イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 03月 30日

   ・・・ 運河沿いの春 ・ トゥレヴィーゾ ・・・

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       先回に続き、「印象派絵画展」を見に出かけたトゥレヴィーゾ・チェントロの、
       運河沿いに見かけた春の様子を見てやって下さいね。

       
       上の写真は、博物館から出てきてすぐの、わき道に見えた建物の壁画

       我が町コネリアーノも古い中心部はそうなのですが、トゥレヴィーゾもこの一帯の
       古い建物には大概壁画、フレスコ画装飾が残っており
       見てあれこれ想像するのが楽しいのです。





       そろそろお昼時に差し掛かる時間ですので、どこからともなく美味しい匂いが漂い、
       気持ちがそぞろになりますが、ははは、

       運河沿いに見えたお店の中の電球
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       運河沿いに沿って角を曲がり、見えるかっての水車
       ここのはかなり古い様ですが、今は動いていなかったと・・。
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       同じカニャン・Cagnan運河の奥には、まだせっせと動く水車あり





       水車の脇を抜けると中の島があり、運河はその両脇を
       かなりの水量で流れていますが、鴨たちがたくさん
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       中ノ島には常設屋台市があり、
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       もと元は魚売り場だったのですけど
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       今回見たチーズ売り場、2軒! 
       かなり強い匂いのする、美味しそうなのがありましたっけ・・。
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       ふと屋台の後ろを見ましたら、鴨たちがたむろしていて、
       しかもメス1羽に、オス5羽!! ははは。 
       こういうのも、ハーレムというのだろうか?!
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       運河沿いの向こう岸、ここもフレスコ画が残る建物ですが、
       新しくバールが店開きしたみたいで、良い感じの眺め。
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       中ノ島一帯に、明らかに観光客団体と思われるグループが何組もおり、
       印象派絵画展を見つつのトゥレヴィーゾ観光なんでしょうね。

       ええ、我々もフェルメールの「真珠の首飾りの少女」を見にボローニャに、
       「メッシーナ展」を見にロベレートに行ったりするのですものね。
       トゥレヴィーゾの中心も、見どころの多い場所なんで~す!

       以前の街のご案内はこちらから

       ちょっと興味深い、こちらもどうぞ

       




       野菜市もたつ狭い通りを横切り、も一度運河沿いに
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       初めてこの辺りに来た大昔、ははは、当時はこの右側の古い建物にも住人がおり
       窓辺や運河に張り出すテラスにも鉢植えの植物が見られましたが、
       ついに閉じられたようで・・。





       薄日が差し、淡い新緑の柳が揺れ・・
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       運河を渡る橋と
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       運河脇の建物に残るフレスコ画。 
       かってはきっと華やかな眺めの街だったでしょうねぇ!
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       橋の上を行きかう人々。 
       土曜日とあって家族連れ、そして買い物帰りの人々。
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       運河脇のインテリア店、ショウ・ウインドウの中
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       建物の間をぬい、道を抜け、もう一本流れる
       ボッテニーガ・Botteniga運河沿いに
       ここも柳の新緑が目に沁みます。
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       ほのかなピンク色が満開!
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       こちらの河岸にも鴨たち
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       オオバンがひょいっとお尻を持ち上げ、飛び込むのを撮ろうと思うのですがぁ、
       う~ん、コンパクト・カメラはシャッターが切れるのが遅くてねぇ・・。
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       この眺めを見るたび、いつか描くぞぉ!と思いつつ、ははは。
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       細い運河越しのこのお家、かって詩人が住んでいた、との事。
       そう、如何にもそんな感じを受けるお家なのです。
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       途中に架かる橋の上からの、逆向きの眺め
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       運河沿いの家の、上階のバルコニー
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       通りに出てきて、この建物も古いのですよねぇ。
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       建物の下をくぐり、流れていく運河
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       道はサン・ヴィトー広場に出て、何軒かの店が出ており、

       花屋さんの鮮やかな春の色!
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       斜めに横切り、トゥレヴィーゾの街の中心シニョーリ広場に。
       
       街の中心部は一般車は進入禁止ですし、ましてや土曜のお昼とあって、
       ゆっくりと行きかう人々で溢れていましたが、
       
       ここにはすでにお昼のテーブルが準備万端!
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       我らは、いやshinkaiはそれを睨みつつ、駅に戻ります。
       振り返るシニョーリ広場の建物と塔
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       う~ん、友人のジュリアーナと出かけるのは良い、楽しいのですが、
       彼女は写真を撮るのにも、食べるのにも余り関心がなく、・・それがどうもねぇ!
       という事で、結局この日のお昼はコネリアーノまで戻り、
       いつも行く彼女の家の近くのピッツェリーアでの、ピッツァでしたぁ!

       今年のパスクワも、4月16日、どうやら彼女とお出かけになりそうですが、
       う~ん、どこに行こうか、お昼をどうしようか・・・と、
       それがshinkaiの現在の悩みで~す。



     *****

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       この日曜の朝から「夏時間」となったこちらイタリアですが、
       
       土曜のお昼頃には、あ、今夜寝る前に時計を直さないと、と思いつつ
       コロッと忘れ、何せTV番組を見ませんので、お知らせも目に入らずで・・、

       日曜の朝、歩こうと起きて窓を開けびっくり、まだ暗い!!
       やっと、そうだ、夏時間になったのだと気が付いたものの、
        ・・自動的に時間変更に対応する目覚ましはイギリス製で、
         目覚ましはいつもの通り5時半(実質4時半)に鳴ったということで、

       目につく時計も、PCの時計も遅れたまま、頭の中も寝たまま!
       で、6時に出かける筈の歩き時間の計算ができず、いささかパニック、ははは。     


       と同様、今朝エキサイト・ブログのマイページをつけようと思いましたら
       レイアウトが変わっており、どうやったら即マイページに行けるのかと・・!


       う~ん、だんだん対応が遅くなっているなぁ・・!

       でもぉ、エキサイトの変更のは、shinkai一人ではなかろうなぁ、へへへ。
       



     *****

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by italiashiho2 | 2017-03-30 23:20 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2017年 03月 26日

   ・・・ 印象派絵画展 ・ トゥレヴィーゾ行き ・・・

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       先週土曜に、友人のジュリアーナと一緒にトゥレヴィーゾ・Trevisoに、
       今開催中の「印象主義の歴史展」を見に、行ってきました。

       上の入場券には、昨年10月29日からこの4月17日まで、となっていますが、
       5月1日まで日延されたので、気分ゆっくりで。

       が、いつも待ち合わせする場所の、新聞雑誌販売エディーコラの主人ティーノが、
       予約してないと30分待ちとかの超満員らしいよ、と言ったそうで、
       あれま! ・・まぁ、行ってみようと、9時開館に合わせ8時半の電車で。
       で、トゥレヴィーゾに到着したのが9時少し前。

       駅から会場のサンタ・カテリーナ博物館までは歩いて10分位でしょうか。
      
       残念ながら、天気予報では晴れ、曇りが、かなりの曇り空で、


       駅から中心街に向かう感じも、こんな空模様
       これは駅方面に向かって。
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       橋の西側、木々の新芽の柔らかい緑色も見えるのですが、
       少し靄もありどんより、残念!
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       橋を渡り、中心に向かって。  
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       ロッジャでは古本市が開催中
       博物館には、中心に向かいつつ緩やかに右にカーヴを取る感じで進みます。
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       西への道の隙間から見えるパラッツォ・デイ・トゥレチェント
       この前が旧市街の中心広場。
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       先に進みながら、広場横の銀行の建物装飾
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       レオナルド広場にある教会の上部
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       教会入口には「サンタ・リータ教会」としっかり書いてあるのに、その上には
       「サン・レオナルド教会」とも書いてあり、広場はレオナルド広場!
       どっちが本当? ははは。





       博物館前広場、向かいの建物の壁にあった絵
       空を塗るのか、天井を塗るのか、可愛いでしょう?!
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       で、ちょっと見には、2色使いの絵かと見えるのですが、




       実はこれ、金網か、プラスティックの十字網を切り取ったもので、
       濃い色に見える所は2枚重ねてあり、
       デッサンも上手く、アイディアも優秀でしょう?!!
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       という事で、右に見える大きなポスターが、「印象主義の歴史展」
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       脅かされていたにも関わらず、広場にも2,3人見えるだけで、
       入り口にいた管理のお兄さんが、予約済みかどうかを尋ね、
       では、切符売り場はそこですから、とすんなり入場。

       ほら~ね、とニンマリしながら荷物を預け会場に。

       内部にはかなりの人がいて、グループもいましたが、
       近寄って見たい絵の前に人がいれば、少し他を見て戻ればOKという感じで、
       じっくり見ることが出来ました。




       会場内は写真禁止ですので、サイトから拝借ので何枚かをご覧くださいね。。

       ゴーギャンの作品2枚。 初期のと、タヒチに行ってからのもの。
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       初期の肖像は顔色がもっと青白く、でも衣装の色や平面塗りにやはり後年の面影が。
       タヒチでの作品はやはり素晴らしいですねぇ。


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       ヴァン・ゴッホの作品、4枚。 
       この肖像の背景は、これほど強い色でなく、
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       この風景は色もとても素敵だとは思ったのですが、
       shinkaiには、この太陽の描き方が・・! 
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       ジュリアーナは今回この展覧会が2度めなのですけど、
       彼女はこれが大好きで、もう一度見るために私めに付き合ってくれたのでした。
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       これもゴッホ。 タッチは彼独特ですが、全体にもっと明るい色で、
       雰囲気も大変すっきり明るく艷やかで、これは好きでした。     
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       ピサロ。 如何にもフランスの柔らかい光、を想像させるのですが、
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       がさつなshinkaiには正直、ちょっと物足らない感じで・・、失礼。





       セザンヌ。 静物が2枚あり、こちらの方が構図的には良いのでしょうが、
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       好きなのはこちら、はは。 
       この布、エクサン・プロヴァンスの彼のアトリエに確かあったと。
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       ブログの「セザンヌのアトリエ」の記事を見直していて、
       上の静物画のつるの掛かった鉢・花瓶がやはりアトリエにあったのに気が付きました。





       セザンヌの作品は、水浴図も、色が好きだった風景画も2枚かな、あったのですが、
       サイトでは見つからなかったので、
       この風景画を。  
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       ルノワールを2枚
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       この風景の空気感が何とも素敵でした。 
       真ん中の道をゆく女性二人の衣装の黒が少し気になりましたが・・。  





       はい、これが来ておりました。 見れるとは知らずに行きましたが、
       やはり素晴らしかった!   
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       もう一枚小さな女の子の立ち姿があったのですが、こちらは如何にもで・・、失礼。





       モネ、5枚

       柔らかい色調で、溶け込むような風景を締める、手前の立木の影。
       こんな黒い色ではなく、濃い緑色。
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       エトルタの岩礁
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       藁山。 雪の影響
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       先日大快晴の日に、直射日光を浴びながら歩いた時、紫外線よけのメガネを通し、
       陰の中の色が赤くなるのを実際に体験した所だったので、この色は良く分かりました、はい。
       ただ雪景色とはいえ、この影の色が少し分からないのですが・・。





       睡蓮。 
       これは全体にもっと白っぽく明るく、とても美しかった!
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       岩礁の上の散歩
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       今回の展覧会で、いちばん好きだった絵。
       岩の陰の色が上手く働き、全体がとても明るい空気の中で、ピンクのパラソルが
       ピッと効いていますねぇ。


       油絵を描き初めたむか~し昔、印象派の絵がやはり印象が強く、はは、
       画集で見てはため息をついたものでしたが、いつの間にか好みから外れ、
       逆に好きでは無くなっていたのでした。

       が、近年印象派の展覧会を見るチャンスに接し、改めて今になって見ると、
       なんと、自分は印象派的なものを描いているんではねぇの?!と気が付き、ははは、
       今度は学ぶ目で見はじめ、以前よりも良く分かる部分もあり、
       そうなるとやはりモネに惹かれるのですね。

       広がる世界、空気の明るさ、柔らかさ・・!!

       描くモチーフも、使う画材も違いますが、学ぶ目で見れる絵があるのは嬉しい事!
       日本よりも展覧会のチャンスも作品数も多いので、これも有難い事です。

       
       今回の展覧会に来ていた作品数は確か80点余りと。
       トゥレヴィーゾ生まれのマルコ・ゴルディン・Marco Goldinという
       敏腕の展覧会企画者がおりまして、
       彼が関わる、とりわけ印象派関係の展覧会は内容が濃く、成功していて、





       所で昨年は日本とイタリア通商条約150周年記念で、様々な催し、展覧会が
       開催され、ミラノでは浮世絵の大きな展覧会が有りました。
       友人と一緒に行こう、と言っていたのがなんとなしに潰れて残念だったのですが、
       なんと今回のこの展覧会に、浮世絵が何枚が一緒に展示されておりました。

       ゴッホなどは浮世絵の模写をしているのでも有名ですが、
       当時のヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えた浮世絵という事で
       展示になったのでしょうが、

       ミラノでこれは見たい!と思っていた葛飾北斎のこれが!
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       紙の色が焼けたようにかなり茶色になっていたのは残念でしたが、
       初めて実物を見ることが出来ましたし、




    
       広重の東海道53次のも何枚かあり、サイトで確かめましたが7枚は確実に見ており、
       他にもあれこれの作品を見ることが出来、

       この「御油」の宿の女中さん達の客引きの様子などもジュリアーナに説明し、
       大いに笑ったことでした!
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       改めて、初めて見るこれらの版画で、何とも美しい日本字に感嘆し、
       版画彫師のその腕にも思いが行ったことでした。





       じっくり2時間程を楽しみ、中庭におりてくると少し薄日が差してきており
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       ゆっくり運河辺りに行こうか、と出てくると、




 
       きゃはは、表には長蛇の列が出来ていて、うぁ~お!!
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       そうなんだ、やはりティーノの30分待ちというのは嘘ではなかったね、と満足し、
       まだまだ博物館に向かってくる人々の様子を見ながら、
       我らは博物館から引き上げたのでした。

       運河沿いの春景色は、次回に見て頂きますね。
       



     *****

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by italiashiho2 | 2017-03-26 00:37 | ・映画絵画文学 Film Arte Le | Comments(5)
2017年 03月 21日

   ・・・ エンリコ・トーティ ・ イタリアの英雄、潜水艦と、その運搬 ・・・

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       さて今回はちょっと変わったお話しを
       というのも、先日来ご案内してきたクレモーナ・Cremonaに関係し、
       かってポー河を使っての商交易の河の港で大変栄えた、と知った時、
       あ、あれ、と思いだしたもので、
       写真やYoutubeがあれこれ見つかりましたので、皆さんにも!

       タイトルのエンリコ・トーティ・Enrico Totiというのは、
       イタリアの第一次大戦時の英雄の名であり、上の写真の方ですが、

       彼の名を冠した潜水艦があり、
       その艦が退役した後ミラノの博物館に贈られ、現在はそこで余生を過しているのですが、
       
       なにせ大きな潜水艦ですので、運搬が一大事業だったのですね。

       昔12年前、ははは、TVニュースで、ミラノ市中を運ばれた、というのを
       思い出し、それでYoutubeを探しましたら、あれこれ見つかり、
       どの様に運搬されたのかを、シツコクしつこく、ははは、
       子供みたいに、なんで?どうやって?と読んだという・・。

       ご本人のエンリコ・トーティについても、戦時の英雄という以外にも
       へぇ~!というような事を知りましたので、それも一緒に。




       エンリコ・トーティという方、上の写真をご覧になって、
       彼の左脚が付け根から無い事に気が付かれましたか?
       そうなんです、仕事中の事故で左脚を失っている方なのでした。

       こちらの絵葉書をどうぞ。
       エンリコ・トーティ - Ciclista・自転車乗り
       Futuro Bersagliere・後のベルサリエーレ  とあり、
       下に
       1882年8月20日生まれ、 両親の名と出身地があり、
       父親は鉄道員だった様子。
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       ローマ下町の生まれで、15歳の時に見習い水夫として実習船に乗り込み、
       その後戦艦、巡洋艦と乗り継ぎますが、22歳の時紅海で海賊船との戦いに遭遇。
       後除隊し、国鉄に火夫として採用されますが、
       26歳の時に連結作業中の機関車に注油をしていた際、足を滑らせ左脚を挟まれ、
       病院で骨盤の下から切断という事に。

       仕事を失った後、トーティは幾つかの小さな発明品を作ったりしますが、

       ここで絵葉書の右にある地図をご覧ください。
       29歳の時、片脚で自転車を漕ぎながら、イタリアからパリに行き、その後
       ベルギー、オランダ、デンマーク、そしてフィンランディア、遂にはラップランド迄!
       戻りには、モスクワ、ポーランドと回り、1912年の6月にイタリアに戻ります。

       どうやってアルプスを越えたのかと、それだけでも大変な冒険談英雄並と思うのですが、
       翌年1913年1月には、今度は南に向かって出発。
       エジプトのアレッサンドリアからスーダンとの国境まで!
       ここで当時駐在のイギリス行政からあまりにも危険であると止められ、
       カイロまで送り返され、イタリアに戻ることに。





       1914年の夏、第一次大戦が始まると、勿論徴兵から外されますが、
       トーティは片脚で自転車にまたがり、直接に最前線のフリウリのチェルヴィニャーノに向い、
       民間志願兵にはなるのですが軍の星章なしで、警察のパトロールに止められ、
       市民生活に戻されます。

       が、2年後1916年1月に念願叶い、やはりフリウリはチェルヴィニャーノ・Cervignanoの
       民間志願兵ながら、ベルサリエーレ・bersaglieri・歩兵狙撃兵の自転車部隊連隊に
       そして4月に戦闘が始まると、部隊の少佐からベルサリエーレの羽飾りの付いたヘルメットと
       星章を授かります。 
       トーティにとっては、心から待ち望んだ物だったことでしょう!


       そして8月イゾンツォ河の6回目の戦闘で、トーティはモンファルコーネ東での
       戦闘で戦い、なんども負傷しながらも、
       最後は「俺は死なないぞ!」と叫びながら松葉杖を敵に投げつけ
       その後に撃たれ戦死。 34歳。
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       この英雄的行為が、オーストリアからの独立を掛けた国民を奮い立たせたに違いなく、
       今もって彼の名は、知らぬ人なし、という感じなのですね。
       
       この一帯はまさに第一次大戦の一進一退を続けた激戦地で、
       今も無数の塹壕が残りますが、
       クオータ85・Quota85と名付けられたこの地点、林の中から海が望めるここには、
       彼の名誉を記した石碑があるそう。





       トーティが入りたかったベルサリエーレというのは、黒い鶏のつやつやの羽をヘルメットに付け、
       ・・一般兵士の羽の数は大体50本だそうですが、下士官、将官クラスは100本位と!!
       その軍楽隊は走りながらラッパを吹くというので有名、大人気な部隊ですが、
       元々は狙撃部隊というのは、知りませんでしたぁ。
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       それにしても、黒い尾羽根を持つ鶏君、丸裸にされても一人分のヘルメットに
       足りるだけの尾羽を持っているんでしょうかね?! ははは。




       という様に、彼はイタリアの英雄として有名でして、
       将軍などのえらい方ではなく、民間英雄としての意味が大きいと思うのですが、
       
       こんなふうな銅像とか、
       " NUN MORO IO " というのは、Io non muoio・俺は死なない、と叫んだ言葉。
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       大都市などには彼の名を関した道路がありますし、
       shinkaiめも、ずっと以前から彼の名は知っておりました。
       ただ第一次大戦時の、松葉杖を敵に投げつけて戦士した英雄と云うくらいの知識でしたが、
       今回はそれ以前の、片脚での自転車旅行などについても知ったという訳で、




       こちらはローマのベルサリエーレの博物館にある、
       彼の自転車と松葉杖。
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       という所で、潜水艦に話題を移しまして、

       こちらは最初に彼の名が冠された1928年進水の潜水艦
       実習船、運搬を兼ねていた様ですが、1940年にイギリスの潜水艦の攻撃を受け沈没!
       イタリアの潜水艦で唯一敵艦に攻撃されて沈没したものだそう。
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       それにしても、こういう艦にエンリコ・トーティという、戦時の英雄の名が冠されると
       いうのが、如何にトーティがイタリアで親しまれた英雄であったかがよく分かり、
       まして、2代目の戦後初の潜水艦の名に受け継がれるというのも、
       何となく微笑ましい感じを受けるのは、私だけでしょうか?





       そしてこちらが、今回の主人公である、エンリコ・トーティの2代目
       第2次大戦後の平和条約により、潜水艦造船を禁止されたイタリアが
       漸くに造船を許され、自国の持つテクニックを最大限に活かし
       1965年に造った最初の潜水艦、エンリコ・トーティ S506
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       長さ46m、幅4,75m、総重量536トン、潜水出来る深さ150m。 
       詳細については、日本語版ウィキペディアにありますので、どうぞ。 
       ただ名前が、エンリコ・トーチとなっていて、・・ちょっと切ない!
       

       所で、単純に「潜水艦」と書いておりますが、
       潜水能力によって2つに別れるのだそうで、
       このエンリコ・トーティは、Sommergibile・ソンメルジービレと呼ばれる型で、
       主に水上航海をし、潜水も出来る、というやつ。
       日本語ではどう呼ぶのでしょう?

       潜水艦・sottomarino・ソットマリーノ、英語で言うサブマリンは逆に、
       潜水航行が主で、水上航海も出来る、という違いがあります。

       イタリアが戦後造船を許されたのは、そのソンメルジービレだったという事で、
       潜水進行の静かさが売り物で、UATOの共同演習などで大活躍だったそうですが、
      
       約30年の現役サーヴィス、2万7千時間、137マイルの航海ののち
       トーティは1997年9月に退役となり、
       ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館に寄贈されることに。
     
  
       そしてここからの道のりが、長かったのです!!
       




       2001年潜水艦トーティは基地にしていたシチーリアのアウグスタ・Augustaから
       曳航され4月5日に出発
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       一旦ターラント・Taranto、ここには大きな軍港があり、そこに寄ってのち、
       85時間の航海後、ヴェネトのキオッジャ・Chioggiaに4月20日到着
    




       ここから5月4日、こんな風に水門を通ったりしながら、ポー河を遡り、 
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       クレモーナの河の港に到着、5月6日
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       こちらはクレモーナで水中から引き上げられたトーティの船体
       上の写真でも見られるように、かなりあちこち草臥れている様子で・・!  
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       ここでトーティはしっかりと整備され、余分なものは排除され身軽にもなり、
       第2の人生に向けてのお化粧直しもされますが、
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       ここでミラノへの、この超重量級運搬物の技術上の問題も含め、
       様々な問題解決が探られる間、トーティは4年間待ったのです!





       こうして遂に2005年8月8日、トーティは陸路の航海を始めます。
       
       この写真で、どういう状態で運ばれたかがよく分かると思うのですが、
       この為に造られた2台のトレーラーと言ったら良いのか、700馬力、240のタイヤ付き
       乗せられた458トンのトーティ。 高さは7m
       このトレーラーは別々に向きを変えることが出来、これで道の角を曲がるのですね。
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       艦橋というのか、上の部分は外され、後ろに別に積まれており、
       交通事情を考え、すべて夜の運搬でしたので、昼間はご覧の通り大勢の見物人!




     
       興味が湧いて、どの道を通ったのか、ははは、地図を調べてみました。
       クレモーナからミラノの博物館まで大体95kmだろうと思うのですが、
       車だと一般道路にしても2時間弱で走れる距離を、
       トーティは夜の道を4日間かかって博物館まで運搬されました。
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       ピッツィゲットーネ・Pizighettoneや、クレーマ・Cremaなどの地名が見え、
       懐かしかった。 この辺りも行き、写真も取っているのですが、そのままになっていまして・・!

       ミラノ郊外Via Rogoredo・ヴィア・ロゴレードでは、地下水の集合管が走っているので、
       重量を支えきれないだろうと、仮の移動橋を掛けた所、
       Via Toffetti・ヴィア・トッフェッティは、ミラノ市内通過前夜の宿泊場所で、
       見物人がわんさか集まった所なんだそう。
   
       最後の赤点を打ったカーブは、これはYoutubeでご覧いただけますが、
       ここも地下を運河が流れているので、仮橋を造り渡リ、そして左折した
       最大の難関地点。





       この仮の駐車場は、多分クレモーナから出発して最初のコルテ・マダーマ・Corte Madama
       という田舎と思うのですが、30キロの距離を6時間かかったそう。
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       ここで2日間を過したそうですから、日中は見物人が引きも切らず、押しかけた事でしょう!




       11日にはクレーマを通過する時ロータリーがあり、中央分離帯を飛び越すのに、
       用意していた木の棒を敷き、無事通過。
       
       翌12日はまさに出発時間の21時には本降りの大雨となったものの、
       見物人は傘をさし減ることなく、ずぶ濡れになりながらも満足して見物を。
       今や通り過ぎる潜水艦を見るというのが流行病になったかのごとく、と書いてありましたが、
       
       これはこのトレーラーを運転していたジャンニ・Gianniとフランコ・Francoの
       ベテランの運転手の長い経験においても、自分達の仕事ぶりをこんなにたくさんの
       人々の中で行い、見つめられるのは驚きであった様子で、

       警察、技師、博物館関係者、運転手、テクニコ、軍関係、そして見物人と、
       今や皆が一段の集団となり、お互いが顔見知りになった感も、とありました。

       そしてミラノの地下を1407kmに渡って流れる運河の集合管地点を、
       仮の橋を渡し無事に通過、9時間5分かかり、
       13日の朝6時10分、ヴィア・トッフェッティ、最後の宿泊地に到着




       14日、これがミラノ市中入りを前にしたトーティの晴れ姿と思うのですが、
       イタリア国旗の真ん中の白地に、かっての海軍都市ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ、アマルフィの
       紋章が入ったイタリア海軍旗を付け、
       大勢の見物人に囲まれた、晴れやかな姿。
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       14日の夜から15日の朝にかけ、最後の行程、いよいよミラノ市中を、
       15万人のミラノ市民が迎える中を通り、トーティは無事、博物館に到着
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       Youtubeはあれこれご用意いたしましたので、ははは、どうぞ!

       トーティ、ミラノに。 8月の夜の旅。   5分間

       潜水艦トーティがミラノに。 10分弱。 仮の橋造りの場面や、日中の通りの様子も。

       潜水艦がタイヤの上に。 迎えた博物館のヴィデオ。

       運搬を請け負ったファジョーリ・Fagioliという会社のヴィデオ。 総まとめ

       
       ヴィデオを見ていると、舳先が先になって進んだり、スクリューが先になったりで、
       最初見た時はなんで?!と意味がよく分かりませんでしたが、
       トレーラー2台が分離し、角を曲がる時は途中迄カーヴを切った所で
       今度は逆に後ろだったほうが頭になって進む、という事だと了解。

       それで昔TVニュースで見て記憶していた、街中の直角のカーヴを
       あの長い潜水艦が見事に曲がった時は、真夜中にも関わらず集まっていた
       大見物人から大きな拍手が起こった!というのも、納得した次第。・・今更ですが、ははは。
   
       トレーラーのタイヤがそれぞれに動き、潜水艦がかなりトレーラー本体から乗り出す、
       外れた感じに見える場面が幾つかあり、見ていてハラハラしたりで、はは、
       ・・shinkaiは、こんなの見るのが大好き!!





       という事で、現在はミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館に収蔵され、
       余生を送っている、イタリアの戦後初の造船、英雄名を冠されての
       エンリコ・トーティ潜水艦の姿
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       内部は大変狭いそうですが、上が内部、下が魚雷の制御器。
       内部見学も出来るそう
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       喋りっぱなしのヴィデオですが、内部の様子もちょっぴり見れるので、
       お暇な方どうぞ。 はは。


       と云うような、英雄と潜水艦、そしてその運搬のお話しでしたぁ
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       いつかミラノで時間が取れる時は、博物館にトーティに会いに、
       まだ実際には見たことがない潜水艦内部も見たいもの!



       ◆ おまけ ◆
       トーティの運搬を請け負ったファジョーリという会社は、大物重量級運搬専門のようで、
       ヴェネツィアの大運河に掛かる第4の橋、ピアッツァ・ローマ前の橋の橋桁を運んだのも
       この会社のようで、ヴィデオが見つかりました。

       大運河の南、デッラ・サルーテ聖堂の前から入り、アッカデミア橋、リアルト橋、
       そして駅前のスカルツィ橋を潜り、現場に到着し、橋桁を繋いでいく様子が見れます。

    



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by italiashiho2 | 2017-03-21 02:17 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(4)
2017年 03月 16日

・・・ ヴァイオリン博物館・クレモーナと、 ヴァイオリン、ストラディヴァリのあれこれ (再追記) ・・・

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       クレモーナ訪問の時に、2013年に開館した新しいヴァイオリン博物館を見ましたが、
       余り時間が取れずで、おまけにストラディヴァリの視聴が出来る、と聞いていたのが無しで、
       いささかがっかりで戻ったのでした。
       が、その後あれこれ調べているうちに、ヴァイオリンと言うものにすっかり嵌まりました!

       実際の演奏会には行ったことは少ないのですが、弦楽器全般、そしてヴァイオリンの
       音色は昔から大好きで、今も毎日絵を描く時にはBGMに常にCDを掛けて聞いています。
       で、今までは余り考えたことがなかったヴァイオリンという楽器そのものについて
       知り始めると大変に興味深く、もっともっととあれこれいつもの芋づる式に・・!

       という事で、何とか上手く纏まるよう、お伝えできるよう頑張りますので、
       よろしくお付き合いの程を!

       

       新しい、クレモーナのヴァイオリン博物館入り口
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       上記したように、ここは2013年秋オープンで、以前のストラディヴァリ博物館があった
       パラッツォ・アッファイターティ・Palazzo Affaitatiから移された楽器や
       ストラディヴァリの遺品の展示など10室の展示室、そして新しい音学室と、
       素晴らしいもので、ゆっくり時間があれば、と思ったものでした。




       前庭にあったストラディヴァリの像
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       こちらは建物の中庭にある、五線譜を使った鋼鉄の像
       スペインのプレンサ・Plensaという人の作品とか。
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       下はサイトで見つけた写真ですが、・・こういうのは、どうも、ですねぇ・・。





       こちらは博物館の中の一室、「宝の宝庫・Lo scrigno dei tesori」と呼ばれる部屋。

       この博物館のお宝である、1715年ストラディヴァリ作のクレモネーゼ・Cremonese
       初めとして、アマーティ・Amatiや グアルネーリ・Guarneriの作品
       1556年から1734年にかけての、全10点が収められた部屋。
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       壁も床もしっとりと布張りで、一つ一つの楽器がガラスケースに入っており、
       多分湿度調節とか様々な設備が施されているのでしょう。

       たまたま我々が行った時、最初のケースが空だったのですが、
       そのうちに一人の男性が持ってきてケースに入れ、それに続いて来た小グループに
       フランス語で説明しているのが聞こえましたから、視聴もあったのかも・・!

       博物館のお宝であるクレモネーゼは、この部屋の一番奥の真ん中に、
       ケースが明るく見えるのがそれですが、
       後ほども少し詳細に。




       こちらはズッカ・カボチャと呼ばれている、ははは、ヴィデオ視聴室で、
       中は暗く、円形状にそって椅子が並び、天井に映る音楽ヴィデオを視聴出来ましたが、
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       う~ん、いくら良い試聴室でも、ヴィデオではねぇ・・!




       こちらは新設の音楽室で、464人収容、真ん中で室内楽やソリストの演奏ができ
       ここの設計実現には日本の技術者トヨタ・ヤスヒサさんという方が携わったと。
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       博物館には他に、楽器店の科学的研究や診断も出来る工房が開かれたそう。

       博物館のサイトは http://www.museodelviolino.org/
       日本語版もありますし、右にはヴァーチャル・ツァーも出ます。





       さて、ヴァイオリンという楽器の歴史ですが、
       これについてはYAMAHAのサイトに分かりやすく載っていますので、ご覧頂き、
       
       イタリアで、というよりも歴史に残るヴァイオリン製作者の最初として名が挙がるのが、
       ガルダ湖畔サロ出身のガスパーロ・ダ・サロ・Gasparo da Salò
       そしてクレモーナのアンドレア・アマーティ・Andrea Amatiですが、

       こちらが上記のYAMAHAのサイトにあった、1565年頃のアマーティの作品
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       当時のヴァイオリンは、現在のと比べて指板、左手で弦を抑える板の部分
       短いのにご留意下さいね。
       
       
       が、上のヴァイオリン博物館のお宝の部屋には、1556年のアマーティの作品も、と
       帰ってきてから知る、見てない馬鹿が感じるこのちょっぴりの無念さ!
       




       通常ヴァイオリン発明者と言われるガスパロ・ダ・サロについては、こちらに

       彼は20歳の頃に父親が亡くなり、それでサロからブレーシャ・Bresciaに移り
       当時音楽が大変盛んだったブレーシャで活躍したらしいのですが、
       彼が作ったというヴァイオリン、これはまだ彼の作とは断定出来ていない様子ですが、

       大変に美しいオレ・ブル・Ole Bullというのを見つけました。
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       指板にも装飾が入り、少し長いようですし、裏板装飾も凝っていますが・・、
       ブレーシャではガスパロの作品としての研究が進んでいるようで。





       所でヴァイオリンは15世紀に登場した時、既に、現在の形とほぼ同じ形
       現れたのだそうで、故に後に改良されたのはほぼ僅かな部分と言われますが、
      
       古いタイプをバロック・ヴァイオリン、新しいのをモダン・ヴァイオリンと呼び、
       それの違いは、これもYAMAHAのサイトにあった図がとてもわかり易いので使わせて頂き、
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       つまり、かって室内楽で使われてちょうど良い音量であったヴァイオリンが
       大会場で使われるようになり、また高音が多く出やすいように改良したのがモダン・ヴァイオリン。

       高音がもっと弾けるように指板が長くなり、駒を高くし、ネックも少し傾いていて
       これは弦の張力を増し、音量を高く、輝きを増す為なんだそう。
   
       そして、胴の厚みは減っているようですし、かっては脇からすっと丸かったのが、
       現在のは一旦少し薄くなり、それから丸みを増しているようですね。





       こちらは1628年のニコロ・アマーティの作品で、彼はストラディヴァリの師匠として知られますが、
       これも指板が長いので、現代風に改良されている様子。
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       アントニオ・ストラディヴァリの肖像。 
       300年前に彼が作ったヴァイオリンが今も比類ない物と賞賛される人物。 
       1644年~1737年と、93歳の長寿を全うし、亡くなるまで作品を作り続け、
       現在残る彼の作品は、全制作の約半分の500~600とも!
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       これがヴァイオリンの表板のF字孔から見える、ストラディヴァリの制作証明の紙片で、
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       こちらの2番めに見える、Antoniusu Stradivarius Cremonensis
       Faciebat Anno 1667 がそれで、
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       Antoniusu Stradivariusというのが、Antonio Stradivariのラテン語名で、
       クレモナのアントニオ・ストラディヴァリの事。
       2行目が、1667年に作った、という証明書という訳。

       1番上のAntoniusu Stradivarius Cremonensis Alumnus
       Nicolaij Amati,Faciebat Anno 1666は、
       Nicolò Amatiの弟子であるアントニオ・ストラディヴァリが作った、という意味で、
     
       この紙片がストラディヴァリがニコロ・アマーティの弟子であった、という唯一の証明なのだそう。


       それにしても、頭に166 迄が入った紙片を何枚印刷させていたのか知りませんが、
       最後の6を8に変えたり、ははは、かなりしっかり使い尽くした、という感じですねぇ。

       
       と、最後に丸印がありますが、この形にご留意下さいね、後ほどまた。





       こちらがヴァイオリンの各部の名称で、
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       そして、ヴァイオリンのお腹の中! これでバス・バー(力板)と魂柱の位置がよく分かります。
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       バス・バーは表板を補強するために、そして低音の響きを強め、安定させると言い、
       魂柱は、駒を通って表板に達した振動を裏板に伝えるのだそう。

       この魂柱をイタリア語ではアーニマ・anima・魂と呼び、ヴァイオリン製作の一番最後に
       F字孔から入れるんだ、というのは、友人のご主人、やはりクレモーナでヴァイオリン製作を
       学んだ人から昔聞いており、
       今回これを思い出し、どうやって入れるのかをYoutubeで探し回りましたが、

       この魂柱の位置をほんの少しずらすだけで、まるで音が違ってくるのだそう!
       その意味でも、まさに最後の一点の仕上げ、画竜点睛とも言える、
       アーニマ・魂の呼び名に恥じない、6cm程の小さな円柱ながら大きな働きをする物。

       このヴィデオは後で、モミの木の所で一緒にご覧頂きます。


       そうそう、ヴァイオリン制作に使う木材は膠で接着しますが、
       膠はウサギの膠とも、魚の膠というのも出てきましたが、
       魂柱、駒、緒子掛け(ボタン)は膠では留めず
       とりわけ魂柱、駒は音の質の違いを聞きながら、動かすのは上記の通り。


       




       という事で、ヴァイオリン製作のための、各パーツ
       この写真はクレモーナの店にあったお土産物の小さなセットでして、へへへ。
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       1.ヴァイオリンの型で、これによって横板の型を作ります。
         この内型方式がクレモーナ式、イタリア式なんだそうで、
         フランスでは外型から作る方法も考案されたとか。
       2.緒子掛の止め穴用。
       3.4.横板  
       5.表板    モミ
       6.F字孔
       7.バス・バー(力板)  モミ
       8.魂柱    モミ
       9.裏板    カエデ
      10.竿受け (正しい言葉を知りませんで)
      11.縁飾り、象嵌細工
      12.13.14.15.ネック、竿の渦巻き  カエデ 
      16.糸巻き
      17.上駒
      18.指板   黒檀
      19.駒
      20.緒子
      21.緒子の留め板
      22.緒子掛の留めボタン エンド・ピン

       という事で、イタリアでは表板にモミの木、赤モミの板を用い、
       裏と横板にはカエデが多い様子。
       が、あるYoutubeでみたリュータイオ・liutaio・弦楽器製作者は
       一般にはカエデだがこれはポプラだと、手元の一台を指しましたので、
       その辺りは製作者により、事情により様々な様子。


       ヴァイオリンの製作工程については、あれこれYoutubeで見つけましたが、
       日本語版 https://www.youtube.com/watch?v=x6MO32VDZ0U
       イタリア語版 https://www.youtube.com/watch?v=42nPLiwtjGQ

       これは1時間近い長さですが、何とも素敵なヴィデオで惚れ込んだもので、猫ちゃんも登場です。





       モミの木は、北イタリアのトレントの山中、ヴァル・デル・フィアンメ・Val del Fiamme
       のもの、というのをYouitubeで見つけましたので、こちらを。

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       このヴィデオの最初に、魂柱・アニマの説明、ヴァイオリンに挿し込む場面がでます。 
       音楽がアフリカ系のが聞こえ、このあたりが?と疑問ですが、ははは。

       後半にヴァル・デル・フィアンメのモミの森が映り、この森は「響く森」と呼ばれており、
       モミを掌で叩くと見事に反響する場面があります。
       説明しているのはイタリアのヴァイオリン奏者ウーゴ・ウティ・Ugo Utiで、
       ヴィヴァルディもここに来て、木を選んだのだと云います。
   
       彼はストラディヴァリとグァルネーリの両方のヴァイオリンを使っているのですが、
       その音質の違いを、ストラディヴァリは明るく透明、太陽性であり、
       一方グァルネーリは強く暗い情熱を感じ、ロマンチックだと言うような説明を。


     ◆ 再追記 ◆

       このモミの木は伐採後、5年から10年自然乾燥させたものを使い
       5年以下の木材を使うことは無いと。

           ***

       トレンティーノの山中に暮らしたマーリオ・リゴーニ・ステルンの本
       「野生の樹木園」みすず書房、この本も友人から戴いた物ですが、
       ふと思いついてモミの木の記述を探しました。
       少し長くなりますが、抜粋してみます。

       ヨーロッパトウヒPicea excelsa、通称アカモミは人生を共にしたとも言うべき樹木で、
       いつも私のそばにあった。   中略
       子供のころ、植樹祭で、戦禍をとどめる広大な伐採地に植えられるのは、必ずアカモミ
       の苗木だった。   中略
       種子はフィエンメ谷の森林から取り寄せた。一家言ある人達によると、そこはアルプスじゅうで
       もっとも美しい森であり、アルプスじゅうでもっとも優良な種子を産出するとのことだった。
             中略
       独特の性質をもった、昔からずっと「響きの木」と呼ばれてきた種類があって(樹皮を剥くと、
       幹に沿って一定の間隔で小さな突起がついているのがわかる)、この木は月の満ち欠けにあわせ、
       細心の注意を払って伐採し、寝かせ、挽く(伐るのは必ず満月の直後。数年、寝かせたのち、
       満月から新月にいたる間に挽かなくてはならない。生き物である木材を、より丈夫にする知恵である)。
       こうして出来上がった板を使って、楽器職人は弦楽器の共鳴胴を作る
             中略
       マツ科に属するアカモミは、都会の人にかぎらず多くの人から、誤ってマツと呼ばれる。
       マツと云うのは、また別ものである。
      
                ***



       ストラディヴァリは最初ニコラ・アマーティに師事し、彼の工房で働いていたようですが、
       1680年36歳の時家を買い、工房を持ち、ここでの制作を亡くなるまで続けます。

       師のニコロ・アマーティが1684年に亡くなり、息子のジローラモ・Girolamoが跡を継ぎ、
       彼は父親の最後の20年ほど仕事を救け重要な存在であったにも関わらず、
       それまでの工房の仕事の質を保ちつづけることが出来ず、
       重要な仕事の注文はストラディヴァリに自然に回ってきたと云う様子。
       
       同時代にアンドレア・グァルネーリ・Andrea Guarneriが活躍し始めますが、
       息子のバルトロメーオ・ジュゼッペ・アントーニオ・Bartolomeo Giuseppe Antonio
       通称デル・ジェズ・Del Gesuの方が有名ですね。


       デル・ジェズという通称を、「神の如き」と書いてあるのも見ますが、文字ではそうですが、
       これは上でご説明した、ヴァイオリンの中に付ける紙片の制作証明の丸印に
       彼は IHS と記したことからなのだそうで、
       これはジェズ(キリスト)をギリシャ語で表した最初の3文字と。
       まぁ、本人がどうしてこの3文字を選んだのかは分かりませんが・・。
       
      
       と、イタリア語で弦楽器の製作者の事をリュータイオ・liutaioと呼びますが、
       これはリュート・liutoに由来し、リュートははじく楽器でヴァイオリンはひきますが、
       同じ弦楽器という事で、同じ製作者がつくったのでしょうね。


       ストラディヴァリは約70年間ほどを弦楽器の制作に打ち込み
       最初の妻との間に6人の子を儲け、54歳で最初の妻が亡くなると翌年再婚、
       この妻との間にも5人の子を持ち、はは、お元気ですねぇ!

       息子のフランチェスコは全面的に父の仕事を手伝い、もう1人のオモーボノは部分的に。
       ですが父親は圧倒的に仕事を支配、息子には全部の仕事を任せることはほんの時々で、
       それも安い仕事を一般に任せたのだそう、ははは。

       こうして1700年から1720年代に掛け、彼が56歳から76歳の時に当たりますが、
       いわゆる彼の黄金期で、仕事に脂が乗りきった、良い作品が次々に生まれます。

       師の影響から完全に抜け出し、彼独自の少し大きめの形となり
       ニスの色も師の柔らかい蜜色から、茶-オレンジ色に
       楽器の音も豊かに、力強く、表現がたやすく、と変わります。




       当時の作品で有名なのは、1704年のBetts, 1715年のAlard,

       そして、このメッシーア・Messiaなどがあり、
       これは現在イギリスのオックスフォード大学のアシュケナージ博物館収蔵と。
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       そしてこれは、イタリアの国宝並なんだとどこかで読みましたが、
       メディチェオ・Mediceoと呼ばれるもの、何処にあるのか写真のみ見つかりましたが・・、
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       そしてこちらが、クレモナの博物館のお宝、1715年作クレモネーゼ・Cremonese.
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       これも元はバロック式ヴァイオリンだったのでしょうが、現代的に少し変えられている様子。





       実はshinkaiは、この「クレモネーゼ」の演奏が入ったCDを持っておりまして、はい。
       10年前に前の博物館を訪問した時にブック・ショップで買っていて、
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       今回の博物館見学で、実物を見て、名前を聞き、ン?!と驚き、
       実物もしげしげと眺め、そうか、これだったのか、あのCDは?!という次第。
       漸くに、長年猫に小判だったのが、自分の手持ちの真価を知ったと云う・・!


       これはあるヴァイオリニストの持ち物になっていたのが知れたのが1877年、
       その後も何度か持ち主が変わり、最後はロンドンのHillコレクションに入っていたのだそう。
       それを1961年にクレモナ県の観光局が買い取り、クレモナ市に贈ったものだそう。


       1715年には10台ちょっとのヴァイオリンが制作されている様で、
       Alard, Tiziano,Imperatore,Bazzini, Rode などの名が上がるそうですが、
 
       元の名をヨアヒム・Joachim、クレモナ市に寄贈され名をクレモネーゼ・クレモーナの、クレモーナ人
       と変えたこの楽器は、ニスはオレンジ-金色のオリジナル。
       音量も素晴らしく、特上の活力を示し、音色の高音から低音の均一性優秀、などなど。       
       shinkaiには、この手の表現は言葉ではわかりますが・・!

       
       写真でもよくご覧頂けると思いますが、顎が当たる部分のニスが薄くなっている
       使い込まれているのが分かりますね。

       これは当時は顎当てがなく、直に顎に挟んでヴァイオリンを引いていた為なんだそうで、
       顎当ては1820年代になって発明されたものなんだそう。
       これで随分奏者は弾きやすくなったのだそうで、逆に言うと、当時は弾きにくかった部分も
       楽になり、ヴィブラートも簡単になったんだと。




       収納されている曲はご覧の通りですが、
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       博物館の音楽室で、このクレモネーゼを弾いているYoutubeが見つかりましたので、こちらを。 




       そして、もう一枚ずっと大昔に買ったCDと収納曲はこちらで、
       アマティ、ストラディヴァリ、グァルネーリの音なんですね。
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       どちらも暫く聴いておりませんでしたが、生を直接ほどの音ではなくとも、
       一段の有り難さを心がけ、聴くように致しますです、はい。





       こちらがグァリネーリ・通称デル・ジェズ作の、
       ニコロ・パガニーニ・Niccolò Paganiniが弾いていた
       彼がカンノーネ・Cannone・大砲と呼んだ物。
       確か現在はジェノヴァにあるはず。
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       パガニーニはヨーロッパ各地を演奏して回り、その素晴らしく技巧的な曲と演奏で魅了し、
       共にイタリアのヴァイオリン製作者達の名を再評価させたと言われますが、




       プロヴァンスのニースに行った時見た、彼の住んでいた家の写真をおまけに。
       ニースの市場から近くだったと記憶していますが、
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       碑にはイタリア語で、1815年5月27日にこの家で亡くなった、と、
       彼の力倆ある魔法の音を讃えています。
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       これを見ていた時、隣りにいた仲間の一人が、彼は少女姦で監獄に入った事も
       あったのよ、と教えてくれたのでしたが、ははは。




       お邪魔するブログ「JFK-World 世界の撮影・取材地トピック」で、たまたま 
       取り上げられていた千住真理子さんの撮影、ヴァイオリン、などなどの他に、
       デイヴィッド・ギャレット・David Garrettがパガニーニを演じた映画の話題もあり、

       彼についてはヴァイオリンについてあれこれYoutubeを探していて何度も出会い、
       いささか興味を持っていたので、すぐにDVDを探し見つけ、
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       映画の予告編はこちらに。 https://www.youtube.com/watch?v=q_IeJtWZpc0
       
       はぁ、まぁ、特別の映画でもなかったですが、ははは、
       当代の速弾き、超テクニシャンの彼がパガニーニを演じたのは興味深かった。

       彼がパガニーニのカンノーネを弾いたヴィデオは、



       「JFK-World 世界の撮影・取材地トピック」さんが
       千住真理子さんの撮影関連の記事を載せられたのは、こちらから逆にお進み下さい。


       千住真理子さんがストラディヴァリの1716年作の「デュランティ」を、
       2002年に思いもかけない経緯で購入されたのは有名なお話の様ですが、・・知らずでした。

       お話しにある「300年近くを誰にも弾かれること無く」というのについては、

       顎当ての無い方、向かって右側の下が楕円に少しニスの色が薄いような感じを受けましたし、
       裏板のニスも下のほうが少し薄くなっているような・・。

       それに最初の持ち主であったと云うローマ教皇クレメンテ14世(1705-1774)
       が約20年間所有となると、彼が教皇であったのは1769年から5年間の事で、
       それ以前は1759年から枢機卿ですが、その前は1740年からローマの
       サン・ボニファーチョ寄宿学校の学長。 
       彼は貴族の生まれでなく、医者の息子で早くに父親が亡くなったと云うことで、
       音楽が好きで、それで購入したのかもしれませんが、
       そのあたりは少し曖昧に感じます。

       いぇ、悪口を言うつもりで書いている訳ではありませんで、
       教皇様の在位期間は一般にとても短いので、それでちょっと気になって調べたのでした。

       と、また教皇様になったりすると、何かと内輪の演奏会や迎賓の歓迎で、
       それほどのヴァイオリンをお持ちならば、お使いになるチャンスは数あったと思いますし、

       その後のフランス貴族デュランティの元にあったという200年間も、
       やはり同様では無かったでしょうか?

       ヴァイオリンは誰にも弾かれることがないと、ダメになると聞きますし、
       その為に現在の博物館のヴァイオリンは毎日、その為の係が弾いていると聞きます。

       まぁ、それほどのヴァイオリンを手に入れられ、千住さんご自身が、
       今までとはまるで違う、生き者の様な楽器で、新しく一から出直す覚悟で弾いている
       と話しておられるヴィデオも拝見しましたので、
       楽器にしても、自分の真価を発揮してくれる本物の演奏家を求めていたのかも、と思い、
       千住さんのこれからのますますのご活躍を祈ります!




       と、少し横にそれましたが、

       上の映画で制作、主演したデイヴィッド・ギャレットが、博物館の音楽室で
       ストラディヴァリの幾つかを試し弾きするYoutubeがありましたので、ご覧ください。
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       彼は「クレモネーゼ」がとりわけ気に入った様子で、3度も弾いてみています。
       その間にグァリネーリも弾くのですが、これは余り好みではなかった様で、はは、
       勿論同じ製作者でも一台一台の出来があり、音はみな違うのですが、
       これは興味深いヴィデオです。

       
       制作されて後300年近くを経て、元の木材での存在よりも、
       楽器そのものとして長く生き、乾燥し、本当に軽くなる様なのですね。
       クレモネーゼについて、紙を弾いているような、という表現を他の演奏家がしていましたが、
       近くでは優しいその音が、遠くまで強く響き渡る、というその不思議さ!
   

       ストラディヴァリのニスについても、複雑さについてずっと昔から議論が絶えないようですし、
       逆に単純に松のニスに油だけ、という結論を出した方もおられるようで、
       こういうのも何処までも謎解きは続くと思いますが、

       まぁ、そんな事を知った所で、Shinkaiの様な単純な者には、さようか、でして、

       300年前の楽器製作者が自分の命を込めて作った楽器が今も生き
       同時代の鍵盤楽器などは残っていても、使える状態のものは一台もないといいますし、
       今も素晴らしい音色を響かせてくれる、奇跡みたいな贈り物を有難く頂くのみ!!
      
       今回は博物館を訪問して後の収穫が、自分にとってはとても大きく、楽しみました

       皆さんにも、少しはお伝えできましたよう、願います


     ◆ おまけ ◆

       ヴァイオリンの弾き方、弓を動かす難しさは皆さんもよくご存知でしょう?!
       習い初めのヴァイオリンの音は、まさに他人にとっては拷問の如きものでして、ははは、
       大人が習い始めての2年間の進捗具合のYoutubeも見つけましたので、
       ご本人はとても可愛い美人さんなので、お暇な方、どうぞ!


     ◆ 追記 ◆

       肝心なことを書き忘れておりました。
       この何から何まで手作りの「クレモナ伝統の弦楽器作り」は、
       2012年からユネスコの文化遺産のリストに載っているそう。

       木材選びから、削り、接着し、ニスを塗り、このニスもスプレーは禁止、手作り、
       すべてが製作者の手を通して作られる、他に類を見ない伝統の弦楽器、技術

       職人技が奥まり、極まった所から生まれてくる弦楽器、とりわけヴァイオリンと言うもの、
       その不思議さに触れた思いがした、今回なのでした。
       


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、アーゾロの聖母子 途中経過と、 スコミーゴ村夜明けの色 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-03-16 05:20 | ・ミラノと周辺 Milano e - | Comments(5)
2017年 03月 11日

・・・ クレモーナの聖堂と鐘楼と洗礼堂 ・ 中世の典雅さに時代毎の改装たっぷり ・・・

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       今回のご案内はクレモーナの街のドゥオーモと洗礼堂を。
       
       上の写真に見えるように、まさに街の中心、中世の面影を残す広場にあり、
       美しいロマネスクの正面壁の白い装飾と、その左に立つ高い鐘楼
       そして聖堂の右に位置する洗礼堂

       こうして見ると街の通りが放射線状に、この広場に集まって来ているのが
       良く分かりますが、
       手前の、ドゥオーモに向かって建つ塔が2本、内庭2つの建物がコムーネ・市役所


       10年前にこの街を訪問した時は内部を見なかったドゥオーモと洗礼堂で、
       今回内部を見てとりわけ驚いたのがドゥオーモ!
       というのも、街の繁栄の豊かさをたっぷり注ぎ込んだ装飾の豪華さ、素晴らしさで、
       たくさん撮った写真のどれを省くかで苦労しましたので、
       じっくり見てやって下さいね、ははは。



     
       先回の予告編で見て頂いたように、訪問した日は一日中靄がかかり、
       写真の発色がよくありませんので、
       欲しいアングルのを以前に撮っていたら、それを使うことにしました、のと、
       右下に当ブログのサインの無いのは、サイトから拝借したもの。

       ドゥオーモ、正確にはサンタ・マリーア・アッスンタ・Santa Maria Assunta聖堂の正面を。
       建設は12世紀、正確には1107年8月26日に最初の石が置かれたそうですが、
       全部の完成は1491年の、ロマネスク様式の美しい正面壁。      
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       正面扉の色が鶯色っぽいですが、多分塗り直したのでしょう、
       今回は濃いグレイになっておりました。

       と云うようなご説明はおいおいに、という事で、




       広場が狭く、鐘楼も聖堂も高いので、どうしてもどこかが切れてしまいますので、
       サイトから拝借のこの写真でドゥオーモ前広場の、
       正確にはコムーネ広場・Piazza Comune、全体の様子を見てやって下さいね。
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       左の鐘楼とドゥオーモ前をひと続きのロッジャが繋いでおりますが、
       これらは13世紀末から14世紀にかけての物で、
       
       広場の整備と並びに、ドゥオーモの左側(北)には家々が迫っていたらしいのを
       20世紀の前半に取り壊し、現在はすっきりと美しい広場。

       このドゥオーモが建設されるのに、街で一番高い位置が選ばれ、
       理由は街のすぐ南を流れるポー河の氾濫から逃れるためだったそうで、
       現在はかなり街から離れている河も、かってはもっと近くを流れていたのだそう。




       そして広場の西側を占める、ドゥオーモと向き合うのがコムーネ、市役所の建物
       1206年建設ですが、現在見る真ん中の白い帯とか、窓の周囲の飾りは19世紀の改装との事。
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       クレモーナの街のシンボルとなっている、この高い鐘楼ですが、
       トラッツォ・Trazzoと呼ばれ、高さは111m、イタリアで2番めに高く、
       壁・レンガ、石積みの鐘楼としてはヨーロッパで一番高いのだそう!
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       ではイタリアで一番高いのは何処に?と思いましたら、
       フリウーリ州のウーディネ県のモルテリアーノ・Morteglianoという小さな村にある
       高さは113,8mだそうで、教会関係者でもこういう数字を競う方がおられるのですねぇ!




       13世紀建設のこの鐘楼には、天体、星座表の付いた16世紀の時計があり、
       この種の時計としては世界で一番大きなうちの一つだそうで、
       直径8,2m、縁を入れると8,4m。 
       ちなみにロンドンのビッグ・ベンの直径は6,85m。 イェ~イ、・・あれっ?!
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       クレモーナに行った日は2月22日で、これを写した時間は14時45分でした。
       水瓶座から魚座に移った所で、上の尖った針が星座を注しているのは分かり、

       で、14時45分というのは現在での冬時間ですから、本来は13時45分となると、
       上に見える丸いイガイガから出ている細い黒い針が時間を示しているのでしょう。
       ふ~む、かなり正確!!
 
       2月、というのも何処かに出ているのかな? これが分かりません。
       そして中心の黒い円の中に、小さな窓が開き、白く見えるのが、たぶん月齢なのでしょう。
       

       下の赤と白の横縞は、現在の紋章の一部にも使われているので、
       当時のクレモーナの街の紋章と。       
       



       こちらが鐘楼の頂上部、四角い塔の上に更に8角形の塔が乗り、
       頂上まで502段!
       フィレンツェのドゥオーモへの上りは463段ですから、やはりあれより高い訳で!
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       登頂記はこちらに。 http://italiashio.exblog.jp/5745890/
       ハァハァと、全部自分の足で上るだけの価値はある眺めが楽しめますです!

       
       ところでこの鐘楼の上にある鐘は現在8つ、そのうちの7つは1744年に鋳造の
       メロディを奏でる鐘で、一つは1581年鋳造の時を告げる鐘。

       7つの鐘で奏でるメロディは素晴らしかろうと想像するのですが、
       残念なことに、現在は鐘楼自体の安定性の問題があり、
       奏でられるのは少しの機会に限られていると。


       高上り大好きshinkaiのお上りリスト
       フィレンツェのドゥオーモ 463段  http://italiashio.exblog.jp/22133931/
          々   ジョットの鐘楼  414段  http://italiashio.exblog.jp/12472245/
          々   ヴェッキオ宮の秘密コース    http://italiashio.exblog.jp/10363693/
       サン・ジミニャーノのトッレ・グロッサ 54m  http://italiashio.exblog.jp/21296860/
       ラディコーファニの山上の要塞の塔   http://italiashio.exblog.jp/9701524/
       シエナのマンジャの塔 ちょっぴり    http://italiashio.exblog.jp/8296168/
 
       ローマのヴァティカンの上がまだ未経験! 脚の丈夫な内に・・。




       さて、ドゥオーモの正面細部を、向い側にあるコムーネ宮からの写真でご覧頂きますと、
d0097427_23592476.jpg
       大理石の白い石はカッラーラ産、赤い石はヴェローナ産、
       真ん中の正面扉の前、2頭のライオンの背に乗せられた柱廊式小玄関の上に
       聖母子像と2聖人像、そして2層になったロッジャがあり、大きなバラ窓は13世紀のもの。
         



       正面入り口の、 柱廊式小玄関部と、
d0097427_23593201.jpg



       柱廊式の円柱を背中で支える、両脇のライオン像
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       そして、これは入り口扉の左の壁上にあった碑
       右に禁断のリンゴを食べるアダモとエヴァ、左に楽園追放される2人ですが、
       左のアダモのお尻がエヴァより大きくて、ははは。
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       柱廊式入り口上のテラスの3像、中に聖母子、左に聖イメーリオ・Sant'Imerio、
       右にクレモーナの街の守護聖人オモーボノ・Sant'Omobono.
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       中央の聖母の首が、少し奇異な感じがするほど長く、
       下から見上げた時にちょうど良い感じにしているのかと思ったのですが・・、no!




       この3像の下には、農民たちの月の作業、仕事具合かな
       様子を表す浮き彫りがあり、 
       左側部分には、葡萄を摘んで搾ったり、豚を屠殺したり、の秋以降の作業が。
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       大きなバラ窓、13世紀
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       そしてこの頂部には、1491年に4つのニッキ・壁龕を持ったルネッサンス風が追加
       他にもたくさんの細い塔が追加されていますが、
       正面壁は有難いことに、はは、ロマネスク風のオリジナルがしっかり残っています。
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       では、内部をご覧頂きましょうか。

       3廊式の内部、身廊部と、内陣、後陣の様子
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       大変に暗く、曇り日だっただけでなく、建物の構造基本が古いので、
       照明器具で照らされにくい上部は本当に暗く、写しにくかったのですが、
       写真整理でかなり明るく見えるように訂正しています。




       後陣の祭壇画部分と
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       その上部にある、大きなフレスコ画救世主キリストと聖人達と、
       その手前上部には、受胎告知
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       ついでに内陣部分、左にあるオルガンは1984年製だそうですが、
       収められている箱は16世紀半ばの物。
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       内陣から後陣に向けて、半円形を型どり、
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       こちらは内陣の右側部分。
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       内陣の下に、我々は拝見しませんでしたが、クリプタ・地下礼拝堂があるそうで、
       サイトからの写真でご覧を。
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       やはり見事な装飾ですが、サイトで見つけた記事には、
       湿気から様々な問題が出ているそうで、早急の決着を、というのがありました。

       ポー河も近く、この一帯はとりわけ冬の霧が問題となっている様子ですが、
       先に訪れたサン・シジスモンド教会でも床の石がかなり濃い柄になっていて、
       これは長年の湿気による石の変化だと聞きましたので、
       さもありなん、と思ったことでした。



 
       そして翼廊部分の通路、右と左。 内陣に並んで左右に礼拝堂があり、
       いずれもどっしりと太い円柱がアーチと屋根を支えます。
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       参拝する女性の姿
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       中央の交差部辺りから振り返る入り口扉部
       扉上の磔刑図はポルデノーネ作と。 それにしても何処もかしこも暗いのです!!
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       左に見えるのが正面のバラ窓ですが、続く身廊部の交差ヴォールトにも
       しっかり装飾が見られ、
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       これは身廊脇のアーチ部の装飾
       何処もかしこもフレスコ画で埋められていますが、3人の画家による16世紀のものだそう。
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       上階に見えるアーチ、大体が2連のアーチですが、格子柄になっているのが見えますね。
       ここは中世に於いて婦人達の参拝席だったのですね。
       もちろん現在においては使われておらず、
       撮った写真をアップして見ましたが、格子柄は板に描かれたもので、
       それで閉じているのが分かりました。




       内部を分けるアーチとそれを支える円柱、角柱の太さに魅せられましたが、
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       ここのは細部にも凝り、しかも金色なのでしたぁ!




       脇廊のヴォールト部も、しっかり装飾
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       クレモーナの聖堂が建設されたのは12世紀ですが、
       当時のこの街は、ポー河を利用しての商交易の流通、河の駅の繁盛で、
       少し前から自由都市になっていたこの街は、北イタリアで最高の繁栄を誇る街だったそうで、

       その時の街の勢いを持ち、素晴らしい聖堂を一気に建設。
       その後の変遷により、衰退時期があってもやはり常に繁栄を取り戻し、
       その時代時代の変化に合わせ、ご覧頂いた様に聖堂内部はつぎつぎと改装され、

       正面はロマネスク様式を残しているものの、内部はゴシック、ルネッサンス
       そしてバロック様式と、隙間無くぎっしりと装飾で埋め尽くされたドゥオーモ

       あちこちで様々豪華に装飾された聖堂はたくさん拝見していますが、
       このクレモーナのドゥオーモは、様々な様式の装飾が渾然一体の独特なもの
       という印象を持ちました。
       
       それにしても、街の歴史を読むと、到底頭に入らないほどの変遷でして!
       ヴェネトの歴史などは、大体15世紀にはどこもがヴェネツィア共和国の下に入り、
       18世紀末までの4世紀間を平和の内に過ごしているのとは大違いで!
       
       自由都市、そして教皇派の皇帝派の都市内抗争、ミラノ公国の下に入ると
       今度はスペインの治世下に、そして最後はオーストリアの支配下に。
       ですが、この時のオーストリアの行った税制改革により、中世以来の組合構造が廃止され、
       街は経済的に息を吹き返し、なんぞとあると、へぇ~と思ったり・・。

       そういう様々な激変の中で生き抜いてきて、現在もやはりちょっと特殊な街で、 
       そして経済的に元気な街であるのは、とても良い感じですね。
       



       入り口脇の豪華な礼拝堂の前、たくさん灯された参拝客の蝋燭
       暗い聖堂の中で揺らめく蝋燭の火は、寒い靄の日になおの事、赤く暖かく。
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       我々は翼廊を通り南側の出口から出て、見上げる翼廊の正面
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       そのまま正面に回りましたので、見なかった後陣の後ろ側を。
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       そして広場の南側、ドゥオーモの脇にある洗礼堂に。
       建設は1167年に始まり、1370年に完成した八角形で、
       正式名はサン・ジョヴァンニ・バティスタ・San Giovanni Battista洗礼堂
       入り口には、ドゥオーモと同じに玄関口を支える円柱を背の、2頭のライオン像。
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       そして2面のみ大理石で装飾されているのですが、
       これもドゥオーモと同じ材料、同じ石の色。
       



       高さは34mで、直径は20,5mあるそうで、
       中央に八角形の水槽、泉。
       これはヴェローナの赤い大理石の塊から造ったもので、16世紀、
       頂上にいるのは、復活したキリストの姿像。
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       8面の中央に2本づつ大理石の円柱があり、そこに祭壇や十字架像があり、
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       周囲を囲む2段、2双の窓から光が差し込み、天井の明かり窓に至る煉瓦の傾斜!
       フィレンツェの大聖堂のクーポラが掛かる2世紀前の事で、大変に苦労した様子
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       と、天井の明かり窓の、中央の大天使ガブリエーレの像
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       堂内にあった、セイレーンの像が周囲についた洗礼鉢と、
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       聖ルーカのシンボルの牡牛像
       これはとてもシンプルで美しく、逆にモダンな像の様でもあり、気に入りました。
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       入り口上にあった、木造の聖歌隊席
       入口入ってすぐ脇にある階段から上がる、と云うので、きっと壁の中を通る
       狭い階段が続いているのでしょう。
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       洗礼堂の内部はびっしりとフレスコ画で埋められたのをあれこれ見ているので、
       ついそんなのを想像していたのでしたが、ここのはドゥオーモの内装とは逆に、
       大変シンプルな煉瓦壁でありました。




       夕方予定していた見学を済ませ、ほんの少しの間広場に居た時、
       やっと少し靄が晴れ、青空が見えたのでしたが、

       午前中の人出で賑わっていた市が片付き、本来の美しさを見せてくれたかの様な
       典雅なドゥオーモの姿
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       ドゥオーモから鐘楼に続くロッジャ、テラスの上に諸聖人の像が並びますが、

       その中のひとり、大きな斧を頭に打ち込まれた聖ピエトロ
       ヴァティカンのサン・ピエトロとは違い、殉教者サン・ピエトロと呼ばれる方。
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       これを教えて貰ったのがこのクレモーナの鐘楼に上った時の事で、
       入り口に居た管理のシニョーレに尋ねて知った、という想い出の聖人像。




       サイトで見つけた、クレモーナの街の南を流れるポー河と一緒の写真を。
       かってはもっと近くを流れていた、この河の輸送船の港で賑わったと言い、
       氾濫の際に被害を受けないよう、街の一番の高所にドゥオーモを建設した、というポー河と街。
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       そして、イタリアでは2番めの高さでヨーロッパで壁作りの鐘楼では一番高い、
       この街のシンボル、トラッツォの愛称で呼ばれる鐘楼の夜の眺め、で今回はお終いです。
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       お付き合い、有難うございました! 
       お楽しみ頂けましたように!!

       サン・シジスモンド教会のご案内が残りましたが、またいつかのチャンスに!




     *****

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by italiashiho2 | 2017-03-11 00:45 | ・ミラノと周辺 Milano e - | Comments(0)
2017年 03月 06日

   ・・・ 夜明けのスコミーゴ村 ・ 朝歩き再開 ・・・

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       クレモーナの写真整理がまだですので、ちょっと一息入れ、
       スコミーゴ村の朝焼けの綺麗なのが撮れたので、見てやって下さいね。

       昨年初夏頃から大体週2回、朝6時頃から家の近所を歩いているのですが、
       昨秋9月の末までは何とか頑張ったものの、朝明るくなるのが遅くなり断念、
       それ以降5ヶ月間は午後に歩いておりました。
       が、漸くに朝明るくなるのが徐々に早くなって来るのを見て、
       遂に先週の日曜から朝歩きを再開。

       とは言え、まだ2回めのこの木曜日は6時半に家を出たのですが、
       出かける前に窓の外に素晴らしい朝焼けのバラ色を見、
       急遽コンパクト・カメラを首から下げ、ちょいちょいと撮って来ました。

       最初のは、コンドミニオから出てすぐの、鮮やかなバラ色
        



       即、空の広い方が見たく、いつもとは逆向きに少し歩き、
       雲の多い、広い東の空の、朝焼けの色
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       少し坂道を行くと、スコミーゴ村に現在1軒となったバールがあり、
       既に赤々と電気が灯り営業が始まっておりましたが、

       そこから左に折れ進むと、スコミーゴ村の教会があり、
       朝日にほんのり赤くなった鐘楼
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       急な坂を下り、いつもの道に出てくると、
       西の丘の上の空も、綺麗なバラ色に染まっており
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       長い坂道を上り初めて見える北の山。
       先日の平地での雨は、山ではやはり雪になっていた様子。
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       途中で振り返ると、教会の後ろの空がバラ色に染まっており、
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       南の空は、バラ色、薄い黄色、そして厚い雲のグレイと3色の層に
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       この写真の右手奥に、いつも尻尾を盛大に振って吠えてくれる犬がいるのですが、
       この時間はまだ寝ているのか、まるで顔を出しても呉れず・・!

       先回の戻り道に覗き込むと、なんと庭の端に座ってボ~っとしており、
       手を振ってみてもそのままボ~!
       なんだぁ、と思いつつ通り過ぎると、やっと気が付いたか、
       後ろで吠え始め・・。ははは、怠慢だぁ!




       徐々に明るくなり始め、西の空にまだほんのり残るバラ色
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       北の山並み、ちょうど屏風のように北との境に並ぶ山並みですが、
       山の上を雲が流れ落ちているのが見え
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       丘の上のフォルメニーガの教会。 ひと刷毛したようなバラ色!
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       葡萄畑はもうすっかり、どこもみな剪定され、春の芽吹きを待っています。




       だいぶ進み、北の山並みが広く見える所迄来て、
       まだ雲が山並みに沿って流れているのがあちこちに見え
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       カルページカの教会前まで坂を上り、前庭でちょっと一息。
       中程の丘の上の道沿いにある糸杉の並び
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       日中はこの眺めはずっと順光なので、夏の間この糸杉の並びに気が付いたことがなく、
       秋の霧が出るようになって、奥の丘との間が白く煙り、初めて気が付いたのでしたぁ!




       教会前から見下ろす、西の丘との境の風景
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       そして、丘の道
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       カルページカの教会前が一応の到達点で、ここから引き返しますが、
       
       だいぶ戻ってきた所で見る南の空、晴れて来そう!
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       スコミーゴ村の教会が見えて来て、葉が全て落ちたこの季節に気がついた
       小さな池か灌漑用水。 
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       最後の道筋から見える、オリアーノ村の教会
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       夏、朝歩いて戻る道筋での7時には、まずカルページカの教会の鐘が鳴り始め、
       スコミーゴ村と続き、オリアーノの鐘が少し遠くで鳴っているのが聞こえます。

       そして、あちこちで犬達が鐘の音に合わせて遠吠えするのも聞こえ、
       これを聞きながら歩くのがとても楽しいのです、ははは。




       家の近くまで戻って、広告板をふと見ましたら、
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       左、フェスタ・デッラ・レンガ・ニシンのお祭り
       右、アンティーカ・フィエラ・ディ・ゴーデガ・ゴーデガの古い見本市

       shinkaiは左下のニシンがいっぱい下がっている写真に目を取られ、
       グラン・フリット・ミスト・魚の唐揚げミックス、 パエーリャ、
       セッピエ・イン・ウーミド・イカのスープ煮、 
       ビザータ・イン・ウーミド・鰻のスープ煮(多分トマト・ソース)、
       ブランジーノ・アッラ・ピアストラ・スズキの鉄板焼き 
       などの献立に、気持がオロオロ! ははは。

       Tamai なる土地の名も聞いたことがなく、家に戻って早速検索し、
       我が家からはかなり東のフリウーリ州になることも知って、う~~ん、ちょっと無理かぁ・・。

       
       ゴーデガの方はもっと家に近くなりますが、ここはずっと昔に一度行ったことがあり、
       農機具を主体にした見本市なのを知っています。
       まぁ、人が集まる日と場所には、必ず食い物もありますがぁ、ははは。

       
       と云うような、春の催し告知の始まりでした。

       

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、修道院の壁 一応仕上げ  と、 仮想ローマ巡礼旅の中間報告 を
       アップしています。
       南出麗子さんの春の掛け軸画も追加いたしました。     
       見てやってくださ~い!    




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by italiashiho2 | 2017-03-06 00:44 | ・スコミーゴ村の四季 Scomigo | Comments(5)
2017年 03月 01日

   ・・・ クレモーナ行き  街のご案内ほんの少しの、予告編 ・・・

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       先週水曜に、参加しているグループのバス旅行で
       ロンバルディア州のクレモーナ・Cremonaの街に行ってきました。

       生憎の曇り空、おまけに終日靄と言うか、霧なのか

       上でご覧のように、高速を走る間もすっぽりと霞んだ風景が続きましたが、

       靄の風景は、水彩ブログの方でご覧頂くことにし、


       行程は往復ともこの道筋で、
       ヴェローナ近くのサーヴィス・エリアでの短い休憩を挟み、片道3時間ちょっと。
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       街に到着してもすっぽり靄に包まれ、道も濡れており
       お年寄りが滑って転ぶのも見えたりし、
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       地図をどうぞ
       バスに乗り込んできた土地のガイドさんから、
       では先にサン・シジスモンド教会に行きましょうとの提案で出かけます。
       教会は街の中心から5~6km離れているが、おそらく街で一番美しい教会ですと。
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       我々のバスが到着したのは、赤点を打ったピアッツァ・デッラ・リベルタ・Piazza della Libertàで、
       赤線で囲ったカッテドラーレ・ディ・クレモナ・Cattedrale di Cremonaが街の中心
       上の中央、グレイの線が重なっている所が鉄道駅、ミラノ、ブレーシャからの連絡です。




       ついでにもう一枚、街の中心部の地図もどうぞ。
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       サン・シジスモンド教会からもう一度、ピアッツァ・デッラ・リベルタ広場に戻り、
       歩いて街の中心まで行き、聖堂と洗礼堂・Battistero
       そして市役所聖堂の向かいにあるコムーネ・Comuneを見て、
       一旦お昼の放し飼いの後、
       街の名物トッローネ・ヌガーのお店に行き、そして最後は地図の左下に見える
       ヴァイオリン博物館・Museo del Violinoに。
       

       クレモーナには10年ほど前に一度訪問しており、
       その時の様子はこちらに。  http://italiashio.exblog.jp/5745890/




       サン・シジスモンド教会の前景は、すぐ前にバスが停まったため撮れず、
       サイトから拝借のこれで。
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       この教会は現在ドメニコ会派の女子修道院、それも立ち入り外出禁止の修道院だそうですが、
       元々はサン・シジスモンドに捧げられた古い教会で、

       この教会で1441年10月25日ミラノ公爵ヴィスコンティ家の最後の後継者、
       唯一の女子後継であったビアンカ・マリーア・ヴィスコンティ・Bianca Maria Viscontiが、
       傭兵隊長であったフランチェスコ・スフォルツァ・Francesco Sforzaと結婚したのでした。

       つまりここでミラノ公国はスフォルツァ家のものとなり、
       クレモナの街は、当時は田舎だったのでしょうが、
       ビアンカ・マリーアの婚資としてフランチェスコに捧げられました。

       で、その22年後の1463年に以前の教会は打ち壊され、新しく大きな教会となり、
       1535年以降、北イタリアにおける素晴らしいマニエリズモのフレスコ画で装飾され、
       現在に至っているということで、
       今見る姿の教会で、2人は結婚したのではありませんです。
     
       
       まさに見事なフレスコ画と彫刻の装飾で、全壁面が埋められており
       この教会については、またの機会にご案内するつもりで、今回はほんの予告編を。
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       電気を点けるには、修道院に行き長~~く待たされて許可をもらいお金も払うんだ、
       とのガイドさんの説明で、曇り空、湿気のこもった冷え込む暗~~い教会内・・。
       どんなかご想像下さい! ははは。

      
       クレモナの街、ヴァイオリンの事も映りますので、今回はこれを。

       



       さて再び街に戻り、街の聖堂に向かって歩きますが、

       こんなふうに装飾された家も何軒か見かけ・・。
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       お菓子屋さんの店先。 カルネヴァーレの最後の日々で、
       これはカルネヴァーレの時期の揚げ菓子。
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       古いお屋敷の多い街で見かける美しい門扉は、以前の時も撮っていましたが、
       やはり今回も目につき、
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       道は緩やかな坂道ですが、ガイドさんの説明によると、
       聖堂のある辺りが一番高いのだそうで、緩やかに街全体が上下していて・・。
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       綺麗な門扉、と思って撮ったのでしたが、右に案内板が見えますから、
       何か由緒あるお屋敷なのでしょう。
       グループで出かけると、ちょこっとの寄り道も許されないのが残念!
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       細い脇道を覗き込みつつ・・
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       聖堂前の広場に出てきた所ですが、この日は市の立つ日で賑やか!
       向い側右がコムーネ・市役所で、奥はロッジャ・デイ・ミリーティ・Loggia dei Militi.
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       こちらが、クレモナの聖堂。12世紀からの建設で、完成したのは15世紀。
       装飾は後のバロッコ式にまで及びます。
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       トラッツォと呼ばれる、クレモーナのシンボル的な高い鐘楼
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       同じ広場の南側にある洗礼堂
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       今回は聖堂、洗礼堂共に内部を見学しましたので、改めて別にご案内を。

       実はこの3点の写真は、聖堂の向かい側にあるコムーネの中から写しておりまして、
       この高さからだとちょうど眺めが良いですねぇ。
       お天気でなく、時間もなかったのが残念!




       こちらがコムーネの長い階段の先に見える入り口で、手ブレご容赦!
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       階段を上った左手がこんな広間で、奥にも展示室がありましたが、
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       階段の奥に見えた入り口を入ると、左にこの広間
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       shinkaiは、シニョーラ、ここは写真はダメです、と言われ、隣の部屋の窓から
       聖堂を写した後トイレに行き、こちらの奥の部屋にどうやら市役所が保存している
       ストラディヴァリなどの展示室があった様子なのですが! くやち!
       隣の棟なども覗きに行ったのに仲間が見つからず・・、見逃しましたぁ。
       



       この後、一旦解散で自由にお昼ご飯を。
       shinkaiは、久しぶりに会った写真仲間のジョヴァンニとその奥方と一緒に、      
       ガイドさんが教えてくれた、聖堂脇の道を入った所のセルフ・サーヴィスの店で。

       魚、何の魚だったっけ、スズキかな、トマト・ソース煮と
       野菜のグラタン風、珍しくお水と。 というのも、ビールが見つからなかったので、ははは。
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       この後店を変え、チョコレートのトルタと、これはとても美味しかった!と、オルゾで、
       お腹いっぱいに!

       ジョヴァンニは今度参加しているグループで写真講座を受け持つことになったそうで、
       参加する者の条件に、携帯は消すこと、事前に説明をしっかり読んで、
       その都度の設定の質問はなし、としたと云うので、大笑い!
       というのも、この条件は、写真仲間のジャンナにすべて当てはまる事で、
       ジョヴァンニはいつも同じジャンナの質問、携帯に草臥れていたからなのですね、ははは。




       街のこの日ので見かけた、しっかり積み上げたハム類と!
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       チーズの屋台のあれこれ、美味しそう!!
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       クレモーナの街は世界に有名なストラディヴァリの街、ヴァイオリン制作で有名な街ですが、
   
       これはコムーネの前にあったポスター、ヴァイオリン博物館にお出で下さい
       ストラディヴァリ、アマーティ、グァルネリの最高品がお待ちしています、と。
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       コムーネ脇の展示窓
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       午後はトッローネの店に行き、その後ヴァイオリン博物館に向かいますが、

       コムーネの脇から。 午後になってもまだ靄がかかったまま。
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       通りすがりの細い小路の奥に見える、聖堂の正面
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       小さな広場、通りがかりの道に見かける、リュータイオ・Liutaio・ヴァイオリン等の制作店
       クレモナには150に近い店があるそうで・・。
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       こちらが新しいヴァイオリン博物館
       以前からの建物を改修し、5年ほど前からヴァイオリン博物館としてオープンしたそうで、
       以前は街の中心から駅に向かっての博物館内に有り、その時の様子はこちらに
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       今回は時間が迫っていて、博物館内も十分には見れませんでしたが、
       その分戻ってきてから様々な疑問解決にサイトやYoutubeを見て、
       興味深くとても楽しく、すっかりハマりました!
       また皆さんにも、ストラディヴァリや、ヴァイオリン製作についての話を聞いて頂きますね。




       バスに乗る時間が迫り、聖堂前を通りかかると・・、  ああ、やっとの青空!!
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       が、帰り道はまたまた靄の道で、
       ブレーシャ近くで、ほんの一瞬見えた黄昏の薄いバラ色
   
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by italiashiho2 | 2017-03-01 00:06 | ・ミラノと周辺 Milano e - | Comments(4)