イタリア語でメルレット・レース飾り、があったのが潰されていて
       名残がうっすらと見えますね。
       
       左に見えるロッジャ部分も、18世紀になってつけられたもので、
       正面上部の壁にも円柱が残っているのが見えます。
       我々の内部見学は、左のロッジャ部分から入りましたが、
       ロッジャには門囲いの内側の、左に開いた入り口から。

       城は現在、国の記念物に指定になっているそうですが、
       持ち主はコムーネ・市。
       現在まだ修復が続いていて内部の一般公開はされていない様子。
       ガイドさんが鍵を開けて、という形でした。





       橋を渡っての奥に見える中庭と、円形の井戸
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       実は上の写真で見える右側の翼部分、ここは個人の持ち主が
       3軒分入居されているそうで、かって公爵から購入されたとの事で、
       我々は中庭には入れず。

       門の奥には鉄柵があり、たまたま入居者の車がやって来て柵が開き、
       中が見えたのでした。




       本館側左部分3階と4階の間、18世紀の改修部分
       これは実は3階の上の部分に、テラス庭園があったのを潰し、
       居住部分に替えた名残なのだそう!
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       皆が一斉に、勿体ない!と声を上げたのですが、ははは、
       ガイドさんの説明によると、時代が下り、要塞城というよりも
       ルネッサンス様式の居城に様変わりしていて、
       一族の皆さんがたくさん住んでおり、部屋が不足だったのだろうと。       




       正面左側壁の様子。 右がやはり18世紀に建て増しのロッジャ部分の上、
       左の窓の形は古い物。
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       ロッジャの前庭から見る埋め立てられた堀と、深い堀だったそう、
       お城前の広場にある建物類、多分この辺り家臣達の物と。
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       お城前の広場・ピアッツァ・カステッロ
       現在は駐車場になっていますが、
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       右奥に見えるのは塔の門で、



       こんな様子で、町の西側の門。
       塔の名はトッレ・デッレ・オーレ・Torre delle Ore,
       かっての時代、時を知らせる鐘でも備えていたのでしょうか。
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       右に見える壁画のある建物は
       


       これ。 トラットリーア・ラ・トッレ・Toratoria La Torre,
       ちょっと有名な土地の料理、そして古い土地の料理を食べさせる様子。
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       広場の端にある井戸、優雅な飾りがありますから、
       この広場の周辺建物は、領主の主だった家臣達で占められていたものと。
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       広場南面の様子。 見える鐘楼は先回ご案内のドゥオーモの鐘楼。
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       サイトで見つけた17世紀のお城と村の様子
       堀が周囲を囲い、町の周囲にも流れ、城壁が町を囲んでいた様子。
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       堀に渡された橋は3本あり、一つは上のトッレ・デッレ・オーレに、
       もう1本は城に、そして集落に連絡していたそう。

       城の高い塔も、高さ18mあったそう、積年の災害などで危険な状態となり、
       1884年に取り壊されたと。




       こちらがロッジャ部分で、ここから我らは城の中に
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       最初に入った部屋の様子で、兵達の詰め所でもあったでしょうか。
       一番手前に見えるのが大きな釜、洗濯物の煮沸に使われ、
       18世紀まで使用されていたと。
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       灰汁を使い、また香り付けの香草も使ったりで、
       この部屋は「香りの部屋」と呼ばれていたと。
    
       ですが、洗濯の後はちゃっちゃっと洗って、きっと煮炊きもしたんだろうね、
       というのは、shinkaiと傍の仲間との内緒話。

       見える鳥の様な物は、グリフォーネ・grifoneという伝説上の鳥で、
       現代の鉄の彫刻。

       一番奥に切込みが見え、真ん中にも扉が見えますが、ご留意を。       




       これが釜の部分で、大きなフードがあり、
       左横には、窓際に設えの席が向かい合ってありました。
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       真ん中の扉の中、隙間から中がチラッと見えるのに気がついた
       shinkaiが必死で狙うのを見て、ガイドさんが開けてくれ、ははは、

       はい、トイレなんですけど、壁に聖像用のくり貫きがあるのを  
       初めて見まして・・!
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       そして、蓋付き! ガイドさんに確かめましたら、
       やはり堀に落下する様になっていて、ははは、
       蓋は臭い封じでもありますが、風などの吹き込みも防いだのでしょう。

       ここのは修復され、座も蓋も新しい物でしたが、




       部屋の奥に見えた、壁の切り込み式のトイレがこれ!
       ここのは座も蓋も木の、古い物でしたぁ。
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       こういう古いトイレには、大いに興味をそそられるshinkaiでして、ははは、
       フィレンツェはヴェッキオ宮のは  http://italiashio.exblog.jp/10363547/
       同じくフィレンツェ、ダヴァンツァーティ邸  http://italiashio.exblog.jp/10480570/
       アシャーノの博物館内のは  http://italiashio.exblog.jp/20195158/


       友人のジュリアーナは、フリウーリの北で暮らした子供時代
       お祖母ちゃんの家にこんな蓋付きトイレがあり、
       中に吸い込まれそうでとても怖かった!という想い出話をね。

       以前読んだ「ノルチーノ登場」という戯作本には、
       ノルチーノというのは、ウンブリアはノルチャ出身の、
       豚肉加工職人であり、藪医者でもあり、去勢手術人を指しますが、

       ケチなノルチーノがあれこれ細々と遺言を書き残すのに、
       瓦1枚とか、楊枝1本、スプーン1本とか、ははは、
       中にトイレの蓋、というのがあり、当時は意味が分らず訊ねましたっけ!
       ははは、こちらのトイレの蓋は丸いのも知ったのでしたぁ!!




       天井にはこんな風に飾りが描かれ、柱の間にはそれぞれの紋章が
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       部屋の端の壁には、かっての落書きがあれこれ!
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       窓の外を覗くと、抱卵中の鳩が2羽。 頑張ってね!
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       こちらはフレスコ画装飾がされた部屋
       修復が済んだばかりなので、触らないように注意をとガイドさん。
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       順にご案内しますと、正面のは、最初のフレスコ画を塗りつぶした上に
       後の時代に描かれたもの、を引き剥がし、改めて別の下地に貼り付けた物。
       



       右側の壁、これが上に見えたものと同じ、後から描かれた柄。
       これがいつの時代のか、説明を聞き逃し、サイトでも見付からず・・。
       17~18世紀の物でしょうか?
       長年同じ古い壁画を見続けて、きっと飽きが来たのでしょう、ははは。
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       これも上の写真の続きですが、
       上に見える黒と赤の狼の立ち姿、これがヴァルヴァゾーネの
       城主の紋章でして、
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       白地に黒が、このヴァルヴァゾーネのもので、
       赤が同じ家系の分家筋というのか、クッカーニャ・Cuccagna、
       そしてスピリンベルゴ・Spilimbergoの領主の物で、
       村の中にも並んで描かれているのが見えました。

       元々ヴァルヴァゾーネ・Valvasoneという領主の名、村の名は
       ドイツ語の wolfes + höfe に由来し、狼の群れの意、
       イタリアの北東の国境を越えたオーストリアは
       カリンツィアの貴族出身との事。

       13世紀に当時あった古い要塞の跡に城を築き、
       先回町のご案内の時にご説明した、ローマ期以来戦術上重要な
       ターリアメント河渡河のこの位置で栄えたという家系です。




       さてこちらが左の壁の興味深いフレスコ画で、
       修復の際に偶然上のフレスコ画の下から見付かったという
       14世紀中頃のもの!
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       右端から、貴族の男女の姿、木の姿に囲まれての比喩的な物
       そして左端が大変興味深いロバと狼の姿。




       右端の貴族の男女の姿ですが、
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       左の3人の女性の真ん中は既に結婚した女性を表し、何か贈り物を
       差出し、奥は城を抱えていますね。そして音楽を奏でる手前の女性。
       さて何を物語っていたものか、絵に隠された比喩は?
       



       真ん中の木に囲まれた小さな図ですが、これも当時の比喩らしく、
    
       子供達が遊んでいる図ですが、フリウーリ弁で書かれた文字は、
       「さて、遊びが始まる」と。
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       夫婦に小さな子供2人、テーブルの上には硬貨が見え、
       夫が頬杖をつき、書かれた文は
       「ここが思案のしどころ」という意味と、ははは。
       ね、洋の東西、世紀を問わず、どこの家庭も同じなので~す!
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       男女が向き合い、鏡を見ながら見繕いを
       「綺麗にして」と。
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       全体で何か賢者の言葉を伝える、絵解きだったのでしょう。




       左のこれは、アルメッリーノの毛皮を着たロバが立派な椅子に座り
       前に狼が居ます。
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       現在はロバは馬鹿の意味で使われますが、中世の世にあっては、
       ロバは賢者だったのだそうで、ガイドさんは意味不明と言いましたが、
       サイトで見た説明にはこんなのがありました。

       つまりアルメッリーノを肩にかけたロバは、アクイレイアの司教で、
       アクイレイアの司教はかっては大勢力を誇り、このヴァルヴァゾーネも
       その支配下にあったほどで、
       前にいる狼に、勿論ヴァルヴァゾーネの領主、何か教えていると。

       土地に残る話に「ゾッポラの戦争」というのがあり、それの関係だろうとあり、
       何かと調べましたら、
       ゾッポラ・Zoppolaという町がヴァルヴァゾーネの南西10kほどにあり、
       ここに11世紀からの城があり、城主は変わっても1405年まで続いていたのが、
       それ以降アクイレイアの司教の持ち物となり、現在に至るも
       荘園(土地)は当時の司教アントニオ・パンチェーラ・A.Pancieraの子孫、
       パンチェーラ家のものである、というのがありました。

       ヴァルヴァゾーネの領主とゾッポラの領主が争ったというのに、
       案外アクイレイアの司教が乗り出し、上手い事我が物にした、された、
       という事を代々伝えているのかな、とも・・?!
       
       所でこの城は現在も残り、中には天井が木製金塗りの小さな司教の書斎とか、
       ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロやピエトロ・ロンギの作品も残っていて、
       予約すると、庭園共々見学できるのだそう!
       
       電話 +39-0432-288588   ファックス +39-0432-2297790
       サイトは www.consorziocastelli.it
            info@consorziocastelli.it

       聞いたことも無い別の田舎の町にも、かっての富が眠っているようですね!



       
       この部屋の天井にもやはり模様が施されており、間には多分一族の
       肖像なのでしょうね、特別豪華ではありませんが、
       やはり中世の要塞とは違う、居城の趣になっていたのが分ります。
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       これは隣(最初)の部屋から入ってきた境にあるアーチですが、
       やはりここにもフレスコ画の装飾が。
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       この階段の下には下りれませんでしたが、城の半地下にでもなるのでしょうか、
       きちんと修復が施されており、
       階段は貴人たちが騎乗のまま上れる、段差の低い物
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       この部屋から低目の扉を潜り、段差を一段下ると、
       この城の呼び物の一つである、小劇場!
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       舞台上はこんな風で、上には左脇からと、今見える右奥から階段があり、
       子供達が遊ぶ間に風景が描き込まれた帯状の飾り模様が天井の下を巡り、
       正面左側の聖母子像と、右の大きな額縁は騙し絵です。




       舞台に向う客席側は、こんな感じで上部にあり
       細かい細部にもすべて装飾が施された18世紀の、一族用の小劇場!
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       我々が入ってきた隣の部屋からも入れますが、
       舞台の対面に入り口扉があり、そこから左右にある階段で上の桟敷に
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       観客席の下はこんな感じで、立ち見も出来ると言うわけですが、
       上の観客席はせいぜい35,6人と言ったかな、
       完全に一族が楽しむ為の小劇場なのですね。
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       帯状の飾りは子供達と風景ですが、
       16世紀のエラーズモ・ディ・ヴァルヴァゾーネ・Erasmo di Valvasone
       (1523-1593)という方が、一族の中で一番有名な詩人で
       作品を残されているのだそうで、その中の場面の様子と。
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       城の2階には礼拝堂や、豪華な大部屋などがあるそうですが、
       ガイドさんによるとやっと修復が済んだ所で、まだ公開されていない、
       との事でしたが、

       初めて知り見たこの城の内部の裕福さ贅沢さに
       なんとまぁ、こんな田舎に!というのが正直な感想で、
       奥が深いなぁと思った事でした!
  



       毎年9月の半ば、金土日の3日間、今年2016年は9月9,10,11日に、
       「中世のヴァルヴァゾーネ・Medioevo a Valvasone」という、
       栄えた16世紀辺りを目安にした回顧祭りが開かれる様子で、
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       こんな旗振り競技も、騎士物語りも、時代衣装の行列も
       繰り広げられ、
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       中世風の屋台や職人芸や、様々な催しが楽しめる様子。

       最後は、夜の広場の様子をどうぞ!
       チャンスがありましたら、このフリウーリの古い町にお出かけ下さいね!!
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     *****

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       さてshinkaiは、この18日から22日までの5日間、
       グループのバス旅行で、ラツィオ州の海岸沿いの町、島を巡る旅に
       出かけますので、春休みを頂く事とし、へへへ、
      
       次回のブログアップは25日に、という事で、
       宜しくお願い致しま~す!!

       はぁ、いつも日曜のshinkaiではありますがぁ、
       ブログに追われぬ10日間は嬉しいぃぃぃ!! うふぃうふぃ。

       しっかり眺め、撮りまくって来るつもりで~す!

       皆様にも良い春でありますように!!
       

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネツィアの夕暮れ 途中経過と、 スポレートの水道橋 を
       アップしています。   
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     







by italiashiho2 | 2016-05-15 00:03 | ・フリウリ・ヴェネツィアジューリア州 | Comments(4)
2016年 05月 10日

   ・・・ 湖畔の春色を撮りに ・ ラーゴ・ディ・レーヴィネ ・・・

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       この5日、久し振りに写真仲間と撮りに出かけました。

       天気予報ではまん丸の太陽さんだったのですが、・・嘘つきめぇ! 
       前夜は雨で、朝は雲の厚い薄ら寒い日となり、
       それでも朝の7時半に集合、6人が車2台に分乗し出かけました。

       上の写真はコネリアーノから北に向かう所で、
       前の車にジョヴァンニ達。
       ちょっとした遠足気分で、車中ではお喋りが弾み、ははは。




       出かけた場所はラーゴ・ディ・レーヴィネ・Lago di Revine.
       何度も出かけている場所ですが、四季折々の色があり、
       周囲の村落もとても良いのですね。

       コネリアーノからだと20kほど、30分足らずですが、
       途中のタルツォ・Tarzoでカフェをし、

       到着した湖はこんな色
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       湖の対岸には、ヴィットリオ・ヴェーネトから西に連絡する道に
       点在する村落が見え、これはラーゴ・Lagoの村。
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       この道、これより西に、この春復活祭の日に出かけたムーラ・Mura があり、
       カステルブランドの城のあるチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       元修道院のあるフォッリーナ・Forrina
       西のヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadeneまで続きます。
      



       地図をどうぞ
       SP35・県道35号線が通り、東にヴィットリオ・ヴェーネトで、
       湖は2つに分かれ、この湖を見下ろしながら通る事も多いのですが、
       写真を撮るには逆光になるので、
       今回はさすがジョヴァンニ、良く状況を知っており、湖の南岸に。
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       南のタルツォから来ての突き当りを右に下り、湖近くの赤点を
       打った場所に小さな駐車場があるのに車を止め、
       このすぐ近くにピクニック用のテーブルや椅子、
       子供の遊技場なども整えられているのですが、

       我らは左の大きな湖の周囲を、まず東側の岸沿いに行き、
       東端の角辺りで引き返し、西の湖岸辺りまで。
       
       最後はラーゴ・Lago のパン屋により、
       それから少し西にあるソットクローダ・Sottocrodaの村に。
       この村はまるで知らずだったのですが、
       石造りの古い村でとても良かったので、またご案内いたしますね。




       地図の右上に見えるレーヴィネ・ラーゴの村の上にある、
       聖所とされる教会が見えます。
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       この日は雲が厚く、肌寒いほどでしたが、
       やはり、東に見える山、カンシーリオの上には雪が見え、
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       望遠で覗きましたら、大きな山小屋のあるのも見え!
       見えますか?

       ジョヴァンニに聞いたうろ覚えを頼りに、確か P で始まったと、ははは、
       調べましたら、モンテ・ピツォック・Monte Pizzocと。
       
       夏に出かけたカンシーリオの森から、ジグザグに山の中の道が
       すぐ近くまで続いているのも確かめました。
       ジョヴァンニに行ける場所かどうか、誘いをかけて見よう!
       勿論、彼の車か誰か仲間と一緒にね、ははは。
       



       一瞬雲の間から射す陽に、山の新緑が浮かび上がり
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       いやぁ、湖面を渡る風がかなり強く寒く、shinkaiはこの日
       コートのポケットに入れていた指なし手袋をはめて正解で、
       仲間達は手が冷たい、と言っておりました。




       この湖には河骨が咲くのですが、既に準備中のも。
       ね、水も綺麗でしょう?!
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       かなりの幅で湖岸が広がり、葦が茂っていますが
       今枯れた良い色。
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       道脇にびっしりのスギナ、ちょっと土筆の名残も!
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       ジョヴァンニの奥さん、マリーザに聞きましたら、
       食べないけど、何かの薬草になると聞いた、
       が、何に効くのかは覚えていない、との事。




       道脇の木にびっしりとつく苔類
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       切り株の緑の苔、綺麗でしょう?!
       右下に見える丸いのは茸。
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       切り株がまるで廃墟式に見える齧られ跡
       何箇所かにキツツキが突いた丸い穴も見え・・。
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       野生の小さな花々
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       芽吹く草の穂
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       あやめ科の小さな蕾
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       蛇はおらんよね?となんども訊ねつつ、ははは、
       草地の中に踏み込むshinkai。




       ジョヴァンニの、今回初お目見えの新兵器
       分りますか、三脚の上に乗せカメラを据えるもので、
       水平や角度が、脇に突き出す3つのつまみで簡単に
       調整できると言うもの。
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       ManfrottoのMHXpro3WGというのだそうで、
       200エウロだったんですって!
       値段を聞き、わぉ~!と言うと、
       隣からマリーザが笑いながら、家の財布を別にしたいと。
       うん、ついでに銀行もね、とshinkai、ははは。




       岸に沿って道がゆるく曲がり、右の新緑は桑の木
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       イタリアもかっては養蚕国でしたので、桑の木が今もあちこちに残り、
       大木になっているのも多く見かけますが、
       こういう場所にある、というのは貧しい農家で桑の木を持たずとも、
       ここの桑の葉は取っても良いという場所だったのでしょうね。
       教会の脇にあるのも、そういう意味だと聞きましたが。




       道はつかずはなれず、湖岸に沿って続き
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       太陽が雲から出たり入ったりで、山の色、緑の色が変化
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       ちょうど対岸の新緑が見える位置になった時
       陽が射し、柔らかい緑色が。
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       奥に続く道の脇、かなり広く草原が広がり
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       その奥に、道脇の建物が見え
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       ラーゴの村も角度が違って見えます
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       岸辺近く、河骨の繁殖が大きな場所もあり
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       風で騒ぐ波紋の色も様々に変わり
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       オオバンが一羽通過。
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       少し高い位置に上ると、
       平野の新緑が、光って鮮やかに煌き
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       下からカメラを向ける仲間にサーヴィスで少し踊りまして、ははは。
       左からミレーナ、マリーザ、サンドラ、ジャンナ。
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       彼らは本当にしょっちゅうのお喋りで
       カメラの事、写真の設定、友人の事、旅行の事 ecc,ecc.
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       少し湖の西を行きますが、こちらはこんな感じの細い道が続き、
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       隙間から見える、レーヴィネ・ディ・ラーゴの村
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       湖岸に近く、寄せる波
       雨量の多い時は、並木道の辺りまで水に浸かるのだそう。
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       今回は途中で引き返したのですが、
       こちらをも少し奥、北のラーゴの村に近い辺りに行くと、
       考古学公園・Parco Archiologicotoというのがあります。
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       新石器時代の終りから青銅時代の初期にかけて、
       この一帯に人々が定住していたと見られる歴史を振り返り、
       湖に張り出しての杭の上の住居を含め、3軒復元されていて、
       子供達も勿論、見学できるようになっている様子です。

       写真奥に1軒、杭の上のが見えますが、分るかな?

       サイトは http://www.parcolivelet.it/ 

       shinkaiは一度見学のチャンスがあったのを逃しており、
       見学の日を一日間違えまして、へへへ、
       いつかまたのチャンスを待っております。




       さて戻ろうか、という事になり、
       最後にもう一度、ラーゴの村を
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       桑の並木が続いていた辺り、今、陽が射しこみ!
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       駐車場近くにあったハイキング用の椅子とテーブル
       子供達の遊具類も備えられ、小さな舞台もありました!
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       さて、こちらが道に上がって来てのラーゴの村で、
       何度も写した教会の鐘楼。
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       そしてここに、ジョヴァンニご推薦のパン屋さんがあり、
       ほらね、葡萄棚の葉に隠れそうな「Forno・フォルノ」が見えるでしょう?
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       中はこんな風に小さな店で、棚にあるのが本日のパンで、
       無くなると店を閉めるのだそう!
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       シニョーラの顔の奥に見える干し葡萄とアーモンドの入った
       塊の半分と、ピッツァを1つ買い5エウロで、ちょっと高めかな。
       でもカボチャの粉も入っている様子で甘い、美味しいパンでした。

       ジョヴァンニの言うには、粉も石臼で挽いた粉を使っているそうで、
       それでちょっとお高いのだそうですが、
       この辺りではかなり有名なパン屋さんなんだと。

       この後行った小さな村では、本当に小さなお菓子屋さんも
       ジョヴァンニの案内で、彼は本当に良く知っているのでしたぁ!

       こういう案内人兼撮影テクの手引きみたいな友がいるというのは、
       おまけに本当に優しい男ですし、有難いことです!!



     *****

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       アップしています。   
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by italiashiho2 | 2016-05-10 00:54 | ・ヴェネト州 | Comments(2)
2016年 05月 05日

   ・・・ ヴァルヴァゾーネ ・ イタリアで一番美しい村々 ・・・

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       5月に入り、そちら日本はゴールデン・ウィークも終盤ですね。
       良いお休みを過ごされましたでしょうか?

       こちらイタリアはお天気が一定せず、まだ朝夕は冷え冷え、
       北の山々には雪が見え、家の中はまだ暖房が切れず・・!
       5月に入ってもまだ暖房をつけているというのは、
       イタリア25年の居住で初めてかと・・!

       幸い今週後半はお天気が続く様子ですから、
       少し青葉若葉を愛でに、近くに出かけてこようと思っています。


       さて今回ご覧頂くのは、先週出かけてきたフリウーリの
       ヴァルヴァゾーネ・Valvasone
       「イタリアで一番美しい村々」に登録されている、
       中世の町並みがそのまま残っている小さな町です。
       
       上の写真は、町の入り口にある細長い広い広場から見える、
       町のドゥオーモ、サンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト
       Duomo del SS.mo Corpo di Cristo.

       オリージネは15世紀のロマネスク様式だったと言うのですが、
       現在のは19世紀の末に大きく改修されたネオ・ゴシック様式。




       鐘楼は15世紀のロマネスク様式のままと。
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       この鐘は毎夕9時(夏は10時)に豊かな響きを届けるのだそうで、
       かってはすぐ近くを流れるタリアメント河を渡る旅人達、
       遅くなって渡る旅人達に方角を知らせる役目もあったといい、

       伝説では、領主の娘が近くの森で道に迷った時、父の公爵が
       鐘を打ち鳴らし続けるよう命じ、娘は無事に戻れたと言う話もあり、
       またナポレオンの侵攻時代、この河の戦いで亡くなった人々に
       祈りを捧げる為ともいい、
       この伝統の鐘は今も響き渡るのだそう。
       



       ヴァルヴァゾーネの町はどこにあるか、地図をどうぞ
       ポルデノーネ・Pordenoneから北西に、コドゥロイポ・Codroipo
       に近く、切れて見えるパッサリアーノ・Passarianoに
       馬蹄型をした大きな中庭を持つヴィッラ・マニンがあり、
       間に流れるのがタリアメント河・Tagliamento。
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       当日の午後訪問したサン・ヴィトー・アル・タリアメント
       San Vito al Tagliamento の町は、南に。
       



       町の地図をどうぞ
       ほぼ楕円形の真ん中に細長い広場があり、中心にドゥオーモと
       その横にインフォメーション、そして突き当たりにお城。
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       勿論現在の町はもっと周囲に広がってはいるのですが、
       これが中心部の姿で、




       上空からの姿がこれ。 真ん中にドゥオーモが見え、
       一番奥にお城で、町の大きさが分りますね。
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       そうそう、地図、写真ともに、北は左側です。

       フリウーリ全般のご案内はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/i9/



       当日は終日雨の天気予報で皆心配したのでしたが、
       有難いことに曇り空、時にチラッと陽が射す、と言う様子。
       それでも写真を撮るには、青空が残念ながら・・!

       駐車場でバスを降りて後、ガイドさんとの約束に15分ほどある、
       と言うので、皆カフェに入ったのですが、
       shinkaiは広場から西側の様子を窺いに。
      
       こんな通りが続き、左中に見える教会は
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       こんな様子で、教会の名はサン・ピエトロ・エ・パオロ。
       中のフレスコ画が14~15世紀の物と言うので、
       教会設立はほんの少し前でしょうか。
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       すぐ隣接しているここに、かってオスピターレ・Ospitale
       タリアメント河を渡ってくる徒歩旅行者、病人の救済所が
       併設されていたのだそうで、こちらは1355年の記録があるそう。
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       上にも記述しましたタリアメントの渡河場所ですが、
       北からの徒歩旅行者、巡礼達にとって幾つか上流にもあったようですが、
       このヴァルヴァゾーネの東、グラーヴァ・Gravaの渡河地点が最後。
       ここから平野に入り、川幅が広く水量が多くなるので、
       ここで渡ったのだそう。

       この戦略上重要な場所で、渡河税を取る為にも、ははは、
       城の重要な存在価値があった様子。




       教会内部ではちょうどシンドネ・Sindone・キリストの亡骸を
       包んだと言う聖骸布の写真展示が行われており、
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       肝心の壁画はどれもパネルで半分しか見えなかったのですが、
       これは祭壇左側の物で、  教会内いずれの壁画も、
       すべて様々な病気から護る聖人達の姿が描かれており、
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       聖ビアージョ・喉の痛み、聖女ルチーア・眼病、
       聖女アッポローニア・歯痛、聖クリストーフォロ・渡河の守護聖人、
       聖ロッコ・ペスト などなどの諸聖人の姿でした。




       教会入り口上には小さなオルガン、16世紀末から~17世紀に
       かけての物と見なされるオルガンがあり、周囲は壁画で装飾。
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       所で、上に書きましたシンドネ・聖骸布ですが
       現在トリノの聖堂に安置されている聖遺物で、
       これが写真を撮って陰画に浮かび上がったと言う
       キリストの亡骸の姿。
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       細長い布で全身を覆っていたもので、幅1,1m 長さ4,36mの
       亜麻布で、
       人物像は肉眼では見えないのだそうですが、
       血痕の滲みなどが残っているのだそう。

       人物像の両脇に4つ見える謎のような形は、
       かってフランスの教会に保存されていた16世紀、火事に遭い、
       折られていた布の角が焼けて、こういう穴が開いたものと。

       このシンドネの真贋両説がある事も存じておりますが、
       shinkaiとしては、様々な研究者の説明をTVで見たこともあり、
       またキリスト教徒にとってのこのシンドネが持つ価値の重みも
       知っておりますので、こういうものです、と申し上げるのみに。
       



       この辺りを書いていた時に、パシャッと電源が落ち、
       PCも、時計も、洗濯機も皆停まりまして・・、ああ、なんでやねんなぁ、
       コンドミニオの倉庫の我が家の電源を入れなおし、気持ちを取り直し、
       情け容赦なく消えてしまった部分の書き直しを・・!
 
       
       道の向かい側もこんな風にポルティコになっていて
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       朝のこの時間は閉まっておりましたが、ここはワイン・バーですね。
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       そして隣の建物の2階の窓の間には、こんな壁画。
       ここも聖母子を囲み、左に聖セバスティアーノ、右に聖ロッコ。
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       そろそろ集合時間が近づき、ドゥオーモ前の広場に向うと、
       綺麗な猫ちゃんが、尻尾をくねくねと迎えてくれ
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       ドゥオーモ前の広場の右側は、楕円形に建物がつながり
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       こちらは一番右端の建物の2階の窓の様子で、
       かってはどこにどんな形の窓があったのか、良く分るでしょう?
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       続く建物群は、こんな風に如何にも中世風の間口が狭く、
       そして屋根の高さが皆それぞれで、リズムがあって面白いですよね?!
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       建物の前にあった、かってのアイス・クリーム売りの屋台、というか、
       自転車の前に冷蔵庫を積んで走っていたやつですね。
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       さてガイドさんが来られ、ドゥオーモの脇の道を奥のお城に
       国旗の見える所に、インフォメーションあり。 
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       これがヴァルヴァゾーネのお城、既に13世紀前半に記録のあるもの。
       ですが、長い世紀の変遷の間に何度も改修され、
       現在はかっての戦略上の要塞城とは違って、ルネッサンス風の
       居城となっており、近年の修復がまだ続いています。
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       我らは幾つかの修復済みの部屋や、小さな劇場なども見れましたが、
       ここはまた改めてご案内という事で、今回は正面のみを。




       お城から西に少し行った所にある水車。
       かってもこの場所にあったのを偲んででしょうね、
       今のこの水車自体は何年か前に備えられた物らしく、
       イルマ・Irmaという可愛い名の水車が回っておりました。
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       こちらは水車小屋の前面に残るかってのフレスコ画の名残。
       ガイドさんの手の見える上辺りに、聖母子像があったといい、
       そう言われて見ると上に玉座の跡が見えますが、
       1473年という年号はしっかり残っておりますね。
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       横に見える文字ですが、これはフリウーリ語だそうで、
       ガイドさんは聞くのは分るけど話せないと、
       グループ内の何人かのフリウーリ出身者に答えておりました。




       この水車小屋の横に見えた石塀の積み石の様子
       この積み方はフリウーリのこの一帯の方法なのか、
       ヴィッラ・マニンにもこれを見ます。
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       町の中を辿る道。 こちらはかなり広い道幅で、
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       こちらは狭い道。
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       いずれもきちんと整備されていて、いや、正直な所、
       されすぎの感さえ感じ、
       居住されているのも分る家並みではあるのですが、
       ちょっと人気が無さ過ぎる感じもしまして・・!




       こんな扉の飾りを見ると、ちょっとホッと・・。
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       水車の水路が町の南に流れてきた辺り、
       水辺に見えるのはかっての洗濯場で、
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       この近く藤が咲き誇り、一帯に甘い香りが漂い
       お家の前の小さな花壇にも、花が咲き乱れ、
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       このお家の窓辺の小さな鉢、そして花壇も可愛いでしょう?
       こんなのを見ると、古い町にも人気を感じホッとしますね。
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       葡萄棚が窓辺に設えられ、もうこんなに育っていて、
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       中心広場にあるお家の窓も素敵でしょう?!
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       そして最後にドゥオーモに戻り、中に入りまして
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       これは正面左の柱に見える、14世紀始めのビザンティンからの絵で、
       聖母が授乳している図ですが、お乳の位置が脇過ぎません?! はは。
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       貰ってきたパンフレットには、板に油彩とありましたが、
       明らかに、黄金背景の、板にテンペラ画の間違いと。




       これよりも凄いお宝がこのドゥオーモにあり、
       右の壁上にあるこのオルガン。イタリアに唯一残っている
       16世紀にヴェネツィアで作られたオルガンで、
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       1532年300ドゥカーティで、ヴィンチェンツォ・コロンボ・
       Vincenzo Colonbo が製作した物と言い、
       それに彫を施した箱を誂えたのがステーファノ・マラゴンとジローラモ。
       金箔師のトンマーゾ・ダ・ウーディネが仕事を終えたのが1538年。

       オルガンの箱に絵を描くのを請け負ったのが、通称ポルデノーネ・Il Pordenone.
       が彼は1539年に亡くなり、後を引き継いだのが弟子であり婿の
       ポンポーニオ・アマルテーオ・Ponponio Amalteoと。

       北イタリア、とりわけフリウーリでは良く出会うポルデノーネと、
       ポンポーニオ・アマルテーオという画家の名ですが、
       両者の関係を今回知りました。

       今見える上の大きな絵は、「マンナを拾う人々」で、
       マンナ・mannaというのは、天から授かる食べ物の意ですね。




       で実は、この歴史的なオルガンの音色を聞かせて頂いたのでしたぁ!

       今こうして静々と、奏者の方が白手袋をはめて扉を開けましてぇ、
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       じゃ~~ん、中はこんな風! 如何にも典雅でしょう?!
       布の赤色はこんな風に派手ではなく、もっと濃い暗い赤で、
       オルガンのパイプも、もっと黒く見えました。
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       聞かせて頂いた曲とは違うかもしれませんが、
       こちらでこのオルガンの音色を聞きながら、町の姿も見れます、どうぞ

       扉の内側の絵の左側は「イサクの犠牲」で、右は何だったっけ?!

       このオルガンは特別の際に弾かれるのだそうで、そう、我らは特別、ははは、
       平常のミサの際には、身廊左にある小さな普通のオルガンだそう!




       町訪問の間、晴れ間が見えたり、雲がかかったりでしたが、
       やはり晴れた風景が良いですねぇ!
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       最後は、広く長いピアッツァ・メルカンテ、市が立つ広場でしょうか、
       中世のままの姿を保つ古い町の、古い家並みの広場でした。
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     *****

       ◆ グループ展のお知らせです ◆

       我が絵の師であり友人の二木一郎さんが講師をされている
       NHK文化センター、日本画青山教室の皆さんのグループ展
       未然会展が、
       東京中央区京橋のギャラリーくぼた本館3階にて、
       5月9日から15日まで開催されます。
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       どうぞお出かけ下さりご高覧賜りますよう
       ご案内申し上げます



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       水彩+色鉛筆画ブログには、描き始め 花2点 と、 スコミーゴ村の葡萄畑 を
       アップしています。   
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     *****        
       
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by italiashiho2 | 2016-05-05 01:41 | ・フリウリ・ヴェネツィアジューリア州 | Comments(8)