イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 05月 30日

   ・・・ グロレンツァの町 ・ 「イタリアで一番美しい村々」の一つ ・・・

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       先回ご紹介したメラーノから西に続くヴァル・ヴェノスタ・ヴェノスタ渓谷
       西の端にある小さな町グロレンツァ・Glorenza.

       駆け足で見て回ったのでしたが、
       常に見る「イタリアで一番美しい村々」とはやはりまるで雰囲気が違い、
       南ティロルにおける6世紀間の歴史を滲ませた小さな町でした。
       
       そんな様子をご覧頂けますように!

       
       トップは、町の門。 正式名かどうかはっきりしませんが、
       トゥーブレ門・Porta di Tubreというのが町への門とありますので、多分これと。
       メラーノ方面から来ての町の門に当たります。

       車もバスも通り、人間は門脇の通路から通り抜けも出来、
       通った所にインフォメーションがあり、我らが行った時はすでに閉まっていましたが、
       どうやら門の塔の上にも上がれる様で、かっては住居にもなっていた様子。





       今回は町の中心部を
       1.2.3.に町の門があり、上の門は1の門で、
       まっすぐ行ったに中心の広場、は小教会、はず~っと続く古いアーケードの道。
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       町の南を通る水色の線は、アディジェ川で、
       は町の教区教会サン・パンクラツィオ・S.Pancrazio





       さて町の門1から入り、まっすぐの道を中心に向かって進みますが、

       見えるすぐの家、煉瓦で窓を開けている様子からどうやら納屋の様ですが、
       その壁にGLORENZA と書かれたのが剥げかけて見え、
       並んでドイツ語名表記のGLURNS・グルルンスはほぼ消えて・・。
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       ちなみに町の標高は907mで、人口は900人足らず、
       ドイツ語を話す人の割合が96%を越す比率なんですと!
       この町からスイス国境までは約10kmほど。





       せっせと歩きながら道の左右を見回し、脇道ものぞき込みながら、撮りつつ
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       今回知り合ったグループの一人が話しかけてきて、
       自分の従弟はカトリックの神父で日本にすでに50年も行っている。
       日本が気に入ってる?
       とても!! 3年に一度ちょっと戻ってくるけど、日本をとても愛していて、
       きっと日本で満足して死ぬだろう、と。
       日本のどこにいるの? 
       最初は大阪で、そのあとはあちこちと転勤で・・。

       そんな嬉しい話を聞きながらも、せっせと撮って行きます、ははは。





       これは地図5の教会。 全体の様子は通り過ぎてからのものですが、
       16世紀の再建だそう。
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       オスペダーレ教会・Ospedaleという名の様で、
       元々は徒歩旅行者達の救済も兼ねた教会だったのかもですね。





       入口と内部
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       教会の横、東並びに見えた長い通り、ポルティチ・アーケードの通り
       建物の前側下を低くくり抜いた道で、頑丈そのものの太いアーチの柱!
       冬の積雪の深さが想像されますね。
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       道はちょっとカーヴして、奥の中心広場に続きますが、

       この建物の看板文字に、Gasthof Steinbock とあるのは、
       ホテル・カモシカ、絵解きでもあるのでOKですが、はは、
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       出窓にリストランテ、マチェレッリーア・肉屋とあるのに一瞬ギョ!
       ・・まぁさか、「肉の生き作りスペシャル」なんぞは無いすよね?! とひ弱な日本人・・。 





       横の壁に見た、にっこりティロル衣装の僕
       お祭りの時には大人もこんな衣装なんでしょうね。
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       道の向かい角の建物。 どうやらこれが町で一番派手な装飾だったと
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       グロッレンツァの町は記録に最初に登場するのが1163年。
       すでにオーストリア、スイス、そしてロンバルディーア(ミラノ)との通商交易の
       街道の要所として栄えており、1304年(1309年とも)「町」に昇格。

       現在でもヨーロッパで一番小さな町のひとつなんだそうで、
       上に人口900人足らずと書きましたが、町の城壁内に住んでいるのは400人程と。

       で、スイスの独立を掛けたシュヴァーヴェン戦争
       かのウィリアム・テルのお話なんぞもこの戦争中のものですが、
       スイス連合側と、対オーストリアはハプスブルグ家との戦争のいくつかの戦闘のうち、
       1499年のカルヴァ・Calvaの戦いの際、
       敗北したこのグロレンツァの町は完全に破壊されつくし

       「私の宝石」と呼び、この町を愛していたオーストリ皇帝マッシミリアーノ1世
       破壊された町を再建し、その際に城壁をめぐらし、スイス側との国境近いこの町を
       ハプスブルグ家の橋頭保とした、という事で、

       現在残る町をめぐる城壁は当時のままの姿を保つもので、
       最初にご案内の様に3つの門を持ち、城壁の上は見回りの兵士通路があり、
       350の銃眼、7つの角に塔、といった具合。

       上記した通りこの町は東西南北の通商道の要所として栄えてきた町で、
       とりわけインスブルック近郊のハル・イン・ティロル・Hall in Tiroloからの
       岩塩の取引の町として長い世紀を栄えてきたのだそう。





       町の中心広場から、東の門と、その左に橋が見え
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       門の入口上に見える町の紋章
       やはりこの門の塔の上にも上れるようす。
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       橋の向こうに見えるのが町の教区教会サン・パンクラーツィオ、15世紀。
       鐘楼の玉ねぎ型の頂上は17世紀に加えられたものですが、
       鐘楼自体はロマネスクのもの。
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       鐘楼の北の壁には、15世紀末の大きな「最後の審判」のフレスコ画があるそうで、残念!

       屋根がチカチカと見えるのは、ボルツァーノやウィーンでも見ていますが、
       様々な色の丸い(うろこ型)の小さな瓦を張り付けたもの。

       
       町の人々の言葉には、
       町が小さすぎるので、我々は教会のミサに行くのに城壁の外に行かなくてはならない
       というのがあるそう






       通常の橋の横に、こんな木製の屋根付き橋があり、
       これもきっと冬の積雪の際の通り道なんでしょうね。
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       ここを流れる、この慎ましいのがアディジェ川!
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       外側から見る町の門。 堂々としているでしょう?!
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       城壁への渡り廊下に見えるPaul Flora・ポール・フローラというのは、
       この町生まれの画家、イラストレーターで、この塔の中にも展示会場があるのだそう。





       町の中心広場に戻り、仲間達はバールのテラス席で一服中。
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       奥に北側の門が見えますが、
       後にこの横の城壁の上に上り、この門の所に出てきた様子を。
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       shinkaiは広場からも一つ南の道を西に入り込み、
       この角は靴屋さん、と言ってもバッグなども売っておりました。
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       今回気が付いたのは店の看板は張り出した鉄製の飾り看板もありますが、
       大概は壁に書かれた文字である、というイタリアとの、ははは、ここもイタリアですが、
       違いに気が付きました。

       そういう意味では、イタリアの方が派手というか、ドイツ語圏の方がやはり質実剛健!ですねぇ。

       と、どこか違うな、と思ったのが、5月中旬というのに窓辺の花が殆どなしで、少し寂しく、
       店の前に木や枝の鉢植えは見ても、花鉢を見かけたのが本当に少なく、
       それもあって猶の事「質実剛健」という言葉が頭に浮かんだのと、

       イタリアで見かける「一番美しい村々」の町村の壁は石積みが見えたりで、
       趣、味わいを感じるのが常ですが、
       ここ南ティロルとなると、頑丈一式、イタリア式趣とは違う、
       というイメージを大いに受けたのでした。

       が、今回これを書くのにグーグルのサイト・ヴューを見ましたら、
       10月の撮影でしたが、窓辺にたくさんの花々が見え、・・?!
       5月半ばだとまだ花鉢には遠い季節なのでしょうか? 
       夏は本当に短いのかも!





       道を入っていくと、突き当りに見えた納屋の壁と、右に住居。
       そしてすぐ左は城壁内の道が通ります。
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       で、今回あちこちで見かけた扉に書かれた、チョークの文字をここでも見かけ、
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       ちょうど家の扉前を掃除中のシニョーラに、イタリア語が話せますか?と声をかけ、
       あちこちで見かけるこの扉の文字は何の意味かと尋ねました。

       シニョーラのイタリア語は訛っていましたが、お互いになんとか通じ、ははは、
       中のK+M+B は、この一帯は毎年1月6日に東方の三博士に扮した人物が
       家々を祝福に回り、扉にこの文字、キリストが祝福を与える、という意味を書きつけ、
       頭の20と、最後の消して上書きしているのが、今年の分(2017年なんだそう。

       町中のレストランの扉の上にも見えたこの文字の意味、
       なるほどなぁ、と納得し、シニョーラにお礼を言った事でした。





       城壁と間の細い道。 塔も備えている場所。
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       この辺りで仲間のエレオノーラやレオナルダとも出会い、一緒に行きますが、

       小さな家の隅から葡萄の枝が壁を這い、飾ったようになっていて、
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       あんな小さな角の土からこんなに?!と、ちょっと可哀そうでもあり・・!

       上の写真から見える城壁沿いの枝も、ほんの隙間の小さな土地からなんですよ!
       こういうのも、葡萄が質実剛健なのかな?! ははは。





       ちょうど城壁の上に上れそうな階段を見つけ、レオナルダが最初に上り始め、
       狭く少し傾いた、そしてかなり高い急な階段をはぁはぁと上り、
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       見えた景色がこれ! 左から右に
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       そして南の奥。 一番奥の白い3つ並びのは何だろ? 
       左のには小さな鐘楼風のが見えるのですが、教会と住居かな?
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       これはすぐ前の建物の屋根瓦で、他も大概この形の瓦で、
       細い筋が入った平板な瓦なんですね。
       この方が積雪に強いのかな?
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       銃眼から覗く外
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       城壁の上のパトロール道。  
       そんなに長い距離は開いておらず、途中で柵があり、夜間には閉まるのでしょう。
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       でも、満足して下に降り、





       中心広場に向かいますが、

       これは薄い浮彫を施した美しい扉。 勿体ないですねぇ、これは!
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       泉があり、小さな花鉢と、反射する影と光
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       一旦広場に戻り
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       教会横の、低いアーチの続く道を戻りつつ、

       如何にも古い、厚い頑丈な壁に落ちる影に見とれ
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       道角にあった小さな鄙びたカフェかな、トラットリーアかな?
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       ちょっと寂しいのは、もひとつ町の人の姿を見かけない事で、
       2,3人の男性がたむろしているのを見かけたのみ。


       所であれこれ読んでいて、大変可笑しな逸話を
       このグロレンツァの町に1510年民事裁判所が置かれたというのですが、
       1519年10月21日にSimon Fliessというステルヴィオ・Stelvio、
       グロレンツァより南の山村の住人が訴訟を起こします。

       一帯のネズミ(普通のよりも体の大きな種)が畑や草原に大きな損害を出している、と。

       これにはグロレンツア側からネズミの弁護人も付き、論戦が行われ、
       判決が出たのは翌年1520年5月2日の事で、
       
       それによると、ステルヴィオの住人に有利な判決となり、
       ネズミたちはその一帯を立ち退かねばならない事。

       ただし、弁護人の異議申し立ても通り、ネズミたちが立ち退くのに際し
       嫌がらせや被害を受けないよう、犬や猫は家に閉じ込めること。
       そしてネズミたちが立ち退きやすいように、川や流れには橋をつける事、という判決だったそう!

       ははは、なんともユーモアのある判決ですが、
       さて、ネズミたちに立ち退きを申し聞かせるには、実際にどうやったのでしょうか?!
       ネズミの皆さん、無事に立ち退いたのでしょうかぁ?! ははは。

       



       乳母車を押したマンマと年上の女性、大きな黒いワン君が戻って来て
       扉を開けると、最初にワン君がすっと入っていく姿が見え・・。
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       古い重厚な壁の前、自作の額に入った絵と写真、なんだろ、これ?
       単純な装飾かな? 扉の上には、ここにも祝福の印。 
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       最初の町の門に戻って来て、今度は内側を通り抜けてみると、
       こんな感じで、かなり広く。
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       外に出てバスの駐車場に戻るとき、お家の庭に咲いていたアイリス
       やっとお花を見た感じで、目に鮮やか、美しかった!
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       そして町の外にある工場越しに見えた、コイラの城
       グロレンツァに来る前に見学したのでしたが、興味深い城でした。
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       グロレンツァにはメラーノから鉄道が連絡しており、
       小さな可愛い客車が走っているのも見ました。

       夏のシーズンにはなかなか賑やかで華やかな可愛い町の姿を見せる様子ですし、
       また11月2日にはかって商業交易で栄えた町の姿を偲ぶSealamorkt・
       魂のメルカートというお祭りがあるそうですし、クリスマス市も賑やかな様子。

       入口の門脇の広場も整備中でしたし、夏にもきっと様々な催しがある事と。

       南ティロルの小さな歴史ある古い町を見物方々、
       チャンスがあったらお出かけ下さいね!
      



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、フィレンツェ 途中経過と、 メラーノの満開のバラの花 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-30 00:44 | ・北イタリア Italia nord | Comments(10)
2017年 05月 24日

   ・・・ 南ティロルの風景と、小さな町ナトゥールノ (追記)・・・

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       今日ご覧頂くのは先週出かけてきた南ティロル、
       メラーノから西にヴァル・ヴェノスタ・Val Venostaを1時間ほど行った
       グロレンツァ・Glorenzaの町から、
       宿を取ったナトゥールノ・Naturnoの町に向かっての山と村の景色、
       そして翌朝のナトゥールノの町の様子と、メラーノに向かっての道筋の風景です。

       上はグロレンツァの町を出てすぐの、平地から見える南の連山の眺めで、
       雪が真っ白に輝くのに、皆が見惚れたのでした!

       夏山スキーが出来るゲレンデが幾つもある、というのも大いに納得!





       地図をどうぞ。
       左に見えるグレーの線がスイスとイタリアの国境線で、
       メラーノからカステル・コイラ・Castel Coiraの古城と、グロレンツァの町見学に。
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       谷の南側に高山が連なる様子もお分かりと思いますが、
       ヴェローナに流れ下るアディジェ河・Adigeはこの谷が水源なのですね。

       「イタリアで一番美しい村々」に登録されているグロレンツァと、
       千年近い歴史を持ち、未だに個人所有のカステル・コイラのご案内もいずれ頑張って・・!
       
       メラーノの北に見えるティローロ・Tirolo・ティロルは、
       今我々がティロル(地方)と呼ぶ語源となったティロル伯爵が、中世にここに城を持ち、
       一帯を領有していた事に端を発します。





       ヴァル・ヴェノスタのいわば西の端にあるグロッレンツァから徐々に下りつつ、
       行きは北側の眺めを、この戻りは南の眺めをわぁ~お!と感嘆しながら行きますが、

       山の麓に小さな集落が広がり、そこには必ず鐘楼が見える教会があり、
       山の中腹には森を切り開いての草地と農家が点在し・・。
       山の中腹に孤立して生きる彼らの生活はどんなだろう、と考えます。
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       これはたぶん放置された古い教会跡
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       すでに午後6時過ぎですから、かなり陽が西に傾き、山の影が高く濃く
       そして集落から離れ山腹に点在する農家
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       1か所道路工事中で臨時の信号機で停車した時の、道脇のリンゴ畑
       畑は殆どリンゴ畑、または梨とか杏子だそうですが、
       リンゴの木も日本のとは違い、畝を作って並びます。
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       所で道中あちこちで盛んにスプリンクラーで水を撒く様子が目についたのでしたが、
       翌日のガイドさんの説明によると、単純に水やりの為のみでなく、
       スプリンクラーで細かい霧状のものを作り、それによって冷害の被害を防ぐ、
       花がついて凍るのを防ぐ意味があるのだそう。

       それにこの冬は雪が少なかったので、水不足も心配されており、
       コムーネによって水の配給が決められるのだそうで、
       ガイドさんの住むメラーノ近郊では、2週間に一度の水やりなんだそう!
       かなり厳しいですね。
       




       そしてまた白い峰
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       地図で見るとカステルベッロ・Castelbello辺りなのか、
       いったん大きく山間の平地が広がる部分があり、
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       道脇で休憩中のサイクリングのカップルも見かけ、
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       ここからまた狭い谷の道を行き、それでも道脇に家並が繋がるようになり、
       ナトゥールノの町、宿に到着



       翌朝起き抜けにテラスから見た、南の山々の峰にさす陽と月
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       宿の前は広場になっており、これは南側の向きで、
       右が我らの宿のカフェとレストランのテラス。
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       所でグーグル・マップの衛星地図で、ストリート・ヴューを見ましたら、
       2011年のが出て、我らが泊まった宿はまだ古い建物でしたぁ。




       正面には、1階部分にスーパーや店の入った建物と、左に古い建物の宿
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       6時半過ぎ、朝日の道を自転車で通勤していくシニョーラ
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       こちらが広場の角にあった古い建物の宿で、
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       カフェ、レストランもあり、そして
       今回本当に町筋でよく見かけた十字架のキリスト像
       
       イタリアでこれ式のを見かけるのはやはりドロミーティに多く、
       町中では壁に小さな祠式が多いので、この大きなのはよく目に留まりました。
       北国の習慣的なものなのか、雪国の生活の過酷さ、または街道筋だからなのか・・





       北側の山々
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       そして南側
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       道を少し東に行った所に見かけた大きなホテル
       他にも道を少し入った所には、大小さまざまなホテルが。
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       小さな道脇の広場にあった泉と、脇のマロニエかな、の大木
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       ナトゥールノの町は、ウィキペディアによると、
       海抜が528m、人口が5700人ほど。
       青銅器時代からの移殖の痕跡があるそうで、
       記録に出てくるのは千年以降ですが、多分元は初期ローマであろうと。
       この町から北にも南にも山道を辿り、古い灌漑用の水路を訪ねたり出来るそうで、
       夏には避暑地として賑わうのでしょうね。





       北の山々と、山腹の家
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       本屋さんのウィンドウを覗きましたら、ほらね、全部ドイツ語の本!
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       うん、ALL IN ONEは分かったですが、ははは、
       BUCH、ブックね +KARTE、カルテ、地図ね +APP これは何?
       neuは、NEWではなく、ここだけドイツ語ね、ははは。
       ガーデンはGARTENね、はいはい。





       少し北に坂を上った所で見えた小さな要塞式城館
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       下って、道を西に行き、少し高台より南を
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       古い建物、再び十字架。
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       最初に少し上った道の先に小学校があるらしく、
       あちこちの道から通学の子供たちが出て来てすれ違います
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       親に付き添われた小さな子もいますが、殆どは自転車か歩きで、
       中にはキックボード(という言葉を調べましたぁ、昔はスクーターとか言いませんでした?)
       を漕ぐ子も何人かおり、上りの坂道をはぁはぁ言いながら・・!

       たまに目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに挨拶してくれるのですが、
       なんと言っているのか聞き取れず・・。で、こちらはにっこり「ボンジョルノ!」





       ここも古い建物なのでしょう、
       壁には聖人が描かれ、バール・カフェ・ビストロ
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       大きなビッレリア、レストラン。  
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       ゆっくりと蛇行する狭めの道を通勤の車、通学の子供たちが行きかい
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       狭い道が1本町中を抜けて行き、道に沿って商店があり、
       脇道にそれると家が何軒かという具合で、
       家も表通りと同じようなちょっと小奇麗な修復された家ばかりで、
       他には特別に何もなし!
     




       古い、多分売り家の前にあった、自動貸本屋!
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       両脇の門柱の上部が祠式になっていて、聖人の絵が描かれており、
       上はどの聖人なのか、水を汲んで(注いで)いる姿ですが、
       下のは、自分のマントを分け与えた聖マルティーニ。
       それにしても絵が、如何にもドイツ表現主義式のちょっとエグイもので・・。





       さてホテルに戻り朝ご飯を食べ、のんびりと9時に出発ですが、

       町中の道を行き始めてすぐの写真にこれが
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       ナトゥールノに泊まったと書きましたら、クリスさんが「サン・プロコロを見ましたか?
       とコメントを下さったのでしたが、
       残念、もうちょっと東の外れまで行った所にあったのでした。





       ウィキペディアにあった写真はこれで、7世紀に遡る古い建物が火事で
       崩壊した後に建てられた8~9世紀の教会と。
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     ◆ 追記です ◆

       クリスさんが教会のサイトを教えて下さったので、開館時間を追記です。
       
       2017年4月1日から11月4日まで、火曜から日曜まで
       10時から12時半  14時から17時半まで
       閉館は、祭日と重ならない月曜日
       拝観は大人4,5エウロ。

       隣接して博物館があるそうですが、開館は教会と同じ。





       内部には9世紀のカロリンガ期のフレスコ画が残されているそうで、
       すっきり明快、ブランコに乗っているのか、楽しい姿も
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        朝見た要塞の姿、東からの眺め
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       ナトゥールノの町を過ぎ東、メラーノに向かいます。
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       やはり山腹の農家にも目が行きますが
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       ついに谷を出た、という感じの所で、これよりどんどん坂道を下り、
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       ここは前日の上り道でも目についた大きな一連の建物群で、
       古いのでしょうね、様々なフレスコ画の装飾も目につき、渡り廊下もあり、
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       最後にBEERという文字が見え、ビールを飲ませるレストラン? 醸造所?
       まぁ、宿も兼ねた全部なのでしょうね。





       平野が開け始め
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       もうすぐメラーノの中心に!
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       という、南ティロルはヴァル・ヴェノーザの風景でした




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ピエンツァ 仕上げまじかと、 メラーノ、南ティロルへの道 その2 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-24 23:31 | ・北イタリア Italia nord | Comments(8)
2016年 11月 04日

   ・・・ 再度の復興の願いを込め、 地震被災地への追悼を ・・・

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       8月24日に起こったイタリア中部アマトゥリーチェ一帯での
       大地震に続き、10月26日にはウンブリアのノルチャ一帯で、
       そして30日には止めを刺すかのような、
       1980年以降で最大といわれる8月のを上回る大きな地震が起こり、
       今なお余震が続き各地で被害が起きています

       先日友人のジュリアーナと話していた時、彼女が言った言葉、
        レンツィ(首相)は元の通りに復興すると言ったけど
        復興するには何年かかる?
        私はもうあの美しい一帯を見れないよ!

       そう、重要な場所から町村から、復興に取り掛かり、
       小さな末端の村々に至るまでに、一体何年かかるでしょう?!

       1997年のウンブリアの地震の後、イタリア国の守護聖人でもある
       アッシジのサン・フランチェスコ教会の修復は2年で済みましたが、
       ウンブリアの小さな村が、10年後の再訪ではいまだ手付かずの
       状態だったのを見ています。
       そしてその4年後の秋にはほぼ復興なった姿を実際に見ましたので、

       元通り復興する、と言う言葉を今では信じていますが、
       一体何年かかるでしょうか?!

       あのジュリアーノの言葉を聞いて後、
       本当にね、まだ元気で生きていても、あのウンブリアの奥まで
       旅行するだけの気力があるだろうか? という思いを押さえ込み、

       今日は、一日も早く復興して欲しい! の願いを込め、
       かっての美しかった町村への追悼も込め
       今回の地震被害の様子を纏めましたので、どうぞご覧下さい!


       トップは、10月26日の地震のシンボル的な写真
       ノルチャのサン・ベネデット聖堂が正面壁を残して崩壊した姿で、
       左は現市役所の建物と時計塔。




       こちらはかっての広場の様子で、右はノルチャで生誕の
       サン・ベネデット(480頃-547)の像。
       彼は後の修道院生活の基礎となる戒律を定め、
       現在のヨーロッパの守護聖人でもあり、
       聖堂の地下には、サン・ベネデットと双子の妹聖女スコラスティカ
       の生家といわれる跡があります。
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       この聖堂は12世紀に遡る物だそうですが、
       今回のニュースを見ていて、今迄に3度再建されたと知りましたし、

       26日の朝崩壊する前日夕方、内部に報道班が入った映像も
       見ましたが、8月末地震の被害修復の為の、内部に足場も築かれたまま、
       大きな亀裂も見えましたが、翌朝遂に・・。
       町の人々は、「4回目の再建」を口にしておりました。
       



       ノルチャは盆地にある、豚肉加工品で全国に名が通る町
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       世に評判の、ノルチャの旨いもの店は




       聖堂の横にある市役所の時計塔も、遠方からみると何とか
       大丈夫そうなのですが、大きな亀裂が入っており・・。
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       30日朝、聖堂が遂に崩壊し、町の建物にも大きな被害で
       人々への避難勧告が出て、クラウズーラ・生涯引きこもりの
       女子修道院の尼僧たちも町の広場に避難。
       ベネデット会の僧と共に、人々が跪いて祈る姿がありました。
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       一帯の地図をどうぞ
       真ん中を通る薄いグレイの点線の、左がウンブリア州、
       右がマルケ州、真ん中下がラツィオ州。
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       8月下旬の地震は、下に見えるアマトゥリーチェ・Amatrice
       中心とした一帯で、右上に囲った辺りの小さな村に大きな被害で、
       北のノルチャ・Norciaや、カステルッチョ・Castelliccio
       被害があったものの、そう大きくなかったのでしたが、

       10月末のでは、ノルチャからカステルッチョ、
       そしてプレーチ・Preciヴィッソ・Visso
       その右に見えるウッシタ・Ussitaの被害が甚大で、

       その後の余震で被害が出ているのは、マルケ州のトレンティーノから
       マチェラータとなっている様子。

       この他にも、たくさんたくさんの小さな村が山間に点在していますし
       到底地図に出ないほどの村がどんな被害を受けているか、
       想像するのも怖いほどです・・。
       



       8月の地震で300人近い死者もでたアマトゥリーチェ一帯ですが、

       アマトゥリーチェの町は、こんな美しい町並みだったよう。
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       それが町の中心地はほぼ壊滅状態となり、
       それでも赤い建物と、その左上に市の塔が残っているのが見えますね。
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       こんな風に、亀裂が入りながらも、町のシンボルみたいに
       頑張って立っていた塔なのですが、
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       26日、30日の相次いでの揺れに、遂に赤い建物も
       市の塔の上部も崩壊!
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       町の再建に向け、「微笑みながら再開しよう!」という
       催しが週末に行われる予定だった矢先だそうで、
       今まで何とか残っていた建物、家も崩壊する姿に、
       残っていた町の人々も遂に町を後にする姿が多いとか・・。




       これはノルチャの東南にあるサン・ペッレグリーノ・San Pellegrino
       という町にある13世紀の教会の鐘楼ですが、

       度重なる地震の度に亀裂が入り、遂に崩壊したという・・。
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       26日からの地震でよく耳にする町の名に、ウッシタという
       初めて聞く地名があり、地図で確かめるとヴィッソの北東に位置し、

       モンテ・シビッリーニ山一帯へのトレッキングとかスキーとか、
       町には大きな立派なスケート・リンクもあり、
       ちょっとした山間リゾートの基地の町でもあるらしい雰囲気で、
       古い町も素晴らしい眺めですが、
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       今回の地震ではこんな様子で、残っている家も住めない状態で
       最初は町に残って!と言っていた市長も、遂に立ち退きを勧告に。
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       そしてヴィッソ。 流れの早い清流が町脇を流れ、
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       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている
       古くからの趣きある町でしたが、
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       今は町の入り口ですべて通行止め、町の人々も立ち退いていて
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       上でご覧の中心部は、こんな様子に
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       ヴィッソのご案内




       ヴィッソから山越えでカステルッチョに行く途中の、
       見事な城壁を持つカステルサンタンジェロ・スル・ネーラの町も、
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       これ位しか写真が見つかりません
       というのも、町の人々はすべて立ち退き、数名しか残っておらず、
       町は立ち入り禁止になっているので、写真がサイトに上がらないのです。
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       昨日のニュースで、町の下、街道筋のガソリン・スタンドの主人が登場。
       彼は7年前に街の生活に疲れこの地に移って来た人で、
       ここでの静かな生活が気に入っていたのが、今回の地震。
       今は町の人もおらず、道も通行止めになっているので車も通らずで、
       ガソリン・スタンドも開けているけど・・、と話しつつ
       じわっと涙する映像を見ながら、こちらも涙ぐみそうになりました。

       ニュースのインタヴューに応える人々は皆同じ。
       一見淡々と様子を語りますが、話が深くなると涙ぐみ、辛いです。




       ヴィッソとプレーチを繋ぐ道は、ネーラ川の渓谷を通る道ですが、
       そこで大きな山崩れがあり、道も川も埋まったという事ですが、
       多分、まだ塞き止められたままなのだろうと・・。
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       山間の高所に位置するプレーチの町
       中世以降の民間の外科学校があり、ヨーロッパ各地の王室の
       侍医をも輩出した事で有名な町ですが、
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       ここも町の人々は立ち退いているとの事で、写真が見つかりません。
       一見無事に見える建物ですが、亀裂が深く住めない状態なのだろうと。
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       左の建物は、プレーチをあの一帯の旅の基地として、2度にわたり
       滞在したホテル・アッリ・スカッキの見覚えがある壁
       やはり亀裂が無数に入っていますね。
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       プレーチの内部の写真は見つかりませんが、
       消防署が上空から撮ったプレーチの被害のヴィデオ




       プレーチからノルチャに向う道、プレーチの近くピエディヴァッレ・
       Piedivalleにある、中世外科学校の発生地として有名な
       サンテウティツィオ修道院教会
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       5世紀にシリアからの僧がこの地に住みつき、という長い歴史を持ち、
       ベネデット会派の修道院となり、彼らの持つ薬草や外科手術の知識を
       近隣の住民達に伝え、これが外科学校の基礎となったと言いますが、

       素晴らしい岩山の上の鐘楼や、再建された美しい薔薇窓を持つ教会は
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       26日の朝、教会上部の倒壊のみでしたが
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       その後の写真では、教会前部のみならず、岩場の鐘楼も、
       奥の建物もすべて崩壊した様子
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       手前の無事に見える建物の地下には、外科学校の様々な器材や
       書物の博物館があり、見学し写真も撮っているのですが、
       そのままになっています。

       プレーチの市役所の隣の部屋にも、小さな博物館が出来ていて、
       そこも整理しておりませんで、
       今回のこの地震被害の様子を見て、きちんと整理しなくては、と
       思ったことでした。 

       プレーチと、サンテウティツィオ教会のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/5661411   




       プレーチからピエディヴァッレを過ぎて進むと、カンピの村があり、
       右奥に見える山腹の村がそれですが、

       村外れに、このサン・サルヴァトーレの古い教会。 
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       26日の朝一番のニュースで知ったのは、この教会の崩壊で
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       山腹の村の事が気にかかりましたが、なかなか写真が見付からず。
       が、やはり無事では済まなかったのを、見つけました。
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       カンピ・ヴェッキオのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/14673663/   




       そして、カステルッチョの村
       ヴィッソからカステルサンタンジェロを通り、北から
       カステルッチョに向うと、峠を越し、こんな風に見えて来ます。
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       こちらは村の南に広がる大平原からの眺めで、
       赤く見えるのはポピーの花。
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       村の入り口に駐車場があり、その前に何軒かのバールと、
       特産の豚肉加工製品の店がありました。
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       ところが今回の地震で、カステルッチョはほぼ全壊
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       取材班のニュースも見ましたが、とても村の中には入れない様子で、
       勿論立ち入り禁止になっていて、ほぼ全員が退避したと。
       電気も水もなく残っているのは数名で、
       家畜がいるので土地を離れられない人々のみ

       これはどの土地、町でも同じで、牧畜業をされている方、
       店や企業をされていて、何とか継続できそうな方は
       その土地を離れる事が出来ないのと、また離れたくないのです。

       カステルッチョの大平原で羊を放牧されている方は、
       冬になるのでアドリア海のほうに、3千頭の羊と馬20頭を連れ
       移動するのは良いけれど、そうなるとこちらの家の問題があるし・・と。

       カステルッチョ、大平原のお花畑 その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/8554377/  

       雨と霧のカステルッチョ 




       8月の地震の時に発見された、カステルッチョの東に位置する
       ベットーレ山での地震断層が一段と深く、引き攣られたように
       長く延びているのが確認されています。
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       断層は70cmも片側が沈下しており、長さは100k以上と
       いったか、今回ほどの断層の亀裂の違いは過去にもあまり例がないものと。
       
       ノルチャはなんと30cmも沈下したそうですし、
       衛星から見た地震での地殻変動の大きさは100平方キロにも及ぶそうで、
       暫くは、ひょっとして数年にわたり、今回のような地震が続くかも
       という発表もあるようで、恐ろしい事!!




       被災された皆さんは、体育館のような受け入れ施設で一時を過ごされたり、
       テント村に入られたり、はたまたアドリア海沿岸の各町のホテル
       仮設木製住宅に各町村ごとに移られたり、です。
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       レンツィ首相は、クリスマスまでにテントから木製住宅に
       そして、元通りにすべて再建する、との事。
       レンツィ、頑張れ!!




       今回の引き続いての地震災害の様子を見て、私が一番ショックを
       受けたのは、やはりカステルッチョの様子でした。

       ちょうどこの写真と同じ様な位置から見た村の様子が気に入っていて、
       次に描こう!と思っていたので、尚更なのかもしれませんが、
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       あのウンブリアの大好きな小さな古い村々が消えてしまったのは、
       住んでいた方々と同じ様に、私にもトラウマで残りそう。

       美しい大草原の花が咲くのは同じでも、ポピーの前に咲く
       レンズ豆・レンティッキの栽培はどうなるのか、
       あの美しい自然に引かれてやって来る人々の宿はどうなるのか・・、
 
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       こんなに美しい風景に位置する村が無残な姿で長く残るのは、
       とても哀しい事!! 
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       何世紀にも渡っての何度もの大地震を切り抜けて来られた方々が、    
       どうぞ、再び立ち上がり、再建して下さるよう
       心から願って止みません!!!




     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光と兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

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by italiashiho2 | 2016-11-04 23:56 | ・ウンブリア Umbria | Comments(16)
2016年 10月 16日

   ・・・ イタリアで一番美しい 10の村々 ・ サイトから ・・・

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       先日偶然「イタリアで一番美しい10の村々」というサイトを見つけ、
       既に知っている場所もあり、初めて知る名もで
       とても興味深く思ったので、それを今日は皆さんにも!

       サイト名は、mondointasca - giornale on line di turismo e cultura del viaggiare
       ポケットの中の世界 - 観光旅行と文化の為のオンライン新聞
       
       魅惑的な美しさを持ち、皆さんに発見され評価されるに値すると
       思われる、10の村々をここにご案内

       というサイトの紹介文に相応しく、
       「小さな美しい村々」として既に有名な町村以外の、
       まだ余り知られていない、でも・・!という10の町の紹介ですね。

       という事で、北から南のシチーリアまでの10の村々の写真が
       1枚ずつ載っているのですが、州と町名だけではピンと来ませんよね?
       
       というよりもshinkai自身が知りたいものですから、ははは、
       どこにある町かの地図と、写真ももう一枚探し、ここにご披露を。
       短い紹介文はサイトにあったものです。

       サイトではボルゴ・Borgo(複borghi)村となっているのですが、
       これはイタリアでの慣習ですので、ここでは町とご紹介致しますね。


       1.チヴィダーレ・Cividale フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州
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       ジュリオ・チェーザレ(シーザー)によって興された町で、
       ユネスコの世界遺産の指定を受けている。
       魅惑的な町で、例えば写真の悪魔橋・ポンテ・デル・ディアーヴォロに
       伝わる、最初の通行者(実は猫)が、橋を造った悪魔の犠牲になった等
       たくさんの言い伝えがある。




       地図をどうぞ
       ウーディネ・Udineから私鉄道が連絡。
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       ロンゴヴァルド文化がしっかり残っている町で、国立博物館もありますが、
       この小神殿・テンピエットも大変美しく、町訪問の際はお見逃しなく!
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       チヴィダーレには以前何度も行き、何度かご紹介しています。
       こちらからどうぞ。




       2.ヴォゴーニャ・Vogogna  ピエモンテ州
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       ヴァル・ドッソラ・Val d'Ossolaに位置する住民1702人の町。
       中世からの町で、写真のお城は町よりも高い位置にあり、
       ほぼ円形の塔は町のすべてを睥睨する。





       地図をどうぞ。
       2つ見える湖の右はコモ湖、左はマッジョーレ湖で、
       ヴォゴーニャはそこから西に。
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       サイトで写真を探し見つかったのがこれで、随分昔、
       まだイタリアに来て間もない頃に雑誌で見つけた写真に惹かれ、
       切り取っていたのを懐かしく思い出しました。
       確かに行ってみる価値はありそう!!
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       3.ベッラージョ・Bellagio  ロンバルディア州
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       町はコモ湖に飛び出した先っちょに位置し、休暇を過ごすのに
       最適な事で知られ、北の山越しにアルプスが望め、
       コモ湖南の散策に適した色彩豊かな町である。




       地図は上のヴォゴーニャと同じもので、よくお分かりと。
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       もう一枚の写真は、湖から町の反対側を
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       生憎の曇り空の日でしたが、町の周遊のご案内は




       4.テッラーロ・Tellaro  リグーリア州       
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       この町はラ・スぺーツィア・La Spezia湾に位置する町村の中で
       一番魅力的な町の1つで、有名なチンクエ・テッレ・Cinque Terre
       からも遠くない。
       町は岩礁の上にあり、細い道を辿り背後の山にも行ける。
       



       地図をどうぞ。  左端切れて囲った場所がチンクエ・テッレで、
       確かに近いですが、行くとなると別ですね、これは・・。
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       今日のトップは、サイトにあったテッラーロの写真でしたが、
       いささか味気ない写真で、町紹介のも何か良く分からない感じ! 
       という事で、トップと同じ位置からの美しい写真をどうぞ。      
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       5.ソラーノ・Sorano  トスカーナ州
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       凝灰岩が掘られた上にある小さな町で、トスカーナのグロセット・
       Grosseto市にある。
       魅惑的な造りと古くからの趣のこの町は、エトルスクの証言に満ち、
       ヴァッレ・デル・レンテ・Valle del Lenteの傾斜地にある。




       地図をどうぞ。  左に見える薄いグレイの点線がトスカーナ州と
       ラツィオ州の境で、右上をかすめるのがウンブリア州。
       ソラーノの町はトスカーナの南東に位置します。
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       美しい夜景写真をどうぞ
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       この町にはピティリアーノから日帰りで出かけ、町中の美しさは
       知っていましたが、今回写真を探していて、
       町の対岸からの特殊な造形美の美しさにも感嘆しました。
       次回の為にインプット!
       
       町のご案内は




       6.カプラローラ・Caprarola  ラツィオ州 
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       カプラローラはラツィオ州の火山湖であるヴィーコ湖の 
       傍らに位置する。
       ここでは美しい風景と共に、素晴らしいファルネーゼ邸の庭園、
       そしてサンタ・テレーザ教会ではヴェロネーゼ・Veroneseや、
       グイド・レーニ・Guido Reniの絵画の鑑賞が出来る。




       地図をどうぞ。
       町にはヴィテルボ・Viterboから連絡
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       町の景観の美しさは我がブログでご案内していますので、
       ここではファルネーゼ邸の入り口からの眺めを
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       ブログでのご案内 カプラローラの町  

       ファルネーゼ邸 その1~3




       7.スペルロンガ・Sperlonga  ラツィオ州
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       海の町、自然のオアシスであるほかにスペルロンガの町は、
       海に突き出す岬に位置するたくさんの家々の眺めで魅惑し、
       幻惑する。 いくつかの見張りの塔の存在で分かるように、
       ずっと要塞化された町であったとみなされている。
       



       地図をどうぞ。  現在は道路状況が良くなり
       ローマからも楽に行ける場所となったと。
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       この春この一帯に出かけ、スペルロンガの町も散策しましたが、
       残念、この一廓を見ておらず、サイトで写真を見る度に・・・!!
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       町のご案内は




       8.フローレ・Furore  カンパーニア州
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       この町の美しさは何年も前から様々な観光協会によって知らされ、
       1997年にはアマルフィ海岸一帯がユネスコの世界遺産に指定された。
       と共に、イタリアで一番美しい村々クラブ、ワインの町協会、
       描かれた町協会にも加盟、2007年にはプロジェット・エデン・
       Progetto Edenで表彰された。

       描かれた町協会、というのは、町村の家の壁に壁画を描く企画で、
       通りが賑やかになり、観光の人々が集まる利点もありますが、
       何でも描けば良いというものではない、と思う事も、はい。
       古い町の美しい年月を経た壁が、下手な壁画で潰されるのは哀しく、
       町の趣が一変してしまう面もありますから。

       プロジェット・エデンというのは、どうやら観光客誘致の為の
       様々な企画をし、実行するものの様子。          




       地図をどうぞ。  アマルフィ・Amalfi とポジターノ・Positanoの
       中間にあるのですねぇ。
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       上の凄い眺めの写真から、どういう状況にあるのかと思いましたら、
       海が細く岩礁に入り込んでいる様子なのを見つけましたぁ!
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       9.カステルサルド・Castelsardo  サルデーニャ島・Sardegna
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       カステルサルドは自然の素晴らしさである。半島の頂上に位置する
       ドリア家の城に至る細い道、急な坂道の特徴ある、
       中世からの町がとても良い状態で保たれている。




       地図をどうぞ。 サルデーニャ島のサッサリ・Sassariに近く
       北に見える島は、フランス領コルシカ島。
d0097427_15003366.jpg



       上の写真の、山の頂上の城の写真を探しましたら、これひとつ!
       物凄い岩と城の区別がつきますか?!
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       10.カステッランマーレ・デル・ゴルフォ・Castellammare del Golfo シチーリア島
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       カステッランマーレ・デル・ゴルフォの町は、トラーパニ・Trapaniの
       湾に面し、12世紀のノルマン族の征服期に端を発する町。
       この町からの素晴らしい海の色の眺めは驚異的であり、
       まさに空と海が混ざり合うようである。




       地図をどうぞ。  パレルモの西、湾の奥に位置するのですね。
d0097427_15010905.jpg



       上の写真ではちっとも町の良さが分かりませんので、ははは、
       探しましたぁ! 
       これで海に飛び出す要塞城も、古い町の造りも
       海の色の素晴らしさも分かりますね。
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       如何でしたか?
       お気に入りになりそうな、小さな美しい町は見つかりそうでしょうか?

       う~~ん、シチーリアにも、他にも行ってみたい所ばかりだなぁ・・!!

       
 
     *****

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by italiashiho2 | 2016-10-16 00:03 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(4)
2016年 09月 01日

   ・・・ 大地震の後の、 歴史遺産と町の修復保存に付いて ・・・

       皆さま、こんにちは! 
       8月最後に地震速報のアップをしましたが、
       約1ヶ月間のブログ休載のお休みを頂き、再度ここに。

       休載中もブログご訪問、そして応援クリック、
       本当に有難うございました!!!

       ブログ復帰の最初に何を、住んでいる村の緑? 葡萄畑?
       なんぞと考えておりましたが、

       つい先日歴史文化遺産、地震で崩壊した町村の修復に付いて
       レンツィ首相の「元の通りに、元の場所に・com'era, dov'era・
       コメ・エーラ、ドヴェ・エーラ」に、
       年月はかかっても修復する、という基本方針が明かされたのを受け、
       TV画面に一連の町と文化財の修復保存の様子が出ました。
       
       元の通り、元の場所に、というのはよく言われる言葉なのですが、
       今回この言葉がより大きく聞こえたのは、
       7年前のラクイラの大地震のその後が皆の頭にあるからなのですね。

       ラクイラ・L'Aquilaは隣のアブルッツォ州ですが、
       今度の地震被害の大きかったアマトゥリーチェ・Amatriceから、
       51kmほど、車で1時間半ほどの距離にあり、
       7年前の大地震の後、町の修復がいまだ捗々しくない様子。
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       人々は「ニュータウン」と呼ばれる、町の郊外に新しく建設された
       四角いコンクリート長屋みたいな!場所で生活するのを
       余儀なくされています。

       この「ニュータウン」の建設は、かのベルルスコーニ首相が
       強く望んでの建設だったそうですが、
       その後すぐにテラスが落ちたりの欠陥建設でもあり、
       町の人々の意識から大きく外れたものだったのですね。
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       それで尚の事、この度の「元の通りに、元の場所に」が
       大きな響きを持ったという様子です。

       前置きが長くなりましたが、
       それで出たニュース画面で見た写真にとても驚いたのがあり、
       歴史遺産や町の修復保存に付いて考えるきっかけとなり
       今回はそれをご覧頂きたいと思います。

       まず過去の大きな地震、写真が残っているものでは、

       1908年2月28日に起こったマグニチュード7,2の大地震、
       引き続く津波とで10万人もの死者が出たという、
       シチーリア島の本土側に一番近いメッシーナ・Messinaと、
       対岸のレッジョ・カラーブリアの被害

       これは地震後のメッシーナの聖堂前ですが、
d0097427_01400820.jpg



       現在はこの姿。 崩壊していた美しい鐘楼も元の姿に。
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       古い写真を探していて、こんなのも見つかりました。
       
       これは1968年のシチーリアの西、ベリーチェ・Beliceの地震後
       最初の食料救助隊が到着した時の模様。
       食料受け取りの容器を持った子供を、先に通そうとする救助隊。       
       ちょっと涙が出そうな写真です。
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       いつの物、どこでかも分かりませんが、こちらも
       クリスさんから、フリウリ地震の時のもの、と教えて頂きました。
       いつも有難うございます!
     
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       1980年11月23日のカンパーニア州のイルピーニア・Ilpiniaでの
       マグニチュード6,5 死者2914名の大地震後、
       救出された犬に喜ぶ人々
d0097427_01410072.jpg
       同じイルピーニアで50年前の1930年7月23日にも、マグニチュード6,7の
       大地震が起きていて、死者が1425名という記録がありました。 




       今回TVニュースで写真を見て驚いたのがこれ!
       1971年のトゥスカーニア・Tuscaniaでの地震で、と聞きつつピンと来ず、
       後陣の上部が崩壊した写真で、あっ、サン・ピエトロ聖堂の後陣!!
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       内部からはこんな様子
d0097427_01412715.jpg



       現在はこの姿で、そういえば確かに、レンガの色が違うなぁ、と
       感じた記憶はあったのですが・・。
d0097427_01414150.jpg



       後陣にあったフレスコ画の破片の写真も見つかりました。
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       サン・ピエトロ聖堂の正面には
       こんな美しい薔薇窓とその周囲の装飾があるのですが、
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       TVニュースでは、この薔薇窓がポコッと落下して残った
       丸い穴の開いた正面壁の写真も見たのですね!!
d0097427_01425972.jpg

       その写真をサイトで探し回りましたが、遂に見つけられずで、
       ひょっとして自分の思い違いか何かかと心配したのですが、
       薔薇窓と後陣の崩壊があった、という記事を見つけました。


       いやぁ、こんなに驚いたのは最近になく
       勿論地震に見舞われたというのは知っておりましたが、
       後陣崩壊、薔薇窓落下、なんぞとは考えもせず、
       正面の扉も鉄柵の扉になっていたのを、色気が無いね、なんぞと・・!

       自分が本当に、素晴らしい聖堂だ! なんと美しい!!
       と惚れ惚れと眺めたのが、
       今回、これは長年の修復師の皆さんのお陰なんだと改めて認識し
       あ、その前に政府の方針による財政補充があるわけで、

       今までは「修復された」というのをイマイチ不足に感じていたのですが、
       今後こんな不敬な事は考えまい!
       今も以前の姿を見れるのを感謝しなくてはいけないのだ!!
       と大いに反省、気持ちを改めるきっかけになったでした、はい。

       サン・ピエトロ聖堂ご案内




       その近くにあるサンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の方は、
       鐘楼の上部が崩れていたのは、多分地震かな、と考えており、
d0097427_01431621.jpg



       聖堂の方はどうだったか、と写真を探しましたが、
       上部の薔薇窓などは大丈夫だった様子ですが、
       正面左側が落ちていた様子
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       サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の様子は




       町のほうにも被害があったのでしょうが、その名残もなく、
       サン・ピエトロ教会から見える丘の並びに、
       崩壊したという城の名残の廃墟があります。
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       そして町の修復保存に付いて、今回も何度も言及されるのが、
       フリウリ・ヴェネツィアージューリア州のジェモーナの町。

       1976年5月6日の夜9時、マグニチュード6,1の地震が
       フリウリ一帯を襲い、1000名の死者が出ましたが、
       とりわけ中世の面影を残す美しい町のひとつである
       ジェモーナ・Gemonaの被害が大きかったのですね。
       
       聖堂正面の上部、側壁、そして鐘楼が崩壊し、
       高台にあったお城も崩壊、町の被害も大きかったのですが、
d0097427_01441297.jpg
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       しかもこの時の地震は、皆さんが漸くに気持ちの整理も付き、
       なんとか復興に取り掛かった9月になり、
       11日、15日と再度襲ったのでした。

       写真でも、2度目の地震により被害が大きくなったのが分かります。



       現在はこの姿で、町も見事に復興し、美しい古い町の面影を
       伝えてくれています。
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       崩壊した石に番号を打ち、元の様に使えるものは使った、といい、
       ジェモーナの市長から今回の被災地の皆さんに
       我々が出来たのだから、頑張って!というエールも。

       ジェモーナの町の様子



       最後は、今回大丈夫だったアッシジの聖堂の上院の天井部の崩壊。
       1997年9月26日のウンブリアからマルケ州にかけての地震でしたが、
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       2年後に見事に復興となり、現在はこの美しい姿!
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       聖堂の修復の様子なども、こちらでご覧頂けます。


       イタリアも地震国で、今回記載したもの以外にも長~いリストがあり
       ウンブリアの地震後も、2002年には南部モリーゼ州とプーリア州に、
       2009年の、お話したラクイラの大地震があり、
       2012年には、エミーリア・ロマーニャ州でのモデナ一帯での地震
       と続きます。


       今回のイタリア中部の地震の様子をTVで見ると、
       崩壊した建物の中でもしっかり頑張っている建物が明らかで、
       やはり耐震設備は大事なんだ、との思いを強くしましたし、

       カステルッチョやノルチャでも、以前の地震災害の後
       耐震設備を施した家屋がしっかり残っているのが、良く分かる状態。

       今回の山岳部の古い家々は耐震装置が無いものですから、
       大きな地震の前に脆くも崩れており、とても無残!
       再建する時には必ず耐震で、と願います!
       

       今回の地震のあった一帯で、訪れている町、地域の
       以前の美しい様子を、shinkaiの愛しの風景をどうぞ!

       プレーチ・Preciと、サンテウティツィオ教会、一帯の村など
       今回プレーチの教会、サンテウティツィオ教会共に
       かなりのひび割れが起こった様子。
       http://italiashio.exblog.jp/5661411/        


       ウンブリア一帯の地震で被害を受け、10年後に訪ねても
       まだまるで復興しておらずショックだったのですが、
       その後再度の訪問では復興していた村、
       ロッカノルフィの様子を。 復興には年数がかかります!!       


       こちらも復興に長い年月のかかったカンピの村

 
       ノルチャとカステルッチョを

       カステルッチョの美しさ 1と2

       今回の地震の断層が見つかったモンテ・シビッリーニ一帯の
       美しい風景を、ジョヴァンニの写真で。


       これを書いている31日お昼のニュースによると、
       アマトゥリーチェのホテル・ローマから、また一人遺骸が
       救出されたそうで、依然として発掘が続いている様子です。


       どうぞ、被災地の皆さんが再び立ち上がり
       何年か後には、崩壊した町や村が元通り、美しく蘇りますように!!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-09-01 02:06 | ・ウンブリア Umbria | Comments(6)
2016年 06月 24日

   ・・・ スペルロンガ ・ イタリアの一番美しい村々の1つ ・・・

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       ラツィオ南の旅のご案内、今日はスペルロンガ・Sperlongaを。
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている1つで、

       上の写真は、町の東にあるローマ皇帝ティベーリオ(ティベリウス)
       の別荘跡から眺めたもので、
       町の旧中心部は、こんな風に突き出した山の崖上に。

       
       ローマ皇帝ティベーリオ・Tiberioというのは、ローマ帝国第2代皇帝。
       初代皇帝アウグストゥスの養子だったそうで、
       ティベーリオの別荘というとカプリ島にあるのが有名ですが、
       ここの別荘跡もかなりの大きさ。

       傍らにある洞窟内から発掘された、素晴らしい大きなギリシャの
       大理石彫刻群が、現在隣接の国立考古学博物館に収容展示されており、
       次回にでもご案内したいと思っておりますが、
       今回はまず町のご案内で、浜辺から見えた町の姿を。




       スペルロンガの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       ローマの南、車で約2時間程で行ける位置で、
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       上記のティベーリオの別荘跡、洞窟内の発掘などは、
       テッラチーナ・Terracina からガエータ・Gaetaに至る道を建設中の
       1957年に、偶然に発掘されたのだそう。




       これはトップの写真に、町から海に突き出した岩場の上に見える物で、
       かっての海賊船相手の物見の塔トゥルーリア・Torre di Truglia、16世紀、
       元のローマ期の塔の後に建設されたものと。
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       現在は一帯が自然博物公園となり、博物館として使用されているそう。
       それにしても、ペンキ塗り立て、みたいな凄い色ですねぇ、ははは。




       町のある高さは55mで、人口は3300人ほどですが、
       この位置からは隠れる向こう側の浜辺に、現在は新しい町が広がり、
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       右端に見える木々のある場所、ここに海を見渡せる展望台が。




       さてティベーリオの別荘、洞窟跡見学から町に移動し、
       バスを降りて見える風景は、こんな新しいそっけない広場で
       えっ、大丈夫かいなといささか心配に・・!
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       広場にある古いオリーヴの根元で、ぐっすり眠る黒猫ちゃん
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       展望台から見渡す東側の海、浜辺
       ほら、洞穴みたいなのがポコッと見えますね、
       あれがローマ皇帝ティベーリオの別荘跡と、彫像群の見付かった洞窟。
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       こちらが西側、崖の上にそそり立つ町の古い部分
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       展望台でかなり長いガイドさんの説明があったのですが、
       こちらは早く町の中に行きたい一心で気もそぞろ、ははは。
       やっと集合時間を告げられ、町の広場に向いますが、

       こんなに高い家が見え・・!
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       先ほどの海の岩場の上の見張り塔の他に、町の中にも
       3箇所ほど見張り塔があったというのですが、
       この建物の右半分、ここが案外その1つだったかも、ですね。




       中心広場に出て来て、ブーゲンビリアの花がもうこんなに!!
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       この辺りは夏はきっと大変な人出でしょうね!
       ローマから2時間で来れるのですものね。




       広場のカフェの椅子の下
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       広場から西に延びる小路
       そう、どこもかしこもこんな小路があっちにこっちに。
       緑の十字のネオンは、薬屋さん。
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       小路突き当りの建物の、入り口の脇柱の足元
       なにやら由緒ありげと見ましたら、
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       内部は12世紀の元教会の建物で
       カフェを兼ねた催し物とか集会場とかに変貌。
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       前を横切る小路の天井部は青く塗られ
       右に見えるアーチをくぐると、
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       奥に小さな広場と井戸が見え、
       一番手前の左側の壁と、奥の建物に残るフレスコ画
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       こちらは古いフレスコ画で、どうやらトルコの海賊船!
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       そしてこちらは建物の2階の壁に描かれた騎士物語りのロマンス
       海賊船にもかかわりがあったと思うのですが、
       ガイドさんから聞いた話はきれいに忘れまして・・! へへ。
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       旧石器時代に既に住人が居たらしいこの町は、
       あの東に残るローマ皇帝ティベーリオの別荘にも見られるように、
       ローマ期にはかなりの数のローマ貴族の別荘があった様子。
       きっと風光明媚で、暖かい土地なのでしょうね。
       が7世紀ごろには、あの洞窟も海賊から避難する為に使われたと。

       町の名のスペルロンガというのは、この一帯にあるたくさんの
       天然の洞窟、くぼみ、穴を意味するスペルンカエ・speluncae
       から来ているのだそうで、

       町の名が記録に登場するのは10世紀。
       今は無いものの町の城壁が11世紀に造られ、
       今も残る町の門に残る紋はカエターニ家の物と。       
       
       最初に見て頂いた町から突き出す岩場の物見塔、
       そして町の中にも3つほどあったといわれる物見塔、
       そして城壁と、様々な防御にも拘らず、
       この町は2度トルコの海賊に破壊されており、
       最初は1534年、そして1622年、
       海賊の名はバルバロッサ・Barbarossa・赤ヒゲ(1475-1546)と呼ばれる
       Khair ad Din・ハイレッディン、オスマントルコの提督で、
       16世紀イタリアの海岸沿いは、軒並み彼にやられたのでした。

       こんな小さな漁村を襲って取る物があるのか、と思われるかもですが、
       人間を略奪し、奴隷に使った、売り払ったのですね。


       そして町はずっと小さな貧しい漁村、として近年まで来て、
       ティベーリオ帝の別荘跡が偶然に発見されたという道路の建設で、
       一挙に状況が変わり、それ以降観光の町に変わったのだと。
       



       細い小路の両脇に高い建物が迫りますが、
       一番上の窓も綺麗にされ、住んでいる事が分かり、
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       こんな色違いの扉、これは多分倉庫の扉、の並び
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       狭い土地にかなりの人々が住んでいた、
       いるのだろうと想像できる建物の高さ!
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       この手前の建物は、




       こんな感じ、この高さ!! 
       途中で拡張され、嵩上げされたのも分かりますね。 
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       玄関脇の狭い土からも、木々が頑張り! 
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       上の玄関から顔を覗かせる、暇そうなワン君! 
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       脇に延びる下り坂の先に見える、ちょっと興味を引いた形の建物。
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       小路の名は、元の病院通りとあったので、
       案外貧者や病人の救護所だったのかも・・。 時間があったらねぇ。




       なんとなし、髪の毛を細い細い三つ編みに何本もたらし、
       ビーズなどを編みこんだ髪型を思い出した扉、ははは。
       扉の開け閉めのたびに、ちゃらちゃらと鳴りそう!
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       郵便受けの上の青い陶板には、4人家族の名前が書かれ、
       その上左で飼い猫ちゃんが居るのも分かり、ただし名はなし、ははは。




       一方こちらは頑丈一式の扉、ただし、救命ボート風の飾りあり!
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       大概のお家の中はかなり狭いのではないかと想像したのですが、
       この入り口部をご覧くださいね。

       番地が打ってある札を見ると、51、53、55とここに3軒分あり、
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       同じ建物の2階には、左から43、45、47、49と4軒分!
       まぁ2階のお家は、中が2階建てになっているのだと思いますが、
       やはりかなり狭い居住環境なんだろうなと。
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       ここがずっと辿ってきた道の下り坂、つまり旧中心地の終わり
       下り坂で、上って来た仲間からもそう聞き、
       上り坂は避けたいshinkaiは、引き返します、へへ。
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       ご覧頂いているように、建物の色は殆ど白で、
       入り組んだ小路と階段という特徴がありますが、
       扉の色、玄関周りの小さい飾りで、そっけなさが消えていますし、
       何よりも路地が綺麗、人々が住み、掃除が行き届いている感じを受けました。




       夏のこの辺りの海の色を思わせるような青い扉!
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       今度は家の前の石段に、腰を下ろしているワン君
       う~ん、狭い1段には、お尻と前脚が入りきらないんだね、君は!
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       隙間から見えた港、青い海
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       来る時通った時は何もなかったこの階段に
       そろそろ店開きをする手前のワイン・バーがクッションと明かりを。
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       細い路地を覗きながら、ゆっくりと戻ります
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       ティベーリオ帝の別荘跡横の洞窟が真っ直ぐに見え
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       午前中に傍で見た時は、なんとなしに自然洞窟と思い込んでいたのが、
       この写真を見て、手を加えて入り口を掘ったんだと気が付き、
       調べましたら、やはりそうなのを知りました。
       かなりの厚みを掘り込んでいます!




       小路が狭すぎて、扉の前からはレンズに入りきらないのが殆ど!
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       入り組む小路と階段が至る所に!!
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       中心広場まで戻り
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       テラスの椅子席を占領している猫ちゃん2人!
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       猫ちゃんの詳細は、水彩+色鉛筆ブログに載せますね。




       町の新しい広場の角の展望台から見る、薄い夕焼けの色
       一箇所にうっすらと光線が射しこみ・・!
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       あの岬の向こうの町、テッラチーナまで戻ります。




       正面に見えるポンツァ島
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       この日の最後は、海に射し込む一筋の光
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       我らが行った5月下旬は、漸くに浜辺の準備が整いだした頃で、
       少し曇り空の日でもあり、小路に射し込む陽も弱かったですが、

       今頃はきっと暑い夏の陽射しの下、町はヴァカンス客が
       あふれ出している事でしょう!
       あの狭い路地に余り人が溢れるのはちょっとね、と思いますが、
       夏はまた別の表情を見せるのであろうスペルロンガの町。

       狭い路地奥のレストランで、美味しい魚料理を食べるのも
       きっと美味しく楽しい事でしょう!!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、描き初めと、お終いと、 スペルロンガの猫たち を
       アップしています。   
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by italiashiho2 | 2016-06-24 00:08 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(7)
2016年 06月 09日

・・・ セルモネータ ・ グーグルStreet Viewで、美しい6村の1つ  追記 ・・・

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       今日のご案内は再度ラツィオ州南の旅に戻りまして、
       セルモネータ・Sermonetaという、中世がそのまま残ったような
       小さな素敵な町のご案内です。

       トップの写真は、平地から山の上に町が見えて来た所で、


       こんな風!
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       セルモネータの町はどこにあるか、地図をどうぞ
       ローマの南にあるラティーナ・Latinaから東に入り、山を上ります。
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       この日は午前中にセルモネータの町を訪問、昼食の後
       先回ご案内したニンファの庭園に行き、最後ちょうど中間に見える
       ヴァルヴィショーロの修道院に寄った、という日程でした。




       セルモネータの町は海抜237mに位置しますので、
       平地からぐんぐん坂道を上り始め、そして見えてくるのがこれ、

       突き出す岩山の上の塔、モンティッキオの塔・Torre di Monticchio.
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       中世のセルモネータの領主によって、ちょうど良い丘の上に建設され、
       近辺一帯平地の見張り基地とされたものだそうで、
       兵士や家族達が住んでおり、
       もしも敵の接近が見られたならば、即座にリレー式に町に知らされ、
       防御なり攻撃なりの態勢がとられたのだと。
   
       この近辺は近くを通る街道や鉄道施設に使う砂利採取が行われたというので、
       今見るこの姿は特殊ですが、建設当初はもっと緩やかな丘の姿で、
       砂利採取で周りが削られたのではないかと、想像しますが・・。




       曲がりくねりながら続く町への道。 漸くに見えて来た所!
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       町からかなり離れた場所に駐車場があり、そこから歩きますが、

       谷の向こうに見える山の斜面は、一面のオリーヴ畑
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       北の人間は働き者だけど、南の人間は・・、なんていうのは嘘だね、と
       思うほどにぴっちりとオリーヴが栽培されていて、
       



       こちらの道の脇に見えるオリーヴのこの幹!
       きっと何千年も経ているのでしょう!!
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       道の左手には、町から張り出したと思われる要塞が続き
       先方に町が見えてきて、
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       さて、町の門。 ここから中心に
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       町の地図をどうぞ
       右の2の位置の門から入り、ガリバルディ通り・Cosrso Garibaldiを行き、
       中央上に見える赤い大きなのが、カエターノの城・Castello Caetano
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       1. サン・ジュゼッペ教会
       2.ビアージョ・マルキオーニの階段  見逃しましたが美しい階段の様子
       4.18. カエターノ宮・陶器博物館
       8.コムーネ広場
       9.10.ロッジャ・デイ・メルカンティ・商人達のロッジャ
       13.見晴らし台 横に市役所
       14.15.16.サン・ミケーレ教会
       19.20. サンタ・マリーア・アッスンタ教会




       ガリバルディ通りを行きますが、奥に聳える城の塔。
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       右手前に見える大きなテラスの建物は、




       これ、番号4.18のカエターノ宮、現在陶器博物館の様子
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       町の中心コムーネ広場に到着
       見えるアーチが9.10の、ロッジャ・デイ・メルカンティ
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       かってはここで商取引が行われたのでしょうね。


       セルモネータの町がこの高所にあるのは
       かって下の平野は湿地帯でマラリアが蔓延していた事や、
       サラセン人の襲撃などを逃れる為だったといい、

       当時はローマへの通商道がこの山側を通っていた為、
       通行税の取立てや商交易の繁栄もあったのだそうですが、
 
       16世紀に入り平地の干拓が始まり、アッピア街道も再開発されると、
       この町は次第に衰退し、      
       13世紀の末からこの町を拠点にしていたカエターノ家も、平地の、
       セルモネータからは北西にあるチステルナ・Cisternaに本拠を移したと。


       グーグルのストリート・ヴューによる美しい村の人気度は
       6つの内の1つ、とありましたが、(後の5つはどこか不明!)

     ◆ 追記です ◆
       グーグルのストリート・ヴューによる美しい村の人気6村
       早速にクリスさんが調べて下さいました。
       それによると、

       アオスタのエトロブレス(Etroubles) エミリア・ロマーニャのサン・レオ(San Leo)
       カンパニアのカステッラバーテ(Castellabate) カラブリアのボーヴァ(Bova)
       シチリアのガンジ(Gangi) そしてこのセルモネータ だそうです。

       クリスさん、有難うございました!


       古い歴史を刻み込んで残ったこのセルモネータの町の趣は
       やはり単なる田舎町ではないのを感じます。
       そして、この高さのこの辺鄙な位置にある町なのに、
       訪れる人が多いのも分かり、寂れていない事が心地良いです。
       
       


       コムーネ広場から見えるこの道を辿ると、地図19.20の教会
       サンタ・マリーア・アッスンタがあり、ベノッツォ・ゴッツォーリの
       素晴らしい可愛い聖母の絵もあったのですが、教会ご案内は次回に。
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       コムーネ広場は3角形をしていて、ロッジャ・デイ・メルカンティの
       上から眺めるとこんな様子で、
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       我らはカエターノの城、サンタ・マリーア・アッスンタ教会の
       見学が済んでの昼食は、この広場の奥に見える白いテントの下で。




       ロッジャ・デイ・メルカンテの横にかっての城への門があり・
       アンニバルディ門・Porta Annibardi、道は細く上り坂に城に続きますが、
      
       脇道の様子がどこも素晴らしく、皆が覗いて撮りながら、
       ぼちぼちと上っていきます。
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       門の脇辺りにはかってユダヤ人のゲットーがあり、
       シナゴーガも(普通の家)あったそうなのですが、
       午後に一人で少し歩いた時は、見逃しました。

       カエターノ家の城要塞は素晴らしい威容でほぼ完璧に残っていて
       見張りの兵士達の歩いた城壁の上の道も通れ満足でしたが、
       ここのご案内も次回にさせて頂きますね。



       コムーネ広場の点景と、広場の敷石
       如何にも硬そうで古そうで、つるつる滑ります。
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       さて城から戻り、教会の見学も済ませ昼食も済ませると、
       集合までの時間を、ガイドさんが教えてくれた小路歩きに出かけますが、

       両脇から高い建物が押し迫り、古い石造りの威圧を。
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       狭い小路を抜けていくと、どことなく生活の匂いも感じられ
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       この家は一体いつからの物だろうと感嘆した家!
       道が狭く後ろに下がれずで、下と上に分け、
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       これが上の住居部への階段。 凄いでしょう?!
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       かと思うと、レモンが実る大きな木もあり
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       小路を上に上に辿っていくと、城の下に出て・・
       凄い高さ!! まさに中世の要塞城なのですね。
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       土台には自然の岩も組み込んでいるのですが、
       脇にあるお家の方が植えたのでしょう、ピンクの薔薇が
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       3輪車が2台。 そう、こんな車でないと辿れませんね、小路は。
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       城の脇から中の道を辿り下りますが、
       
       半分だけ木の扉にして修復されていると、しかも濃い色でね、
       なんとなしにモダンな感じも受け、
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       坂道に見えたお家ですが、扉の上にある年号は、1560年!
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       古い壁に残る、古い丸窓
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       保護色みたいになって見え難いですが、ははは、
       コムーネ広場の所で書いたアンニバルディ門の裏側に至り、
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       ロマネスク寺院めぐりの旅を続けられているクリスさんが、
       昨年10月にセルモネータに行かれており、
       違う駐車場から町歩きをされているので、どうぞ。
       トップの写真が、このアンニバルディ門です。




       門を出ての右側の眺め、陶器店の看板
       陶器博物館もありましたから、陶器製造が盛んだったのかも。
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       門の脇から横道に入り、すぐにあった店
       ここも陶器で作った家などの模型店の様子でしたが、
       如何にも古い趣でよい感じでしょう?!
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       少し入り込み、見上げる建物の壁と
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       建物の壁の角が作り出す、小さな一廓
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       この場所にはまさに中世の趣を感じ、暫く佇みましたっけ。
       ベンチやバイクを除けたら、そのまま時代が遡る感じでしょう?!




       そろそろ集合時間に近くなり、コムーネ広場に出て来ましたら、
       我々がお昼を食べたバールのテラス席には、中学校の生徒達が
       お昼を食べ終わってわんわんと騒いでおり・・!
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       なぜか窓の外に置かれているパン籠!
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       昼食後のひとときの時間、観光客の姿もなく
       来る時には見えなかった物が見え、仲間の姿もなしで、
       時計を見ながら、歩きながら、パシャパシャとやり、
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       ロカンダ(宿)ボニファーチョ8世の看板の出た扉。
       代々のカエターノ家の、一番の著名人物の名が付いていると、
       中はどんなのか興味がわくではないですかぁ?!
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       昼下がりの町の通りを振り返り
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       朝、町の門から入ってすぐの所にあった半円の塔の内部
       今はぞろぞろ歩く仲間もおらず、しっかり見え。
       時間があったら、あの銃眼から覗いたのに、残念!
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       町中から駐車場まで15分はかかるから、そのつもりで集合を
       と言われていたのを、門を出たら駐車場がすぐだった様に
       勘違いしており、必死にはぁはぁ言いながら歩き、ははは、
       途中でまだのんびり歩いている連中を追い越し、一安心!

       という様子で、セルモネータの町を後にしたのでしたが、
       次回にお城と教会のご案内を。
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       町の散策にお付き合い下さり、お疲れ様でしたぁ!
       有難うございました!



     *****

       ブログ「セレナ日和」のabiさんが、
       shinkaiが描かせて頂いた愛猫セレナ君の絵を、
       お家に掛けて下さった様子を載せて下さいました。
       猫ちゃん好きな方、見てやって下さいね!
       
   

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、芽生え 途中経過 と、 カルページカの丘の上から を
       アップしています。   
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by italiashiho2 | 2016-06-09 00:07 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(18)
2016年 05月 10日

   ・・・ 湖畔の春色を撮りに ・ ラーゴ・ディ・レヴィーネ ・・・

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       この5日、久し振りに写真仲間と撮りに出かけました。

       天気予報ではまん丸の太陽さんだったのですが、・・嘘つきめぇ! 
       前夜は雨で、朝は雲の厚い薄ら寒い日となり、
       それでも朝の7時半に集合、6人が車2台に分乗し出かけました。

       上の写真はコネリアーノから北に向かう所で、
       前の車にジョヴァンニ達。
       ちょっとした遠足気分で、車中ではお喋りが弾み、ははは。




       出かけた場所はラーゴ・ディ・レヴィーネ・Lago di Revine.
       何度も出かけている場所ですが、四季折々の色があり、
       周囲の村落もとても良いのですね。

       コネリアーノからだと20kほど、30分足らずですが、
       途中のタルツォ・Tarzoでカフェをし、

       到着した湖はこんな色
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       湖の対岸には、ヴィットリオ・ヴェーネトから西に連絡する道に
       点在する村落が見え、これはラーゴ・Lagoの村。
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       この道、これより西に、この春復活祭の日に出かけたムーラ・Mura があり、
       カステルブランドの城のあるチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       元修道院のあるフォッリーナ・Forrina
       西のヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadeneまで続きます。
      



       地図をどうぞ
       SP35・県道35号線が通り、東にヴィットリオ・ヴェーネトで、
       湖は2つに分かれ、この湖を見下ろしながら通る事も多いのですが、
       写真を撮るには逆光になるので、
       今回はさすがジョヴァンニ、良く状況を知っており、湖の南岸に。
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       南のタルツォから来ての突き当りを右に下り、湖近くの赤点を
       打った場所に小さな駐車場があるのに車を止め、
       このすぐ近くにピクニック用のテーブルや椅子、
       子供の遊技場なども整えられているのですが、

       我らは左の大きな湖の周囲を、まず東側の岸沿いに行き、
       東端の角辺りで引き返し、西の湖岸辺りまで。
       
       最後はラーゴ・Lago のパン屋により、
       それから少し西にあるソットクローダ・Sottocrodaの村に。
       この村はまるで知らずだったのですが、
       石造りの古い村でとても良かったので、またご案内いたしますね。




       地図の右上に見えるレヴィーネ・ラーゴの村の上にある、
       聖所とされる教会が見えます。
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       この日は雲が厚く、肌寒いほどでしたが、
       やはり、東に見える山、カンシーリオの上には雪が見え、
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       望遠で覗きましたら、大きな山小屋のあるのも見え!
       見えますか?

       ジョヴァンニに聞いたうろ覚えを頼りに、確か P で始まったと、ははは、
       調べましたら、モンテ・ピツォック・Monte Pizzocと。
       
       夏に出かけたカンシーリオの森から、ジグザグに山の中の道が
       すぐ近くまで続いているのも確かめました。
       ジョヴァンニに行ける場所かどうか、誘いをかけて見よう!
       勿論、彼の車か誰か仲間と一緒にね、ははは。
       



       一瞬雲の間から射す陽に、山の新緑が浮かび上がり
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       いやぁ、湖面を渡る風がかなり強く寒く、shinkaiはこの日
       コートのポケットに入れていた指なし手袋をはめて正解で、
       仲間達は手が冷たい、と言っておりました。




       この湖には河骨が咲くのですが、既に準備中のも。
       ね、水も綺麗でしょう?!
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       かなりの幅で湖岸が広がり、葦が茂っていますが
       今枯れた良い色。
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       道脇にびっしりのスギナ、ちょっと土筆の名残も!
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       ジョヴァンニの奥さん、マリーザに聞きましたら、
       食べないけど、何かの薬草になると聞いた、
       が、何に効くのかは覚えていない、との事。




       道脇の木にびっしりとつく苔類
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       切り株の緑の苔、綺麗でしょう?!
       右下に見える丸いのは茸。
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       切り株がまるで廃墟式に見える齧られ跡
       何箇所かにキツツキが突いた丸い穴も見え・・。
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       野生の小さな花々
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       芽吹く草の穂
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       あやめ科の小さな蕾
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       蛇はおらんよね?となんども訊ねつつ、ははは、
       草地の中に踏み込むshinkai。




       ジョヴァンニの、今回初お目見えの新兵器
       分りますか、三脚の上に乗せカメラを据えるもので、
       水平や角度が、脇に突き出す3つのつまみで簡単に
       調整できると言うもの。
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       ManfrottoのMHXpro3WGというのだそうで、
       200エウロだったんですって!
       値段を聞き、わぉ~!と言うと、
       隣からマリーザが笑いながら、家の財布を別にしたいと。
       うん、ついでに銀行もね、とshinkai、ははは。




       岸に沿って道がゆるく曲がり、右の新緑は桑の木
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       イタリアもかっては養蚕国でしたので、桑の木が今もあちこちに残り、
       大木になっているのも多く見かけますが、
       こういう場所にある、というのは貧しい農家で桑の木を持たずとも、
       ここの桑の葉は取っても良いという場所だったのでしょうね。
       教会の脇にあるのも、そういう意味だと聞きましたが。




       道はつかずはなれず、湖岸に沿って続き
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       太陽が雲から出たり入ったりで、山の色、緑の色が変化
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       ちょうど対岸の新緑が見える位置になった時
       陽が射し、柔らかい緑色が。
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       奥に続く道の脇、かなり広く草原が広がり
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       その奥に、道脇の建物が見え
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       ラーゴの村も角度が違って見えます
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       岸辺近く、河骨の繁殖が大きな場所もあり
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       風で騒ぐ波紋の色も様々に変わり
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       オオバンが一羽通過。
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       少し高い位置に上ると、
       平野の新緑が、光って鮮やかに煌き
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       下からカメラを向ける仲間にサーヴィスで少し踊りまして、ははは。
       左からミレーナ、マリーザ、サンドラ、ジャンナ。
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       彼らは本当にしょっちゅうのお喋りで
       カメラの事、写真の設定、友人の事、旅行の事 ecc,ecc.
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       少し湖の西を行きますが、こちらはこんな感じの細い道が続き、
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       隙間から見える、レヴィーネ・ディ・ラーゴの村
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       湖岸に近く、寄せる波
       雨量の多い時は、並木道の辺りまで水に浸かるのだそう。
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       今回は途中で引き返したのですが、
       こちらをも少し奥、北のラーゴの村に近い辺りに行くと、
       考古学公園・Parco Archiologicotoというのがあります。
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       新石器時代の終りから青銅時代の初期にかけて、
       この一帯に人々が定住していたと見られる歴史を振り返り、
       湖に張り出しての杭の上の住居を含め、3軒復元されていて、
       子供達も勿論、見学できるようになっている様子です。

       写真奥に1軒、杭の上のが見えますが、分るかな?

       サイトは http://www.parcolivelet.it/ 

       shinkaiは一度見学のチャンスがあったのを逃しており、
       見学の日を一日間違えまして、へへへ、
       いつかまたのチャンスを待っております。




       さて戻ろうか、という事になり、
       最後にもう一度、ラーゴの村を
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       桑の並木が続いていた辺り、今、陽が射しこみ!
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       駐車場近くにあったハイキング用の椅子とテーブル
       子供達の遊具類も備えられ、小さな舞台もありました!
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       さて、こちらが道に上がって来てのラーゴの村で、
       何度も写した教会の鐘楼。
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       そしてここに、ジョヴァンニご推薦のパン屋さんがあり、
       ほらね、葡萄棚の葉に隠れそうな「Forno・フォルノ」が見えるでしょう?
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       中はこんな風に小さな店で、棚にあるのが本日のパンで、
       無くなると店を閉めるのだそう!
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       シニョーラの顔の奥に見える干し葡萄とアーモンドの入った
       塊の半分と、ピッツァを1つ買い5エウロで、ちょっと高めかな。
       でもカボチャの粉も入っている様子で甘い、美味しいパンでした。

       ジョヴァンニの言うには、粉も石臼で挽いた粉を使っているそうで、
       それでちょっとお高いのだそうですが、
       この辺りではかなり有名なパン屋さんなんだと。

       この後行った小さな村では、本当に小さなお菓子屋さんも
       ジョヴァンニの案内で、彼は本当に良く知っているのでしたぁ!

       こういう案内人兼撮影テクの手引きみたいな友がいるというのは、
       おまけに本当に優しい男ですし、有難いことです!!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-05-10 00:54 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2016年 05月 05日

   ・・・ ヴァルヴァゾーネ ・ イタリアで一番美しい村々 ・・・

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       5月に入り、そちら日本はゴールデン・ウィークも終盤ですね。
       良いお休みを過ごされましたでしょうか?

       こちらイタリアはお天気が一定せず、まだ朝夕は冷え冷え、
       北の山々には雪が見え、家の中はまだ暖房が切れず・・!
       5月に入ってもまだ暖房をつけているというのは、
       イタリア25年の居住で初めてかと・・!

       幸い今週後半はお天気が続く様子ですから、
       少し青葉若葉を愛でに、近くに出かけてこようと思っています。


       さて今回ご覧頂くのは、先週出かけてきたフリウーリの
       ヴァルヴァゾーネ・Valvasone
       「イタリアで一番美しい村々」に登録されている、
       中世の町並みがそのまま残っている小さな町です。
       
       上の写真は、町の入り口にある細長い広い広場から見える、
       町のドゥオーモ、サンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト
       Duomo del SS.mo Corpo di Cristo.

       オリージネは15世紀のロマネスク様式だったと言うのですが、
       現在のは19世紀の末に大きく改修されたネオ・ゴシック様式。




       鐘楼は15世紀のロマネスク様式のままと。
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       この鐘は毎夕9時(夏は10時)に豊かな響きを届けるのだそうで、
       かってはすぐ近くを流れるタリアメント河を渡る旅人達、
       遅くなって渡る旅人達に方角を知らせる役目もあったといい、

       伝説では、領主の娘が近くの森で道に迷った時、父の公爵が
       鐘を打ち鳴らし続けるよう命じ、娘は無事に戻れたと言う話もあり、
       またナポレオンの侵攻時代、この河の戦いで亡くなった人々に
       祈りを捧げる為ともいい、
       この伝統の鐘は今も響き渡るのだそう。
       



       ヴァルヴァゾーネの町はどこにあるか、地図をどうぞ
       ポルデノーネ・Pordenoneから北西に、コドゥロイポ・Codroipo
       に近く、切れて見えるパッサリアーノ・Passarianoに
       馬蹄型をした大きな中庭を持つヴィッラ・マニンがあり、
       間に流れるのがタリアメント河・Tagliamento。
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       当日の午後訪問したサン・ヴィトー・アル・タリアメント
       San Vito al Tagliamento の町は、南に。
       



       町の地図をどうぞ
       ほぼ楕円形の真ん中に細長い広場があり、中心にドゥオーモと
       その横にインフォメーション、そして突き当たりにお城。
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       勿論現在の町はもっと周囲に広がってはいるのですが、
       これが中心部の姿で、




       上空からの姿がこれ。 真ん中にドゥオーモが見え、
       一番奥にお城で、町の大きさが分りますね。
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       そうそう、地図、写真ともに、北は左側です。

       フリウーリ全般のご案内はこちらに。
       http://italiashio.exblog.jp/i9/



       当日は終日雨の天気予報で皆心配したのでしたが、
       有難いことに曇り空、時にチラッと陽が射す、と言う様子。
       それでも写真を撮るには、青空が残念ながら・・!

       駐車場でバスを降りて後、ガイドさんとの約束に15分ほどある、
       と言うので、皆カフェに入ったのですが、
       shinkaiは広場から西側の様子を窺いに。
      
       こんな通りが続き、左中に見える教会は
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       こんな様子で、教会の名はサン・ピエトロ・エ・パオロ。
       中のフレスコ画が14~15世紀の物と言うので、
       教会設立はほんの少し前でしょうか。
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       すぐ隣接しているここに、かってオスピターレ・Ospitale
       タリアメント河を渡ってくる徒歩旅行者、病人の救済所が
       併設されていたのだそうで、こちらは1355年の記録があるそう。
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       上にも記述しましたタリアメントの渡河場所ですが、
       北からの徒歩旅行者、巡礼達にとって幾つか上流にもあったようですが、
       このヴァルヴァゾーネの東、グラーヴァ・Gravaの渡河地点が最後。
       ここから平野に入り、川幅が広く水量が多くなるので、
       ここで渡ったのだそう。

       この戦略上重要な場所で、渡河税を取る為にも、ははは、
       城の重要な存在価値があった様子。




       教会内部ではちょうどシンドネ・Sindone・キリストの亡骸を
       包んだと言う聖骸布の写真展示が行われており、
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       肝心の壁画はどれもパネルで半分しか見えなかったのですが、
       これは祭壇左側の物で、  教会内いずれの壁画も、
       すべて様々な病気から護る聖人達の姿が描かれており、
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       聖ビアージョ・喉の痛み、聖女ルチーア・眼病、
       聖女アッポローニア・歯痛、聖クリストーフォロ・渡河の守護聖人、
       聖ロッコ・ペスト などなどの諸聖人の姿でした。




       教会入り口上には小さなオルガン、16世紀末から~17世紀に
       かけての物と見なされるオルガンがあり、周囲は壁画で装飾。
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       所で、上に書きましたシンドネ・聖骸布ですが
       現在トリノの聖堂に安置されている聖遺物で、
       これが写真を撮って陰画に浮かび上がったと言う
       キリストの亡骸の姿。
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       細長い布で全身を覆っていたもので、幅1,1m 長さ4,36mの
       亜麻布で、
       人物像は肉眼では見えないのだそうですが、
       血痕の滲みなどが残っているのだそう。

       人物像の両脇に4つ見える謎のような形は、
       かってフランスの教会に保存されていた16世紀、火事に遭い、
       折られていた布の角が焼けて、こういう穴が開いたものと。

       このシンドネの真贋両説がある事も存じておりますが、
       shinkaiとしては、様々な研究者の説明をTVで見たこともあり、
       またキリスト教徒にとってのこのシンドネが持つ価値の重みも
       知っておりますので、こういうものです、と申し上げるのみに。
       



       この辺りを書いていた時に、パシャッと電源が落ち、
       PCも、時計も、洗濯機も皆停まりまして・・、ああ、なんでやねんなぁ、
       コンドミニオの倉庫の我が家の電源を入れなおし、気持ちを取り直し、
       情け容赦なく消えてしまった部分の書き直しを・・!
 
       
       道の向かい側もこんな風にポルティコになっていて
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       朝のこの時間は閉まっておりましたが、ここはワイン・バーですね。
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       そして隣の建物の2階の窓の間には、こんな壁画。
       ここも聖母子を囲み、左に聖セバスティアーノ、右に聖ロッコ。
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       そろそろ集合時間が近づき、ドゥオーモ前の広場に向うと、
       綺麗な猫ちゃんが、尻尾をくねくねと迎えてくれ
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       ドゥオーモ前の広場の右側は、楕円形に建物がつながり
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       こちらは一番右端の建物の2階の窓の様子で、
       かってはどこにどんな形の窓があったのか、良く分るでしょう?
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       続く建物群は、こんな風に如何にも中世風の間口が狭く、
       そして屋根の高さが皆それぞれで、リズムがあって面白いですよね?!
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       建物の前にあった、かってのアイス・クリーム売りの屋台、というか、
       自転車の前に冷蔵庫を積んで走っていたやつですね。
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       さてガイドさんが来られ、ドゥオーモの脇の道を奥のお城に
       国旗の見える所に、インフォメーションあり。 
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       これがヴァルヴァゾーネのお城、既に13世紀前半に記録のあるもの。
       ですが、長い世紀の変遷の間に何度も改修され、
       現在はかっての戦略上の要塞城とは違って、ルネッサンス風の
       居城となっており、近年の修復がまだ続いています。
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       我らは幾つかの修復済みの部屋や、小さな劇場なども見れましたが、
       ここはまた改めてご案内という事で、今回は正面のみを。




       お城から西に少し行った所にある水車。
       かってもこの場所にあったのを偲んででしょうね、
       今のこの水車自体は何年か前に備えられた物らしく、
       イルマ・Irmaという可愛い名の水車が回っておりました。
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       こちらは水車小屋の前面に残るかってのフレスコ画の名残。
       ガイドさんの手の見える上辺りに、聖母子像があったといい、
       そう言われて見ると上に玉座の跡が見えますが、
       1473年という年号はしっかり残っておりますね。
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       横に見える文字ですが、これはフリウーリ語だそうで、
       ガイドさんは聞くのは分るけど話せないと、
       グループ内の何人かのフリウーリ出身者に答えておりました。




       この水車小屋の横に見えた石塀の積み石の様子
       この積み方はフリウーリのこの一帯の方法なのか、
       ヴィッラ・マニンにもこれを見ます。
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       町の中を辿る道。 こちらはかなり広い道幅で、
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       こちらは狭い道。
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       いずれもきちんと整備されていて、いや、正直な所、
       されすぎの感さえ感じ、
       居住されているのも分る家並みではあるのですが、
       ちょっと人気が無さ過ぎる感じもしまして・・!




       こんな扉の飾りを見ると、ちょっとホッと・・。
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       水車の水路が町の南に流れてきた辺り、
       水辺に見えるのはかっての洗濯場で、
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       この近く藤が咲き誇り、一帯に甘い香りが漂い
       お家の前の小さな花壇にも、花が咲き乱れ、
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       このお家の窓辺の小さな鉢、そして花壇も可愛いでしょう?
       こんなのを見ると、古い町にも人気を感じホッとしますね。
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       葡萄棚が窓辺に設えられ、もうこんなに育っていて、
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       中心広場にあるお家の窓も素敵でしょう?!
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       そして最後にドゥオーモに戻り、中に入りまして
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       これは正面左の柱に見える、14世紀始めのビザンティンからの絵で、
       聖母が授乳している図ですが、お乳の位置が脇過ぎません?! はは。
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       貰ってきたパンフレットには、板に油彩とありましたが、
       明らかに、黄金背景の、板にテンペラ画の間違いと。




       これよりも凄いお宝がこのドゥオーモにあり、
       右の壁上にあるこのオルガン。イタリアに唯一残っている
       16世紀にヴェネツィアで作られたオルガンで、
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       1532年300ドゥカーティで、ヴィンチェンツォ・コロンボ・
       Vincenzo Colonbo が製作した物と言い、
       それに彫を施した箱を誂えたのがステーファノ・マラゴンとジローラモ。
       金箔師のトンマーゾ・ダ・ウーディネが仕事を終えたのが1538年。

       オルガンの箱に絵を描くのを請け負ったのが、通称ポルデノーネ・Il Pordenone.
       が彼は1539年に亡くなり、後を引き継いだのが弟子であり婿の
       ポンポーニオ・アマルテーオ・Ponponio Amalteoと。

       北イタリア、とりわけフリウーリでは良く出会うポルデノーネと、
       ポンポーニオ・アマルテーオという画家の名ですが、
       両者の関係を今回知りました。

       今見える上の大きな絵は、「マンナを拾う人々」で、
       マンナ・mannaというのは、天から授かる食べ物の意ですね。




       で実は、この歴史的なオルガンの音色を聞かせて頂いたのでしたぁ!

       今こうして静々と、奏者の方が白手袋をはめて扉を開けましてぇ、
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       じゃ~~ん、中はこんな風! 如何にも典雅でしょう?!
       布の赤色はこんな風に派手ではなく、もっと濃い暗い赤で、
       オルガンのパイプも、もっと黒く見えました。
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       聞かせて頂いた曲とは違うかもしれませんが、
       こちらでこのオルガンの音色を聞きながら、町の姿も見れます、どうぞ

       扉の内側の絵の左側は「イサクの犠牲」で、右は何だったっけ?!

       このオルガンは特別の際に弾かれるのだそうで、そう、我らは特別、ははは、
       平常のミサの際には、身廊左にある小さな普通のオルガンだそう!




       町訪問の間、晴れ間が見えたり、雲がかかったりでしたが、
       やはり晴れた風景が良いですねぇ!
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       最後は、広く長いピアッツァ・メルカンテ、市が立つ広場でしょうか、
       中世のままの姿を保つ古い町の、古い家並みの広場でした。
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     *****

       ◆ グループ展のお知らせです ◆

       我が絵の師であり友人の二木一郎さんが講師をされている
       NHK文化センター、日本画青山教室の皆さんのグループ展
       未然会展が、
       東京中央区京橋のギャラリーくぼた本館3階にて、
       5月9日から15日まで開催されます。
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       どうぞお出かけ下さりご高覧賜りますよう
       ご案内申し上げます



     *****

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by italiashiho2 | 2016-05-05 01:41 | ・フリウリ・VG Friuli- | Comments(8)
2016年 03月 31日

   ・・・ ムーラ ・ 少し遅い春を待つ村 ・ ヴェネト ・・・

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       この27日はパスクワ・復活祭でしたが、
       寒くは無いものの、生憎この日は曇り日。
       ですが友人のジュリアーナと2人で、我が家からだと車で
       約30分ほどの北西にある村、ムーラ・Mura に出かけて来ました。

       はは、お気づきになりましたか? ムーラという村、なんです。
       ムーロ・muro・壁、城壁の複数形がmuraなので、村の名に
       何か謂れがあるのかと調べてみましたが、特に見つからず、でした。

       昨年末グループで夜のプレゼーピオ、明かりの灯った
       キリストの降誕を人形などで現すもの、を見に行ったジュリアーナが、
       なかなか良い村だったよ、というので、
       では春になったら出かけようと言ってたのでした。

       トップの写真はこの村の教会、ちょうど到着時間を示していますね。      
       
       生憎の曇り空で、今回の写真は余り明るくないですが、ご勘弁を。



       ムーラの村はどこにあるか、地図をどうぞ
       我が家は右下Casaと囲った赤点辺りで、その下のOgliano・オリアーノは
       いつも見て頂く隣村。
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       坂下の道に出て、北のヴィットリオ・ヴェネトまで出て西に、
       という行程のほうが早いのでしょうが、
       家から好きな田舎道を辿る、赤線を引いた村々のカルページカ・Carpesica、
       コッツゥオーロ・Cozzuolo、西にコルバネーゼ・Corbanese、そして北に
       タルツォ・Tarzo、ラーゴ・Lagoと進み、Mura・ムーラです。
       こちらの方が断然四季折々の眺めが良いのです。

       ムーラは行政的には西のチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
       の下に入り、北に見えるサン・ボルド・San Boldoは、 
       先日見て頂いた羊達が峠を越して北の故郷に戻る峠道。




       さて、村に入ると細く曲がりくねった道が続き
       両脇に建つ家はすべて古い頑丈な石造り!
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       今は住まう人も居ない放置された家や納屋もあちこちに見られ、

       手前四角の大きな家、この辺りこういう木のベランダ柵が特徴なのですが、
       2軒分に別れた手前側は売り家の札が付いていて、奥半分は
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       きちんと整備修復され住んでおられますが、売り家の札。
       売り家札を見た人が、このお家に訊ねるのかも、ですね。
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       近くの修復された納屋と母屋
       母屋の濃い茶色、そしてこの低い軒から、なんとなしに
       日本の民家を思い起こしたshinkai!
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       こちらも修復されたばかりの家と出窓。
       なんとも頑丈でしょう?! これでまた何世紀も大丈夫なのでしょうね。
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       かっての納屋の入り口かな、右上に見える黒い丸は木の梁で、
       壁に見える / とか X の鉄は、梁を〆る鉄の要。
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       下の写真のガレージになっている扉口、ちょっとモダンで素敵でしょう?!




       ここも住居の入り口は上にあり、外階段が続きます。
       が、現在このお家も空き家。
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       お隣の広い庭の奥にワンがいて、ジュリアーナが何度も呼ぶと
       やっと立ち上がり、ワン!と一声吠え、またペチャっと腹ばい!
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       普通であれば、大急ぎで門柵まで駆け寄り大声で吠え、走り回るべきなのに、
       この子は全部省略! まぁ、このお腹を見ればね、ははは。




       村の中を行ったり来たり、細い道を辿りますが、
       まさに村の中の家々、すべてこんな風に石を積んだ造り!!
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       かろうじて見える門脇の花壇もこんな風!  
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       ここもやはり2階には外階段のお家ですが、なかなか良い雰囲気でしょう? 
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       村外れまで来ると、葡萄畑の中でお仕事中
       復活祭祭日も春の仕事があるのですねぇ。
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       大きな赤い建物に白い線、そう、お隣のチゾンの領主、
       ブランドリーノ家の持ち物の印が残りますが、
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       奥の低い方の窓が開き、中から家畜小屋の匂いが流れ、むぉ~の声
       覗いてみると、やはり牛達が。
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       村外れの道を南に行くと、透明な川が流れ、ソリーゴ川と。
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       村外れの南の道から見るムーラのほぼ全体
       そうなんです、村のすぐ北に山が迫り、いわば屏風の役を。
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       村の南外れは平地が広がり、子供の遊び道具のある公園もあり、
       道はこんな風に東に続き、村の東側を囲みますが
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       こちらは南に延びる道
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       村の東に近づくと、花が既に盛りを過ぎ
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       川辺に小さな礼拝所、フレスコ画装飾されたのが。
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       ここに至り、初めて、あれっ、この場所には来た事あるよ!





       岸辺にある柳の芽吹き
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       そう、この眺め、覚えているなぁ!
       あの小さなのは礼拝所かも。 修復されたようですね。
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       垣根の隙間からレンズを突っ込み、動くなよ!と言いつつ、
       ははは、来年の干支用を撮り貯めしておかないと・・。
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       お家の広い庭端には、要りそうで要らない物があれこれ、ははは。
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       刈り取ったばかりの木の始末も
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       やはり花を見ると、春だなぁ、と嬉しく! 
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       これも見覚えのある水槽
       ですが、上の古い写真風の絵は新しく追加された物ですね。 
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       古いアーチの中、家が見え、中庭が見え
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       ジュリアーナは子供時代をフリウリの北で過ごしているのですが、
       過ごした家は、こんな風に大きなアーチの門があり、
       中に入ると広い中庭で、女達が編み物をしたり、フェルト布の
       靴を作ったり、トウモロコシの実をこそげたりの農作業をしたりで、
       中庭の周囲を家がぐるっと囲み、他の家族が住み・・。
       つまり、アーチの中は門を閉めると小さな村と同じだった
       という想い出話を。 

       きっとこの村も、そんな古い時代を何世紀も重ねて来たのでしょうね。

       村の中には1軒のバールも、タバッキも、食料品店も見かけず、
       まぁ今は、隣のチゾンまで行けばレストランもホテルもあるほどの町ですが、
       かっての村人達の生活は大変だったでしょうね。
       きっと自給自足の助け合い、不足を補っての暮らしだった事でしょう。

       ジュリアーナ達がプレゼーピオを見に来た夜は、
       村でお茶とクッキーのサーヴィスがあったそうで、
       やはり一種の村興しというか、自分達の村を何とか、という
       皆さんの意思なのでしょうね。
       良く保存されていると思いましたもの。



       中庭の向こう、綺麗に改装された可愛いお家
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       ふと気がつくと、柵の向こうにワン君がいて
       吠えもせず動きもせずに、尻尾を立てたままポーズ!
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       おお、いい子じゃねぇ!と広島弁で褒めてあげ、ははは、
       我らは道を辿ると、




       なんと庭続きにずっ~と一番端まで移動して来て、もう1枚! 
       長い黒い耳が目立つ、好奇心の強い、暇なワン君、ははは。
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       後ろから、ボクもぉ!と吠え騒ぐ、羊みたいな耳の子!
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       こうして村の中の道を行ったり来たり、奥まで入り込み、はは、

       村の入り口まで戻り、最初の教会前に
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       この教会は村の守護聖人サン・ゴッタルド・S.Gottardoに捧げられ、
       この聖人は家畜たちの守り神だそうで、農民達から長年にわたり、
       家畜を病気から護るように祈りを捧げられたという、
       いかにも農村に相応しい守護聖人の教会なのでした。

       前を通る道が、ヴィットリオ・ヴェネトから西のヴァルドッビアーデネ・
       Valdobbiadeneまで続く、この先は白ワインの道、


       村は教会横の道を上った上にも少し続くので、行って見ようとなり、




       お家に裏庭に見えるムスカリの花
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       如何にもの半円の橋が架かっているのが見えますが、
       水路も掘られているのに今は空で、何の為の橋だったんだろ?!
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       山に近いせいか、ここの花はちらほらの咲きかけ
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       村を見下ろす位置に出て
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       山からの風が遮られ南からの陽が当る位置の木は、正直に花を咲かせ
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       なんの芽かな、こういうのを見ると嬉しい!
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       土手の南面に咲く花。 
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       村の南向こう遥かに、雑木を焼く煙がたなびき
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       教会の後ろに戻ってきて、小さい教会なのにちゃんと後陣が張り出し、
       横にもポコッと礼拝堂があるのに感心!はは。
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       時計を見ると12時40分。
       2時間ほどのムーラの村散歩でした。



     *****

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by italiashiho2 | 2016-03-31 00:08 | ・ヴェネト Veneto | Comments(6)