イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 07月 28日

   ・・・ ポンツァ島 海からの眺めと ・ 暑中お見舞い ・・・

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       皆様、暑中お見舞い申し上げます!

       梅雨明けのそちら、如何お過ごしでしょうか?
       蒸し暑い日本の夏を思い出しております。
       ついでに冷たい素麺、冷奴、鰻、生ビール、枝豆、冷やし中華・・、

       ああ、何があったっけと忘れかけているのにも気が付き・・!

       皆さん、しっかり美味しい日本の夏の味を楽しまれ、・・くやち、
       夏バテなどなさいませんように!
       
       今日は少しでも暑気払いにと、
       ラツィオ州のポンツァ島島の様子は既に見て頂きましたので
       今日はボートで回った海からの眺めをご覧下さいね

       蒼い海と断崖絶壁の島でした!

       上は、港から出発し、湾の北側の眺め
       一番左端の手前に見える黄色い建物、ここは今さなホテルになって
       いる様子ですが、

       1928年ファッシスト政権はこの島を政治的対立者達の流刑地とし、
       何人もこの島に拘留したのでしたが、
       ムッソリーニ自身も、1943年の7月27日から8月7日までの2週間、
       アブルッツォ州の標高2200mにあるカンポ・インペラトーレ・
       Campo Imperatore のホテルに移される前に、島のこの家に監禁。

       ですが、9月12日にはドイツ軍によるカンポ・インペラトーレからの
       救出作戦がほぼ無傷で成功。
       ムッソリーニはドイツの傀儡政権として、ガルダ湖のサロに
       イタリア社会共和国として終戦まで政権を、
       という混乱期の歴史の一こま。
       
       アブルッツォ州のカンポ・インペラトーレの平原、ならびに
       ホテルの様子は、クリスさんのブログにご案内が。




       ポンツァ島の地図をどうぞ
       海の周遊コースとしてはあれこれあるようですが、
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       我々は細長い島の真ん中右側、赤点を打ったポンツァの港から出発、
       島の南側を行き、ちょうど反対側のくびれ部分、キアイア・ディ・ルーナ
       の手前で引き返して戻った様子です。

       島内周遊で上から見たキアイア・ディ・ルーナの絶壁は素晴らしかったですし、
       幾らガイドさんの説明をちゃんと聞いていなかったにせよ、へへ、
       見逃す事はなく、ちょっと残念でした。




       こちらが島半分、南側の地図で、
       Grotta・グロッタというのは洞窟で、有名なのが港を出て
       南に曲がった辺りに2つ、Grotta di Pilato・海賊の洞窟、
       Grotta di Ulisse・ユリシーズの洞窟。
       Faro・ファーロは灯台で、港の先に1つ、南の先っちょに1つ、
       Faraglione di Calzone Muto・カルツォーネ・ムートの離れ岩。
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       湾内の桟橋で、ゴムボートで出かける支度中の人々
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       崖上に見えるパステル・カラーの四角い建物
       なんとなしに玩具箱を積んだようですね。
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       港を振り返り
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       湾内の北側に見える、モーナコ・僧侶と呼ばれる岩
       僧侶がお花を手にしている様だと、ガイドさんは言いましたが・・。
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       湾の南側の先っちょ、上り坂にあった教会も見え
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       上に白い灯台、となるとこのあたりが海賊の洞窟なのかな?
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       も少し先に進むと、別の趣の洞窟が続き、
       こちらはユリシーズの洞窟?
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       絶壁の下、岩のうねりは海に続き
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       離れ岩のくぐり穴
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       岩と岩の間から覗く、遠くの離れ岩
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       絶壁と
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       しがみつく木
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       白い断崖
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       離れ岩と観光周遊船
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       襲い掛かるかのような白い絶壁
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       絶壁の上に建つ家、窓に遊び心が見え・・。
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       たゆたうヨット
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       白い岩に、掘り込みの後。 住むつもり?!
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       青い空、青い海に白い岩が映え
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       かと思うと、こんなにゴロゴロした岩山
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       そして、蒼い蒼い透明の海
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       岩礁にいるカモメ君
       すぐ傍を我々の船が通っても、我関せずの顔。
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       白い絶壁の眺め
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       もこもこと背の低い植物がしがみつき、黄色い花も見え
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       白い岩に口をあけたかのような赤い岩の層
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       ダイヴィングに人気のある島なのが良く分かりますね
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       カモメ君が飛んで行き
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       島のこの部分にだけ見えたヤギの群れ
       かなり前に誰かがヤギを連れて来たものの、今は野生の群れに。
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       ダイヴィング・スクールの船
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       ゴツゴツの岩山が迫り
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       上に見える灯台は
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       ほら、島の南端に突き出している灯台!
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       煌く水平線
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       引き返す時に見る灯台のある岩の岬
       こんな凄い岩山の先っちょに灯台を造っている!
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       海に迫るこの大岩!
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       港近くまで引き返して来て見る、離れ岩
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       最初の灯台が見え、もうこの先を回ると港
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       ほら、岩の穴から港の町が見える!
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       湾の中に入り
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       船が上げる飛沫にかかる小さな虹
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       蒼く蒼く透き通る海、野性味溢れる自然が厳しい姿を見せる
       ポンツァ島
       島の南側の周遊にお付き合い下さり、有難うございましたぁ!


       カプリ島一周のご案内、 その1と2




       最後は、サイトで見つけた、夕暮れの色を。
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネツィア描き始めと、 友人との夕食 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

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by italiashiho2 | 2016-07-28 23:29 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(6)
2016年 07月 24日

   ・・・ 修道院、地下教会、異端審問所、輪の競走 ・ ナルニ ・・・

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       先回に続いてのウンブリアはナルニの町のご案内ですが、
       今回はちょっと特殊異質な場所へお連れ致しますね。
       
       上の写真は地下教会のものですが、
       この写真提供は、ナルニのヴォランティアのグループで、
       現在この地下教会、異端審問所の管理、さらにはサン・ドメニコ教会の
       地下室の新しい発掘にも働いておられる「UTEC」から送って頂いたもの。

       サイトは http://www.narnisotterranea.it/

       内部写真は禁止で、もし写真が欲しい方は申し込んで下さったら
       送ります、というので大いに期待してお願いしましたら、
       上の写真を含めたったの3枚!が届き、
       それも雰囲気を盛り上げたキャバクラかと思うような照明のもの!!
       
       がっかりで、ここでは1枚のみ拝借し、他はサイトから探しましたが、
       お陰で結構見つけ、へへ、それも良く見える、状態が良く分かるものを
       ここで使わせて頂き、
       サイト名の入っていないのが、拝借した写真です。
       



       先回ご案内した元のサン・ドメニコ教会、現在講演会場などに
       用いられている、その地下に
       12世紀の地下教会と異端審問所があったのですが、

       現在はナルニ・ソッテラーネア・Narni Sotterraneaとして公開されており、
       町の中心の通りをずんずん行き、元のサン・ドメニコ教会より手前に
       こんな表示が出ていて、ちょっとした広場になっているのに曲がります。
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       一番下の表示は、幼稚園があるという表示ですが、




       広場は幼稚園の子供達が遊び、迎えに来た母親達で混雑していて、
       そこで以前の訪問でも見た覚えの、この塔を撮っていましたら
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       一人のチビ君が、撮って!とポーズし、OKと撮って見せましたら、
       すぐ仲間を連れて戻って来て、ははは、全員でポーズ!
       こうして見ても、性格や将来の顔立ちも分かるようで面白いでしょう?!
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       右上角で笑ってみているのはアンジェラで、
       以前ちょっと書きました、50年前日本からの養蚕指導に訪れた
       松本からの日本人達と、暫く働いたという彼女です。




       広場にある入り口門をくぐり、階段をおり、右手に見える入り口が
       事務所、切符売り場。
       上の広場からはかなりの高低差
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       事務所から外に出れるようになっていて、その庭からの眺めがこれ
       つまり元のサン・ドメニコ教会は町の北西の崖っぷちにあり、
       奥の山腹に見えるのは、サン・カッシアーノ修道院・Abbazia di San Cassiano
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       アップするとこんな様子。 北からの高速をオルテ・Orteで降り、
       ナルニに向って谷底の道を来る途中で見上げる高さに見えましたが、
       10世紀に建設されたベネデッティーノ派の修道院
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       サイトで見つけた修道院内部、教会入り口の写真
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       14世紀に元のギリシャ十字の形から3廊式の聖堂様式に変更され、
       16世紀頃から僧侶達が退去しだし、ついには無人となり、
       建物の衰退も著しく進み、1970年代の修復までほって置かれたのだそう。
       
       内部にはあれこれ興味深い柱頭などもある様子ですが、
       時代が混乱するような部分もあり、
       さて現在はどのような管理で、公開されているものかどうか・・。




       遠望する写真で見えた位置から、かってはこちらの庭当りまで、
       修道院の領地だったという事ですが、

       こちらの庭にはこのアカンサス・Acanthusがたくさん咲いていて
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       私はこの花びらの形が柱頭の飾りの形になったと思っていたのですが、



       この葉の形、アザミの葉を大きくしたような葉の形が
       装飾文様に使われたのだそうで、
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       コリント式のと、ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥカーレの柱頭飾り
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       いやぁ、やはり花びらの形も装飾文様になっていたと・・。




       さて、庭から入った場所でガイドさんからの一応の説明を受けますが、
       入り口の様子を一連でご覧頂きますと
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       最後の写真の軒下に見える左側の鉄柵の付いた扉口
       これが発見された地下教会の入り口で、
       上のさし掛け屋根はかって発見された時はなく、
       手前の前庭、この一帯は当時住み着いていた老人の
       家庭菜園だったのだそう。



       つまりです、1979年の5月、青年ともいえない少年の年頃の
       6人が洞窟探検と称し、新しく手に入れたロープの装備を使い、
       左側の高い壁を伝って、この庭に下りたのだそう。
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       第二次大戦の際、この一帯は爆撃を受け城壁が崩れていたのだそうで、
       きっと少年達には格好の遊び場と思われたのでしょうね。

       所が下に住み着きちゃっかりと家庭菜園を作っていた
       エルナーニ・Ernani の上に舞い下り、畑を荒らした少年達に
       老人は怒りますが、洞窟探検、宝物探しと聞き、
       エルナーニは、この壁の奥に宝があるに違いないと思っている!と。

       上の写真で見て頂いた地下教会の入り口には、
       今でこそ張り出しの屋根も付き、鉄柵も装備されておりますが、
       当時は石の壁で塞がれ、上部がほんの少し開いていたのだそうで、
       エルナーニ自身は何かあるのではと思いつつ、自分は潜りこむ気もなく、
       少年達に教えたわけですね。




       これが当時の少年達6人で、現在もボランティアたちのグループ
       UTECの創立者でもある、ロベルト・ニーニ・Roberto Nini
       が一番の年長で20歳だったそう。
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       このロベルト・ニーニは、リンクしますあれこれの
       Youtubeに登場して、地下教会や異端審問所に付いての
       説明をしておられる方で、
       彼はこの後大学に進み、考古学を修められたのだそう。
       ちょうど当時の冒険で出会ったこの地下教会を初めとする
       歴史の謎が、彼の一生を決めたという事ですね。




       潜り込んだ少年達が見つけたのはこの地下教会!
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       たっぷりと毎日与えられていた家庭菜園の水が上から浸み込み、滴り、
       発見された当時は、上から薄く石灰の幕をかけたようになっており、
       それでもフレスコ画に描かれた左右の天使の目が射る様に見えたと。

       左の下に槍を持っている天使は大天使ミケーレで、
       発見されて後12世紀建設のこの教会は改めて聖別を受け、
       サンタ・マリーア・デッラ・ルーペ・Santa Maria della Rupeと呼ばれますが、
       元の名はサン・ミケーレ・アルカンジェロ・San Michele Arcangelo
       分かったのだそう。




       少年たちは周囲の壁を叩き音響の変化を探り、
       ある部分の壁の奥が空白であるのを知り、崩したく焦りますが、
       隣に住んでいる住人のシニョーラが、自分の家にも被害が
       及ぶのを恐れ許しません。

       で、町中が見物に出かける「輪の競走」の夜を狙い決行。
       するとその奥に、長い細い通路が口を開け!!
       

       その通路の先には広い地下室があり、
       それがかっての異端審問所であった事が分かったのですね。
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       異端審問所、そう、キリスト教の教義に反する者であるかどうかを
       審問する所、その為には拷問もし、まずは死を逃れられない審問所。
       恐ろしい事は、その人自身のみでなく、証人させようと狙われた人間も
       拷問を受けたこと!

       ここがその場所であった事は、ヴァティカンの記録にあった
       地図で分かったと言いますが、

       ガイドさんの話では、今ここに見える拷問台2つ、
       右が引き伸ばし器、左が上に見える三角の角の上に上から落とす、は、
       ここに残っていたものではない、という事でしたが・・。

       に、拷問の図も出てきます。
       



       そして審問兼拷問所の横にある、そう広くも無い独房がこれ
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       壁一面に刻み込まれた様々な暗号のような図と文字!
       
       これの殆どを掘り込んだ人物は、
       Giuseppe Andrea Lombardini・ジュゼッペ・アンドレーア・ロンバルディーニ、   
       と彼自身が刻んでおり、
       彼はスポレートのサンタ・セーデ・Santa Sede、この言葉をどう訳したら良いのか、
       意訳して、カトリック教会での最高権威を持つ(事務所)とでも?
       に勤める伍長で、
       逮捕された友人を救うために働き、逆に逮捕された様子。
       



       一番上に見えるのは、真ん中に IHS ・救世主キリストの意 を図案化した物で、
       その左右に IL PARA   TISO SANTO・Il Paradiso Santo・聖なる天国
       にも見えるように、わざと D の字が省かれ、T で置き換えられています。
 
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       これは上記した彼の名前の中のDを使うべき箇所もTの字になっており、
       自分をこの様な異端審問所、独房に落とし込んだドメニコ会派の頭文字である
       D を意識し、憎み、省いたものだろうと。

       R が我々には V かとも見えますが・・。
       引っかき削り込んでいて、赤く見える字は砕石+おしっこ、なのだそう。

       中には、シンボルらしき印が何か分からなかったのが、ここを訪れた
       観光客の一人が、あれはフリー・メイスンの印であると教えてくれたり、
       とにかく全部の壁一面に広がっておりますが、未だに書かれた意味が
       判読できないものもあるそう。

       4,12,1759の数字も見えますが、もう1つの数字から想像するに、
       彼がこの独房で過ごし、取調べを受けたのは
       約3ヶ月間だったろうといい、その後特赦を願い3年後に許しが出て、
       その後の彼がどこに行ったか、どこで亡くなったかは分からないと。

       彼の名はヴァティカンの記録にも残っているのが、
       10年ほど前に分かったそうで、
       独房の文字は殆どが彼の掘り込んだもので、他には2人かな、
       の名前が見えるそう。

       
       そして彼の他にも一人名前が挙がるのが、ドメニコ・チャボッキ・
       Domenico Ciabocchiで、1726年の4月重婚罪で逮捕され、
       この独房に入れられたのが、看守を絞殺して逃げます。

       逃げた後どうなったかを、ガイドさんが話してくれましたが、
       逃げたものの2人目の妻が恋しく便りを出し、ははは、
       勿論ちゃんと見張りがついていて、会う約束を教皇領との境の町にして
       返事を出し、やって来たのを再逮捕した、という事。

      
       この異端審問所と独房に至る戸口は石を積んで隠してあり
       1860年にイタリア国家統一がなった時、ガリバルディ軍が到着し
       修道院を略奪したので、ドメニコ会僧たちは放棄して逃亡
       老人達の言い伝えで、町に地下があると言われていたものの、
       誰も見た事がなかったのを6人の少年達が見つけ出した訳です。

       つまり新しいイタリア国が出来る直前まで、19世紀まで!
       我らが中世からの歴史の1つと思い込んでいた
       あのおぞましい異端審問所なるものが、纏綿と続いていた事になります!!

       という事は、
       きっとナルニの町だけの事ではなさそうと思われませんか?
       ドメニコ会派は異端審問では大いに活躍したという話ですしね。

       
       そして重婚罪のチャボッキの記録は、町の記録にも名前があったのが
       見つかったのだそうですが、
       全審問記録が見つかったのは、なんとアイルランドはダブリンの
       トリニティー・カレッジの図書館から!

       これも聞いていて、携わったヴォランティアの方にとっては
       ちょっとした鳥肌物の因縁話の様にも感じられたろうと思うほど
       興味深い話なので、ここにご披露しますね。

       つまりこの記録類は、ナポレオン軍が到着してあれこれかっぱらい、
       しっかりパリに持って帰っていたのを、
       ヴァティカンから特使が行き、どんな記録かを調べた後、
       大したものではないと思うのを古物市で売ったらしいのです。
       一駄分と言ったか、一行李と言ったか、ちょろまかしたとか・・。
       
       それを買ったのがダブリンの図書館に収まっていた、というのも、
       一学生がここの見学に来て話を聞き、それは自分の大学の図書館にあると

       ヴォランティア達はこの地下を整備し公開し、そうやって幾らか
       稼いでは保存費用、新しい発掘に使っているのだそうで、
       到底ダブリンにまで出かけて調べる余裕もなく、
       ヴァティカン古文書館でコピーを頼むと、1枚80エウロなんだそうで!
       半ば諦めていたのが、
       ある日大きな荷が届き、中にはいっぱいの裁判記録のコピー!
       それが重婚罪でつかまったチャボッキの全記録だったそうで、

       漸くに長い年月の調査、約30年間の調査の末に
       地下の異端審問所の働きが明らかにされた事になります。

       Youtubeはイタリア語のみで、説明も重複しますが、
       2つ目のには、町のご案内もありで、

       町のみのご案内は




       長々とお話しましたが、
       他の地下室を利用しての展示もされており、
       その中のひとつ、
       ちょっとこれは見難いのですが、中央の鉄製の物にご注目を
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       真っ直ぐ続くアッピア街道に感嘆したものですが、     
       その建設などに使ったものがこれ。
       上に十字に渡された棒から、錘に糸のついたのが2本ずつ下がり
       これを支柱の後ろから眺め、真っ直ぐの位置を決め、
       先行する杭打ちに指示したというもの。

       そうなんだ、こんな道具を使って、あの真っ直ぐな
       美しい道が出来たのですね。




       こちらは現在のヴォランティアの皆さん達で、
       中央にしゃがんでおられるのが、ロベルト・ニーニ氏
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       地下教会、異端審問所の公開は、ガイド付きで約1時間
        6月15日から9月15日まで
         月曜~金曜12時と16時  土曜 12時 15時 16時15分 17時30分
         日曜と祭日 10時 11時15分 12時半 15時 16時15分 17時半
       
        4月1日から6月14日  9月16日から10月312日
         土曜 12時 15時 16時15分 17時30分
         日曜と祭日 10時 11時15分 12時半 15時 16時15分 17時半

        11月1日から3月31日
         土曜 15時
         日曜と祭日 11時 12時15分 15時 16時15分

         クリスマスは休館

        ガイドはイタリア語、英語、フランス語などで、他はオーディオ・ガイドですが、

        日本語は・・?


        予約は 333.1041645 または 0744-722292

        info@narnisotterranea.it 規定時間以外の日時でも予約は可能との事



     ★ 追記です ◆


       シニョレッリさんが2017年6月に行かれた際に、

       見学人が少ないため事前予約のみ受け付けている、との事で

       閉まっており、見学できなかったそうです。


       ので、サイトを確かめましたが時間は上記の通り、

       グループ以外の予約は必要ないとの事ですが、


       ご希望の方は予約をされた方が良いかと思います。






       地下を辿って元のサン・ドメニコ教会内もちょっと拝見
       写真なし、うろつきなしで、こういう柱の壁画などは見られず・・。
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       今回は少し重いお話が続きましたので、
       最後は、毎年5月に行われるナルニの町を挙げてのお祭り
       「輪の競走・コルサ・ディ・アネッリ」の写真を少しご覧頂きますね。

       これは中心通りで繰り広げられる「中世の市」
       様々な屋台店が並び、楽しそうでしょう?
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       「輪の競走」の前夜には、町の各地区の楽隊の競演もある様で、
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       これは2015年のものですが、余り手振れが無いので、




       美人さんを。 2015年のオフィシャル・イメージですと。
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       競技の模様を2枚
       吊るされた輪の中を騎乗の選手が槍で突くのですが、
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       競技場の広い場所と、町中の狭い通りでのと2種類見つかりましたが、
       競技は2週末に渡り繰り広げられる様子なので、その違いかも。
       済みません、詳しく読む余裕がなく・・。




       勿論、お祭りには美味しい食事も付き物ですが、
       ははは、こういう人が作る料理は絶対美味しい筈ね!!
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       最後は落穂ひろいを、ははは。
       先回ご覧いただいた紀元前27年のアウグストの橋ですが、
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       1826-27にフランスの画家カミーユ・コローが描いたのを見つけました。
       ルーヴルに収蔵されているようですが、

       なんとネーラ川がかなり幅広いではないですかぁ!
       私が見た撮った川の2倍は軽くありますねぇ。
       今この左岸のすぐ近くを国鉄が走り、家も立っているのですけど、
       現在は水量が少なくなったのか、それとも画家のデフォルメかな?

       それにしても遥かフランスから、ウンブリアの南のナルニまで、
       あの当時どの位かかって辿り着いたのでしょうか?!
       その画家魂に、敬意を表しますです。


       という、ナルニのご案内その2でした。
       お楽しみ頂けました様に!



     ◆ 嬉しいご案内を ◆

       皆さんは「ルネサンスのセレブたち」というブログをご存知でしょうか?

       ルネッサンスのみでなく、ローマ期の歴史も含め、様々な人物や
       絵画、歴史上の事柄に付いて詳細に書かれているブログで、
       書き手はCuccila・クッチョラ・子犬さんと仰います。
       この名はイタリア人のご主人が、小柄な奥さんに付けられたとか。

       ブログの最初からファンになったのですが、
       しっかりした文章、内容、そしてローマ大学に留学され
       勉強された事なども知るにつけ、
       いつか必ず何かを成し遂げられる方、と思い、
       遠くから、頑張って下さい!とエールを送って参りました。

       彼女とは未だお会いした事なく、メールで時々のやり取りなのですが、
       それでもお付き合いはもうかなり古く、
       暫くしてお生まれのお嬢ちゃんが、この秋から小学校に!
       というお付き合いです。

       その彼女がどうやらウェブ・マガジンの書き手となったらしい、
       というニュースを知り、メールをしましたら、
       暫く前にお返事を頂き、
       
       講談社の Courrier  クーリエ・ジャポン
       というウェブ・マガジンに記事が既に記事が2つ掲載された事、

       「薔薇の名前」のウンベルト・エーコの遺言に付いて
 
       イタリアの「観光できない楽園」をめぐって

       偽イタリア産食品に気をつけろ
       
       これ以外の新しい記事は、署名が出ないので探しようがなかったのですが、
       新しい記事も既に載っているのかもしれません。

     
       そして別のウェブ・マガジン CIRCUS には

       ダ・ヴィンチの食堂 第1回 天才達の食事情   
       雑誌は月刊のようで、アドレスで出なくとも、
       右のカテゴリ欄「最近の記事」から読めます。
       
       第2回 美食の国イタリアの給食あれこれ
       と載っているのを拝見できました。

       こちらは署名入りですし、「ダ・ヴィンチの食堂」で
       調べられますね。

       Cucciolaさんのファンの方、またそうで無い方も、
       どうぞ彼女のブログ以外の記事にも、ご訪問お願いいたします


       cucciolaさん、遂にご自分のされたかったお仕事を始められ、
       本当におめでとうございます!!

       現在されているお仕事、お家の事、そして子供さんの事、
       様々にお忙しい日常の中で、別に調べて書く仕事が増えるのは
       大変だろうと思いますが、
       幸いご主人が協力されて下さっていると知るのも、心強く、

       ご自分の念願に向って、次なる飛躍に向けて
       体調にお気をつけ、大いに頑張って下さい、と応援いたします!!

       フレー、フレー、クッチョラ!!
       


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、お終いと、描き始めと、 カルページカ村の日の出 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



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by italiashiho2 | 2016-07-24 00:43 | ・ウンブリア州 | Comments(10)
2016年 07月 19日

   ・・・ ナルニ ・ ウンブリアの、古代から戦術的拠点の町 ・・・

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       長い間ご案内をせずのままで、眠っておりましたナルニの写真ですが、
       この春再訪するチャンスに恵まれ、漸くに宿題であった
       ウンブリア州はナルニ・Narni の町をご覧頂きます。

       先回の訪問は2008年5月8日、今回は5月18日、奇しくも同じ5月で、
       同じお祭りの旗が町にはためき、町中の様子は余り変わっていないのも
       確認しましたので、とはいえ観光的に開けてきている様子も見、

       今回グループでの移動で行けなかった場所も以前のにはありで、
       先回の青空の写真も混ぜ、ご覧頂こうと思います。

       上の写真は、丘の上240mの高さに広がる町の様子で、
       人口は2万人弱とありますが、
       少し離れた東北の平地に新しい町が広がっていて、
       この中心部のみの人口ではないと。
       
      


       こちらは町の下に広がる駐車場からの様子で、
       写真中央、奥の駐車場の先にケーブルカーの線路が見えますね。
       駐車し、このケーブルカーと次に接続しているエレヴェーターを
       乗り継ぎ、町の中心に楽に出ることが出来ます。
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       ナルニの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       行政上ではウンブリア州のテルニ県に含まれ、
       ご覧のようにペルージャ・Perugiaに、
       西のオルテ・Orteを経てローマにの位置。
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       ローマ期の執政官街道ローマとアドリア海岸のリミニを結ぶ
       フラミーニア街道・Via Flaminiaが、
       ローマからほぼ真っ直ぐ北に進み、ここナルニを通っていて、
       古代からの戦術的重要地点であったというのがお分かりかと。
       同時に通商交易にとっても重要な町だったのですね。

       ナルニの北に見えるNarni Scalo・ナルニ・スカーロ、
       ここがナルニの新しい交通交差地で、電車の駅もここにあり、
       旧市街にはシャトル・バスが連絡していると。




       町の上に上ってきた所から見下ろす東の眺め。
       見える河はネーラ川・Fiume Neraで、マルケ州に源を発し、
       ウンブリアのネーラ渓谷を下る116kの流れ。
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       この後ナルニの西のオルテで、トスカーナから流れ下る
       テーヴェレ河に合流し、ローマに至ります。
   
       ここで見える流れは広く、滔々として見えますが、
       後ほど狭い狭い流れもご覧に入れますね。




       ナルニの町の地図をどうぞ。
       右側が北になり、細長く下膨れに丘の上に広がるナルニの町。
       建物類の名前が見え難くなったので、赤字で番号を打ちました。
       そして今日のご案内は、ほぼこの番号順に。
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       1.アルボルノスの要塞・Rocca do Albornoz
         小広場に赤点は、お祭りの写真、中世の井戸のあった場所
       2.ドゥオーモ・Cattedrale San Giovenale
       3.市役所・Palazzo Comunale
       4.プリオーリ宮・Palazzo Priori
       5.サン・ドメニコ教会・Chiesa di San Domenico
         上に見える赤点は、地下教会ならびに異端審問所のあった場所
       6.エローリ博物館・Museo Eroli




       という事で、まずは番号1のアルボルノスの要塞
       町からは一段とまた高く、海抜332mに位置し、
       枢機卿アルボルノスによって1367-1378年に建設されたもの。
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       同じアルボルノスの要塞に付いてはスポレート・Spoletoにある要塞が、
       それ以前の1363年に建設された規模の大きなものですが、
       こちらナルニのも堅固な造りで、
       1527年のローマ略奪の際の戻りの駄賃に攻撃した
       ドイツの傭兵集団ランツクネヒトにも落ちなかったと。
       ただし麓にある町は略奪破壊されたのだそうで・・!
       
       8年前に行った時は要塞内は公開されておらずでしたが、
       現在は修復済み、公開されていると。
       4月1日から6月14日まで と 9月16日から10月31日までは、
         土曜 10時半から12時半、 15時半から18時半
         日曜 10時半から18時半
       6月15日から9月15日まで
         火曜から土曜まで 10時半から12時半 15時半から19時
         日曜 10時半から19時
       11月1日から3月31日まで
         土曜 15時から17時
         日曜 10時半から17時    
       連休と8月は特別に公開
       
       サイトは http://www.roccadinarni.it/
       こちらで内部の写真もご覧になれます。


       スポレートのアルノルボス要塞のご案内 1と2は
      




       要塞近くから見下ろす町の眺めですが、木が邪魔で・・。
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       地図の小さな広場に赤点を打った場所ですが、
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       ちょうどお祭り、4月の最週末から5月の第一週末に行われる
       Corsa all'Anello・輪の競馬 とでもいうのか、
       この町の有名なお祭りの、細い糸で吊るされた輪の中を、
       各地区の騎馬の選手が槍で突き通すというお祭りに因み、

       飾り付けられ、一杯やる席も設けられておりました。




       広場の一角、中世の井戸。
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       中世を偲んでの、ちょっとした屋台とでも?
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       だらだらと細い小路を下り、こんなアーチもくぐって来ると
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       この広場、ガリバルディ広場・Piazza Garibaldi に出てきますが、
       ここが町の下から坂道を上ってくると出てくる広場。
       中央に泉もあり、奥の角の建物がなかなか良い雰囲気でしょう?!
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       所がです、今年の写真に写っていた奥の建物は、こんな色!
       綺麗に修復されているのは良いですが、あの鄙びた面影はなくなり、
       しかもこんなパステルカラーにね、ちょっと残念!
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       泉の真ん中の噴水塔?の周りには、如何にもの中世の顔が
       付いており、暑い日で、鳩が2羽水を飲んでいて。
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       広場の南側から眺める聖堂サン・ジョヴァナーレの姿がなかなか!
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       脇扉前の階段と、扉と、獅子の像
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       階段上から見る町の人々
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       聖堂の右側はこんな感じでアーチが開いているのですが
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       これが8年前に行った時は、このアーチを潜って行くと
       町の旧中心部に出るというのがピンと来ず、焦って探し回った記憶!
       



       上の写真のアーチを潜ってくると、聖堂前のロッジャがこんな様子で、
       こちらから聖堂内に入れます。
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       内部もこんな感じで、町中はお祭り気分一色!!
       サイトではお祭りの前の時代衣装の行進や、この聖堂内で
       祝福を受ける様子の写真もありました。
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       町の旧中心部を探し回ったと上記しましたが、
       その時ガリバルディ広場から西に抜けた場所も見ました。
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       町のすぐ西はこんな感じの深い谷で、
       見える谷底の川はネーラ川、そうです、東に見えた広い流れが、
       ナルニの町の北側から深い谷を細く流れて、今この西側に。
       そして西に下りオルテに、そしてローマに。
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       こちらは町の北麓にあるネーラ川を渡るローマ期の橋
       ローマから東のアドリア海のリミニに抜けるフラミーニア街道が
       通る、アウグスト帝が紀元前27年に架けたアウグスト橋
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       推測できる橋の長さは160m、高さは30m。
       残念な事に1055年に落下したのだそうですが、
       1724年の研究では、この橋の石の強化の為、
       中心の鉄に鉛ではんだ付けをしていた事も分かったそう。

       いやぁ、この橋をガイドブックで見て、どうしても実物が見たく、
       橋の袂に出れる道をさんざん調べ、でも見つけられず探し回り、
       下の道は遂に断念、後に撮った写真を見ると工事中で閉めていた様子、
       それでも橋は見たく、ははは、
       遂に車で町の中を突っ切り、町の北に降りる細い酷い坂道をガタガタと。
       そして歩いて現在の橋まで行き、撮ったことを思い出し・・。
       う~ん、8年前はまだまだ元気で、がむしゃらでしたねぇ!




       再びご案内に戻りまして、
       
       これは聖堂横のアーチを潜って出た広場の、右手の壁にあった写真
       町のお祭りの40周年を記念しての、記録写真の展示会。8年前撮ったもの。
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       勝った地区に勝者のシンボルであるパリオ(幟旗)が出るというので、
       ナルニの町を揚げて興奮する競技競馬なのでしょうね。




       ナルニの町の中心ガリバルディ通り・Via Giuseppe Garibardi
       右奥に塔が半分見えますが、あそこがプリオーリ宮で、
       その向かい側に市役所・コムーネがあります。
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       写真の左手前にチラッと階段が見えますが、



       この通りはこんな様子で、中世独特の両側からの建物を支える為の
       アーチが幾つも続く鐘楼の道・Via del Campanileで、
       道を辿ると奥に聖堂の鐘楼が。
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       さて元のガリバルディ通りに戻りますが、
       8年前はちょうどお祭りが終わってすぐに訪問した様子で、
       町の飾り付けはまだそのまま!
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       通りのお店のショウウィンドウもすべてこんな風に
       つまり現代風をあからさまに見せない工夫がされていて、
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       旗のみでなく、お家の窓からも飾り布が垂らされていましたね。
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       何気なく横に伸びる小路を覗いて気がついた壁の穴
       きっと小路の奥に、立派なお屋敷でもあったのでしょうね、
       これは門を閉める閂の穴。
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       土地の特産品を食べさせる店の様で
       残念、歓迎されても、ははは、お昼を済ませたばかり!
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       鐘のある塔と、その向こう側の大きなアーチの見えるのが、
       プリオーリ宮、つまりかっての執政官の館で、
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       入っていないのですが、大きなアーチの内は、ロッジャ・開廊
       なっていて、フレスコ画が描かれ、天井部分には輪が下がり、
       多分ここに罪人のさらし台・ゴーニャ、鳥かご式かも、が
       下がっていたのだろうと・・!




       これは塔との境にある、多分執政官のお達しを告げた壇と。
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       道の向かい側にはコムーネの建物があり、
      
       入り口扉と、少し見える建物内部。
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       扉の上の壁に残る彫像がこれで、
       右側の獅子像の、なんとも言えない稚拙な表情が可愛いでしょう?!
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       そしてその右にある彫像群がこちらで、一枚目はこの春ですが、
       細部のは8年前の物。
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       獅子の目をむいた顔も人間的で笑えますが、
       その下の女二人が両側にいる像にご注目を。
       左側の女性が剣を持ち、寝台上の人間の切り取った首を手に下げ・・!
       ユーディットのお話でしょうか?
       他のは騎士の騎乗試合の様子のようなのと、出会いの様でもあり・・。




       町の目抜き通りに並ぶ建物は大きくどっしりと古びていて
       如何にも古い町の風格、かっての繁栄を偲ばせます。
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       コムーネ宮の先に道が広まった感じの広場があり、ここに
       聖堂前の広場にあったのと同じ形の泉があり、

       その先は道が細く少し下り坂の、
       マッツィーニ通り・Via Giuseppe Mazzini
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       ここに、12世紀のサンタ・マリーア・インペンソーレ教会
       Santa Maria Impensoleがあり、
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       入り口の中央扉と、その周囲の飾り彫り
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       内部は素朴な3廊式
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       右側側廊のフレスコ画が残っていた部分ですが、
       アーチの形から、元は何があったのかと気にかかります。
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       我々は番号5の上に見える元サン・ドメニコ教会の地下の教会
       そして異端審問所の見学を追え、そのついでに
       内側から元のサン・ドメニコ教会、今は教会活動を止め
       公会堂、音楽堂となっているのを見学。
       ビザンティンの床モザイクなども見学したのでしたが、
       なにせ写真禁止でして。

       この地下教会、そしてかっての異端審問所の事は
       ちょっと衝撃でしたので、次回に改めてご案内を致しますね。


       で、ここでは以前に撮った修復中だった
       サン・ドメニコ教会の正面と入り口の写真をどうぞ。
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       12世紀、元はローマ期のミネルヴァに捧げられた神殿跡に
       建てられたもので、元の名は、初めて聖母に捧げられた名を持つ
       教会で、サンタ・マリーア・マッジョーレ・Santa Maria Maggiore
       と言い、
       ドメニコ会派に預けられたので、サン・ドメニコ教会とも
       呼ばれるのだと。




       入り口扉の彫が素晴らしく、中で工事中だったのですが、
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       じっくり撮ろうとしている所に、
       中からシニョーレが出て来て、写真はダメです!と。
       いや、中には入らないから、と言ったのですが、ダメってさ。




       これは地下教会の見学を終えて出てきた所にいた
       ワン君と飼い主君
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       そしてタータがやって来て、ワンの前に行った途端に、
       こんな感じ! タータの傍に行くぅ!
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       何だ、お前はぁ! ああいうのが趣味なのかよぉ! 
       ゆったったぁ、きゃはは。




       これはどこの塔にあった彫像か覚えておらず・・!
       ナルニの町のストリート・ヴューは、中心の通りのみなので、
       探せませんでしたが、キリスト様と思うので・・。
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       町のショウウィンドウにあった写真
       この町の宝の1つとshinkaiは思う、
       素晴らしく美しい、ギルランダイオの「聖母被昇天」
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       これは町の地図6の、エローリ博物館にあり、
       感嘆して本も買って戻っていますので、いつかご紹介を。
       



       この博物館には、パドヴァのサンタントーニオ聖堂前にある、
       ドナテッロのガッタメラータ将軍騎馬像の、将軍胸部のコピーがあり、
       そうなのか、実物はこんなに大きいのかと感心したり。
       
       そうなんです、あのガッタメラータ将軍は、ナルニ出身の
       エラーズモ・ナルニが本名なので、博物館にあったのでしょうが、

       それを眺めていた時、すぐ外の屋根の上に出てきた猫ちゃん
       ガラスをコツコツとやったら、びっくりして眺めましたっけ!
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       ガッタメラータのガッタとは、雌猫の事でもありまして・・。


       というような、新旧の写真を取り混ぜての
       歴史あるナルニの町のご案内でした。
       
       長いお付き合い、有難うございました!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-19 00:45 | Comments(12)
2016年 07月 14日

・・・ イ・ヴィヴァリーニ展 ・ ヴェネツィア絵画の煌きと移り ・・・

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       先週、イ・ヴィヴァリーニ展・I Vivarini に出かけて来ましたので、
       今回は「黄金背景の祭壇画」の煌きをたっぷりご覧頂きますね。

       地元のコネリアーノで2月の下旬から開催されていたのを、
       も少し暖かくなってからね、と引き伸ばしていたのが、
       友人それぞれに予定があり、6月5日終了迄に出かけられず・・。

       残念と思っていたのが、会期延長で7月17日まで!との
       市の通知が郵便受けに入っており!
       それで漸くに友人のジュリアーナと出かけたという次第です。

       ヴィヴァリーニの名前も知らずの!(無知ムチshinkai)画家でしたが、
       ヴェネツィア、そしてヴェネト近辺の町で活躍した15世紀の
       アントーニオ・Antonio 1420頃-1476~1484
       バルトロメーオ・Bartolomeo 1432頃-1491以降
       アルヴィーゼ・Alvise   1446頃-1503~1505 の3名。

       アントーニオとバルトロメーオは兄弟で、
       アルヴィーゼはアントーニオの息子という関係で、

       これにアントーニオの姉(妹)と結婚していた、つまり義理の兄弟である
       ジョヴァンニ・ダレマーニャ・Giovanni d'Alemagna(1411頃-1450)も、
       初期には一緒に仕事をしていた、という一家で、

       上記しましたように、ヴェネツィアはもとよりヴェネトの各地
       とりわけ教会の祭壇画などを多く手がけていた様で、
       当時としてはかなり売れっ子だったのではないかと。

       今回はそんな彼らの作品を集めた展覧会で、
       兄弟、親子といえどもかなり作風も違い、時代がちょうど
       ゴシックからルネッサンスに移り行く15世紀後半とあって、
       その影響も作風に見受けられる興味深いものでしたので、

       カタログの写真と、サイトから集めた物でご覧くださいね。
       カタログからの写真はshinkaiのサイト名を入れましたが、
       その他はサイトからのものです。

       トップの写真はカタログの表紙になっていた物で、
       バルトロメーオ作の祭壇画の一部、大天使ミケーレの顔
       後ほど全体もご覧頂きますが、かなりメリハリの効いた表現。


       私はかなり偏った好みを持ち、有名画家にも好き嫌いがありまして、
       余り美術評論的褒め言葉ではなくあれこれ書きますが、
       かといってその評価を認めていないわけではありません。
       ただこのように見た、思った、というのを単純に書きますので、
       どうぞそれをご了解下さり、読んで頂ける様にお願いいたします。



       兄弟はヴェネツィアはムーラノ島の生まれで、
       父親ミケーレはガラス職人ですが、パドヴァ生まれと。
       アントーニオの作品が記録に最初に残るのは1441年とありますが、
    
       今回展覧会場の第1作はこちら、クロアチアのパレンツォ(Poreč)
       の博物館からの祭壇画と細部。1440年。
       諸聖人に囲まれた聖母子と、昇天するキリスト。
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       見ての正直な感想は、女性像は美しいけれど、男性像がちょっと
       類型的というのか、イマイチしっくりしてないなぁ、と・・。
       まぁ、この辺りがゴシック絵画でもあるのですが。
       



       こちらはアントーニオの師匠と言うか、その一派であると見なされる
       アンドレア・ダ・ムラーノ・Andrea da Murano(生没年不詳)の、
       現在ヴェネツィアのアッカデミア美術館収蔵の物。

       ムラーノのサン・ピエトロ・マルティレ教会にあった祭壇画と見られ、    
       1475年ごろの作品と。
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       かなり強い作風で、北方絵画の影響も見られる様な。




       そして義理の兄弟でもあったジョヴァンニ・ダレマーニャの作品で、
       こちらもヴェネツィアのアッカデミアに収蔵の祭壇画。
       彼は元々ドイツ人で、装飾的、北方絵画の影響が強いと。
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       もう一枚、アントーニオが強い影響を受けたと言われる
       ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ・Gentile da Fabriano(1370-1427)の
       「三博士の礼拝」を。
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       そしてこちらが、展覧会には来ておりませんでしたが、
       アントーニオの「三博士の礼拝」現在ベルリンにあるそう。
       煌びやかな表情が良く似ておりますね。
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       アントーニオとジョヴァンニ・ダレマーニャの合作
       「玉座の聖母子」1443年頃 現在パドヴァのディオチェザーノ博物館蔵。
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       サイトからの全体像の写真は濃く写っておりますが、
       実際は部分像よりももっと明るく美しい物でした。
       とりわけ聖母子共に、肌の色が涼しく、大変細やかな表現で、
       衣装の赤と金の部分が素晴らしかった。
       表情も最初にご覧頂いた聖母と比べると、随分と違いますよね?!




       アントーニオの義理の兄弟ジョヴァンニは、アントーニオよりも
       年上だったと思いますが、
       初期の作品は合作が多く、そしてお互いの良さが上手く融合していたと
       思われます。

       2人で一緒に参加して仕事をしたのに、パドヴァのエレミターニ教会・Eremitani
       のオベターリ礼拝堂・Cappella Ovetariのフレスコ画があり、
       1448年と1457年の制作と言いますが、

       この礼拝堂の仕事には、彼らよりも年の若いアンドレア・マンテーニャ
       Andrea Mantegna(1431-1506)未だ未成年の年頃だったのも、
       働いていた様子。

       このオヴェターリ礼拝堂のこちら部分は1944年3月に爆撃を受け、
       いくらかの破片が残る位で、ここに見えるのは
       白黒写真が残っていたのに着色した物だそう。
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       蛇足ながら、エレミターニ教会の北隣には




       同じオヴェターリ礼拝堂の、後半に描かれたマンテーニャのみの、
       有名な遠近法を活用した「聖クリストフォロの殉教と遺体の運搬」は
       爆撃以前に剥がされ、別の場所に保存されていたので、
       無事残ったという次第。
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       今回ヴィヴァリーニ兄弟の事を知るのにあれこれ読んでいて、
       パドヴァのサンタントーニオ聖堂の前のドナテッロ作の
       ガッタメラータ将軍騎馬像の事も、
       フィレンツェ在のドナテッロが作って送ったと単純に考えていたのが、

       そうでなく、ドナテッロがフィレンツェを離れパドヴァに10年ほど
       (1443-1453)住んで仕事をしていた事も含め、
       やはり当時のフィレンツェと比べると田舎であったパドヴァに、
       ルネッサンスの空気を運んで来たのを知りました。

       そういったパドヴァで仕事をし、マンテーニャを始め、
       その師であり養父であったスクアルチョーネ・Squarcioneが、
       いわば絵画で、パドヴァのルネッサンスの音頭取りをした
       ここから北イタリアにもルネッサンスが広がっていった
       その時代の空気を吸い大いに刺激を受け、勉強したのであろうと、
       想像して、こちらもいささか興奮しました!
       
       パドヴァのご案内のあれこれは、こちらから



       アントーニオとの合作でよい成果を生み、パドヴァでも一緒に
       働いていた義兄弟のジョヴァンニ・ダレマーニャが1450年に
       パドヴァで死亡しており、年代から考えて仕事中の事故死だったのかも。
       彼の死はアントーニオにとって、大変な痛手であったでしょうが、

       アントーニオの末の弟、何人兄弟だったのか、
       12歳ほど年下のバルトロメーオが成長して来ます。
       パドヴァを訪問マンテーニャを知り、大きな刺激を受けたに違いなく、


       これはマンテーニャの描いた「聖セバスティアーノ」ですが、
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       こちらはバルトロメーオの祭壇画 1491年
       現在ベルガモのアッカデーミア・カッラーラ収蔵で、
       右側のサン・セバスティアーノの部分をどうぞ。
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       良く似てはおりますが、少し違うとも・・。




       バルトロメーオのもう1つの祭壇画 1488年
       こちらもベルガモのアッカデーミア収蔵。
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       右端の大天使ミケーレの部分を今日の最初に見て頂きましたが、
       真ん中の聖母子が美しいでしょう?!




       そして左端のサン・ピエトロ
       最初にご覧頂いたアントーニオ作1440年の祭壇画の聖人像に
       比べると、ぐんと現実感が溢れる聖人像になってきていて、
       半世紀ほどの違いの差が良く分かります。
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       バルトロメーオ 玉座の聖母子 1465年
       ナポリのカポディモンティ美術館蔵
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       実際はこの様に派手でなく、と言っても修復による物かも知れずですが、
       大変に美しい作品で、とりわけ聖母の衣装がなんとも綺麗!
       
       興味深いのは、バルトロメーオのご覧頂いた祭壇画1488年のに
       比べると、脇の聖人像の顔がまだ不安定な事! 
       いや、こういう見方は邪道なのかもしれませんが、
       年数を描いていて良くなる、というのは安心しますです、ははは。
       



       今回見た中で一番気に入った作品、本当に美しいと思ったのはこれ
       バルトロメーオの「聖母子」1465-1470
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       実際はこんなに背景の赤、金箔を貼る下塗りの赤が見えているのが、
       これほど強く見えませんで、顔の赤色ももっと薄く、
       肌の白さと衣装の黒に近い青、そして赤色とインパクトも強く、
       美しさに暫し見とれました!

       ただ気になったのは、アントーニオもそうでしたが、
       子供の手と足の描き方で、前を向く足が異様に短く、
       足首のプックリさの描き方が変に凝っている様子で・・。




       サイトから見つけた、バルトロメーオの別の「聖母子」を。
       これはワシントンにあるようですが、
       これも美しいでしょう?!
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       そしてボストンにあるという「マグダラのマリーア」
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       マンテーニャに大いに影響を受けたというものの、
       辿った道は違っていた、と言うのが良く分かる気がしますね。




       そしてアントーニオの息子アルヴィーゼの登場で、
       「聖ヒエロニムス」 1476-1477 ベルガモのアッカデーミア蔵
       人物も背景も、暗い茶色の如何にもの古典調で、空の色のぼかしも!
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       アルヴィーゼ  左「聖母子」1480年代 ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・
       イン・ブラーゴラ教会 
       右「十字架を運ぶキリスト」1475年頃 ヴェネツィア、サンティ・ジョヴァンニ・
       エ・パオロ聖堂 画布にテンペラ
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       当時既に油絵が画布に描かれるようになっていましたが、
       彼らは板にテンペラ画、がアルヴィーゼは画布にテンペラも試み、

       キリストの顔なども如何にも油絵的手法が試みられ、
       劇的効果を求めてか、かなり影が濃くなっている印象を受けます。




       かと思うと、またこんな涼やかというか、クールな表現もあり、
       「パドヴァのサンタントーニオ」1480-1481
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       これは彼の父親のアントーニオと、叔父さんのバルトローメオとの
       合作の、1458年の祭壇画ですが、
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       上のアルヴィーゼの作品は、この中の男性諸聖人の薄い感じに
       良く似たところがあると思ったのでした。




       アルヴィーゼ 「聖母子と諸聖人たち」1500年
       この表現などは既にルネッサンスの空気で、油絵風というか・・。
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       最後は、アルヴィーゼの 「キリスト昇天」1497-1498
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       これを最後の部屋で見た時、ほぉ~と見とれ、
       ティツィアーノやラファエッロの作品を連想しました。
       同じようなのがあったっけ、と探しましたが見つからず、
       きっと如何にも晴れやかなルネッサンスの空気を感じ
       後世の画家の作品を思ったのでしょう。

       15世紀の僅か60~70年代の絵画表現の変化が
       こんな風に一家の3人に現れているのはとても興味深く
       当時の時代の変化の激しさも想像した事でした。




     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-14 00:21 | ・映画絵画文学 Film Arte Le | Comments(7)
2016年 07月 09日

   ・・・ ポンツァ島 ・ 青い蒼い海、野性に満ちた風景 ・・・

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       今回のご案内は南ラツィオはテッラチーナから船で1時間15分の
       ポンツァ島・Isola di Ponzaを。

       朝8時40分出発の船(往復38エウロ)で、港に着いた時は
       煌く海に突き出す突堤での釣りの姿が見え、




       目指す船に乗り込みますが
       なんとまぁ、どんどんどんどん乗り込んで来て、1階と地下は超満員!
       上のデッキは開けておらずで、座席に座れぬ人たちは船尾に・・。
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       ポンツァ島の名前は今回の旅行前に初めて知りましたが、
       位置は、ここ
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       ポンツァ島が一番大きく、この周辺の島パルマローラ・Palmarola、
       ザンノーネ・Zannone、ガーヴィ・Gavi、
       そしてヴェントテーネ・Ventotene、サント・ステーファノ・Santo Stefano
       一帯がポンツァ島のコムーネに。




       ポンツァ島の地図をどうぞ。
       南の東側、Ponzaと見える所に港があり、本土からはアンツィオ、
       サン・フェリーチェ・チルチェーオ、(我らの)テッラチーナ、
       フォルミア、そしてナポリから連絡があります。
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       ご覧のように入り組んだ海岸線で、海抜は最高で280mの山、
       細長く少し右にくねって伸びた、殆どが丘陵地帯の、
       素晴らしい青色と透明度の高い海に囲まれた島

       入り江の奥まった場所に狭い砂浜があり、背後は切り立った崖、
       という立地で、この島はまたダイヴィングの宝庫なんだそう。
       島の西にも東にも何ヶ所もダイヴィング・ポイントがあり、
       30mから所によっては80mも潜れるのだそう!

       我々はポンツァからミニ・バス2台に分かれて乗り、
       島の真ん中をうねうねと進む道を行き、
       左の赤線で囲ったルチーア・ローザの離れ岩・i Faraglione di Lucia Rosa
       レ・フォルナ・Le Fornaの大きな集落と入り江
       赤点を打った辺り(と思う)亀の岩

       そして北端に近い道の分かれに赤点を打った場所、
       ここでお昼を食べたのですが、少し歩いてもう1つ海辺の赤点
       カーレ・フォンテ・Cale Fonteを見て、戻り道。

       最後にポンツァの港の裏側キアイア・ディ・ルーナ・Chiaia di luna
       を見て港に戻り、
       その後船で島の南側を周遊という様子でした。

       が、今回のご案内はバスで回った場所のみで、
       船での周遊はまた次回チャンスを見て、という事に致しますね。




       船の中は超満員で、75分間ずっと曇っている窓からぼんやり見える
       海の水平線で、島が近づいて来ると見えるのは切り立った岩礁のみ!

       漸くに船からおりてやれやれ! 
       ごった返す船着場周辺から見えるのは、こんな建物類
       白とパステル・カラーの四角い、屋根の無い建物類で、
       南イタリアに多い、雨の少ない地方の特徴なのですね。
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       この島は、ここからも近いカプリ島に似ている
       全体に少し、こちらの方が庶民的な印象だと思いましたが、
       きっと若者達に好かれる島だろうと思います。

       カプリ島のご案内 その1と2

       そして、朝と夕




       港から一段高い通りに上り
       ガイドさんから集合時間を知らされ、じきに放し飼いに。
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       見下ろす、我らの乗ってきた船
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       一段高い通り、と言った意味がお分かりでしょう?
       漁船が舫っている下の通りと、その上の町の通り
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       こちらの端から港を見晴らし・・
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       少し上に上ると教会があり
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       脇の通りを見下ろして、
       エンツォ君のバイクとお揃いの色のヘルメット
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       教会脇を少し上って見つけた、素晴らしいピンク色! はは。
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       港の北側の建物群
       島の人口は3360人で、殆どが観光業、そして漁業なんだそう。
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       見下ろす海の色!
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       島周遊ツァーも勿論ですが、貸しボートも多い様
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       下の道におりて歩いてみると、店は少なく、倉庫や事務所で、
       多分時化の日は、ぴっちりと締め切るのでしょうね。

       こちらは漁船
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       思わず笑った、これは何かのおまじない?!
       吊るされた犬のプルートの縫ぐるみと、カモシカの頭骨?
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       港の底の浅い部分を覗くと、鎖の近くに小魚がいっぱい!
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       揺れる波紋と色
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       集合場所に近い港の北側にあった、レンタ・カーとバイクの店
       いかにもヴァカンス中!!という気分を表す様な、
       派手な可愛い色と形、ははは。
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       テントに書かれている名前に気がつき、笑いました。
       Giulio il Pescatore・ジューリオ・イル・ペスカトーレ!
       店主の名はジューリオで、イルが付いているので
       ペスカトーレはニックネーム、漁師の意。
       つまりジューリオという名はたくさんあるので、良く分かるように
       ちゃんとニックネームまで書いてあるのですけど、
       こんなの、観光客に関係ないすよね、ははは。

       それに「漁師」とわざわざ名乗るなら、
       ピエトロという名前ならもっと迫力があるのにね、ははは。
       漁師ピエトロ=ヴァティカンのサン・ピエトロですもん!




       5月下旬、浅瀬では既に男達がボール遊びをしていて
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       浜には日光浴のカップルと、遊ぶ子どもと
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       ポンツァ島は元々は火山島だったようなのですが、
       新石器時代からの住人達がいたとされ、フェニキア人たちは交易の
       中継地点としていたとか。
       そしてギリシャ人。 ポンツァという名も、ギリシャ語のPontia、
       つまり「海」なんですと。

       紀元前4世紀にローマ人がやってきて、長い間流刑の地とされ、
       また勿論別荘地でもあった様子。
       そして入れ替わり立ち代り領有者が変わりながら存続してきた
       これらの島々が経済的に変わりかけたのは18世紀末の事。

       その後もshinkaiなんぞがちょっと読んだ位では飲み込めぬほどの
       変遷があり、
       現在は大勢の観光客、海水浴・ダイヴィング客が押しかける
       夏の一大ヴァカンス地なのですね。

       
       

       さて、ミニバスに乗って出かけます
       港からすぐのこのトンネルが出来て、とても交通の便が良くなったと。
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       それにしても道が狭く曲りくねっているので、
       大型バスは通れず、我らもミニ・バスに分乗ですが、
       それもレストランに客を運ぶ、と言う口実なのだそう!
       多分公共のバスは走っていないのでしょうね。




       港から少し離れて見えた岩が見える位置に出て。
       この岩は「僧侶・モーナコ」と呼ばれるもので、
       そうぉ、そう見えます?
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       高い位置から見下ろす港の出口
       ほら、モーナコがまた見えています。
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       青い海、ヨット、波紋の広がり
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       坂道を上りきった位置から見えた、西隣の島パルマローラ
       この島は夏場だけいくらかの住人があるそうで、
       多分観光客用の施設があるのでしょうね。
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       こちらポンツァもその様子ですが、問題は水なんだそう。
       つまり飲み水確保が出来ず、昔からそれで住人がなかったと。




       地図で島の西側下から2つ目に囲った位置、
       ルチーア・ローザの離れ岩
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       ルチーア・ローザと言う19歳の若い女性の名が伝わるのは、
       19世紀に起こった悲劇から。
       貧しい農民に恋をした彼女ですが、家族に反対され、
       この岩から身を投げたのだそう!
       それで村人達が彼女を哀れみ偲んで、この岩の名につけたと。




       所々に見える集落、というよりは夏のヴァカンス用の貸し部屋、
       小ホテルなのかも。
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       そして島の西側中央上のレ・フォルナのカーラ・フェオーラ・Cala Feola.
       奥に突き出して見える岬の内側と、こちらとで2つの入り江となり、
       手前側にはかなりのボートが舫い、右半分は天然のプールと。
       入り江周辺はかなりの建物が立ち並び、有名人の名も何人か!
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       こちらが奥の入り江の方で、ここもかなり有名な海水浴場の様子で、
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       手前隅の、これが「亀」と呼ばれる岩。 
       うん、そういえばそうね、ははは。  
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       道脇に家の集落が始まり、ほら、屋根の上に丸い形が見えるでしょう?
       アマルフィ海岸に行った時も目に付き、何かなと思ったのでしたが、
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       かっては水の問題があり、雨の少ない事から、
       この丸さで効果的に天水を集め地下に貯蔵するのだと


       ナポリ、アマルフィ海岸全体のご案内は、こちらから。
       http://italiashio.exblog.jp/i38/ 




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       この近くでバスをおり、歩いて岩場に向いますが、
       新しい民家もかなりあり、

       とにかく植物の大きさに驚くばかり!!
       カプリ島に行った時も、見上げるほどに延びたサボテン類に
       驚いた物ですが、ここのも凄かったぁ!
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       2枚目のは、このままでも画面いっぱいに描いたら、
       ジョージア・オキーフ風になりそうでしょう?! ははは。




       最後のこれは、イタリア語で「姑の椅子」と呼ぶのですけど、
       姑が嫁に勧める椅子なのか、姑に座らせたい椅子なのか、ははは。
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       カーレ・フォンテの岩場に下りて行きますが
       打ち寄せる波と、水の色に魅せられます!!
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       ここでは仲間の大勢が記念撮影をしたがって、
       にわかカメラマンのshinkaiは大もて!




       ここがカーレ・フォンテ。 岩で囲まれた小さな溜まりに
       なっているのですが、水の透明度をご覧下さい!!
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       下った所に人々が集まり、日光浴中で
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       むひひ! 
       ごついスニーカーとリュック、金髪、北国の女性かな?
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       お昼ご飯を美味しく食べた後、再びミニバスに乗り戻りますが、

       山越に見える煌く海!
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       空と海に挟まれた道を自転車で行く若者達。 
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       ポンツァの町が一望に見張らせる場所まで戻り
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       見下ろした入り江の奥に、小さな浜と崖の上にホテル群
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       ほら、入り江の奥に洞穴が見え、手前に階段があるので、
       上のホテルから、トンネル式でこの浜に出れるのでしょうね。

       場所が特定できなかったのですが、多分ポンツァの港の入り江の
       も1つ上の大きな入り江フロントーネ・Frontoneの一部だと。



       ロバ君が2頭いて
       そうね、昔は島の中の交通はロバ君が主役だったのでしょうね。
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       ここは地図で西側の一番下に見えたキアイア・ディ・ルーナ
       港からも近いですし、この迫力ある美しさで人気があるのだそう。
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       突き出す岬の先っちょと、
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       絶壁と浜
       今回見た中で一番凄い!と思ったshinkai。
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       朝出発した港の浜に戻って来ると、
       引き潮になっておりましたぁ
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       最後はサイトで見つけた、キアイア・ディ・ルーナの夕陽を。
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       いやぁ、南国の香りのする、素晴らしい海の島
       今頃はきっとヴァカンス・シーズン真っ最中で、
       さぞ賑わっている事でしょう!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-09 00:20 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(16)
2016年 07月 04日

   ・・・ 夏の夜の楽しみは・・、映画のヴィデオとDVD! ・・・

       遂に今年も後半戦の7月に突入! 早いですねぇ!!
       雨が多く涼しい日が続いていたこちら北イタリアも、
       先日来よりテントを下ろし、雨戸をうっすらと明けたゴキブリ生活に。
       となると楽しみは、ひんやりの部屋でのんびり楽しめる映画!

       暮に大画面のTVを購入、ついでに録画と再生器もつけましたので、
       TV放映の映画の番組を見ては、せっせと予約録画!
       で半年間、ご飯のお供に映画をお昼に夜にと見る生活を続けまして、ははは、
       懐かしい映画との再会、見たくて逃していた映画、新しい映画などなど、
       漸くに映画への飢えもなくなりましたぁ。きゃはは、

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       そう言えばこんな映画もあったっけ!!と懐かしく再会し、
       また見たいよね、これ、と思うのはDVDを買うことにし、

       というのも、なにせTV番組はCMの量が物凄いですし、
       予約録画だと時に頭が切れたり、結末が尻切れトンボになったりでして・・!

       それに殆ど毎日のように、誘惑のプロモーション・メールが
       10%引き! 3X2(3つ買って払いは2つ分、の意味)と届きますので、
       へへへ、
       今日は、先日買い込みましたDVDの中から、
       皆さんにも多分懐かしいのではないかと思われる映画と、
       こんなのご存知?!というのを、録画で見た中からご紹介です。

       前置きが長くなりましたが、まずトップは、



       ◆ 尼僧物語

        監督 フレッド・ジンネマン
        主演 オードリー・ヘプバーン シスター・ルーク
           ピーター・フィンチ 外科医フォルテュナティ
        公開 1959年
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       ベルギーの医者の娘であるガブリエルが、アフリカ・コンゴでの
       尼僧の医療活動に携わる夢を持ち、厳しい修行と勉強に耐え
       尼僧となり、念願のコンゴでの生活が始まります。

       が結核に感染している事を知り、優秀な助手である彼女を
       手放したくない外科医の療法によって回復するものの、
       第2次大戦間近のベルギーに戻る事に。

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       そして父親がナチスによって殺害された事から、
       それまでも常に彼女の内心で戦ってきた「規律に絶対服従」
       「敵をも愛する」事に従えなくなり、還俗する、というお話。


       実在の人物の半生を描いた小説は日本でも訳され、
       まだ若かったshinkaiも読みましたし、映画も一度TVで。
       本当に久し振りに見て、懐かしかった!

       若い頃に考えていた尼僧さんの生活には、今の年になると、へへ、
       憧れる事はなく、垣間見える様子からあれこれ想像し、
       神の仕事をお手伝いする道具の1つなんだなぁと、思います。




       ◆ 大列車作戦

        監督 ジョン・フランケンハイマー
        主演 バート・ランカスター
           ポール・スコフィールド
           ジャンヌ・モロー
        公開 1964年
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       第2次大戦終了間際のパリ。 ルーブルの美術作品を持出し、
       貨物列車でベルリンに運び出そうとするナチス。
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       それを様々なサボタージュで対抗し、機関車が動かないようにしたり、
       爆撃されないよう列車の屋根を白く塗ったり、パルチザンと連絡を取りつつ
       時間稼ぎをしながら抵抗する機関車の操車長。
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       駅の名を替え、ポイントの接続を替え、遂にこの貨物列車は
       フランスを出る事なく済んだ実話を元にしたお話。
       
       ジャンヌ・モロー扮する宿の女主人が、色を添えておりますです。




       ◆ スパルタカス

        監督 スタンリー・キューブリック
        主演 カーク・ダグラス
           ローレンス・オリヴィエ  クラッサス
           ジーン・シモンズ  ヴァリーニア
           チャールズ・ロートン
           ピーター・ユスティノフ
        公開 1960年

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       イタリアでは「ベン・ハー」とか「十戒」など、キリスト様が
       絡む映画はなんとなし定期的にTV放映される気がしますが、
       この「スパルタカス」は本当に忘れておりましたぁ。

       何を隠そう、ははは、shinkaiは実は中学の時に見ているのです!
       同じクラスの男子が2人、やはり見に行ったらしく興奮して、
       掃除道具の箒などを持って廊下で戦っていましたっけ、ははは。
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       実際に紀元前1世紀に起こった闘士達の反乱を主題に、
       ローマの正規軍の大勢の前に大敗して散った奴隷達。

       そうなんですよね、昔は70mm映画というのもありましたっけ!
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       日本語訳がついているのよりも、画面が幾らかましなのを




       ◆ カラーパープル

        監督 スティーヴン・スピルバーグ
        主演 ウーピー・ゴールドバーグ
        公開 1985年
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       アメリカ南部の黒人達の困難に満ちた生涯。
       とりわけ女性たちの人生の厳しさに胸が切なくなり、
       彼女達の生きる姿から力を与えられる想いになります。
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       改めてアリス・ウォーカーの原作を読み返し、
       良い作品に出会えた思いを強く感じています。

       最後のシーンを




       ◆ お暑い夜をあなたに アヴァンティ!

        監督 ビリー・ワイルダー
        主演 ジャック・レモン
           ジュリエット・ミルズ
        公開 1972年
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       イタリア語のタイトルは、「僕の父さんと君の母さんの間に何があったの?」
       という長いものでして、
       ウィキ日本版が見つからないので、日本公開は無かったのかな?

       アメリカの大企業社長の父親が、イタリアのイスキア島で事故死。
       駆けつけた息子は追々と事情を知っていきますが、
       この10年間毎夏イスキア島に健康の為と称して出かけていた父親は、
       なんとロンドンからの女性とのランデブーの為だったと!
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       交通事故死もその女性とだったと知り、葬式に来たその娘と知り合い、
       徐々に惹かれ、ついには父親達と同様、
       毎夏1ヶ月間をこのイスキア島のホテルで逢う約束を、ははは。


       ジャック・レモンはじめ芸達者たちが繰り広げる人間模様が笑えますが、
       一番楽しいのはホテルのマネージャー!
       お客達の機嫌を損ねぬよう、そして時にはピリッと刺したりしつつ、
       様々な要望に応えこなしていく姿で、
       ニュージーランド出身の、クライヴ・レヴィルという俳優と知りました。
       下の写真の左側。
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       ◆ 訂正と追記を ◆

       「小父さん」が日本でも映画が公開され、DVDが出ているのを
       見つけて下さいました、有難うございます!       
       これは本当に愉快な映画ですので、是非ぜひ!!
 
       全体をう~んと要約したYoutubeも見つけて下さいましたぁ
       https://www.youtube.com/watch?v=UmkyzIg_W8w       




       ◆ 12人の怒れる男 評決の行方

        監督 ウィリアム・フリードキン
        主演 ジャック・レモン
           ジョージ・C・スコット
           ジェームス・ガンドルフィーニ
        公開 1997年

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       実は番組でこの映画のタイトルを見た時、てっきり
       ヘンリーフォンダ主演の映画かと思ったのですが、
       リメイク版の新しい方でした。

       が、やはり内容は以前と同じ、法廷陪審員達が集まり、
       評議を重ねつつ、1つづつ疑問点を持ち話し合い、
       ついには父親殺しの有罪と見られていた少年の無実を突き止めるお話。

       TV番組にもなったようですし、やはりこの主題の重厚さは格別で、
       緊張感溢れる作品の仕上がりとなっています。



       こちらは、1957年のヘンリー・フォンダ主演の作品
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       ◆ 星の旅人たち

        監督 エミリオ・エステベス
        主演 マーティン・シーン
        公開 2010年

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       日本語のタイトルは、時々とてもメロドラマ調だと思うのですが、はぁ、
       オリジナルは The Way、イタリア語は サンティアーゴへの道、
       スペインの北にある中世からの巡礼参拝地
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       長い間疎遠になっていた息子がサンティアーゴへの旅の初日に
       嵐にあって亡くなリ、遺体引き取りに出かけた父親は、
       そのまま息子の装具を引き継ぎ、道々で出会う巡礼の標識に
       息子の遺灰を撒きながら歩み始めます。
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       道中で知り合い、道連れとなった若者3人と。
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       長い困難な道のりを自分の足で歩く事により、
       自分の内にある何か様々な問題が次第に吹っ切れるような・・。

       これを見るのは2度目ですが、広大で荒れたスペインの大地の
       風景にも憧れ、もっと若かったら・・、と思うshinkai。
       



       ◆ 飛べ! フェニックス

        監督 ロバート・アルドリッチ
        主演 ジェームス・スチュワート
           リチャード・アッテンボロー
           ハーディー・クリューガー
        公開 1965年
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       サハラ砂漠上空を飛行中に砂嵐に巻き込まれ、砂漠に不時着。
       発見されそうな航路からは遠く、飲料水も少なくなり・・。

       遂に壊れた機体から、残ったエンジンとボディの使える部分を
       流用し、新しい小型飛行機を作るアイディアが出て・・!
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       これは昔見た時は本当に興奮しましたねぇ。
       一緒になって新しい単発機を作り、砂漠脱出に関わったみたいで!
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       予約録画したのですが、見始めてすぐ止めました。
       こういう映画は、CMでずたずたにされないでじっくり見たい、
       次のチャンスにDVDを買おう!と思って。へへへ。




       ◆ ジョージア・オキーフ

        監督 ボブ・バラバン
        主演 ジェレミー・アイロンズ
           ジョアン・アレン
        公開 2009年

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       ジョージア・オキーフ・Georgia O'Keeffe(1887-1986)は
       20世紀のアメリカを代表する女性画家。
       大画面いっぱいに広がる花の絵で有名なのですが、
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       夫の、写真家で画廊経営者でもあったスティーグリッツを
       ジェレミー・アイロンズが演じており、
       彼女の本を昔読んだこともあり、様々な関心から見た映画です。

       スティーグリッツが彼女をモデルに、あれこれ裸体の写真を
       撮った事から一躍有名になったようですが、
       やはり一筋に自分の絵に取り組む姿勢が見え、それも気持ちよく!
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       後年移り住んだニュー・メキシコ州の赤い土の砂漠から
       生まれてきた、動物の頭蓋骨の絵も改めて見つけ出し、ここに。
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       彼女の作品を何枚か探し、水彩+色鉛筆ブログに載せましたので、
       下のリンクからご覧くださいね。




       最後に、最近のフランス映画の面白かったのを2本。
       名前の発音も良く分からず、日本では公開されていないかもですが、
       ひょっとして、の期待も込めて・・。

       ◆ 友人たちとの夕食 Cena tra amici (Le Prénom)

        監督 Alexandre de La Patellière
        主演 Patrick Bruel: Vincent
           Valérie Benguigui: Élisabeth
           Charles Berling: Pierre
           Guillaume de Tonquedec: Claude
           Judith El Zein: Anna 

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        エリザベスとピエール夫妻(右側)の家に、エリザベスの弟ヴィンセントと
        妻のアンナ(左側)、そしてエリザベスの子供時代からの友人、
        オーケストラでトロンボーンを吹いているクロード(中央)が夕食に。
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        家庭での友人との会食のメニューも興味深いですが、
        始まる素晴らしいスピード会話のあれこれ!
        様々な問題が浮き出てくるわ、ヴィンセントが持ち出した
        近々誕生する男の子の名前をアドルフにする、とで喧々諤々!
        そしてクロードが心から愛する女性は・・?!
        最後のオチが、見事締めくくってくれます!
        



       ◆ 家の改修  Travaux ・ Lavoro in casa

        監督 Brigitte Roüan
        主演 Carole Bouquet
           Jean-Pierre Castaldi
        公開 2006年
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        女性弁護士シャンタルは、移民問題にも理解を持ち、救済の道を
        考えつつ、離婚して2人の子供を抱える魅力的な母親。
        そして、狭い家の中を何とか広い間取りの素晴らしい家に改造したい。
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        でも工事で入り込んでくる移民の建設作業員達で、家の中は大混雑!
        一体いつになったら、素晴らしい家が出来あがる?!



        裁判官を魅力でひき付けるこんな美人弁護士さんも、
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        仕事から帰る家の中は、こんな感じ! ははは。
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        まぁ、最後には、素晴らしい家になりますので、ご安心を!!





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       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネツィア描き初めと、 ジョージア・オキーフの作品 を
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by italiashiho2 | 2016-07-04 02:01 | ・映画絵画文学 Film Arte Le | Comments(11)