イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 05月 19日

   ・・・ メラーノ行きで食べた旨いものと、 美味しくなかったもの ・・・

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       今週の月曜と火曜に1泊グループ旅行で、南ティロルのメラーノ・Merano と
       その手前にあるラーナ・ディ・ソット・Lana di Sotto
       メラーノから西への谷を辿り、カステッロ・コイラ・Castello Coira
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれているグロレンツァ・Glorenza 
       などを訪ねてきました。

       大変な好天に恵まれ、暑いほどの2日間で、
       初めてのメラーノの街も美しく、13世紀からの古い城も大変興味深く、
       最後の半日を過ごしたメラーノの街近郊の「シシーの庭園」にも満足!

       ですがこの一帯は「イタリア国」ではあるものの、ドイツ語とのバイリンガルで、
       それもバイリンガルとはいうものの圧倒的にドイツ語圏、
       オーストリア文化の元にある事を強く感じた2日間でした。

       大急ぎで、恒例の旨いもの編のみ纏めましたので見てやって下さいね。
       がタイトル通り、ええ、美味しくなかった物もあったのですぅ!

       
       上はメラーノに到着しバスを降り、お昼を食べるべく中心街に向かい
       橋を渡る手前から見た様子。

       今まで見てきた山々よりも高く、雪を頂いたのが背後に迫り、・・おお!!





       地図をどうぞ
       コネリアーノを朝6時に出発し、細い谷の隙間を抜けながらトレント・Trentoまで。
       ここから高速に乗りボルツァーノ・Bolzanoを経て、
       途中でラーナ・Lanaで古い教会の、中央ヨーロッパでは木製祭壇の一番大きいという、
       高さ14m以上、というのを見て、メラーノに。
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       午後に出かけたメラーノから西への地図は次の機会にご覧頂きますね。

       冬、クリスマス前に通った時の道の様子は





       橋を渡ってまっすぐ行った辺りが旧市街になりますが、
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       我らは橋を渡った岸辺の道を右に折れ、 この写真は西向き、
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       ここは長い散歩道になっており、傍らには店が並びますが、
       並木道の下はこんな風に花壇となっていて、様々な花が咲き乱れ、
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       次にバールやレストランなどのテントが並び
       左にちょっと切れていますが、我らはここのブルーノ・Brunoという店に。
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       こちらのグループ旅行では、朝食と夕食はホテルで代金込み、
       昼食は各自が好きな仲間と好きな所で、という放し飼いで、ははは、

       この日もいつもの仲間と一緒で、ジュリアーナとロレダーナは、
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       パスタ・ペンネのルーコラのソース、店のお手製なんですと。
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       ジェノヴェーゼのソースはバジリコで、見た目は似ていてもやはり味が違い、
       こちらの方がちょっとピリッとした感じとでも・・。
       はぁ、味見させてもらいました。





       ジュリアーナ・ミランと、レオナルダ、そしてエレオノーラは、
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       クヌーデル・パンをふやかしたものの中に肉などを混ぜて丸め、
       これは焼いたのかな、にバターがかかっているもの、美味しかったそう。
       これは北の国の料理ですから、やはり本場ものというのかも。
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       それにエレオノーラはポテトの唐揚げを頼み、ロレダーナとshinkaiも一皿を。
       結局とても平らげられずに、皆に助けてもらい・・、ポテトはいつも美味しい!
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       shinkaiは、アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ
       オリーヴ油がものすごくたっぷりで、パスタの量もドイツ的に多かったぁ! 
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       ストゥルーデルに生クリームをのせたのをデザートに、何人かが頼み、
       これも大きなスゥルーデルで、味見させて貰い、美味しかった!
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       アイスクリームとイチゴ、生クリーム。 これはエレオノーラとレオナルダだったかな。
       皆、量が多い!と言いつつ、ちゃんと綺麗に平らげ、ははは。
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       ウェイターのお兄ちゃん、イタリア人が3人か働いていて、それにシニョーラ。
       お勘定を一人ひとり払い、カメラを向けたらニヤッと笑ってくれ。
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       あっちこっちにピーシングしているのが見えますか?
       スカーフを巻く様なお天気ではなかったので、shinkaiの推察では、
       首のあたりにちょっと凄い刺青があるのではないかな、と、へへへ。

       ここでの支払いは、shinkaiがビールの中と、スパゲッティ・アーリオ・オーリオと
       ポテトの唐揚げ、そしてオルゾとで18エウロ位だったと。

       次回またオーストリアとかドイツ圏に行くチャンスがあったら、
       やはり迷わずに店名がイタリア名になっている所に行こうと、
       今回学んだ事の一つで~す。(夕食の部分をお読みになると分かりますです)





       午後は2か所、それもバスで1時間ほどの所を見学し、
       宿に戻ったのが8時前で、即、手だけ洗って夕食。

       陽が長いので、食堂の窓から見える高山の頭だけ、まだ陽が当たり・・
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       これは翌朝に撮ったホテルの写真で、創業が120年とか言ったかな、
       ですから建て直ししたのでしょう、内部も部屋も綺麗で新しかったです。
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       メラーノはホテルが満杯で団体は無理で、メラーノから西に30分弱の
       ナトゥールノ・Naturnoという小さな町でした。
       町の名はイタリア語ですが、朝食前に散歩がてらカメラをもって歩きましたら、
       出会う人や通学の子供たちが掛けてくれる挨拶が皆ドイツ語!で・・。





       で、ここの夕食が、上のタイトル通り、美味しくなかったのですよねぇ!!ははは。

       肉食人達に出たのは、まずラザーニャ
       前に座っていたジャンナに「美味しい?」と聞くと、「マ、・・インソンマ・まぁね」
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       そして、肉の焼いたのと、ジャガイモとトマトのグリル
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       これは何の肉? 豚肉だろうね、という言葉があちこちで交わされ、ははは、
       2切れ全部食べた人はわずかで、量は多いけれども美味しくなかったのでしょう。





       そしてベジェタリアンには、ペンネのトマト・ソース
       このトマト・ソースが全く、缶詰を開けてそのまま上からかけたのか、というお味でして、
       缶詰トマトが悪いというのでなく、ちっとも手をかけていない感じの味なんすよぉ。
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       そしてそして、大きなお皿に茹で野菜と、チーズ
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       この茹で野菜がです、まったくお湯の中に放り込んだだけ、みたいに、
       味もそっけもない味でして、はぁ。

       どうやったら美味しく食べれられるか、という事を一つも考えていない味ね、
       と言ったら、ジュリアーナが、まったく!と同意を。

       オリーヴ・オイルをかけ、塩胡椒して半分ほど食べましたが、う~~ん、もう!
       本当の生野菜を茹でたのなら、も少し野菜本来の味もあるでしょうにねぇ。


       そして一番皆が驚いたのは、飲み物、単にビールやワインだけでなく、
       水までも注文することで、

       水1Lが4,4エウロ、shinkaiが頼んだビールの小は4エウロでしたぁ!

       今までイタリア圏で、・・はい、ここもイタリアではあるのですが、
       グループ旅行ではワインは頼まずとも最初からテーブルに、カラフか壜で白、赤共に出ており、
       不足だと黙っていても追加してくれ、水代も勿論払った事なし!

       そういえばと思いだしたインスブルックの宿は、水は出ていましたが、
       ワインは注文でしたっけ。

       イタリアが良い!!とshinkaiが言うと、皆が笑いながら同意したのは勿論でしたねぇ、ははは。





       デザートはパンナコッタ、の小さいやつ、ははは。
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       これで部屋が狭かったり古かったりだと、もひとつ文句が出たでしょうが、
       有難い事に部屋は広く綺麗で、ベッドも大きく、
       毛布ではなく、インスブルックのホテルの様に、夏蒲団ほどの厚さのダウン1枚。
       そして、ヴィデが無かった!       
       やはり文化圏の違いを感じましたです。

       インスブルックのホテルの食事、部屋事情など





       翌朝6時に目覚ましで目が覚め、ベランダから見ると、
       ちょうど朝日が山に射している所で、月も
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       顔を洗い、朝食前にカメラをもって散歩がてらに出かけます。

       我らのホテルの斜め前に、こんな古いタイプのホテルがあり、
       こんなだと、泊まってみるのも興味深いでしょうに・・。
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       1時間近く近所を歩きましたが、普通の田舎町とはいえ、
       やはりいつもとは古さの感じ、町並みの様子も違い興味深かったので、
       また次回にでもご案内いたしますね。

       宿に戻ってくると、もう朝食の時間が始まっていて、各自てんでに。
       で、shinkaiのはこれ
       たくさんハムやソーセージ類が並んでおりましたが・・。
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       9時出発で、少し早めにバスに乗り込み、あれこれ喋っている時に、
       2席前のレオナルダが振り返った顔を見て大笑い!!
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       きゃはは、6つ目だぁ!というと、前の席のエレオノーラが、オット!・8つ!と訂正。
       なぜかというと、彼女はコンタクトをはめているんですと、ははは。

       今回は参加者がいつもよりも少なめで38人だったそうで、
       お陰でとてもゆっくり感があり、いつもこうだと良いね、と、ははは。

       38名だと、バスはゆっくりですが、それでも見学するには多く、
       最高35名くらい、出来たら20名だとね、と後ろの席で言いたい放題!





       メラーノの街に到着、3時間以上をガイドさんと共に周り、

       その後バスで郊外の「シシーの庭園」、オーストリア帝国の最後の皇帝妃
       エリザベス(シシー)のお気に入りだった、7か月間ほども住んでいた城もある、
       庭園に到着、午後の5時まで解散。
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       道を挟んでこちら側に入口、駐車場があり、
       ここから高架橋を渡り、大庭園に。





       レストランと、バール・スナックがあり、我らはちょうど中央に見える白い屋根の
       バール・スナックでお昼を。
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       ブルスケッタを何人か。 トマトにバルサミコ酢がかかっているとジュリアーナが。
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       ジュリアーナ・ミランは、アスパラとスペックのニョッキ
       隣に座っていたshinkaiにスペックの匂いが届くほどで、美味しかったと!
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       shinkaiは、モッツァレッラのカプレーゼとビールの小を。
       暑い日には、こんなのが美味しい!
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       何人かが頼んだジェラートと果物の盛り合わせ
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       この後山肌に沿って広がる大庭園を、上まで上ったり下ったり歩き回り
       しっかり大晴天と種々数々の花の盛りを、香りを楽しみ、
       まだ明るい8時半前に我が町コネリアーノに戻ってきたのでした。





       いやぁ、メラーノのあの抜けるような青空の下
       木陰のテントの下で食べたお昼は、きっと、ずっと忘れないでしょうね!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、マントヴァ 描き始めと、 メラーノ・南ティロルへの道 その1 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-19 23:31 | ・旨いもの!Buono! | Comments(4)
2017年 05月 14日

   ・・・ ヴェネツィアの新名所 ・ コンタリーニ・デル・ボーヴォロ の階段 ・・・

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       先週水曜午後にヴェネツィア・メストレに出かける用があり、
       天気予報を見ると朝は曇り、午後から晴れると。
       用が済んだら即家に戻りたい、朝8時前だとまだ駅裏の駐車場が空いている、
       などなど条件をあれこれ考えつつ、
       なにかヴェネツィアで展覧会の良いのがあったら出かけよう!

       と考え見たサイトはこちらで、  http://www.veneziatoday.it/eventi/
       されているというのです!!

       ならば少し曇り空でも朝一番に出かけ、10時からの開館で上って見て、
       ついでにサン・マルコ広場の様子も見て、とたちまち計画完了。

       翌朝は7時半の電車に乗り、8時半にはすでにヴェネツィア歩き開始で、
       ちょうど9時55分にコンタリーニ・デル・ボーヴォロの前に。


       そうです、コンタリーニ邸の名前はご存じなくとも、上の写真をご覧になると
       ああ、あれ、とご存知の方はたくさんおられると思いますが、はい、あれ。





       コンタリーニ・デル・ボーヴォロ邸はどこにあるか、地図をどうぞ
       リアルト橋から西に、運河で切れる手前の小路を南に入っていくと、
       カンポ・マニン・Campo Maninの広場に出ますから、
       広場の南側真ん中あたりの小路を入っていき、突き当りを左に、
       そして案内が見える小路を右に。 分かりやすいと思います。
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       地図には、リアルト橋南、元のドイツ商館の上階のテラスから見晴らしも出来る場所と、
       今回のコンタリーニ・デル・ボーヴォロの場所、
       そしてサン・マルコ聖堂の位置と、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂にも印を。

       コンタリーニ・デル・ボーヴォロからサン・マルコ聖堂の位置は、
       正面側を北西から見る、というのにご留意を。





       こちらがカンポ・マニンで、私の居る位置の左に、南に入る小路があり、
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       もう一つの小路を入り込んできた所が、ここ。
       右側に邸宅があり、左に建物の各階を連絡するエレガントならせん階段があり、
       コンタリーニ・デル・ボーヴォロのボーヴォロ・bovoloはカタツムリ、らせんの意。
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       以前来た時は無かった看板が出ており、
         ヴェネツィアの隠れた宝石 コンタリーニ・デル・ボーヴォロの階段
         開館は、毎日10時から13時30分  14時から18時
         入場料は私めシニアで、確か6エウロだったと。
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       暫く前に修復が済んでいたのが、漸くに今年の1月末から公開されているそうで、
       現在サイトには、今年2017年12月31日まで公開、との事。





       柵が開かれ、入り口に。 切符売り場は右に入った所の事務所に。
       この日はshinkaiがトップで、ははは。 
       同じ時間帯には10名足らずで、写真には珍しく!誰も写っていませんです。
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       さて、勇んで階段を上り始め!
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       くるくると回りながら上ります
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       天井部は、上の階段の裏側という訳で、こんな様子。
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       3階辺りで見えた、サン・マルコの鐘楼!  おお、見えたぁ!!
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       階は5階までで、4階から見上げる天井部は丸く木組みが見え、
       真ん中に1874.REST. この年に修復された、という意味かな?
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       はい、この木組は1874年のものだそうなので、その前は無かったのかも・・。
       

       コンタリーニ家・Contarini家というのは、ヴェネツィア貴族の中でも古く著名な家柄で、
       最初の記録に残る家系の最初は853年と言い、
       千年を超す歴史の中、全部で120代のヴェネツィアのドージェに8名が選出されており、

       様々な分枝がある中で、ここのコンタリーニ家は少なくとも13世紀に名の出てくる
       サン・パテルニアン・San Paternianの家系だそうで、
       
       15世紀の末、ピエトロ・コンタリーニがこの14~15世紀からあった住居に、
       この特徴的な外階段とロッジャを付けたことにより、

       コンタリーニ・デル・ボーヴォロ・カタツムリのコンタリーニ、という呼び名が付いたのだそう!





       4階から5階には、この狭い直線階段を上り、
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       現在のこの階段は19世紀に、という事は4階の、展望台の下の木組みと
       同時の改装だったのかも。





       表側の細い開けた通路を通り
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       先っちょの開けた展望台部分に!
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       サン・マルコの鐘楼も、このように!
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       展望台の真ん中に展示のもの、パッと見に、ドージェ・ヴェネツィア総督 の帽子?
       と思って近寄りましたら、
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       なんと、絵付けされた便器でありましたぁ! ははは。
       ちょうど今、3階の本館の方で、何とか言う方の、ははは、コラージュと絵の展示会があり、
       どうやらその人の作品らしいと見当をつけましたが、・・こういうのもアート?!
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       さて、展望台からの眺めを!
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       と言いつつ、これは通路からですが、下の広場と内庭、入り口辺り
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       近くの古い家並、屋根の色も壁も趣あるのが見え
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       手前の屋根上に3つの明り取りのある教会は、サン・サルヴァトール・San Salvator.
       その右奥にちょっと正面と丸いドゥオモが見えるのが、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ
       一番右端、中華鍋で少し隠れているのが、サンタ・マリーア・フォルモーザの鐘楼。
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       お天気が良いと、こちらからは奥にヴェネト平野の奥から
       フリウリに広がる高山の山並みも見えると。




       今改めて比べてみると、サン・マルコの鐘楼、聖堂なども建物の屋根越しに見える高さは
       ほぼ同じ様子ですが、
       こちらは大運河の眺めが見えない代わりに、サン・マルコにぐんと近くなり、

       聖堂、鐘楼の眺めがこんな様子
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       鐘楼を、グングングンとアップしますと
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       ほらね、展望台に上っている人々も
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       塔の頂上、百合の花を持つ大天使ガブリエレも
       この像は風見になっていて、クルクルと回ります。       
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       漸くに、少し薄日が射してきて、

       聖堂の正面、入口の一番上のサン・マルコ像、その下のライオンも見え、
       左には、時計塔の上のムーア人2人も!
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       そして、鐘楼の右横には(左横にも)、ドゥカーレ宮の壁まで見え! 
       南側の壁真ん中の、裁きの女神像も!! 
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       パラッツォ・ドゥカーレ宮のご案内 1~4
       http://italiashio.exblog.jp/14795419/  





       少し離れて、写真の中では右に、
       サン・マルコの運河越しの、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の鐘楼の上も!
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       展望台にも陽が射し、お日様に当たると本当に暖かく!
       でも雲が多く、またすぐ隠れたりで・・。
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       南には、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂の大クーポラ!
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       西には、サント・ステーファノ教会の傾いた鐘楼!
       う~ん、だいぶ傾いていますねぇ・・。
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       鐘楼が傾くのは何も「ピサの斜塔」のみではありませんで、
       この近くではブラーノ島の教会鐘楼もかなり傾いていますし、
       ・・我が隣村のオリアーノの鐘楼も少しね。

       こちらにサント・ステーファノ教会、鐘楼について
       




       ああ、もうちょっと早く陽が射してくれたら良かったのになぁ、と思いつつ下り、
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       ヴェネツィア共和国の旗を出しているお家の窓を眺め、
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       3階まで下ったところで、奥の本館側の扉が開いており、覗くと、
       展示会場になっていて、 展示は見たものの、はぁ、私のタイプではありませんで、ははは、

       これは壁にあった古いフレスコ画
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       細長い部屋の奥の壁、これはドゥカーレ宮のマッジョール・コンシーリオ大広間にある
       ティントレット作の大壁画「天国」 世界一大きな油彩壁画22mx7,5m 1558~1592年
       の、下絵なんだそう。
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       下の写真は少し明るめにしましたが、とにかく彼の絵は余りにも暗くて、ゴテゴテで、
       いくら素晴らしい絵であると聞いても読んでも、注意して見た事がありませんで・・、失礼をば。





       ここで漸くに、階段の塔と、こちら本館とを繋ぐ構造にも目が行き、はは、
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       ちょうど説明文の掲示もあったのを写して置き、読みましたら、

       階段構造の真ん中を一直線に通る石は、イーストゥリア・Istria、スロヴェニアの石で、
       26mの1本の石なんだそうで、
       これに階段の踏み石というのか、階段がはめ込まれ、鉛で固定されているのだそう。
       へへ、周囲の景色にのみ気が取られ、所々で、うん、鋲で留めている、とは思ったのですが・・。

       4階部分で天井の木組みの写真の右側に見えるのが、円柱の一番上部で、
       ここでは飾りが施され、細くなっておりました。





       そしてここにのみ残っていたフレスコ画なのですが、
       どうやら最初は階段内部にも外側にも、全部フレスコ画の装飾があったと!
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       だとすると、それは大変に人目を惹いたでしょうし、評判をとり、
       庶民の話のタネにもなり、即、あのカタツムリ階段のコンタリーニ、となったのでしょう!





       という事で、前庭に置かれている井桁のコレクションと、
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       私の好きな細かい柄の井桁と、あの入り口の細い小路の女性を撮った写真を
       どこかに載せたはず、とあれこれ探し回り、ははは、やっと見つけました。
       お暇な方、どうぞ!





       こちらが階段部分の一番下、1階部分
       階段の中心の円柱は、下の白い石の上から始まっているのが見えます。
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       という事で、ヴェネツィアの新名所、
       コンタリーニ・デル・ボーヴォロのカタツムリ階段のご案内でした
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       開館は今年1年間という事ですので、
       今年ヴェネツィアにお出かけの方、高上りがお好きの方、はは、是非どうぞ!

       リアルト橋横の元ドイツ商館のテラスは無料ですが、
       こちらはも少し近くからサン・マルコ聖堂や、デッラ・サルーテが見えますで~す。

       



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログは、今回はパスさせてやって下さ~い。
          新しいのを描き出しているのですが、やっとペンでの下描きが済んだ所でして・・。
          次回には見て頂けるよう、頑張りま~~す!
          




     *****        
       
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by italiashiho2 | 2017-05-14 22:51 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(4)
2017年 05月 09日

   ・・・ ヴィッラ・ピサーニ  ・ リビエーラ・ブレンタの、ヴィッラの女王 ・・・

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       先々回に見て頂いたヴェネト州のリビエーラ・ブレンタ・ブレンタ川沿いの
       大小さまざまなヴィッラ・邸宅の内でも、

       とりわけ素晴らしく美しく、そして壮大なヴィッラ・ピサーニ・Villa Pisani.
       ヴェネト州に点在する数多くのヴィッラの内でも
       「ヴィッラの女王」と呼ばれ、現在は国立博物館、のご案内を。

       ピサーニ家はヴェネツィア貴族の内でも大変に裕福な家柄で、
       分枝もいくつかですので、ヴィッラ・ピサーニというのはいくつもあり、
       ですからここのは、ヴィッラ・ピサーニ・ストラ・Straと呼ばれます。


       上は、上空からの素晴らしい写真を見つけましたが、

       前を流れるブレンタ川が、余りにも綺麗に半円を作っているのを見て、
       これはきっとヴィッラを造る際に川の流れ、河岸も整備した物と・・。





       駐車場は屋敷の敷地東側にあり、
       ず~~っと続く塀沿いを、所々の切れ目から中を覗きつつ歩き、
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       屋敷脇の門、東側
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       ヴィッラ・ピサーニ前の、敷地の芝生の切れ目を走る道路と
       ガード・レールの向こうはブレンタ川が流れ、そして向こう岸に庶民の家並、ははは。
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       ブレンタ川をやって来ての到着は、こんな具合にね。
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       正面からの横に長い姿を撮ろうと、精いっぱい道まで下がったのですが、
       望遠の18㎜でも全部が入らず・・!
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       正面部、ズーム・アップと、屋根の頂上の彫像
       壮麗にして華麗!
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       横に広がる翼部分の屋根の上。  
       余りにもたくさん像がありすぎて、撮る意欲が無くなります・・。
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       入口、そして脇の大彫像4体
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       入口の彫像の脇、左右にある装飾。 これは向かって左のもの。
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       正面入り口から入って突き抜けると、中央部の通りを挟み、
       左右に内庭が広がり、
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       通路にずらっと並ぶ様々な彫像。
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       こちらが、このヴィッラを造ったアルヴィーゼ・ピサーニ・Alvise Pisani(1664-1741)
       第114代のヴェネツィア共和国のドージェ(総督)1735年1月17日より。
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       ドージェの選出選挙にはアルヴィーゼはすでに2度立候補しており、
       3回目のこの時は巨額金を立候補しそうな41名に配ったそうで、
       立候補は彼1名、めでたく満場一致の選出だったそう!

       ドージェ時代には、すでに退廃色の濃い当時のドージェ達に習い、
       祭りの際の華やかさにより手配を配るタイプの務めぶりだったようですが、
       幸いに外交的にも大事がなく、つつがなく。
       1741年5月疲れを癒すための別荘行きにゴンドラに乗り込んだ所で気分が悪くなり、
       ドージェのアパートに運び込まれ、6月17日に他界。

       ピサーニ家は、確かな事は分からないのだそうですが、トスカーナはピサの
       長官であったバッシ伯爵家・Conti Bassiの子孫といい、
       ヴェネツィアにやって来たのが804年とも905年とも、で、
       ピサーニという出身地を表す姓を名乗ったと。

       商人、銀行家であり、そして傭兵隊長として、のちには宗教面においても
       外交官としてもヴェネツィア共和国内の中枢を占める位置で働き、
       大変に裕福で著名な貴族になったと。

       時代を経ていくつかの分枝になりますが、その中でも一番が
       ヴェネツィアのサント・ステーファノにある家系で、
       ドージェになり、このヴィッラを造ったのは、この家系のアルヴィーゼ。





       内庭を囲む建物の2階部分の壁のフレスコ画は様々な人物像ですが、
       画家はジャンバッティスタ・ティエポロ・Gianbattista Tiepolo.
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       この、なんとも勇壮で、達者な筆使い!





       全体の様子はこんな感じで、本館が1、それに向き合う形の奥15は厩舎、
       有名な植え込みで作られた迷路は3、右奥にはカフェも、11。
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       現在国の博物館になっているこのヴィッラは、1721年に建設が始まったもので、
       設計建築がジェローラモ・フリジメーリカ・Gerolamo Frigimelica、
       総面積は15平米、

       部屋数は建設当初114室、というのもヴェネツィア共和国の114代ドージェ
       を祝ったものだったそうですが、現在は168室と。

       最初の設計家フリジメーリカが1732年に亡くなり、当初はパドヴァ一帯の
       農地の管理と住居というイメージが主体だったのが、
       この後アルヴィーゼの夢はより壮大なものとなり、建築家も変わり、
       すべての建設終了は1756年、彼の没後。


       ガイド付きでも、個人でも見学できますが、いずれも2階の貴族住居部で、
       2度訪問していて写真禁止なのを、2枚だけ内緒で撮っていまして、




       奥が舞踏室、を撮っており
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       有名な、建物の中央にある豪華絢爛の舞踏室。
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       天井画はティエポロ作の、「ピサーニ家の栄光」
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       他にもたくさんの美しい部屋があり、装飾はティエポロの他にも数名の名が挙がり、
       単なる美しい住居以上に、常に王のスタイルを模すのに拘ったアルヴィーゼで、

       余りにも壮大になり建築費がかかりすぎ、一家の経済に深刻な問題を及ぼした、
       というのがちょっと可笑しくもありですが、


       1797年ナポレオンによりヴェネツィア共和国が崩壊したのち、

       このヴィッラは1807年7月にナポレオンに、1,901,000ヴェネト・リーレで買い取られ、
       暫くここに居住を。
       う~ん、ヴェネト・リーラというのはどの程度の価値でしょうか? 


       という事で、これがナポレオンの寝室とベッド
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       立派な天蓋付きではありますが、今と比して小さめのベッドですし、
       マットレスも今の方が格段に寝心地が良いであろうと思われるもので・・!





       そしてナポレオンの後、彼の妻ジョセフィーヌの連れ子であったウジェーヌ・ボアルネ
       イタリア王国の副王であったそうで、とその妻の住居となり、
       ヴィッラのかなりの部分が、新しい皇帝趣味に替えられたそう。

       1814年ヴィッラの持ち主はオーストリアのハプスブルグ家に代わり、
       王室の別荘でもあり、またヨーロッパ各国の王侯貴族を迎える場所となり、
       スペインのカルロ4世、ロシア皇帝アレッサンドロ1世、両シチーリア王フェルディナンド2世
       などが訪問しているそう。

       後に漸く、はは、1866年ヴェネトがイタリア国に併合され、
       ヴィッラ・ピサーニは国有となり、1884年に博物館になりますが、

       1934年には最初の公的なヒットラーとムッソリーニの会合の場にも。

       という事で、以下のサイトで見つけた写真は、当初のヴィッラとはいささか
       趣も設えも変わっていることをご承知の上、ご覧下さいね。
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       イタリアであちこちかっての大きな邸宅、城、王宮などを見ていて気が付くのですが、
       廊下は必ず、大概、部屋の外側に一直線に通っており
       部屋の端を通り抜けながら隣の部屋に、という様子なのですね。
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       余りプライヴァシーはなかったのではないかと気になりますが、
       そういう感じの廊下を一枚撮っておりまして、見える脚は管理の方。


       ヴェネトのヴィッラのいくつかを
 
       ラ・ロトンダ訪問

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ

       ヴィッラ・バールバロ・ディ・マゼール
       http://italiashio.exblog.jp/9337470/ 

       ヴィッラ・エモ
       http://italiashio.exblog.jp/18796424/  
      
       ヴィッラ・コルデッリーナ
       http://italiashio.exblog.jp/20373976/  





       庭園の眺めは上から撮れまして、庭越しの厩舎の眺め
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       この庭園は、フランスのヴェルサイユ宮殿を模したフランス式をヴェネト風にしたものだそうで、
       向かって左にみえるこんもりした林は、ナポレオン時代にイギリス式庭園風に増やされたものと。

       細長く続く池は、20世紀初めにパドヴァ大学が水の研究で掘ったものだそうで、
       でもちょうど良い眺めになっていませんか? はは。

       手前側の楕円部分には、水連が花を咲かせます。





       それにしても、これが厩舎とはねぇ! 
       まぁ、高級車のガレージと運転手の住まいだった、と考えると納得ですが・・。
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       庭園側からの建物の眺め。 屋根の上の像以外はすっきりのデザイン。
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       この庭園は2008年に、イタリアで一番美しい公園に選ばれたこともあるそうで、
       西側のこんもりとした林に対し、東側にはハプスグルグ家の当時に植物園式が取り入れられ、
       ゆったりとした散策が楽しめるように。
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       植木による迷宮・ラビリントは、こちらでご案内を。




       黒歌鳥メルロ。 どこにでもいて、本当に良い声で歌います。
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       これはバラのトンネルだったかな、他には藤のトンネルもあったと。
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       庭園のあちらこちらに彫像がおかれ、隠れ
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       右奥のカフェ・ハウス近くには、あれこれの設備もあり
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       こちらは氷室。 夏は涼しい空気が下から吹き上げたそうで、優雅!
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       大木がうっそうと茂る部分もあり、根元は苔むすほど
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       今回の写真は5月の初めの暑い日だったのですが、
       木漏れ日のこんな光、広い庭はとても心地よい、素晴らしいものでした!
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       軒下のこんな顔や、灯に送られ、ヴィッラに別れを告げ、
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       駐車場に着いたところで、結婚式のカップルに
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       花婿は2度目の結婚で、すでに小学校高年の息子がおり、
       若く美人の花嫁は東欧女性の様で、既にお腹が少し大きく!
       撮った写真を後日送りましたら、お礼のメールが届きましたっけ。
       今も、今後も、どうぞお幸せに!!




     *****

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by italiashiho2 | 2017-05-09 21:07 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2017年 05月 04日

   ・・・ トゥレヴィーゾ行き ・ 日本展と、パラッツォ・デイ・トゥレチェント ・・・

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       5月1日メーデーの日、日本のゴールデン・ウィークに比べるとささやかですが、
       ははは、こちらは30日日曜に続いての連休となり、
       仲間とトゥレヴィーゾに出かけてきました。

       トゥレヴィーゾには3月に印象派絵画展を見に出かけたばかりですが、
       「花咲く日本展」というのが開かれていて、浮世絵が見れるらしいから行こう、
       という仲間のお誘いで。

       浮世絵もかなりの数の展示で、着物や帯、履物の展示もあり、
       その都度の仲間の質問に答える形で、皆満足の展覧会見学で、
       shinkaiも一応の責任を果たせて、ほっと。

       がそれよりも今回は、展覧会の後偶然に開いているのを初めてみた、はい、本当に!
       街の中心ピアッツァ・デイ・シニョーリにあるパラッツォ・デイ・トゥレチェントの扉、
       そして内部も初めて見ることが出来ましたので、その様子をご案内いたしますね。

       
       上は、中心街の細い小路を彩る三色旗





       先回のトゥレヴィーゾ行きは曇り空で残念だったのですが、

       今回は駅前から少し行って出会うシーレ河・Sile
        -先日はオアジ・チェルヴァーラで見て頂いたシーレ河が街中を流れます、
       にも綺麗に映りこむ風景。
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       朝まだ9時頃の到着でしたので、朝日が斜めに射し込み
       人通りが殆どない道を中心に向かい、
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       途中の広場で出会う銅像のこの方は、マリーオ・デル・モナコ・Mario del Monaco.
       (1519-1982) 「アイーダ」のラダメスの衣装でしょう。
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       若い方はともかく、オペラ好きな方ならご存知ですよね?!
       輝かしく重くドラマチックな素晴らしい声量の持ち主で、容姿も素晴らしく
       戦後のイタリア50年代60年代を代表するテノール歌手でした。

       彼は晩年をトゥレヴィーゾの北、ヴィッロルバ・Villorbaの彼の別荘で過ごしており、
       亡くなったのはメストレですので、その関係で彼の像がここに、と。

       生まれはガエータとか、フィレンツェとかいろいろ説があるのですが、
       ヴィッロルバというのもあり、晩年住んでいた事から考えると、
       両親がここの生まれで、住んでおられたのではないかと・・。

       第3回目のイタリア・オペラ日本公演1961年で来日し、
       その時に聞いた「道化師」の彼の声は素晴らしく、驚き、
       またプッチーニの「西部の娘」などshinkaiにとってはまさにオペラの洗礼でしたし、
       ・・「西部の娘」は後に見て、別の感想を持ちましたが、
       まぁ、当時は純真な高校生でして、ははは。
        
       こちらに来て後、サン・レモ音楽祭で彼が歌った「こんなにも大きな愛・Un amore così grande
       もTVで見て感激したことをよく覚えております。

       Youtubeで見つけましたので、どうぞ





       街の中心、印象派絵画展を見たサンタ・カテリーナ博物館へ行くよりも
       少し手前で左に曲がり
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       斜めに入り込むと、右手の奥に見えるのが今回の展覧会場
       カ・デイ・カッラレージ・Ca' dei Carraresi.
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       カ・デイ・カッラレージというのは、カッラーラ家の家という意味で、
       パドヴァの領主であったカッラーラ家がトゥレヴィーゾを領有した1384~88年代にも
       関係しているのでしょうが、

       博物館のサイトによると、それ以前の1354年当時の記録によると、
       ここは街中でもかなり有名なオステリーア・アッラ・クローチェ・Osteria alla Croce
       という食堂、宿であったそうで、

       北からの旅人や商人、ドイツやオーストリア、そしてフリウリを通ってハンガリアからの
       旅人がここで食べ休みしていたのだそうで、
       初代からの持ち主が変わって後の1396年まで大変繁盛していたのだそう。

       カッラーラ家の紋章、4つの輪が繋がった荷車を上から見た様子、は
       正面の壁にあったのが、上から塗られて消された形になっていたそうですが、
       内部に残るフレスコ画には、いくらか面影をしのべるものがあるそうで、

       という事で、ここは一時カッラーラ家の私的な住居でもあった様子。





       隣の、今はカフェになっている建物、これは元々教会ではなかったと言う様な・・。
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       これは美術館北側の運河沿いの眺め。 
       右に切れて見えるポスターは今ちょうどフランシス・ベーコン展もしており、     
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       この日は5月1日の祭日、月曜にあたり、月曜休館か特別開館か、
       はたまた9時開館か、それとも10時か、
       どのサイトを見ても皆好き勝手なことを書いており、イタリア式、はい、
       電話をして開館は確実、と確かめて出かけたのでしたが、

       9時頃に到着したものの、やはり10時開館で、
       運河沿いのカフェで時間を稼ぐ間に、
       お天気が良く、新緑が見事だったので、shinkaiはちょっと近所を。

       すぐそばの水車はゆっくりと回っており
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       運河にしだれる柳の新緑、朝の陽に浮き出る橋
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       という事で展覧会はゆっくりしっかり楽しみまして、

       北斎の「波越しの富士」は再び、「下界は雨、稲妻光る富士」は今回初めて、
       先回もいくつか見た広重の東海道の宿場の何枚か、
       
       ですが、今回の出品作の方が格段に作品の保存が良く、
       浮世絵の摺師の手腕も良く分かり、感嘆しましたし、

       日本語が何とか読めるshinkaiは、ははは、描き込んである場所や名所の説明も出来、
       仲間たちも大いに楽しんだ様子で良かったです。


       
       という事で、どこかで軽いお昼にしよう前に行ったあそこは?という事で、

       古い建物の見える細い小路を抜け
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       パラッツォ・デイ・トゥレチェントの北側に出てきて、       
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       手前の家並の並びを入った所の小さなオステリーアで、あれこれお任せのパニーノを
       お昼の様子は、絵のブログの方に。





       さて、このパラッツォ・デイ・トゥレチェント・13世紀の館ですが、
       街の中心ピアッツァ・デイ・シニョーリに位置し、右に見えるのがそれで、
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       これが東側からの眺めと、上の広間への階段
       ご覧の様に、壁に筋が見え、煉瓦の色も違う事にご留意を。
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       お昼を済ませ、どこかでカフェを、と裏側の広場に出てきましたら、
       階段上の扉が開いているのが見え
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       あっ、あ、開いているよ! というと、行っておいで、とエレオノーラが言うので、
       まだ出てこない仲間を残し先に階段を上りまして、ははは、
       まぁ、後からは仲間が全部上ってきましたが・・。

       何せ、来伊以来26年めにして、初めて扉が開いているのを見たのです!!
       こんなチャンスを逃す手はありませんよね?! もちろん!





       入口から見た様子
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       正面部。  ここは市議会場でもありますので、北側半分がその会場に、
       そしてこの部分にフレスコ画がしっかり残っております。
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       こちらが東側、階段からの入り口
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       中央には、大きな書見台
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       ちょうど南半分の真ん中で、こんな作品の展覧会が開催中で
       5月1日の祭日だったので、ここも開いていたという事で、幸運でした!
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       壁にこのようなパネルが3枚あり、このパラッツォの歴史変遷を説明しておりましたが、
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       肝心の真ん中の写真が、なんとPCの不手際で開けなくなり・・! くそめぇ。
       まぁ、資料は他にも見つけましたので、何とか大丈夫。





       最初の東側からの写真で見えた、建物の傷の線ですが、

       こちらがウィキから拝借の、1944年4月7日の爆撃でやられたパラッツォの様子
       はい、ちょうど屋根からズドンとやられたそう。
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       ここは12世紀の終わりに建設され初め、様々な組織の集会所であり、
       近くに監獄も備えたのが完成したのが1268年。

       市民の政治行政の中心であったこの建物の周囲にはたくさんの店も集まり、
       1546年には建物の下、ロッジャの部分だけでも44軒の店があり、
       これらは5年毎に市から賃貸の形で、どんどん増えていったのだそう。

       確かにトゥレヴィーゾの街は12~13世紀に大変な繁栄を遂げたのだそうで、
       13世紀にはグエルフィ(教皇派)とギベッリーニ(皇帝派)の争いもあり、
       近隣領主エッツェリーニ、コッラルト、ダ・カミーノ、スカリージェリ、の領有もありましたが、

       1339年に自らヴェネツィア共和国の元に下り
       その後一時的にオーストリア、そしてダ・カッラーラの下にあったものの、
      
       1388年以降は1797年まで400年間の平和と繁栄を享受、という街。

       現在も地元経済が大変に元気なのを感じる街の空気です。


       
       で、このパラッツォは16世紀半ばに改装された様子ですが、
       19世紀から20世紀にかけ大きな改修が行われ、

       現在見る東側の大階段も、最初は建物西にあったのが東に移され、
       それも両側から連絡していたのが北側からだけに減らされ、
       建物の西側に残っていた急傾斜の階段も取り外され、
       今見る形に近い形だったそう。

       で爆撃の後、全部を建て直さなければいけないかと心配されたのが、
       なんとか修復できるという見極めで、修復不全の壁は取り壊し、
       幸運にも以前の古い北側部分が残っているのだそう。

       ただ現在見る南と北面の尖がった形は、この時に決められたもので、
       周囲のレース飾り、煉瓦の小さな一連の尖がりも、この時のものと。





       という事で、フレスコ画の様子をどうぞ

       ぐるっと周囲を囲む紋章と、その下の名、年は、14~15世紀にかけての
       ポデスタ・執政長官の名と家紋で、
       一番上の部分にも、様々な物語の主題が描かれているのが見えます。
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       北正面のフレスコ画装飾、まず左脇から
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       正面左
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       正面中央、聖母子の脇にいるのは、左にサン・ピエトロ、
       右の旗を持ったのがサン・リベラーレと。
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       聖母の顔が、ねぇ、残念・・。





       正面右側。  
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       フレスコ画は16世紀後半のものとみられ、
       左側共に円柱の間に描かれた4女性は4つの主要な徳を表しており、
       知恵、勇気、節度、正義なんですって。  ご存知でした?  

       騙し絵的な影が背後に付けられており、くっきり浮き出す形。





       右の壁にあった、これは楽しいラクダの絵!
       壁画を描いた画家の内に、見た者はいなかったのでしょうね、ははは。
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       議会場側から見た南側
       周囲に大きな3連窓がずらっと並んでいるので、大広間も明るい空間。
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       壁と屋根の高さ
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       この広間、議会場と展示場は、
       今年2017年1月から土曜、日曜の14時半から18時まで公開されていて、
       入場料は、通常5エウロ、割引3エウロ、18歳未満とトゥレヴィーゾ市民は無料と。

       我らは祭日、労働者の日に当たり、無料でしたぁ!

       ちょっと及びませんが、
       今年からの公開で、やはりかなりの大広間ですので、
       トゥレヴィーゾに行かれ、お時間が合う方はどうぞご訪問を!





       広間を出て来ての階段の上からの眺め、かなりの高さで、
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       下の広場の女性像が、こんな風に見えます。
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       shinkaiはずっとこの像を、どこかから吹き込まれたまま、へへへ、
       「イタリア像」と思い込んでおりましたが、
      
       今回これは独立広場・ピアッツァ・インディペンデンテにある、
       正式名は「独立の記念塔」なんだそうで! ご容赦を。

       1866年のオーストリアからの独立で戦い亡くなった、
       トゥレヴィーゾの愛国者達に捧げられたものだそうで、
       アスブルグ家の支配の鎖を踏みつけ、右手に槍を、左手に月桂樹の冠を持ち、
       像の高さは槍の先まで3,83mで、全体で7,13mの高さ。
       
       説明にはご丁寧に、イタリア像とよく間違えられるが・・、とありましたぁ。
       へへ、それは私で~す。
       




       階段を下りてきた所で、綺麗な真っ白のワン君と出会い、
       撮らせてもらったのですが、肝心のワンは横向きで、ははは。
       でもこの若者、可愛いでしょう?!
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       シニョーリア広場を囲む商店街
       ここも古い街並みによくある、中世の細高く、奥に長い建物群。
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       駅に向かって歩きながら見つけた、可愛いカフェのモカ
       可愛い新作が出たようで・・!!
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       左のアルピーノのも可愛いですが、緑と赤のはお土産にも良さそうですねぇ!





       ショウ・ウインドウはすでに夏!
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       途中のカフェ・テラスで、一休み
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       こちらは今回トップで見て頂いたシーレ河の、橋の反対側
       白く見えるのは汚れではなく、花びらで~す。
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       駅正面を来た所にある小広場、新緑がとても鮮やか!
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       下の写真の左、彫刻のある後ろがコンティネンタル・ホテル。



       爽やかな日の、楽しく思いがけない事のあったトゥレヴィーゾ行きでした





     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、カステルムーツィオ そろそろと、 トゥレヴィーゾ行きのお昼ご飯 を
       アップしています。    
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     *****        
       
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by italiashiho2 | 2017-05-04 22:39 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)