イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 03月 21日

   ・・・ エンリコ・トーティ ・ イタリアの英雄、潜水艦と、その運搬 ・・・

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       さて今回はちょっと変わったお話しを
       というのも、先日来ご案内してきたクレモーナ・Cremonaに関係し、
       かってポー河を使っての商交易の河の港で大変栄えた、と知った時、
       あ、あれ、と思いだしたもので、
       写真やYoutubeがあれこれ見つかりましたので、皆さんにも!

       タイトルのエンリコ・トーティ・Enrico Totiというのは、
       イタリアの第一次大戦時の英雄の名であり、上の写真の方ですが、

       彼の名を冠した潜水艦があり、
       その艦が退役した後ミラノの博物館に贈られ、現在はそこで余生を過しているのですが、
       
       なにせ大きな潜水艦ですので、運搬が一大事業だったのですね。

       昔12年前、ははは、TVニュースで、ミラノ市中を運ばれた、というのを
       思い出し、それでYoutubeを探しましたら、あれこれ見つかり、
       どの様に運搬されたのかを、シツコクしつこく、ははは、
       子供みたいに、なんで?どうやって?と読んだという・・。

       ご本人のエンリコ・トーティについても、戦時の英雄という以外にも
       へぇ~!というような事を知りましたので、それも一緒に。




       エンリコ・トーティという方、上の写真をご覧になって、
       彼の左脚が付け根から無い事に気が付かれましたか?
       そうなんです、仕事中の事故で左脚を失っている方なのでした。

       こちらの絵葉書をどうぞ。
       エンリコ・トーティ - Ciclista・自転車乗り
       Futuro Bersagliere・後のベルサリエーレ  とあり、
       下に
       1882年8月20日生まれ、 両親の名と出身地があり、
       父親は鉄道員だった様子。
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       ローマ下町の生まれで、15歳の時に見習い水夫として実習船に乗り込み、
       その後戦艦、巡洋艦と乗り継ぎますが、22歳の時紅海で海賊船との戦いに遭遇。
       後除隊し、国鉄に火夫として採用されますが、
       26歳の時に連結作業中の機関車に注油をしていた際、足を滑らせ左脚を挟まれ、
       病院で骨盤の下から切断という事に。

       仕事を失った後、トーティは幾つかの小さな発明品を作ったりしますが、

       ここで絵葉書の右にある地図をご覧ください。
       29歳の時、片脚で自転車を漕ぎながら、イタリアからパリに行き、その後
       ベルギー、オランダ、デンマーク、そしてフィンランディア、遂にはラップランド迄!
       戻りには、モスクワ、ポーランドと回り、1912年の6月にイタリアに戻ります。

       どうやってアルプスを越えたのかと、それだけでも大変な冒険談英雄並と思うのですが、
       翌年1913年1月には、今度は南に向かって出発。
       エジプトのアレッサンドリアからスーダンとの国境まで!
       ここで当時駐在のイギリス行政からあまりにも危険であると止められ、
       カイロまで送り返され、イタリアに戻ることに。





       1914年の夏、第一次大戦が始まると、勿論徴兵から外されますが、
       トーティは片脚で自転車にまたがり、直接に最前線のフリウリのチェルヴィニャーノに向い、
       民間志願兵にはなるのですが軍の星章なしで、警察のパトロールに止められ、
       市民生活に戻されます。

       が、2年後1916年1月に念願叶い、やはりフリウリはチェルヴィニャーノ・Cervignanoの
       民間志願兵ながら、ベルサリエーレ・bersaglieri・歩兵狙撃兵の自転車部隊連隊に
       そして4月に戦闘が始まると、部隊の少佐からベルサリエーレの羽飾りの付いたヘルメットと
       星章を授かります。 
       トーティにとっては、心から待ち望んだ物だったことでしょう!


       そして8月イゾンツォ河の6回目の戦闘で、トーティはモンファルコーネ東での
       戦闘で戦い、なんども負傷しながらも、
       最後は「俺は死なないぞ!」と叫びながら松葉杖を敵に投げつけ
       その後に撃たれ戦死。 34歳。
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       この英雄的行為が、オーストリアからの独立を掛けた国民を奮い立たせたに違いなく、
       今もって彼の名は、知らぬ人なし、という感じなのですね。
       
       この一帯はまさに第一次大戦の一進一退を続けた激戦地で、
       今も無数の塹壕が残りますが、
       クオータ85・Quota85と名付けられたこの地点、林の中から海が望めるここには、
       彼の名誉を記した石碑があるそう。





       トーティが入りたかったベルサリエーレというのは、黒い鶏のつやつやの羽をヘルメットに付け、
       ・・一般兵士の羽の数は大体50本だそうですが、下士官、将官クラスは100本位と!!
       その軍楽隊は走りながらラッパを吹くというので有名、大人気な部隊ですが、
       元々は狙撃部隊というのは、知りませんでしたぁ。
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       それにしても、黒い尾羽根を持つ鶏君、丸裸にされても一人分のヘルメットに
       足りるだけの尾羽を持っているんでしょうかね?! ははは。




       という様に、彼はイタリアの英雄として有名でして、
       将軍などのえらい方ではなく、民間英雄としての意味が大きいと思うのですが、
       
       こんなふうな銅像とか、
       " NUN MORO IO " というのは、Io non muoio・俺は死なない、と叫んだ言葉。
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       大都市などには彼の名を関した道路がありますし、
       shinkaiめも、ずっと以前から彼の名は知っておりました。
       ただ第一次大戦時の、松葉杖を敵に投げつけて戦士した英雄と云うくらいの知識でしたが、
       今回はそれ以前の、片脚での自転車旅行などについても知ったという訳で、




       こちらはローマのベルサリエーレの博物館にある、
       彼の自転車と松葉杖。
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       という所で、潜水艦に話題を移しまして、

       こちらは最初に彼の名が冠された1928年進水の潜水艦
       実習船、運搬を兼ねていた様ですが、1940年にイギリスの潜水艦の攻撃を受け沈没!
       イタリアの潜水艦で唯一敵艦に攻撃されて沈没したものだそう。
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       それにしても、こういう艦にエンリコ・トーティという、戦時の英雄の名が冠されると
       いうのが、如何にトーティがイタリアで親しまれた英雄であったかがよく分かり、
       まして、2代目の戦後初の潜水艦の名に受け継がれるというのも、
       何となく微笑ましい感じを受けるのは、私だけでしょうか?





       そしてこちらが、今回の主人公である、エンリコ・トーティの2代目
       第2次大戦後の平和条約により、潜水艦造船を禁止されたイタリアが
       漸くに造船を許され、自国の持つテクニックを最大限に活かし
       1965年に造った最初の潜水艦、エンリコ・トーティ S506
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       長さ46m、幅4,75m、総重量536トン、潜水出来る深さ150m。 
       詳細については、日本語版ウィキペディアにありますので、どうぞ。 
       ただ名前が、エンリコ・トーチとなっていて、・・ちょっと切ない!
       

       所で、単純に「潜水艦」と書いておりますが、
       潜水能力によって2つに別れるのだそうで、
       このエンリコ・トーティは、Sommergibile・ソンメルジービレと呼ばれる型で、
       主に水上航海をし、潜水も出来る、というやつ。
       日本語ではどう呼ぶのでしょう?

       潜水艦・sottomarino・ソットマリーノ、英語で言うサブマリンは逆に、
       潜水航行が主で、水上航海も出来る、という違いがあります。

       イタリアが戦後造船を許されたのは、そのソンメルジービレだったという事で、
       潜水進行の静かさが売り物で、UATOの共同演習などで大活躍だったそうですが、
      
       約30年の現役サーヴィス、2万7千時間、137マイルの航海ののち
       トーティは1997年9月に退役となり、
       ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館に寄贈されることに。
     
  
       そしてここからの道のりが、長かったのです!!
       




       2001年潜水艦トーティは基地にしていたシチーリアのアウグスタ・Augustaから
       曳航され4月5日に出発
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       一旦ターラント・Taranto、ここには大きな軍港があり、そこに寄ってのち、
       85時間の航海後、ヴェネトのキオッジャ・Chioggiaに4月20日到着
    




       ここから5月4日、こんな風に水門を通ったりしながら、ポー河を遡り、 
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       クレモーナの河の港に到着、5月6日
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       こちらはクレモーナで水中から引き上げられたトーティの船体
       上の写真でも見られるように、かなりあちこち草臥れている様子で・・!  
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       ここでトーティはしっかりと整備され、余分なものは排除され身軽にもなり、
       第2の人生に向けてのお化粧直しもされますが、
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       ここでミラノへの、この超重量級運搬物の技術上の問題も含め、
       様々な問題解決が探られる間、トーティは4年間待ったのです!





       こうして遂に2005年8月8日、トーティは陸路の航海を始めます。
       
       この写真で、どういう状態で運ばれたかがよく分かると思うのですが、
       この為に造られた2台のトレーラーと言ったら良いのか、700馬力、240のタイヤ付き
       乗せられた458トンのトーティ。 高さは7m
       このトレーラーは別々に向きを変えることが出来、これで道の角を曲がるのですね。
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       艦橋というのか、上の部分は外され、後ろに別に積まれており、
       交通事情を考え、すべて夜の運搬でしたので、昼間はご覧の通り大勢の見物人!




     
       興味が湧いて、どの道を通ったのか、ははは、地図を調べてみました。
       クレモーナからミラノの博物館まで大体95kmだろうと思うのですが、
       車だと一般道路にしても2時間弱で走れる距離を、
       トーティは夜の道を4日間かかって博物館まで運搬されました。
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       ピッツィゲットーネ・Pizighettoneや、クレーマ・Cremaなどの地名が見え、
       懐かしかった。 この辺りも行き、写真も取っているのですが、そのままになっていまして・・!

       ミラノ郊外Via Rogoredo・ヴィア・ロゴレードでは、地下水の集合管が走っているので、
       重量を支えきれないだろうと、仮の移動橋を掛けた所、
       Via Toffetti・ヴィア・トッフェッティは、ミラノ市内通過前夜の宿泊場所で、
       見物人がわんさか集まった所なんだそう。
   
       最後の赤点を打ったカーブは、これはYoutubeでご覧いただけますが、
       ここも地下を運河が流れているので、仮橋を造り渡リ、そして左折した
       最大の難関地点。





       この仮の駐車場は、多分クレモーナから出発して最初のコルテ・マダーマ・Corte Madama
       という田舎と思うのですが、30キロの距離を6時間かかったそう。
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       ここで2日間を過したそうですから、日中は見物人が引きも切らず、押しかけた事でしょう!




       11日にはクレーマを通過する時ロータリーがあり、中央分離帯を飛び越すのに、
       用意していた木の棒を敷き、無事通過。
       
       翌12日はまさに出発時間の21時には本降りの大雨となったものの、
       見物人は傘をさし減ることなく、ずぶ濡れになりながらも満足して見物を。
       今や通り過ぎる潜水艦を見るというのが流行病になったかのごとく、と書いてありましたが、
       
       これはこのトレーラーを運転していたジャンニ・Gianniとフランコ・Francoの
       ベテランの運転手の長い経験においても、自分達の仕事ぶりをこんなにたくさんの
       人々の中で行い、見つめられるのは驚きであった様子で、

       警察、技師、博物館関係者、運転手、テクニコ、軍関係、そして見物人と、
       今や皆が一段の集団となり、お互いが顔見知りになった感も、とありました。

       そしてミラノの地下を1407kmに渡って流れる運河の集合管地点を、
       仮の橋を渡し無事に通過、9時間5分かかり、
       13日の朝6時10分、ヴィア・トッフェッティ、最後の宿泊地に到着




       14日、これがミラノ市中入りを前にしたトーティの晴れ姿と思うのですが、
       イタリア国旗の真ん中の白地に、かっての海軍都市ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ、アマルフィの
       紋章が入ったイタリア海軍旗を付け、
       大勢の見物人に囲まれた、晴れやかな姿。
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       14日の夜から15日の朝にかけ、最後の行程、いよいよミラノ市中を、
       15万人のミラノ市民が迎える中を通り、トーティは無事、博物館に到着
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       Youtubeはあれこれご用意いたしましたので、ははは、どうぞ!

       トーティ、ミラノに。 8月の夜の旅。   5分間

       潜水艦トーティがミラノに。 10分弱。 仮の橋造りの場面や、日中の通りの様子も。

       潜水艦がタイヤの上に。 迎えた博物館のヴィデオ。

       運搬を請け負ったファジョーリ・Fagioliという会社のヴィデオ。 総まとめ

       
       ヴィデオを見ていると、舳先が先になって進んだり、スクリューが先になったりで、
       最初見た時はなんで?!と意味がよく分かりませんでしたが、
       トレーラー2台が分離し、角を曲がる時は途中迄カーヴを切った所で
       今度は逆に後ろだったほうが頭になって進む、という事だと了解。

       それで昔TVニュースで見て記憶していた、街中の直角のカーヴを
       あの長い潜水艦が見事に曲がった時は、真夜中にも関わらず集まっていた
       大見物人から大きな拍手が起こった!というのも、納得した次第。・・今更ですが、ははは。
   
       トレーラーのタイヤがそれぞれに動き、潜水艦がかなりトレーラー本体から乗り出す、
       外れた感じに見える場面が幾つかあり、見ていてハラハラしたりで、はは、
       ・・shinkaiは、こんなの見るのが大好き!!





       という事で、現在はミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館に収蔵され、
       余生を送っている、イタリアの戦後初の造船、英雄名を冠されての
       エンリコ・トーティ潜水艦の姿
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       内部は大変狭いそうですが、上が内部、下が魚雷の制御器。
       内部見学も出来るそう
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       喋りっぱなしのヴィデオですが、内部の様子もちょっぴり見れるので、
       お暇な方どうぞ。 はは。


       と云うような、英雄と潜水艦、そしてその運搬のお話しでしたぁ
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       いつかミラノで時間が取れる時は、博物館にトーティに会いに、
       まだ実際には見たことがない潜水艦内部も見たいもの!



       ◆ おまけ ◆
       トーティの運搬を請け負ったファジョーリという会社は、大物重量級運搬専門のようで、
       ヴェネツィアの大運河に掛かる第4の橋、ピアッツァ・ローマ前の橋の橋桁を運んだのも
       この会社のようで、ヴィデオが見つかりました。

       大運河の南、デッラ・サルーテ聖堂の前から入り、アッカデミア橋、リアルト橋、
       そして駅前のスカルツィ橋を潜り、現場に到着し、橋桁を繋いでいく様子が見れます。

    



     *****

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by italiashiho2 | 2017-03-21 02:17 | ・ご挨拶・番外 Saluti Speci | Comments(4)
2017年 02月 14日

   ・・・ ガエータ ・ 要塞化し繁栄してきた、陽光明るい海辺の町 ・・・

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       昨年春の南ラツィオの旅、今回は最後のご案内になるガエータ・Gaetaを。

       この地には昔から思い入れがありまして、というのもず~っと昔見たガイドブックに
       浜辺にそってパステル・カラーの低い家並みの続く写真「ガエタ」が1枚あり、
       当時の未だ他を知らなかったshinkaiにはとても魅力的に見え!
       いつか行ってみたいと思っていたのでした。

       さて実際に長い年月の後に訪問してみると、やはりまるで思い込みとは違い、ははは、
       写真を整理しながらも、この町の一番の印象は何だったろう、と考えました。

       古いガイドブックにあったような「貧しい海辺の町」ではまるでなく、
       多分これより西にある「スペルロンガ」と混同しているのでしょうが、

       ローマからは南に120km,ナポリからは北西に80kmの距離にあり、
       長い紀元前からの歴史を持ち、港を持った繁栄の地であり、
       何度も異民族に襲撃されながらも、城壁を築き町全体を要塞化して備え、
       現在は明るい陽光のもと、海辺の小さな町の良さを満喫している、とでも・・?!
       
       そんな町の印象がお伝えできますかどうか・・。
       と、今回の写真は何故か呆けピントのが圧倒的に多く! 馬鹿がぁ、
       必死に修正したのですが、どうぞその辺りはご容赦下さいますようお願い致します。

       今回も写真の数が多くなりましたが・・、
       なかなかこの辺りまで行かれる方は少ないであろう、・・でも、
       shinkaiのブログはそういう方にも旅の、町の雰囲気を味わって頂いている筈と、
       ははは、そう考えてご案内しておりますので、
       ごゆっくり楽しんで頂けますように!
       
       
       上の写真は町の中程の海辺沿いでバスを降り、港の南方面を見た所で、


       角度を少し変え、海岸沿いの続きはこんな感じ。
       高い鐘楼が見えますが、これがガエータの聖堂のもの。
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       ガエータ湾をはさみ北東方面、山上に見える町はマラノーラ・Maranolaと。
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       南ラツィオのご案内全体は、こちらから。



       ガエータの町の中心部の地図をどうぞ。
       ガエータは湾を挟んで北西にも伸び、南側の浜辺も含まれるのですが、
       右に突き出した半島の先っちょ、色が少し濃くなった辺りが旧市街の位置。
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       訪問した教会2つの位置と、町の上に見える城の位置を示しましたが、


       実は町の中心に行く前に、左下に囲ったサンティッシマ・トゥリニタ・SS.ma Trinità
       という聖所を訪れ、教会や、岩山の裂け目にある礼拝堂などを拝見し、はぁ、
       ついでに右下に赤丸で囲んだ「トルコ人の洞窟」なるもの、
       なに、トルコの海賊たちが隠れ家にしていた深い洞窟でして、
       shinkaiはお金を払ってまで階段を下る気はなく、はは、行きませんでしたが、
       そんなあれこれ、そして南の海岸沿いの浜辺のパノラマを見たりでした。

       ついでに町との間に挟まる山にあるオルランド公園に赤丸も打ちましたが、
       この辺りにはローマ期の貴族の聖廟もある様子で、
       ここからの町の旧市街の様子が絶景!
       我らは行きませんでしたが、本日最後にここからの様子をお目に入れますです。




       という事で、上の地図の海辺に沿った位置、2つの教会に挟まれたちょうど真ん中辺り
       緑色で見えるのが駐車場兼公園で、

       この辺りからの眺めが上の海岸沿いの写真であり、

       右手の上に見えるのが、このサン・フランチェスコ教会
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       ここには行きませんでしたが、1222年聖フランチェスコがガエータに滞在した折に
       基礎をした教会で、14世紀に再建築、19世紀に上部を追加という形だそう。




       そしてそれより北、海岸沿いに近い低所にあるのが、
       サンティッシマ・アンヌンツィアータ・SS.ma Annunziata、ここも聖所と。
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       手前に高い城壁が一部残っているのが見えますね。
       現在は中心の方のは無くなっているようですが、
       かっての海賊、蛮族襲撃に備えての要塞化された町だった名残。
       
       ここは後ほどご案内を。




       そしてちょうど真上辺りに見えるのが、町の城・要塞
       四角い城を左右2つ繋いだ形に見えますが、時代が違い、
       右の少し低い方が、13世紀フランスのアンジュー家が占領していた時代ので、
       左の高い方が、16世紀スペインのカルロ5世アラゴン家が拡張したもので、
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       カステッロ・アンジョイーノ-アラゴネーゼ・Castello angioino-aragonese
       と呼ばれ、広さは1万4千平米に及ぶ広いもの。

       アンジュー家の方は近年まで監獄に使われていた様子ですが、
       現在は市の持ち物となり、未来は海洋大学となる予定だそうで、
       アラゴン家の方は戦前はカラビニエーリ(かっての国王警備から派生したイタリア警察で、
       軍隊組織を持ち、イタリア警察とは別組織)の学校だったのが、
       現在は経済警察(フィナンツァ)の海洋学校が入っているそう。


       こうして見て頂いただけでも、海岸沿いから天然の地形を活かし、
       階段状に町が高く重なっているのがお分かりいただけると思いますが、




       町の聖堂に向いつつ、
       真ん中に見えるのが教会サン・ジョヴァンニ・ア・マーレ・San Giovanni a Mare
       海のサン・ジョヴァンニ教会
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       クーポラの形がアラブ式になっていて、
       きっとかっての漁民たちの守護教会でもあったのでしょう、海に面していて、
       10世紀建設を1213年の地震の後に再建したものだそう。

       今は無くなったものの城壁の外、海のすぐ傍にあるため高潮の時には海水が
       内部まで入り込むのが流れ出るよう、床は微かに傾斜していると。
       



       海岸沿いを行きますが、
       大きな建物のこんな形は、今は住居とは言え、以前は何だったのかと思うほどで、
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       こちらはナポリを思い出す造りで、・・生活が窺えるでしょう?!
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       道であったワンちゃん。  あんたのお父さんは、お猿さん?! ははは。
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       遥か彼方からも素敵な威容が見えた町の聖堂の鐘楼で、
       こちらが脇の入り口。
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       鐘楼は12世紀のもので、ニコロ・デッランジェロ・Nicolo dell'Angeloの作で、
       スートゥリ・Sutriや、ローマのサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ教会でも働いているそう。




       美しい鐘楼の細部をどうぞ
       アラブ・ノルマン形式の影響を受けたロマネスクで、
       3層、2つの窓で、一番上は8角形。
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       緑色の丸いお椀型や、平の四角形など、緑色の濃淡の釉彩を使ったものが
       たくさんはめ込まれ、これは光を受けて輝くのですよね。
       平らな薄目の煉瓦の組み方も工夫されているのが見え、
       白と黒の石をアクセントに、同じロマネスクとはいえやはり表現が違うなぁと・・。
       



    
       鐘楼の下に聖堂への脇入り口の上り階段があり、
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       実は現在の聖堂は、7世紀の以前あった教会の後に建設された
       11世紀のものだそうで、この入口はかっての教会の入口だったそうで、   
       現在の聖堂の正式の名はサンティ・エラズモ・エ・マルチャーノ・Santi Erasmo e Marciano.



       アーチの左右にライオン像が見えますが、
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       向かって左側のは正面から見た時、横向きの顔、とのみ思ったのが、
       何処かからライオン像だけ持ってきてはめ込んだのか、
       怖い顔して空飛ぶライオン、みたいに見え、思わず笑いましたぁ!
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       鐘楼の基礎部の石積み部分
       何ともあっちこっちからのリサイクル利用の石が混じっていて楽しく!
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       入口部分にも柄が入った石がいくつも見かけられたのですが、

       これは階段途中、左右の壁にある石棺
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       ローマ期の物、と思うのですが、この波打つような柄は左右どちらにもあり、
       実は後で見て頂く内陣の祭壇もこの柄なのです。

       土地柄なのか、何か理由があるのか、それともロンゴバルドの柄の影響なのか
       どなたかご存知でしたら、お教え願います

       と、上の竜に羽が生えたような動物、左右に対でありますが、これは竜? それとも鯨?
       というのも、どちらも人間を(ヨナ?)を飲み込む図かとも思い・・。




       内部全体の写真を撮っておらず、これはサイトから拝借し、
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       古いかっての円柱が、はめ込まれた形で残っていて



       こんな感じ。
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       内陣と後陣部分が高い造りになっていて、その下に見える
       4福音者のシンボル像と、コズマ式装飾
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       そして、やはり波模様の石棺利用の祭壇と、脚代わりのライオン像。
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       床の一部に残るコズマ式モザイクですが、ここのは黄色が多く、少し派手目。
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       これは円柱のように太く、全面にキリストの生涯と、サンテラーズモの生涯の
       浮き彫りの入った蝋燭立て、で、
       チェーロ・パスクワーレ・cero pasqualeと呼ばれる、復活祭の前夜に灯される
       蝋燭立てで、キリストの復活を祝うシンボル的なものなのだそう。
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       高い祭壇脇から階段を降り、スッコルポ・succorpoと呼ばれる礼拝堂というか、
       聖人たちの聖遺物を収める為のもので、
       上の内陣、後陣は、このスッコルポのために17世紀に高く建設されたのだそう。
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       今まで各地でお目にかかっていたクリプタ・cripta・地下礼拝堂
       意味は同じなのでしょうが、何とも絢爛豪華で派手な装飾で・・!
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       フレスコ画と大理石、とあるのですが、
       この天井部分は漆喰ではないのかなぁ・・、大理石だと重くなりすぎと思うのですが。


       それにしても、正面の祭壇画の聖人はどなたなのか、
       絵の部分をアップして眺めましたら、なんとお腹を切り開かれておりまして・・!




       半地下の豪華絢爛たる礼拝堂から上がってきましたら、
       ははは、ワンちゃんがおり・・。
       いつもながら、教会内のワン君には、可笑しいながら違和感を持ちますです、はい。
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       ガイドさんの話では、近年この聖堂は修復が済んだ所なのだそうですが、
       なんと修復代が見積もりよりもかなり安く上がったのだそうで、ははは、
       イタリアにしては大変珍しいお話です、と!

       そしてどこから聖堂をでたのか、脇からと思うのですが、
       教会正面を見ておりませんで!
       まぁ、1903年のもので、ネオゴシック調の煉瓦と明るい色石のもの、とあるので、
       ガイドさんも飛ばしたのかもしれませんね、はい。




       さて町中を見物しながら通り、
       これは天然の岩を利用し、隙間にレンガや石を詰め城壁代わりにしている場所で、
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       どうやら隙間から水が漏れ出すのもそのままに、植物が茂っており!




       こちらは上の写真の右側の所で、岩の裂け目がこんな風に!
       夏など天然の自然風で涼しかったりして・・! ははは。
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       ガエータには紀元前10世紀から11世紀には既に移植民がいたものの、
       ローマの下に、紀元前4世紀には皆滅ぼされた様子。

       そしてローマ期にはこの地は別荘地として大変に持て囃されたのだそうで、
       皇帝を始めとして裕福な貴族、執政官、議員達が通い、
       その為にアッピア街道よりも短くこの地に連絡するフラッカ街道・Via Flacca
       造られたのだそう!  やりますねぇ、ははは。

       町の地図で見て頂いた現在の公園オルランド山の頂上にある聖廟、
       というのも、このローマ期のルーチョ・ムナツィオ・プランコ・Lucio Munazio Planco,
       軍人、政治家、執政官、ガエータで紀元1年に亡くなっている彼のもので、
       ジュリオ・チェーザレの将軍でもあったそう。
       
       
       ローマ帝国の滅びた後は暗黒の変遷時代の始まりで
       はじめは蛮族の襲撃、略奪、そしてトルコ人と続き、半島の先っちょ、自然な土地柄と
       防御がし易い事から、城塞都市と変わっていったのだと。

       ガエータで「中世の区画・ボルゴ・メディエオヴァーレ」と呼ばれる古い小高い部分は
       城壁で囲まれ、要塞城も築かれ、近隣からも城壁内に移住してきたのだそう。

       最初の城は6世紀、ゴート人との戦いの物で、後の確かなものは12世紀とあり、
       この間9世紀から12世紀に掛け、町もビザンティン皇帝から自治権を獲得し、
       ガエータ公国となり、その独立を徐々に強固に、
       自国の貨幣フォッラーロ・follaroも鋳造、海洋通商の豊かな繁栄も遂げます。

       海洋国と認められ、アマルフィ、ナポリ、ソッレントと連盟を結び
       ローマに襲撃を掛けようとしたトルコ軍を相手にした849年の「オスティアの戦い」では、
       トルコ軍を総崩れにし敗走させ、
       
       915年にはやはり「ガリリアーノの戦い」でトルコ軍相手に勝ち、
       これで中央イタリアからアラブ人を決定的に退ける事となり、
       その後12世紀末、シチリア王国のもとに約7世紀間の併合を。

       この間13世紀末から15世紀かけフランスのアンジュー家の支配があり、
       16~7世紀をスペインの元に、そして18世紀の短い期間オーストリアの元にと
       変遷をし、最後イタリア王国に入ります。

       ですがあれこれ読んでいて、1571年の対トルコとの最終戦「レパントの戦い」
       のキリスト教国側の艦隊が、ここガエータの港に集結したと読み、
       この戦いにはヴェネツィア艦隊も参加し、勝利していますので、
       単純shinkaiはなんとなしにこの町に親近感を感じたりで・・、ははは。

       
       そうなんですね、海岸続きではありますが、近くのスペルロンガとは違う
       趣は明らかで、スペルロンガは貧しい漁村であったのが、
       こちらはトルコの海賊と戦って勝ち、海洋通商で繁栄した歴史を持っているのですね。

       アマルフィのご案内

       アマルフィの聖堂

       ナポリのご案内 周遊バスで

       ソッレントのご案内





       町の通りもこんな風に並行して上下が重なり
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       小さな広場では、そろそろレストランが昼の準備を始めており
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       これは既に仲間が写真を撮っている姿が写っていますが、
       スピリト・ディ・ヴィーノ・ワインの精神
       ファルマチーア・デイ・サーニ・健康薬局  とあり、ははは、飲み屋で~す。
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       通り抜けていく道脇に咲く鉢植えの花々
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       そして、サンティッシマ・アンヌンツィアータ・Santissima Annunziata・
       聖所お告げの聖母マリーア教会に。
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       建設は1321年からで、1352年に聖別され、17世紀にバロック様式に
       改築され、現在見るのはその形なのだそうで、
       一番上に小さな帆型の鐘楼、マヨリカ焼きの時計が見えますが、
       大きなゴシック様式の鐘楼も後陣右脇に。




       内部は細めの一廊式ですが、ご覧のようにここも豪華なもので、
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       祭壇の大理石装飾と、
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       床の柄
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       17世紀のパイプ・オルガンの席
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       一旦教会を出て、別の棟にある礼拝堂に行く時に見た、
       これ、何かわかりますか?  捨て子を入れる場所、です。
       ここに捨て子を入れ、ぐるっと回すと、建物内で受けて呉れたのですね。
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       やはり繁栄の時代を迎えた町でも、貧しくて生まれた子供を育てられず、
       捨て子に来た親がいたのですね。

       この教会では、受胎の聖母マリーアの名にちなみ、病院施設もあったそうですから、
       こんな捨て子を受ける場所も備えていたのでしょう。
       



       かと思うと、こちらの棟にあった「黄金の礼拝堂・カッペッラ・ドーロ・Cappella d'Oro
       天井は木製彫刻の金塗りで、周囲に19枚の油彩「キリストと聖母の生涯」を描いたもの。
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       何とも豪華なものですが、装飾も絵もまるで趣味が違いまして・・!




       小さな中庭に出てきて、この黄土色と小さな井戸、敷石の模様にホッとし
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       教会の高い脇壁の道を通り戻りますが、
       かっての町の城壁は、唯一、この教会の入口あたりで町に入れたのだとか。
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       やれやれ、やっとお昼ご飯だ!と喜んで歩きましたが、ははは、



       
       最後はサイトで見つけた写真で、
 
       オルランド山の公園から見たガエータの夜景を。
       この角度からだと、城のある位置が良く分かりますねし、
       これだと、如何に屈強なトルコの海賊でも攻められませんよね?!       
       う~ん、これは見たかったなぁ!!
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       長い町案内にお付き合い頂き、有難うございましたぁ!!
       

       

     *****

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by italiashiho2 | 2017-02-14 03:13 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(2)
2016年 12月 13日

   ・・・ 安芸の宮島 麗しの厳島神社 ・・・

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       広島での友人宅での一日、宮島に出かけてきました。
       あいにくの曇り空でしたが寒くはなく、一人で気軽に・・。

       ところがです、なんと宮島で電車を降りた途端に、ものすごい人、人、人!!
       宮島への連絡船の船着場に歩く道筋も、いっぱいの人!

       切符を買い、ちょうど連絡がよく船にもすぐ乗れたのですが混雑で、
       幸いに座れたものの外の景色は見えず・・。




       漸くに島が近づいてきた頃、幸いに前の人が移動し・・。
       左下に、ちょっぴり赤い鳥居が見えますか?  
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       到着前に船内で案内があり、今日の宮島は大変混んでおります
       ロープウェイは1時間半待ちです、と。

       とは聞いたものの、何度も行っている宮島なだけに、
       その混雑ぶりが実感できずでしたが、船を降りた途端に、これは凄い!!

       美味しそうなイカ焼きの匂いにつられて撮ったのですが、ははは、
       左上にびっしりと参道への道を歩く人々の姿、いやぁ本当に混雑でした!!   
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       人の歩かない並木道の高い所で休む鹿ちゃん。 餌をねだるどころか・・!
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       人混みに押されるようにして歩き、漸くに厳島神社が見えた所。 
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       受付で参拝料を払い、回廊を行きますが、
       ちょうど潮が満ち始める所でした。

       あまりにも多い観光客に、どこにカメラを向けても人が入り過ぎなのですが、
       少しでもと宮島の美しさを狙います。
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       古代からあった厳島神社のようですが、平清盛の大きな庇護を受け、
       神殿作りの神社となったのは、平安末期1241年の造営だそう。
       平氏一門の後も天皇家、そして様々な大名家の庇護を受け、
       寄贈された「平家納経」を始めとする様々な優れた美術工芸品も多く、
       現在の神社の建物は皆国宝、または重要文化財の指定を受けていると。




       ここは本殿よりも手前にある客・まろうど神社
       朱の柱、緑と黒の格子が素敵でしょう?!
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       広く清々しい木肌の床、朱塗りの回廊。 
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       回廊は幅4m,長さが275mあるそう。
       床板の隙間は目透しといい、高潮の時の下から押し上がる海水の
       圧力を弱め、海水や雨水を海に流す為なんですと。

       




       見上げると、北にある千畳閣横の五重塔が。 
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       鏡の池と呼ばれる回廊の角の池に、どんどん潮が満ち入り込んでいくのが見え、
       その中をゆうゆうと獲物を探しつつ歩くシロサギ。  
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       参道を歩きながら、実は何枚もこの朱の鳥居を撮っているのですが、
       アングルに気をつけないと、対岸の中腹にあるどこかの宗教団体の大きな
       建物が入ってしまうのですね。 
       きっとそれを狙ってあの位置に建てたのでは無いかと思うのですが、

       漸くにこの位置だと、右後ろの大きなマンションを見なければ・・、
       平安の昔の素晴らしさも感じ取れるでしょう?!
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       朱の大鳥居は奈良の大仏殿とほぼ同じ高さの16m、重量は約60トン!
       樹齢500~600年の楠の自然木で、現在のは8代目なんだそう。
       海の中に埋められているのではなく、松材の杭で地盤を強化し、
       箱型の島地の中に石を詰めて加重し、その中に鳥居の重みだけで立っているのだそう。

       春の大引き潮のときは、この鳥居の位置まで潮が引き、
       潮干狩りに皆出かけるのですよ。

       広島の貝汁、アサリのお味噌汁は美味しいもんね!!
       長野で、ちっこいシジミの身をせせった記憶の残るshinkaiには、
       こんなに美味しい貝のお汁があるんか、という驚きでしたものね、ははは。

       




       朱色と白壁、そして黒の格子、艶やかで美しい!
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       漸くに本殿前にたどり着き、高舞台とともに一枚
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       この舞台では春と秋の一夜、舞楽が奉納され、2,3度夜出かけてきて
       拝観したことが良い思い出となっています。

       夜の広島は観光客が殆どおらず静かで、潮がひたひたと満ちてき、
       回廊下の柱にチャプチャプとあたり、それに回廊に灯された灯が映り、
       雅楽のあの雅な音に舞う舞人の、暗い中に煌めく衣装。
       舞人がすっと足を滑らして引き、ついでトンと床を打つ音。
       舞楽のあの異国の香りのする面。

       まさに平安の昔はこうだったんだろう、という厳島神社
       昼の人混みの中で見るのは、ちょっとむごい感じも受けましたっけ。
       



       舞台と本殿の間にいる、大きな青銅の狛犬
       こうして正面から見ると、なるほど、という感じですが、
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       後ろから見るとです、ははは、尻尾がね、指でサインを出しているようでしょう?!
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       床の美しい木目
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       本殿前にあった清めの水。 はい、shinkaiめも。
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       本殿では、ちょうど七五三のご祈祷中で
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       神官がこのあと、参拝者のお祓いを
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       現在の本殿は1571年、毛利元就によって改築されたものと。




       回廊の下にも満ちてくる潮。 波を打ちながら、ひたひたと。
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       お供えの酒樽。 「清盛」というのもあるんですねぇ!
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       奥の右側は、能舞台。 現在の舞台と橋掛けが建設されたのは1680年。
       海に浮かぶ国内唯一の能舞台なんだそう。
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       能舞台に近寄りますが、舞台には上る事は出来ずで、
       春の奉納能の時なども確かこちらの回廊から拝見するのみだったと。
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       背景の松、 そして軒下の木彫の変わった飾り
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       普通の能舞台では足拍子の響きを良くするため、舞台下に共鳴用の甕が
       埋められているのが、ここでは舞台の床が一枚板のようになっている、のだそう。
       一枚板のようになっている、というのがどういうのか、ちょっと分かりかねますが・・!
       



       最後の回廊の向こうに見える反橋。 現在の橋は16世紀半ばの物と。
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       宮島厳島神社を初めて訪れたのは、短大生の時ですから50年前ですか、きゃは。
       当時は靴の上から草鞋をはいて回廊を歩くようになっていて、
       その時はこの橋の上にも登れたのでしたが、
       その後広島に住むようになった時には、もう登れなくなっていましたっけ。




       能舞台の近く、満ちてきた潮の中、獲物を探すアオサギ
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       反橋の向こうで回廊を出て、町中を歩きつつ、お昼を食べる場所を探します。
       
       ここは宮島の町家博物館、一度中も拝見しましたが、
       奥ゆかしく裕福な町家が偲ばれるものでした。
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       宮島はまた高校野球の応援団が打ち鳴らす「しゃもじ」や木工細工でも有名ですが、
       我が家にも宮島で買ったしゃもじが今もあり、

       歩いていて、こんな木地師の仕事場を
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       紅葉のシーズン、日曜とあって、食べ物どころはどこも満員で、表にズラッと列が出来ており、
       到底並ぶ元気はなく、ず~っと端まで歩き、ついに空いている所を見つけ、
       外の席に座り、こんな景色を見ながら・・
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       穴子をまぶしたご飯と、わかめと雑魚の酢の物を。 
       いつも外でのご飯にはビールを1杯やるのですけど、何故かこの日はお茶だけでした。
       あまりの人混みに飲み込まれたのかも!
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       こちらの友人たちへのお土産に、宮島の「孫の手」をと決めていたので、
       それを探して買い込み、
       戻り道は厳島神社の裏側を歩きます。
    
       すっかり満潮となり、回廊のすぐ下まで海水が上がってきているのが見え
       やはり美しい姿ですねぇ!
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       豊臣秀吉が1587年に建築を命じたという千畳閣に寄ることにし、石段を登ります。
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       ちょうど千畳閣前の大銀杏が見事な黄葉で!
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       建築が終わらぬうちに秀吉が亡くなり、豪華絢爛となる筈だったこの大経堂も、
       御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成ですが、
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       俗に千畳閣と言われ、857畳も敷ける、この広さ!!
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       太い梁が見える天井には様々な絵馬が奉納されており、
       これは明治元年の物のようで、
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       興味深かったのは、もみじ饅頭生誕百周年記念の絵馬
       平成21年となっていますから、何年前かな?
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       あまりにも名が知られすぎ、皆さん、もみじ饅頭を食べず嫌いではないでしょうか?!
       そういう方、ぜひ一度騙されたと思って食べて見て下さいね、
       本当に美味しいんですよ!! 




       最後にもう一度下の道に降りて、平安の名残を眺め、戻ります。
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       今回は鹿ちゃんを見ることも少なかったような・・!
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       と云う、安芸の宮島、麗しの厳島神社のご案内でした。



     §§§§§

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       今回のブログ更新は新しいPCでの作成ですが、なんとか大丈夫そうです。


       実は今日は私の誕生日でありまして、イタリア時間ではまだ12日で、
       お祝いの電話メールもあれこれ頂き、また一年頑張って行こうと喜んでおります。

       今朝一番にメール・チェックした時に届いていたのに、大笑いさせて貰いましたので、
       皆様にもここにご披露させて下さいね。

       私の絵の師匠である二木一郎さんの奥さん、竹ちゃんが
       いつも知恵を絞って描いて届けて下さるカードなのですが、

       なんと今回は、shinkaiが演歌歌手としてデビューしたら、という発想での舞台衣装!!
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       竹ちゃんは友禅がお仕事なので、お人形さんの衣装も手作りで、というのはご紹介しましたが、
       今回の演歌歌手としての初舞台の衣装は、月夜の桜!!

       なんとも手の込んだ労作で有難く、嬉しく・・、でもねぇ、上のキャプションは
       私の師であり、竹ちゃんの夫である一郎君の作なんだそうで、

       きゃはは、笑った、笑った!!
       「・・雨じゃった」とちゃんと広島弁になっていて、おまけに即日廃盤だと! ははは。
       良かった、演歌の練習をせにゃいけんかと思ったところじゃったぁ!!

       もう一枚のには、私が大ファンの作家の藤沢周平さんと同郷の竹ちゃんが、
       思い出して描いてくださった故郷の食べ物で、
       美味しそう、食べてみたい!というのがたくさん並んでおりました。

       竹ちゃん、そして和菓子よ我が師よ、有難うございましたぁ!!
       しっかり印刷して、壁に貼っておきま~す。



     *****

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       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2016-12-13 02:06 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(8)
2016年 07月 28日

   ・・・ ポンツァ島 海からの眺めと ・ 暑中お見舞い ・・・

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       皆様、暑中お見舞い申し上げます!

       梅雨明けのそちら、如何お過ごしでしょうか?
       蒸し暑い日本の夏を思い出しております。
       ついでに冷たい素麺、冷奴、鰻、生ビール、枝豆、冷やし中華・・、

       ああ、何があったっけと忘れかけているのにも気が付き・・!

       皆さん、しっかり美味しい日本の夏の味を楽しまれ、・・くやち、
       夏バテなどなさいませんように!
       
       今日は少しでも暑気払いにと、
       ラツィオ州のポンツァ島島の様子は既に見て頂きましたので
       今日はボートで回った海からの眺めをご覧下さいね

       蒼い海と断崖絶壁の島でした!

       上は、港から出発し、湾の北側の眺め
       一番左端の手前に見える黄色い建物、ここは今さなホテルになって
       いる様子ですが、

       1928年ファッシスト政権はこの島を政治的対立者達の流刑地とし、
       何人もこの島に拘留したのでしたが、
       ムッソリーニ自身も、1943年の7月27日から8月7日までの2週間、
       アブルッツォ州の標高2200mにあるカンポ・インペラトーレ・
       Campo Imperatore のホテルに移される前に、島のこの家に監禁。

       ですが、9月12日にはドイツ軍によるカンポ・インペラトーレからの
       救出作戦がほぼ無傷で成功。
       ムッソリーニはドイツの傀儡政権として、ガルダ湖のサロに
       イタリア社会共和国として終戦まで政権を、
       という混乱期の歴史の一こま。
       
       アブルッツォ州のカンポ・インペラトーレの平原、ならびに
       ホテルの様子は、クリスさんのブログにご案内が。




       ポンツァ島の地図をどうぞ
       海の周遊コースとしてはあれこれあるようですが、
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       我々は細長い島の真ん中右側、赤点を打ったポンツァの港から出発、
       島の南側を行き、ちょうど反対側のくびれ部分、キアイア・ディ・ルーナ
       の手前で引き返して戻った様子です。

       島内周遊で上から見たキアイア・ディ・ルーナの絶壁は素晴らしかったですし、
       幾らガイドさんの説明をちゃんと聞いていなかったにせよ、へへ、
       見逃す事はなく、ちょっと残念でした。




       こちらが島半分、南側の地図で、
       Grotta・グロッタというのは洞窟で、有名なのが港を出て
       南に曲がった辺りに2つ、Grotta di Pilato・海賊の洞窟、
       Grotta di Ulisse・ユリシーズの洞窟。
       Faro・ファーロは灯台で、港の先に1つ、南の先っちょに1つ、
       Faraglione di Calzone Muto・カルツォーネ・ムートの離れ岩。
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       湾内の桟橋で、ゴムボートで出かける支度中の人々
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       崖上に見えるパステル・カラーの四角い建物
       なんとなしに玩具箱を積んだようですね。
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       港を振り返り
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       湾内の北側に見える、モーナコ・僧侶と呼ばれる岩
       僧侶がお花を手にしている様だと、ガイドさんは言いましたが・・。
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       湾の南側の先っちょ、上り坂にあった教会も見え
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       上に白い灯台、となるとこのあたりが海賊の洞窟なのかな?
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       も少し先に進むと、別の趣の洞窟が続き、
       こちらはユリシーズの洞窟?
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       絶壁の下、岩のうねりは海に続き
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       離れ岩のくぐり穴
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       岩と岩の間から覗く、遠くの離れ岩
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       絶壁と
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       しがみつく木
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       白い断崖
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       離れ岩と観光周遊船
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       襲い掛かるかのような白い絶壁
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       絶壁の上に建つ家、窓に遊び心が見え・・。
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       たゆたうヨット
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       白い岩に、掘り込みの後。 住むつもり?!
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       青い空、青い海に白い岩が映え
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       かと思うと、こんなにゴロゴロした岩山
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       そして、蒼い蒼い透明の海
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       岩礁にいるカモメ君
       すぐ傍を我々の船が通っても、我関せずの顔。
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       白い絶壁の眺め
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       もこもこと背の低い植物がしがみつき、黄色い花も見え
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       白い岩に口をあけたかのような赤い岩の層
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       ダイヴィングに人気のある島なのが良く分かりますね
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       カモメ君が飛んで行き
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       島のこの部分にだけ見えたヤギの群れ
       かなり前に誰かがヤギを連れて来たものの、今は野生の群れに。
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       ダイヴィング・スクールの船
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       ゴツゴツの岩山が迫り
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       上に見える灯台は
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       ほら、島の南端に突き出している灯台!
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       煌く水平線
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       引き返す時に見る灯台のある岩の岬
       こんな凄い岩山の先っちょに灯台を造っている!
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       海に迫るこの大岩!
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       港近くまで引き返して来て見る、離れ岩
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       最初の灯台が見え、もうこの先を回ると港
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       ほら、岩の穴から港の町が見える!
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       湾の中に入り
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       船が上げる飛沫にかかる小さな虹
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       蒼く蒼く透き通る海、野性味溢れる自然が厳しい姿を見せる
       ポンツァ島
       島の南側の周遊にお付き合い下さり、有難うございましたぁ!


       カプリ島一周のご案内、 その1と2




       最後は、サイトで見つけた、夕暮れの色を。
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     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-28 23:29 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(6)
2016年 07月 09日

   ・・・ ポンツァ島 ・ 青い蒼い海、野性に満ちた風景 ・・・

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       今回のご案内は南ラツィオはテッラチーナから船で1時間15分の
       ポンツァ島・Isola di Ponzaを。

       朝8時40分出発の船(往復38エウロ)で、港に着いた時は
       煌く海に突き出す突堤での釣りの姿が見え、




       目指す船に乗り込みますが
       なんとまぁ、どんどんどんどん乗り込んで来て、1階と地下は超満員!
       上のデッキは開けておらずで、座席に座れぬ人たちは船尾に・・。
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       ポンツァ島の名前は今回の旅行前に初めて知りましたが、
       位置は、ここ
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       ポンツァ島が一番大きく、この周辺の島パルマローラ・Palmarola、
       ザンノーネ・Zannone、ガーヴィ・Gavi、
       そしてヴェントテーネ・Ventotene、サント・ステーファノ・Santo Stefano
       一帯がポンツァ島のコムーネに。




       ポンツァ島の地図をどうぞ。
       南の東側、Ponzaと見える所に港があり、本土からはアンツィオ、
       サン・フェリーチェ・チルチェーオ、(我らの)テッラチーナ、
       フォルミア、そしてナポリから連絡があります。
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       ご覧のように入り組んだ海岸線で、海抜は最高で280mの山、
       細長く少し右にくねって伸びた、殆どが丘陵地帯の、
       素晴らしい青色と透明度の高い海に囲まれた島

       入り江の奥まった場所に狭い砂浜があり、背後は切り立った崖、
       という立地で、この島はまたダイヴィングの宝庫なんだそう。
       島の西にも東にも何ヶ所もダイヴィング・ポイントがあり、
       30mから所によっては80mも潜れるのだそう!

       我々はポンツァからミニ・バス2台に分かれて乗り、
       島の真ん中をうねうねと進む道を行き、
       左の赤線で囲ったルチーア・ローザの離れ岩・i Faraglione di Lucia Rosa
       レ・フォルナ・Le Fornaの大きな集落と入り江
       赤点を打った辺り(と思う)亀の岩

       そして北端に近い道の分かれに赤点を打った場所、
       ここでお昼を食べたのですが、少し歩いてもう1つ海辺の赤点
       カーレ・フォンテ・Cale Fonteを見て、戻り道。

       最後にポンツァの港の裏側キアイア・ディ・ルーナ・Chiaia di luna
       を見て港に戻り、
       その後船で島の南側を周遊という様子でした。

       が、今回のご案内はバスで回った場所のみで、
       船での周遊はまた次回チャンスを見て、という事に致しますね。




       船の中は超満員で、75分間ずっと曇っている窓からぼんやり見える
       海の水平線で、島が近づいて来ると見えるのは切り立った岩礁のみ!

       漸くに船からおりてやれやれ! 
       ごった返す船着場周辺から見えるのは、こんな建物類
       白とパステル・カラーの四角い、屋根の無い建物類で、
       南イタリアに多い、雨の少ない地方の特徴なのですね。
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       この島は、ここからも近いカプリ島に似ている
       全体に少し、こちらの方が庶民的な印象だと思いましたが、
       きっと若者達に好かれる島だろうと思います。

       カプリ島のご案内 その1と2

       そして、朝と夕




       港から一段高い通りに上り
       ガイドさんから集合時間を知らされ、じきに放し飼いに。
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       見下ろす、我らの乗ってきた船
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       一段高い通り、と言った意味がお分かりでしょう?
       漁船が舫っている下の通りと、その上の町の通り
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       こちらの端から港を見晴らし・・
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       少し上に上ると教会があり
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       脇の通りを見下ろして、
       エンツォ君のバイクとお揃いの色のヘルメット
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       教会脇を少し上って見つけた、素晴らしいピンク色! はは。
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       港の北側の建物群
       島の人口は3360人で、殆どが観光業、そして漁業なんだそう。
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       見下ろす海の色!
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       島周遊ツァーも勿論ですが、貸しボートも多い様
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       下の道におりて歩いてみると、店は少なく、倉庫や事務所で、
       多分時化の日は、ぴっちりと締め切るのでしょうね。

       こちらは漁船
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       思わず笑った、これは何かのおまじない?!
       吊るされた犬のプルートの縫ぐるみと、カモシカの頭骨?
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       港の底の浅い部分を覗くと、鎖の近くに小魚がいっぱい!
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       揺れる波紋と色
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       集合場所に近い港の北側にあった、レンタ・カーとバイクの店
       いかにもヴァカンス中!!という気分を表す様な、
       派手な可愛い色と形、ははは。
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       テントに書かれている名前に気がつき、笑いました。
       Giulio il Pescatore・ジューリオ・イル・ペスカトーレ!
       店主の名はジューリオで、イルが付いているので
       ペスカトーレはニックネーム、漁師の意。
       つまりジューリオという名はたくさんあるので、良く分かるように
       ちゃんとニックネームまで書いてあるのですけど、
       こんなの、観光客に関係ないすよね、ははは。

       それに「漁師」とわざわざ名乗るなら、
       ピエトロという名前ならもっと迫力があるのにね、ははは。
       漁師ピエトロ=ヴァティカンのサン・ピエトロですもん!




       5月下旬、浅瀬では既に男達がボール遊びをしていて
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       浜には日光浴のカップルと、遊ぶ子どもと
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       ポンツァ島は元々は火山島だったようなのですが、
       新石器時代からの住人達がいたとされ、フェニキア人たちは交易の
       中継地点としていたとか。
       そしてギリシャ人。 ポンツァという名も、ギリシャ語のPontia、
       つまり「海」なんですと。

       紀元前4世紀にローマ人がやってきて、長い間流刑の地とされ、
       また勿論別荘地でもあった様子。
       そして入れ替わり立ち代り領有者が変わりながら存続してきた
       これらの島々が経済的に変わりかけたのは18世紀末の事。

       その後もshinkaiなんぞがちょっと読んだ位では飲み込めぬほどの
       変遷があり、
       現在は大勢の観光客、海水浴・ダイヴィング客が押しかける
       夏の一大ヴァカンス地なのですね。

       
       

       さて、ミニバスに乗って出かけます
       港からすぐのこのトンネルが出来て、とても交通の便が良くなったと。
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       それにしても道が狭く曲りくねっているので、
       大型バスは通れず、我らもミニ・バスに分乗ですが、
       それもレストランに客を運ぶ、と言う口実なのだそう!
       多分公共のバスは走っていないのでしょうね。




       港から少し離れて見えた岩が見える位置に出て。
       この岩は「僧侶・モーナコ」と呼ばれるもので、
       そうぉ、そう見えます?
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       高い位置から見下ろす港の出口
       ほら、モーナコがまた見えています。
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       青い海、ヨット、波紋の広がり
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       坂道を上りきった位置から見えた、西隣の島パルマローラ
       この島は夏場だけいくらかの住人があるそうで、
       多分観光客用の施設があるのでしょうね。
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       こちらポンツァもその様子ですが、問題は水なんだそう。
       つまり飲み水確保が出来ず、昔からそれで住人がなかったと。




       地図で島の西側下から2つ目に囲った位置、
       ルチーア・ローザの離れ岩
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       ルチーア・ローザと言う19歳の若い女性の名が伝わるのは、
       19世紀に起こった悲劇から。
       貧しい農民に恋をした彼女ですが、家族に反対され、
       この岩から身を投げたのだそう!
       それで村人達が彼女を哀れみ偲んで、この岩の名につけたと。




       所々に見える集落、というよりは夏のヴァカンス用の貸し部屋、
       小ホテルなのかも。
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       そして島の西側中央上のレ・フォルナのカーラ・フェオーラ・Cala Feola.
       奥に突き出して見える岬の内側と、こちらとで2つの入り江となり、
       手前側にはかなりのボートが舫い、右半分は天然のプールと。
       入り江周辺はかなりの建物が立ち並び、有名人の名も何人か!
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       こちらが奥の入り江の方で、ここもかなり有名な海水浴場の様子で、
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       手前隅の、これが「亀」と呼ばれる岩。 
       うん、そういえばそうね、ははは。  
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       道脇に家の集落が始まり、ほら、屋根の上に丸い形が見えるでしょう?
       アマルフィ海岸に行った時も目に付き、何かなと思ったのでしたが、
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       かっては水の問題があり、雨の少ない事から、
       この丸さで効果的に天水を集め地下に貯蔵するのだと


       ナポリ、アマルフィ海岸全体のご案内は、こちらから。
       http://italiashio.exblog.jp/i38/ 




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       この近くでバスをおり、歩いて岩場に向いますが、
       新しい民家もかなりあり、

       とにかく植物の大きさに驚くばかり!!
       カプリ島に行った時も、見上げるほどに延びたサボテン類に
       驚いた物ですが、ここのも凄かったぁ!
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       2枚目のは、このままでも画面いっぱいに描いたら、
       ジョージア・オキーフ風になりそうでしょう?! ははは。




       最後のこれは、イタリア語で「姑の椅子」と呼ぶのですけど、
       姑が嫁に勧める椅子なのか、姑に座らせたい椅子なのか、ははは。
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       カーレ・フォンテの岩場に下りて行きますが
       打ち寄せる波と、水の色に魅せられます!!
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       ここでは仲間の大勢が記念撮影をしたがって、
       にわかカメラマンのshinkaiは大もて!




       ここがカーレ・フォンテ。 岩で囲まれた小さな溜まりに
       なっているのですが、水の透明度をご覧下さい!!
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       下った所に人々が集まり、日光浴中で
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       むひひ! 
       ごついスニーカーとリュック、金髪、北国の女性かな?
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       お昼ご飯を美味しく食べた後、再びミニバスに乗り戻りますが、

       山越に見える煌く海!
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       空と海に挟まれた道を自転車で行く若者達。 
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       ポンツァの町が一望に見張らせる場所まで戻り
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       見下ろした入り江の奥に、小さな浜と崖の上にホテル群
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       ほら、入り江の奥に洞穴が見え、手前に階段があるので、
       上のホテルから、トンネル式でこの浜に出れるのでしょうね。

       場所が特定できなかったのですが、多分ポンツァの港の入り江の
       も1つ上の大きな入り江フロントーネ・Frontoneの一部だと。



       ロバ君が2頭いて
       そうね、昔は島の中の交通はロバ君が主役だったのでしょうね。
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       ここは地図で西側の一番下に見えたキアイア・ディ・ルーナ
       港からも近いですし、この迫力ある美しさで人気があるのだそう。
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       突き出す岬の先っちょと、
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       絶壁と浜
       今回見た中で一番凄い!と思ったshinkai。
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       朝出発した港の浜に戻って来ると、
       引き潮になっておりましたぁ
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       最後はサイトで見つけた、キアイア・ディ・ルーナの夕陽を。
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       いやぁ、南国の香りのする、素晴らしい海の島
       今頃はきっとヴァカンス・シーズン真っ最中で、
       さぞ賑わっている事でしょう!



     *****

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by italiashiho2 | 2016-07-09 00:20 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(16)
2016年 06月 24日

   ・・・ スペルロンガ ・ イタリアの一番美しい村々の1つ ・・・

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       ラツィオ南の旅のご案内、今日はスペルロンガ・Sperlongaを。
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている1つで、

       上の写真は、町の東にあるローマ皇帝ティベーリオ(ティベリウス)
       の別荘跡から眺めたもので、
       町の旧中心部は、こんな風に突き出した山の崖上に。

       
       ローマ皇帝ティベーリオ・Tiberioというのは、ローマ帝国第2代皇帝。
       初代皇帝アウグストゥスの養子だったそうで、
       ティベーリオの別荘というとカプリ島にあるのが有名ですが、
       ここの別荘跡もかなりの大きさ。

       傍らにある洞窟内から発掘された、素晴らしい大きなギリシャの
       大理石彫刻群が、現在隣接の国立考古学博物館に収容展示されており、
       次回にでもご案内したいと思っておりますが、
       今回はまず町のご案内で、浜辺から見えた町の姿を。




       スペルロンガの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       ローマの南、車で約2時間程で行ける位置で、
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       上記のティベーリオの別荘跡、洞窟内の発掘などは、
       テッラチーナ・Terracina からガエータ・Gaetaに至る道を建設中の
       1957年に、偶然に発掘されたのだそう。




       これはトップの写真に、町から海に突き出した岩場の上に見える物で、
       かっての海賊船相手の物見の塔トゥルーリア・Torre di Truglia、16世紀、
       元のローマ期の塔の後に建設されたものと。
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       現在は一帯が自然博物公園となり、博物館として使用されているそう。
       それにしても、ペンキ塗り立て、みたいな凄い色ですねぇ、ははは。




       町のある高さは55mで、人口は3300人ほどですが、
       この位置からは隠れる向こう側の浜辺に、現在は新しい町が広がり、
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       右端に見える木々のある場所、ここに海を見渡せる展望台が。




       さてティベーリオの別荘、洞窟跡見学から町に移動し、
       バスを降りて見える風景は、こんな新しいそっけない広場で
       えっ、大丈夫かいなといささか心配に・・!
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       広場にある古いオリーヴの根元で、ぐっすり眠る黒猫ちゃん
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       展望台から見渡す東側の海、浜辺
       ほら、洞穴みたいなのがポコッと見えますね、
       あれがローマ皇帝ティベーリオの別荘跡と、彫像群の見付かった洞窟。
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       こちらが西側、崖の上にそそり立つ町の古い部分
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       展望台でかなり長いガイドさんの説明があったのですが、
       こちらは早く町の中に行きたい一心で気もそぞろ、ははは。
       やっと集合時間を告げられ、町の広場に向いますが、

       こんなに高い家が見え・・!
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       先ほどの海の岩場の上の見張り塔の他に、町の中にも
       3箇所ほど見張り塔があったというのですが、
       この建物の右半分、ここが案外その1つだったかも、ですね。




       中心広場に出て来て、ブーゲンビリアの花がもうこんなに!!
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       この辺りは夏はきっと大変な人出でしょうね!
       ローマから2時間で来れるのですものね。




       広場のカフェの椅子の下
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       広場から西に延びる小路
       そう、どこもかしこもこんな小路があっちにこっちに。
       緑の十字のネオンは、薬屋さん。
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       小路突き当りの建物の、入り口の脇柱の足元
       なにやら由緒ありげと見ましたら、
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       内部は12世紀の元教会の建物で
       カフェを兼ねた催し物とか集会場とかに変貌。
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       前を横切る小路の天井部は青く塗られ
       右に見えるアーチをくぐると、
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       奥に小さな広場と井戸が見え、
       一番手前の左側の壁と、奥の建物に残るフレスコ画
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       こちらは古いフレスコ画で、どうやらトルコの海賊船!
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       そしてこちらは建物の2階の壁に描かれた騎士物語りのロマンス
       海賊船にもかかわりがあったと思うのですが、
       ガイドさんから聞いた話はきれいに忘れまして・・! へへ。
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       旧石器時代に既に住人が居たらしいこの町は、
       あの東に残るローマ皇帝ティベーリオの別荘にも見られるように、
       ローマ期にはかなりの数のローマ貴族の別荘があった様子。
       きっと風光明媚で、暖かい土地なのでしょうね。
       が7世紀ごろには、あの洞窟も海賊から避難する為に使われたと。

       町の名のスペルロンガというのは、この一帯にあるたくさんの
       天然の洞窟、くぼみ、穴を意味するスペルンカエ・speluncae
       から来ているのだそうで、

       町の名が記録に登場するのは10世紀。
       今は無いものの町の城壁が11世紀に造られ、
       今も残る町の門に残る紋はカエターニ家の物と。       
       
       最初に見て頂いた町から突き出す岩場の物見塔、
       そして町の中にも3つほどあったといわれる物見塔、
       そして城壁と、様々な防御にも拘らず、
       この町は2度トルコの海賊に破壊されており、
       最初は1534年、そして1622年、
       海賊の名はバルバロッサ・Barbarossa・赤ヒゲ(1475-1546)と呼ばれる
       Khair ad Din・ハイレッディン、オスマントルコの提督で、
       16世紀イタリアの海岸沿いは、軒並み彼にやられたのでした。

       こんな小さな漁村を襲って取る物があるのか、と思われるかもですが、
       人間を略奪し、奴隷に使った、売り払ったのですね。


       そして町はずっと小さな貧しい漁村、として近年まで来て、
       ティベーリオ帝の別荘跡が偶然に発見されたという道路の建設で、
       一挙に状況が変わり、それ以降観光の町に変わったのだと。
       



       細い小路の両脇に高い建物が迫りますが、
       一番上の窓も綺麗にされ、住んでいる事が分かり、
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       こんな色違いの扉、これは多分倉庫の扉、の並び
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       狭い土地にかなりの人々が住んでいた、
       いるのだろうと想像できる建物の高さ!
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       この手前の建物は、




       こんな感じ、この高さ!! 
       途中で拡張され、嵩上げされたのも分かりますね。 
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       玄関脇の狭い土からも、木々が頑張り! 
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       上の玄関から顔を覗かせる、暇そうなワン君! 
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       脇に延びる下り坂の先に見える、ちょっと興味を引いた形の建物。
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       小路の名は、元の病院通りとあったので、
       案外貧者や病人の救護所だったのかも・・。 時間があったらねぇ。




       なんとなし、髪の毛を細い細い三つ編みに何本もたらし、
       ビーズなどを編みこんだ髪型を思い出した扉、ははは。
       扉の開け閉めのたびに、ちゃらちゃらと鳴りそう!
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       郵便受けの上の青い陶板には、4人家族の名前が書かれ、
       その上左で飼い猫ちゃんが居るのも分かり、ただし名はなし、ははは。




       一方こちらは頑丈一式の扉、ただし、救命ボート風の飾りあり!
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       大概のお家の中はかなり狭いのではないかと想像したのですが、
       この入り口部をご覧くださいね。

       番地が打ってある札を見ると、51、53、55とここに3軒分あり、
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       同じ建物の2階には、左から43、45、47、49と4軒分!
       まぁ2階のお家は、中が2階建てになっているのだと思いますが、
       やはりかなり狭い居住環境なんだろうなと。
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       ここがずっと辿ってきた道の下り坂、つまり旧中心地の終わり
       下り坂で、上って来た仲間からもそう聞き、
       上り坂は避けたいshinkaiは、引き返します、へへ。
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       ご覧頂いているように、建物の色は殆ど白で、
       入り組んだ小路と階段という特徴がありますが、
       扉の色、玄関周りの小さい飾りで、そっけなさが消えていますし、
       何よりも路地が綺麗、人々が住み、掃除が行き届いている感じを受けました。




       夏のこの辺りの海の色を思わせるような青い扉!
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       今度は家の前の石段に、腰を下ろしているワン君
       う~ん、狭い1段には、お尻と前脚が入りきらないんだね、君は!
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       隙間から見えた港、青い海
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       来る時通った時は何もなかったこの階段に
       そろそろ店開きをする手前のワイン・バーがクッションと明かりを。
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       細い路地を覗きながら、ゆっくりと戻ります
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       ティベーリオ帝の別荘跡横の洞窟が真っ直ぐに見え
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       午前中に傍で見た時は、なんとなしに自然洞窟と思い込んでいたのが、
       この写真を見て、手を加えて入り口を掘ったんだと気が付き、
       調べましたら、やはりそうなのを知りました。
       かなりの厚みを掘り込んでいます!




       小路が狭すぎて、扉の前からはレンズに入りきらないのが殆ど!
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       入り組む小路と階段が至る所に!!
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       中心広場まで戻り
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       テラスの椅子席を占領している猫ちゃん2人!
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       猫ちゃんの詳細は、水彩+色鉛筆ブログに載せますね。




       町の新しい広場の角の展望台から見る、薄い夕焼けの色
       一箇所にうっすらと光線が射しこみ・・!
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       あの岬の向こうの町、テッラチーナまで戻ります。




       正面に見えるポンツァ島
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       この日の最後は、海に射し込む一筋の光
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       我らが行った5月下旬は、漸くに浜辺の準備が整いだした頃で、
       少し曇り空の日でもあり、小路に射し込む陽も弱かったですが、

       今頃はきっと暑い夏の陽射しの下、町はヴァカンス客が
       あふれ出している事でしょう!
       あの狭い路地に余り人が溢れるのはちょっとね、と思いますが、
       夏はまた別の表情を見せるのであろうスペルロンガの町。

       狭い路地奥のレストランで、美味しい魚料理を食べるのも
       きっと美味しく楽しい事でしょう!!
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     *****

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by italiashiho2 | 2016-06-24 00:08 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(7)
2016年 05月 25日

   ・・・ テッラチーナの海辺 朝と夕 ・ ラツィオ州 ・・・


       皆さん、こんにちは!
       一昨日夜、無事に南ラツィオ州の旅から戻りました。
       今回の旅は初めて行く土地でもあり、知らない物をたくさん見、
       美味しい魚料理も何度か食べれた、大変満足の旅でした!

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       最初の地図でご覧頂く様に、
       北イタリアのコネリアーノ・Coneglianoの町を朝6時に出発の、
       総勢48人のバス旅行でして、一路南下。
       休憩を挟みながらウンブリアのナルニ・Narniまで行き、昼食、
       そして19世紀まで異端審問所のあった地下教会を見学。
       
       これがまた大変興味深い見学、ガイドさんの熱のこもった説明で、
       是非このブログでもご案内をと思っておりますが、
       ナルニを午後5時半に出発、またまた南下し、
       今回の旅行の基地となるテッラチーナ・Terracina の宿には
       8時半頃に到着だったと!




       夕陽が傾く頃に最後の行程を行き
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       テッラチーナの、これが今回4泊した宿
       すぐ向こうが浜辺で、shinkaiの部屋は7階の非常階段の左隣。
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       地図をどうぞ
       今回回った町は、翌日にガエータ・Gaetaスペルロンガ・Sperlomga
       旅行3日目に赤点を打ったセルモネータ・Sermonetaの町、城要塞と、
       午後にニンファの庭園・Giardino di Ninfa
       4日目は船でポンツァの島・Isola di Ponzaに。
       最後の5日目の午前中は、テッラチーナの旧市街を回り、帰路に。
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       左上にちょっと引っかかるのがローマの街で、
       右下に見えるNは、ナポリのN。



       という事で、今回の旅行ご案内の最初に見て頂くのは、
       ホテルの窓や浜辺からの、ティレーニアの海と空の色

       4日目に渡ったポンツァの島では、本当に蒼い海の色、エメラルド色を
       見たのでしたが、それはまたのご案内とし、
       ここでは、海辺の朝の空気を感じて下さいね!
       
       まず2日目の朝、部屋のテラスから
       shinkaiの部屋は海に面しておらず、これで精一杯!
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       非常階段が部屋の横にあり、
       あっ、あそこからだったら西側の海が見える!と出まして、
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       これは少し陸側を。
       こんな風に松林に埋まる感じで、貸しマンションや家があり、
       多分殆ど夏のヴァカンス用なのでしょう、窓は大概閉まっておりました。
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       で、非常階段に出たのは良いのですがぁぁ、
       うっかり閉めてしまって入れず、ははは、
       1階までポツポツと下りましたぁ!!


       浜に出ると東のほうは雲が厚く早く動き、
       海の色もグレイで少し陰鬱な色!
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       東に続く浜の様子
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       波もそんなに大きくなく
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       西の方には青空
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       3日目の朝。
       少し賢くなり、ははは、非常扉に締め出されずに済み、
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       テラスから見る北の山と
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       手前に広がる平野のオリーブ畑
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       ホテルから浜に向ってこんなテラス席もあり
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       この日は少し波も大きく、海の色もブルー!
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       打ち寄せる波、ひく波、そして浜の小石、貝殻
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       前夜に大きな雷の音が何度も聞こえ、雨も降ったらしく、
       浜の砂もしっとり。
      
       朝食の時に連続雷の話が出ると、えっ、ホント?!という
       豪傑が結構いるのですよねぇ、これが、ははは。




       何に使う車なのか、こんなのも通り過ぎ
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       タイヤの跡くっきり!
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       遠く遥かに見えるポンツァの島。 
       翌日船で1時間15分の距離でした。
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       この日は良いお天気、暑いほどの日となりました。
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       浜を引き上げようとして見た蝶!
       羽を広げて止まったのが、残念閉じてしまいましたぁ。
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       連日見学が長くなり、ホテルに戻るのは7時過ぎ!
       で即夕食となり、その後部屋に引き上げて見る夕陽の名残
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       4日目の朝、浜の写真は今日は無し!と決めていたのが、
       朝食後のぞくと、
       あれっ、ボートがいるじゃん!!
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       この日は終日ポンツァ島で過ごし、暑い陽射しに焼けましたぁ!




       ポンツァ島での昼食の量が多く、美味しく満足超満腹!
       で、ホテルでの夕食は辞退し、ビール1本とポテト・チップスを部屋に
       持ち帰り、TVニュースを見ながらちびちびと。 
       
       テラスから見る落日、と夕陽
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       最終日。北の空、朝の薄いピンク色
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       西の空、非常階段越しの月
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       バスに旅行鞄を積んだ後、ホテルのテラスを見ると、
       椅子が並び、傘を広げている最中!
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       浜もごみ掃除が済み、綺麗になっています。
       そうなんだ、この日曜から夏の浜開きなんだね!




       テッラチーナから西に延びる岬の先端
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       海が煌き、今日は暑くなりそう!
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       チャ~オ! また来れるかな?



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、健在! アッピア街道 を
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by italiashiho2 | 2016-05-25 00:07 | ・ローマ・ラツィオ Roma Lazio | Comments(10)
2015年 09月 24日

   ・・・ ブラーノ島に ・ ヴェネツィア・ラグーナ ・・・

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       先週土曜日、ヴェネツィアからブラーノ島に出かけて来ました。
       島のあのカラフルな色とりどりの家並みと、洗濯物と、
       各家の戸口の前に下がっているカーテンというのか、を
       夏の陽射しがまだある内に撮っておきたかったのですね。

       もしお天気だったらこの土曜に、と決めていて、
       朝窓を開けてみると、雲はあるものの東の空がピンク色!
       では、と決め、7時40分の電車に乗りヴェネツィアに。

       こういう日は、撮って来るぞと勇ましく、ははは、
       出かけるshinkaiなので~す。

       トップの写真は、ヴェネツィアに到着前
       電車の中から撮った朝日が波に煌く様子で、
       行きかう船が立てる波に、陽射しが縞模様を作る様が美しく、
       撮りたかったのですが、逆光で余り上手く行かず、これだけを。



       ヴェネツィアに到着し、何よりも驚いたのは観光客の数の多さ!!
       未だかって見た事がないほどの混雑で、どうなったのかと思いましたが、
       そうか、ミラノEXPOの影響なんだろうと納得。

       どこを歩いてもとにかく人、人、人!!!
       なんとまぁと思いつつ、観光客の一人であるshinkaiもあちこちを
       ほっつき歩きながら、ははは、じわじわとサン・マルコの方に。


       12時頃にはスキアヴォーニ河岸でしたが、ブラーノ島に渡ってから
       お昼にしようと、ヴァポレットの切符を購入。

       既にかなり歩いていますし、通常ならムラーノ島によってブラーノ島に行く
       ヴァポレットが、発着するフォンダメンテ・ヌオーヴェまで歩くのも
       大変だし、フォンダメンテまで行くヴァポレットを使うつもりでした。

       すると切符売り場のシニョーラが、もう一つ先の発着場から
       14番に乗りなさい、と教えてくれたのでそちらに。

       着いて時刻表を見ると30分ほど間があり、近くで
       ジェラートを買い舐め舐め待つうちに、
       がらんとした大きな待合所が見る見るうちに学生達で埋まりいっぱいに!

       そうなんです、島からヴェネツィアの学校に通っている
       学生達が乗って帰る便の時間だったのですね。

       地図をどうぞ
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       ヴェネツィア本島につけた2つの赤点の北が F,te Nove・
       フォンダメンテ・ノーヴェ(ヌオーヴェ)で、通常はこちらから、
       ムラーノに寄り、ブラーノに行きます。

       で、今回は下に見えるサン・マルコの少し東の発着場からで、
       まずリド島に寄り、そしてプンタ・サッビオーニ・Punta Sabbioni
       トゥレポルティ・Treportiと回りブラーノ島へ行くヴァポレットだったのです。
       
       プンタ・サッビオーニもトゥレポルティも、
       いずれも本土からラグーナを囲んでぐるっと延びている先っちょにあり、
       この辺りだとまだヴェネツィアに通う方が近いのでしょうね。
     

       以前のブラーノ島のご案内は

       島巡りツァーについて

  


       という事で、満員の学生の端っこに乗りこみ、12時45分出発!
       サン・マルコ聖堂の鐘楼、ドゥカーレ宮などを後にし
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       デッラ・サルーテ聖堂やドガーナの先っちょを正面に見て
       サン・ジョルジョ・マッジョーレ島の後ろを抜けます。
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       こんな感じにヴェネツィアを遠ざかり
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       リド島に到着。 船着場はも少し右ですが、
       見える丸屋根は納骨堂で、
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       リド島からはこんな風にヴェネツィアが
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       リド島で学生が減り、次のプンタ・サッビオーニで殆どが降り、
       次のトゥレポルティから、新婚さんが乗って来ました。

       カメラマンとその助手を連れた新婚旅行兼のアルバムを作るのでしょうね、
       デッキにいたshinkaiの目の前でパシャパシャと初め、
       そうそう、スロヴェニアからのご一行でした。
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       あれこれカメラマンの注文に応じポーズを取り、ならばと
       私めもカメラを見せてにっこり、良いか?と了承を取り、
       笑っている彼女のサングラスにshinkaiが写っていまして、ははは、
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       ヴァポレット係留用のロープで遊んだりね
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       カメラマンの助手なのか彼女なのか、こちらも背の高い美人でしたが、       
       むすっとしているのを、合間を見てはカメラマンが撮り、
       優しくしてやったりで・・、男も大変ねぇ、ははは。




       最初は遠回りになるなぁ、と思ったのでしたが、
       久し振りのラグーナ巡りが幸いでした
       お天気は太陽が行ったり来たりだったのですが、
       広々としたラグーナ・干潟の色と空、海が本当に気持ちよく
       大きく深呼吸をしたような気分に!
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       ぐるっと回って、東側からブラーノ島に近づき
       2時前に到着。
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       船が停まった途端に、船着場のまん前の店
       フリット・ミスト・魚のから揚げ各種、から良い匂い!
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       ではまず、腹ごしらえを、と思ってこれを
       はい、ポテトは揚げたての熱々で美味しかったですが、
       魚がねぇ、揚げすぎで硬くなっていて・・。
       まぁ、ビールが終わるまではつつきましたが。
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       お皿のパンも食べれます、という事だったのですが、
       はぁ、カンパンみたいで、寄って来た鳩ちゃん達には好評でしたぁ。




       食べている途中で気が付くと、向こうから新婚さん!
       こちらもカメラマンを連れた、アルバム写真の作成用で、
       夫君はカラビニエーリ・国防省警官ですね。
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       新婚さんたちは教会での式の後、夕方から始まる披露宴開始
       までの時間を、結婚アルバム用の写真撮りに使うのですね。
       



       後ろを通り過ぎたのを振り返りましたら、
       おっ、背中に刺青ぃ! 右腕だけじゃなぁったぁ!
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       さて、とブラーノ島の目抜き通りに来ましたら、
       なんとまぁ、ここも超満員!!
       狭い島、狭い道なので、尚の事満杯で、
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       どう撮っても、やはり大勢写るので
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       即座に脇道に避難すると、何とかね。
       それにしても、なんとも係留船の多いこと!
       土曜日は漁も、運搬のお仕事もお休みなの?
       文句をつぶやきながら、それでもあちらこちらと。
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       裏通りでやっと猫ちゃんたちに会えたものの、
       どことなくそわそわで、人通りの多さに警戒中なのかも!
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       余程覗き込まないと気がつかないような所で、
       眠っていましたが、こちらも愛想がなく
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       この子もちょっと表情が硬いなぁ・・
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       奥のほうに入って行って出合った壁の聖人。
       素朴なレンガの壁龕と、強い赤色、光りと影、気に入りました!
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       フランチェスコ会派のタウの十字架があり、子供を抱いているので、
       パドヴァの聖アントーニオですね。




       大きなシーツなど干してあったのも、殆ど無風で残念!
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       北に、トルチェッロ島の聖堂と鐘楼
       鐘楼も殆ど修復が済んだ様子ですね。
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       ヴェネツィア ・ トルチェッロ島へ 





       2軒ほどの家並みの通りの向こうは、即ラグーナ
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       以前ブラーノに来たのは2.3年前だったと思うのですが、
       新しい橋、以前の橋の横に平らな橋が架かっているのを3つほど
       見ましたし、それ以外にも便利なようにか、新しい簡単な橋も。
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       今見える石橋の横にも、ほら今2人渡っている平橋が。




       ゆるゆると歩きながら、あっちこっちと・・
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       島の南端に出ましたら、そこにも広い干潟が広がり
       古いボートが漂い、奥に見える白いのは水鳥ですが、
       カモメよりも大きい様で、なんだろ?
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       こちらには白鳥たち
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       ブラーノにしては、珍しく色の少ない壁と洗濯物、ははは。
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       他の場所では見た記憶がない、ブラーノ独特の洗濯物の
       干し方というのか、ロープの掛け方というのか、
       つっかえ棒でロープを持ち上げる方法。
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       ブラーノの鐘楼もかなりの斜塔でして・・!
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       色とりどりの家の中でも、今回とりわけ強烈だった家、これ!!
       洗濯物も白のが少なく黒が殆どで、ブラジャーも青に赤だもんね!
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       上の写真のあとでは、とても爽やかで可愛い自転車、ははは。
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       ぐるっと島を回って最初の出発点に戻りましたら、
       まだまだ満員御礼中!
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       疲れて、漸くに帰ろうかという気になり、




       船着場に戻る所で、良い色の猫ちゃんがベンチの横に、
       と思った途端ワンが来て、猫ちゃんはあっちに退散し
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       で、猫の代わりに、ベンチでポーズを取ってくれた3人! ははは。
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       さて、ブラーノを去ります
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       ラグーナの向こう、大きな大きなクルーズ船が悠然と進み
       アドリア海に出て行き、
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       久し振りにラグーナの風に吹かれ、ブラーノを歩いた日でした
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     *****

       水彩ブログには、 ブラーノ島の洗濯物 途中経過 を
       アップしています。
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by italiashiho2 | 2015-09-24 00:03 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(13)
2014年 08月 08日

   ・・・ イーゾラ ・ スロヴェニア ・・・

       なかなかお天気が安定しない北イタリア。
       先週末すぐ近くの水車のある美しい里の村祭りで、
       爆弾雨による4人もの死者が出た大災害も起こり、
       トスカーナ、エミーリア・ロマーニャの方でも豪雨のニュース!

       陽が射すとさすが外は暑いのですが、
       まだ家の中の温度は低く、窓も雨戸も閉めているとヒンヤリで、
       過ごし易いことは有難いものの、異常気象が気になります。

       友人からのメールでも、そちら日本は大変な酷暑の様子!
       お大事に過ごされるよう、お見舞い申し上げます!!

     *****
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       少しでもすっきりの夏気分を求め、思い出したのが
       4年前の夏、きゃはは、出かけたスロヴェニアの海辺!

       ブログ・リンクして頂いてます「かたつむりの国だより*イタリア料理日記
       のtomoconeさんと出かけたのでしたが、  
       1泊したピラン・Piranの様子は既に2回もご案内しつつ、へへ、
       イーゾラ・Isola(スロヴェニア名 Izola)
       カーポディストゥリア・Capodistria(Koper)はそのままに・・!

       という事で、写真の埃を払うべく整理しなおしまして、ははは、
       かってのヴェネツィア共和国の香りが未だ残る
       イーゾラの町散歩をお楽しみくださいませませ!

       ピランのご案内はこちらに。       
       http://italiashio.exblog.jp/11559874/       
       http://italiashio.exblog.jp/12812535/
       

       上の写真はサイトから拝借ですが、
       見える小さな丸い湾は古い港で、右下に続くまっすぐの道の
       写真の外右に新しい大きな港があります。

       旧港の奥に高い鐘楼、そして手前に低い鐘楼が見えますね。
       どうもこの辺りが町の旧市街という感じで、
       レトロっぽい建物、窓、ドアなどたくさん見かけました。
       で、行った時は気が付かなかったのですが、
       この写真の左奥にビーチがある様子ですね。



       所でイーゾラはどこにあるか、地図をどうぞ。
       左下に入り込む湾がアドリア海で、イタリアが細く突き出している
       最後あたりにトリエステがあり、スロヴェニアは奥には深いのですが、
       ・・こういうのも、ブログを書く事により知るshinkai! へへ、
       アドリア海に接しているのはほんのちょっぴり。
       南側に接しているのがクロアチアで、
       赤点を付けたところがイーゾラ。
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       アドリア海沿岸に添っての町の位置地図は、以前の
       ピランのご案内で載せていますので、省略しますね。


       所でイーゾラという言葉は、イタリア語では島を指しますが、
       やはり元々は島で、9世紀頃よりヴェネツィア共和国の影響下にあり、
       13世紀の半ばから5世紀間に渡りその統治下に。
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       城壁に囲まれ要塞化された島だったようすですが、
       ヴェネツィア共和国崩壊後、フランス統治下の19世紀初頭に、
       破壊された城壁の石が本土と隔てていた運河の埋め立てに使われ、
       本土と地続きとなり、
       でやはり19世紀前半に温泉の発見があり、
       こうして観光地としての脚光を浴びるようになったと言います。
       


       さて、こちらが大きい新しい港風景で
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       港内で小さなヨットを子供達が操っていて
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       戻って来たところを母親達が迎え
       教師の指導の下に片付けを。
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       可愛い少女、如何にも夏の雰囲気でしょう?!
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       突堤の先から振り返る町
       リゾート地ではあるのですが、特別大きな建物もなく、
       のんびりとした雰囲気が漂い・・。
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       ですがサイトで見ると、素晴らしくモダンな観光客用アパートとか、
       リゾート用ホテルの大きなのもある様子ですから、勿論、
       きっと大きな港の後ろ側に広がっているのだろうと思います。


       港から入り込んでいくと、こんな建物も。
       サイトで同じ建物の写真は見つけたものの、何の建物か・・。
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       古そうな町の一廓に出て
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       港町特有の細い小路を辿ります
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       このレトロ感溢れる店構えは、作り靴屋さん
       店の入り口上にある紺色の看板の左の図、
       ガラス戸にも同じ形が見えますが、実はこれにくすっ。
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       日本の靴にもついていますか、この図?
       本革製である時、動物の皮を広げた小さな図が付いているのですが、
       そのまま店の看板に持ってくるこのアイディア! ははは。



       入り口横のショウ・ウインドウの飾り
       素敵でしょう、この重厚なレトロ感?!
       そして藤色のカルチョッフィの花の色が冴えているでしょう?!
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       こんな扉もあり
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       古い建物の古い窓。 既に住んでないのかも知れませんが、
       でもレースのカーテンが見えますね。
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       こちらは魚屋さん。 看板の絵が味わい深いでしょう?! ははは。
       スロヴェニアはスロヴェニア語とイタリア語が公用語で、
       どこの看板にも2ヶ国語が並ぶという几帳面さ!
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       最初の写真で低い方の鐘楼が見えた教会と広場
       教会はサンタ・マリーア・ダリエート・S. Maria d' Alieto
       という11世紀後半のロマネスク様式ですが、
       内部は改装されておりました。
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       ここはマンツィオーリ広場・Piazza Manzioli という、
       多分旧市街の中心の様で、
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       左側の、如何にもヴェネツィアの雰囲気を持つ建物は、
       カーザ・マンツィオーリ・Casa Manzioliと呼ばれる
       1470年建設のもの。
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       名前がある建物なら、ヴェネツィア貴族に関係しているのかと
       調べましたらそうではなく、一般資産家の家で、
       マンツィオーリという名は、当時のこの町の市長の名を冠したと。

       15世紀、ヴェネツィア共和国統治の港町に市長という職名があったのか、
       このあたりちょっと疑問なのですが・・、

       トンマーゾ・マンツィオーリというこの方は、当時ちょうど
       イーゾラの町のマンドラッキオ・Mandracchio建設にも関わっていた、と。

       マンドラッキオとは何かと思いましたら、
       内港、小船の避難所などを指すようで、古い港の古い写真に、
       そう書いたのも見つけたので納得、と言うわけですが、
       
       現在、マンドラッキオ・ディ・イーゾラというと、
       イーゾラの町のイタリア人のグループ組織の名でもある様子。

       写真は省略ですが、続く左の建物も有名化学者の生家なのだそうで、
       現在2つが一緒に整備され、展示会、イタリア人協会にも使われているそう。。



       さて先に進み、一瞬ちょっと驚いたほどの古びた建物があり
       2階には住民も居られる様でしたが、
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       この扉の、この穴の開き様!
       猫ちゃん用か、ワン君用か、なんとなしに微笑ましく・・。
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       かと思うと、こんな感じに派手な装飾で
       きちんと修復の行き届いている建物もあり、
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       そしてまた近くで見つけた、懐かしい街灯
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       通りの突き当たりの窓
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       旧港、マンドラッキオの脇の広場、古い建物とレストラン
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       何処のレストランだったか、もっと大きなメニューだったのを
       見えやすくと、これでも切ったのですが・・、
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       もっとしっかり見ていただくのに、ははは、アップに!
       見えますか? 上から(多分)スロヴェニア語、イタリア語、
       フランス語、ドイツ語、英語と並び、
       何人分の量か、値段、そしてカッコして大体一皿何グラム、
       または1kgについていくら、と書いてあるのです!!
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       こんなにkuso真面目な、ははは、正直なメニューには、
       始めてお目にかかりましたです!
       お国柄なんでしょうかぁ?!
       イタリアのすぐお隣、ましてや元ヴェネツィア共和国領なのにね!!



       サイトから拝借の写真で、
       はい、こんな風に、どっと出てくるのですねぇ!
       ピランでの夕食でも量の多いのに驚きましたっけ!
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       こちらは背の高い鐘楼の見えたサン・マウロ教会・San Mauro.
       16世紀建設と言いますが、ご覧のように鐘楼はともかく、
       教会の建物は大修復され、
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       内部もこんな様子
       ただ装飾の絵はヴェネト風が残り、パルマ・イル・ジョーヴァネ・
       Palma il Giovaneの「十字架降下」もあるとの事ですが・・。
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       内陣上部、明り取り小塔の内部
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       パラッツォ・ベゼンギ・Palazzo Besenghi
       18世紀半ばの建設の派手やかさ!
       横の標札を見ましたら、現在は音楽学校に使われている様子。
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       済みません、わざと上の派手なのと並べたわけではなく、ははは、
       私めはこういう方に惹かれるタイプでして・・。
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       こちらもなかなかでしょう?!
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       ちょっと驚いて見つめる感じの猫ちゃん
       ははは、そうだよぉ、東洋人だぜぇ!
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       この車も魅力的でしょう?!
       レトロ感溢れる旧市街が良いですねぇ!
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       駐車場に戻りかけた道の脇、木の下に野菜店が店開き中
       品揃えはイタリアと余り変わりませんが、
       前列左端の薄黄色のピーマンは始めて。
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       果物も同じですね。
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       そして左端、今tomoconeさんが手を出しているのが、

       これ、ぺったんこの桃
       皆、美味しい!というのですが、桃アレルギーのshinkaiは
       先日初めて端っこをちょっぴり頂き、
       はぁい、とても美味しかったのをお知らせ出来ますです!
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       最後は、サイトから拝借した写真で、
       旧港の素敵な夕暮れの色を!
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     *****

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by italiashiho2 | 2014-08-08 00:04 | ・スロヴェニア・クロアチアSlov | Comments(17)
2014年 07月 14日

   ・・・ 夏のヴェネツィア その1 ・ デッラ・サルーテ周辺 ・・・

       日本は大型台風も去り、また酷暑になっている様子、
       被災地の方々にお見舞い申し上げます!

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       こちら北イタリアは、今年はなかなか真夏の訪れがなく、
       突然の雨、嵐、所によっては爆弾雨と呼ばれる集中豪雨の被害、
       6月の最初に1週間ほど暑い日が続いたのみで過ぎています。
       週半ばからまた暑さが、という予報ですが、

       やはりこの時期には夏本番の写真が見たいですよね?!
       という事で、2年前の8月半ばのヴェネツィア
       友人が特急旅行でやってきた時に1泊した夏のヴェネツィア、
       まだ朝の光のサンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会周辺
       ドガーナの先っちょ辺りの写真をご覧下さい。

       古いご案内ですが、夏のヴェネツィア、ヴェネツィアの窓
       http://italiashio.exblog.jp/5493635/


       本当に蒸暑い夏の夜を過ごしたホテルは、ははは、
       フォンダメンタ・デッラ・フォルナーチェ・Fond, della Fornace、
       デッラ・サルーテ教会から西に一つ橋を渡った次の運河沿いにあり、
       朝6時半頃にホテルからドガーナの先っちょまで
       カメラを手に散歩に出かけました。

       この時間帯だといくらヴェネツィアとはいえ、はい、
       まだ観光客の姿もなく静か

       トップの写真は、アッカデミア美術館から来ると見える
       細い小路の先のサンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会


       ホテルからすぐ近くの細長い広場
       リオ・テラ・サローニ・Rio Terà ai saloni.
       左側に残る古い建物が趣きあり、
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       こんな様子
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       すぐ向こうのジューデッカ運河を、
       いま朝帰りの!大型クルーズ船がそ~っと通り抜けて行く所
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       ドガーナの先っちょまで来ると、太陽がこの位置
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       今回の朝日の写真は、余りにも光線が強すぎ、
       建物や物が真っ暗に写り、空の色も赤すぎ・・!
       何が写っているのか見えないなら見て頂く意味がない、
       と考えるshinkaiは、ソフトで陰の中を明るくし、
       お陰でちょっと面白い色も出た事をご報告しておきますね。

       そうなんです、実際に空の色が真っ赤で、
       運河の向こうの建物が真っ黒だった筈が無いのですものね。



       このドガーナの位置からだと真正面になる
       サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会
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       ね、建物の色がちょっと面白いと思われません?!

       サン・ジョルジョ島の中の様子
       http://italiashio.exblog.jp/5496972/



       こちらドガーナ・税関、三角形の建物の壁のライオン君
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       そして上にいる風見鶏の女神と支える男性像
       傍で見ると、ははは、とてつもなく重そうな顔をしている!
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       斜め向こうに見えるサン・マルコ聖堂の丸屋根、鐘楼
       そして修復の為の覆いの無いドゥカーレ宮
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       鐘楼の先
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       運河越しのドゥカーレ宮
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       こちらは左手ジューデッカ島の、レデントーレ教会・Redentore.
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       この教会は毎年7月の第3日曜、今年は20日が祭日で、
       参拝の為の橋が土曜の午後から架かり、7時から渡れるそうで、
       真夜中近くから大花火大会が行われます。

       レデントーレのお祭り
       http://italiashio.exblog.jp/5493746/


       ドガーナ・税関と呼んでいますが、現在は勿論呼び名だけで
       かっての共和国時代の名残ですが、
       太い杭を何本も合わせた大きな船用の杭がこんな感じに。
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       ちょうど素晴らしく見事な大きなヨットが寄って来ますが
       左背後に見える橋がちょうど、造船所博物館前ですね。
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       ね、素晴らしいでしょう?!
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       舳先には、ヴィデオ・カメラを手にした女性!
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       ヴェネツィアの街を見下ろして
       http://italiashio.exblog.jp/15575131/

       そして船が行く
       http://italiashio.exblog.jp/13764751/



       一方漁船を模した大型船が、ドガーナの大運河側に舫い
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       大運河沿いに見るホテル群と、左端にイタリア像
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       さて、こちらのゴンドラの舟溜まりで、
       珍しく白サギがゆったりと。
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       ゴンドラの舳先の飾りが煌き
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       艫の飾りも
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       小タイヤには思わず笑いましたが、
       あそこは細いですから、衝撃で折れやすいのかも・・。



       サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ教会
       ここはもう何度も見て頂いているのですけど、
       朝日の中、観光客なし、となりますと・・。
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       教会前広場の井戸もまだ陰の中
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       広場西側のこの荘重な教会は、元ベネデット派修道院の
       サン・グレゴーリオ・San Gregorio.
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       隣はかっての修道院併設の建物と思われますが、
       朝日を浴びて特徴ある煙突が、一際鮮やか!
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       ところでこのデッラ・サルーテ教会は、
       かなり高い石積みの上の建設で、こんな階段が前にあり
       こうしてみると、ちょっとしたピラミッドみたいでしょう?!
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       階段を上がると、まだ時間が早く勿論閉まっていましたが、
       扉にこんな標札が、事務所みたいに書かれていて、ははは。
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       ・・ああ、ラーメン喰いたい!


       階段の上からだと、教会前広場の石の柄も良く見え
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       ヴェネツィアにも、ジョギングする人がいるんだ!
       ちょっとした驚き、・・失礼!
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       まだ船の動きが無い大運河
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       左よりのあの美しいバルコニーを持つ建物が、
       「オテロ」のデスデモーナの館とされていたのでは・・?



       階段の上から、前のゴンドラ溜まり
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       少し遠く、サン・マルコのスキアヴォーニ河岸
       見えている教会はA・ヴィヴァルディ所縁のピエタ教会。
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       男性ソプラノ歌手による、ピエタ教会のコンサート
       http://italiashio.exblog.jp/13753313/

       ヴェネツィアの、お安く清潔、そして一等地のお宿を
       http://italiashio.exblog.jp/16140252/



       逆光の中の、風見鶏の女神
       う~ん、こういうのは余り近くから見るよりも、
       夜目、遠めの内かも、ははは。
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       という様子で、次回もう1回ヴェネツィアのご案内、
       夏のヴェネツィアを、と思っておりますので、
       よろしくお願いいたします!


     ◆ おまけ ◆

       先日偶然TVで見て大笑いした猫ちゃんの痴話喧嘩
       余りにも可笑しく、ひょっとしてと探しましたら
       You tube で見つかりました。
       ただ猫語の翻訳がイタリア語で字幕になっておりますので、ははは、
       親切、暇なshinkaiが日本語訳を下に。
       お楽しみください!

       バローネ君とシルヴェストラちゃん
       https://www.youtube.com/watch?v=MPI5uVlC-as

       So che mi hai tradito    お前が裏切ったのは知っているんだ
       confessa!         白状しろ!
       dimmi chi è?       誰だ、相手は?
       voglio saperlo       知りたいんだ
       dimmelo!         言え!
       giuro che non ti graffio dai  お前を引っ掻いたりしないからさ
       lo conosco vero?      俺が知っている奴だろ?
       parla cazzo!        言え、馬鹿! 

       Tom           トム

       Tom chi? Il randagio?      トムって誰だ? あの野良猫か?
       quello che sta in fondo alla via?  あの、通りの奥にいる奴か?
       ah te la fai con gli stranieri?    はぁそうか、お前はよそ者とするんか?
       zoccala!             ドブネズミ!

       calmati            落ち着いて

       ecco perché rideva sotto i baffi    それでヒゲの下で笑っていたんだな
       se penso a quello che fatto per te   お前のためにしてやった事を思うと
       dopo tutto il pelo che ho ingoiato   体をなめて飲み込んだたくさんの毛
       dopo la collana di croccantini    (猫の)カリカリで作った首輪
       è finita!              俺達は終わりだ!

       Possiamo rimane mici       友達でいられるじゃないの

       scordatelo             忘れろ
       per me sei una gatta morta    俺にとってお前は死んだ猫と同じだ


     *****

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       必死に描いておりますがぁ、猫語の翻訳にも手間取り・・、きゃはは。     
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by italiashiho2 | 2014-07-14 02:06 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(22)