イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2005年 12月 21日

   ・・・ ヴェネツィアの 蒼と朱 ・・・ 

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      ◆サン・マルコの馬

       サン・マルコ教会の正面上に、4頭の馬がいます。 
       これはその内の一頭。

       ヴェネツィアの冬の青空をバックに、
       好きな写真の一枚です。




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      ◆こちらが本物

       教会内部の博物館にある、こちらが本物の馬4頭。
       かって、ヴェネツィア共和国が、
       トルコとの戦争に勝って、分捕ってきた物で、
       金色燦然の馬 だった様ですが、かなり削り取られています。

       そしてヴェネツィア共和国が、ナポレオンによって倒された後、
       この馬はフランスに持っていかれ、そしてナポレオンも滅び、
       この馬のあるところ、国が滅びる との言い伝えが。
       フランスから戻って、今ここにいますが、
       どうぞ伝説が復活しないよう、穏やかでいて欲しいものです。




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      ◆サン・ジョルジョ・マッジョーレ

       サン・マルコの鐘楼から見た、
       サン・ジョルジョ・マッジョーレ。
       冬日を浴びて、ひときわ鮮やかに見えます。
       
       後ろに細長く見えるのは、
       秋に「ヴェネツィア映画祭」のある、リド島です。




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      ◆ヴェネツィアの家並み

       ぎっしりと詰まった、朱色の屋根、屋根。  
       サン・マルコ鐘楼からの眺めで、落ちているのは鐘楼の影。
       左下に、時計塔のライオンがちょっと見えます。 

       最近、この時計塔の修復の覆いに、ピサの斜塔の写真が使われて、
       大いに問題になっているとか。  当たり前! 
       ましてピサなら、海運国としてのヴェネツィアの
       沽券にも関わるではありませんか!




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      ◆アックワ・アルタの夜のサン・マルコ  そして時計塔の覆い 
  
       追記します
       昨日12月26日、メルマガの読者 グロリオーザさん 
       から、写真とお便りが届きました。  
       この時計等の覆いの写真は、5月に旅行された時は
       エッフェル塔 であったとの、証拠写真です。
       
       それがまた素晴らしい写真なので、
       「ブログで紹介させて欲しい」とメールを送り、
       それと共に、ひょっとして私の聞き間違いであったのかと、
       今日、つてを辿って尋ねました。
  
       すると、どうやら間違いなく「エッフェル塔」の前は
       「ピサの斜塔」であった事を、確かめ得ました。
       グロリオーザさんからも、3,4ヶ月ごとに写真を変える
       旨が書いてあった、とメールを頂ました。

       どうやらこの物議をかもしている張本人は、
       以前ベネトンの、写真を受け持っていた人である事も知りました。  
       う~~ん、人騒がせな!
       まぁ、彼としてはこれが狙いでありましょう。

       アックワ・アルタの夜のサン・マルコ、
       すばらしい、グロリオーザさんの写真をご覧下さい。




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      ◆スキアヴォーニ通り

       サン・マルコの広場から、東に続く通り。 
       蒼い海、そして朱の家並み。

       一番くぼんだ辺り、教会の半円形の窓が分りますか?
       この教会が、ピエタ教会で、赤毛の司祭 と呼ばれた
       アントニオ・ヴィヴァルディ が、いた教会です。
       ヴェネツィアには、やはりヴィヴァルディが似合います!


    ***

# by italiashiho2 | 2005-12-21 22:34 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(0)