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2016年 12月 23日

   ・・・ 新装なった元ドイツ商館からの眺め ・ ヴェネツィア ・・・

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       先回のヴェネツィアの高潮に続き今回ご覧頂くのは、リアルト橋南脇にある
       かってのドイツ商館・フォンダコ・デイ・テデスキ・Fondaco dei Tedeschi.

       長らくヴェネツィア郵便局だったのですが、ベネトンが買い取り修復し、
       新しくショッピング・センターとして生まれ変わっています。
       
       そして、屋上のテラスがこの秋から一般に公開されていて、
       しかも無料で!というニュースを知っていましたので、
       リアルト橋に向いながら、そうだ、ちょっと寄って見よう!と。

       郵便局がまだ入っていた時の様子がこちらに。

       入り口には黒いスーツのドア・マンがいて、ドアを開けてくれ・・!
       
       トップの写真が入り口を入って見えた正面で



       こちらが右側
       11月半ばでしたが、すっかりクリスマスの飾り付けがされていて、
       スッキリと美しくなりましたが、右上の時計も元のままですし、
       大きな目に見える改装は天井と床でしょうか?
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       かっては郵便物が運び込まれ、運び出されているのがリアルト橋からも見えた
       大運河に向かっている北の扉内から見る外の様子。
       現在修復中のリアルト橋はすっかり覆われていて・・。
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       エレベーターは無く、右手(左手にも)中央にある階段を上りますが、
       途中の踊り場にあった、かってのヴェネツィアの姿
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       フォンダコ・商館と呼ばれたかってのこの建物は、ドイツ語圏からの商人達が
       ヴェネツィア共和国に運び込む商品の貯蔵所でもあり、
       商人達自身の宿泊所でもあったようで、200を超える部屋があったといいます。

       ヴェネツィア共和国は警察制度が厳しく、商人達は夜は外出禁止、
       ヴェネツィア人達も入れず、しっかり管理されていた様子ですが、

       こういう商館は現在残っているのにはトルコ商館がありますが、
       他は消滅していて、そんな歴史的見地からも大きな改装はされなかったのでしょうね。





       ここが下から見た天井の上、屋根の下、という部分ですが、
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       床の素材は、ヴェネツィアの大運河に掛けられた第4の橋、駅前からローマ広場に
       渡る橋に使われた光線を通す素材、橋は濡れると滑る、と不評のあの素材かな?

       壁には黄金モザイクのモチーフの映像があり、波に揺れる感じで揺らぎます。



       テラスに出るのは無料ですが、この部屋の南側の廊下受付で呉れる、
       指定時間を書いた丸い札が必要で、それを持ってこの部屋で並んで待ちます。

       ガードマンらしきこれも黒スーツの男性がテラス前にいて、札を調べ通してくれますが
       15分毎の入れ替えで、私は30分以上待ったと思いますが、
       でもその価値はあります!!

       中には子供がいるから、とか急ぐから、と先に入れてくれと粘る人々もいますが、
       男性は柔らかく、でもきっぱり、残念ですがと。 
       

       で、テラスに出ての最初の眺めが、正面のこれ!
       リアルト橋北側と大運河で、正面の白い建物には確か国の会計検査院が入っていて、
       奥が裁判所の建物。 3角形の岸の広場にはいつもだと、カフェのテラス席が並びます。
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       リアルト橋からいつもこの屋根の飾りを見ていたのが、今は逆に中からだもんね!
       曇り空なのが残念!!

       ヴェネツィアで高い所に上ってパノラマを見れる、というのはサン・マルコの鐘楼か、
       大運河の向こうのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の鐘楼くらいかな、
       カ・ドーロの大運河側のテラスの眺めもありますが、少し低いし・・、
       と場所が少ないので、ここは街の北側のパノラマを眺められる重要拠点になりますね。




       広場はすっかり濡れていますが、今は水が岸辺迄で人も出ているので、
       高潮が少し引き始めたのかも。
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       このフォンダコ・デイ・テデスキに並んで続く、大運河東岸の眺め
       奥に見える教会と鐘楼は位置から見て、サンティッシミ・アポストリと。
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       上の写真に続いて、奥、カ・ドーロが見えます。
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       カ・ドーロのご案内  その1と2




       テラスからは南東方面に当たるサンティッシミ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂
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       テラスに一緒に上がったグループの中にいたワン君
       ちょっとピンぼけですが、何となしに不安そうな顔をしていて・・! ははは。
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       屋根の上に来ているカモメたち
       何かを待っている顔をしていて、細かいカスをつまんだりで、
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       テラスの上にいるガードマン氏によると、過日考えなしの誰かが餌をやったらしいのですね。
       そんな事して、いっぱいカモメ達が集まってきたらどうするつもりだったんだろ?!

       こうしてみると、屋根の修復で瓦が大幅に取り替えられた事が良く分かる
       新しい瓦で、古びて良い色になるのに、だいぶ掛かりそうですね。




       ヴェネツィア本島の真ん中を逆Sの字に流れる大運河のちょうど真ん中に掛かる
       リアルト橋。  早く修復が済んでくれないと・・!
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       フォンダコから西にかけての建物の屋根上
       小さな屋根の上のテラスが、結構あちこちの建物の上に作られているのが見えます。
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       蒸し暑い夏の夜は上に出て涼んだり、はたまた、帽子の縁だけ残してその上に髪の毛を広げ、
       日に焼いて金髪にするという、ヴェネツィアの金髪、というのもこんな所でやったのかも・・!




       細長いテラスの一番西側に寄って覗く大運河
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       そしてその先、ヴァポレットの停留所の濃い緑色の先の白い建物、
       2階に旗が出ている建物がイタリア銀行
       
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       リアルト橋から西の大運河の眺め、正面奥に見えるのが現在はヴェネツィア大学のある
       カ・フォスカリ・Ca’Foscari. 
       ここで運河は左に曲がり、アッカデミア美術館、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂の方に。
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       改修されたフォンダコ・デイ・テデスキの新しい屋根の上部分。
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       南西から南にかけての眺め
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       少し南に向いて、サン・マルコ聖堂が見えます。
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       大運河の北、ゴンドラをもう一度眺め
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       ・・時間となってテラスから降り、
       上階から下の中庭部分を眺めた様子。
       赤茶と白の縞模様がモダンでもあり、クラシックでもあり・・。
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       下の階まで降りて、これは南西の角の方。
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       以前もあった井戸ですが、以前は中庭の真ん中にありました。
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       といっても当時も井桁だけだったらしい、と写真を見直して思ったのも、
       屋根も塞がれていましたから、中庭の天水利用の井戸の意味が無いわけですね。
       で今度は入り口の直ぐ傍に移されており、やはりこれも変遷ですね。


       それにしても、あの一等地の眺めを無料で!
       しかも何人ものガードマンを割り当てての、大盤振る舞い!!
       ヴェネツィアに行かれてお時間があったら、是非どうぞ!!


     *****

       さて今日は12月22日、日本はすでに23日で、クリスマスももうすぐ!!

       皆様、よいクリスマスをお迎え下さいね! ブオン・ナターレ!!
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       「サンタがやって来る!」をマイケル・ブブレでどうぞ。
       



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、修道院の壁 描き初め と、 ブオン・ナターレ! を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
  
   
       
       

 


by italiashiho2 | 2016-12-23 00:08 | ・ヴェネツィア | Comments(6)
2016年 12月 17日

   ・・・ ヴェネツィア  アックワ・アルタの日 ・・・

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       ヴェネツィアの冬の名物 とも言えるアックワ・アルタ(高潮)
       この冬最初の大きなアックワ・アルタだった11月13日、
       たまたま行き合わせて写真を撮りましたので、ご覧ください。

       上は朝到着したヴェネツィア駅構内
       暫く前から改装中だった駅構内が、すっかり新しい店舗に生まれ変わっています。
       



       この日は日本へのお土産調達でしたので、カメラもコンパクトのみを
       持参したのでしたが、駅を出てすぐ、細い水溜まりが出来ているのを見て、
       あれ、ひょっとして今日はアックワ・アルタかな?!
       が、酷い時には駅前にも渡り板が出ますので、まぁ大した事もないかと
       あちこち店によりつつそのまま道を進み、

       ポンテ・グーリエ・Guglie(グーリア橋)まで来て、あっ、やっぱり!!
       こちらの岸はひたひたと、小波が寄せる度に浸水する部分が増えていて、
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       先に続く道は、すでにとっぷり浸かっています!
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       大運河の方を見ると、薄っすらと射す陽射しに水が煌めき、
       こういう日は、どこかいつもよりも静かなのですよね!!
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       グーリエ橋の上に上がり、高みの見物ですが、
       モーター・ボートがヤケクソみたいに、ははは、走っていくのが見え・・。
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       両岸の道が沈み、カンナレージョの運河がいつもよりも広くなったみたい!!
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       運河の東側の岸はこんな様子。 も少し先に行くと、ゲットーへの入り口の
       小路があるのですが、きっとあの道も水に浸かっているでしょう。
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       もっと浸水してくるのかどうなのか、少し気になりつつ道を進み、
       道脇のカンポ・マッダレーナ・Campo Maddalenaの横の小運河
       扉の下がもうすっかり浸かっていて、
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       東に続く道の橋の下も、こんな感じにたっぷりの水
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       橋の上から見る奥の建物も、扉にひたひたの水位
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       橋を渡ってすぐ左の広場、カンポ・サンタ・フォスカ・Santa Foscaの脇に
       綺麗なゴンドラが係留していて、
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       こういう日でも、と思うのがおかしいのかも知れませんが、
       その後すぐに家族が乗り込み、出て行きました。

       ただし、私が撮っているのは橋の上からなのですが、
       この橋をゴンドラがくぐるのがちょっと大変でして。 つまり、
       水位が上がるのでゴンドラの船体やゴンドリエーレの頭がつっかえるのですね、
       それで家族全員が協力させられ、体をずらしておりましたです。




       奥の道は水位すれすれですが、平然と歩いてくるカップル。 
       慣れています!
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       この日はサン・マルコ広場までは行くつもりは最初からなく、
       でもまぁとにかくリアルト橋までは行ってみようかと・・

       サン・マルコ広場のアックワ・アルタ




       サン・フェリーチェ教会・San Felice近くだったか、道脇を覗くと
       こんな風に入り口が浸かっている家が見え
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       鳩達も塀の上に避難
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       大運河の向こう側、サン・カッシアーノ・ホテルが見えますが、
       とにかく水がたっぷり、というイメージでしょう?!
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       サンタ・ソフィーア教会前広場の端には、大運河を渡るゴンドラがあり、
       向かい側の市場の様子も見えるので見に行くと、
       渡し船も動いているようですが、やはり乗客が少ないような・・。

       正面の建物下が魚市場で、
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       その横、低い屋根だけ見える部分が野菜市場、続く長い建物は裁判所
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       高潮の日というのは、なんとなしに気持ちがワサワサとし
       そのくせいつもの賑やかさはなく、何かを待っているように世間がシ~ンと、
       と、shinkaiが感じるだけの事か知りませんが・・・。
       



       サンティッシミ・アポストリ・SS.Apostoli広場まで行き、橋を渡るのですが、
       わぁ~お、すれすれまで来ているよぉ!
       あそこの運河沿いのレストランは、今日はやはり休みみたいね。
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       で、その手前に綺麗な赤い飾り付けのゴンドラがいて、
       とても目立って、眺めている人は多いのですがぁ・・!
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       道は回り込みつつリアルト橋に近づきますが、アポストリ広場の次の橋の所で、
       あっ、ゴンドラが橋をくぐる! と見つけて走りました。
       私の後ろからついて走る女性がいて、顔を見合わせ笑いましたが、ははは。
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       ほら、ゴンドラの舳先の飾りの高さが、橋のアーチよりも高いでしょう?!




       で、少し傾けた姿で入り込み、そろそろと進みます
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       ゴンドリエーレは、船体の右寄りに立ち、板でそろそろと漕いでいて・・。
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       ゴンドラに乗られたことのある方はご存知でしょうが、どこの席に座るかを
       乗る時に指定されます。 
       平底のゴンドラで、ゴンドリエーレが迫り上がった艫の左に乗って漕ぐために、
       船体の竜骨自体がカーヴしているのですが、
       客の数により、バランスの配分で席を指定されるのですね。

       で今、船体自体が右に傾いているのを利用して、ゴンドリエーレが右側に重みをかけ
       船体をもっと右に傾けつつ高さを低めているのです。

       ゴンドラについての、あれこれ





       アーチに近づくと手で調子を取り、橋の下に潜ります
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       でここまで見た物好きshinkaiは、橋の反対側に走ります、ははは。




       向こう岸では、橋の下を覗き込んで待つ人々がいて!
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       実はこの写真の右側に、中年の日本女性が二人おられたのを切りました。
       というのも、一人はしゃがみ込んで覗いておられたのですが、
       テンションが上がっているのか、高い声で「あっ、ぶつかった!ぶつかったよ!!」
       なぞともう一人の方に報告されるのが、周囲がし~んとしている中に響き渡り!
       ええ、勿論、橋の下からゴツン、ドンという低い音も聞こえましたが・・。




       ついに、ゴンドラの舳先の飾りが見え、す~っと出始め
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       かなり斜めの方向に出てきます。  船体を傾けるので寄るのかも。
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       ゴンドリエーレも出てきて、オールで橋を突き
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       漸くに立ち上がって調子を整え進み始めると、見物客から一斉に拍手が起こり、
       ははは、でもゴンドリエーレはそそくさとね。 
       彼にとっては面倒事が一つ過ぎただけなのかも。
       帰るまでに潜らないといけない別の橋が頭にあるのかも・・!
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       ほらね、艫の飾りがポッキリと折れているでしょう?!
       ここの飾りが折れているのはよく見るのですが、
       今回この様子を見ていて、舳先は神経を集中して潜っても、
       後ろの方はつい疎かになって、ポキっとやるのかなぁ、とも思った事でした。


       という、ヴェネジア高潮の日、 ゴンドラ、橋をくぐる、の中継でしたぁ!



     *****

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       少しづつ新しいPCにも慣れてきている毎日ですが、
       今やPCは完全に家庭電化用品の位置にあるなぁと改めて。
 
       春頃から暮には買い換えないと思い、それまでは何とか保ってくれぇ、と
       願っていたので、やれやれとは思ったのでしたが
       とりわけ嬉しい事もなく、即始める仕事に差し支えが無い事のみが希望で・・。

       今回はいつもトラブルの時持ち込んでいた店で購入したのですが、
       OSは基本のウィンドウズ10でも、ワードとかエクセル、メディア・プレイヤーなどのソフト、
       マイクロ・ソフトに支払わないといけない物は全然入っておらず、
       すべてそれに当たる、似たソフトが入っていて、
       それの使い勝手に慣れるのと、納得するのに時間がかかりました。

      *改めてPC内探検の結果、メディア・プレイヤーは入っているのに気が付き、
       現在Mp3に変換してダウンロードした音楽を、CD書き込みに使用中です。


       そして、新しく入れてみたグーグルの日本語ソフト、これはとても気に入りました!
       本当に賢く、私の言葉使いにすぐ慣れ、様々な応用編を次々と提供してくれます。

       この度のPCでは、短縮言語を覚えさせ変換する、というのが出来ずなのですが、
       優れもののグーグルの日本語ソフトで大丈夫、不便を感じません。
       これは皆さんにも、お試しをお勧めです。



       所でお世話になっているエキサイト・ブログですが、
       私は年間少し払うアドヴァンスの契約で、使う容量は無限なのですが、
       夏頃までは、PCによる訪問者数とページ・ヴューの数しか知る事が出来ませんでした。

       2,3年前から徐々に訪問者数、並びにページ・ヴューの数が減り始め、
       多分スマート・フォンで見て下さる方が増えたのかも、とは思っても、
       実態がわからず少々心配しておりました。

       で8月中頃に更新する際、思い切ってモバイルからの訪問者数なども分かる
       もう一つ上のランクの契約にしようかと考えたのですが、
       エキサイトとの交渉があやふやで、確かな返事をエキサイトから貰えないまま、
       今まで通りの契約を続けるようにしたのでした。

       が、なんと9月中頃からだったか、アドヴァンスの契約でも、
       モバイルからの訪問者とページ・ヴューの数も見れるようになり!

       以前よりも、見て頂いている数が増えている事も分かりました!

       皆様、有難うございます!!
       安心いたしました!!

       どうぞ、これからもよろしくお願いいたしま~す!!
       
       そして今日も、下の応援クリックをポチッと押してやって下さいませぇ!


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネト 夏の朝 描き始めと、 淡路島行き を
       アップしています。    
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     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

 







by italiashiho2 | 2016-12-17 23:36 | ・ヴェネツィア | Comments(4)
2016年 12月 13日

   ・・・ 安芸の宮島 麗しの厳島神社 ・・・

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       広島での友人宅での一日、宮島に出かけてきました。
       あいにくの曇り空でしたが寒くはなく、一人で気軽に・・。

       ところがです、なんと宮島で電車を降りた途端に、ものすごい人、人、人!!
       宮島への連絡船の船着場に歩く道筋も、いっぱいの人!

       切符を買い、ちょうど連絡がよく船にもすぐ乗れたのですが混雑で、
       幸いに座れたものの外の景色は見えず・・。




       漸くに島が近づいてきた頃、幸いに前の人が移動し・・。
       左下に、ちょっぴり赤い鳥居が見えますか?  
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       到着前に船内で案内があり、今日の宮島は大変混んでおります
       ロープウェイは1時間半待ちです、と。

       とは聞いたものの、何度も行っている宮島なだけに、
       その混雑ぶりが実感できずでしたが、船を降りた途端に、これは凄い!!

       美味しそうなイカ焼きの匂いにつられて撮ったのですが、ははは、
       左上にびっしりと参道への道を歩く人々の姿、いやぁ本当に混雑でした!!   
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       人の歩かない並木道の高い所で休む鹿ちゃん。 餌をねだるどころか・・!
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       人混みに押されるようにして歩き、漸くに厳島神社が見えた所。 
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       受付で参拝料を払い、回廊を行きますが、
       ちょうど潮が満ち始める所でした。

       あまりにも多い観光客に、どこにカメラを向けても人が入り過ぎなのですが、
       少しでもと宮島の美しさを狙います。
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       古代からあった厳島神社のようですが、平清盛の大きな庇護を受け、
       神殿作りの神社となったのは、平安末期1241年の造営だそう。
       平氏一門の後も天皇家、そして様々な大名家の庇護を受け、
       寄贈された「平家納経」を始めとする様々な優れた美術工芸品も多く、
       現在の神社の建物は皆国宝、または重要文化財の指定を受けていると。




       ここは本殿よりも手前にある客・まろうど神社
       朱の柱、緑と黒の格子が素敵でしょう?!
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       広く清々しい木肌の床、朱塗りの回廊。 
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       回廊は幅4m,長さが275mあるそう。
       床板の隙間は目透しといい、高潮の時の下から押し上がる海水の
       圧力を弱め、海水や雨水を海に流す為なんですと。

       




       見上げると、北にある千畳閣横の五重塔が。 
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       鏡の池と呼ばれる回廊の角の池に、どんどん潮が満ち入り込んでいくのが見え、
       その中をゆうゆうと獲物を探しつつ歩くシロサギ。  
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       参道を歩きながら、実は何枚もこの朱の鳥居を撮っているのですが、
       アングルに気をつけないと、対岸の中腹にあるどこかの宗教団体の大きな
       建物が入ってしまうのですね。 
       きっとそれを狙ってあの位置に建てたのでは無いかと思うのですが、

       漸くにこの位置だと、右後ろの大きなマンションを見なければ・・、
       平安の昔の素晴らしさも感じ取れるでしょう?!
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       朱の大鳥居は奈良の大仏殿とほぼ同じ高さの16m、重量は約60トン!
       樹齢500~600年の楠の自然木で、現在のは8代目なんだそう。
       海の中に埋められているのではなく、松材の杭で地盤を強化し、
       箱型の島地の中に石を詰めて加重し、その中に鳥居の重みだけで立っているのだそう。

       春の大引き潮のときは、この鳥居の位置まで潮が引き、
       潮干狩りに皆出かけるのですよ。

       広島の貝汁、アサリのお味噌汁は美味しいもんね!!
       長野で、ちっこいシジミの身をせせった記憶の残るshinkaiには、
       こんなに美味しい貝のお汁があるんか、という驚きでしたものね、ははは。

       




       朱色と白壁、そして黒の格子、艶やかで美しい!
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       漸くに本殿前にたどり着き、高舞台とともに一枚
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       この舞台では春と秋の一夜、舞楽が奉納され、2,3度夜出かけてきて
       拝観したことが良い思い出となっています。

       夜の広島は観光客が殆どおらず静かで、潮がひたひたと満ちてき、
       回廊下の柱にチャプチャプとあたり、それに回廊に灯された灯が映り、
       雅楽のあの雅な音に舞う舞人の、暗い中に煌めく衣装。
       舞人がすっと足を滑らして引き、ついでトンと床を打つ音。
       舞楽のあの異国の香りのする面。

       まさに平安の昔はこうだったんだろう、という厳島神社
       昼の人混みの中で見るのは、ちょっとむごい感じも受けましたっけ。
       



       舞台と本殿の間にいる、大きな青銅の狛犬
       こうして正面から見ると、なるほど、という感じですが、
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       後ろから見るとです、ははは、尻尾がね、指でサインを出しているようでしょう?!
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       床の美しい木目
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       本殿前にあった清めの水。 はい、shinkaiめも。
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       本殿では、ちょうど七五三のご祈祷中で
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       神官がこのあと、参拝者のお祓いを
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       現在の本殿は1571年、毛利元就によって改築されたものと。




       回廊の下にも満ちてくる潮。 波を打ちながら、ひたひたと。
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       お供えの酒樽。 「清盛」というのもあるんですねぇ!
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       奥の右側は、能舞台。 現在の舞台と橋掛けが建設されたのは1680年。
       海に浮かぶ国内唯一の能舞台なんだそう。
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       能舞台に近寄りますが、舞台には上る事は出来ずで、
       春の奉納能の時なども確かこちらの回廊から拝見するのみだったと。
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       背景の松、 そして軒下の木彫の変わった飾り
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       普通の能舞台では足拍子の響きを良くするため、舞台下に共鳴用の甕が
       埋められているのが、ここでは舞台の床が一枚板のようになっている、のだそう。
       一枚板のようになっている、というのがどういうのか、ちょっと分かりかねますが・・!
       



       最後の回廊の向こうに見える反橋。 現在の橋は16世紀半ばの物と。
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       宮島厳島神社を初めて訪れたのは、短大生の時ですから50年前ですか、きゃは。
       当時は靴の上から草鞋をはいて回廊を歩くようになっていて、
       その時はこの橋の上にも登れたのでしたが、
       その後広島に住むようになった時には、もう登れなくなっていましたっけ。




       能舞台の近く、満ちてきた潮の中、獲物を探すアオサギ
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       反橋の向こうで回廊を出て、町中を歩きつつ、お昼を食べる場所を探します。
       
       ここは宮島の町家博物館、一度中も拝見しましたが、
       奥ゆかしく裕福な町家が偲ばれるものでした。
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       宮島はまた高校野球の応援団が打ち鳴らす「しゃもじ」や木工細工でも有名ですが、
       我が家にも宮島で買ったしゃもじが今もあり、

       歩いていて、こんな木地師の仕事場を
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       紅葉のシーズン、日曜とあって、食べ物どころはどこも満員で、表にズラッと列が出来ており、
       到底並ぶ元気はなく、ず~っと端まで歩き、ついに空いている所を見つけ、
       外の席に座り、こんな景色を見ながら・・
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       穴子をまぶしたご飯と、わかめと雑魚の酢の物を。 
       いつも外でのご飯にはビールを1杯やるのですけど、何故かこの日はお茶だけでした。
       あまりの人混みに飲み込まれたのかも!
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       こちらの友人たちへのお土産に、宮島の「孫の手」をと決めていたので、
       それを探して買い込み、
       戻り道は厳島神社の裏側を歩きます。
    
       すっかり満潮となり、回廊のすぐ下まで海水が上がってきているのが見え
       やはり美しい姿ですねぇ!
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       豊臣秀吉が1587年に建築を命じたという千畳閣に寄ることにし、石段を登ります。
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       ちょうど千畳閣前の大銀杏が見事な黄葉で!
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       建築が終わらぬうちに秀吉が亡くなり、豪華絢爛となる筈だったこの大経堂も、
       御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成ですが、
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       俗に千畳閣と言われ、857畳も敷ける、この広さ!!
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       太い梁が見える天井には様々な絵馬が奉納されており、
       これは明治元年の物のようで、
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       興味深かったのは、もみじ饅頭生誕百周年記念の絵馬
       平成21年となっていますから、何年前かな?
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       あまりにも名が知られすぎ、皆さん、もみじ饅頭を食べず嫌いではないでしょうか?!
       そういう方、ぜひ一度騙されたと思って食べて見て下さいね、
       本当に美味しいんですよ!! 




       最後にもう一度下の道に降りて、平安の名残を眺め、戻ります。
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       今回は鹿ちゃんを見ることも少なかったような・・!
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       と云う、安芸の宮島、麗しの厳島神社のご案内でした。



     §§§§§

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       今回のブログ更新は新しいPCでの作成ですが、なんとか大丈夫そうです。


       実は今日は私の誕生日でありまして、イタリア時間ではまだ12日で、
       お祝いの電話メールもあれこれ頂き、また一年頑張って行こうと喜んでおります。

       今朝一番にメール・チェックした時に届いていたのに、大笑いさせて貰いましたので、
       皆様にもここにご披露させて下さいね。

       私の絵の師匠である二木一郎さんの奥さん、竹ちゃんが
       いつも知恵を絞って描いて届けて下さるカードなのですが、

       なんと今回は、shinkaiが演歌歌手としてデビューしたら、という発想での舞台衣装!!
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       竹ちゃんは友禅がお仕事なので、お人形さんの衣装も手作りで、というのはご紹介しましたが、
       今回の演歌歌手としての初舞台の衣装は、月夜の桜!!

       なんとも手の込んだ労作で有難く、嬉しく・・、でもねぇ、上のキャプションは
       私の師であり、竹ちゃんの夫である一郎君の作なんだそうで、

       きゃはは、笑った、笑った!!
       「・・雨じゃった」とちゃんと広島弁になっていて、おまけに即日廃盤だと! ははは。
       良かった、演歌の練習をせにゃいけんかと思ったところじゃったぁ!!

       もう一枚のには、私が大ファンの作家の藤沢周平さんと同郷の竹ちゃんが、
       思い出して描いてくださった故郷の食べ物で、
       美味しそう、食べてみたい!というのがたくさん並んでおりました。

       竹ちゃん、そして和菓子よ我が師よ、有難うございましたぁ!!
       しっかり印刷して、壁に貼っておきま~す。



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、カステルッチョ 描き初めと、 広島ー明石 新幹線 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
       
       

 



by italiashiho2 | 2016-12-13 02:06 | ・日本・アジア | Comments(8)
2016年 12月 03日

   ・・・ 広島三越での個展を終え、無事戻りました! ・・・

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       皆様、お久し振りです、こんにちは!
       お陰さまで広島での個展を盛況の内に終え
       スコミーゴ村の家に無事戻ってまいりました

       写真整理を終えましたので、会場の様子、来て下さった方々、
       食事を一緒にした方々の様子をご覧になって下さいね

       残念にも撮り忘れた方々がたくさんで・・!!
       なにせ久しく会っていない方々が殆どなので、
       お喋りに熱中していると忘れてしまい・・、残念でしたぁ!

       上の写真は広島胡町(えびす)電停付近で、
       毎月2・12・22日は、マイカーに
       「乗るまぁデー」という広島弁の標語にうぷっとなり、ははは。




       市内を走る路面電車も、車両がモダンに綺麗になりましたぁ。
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       三越の開店時間を待つ人々
       デパートで開店時間を待った事など経験無しでしたが、
       今回は毎朝皆さんの後ろに並びまして・・、
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       開店時間とともに入り、「お早うございます、いらっしゃいませ」
       の声に迎えられながら、エスカレーターで7階まで。

       途中の階でそれる方は無く、皆さん殆ど7階のお歳暮会場にお出でで、
       そうだった、日本にはお歳暮というのがあったっけと。
      



       会期は11月22日からだったのですが、
       既にクリスマスの飾り付けで彩られ、ライオン君もね!
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       やはり日本は早いなぁ!と思いつつ戻ってきましたら、
       こちらコネリアーノの町も、スコミーゴ村にも電飾が見え・・!
       はい、12月になったんですよね。




       中国新聞の宣伝にも載せて頂き
       これを見てびっくりして!と、来て下さった方もおいででした。
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       会場の写真は私のと、松戸から来て下さった二木さんのと
       両方でご覧頂きますが、これは画廊入り口
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       中央奥の写真を2人とも撮り忘れておりまして・・!




       入り口で招きをしている猫ちゃんと、頂いたお花の数々
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       入って左手の壁から、中央、そして奥に
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       正面中央を飛ばし、右手の壁奥から、入り口側に
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       画廊外側の壁。 これでちょうど40枚の絵がかかりました。
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       今回多くの方が言って下さったのが
       色が綺麗、明るい、これは何で描いたのか? でした。

       ペン+水彩+色鉛筆、と表の看板にも書いてあるので、
       色鉛筆の途中で水彩を混ぜて使っているのか、
       水彩色鉛筆で描いて水で濡らしているのか、などなど
       様々な質問も受け、
       描き込みは全部色鉛筆で、ペンや水彩は最初の基礎としてのみ、
       最後に不透明水彩で描き起こす事はある、などなど。
      
       一枚描くのにどの位時間をかけるのか、の質問も多く、
       一枚を最初から最後までを仕上げるのではなく、
       何枚かを一緒にローテーション風に描いて行く事を。
       
       水彩用紙を使っていて紙の凸凹を埋める「シラミ潰し」も説明したり、
       
       諏訪でした個展に比して、さすが広島のデパートとなると
       見に来てくださるお客様が多く、反応の大きさが楽しかったです!!


       広島に到着してすぐ、額装や搬入搬出をお願いしていた画材店に直行。
       イタリアから送った小品の額、以外の作品の額を選び、
       その日から3日間は、長年の友である難波佳子さんちにお邪魔しました。

       彼女はこの夏手術を受けた身だったのですが、厚かましくお邪魔し、
       積もる話をしたり、美味しい料理をご馳走になったり、
       あ、皿洗いだけは私がしましたが、はい、
       彼女の家の警報装置を鳴らすドジもありまして、きゃはは、
       この顛末はまたお話しますね。


       そして会期が始まる前日午後の搬入では、今回の個展会場である
       三越への最初の紹介や、DMでの紹介もたくさんして下さった
       三原捷宏先生が来て下さり、作品展示の並びも指示して頂きで、
       本当に有難い事だったのです!

       そしてその後来て下さった、私の師であった新延輝雄先生の息
       泰雄さん(泰っちゃん)や難波ちゃん初めてお会いした相本英子さんとともに、
       三原先生にご馳走までして頂いたのでしたぁ!
       三原先生、本当に有難うございました!! 美味しかったぁ!!
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       会期が始まると、一般のお客様の他に
       毎日「同窓会同時開催」みたいで、ははは、懐かしい方々も
       たくさんお見えで、すぐ分かる方もおられる反面、
       名前を言って下さってもぴんと分からない方々も多く、
       失礼を致しましたが、お許しを!!

       例によりお名前はなしで、写真だけ掲載させて頂きますね。
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       あ、この方の背景が、正面奥の壁の様子です。
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       毎日どなたかが夕食を一緒にしてくださり、ははは、
       美味しい物を食べ過ぎで、3日目にしてズボンがきつくなり! ははは。
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       イタリアに行く前20年程を住んでいた広島ですから、
       既に45年ほどもの年月が経っているのですが・・!

       広島に居た頃、家のアトリエで絵画教室をしていまして、
       大人の方と共に子供達も来ていたのでしたが、
       当時の親御さんが来てくださり、その後の様子を話してくれました。

       姉弟で来ていたお姉ちゃんに、私が木を描いてみてと言い、
       まみちゃんは木の葉を緑色でぐりぐりと塗ったのですって。
       そしたら新開先生が、よく木を見てね、葉っぱは皆同じ色じゃないでしょう?って
       言ったのを、まみちゃんはずっと覚えていて、
       顕微鏡を覗く様になってもその言葉を覚えていて、気をつけて見た、って
       お母さんに話したのだそう。
       いまお医者さんになられており、弟君も東大出のお医者さんなんですって!

       こういうのはまさに、出来の良い子にたまたま言った言葉が実ったわけで、
       聞かせていただくと恥ずかしくなりますが、
       でも会場に来て話していただくのは、有難い事ですよね、本当に!

       も一人、小さな子がお祖母ちゃんに手を引かれて来ていたのが、
       文学の博士号も取り、いま母校で教えておられるとかで、
       こちらはご両親と共に来て下さいました。

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       高校生の時に通って来ていた姉妹も会場に来てくださり、
       お姉さんの方は七宝工芸を続けておられ、
       いま日展の会友8年目です、とか・・、わぁお~。 

       陶器のゴキブリが底に付いているカップでコーヒーを飲ませる、という
       いたずらをした高校生が、はぁ、shinkaiがいたずらをね、ははは、
       今回お世話になった画材店で働いておられ、
       会場にも見に来てくれたのですが、
       やはりあのゴキブリのカップは覚えておられ、当然ですよね、きゃはは、
       長い手紙を書いて渡して下さり、ゆっくり拝見しましたが、
       気持ちがほのぼのとする様な嬉しさを頂きました。 

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       イタリアに移住して既に25年たち、年もしっかり取りましたが、
       改めて広島で個展を、というチャンスを得て戻っての感想は、
       
       本当に暖かく迎えて頂いた、という一言に尽きます!!

       こんなに有難く嬉しい事がありましょうか?!
       長野市生まれではありますが、広島で絵を始めた私にとっては、
       まさに広島は自分の生まれ故郷的な街なのですが、
       今回ほどそれをこれほどまでに生に感じたことは無く
       その発見にとても感謝し、心から有難く感じました


       絵に付いては、どの部分も細かく描くのではなく、
       もっと荒い表現の部分があって良いとおもう、というご意見も頂き、
       それを師の二木さんに言いましたら、
       ほら、それをいつも言っているじゃぁ無いですか!と。

       はぁ、自分でもその辺りはいつか、とは思っておりますが、
       無理して急ごうとは思っておりませんで、
       ははは、かといってのんびりと描いている訳ではありませんが、

       テクニック的な問題として意図するのではなく、
       あれこれ描きつつ、ほんの少しずつ意識しながら描いて行くうちに、
       今も以前と比べるとほんのちょっぴり、大まかに描いても良いよね、
       という部分ができて来ているのを感じるので、
     
       その時になったら、また自然に絵も変わってくるだろう、
       それまでをじくじくと真摯に描いて行けば
       もっと見える目も、描く腕も変わるだろう、と思っているので、
       急ぎません! 急がずに描いていこうと思っています。

       
       広島でお会いできた方々、本当に有難うございました!!
       元気で描き続け、また次の機会にもお会いできる様願っております。

       たくさんの方からたくさんのプレゼントも頂いたのですが
       どれをどの方から頂いたのかごっちゃになっておりまして・・!
       それぞれの方にお礼を申し上げられません、お許しを願います。
       皆様、本当に有難うございました!!!

       
       どうぞ皆様、お元気でお過ごし下さい!!
       私も頑張ってまいります。

       
       次回の個展は、東京で2018年3月に
       1年半後を目指し、描いていきます。

       と、今回は大きなドジはお陰さまで無しで済みましたが、へへ、
       飛行時間のあれこれに出くわしましたので、
       その顛末をまた聞いて頂きますね。
      

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、広島の街 ちょっぴり を
       アップしています。    
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     *****        
       
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by italiashiho2 | 2016-12-03 11:14 | ・絵画展・催し・映画・DVD | Comments(12)
2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、絵はパスし、 スコミーゴ村・晩秋の色と、ワン達 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
  
   
       
       




by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(5)
2016年 11月 04日

   ・・・ 再度の復興の願いを込め、 地震被災地への追悼を ・・・

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       8月24日に起こったイタリア中部アマトゥリーチェ一帯での
       大地震に続き、10月26日にはウンブリアのノルチャ一帯で、
       そして30日には止めを刺すかのような、
       1980年以降で最大といわれる8月のを上回る大きな地震が起こり、
       今なお余震が続き各地で被害が起きています

       先日友人のジュリアーナと話していた時、彼女が言った言葉、
        レンツィ(首相)は元の通りに復興すると言ったけど
        復興するには何年かかる?
        私はもうあの美しい一帯を見れないよ!

       そう、重要な場所から町村から、復興に取り掛かり、
       小さな末端の村々に至るまでに、一体何年かかるでしょう?!

       1997年のウンブリアの地震の後、イタリア国の守護聖人でもある
       アッシジのサン・フランチェスコ教会の修復は2年で済みましたが、
       ウンブリアの小さな村が、10年後の再訪ではいまだ手付かずの
       状態だったのを見ています。
       そしてその4年後の秋にはほぼ復興なった姿を実際に見ましたので、

       元通り復興する、と言う言葉を今では信じていますが、
       一体何年かかるでしょうか?!

       あのジュリアーノの言葉を聞いて後、
       本当にね、まだ元気で生きていても、あのウンブリアの奥まで
       旅行するだけの気力があるだろうか? という思いを押さえ込み、

       今日は、一日も早く復興して欲しい! の願いを込め、
       かっての美しかった町村への追悼も込め
       今回の地震被害の様子を纏めましたので、どうぞご覧下さい!


       トップは、10月26日の地震のシンボル的な写真
       ノルチャのサン・ベネデット聖堂が正面壁を残して崩壊した姿で、
       左は現市役所の建物と時計塔。




       こちらはかっての広場の様子で、右はノルチャで生誕の
       サン・ベネデット(480頃-547)の像。
       彼は後の修道院生活の基礎となる戒律を定め、
       現在のヨーロッパの守護聖人でもあり、
       聖堂の地下には、サン・ベネデットと双子の妹聖女スコラスティカ
       の生家といわれる跡があります。
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       この聖堂は12世紀に遡る物だそうですが、
       今回のニュースを見ていて、今迄に3度再建されたと知りましたし、

       26日の朝崩壊する前日夕方、内部に報道班が入った映像も
       見ましたが、8月末地震の被害修復の為の、内部に足場も築かれたまま、
       大きな亀裂も見えましたが、翌朝遂に・・。
       町の人々は、「4回目の再建」を口にしておりました。
       



       ノルチャは盆地にある、豚肉加工品で全国に名が通る町
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       世に評判の、ノルチャの旨いもの店は




       聖堂の横にある市役所の時計塔も、遠方からみると何とか
       大丈夫そうなのですが、大きな亀裂が入っており・・。
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       30日朝、聖堂が遂に崩壊し、町の建物にも大きな被害で
       人々への避難勧告が出て、クラウズーラ・生涯引きこもりの
       女子修道院の尼僧たちも町の広場に避難。
       ベネデット会の僧と共に、人々が跪いて祈る姿がありました。
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       一帯の地図をどうぞ
       真ん中を通る薄いグレイの点線の、左がウンブリア州、
       右がマルケ州、真ん中下がラツィオ州。
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       8月下旬の地震は、下に見えるアマトゥリーチェ・Amatrice
       中心とした一帯で、右上に囲った辺りの小さな村に大きな被害で、
       北のノルチャ・Norciaや、カステルッチョ・Castelliccio
       被害があったものの、そう大きくなかったのでしたが、

       10月末のでは、ノルチャからカステルッチョ、
       そしてプレーチ・Preciヴィッソ・Visso
       その右に見えるウッシタ・Ussitaの被害が甚大で、

       その後の余震で被害が出ているのは、マルケ州のトレンティーノから
       マチェラータとなっている様子。

       この他にも、たくさんたくさんの小さな村が山間に点在していますし
       到底地図に出ないほどの村がどんな被害を受けているか、
       想像するのも怖いほどです・・。
       



       8月の地震で300人近い死者もでたアマトゥリーチェ一帯ですが、

       アマトゥリーチェの町は、こんな美しい町並みだったよう。
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       それが町の中心地はほぼ壊滅状態となり、
       それでも赤い建物と、その左上に市の塔が残っているのが見えますね。
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       こんな風に、亀裂が入りながらも、町のシンボルみたいに
       頑張って立っていた塔なのですが、
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       26日、30日の相次いでの揺れに、遂に赤い建物も
       市の塔の上部も崩壊!
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       町の再建に向け、「微笑みながら再開しよう!」という
       催しが週末に行われる予定だった矢先だそうで、
       今まで何とか残っていた建物、家も崩壊する姿に、
       残っていた町の人々も遂に町を後にする姿が多いとか・・。




       これはノルチャの東南にあるサン・ペッレグリーノ・San Pellegrino
       という町にある13世紀の教会の鐘楼ですが、

       度重なる地震の度に亀裂が入り、遂に崩壊したという・・。
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       26日からの地震でよく耳にする町の名に、ウッシタという
       初めて聞く地名があり、地図で確かめるとヴィッソの北東に位置し、

       モンテ・シビッリーニ山一帯へのトレッキングとかスキーとか、
       町には大きな立派なスケート・リンクもあり、
       ちょっとした山間リゾートの基地の町でもあるらしい雰囲気で、
       古い町も素晴らしい眺めですが、
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       今回の地震ではこんな様子で、残っている家も住めない状態で
       最初は町に残って!と言っていた市長も、遂に立ち退きを勧告に。
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       そしてヴィッソ。 流れの早い清流が町脇を流れ、
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       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれている
       古くからの趣きある町でしたが、
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       今は町の入り口ですべて通行止め、町の人々も立ち退いていて
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       上でご覧の中心部は、こんな様子に
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       ヴィッソのご案内




       ヴィッソから山越えでカステルッチョに行く途中の、
       見事な城壁を持つカステルサンタンジェロ・スル・ネーラの町も、
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       これ位しか写真が見つかりません
       というのも、町の人々はすべて立ち退き、数名しか残っておらず、
       町は立ち入り禁止になっているので、写真がサイトに上がらないのです。
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       昨日のニュースで、町の下、街道筋のガソリン・スタンドの主人が登場。
       彼は7年前に街の生活に疲れこの地に移って来た人で、
       ここでの静かな生活が気に入っていたのが、今回の地震。
       今は町の人もおらず、道も通行止めになっているので車も通らずで、
       ガソリン・スタンドも開けているけど・・、と話しつつ
       じわっと涙する映像を見ながら、こちらも涙ぐみそうになりました。

       ニュースのインタヴューに応える人々は皆同じ。
       一見淡々と様子を語りますが、話が深くなると涙ぐみ、辛いです。




       ヴィッソとプレーチを繋ぐ道は、ネーラ川の渓谷を通る道ですが、
       そこで大きな山崩れがあり、道も川も埋まったという事ですが、
       多分、まだ塞き止められたままなのだろうと・・。
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       山間の高所に位置するプレーチの町
       中世以降の民間の外科学校があり、ヨーロッパ各地の王室の
       侍医をも輩出した事で有名な町ですが、
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       ここも町の人々は立ち退いているとの事で、写真が見つかりません。
       一見無事に見える建物ですが、亀裂が深く住めない状態なのだろうと。
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       左の建物は、プレーチをあの一帯の旅の基地として、2度にわたり
       滞在したホテル・アッリ・スカッキの見覚えがある壁
       やはり亀裂が無数に入っていますね。
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       プレーチの内部の写真は見つかりませんが、
       消防署が上空から撮ったプレーチの被害のヴィデオ




       プレーチからノルチャに向う道、プレーチの近くピエディヴァッレ・
       Piedivalleにある、中世外科学校の発生地として有名な
       サンテウティツィオ修道院教会
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       5世紀にシリアからの僧がこの地に住みつき、という長い歴史を持ち、
       ベネデット会派の修道院となり、彼らの持つ薬草や外科手術の知識を
       近隣の住民達に伝え、これが外科学校の基礎となったと言いますが、

       素晴らしい岩山の上の鐘楼や、再建された美しい薔薇窓を持つ教会は
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       26日の朝、教会上部の倒壊のみでしたが
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       その後の写真では、教会前部のみならず、岩場の鐘楼も、
       奥の建物もすべて崩壊した様子
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       手前の無事に見える建物の地下には、外科学校の様々な器材や
       書物の博物館があり、見学し写真も撮っているのですが、
       そのままになっています。

       プレーチの市役所の隣の部屋にも、小さな博物館が出来ていて、
       そこも整理しておりませんで、
       今回のこの地震被害の様子を見て、きちんと整理しなくては、と
       思ったことでした。 

       プレーチと、サンテウティツィオ教会のご案内
       http://italiashio.exblog.jp/5661411   




       プレーチからピエディヴァッレを過ぎて進むと、カンピの村があり、
       右奥に見える山腹の村がそれですが、

       村外れに、このサン・サルヴァトーレの古い教会。 
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       26日の朝一番のニュースで知ったのは、この教会の崩壊で
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       山腹の村の事が気にかかりましたが、なかなか写真が見付からず。
       が、やはり無事では済まなかったのを、見つけました。
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       カンピ・ヴェッキオのご案内
       http://italiashio.exblog.jp/14673663/   




       そして、カステルッチョの村
       ヴィッソからカステルサンタンジェロを通り、北から
       カステルッチョに向うと、峠を越し、こんな風に見えて来ます。
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       こちらは村の南に広がる大平原からの眺めで、
       赤く見えるのはポピーの花。
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       村の入り口に駐車場があり、その前に何軒かのバールと、
       特産の豚肉加工製品の店がありました。
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       ところが今回の地震で、カステルッチョはほぼ全壊
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       取材班のニュースも見ましたが、とても村の中には入れない様子で、
       勿論立ち入り禁止になっていて、ほぼ全員が退避したと。
       電気も水もなく残っているのは数名で、
       家畜がいるので土地を離れられない人々のみ

       これはどの土地、町でも同じで、牧畜業をされている方、
       店や企業をされていて、何とか継続できそうな方は
       その土地を離れる事が出来ないのと、また離れたくないのです。

       カステルッチョの大平原で羊を放牧されている方は、
       冬になるのでアドリア海のほうに、3千頭の羊と馬20頭を連れ
       移動するのは良いけれど、そうなるとこちらの家の問題があるし・・と。

       カステルッチョ、大平原のお花畑 その1と2
       http://italiashio.exblog.jp/8554377/  

       雨と霧のカステルッチョ 




       8月の地震の時に発見された、カステルッチョの東に位置する
       ベットーレ山での地震断層が一段と深く、引き攣られたように
       長く延びているのが確認されています。
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       断層は70cmも片側が沈下しており、長さは100k以上と
       いったか、今回ほどの断層の亀裂の違いは過去にもあまり例がないものと。
       
       ノルチャはなんと30cmも沈下したそうですし、
       衛星から見た地震での地殻変動の大きさは100平方キロにも及ぶそうで、
       暫くは、ひょっとして数年にわたり、今回のような地震が続くかも
       という発表もあるようで、恐ろしい事!!




       被災された皆さんは、体育館のような受け入れ施設で一時を過ごされたり、
       テント村に入られたり、はたまたアドリア海沿岸の各町のホテル
       仮設木製住宅に各町村ごとに移られたり、です。
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       レンツィ首相は、クリスマスまでにテントから木製住宅に
       そして、元通りにすべて再建する、との事。
       レンツィ、頑張れ!!




       今回の引き続いての地震災害の様子を見て、私が一番ショックを
       受けたのは、やはりカステルッチョの様子でした。

       ちょうどこの写真と同じ様な位置から見た村の様子が気に入っていて、
       次に描こう!と思っていたので、尚更なのかもしれませんが、
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       あのウンブリアの大好きな小さな古い村々が消えてしまったのは、
       住んでいた方々と同じ様に、私にもトラウマで残りそう。

       美しい大草原の花が咲くのは同じでも、ポピーの前に咲く
       レンズ豆・レンティッキの栽培はどうなるのか、
       あの美しい自然に引かれてやって来る人々の宿はどうなるのか・・、
 
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       こんなに美しい風景に位置する村が無残な姿で長く残るのは、
       とても哀しい事!! 
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       何世紀にも渡っての何度もの大地震を切り抜けて来られた方々が、    
       どうぞ、再び立ち上がり、再建して下さるよう
       心から願って止みません!!!




     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光と兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ジョットの鐘楼 詰めと、 カルページカ村の黄、紅葉 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

      
  
   
       
     
 


by italiashiho2 | 2016-11-04 23:56 | ・ウンブリア州 | Comments(16)
2016年 10月 30日

・・・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城 ・・・


       最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。
       今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
       強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
       町の中心はすべて避難命令が出ております。

       お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く
       怪我人、危険信号程度の重症者も含め20人程で済んだ様子です。

       ノルチャの北にあるプレーチ近くの、サン・テウティツィオ教会は、
       先日教会正面壁の一部が落下したのが、今回は遂に全体が崩壊したと。

       プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇、ネーラ川が流れますが、
       大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、
       プレーチとの連絡は途絶えているとの事ですが、市長からの電話で
       町の教会も倒壊したとかで、大きな被害が予想されていて、
       これはカステルッチョも同様の様子で、
       その他の各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。
       
       今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
       各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

       余震が続いてはいたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
       ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

       この先48時間以内に、ひょっとして今まで以上の大きな地震が
       起こる可能性もあるという事で、一帯の人々には避難指示が出ていますが、
       
       被災者の皆さんの心理的なお疲れも想像でき、
       寒さに向かい本当にお気の毒です!

       救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の
       疲労の大きさにも想いが行き、頭が下がります、
       本当にご苦労様です!! 宜しくお願いいたします!


     *****

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       イタリアのヴェローナから北の隣国のインスブルックを繋ぐ
       ローマ期からの街道筋の要所であり、
       高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

       見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
       現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・イタリア環境財団とでも、
       のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名のないのもそうです。
       
       今回は写真が多いですので、ごゆっくりご覧くださいね!!



       城入り口前からの城壁の眺め
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       城の図をどうぞ
       左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
       赤丸の付いているのが現地点という事で、
       その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
       その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔
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       赤丸地点の左Casa delle Guardie・警備人の家
       矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門
       ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

       グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、
       左回りに行き、一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門
       赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所

       そして次の門をくぐると居住地部分で、
       左に抜けると内庭というのか、Pozzo・井戸があり、
       長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。
       左外れの白い部分Resti della Capella・礼拝堂の遺跡

       ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館
       そしてフレスコ画で装飾された警備人の家、主塔の上部という、
       約千年の歴史を持つ城です。

       


       これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔
       ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!
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       名前と由来を聞いて皆がフフと笑いまして、
       というのも、吊るすというのがインピッカーレ・impiccareなんですね。




       警備人の家に入り、2階に
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       そして、おお!となったのが、まずこの壁画
       現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!
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       真ん中にアルファベットが見えますね、
       でも何の関係もない文字が入っているのだそう。
       下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
       後ほどご覧頂く、城内のフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

       shinkaiは一番後ろで写真を撮っていまして、
       殆どガイドさんの説明を聞いていませんで、ははは、
       すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
       ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
       見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
       はは、良く出来たガイドさんですねぇ!!




       そして隣の部屋に、これが圧巻でした!
       部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色
       そしてどこかニヒルな目を持って見つめ描いている、というのか・・。

       こちらが入って正面の壁
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       右側の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
       
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       部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が
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       窓にもこんな柄模様
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       描いたのは14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

       警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、
       確かに位置的にもそうなのですが、多分長たる人の住まいでもあったろうと。




       上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
       我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。
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       坂道を上り
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       最初の門
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       中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
       かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。
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       右に開いているアーチの中が城の下部分で、
       上に伸びている壁の内側が、かっての礼拝堂の壁、というのを
       後ほどに知りました。
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       この左に2番目の門があり、




       2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!
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       城壁は城をぐるっと囲んでいる一部なのですが、
       下側にも上側にもM字が見えますね?
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       これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
       つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、
       防御から埋められ城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、
       それがまた埋められている様子なのです。

       M字型は王冠の上の飾りを意味し、このM字が付いている城は
       皇帝側である事を示し、
       教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、が残ります。


       アーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年
       12世紀にトレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco
       一族の領有となったと。
       
       カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年、
       アルドリゲット・Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・
       Adelpretoを殺害したというもので、
       封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様子ですが、解放され、

       その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、
       その後を継いだアッツォーネ・Azzoneは、
       アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の希望にもより、
       皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
       この一帯での重要な立場を持つ事に。

       1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmo
       で、ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家
       にも近づきますが、1320年後継者を残さず亡くなり、
       彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

       ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀を
       カステルバルコ一族は存続し続け、ミラノ方面にも進出、
       カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

       このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela
       指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、
       FAIに贈ったのだそう。

       
       ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
       中世の、城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
       そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       



       3つ目の門をくぐり
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       銃眼というより、弓を射る窓から外を
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       城館部分に近づき、両側の壁が高まり、4つ目の門
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       門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!
       右は床と境の壁部分が落ちているのですが、暖炉部分や、
       壁の祭壇部も見え、
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       左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。




       上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し、
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       上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。
       色が見え難いので少し濃い目にしましたが、
       白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!
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       このフレスコ画の下の、アーチ越しに見えた植物のフレスコ画
       わぁ~お!
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       遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の
       一番東(右側)の外壁ということになりますが、

       植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に
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       上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄
       左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。
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       潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄
       こういう柄は本当に優雅ですよね。 
       女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!
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       城壁側との境にアーチの仕切りがあり
       1階部分はこれで仕切られていたのでしょう、
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       アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、
       最初は真っ暗で降りる気もしなかったのですが、ははは、
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       城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
       との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
       大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
       氷室があった、との事。




       横から低めのアーチを潜っていくと台所で、
       この大きなフードに驚き!!
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       一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
       お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、
       との事ですが、それでもねぇ、この大きさだとすると、
       何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!




       中庭から見る主塔
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       さて、領主館の中に
       この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が残っていた部分で、
       中から見上げる壁が異様に高く感じおまけに薄暗く、大変な威圧感!
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       真ん中上に見えるのは暖炉の跡、上部で、
       この部の煙突が残っているのを後ほど。




       遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み
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       反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
       黒い板壁で覆いがあるのが見えますか?
       時代毎の修復の蓄積がここにも見れます。
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       領主館の一番西端の大きな部屋。 
       ここにも柄のフレスコ画が2階部分と、窓にも同じカーテン柄
       四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。
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       そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
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       下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。




       細長い中庭はこんな様子で、右が領主館の部分で、
       幾つもの壁、アーチで仕切られ、左は主塔に至る石段部分。
       手前に見えるのは中庭の井戸で、
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       この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
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       主塔に上りますが、ここが塔の入り口
       とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、この入り口がついたのは
       後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
       あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。
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       こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!
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       最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓
       壁の厚みにご注目!
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       そして辿り着いた上階、「愛の部屋」と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
       塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
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       窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、
       馬に(犬ではおまへん)乗り、弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
       窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん
       つまり、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
       犬は忠実のシンボルなんですって。

       天井部分には、膝まづく人の姿と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。
       shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
       ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所。




       この左に続く場面には、愛の矢で射られた
       幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、
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       向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。
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       14世紀中頃の、ヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
       洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で
       むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!




       「愛の部屋」の隅に、まさに梯子階段があり、上の物見の部屋に
       つまりここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、
       ぐるりとほぼ一周する事が出来ます。
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       見張り窓から見る北の山
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       塔から見下ろす領主館の屋根と、右に城の入り口、
       そしてピカドーラの塔
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       上の写真左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突
       館の2階部分の暖炉の上部のみ残っていた場所ですが、
       煙突の先の形が、どこか古めかしく趣がありますでしょ。
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       城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ
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       アーヴィオの中世からのお城のご案内
       お付き合い、有難うございました!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、詰めの2枚と、 カルページカ村のたそがれ色 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****

       ◆ お知らせ ◆

       11月22日から27日に開催の、広島の三越での個展が迫りました。
       もしDMを送って欲しい方が居られましたら、コメント欄の
       「管理者のみに閲覧」にチェックを入れ、住所とお名前をお知らせ下さい。

       今までに届いている方は、お知らせが無くとも大丈夫です。
       来週辺りには届くと思いますので、宜しくお願いいたします。



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
       


       


by italiashiho2 | 2016-10-30 22:26 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(2)
2016年 10月 26日

・・・ トレントの古城2つ 前奏曲 ・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・地震速報追記 ・・・

   イタリア中部地震のニュースに関し、最後に追記、写真アップを致しました。
        
********

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       先週水曜にグループで出かけて来ましたトレントの古城2つ、
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avio
       カステル・ベゼーノ・Castel Beseno.

       生憎の曇り空で靄のかかったお天気でしたが、何とか雨はのがれ、
       千年近い歴史を持つ古城の、内部と規模の大きさに満足し戻りました。

       写真整理も資料を読むのも済んでおらず、さてどうしようか・・。
       以前アーヴィオのお城は訪ねたことがあり、月曜休館で外からのみ、
       その時のは何枚か、ガルダ湖北の訪問で見て頂いただけですし、
           
       先日とは打って変わった青空の美しい写真なので、シメシメ、これを!と。
       いやぁ、先日来こちらは雨と曇り空が続いており、
       青空と太陽さんが恋しく、時間稼ぎにもちょうど良いと、ははは。


       という事で、今日はアーヴィオのお城の前奏曲、ならびに
       麓のサッビオナーラ・Sabbionaraの村の様子をどうぞ!

       上の写真は、サイトから拝借のアーヴィオのお城を遠方から

       このお城に惹かれるのは、如何にも中世の、絵に描いたような姿で、
       これはヴェローナからボルツァーノに向う鉄道からも、高速からも見え、   
       やはり一度は内部も見たかったのでした。




       アーヴィオのお城はどこにあるか、地図をどうぞ。
       我が町コネリアーノから行くにはちょうど北周りと南周りの行程があり、
       この日は往きにヴェローナ経由の青の線南回りで、
       午後にロヴェレートの北東にあるベゼーノの城を見物後、
       戻りは北回りのグレイの線で。       
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       ここから暫くは、以前の、はぁ、2007年5月下旬の、ははは、
       緑濃い写真をご覧頂きますが、

       高速を降り、サッビオナーラの村に向かい
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       お城の手前の駐車場から、見上げる姿
       現在残っているのは上の城館部分と主塔で、城壁が取り囲みます。
       
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       城の下から見下ろすサッビオナーラの村
       如何にも昔からの、お城の膝もとの村、という感じでしょう?!
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       村を囲んでいるのは葡萄畑、なんですが、
       いつもご覧頂いている畝の畑とは違い、
       この辺りのは、葡萄の枝をパラソルのように広げた棚作りで、
       太陽の恵みを最大限に取り入れる仕様なのですね。




       南、ヴェローナ方面を望んで
       両側から高い険しい山々が迫る狭い谷の中をアディジェ河・Adige
       流れ、それに沿って道、高速と鉄道線が南北を結びます。
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       村の外れの教会
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       再び見上げる城
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       こちらは北に向っての眺め
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       山が迫る谷の括れごとに、かっては見張りの城、要塞があったものと見え、
       このアーヴィオの城の城主一族カステルバルコ・Castelbarco
       この谷一帯に15位も城を持っていたのではないか、とはガイドさんの言葉。




       村の中の道は狭く、当時免許取立てのshinkaiはやっと角を曲がりつつ、
       急傾斜の道をお城の駐車場まで辿り着いたのでした、ははは。
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       5月下旬の暑いほどの陽射しの日で、ラヴェンダーも良い香りを放ち
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       サクランボも美味しく熟れ、勿論味見をしましたっけ!
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       これは葡萄の房。 花が咲き終わり、実になりかけの所。
       そして、オリーヴの花
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       というような、初夏の良いお天気のアーヴィオでしたが、

       今回はまだ真っ暗な朝6時に出発で、濃い霧の中のヴェネト平野を行き
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       ヴェローナから北に向うと、漸くに薄日が差し始め・・。
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       高速を降りる所で見えたアーヴィオの城
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       城の手前から見えたのよりも、ずっと主塔が高いのが分かりますが、
       今回あの上にも上りましたぁ!




       村の通りでバスを降り、城まで運んでくれる小型バスに分乗、
       まさに城の入り口前まで運んでもらいましたが、
       傾斜の小路は恐ろしいほどで、慣れた運転手さんもゆるゆると。
       
       お城入り口から見下ろす、サッビオネータの村
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       雲間から射す光の筋
       一日雨の予報でしたので、こんな光でも嬉しい事!
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       見上げる上の城館と主塔の先
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       入り口脇の建物、見張りの塔
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       最初は盛んに吠えていたワン君、鼻先を柵から突き出し、
       その後は、庭に寝そべって・・。
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       南、ヴェローナ方面。 
       アディジェ河は谷を蛇行して下り、ヴェローナの街中に。
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       一瞬、輝く太陽の光に、まるで違った風景のよう
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       奥の険しい山の黄葉にも陽が射し
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       高速の停滞を恐れ早く出発し、早く着き過ぎた我々が
       ガイドさんが待つ間がありましたが、

       城の中には、こんなフレスコ画があれこれ残っていて
       これはもう、全然予期していなかったので感激!
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       という今回の予告編でした。




       午後訪問したベゼーノのお城の威容はこの通り!
       これは駐車場にあった写真ですが、
       左下から辿り、右の一番奥まで! 
       訪問の価値あり! でしたぁ。
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、途中経過と、詰めと ・ お城での昼食の騒ぎを を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****

       イタリア中部地震速報

       昨夜26日19時11分イタリア中部においてマグニチュード5,4の
       地震が起こりました。
       震源地はこの夏の8月24日の大地震が発生した地区よりも北、
       ノルチャ・Norciaカステルサンタンジェロ・Castelsantangelo sul Nera
       そしてヴィッソ・Visso の近く。
       その後21時18分に続いての地震があり、こちらの方が強い揺れで、
       各地に大きな被害が出ました。
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       が、この度の地震では怪我人が各地で出たものの、死者は無く、
       お年寄りが一人心臓発作を起こし亡くなりましたが、幸いでした。

       ちょうどかなりの大雨と霧で、雨がやみ始めた今朝になって
       各地の被害の様子が徐々に明らかになっています。


       震源地に近いカステルサンタンジェロの夜の写真
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       朝一番の日本からの友人の速報メールで知ったのは、
       プレーチからノルチャに行く途中のカンピ・Campiの古い教会
       サン・サルバトーレが崩壊したというニュース。
       
       何度か通った道で、ブログにも載せていた好きな教会でしたので、
       嘘であってくれ!と願いましたが、残念ながら・・!
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       プレーチ・Preciの近く、中世ノルチャの外科学校の発生地としても
       知られるサンテウティツィオ教会も、正面壁が落下。
       お昼のニュースで見たもっと明るい状態では、この写真よりもひどく、
       大きく落下しておりました。
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       ヴィッソは町の中央が立ち入り禁止になっていて、
       町の門の中の写真はまだ見つかりませんでしたが、
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       上空からのヘリコプターの映像によると、かなりあちこちの屋根が
       落ちているのが見えました。


       中心から少し外れた外なのか、この歴史的建物、壁の厚さが80cmも
       あるという建物が崩れた様子。
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       そしてこの一帯よりも北に位置するカメリーノ・Camerinoの町では
       教会の鐘楼が崩れ、脇の家も潰れましたが、幸いに死者はなしでした。
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       このカメリーノの町、そしてノルチャから南のウッシタ・Ussitaの町も
       かなりの建物崩壊がある様子で、
       ノルチャの教会サンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエでも
       崩壊があったと。
       
       夏の地震で壊滅的な崩壊があったアマトゥリーチェの町でも、
       残っていた建物の新たな崩壊があった様子。

       幸い死者はなくて済んだ今回の地震ですが、これから冬に向かい、
       崩壊は無くとも住めなくなった家が殆どのようで、
       被災地の皆さんには大変な冬になりそうで、お気の毒です。
       


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

  
   
       




by italiashiho2 | 2016-10-26 00:02 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(9)
2016年 10月 11日

   ・・・ エトルスク博物館 ヴォルテッラ ・・・

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       ヴォルテッラの有名な見所をあれこれご覧頂いて来ましたが、
       今回が最終回、この町の名を世界に広めている
       エトルスク博物館・Museo Etrusco Guarnacciのご案内を。
      
       博物館名の最後にあるGuarunacci・グアルナッチというのは、
       この博物館収蔵品の大きな、そして主要な部分を占める作品を
       寄贈したマーリオ・グアルナッチ氏(1701-1785)の名が冠されたもの。

       18世紀後半にこの博物館が出来たのですが、それまでは町の
       貴人著名人達の個人コレクションとして分散していたのだそう。
       1776年地下墳墓からたくさんの発掘があった際に市に寄贈され、
       それがこの博物館発足のきっかけになったと。
       
       とにかく物凄い数と質の高い収蔵品でして、
       到底すべてをご覧頂けず、ご説明もままなりませんが、
       shinkaiの目で見た好きな物、良いと思ったもの優先で、はは、
       あまり学術的では無いご案内ですが、ごゆっくりどうぞ。

       上の写真は、町の中心からヴィア・マッテオッティ・Via Matteotti
       を、そして右にヴィア・グラムシ・Via Gramusciを南に。
       左からの道が合流する位置のヴェンティ・セッテンブレ広場・
       Piazza XXSettembre.
       
       この辺りレストランもたくさんあり、




       目指す博物館は、そこからのドン・ミンツォーニ通り・Via Don Minzoni
       を少し先に行った所。
       町の地図は既に2度ほど載せておりますので、そちらで。
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       エトルスコ・Etruscoと言っておりますが、これはエトルリア人、国、
       形容詞にあたり、エトルリア文明・文化と同じ事で、  
       イタリアで馴染みの言葉ですので、これを使わせてもらいますね。

       エトルスコ文化が栄えたのは紀元前8世紀から1世紀ごろと言われ、
       とりわけイタリア中部に広がり、独特の言語文化を持ちますが、
       紀元前4世紀頃からローマ人が勢力を持つようになると、
       徐々に併合、吸収されていった民族です。

       この博物館の38室には、それぞれの時代、部門にわたる展示が
       ありますが、
       ここでは大まかに区切り纏め、ご覧頂くことに。
       専門家の皆様、ごめんなさい!

       まずは石棺類ですが、素晴らしい彫りのものを。

       船の到着を迎える女性の楽人たち、戦闘場面、狩猟かな、
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       これは上下が別々の物を一緒に展示しているらしい石棺
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       こちらはテラコッタのお棺
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       ご覧になって分かるよう、大きな石棺と、このテラコッタ製の
       小さなのがありますが、小さいのには火葬しての遺骨を入れたものと。
       エトルリア人達の間ではかなり火葬が多かった様子で、
       棺の上に横たわるのは、生前の人々の在りし日の姿を偲ぶ物。

       そして棺の他に骨壷や、小さな家の形をしたものとか、
       様々な埋葬の品があります。




       上の様に一人で横たわるのも多いのですが、ご夫婦で、というのもあり、
       この博物館の目玉の一つが、テラコッタ製のこれ!
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       棺の蓋部のお2人のみが残っていて、紀元前1世紀頃の作、
       大きさを探しましたが見つからず、
       見た記憶からだと、長さが1m位だったかな・・。
       


       仲良く寝椅子に寄り添い、妻の方はじっと夫の顔を見つめているのですがぁ・・、
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       こうして見ると、妻の凝視がちょっときつく見え、ははは、
       大阪弁で「アンさん、若い女を作ったら承知しまへんでぇ」とでも・・、
       ははは、失礼。

       所で夫の左手に持っているのは何かと思いましたら、
       これは角笛なんだそう!
       動物の強い力を借り、黄泉の世界に旅立つ為の魔よけなんだそうで、
       必ず男性の左手に持たれていると。




       背後から見るとこんな形
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       妻の頭に見える穴は、テラコッタを変形させる事なく焼く為に、
       中の厚みを調整しているのですが、それを掻き出すための穴と。

       夫が右手にも何か持っているのですが、これは何も指摘が無く、
       花の様にも見えませんか? とすると、可愛い夫ですねぇ!!




       所でちょっと脱線ですが、

       「夫婦像の寝棺」として有名なのが、ローマのヴィッラ・ジューリア博物館
       にある、同じくエトルスクのテラコッタのこれ!
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       これはラツィオ州の北の海辺に近いチェルベーテリ・Cerveteriで、
       19世紀に発掘された物で、高さは1,14m 長さは1,9m、

       アルカイック・スマイルと呼ばれる謎に満ちた微笑を浮かべ、
       あの世でもずっと一緒に寄り添う事を確信した笑みなんだそう。
       なんともエレガントな作品で、紀元前6世紀の作というのには驚くばかり!!




       背後からの姿、この髪型も良いですねぇ!
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       そして、この女性の手の優雅な事!!
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       足先ですが、夫は裸足で、妻は靴を履いていて、
       妻の靴の裏底の形が綺麗に揃っているでしょう?
       当時のテラコッタ職人の技術の高さと
       その美的センスの良さにも大いに驚かされた事でした。
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       ローマの街自体も殆ど知りませんが、
       この博物館はまだ行った事がなく、チャンスを待つ事に!




       さて、ヴォルテッラのエトルスコ博物館に戻りまして、

       今回あれこれ見ていて石棺の中にも、ご当地名産のアラバスター
       石膏雪花の石で造られたものと、他の石で造られたものとが
       あるのに気がつき見え、そうなんだ!と一人で納得のshinkai。
       
       この豊満美女はアラバスターの石の中で、今も微笑み続け・・
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       ですがね、これは美女ですし、周囲が緑色の枠内なので載せましたが、
       黒枠の中に、顔にだけライトが当っているのもあり、
       パッと見た時、ぎゃぉぇ~!と叫びそうな位で、本当に怖かった!!

       胸部が黒枠の向こうにあり、顔にだけライトが当っているのですよ、
       それも下からね、ご想像下さい!!
       ずっと昔に訪問した時に比べ、大変整備された今回の再訪だったですが、
       誰が設置方法を考えたのか、誠に良いご趣味で、はぁ・・。




       こちらは副葬品の、なんとも薄い金の花びらかな、の王冠
       お金持ちにしても、大変な愛情のこもった美しい高価な物ですねぇ!
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       金のイヤリング。  素敵ぃ!
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       博物館の床に移された、床モザイク。  
       渋い色合いの幾何学模様、素敵でしょう?!
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       ギリシャの影響が大きく感じられる壷絵
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       そして、取っ手のついた大皿。 シックですねぇ。
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       これは当博物館蔵ではなく、フィレンツェの考古学博物館所蔵ですが、
       発掘はヴォルテッラ、とあるので、ついでにご覧を。
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       多分、ワイン入れでしょうね。
       それにしても、形と文様の見事さ! 
       こんなのを実用していたのですね、エトルリアの民は!




       そして当博物館の一番有名な所蔵品と言っても良いか、
       「夕暮れの影・オンブラ・デッラ・セーラ」と名づけられた男性像。
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       フィレンツェの骨董市で1737年頃まで売られていたのを、
       紛れも無くヴォルテッラからの出土と、当博物館創設の
       グワルナッチ氏が1750年に買い取ったものだそう。

       ブロンズ製、高さは57cm、頭の高さは3,2cm、直径2cm、
       首の長さ1,5cm、肩から性器まで22cm、そこから足まで30,3cm、
       重さは1322グラム。




       紀元前3世紀始めの作と見られるそうですが、
       こうして見ると、髪もきちんとセットされているのが分かります。
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       この小像に「夕暮れの影」とロマンティックな名を与えたのは、
       ガブリエーレ・ダヌンツィオ・Gabriele D'Annunzio(1863-1938)
       詩人、作家、政治家、愛国者と幾つもの顔を持つ人。


       shinkaiはイタリアに来て後、彼の写真を見て
       即いかれたミーハーですが、ははは、
       彼はまたヴォルテッラを舞台にした映画「熊座の淡き星影」の
       原作者でもあり、他に良く知られているのは、やはり映画「イノセンス」で、
       どちらも監督はルキーノ・ヴィスコンティ・Luchino Visconti.
      

       彼の最後の住居、ヴィットリアーレについては
       

       フィレンツェのヴィッラ
       

       愛人だったエレオノーラ・ドゥーゼの博物館展示にも彼
       




       昔初めて博物館でこの小像を見た時のshinkaiの第一印象は、
       わっ、ジャコメッティだ!! と思ったのでしたが、

       アルベルト・ジャコメッティ・Alberto Giacometti(1901-1966)は
       スイスの彫刻家、画家で、このヴォルテッラの小像から
       強いインスピレーションを受けたであろう事が
       彼の作品をご覧頂くとすぐ分かります、これです。
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       下の写真は、1955年のアンリ・カルティエ・ブレッソンが撮った物と。




       という様子で、上の細長い小像はやはりちょっと特殊で、
       小さなブロンズ製の人物像や動物達の作品がたくさんあります。
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       ギリシャの影響を強く感じる頭部像
       美しいですねぇ!
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       ガラス製品。 
       練りこみガラスと言うのか、大変美しいもの!
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       小さな実用品の美しさ、楽しさ!
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       こちらは骨壷
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       ヴェネトの本土側、ちょうどヴェネツィアはトルチェッロ島の
       北に当りますが、アルティーノ・Altinoという村に
       国立の考古学博物館があり、ずっと昔に偶然寄って見た事があります。

       いまだヴェネツィアの歴史も、アクイレイアの遺跡の凄さも良く知らずでしたが、
       それでもその収蔵品の内容の凄さに驚いた記憶があります。
       少しだけ記述しておりますが、
       収蔵品のひとつに美しい青いガラスの骨壷がありました。
       こちらでどうぞ。
               
       アルティーノもその後の発掘が進んでいる様子ですので、
       来年にでも再訪問してみたいと思っています。




       これは灯火器と。
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       闘士の兜と頬宛。 兜には細かい浮き彫り。
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       日常用品の鍋釜類
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       これらは家具に取り付ける物でしょうか?
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       なにせ夥しい数の展示で、ここでは2枚のみに。




       美しいオレンジ色の指輪、メノウでしょうか?
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       金のブローチと、下は何でしょう?
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       真ん中はイヤリングで、右はピンの付いたブローチかな?
       緑色は何でしょう、ガラスかな?
       金の細工も細やかで、技術の高さが偲ばれます。
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       ざっとのご案内になりましたが、それでもたくさんの品々
       お疲れでしたしょう、 お付き合い有難うございました!!

       ヴォルテッラのご案内
       最後は近くの広場からの谷の眺めをどうぞ!
       城壁に囲まれているのも見えます。
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       トスカーナのフィレンツェ、またはピサ方面に行かれた時は、
       是非ヴォルテッラまで足を延ばして下さいね
       周囲の風景も他とは違い、荒々しく雄大で
       エトルスクの息吹が今も残る、素晴らしい博物館も是非どうぞ!!
       


       
     *****

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       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2016-10-11 00:03 | ・トスカーナ州 | Comments(2)
2016年 10月 06日

   ・・・ ヴォルテッラで食べた旨い物! ・・・

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       恒例の旅先での食べ物、旨い物編、今回はヴォルテッラを

       ヴォルテッラには2泊したのでしたが、
       2晩とも実は同じ店に出かけて食べたのでした。

       上の写真がその店「ドン・ベータ・Don Beta」の入り口で、
       これは店のサイトからの写真。
       店の写真を撮っておらず、名前を忘れ、グーグルのストリート・ヴューで、
       確かこの道を行った所だった筈と探して見つけ、ちょっと変わった名前
       だったと覚えていた店の名も分かったという訳。

       上の写真でご覧のように、入り口から3段程階段を上って、と
       記憶にあったのも確かだったのですが、




       こちらも店のサイトからの写真ですが、
       2晩とも同じ席に座り、ははは、これを見た時、
       テーブル・クロスはこんなだったっけ?と思いましたが、
       後ほどにその解答を、はい。
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       地図をどうぞ
       左下の「自由の為の殉教者たちの広場・Piazza Martiri della Libertà」が
       バス停留所で、その手前のカーヴに地下駐車場があり、一般車は広場まで。    
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       そこから真っ直ぐに見える位置にホテル・ナツィオナーレ・Hotel Nazionale
       ホテルの横の道ジャコモ・マッテオッティ通り・Via Giacomo Matteottiを行くと
       レストラン、ドン・ベータ・Don Betaがあり、
       その道をも少し先まで下ると、先回ご紹介したテアトロ・ロマーノに。




       さて写真を整理していて最初に出て来たこれ!
       旅を一緒したmkちゃんが食べたスープとは分かるのですが、
       この土鍋の液体の底に何があったのか思い出せず、ははは、
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       mkちゃんに、ヴォルテッラで何を食べたか、メモを取っている?
       とSOSメールを送り、これで良いかな?と戻ってきたのが、
       彼女が旅のスケッチと共に描いていた、食べた物のスケッチ。




       スケッチがこれ、Minestra fagioli・インゲン豆のスープ 7エウロ
       とあり、Far というのも見えますが、右下にfarroとあるので、
       正しくはインゲン豆とスペルト小麦のスープだったんだろうと推察、はい。
       そうなんです、こういう記録係がいると助かります、ははは。
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       こちらはshinkaiの茸のスープ、これは写真で分かりましたね。
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       ついでにテーブルの上と、mkちゃんのスケッチの様子を
       パンがこんなハトロン紙の袋を折り返したのに入って出て来る所が、
       最近は多くなりましたね。 ビールも見えます。
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       そして写真撮り忘れの、mkちゃんの食べたものは、
       鶏の猟師風・Pollo cacciatore 12エウロ
       覚えておりませんが、黒オリーヴも入っていたのかな?
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       上に花文字の Don Beta も見えます。

       


       とろけたチーズのかかったこれも、何だったのか思い出せず・・、ははは。
       赤ワインも飲んでいますね。
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       これもスケッチで判読、ラディッキオ(野菜)のグリル・Radicchio alla griglia
       8エウロ、赤ワインは地元産のテッラ・ディ・ヴォルテッラ、
       右の瓶はトスカーナのオリーヴ・オイル。
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       こちらは、2泊したホテル・ナツィオナーレ。
       店の向こう並びにはレストランも併設ですが、行かず。
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       親切な宿で、予約した時に上手く部屋が見つからずだったのが、
       返事が来て、お2人ならツイン・ベッドの部屋を用意できるし、
       その方がお安くなりますとの事で、一旦解約再予約が出来ましたし、
       部屋もトイレも広く明るく、また行く時はここにしようと。

       フロントにいつもいた中年後期のシニョーレは、
       我々がボンジョルノ!と言ってもにっこりするだけで一言も喋らずで、
       きっとイタリア語を知らんのじゃろ、と我ら2人、ははは。

       ホテルのサイトはこちら。




       ホテルの朝食。 
       ビュッフェ式で、果物、ハム、チーズもありでした。
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       日中はいつも夕方に合う時間を決めての自由行動ですが、
       この朝は一緒に塩田サリーナの町を見て帰った後、
       shinkaiはプリオーリ宮エトルスク門を見に行き、

       お昼はエトルスク門へ行く坂道途中の、小さな店の外で
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       カプレーゼ・サラダとビールを
       パンがありますし、今頃はこれでちょうど良い感じですね。
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       小さい小さいテーブルで、すぐ向こうは若いカップルなので、
       撮っていると思われぬよう気をつけて。 なにせ近すぎ・・!




       これは朝の写真ですが、レストラン、ドン・ベータのある
       ジャコモ・マッテオッティ通りで、ここを逆向きに下ります。
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       グーグルのストリート・ヴューではこう出ますが、
       この道をだらだらと下っていくと
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       左にテント張りの外の席の見えるのが、ドン・ベータ
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       ヴォルテッラにも勿論たくさん店がありますし、mkちゃんが寄った
       紙を買った店のシニョーラも教えてくれたのですが、
       かなり遠い場所になるので、結局、夕べの所に行こうか?と。
       つまりお高く無く、味も良く、雰囲気も悪くなかったのですね。




       店のお姉さんも覚えていてくれ、にっこりで、
       この夜出てきたのは、パンの代わりに焼き立て熱々のフォッカッチャ
       こういうのが良いですねぇ、美味しかった!
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       そしてこの日はワインを
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       野菜のグリルと、カポナータ(ラタトゥイユ)を一皿ずつ取って
       2人で半分こした様子。
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       そして太パスタ、上にチーズがかかっているのは分かりますが・・
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       ここでまたスケッチ登場、何を食べたかご説明いたしますと、はは、
       左上が、最初のフォッカッチャでしょうね。
       ワインがトスカーナはヴォルテッラのロッソ、0,5Lで6エウロ、
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       メニューは上から、カポナータ(ラタトゥイユ)5エウロ
       パスタは太い麺ピーチのCxxx, 多分チーズの名でこれが読めません、と胡椒。
       mkちゃんの鶏の猟師風、また食べているな、ははは。
       野菜のグリル 6エウロ




       デザートは、クレーマ・カタラーナ、プリンの上にざら目のお砂糖をかけ、
       焼いてあるもの。
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       スケッチで、クレーマ・カタラーナ 5エウロ
       サーヴィス料 4,49エウロ、2人で50エウロ位だったのでしょう。
       そして隣のテーブルのスケッチで、やはりサイトの写真と同じに、
       黄色いテーブル・クロスが2重にかかっていたのが証明されたのでしたぁ。
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       ドン・ベータのサイト

       今までの旨い物!編




       最後はmkちゃんのスケッチで、バス停留所の見晴台から見た
       ヴォルテッラの夕暮れを。
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       mkちゃん、スケッチをおおきにね!!
       お陰さまで、何を食べたのかメニュー名が分かりましたし、
       値段も書いてあったので、あれこれ懐かしく思い出しました。
       また次回にお願いする時は、
       スケッチの紙を真っ直ぐに伸ばし、ピントもしっかり合わせてね、ははは。



     *****

     ◆ ブログ開設のお知らせ ◆

       ルーカ・シニョレッリの大ファンで、年に何回もイタリアに来られ、
       あちこちの美術館、教会の絵をシラミ潰しに見て歩かれている
       シニョレッリさんが
       今迄の会員制のブログから、一般公開のブログに引越しをされました。

       イタリア芸術を楽しむ
       http://luca-signorelli.blog.jp/
       
       ご訪問され、なかなか他では知れない土地の情報や
       美術品の様々な詳細を、
       どうぞお楽しみ下さるよう、ご案内いたします
       
       
     *****

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by italiashiho2 | 2016-10-06 00:03 | ・旨いもの! | Comments(10)