イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 10月 11日

   ・・・ エトルスク博物館 ヴォルテッラ ・・・

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       ヴォルテッラの有名な見所をあれこれご覧頂いて来ましたが、
       今回が最終回、この町の名を世界に広めている
       エトルスク博物館・Museo Etrusco Guarnacciのご案内を。
      
       博物館名の最後にあるGuarunacci・グアルナッチというのは、
       この博物館収蔵品の大きな、そして主要な部分を占める作品を
       寄贈したマーリオ・グアルナッチ氏(1701-1785)の名が冠されたもの。

       18世紀後半にこの博物館が出来たのですが、それまでは町の
       貴人著名人達の個人コレクションとして分散していたのだそう。
       1776年地下墳墓からたくさんの発掘があった際に市に寄贈され、
       それがこの博物館発足のきっかけになったと。
       
       とにかく物凄い数と質の高い収蔵品でして、
       到底すべてをご覧頂けず、ご説明もままなりませんが、
       shinkaiの目で見た好きな物、良いと思ったもの優先で、はは、
       あまり学術的では無いご案内ですが、ごゆっくりどうぞ。

       上の写真は、町の中心からヴィア・マッテオッティ・Via Matteotti
       を、そして右にヴィア・グラムシ・Via Gramusciを南に。
       左からの道が合流する位置のヴェンティ・セッテンブレ広場・
       Piazza XXSettembre.
       
       この辺りレストランもたくさんあり、




       目指す博物館は、そこからのドン・ミンツォーニ通り・Via Don Minzoni
       を少し先に行った所。
       町の地図は既に2度ほど載せておりますので、そちらで。
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       エトルスコ・Etruscoと言っておりますが、これはエトルリア人、国、
       形容詞にあたり、エトルリア文明・文化と同じ事で、  
       イタリアで馴染みの言葉ですので、これを使わせてもらいますね。

       エトルスコ文化が栄えたのは紀元前8世紀から1世紀ごろと言われ、
       とりわけイタリア中部に広がり、独特の言語文化を持ちますが、
       紀元前4世紀頃からローマ人が勢力を持つようになると、
       徐々に併合、吸収されていった民族です。

       この博物館の38室には、それぞれの時代、部門にわたる展示が
       ありますが、
       ここでは大まかに区切り纏め、ご覧頂くことに。
       専門家の皆様、ごめんなさい!

       まずは石棺類ですが、素晴らしい彫りのものを。

       船の到着を迎える女性の楽人たち、戦闘場面、狩猟かな、
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       これは上下が別々の物を一緒に展示しているらしい石棺
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       こちらはテラコッタのお棺
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       ご覧になって分かるよう、大きな石棺と、このテラコッタ製の
       小さなのがありますが、小さいのには火葬しての遺骨を入れたものと。
       エトルリア人達の間ではかなり火葬が多かった様子で、
       棺の上に横たわるのは、生前の人々の在りし日の姿を偲ぶ物。

       そして棺の他に骨壷や、小さな家の形をしたものとか、
       様々な埋葬の品があります。




       上の様に一人で横たわるのも多いのですが、ご夫婦で、というのもあり、
       この博物館の目玉の一つが、テラコッタ製のこれ!
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       棺の蓋部のお2人のみが残っていて、紀元前1世紀頃の作、
       大きさを探しましたが見つからず、
       見た記憶からだと、長さが1m位だったかな・・。
       


       仲良く寝椅子に寄り添い、妻の方はじっと夫の顔を見つめているのですがぁ・・、
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       こうして見ると、妻の凝視がちょっときつく見え、ははは、
       大阪弁で「アンさん、若い女を作ったら承知しまへんでぇ」とでも・・、
       ははは、失礼。

       所で夫の左手に持っているのは何かと思いましたら、
       これは角笛なんだそう!
       動物の強い力を借り、黄泉の世界に旅立つ為の魔よけなんだそうで、
       必ず男性の左手に持たれていると。




       背後から見るとこんな形
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       妻の頭に見える穴は、テラコッタを変形させる事なく焼く為に、
       中の厚みを調整しているのですが、それを掻き出すための穴と。

       夫が右手にも何か持っているのですが、これは何も指摘が無く、
       花の様にも見えませんか? とすると、可愛い夫ですねぇ!!




       所でちょっと脱線ですが、

       「夫婦像の寝棺」として有名なのが、ローマのヴィッラ・ジューリア博物館
       にある、同じくエトルスクのテラコッタのこれ!
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       これはラツィオ州の北の海辺に近いチェルベーテリ・Cerveteriで、
       19世紀に発掘された物で、高さは1,14m 長さは1,9m、

       アルカイック・スマイルと呼ばれる謎に満ちた微笑を浮かべ、
       あの世でもずっと一緒に寄り添う事を確信した笑みなんだそう。
       なんともエレガントな作品で、紀元前6世紀の作というのには驚くばかり!!




       背後からの姿、この髪型も良いですねぇ!
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       そして、この女性の手の優雅な事!!
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       足先ですが、夫は裸足で、妻は靴を履いていて、
       妻の靴の裏底の形が綺麗に揃っているでしょう?
       当時のテラコッタ職人の技術の高さと
       その美的センスの良さにも大いに驚かされた事でした。
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       ローマの街自体も殆ど知りませんが、
       この博物館はまだ行った事がなく、チャンスを待つ事に!




       さて、ヴォルテッラのエトルスコ博物館に戻りまして、

       今回あれこれ見ていて石棺の中にも、ご当地名産のアラバスター
       石膏雪花の石で造られたものと、他の石で造られたものとが
       あるのに気がつき見え、そうなんだ!と一人で納得のshinkai。
       
       この豊満美女はアラバスターの石の中で、今も微笑み続け・・
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       ですがね、これは美女ですし、周囲が緑色の枠内なので載せましたが、
       黒枠の中に、顔にだけライトが当っているのもあり、
       パッと見た時、ぎゃぉぇ~!と叫びそうな位で、本当に怖かった!!

       胸部が黒枠の向こうにあり、顔にだけライトが当っているのですよ、
       それも下からね、ご想像下さい!!
       ずっと昔に訪問した時に比べ、大変整備された今回の再訪だったですが、
       誰が設置方法を考えたのか、誠に良いご趣味で、はぁ・・。




       こちらは副葬品の、なんとも薄い金の花びらかな、の王冠
       お金持ちにしても、大変な愛情のこもった美しい高価な物ですねぇ!
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       金のイヤリング。  素敵ぃ!
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       博物館の床に移された、床モザイク。  
       渋い色合いの幾何学模様、素敵でしょう?!
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       ギリシャの影響が大きく感じられる壷絵
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       そして、取っ手のついた大皿。 シックですねぇ。
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       これは当博物館蔵ではなく、フィレンツェの考古学博物館所蔵ですが、
       発掘はヴォルテッラ、とあるので、ついでにご覧を。
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       多分、ワイン入れでしょうね。
       それにしても、形と文様の見事さ! 
       こんなのを実用していたのですね、エトルリアの民は!




       そして当博物館の一番有名な所蔵品と言っても良いか、
       「夕暮れの影・オンブラ・デッラ・セーラ」と名づけられた男性像。
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       フィレンツェの骨董市で1737年頃まで売られていたのを、
       紛れも無くヴォルテッラからの出土と、当博物館創設の
       グワルナッチ氏が1750年に買い取ったものだそう。

       ブロンズ製、高さは57cm、頭の高さは3,2cm、直径2cm、
       首の長さ1,5cm、肩から性器まで22cm、そこから足まで30,3cm、
       重さは1322グラム。




       紀元前3世紀始めの作と見られるそうですが、
       こうして見ると、髪もきちんとセットされているのが分かります。
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       この小像に「夕暮れの影」とロマンティックな名を与えたのは、
       ガブリエーレ・ダヌンツィオ・Gabriele D'Annunzio(1863-1938)
       詩人、作家、政治家、愛国者と幾つもの顔を持つ人。


       shinkaiはイタリアに来て後、彼の写真を見て
       即いかれたミーハーですが、ははは、
       彼はまたヴォルテッラを舞台にした映画「熊座の淡き星影」の
       原作者でもあり、他に良く知られているのは、やはり映画「イノセンス」で、
       どちらも監督はルキーノ・ヴィスコンティ・Luchino Visconti.
      

       彼の最後の住居、ヴィットリアーレについては
       

       フィレンツェのヴィッラ
       

       愛人だったエレオノーラ・ドゥーゼの博物館展示にも彼
       




       昔初めて博物館でこの小像を見た時のshinkaiの第一印象は、
       わっ、ジャコメッティだ!! と思ったのでしたが、

       アルベルト・ジャコメッティ・Alberto Giacometti(1901-1966)は
       スイスの彫刻家、画家で、このヴォルテッラの小像から
       強いインスピレーションを受けたであろう事が
       彼の作品をご覧頂くとすぐ分かります、これです。
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       下の写真は、1955年のアンリ・カルティエ・ブレッソンが撮った物と。




       という様子で、上の細長い小像はやはりちょっと特殊で、
       小さなブロンズ製の人物像や動物達の作品がたくさんあります。
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       ギリシャの影響を強く感じる頭部像
       美しいですねぇ!
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       ガラス製品。 
       練りこみガラスと言うのか、大変美しいもの!
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       小さな実用品の美しさ、楽しさ!
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       こちらは骨壷
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       ヴェネトの本土側、ちょうどヴェネツィアはトルチェッロ島の
       北に当りますが、アルティーノ・Altinoという村に
       国立の考古学博物館があり、ずっと昔に偶然寄って見た事があります。

       いまだヴェネツィアの歴史も、アクイレイアの遺跡の凄さも良く知らずでしたが、
       それでもその収蔵品の内容の凄さに驚いた記憶があります。
       少しだけ記述しておりますが、
       収蔵品のひとつに美しい青いガラスの骨壷がありました。
       こちらでどうぞ。
               
       アルティーノもその後の発掘が進んでいる様子ですので、
       来年にでも再訪問してみたいと思っています。




       これは灯火器と。
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       闘士の兜と頬宛。 兜には細かい浮き彫り。
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       日常用品の鍋釜類
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       これらは家具に取り付ける物でしょうか?
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       なにせ夥しい数の展示で、ここでは2枚のみに。




       美しいオレンジ色の指輪、メノウでしょうか?
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       金のブローチと、下は何でしょう?
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       真ん中はイヤリングで、右はピンの付いたブローチかな?
       緑色は何でしょう、ガラスかな?
       金の細工も細やかで、技術の高さが偲ばれます。
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       ざっとのご案内になりましたが、それでもたくさんの品々
       お疲れでしたしょう、 お付き合い有難うございました!!

       ヴォルテッラのご案内
       最後は近くの広場からの谷の眺めをどうぞ!
       城壁に囲まれているのも見えます。
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       トスカーナのフィレンツェ、またはピサ方面に行かれた時は、
       是非ヴォルテッラまで足を延ばして下さいね
       周囲の風景も他とは違い、荒々しく雄大で
       エトルスクの息吹が今も残る、素晴らしい博物館も是非どうぞ!!
       


       
     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、アッシジ 途中経過と、 オリアーノ村の空と雲 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
  
   
       




by italiashiho2 | 2016-10-11 00:03 | ・トスカーナ州 | Comments(2)
2016年 07月 24日

   ・・・ 修道院、地下教会、異端審問所、輪の競走 ・ ナルニ ・・・

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       先回に続いてのウンブリアはナルニの町のご案内ですが、
       今回はちょっと特殊異質な場所へお連れ致しますね。
       
       上の写真は地下教会のものですが、
       この写真提供は、ナルニのヴォランティアのグループで、
       現在この地下教会、異端審問所の管理、さらにはサン・ドメニコ教会の
       地下室の新しい発掘にも働いておられる「UTEC」から送って頂いたもの。

       サイトは http://www.narnisotterranea.it/

       内部写真は禁止で、もし写真が欲しい方は申し込んで下さったら
       送ります、というので大いに期待してお願いしましたら、
       上の写真を含めたったの3枚!が届き、
       それも雰囲気を盛り上げたキャバクラかと思うような照明のもの!!
       
       がっかりで、ここでは1枚のみ拝借し、他はサイトから探しましたが、
       お陰で結構見つけ、へへ、それも良く見える、状態が良く分かるものを
       ここで使わせて頂き、
       サイト名の入っていないのが、拝借した写真です。
       



       先回ご案内した元のサン・ドメニコ教会、現在講演会場などに
       用いられている、その地下に
       12世紀の地下教会と異端審問所があったのですが、

       現在はナルニ・ソッテラーネア・Narni Sotterraneaとして公開されており、
       町の中心の通りをずんずん行き、元のサン・ドメニコ教会より手前に
       こんな表示が出ていて、ちょっとした広場になっているのに曲がります。
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       一番下の表示は、幼稚園があるという表示ですが、




       広場は幼稚園の子供達が遊び、迎えに来た母親達で混雑していて、
       そこで以前の訪問でも見た覚えの、この塔を撮っていましたら
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       一人のチビ君が、撮って!とポーズし、OKと撮って見せましたら、
       すぐ仲間を連れて戻って来て、ははは、全員でポーズ!
       こうして見ても、性格や将来の顔立ちも分かるようで面白いでしょう?!
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       右上角で笑ってみているのはアンジェラで、
       以前ちょっと書きました、50年前日本からの養蚕指導に訪れた
       松本からの日本人達と、暫く働いたという彼女です。




       広場にある入り口門をくぐり、階段をおり、右手に見える入り口が
       事務所、切符売り場。
       上の広場からはかなりの高低差
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       事務所から外に出れるようになっていて、その庭からの眺めがこれ
       つまり元のサン・ドメニコ教会は町の北西の崖っぷちにあり、
       奥の山腹に見えるのは、サン・カッシアーノ修道院・Abbazia di San Cassiano
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       アップするとこんな様子。 北からの高速をオルテ・Orteで降り、
       ナルニに向って谷底の道を来る途中で見上げる高さに見えましたが、
       10世紀に建設されたベネデッティーノ派の修道院
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       サイトで見つけた修道院内部、教会入り口の写真
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       14世紀に元のギリシャ十字の形から3廊式の聖堂様式に変更され、
       16世紀頃から僧侶達が退去しだし、ついには無人となり、
       建物の衰退も著しく進み、1970年代の修復までほって置かれたのだそう。
       
       内部にはあれこれ興味深い柱頭などもある様子ですが、
       時代が混乱するような部分もあり、
       さて現在はどのような管理で、公開されているものかどうか・・。




       遠望する写真で見えた位置から、かってはこちらの庭当りまで、
       修道院の領地だったという事ですが、

       こちらの庭にはこのアカンサス・Acanthusがたくさん咲いていて
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       私はこの花びらの形が柱頭の飾りの形になったと思っていたのですが、



       この葉の形、アザミの葉を大きくしたような葉の形が
       装飾文様に使われたのだそうで、
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       コリント式のと、ヴェネツィアのパラッツォ・ドゥカーレの柱頭飾り
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       いやぁ、やはり花びらの形も装飾文様になっていたと・・。




       さて、庭から入った場所でガイドさんからの一応の説明を受けますが、
       入り口の様子を一連でご覧頂きますと
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       最後の写真の軒下に見える左側の鉄柵の付いた扉口
       これが発見された地下教会の入り口で、
       上のさし掛け屋根はかって発見された時はなく、
       手前の前庭、この一帯は当時住み着いていた老人の
       家庭菜園だったのだそう。



       つまりです、1979年の5月、青年ともいえない少年の年頃の
       6人が洞窟探検と称し、新しく手に入れたロープの装備を使い、
       左側の高い壁を伝って、この庭に下りたのだそう。
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       第二次大戦の際、この一帯は爆撃を受け城壁が崩れていたのだそうで、
       きっと少年達には格好の遊び場と思われたのでしょうね。

       所が下に住み着きちゃっかりと家庭菜園を作っていた
       エルナーニ・Ernani の上に舞い下り、畑を荒らした少年達に
       老人は怒りますが、洞窟探検、宝物探しと聞き、
       エルナーニは、この壁の奥に宝があるに違いないと思っている!と。

       上の写真で見て頂いた地下教会の入り口には、
       今でこそ張り出しの屋根も付き、鉄柵も装備されておりますが、
       当時は石の壁で塞がれ、上部がほんの少し開いていたのだそうで、
       エルナーニ自身は何かあるのではと思いつつ、自分は潜りこむ気もなく、
       少年達に教えたわけですね。




       これが当時の少年達6人で、現在もボランティアたちのグループ
       UTECの創立者でもある、ロベルト・ニーニ・Roberto Nini
       が一番の年長で20歳だったそう。
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       このロベルト・ニーニは、リンクしますあれこれの
       Youtubeに登場して、地下教会や異端審問所に付いての
       説明をしておられる方で、
       彼はこの後大学に進み、考古学を修められたのだそう。
       ちょうど当時の冒険で出会ったこの地下教会を初めとする
       歴史の謎が、彼の一生を決めたという事ですね。




       潜り込んだ少年達が見つけたのはこの地下教会!
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       たっぷりと毎日与えられていた家庭菜園の水が上から浸み込み、滴り、
       発見された当時は、上から薄く石灰の幕をかけたようになっており、
       それでもフレスコ画に描かれた左右の天使の目が射る様に見えたと。

       左の下に槍を持っている天使は大天使ミケーレで、
       発見されて後12世紀建設のこの教会は改めて聖別を受け、
       サンタ・マリーア・デッラ・ルーペ・Santa Maria della Rupeと呼ばれますが、
       元の名はサン・ミケーレ・アルカンジェロ・San Michele Arcangelo
       分かったのだそう。




       少年たちは周囲の壁を叩き音響の変化を探り、
       ある部分の壁の奥が空白であるのを知り、崩したく焦りますが、
       隣に住んでいる住人のシニョーラが、自分の家にも被害が
       及ぶのを恐れ許しません。

       で、町中が見物に出かける「輪の競走」の夜を狙い決行。
       するとその奥に、長い細い通路が口を開け!!
       

       その通路の先には広い地下室があり、
       それがかっての異端審問所であった事が分かったのですね。
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       異端審問所、そう、キリスト教の教義に反する者であるかどうかを
       審問する所、その為には拷問もし、まずは死を逃れられない審問所。
       恐ろしい事は、その人自身のみでなく、証人させようと狙われた人間も
       拷問を受けたこと!

       ここがその場所であった事は、ヴァティカンの記録にあった
       地図で分かったと言いますが、

       ガイドさんの話では、今ここに見える拷問台2つ、
       右が引き伸ばし器、左が上に見える三角の角の上に上から落とす、は、
       ここに残っていたものではない、という事でしたが・・。

       に、拷問の図も出てきます。
       



       そして審問兼拷問所の横にある、そう広くも無い独房がこれ
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       壁一面に刻み込まれた様々な暗号のような図と文字!
       
       これの殆どを掘り込んだ人物は、
       Giuseppe Andrea Lombardini・ジュゼッペ・アンドレーア・ロンバルディーニ、   
       と彼自身が刻んでおり、
       彼はスポレートのサンタ・セーデ・Santa Sede、この言葉をどう訳したら良いのか、
       意訳して、カトリック教会での最高権威を持つ(事務所)とでも?
       に勤める伍長で、
       逮捕された友人を救うために働き、逆に逮捕された様子。
       



       一番上に見えるのは、真ん中に IHS ・救世主キリストの意 を図案化した物で、
       その左右に IL PARA   TISO SANTO・Il Paradiso Santo・聖なる天国
       にも見えるように、わざと D の字が省かれ、T で置き換えられています。
 
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       これは上記した彼の名前の中のDを使うべき箇所もTの字になっており、
       自分をこの様な異端審問所、独房に落とし込んだドメニコ会派の頭文字である
       D を意識し、憎み、省いたものだろうと。

       R が我々には V かとも見えますが・・。
       引っかき削り込んでいて、赤く見える字は砕石+おしっこ、なのだそう。

       中には、シンボルらしき印が何か分からなかったのが、ここを訪れた
       観光客の一人が、あれはフリー・メイスンの印であると教えてくれたり、
       とにかく全部の壁一面に広がっておりますが、未だに書かれた意味が
       判読できないものもあるそう。

       4,12,1759の数字も見えますが、もう1つの数字から想像するに、
       彼がこの独房で過ごし、取調べを受けたのは
       約3ヶ月間だったろうといい、その後特赦を願い3年後に許しが出て、
       その後の彼がどこに行ったか、どこで亡くなったかは分からないと。

       彼の名はヴァティカンの記録にも残っているのが、
       10年ほど前に分かったそうで、
       独房の文字は殆どが彼の掘り込んだもので、他には2人かな、
       の名前が見えるそう。

       
       そして彼の他にも一人名前が挙がるのが、ドメニコ・チャボッキ・
       Domenico Ciabocchiで、1726年の4月重婚罪で逮捕され、
       この独房に入れられたのが、看守を絞殺して逃げます。

       逃げた後どうなったかを、ガイドさんが話してくれましたが、
       逃げたものの2人目の妻が恋しく便りを出し、ははは、
       勿論ちゃんと見張りがついていて、会う約束を教皇領との境の町にして
       返事を出し、やって来たのを再逮捕した、という事。

      
       この異端審問所と独房に至る戸口は石を積んで隠してあり
       1860年にイタリア国家統一がなった時、ガリバルディ軍が到着し
       修道院を略奪したので、ドメニコ会僧たちは放棄して逃亡
       老人達の言い伝えで、町に地下があると言われていたものの、
       誰も見た事がなかったのを6人の少年達が見つけ出した訳です。

       つまり新しいイタリア国が出来る直前まで、19世紀まで!
       我らが中世からの歴史の1つと思い込んでいた
       あのおぞましい異端審問所なるものが、纏綿と続いていた事になります!!

       という事は、
       きっとナルニの町だけの事ではなさそうと思われませんか?
       ドメニコ会派は異端審問では大いに活躍したという話ですしね。

       
       そして重婚罪のチャボッキの記録は、町の記録にも名前があったのが
       見つかったのだそうですが、
       全審問記録が見つかったのは、なんとアイルランドはダブリンの
       トリニティー・カレッジの図書館から!

       これも聞いていて、携わったヴォランティアの方にとっては
       ちょっとした鳥肌物の因縁話の様にも感じられたろうと思うほど
       興味深い話なので、ここにご披露しますね。

       つまりこの記録類は、ナポレオン軍が到着してあれこれかっぱらい、
       しっかりパリに持って帰っていたのを、
       ヴァティカンから特使が行き、どんな記録かを調べた後、
       大したものではないと思うのを古物市で売ったらしいのです。
       一駄分と言ったか、一行李と言ったか、ちょろまかしたとか・・。
       
       それを買ったのがダブリンの図書館に収まっていた、というのも、
       一学生がここの見学に来て話を聞き、それは自分の大学の図書館にあると

       ヴォランティア達はこの地下を整備し公開し、そうやって幾らか
       稼いでは保存費用、新しい発掘に使っているのだそうで、
       到底ダブリンにまで出かけて調べる余裕もなく、
       ヴァティカン古文書館でコピーを頼むと、1枚80エウロなんだそうで!
       半ば諦めていたのが、
       ある日大きな荷が届き、中にはいっぱいの裁判記録のコピー!
       それが重婚罪でつかまったチャボッキの全記録だったそうで、

       漸くに長い年月の調査、約30年間の調査の末に
       地下の異端審問所の働きが明らかにされた事になります。

       Youtubeはイタリア語のみで、説明も重複しますが、
       2つ目のには、町のご案内もありで、

       町のみのご案内は




       長々とお話しましたが、
       他の地下室を利用しての展示もされており、
       その中のひとつ、
       ちょっとこれは見難いのですが、中央の鉄製の物にご注目を
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       真っ直ぐ続くアッピア街道に感嘆したものですが、     
       その建設などに使ったものがこれ。
       上に十字に渡された棒から、錘に糸のついたのが2本ずつ下がり
       これを支柱の後ろから眺め、真っ直ぐの位置を決め、
       先行する杭打ちに指示したというもの。

       そうなんだ、こんな道具を使って、あの真っ直ぐな
       美しい道が出来たのですね。




       こちらは現在のヴォランティアの皆さん達で、
       中央にしゃがんでおられるのが、ロベルト・ニーニ氏
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       地下教会、異端審問所の公開は、ガイド付きで約1時間
        6月15日から9月15日まで
         月曜~金曜12時と16時  土曜 12時 15時 16時15分 17時30分
         日曜と祭日 10時 11時15分 12時半 15時 16時15分 17時半
       
        4月1日から6月14日  9月16日から10月312日
         土曜 12時 15時 16時15分 17時30分
         日曜と祭日 10時 11時15分 12時半 15時 16時15分 17時半

        11月1日から3月31日
         土曜 15時
         日曜と祭日 11時 12時15分 15時 16時15分

         クリスマスは休館

        ガイドはイタリア語、英語、フランス語などで、他はオーディオ・ガイドですが、

        日本語は・・?


        予約は 333.1041645 または 0744-722292

        info@narnisotterranea.it 規定時間以外の日時でも予約は可能との事



     ★ 追記です ◆


       シニョレッリさんが2017年6月に行かれた際に、

       見学人が少ないため事前予約のみ受け付けている、との事で

       閉まっており、見学できなかったそうです。


       ので、サイトを確かめましたが時間は上記の通り、

       グループ以外の予約は必要ないとの事ですが、


       ご希望の方は予約をされた方が良いかと思います。






       地下を辿って元のサン・ドメニコ教会内もちょっと拝見
       写真なし、うろつきなしで、こういう柱の壁画などは見られず・・。
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       今回は少し重いお話が続きましたので、
       最後は、毎年5月に行われるナルニの町を挙げてのお祭り
       「輪の競走・コルサ・ディ・アネッリ」の写真を少しご覧頂きますね。

       これは中心通りで繰り広げられる「中世の市」
       様々な屋台店が並び、楽しそうでしょう?
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       「輪の競走」の前夜には、町の各地区の楽隊の競演もある様で、
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       これは2015年のものですが、余り手振れが無いので、




       美人さんを。 2015年のオフィシャル・イメージですと。
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       競技の模様を2枚
       吊るされた輪の中を騎乗の選手が槍で突くのですが、
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       競技場の広い場所と、町中の狭い通りでのと2種類見つかりましたが、
       競技は2週末に渡り繰り広げられる様子なので、その違いかも。
       済みません、詳しく読む余裕がなく・・。




       勿論、お祭りには美味しい食事も付き物ですが、
       ははは、こういう人が作る料理は絶対美味しい筈ね!!
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       最後は落穂ひろいを、ははは。
       先回ご覧いただいた紀元前27年のアウグストの橋ですが、
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       1826-27にフランスの画家カミーユ・コローが描いたのを見つけました。
       ルーヴルに収蔵されているようですが、

       なんとネーラ川がかなり幅広いではないですかぁ!
       私が見た撮った川の2倍は軽くありますねぇ。
       今この左岸のすぐ近くを国鉄が走り、家も立っているのですけど、
       現在は水量が少なくなったのか、それとも画家のデフォルメかな?

       それにしても遥かフランスから、ウンブリアの南のナルニまで、
       あの当時どの位かかって辿り着いたのでしょうか?!
       その画家魂に、敬意を表しますです。


       という、ナルニのご案内その2でした。
       お楽しみ頂けました様に!



     ◆ 嬉しいご案内を ◆

       皆さんは「ルネサンスのセレブたち」というブログをご存知でしょうか?

       ルネッサンスのみでなく、ローマ期の歴史も含め、様々な人物や
       絵画、歴史上の事柄に付いて詳細に書かれているブログで、
       書き手はCuccila・クッチョラ・子犬さんと仰います。
       この名はイタリア人のご主人が、小柄な奥さんに付けられたとか。

       ブログの最初からファンになったのですが、
       しっかりした文章、内容、そしてローマ大学に留学され
       勉強された事なども知るにつけ、
       いつか必ず何かを成し遂げられる方、と思い、
       遠くから、頑張って下さい!とエールを送って参りました。

       彼女とは未だお会いした事なく、メールで時々のやり取りなのですが、
       それでもお付き合いはもうかなり古く、
       暫くしてお生まれのお嬢ちゃんが、この秋から小学校に!
       というお付き合いです。

       その彼女がどうやらウェブ・マガジンの書き手となったらしい、
       というニュースを知り、メールをしましたら、
       暫く前にお返事を頂き、
       
       講談社の Courrier  クーリエ・ジャポン
       というウェブ・マガジンに記事が既に記事が2つ掲載された事、

       「薔薇の名前」のウンベルト・エーコの遺言に付いて
 
       イタリアの「観光できない楽園」をめぐって

       偽イタリア産食品に気をつけろ
       
       これ以外の新しい記事は、署名が出ないので探しようがなかったのですが、
       新しい記事も既に載っているのかもしれません。

     
       そして別のウェブ・マガジン CIRCUS には

       ダ・ヴィンチの食堂 第1回 天才達の食事情   
       雑誌は月刊のようで、アドレスで出なくとも、
       右のカテゴリ欄「最近の記事」から読めます。
       
       第2回 美食の国イタリアの給食あれこれ
       と載っているのを拝見できました。

       こちらは署名入りですし、「ダ・ヴィンチの食堂」で
       調べられますね。

       Cucciolaさんのファンの方、またそうで無い方も、
       どうぞ彼女のブログ以外の記事にも、ご訪問お願いいたします


       cucciolaさん、遂にご自分のされたかったお仕事を始められ、
       本当におめでとうございます!!

       現在されているお仕事、お家の事、そして子供さんの事、
       様々にお忙しい日常の中で、別に調べて書く仕事が増えるのは
       大変だろうと思いますが、
       幸いご主人が協力されて下さっていると知るのも、心強く、

       ご自分の念願に向って、次なる飛躍に向けて
       体調にお気をつけ、大いに頑張って下さい、と応援いたします!!

       フレー、フレー、クッチョラ!!
       


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、お終いと、描き始めと、 カルページカ村の日の出 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       


    
     


by italiashiho2 | 2016-07-24 00:43 | ・ウンブリア州 | Comments(10)
2016年 07月 14日

・・・ イ・ヴィヴァリーニ展 ・ ヴェネツィア絵画の煌きと移り ・・・

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       先週、イ・ヴィヴァリーニ展・I Vivarini に出かけて来ましたので、
       今回は「黄金背景の祭壇画」の煌きをたっぷりご覧頂きますね。

       地元のコネリアーノで2月の下旬から開催されていたのを、
       も少し暖かくなってからね、と引き伸ばしていたのが、
       友人それぞれに予定があり、6月5日終了迄に出かけられず・・。

       残念と思っていたのが、会期延長で7月17日まで!との
       市の通知が郵便受けに入っており!
       それで漸くに友人のジュリアーナと出かけたという次第です。

       ヴィヴァリーニの名前も知らずの!(無知ムチshinkai)画家でしたが、
       ヴェネツィア、そしてヴェネト近辺の町で活躍した15世紀の
       アントーニオ・Antonio 1420頃-1476~1484
       バルトロメーオ・Bartolomeo 1432頃-1491以降
       アルヴィーゼ・Alvise   1446頃-1503~1505 の3名。

       アントーニオとバルトロメーオは兄弟で、
       アルヴィーゼはアントーニオの息子という関係で、

       これにアントーニオの姉(妹)と結婚していた、つまり義理の兄弟である
       ジョヴァンニ・ダレマーニャ・Giovanni d'Alemagna(1411頃-1450)も、
       初期には一緒に仕事をしていた、という一家で、

       上記しましたように、ヴェネツィアはもとよりヴェネトの各地
       とりわけ教会の祭壇画などを多く手がけていた様で、
       当時としてはかなり売れっ子だったのではないかと。

       今回はそんな彼らの作品を集めた展覧会で、
       兄弟、親子といえどもかなり作風も違い、時代がちょうど
       ゴシックからルネッサンスに移り行く15世紀後半とあって、
       その影響も作風に見受けられる興味深いものでしたので、

       カタログの写真と、サイトから集めた物でご覧くださいね。
       カタログからの写真はshinkaiのサイト名を入れましたが、
       その他はサイトからのものです。

       トップの写真はカタログの表紙になっていた物で、
       バルトロメーオ作の祭壇画の一部、大天使ミケーレの顔
       後ほど全体もご覧頂きますが、かなりメリハリの効いた表現。


       私はかなり偏った好みを持ち、有名画家にも好き嫌いがありまして、
       余り美術評論的褒め言葉ではなくあれこれ書きますが、
       かといってその評価を認めていないわけではありません。
       ただこのように見た、思った、というのを単純に書きますので、
       どうぞそれをご了解下さり、読んで頂ける様にお願いいたします。



       兄弟はヴェネツィアはムーラノ島の生まれで、
       父親ミケーレはガラス職人ですが、パドヴァ生まれと。
       アントーニオの作品が記録に最初に残るのは1441年とありますが、
    
       今回展覧会場の第1作はこちら、クロアチアのパレンツォ(Poreč)
       の博物館からの祭壇画と細部。1440年。
       諸聖人に囲まれた聖母子と、昇天するキリスト。
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       見ての正直な感想は、女性像は美しいけれど、男性像がちょっと
       類型的というのか、イマイチしっくりしてないなぁ、と・・。
       まぁ、この辺りがゴシック絵画でもあるのですが。
       



       こちらはアントーニオの師匠と言うか、その一派であると見なされる
       アンドレア・ダ・ムラーノ・Andrea da Murano(生没年不詳)の、
       現在ヴェネツィアのアッカデミア美術館収蔵の物。

       ムラーノのサン・ピエトロ・マルティレ教会にあった祭壇画と見られ、    
       1475年ごろの作品と。
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       かなり強い作風で、北方絵画の影響も見られる様な。




       そして義理の兄弟でもあったジョヴァンニ・ダレマーニャの作品で、
       こちらもヴェネツィアのアッカデミアに収蔵の祭壇画。
       彼は元々ドイツ人で、装飾的、北方絵画の影響が強いと。
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       もう一枚、アントーニオが強い影響を受けたと言われる
       ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ・Gentile da Fabriano(1370-1427)の
       「三博士の礼拝」を。
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       そしてこちらが、展覧会には来ておりませんでしたが、
       アントーニオの「三博士の礼拝」現在ベルリンにあるそう。
       煌びやかな表情が良く似ておりますね。
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       アントーニオとジョヴァンニ・ダレマーニャの合作
       「玉座の聖母子」1443年頃 現在パドヴァのディオチェザーノ博物館蔵。
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       サイトからの全体像の写真は濃く写っておりますが、
       実際は部分像よりももっと明るく美しい物でした。
       とりわけ聖母子共に、肌の色が涼しく、大変細やかな表現で、
       衣装の赤と金の部分が素晴らしかった。
       表情も最初にご覧頂いた聖母と比べると、随分と違いますよね?!




       アントーニオの義理の兄弟ジョヴァンニは、アントーニオよりも
       年上だったと思いますが、
       初期の作品は合作が多く、そしてお互いの良さが上手く融合していたと
       思われます。

       2人で一緒に参加して仕事をしたのに、パドヴァのエレミターニ教会・Eremitani
       のオベターリ礼拝堂・Cappella Ovetariのフレスコ画があり、
       1448年と1457年の制作と言いますが、

       この礼拝堂の仕事には、彼らよりも年の若いアンドレア・マンテーニャ
       Andrea Mantegna(1431-1506)未だ未成年の年頃だったのも、
       働いていた様子。

       このオヴェターリ礼拝堂のこちら部分は1944年3月に爆撃を受け、
       いくらかの破片が残る位で、ここに見えるのは
       白黒写真が残っていたのに着色した物だそう。
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       蛇足ながら、エレミターニ教会の北隣には




       同じオヴェターリ礼拝堂の、後半に描かれたマンテーニャのみの、
       有名な遠近法を活用した「聖クリストフォロの殉教と遺体の運搬」は
       爆撃以前に剥がされ、別の場所に保存されていたので、
       無事残ったという次第。
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       今回ヴィヴァリーニ兄弟の事を知るのにあれこれ読んでいて、
       パドヴァのサンタントーニオ聖堂の前のドナテッロ作の
       ガッタメラータ将軍騎馬像の事も、
       フィレンツェ在のドナテッロが作って送ったと単純に考えていたのが、

       そうでなく、ドナテッロがフィレンツェを離れパドヴァに10年ほど
       (1443-1453)住んで仕事をしていた事も含め、
       やはり当時のフィレンツェと比べると田舎であったパドヴァに、
       ルネッサンスの空気を運んで来たのを知りました。

       そういったパドヴァで仕事をし、マンテーニャを始め、
       その師であり養父であったスクアルチョーネ・Squarcioneが、
       いわば絵画で、パドヴァのルネッサンスの音頭取りをした
       ここから北イタリアにもルネッサンスが広がっていった
       その時代の空気を吸い大いに刺激を受け、勉強したのであろうと、
       想像して、こちらもいささか興奮しました!
       
       パドヴァのご案内のあれこれは、こちらから



       アントーニオとの合作でよい成果を生み、パドヴァでも一緒に
       働いていた義兄弟のジョヴァンニ・ダレマーニャが1450年に
       パドヴァで死亡しており、年代から考えて仕事中の事故死だったのかも。
       彼の死はアントーニオにとって、大変な痛手であったでしょうが、

       アントーニオの末の弟、何人兄弟だったのか、
       12歳ほど年下のバルトロメーオが成長して来ます。
       パドヴァを訪問マンテーニャを知り、大きな刺激を受けたに違いなく、


       これはマンテーニャの描いた「聖セバスティアーノ」ですが、
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       こちらはバルトロメーオの祭壇画 1491年
       現在ベルガモのアッカデーミア・カッラーラ収蔵で、
       右側のサン・セバスティアーノの部分をどうぞ。
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       良く似てはおりますが、少し違うとも・・。




       バルトロメーオのもう1つの祭壇画 1488年
       こちらもベルガモのアッカデーミア収蔵。
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       右端の大天使ミケーレの部分を今日の最初に見て頂きましたが、
       真ん中の聖母子が美しいでしょう?!




       そして左端のサン・ピエトロ
       最初にご覧頂いたアントーニオ作1440年の祭壇画の聖人像に
       比べると、ぐんと現実感が溢れる聖人像になってきていて、
       半世紀ほどの違いの差が良く分かります。
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       バルトロメーオ 玉座の聖母子 1465年
       ナポリのカポディモンティ美術館蔵
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       実際はこの様に派手でなく、と言っても修復による物かも知れずですが、
       大変に美しい作品で、とりわけ聖母の衣装がなんとも綺麗!
       
       興味深いのは、バルトロメーオのご覧頂いた祭壇画1488年のに
       比べると、脇の聖人像の顔がまだ不安定な事! 
       いや、こういう見方は邪道なのかもしれませんが、
       年数を描いていて良くなる、というのは安心しますです、ははは。
       



       今回見た中で一番気に入った作品、本当に美しいと思ったのはこれ
       バルトロメーオの「聖母子」1465-1470
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       実際はこんなに背景の赤、金箔を貼る下塗りの赤が見えているのが、
       これほど強く見えませんで、顔の赤色ももっと薄く、
       肌の白さと衣装の黒に近い青、そして赤色とインパクトも強く、
       美しさに暫し見とれました!

       ただ気になったのは、アントーニオもそうでしたが、
       子供の手と足の描き方で、前を向く足が異様に短く、
       足首のプックリさの描き方が変に凝っている様子で・・。




       サイトから見つけた、バルトロメーオの別の「聖母子」を。
       これはワシントンにあるようですが、
       これも美しいでしょう?!
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       そしてボストンにあるという「マグダラのマリーア」
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       マンテーニャに大いに影響を受けたというものの、
       辿った道は違っていた、と言うのが良く分かる気がしますね。




       そしてアントーニオの息子アルヴィーゼの登場で、
       「聖ヒエロニムス」 1476-1477 ベルガモのアッカデーミア蔵
       人物も背景も、暗い茶色の如何にもの古典調で、空の色のぼかしも!
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       アルヴィーゼ  左「聖母子」1480年代 ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・
       イン・ブラーゴラ教会 
       右「十字架を運ぶキリスト」1475年頃 ヴェネツィア、サンティ・ジョヴァンニ・
       エ・パオロ聖堂 画布にテンペラ
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       当時既に油絵が画布に描かれるようになっていましたが、
       彼らは板にテンペラ画、がアルヴィーゼは画布にテンペラも試み、

       キリストの顔なども如何にも油絵的手法が試みられ、
       劇的効果を求めてか、かなり影が濃くなっている印象を受けます。




       かと思うと、またこんな涼やかというか、クールな表現もあり、
       「パドヴァのサンタントーニオ」1480-1481
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       これは彼の父親のアントーニオと、叔父さんのバルトローメオとの
       合作の、1458年の祭壇画ですが、
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       上のアルヴィーゼの作品は、この中の男性諸聖人の薄い感じに
       良く似たところがあると思ったのでした。




       アルヴィーゼ 「聖母子と諸聖人たち」1500年
       この表現などは既にルネッサンスの空気で、油絵風というか・・。
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       最後は、アルヴィーゼの 「キリスト昇天」1497-1498
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       これを最後の部屋で見た時、ほぉ~と見とれ、
       ティツィアーノやラファエッロの作品を連想しました。
       同じようなのがあったっけ、と探しましたが見つからず、
       きっと如何にも晴れやかなルネッサンスの空気を感じ
       後世の画家の作品を思ったのでしょう。

       15世紀の僅か60~70年代の絵画表現の変化が
       こんな風に一家の3人に現れているのはとても興味深く
       当時の時代の変化の激しさも想像した事でした。




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ティツィアーノの家 途中経過と、 スコミーゴ村の緑 を
       アップしています。   
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       


     


by italiashiho2 | 2016-07-14 00:21 | ・絵画展・催し・映画・DVD | Comments(7)
2016年 03月 26日

・・・ ルチャーノ・パヴァロッティの家博物館訪問 ・ モデナ ・・・

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       先週水曜にモデナ・Modenaをグループで、市内の聖堂、エステンセ美術館、
       そして郊外にあるルチャーノ・パヴァロッティの家博物館、
       モデナ名物のバルサミコ酢醸造元、等を訪問して来ました。

       当日は生憎と小雨が時にぱらつく日でしたが、
       天気予報の終日雨よりはまし!
       たっぷりぎっしりの日程をこなして楽しんで来ましたが、
    
       今日はまず、イタリアが誇る世紀のテノール歌手
       ルチャーノ・パヴァロッティ・Luciano Pavarotti(1935-2007)
       の家博物館の様子をご覧くださいね。

       shinkaiめはまだ日本にいる頃から彼の歌声の大ファンでして、
       あの明るく豊かな声量の歌声を聴いていると
       まさにイタリアの煌く青空が私の中にいっぱいに広がる様な・・。
       そんな印象で、憧れと共に惚れ惚れと聞き惚れていたのでした。

       なので今回、グループ旅行で嬉しく行く事ができ、
       皆さんにもモデナ訪問の最初にご案内、という、ははは、
       様子です。 彼の歌声も最後に聞いて頂きますね。
       
     

       家の前、明るい彩の家、門扉が目に付き
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       一番左に見えるこれ、これは彼が歌い終わってのいつものご挨拶姿
       手に大きなハンカチを持ち、両手をいっぱいに広げる姿。
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       この家博物館はどこにあるか、
       モデナ市の郊外、Stradello Nava 6 に。
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       蛇足ながら、パヴァロッティ博物館のすぐ北に、高速A1を挟んで
       見えるB&B Contrada という民宿
       ここに2年前の秋、トスカーナに向う前に1泊しており、
       とてもお安く、猫や犬が居たのを良く覚えている、懐かしいB&Bが出て!




       さて入り口の門扉から見る家、左手の黄色い部分はブックショップで、
       母屋は右手のサーモン・カラーの部分
       広い庭の木々に花が咲き始めておりました。
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       母屋の入り口
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       ガイドさんに連れられて入り口を入ると、右手奥にピアノが見え
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       話を聞くと、彼は自分の幸運だった人生を振り返り、
       パン屋の息子に生まれ、特別の財産があったわけでもない彼が、
       その折々に人々から受けた支援で今があると考えていて、
       この家にやって来る歌手志望者には、
       このピアノで無料レッスンを与えていたそう。

       左に切れて、彼の着ていたモーニングが見えますが、
       さすが、大きい!!




       ピアノの右手の壁には、大きな書棚
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       この家は古い農家が売りに出されたのを買取リ、取り壊し、
       彼の長年のアイディアをすべて込めて
       古い田舎家風に新築された物なのだそう。

       80年代に買取リ、設計が始まり、実際に工事に掛かったのは
       90年代。 彼はすべてを自分の思うようにしたい、が
       しょっちゅう海外にも公演で出かけるので、しばしば工事中断も。
       
       実際に家が完成し、ここに住んだのは約3年間!
       で、このお家で亡くなったと。 




       入り口側の壁はこんな感じで、
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       ここにはプッチーニの手紙のコレクションが。
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       そうですよね、ジャコモ・プッチーニのオペラ作品、
       トスカ、トゥーランドット、ラ・ボエーム、蝶々さん、などなど、
       パヴァロッティの当たり役がたくさんありました!

       プッチーニの家博物館のご案内
       



       家の中の家具類などは、すべて使っていたものがそのままにされており、
       それに博物館としての資料を加えている、という事で、

       この陳列ケースには、左上にメモ帳、その右下に折れ釘
       舞台で手に持っていたハンカチ類(右上光って見え難く・・!)
       蝶ネクタイなど。
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       折れ釘、というのは最初の舞台だったか、
       舞台で見つけた折れ釘をポケットに入れていたのが上手く歌えたので、
       それ以来彼のおまじないのようになったのだそう。




       左上にあったメモ帳、かなりのメモ魔だったようで、
       左側のには、各公演日に *TOSCA OK one などと。
       oneは、benoneの略で、bene良い、の上級形、
       つまり公演の出来具合を記していて、
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       右側の開かれているページには、あれこれ料理のレシピ!

       ガイドさんによると、パン屋の隣に大統領の電話番号があったりで、
       彼にとっては皆同じだったんだろうと、ははは。




       入り口扉の正面にはエレベーターが備えられていて
       そりゃまぁ、あの体格で階段を上がるのは大変でしたでしょうしね、はは、

       そのガラスに書かれていたのを見て、あれ?!
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       Buongirono a questo giorno che si sveglia oggi con me,
       buongiorno al latte ed al caffè,
       buongirono a chi non c'è...
       今朝一緒に目覚める君にお早う、
       カフェラッテにお早う、
       ここに居ない君にお早う・・

       この歌詞はしばらく前にTVで流れたヌテッラ・半液体チョコレートの
       懐かしく彼の声を聞きましたっけ!  多分彼の最後の曲なのかも・・。
    
   


      1階の反対側の部屋には、彼の写真とシャツがあり、 
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       部屋にかかっている油絵は、皆彼が描いたものだそうで、
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       部屋の壁の色も明るいでしょう?!
       明るい色が好みだったそうで、絵もその通り明るい色調。
       そして、やはり美味しい物が大好きだったと!




       この部屋の半分の天井はこんな風に古い格子天井が使われていて、
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       こじんまりとした居間風で、クッションでいっぱいのソファー
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       カード遊びが大好きで、公演旅行にもカード仲間が一緒だったと!
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       彼のお父さんは、やはり美声のアマチュアで歌っていたそうで、
       まさにステージ・パパとして、世界中の公演に付いてまわっていたと、
       これはイタリアに来てからの彼のインターヴューで聞きました。

     


       間の細い廊下、脇の棚には食器類、を抜けると
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       広い黄色い台所!
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       流し台と6口のガス台の間が遠いのが、ちょっと気になりましたが、
       はは、すぐテラスに続くドアがあり、
       夏など気持ちの良い昼、夕食だったでしょうね!




       さて我らは、明るいサーモン・ピンク色の階段を上り
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       2階と3階の中央は吹き抜けになっており
       天井が開き明るい広い空間に。
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       左に行くと、クローゼットがあり
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       その奥は、キングサイズのベッドがある寝室!
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       部屋にかかる自作の油絵、2度目の結婚で生まれたチビちゃんと
       彼の愛情が溢れていますね。
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       彼は2度結婚しており、shinkaiがイタリアに住むようになって後に、
       TVニュースで彼と秘書のニコレッタとのゴシップが流れるようになり、
       遂に前の奥さんと離婚、若いニコレッタと結婚、女の子誕生、
       という様ないきさつがありました。

       日本で単純に彼の歌声を聞いて惚れ惚れしていたのと違い、
       イタリアでのジャーナリストのインタヴューの肌合いの違いにも
       驚いた物でしたが、
       例えばインタヴューで、貴方はお金に細かいそうですが、本当ですか?
       なんぞとは、日本では大物歌手には訊ねないですよね?
       そんな違いもあったのですが、

       ニコレッタと一緒になってから始めた公演、
       パヴァロッティとフレンズ、という音楽ジャンルを問わずの、
       若いミュージシャン達との公演中継も最初の何回かはTVで見たものの、
       やはりちょっと違うな、という感じとなり、

       ニコレッタが冷たい、と言ったという様なゴシップも聞くと、
       次第に単にCDを聴くのみとなり、そして訃報、という様子でした。




       寝室の隣にバス・ルームがあったのですが、
       こちらは普通サイズのバスやトイレで!  皆がちょっと驚き、
       ただし体重計は大型でしたぁ!
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       寝室の反対側には、こんな風にすっきりの白い部屋もあり
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       屋根裏っぽい部屋には、大型スクリーンを寝転んで見れる設えがあり、
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       暫く眺めていましたら、この懐かしい、歌い終わっての姿が出て!!
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       出合ったたくさんの人々との写真!!
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       左上はダライ・ラマ、ポール・マッカートニー、コロンボ警部、ははは、
       アナン国連総長ですよね、左下は誰かな、そしてカラヤンとミレッラ・フレーニ、
       彼女は同じモデナの、しかも家も近い子供の頃からの知り合いだったそうで、
       ボエームの舞台も一緒だった時のCDも持っていますが、
       ヨハネ・パオロ2世とも!

       家のあちこちに大きな彼の写真があり、舞台で使った衣装も
       様々展示されていましたが・・。
       



       反対側の隅には、彼の肖像画
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       上から見下ろす吹き抜け部分
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       上からエレベーターで地下1階まで降りると、
       世界各地から届いたファンレターや、写真、プレゼントの展示があり、
      
       彼は馬が好きで、ここモデナに厩舎も持っていたそうですが、
       馬との写真もたくさんあり、
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       パヴァロッティとフレンズ、の公演仲間との夥しい写真! 
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       お家の庭の隅に、子供用の遊び道具があり
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       彼の理想の家とすべく、長い年月をかけて造った家に僅か3年、
       というのを聞き、ちょっと哀しくなりました。
       現在2度目の妻(と子)は、ボローニャに住んでいるそう。
  
       享年71歳、まだまだ歌える年だったと思うと、ちょっとね。
       冥福を祈ります!!


       彼の一番有名な曲というと、やはり「トゥーランドット」の
       ネッスン・ドルマ・Nessun Dorma・誰も寝てはならぬ、でしょうか?
       こちらでどうぞ。


       shinkaiの大好きな、情緒てんめんたる、はは、カルーゾ・Carusoを。


       最後は皆さんに、イタリアの青空の広がりを!
       懐かしい、ホセ・カレーラス、プラチド・ドミンゴと一緒の楽しいのを。
       

       こうして聞き直すと、やはり本当に素晴らしい偉大なテノールだったと!!
       同時代に生き、折々に近しい感じで聞ける事が出来たのを嬉しく思います




       パヴァロッティの家博物館は
       月曜休館 毎日10時から18時までオープン、
       住所は Stradello Nava 6 Modena 
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       公式サイトはこちらに
       ニコレッタが語るパヴァロッティ、のヴィデオもあります。



     *****

     ◆ 展覧会のお知らせ ◆

       ブログリンクをさせて頂いていますフレスコさん、永見隆義さん
       陶芸の内山正義さんの2人展が
       3月31日から4月5日まで、大阪心斎橋ギャラリー永井にて開催されます
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       どうぞご高覧下さいますよう、ご案内申し上げます


     *****

       さて、この27日はパスクワ・復活祭!
       いよいよ春の盛りを迎えますね。

       皆様、ブオーナ・パスクワ!! 
       良い復活祭をお迎えくださ~い!


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 描き始め2枚と、 花盛りの木々 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     







by italiashiho2 | 2016-03-26 00:16 | ・エミーリア・ロマーニャ州 | Comments(15)
2016年 03月 06日

・・・ パドヴァ ・ ファットーリ展覧会 お昼 カフェ・ペドロッキ ・・・

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       この水曜にパドヴァに、展覧会を見に出かけてきましたので、
       日本では余り有名でないと思われる
       イタリア印象派の第一人者と見なされる画家の作品と、
       お昼の様子、カフェ・ペドロッキでのカフェ休憩をご覧くださいね。

       当日は友人のルイーザと2人。
       というのも他の友人たちはガルダ湖のシルミオーネと、
       グループで出かけていましたので、
       3月末までのこの展覧会がどうしても見たい彼女と、
       天気予報を睨みつつ出かけたというわけでした。

       上の写真は、パドヴァ駅に到着後、駅のバールで
       エネルギー補充の、カフェとドーナッツ。
       勿論朝食は済ませて出かけていましたが、ははは。
       上の齧りかけのクロワッサンは、ルイーザの物。




       展覧会は、ジョヴァンニ・ファットーリ・Giovanni Fattori
       (Livorno 1825 - Firenze 1908) という画家、
       19世紀後半のイタリアにおいて、フランス印象派の先駆けとも言える
       マッキアイオーリ・Macchiaioli(色斑派とでも)と呼ばれる運動の
       第一人者と見なされている画家の展覧会。
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       この自画像は1854年、画家が29歳の物。
       会場となったパラッツォ・ザバレッラ・Palazzo Zabarella と、
       パドヴァの街中心の様子に付いては、以前の記事をどうぞ。
       



       会場のザバレッラ邸の正面は、以前の写真で。
       この正面は道に面しているのではなく、狭い小路から塀をくぐった
       内庭に面しているもの。
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       入り口正面ホール
       柱に上手く、展覧会の呼び物である絵が展示されているでしょう?
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       ホール左手のブック・ショップ
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       会場内は写真禁止で、これは画家の初期作品の展示があった1階から、
       2階会場に上がる階段周りの様子
       なかなか豪華な、かっての邸宅でしょう?
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       画家に付いては経歴よりも絵を見ていただくのが一番と、ははは、
       サイトから展覧会で見た絵と同じ作品を探し出し、
       実物に近いと思われた色、そしてshinkaiが良いと思った物に絞り、
       ご覧頂きますね。

       初期の、小さな板に描かれた物、 1859年 フランス兵
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       会場での説明を読んでのルイーザの話に寄ると、
       従軍画家として働いた時期があった様子。




       こちらはかなり大きく、当時のイタリア統一戦争時の戦闘を描いた物。
       マジェンタの戦い、1861-62 232x384cm
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       でもご覧くださいね、馬たちはまだ止まった姿。




       初期の肖像画の素晴らしい物から、これは従姉妹さんだったかな、
       写真自体がピン甘で、目にピッとハイライトが入っているのも見えず・・!
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       大体40歳位の作品に、今のshinkaiが良いなぁ、と思うものがあり
       色は大体写真に近いのですが、全体の雰囲気は実物にはとても不足で残念!!
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       草を集める女性達の大作で、1866年
       この中の一番左の後ろ向きの女性、彼はこの姿が気に入りだったのでしょう、
       何枚かにこの姿が登場します。
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       ここに走る馬が登場し、 逃げる馬
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       これが「白い壁」とか「哨兵」と呼ばれる彼の代表作といえるもので、
       1872年 板に油彩 37x56cm
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       一番色が実物と近いものを探しましたが、
       100点ほどの中でやはりこれが一番良いと思ったです!

       白い広い壁に、色としてはどんより加減の空、そして軍服の色
       真昼の空気がぐ~んと広がり、なんとも素晴らしいもの!!

       手前の馬の脚などに、ちょっと濃茶のアウトラインが入っているのですが、
       それもここではまるで気にならずですが、

       後年の作品になると、めったやたらにこの色のアウトラインが目に付き、
       こんな広い空間がなくなり、群像のうるささが目に付く感じで・・。失礼。



       マッキアイオーリ派という言葉を上記しましたが、
       1859年ごろフィレンツェのカフェ・ミケランジェロに通う
       画家や芸術家達の間に起こったもので、

       フランス・印象派の先駆けであるバルビゾン派、1830年頃よりの
       コローやミレーの、戸外の風景を描いた物に影響を受け、
       ただし彼らは屋内で描いたのに対し、
       マッキアイオーリ派は、直接に戸外で描いたのですね。

       マッキアイオーリ、色斑派という言葉は、
       勿論それまで画家達が古代の逸話などにエピソードを求めて屋内で、
       アカデミックに塗りをすべらかに、色の調子を整え描いたものに対して、
       戸外で、色を直接に、濃淡、光りと影で置いて行く画法を
       皮肉って名付けたものですが、
       これが1870年頃からのフランス印象派の先駆けとなりました。

       ただし、印象派は色が先に見え、時に描かれる姿が朧になりますが
       イタリアのマッキアイオーリは、そこまでは行かなかった
       というのが、今回あれこれ見ての感想でした。




       午睡  明るい戸外の空、草の色などなど、
       1870~73 キャンヴァス 72,5x35
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       農民達が木陰でお昼寝の最中、牛達は繋がれたまま陽を浴び、
       荷車を守らされている、というのが、
       正直な所、絵の出来よりもshinkaiの頭に最初に浮かんだ感想・・! ははは。

       白い大きな牛、多分キアニーナ種と思うのですが、
       何枚もの彼の絵に、様々に登場します。
       
       牛の白さがアクセントにもなり、農民達の働く姿、戸外の空気が
       良く伝わってくる物ですが、
       一枚素敵だと思ったのが、サイトでは見つかりませんでした。




       ラ・ロトンダ・デイ・バーニ・パルミエーリ
       1866年 板に油彩 12x35cm
       いかにも印象派的でしょう?
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       こちらも板の小品。 戸外に座る婦人像
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       女学生。 1893年 板に油彩 25x17cm
       少し力が弱いかなと思ってみたのでしたが、晩年の作品でした。
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       ちょいちょい生まれ故郷のリボルノに戻ってはいたようですが、
       長年住んでいたわりには、フィレンツェ街中の作品が少ない様で、
       
       ヴェッキオ橋 1870年頃 板に油彩 20,5x32,5cm
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       赤い頬 1880年 40x29cm
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       後年の作品に、初期の戦争画とは違って、もっと荒々しい迫力が
       加わった物が何枚も登場します。

       突撃 1877年頃
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       若者達が夢見たイタリア国家統一運動がなったものの、
       社会的規律の改善には至らずの苦さを噛みしめ、
       晩年の経済的な生活困難など、そんな鬱屈した思いが吹き出したかの様な
       厳しい物が見え、この辺り、単なるマッキアイオーリではなく
       イタリア現実主義者とも見なされるのでしょうが、

       鐙を踏み外し落馬し、荒々しく馬に引きずられる
       絶望的な兵の姿などもありました。




       フィレンツェの美術学校アッカデミアでの、晩年の姿
       ここで学び、教えた彼のアトリエでの様子ですが、
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       左背後に見える大作、トスカーナの湿地帯マレンマでの馬や牛と
       牧童達の、晩年の作品が何枚か来ておりましたが、
       これのように素晴らしいと思えるのが無く、パスです。




       1888年から90年ごろの作品に版画があり、何枚かありましたが、
       その中で気に入った物、 積み藁と牛
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       会期の終盤に近く、余り見学者も多くないので、
       ルイーザと2人でゆっくり見ながら一周し、再度気に入ったのを見にもう一度。
       絵のすぐ傍に寄れ、?と思ったのは絵に顔を近づけ見る事も出来るので、
       イタリアでこうして展覧会を見れるのは、気に入っています。
       中の1枚か2枚でも、気に入った絵が見つかるのは大きな刺激で、
       勉強になります。




       天気予報ではこの日は終日曇りで、朝も冷え込んでいたのですが、
       電車でヴェネツィアに行く間に青空が見え始め、
       暖かい良いお天気の一日になりました。

       会場から出て来ての、中庭の向こう
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       会場近くにも、お昼を食べるのに良さそうなのを見つけましたが、
       今回はもう一度中心に戻ってセルフ・サーヴィスの店ブレック・Brekに。
       こちらは裏通りに面した広い側面、入り口。
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       右奥にサラダ・バーや、ピッツァ部門、左手にグリルやパスタ部があり、
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       セルフでお皿に取り、会計で支払いを、
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       2人とも魚介のリゾットに、野菜類、生ビールの小で、12,2エウロ!
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       野菜はほうれん草に、ジャガイモのグリル、ヴェルザの煮物で、
       全部は到底食べ切れませんでしたぁ。




       1時を少し過ぎていたので、特別満員でもなくやれやれ
       2階も広く、テーブルがたくさんあり。
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       お昼の後は、腹ごなしにデパート・リナシェンテに行き
       家庭用品部門でぶらぶらと品定めをし、
       ルイーザは孫達への小さなぬいぐるみを、
       shinkaiは藍の柄が入ったレンゲを見つけ一つ、3,9エウロなり!


       その後にカフェ・ペドロッキ・Caffè Pedrocchiに行きまして、
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       かねてより念願の、ははは、おのぼりさんのカフェ・タイムをね。
       というのも、何度も前を通りながら未だにカフェをした事が無いので、
       ジュリアーナと一緒だと、彼女はこういうのにはOKを出さないので、
       ははは、今回は行きの電車の中でルイーザに交渉、快くOKを取りまして・・!
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       はい、こちらがカフェ・ペドロッキの、カフェ・ペドロッキ!
       手前のピンボケがshinkaiの、はは、デカフェイーナので、
       カフェの上に生クリームとミント、そしてその上に
       チョコレートの粉と思うのが振りかけてあり、これで5エウロ! ははは。

       お砂糖も何も入れずにこのままで、と言われまして、

       これが生クリームで熱いカフェではなかったですが、美味しかったぁ!!
       ミントもほんのりで、甘さもちょうどで誠にクリーミー!

       付いて来たクッキーも美味しかったし、




       向こうの隅のテーブルで、一皿盛りの料理を食べているのを眺めつつ
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       何を食べている? 幾らする? とルイーザとひそひそ話し、
       お昼の一皿料理位なら、そんなに高くは無い筈よね、
       次回にはお昼を試してみようね、という事に、ははは。




       若いウェイターの後ろ髪、ははは。
       一番上だけ残しそれを後ろで結んでいるのが、ちょん髷みたいでね、はは。
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       こうして予定をこなし、早めに戻ります。 
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       スクロヴェーニ礼拝堂の横を流れる川
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       パドヴァには見所が多く、知らない場所もたくさんなのですが、
       我が町コネリアーノからだと、ヴェネツィア・メストレで乗換えとなり、
       おまけに各駅停車だった朝には1時間半以上かかりましたが、
       戻りは大変スムースに1時間ほど。
       次回はこういうのにも気をつけ、も少し気軽に出かけようと、
       話した事でした。




       最後は戻りの電車の中、斜め向かいで少し居眠りしていた女性
       ショワショワの髪が素敵な美人!
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       という、パドヴァにお出かけの一日でした。     



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 修道院回廊の下描き と、トスカーナの古城 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     


      




by italiashiho2 | 2016-03-06 00:44 | ・パドヴァとその周辺 | Comments(10)
2016年 01月 26日

   ・・・ 有翼の馬 ・ タルクイニアの国立考古博物館 ラツィオ州 ・・・

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       ラツィオ州はタルクイニア・Tarquiniaの国立考古博物館
       ここはエトルスク美術文化の一大宝庫なのですが、その中に
       とびきり素晴らしく美しい有翼の馬」があり、それに魅せられました!

       タルクイニアの町の南東一帯に広がる発掘された古墳の数々も見学し、
       装飾画の色と線の美しさにも驚き、博物館では発掘品の数々、
       陶製、テラコッタ、青銅の薄板、レリーフなどなど、
       物凄い数の品も見たのですが、
       エトルリア人の文化については語れるほどに系統だって知らず、
       あれこれちょびちょびの齧りばかりですので、
     
       この考古博物館で一番興味を持ってみた
       「有翼の馬」周辺についてご案内を絞ろうと思いますので、
       宜しくお願いいたします。  

       トップの写真は、タルクイニアの町の城壁から中心地に入る所ですが、



       タルクイニアの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
       ラツィオ州の北、ヴィテルボ・Viterboから南西に45kmほど、
       ティレーニア海に近く、ローマへは100km足らずに位置します。
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       地図を見つつ、南にあるトルファ・Tolfaは、かっての明礬鉱で
       有名だった場所ですし、
       ブラッッチャーノ湖・Braccianoは、確かここでトム・クルーズが
       結婚したのではなかったか、何度目の結婚だったのか、
       はたまた既にもう離婚してしまったかどうか、ははは、
       ネーピ・Nepiには、かのルクレツィア・ボルジャが城を持っていたっけ・・、
       なんぞと知っている地名を探し出して楽しみました。




       最初の写真でも城壁が見えましたが、この町もかってはぐるっと
       城壁が取り囲んでいたのが現在もあちこちに残り、
       奥に見える門の手前に城壁の門、つまり2重になっていたのが分ります。
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       ちょうど横にあった町の地図で、大きな赤丸に今ここ、とあり、
       斜めの道を辿り、インフォメーションも向い側にある
       タルクイニア国立考古博物館に向います。
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       も一つ囲った赤枠は、市役所のある広場で、
       タルクイニアの町訪問は今回この2ヶ所を見たのみでしたぁ!




       考古博物館に向う道はこんな感じで、
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       中心の広場に近づくと、細い道の隙間から
       ほら、威圧的に高い建物が見え始め、
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       こんな大きな窓も持つ、ルネッサンスの香りのする建物で
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       全体写真が撮れませんでしたので、サイトから拝借し、
       
       これが全体像で、ヴィテッレスキ邸・Palazzo Vitelleschi
       現在のタルクイニア国立考古博物館・Museo archeologico nazionale tarquiniense.
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       横の道に面する壁の高さ!
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       このヴィテッレスキ邸の建設が始まったのは1436年頃、完成したのは
       1480~90年、枢機卿ジョヴァンニ・マリーア・ヴィテッレスキ
       Jovanni Maria Vitelleschi が建てた物で、
       彼はかってコルネート・Cornetoと言ったこの地の生まれなのですね。

       1435年教皇エウジェニオ4世が教皇領の安定の為、枢機卿ヴィッテレスキ
       への賞与として、この地を司教区としたのを受けての建設だったのでしょう。
       ご覧の通りの大きさ豪奢さで、当時のこの町の繁栄振りも伝わります。

       
       話が前後しますが、この町は紀元前7~6世紀頃にエトルリア人の
       移殖定住があった、古く重要な町のひとつだったのですが、
       紀元前3世紀ローマの元にくだり、ローマ領の一部となり、
       その後も次々と領有者が変わり、8世紀には教皇領に。
       が蛮族やサラセン人に荒らされ、人口も激減し経済的にも衰退。

       そして10世紀頃かっての古い町に近い丘の上に、新しい集落ができ、
       コルネート・Cornetoという名で11~12世紀にかけ大きな穀物産地ともなり、
       港を利用してのジェノヴァやピサとの交易で発展を遂げ、
       13世紀にはフェデリーコ2世の襲撃にも抵抗し、地中海と北の地域との
       重要な連絡港ともなり、という変遷だった様です。
       



       ちょうど考古博物館の前広場で道が十字に交差、西側は下り坂なのですが、
       そのずっと先に海! 
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       反対側、緩やかな上り道の先に見えるこんな建物
       この道の奥には博物館の見学の後に。      
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       さて、国立考古博物館に参りましょうか
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       建物は第2次大戦中ドイツ軍の司令官事務所が置かれていた為、
       アメリカ軍の爆撃を受けたそうで、戦後に再建設、修復されたそう。




       扉から入るとこんな中庭があり、左には先ほど見て頂いた高い石塀があり、
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       右側はこういう感じで3階建て、色違いの石のアーチが優雅でしょう?
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       中庭にはこんな石材の発掘品がゴロゴロしており
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       石棺もまたあっちにこっちに!
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       階段のレンガ模様。 段差がとても低いので、ひょっとすると
       かってはここの階段も、貴人方は騎乗での上り下りだったかもですね。
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       2階から見下ろす中庭部分
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       そして西に見える海と
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       テラス越しの眺め、上の眺めの続き方面。
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       2階のアーチ天井部、煉瓦で組んでいる、と上の窓
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       こちらは外に面している大きな窓
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       陽が射し込む窓の内側のベンチ
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       たくさんの陳列品もあったのですが、たくさんの見物人もで、はぁ、
       それらすべてを省略し、

       これが今回ご案内したかった「有翼の馬・I Cavalli Alati」!!
       テラコッタ製 高さ1,15m 幅1,25m        
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       これが紀元前4世紀の初め、今から2400年も前の作品と思えます?!

       如何にも駿馬らしい若々しい引き締まった体形
       今にも空に駆け上りそうな、出発を待ち、足踏みする姿!
       この熟錬した描写力の素晴らしさに、まさにまさに感服!!

       足元辺りに丸い黒い物が見えるのは、後ほどに。

       実はここは確か撮影禁止だったと思うのですが、はは、
       ガイドさんの説明を聞きながら、内側の誰かが内緒でパチッとやり始め、
       皆と一緒なら怖くないで、ははは、
       遂には皆がしっかり撮り始め、ガイドさんも黙認という・・!




       この馬たちはどこで発掘されたか、もう一度地図をどうぞ。
       左に赤い点を打ったのが、上の町の地図で見て頂いた、私はここ、の位置で、
       上に考古博物館と市役所の囲いがあり、
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       右下の、Necropoli di Monterozzi・モンテロッツィのネクローポリ(墳墓)
       とある道の東南一帯、こに古墳群があちこちに広がり、見学できますが、




       赤い印のある場所から東北東に3k弱の位置に、レジーナの寺院
       Ara della Reginaと呼ばれるエトルスク神殿の発掘場所があり、
       「レジーナ」というのは、現在ディアーナ・Diana(ダイアナ)と
       呼ばれる神だろうと推測されるそうで、
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       ここの発掘現場で、1938年 地下3mの深さに埋もれていたのを
       考古学者ピエトロ・ロマネッリ教授・Pietro Romanelliにより発見

       100以上もの破片になっていたのを修復したのだそうで、
       まさにエトルスク芸術の逸品と言えるのではないでしょうか?!
       この馬以外は、残念な事に何も救えなかったそう。
       
       寺院があったとされる位置は、
       写真内、長方形の敷地内の奥側でもあったでしょうか。




       で、かってはどこにこの馬達がいたかといいますと、
       この様に寺院の正面、屋根の下3角形の部分の左端に
       後ろに2輪の馬車を引いた形で、木の梁部分に打ちつけられていた、と。
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       こちらのYoutubeを是非ご覧ください!
       ロマネッリ教授が発掘し、感激しながら描いたスケッチ類
       破損した形の馬の頭の見事なスケッチなども写ります。




       斜め前からの前部の厚みはこんな様子
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       で、上のYoutubeで、
       1938年当時の修復以来、この有翼の馬の2度目の修復作業が
       2000年から行われたのも見ることが出来ます。

       これは2007年夏に、発掘以来初めてタルクイニアを離れ、
       ローマのヴィッラ・ジューリアの国立エトルスク博物館
       Museo Nazionale Etrusco di Villa Giuliaでのお目見えの前に行われた物。

       その内容に付いては、http://www.arsetfuror.com/r4Restauri05Art2.htm
       修復と・・その周辺・Restauri e Dintorni
       で知る事が出来ましたので、興味深い部分をご案内致しますね。
       
       こちらには修復中の写真も載っており、
       これも興味あるものですから、是非どうぞ!

       今回の修復に当たったのはイングリッド・レインデル女史・Ingrid Reindellで、
       テラコッタの表面を綺麗にした所で分った色は、以前は黄土色だったのが
       もう少し赤みがかかった色であった事、
       そうなんですね、この馬たちは彩色されていて、Youtubeでも  
       部分的に赤色が残ったのが見えましたし、
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       私は昔、以前の古い黄土色の馬の写真を見て以来、照明で光っていたのを、
       ずっと黄金の馬かと思い込んでいたのを告白致しますです、へっへっへ。




       馬の背後からは、テラコッタを焼く際に出るガス抜きの為の
       小穴も見えるそう。
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       馬車を曳く引き綱が後部に少し残っているのですが、
       赤と濃い色(青か紫かな)と間の明るい色との3色なのも分りますし、
       そう、尻尾の毛が結わえられているのも見え、楽しくなります。
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       見える黒い丸は、背後の梁に打ち付けられていた釘で、
       最初の修復ではボルトで留められていたのが、
       その後の発掘調査で似た釘が出てきたので、それを模したものに変えられたそう。

       破片類も新しく接着しなおされた様子で、
       以前よりも0,5mm低くなったとの事!




       これは博物館に展示されていたもので、
       多分こんな色に彩色されていたのではないか、という復元想像図で、
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       古墳内で見た色鮮やかなフレスコ画などと同じく、
       きっと、晴れやかに天を駆ける馬達の姿だったのでしょう!!


       そうそう、博物館廊下に古墳内のフレスコ画あれこれを撮った
       写真パネルの大きなのが2枚展示されており、
       Takashi Okamura タルクイニアの写真家、と日本人名が
       掲載されていたのも、嬉しくご報告を。


       また博物館内でたくさんの素晴らしい壷絵なども見ましたが、
       ギリシャの壷絵と良く似た描写で、
       古墳内のフレスコ画や像の顔などはギリシャとは違う様式が
       はっきり見えるのですが、壷絵はshinkaiには違いが良く分りませんでした。

       それにどれも大変素晴らしい線、形で、どうしてこんな風に描ける?
       イタリアの焼き物などは下手丸出しのもたくさん見るのにと、ははは、
       長年の疑問だったのですが、ガイドさんに型紙を使っていたのだろうか、
       と質問し、多分そうだったろうね、と同意を得て納得の部分もありましたぁ。
       



       そんなこんなで大いに満足し博物館を出て来ますと、
       城壁外のバスでの集合時間まで少しあり、
       ではあの奥に見える建物まで行こう!という事になり、

       ゆるゆると坂道を上ってきた広場で、
       向こう半分は修復され綺麗になっているのですが、市役所の建物
       14世紀・手前と17世紀のものの様子。
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       壁に見える大きなアーチはロッジャを兼ねている様子で
       階段を上がった上には教会があり、
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       これは広場にあった、円柱を持つ大きな噴水、
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       土地の段差を利用しての、噴水の奥にこの教会
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       市役所の建物の真ん中のアーチは、こんな風に通り抜けとなっていて
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       ここを向こう側に抜けると、町のいわば旧市街だそうで、
       時間がなく行けなかったのが残念でした。
       たくさんの教会と塔と城壁と、古い町並み
       またいつかゆっくり訪問してみたい町のひとつ。




       ロッジャの上から見通す博物館前の広場、そして遥かに海!
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       この後は、バスの集合場所に急ぎつつも写真を撮り、
       一人が集合時間お構いなしでのんびり撮るもので、
       最後はバスが見えた時点で走るという、ははは、
       
       タルクイニアの有翼の馬と、ちょっぴりの町案内でした。



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ドロミーティの花の窓 途中経過と、 冬の朝の馬場 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

    
       
       
       


by italiashiho2 | 2016-01-26 00:04 | ・ローマとラツィオ州 | Comments(9)
2015年 12月 23日

   ・・・ インスブルックの街 その2 金の屋根、聖堂、博物館 ・・・


       引き続き、有難うございます!
       インスブルックの街、旧市街訪問を続けます。

       煌びやかな店の看板が目を引きますが
       これは左に大きな葡萄を担いだ男2人が見えるので、
       酒屋かな? それとも醸造所だった?
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       さてさて、インスブルックの街のシンボルの一つと言える
       「金の屋根」ですが、こんな風に建物から飛び出したテラスで、
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       斜め向かい角には、こんなロココ式の凝った装飾の家
       Helblinghaus・ヘルブリング邸、一般市民の住居だったというのがあり、
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       正面側に回ると、この豪華さ!
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       ちょうどこの邸宅と金の屋根の前が広場になっていて
       大きなクリスマス・ツリーと、屋台店が立ち並び、大賑わい!!

       その屋台店の並んだ間の上に上れる様になっていまして、
       上からの眺めはこんな風。 
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       背後の建物はNeur Hof・チロル伯爵の邸宅として
       1420年頃に建てられたもので、それにマッシミリアーノ1世が
       1500年の記念祭用にと、1494~96年に取り付けさせた物と。

       「金の屋根」と呼ばれる由来は、金を焼き付けた2657枚の
       鱗型の銅の屋根板から来ていて、
       ご覧のように2層になっています。    




       上階には、奥の壁にフレスコ画で、マッシミリアーノ1世と2人の奥方、
       最初の妻マリーア・ディ・ボルゴーニャ(ブルターニュ)・Maria di Borgogna
       と、再婚の妻ビアンカ・マリーア・スフォルツァ・Bianca Maria Sforza
       と、どちらがどの方かshinkaiには分りかねますが、
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       マッシミリアーノの宮廷生活を描いた、という事から想像を逞しくし、
       最初の結婚は幸せで上手く行き彼は2人の子を得ており、
       2度目の妻とは上手く行かず、子供も無かった、というので、

       左側のお付女官や書記官、吟遊詩人も混じっての賑やかなのが最初の結婚生活、
       右側の鷲鼻の横顔の彼と女性一人のが、ビアンカ・マリーアと想像を。
       
       その下の木彫彩色部には、踊っている兵士達と、真ん中はやはり
       マッシミリアーノの姿、そして2人の妻、の場面ですね。


       蛇足ながら、2度目の妻ビアンカ・マリーア・スフォルツァというのは、
       暗殺されたミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァの娘で、
       ルドヴィーコ・イル・モーロの姪で、

       22歳でミラノでの盛大な結婚式の後インスブルックに。
       大勢の侍女やお付き次官たちを引き連れての行程に、ひょっとして
       レオナルド・ダ・ヴィンチも混じっていたのかも・・。

       というのも、最近になって彼の作かどうかと云われていた肖像画が
       真筆であると発表されたのを、皆さんも覚えておいででしょうか。
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       最初の妻にも劣らず美しく彼よりずっと若い妻だったのですが、
       マッシミリアーノはまったく彼女に愛を感じることなく、
       2人の間は冷たいままで、彼女はティロルの山の城で一人寂しく過ごし、
       晩年は神経性の食欲不振に陥り、38歳の若い死、衰弱死だったと。


       肝心のマッシミリアーノ1世、神聖ローマ皇帝にして、
       ハプスブルグ家の隆盛の基となった彼に付いては、
       最後に彼の廟を見ましたので、その時のご説明にしますね。       




       下の部分は、真ん中に窓と、両脇にフレスコ画で旗手の姿が描かれ
       下に並ぶ紋章は、オーストリアとティロルの物と。
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       で、バルコニーの軒下の部分には

    
       こんな風に、男達が格子の角にうずくまり
       うXちをしたり、おしXこをしたりなんですねぇ、ははは。
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       この周辺は、まさに古い町の歴史がそのまま残り
       古い頑丈な飛び出した壁の角があったり、物見かな?
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       この古い扉! 扉の右下の石だけ、すり減っているのにご注目を!
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       今回この古い地区を見てとても気に入ったのは
       パステル・カラーで美しく補修されているのですが、
       こういった古いものがきちんと使われ、残されている事でした。
       新しくモダンな新市街も広がる中心に、こういう一廓があるというのは、
       自分達の町を誇りに思い、護って行く意志があるからですよね。
       内側は出来る限り快適に改装しているのでしょうが、
       重厚な歴史感を感じ、大変に心地良かったです!




       狭い道を北に抜けていくと、サン・ジャコモ聖堂・Dom zu St. Jakoがあり、
       現在のは1717~1724に建設されたもので、
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       内部のその絢爛豪華なバロック様式に見とれました!
       はぁ、趣味ではないのですが、余りにも素晴らしく美しいと、ははは、
       やはり凄いなぁ!と見蕩れますです。
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       良く見えませんが、上の写真の祭壇画の中央に切り抜いたように
       別の聖母子像がはめ込まれているのが分りますか?
       あれはルーカス・クラナッハの聖母子像なのだそう。




       内陣の左右に、こんな風に御臨席があり
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       金色の双頭の鷲が王冠を持ち、両足に剣を構えているので、
       あれま、尻尾で立っているの?と笑えるshinkai、ははは。




       こちらは左側の翼部分にあったマッシミリアーノ3世の廟、17世紀。
       近くの王室教会にあるマッシミリアーノ1世の廟に憧れて、と
       ガイドさんの説明にあったような・・。
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       内部の柱装飾も、誠に優雅で煌びやか!
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       入り口の上にあったオルガン
       オルガン本体は20世紀の末に作られたのだそうですが、
       18世紀初期のこの見事な箱の中に納められたのだそう。
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       青緑の色も美しく、こういうのを見ると、わぁ~おと声が出ますです。




       ついでに、王宮見学も
       ですが、もう朝の9時から始まった見学でいい加減草臥れ、
       12時頃のこの時は、もういいよぉ、という感じで、ははは、
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       おまけに内部の写真禁止というので、広い舞踏室や、
       様々の部屋を通り抜けただけで・・!



       これは入り口にあった、展示案内の横幕
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       ガイドさんの言うには、この絵は日本人画家が描かれたのだそうで、
       私は好きじゃない、との事。
       でもこれは画家の趣味ではなく、注文主の注文ですからね、へっへっへっ。




       2階の廊下からの眺めを1枚
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       大きな舞踏室には、偉大なるオーストリア女帝マリーア・テレーザの
       17人だったかの子供達の肖像画が並び、
       その中には、マリー・アントワネットの肖像もありましたっけ。




       最後に見物したのが、ここ宮廷教会の隣にあった、
       現ティロル民族博物館
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       内部の、多分教会付属修道院の中庭で、
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       ここで見たのは、マッシミリアーノ1世の記念墓所、廟
       彼の遺体はここには無く、というのも、戦争に明け暮れした彼の
       町への借金不払いが余りにも多く、滞在を拒否されており、
       こういう当時からの市民勢力の強さを知ると、うふうふしますが、
       せっかく愛する町に眠りたいという彼の墓所準備もむなしく、
       ウィーナー・ノイシュタット、ウィーンの南に墓所があるそう。
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       この紋章の数々!  細部の細工の細やかさ!
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       マッシミリアーノ1世(1459-1519)オーストリア大公、神聖ローマ皇帝、
       ハプスブルグ家の隆盛の基を築いた人物でもあり、
       武勇に優れ、芸術を愛し、10ヶ国語を話し・・、まさに王となる為に
       生まれたかの様な人物でして、ちょっとあれこれ読んだ位では
       到底その人物を詳しくご紹介するまでには至りませんで。

       ですが、ハプスブルグ家の家訓は、婚姻により領土を増やす事にあったそうで、
       まさに自身もブルゴーニュ家の一人娘と結婚し、ネーデルランドも獲得、
       子供達もスペインのカスティーリア-アラゴン家と結婚させ、 
       孫に当るカルロス1世は、スペイン王、神聖ローマ皇帝となった人物、
       という様に、隆盛を招いた人物だったのですね。

       ヨーロッパの王室の関係の複雑さはまさにまさにで、
       今回もあれこれ読み出すと、ちょっぴり名を知っている人々に芋づる式に
       ずるずると繋がり、興味が尽きませんでしたぁ。




       中の棺の浮き彫り、マッシミリアーノの生涯を語る1枚。
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       で、この棺を挟んで左右両脇に黒いブロンズ像が全部で28体
       彼の生涯に影響、関連した人物像が、葬列に参加という様子で並びます。
       等身大以上の大きさで、黒いので、かなりの迫力!
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       祭壇側はこんな様子で
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       前側から見ると、棺の上にマッシミリアーノが祭壇に向き
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       左側上部に女性達の像もあり、自身の2人の妻や、息子の妻も。
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       足元には名が刻まれていたのですが、到底確かめておりませんで、
       どれがどなたか判別できませんが、




       こんな風に衣服の描写も凄く手の込んだもので
       でもブロンズ像で黒となると、やはりいかつい感じですねぇ。
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       祭壇手前左右に2体ずつあったのですが、これは左側で、
       どなたかな?
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       それがです、写真を撮っていると、ヴァレーリアが近寄ってきて、
       大変失礼な事に、ははは、


       撫でると運が付くのよ!といいつつ、するっと撫でまして、
       ほらね、かなりもう既に光っているでしょう?!
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       ヴァレーリアは大体ちょっと変わった女性なのですが、
       こっちに来て、といいつつ入り口近い左側の像の前に連れて行き、
       ほら!と、このピカピカを見せ
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       マッシミリアーノ1世の息子「美男フィリップ」像だと言い、
       「運が来る」と念入りに撫で回し、横にいた仲間の男性2人も大笑い!!
       shinkai? 撫でませんよぉ、そんなものぉ!!




       で、お笑いはもう一つ、彼女が撫でたのはお目当ての像ではなく、
       こちらが肝心の「美男フィリップ」王なのでしたぁ!! きゃはは。
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       最後に不謹慎な教会内事件でしたが、ははは、
       漸くにガイドさんから解放され、お昼を食べ、買い物をし、
       
       早くも日が傾きかける冬の午後、
       インスブルックの街に別れを告げ、戻り道を辿ったのでした。
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       長いご案内にお付き合いいただきまして
       有難うございました!
       お楽しみいただけましたように!!


       最後におまけの、クリスマス・カードを。

       皆様、ブオン・ニャターレ!!
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       良いクリスマスをお迎え下さいね


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 ポルトガルの海 途中経過と、描き始め1枚  クリスマス近く を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     
   



      


by italiashiho2 | 2015-12-23 01:24 | ・ヨーロッパ | Comments(0)
2015年 12月 18日

   ・・・ スワロフスキーの、クリスタル・ワールド訪問 ・・・

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       インスブルック訪問初日の午後、近郊ヴァッテンス・Wattensにある
       クリスタル・ガラスの装飾品で名高いスワロフスキー・Swarovski
       工場脇にある展示館とショップ、「クリスタル・ワールド」に行きました。

       今では大概の街にスワロフスキーの店があり、珍しくない品となりましたが、
       shinkaiには未だまるで縁のない品々でして・・!
       もし一人でインスブルックに行ったとしたら
       到底見物に出かけては行かないと思いますが、ははは、
       クリスマス・シーズンの皆との観光旅行ですから、これも日程にあり、
       ブログに載せよう!と思い、マメに撮ってまいりましたぁ。

       キラキラ輝くクリスタル・ガラスの、これでもかぁ!というほどの
       様々な展示を、どうぞご覧くださいね!
       光りと色と、煌きの異次元の世界で~す

   
       上の写真は、インスブルックの街からイン河を渡って郊外に
   


       グーグルの地図検索では、インスブルックからヴァッテンスまで
       東に17,3km 車で19分と出ましたが、

       工場前に到着。 shinkaiのいる位置の左手に、
       「クリスタル・ワールド」入館の切符売り場。 
       1人17エウロ! だってと見て来た1人が報告、高い!! ははは。
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       入り口前にはバス停があり、時刻表も出ていましたから、
       インスブルックの駅辺りからも、勿論来れるのでしょうね。



       横にあった YES TO ALL 。 さよかぁ。
       うん、これもクリスタルなんだぁ!
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       白く輝く背後の山と、クリスマスの星
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       展示館の外に庭園があり、そこにたなびく雲も、キラキラと
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       巨人の顔を模した小山と、口から流れる滝、光る目鼻立ち。
       この小池がスケート・リンクになる写真もありましたっけ。
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       展示館入り口は、この巨人の左下に




       最初に入った部屋で、イタリア人のガイドさんが出て来て説明を。
       見える壁は、クリスタルの壁としては世界一大きいのだそうで、
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       肉眼で見ていたときは白かった壁ですが、
       写真を撮るとこんな風に赤紫色に写りまして・・!
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       とにかく大小様々、各種のクリスタル・ガラスがびっしり詰まり・・。




       部屋の中のあちこちに、サルヴァトール・ダリの「垂れ下がった時計」とか
       あれこれ名画模写というのか、クリスタルを使って再現してあり、

       これは誰のだったかな、馬はともかく、馬具がキンキラなのでしたぁ!
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       こちらはニキ・ド・サンファールの作品模写
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       これは、作られたクリスタル・ガラスとしては世界一大きいのだそうで、
       直径40cm、31万カラット、62kg、100カット面、
       1995年のスワロフスキー創業100年を記念してのものだそう。
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       今見ているこの「クリスタル・ワールド」も、ボヘミア出身の一家が
       インスブルックに創業しての100年を記念して開館されたのだそうで、
       ここには毎年何百万もの訪問者があるのだそう!

       スワロフスキーのクリスタル、というのは、
       普通のクリスタル・ガラスよりも鉛の含有量が高く、
       それによって虹色に光るのだそうで、
       表面加工の特殊技術も付加し、人気があるようですね。
       



       大きな塊の横にあったこちらは、これも100年記念に作られた
       今まで作られた事のなかった一番小さなクリスタル!
       一粒が0,7mmの大きさながら、17のカット面を持つのだそう。
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       何にでも「世界一」という言葉が付いてまわり、
       どことなく大袈裟な、それでしか価値が無いような感じも受けますが、
       過ぎたるは及ばざるが如し、という観念はここには無いのかも・・!



       この部屋以外はガイドがなく、自由に見て回れます。
       一つ一つの部屋が区切られ、ドッシリとした黒い垂れ布を潜り
       次の部屋に進みます。

       色々な作家、アーチストによっての作品が展示されているのですが、
       ここではクリスタル・ガラスに関連した物だけに絞りました。


       これは丸天井のように囲まれた部屋の中で、照明による色の変化
       面の角度によって映る物が変わり
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       クリスマス・ツリーがくるくると回り、光りを投射
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       これは特別に色も変わらなかったのですが、
       作品群の中ではちょっと幾何学的で面白く・・
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       どっしりと垂れ下がる量感と、ガラス面への反射の面白さと
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       長~~く滝のように流れる、形様々なクリスタル・ガラス
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       モダンな様でもあり、またレトロの印象もあり
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       ちょっと異種なイメージで、新鮮。
       どこか昆虫を思い出したり・・、はは。
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       展示室の一つ。 壁の物はカットの仕方のようですが、
       手前の棒状の物は、やはり輝きが少ないですね。
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       工場入り口にあった表示「Yes to all」のごとく、
       とにかくなんにでもかんにでも、クリスタル・グラスを使いましたぁ!
       という印象の展示館で、お祭りのびっくり展示館みたいなもんだなぁ、と
       言う印象を受けつつ見て回ったのですが、ははは、

       暗~~い部屋を次々見て行き、突然子供部屋の様な明るい部屋に!
       世界各地の有名な建物が点在し、その間をときどき列車が走る
       という設定なんですがぁぁ、
       周りを取り囲むロープの支え棒の頭には、写真左より一番手前、
       なんと、金どくろが付いており! これぞまさにキッチュ!!
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       ヴィデオの部屋では、キンキラの凄い衣装のソプラノが歌っており、
       ・・歌手の名と歌の名が出てこないぃぃ・・・。
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       森の中の小道を行くような部屋もあり、
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       タジ・マハール、ピラミッド、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルなど
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       面白かったのは、一番真ん中の底に映像が映っていて、
       ピラミッドの底では探検者がミイラに襲われていたり、
       エンパイア・ステートの天辺には、ゴリラと美女がいたり、
       こういうのもちょっぴりの風刺を効かせ。




       奥の球体と流れる線の色が変わり、部屋を囲む鏡の効果により、
       球が幾つにも見える騙し絵効果。
       球も、実際は半球位なのでしたぁ。
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       アーチスト達の展示室が終わり、スワロフスキー創業者達の写真や
       いわば歴史のひとコマみたいな作品群なのでしょう、それらが並び、
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       左は、シンプルで美しいと思ったネックレス。 
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       ガラスの靴、いや、クリスタル・ガラスの靴もあり、ははは、
       これはここには絶対無いと不思議よね、うん。 
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       これらのバッグは、レトロっぽくてなかなか良いなぁ、と。
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       展示室が終わり、ショップになる間にトイレがあり
       これは、オッ!と思った流し。
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       分ります? 丸い洗面台がなく、傾斜している薄緑色の平面!
       大丈夫、こちら側に流れることなく、ちゃんと隙間にね。

       でもね、日本では成田空港、松本市内の公衆トイレにまであった、
       ウォッシュレットではありませんでしたぁ、ははは。
      



       ここはショップの入り口で、ず~~~とこの何倍も店が続くのですね。
       お土産用の小物から、全身キラキラの馬や豹まで、これが素敵だった!
       大きな物から小さな物まで、みんなスワロフスキーのクリスタル、ははは。
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       仲間の話では、何年も前に来た時は店もずっと小さかったのだそうで、
       儲かるんだねぇ!と頷きあったことでした。
       
       お土産用の一番安い品は、黒い鉛筆の頭にクリスタルが一つ付いて、3,5エウロ。
       横に一列に5つ(3つ?)並ぶと5エウロの小品でしたが、
       shinkaiは同じ値段のもっと可愛い小豚ちゃんを見つけたもんね、ははは。




       見るものもさっと見、買ってしまうと集合時間までが暇で、
       ショップ内を歩いている天使嬢も撮らせて貰い、
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       予定よりも1時間早く皆が帰ることに同意し、はは、
       漸くに表に出てくると、
       光の垣根と奥にたなびく雲、そして遠くの山
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       出口近くに、ローマ遺跡の発掘場所が床のガラス板から覗けたり、
       こんなアラバスターの鉢や壷の展示がありました。
       うん、shinkaiにはこっちの方がなんぼか良いなぁ、美しいなぁ!!
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       という、クリスタル・グラスのスワロフスキー展示館訪問でしたぁ
       光りと色、そして煌きの世界、お楽しみ頂けたでしょうか?

       皆さん、クリスマスには、スワロフスキーのアクセサリーで、
       キラキラとお出かけなのでしょうね。
       クリスマスなら、それも素敵ですよねぇ!
       

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 オリアーノ村の夕暮れ 途中経過 と 村の教会 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     




       


by italiashiho2 | 2015-12-18 00:11 | ・ヨーロッパ | Comments(4)
2015年 10月 24日

   ・・・ 無事、諏訪の個展から戻りました! ご報告その1 ・・・

       皆さん、こんにちは!
       お久し振りです。
       長らくブログをお休みさせて頂きましたが、22日の夜、
       長野諏訪の個展を済ませ、広島への寄り道も無事済み、
       物溢れる日本より、ヴェネト州はスコミーゴ村の質素な我が家に
       無事に戻ってまいりましたぁ!

       戻った翌日は、朝ご飯を済ますなり猛烈な眠気に襲われお昼まで沈没、
       午後はなんとなしにぼんやり、そして友人達との電話でのお喋りで過ぎ、
       昨夜はまたぐっすり眠り、今朝は快調です。

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       2年ぶり、諏訪はギャラリー橋田さんでの個展は
       お陰さまで前回同様ご好評を頂き、作品も嬉しいお嫁入り先がたくさんで、
       懐かしく迎えて下さる嬉しい再会の方々、そして新しくお会いできた方々と、
       前回よりもスムースに楽しめた気がする、有難い訪問となりました。
       
       お会いできた皆様、本当に有難うございました!!
       厚く御礼申し上げます


       昨日何とか個展会場の写真を整理できましたので、
       ざっとの会場の様子を見てやって下さいね!

       上はギャラリー橋田さんの表の様子

       ◆ 追記です ◆
       会場の様子、額の事などなど、本人以上に私の絵について、ドジ振りについて
       良くご存知の二木さんがこちらに書いて下さいましたので、どうぞ!



       DM版と、新しく作って頂いた絵の大きなポスター
       表に張り出されておりました。
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       画廊の入り口を入った、左手の小さいほうの部屋正面で
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       内側、右手の壁
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       左手の壁
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       部屋の入り口と、画廊入り口の内側
       真ん中に見えるのは、画廊入り口内側の二木さんの作品。
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       こちらは広い方の部屋の奥の様子と
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       奥の壁と左側
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       広い部屋の右手前の壁の様子
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       お花もたくさん頂戴し、百合の香りが溢れるほど!
       本当に有難うございました!!
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       ご来場いただいた方々の写真、お名前なしで掲載させて頂きますが、

       最初の1枚はお許しいただき、左から我が絵の師で友人の二木一郎さん
       奥さんの竹子さん、そして長野朝日放送の青池さん
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       ◆ 追記です ◆
       青池さんが持って来て下さった、長野朝日放送さんからの
       素晴らしい花篭の写真を撮るのを忘れていた事に、
       これに写真をアップしてから気がつきました! すみません!!

       二木さんには、今回も絵のご指導以外に、DMやポスターのデザイン、
       成田空港への送迎、長野松本から安曇野方面へのご案内をして頂き、
       ご本人は松本の夜の寒さに油断したと仰っておいででしたが、
       新開のお守りのお疲れからか風邪を引かれ・・! 済まん事でしたぁ!




       こちらも、お名前明かしてもよいかな、
       左からクリスさん、ミ~タさん、クリスさんの奥様
       奥はお仕事中の、ギャラリーの橋田さん
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       ご自分のブログに写真を既に載せておられたのでOKと、
       チャ~オ! トスカーナの Itosugiさん
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       本当はもっともっとたくさんの方々が来て下さったのですが、
       重なる時は余りお話も出来ず、また話していると写真を忘れる、と
       いう感じで、申し訳ないです!
       分っている方には、ぼちぼち写真をお送りいたしますね。
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       所で今回も長野朝日放送の夕方のニュースで取り上げて頂き
       松本局からの取材班で、アナウンスは青池さんがして下さいました!

       大急ぎで画廊から戻り、TVをつけて暫くして出たとき、
       わっ、きゃ、と言う感じで大急ぎでカメラを取り出し、
       何枚か写した中からですが、
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       最初にこの「雲海の朝」がでて、この絵をご覧下さい、と
       いう感じで始まったのを覚えておりますが、
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       やはり日本人の感性で描いていると思う友人達は日本人の絵だという
       というテロップが出て、
       長年住んでいるので
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       朝取材に来てくださりその夕の放送ですが、しっかりと要点を掴み、
       さすがプロ、上手くまとめて下さってると驚きましたが、
       いやぁ、画面に出た絵の写りのよいこと!
       ぜんぜんガラスの反射も傾きも無く、その凄さにも驚きました!

       翌日頂いた青池さんからのメールによると、
       以前のイタリア取材をして頂いた「おお、信州人」の録画場面で
       視聴率が上がっていたそうで、番組全体でも民放トップの10.2%!
       良かったぁ!
       長野朝日放送様、本当に有難うございました!!

       が、ああ、どの場面にも、しっかり年が書いてあるなぁ!
       それと共に、画面に見る我が姿に改めて驚き、
       皆さんにこんなのをいつも見せているのか! すまんこってす、
       ・・うん、こうなると、もっとしっかり年をとって、ははは、
       年を超えた姿にならんといけん!! と思った事でしたぁ。




       こちらは、新聞に出して頂いた記事の写しで、
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       TVや新聞を見て、という遠くからの方が画廊に来てくださり、
       嬉しく、有難い事でした!

       私の個展にお出でくださり、ご自分のブログでご紹介くださった
       セレナ日和の abiさん
       開田のポッポ屋さん
       有難うございました!!


       また何年後かには、諏訪でお会い出来る事を楽しみに
       元気で頑張り、絵に精進したいと思っています。
       どうぞよろしくお願いいたします!!




       諏訪での個展が済んだ後、イタリアに移る前20年近くを過ごした
       広島に特急で行って参りました。

       本当に久し振りにお目にかかった三原捷宏先生
       かなり丸くなられ・・、人のことは言えませんが、ははは。
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       40年来の友、難波佳子ちゃん
       ご主人共々相変わらずの暖かさで、お家に迎えて頂きました。
       難波ちゃん、白髪が少なすぎるよ、美人を保ちすぎるよぉ!
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       難波ちゃんのお孫さん、遥ちゃん
       小学生だった和君のお嬢ちゃんが、美大生なんだもんねぇ!
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       広島に行ったのは、来年の秋の個展が決まり、その打ち合わせで、
       はい、2016年11月22日(火)から28日(月)まで
       広島三越で個展をさせて頂きます

       1年間頑張り、良い作品を持って広島に行きたいと思っています。
       皆様、どうぞよろしくお願いいたします!!



     *****

       水彩ブログには、 諏訪での個展作品と、(小さな)ドジもろもろ! を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     





       




by italiashiho2 | 2015-10-24 19:41 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(19)
2015年 10月 03日

   ・・・ 個展のご案内 と ブログお休みのお知らせを ・・・


       2年ぶりの長野県諏訪市、ギャラリー橋田さんでの個展が迫り
       DMも出来ましたのでご案内させて頂きます
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       10月10日(土)から18日(日)まで
       ギャラリー橋田様方 諏訪市城南1丁目2550 
       TEL 0266-52-3420 にて。

       会期中は私めもずっと会場に居りますので
       信州の、諏訪の観光も兼ね、是非お出かけご高覧下さいます様
       皆様にお目にかかれることを楽しみにしております。
       どうぞよろしくお願い申し上げま~す!


       水彩ブログの方でも、ご案内をさせて頂いておりますが、   


       こちらのページからnew!と書かれた項目にリンクすると、
       新しい作品も見ていただけます。
       既に額に入った小品の写真も加えましたので、
       どうぞ見てやって下さいませ。
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       下のは、会場に置く予定のチラシですが、
       上のDM共々、今回も二木さんがデザインして下さいました。
       素敵でしょう?!
       DMのご案内の文章共々素晴らしく、私めの絵も一段と良く見える、
       孫にも衣装、と喜んでおります。
       二木さん、有難うございました!
    


     *****

       私は6日の朝こちらを発ち、22日に戻る予定ですので、
       今回が出発前最後のブログ・アップとなります。

       個展の会場での皆さんとの出会い、様々のお喋りも楽しみですし
       日本で久し振りに頂く和食のあれこれも、大いに楽しみです!!


       2年前、出発前に載せた「日本で食べたい物」編には、
       その数の凄さに、ははは、皆さん大いに驚き呆れられた様子なので、
       今回は載せずに我慢する事にしますが、へへへ、

       成田に迎えに来て下さる筈の、我が絵の師で友人でもある
       二木一郎さんのブログでは、既に
       戻って最初のブログは「日本で食べた旨いもの」だろうと・・!
       
       はぁい、しっかり頑張って食べて参りたいと思っていま~す!!

       上の二木さんのブログ、そして小父さんのブログ
       開田のポッポ屋さんpinkyさんも、
       それぞれに私の個展のご紹介をして頂き
       本当に有難うございました!  感謝です!
       

       日本もそろそろ紅葉が始まる美しい季節ですね。

       先回の様に、到着の成田空港で肝心の絵の忘れ物をせぬよう、ははは、
       戻りの際の同空港で二木さんが忘れ物をしないよう、けけけ、
       
       大いに楽しみ、元気で戻って来るまで、
       ブログはお休みにさせて頂きますので、再開は23日以降という事で、
       どうぞよろしくお願いいたします!!
      

     *****

       留守中にご訪問頂く方に、または時間のある時に楽しんで頂けるよう
       私が気に入っている、笑える、にっこり出来るものに
       リンクをして置きますので、楽しんで下さいね!

       
       まずは最新版のワンちゃん
       これは私が大好きな、カナダにお住まいのpapricaさんのブログ、
       「can of good goodies」 にあった、ごめんなさいをするエットレ君
       papricaさんの柔らかい感性と目が好きでお邪魔していますが、
       愛犬のガス君も凄く可愛いのですよ。 皆さんもどうぞご訪問を! 
   
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       飼い主が、謝りたいの? どういうつもりなの?
       そんなんじゃ、ぜんぜんダメだよ、 と重ねて言うのに、
       必死に可愛いごめんを繰り返すエットレ君。
       最後に、じゃぁ仲直りしよう、と言われ、ホッと抱かれるいじらしさ!
       言葉は喋れなくとも、それ以上に彼の気持ちが伝わります。




       ここからは、既に一度ご覧頂いてますが、
       何度見ても可笑しく、にっこりなので・・。

       犬の社会  勤め人の様子
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       どのように赤ちゃんを抱っこするか、その喜ばしい方法
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       心あたたまる、素晴らしいお話
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       ホッキョクグマと、ほぼ北極のスコミーゴ村
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       そして、物凄い猫ちゃんの口げんか!
       バローネ君とシルヴェストゥラちゃんで、
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       対訳を試みました、お楽しみを!
       So che mi hai tradito    お前が裏切ったのは知っているんだ
       confessa!         白状しろ!
       dimmi chi è?       誰だ、相手は?
       voglio saperlo       知りたいんだ
       dimmelo!         言え!
       giuro che non ti graffio dai  お前を引っ掻いたりしないからさ
       lo conosco vero?      俺が知っている奴だろ?
       parla cazzo!        言え、馬鹿! 

       Tom           トム

       Tom chi? Il randagio?      トムって誰だ? あの野良猫か?
       quello che sta in fondo alla via?  あの、通りの奥にいる奴か?
       ah te la fai con gli stranieri?    はぁそうか、お前はよそ者とやるんか?
       zoccala!             ドブネズミ!

       calmati            落ち着いて

       ecco perché rideva sotto i baffi    それでヒゲの下で笑っていたんだな
       se penso a quello che fatto per te   お前のためにしてやった事を思うと
       dopo tutto il pelo che ho ingoiato   お前を舐めてやって飲み込んだたくさんの毛
       dopo la collana di croccantini    (猫の)カリカリで作った首輪
       è finita!              俺達は終わった!

       Possiamo rimane mici       友達でいられるじゃないの

       scordatelo             忘れろ
       per me sei una gatta morta     俺にとってはお前は死んだ猫と同じだ




       で最後は、喧嘩のあとの仲直りを、ロッシーニの歌曲で
       たくさんの人が歌っていますが、私にはこれが秀逸と。
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       では、皆様もどうぞ良い秋をお過ごし下さい!!


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     






by italiashiho2 | 2015-10-03 22:58 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(4)