イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2017年 06月 03日

   ・・・ サン・マルコ広場点描 ・ ヴェネツィア ・・・

皆さま、こんにちは!

お休みを頂いておりますが、実はブログを引っ越し中でして、
いえ、このブログはこのままで、

2017年の1月の記事から別のブログに引っ越しする事にし、
今慣れないブログで悪戦苦闘中で、
引っ越し済みの記事から削除して行きます。

新しいサイトはこちら、www.italiashiho.site
どうぞよろしくお願いいたします!!

*******



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       すでに今年も6月に突入いたしまして・・!  なんとも早い・・、ですが、
       体調に気を付けて頑張って参りましょう!


       今回は南ティロルから少し離れ、ヴェネツィアのサン・マルコ広場の様子、
       3週間前ほどに出かけて来た時の様子をご覧下さいね。

       
       トップはサン・マルコ聖堂の眺めですが、
       正面から見ると、漸くに殆ど修復の覆いが取れ、今残っているのは南側、
       ドゥカーレ宮殿寄りの上部と、奥の丸天井あたりの様子ですが、
       この部分は正面から覆いが見えずで、かなりすっきりとして来ています。

       そして、南側の壁部分には本当に美しい姿が現れていますので、
       それも後程ご覧いただきますね。





       所でサン・マルコ聖堂前に広がるサン・マルコ広場を囲む3方の
       政庁舎部分の壁が順繰りに洗われ、修復中でして、
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       現在は南側の真ん中がすっぽりと覆われており、
       はぁ、かの有名なカフェ・フロリアーン・Florianの部分なのです!

       「カフェ・フローリアン」ではなく、「フロリアーン」が正しいそうですので、
       皆さまもどうぞ「フロリアーン」とご記憶を。

       創業290年になるそうで、こんなYoutubeを見つけました。

       





       サン・マルコ広場の斜め向かいにあるカフェ・クワードリ・Quadriと交互に
       生演奏が奏でられ、旅情を盛り立ててくれますです。
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       で、ヴァイオリン奏者が指なしの手袋をはめているのが見えますか?
       この日は5月10日でしたが、最初の写真で、広場の人々の服装もダウンを着ているのが
       多く見られるように、この春はなかなか暖かくならなかったのでした。
       が漸くに、ここ2週間ほどは暖かく、日中の外は暑い日もあるようになって来ています。





       こちらはサン・マルコ広場の西側、コッレール博物館の入り口がある部分ですが、
       漸くに修復、洗いが済んで、白い柱が見えるように。
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       広場の北側、カフェ・フロリアーンの斜め向かいの、カフェ・クワードリ
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       ウェイターが注文の品を運んで行きます
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       ちょうど時計塔の2人のムーア人が鐘を突き始め
       ほら、左の若い方が持つ槌が少し浮いているのが見えるでしょう?!
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       こちらが平常見える、時報を打っていない時の槌の位置と、
       その下の聖マルコと、ヴェネツィア共和国のシンボルでもある、翼をもつライオン像
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       そしてその下に聖母子像と、左に時刻、右に分が出て、
       これで11時5分だという事が知れますね。
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       はい、聖母子像の上に、ヴェネツィア共和国シンボルのライオン君、という順序が
       如何にものヴェネツィア共和国の考え方だったのですね。

       時計塔内部のご案内はこちらに。





       そしてその下に、美しいブルーの時計盤、12星座付き24時間制があり、
       はい、確かに左の針が11時過ぎを指しておりますね。
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       という事で、500年の歴史を持つ時計塔
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       サン・マルコ聖堂の正面上部。 
       上部の馬の周囲の囲いも無くなりすっきりで、その分、テラスの観光客の姿がね。
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       聖堂正面入り口周辺。 ここも本当にすっきりと、石の色の違いも良く見える綺麗さ!
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       正面を南側に進んでいくと、本当に修復で見事に蘇った美しい壁、装飾が見られ、

       正面南端の柱頭飾りと、正面壁から付きだす雨樋の並び
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       えっ、こんな彫像あったっけ?と初めて気づくのも見え、
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       角の柱頭間の天井の黄金モザイク。 美しい!!
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       南側の修復済みの、白く、美しく洗われた壁。 
       わぁ~、本当に綺麗になったねぇ!!
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       上部はまだ覆われており、中からドリルの音がガガガガと響いてきますが、
       修復の方々、ご苦労様です!





      この人体を抱え込んだ鳥像も、今まで気が付かないほどでしたものねぇ!
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       曇り空も時に薄日が射す程に天候が回復してきた
       サン・マルコ小広場の眺め
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       今ドゥカーレ宮ではボッシュ展・Boschが開催中の様で、
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       上に見える美しいバルコニーに見える像、サン・マルコのライオン像の前に膝まづくのは
       77代のドージェ、アンドレア・グリッティ・Andrea Gritti (1455~1538)

       彼についての楽しいエピソードは、 





       小広場の先から見上げる鐘楼と、左はマルチャーナ図書館。
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       新しく公開中のコンタリーニ・デル・ボーヴォロ邸の階段上のテラスから見るよりも、
       やはり、大きく正面から見えた鐘楼上の大天使ガブリエル
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       小広場の海に向かって右側に立つ円柱の上の、最初のヴェネツィアの守護聖人
       サン・テオドーロ像・Teodoro.  
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       ワニ君の背中に乗っておられ、尻尾が付きだしているのにふっと笑いが湧き、





       では、こちら、サン・マルコのライオン君の尻尾と競争してみる?
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       でもね、このライオン君の目を剝いた顔の凄さにはちょっと勝てませんよね、ははは。
       後ろに、サン・テオドーロの顔も見えます。
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       やはりこの河岸に来ると、撮らずにおれないゴンドラ溜りですが、
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       今回は一番右端に係留したゴンドラから、杭を掴んで隣のゴンドラに近寄り、
       順に次のに渡りながら突堤にたどり着く、というゴンドリエーレの様子を、
       近所にたくさんいた学生たちと一緒に見守りまして・・、そうなんだ、と改めて納得!





       はぁ、対岸のサン・ジョルジョ・マッジョーレの聖堂も、撮らずにはおられませんねぇ。
       天候、時間により、いつも見えようが違うのですもの。
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       聖堂前に何か小さなテントと植木の並びが見えますが、何だろ?
       暫く渡っていませんが・・。





       ゴンドラが連なってやって来て
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       ドゥカーレ宮の南端の円柱の上下の像、下がアダムとエヴァ、上が裁きの女神。
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       ドゥカーレ宮1階部分の円柱は、全部で35本と思うのですが、
       その柱頭飾りは様々でして、中にはぐるっと物語風になっているのもあり、
       お時間がある方はぜひ楽しんで見て下さいね。





       南面の壁の中央にはバルコニーに続いて、一番上に裁きの女神像があり、
       この壁の内側に、マッジョール・コンシーリオの大広間・Sala del Maggior Consiglioが。
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       パラッツォ・ドゥカーレのご案内 1から4は
       http://italiashio.exblog.jp/14795419/  





       ドゥカーレ宮の東側、リオ・デル・パラッツォ・パラッツォ運河と
       東隣の監獄を結ぶ溜息橋。 漸くに陽が射し!
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       ふと見ると、ドゥカーレ宮のロッジャの下で、新婚さんが記念写真の撮影中
       花嫁さんがほっそりと素晴らしいスタイルで、高い踵のヒール!
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       はい、どうやらスロヴェニアかクロアチアからのカップルの様ですが、
       う~ん、花嫁さんは横から見るとまた一段のスタイルで・・!!





       溜息橋の見えるポンテ・デッラ・パーリア・Ponte della Paglia・パーリア橋
       から見るサンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂・Santa Maria della Salute.
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       先端のドガーナ・Doganaの上に見える、金の球を支える2人の青銅の男性像と、
       上にいるのは風向きを示す女性像フォルトゥーナ・Fortuna.
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       そろそろと引き返し、ドゥカーレ宮のカルタ門・Carta.
       現在はドゥカーレ宮見学の出口で、ここにも素晴らしい装飾がありますが、
       ライオンの前に膝まづくドージェは、65代のフランチェスコ・フォスカリ・Francesco Foscari.
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       カルタ門というので、carta・紙 から布告門の意味かと思っておりましたが、
       そうではなく、当時はこの傍に小卓を置いて、無筆の者のために書類や手紙を
       代筆していた事から付いた名前なんだそう、成る程ぉ。 

       ドージェ、フランチェスコ・フォスカリについては、こちらに。 ドゥカーレ宮のご案内の3。

       そして、その息子の悲劇は、こちらに。 ドゥカーレ宮のご案内4。
       




       で、カルタ門からは現在中に入れませんが、ちょっと近づきまして、
       あの階段を・・
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       はい、階段の蹴上げ部分に施された青銅の象嵌を
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       この階段はshinkaiにとっては一種のトラウマでして、ははは、
       ドゥカーレ宮見学に出向きしっかり見たつもりが、ブログのご案内を書いていて、
       ガイドブックでこの階段の象嵌を見逃していた事に気が付いた、という・・!

       その後見直した際の写真をどこかに載せていると思いますが、
       再度確かめずにはおれず・・、ははは。


       ヴェネツィアを初めて訪問した33年前!には、カルタ門が見学の入場門で、
       このスカーラ・デイ・ジガンティ・Scala dei Giganti・巨人の階段 も
       上れたのでしたが、今はダメという、今は昔のお話で、

       今回のヴェネツィア点描を終えます。

       ひと時を楽しんで頂けましたように!



     *****

       いつもブログご訪問、有難うございます!

       お陰様で毎日元気で過ごし、夏休みを楽しみにしておりましたが、
       最近ちょっと10年を超す自分のブログについても考えたりで、
       少しゆっくりの時間が欲しくなりました。

       それで夏休みを前倒しにして、暫くお休みを頂こうと思います。

       ですがブログは、自分が好きな事を好きなようにしておりますので、
       辞めるとか、そのような事は一切ありませんで、
       少しの間、ちょっと日程に縛られるブログをお休みしたいだけですので、
       どうぞよろしくお願いいたします!!

       また元気で戻って参りますので
       暫くの間、遊ばせてやって下さいませませ、へへ。

       皆さまもどうぞお元気で!!
       

       

     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、猫ちゃんの下描き と、 美しいトスカーナとローマの光景と音楽を を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    

         

     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       励まし応援クリックも、どうぞよろしくお願いいたしま~~す!!

        


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by italiashiho2 | 2017-06-03 23:39 | ・ヴェネツィア | Comments(19)
2017年 05月 19日

   ・・・ メラーノ行きで食べた旨いものと、 美味しくなかったもの ・・・

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       今週の月曜と火曜に1泊グループ旅行で、南ティロルのメラーノ・Merano と
       その手前にあるラーナ・ディ・ソット・Lana di Sotto
       メラーノから西への谷を辿り、カステッロ・コイラ・Castello Coira
       「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれているグロレンツァ・Glorenza 
       などを訪ねてきました。

       大変な好天に恵まれ、暑いほどの2日間で、
       初めてのメラーノの街も美しく、13世紀からの古い城も大変興味深く、
       最後の半日を過ごしたメラーノの街近郊の「シシーの庭園」にも満足!

       ですがこの一帯は「イタリア国」ではあるものの、ドイツ語とのバイリンガルで、
       それもバイリンガルとはいうものの圧倒的にドイツ語圏、
       オーストリア文化の元にある事を強く感じた2日間でした。

       大急ぎで、恒例の旨いもの編のみ纏めましたので見てやって下さいね。
       がタイトル通り、ええ、美味しくなかった物もあったのですぅ!

       
       上はメラーノに到着しバスを降り、お昼を食べるべく中心街に向かい
       橋を渡る手前から見た様子。

       今まで見てきた山々よりも高く、雪を頂いたのが背後に迫り、・・おお!!





       地図をどうぞ
       コネリアーノを朝6時に出発し、細い谷の隙間を抜けながらトレント・Trentoまで。
       ここから高速に乗りボルツァーノ・Bolzanoを経て、
       途中でラーナ・Lanaで古い教会の、中央ヨーロッパでは木製祭壇の一番大きいという、
       高さ14m以上、というのを見て、メラーノに。
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       午後に出かけたメラーノから西への地図は次の機会にご覧頂きますね。

       冬、クリスマス前に通った時の道の様子は





       橋を渡ってまっすぐ行った辺りが旧市街になりますが、
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       我らは橋を渡った岸辺の道を右に折れ、 この写真は西向き、
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       ここは長い散歩道になっており、傍らには店が並びますが、
       並木道の下はこんな風に花壇となっていて、様々な花が咲き乱れ、
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       次にバールやレストランなどのテントが並び
       左にちょっと切れていますが、我らはここのブルーノ・Brunoという店に。
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       こちらのグループ旅行では、朝食と夕食はホテルで代金込み、
       昼食は各自が好きな仲間と好きな所で、という放し飼いで、ははは、

       この日もいつもの仲間と一緒で、ジュリアーナとロレダーナは、
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       パスタ・ペンネのルーコラのソース、店のお手製なんですと。
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       ジェノヴェーゼのソースはバジリコで、見た目は似ていてもやはり味が違い、
       こちらの方がちょっとピリッとした感じとでも・・。
       はぁ、味見させてもらいました。





       ジュリアーナ・ミランと、レオナルダ、そしてエレオノーラは、
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       クヌーデル・パンをふやかしたものの中に肉などを混ぜて丸め、
       これは焼いたのかな、にバターがかかっているもの、美味しかったそう。
       これは北の国の料理ですから、やはり本場ものというのかも。
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       それにエレオノーラはポテトの唐揚げを頼み、ロレダーナとshinkaiも一皿を。
       結局とても平らげられずに、皆に助けてもらい・・、ポテトはいつも美味しい!
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       shinkaiは、アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ
       オリーヴ油がものすごくたっぷりで、パスタの量もドイツ的に多かったぁ! 
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       ストゥルーデルに生クリームをのせたのをデザートに、何人かが頼み、
       これも大きなスゥルーデルで、味見させて貰い、美味しかった!
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       アイスクリームとイチゴ、生クリーム。 これはエレオノーラとレオナルダだったかな。
       皆、量が多い!と言いつつ、ちゃんと綺麗に平らげ、ははは。
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       ウェイターのお兄ちゃん、イタリア人が3人か働いていて、それにシニョーラ。
       お勘定を一人ひとり払い、カメラを向けたらニヤッと笑ってくれ。
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       あっちこっちにピーシングしているのが見えますか?
       スカーフを巻く様なお天気ではなかったので、shinkaiの推察では、
       首のあたりにちょっと凄い刺青があるのではないかな、と、へへへ。

       ここでの支払いは、shinkaiがビールの中と、スパゲッティ・アーリオ・オーリオと
       ポテトの唐揚げ、そしてオルゾとで18エウロ位だったと。

       次回またオーストリアとかドイツ圏に行くチャンスがあったら、
       やはり迷わずに店名がイタリア名になっている所に行こうと、
       今回学んだ事の一つで~す。(夕食の部分をお読みになると分かりますです)





       午後は2か所、それもバスで1時間ほどの所を見学し、
       宿に戻ったのが8時前で、即、手だけ洗って夕食。

       陽が長いので、食堂の窓から見える高山の頭だけ、まだ陽が当たり・・
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       これは翌朝に撮ったホテルの写真で、創業が120年とか言ったかな、
       ですから建て直ししたのでしょう、内部も部屋も綺麗で新しかったです。
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       メラーノはホテルが満杯で団体は無理で、メラーノから西に30分弱の
       ナトゥールノ・Naturnoという小さな町でした。
       町の名はイタリア語ですが、朝食前に散歩がてらカメラをもって歩きましたら、
       出会う人や通学の子供たちが掛けてくれる挨拶が皆ドイツ語!で・・。





       で、ここの夕食が、上のタイトル通り、美味しくなかったのですよねぇ!!ははは。

       肉食人達に出たのは、まずラザーニャ
       前に座っていたジャンナに「美味しい?」と聞くと、「マ、・・インソンマ・まぁね」
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       そして、肉の焼いたのと、ジャガイモとトマトのグリル
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       これは何の肉? 豚肉だろうね、という言葉があちこちで交わされ、ははは、
       2切れ全部食べた人はわずかで、量は多いけれども美味しくなかったのでしょう。





       そしてベジェタリアンには、ペンネのトマト・ソース
       このトマト・ソースが全く、缶詰を開けてそのまま上からかけたのか、というお味でして、
       缶詰トマトが悪いというのでなく、ちっとも手をかけていない感じの味なんすよぉ。
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       そしてそして、大きなお皿に茹で野菜と、チーズ
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       この茹で野菜がです、まったくお湯の中に放り込んだだけ、みたいに、
       味もそっけもない味でして、はぁ。

       どうやったら美味しく食べれられるか、という事を一つも考えていない味ね、
       と言ったら、ジュリアーナが、まったく!と同意を。

       オリーヴ・オイルをかけ、塩胡椒して半分ほど食べましたが、う~~ん、もう!
       本当の生野菜を茹でたのなら、も少し野菜本来の味もあるでしょうにねぇ。


       そして一番皆が驚いたのは、飲み物、単にビールやワインだけでなく、
       水までも注文することで、

       水1Lが4,4エウロ、shinkaiが頼んだビールの小は4エウロでしたぁ!

       今までイタリア圏で、・・はい、ここもイタリアではあるのですが、
       グループ旅行ではワインは頼まずとも最初からテーブルに、カラフか壜で白、赤共に出ており、
       不足だと黙っていても追加してくれ、水代も勿論払った事なし!

       そういえばと思いだしたインスブルックの宿は、水は出ていましたが、
       ワインは注文でしたっけ。

       イタリアが良い!!とshinkaiが言うと、皆が笑いながら同意したのは勿論でしたねぇ、ははは。





       デザートはパンナコッタ、の小さいやつ、ははは。
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       これで部屋が狭かったり古かったりだと、もひとつ文句が出たでしょうが、
       有難い事に部屋は広く綺麗で、ベッドも大きく、
       毛布ではなく、インスブルックのホテルの様に、夏蒲団ほどの厚さのダウン1枚。
       そして、ヴィデが無かった!       
       やはり文化圏の違いを感じましたです。

       インスブルックのホテルの食事、部屋事情など





       翌朝6時に目覚ましで目が覚め、ベランダから見ると、
       ちょうど朝日が山に射している所で、月も
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       顔を洗い、朝食前にカメラをもって散歩がてらに出かけます。

       我らのホテルの斜め前に、こんな古いタイプのホテルがあり、
       こんなだと、泊まってみるのも興味深いでしょうに・・。
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       1時間近く近所を歩きましたが、普通の田舎町とはいえ、
       やはりいつもとは古さの感じ、町並みの様子も違い興味深かったので、
       また次回にでもご案内いたしますね。

       宿に戻ってくると、もう朝食の時間が始まっていて、各自てんでに。
       で、shinkaiのはこれ
       たくさんハムやソーセージ類が並んでおりましたが・・。
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       9時出発で、少し早めにバスに乗り込み、あれこれ喋っている時に、
       2席前のレオナルダが振り返った顔を見て大笑い!!
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       きゃはは、6つ目だぁ!というと、前の席のエレオノーラが、オット!・8つ!と訂正。
       なぜかというと、彼女はコンタクトをはめているんですと、ははは。

       今回は参加者がいつもよりも少なめで38人だったそうで、
       お陰でとてもゆっくり感があり、いつもこうだと良いね、と、ははは。

       38名だと、バスはゆっくりですが、それでも見学するには多く、
       最高35名くらい、出来たら20名だとね、と後ろの席で言いたい放題!





       メラーノの街に到着、3時間以上をガイドさんと共に周り、

       その後バスで郊外の「シシーの庭園」、オーストリア帝国の最後の皇帝妃
       エリザベス(シシー)のお気に入りだった、7か月間ほども住んでいた城もある、
       庭園に到着、午後の5時まで解散。
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       道を挟んでこちら側に入口、駐車場があり、
       ここから高架橋を渡り、大庭園に。





       レストランと、バール・スナックがあり、我らはちょうど中央に見える白い屋根の
       バール・スナックでお昼を。
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       ブルスケッタを何人か。 トマトにバルサミコ酢がかかっているとジュリアーナが。
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       ジュリアーナ・ミランは、アスパラとスペックのニョッキ
       隣に座っていたshinkaiにスペックの匂いが届くほどで、美味しかったと!
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       shinkaiは、モッツァレッラのカプレーゼとビールの小を。
       暑い日には、こんなのが美味しい!
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       何人かが頼んだジェラートと果物の盛り合わせ
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       この後山肌に沿って広がる大庭園を、上まで上ったり下ったり歩き回り
       しっかり大晴天と種々数々の花の盛りを、香りを楽しみ、
       まだ明るい8時半前に我が町コネリアーノに戻ってきたのでした。





       いやぁ、メラーノのあの抜けるような青空の下
       木陰のテントの下で食べたお昼は、きっと、ずっと忘れないでしょうね!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、マントヴァ 描き始めと、 メラーノ・南ティロルへの道 その1 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    




     *****        
       
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by italiashiho2 | 2017-05-19 23:31 | ・旨いもの!Buono! | Comments(4)
2017年 05月 14日

   ・・・ ヴェネツィアの新名所 ・ コンタリーニ・デル・ボーヴォロ の階段 ・・・

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       先週水曜午後にヴェネツィア・メストレに出かける用があり、
       天気予報を見ると朝は曇り、午後から晴れると。
       用が済んだら即家に戻りたい、朝8時前だとまだ駅裏の駐車場が空いている、
       などなど条件をあれこれ考えつつ、
       なにかヴェネツィアで展覧会の良いのがあったら出かけよう!

       と考え見たサイトはこちらで、  http://www.veneziatoday.it/eventi/
       されているというのです!!

       ならば少し曇り空でも朝一番に出かけ、10時からの開館で上って見て、
       ついでにサン・マルコ広場の様子も見て、とたちまち計画完了。

       翌朝は7時半の電車に乗り、8時半にはすでにヴェネツィア歩き開始で、
       ちょうど9時55分にコンタリーニ・デル・ボーヴォロの前に。


       そうです、コンタリーニ邸の名前はご存じなくとも、上の写真をご覧になると
       ああ、あれ、とご存知の方はたくさんおられると思いますが、はい、あれ。





       コンタリーニ・デル・ボーヴォロ邸はどこにあるか、地図をどうぞ
       リアルト橋から西に、運河で切れる手前の小路を南に入っていくと、
       カンポ・マニン・Campo Maninの広場に出ますから、
       広場の南側真ん中あたりの小路を入っていき、突き当りを左に、
       そして案内が見える小路を右に。 分かりやすいと思います。
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       地図には、リアルト橋南、元のドイツ商館の上階のテラスから見晴らしも出来る場所と、
       今回のコンタリーニ・デル・ボーヴォロの場所、
       そしてサン・マルコ聖堂の位置と、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂にも印を。

       コンタリーニ・デル・ボーヴォロからサン・マルコ聖堂の位置は、
       正面側を北西から見る、というのにご留意を。





       こちらがカンポ・マニンで、私の居る位置の左に、南に入る小路があり、
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       もう一つの小路を入り込んできた所が、ここ。
       右側に邸宅があり、左に建物の各階を連絡するエレガントならせん階段があり、
       コンタリーニ・デル・ボーヴォロのボーヴォロ・bovoloはカタツムリ、らせんの意。
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       以前来た時は無かった看板が出ており、
         ヴェネツィアの隠れた宝石 コンタリーニ・デル・ボーヴォロの階段
         開館は、毎日10時から13時30分  14時から18時
         入場料は私めシニアで、確か6エウロだったと。
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       暫く前に修復が済んでいたのが、漸くに今年の1月末から公開されているそうで、
       現在サイトには、今年2017年12月31日まで公開、との事。





       柵が開かれ、入り口に。 切符売り場は右に入った所の事務所に。
       この日はshinkaiがトップで、ははは。 
       同じ時間帯には10名足らずで、写真には珍しく!誰も写っていませんです。
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       さて、勇んで階段を上り始め!
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       くるくると回りながら上ります
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       天井部は、上の階段の裏側という訳で、こんな様子。
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       3階辺りで見えた、サン・マルコの鐘楼!  おお、見えたぁ!!
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       階は5階までで、4階から見上げる天井部は丸く木組みが見え、
       真ん中に1874.REST. この年に修復された、という意味かな?
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       はい、この木組は1874年のものだそうなので、その前は無かったのかも・・。
       

       コンタリーニ家・Contarini家というのは、ヴェネツィア貴族の中でも古く著名な家柄で、
       最初の記録に残る家系の最初は853年と言い、
       千年を超す歴史の中、全部で120代のヴェネツィアのドージェに8名が選出されており、

       様々な分枝がある中で、ここのコンタリーニ家は少なくとも13世紀に名の出てくる
       サン・パテルニアン・San Paternianの家系だそうで、
       
       15世紀の末、ピエトロ・コンタリーニがこの14~15世紀からあった住居に、
       この特徴的な外階段とロッジャを付けたことにより、

       コンタリーニ・デル・ボーヴォロ・カタツムリのコンタリーニ、という呼び名が付いたのだそう!





       4階から5階には、この狭い直線階段を上り、
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       現在のこの階段は19世紀に、という事は4階の、展望台の下の木組みと
       同時の改装だったのかも。





       表側の細い開けた通路を通り
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       先っちょの開けた展望台部分に!
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       サン・マルコの鐘楼も、このように!
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       展望台の真ん中に展示のもの、パッと見に、ドージェ・ヴェネツィア総督 の帽子?
       と思って近寄りましたら、
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       なんと、絵付けされた便器でありましたぁ! ははは。
       ちょうど今、3階の本館の方で、何とか言う方の、ははは、コラージュと絵の展示会があり、
       どうやらその人の作品らしいと見当をつけましたが、・・こういうのもアート?!
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       さて、展望台からの眺めを!
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       と言いつつ、これは通路からですが、下の広場と内庭、入り口辺り
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       近くの古い家並、屋根の色も壁も趣あるのが見え
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       手前の屋根上に3つの明り取りのある教会は、サン・サルヴァトール・San Salvator.
       その右奥にちょっと正面と丸いドゥオモが見えるのが、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ
       一番右端、中華鍋で少し隠れているのが、サンタ・マリーア・フォルモーザの鐘楼。
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       お天気が良いと、こちらからは奥にヴェネト平野の奥から
       フリウリに広がる高山の山並みも見えると。




       今改めて比べてみると、サン・マルコの鐘楼、聖堂なども建物の屋根越しに見える高さは
       ほぼ同じ様子ですが、
       こちらは大運河の眺めが見えない代わりに、サン・マルコにぐんと近くなり、

       聖堂、鐘楼の眺めがこんな様子
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       鐘楼を、グングングンとアップしますと
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       ほらね、展望台に上っている人々も
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       塔の頂上、百合の花を持つ大天使ガブリエレも
       この像は風見になっていて、クルクルと回ります。       
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       漸くに、少し薄日が射してきて、

       聖堂の正面、入口の一番上のサン・マルコ像、その下のライオンも見え、
       左には、時計塔の上のムーア人2人も!
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       そして、鐘楼の右横には(左横にも)、ドゥカーレ宮の壁まで見え! 
       南側の壁真ん中の、裁きの女神像も!! 
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       パラッツォ・ドゥカーレ宮のご案内 1~4
       http://italiashio.exblog.jp/14795419/  





       少し離れて、写真の中では右に、
       サン・マルコの運河越しの、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の鐘楼の上も!
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       展望台にも陽が射し、お日様に当たると本当に暖かく!
       でも雲が多く、またすぐ隠れたりで・・。
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       南には、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂の大クーポラ!
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       西には、サント・ステーファノ教会の傾いた鐘楼!
       う~ん、だいぶ傾いていますねぇ・・。
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       鐘楼が傾くのは何も「ピサの斜塔」のみではありませんで、
       この近くではブラーノ島の教会鐘楼もかなり傾いていますし、
       ・・我が隣村のオリアーノの鐘楼も少しね。

       こちらにサント・ステーファノ教会、鐘楼について
       




       ああ、もうちょっと早く陽が射してくれたら良かったのになぁ、と思いつつ下り、
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       ヴェネツィア共和国の旗を出しているお家の窓を眺め、
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       3階まで下ったところで、奥の本館側の扉が開いており、覗くと、
       展示会場になっていて、 展示は見たものの、はぁ、私のタイプではありませんで、ははは、

       これは壁にあった古いフレスコ画
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       細長い部屋の奥の壁、これはドゥカーレ宮のマッジョール・コンシーリオ大広間にある
       ティントレット作の大壁画「天国」 世界一大きな油彩壁画22mx7,5m 1558~1592年
       の、下絵なんだそう。
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       下の写真は少し明るめにしましたが、とにかく彼の絵は余りにも暗くて、ゴテゴテで、
       いくら素晴らしい絵であると聞いても読んでも、注意して見た事がありませんで・・、失礼をば。





       ここで漸くに、階段の塔と、こちら本館とを繋ぐ構造にも目が行き、はは、
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       ちょうど説明文の掲示もあったのを写して置き、読みましたら、

       階段構造の真ん中を一直線に通る石は、イーストゥリア・Istria、スロヴェニアの石で、
       26mの1本の石なんだそうで、
       これに階段の踏み石というのか、階段がはめ込まれ、鉛で固定されているのだそう。
       へへ、周囲の景色にのみ気が取られ、所々で、うん、鋲で留めている、とは思ったのですが・・。

       4階部分で天井の木組みの写真の右側に見えるのが、円柱の一番上部で、
       ここでは飾りが施され、細くなっておりました。





       そしてここにのみ残っていたフレスコ画なのですが、
       どうやら最初は階段内部にも外側にも、全部フレスコ画の装飾があったと!
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       だとすると、それは大変に人目を惹いたでしょうし、評判をとり、
       庶民の話のタネにもなり、即、あのカタツムリ階段のコンタリーニ、となったのでしょう!





       という事で、前庭に置かれている井桁のコレクションと、
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       私の好きな細かい柄の井桁と、あの入り口の細い小路の女性を撮った写真を
       どこかに載せたはず、とあれこれ探し回り、ははは、やっと見つけました。
       お暇な方、どうぞ!





       こちらが階段部分の一番下、1階部分
       階段の中心の円柱は、下の白い石の上から始まっているのが見えます。
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       という事で、ヴェネツィアの新名所、
       コンタリーニ・デル・ボーヴォロのカタツムリ階段のご案内でした
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       開館は今年1年間という事ですので、
       今年ヴェネツィアにお出かけの方、高上りがお好きの方、はは、是非どうぞ!

       リアルト橋横の元ドイツ商館のテラスは無料ですが、
       こちらはも少し近くからサン・マルコ聖堂や、デッラ・サルーテが見えますで~す。

       



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログは、今回はパスさせてやって下さ~い。
          新しいのを描き出しているのですが、やっとペンでの下描きが済んだ所でして・・。
          次回には見て頂けるよう、頑張りま~~す!
          




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by italiashiho2 | 2017-05-14 22:51 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(4)
2017年 05月 04日

   ・・・ トゥレヴィーゾ行き ・ 日本展と、パラッツォ・デイ・トゥレチェント ・・・

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       5月1日メーデーの日、日本のゴールデン・ウィークに比べるとささやかですが、
       ははは、こちらは30日日曜に続いての連休となり、
       仲間とトゥレヴィーゾに出かけてきました。

       トゥレヴィーゾには3月に印象派絵画展を見に出かけたばかりですが、
       「花咲く日本展」というのが開かれていて、浮世絵が見れるらしいから行こう、
       という仲間のお誘いで。

       浮世絵もかなりの数の展示で、着物や帯、履物の展示もあり、
       その都度の仲間の質問に答える形で、皆満足の展覧会見学で、
       shinkaiも一応の責任を果たせて、ほっと。

       がそれよりも今回は、展覧会の後偶然に開いているのを初めてみた、はい、本当に!
       街の中心ピアッツァ・デイ・シニョーリにあるパラッツォ・デイ・トゥレチェントの扉、
       そして内部も初めて見ることが出来ましたので、その様子をご案内いたしますね。

       
       上は、中心街の細い小路を彩る三色旗





       先回のトゥレヴィーゾ行きは曇り空で残念だったのですが、

       今回は駅前から少し行って出会うシーレ河・Sile
        -先日はオアジ・チェルヴァーラで見て頂いたシーレ河が街中を流れます、
       にも綺麗に映りこむ風景。
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       朝まだ9時頃の到着でしたので、朝日が斜めに射し込み
       人通りが殆どない道を中心に向かい、
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       途中の広場で出会う銅像のこの方は、マリーオ・デル・モナコ・Mario del Monaco.
       (1519-1982) 「アイーダ」のラダメスの衣装でしょう。
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       若い方はともかく、オペラ好きな方ならご存知ですよね?!
       輝かしく重くドラマチックな素晴らしい声量の持ち主で、容姿も素晴らしく
       戦後のイタリア50年代60年代を代表するテノール歌手でした。

       彼は晩年をトゥレヴィーゾの北、ヴィッロルバ・Villorbaの彼の別荘で過ごしており、
       亡くなったのはメストレですので、その関係で彼の像がここに、と。

       生まれはガエータとか、フィレンツェとかいろいろ説があるのですが、
       ヴィッロルバというのもあり、晩年住んでいた事から考えると、
       両親がここの生まれで、住んでおられたのではないかと・・。

       第3回目のイタリア・オペラ日本公演1961年で来日し、
       その時に聞いた「道化師」の彼の声は素晴らしく、驚き、
       またプッチーニの「西部の娘」などshinkaiにとってはまさにオペラの洗礼でしたし、
       ・・「西部の娘」は後に見て、別の感想を持ちましたが、
       まぁ、当時は純真な高校生でして、ははは。
        
       こちらに来て後、サン・レモ音楽祭で彼が歌った「こんなにも大きな愛・Un amore così grande
       もTVで見て感激したことをよく覚えております。

       Youtubeで見つけましたので、どうぞ





       街の中心、印象派絵画展を見たサンタ・カテリーナ博物館へ行くよりも
       少し手前で左に曲がり
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       斜めに入り込むと、右手の奥に見えるのが今回の展覧会場
       カ・デイ・カッラレージ・Ca' dei Carraresi.
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       カ・デイ・カッラレージというのは、カッラーラ家の家という意味で、
       パドヴァの領主であったカッラーラ家がトゥレヴィーゾを領有した1384~88年代にも
       関係しているのでしょうが、

       博物館のサイトによると、それ以前の1354年当時の記録によると、
       ここは街中でもかなり有名なオステリーア・アッラ・クローチェ・Osteria alla Croce
       という食堂、宿であったそうで、

       北からの旅人や商人、ドイツやオーストリア、そしてフリウリを通ってハンガリアからの
       旅人がここで食べ休みしていたのだそうで、
       初代からの持ち主が変わって後の1396年まで大変繁盛していたのだそう。

       カッラーラ家の紋章、4つの輪が繋がった荷車を上から見た様子、は
       正面の壁にあったのが、上から塗られて消された形になっていたそうですが、
       内部に残るフレスコ画には、いくらか面影をしのべるものがあるそうで、

       という事で、ここは一時カッラーラ家の私的な住居でもあった様子。





       隣の、今はカフェになっている建物、これは元々教会ではなかったと言う様な・・。
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       これは美術館北側の運河沿いの眺め。 
       右に切れて見えるポスターは今ちょうどフランシス・ベーコン展もしており、     
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       この日は5月1日の祭日、月曜にあたり、月曜休館か特別開館か、
       はたまた9時開館か、それとも10時か、
       どのサイトを見ても皆好き勝手なことを書いており、イタリア式、はい、
       電話をして開館は確実、と確かめて出かけたのでしたが、

       9時頃に到着したものの、やはり10時開館で、
       運河沿いのカフェで時間を稼ぐ間に、
       お天気が良く、新緑が見事だったので、shinkaiはちょっと近所を。

       すぐそばの水車はゆっくりと回っており
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       運河にしだれる柳の新緑、朝の陽に浮き出る橋
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       という事で展覧会はゆっくりしっかり楽しみまして、

       北斎の「波越しの富士」は再び、「下界は雨、稲妻光る富士」は今回初めて、
       先回もいくつか見た広重の東海道の宿場の何枚か、
       
       ですが、今回の出品作の方が格段に作品の保存が良く、
       浮世絵の摺師の手腕も良く分かり、感嘆しましたし、

       日本語が何とか読めるshinkaiは、ははは、描き込んである場所や名所の説明も出来、
       仲間たちも大いに楽しんだ様子で良かったです。


       
       という事で、どこかで軽いお昼にしよう前に行ったあそこは?という事で、

       古い建物の見える細い小路を抜け
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       パラッツォ・デイ・トゥレチェントの北側に出てきて、       
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       手前の家並の並びを入った所の小さなオステリーアで、あれこれお任せのパニーノを
       お昼の様子は、絵のブログの方に。





       さて、このパラッツォ・デイ・トゥレチェント・13世紀の館ですが、
       街の中心ピアッツァ・デイ・シニョーリに位置し、右に見えるのがそれで、
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       これが東側からの眺めと、上の広間への階段
       ご覧の様に、壁に筋が見え、煉瓦の色も違う事にご留意を。
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       お昼を済ませ、どこかでカフェを、と裏側の広場に出てきましたら、
       階段上の扉が開いているのが見え
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       あっ、あ、開いているよ! というと、行っておいで、とエレオノーラが言うので、
       まだ出てこない仲間を残し先に階段を上りまして、ははは、
       まぁ、後からは仲間が全部上ってきましたが・・。

       何せ、来伊以来26年めにして、初めて扉が開いているのを見たのです!!
       こんなチャンスを逃す手はありませんよね?! もちろん!





       入口から見た様子
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       正面部。  ここは市議会場でもありますので、北側半分がその会場に、
       そしてこの部分にフレスコ画がしっかり残っております。
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       こちらが東側、階段からの入り口
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       中央には、大きな書見台
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       ちょうど南半分の真ん中で、こんな作品の展覧会が開催中で
       5月1日の祭日だったので、ここも開いていたという事で、幸運でした!
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       壁にこのようなパネルが3枚あり、このパラッツォの歴史変遷を説明しておりましたが、
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       肝心の真ん中の写真が、なんとPCの不手際で開けなくなり・・! くそめぇ。
       まぁ、資料は他にも見つけましたので、何とか大丈夫。





       最初の東側からの写真で見えた、建物の傷の線ですが、

       こちらがウィキから拝借の、1944年4月7日の爆撃でやられたパラッツォの様子
       はい、ちょうど屋根からズドンとやられたそう。
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       ここは12世紀の終わりに建設され初め、様々な組織の集会所であり、
       近くに監獄も備えたのが完成したのが1268年。

       市民の政治行政の中心であったこの建物の周囲にはたくさんの店も集まり、
       1546年には建物の下、ロッジャの部分だけでも44軒の店があり、
       これらは5年毎に市から賃貸の形で、どんどん増えていったのだそう。

       確かにトゥレヴィーゾの街は12~13世紀に大変な繁栄を遂げたのだそうで、
       13世紀にはグエルフィ(教皇派)とギベッリーニ(皇帝派)の争いもあり、
       近隣領主エッツェリーニ、コッラルト、ダ・カミーノ、スカリージェリ、の領有もありましたが、

       1339年に自らヴェネツィア共和国の元に下り
       その後一時的にオーストリア、そしてダ・カッラーラの下にあったものの、
      
       1388年以降は1797年まで400年間の平和と繁栄を享受、という街。

       現在も地元経済が大変に元気なのを感じる街の空気です。


       
       で、このパラッツォは16世紀半ばに改装された様子ですが、
       19世紀から20世紀にかけ大きな改修が行われ、

       現在見る東側の大階段も、最初は建物西にあったのが東に移され、
       それも両側から連絡していたのが北側からだけに減らされ、
       建物の西側に残っていた急傾斜の階段も取り外され、
       今見る形に近い形だったそう。

       で爆撃の後、全部を建て直さなければいけないかと心配されたのが、
       なんとか修復できるという見極めで、修復不全の壁は取り壊し、
       幸運にも以前の古い北側部分が残っているのだそう。

       ただ現在見る南と北面の尖がった形は、この時に決められたもので、
       周囲のレース飾り、煉瓦の小さな一連の尖がりも、この時のものと。





       という事で、フレスコ画の様子をどうぞ

       ぐるっと周囲を囲む紋章と、その下の名、年は、14~15世紀にかけての
       ポデスタ・執政長官の名と家紋で、
       一番上の部分にも、様々な物語の主題が描かれているのが見えます。
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       北正面のフレスコ画装飾、まず左脇から
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       正面左
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       正面中央、聖母子の脇にいるのは、左にサン・ピエトロ、
       右の旗を持ったのがサン・リベラーレと。
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       聖母の顔が、ねぇ、残念・・。





       正面右側。  
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       フレスコ画は16世紀後半のものとみられ、
       左側共に円柱の間に描かれた4女性は4つの主要な徳を表しており、
       知恵、勇気、節度、正義なんですって。  ご存知でした?  

       騙し絵的な影が背後に付けられており、くっきり浮き出す形。





       右の壁にあった、これは楽しいラクダの絵!
       壁画を描いた画家の内に、見た者はいなかったのでしょうね、ははは。
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       議会場側から見た南側
       周囲に大きな3連窓がずらっと並んでいるので、大広間も明るい空間。
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       壁と屋根の高さ
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       この広間、議会場と展示場は、
       今年2017年1月から土曜、日曜の14時半から18時まで公開されていて、
       入場料は、通常5エウロ、割引3エウロ、18歳未満とトゥレヴィーゾ市民は無料と。

       我らは祭日、労働者の日に当たり、無料でしたぁ!

       ちょっと及びませんが、
       今年からの公開で、やはりかなりの大広間ですので、
       トゥレヴィーゾに行かれ、お時間が合う方はどうぞご訪問を!





       広間を出て来ての階段の上からの眺め、かなりの高さで、
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       下の広場の女性像が、こんな風に見えます。
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       shinkaiはずっとこの像を、どこかから吹き込まれたまま、へへへ、
       「イタリア像」と思い込んでおりましたが、
      
       今回これは独立広場・ピアッツァ・インディペンデンテにある、
       正式名は「独立の記念塔」なんだそうで! ご容赦を。

       1866年のオーストリアからの独立で戦い亡くなった、
       トゥレヴィーゾの愛国者達に捧げられたものだそうで、
       アスブルグ家の支配の鎖を踏みつけ、右手に槍を、左手に月桂樹の冠を持ち、
       像の高さは槍の先まで3,83mで、全体で7,13mの高さ。
       
       説明にはご丁寧に、イタリア像とよく間違えられるが・・、とありましたぁ。
       へへ、それは私で~す。
       




       階段を下りてきた所で、綺麗な真っ白のワン君と出会い、
       撮らせてもらったのですが、肝心のワンは横向きで、ははは。
       でもこの若者、可愛いでしょう?!
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       シニョーリア広場を囲む商店街
       ここも古い街並みによくある、中世の細高く、奥に長い建物群。
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       駅に向かって歩きながら見つけた、可愛いカフェのモカ
       可愛い新作が出たようで・・!!
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       左のアルピーノのも可愛いですが、緑と赤のはお土産にも良さそうですねぇ!





       ショウ・ウインドウはすでに夏!
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       途中のカフェ・テラスで、一休み
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       こちらは今回トップで見て頂いたシーレ河の、橋の反対側
       白く見えるのは汚れではなく、花びらで~す。
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       駅正面を来た所にある小広場、新緑がとても鮮やか!
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       下の写真の左、彫刻のある後ろがコンティネンタル・ホテル。



       爽やかな日の、楽しく思いがけない事のあったトゥレヴィーゾ行きでした





     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、カステルムーツィオ そろそろと、 トゥレヴィーゾ行きのお昼ご飯 を
       アップしています。    
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by italiashiho2 | 2017-05-04 22:39 | ・ヴェネト Veneto | Comments(2)
2017年 04月 29日

   ・・・ ブレンタ川沿いの、ヴィッラ・ヴェネタ  ほんの少し ・・・

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       先日ヴェネトのブレンタ川・Brenta沿いの写真の欲しいのを思い出し、
       探していて、そういえばこれはまだご案内していなかったっけ、という事で、はい。

       ブレンタ川というのは、アルトアディジェ州のトレント辺りから流れ下り、
       バッサーノ・デル・グラッパからヴェネト州に、
       このヴェネトの平野を流れる頃にはゆっくりと、そしてヴェネツィア湾に注ぎます。

       かってはヴェネツィアからパドヴァ間の連絡船が通っていたというのですが、
       現在は観光客用の船が夏の間運行しており、

       というのも、平野の眺めも美しいのですが、その中に点在する
       ヴェネツィア貴族の館・別荘が色を添え、長閑で大変美しい趣なのです。

       
       今回ご覧頂くのは7年前の、へへ、ちょうど5月のもので、
       あれこれご案内して来たものの落穂ひろいとでも言えますが、ははは、
       美しい川の流れ、周辺のヴィッラの様子をごゆっくりどうぞ!

       トップは釣り人、そしてイタ鴨の家族





       今回の写真は、ほとんどドーロ・Dolo周辺ブレンタ川沿いですが、地図をどうぞ。
       ドーロは赤く囲った位置にあり、西に見えるストゥラ・Straから続く細い水色の線が
       ブレンタ川で、ミーラ・Miraオリアーゴ・Oriagoマルコンテンタ・Malcontentaを通り、
       矢印を付けた先、フジーナ・Fusinaでヴェネツィア湾に注ぎます。
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       パドヴァ、ヴェネツィアどちらからも観光船が出ており、
       途中こんな風にレストランで昼食をする場合もあり、船での昼食もあり。
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       ヴェネツィアからのブレンタ川遊覧船の様子はこちらに。 その1と2

       ドーロの骨董市
       http://italiashio.exblog.jp/11176143/  





       川の幅はそう広くはなく、とても穏やか
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       ちょうど長男の家に遊びに行き、一緒にお昼ご飯を食べに出た時に、
       この辺りにはたくさんヴィッラがあるから、とぐるっと一回りしてくれたのですね。
       で、その時に見た4つか5つほどの内から3つご案内を。

       ヴェネト各地に点在するヴィッラの数は一致幾つあるのか! ですが、
       有名なパッラーディオのヴィッラ、またその壮大さで群を抜くと思われるのも
       いくつかあるのですが、

       今回ご覧いただくのは、そんなに有名なものではありませんが、
       
       最初のは、ヴィッラ・フェッレッティ・アンジェリ・Villa Ferretti Angeli.
       我々は背後から近づきましたので、こんなトウモロコシ畑も見え、ははは、
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       正面はこういう感じで
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       上部、タンパンの装飾
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       こちらは横に続く倉庫・納屋部で、
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       正面とはこういう感じでつながっており
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       横には、こんな広い庭園が広がります
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       このヴィッラを造ったのは、ヴェネツィア貴族の分枝でヴィチェンツァのフェッレッティ家で、
       その後リゴーニ・Rigoni、アンジェリ・Angeli家を経て、
       19世紀にはモチェニーゴ・Mocenigo家のものに。   
       という事で、正式のヴィッラの名はヴィッラ・フェッレッティ・アンジェリ・モチェニーゴ!
       はい、歴代の持ち主の大きな名前がずらっと並びます。
       
       20世紀初めに戦争の影響で衰退があったものの、その後修復され、
       現在の持ち主はヴェネツィア県なんだそうで、
       どうやらENAIP Venetoという事務所が使っている様子ですが、
       何の関係なのか、はぁ、読んでもさっぱりわかりませんでしたぁ、ははは。
       ・・と笑いでごまかす。





       ぐるっと横から回り込むと、こんな風に先程の倉庫・納屋の壁が見え母屋に続き
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       きちんと正面から撮ると、こんな感じで
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       今回これを書くのに調べていて、なんとこれはヴィンチェンツォ・スカモッツィ・
       Vincenzo Scamozzi 1596年作 と知りました!

       スカモッツィはヴィチェンツァ生まれ、パッラーディオが手掛け、彼の死で中途になった
       テアトロ・オリンピコ・Teatro Olinpicoなども彼が仕上げたことで有名ですし、

       パッラーディオより40歳若かった彼は、パッラーディオの弟子の様にみなされ、
       偉大な名を遺した先輩パッラーディオの陰に半ば隠れているのですが、
       実際は大変博識な勉強家であり、真のルネッサンスの建築家であったと言われます。
       
       ヴィッラの最初の建築依頼がヴィチェンツァの貴族ですので、
       同じヴィチェンツァ同志という関係もあったのかもですが、
       当時のヴェネト第一級の建築家の彼に依頼というのは、
       やはり裕福な貴族であったのでしょう。





       shinkaiが撮ったのでは、前庭がかなり広いでしょう?
       それがサイトで、ブレンタ川からこんな風に見える写真を見つけ、
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       ひょっとして別棟があった?!と焦って平面図を探したほど!
       が、どうやら望遠で撮ったらしい、と気が付き、ほっとした事でしたぁ。





       そして2番目のヴィッラは、やや小ぶりですが、こちら。
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       これを撮るのに、目いっぱいに下がっておりまして、





       屋敷の門はこんな風にブレンタ川に面していて、係留所も。
       ですから、今は門の前を通っている道も、当時は無かったのだろうと・・。
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       門の両脇柱上の立像
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       そして、こちらが脇にあった門の彫像と、ヴィッラの名前。
       はい、ここはヴィッラ・バドエル・ファットレット・Baroer Fattoretto.
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       隙間から覗くお屋敷。 一見手前は小さそうですが、奥は建て増しが見え広そう。
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       このヴィッラは名前にも見えるように、著名なヴェネツィア貴族バドエル家
       14世紀の初めごろからこの一帯に土地を持っており、その管理のための
       田舎風館があったのだろうと考えられますが、
       現在の形になったのは18世紀になってからの事と。

       左に見えるのが多分バルケッセ・barchesseと呼ばれる倉庫・納屋部分で、
       他に管理人の住居もあるそうで、
       1846年バドエル家はここを売り払い、その後数回持ち主が変わり、
      
       第2次大戦中にはドイツ軍の軍病院となり、その後英軍の倉庫となり、
       かなりの変革があった様子で、

       現在の持ち主、1945年にここを買い取ったのが門柱に名前の見えた
       ファットレット・Fattoretto、ワイン醸造業という事で、
       確かにサイトを http://www.fattoretto.com/index.html 見つけました。

       サイトの最初のページに2つ項目が見え、左がワイン醸造、右がヴィッラのページに。
       ワインは特別高級ワインというのではなく、一般向け赤の大衆ワインの様ですが、

       右のヴィッラのページからMUSEO・博物館に行くと、
       このヴィッラにあるこの土地とかっての農民文化、職人道具の大コレクションの
       Villano博物館の様子も見れます。

       
       奥は広大な庭園になっている様で、
       そうそう、持ち主があれこれ変わった内に、1903年に買い取った
       男爵シャンタール・Chantalが掘った池があるそうで、
       というのも、何世紀も前に僧侶たちが隠した宝物があるというので掘ったのだそう!
       見つかったのかどうかは・・、書いてありませんでしたぁ、ははは。


       サイトによると、ヴィッラとお庭、博物館の見学はガイド付きで
       4月、5月、6月、9月、10月の祭日、15時、16時半、18時に。

       グループ10人以上は、予約すると年間を通してOK、
       そして予約すると、ここのワインとおつまみのサーヴィスも、という事で~す。





       前から見る庭園の奥、 木陰にはあれこれ隠れた像も見え
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       という、ヴィッラ・バドエル・ファットレットでした。





       長閑なブレンタの流れを愉しみ
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       次はこちら、母屋らしき建物と、右にかなり壮大な門があり
       左奥にもあれこれ細々と続いているヴィッラ・ヴェッツィ・Vezzi.
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       こちらが母屋右手前の門と、
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       母屋の入り口部。 
       斜め前からなのは、正面の道からだと木が邪魔でして・・。
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       ですがこれは、上に書きましたヴィッラ・ヴェッツィとはまるで名前、持ち主が違い、
       パラツェット・モリン・ティート・Palazetto Molin Titoと分かりました。

       パラツェットというのは、邸宅をパラッツォと言いますが、
       それよりも小さなという意味で、この辺りは大きなのが並びますので・・!

       1797年にパドヴァの記録にマルコ・モリン・Marco Molinの名で載っており、
       母屋と納屋、教会、建設は1780年から1797年だろうと。
       ここにヴェネツィアのアッカデミアで学んだ画家エットーレ・ティート・Ettore Tito
       借家775リーレで住んだのだそう。
       
              



       長く次々とあるので、shinkaiは別のヴィッラが並んでいるとは思わず
       こちらではどうやら細部を撮るのに興味を持ったようで・・。

       次にあった母屋上部の像と鐘
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       扉と、その上の飾り像
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       煙突もちょっと変わって繊細で、はは、
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       これは礼拝堂上部の飾り、天使像
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       そして、牡丹、かな。
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       で、最初に上のヴィッラの名を間違えてヴェッツィと書きましたが、
       これは礼拝堂の前の説明文にあった名前の中の最初の名を、
       自分の写真のフォルダ名に勝手につけていたのでしたが、
       それをすっかり忘れ、はは、今回サイトでヴィッラの説明を探すのに往生しまして、

       漸く探し当てた正式の名は、ヴィッラ・バッフォ・ヴェッツィ・アヴォガドゥロ・ヴェッルーティ・
       Villa Baffo Vezzi Avogadro Velluti.

       一見、長~く続いていると思った上のパラツェット・モリン・ティートとは
       別物と分かったのが、
       今までご説明してきたヴィッラの殆どが、ドーロのコムーネ内のサンブルソン・Sambruson
       という所にあり、そのサイトからなのでした。

       サンブルソンにある他のたくさんの大小のヴィッラの写真も見れますので、どうぞ

      
       という事で、このヴィッラの名にあるヴェネツィア貴族バッフォが建設したのが1661年、
       そしてやはりヴェネツィア貴族のヴェッツィに1704年に。
       そして1797年にアヴォガドゥロに渡り、最後が現在の持ち主でもあるヴェッルーティに。

       サイトで見つけたヴィッラ全体の写真がこれです
       真ん中に母屋部分があり、左右にバルケッセ・納屋部が広がる形。
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       この一帯のヴィッラをヴェネツィア貴族が持っていたのは、長らく地中海貿易、
       中近東一帯の貿易で栄えたヴェネツィアが、内陸部に土地を持ちはじめ、
       それの管理ももちろんですが、日曜とか夏に出かける別荘でもあったのですね。
       とりわけこのブレンタ一帯はヴェネツィアから近く船で来れますし、便利だったのでしょう。

       ヴィッラ・フォスカリ、または、ラ・マルコンテンタ のご案内
       




       所で、このヴィッラの事を調べていて見つかった意外な人物!
       はい、最後の所有者ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティ・Giovanni Battista Velluti.
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       1780年マルケ州の現在コッリドーニア・Corridonia生まれ、
       1861年このヴィッラで亡くなった、
       最後の偉大なカストラート・去勢ソプラノ歌手、の一人と見なされる人物
   
       本当の姓はStracciavellutiと長く、後半部分を芸名としたもので、
       去勢手術を受けたというよりは、多分医者の間違いの結果だったようで、
       本来は軍人になる筈だったのだそう!

       フォルリで1800年にデヴュー、ローマでも長く活躍し、作曲家のお気に入りにもなり、
       また大変に優れた歌手であったようで、聞きに来る貴族階層やファンへの対応も見事、
       ナポレオンやロッシーニなども通ってきたそうで・・!

       そして、彼の身体条件にも関わらず、たくさんのエロチックな冒険談もあり、ははは、
       1809年にはミラノの貴族階級の女性とのスキャンダルも。
       ええ、この目つき!!

       ババーリア、ウィーン、そしてサン・ピエトロブルゴにも公演に赴き、
       ここではロマノフ家の大公爵夫人の愛人となったと、きゃはぁ、凄い!
       ・・ブログアップした後に、年代から誰だったのかを調べてみよう。

       まるで映画「カストラート」を地で行ったような方ですが、ははは、

       1825年になり、24年ぶりにイギリスに行きロンドンで公演。
       最初はすでに趣向が変わっている聴衆に対立するものの、最後は喝采を。

       登場人物の歴史考察にのっとった衣装にも留意する最初の公演もしますが、
       やはり年齢からくる声量の衰えがあり、観客からの罵声も出るようになり、
       1829年ロンドンから去り、その後はごくまれに歌うようになり、遂には引退。

       そして既に1822年に購入してあったこのヴィッラに引きこもり、
       一緒に購入していた土地で、新しい農業のやり方に興味を持ち、
       少数の友人達やロッシーニとは文通をしていたものの、世間からは引きこもりで、

       1861年に80歳で亡くなった時、知らせを聞いた人々はまだ生きていたのかと驚いたそうで、
       まさに既に遠い過去となった、音楽史上のカストラート歌手存在のシンボルだったのだと。

       カストラート歌手が17~18世紀に持て囃された背後には、
       彼らの声がボーイ・ソプラノのままで、それに男性の胸郭による声量の大きさが加わり、
       女性ソプラノとは違う素晴らしさと、当時の教会内では女性は歌う事が出来なかった
       という理由もあったと言われます。
      
       ちなみに、この場面の中で失神する紳士はヘンデルです。


       いやぁ、こんな人物が出て来るとは思いもかけず、
       ブログをしているお陰でshinkaiは、様々な探検冒険を味わっているようなものでして・・、
       お陰様で、有難うございます! です。





       ブレンタ川は町脇を通り抜け、船の通行には橋が回る場所が何か所かあり
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       いくつもの名も知らないヴィッラが点在しますが、
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       この写真の奥のヴィッラ
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       こちらヴィッラ・フランチェスキ・Francheschiは、現在ホテルになっていて、
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       レストランもあり、結婚式なども出来るという、サイトはこちらに。





       川は何度もあちこちでゆっくりと蛇行しつつ、       
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       これはドーロの東、ミーラ・Miraの市役所だったと思いますが、
       これもかってのヴィッラでしょうね。
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       翌日もブレンタ川に沿って行ききし、ヴィッラの写真を撮っていまして、
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       今回の最後の一枚、ヴェネトのヴィッラの女王と呼ばれ、現在国の博物館
       ブレンタ川の西の端ストラにあるヴィッラ・ピサーニ・Pissani.
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       まさに素晴らしく壮大なヴィッラで、初めてブレンタ川沿いに見た時には本当に、
       わぁ~~お!!という驚きの美しさでした。
       
       2度訪問しているのですが、内部は写真禁止でしたしご案内しておりませんが、
       あれこれ調べ、写真も集められましたら次回にでも、と意欲が湧いてきておりますです。
       はぁい、うまく行きますように!




     *****

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by italiashiho2 | 2017-04-29 23:56 | ・ヴェネト Veneto | Comments(7)
2016年 12月 23日

   ・・・ 新装なった元ドイツ商館からの眺め ・ ヴェネツィア ・・・

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       先回のヴェネツィアの高潮に続き今回ご覧頂くのは、リアルト橋南脇にある
       かってのドイツ商館・フォンダコ・デイ・テデスキ・Fondaco dei Tedeschi.

       長らくヴェネツィア郵便局だったのですが、ベネトンが買い取り修復し、
       新しくショッピング・センターとして生まれ変わっています。
       
       そして、屋上のテラスがこの秋から一般に公開されていて、
       しかも無料で!というニュースを知っていましたので、
       リアルト橋に向いながら、そうだ、ちょっと寄って見よう!と。

       郵便局がまだ入っていた時の様子がこちらに。

       入り口には黒いスーツのドア・マンがいて、ドアを開けてくれ・・!
       
       トップの写真が入り口を入って見えた正面で



       こちらが右側
       11月半ばでしたが、すっかりクリスマスの飾り付けがされていて、
       スッキリと美しくなりましたが、右上の時計も元のままですし、
       大きな目に見える改装は天井と床でしょうか?
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       かっては郵便物が運び込まれ、運び出されているのがリアルト橋からも見えた
       大運河に向かっている北の扉内から見る外の様子。
       現在修復中のリアルト橋はすっかり覆われていて・・。
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       エレベーターは無く、右手(左手にも)中央にある階段を上りますが、
       途中の踊り場にあった、かってのヴェネツィアの姿
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       フォンダコ・商館と呼ばれたかってのこの建物は、ドイツ語圏からの商人達が
       ヴェネツィア共和国に運び込む商品の貯蔵所でもあり、
       商人達自身の宿泊所でもあったようで、200を超える部屋があったといいます。

       ヴェネツィア共和国は警察制度が厳しく、商人達は夜は外出禁止、
       ヴェネツィア人達も入れず、しっかり管理されていた様子ですが、

       こういう商館は現在残っているのにはトルコ商館がありますが、
       他は消滅していて、そんな歴史的見地からも大きな改装はされなかったのでしょうね。





       ここが下から見た天井の上、屋根の下、という部分ですが、
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       床の素材は、ヴェネツィアの大運河に掛けられた第4の橋、駅前からローマ広場に
       渡る橋に使われた光線を通す素材、橋は濡れると滑る、と不評のあの素材かな?

       壁には黄金モザイクのモチーフの映像があり、波に揺れる感じで揺らぎます。



       テラスに出るのは無料ですが、この部屋の南側の廊下受付で呉れる、
       指定時間を書いた丸い札が必要で、それを持ってこの部屋で並んで待ちます。

       ガードマンらしきこれも黒スーツの男性がテラス前にいて、札を調べ通してくれますが
       15分毎の入れ替えで、私は30分以上待ったと思いますが、
       でもその価値はあります!!

       中には子供がいるから、とか急ぐから、と先に入れてくれと粘る人々もいますが、
       男性は柔らかく、でもきっぱり、残念ですがと。 
       

       で、テラスに出ての最初の眺めが、正面のこれ!
       リアルト橋北側と大運河で、正面の白い建物には確か国の会計検査院が入っていて、
       奥が裁判所の建物。 3角形の岸の広場にはいつもだと、カフェのテラス席が並びます。
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       リアルト橋からいつもこの屋根の飾りを見ていたのが、今は逆に中からだもんね!
       曇り空なのが残念!!

       ヴェネツィアで高い所に上ってパノラマを見れる、というのはサン・マルコの鐘楼か、
       大運河の向こうのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の鐘楼くらいかな、
       カ・ドーロの大運河側のテラスの眺めもありますが、少し低いし・・、
       と場所が少ないので、ここは街の北側のパノラマを眺められる重要拠点になりますね。




       広場はすっかり濡れていますが、今は水が岸辺迄で人も出ているので、
       高潮が少し引き始めたのかも。
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       このフォンダコ・デイ・テデスキに並んで続く、大運河東岸の眺め
       奥に見える教会と鐘楼は位置から見て、サンティッシミ・アポストリと。
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       上の写真に続いて、奥、カ・ドーロが見えます。
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       カ・ドーロのご案内  その1と2




       テラスからは南東方面に当たるサンティッシミ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂
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       テラスに一緒に上がったグループの中にいたワン君
       ちょっとピンぼけですが、何となしに不安そうな顔をしていて・・! ははは。
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       屋根の上に来ているカモメたち
       何かを待っている顔をしていて、細かいカスをつまんだりで、
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       テラスの上にいるガードマン氏によると、過日考えなしの誰かが餌をやったらしいのですね。
       そんな事して、いっぱいカモメ達が集まってきたらどうするつもりだったんだろ?!

       こうしてみると、屋根の修復で瓦が大幅に取り替えられた事が良く分かる
       新しい瓦で、古びて良い色になるのに、だいぶ掛かりそうですね。




       ヴェネツィア本島の真ん中を逆Sの字に流れる大運河のちょうど真ん中に掛かる
       リアルト橋。  早く修復が済んでくれないと・・!
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       フォンダコから西にかけての建物の屋根上
       小さな屋根の上のテラスが、結構あちこちの建物の上に作られているのが見えます。
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       蒸し暑い夏の夜は上に出て涼んだり、はたまた、帽子の縁だけ残してその上に髪の毛を広げ、
       日に焼いて金髪にするという、ヴェネツィアの金髪、というのもこんな所でやったのかも・・!




       細長いテラスの一番西側に寄って覗く大運河
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       そしてその先、ヴァポレットの停留所の濃い緑色の先の白い建物、
       2階に旗が出ている建物がイタリア銀行
       
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       リアルト橋から西の大運河の眺め、正面奥に見えるのが現在はヴェネツィア大学のある
       カ・フォスカリ・Ca’Foscari. 
       ここで運河は左に曲がり、アッカデミア美術館、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂の方に。
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       改修されたフォンダコ・デイ・テデスキの新しい屋根の上部分。
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       南西から南にかけての眺め
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       少し南に向いて、サン・マルコ聖堂が見えます。
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       大運河の北、ゴンドラをもう一度眺め
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       ・・時間となってテラスから降り、
       上階から下の中庭部分を眺めた様子。
       赤茶と白の縞模様がモダンでもあり、クラシックでもあり・・。
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       下の階まで降りて、これは南西の角の方。
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       以前もあった井戸ですが、以前は中庭の真ん中にありました。
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       といっても当時も井桁だけだったらしい、と写真を見直して思ったのも、
       屋根も塞がれていましたから、中庭の天水利用の井戸の意味が無いわけですね。
       で今度は入り口の直ぐ傍に移されており、やはりこれも変遷ですね。


       それにしても、あの一等地の眺めを無料で!
       しかも何人ものガードマンを割り当てての、大盤振る舞い!!
       ヴェネツィアに行かれてお時間があったら、是非どうぞ!!


     *****

       さて今日は12月22日、日本はすでに23日で、クリスマスももうすぐ!!

       皆様、よいクリスマスをお迎え下さいね! ブオン・ナターレ!!
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       「サンタがやって来る!」をマイケル・ブブレでどうぞ。
       



     *****

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by italiashiho2 | 2016-12-23 00:08 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(6)
2016年 12月 17日

   ・・・ ヴェネツィア  アックワ・アルタの日 ・・・

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       ヴェネツィアの冬の名物 とも言えるアックワ・アルタ(高潮)
       この冬最初の大きなアックワ・アルタだった11月13日、
       たまたま行き合わせて写真を撮りましたので、ご覧ください。

       上は朝到着したヴェネツィア駅構内
       暫く前から改装中だった駅構内が、すっかり新しい店舗に生まれ変わっています。
       



       この日は日本へのお土産調達でしたので、カメラもコンパクトのみを
       持参したのでしたが、駅を出てすぐ、細い水溜まりが出来ているのを見て、
       あれ、ひょっとして今日はアックワ・アルタかな?!
       が、酷い時には駅前にも渡り板が出ますので、まぁ大した事もないかと
       あちこち店によりつつそのまま道を進み、

       ポンテ・グーリエ・Guglie(グーリア橋)まで来て、あっ、やっぱり!!
       こちらの岸はひたひたと、小波が寄せる度に浸水する部分が増えていて、
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       先に続く道は、すでにとっぷり浸かっています!
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       大運河の方を見ると、薄っすらと射す陽射しに水が煌めき、
       こういう日は、どこかいつもよりも静かなのですよね!!
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       グーリエ橋の上に上がり、高みの見物ですが、
       モーター・ボートがヤケクソみたいに、ははは、走っていくのが見え・・。
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       両岸の道が沈み、カンナレージョの運河がいつもよりも広くなったみたい!!
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       運河の東側の岸はこんな様子。 も少し先に行くと、ゲットーへの入り口の
       小路があるのですが、きっとあの道も水に浸かっているでしょう。
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       もっと浸水してくるのかどうなのか、少し気になりつつ道を進み、
       道脇のカンポ・マッダレーナ・Campo Maddalenaの横の小運河
       扉の下がもうすっかり浸かっていて、
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       東に続く道の橋の下も、こんな感じにたっぷりの水
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       橋の上から見る奥の建物も、扉にひたひたの水位
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       橋を渡ってすぐ左の広場、カンポ・サンタ・フォスカ・Santa Foscaの脇に
       綺麗なゴンドラが係留していて、
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       こういう日でも、と思うのがおかしいのかも知れませんが、
       その後すぐに家族が乗り込み、出て行きました。

       ただし、私が撮っているのは橋の上からなのですが、
       この橋をゴンドラがくぐるのがちょっと大変でして。 つまり、
       水位が上がるのでゴンドラの船体やゴンドリエーレの頭がつっかえるのですね、
       それで家族全員が協力させられ、体をずらしておりましたです。




       奥の道は水位すれすれですが、平然と歩いてくるカップル。 
       慣れています!
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       この日はサン・マルコ広場までは行くつもりは最初からなく、
       でもまぁとにかくリアルト橋までは行ってみようかと・・

       サン・マルコ広場のアックワ・アルタ




       サン・フェリーチェ教会・San Felice近くだったか、道脇を覗くと
       こんな風に入り口が浸かっている家が見え
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       鳩達も塀の上に避難
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       大運河の向こう側、サン・カッシアーノ・ホテルが見えますが、
       とにかく水がたっぷり、というイメージでしょう?!
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       サンタ・ソフィーア教会前広場の端には、大運河を渡るゴンドラがあり、
       向かい側の市場の様子も見えるので見に行くと、
       渡し船も動いているようですが、やはり乗客が少ないような・・。

       正面の建物下が魚市場で、
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       その横、低い屋根だけ見える部分が野菜市場、続く長い建物は裁判所
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       高潮の日というのは、なんとなしに気持ちがワサワサとし
       そのくせいつもの賑やかさはなく、何かを待っているように世間がシ~ンと、
       と、shinkaiが感じるだけの事か知りませんが・・・。
       



       サンティッシミ・アポストリ・SS.Apostoli広場まで行き、橋を渡るのですが、
       わぁ~お、すれすれまで来ているよぉ!
       あそこの運河沿いのレストランは、今日はやはり休みみたいね。
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       で、その手前に綺麗な赤い飾り付けのゴンドラがいて、
       とても目立って、眺めている人は多いのですがぁ・・!
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       道は回り込みつつリアルト橋に近づきますが、アポストリ広場の次の橋の所で、
       あっ、ゴンドラが橋をくぐる! と見つけて走りました。
       私の後ろからついて走る女性がいて、顔を見合わせ笑いましたが、ははは。
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       ほら、ゴンドラの舳先の飾りの高さが、橋のアーチよりも高いでしょう?!




       で、少し傾けた姿で入り込み、そろそろと進みます
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       ゴンドリエーレは、船体の右寄りに立ち、板でそろそろと漕いでいて・・。
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       ゴンドラに乗られたことのある方はご存知でしょうが、どこの席に座るかを
       乗る時に指定されます。 
       平底のゴンドラで、ゴンドリエーレが迫り上がった艫の左に乗って漕ぐために、
       船体の竜骨自体がカーヴしているのですが、
       客の数により、バランスの配分で席を指定されるのですね。

       で今、船体自体が右に傾いているのを利用して、ゴンドリエーレが右側に重みをかけ
       船体をもっと右に傾けつつ高さを低めているのです。

       ゴンドラについての、あれこれ





       アーチに近づくと手で調子を取り、橋の下に潜ります
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       でここまで見た物好きshinkaiは、橋の反対側に走ります、ははは。




       向こう岸では、橋の下を覗き込んで待つ人々がいて!
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       実はこの写真の右側に、中年の日本女性が二人おられたのを切りました。
       というのも、一人はしゃがみ込んで覗いておられたのですが、
       テンションが上がっているのか、高い声で「あっ、ぶつかった!ぶつかったよ!!」
       なぞともう一人の方に報告されるのが、周囲がし~んとしている中に響き渡り!
       ええ、勿論、橋の下からゴツン、ドンという低い音も聞こえましたが・・。




       ついに、ゴンドラの舳先の飾りが見え、す~っと出始め
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       かなり斜めの方向に出てきます。  船体を傾けるので寄るのかも。
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       ゴンドリエーレも出てきて、オールで橋を突き
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       漸くに立ち上がって調子を整え進み始めると、見物客から一斉に拍手が起こり、
       ははは、でもゴンドリエーレはそそくさとね。 
       彼にとっては面倒事が一つ過ぎただけなのかも。
       帰るまでに潜らないといけない別の橋が頭にあるのかも・・!
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       ほらね、艫の飾りがポッキリと折れているでしょう?!
       ここの飾りが折れているのはよく見るのですが、
       今回この様子を見ていて、舳先は神経を集中して潜っても、
       後ろの方はつい疎かになって、ポキっとやるのかなぁ、とも思った事でした。


       という、ヴェネジア高潮の日、 ゴンドラ、橋をくぐる、の中継でしたぁ!



     *****

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       少しづつ新しいPCにも慣れてきている毎日ですが、
       今やPCは完全に家庭電化用品の位置にあるなぁと改めて。
 
       春頃から暮には買い換えないと思い、それまでは何とか保ってくれぇ、と
       願っていたので、やれやれとは思ったのでしたが
       とりわけ嬉しい事もなく、即始める仕事に差し支えが無い事のみが希望で・・。

       今回はいつもトラブルの時持ち込んでいた店で購入したのですが、
       OSは基本のウィンドウズ10でも、ワードとかエクセル、メディア・プレイヤーなどのソフト、
       マイクロ・ソフトに支払わないといけない物は全然入っておらず、
       すべてそれに当たる、似たソフトが入っていて、
       それの使い勝手に慣れるのと、納得するのに時間がかかりました。

      *改めてPC内探検の結果、メディア・プレイヤーは入っているのに気が付き、
       現在Mp3に変換してダウンロードした音楽を、CD書き込みに使用中です。


       そして、新しく入れてみたグーグルの日本語ソフト、これはとても気に入りました!
       本当に賢く、私の言葉使いにすぐ慣れ、様々な応用編を次々と提供してくれます。

       この度のPCでは、短縮言語を覚えさせ変換する、というのが出来ずなのですが、
       優れもののグーグルの日本語ソフトで大丈夫、不便を感じません。
       これは皆さんにも、お試しをお勧めです。



       所でお世話になっているエキサイト・ブログですが、
       私は年間少し払うアドヴァンスの契約で、使う容量は無限なのですが、
       夏頃までは、PCによる訪問者数とページ・ヴューの数しか知る事が出来ませんでした。

       2,3年前から徐々に訪問者数、並びにページ・ヴューの数が減り始め、
       多分スマート・フォンで見て下さる方が増えたのかも、とは思っても、
       実態がわからず少々心配しておりました。

       で8月中頃に更新する際、思い切ってモバイルからの訪問者数なども分かる
       もう一つ上のランクの契約にしようかと考えたのですが、
       エキサイトとの交渉があやふやで、確かな返事をエキサイトから貰えないまま、
       今まで通りの契約を続けるようにしたのでした。

       が、なんと9月中頃からだったか、アドヴァンスの契約でも、
       モバイルからの訪問者とページ・ヴューの数も見れるようになり!

       以前よりも、見て頂いている数が増えている事も分かりました!

       皆様、有難うございます!!
       安心いたしました!!

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by italiashiho2 | 2016-12-17 23:36 | ・ヴェネツィア Venezia | Comments(4)
2016年 12月 13日

   ・・・ 安芸の宮島 麗しの厳島神社 ・・・

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       広島での友人宅での一日、宮島に出かけてきました。
       あいにくの曇り空でしたが寒くはなく、一人で気軽に・・。

       ところがです、なんと宮島で電車を降りた途端に、ものすごい人、人、人!!
       宮島への連絡船の船着場に歩く道筋も、いっぱいの人!

       切符を買い、ちょうど連絡がよく船にもすぐ乗れたのですが混雑で、
       幸いに座れたものの外の景色は見えず・・。




       漸くに島が近づいてきた頃、幸いに前の人が移動し・・。
       左下に、ちょっぴり赤い鳥居が見えますか?  
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       到着前に船内で案内があり、今日の宮島は大変混んでおります
       ロープウェイは1時間半待ちです、と。

       とは聞いたものの、何度も行っている宮島なだけに、
       その混雑ぶりが実感できずでしたが、船を降りた途端に、これは凄い!!

       美味しそうなイカ焼きの匂いにつられて撮ったのですが、ははは、
       左上にびっしりと参道への道を歩く人々の姿、いやぁ本当に混雑でした!!   
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       人の歩かない並木道の高い所で休む鹿ちゃん。 餌をねだるどころか・・!
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       人混みに押されるようにして歩き、漸くに厳島神社が見えた所。 
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       受付で参拝料を払い、回廊を行きますが、
       ちょうど潮が満ち始める所でした。

       あまりにも多い観光客に、どこにカメラを向けても人が入り過ぎなのですが、
       少しでもと宮島の美しさを狙います。
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       古代からあった厳島神社のようですが、平清盛の大きな庇護を受け、
       神殿作りの神社となったのは、平安末期1241年の造営だそう。
       平氏一門の後も天皇家、そして様々な大名家の庇護を受け、
       寄贈された「平家納経」を始めとする様々な優れた美術工芸品も多く、
       現在の神社の建物は皆国宝、または重要文化財の指定を受けていると。




       ここは本殿よりも手前にある客・まろうど神社
       朱の柱、緑と黒の格子が素敵でしょう?!
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       広く清々しい木肌の床、朱塗りの回廊。 
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       回廊は幅4m,長さが275mあるそう。
       床板の隙間は目透しといい、高潮の時の下から押し上がる海水の
       圧力を弱め、海水や雨水を海に流す為なんですと。

       




       見上げると、北にある千畳閣横の五重塔が。 
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       鏡の池と呼ばれる回廊の角の池に、どんどん潮が満ち入り込んでいくのが見え、
       その中をゆうゆうと獲物を探しつつ歩くシロサギ。  
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       参道を歩きながら、実は何枚もこの朱の鳥居を撮っているのですが、
       アングルに気をつけないと、対岸の中腹にあるどこかの宗教団体の大きな
       建物が入ってしまうのですね。 
       きっとそれを狙ってあの位置に建てたのでは無いかと思うのですが、

       漸くにこの位置だと、右後ろの大きなマンションを見なければ・・、
       平安の昔の素晴らしさも感じ取れるでしょう?!
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       朱の大鳥居は奈良の大仏殿とほぼ同じ高さの16m、重量は約60トン!
       樹齢500~600年の楠の自然木で、現在のは8代目なんだそう。
       海の中に埋められているのではなく、松材の杭で地盤を強化し、
       箱型の島地の中に石を詰めて加重し、その中に鳥居の重みだけで立っているのだそう。

       春の大引き潮のときは、この鳥居の位置まで潮が引き、
       潮干狩りに皆出かけるのですよ。

       広島の貝汁、アサリのお味噌汁は美味しいもんね!!
       長野で、ちっこいシジミの身をせせった記憶の残るshinkaiには、
       こんなに美味しい貝のお汁があるんか、という驚きでしたものね、ははは。

       




       朱色と白壁、そして黒の格子、艶やかで美しい!
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       漸くに本殿前にたどり着き、高舞台とともに一枚
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       この舞台では春と秋の一夜、舞楽が奉納され、2,3度夜出かけてきて
       拝観したことが良い思い出となっています。

       夜の広島は観光客が殆どおらず静かで、潮がひたひたと満ちてき、
       回廊下の柱にチャプチャプとあたり、それに回廊に灯された灯が映り、
       雅楽のあの雅な音に舞う舞人の、暗い中に煌めく衣装。
       舞人がすっと足を滑らして引き、ついでトンと床を打つ音。
       舞楽のあの異国の香りのする面。

       まさに平安の昔はこうだったんだろう、という厳島神社
       昼の人混みの中で見るのは、ちょっとむごい感じも受けましたっけ。
       



       舞台と本殿の間にいる、大きな青銅の狛犬
       こうして正面から見ると、なるほど、という感じですが、
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       後ろから見るとです、ははは、尻尾がね、指でサインを出しているようでしょう?!
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       床の美しい木目
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       本殿前にあった清めの水。 はい、shinkaiめも。
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       本殿では、ちょうど七五三のご祈祷中で
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       神官がこのあと、参拝者のお祓いを
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       現在の本殿は1571年、毛利元就によって改築されたものと。




       回廊の下にも満ちてくる潮。 波を打ちながら、ひたひたと。
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       お供えの酒樽。 「清盛」というのもあるんですねぇ!
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       奥の右側は、能舞台。 現在の舞台と橋掛けが建設されたのは1680年。
       海に浮かぶ国内唯一の能舞台なんだそう。
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       能舞台に近寄りますが、舞台には上る事は出来ずで、
       春の奉納能の時なども確かこちらの回廊から拝見するのみだったと。
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       背景の松、 そして軒下の木彫の変わった飾り
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       普通の能舞台では足拍子の響きを良くするため、舞台下に共鳴用の甕が
       埋められているのが、ここでは舞台の床が一枚板のようになっている、のだそう。
       一枚板のようになっている、というのがどういうのか、ちょっと分かりかねますが・・!
       



       最後の回廊の向こうに見える反橋。 現在の橋は16世紀半ばの物と。
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       宮島厳島神社を初めて訪れたのは、短大生の時ですから50年前ですか、きゃは。
       当時は靴の上から草鞋をはいて回廊を歩くようになっていて、
       その時はこの橋の上にも登れたのでしたが、
       その後広島に住むようになった時には、もう登れなくなっていましたっけ。




       能舞台の近く、満ちてきた潮の中、獲物を探すアオサギ
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       反橋の向こうで回廊を出て、町中を歩きつつ、お昼を食べる場所を探します。
       
       ここは宮島の町家博物館、一度中も拝見しましたが、
       奥ゆかしく裕福な町家が偲ばれるものでした。
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       宮島はまた高校野球の応援団が打ち鳴らす「しゃもじ」や木工細工でも有名ですが、
       我が家にも宮島で買ったしゃもじが今もあり、

       歩いていて、こんな木地師の仕事場を
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       紅葉のシーズン、日曜とあって、食べ物どころはどこも満員で、表にズラッと列が出来ており、
       到底並ぶ元気はなく、ず~っと端まで歩き、ついに空いている所を見つけ、
       外の席に座り、こんな景色を見ながら・・
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       穴子をまぶしたご飯と、わかめと雑魚の酢の物を。 
       いつも外でのご飯にはビールを1杯やるのですけど、何故かこの日はお茶だけでした。
       あまりの人混みに飲み込まれたのかも!
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       こちらの友人たちへのお土産に、宮島の「孫の手」をと決めていたので、
       それを探して買い込み、
       戻り道は厳島神社の裏側を歩きます。
    
       すっかり満潮となり、回廊のすぐ下まで海水が上がってきているのが見え
       やはり美しい姿ですねぇ!
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       豊臣秀吉が1587年に建築を命じたという千畳閣に寄ることにし、石段を登ります。
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       ちょうど千畳閣前の大銀杏が見事な黄葉で!
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       建築が終わらぬうちに秀吉が亡くなり、豪華絢爛となる筈だったこの大経堂も、
       御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成ですが、
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       俗に千畳閣と言われ、857畳も敷ける、この広さ!!
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       太い梁が見える天井には様々な絵馬が奉納されており、
       これは明治元年の物のようで、
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       興味深かったのは、もみじ饅頭生誕百周年記念の絵馬
       平成21年となっていますから、何年前かな?
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       あまりにも名が知られすぎ、皆さん、もみじ饅頭を食べず嫌いではないでしょうか?!
       そういう方、ぜひ一度騙されたと思って食べて見て下さいね、
       本当に美味しいんですよ!! 




       最後にもう一度下の道に降りて、平安の名残を眺め、戻ります。
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       今回は鹿ちゃんを見ることも少なかったような・・!
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       と云う、安芸の宮島、麗しの厳島神社のご案内でした。



     §§§§§

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       今回のブログ更新は新しいPCでの作成ですが、なんとか大丈夫そうです。


       実は今日は私の誕生日でありまして、イタリア時間ではまだ12日で、
       お祝いの電話メールもあれこれ頂き、また一年頑張って行こうと喜んでおります。

       今朝一番にメール・チェックした時に届いていたのに、大笑いさせて貰いましたので、
       皆様にもここにご披露させて下さいね。

       私の絵の師匠である二木一郎さんの奥さん、竹ちゃんが
       いつも知恵を絞って描いて届けて下さるカードなのですが、

       なんと今回は、shinkaiが演歌歌手としてデビューしたら、という発想での舞台衣装!!
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       竹ちゃんは友禅がお仕事なので、お人形さんの衣装も手作りで、というのはご紹介しましたが、
       今回の演歌歌手としての初舞台の衣装は、月夜の桜!!

       なんとも手の込んだ労作で有難く、嬉しく・・、でもねぇ、上のキャプションは
       私の師であり、竹ちゃんの夫である一郎君の作なんだそうで、

       きゃはは、笑った、笑った!!
       「・・雨じゃった」とちゃんと広島弁になっていて、おまけに即日廃盤だと! ははは。
       良かった、演歌の練習をせにゃいけんかと思ったところじゃったぁ!!

       もう一枚のには、私が大ファンの作家の藤沢周平さんと同郷の竹ちゃんが、
       思い出して描いてくださった故郷の食べ物で、
       美味しそう、食べてみたい!というのがたくさん並んでおりました。

       竹ちゃん、そして和菓子よ我が師よ、有難うございましたぁ!!
       しっかり印刷して、壁に貼っておきま~す。



     *****

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by italiashiho2 | 2016-12-13 02:06 | ・日本・アジア Japan Asia | Comments(8)
2016年 12月 03日

   ・・・ 広島三越での個展を終え、無事戻りました! ・・・

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       皆様、お久し振りです、こんにちは!
       お陰さまで広島での個展を盛況の内に終え
       スコミーゴ村の家に無事戻ってまいりました

       写真整理を終えましたので、会場の様子、来て下さった方々、
       食事を一緒にした方々の様子をご覧になって下さいね

       残念にも撮り忘れた方々がたくさんで・・!!
       なにせ久しく会っていない方々が殆どなので、
       お喋りに熱中していると忘れてしまい・・、残念でしたぁ!

       上の写真は広島胡町(えびす)電停付近で、
       毎月2・12・22日は、マイカーに
       「乗るまぁデー」という広島弁の標語にうぷっとなり、ははは。




       市内を走る路面電車も、車両がモダンに綺麗になりましたぁ。
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       三越の開店時間を待つ人々
       デパートで開店時間を待った事など経験無しでしたが、
       今回は毎朝皆さんの後ろに並びまして・・、
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       開店時間とともに入り、「お早うございます、いらっしゃいませ」
       の声に迎えられながら、エスカレーターで7階まで。

       途中の階でそれる方は無く、皆さん殆ど7階のお歳暮会場にお出でで、
       そうだった、日本にはお歳暮というのがあったっけと。
      



       会期は11月22日からだったのですが、
       既にクリスマスの飾り付けで彩られ、ライオン君もね!
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       やはり日本は早いなぁ!と思いつつ戻ってきましたら、
       こちらコネリアーノの町も、スコミーゴ村にも電飾が見え・・!
       はい、12月になったんですよね。




       中国新聞の宣伝にも載せて頂き
       これを見てびっくりして!と、来て下さった方もおいででした。
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       会場の写真は私のと、松戸から来て下さった二木さんのと
       両方でご覧頂きますが、これは画廊入り口
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       中央奥の写真を2人とも撮り忘れておりまして・・!




       入り口で招きをしている猫ちゃんと、頂いたお花の数々
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       入って左手の壁から、中央、そして奥に
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       正面中央を飛ばし、右手の壁奥から、入り口側に
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       画廊外側の壁。 これでちょうど40枚の絵がかかりました。
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       今回多くの方が言って下さったのが
       色が綺麗、明るい、これは何で描いたのか? でした。

       ペン+水彩+色鉛筆、と表の看板にも書いてあるので、
       色鉛筆の途中で水彩を混ぜて使っているのか、
       水彩色鉛筆で描いて水で濡らしているのか、などなど
       様々な質問も受け、
       描き込みは全部色鉛筆で、ペンや水彩は最初の基礎としてのみ、
       最後に不透明水彩で描き起こす事はある、などなど。
      
       一枚描くのにどの位時間をかけるのか、の質問も多く、
       一枚を最初から最後までを仕上げるのではなく、
       何枚かを一緒にローテーション風に描いて行く事を。
       
       水彩用紙を使っていて紙の凸凹を埋める「シラミ潰し」も説明したり、
       
       諏訪でした個展に比して、さすが広島のデパートとなると
       見に来てくださるお客様が多く、反応の大きさが楽しかったです!!


       広島に到着してすぐ、額装や搬入搬出をお願いしていた画材店に直行。
       イタリアから送った小品の額、以外の作品の額を選び、
       その日から3日間は、長年の友である難波佳子さんちにお邪魔しました。

       彼女はこの夏手術を受けた身だったのですが、厚かましくお邪魔し、
       積もる話をしたり、美味しい料理をご馳走になったり、
       あ、皿洗いだけは私がしましたが、はい、
       彼女の家の警報装置を鳴らすドジもありまして、きゃはは、
       この顛末はまたお話しますね。


       そして会期が始まる前日午後の搬入では、今回の個展会場である
       三越への最初の紹介や、DMでの紹介もたくさんして下さった
       三原捷宏先生が来て下さり、作品展示の並びも指示して頂きで、
       本当に有難い事だったのです!

       そしてその後来て下さった、私の師であった新延輝雄先生の息
       泰雄さん(泰っちゃん)や難波ちゃん初めてお会いした相本英子さんとともに、
       三原先生にご馳走までして頂いたのでしたぁ!
       三原先生、本当に有難うございました!! 美味しかったぁ!!
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       会期が始まると、一般のお客様の他に
       毎日「同窓会同時開催」みたいで、ははは、懐かしい方々も
       たくさんお見えで、すぐ分かる方もおられる反面、
       名前を言って下さってもぴんと分からない方々も多く、
       失礼を致しましたが、お許しを!!

       例によりお名前はなしで、写真だけ掲載させて頂きますね。
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       あ、この方の背景が、正面奥の壁の様子です。
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       毎日どなたかが夕食を一緒にしてくださり、ははは、
       美味しい物を食べ過ぎで、3日目にしてズボンがきつくなり! ははは。
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       イタリアに行く前20年程を住んでいた広島ですから、
       既に45年ほどもの年月が経っているのですが・・!

       広島に居た頃、家のアトリエで絵画教室をしていまして、
       大人の方と共に子供達も来ていたのでしたが、
       当時の親御さんが来てくださり、その後の様子を話してくれました。

       姉弟で来ていたお姉ちゃんに、私が木を描いてみてと言い、
       まみちゃんは木の葉を緑色でぐりぐりと塗ったのですって。
       そしたら新開先生が、よく木を見てね、葉っぱは皆同じ色じゃないでしょう?って
       言ったのを、まみちゃんはずっと覚えていて、
       顕微鏡を覗く様になってもその言葉を覚えていて、気をつけて見た、って
       お母さんに話したのだそう。
       いまお医者さんになられており、弟君も東大出のお医者さんなんですって!

       こういうのはまさに、出来の良い子にたまたま言った言葉が実ったわけで、
       聞かせていただくと恥ずかしくなりますが、
       でも会場に来て話していただくのは、有難い事ですよね、本当に!

       も一人、小さな子がお祖母ちゃんに手を引かれて来ていたのが、
       文学の博士号も取り、いま母校で教えておられるとかで、
       こちらはご両親と共に来て下さいました。

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       高校生の時に通って来ていた姉妹も会場に来てくださり、
       お姉さんの方は七宝工芸を続けておられ、
       いま日展の会友8年目です、とか・・、わぁお~。 

       陶器のゴキブリが底に付いているカップでコーヒーを飲ませる、という
       いたずらをした高校生が、はぁ、shinkaiがいたずらをね、ははは、
       今回お世話になった画材店で働いておられ、
       会場にも見に来てくれたのですが、
       やはりあのゴキブリのカップは覚えておられ、当然ですよね、きゃはは、
       長い手紙を書いて渡して下さり、ゆっくり拝見しましたが、
       気持ちがほのぼのとする様な嬉しさを頂きました。 

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       イタリアに移住して既に25年たち、年もしっかり取りましたが、
       改めて広島で個展を、というチャンスを得て戻っての感想は、
       
       本当に暖かく迎えて頂いた、という一言に尽きます!!

       こんなに有難く嬉しい事がありましょうか?!
       長野市生まれではありますが、広島で絵を始めた私にとっては、
       まさに広島は自分の生まれ故郷的な街なのですが、
       今回ほどそれをこれほどまでに生に感じたことは無く
       その発見にとても感謝し、心から有難く感じました


       絵に付いては、どの部分も細かく描くのではなく、
       もっと荒い表現の部分があって良いとおもう、というご意見も頂き、
       それを師の二木さんに言いましたら、
       ほら、それをいつも言っているじゃぁ無いですか!と。

       はぁ、自分でもその辺りはいつか、とは思っておりますが、
       無理して急ごうとは思っておりませんで、
       ははは、かといってのんびりと描いている訳ではありませんが、

       テクニック的な問題として意図するのではなく、
       あれこれ描きつつ、ほんの少しずつ意識しながら描いて行くうちに、
       今も以前と比べるとほんのちょっぴり、大まかに描いても良いよね、
       という部分ができて来ているのを感じるので、
     
       その時になったら、また自然に絵も変わってくるだろう、
       それまでをじくじくと真摯に描いて行けば
       もっと見える目も、描く腕も変わるだろう、と思っているので、
       急ぎません! 急がずに描いていこうと思っています。

       
       広島でお会いできた方々、本当に有難うございました!!
       元気で描き続け、また次の機会にもお会いできる様願っております。

       たくさんの方からたくさんのプレゼントも頂いたのですが
       どれをどの方から頂いたのかごっちゃになっておりまして・・!
       それぞれの方にお礼を申し上げられません、お許しを願います。
       皆様、本当に有難うございました!!!

       
       どうぞ皆様、お元気でお過ごし下さい!!
       私も頑張ってまいります。

       
       次回の個展は、東京で2018年3月に
       1年半後を目指し、描いていきます。

       と、今回は大きなドジはお陰さまで無しで済みましたが、へへ、
       飛行時間のあれこれに出くわしましたので、
       その顛末をまた聞いて頂きますね。
      

     *****

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by italiashiho2 | 2016-12-03 11:14 | ・映画絵画文学 Film Arte Le | Comments(12)
2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

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by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・北イタリア Italia nord | Comments(5)