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2017年 02月 19日

   ・・・ 古城ホテルへの滞在はいかが?! ・・・

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       暫く前に、イタリアには一体いくつのお城があるんだろう? と疑問がわき
       検索を掛けましたら、 
       へへ、いくつあると思し召す?
       なんと、全部で3177!!

       この数は城も要塞も含めてのことで、美しいのもそうでないのも、堀のあるもの無いもの、
       城壁に囲まれたもの、古い村の小高い頂上にあるもの、などなどで、

       近年になり、博物館やホテルに様変わりしたのも、また観光客の訪れない土地にあるもの、
       未だその貴族の子孫や、はたまた趣味が高じての方の持ち物となったもの様々ですが、
 
       2007年の調査によると、
       歴史的はたまた高雅な貴族の城や邸宅に住む家族は2404に及ぶそうで・・。

       詳しくお知りになりたい方は www.icastelli.it に、とあり、


       のこのこ訪問したshinkaiは、そこでそのサイトの一つのテーマ、
       本日のトップの写真にある「城に滞在する」というのに出会いました。


       ふ~ん、とあれこれ眺めていて知っている城が見つかったり、わぁ~お!というのがあったりで、
       では皆さんにもほんの少しご案内をと、ここに。

       サイトで紹介されているホテルとなっている城や要塞、塔は、ざっと数えても90以上あり、
       イタリア全土に渡りますので、興味のお有りの方はサイトをご覧頂くと、
       もっと写真も多く、またホテルの直接のサイトにも行けますので、どうぞそちらから。



       今回、とにかく最初に目を惹かれたのが、これ、

       オルシーニの城ホテル ネローラ
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       ローマから北東に50kmほど、車で1時間程の距離にあり
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       ネローラ・Nerolaの村の頂上に君臨するオルシーニ・Orsiniの城
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       詳しい資料は無いのだそうですが、10世紀から11世紀にかけての城と想定され、
       オルシーニ家の物となったのが1235年、塔を嵩上げし、城壁で囲んだ城にしたのだそう。

       オルシーニ家と言うのは、教皇を2名も輩出したほどの古く著名なローマ貴族ですが、
       ブラッチャーノ公爵でもあったフラーヴィオ・Flavio Orsiniの没後1698年は、
       彼の直系は子孫がなく途絶え、分枝であるデッラ・ローヴェレ家のものに。

       その後も持ち主は変わったものの、20世紀になってCA.DI.というのが買い取り修復、
       現在に至っているそう。
       



       こんなプールも有り
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       食堂、レストランというのか、これは結婚式の披露宴会場と
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       ローヤル・スウィートのお部屋!
       上の会場にしろ、この部屋にしろ、何とも石壁の威圧感がすごく・・!
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       こちらはスウィートのお部屋
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       へへへ、シングルのお部屋も見つかりましたが・・!
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       全部で50室あるそうで、
       ホテルのサイトは https://www.icastelli.net/it/castello-orsini-hotel-nerola




       北イタリアはボルツァーノから電車で30分程の、メラーノ・Meranoの山奥にある、

       ホテル・カステル・フラウスブルグ
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       地図をどうぞ
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       こんな朝の光を見ることの出来る高所に在るようで、
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       ここは対ナポレオン戦の英雄でもあったアンドレアス・ホーファー・Andreas Hoferが、
       1624年に狩猟用に建てたものだったそうで、
       1954年に現在の持ち主Ortner家のものとなり、ホテルに改築改装、
       このタイプのものとしては唯一の5つ星と。




       北の香り、ティロルの香りというのか、
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       緑に囲まれた食卓
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       こんなテラスで体操も出来
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       スウィートのお部屋
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       サイトはこちら。 https://www.icastelli.net/it/hotel-castel-fragsburg
       
       11月から4月の初め、冬季、つまり復活祭前まではお休みだそう。
       他にもそのお知らせの在るホテルがありましたので、
       もしお泊りご希望の方は、ご留意を。




       カステルブランド、 ヴェネトの我が家の近く。
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       地図をどうぞ
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       いつも歩いているカルページカ・Carpesicaモ、オリアーノ・Oglianoも載っているのに、
       我が村スコミーゴ・Scomigoがない! 悔しいので、ははは、赤点を打ちましたぁ。




       かってはここまで馬車で乗り入れた、というフロント前。
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       右に見える大階段は、


       こんな風に一番上まで続きますが、横に各階に連絡し
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       食堂・レストラン
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       ローヤル・スウィートのお部屋
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       サイトは、 https://www.icastelli.net/it/castelbrando

       城は一度訪問見学した事があり、こちらに




       あれっ、あそこのだ、と懐かしかったのが、
       カステッロ・ディ・レオニーナ・ルレ
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       地図をどうぞ
       シエナの東南から、シエナのクレーターと呼ばれる侵蝕地をアシャーノに向かう途中、
       細い地道が続いているのを見て、どんなのかと辿ってみた村にあったのでした。
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       その時の様子はこちらに
       
       地図に見えるアシャーノ・Ascianoから、地道をMonte Sante Marie, Torre a Castello
       と辿った様子は




       表からは中をそっと覗くしか出来ませんで、元修道院かと思ったのでしたが、
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       村の名の通りカステッロ・城、というよりは要塞がシエナによって築かれたのが中世で、
       1234年には、ここはシエナとオルヴィエートの領界争いの戦闘の舞台となり、
       破壊の激しさから打ち壊すしか無かったのだそうで、

       15世紀になり同じ場所にルネッサンス様式で建設されたのが現在の元になるもので、
       その後徐々に持ち主の農家が要塞化したものだそう。

       20世紀になり、荒廃していたのが元のように修復され、2003年から現在の姿と。




       食堂、レストラン
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       そう、ここは土地が高く、眺めも素敵なんですよね!
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       ただ、サイトの写真にはチョンボというか、まやかしがありましてぇ、
       サン・クイリコ・ドルチャの東からの有名な眺めの写真が使ってありました。
       それはまぁ、車で行くと50k足らずの行程で、1時間ほどで行けますがぁ・・・!




       スイートのお部屋
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       壁に、シエナのパラッツォ・プッブリコ・現市役所にある、シモーネ・マルティーニ作の
       「グイド・リッチョ将軍」の図が見えますね。
       彼に関係のある戦だったのかどうか、調べてみようっと。

       ホテルのサイトは、 https://www.icastelli.net/it/castello-di-leonina-relais




       カステッロ・バンフィ と 村       
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       この城の場所は、モンタルチーノの夜レストランで食べていた時、
       前の席の青年から教えてもらったもので、懐かしく思い出し・・。




       地図をどうぞ
       赤い太めの線で囲ったモンタルチーノ・Montalcinoの南西、約20kmに
       カステッロ・バンフィがあり、
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       この辺りはあちこちと何度も行っていて、季節ごとに思い出が蘇る土地!
       右下に切れているRadi・・は、ラディコーファニ・Radicofani




       城の威容! 素晴らしい!!
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       1700年建設の城で、城の名に並び「村・ボルゴ・borgo」とあるのは、
       どうやら村自体が城壁に囲まれ、その中に働くお百姓たちが住んでいた様子。





       サロンの一つでしょうね。
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       食堂、レストラン。  ワインが豊富!
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       元々がバンフィ・Banfiという名のカンティーナで、
       サンジョジョヴェーゼと、ブルネッロと。
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       レストランも勿論有り、どうやら料理教室も開かれる様子で、
       今回のサイトの中では唯一、料理写真が見つかったもので、
       う~ん、タルトゥッフォ・トリフが乗っているよぉ!
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       スウィート・デラックスのお部屋
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       この大きさのお城で、部屋は全部で14室、内スウィートが5部屋、だそうですから、
       それぞれがかなりのデラックス版ということでしょうか?!

       ここも11月の半ばから閉め、3月末に開くそうで、動物連れはダメと。




       お城ではなく、塔がホテルになっている
       トッレ・アルモンテ、往時の住まい
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       トーディの周囲にはたくさんの要塞化された村があり、これもその一つのようで、
       12世紀建設の24mの高さの塔

       1954年まで保護状態だったとありますから、多分それ以降に持ち主が変わり
       修復され、現在の姿、ということでしょうか。




       地図をどうぞ
       ウンブリア州のトーディ・Todiから北東に10k程、車で17分ほどの位置。
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       中世に大繁栄したトーディの町の周囲にはたくさんの要塞地があったと上記しましたが、
       トーディの町の南にイッツァリーニ・Izzaliniという名が見え、懐かしく!

       ここはトーディに行った時、古い土地が好きなら行ってみたら、と宿の主人に勧められ訪ねたのでしたが、
       後にヴェネトの13世紀の残虐でもあり、また一種のヒーローでもあったエッツェリーノ・ダ・ロマーノ
       所縁の地でもある、と読み驚いたのでした。
       写真を撮ったままになっておりますが、・・整理してみようかな。



       この部屋はアッパルタメント・台所付きの意、とありますが、
       ご覧のようにモダンな意匠に改修されており、
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       台所もご覧の通り
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       塔の1階に食堂があり、塔5階分に2つのスウィートと、2つのアッパルタメントのみで、       

       こちらはスウィートのお部屋
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       塔の上からの眺め!
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       最後はロンバルディアのはミラノの東、
       ヴィスコンティの要塞
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       地図をどうぞ。
       ミラノから東に30kmほど、車で約50分程
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       カッサーノ・ダッダ・Cassano d'Adda
       アッダ河沿いに於けるヴィスコンティ家の護りの要塞だったのが分かりますが、
                                     
       この地では1259年ヴェネトを拠点にしていた皇帝派のエッツェリーノ・ダ・ロマーノ3世が、
       残虐非道な治世でも知られた男でもありましたが、ミラノを目指す最後の戦いに破れ
       重傷を負い、ソンチーノで没という、まずそれを思い出したshinkaiですが、

       も少し東にはカラヴァッジョ・Caravaggioの地名が見え、ここがかの16世紀から17世紀に
       かけて活躍の画家、カラヴァッジョの両親はここの出身だったそうですし、

       西にはゴルゴンゾーラ・Gorgonzola、はい、あの美味しいブルーチーズの一種であるチーズが
       15世紀にここで生まれた、という地の名も見えます。




       大広間
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       この城要塞は、まさにロンバルディアのミラノ公国とヴェネトのヴェネツィア共和国を
       分ける自然な国境ともいうべきアッダ河沿いに、
       1261年から95年にオットーネ・ヴィスコンティ・Ottone Viscontiによって建設され、

       軍勢の守備隊地、通商交易の取締、領主の住まい、平和時にはお遊びの地でもあり、
       土地の治世事務所でもあり、法廷、監獄と、様々な要素を含んでの要塞なんだそうで、
       15世紀には素晴らしい城壁も出来、城塞としては完璧な形に。

       ルドヴィーコ・イル・モーロの時代には、レオナルド・ダ・ヴィンチも訪れ
       ここの塔の上から、かの鳥の羽を模した空を飛ぶ研究の一端もしたと伝えられ、

       後の世紀に衰退したのを、漸くに1960年代になり修復が始まり、
       当時の姿が蘇り、装飾なども修復されたのだそう。
       



       食堂、レストラン
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       この色使いと、装飾の形!
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       でも、他はわりとシンプルに、モダンで
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       中庭の夜
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       他にもたくさんのお泊りできる宿が各地にありますので
       皆様、旅の思い出にどうぞ!



       
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# by italiashiho2 | 2017-02-19 00:14 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(6)